2003萩往還マラニック250キロ報告記
渕上哲郎

松崎様
 お礼と萩のご報告が遅くなりすみませんでした。
さすがに仕事がたまり、一週間バタバタしてて、家のパソコン開くこともなく、携帯にアドレス登録してなかった方々には今頃お礼メールなどしています。
 しかし、萩往還250キロはみなさんに聞いていた以上にすばらしい体験でした。46時間40分かかりましたが楽しかったですねえ。多くの人達との出会いなしでは決して完踏など出来ない道のりですし、逆にあれほど景色やストーリーがすばらしいコースだからこそ、いつまでも進みたい気持ちにさせてくれるのでしょうねえ。最後の3〜4キロは「もう終わっちゃうのかあ、まだ走りたいなあ」などと左足首の痛みも忘れて走っていました。
 コースでは、スタートから10〜11キロまでは一人でペースを守り走ってしましたが、途中から柳さんについてしまい、山本ボートまで併走しました。ただ、寝不足がたたったのと、腰の痛みからスピードもガクンと落ち、眠気とだるさで朦朧となり、柳さんには先に行ってもらいました。それからは一人でとぼとぼ走り、松原さんに76キロ大坊ダム手前で追いつかれてもついていけず、それから朝までは地獄でした。
 海湧食堂手前ではもう止めざるを得ないか、などとも思っていましたが、食事後の俵島(7:53)〜川尻岬(9:20)で走れるように復活していました。後続の江口さんとも川尻岬では少しだけ一緒になり、自分は先行の松原さん、佐藤さんを追いかけましたが、シーブリーズ手前で兵庫県の知り合い山下さんと出会い、少しペースを落とし、立石観音(11:27)、千畳敷(13:00)へ。しかし、コース上はどこもびっくりの連続でした。よくこんなコース作ったものだと・・・。
 千畳敷では関西組数人と話し、ソフトクリーム食べたりして結構ゆっくりしてました。坂本西でカップラーメン食べている間に江口さんがまた追いついて来ましたが、兵庫の山下さんと仙崎を目指して先行しました。仙崎はエイドがなくなり、ここを最も当てにしていた山下さんはショックが大きく近くのガソリンスタンドで15分以上もいろいろ飲んだりべらべらしゃべったりしてました。
 青海島では4〜6人で走ってましたが、山下さんの足の調子からペースを押さえて走り、ほかにも調子を悪くする人も出て、静ケ浦キャンプ場では結局リタイアが2人。青海島はやはり長く、鯨墓(18:32)折り返し後についに江口さんに追いつかれ、それからは基本的にゴールまで一緒でした。
 仙崎では、10人くらいが固まり、宗頭を目指すこととなりましたが、初参加らしい女性ランナーが早く着いて仮眠したいとのことで伴走するも途中で彼女は歩きに。宗頭にはみんなより先に着き、食事、風呂、着替えして、既にリタイアしてボランティアしていた友野さんの忠告を受け江口さんと30分仮眠し、4日の0時45分頃に宗頭をスタート。
 ここからは北九州の尾形さんとの3人旅が始まり、3人だったり10人だったりと朝までの長旅を笠山まで過ごしました。萩に入ればすぐに笠山かと勘違いしていたようで、眠いしペースは速いしで最も苦しんだ区間の一つだったかもしれません。残り時間との戦いを3人とも意識しすぎ、疲れ果てた虎ケ崎の食堂(7:19?)では3〜5分くらいはテーブルで寝てました。
 尾形さんとは、笠山入口で別れていたため、ここからは江口さんと2人でした。笠山出口で半袖に着替えをしていると、衛藤ケイコさんが到着、その後村田さん、田中和美さん達も到着。声を掛け合い別れました。
 笠山〜東光寺は行きよりも気持ち的には非常に楽でした。ただ、往還道に入るくらいから佐々並までは焦りと左足首の痛みでかなり苦しみました。完踏の見込みが立ちながらも、未知のコースのため距離と時間との関係が計算出来ず、キャンプ場までが遠かったのですが、それでも平地かゆるやかな上りは二人で意地を見せて走り、どうにか坂堂峠にたどり着きました。時間はたっぷり残っていたため、それぞれに痛めた足をかばいながら山道の下りは歩き、ラスト3キロは見栄をきりながら恵村さんと3人で一列になって走り降り、大勢の仲間の祝福を受け、瑠璃光寺ゴールを果たすことができました。
 ゴール後も140キロの村田さん、田中和美さんが戻ってきたり、250キロでお世話になった尾形さんや山下さんがゴールしたりと感動のシーンが続いていました。太宰府走ろう会のみんなが瑠璃光寺入口右側に陣取り「おかえりなさーい」と迎えてくれるのはさすがに嬉しかったですねえ。思わずゴール直後に「来年も走ります〜」とみんなに言ってしまいました。
 萩往還250キロを知り尽くしている松崎さんに対してこんなに長くダラダラと打つつもりはなかったのですが、つい道中の主立ったところお伝えしたくて書いてしまいました。
 たまたま完踏出来たのですから、謙虚にならないといけないのでしょうが、48時間の制限時間であればあきらめさえしなければかなりの確率で行けるのではないかと思いました。ただ、2日間眠らないということと、48時間近く体と心を動かし続けるということはやはり普通の人はやってみたいとも思わないのかもしれませんね。
 でも本当にありがとうございました。松崎さんやほかの先輩方のチャレンジを聞いてなかったら、申し込みをしてなかったですし、途中であきらめていたと思います。来年、またスタートに立てるようにこれから仕事も走りも頑張ってみます。
 また、今年の玄海はお世話の側に加えていただきたいと思っています。18日の打ち合わせは「参加」と見野さんには答えたのですが、子どもの運動会が入ってました。雨天時のみ参加となりそうです。また、その際にお会いしましょう。    渕上 哲郎