新刊紹介

Special Thanks To Profeser.Yoshitomi Abe

 

(「解釈と鑑賞」特集・神々の変貌・775号・至文堂・1995.12)

 

上原作和著『光源氏物語の思想史的変貌−<琴>のゆくへ』阿部好臣

 

 序文の冒頭に「本書は<琴のこと=七弦琴>が、物語文学の思想を表象する宝器であることを論証するために、五年の歳月を費やしてきた、私の愚直な営みに関する報告書である。」とあり、続く序文それ自体に本書の位置が示されている。無論「愚直な営み」が謙辞であることは言うまでもないが、「五年の歳月」は多分これから追求がつづけられるであろう永い営みのスタートなのかとも、ふと思われる。

 物語文学の歴史を考える場合、『竹取物語』→『宇津保物語』→『源氏物語』という根本的な流れを抜きに、どのような論述もあり得ないのである。その時『宇津保物語』が「秘琴の伝授」を作品を貫流させる主題軸として存在させている以上、「琴」を中心に考える<文学史>は必須の用件として存在しているのは、異論の余地の無いところであろう。また、記紀神話から琵琶法師の語り(琵琶も琴であることは山田孝雄『源氏物語の音楽』の指摘が財産)まで、とにかく<音楽>と<物語>は永遠のテーマで在り続けるであろう。ともかく、中川正美『源氏物語と音楽』を始めこの所、<音楽>を媒介に<物語>へ切り込む視座が確定した感があるが、本書はその中でも本格的な土台を提供するとともに斬新な「読み」をも提示する魅力的で、かつ基本文献として今後の研究の指針を提示したものでもある、と位置付けられるであろう。

 本書の内容は、『うつほ物語』の比較文学論断章−『うつほ物語』への水脈を「胡笳」から絡め『源氏物語』の「若菜」巻の女楽を撃つ第一部「物語の楽の音」、楽統継承を中心に『宇津保物語』から『源氏物語』への連関を見極めようとする第二部「<琴>のゆくへ」、三島由紀夫『豊饒の海』への見渡しを効かせる第三部「付説<ものがたり>のゆくへ」からなっている。無論、第二部は平安後期物語への目配りである「<琴>という名のメディア、あるいは感応する言説の方法」も配置し、ある意味では<琴>をめぐる文学史の構築も企てられていたのである。

 漢籍に対しての強さもあるし、「メディア論」「言説」等々の方法論に対する真摯な目配りは当然のことであるが、史料読みと方法論の両者を兼ね備える書き手は、そう多くはいないであろう。そして、本書を特徴づけるものとして、貧欲なまで吸収の姿勢があるのだと思う。そして、著者は「禁欲的」に本書を仕立てたのも確かであろう。若き仲間の上梓を喜ぶとともに、物語文学史を考えたり、教えたりする際に使える本が、或いは、これを除くわけにはいかない著作が増えたことをよろこび、紹介としたい。

 

(1994年12月20日 A5版 278頁 有精堂刊  定価8.240円)

(あべ・よしとみ 日本大学助教授<当時>)

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