終らない戦争(隠匿された毒ガス兵器)

― 相模海軍工廠・寒川と平塚にあった秘密毒ガス工場 No.5 ―


北(プロデューサー)




―土壌も地下水も毒ガスで汚染されていた―

 2005年2月環境省は、平塚(旧相模海軍工廠化学実験部跡地)の土壌が毒ガス成分で汚染されていることを発表した。跡地北部の3ケ所からモノフェニルアルソン酸(PAA)が検出され、当該地域を立入禁止(芝でおおわれている)にし、調査を継続中としている。
 モノフェニルアルソン酸(PAA)とは、毒ガスの2号特薬(陸軍・あか剤)・ジフェニルシアンアルシン及びジフェニルクロロアルシンが環境中で段階的に分解し、ジフェニルアルシン酸を経てモノフェニルアルソン酸になる。この毒性は人体に対して明らかになっていないが嘔吐。下痢、協調運動障害等が言われている。この現場付近で昭和42年、中身不明のドラム缶(200l(リットル))が発見され、工事中の作業員のくしゃみがひどかったとある。
 環境省は発表していないが、この現場近くで昭和45年5月クシャミ剤(2号特薬)らしきものドラム缶1本が発見され、さらに北側、八幡公園近くで、クシャミ剤の原料・フェニール亜砒酸50tが発見されている。
 昨年3月には周辺井戸(216ケ所)の検査結果7ケ所から有機ヒ素化合物が検出、うち1ケ所からジフェニルアルシン酸が、3ケ所からモノフェニルアルソン酸が検出され、全てからフェニルメチルアルソン酸が検出された。環境省は要調査地域を北側に拡大し、20ケ所程の地下水調査を年4回実施するとしている。
 毒ガス成分による地下水、土壌の汚染は深刻である。平塚の場合、土壌の検査は化学実験部跡地の周辺、外周の一部にすぎません。過去何度となく発見された跡地外の場所も含めて調査するべきでしょう。以前記したことの繰り返しになりますが、2号特薬(あか)嘔吐剤、くしゃみ剤は相廠(相模海軍工廠の当時の呼称)平塚工場が抜きんでいました。寒川本廠23,850tに対し、平塚は約3.5倍の73,835t(GHQあて9月9日保有状況、北里又郎海軍中佐報告書)平塚工場は寒川に本廠を置くはるか以前から海軍技術研究所化学研究部として毒ガスの研究、製造を行っていました。元工員の話では7科16工場で2号特薬(ジフェニール青化砒素)の型薬造修、充填が行なわれていた。(昭和16年から)更にクシャミ剤の特薬実験として、ジフェニールシアンアルシンを軽石に浸透させ円筒形の容器に入れて下部から燃焼剤によってガスを発生させる。これを所内及び、相模川四ノ宮河川敷で実験を行ったという。この7科16工場は北側に位置し、土壌汚染が危惧されている所でもある。あらためて2号特薬(あか)、くしゃみ剤。嘔吐剤の毒性を記します。ジフェニルシアンアルシン(DC)、ジフェニルクロロアルシン(DA)、アダムサイトのような有機ヒ素化合物(ジフェニル青化砒素)があり、低濃度で鼻、喉、目の粘膜に激しい刺激を与え、くしゃみ、咳、前頭部に痛みを感じ、高濃度では呼吸器深部を冒し、嘔吐、呼吸困難、不安感を生じ死に至る例もある。(日本学術会議報告平成13年7月より)中小口径化兵弾、筒、6番1号陸用爆弾ニ型(60kg爆弾)、更に発煙兵器に2号特薬を加えたものなどがあり、容器も、ドラム缶、ベークライト製、陶器等がある。毒ガスの成分は戦後60年たっても変わらず、遺棄・隠匿された毒ガス兵器は今も生きており、いつ私達に襲いかかってくるかわかりません。発見・無害化は一刻を争う。これ以上政府の怠慢は許されない。

   (追)環境省2月22日発表
 茨城県神栖町の毒ガス汚染源として考えられるコンクリート様の塊3ケ所(東西10m×南北8m×深さ2m、東西1.2m×南北3m×深さ1.5m、東西1m×南北2m×深さ0.5m)発見。井戸水を高濃度の毒ガス(ジフェニルアルシン・あか)で汚染、環境基準の数万倍に値する数値が出ている。健康被害を訴える住民は数百名、国が認定したのは119名にすぎない。被害に対する補償は無に等しい。  

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