【源氏物語の敬語法について】 Text By 田中 久美子
敬語とは……
発話の話し手や、文章の書き手である述者が、社会的なわきまえとして、発話の聞き手や、読み手である対者、または話題の中の人物・神仏などに対して、敬意を表すために用いる言葉である。
そしてその運用には、待遇対象の社会的地位や、身分を主として、その他にもさまざまな条件が作用する。
◆『源氏物語』の地の文における敬語運用の法則◆
@ 『源氏物語』において、敬語には高低の幾段階かがあり、地の文で、一定の段階を保つのは、最高の帝・后・東宮・上皇のみである。
A 地の文で、最低でも敬語がつくのは、皇族と上達部の列以上であり、特別の君達がこれに準じ、女性もほぼ同じである。
B 身分差のある人々を一括して叙するときは、敬語はその高いほうに従う。
C 特に高貴な人々と一座するときは、敬語は簡略になり、また省略されることがある。
D 文勢を図るため、その他特殊な効果を求めて、敬語が省略されることがある。
1.対象の「いる・いない」と待遇
この場合の
・いる……対象が発話の聞こえる距離内に存在すると、話し手が認識している時。
・いない……対象が発話の聞こえる距離内に存在しない時。
対象が発話の聞こえる距離内に存在しても、話し手が認知していない時。
対象が発話の聞こえる距離内に存在すると、話し手が認知しても、対象には聞こえないという判断をした時。
を示している。
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▲表U
〈表T〉は光源氏が話し手である発話文によって、対象の「いる・いない」ということと待遇との関わりについてを表したものである。
〈表U〉は敬語表現文数と無敬語表現文数の合計数を、「総数」として表したものであり、「総数」に対する敬語表現文数の比率が「敬語表現採用率」となる。
また、「総数」の「いる」の左側は二人称、右側は三人称を表す。
〈表T・U〉によると、「いる・いない」と待遇との関わりはあきらかである。つまり、「いない」場合は対象への待遇的配慮が希薄になっている。
ここで、表中の八人を身分的に分別してみる。
・藤壺→中宮であり、皇太后であるので別格。
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この分別をした上で〈表T・U〉をもう一度見ると、対象が「いる」場合は待遇上の落差はあまり認められないが、「いない」場合には、〔上〕に属する二人に対する待遇と比較すると、〔中〕・〔下〕に属する五人に対する待遇上の落差が顕著に現れている。
2.「聞こし召す」とその類義表現について
◇「聞こし召す」の意味・用法◇
◎「聞く」「食ふ」「飲む」の主体敬語として用いられる。
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@「聞こし召す」の下に他の動詞が接続して、「聞こし召し」で一つの動作を表す複合動詞を形成することがある。
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A「聞こし召す」の下に敬語動詞が接続したものは、間違いなく「聞く」動作ともう一つの動作を表す二つの動詞の接続したものと解釈される場合がある。
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B他の動詞の下に「聞こし召す」が接続して、「〜聞こし召す」という複合動詞になっている例も一例だけある。
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C「聞こし召す」の下に使役の助動詞の「す」や受身の助動詞の「る」を伴って、使役や受身の相手の動作を言う場合の用いられることがある。
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◇「聞こし召す」の使用数◇
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・「聞く」の主体敬語「聞こし召す」の類義表現→「聞かせ給ふ」
「聞き給ふ」
・「食ふ」「飲む」の主体敬語「聞こし召す」の類義表現→「参る」
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=参考文献=
『源氏物語の敬語法』 平成7年4月25日 初版発行
著者:大久保 一男 発行者:田中 良和
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