1998.7.01補訂

『源氏物語』の招待−序章

物語の始発を軸に

1長編物語誕生の機制

 

 そもそも、物語の特質として、日々の生活が安定し、日常的な出来事を書き記すのみでは、人間ドラマのダイナミズムは、不発のまま平板に終わってしまいがちになります。とすれば、物語は生まれるはずがありません。しかし、この物語の天皇は、その安定した秩序をあえて無視し、さして出自の抜きんでているわけでもない更衣をひたすら寵愛している、その事件の最中の語り手の回想から、物語は語り起こされています。

 物語は、この帝の、極めて強硬で無謀な男性性を余すところなく記しながらも、かといってこれを拒否するわけでもありません。それに加えて更衣の愛欲をも平明な語りの中で語ることを忘れていないのです。桐壺物語は、こうした物語のエネルギーを時間の流れの中に徐々に醸成・蓄積させながら、この悲劇のラブストーリーを淡々と語り進めてゆきます。しかも、物語におけるこの帝は、政治的にも文化的にも、極めて洗練された思慮と判断を下す聡明な天皇として描かれてもいることから、当時の古代天皇の性愛=色好みは、むしろ当然のこととして周囲にも肯定されていたのであって、私たちはこの物語の時代背景をまず理解しなければならないのです。

 こうした前提の上に、特殊な女性性に密閉された後宮という空間に身を投じた一女性に対する規範を越えた帝の寵愛が、古代国家の成立以降確立されつつあった盤石の身分秩序を無視する結果となったが故に、悲劇は始発するのです。つまり、更衣その周縁の女達の論理が、帝ではなく、むしろ弱い立場の彼女に向けられ、彼女をさらに追いつめて行く過程を、私たちは息をのんで、ただ見つめる他はないのです。

 

2 読むための論理

 

 そうした理解の前提に立って、こうした聡明な天皇ですら後宮の秩序を侵犯させるほどの魅力的なヒロインを誕生させ、そしてすぐに命を奪うという桐壺物語というドラマの、そのうねりのような、巨大なエネルギーを解読したいものです。その上で、読者が体感したエネルギーを、今度は分析的思考から、現代にも通用する言葉として変換し、再構成して行く作業を行ってゆきましょう。それが読書行為なのです。さらに、その読書行為を、今度は言葉の精緻な働きの分析とも連動させながら解読する、この物語の文法(ふみののり)の解読へと展開させゆきましょう。

 つまり、物語内容(物語は出来事から何を語っているか )と、物語言説(物語はどのように語られているか)とを連動させながら、あなた自身がこの物語を通して、自分の人生観に基づく世界解釈を行うのです。こうした、読書行為による、虚構、かつ非日常的な言語の連続によって生成されてきた物語空間の理解は、物語内容と文法(文字通りの)とに従来分離されがちな傾向にあったとは言えましょう。

 しかし、私は、むしろ従来の学校で学んだ無意味な品詞認定の作業に収斂(しゅうれん)しない、つまり学校文法にはこだわらない、内容把握の連動する物語独自の文法(ふみののり)を解読する読解システムにこそ、『源氏物語』の世界が有するまさに幽遠な森のごとき世界へのアプローチ法として重要であり、また、テクストそのものの分析的な理解をも促すこととなって、むしろ物語文学理解の究極的な命題を解く鍵の一つであると考えています。

 

3 長編物語のことばと文法

 

 もちろん、テクストの語彙語法の分析といった基礎的な読解は言うまでもありません。しかし、もっと大切なのは、作家じしんが一人称で自己の人生を語る形式の日記ではない、三人称の語り手の語りを基軸とする、物語文学であることを前提とし、そこから、物語の出来事ーなぜー出来事の成り行きー物語展開の素因といった基本的な「枠組み」として持つこのテクストの特性を物語の文法として理解することの方が重要であると言いたいのです。つまり、この物語の物語たるゆえんは、登場人物を相対化し、統括する語り手の物語である、ということなのです。とすれば、それを理解しながら味読すること、特に待遇表現などを丁寧に考えることは、この物語そのものの持つ身分秩序を解明する可能性とも有機的に連動し、物語内容と物語言説は自ずと結びつけられることになるのではないでしょうか。

 

4 時代・文化・暮らし

 

 また、物語を総合的に理解するためには、平安時代という時代背景、摂関政治、後宮制度、古代天皇の結婚と性愛といった、より深く学際的・多面的な観点を盛り込まねばなりません。

 より具体的に言えば、この物語の時代設定は延喜・天暦の聖代、実在の醍醐天皇の時代の政治状況や、文化状況を色濃く滲ませながら、あくまで虚構の物語として構成されているという、物語の多層性・多面性といったシステムを解読しなければならないのです。また、この時代は 藤原摂関家の台頭は著しかったものの、古代王権の安定期にあって、和歌・音楽・絵画等、平安文化の最も華やかなりし時代でもありました。こうした観点から、時代・文化・暮らしについて、光源氏の青春期のテクスト、北山での療養生活・若き日の恋の過失・宮廷での賀宴・紫の君との養育と結婚生活などに見られる特殊な王という家に生を享けた悲劇の御子の、その生活世界の側からも、このテクストの魅力を考えてみたいものです。

 

5 物語の力

 

 つまり、日常性を一歩踏み越えるエネルギーこそがこの物語を生成させるのであるとすれば、私たちの身近にも小さな物語そのものは、いくらでも存在するのです。そうした物語世界に読者自身が身を投じることで、後世の読者である私たちも、時には大河ドラマの観客となり、またある者は主役に自己投影することによって、その物語から新たな自己を発見することにもなるのです。こうした、読書という行為の持ち合わせている最大の醍醐味を、私自身のことばと方法でお伝えすることが、今、私に課せられた使命だと念じています。