【源氏物語の男たち】        Text By 吉村亜弥

 

一、光源氏

・お婆ちゃん子=婆さんキラー

 三歳で母に死に別れた源氏はその後母方の祖母の手で育てられそれも六歳に祖母は死ぬ。祖父は早くに亡くなっている。源氏という男は身内に縁が薄く、その限りでは薄幸な育ちである。それに六歳まで祖母に育てられたというのが源氏を「お婆ちゃん子」にしている。

 母の顔を知らず、優しいお婆ちゃんの手で育てられたという経歴が女性心理に通暁させる。女の発想、女の価値観に共鳴できる素地を作っている。

・驕慢なプレイボーイ

 育ててくれたお婆ちゃんが亡くなった後源氏は宮中の父帝に引き取られ、その膝下で育つ。愛する人の忘れ形見というので、父帝は源氏にたいそう甘い。宮中の女たちも美貌で聡明な少年をちやほやする。朧月夜に言い寄り「人を呼ぶわよ」と彼女に言われると、「どうぞ。のくは何をしても許される身分なんだよ」と不敵に言い放つ。朧月夜は政治的に敵対する立場の右大臣の娘で源氏の兄の皇太子の妃なのに源氏は逢い引き続けついに右大臣に発覚するのだが右大臣と顔を合わせてもたじろかず慌てないという小憎らしさ。朧月夜の寝所に横になったままであった。

・育てたがり症

 紫の上は母に死別した後、育てられた祖母を失って一人ぼっちになったので別居している父親が引き取る手筈なっていた。その前夜源氏は父親に無断で誘拐拉致してきたのである。まだ九歳の紫の上に源氏はかねて横恋慕している義母の藤壷の面影をみとめた手に入れたいと思ったのだ。そういった思想は玉鬘にも向けられた。美しく聡明で素直で愛敬もありセンスもある玉鬘は世慣れぬ為たどたどしい所もある。源氏は彼女のような娘をみると自分の手を加えて磨きをかけたくてたまらなくなる。源氏は女は育てたり磨いたりするのが好きな男のようだ。

・人間を愛する男

 源氏の周りには美しいだけの女性というのは少ない。美しくなくても素養が際立っているとか性格が穏やかであるという特長で源氏の愛を得ている人も多い。例えば空蝉は美人ではないが頭が良くて物腰や風情のなまめかしい女で源氏はそこに心惹かれる。しかし空蝉は源氏の求愛をはねつけて出家し尼となった芯の強い性格の人である。また花散里も美しくはないが、でしゃばらない。慎ましい、優しい気立てでしかも明るく純真である。美しくない花散里ではあるけれどこの女性は愉快で批判力がありそこが源氏をおもしろがらせている。

 末摘花は源氏が絵に描いて紫の上を面白がらせた程のブスであり頭も良くなく昔風で野暮ったい。しかし末摘花は心から源氏に寄りすがっている。昔より打ち解け頼りにし源氏がものを言うとぎこちないながら笑顔を見せるようになる。源氏は彼女のそんなところがいじらしく感じられ、自分が面倒を見てやろうと思う源氏の優しさはどんな人間でもその人のいいところを見つけてやろう、見つけたいという気がある。

  国宝『源氏物語絵巻』柏木(左が柏木、右、夕霧)            

二、夕霧

・初恋

 夕霧の初恋は従姉の少女・雲居雁である。二つ年上で十四歳の美少女であった。祖母の大宮のもとで一緒に育てられたのである。雲居雁は頭中将(内大臣)の先妻の娘である。しかし内大臣はもう一人の娘の女御が源氏方の別の女御との立后争いで負けてしまったので次は雲居雁を東宮に入内させようとする。内大臣は今度こそ我が家から后を、と思っていたので雲居雁と夕霧が相思相愛、女房たちも噂する仲と知り愕然とする。これでは東宮妃にできないと激怒し仲を引き裂かれそうになる。

 ここで夕霧は真面目な人柄らしくただ耐えた。ただ耐えて内大臣が2人の仲を認めてくれるのを待った。そして2人は結ばれる。源氏はこの時の夕霧の態度を褒め自分とは違う夕霧の正確に感心した。

 夕霧の真面目さは紫の上を垣間見た時にも発揮される。父の事実上の正妻・紫の上の美しさに心ときめかせたが自制心でその恋心を押さえつける。思い余って藤壷と関係を持ってしまった源氏とは大違いである。玉鬘の時も彼女を異母妹と思って恋せぬよう自制していた。

・真面目すぎてしつこい

 「山里のあはれを添ふる夕霧に立ち出でん空もなき心地して」・・・この山住まいがもの哀れを加える夕霧のために私は例え立ち帰ろうとしても帰ってゆくあて(空)もない気がして(帰りかねる)。

