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  源氏物語における倫理思想

               99001067    武井 恵美

 今までの授業の中で、源氏物語の登場人物を扱ったものは多々あったが、恋愛観や結婚観などのことについては私の理解があまり深くなかったので、今回はそれらを含めた源氏物語のおける倫理思想について調べることにした。

 まずは男性観について触れてみたいと思う。『源氏物語』では、光源氏が男性の理想像として描き出されている。源氏をめぐる男性群である頭中将、朱雀院、髭黒大将、蛍兵部卿、左大臣、二条右大臣、夕霧、匂宮、薫などは、源氏の人柄を引き立てる役であり、彼らの欠陥をおぎなってあまりあるのが源氏であるとされている。

 源氏は、知・情・意が穏やかに備わっていて、人間味の豊かさや、濃やかな情愛をもちあわせている。また、女性の将来を見てやる面もある。政治家的な資質も十分に備え、学問的芸能的な才能も天稟の麗質があり、父親としても教育的素質を兼備している源氏は、女性にとってまことに好ましい理想的な男性とされている。 

 次は女性観である。当時は夫婦関係に入らないと、女性は男性に絶対に顔を合わせなかったので、男性は媒介者の言葉や世間の噂で見ぬ恋をした。若い男などは見ぬ恋に憧れ、さて結婚してみるとたいしたことがない、ということが多かった。女性の結婚に際しては門地・容貌・性行などと共に、書道・和歌・管絃などの教養が重視された。男性は妻を選ぶ基本条件として、思慮の深さ、温良貞淑、寛容の心ばせを挙げ、そして豊かな教養と謙抑な知性がこれに備われば、理想的と観じていた。もちろん母性愛に生きることは、女性の根本義であるとされていた。                     

 次に恋愛観についてである。当時の風習は一夫多妻制であり、生活習慣として男子は正妻のほかに多くの婦人に通じ、女性も男子との情交が薄れたり、また死別・離別などの時には、他の男に逢うのが常であった。が、当時の良識は、明石入道夫婦のような一夫一婦の結婚を理想としていたようである。

 「雨夜の品定め」では、男性は恋愛に情熱を強くは求めていない。男の妻の人格的見地からではなく、夫に対する奉仕者として、実用的効用的見地から「実なる心」を求め、さらにさらに付属的に教養や知性を求めているようである。恋愛はそこにはなく家の外にあり、女性は「あやにくなる」男心の「もののまぎれ」に起こる恋を容認し、かつ忍ばねばならなかった。肉体の交わりが結婚という形式に先行したところに平安時代の恋愛生活の特質と女性の不幸な境遇があった。したがって女性の側にしてみれば、何時捨てられるとも知れぬ不幸が嫉妬心を生むのは当然である。女性が、恋愛関係において自己本位であり、自己保全をのみ計ろうとする消極的、後退的な姿勢は、結局は社会的経済的に宿命づけられた、生活的に無力な女性の生活の不安に根ざしている。

 最後は結婚観である。平安時代の結婚制度は、「婿とり」「嫁迎へ」の二種があった。結婚に際しては、双方とも相手の身分・教養・才能について仲人を立て十分熟考はするが、いわゆる仲人口で、つい口先のうまい仲人にかかると、一生の不幸を見ることがあった。総じて結婚には女の侍女などの手引きによる情交が先行したし、それに一夫多妻の習俗があったので、結婚は女性にとって深刻な問題であった。結婚後夫の情愛が薄れたり、他の女への愛情から夜離れの日が続くと、悲哀・寂寥・嫉妬が苦しませる。後見の父母が健在の間は良いが、亡くなってしまうと、貞操を守り独身で過ごすことも、生活上の無能力から不可能であった。良くも悪くも親のすすめる結婚に従うのが良いと考えられ、結果が悪い時でも苦しむのは当人だが、「自らの過ち」として「人笑へ」の非難を直接受けずにすむということであった。安易な責任転嫁だが、それもこれも宿世であり僥倖がないとは言えない。女性の結婚については様々な不安があったが、思いやりのある広い心が夫婦の情愛を濃やかに美しくしていくとしている。

 離婚の条件は、子のないこと・淫乱であること・舅に仕えないこと・多弁であること・盗癖のあること・嫉妬心の激しいこと・悪疾のあること、以上の七条が『大宝令』に規定されている。このうちの一つに該当しないかぎり離婚は法的に成立しないわけだが、ちょっとした感情の行き違いから離別することがあった。しかし、不満はあっても離別せずにいれば、真実味のある男と世間にも思われ、女もまたどこかいいところがあるのだろうと、奥ゆかしく想像されるのだから、双方にとって辛抱が最良だ、というところに落ち着いている。

 今回、倫理思想について調べたわけだが、今まで私にとっては未知に近かった新しい世界を見ることができた。どうして女性は恋愛に対してこうも臆病なのだろう、と感じていたところがあったのだが、このような背景があったのならやむを得ないだろう。男性が女性に対して望むこと、女性が男性に対して望むことは、源氏の世界でも現代の世界でもたいして変わらない。

 源氏物語は奥が深いので、もっとたくさんの新しい世界を覗いてみたい。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                         

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