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和泉の2年間で得たもの

法学部22241番 熊谷恵介

 何を得たのかと考えると、逆に「何か得たのか」と自分に問い直すような2年だった。それでも強いて言えば、自分の生き方について再認識したことではないかと思う。高校二年の時に自分の生き方は「受身」だなあ、と初めて思って以来、それなりに積極的に生きようとは努力してきたつもりだった。が、よくよく考えてみれば、その努力は限定的・局地的・散発的といった具合であって、継続的・全体的なものとは程遠いものだった。根本的には「受身」のままだった気がする。具体的な解決策らしいことは考えたこともなかったし、とにかくなんでもやろうとただ気持ちばかり前に出ていた。その半端な姿勢による害がどっと出てきたのがこの二年間だろう。大学に行く前から勉強とアルバイトに専念しようと思い、サークルには入らなかった。でもふたを開けてみると、いくら時間があっても勉強するわけでもなく、かといってバイトにはげむでもなく、家にいるときは寝ているかパソコンで遊ぶか。図書館に行ってもどうでもいい本ばかり読む有様。課題や試験勉強も間際になって慌ててするという体たらくだった。大学の講義も出席をとらないもの、つまらないものはサボるか、眠ったりするようになった。高校までは「受身」とはいえ、それなりの対応が取れていたように思う。しかし「受身」をとるどころか、ただひたすらその場その場の空気に流されているだけの二年だった。相手や周りが自分に何か働きかけない限り動かないというのは楽ではあるが、相手が動かなければ、何もできない。小中高では、こちらが何もしていないと尻を引っ叩いてくれたが、大学は違う。自主性を重視するという姿勢が当たり前である。「個を強くする大学」、見方によれば「勝手にしろ」と言っているとも取れる、を掲げている明治大学では今までのようにただ積極的に行こうと思うだけでは通用しない。そこでいくら積極的に動こうと思っても気力が続かなければ意味がないと今更ながら気づく。そしてどうやって気力を続けさせるか考えている時に、サークルや部活をやりながらせっせとアルバイトに励み、さらには自炊までするバイトの同僚を見るにつけ、自分は駄目だと思い、ふと、今度は時間の使い方もあまりにも下手だと言うことに気づく。こんな感じで「受身」なじぶんの生き方について考えたことから、芋づる式にどんどん自分の問題点が出てきて、どうしようもなくただ考え込んでいる、それが今の自分だと分かったことがこの和泉キャンパスでの二年間で得たものだと思う。情けない人間だとは今までも思っていたが、何がどうなってそういう人間なのか少しながら分かってきた気がする。残り、最低でも二年残っている大学生活の中でできる限り自分というものをはっきり掴んでおきたい。 

 

 和泉の2年間で得たもの    2年8組28番  戸田 亜依

 

 大学に入ってもう2年も経つのか、といったかんじです。今まで自分の人生?

をふりかえることはあっても、大学に入ってからをふりかえるということはなかったので、今こうして論文演習の授業をとっていなかったらこのままふりかえることもせずに、3年生になっていったかもしれせん。

 この2年をふりかえってみて、一番大きかったのが、友人のことだと思います。わたしは中学・高校と同じところに通っていて、しかも高校から入ってくる人がいなかったので、学校での新しい出会いというのがないに等しい状態でした。受験が終わってみると、自分の高校から明治の法学部に行く人はわたし1人だけで、しかもわたしと仲のよかった友人は皆、浪人することになったので、大学生活が少し憂鬱というか不安でした。それに、高校のときの担任の先生がよく、「大学生とか、社会人になるとうわべだけの人間関係になるぞ」みたいなことをいっていたので、友人関係についてはほとんど期待しないで入学してきました。

 しかし、実際、大学生活がはじまってみると、そんな考えはふきとびました。いままでの友人たちとしていたように、学校のことや、彼氏のこと、ファッションのこと・・・。そんな普通の会話が、わたしにとって驚きでした。それに、ただ学校で会話するだけではなく、一緒に飲みに行ったり、買い物にいったりもしました。それまでは、大学以外で会うこともないのかな、と思っていたので、これも驚きでした。

 もちろん、中学・高校時代の友人の方が、過ごしてきた時間が長いぶん、色々、お互いのことを知っていて、それは大学に入ってからできた友人とはくらべものになりませんが、あと5年とか10年とか経って、大学生活について、一緒にふりかえることができたらいいな、と思います。

 ただ、まわりの人たちとの約束で、大学をきちんと4年で卒業しなければならないので、友人関係のことだけではなく、入学してからほとんどしていない勉強についても、あと2年頑張らなければいけません。

 和泉での2年は発見と反省の2年だったと思いました。