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『うつほ物語』への招待 ( 1998.10.31 Up Date/2003.02.28 補訂)

『うつほ物語』を読む前に

すでに一条朝には、中宮定子の後宮サロンでもてはやされ、『枕草子』にも定子後宮の女性の間で、<藤原仲忠>と<源涼>と、どちらが物語の主人公にふさわしいか、という論争が記されている。じしんが清原氏であったからであろうか、清少納言は<仲忠>を支持しているが、その童生(わらわお)いのいやしさを非難する声もあったのである。また、同じく『枕草子』の「物語は」の段には、「物語は、『住吉』『うつほ』、殿移り(蔵開・下巻か)。国譲は憎し」と見えている。つまり『うつほ物語』そのものは支持するものの、政治的な立坊争いを描いた国譲巻は支持できないというのである。定子・彰子二后並立時代の後宮社会に身をおいた清少納言ならではの批評であり、また、『枕草子』には、後世『源氏』を規範とする物語史の正統とされた、『竹取』『伊勢』『源氏』に関する言及がなく、『うつほ』や継子物語を重視したところに清少納言独自の文学観をうかがい知ることができる。清少納言も強く支持するこの『うつほ物語』は、初期物語の王者『竹取物語』を遙かに凌ぐ物語要素を擁し、かつ二〇巻にも及ぶ長編物語である。作者のひとりに<源順(みなもとしたごう)>説があるが、この物語の叙述に特徴的な、あらゆる事象をあますところなく描こうとした姿勢は、初の古辞書『和名類聚抄(わみょうるいじゅうしょう)』編者が作者であっても全く不思議ではない(ただし、この物語の成立年代【 天禄〜長徳年間、《970〜999年》】に照らすと源順(911年生〜983年没)の最晩年の作と見なし、第二部以降は別作者と見なさねばならない)。この物語を大きな物語の流れに即して捉えれば、学芸の家・俊蔭一族と政治の家・正頼一族の拮抗の上に繰り広げられる物語と言えようが、「俊蔭」巻−「楼上」巻と「藤原の君」巻−「国譲」巻とが、「内侍のかみ」、「沖つ白波」巻あたりで統合する試みがなされ、大筋で大河小説の体裁を整えることに成功している。ただし、『源氏物語』に照らしては、考えられぬような内部矛盾を抱えており、数十年に及ぶ物語の複雑な成立過程を想定したり、複数のスポンサーの要請によって、物語が書き改められたとする説もある。

あらすじ

若き遣唐使<清原俊蔭(きよはらとしかげ)>は、船が難破して波斯国(はしこく)に流されるが、天女から琴と技芸を伝えられて二十余年の後に帰朝し、娘に秘琴と家の再興を託して死んだ。娘は時の太政大臣の子<若小君(わかこぎみ)(=藤原兼雅(ふじわらかねまさ)の幼名)>の子<仲忠(なかただ)>を生んだものの、父没後の清原家は零落し、北山のうつほで琴の伝授に明け暮れる日々を送る。後に父兼雅に見出され、三条邸に引き取られる。同じ頃、左大将<源正頼(みなもとまさより)>の娘<あて宮>には求婚者が殺到していた。<仲忠>も<あて宮>の噂を聞き求婚者の一人となるが、<春宮>からの求婚もある。また、紀の国吹上(ふきあげ)に住む<源涼(みなもとのすずし)>も求婚者の一人となる。<涼>も秘琴を携えており、<仲忠>の好敵手となって、神泉苑(しんせんえん)の紅葉賀(もみじのが)の際には、琴を競演し、天人が舞い降りると言う奇瑞を巻き起こす。そこで<帝>は禄として<涼>に<あて宮>を、<仲忠>に<女一宮>(おんないちのみや)を与える宣旨(せんじ)を下した。しかし、<正頼>は<あて宮>を<春宮(とうぐう)>に入内させ、求婚者たちの悲嘆は限りがなかった。入内した<あて宮(藤壺)>は<春宮>の寵愛を受け、二人の男の子を生む。(第一部)。

翌年の相撲の節(すまいのせち)では、帝のかねてからの願いであった<俊蔭の娘>が参内(さんだい)させられ、尚侍(ないしのかみ)となる。また、<仲忠>は<女一宮>と結婚し、<いぬ宮>が誕生する。<仲忠>は、<俊蔭>の霊が守る蔵を開け、伝来の書や俊蔭集などを発見し、帝の要請でそれらを進講する。その頃<太政大臣>が死に、<正頼>と<兼雅>が左右の大臣、<仲忠>も大納言に昇進する。また<藤壺腹の皇子>、<梨壺腹の皇子>ともに立太子の噂がながれ、立坊(りつぼう)をめぐって世は騒然としてくる。そうしたなかで譲位が行われ、<春宮>が帝位につき、新帝の意志によって<藤壺腹の皇子>が立坊する。(第二部)

一方、<仲忠>は祖先の霊が眠る京極(きょうごく)に屋敷と楼を造営し、母<俊蔭の娘>に<いぬ宮>への琴の伝授を依頼する。四季の移ろいと琴の音とが調和されつつ、<いぬ宮>は琴の秘伝を修得し、翌年の八月十五日に<嵯峨院>(さがのいん)・<朱雀院(すざくいん)>を京極邸に招いて琴の演奏を披露し、限りない感銘を与えたのであった。(第三部)

『古典文学鑑賞辞典』東京堂出版・1999.09.15 所収項目を補訂・改稿

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