富士の雪中行軍
千田虎峰

2時半、目を覚ますと車窓からの駐車場は雪を載せた車で一杯だ。五湖へ登ってくるとき雨の御殿場のコンビにで買ったお握りをほおばる。受付への階段も雪で埋まっている。用を足し、暖房の社内で早々に着替えてスタート地点に向かう。外気温2℃、風は無いが雪質は細かく変わってきてまだ寒くなりそうだ。真っ暗な中、117キロのスタートには雪を踏むきしんだ音とスピーカの音が響き、ライトに照らされたランナーのはく息が涌き出るようにあふれている。30cmほどの積雪だろうか。
北麓公園から山中湖までは前を行くランナーの踏み跡を追っていくが、道端の木々は重く首をたれている。所々雪の中に電灯を入れた案内用のポールが置いてあるが、森はあくまでも黒の衣装だ。忍野への集落で夜が明けてくるが人の姿は見えず、気温は1℃を指している。湖畔周遊道路に出ると車が大型を含め急に多くなり、注意していても跳ねられた雪塊を何度もかぶる。後発100キロのトップランナーが追いぬいていく。雪はどんどんと情け容赦無く落ちてくる。
転倒しないように、帽子に積もる雪を払いながら踏みしめた雪上を走る。辺り一面、白一色だが遠景の山々と湖、繋がれた小舟が雪の中に浮かび、水墨画の世界だが眺めてゆっくりするゆとりは無い。
こんな悪天候でもエイドでの接待、声かけと要所にはスタッフが立っていて激励をくれる。
27キロエイドで「悪天候のため47.5キロで中止」と告げられる。117の時間配分で来たが、緊張が一変に切れてスピードをアップする。帽子と手袋には相変わらず雪が積もり、凍って固まるので何度も落とす。靴下は水を含み、靴の指先の感覚が寒さで無くなってきている。八甲田の雪中行軍の映画を思い出すが、勇気ある決定だ。昨日の名古屋を出るときの暖かさでは20℃程の温度差があるのだろうか。寒いゆへエイドの熱いココア、味噌汁など身も心も暖められ頭が下がる。「ありがとう」と礼を言ったが、もっと声を高くすればと後悔している。
47.5地点の林間学園で暖を取りながら、豚汁を何倍いただいただろうか?美味しかった。
4月の雪は珍しいと地元でさえ言ってたが、富士も桜も見られなくとも良い経験をさせてもらったものだと合わせて健康に感謝している。                       完