研究調査報告

「多摩川梨」

鮫島 千尋

 

 <梨の概要>梨と日本人はとても古いつき合いです。梨は日本で初めて栽培された果実と言われています。登呂遺跡など、弥生時代の古墳や遺跡からも種子が見つかっており、「日本書紀」にも登場します。鎌倉時代には、日常的に食べられ、江戸時代からは、盛んに品種改良が行われ、たくさんの品種が登場しました。昭和初期には、中国、韓国、台湾に輸出され、現在ではアメリカ、ヨーロッパなどにも輸出され、みかん、りんごと並ぶ日本の重要な輸出果実となっています。ちなみに、世界では70種類の梨があり、日本ではそのうちの約40種類を栽培しています。

 梨は、ただの水分が多いだけの食べ物ではありません。確かに梨は、水分90%と言われるほどたくさんの水分を含みます。梨が出回るのはちょうど夏バテの時期。古くから水分補給、夏バテ防止、疲労回復にと食べられてきました。実は梨には、たくさんの食物繊維やカリウムが含まれています。食物繊維は腸の働きを活発にし、便秘などに効果があります。また、カリウムは血圧を下げる作用があります。

多摩川梨>そんな中で、神奈川県川崎市で栽培されている梨を「多摩川梨」といいます。市内の梨の栽培面積は、47ヘクタール、生産量は1300トンです。歴史を言うと1650年代(江戸時代初期)には栽培されていたそうです。江戸から明治、大正、昭和にかけて盛んに栽培され、関東地方の一大産地にまでなった「多摩川梨」ですが、第二次世界大戦の勃発で、食糧事情が悪化。作付統制令による不急不要作物の指定を受け、栽培禁止。これにより壊滅的な被害を受け、戦争終結当時には、生産地は六分の一にまで減少していました。このため川崎市では、名産「多摩川梨」を復活させようと力を注ぎ、昭和中期には盛り返しを見せます。が、それ以降、高度経済成長による都市化と労働力不足などの原因によって、栽培面積が減少するようになりました。

 私の住む川崎市宮前区に梨が導入されたのは、昭和32年。ちょうど「多摩川梨」が、市の力によって盛んになっていた時期です。この頃、我が鮫島家でも梨の栽培を開始。宮前区にある農家は当初、地元の駅での販売や、遠出をして販売していました。自宅販売もしていましたが、最初に自宅まで買いに来てくれた人には、バス代を払うなど、誘致に努めていたようです。我が家では現在、宅配80%、庭先販売20%の割合で販売されています。庭先販売の70%が固定客です。販売するにあたって、広告などはいっさい出しません。以前出した時に、お客さんが来すぎて困った経験からです。今では、毎年地方発送の件数は、530件前後で、ここまで広がったのは、主に口コミの評判によるものです。現在、宮前区には11件の梨農家があります。

 <赤星病>梨以外の作物でもそうですが、梨を作っていくうえで避けては通れない問題として、病気や鳥の被害というものがあります。その中で最も心配しているのが、赤星病という病気です。被害症状としては、葉の表面にオレンジ色の斑点があらわれ、その斑点が大きくなるにしたがって、葉の裏に房状に毛羽立った円形状の病班を生じ、被害葉は次第に枯れていきます。この赤星病は、さび病の一種で、冬はカイツブキなどのビャクシン類に寄生し、春になると梨やボケなどに寄生します。対策としては、カイツブキなどを梨の木の近くに植えないことです。薬剤散布もありますが、寄生された植物が近くにあると、いくら散布しても効果がありません。過去には、赤星病駆逐のため、梨の木の近くに植えられているイブキ類などの木々を、国のお金を使い抜き取るということも行われました。この頃イブキ類は人気があり、植木屋でも盛んに取り扱っていたので、個人宅に植えられている木々を取り除くのは、とても大変だったそうです。現在は、梨産業の盛んな地では、市による条例により梨の木の近くにそれらの木々を植えることは禁止されています。ちなみに、うちの梨の木には、赤星病が少しですが発生していたのを、この夏確認しましたので、どうやら近くに木々が植えられている模様です。

 <梨園のこれから>そもそもお客さんに売るために栽培しているわけですから、消費者のニーズに答えるというのが基本です。そのためには、人気のある品種を取り扱うことが重要となります。最近の消費者は、甘くて、柔らかくて、みずみずしい梨を好む傾向があります。品質の向上と維持も重要です。梨は、キロ数によるまとめ売りが基本ですが、同じキロ数でも、実が小さく数が多いものより、むしろ少しぐらい少なくても、大きい実のほうが好まれます。このため見た目も重視しなければなりません。

 多摩川梨全体としては、やはり労働力不足が懸念されます。梨の拡大を図るために行われていることは、多摩川梨の加工・商品化。多摩川梨の利用拡大と農家の経営安定、消費者のニーズにあった特産物を作り出す。このために今行われているのが、梨ジャムという製品の開発。農業後継者育成については、市民や消費者との交流を進める中で、本市農業への理解を深め、農業経営基盤強化促進事業により、農業経営体の育成や農業者の経営改善を支援。

質問と答え

l    梨園を継ぐのか?   こればっかりはなんとも言えません。一応法学部に入ったことですし、法律関係の仕事につきたいものです。

l    味と他ブランドはどんなものがあるのか?オススメの梨、一番おいしい梨は?一番甘い梨は?    うちの果樹園で扱っているのは、豊水・幸水・新星・長十郎の4種です。人気があり、おいしいと評判なのは豊水・幸水です。でもこれは、消費者の好みの問題です。一番甘いのは、鳥がつついたやつでしょう。これは、確かなことです。ですから、なるべく鳥を寄せ付けないように、時期になると梨園全体を防護ネットで覆いますが、大変な作業です。この時期そこら中から鳥が梨を食べようと集まってくるのでその様は圧巻です。他ブランドには、横浜方面の浜なしというものがあります。ライバル?みたいなものです。

l    キャンペーンはやるのか?  やりません。時期になったら売り出すだけです。昔はお客さんにもぎ取りをさせていましたが、これをやるとお客さんに付きっきりになるため、現在では農家の人数の問題からもどこでも行っていません。

l    多摩川梨と他の地区の梨の差は?多摩川梨って品種名?   多摩川梨とはブランド名です。ただその地区で作っているからそう呼ばれているだけです。横浜で作れば、浜なしと呼ばれます。

l    多摩川梨はスーパーなどで購入できるのか?  できるはずですが、宮前区の農家は基本的に地方発送と自宅販売が基本です。

l    梨はもともと日本にあったものなのか?    梨の原産国は中国です。ただし、中国と日本では栽培方法が違います。中国では、りんごみたいに自然に栽培し、木がまっすぐ立っているだけです。このため台風などに弱いです。日本では棚式と呼ばれる栽培方法をしています。この方法は、台風に強く、風の影響をもろに受ける心配がありません。ちなみにこの方法は日本独自のものです。アメリカでは、日本の技術を取り入れています。また、現在のところ糖度や日持ちの問題から、海外から梨は入ってきていません。

l    梨園手伝うのか?   梨の販売時期(8月9月)には、手伝います。主に雑用ですが。