 これは夕霧が夕霧と命名されたゆえんとなる歌で落葉の宮に詠みかけた。かなり雅やかな歌ではあるが前述したように相手の親に反対された初恋を実らせてしまう、真面目を行き過ぎたしつこさのようなものが表れてもいる。落葉の宮は柏木の未亡人で夕霧は親友の遺言を守って落葉の宮を訪ねたりしているうちに、恋におちる。落葉の宮は愛されなかったものの柏木を亡くした悲しみに暮れているし、そう軽々しく夕霧に乗り換えるつもりもないのに夕霧は辛抱強くかき口説く。結局落葉の宮は夕霧の情熱に押されて結婚する。

 

三、薫

・厭世家

 冷泉院は自分が源氏の実子だと知っているので薫を異母弟と見ている。薫の母・女三の宮は帝の異母妹でしかも后は明石中宮であるから薫の異母姉である。父親(源氏)は亡くなったが後見の力は絶大だから薫の未来は前途洋々のはずだが薫は鬱々としている。それは薫が自信の出生に疑問を持っているからである。女三の宮が若い頃から仏門に入ったくせに殊更深く仏道に帰依しているわけでもない所からもそれは薫に暗示させた。そんな訳で薫はいつも沈んだ面持ちなのである。それが若い彼を老成ぶって見せ、さらには重厚に見せている。

・対匂宮

 しかしいつか出家すると口癖のように言いながら薫は匂宮と張り合ってあちらこちらと女性に心惹かれたり、牽制し合ったりしている。内実はどうあれ外見は見事に平安貴族らしい華々しいさを見事に繕っている。薫は世間の非難や指弾を受けぬよう細心の注意を張り巡らして肩肘を張って生きている。いずれ帝にと目される身ながら両親である帝や后にたしなめられている匂宮とは大違いである。宇治十帖では常にこの二人は対比される。声や容姿も少し似ているらしい。

・源氏物語の底流を背負う男

 光源氏は亡き母の面影を求めて藤壷を慕い、その満たされぬ思いを抱えて今度は藤壷に似ている女性を探す。薫もまた大君の面影を求めて中の君、浮舟を愛していくという所で正編と宇治十帖は大きな共通点をもつ。しかし薫は源氏と違い真実大君だけを求めているので他に愛した女性への本質的な愛情に欠け、それが浮舟を追いつめたと言っても過言ではない。

 

四、頭中将

・常に二位の人

 頭中将は光源氏より五、六歳年長であるらしい。青年時代の官位は等しいが後に壮年に及んで出世は源氏から常に一拍遅れになってしまう。しかし二人はよきライバルで気の合う親友でもあった。

 源氏は身内に縁が薄く子どもも少ない。一方頭中将は子福者である。しかしそうであってもこの時代有力貴族の武器ともいえる女の子は二人しかいなく、その娘も立后争いで源氏に負ける。

・源氏物語=政治的小説要素

 須磨に流された源氏が都に戻ってきて政界に返り咲いた。頭中将もまた同時に政界の中心人物になっていく。二人の親友は今度は宿敵としてあいまみえることになる。良く理解し友情を抱きながら二人は政権争奪の修羅場に身を投じる。

・鈍色の直衣、指貫、うすらかに衣がへして、いとををしうあざやかに、心はづかしきさまして参りたまへり

 頭中将はうるさい、気難しい性格ということになっていて、元来少々荒々しく物事をきっぱり決着をつけたがるような性質、角のたった気性である。そして源氏物語中「ををし」と形容されているのは頭中将一人である。彼の「ををし」は源氏のめめしさの美と情趣を強調させる為に利用されている気味もある。

 

五、桐壷院

・子煩悩

 桐壷帝は現実を直視する人であって、どんなに可愛がっても光源氏を東宮に立てられないことを知っている。また可愛がっているからこそこの後世間で活躍できるよう臣下に降したともいえる。

 この帝は源氏にとっては本当に甘い過保護ともいうべき父性愛を発揮する。元服し青年になった源氏は左大臣の娘・葵の上という正室がいるにかかわらずあちこちほっつき歩き、ともすると内裏にも参上しないと帝は心配して「内裏より御使ひ、雨の脚よりもげに繁し」ということになる。源氏が色恋沙汰で居所不明になると頭中将などを使者にして捜させたりする甘さであった。

・さばけた粋人

 源氏は皮肉にも柏木と女三の宮の密通を知るにいたって自分の若き日の過ちを目前に突きつけられる。柏木に憤る一方で昔の院の優しさを思い返し、自分に柏木を責める権利があるのかと思い悩む。つまり源氏は桐壷院ほどさばけてもいず、粋人でもなく、それゆえむやみに苦しんでその後も生きてゆかねばならない。桐壷院に比べ源氏はとても知らぬ顔を作って大きく包容できる人間ではなかったのだ。