実のところ、ボクは“ドイキチ”である。「ドイキチってなんだよ」と怒る方も多々いるだろうが、早い話、ただのドイツキチガイのことだ。
 しかーし、ボクはドイツ語なんかほとんど喋れないし、ドイツ文化についても造詣が深いとはお世辞にも言えない。半年、1年くらいドイツに留学したひとなんかからすれば鼻で笑われること請け合いなのだ。(偉そうに言うなって…)
 それでも、“えせ”ドイキチとしての職務は怠っていない。パソコンの埃よけ用のカバーはミヒャエル・シューマッハの旗だし、漏電ブレーカにはドイツ16州の紋入り壁掛けがさり気なくぶら下げてある。仙台に引っ越してくる際にも意味なくドイツ語の辞書を持ってきているし(当然大学の第2外国語はドイツ語だったのだが)、ソーセージ(ドイツ語ではブルスト;wurst という)も好んで食している。(笑)

 そんな中、宮城県美術館なるところで『ドイツ版画の近代』展というのが催されていることを偶然たまたま、ほとんどまぐれ状態で知った。とある宮城県内郡部の公民館でポスターを見たのだが、このポスターがすごかった。とにかく前衛的なもので、これが版画によるものということに十分度胆を抜かれたが、それにもましてそれが質実剛健なドイツ人の手によるものだということでとどめの一撃を刺された。ささやかながら抱いていたドイツ人のイメージとえらくかけ離れたそのサイケなデザインセンスに「これはもう実際行って確かめるしかないな…」と内に秘めたる“えせ”ドイキチ魂がめらめらと燃え上がってしまったのだった。(ちなみにボクは芸術なんかとは全く無縁の人間です。基本的に)

 そして、当日。
 『ドイツ版画の近代 魂の表出---表現主義とその周辺』なんてタイトルからして超マニアックな企画にひとがたくさん集まるはずはないと確信して行ってみたところ、やっぱりガラガラだった。まぁ、この方が気兼ねなくのんびり鑑賞できるというもの。やる気があるんだかないんだかよく判らないお姉ちゃんの受付を抜けていざ展示室へ。
 最初に展示物の説明があり、展示してある版画作品は19世紀末から20世紀初頭にかけてのもの。19世紀末に美術界を席巻したアール・ヌーヴォー(ドイツではユーゲント・シュティール;Jugend stil)の流れをくんでいるようで、なかなかエキサイティングでポップなアートが期待できそう。(これは無知故の勝手な想像!)
 が、予想に反していきなりオーソドックスな版画。しかも単色刷りということでコケてしまった。(そりゃそうだ!)
「ま、まぁいいさ。お楽しみは後にとっておいて…」
 気を取り直して先を急ぐ。途中、版画の種類ということでいろいろ方法があることを知ってびっくり。版画というと単純に木版画を思い浮かべてしまうが、これはほんの一部。木版画は凸版で、盛り上がった部分にインクを載せて転写する方式だが、銅板に何らかの手段でくぼみを作り、そこにインクを詰めて圧をかけることでくぼみのインクを刷り取る凹版というのがある。そういえば、中学生の時美術の授業でシルクスクリーンというのをやったっけ。アクリル板にニードルとかいう先端に針のついたペンみたいなもの(みんなダーツ代わりに投げていたけど)で傷をつけ、インクを表面に塗る。そのままではまっ黒になるので軽く表面のインクを拭き取る。傷に詰まったインクは拭き取られない。そして、紙を載せてローラーにかけると出来上がりというものだった。懐かしい。そのほか、石の溌水性を利用した平版というのもあるようだ。
 多色刷になると、根本的に絵画に比べて表現に制約がある版画だけにやたらとインパクトが強い。オスカー・ココシュカ(Oskar Kokoschka)という人物の作品は、無階調色を多用しているせいか、まるでステンドグラスを見ているような不思議な感覚にとらわれた。
 展示室はいくつかのブロックに分けられていた。ブロックごとにテーマが若干異なっている。
「そろそろ飽きてきたな…」
と思いつつ違うブロックに移ったその時、ボクは思いっきり目ん玉をひん剥いてしまった。
 ボクがここに来た唯一の理由---それは“サイケな版画を拝むこと”に他ならない。その点からすればまだ目的は達成されていないことになる。
 が、ようやく辿り着いた。
 何と言ったらよいのやら。“それ”はスパークしていた。とにかく、弾け飛んだ作品だった。抽象的な構図なのだが、あからさまに怪し気なメッセージを受けて取れる。それでいて物凄いパワー、エネルギーを感じる。そのアンバランスさに思わず笑いさえも込み上げてくる。
「このデザインセンス、今でも絶対に通用するよ!」
なんて、その方面のプロでもないのに思ってしまうのだった。
 似たような作風の版画がいくつか並んでいる。恐らく同じ作者なのだろう。
 作者はマックス・ペヒシュタイン(Max Pechstein)という。
 展示してある一連の作品はどうやら聖書を版画化したものらしい。聖書の言葉と思える1節が添えられている。確かに聖書と言われればそのような絵ではある。だけども、中世の宗教画とはおよそ似ても似つかぬアバンギャルドなその作風は教会から「不敬!」と罵倒されたのではなかろうかと要らぬ心配をついついしてしまう。

 なぜかしら興奮した。
 版画もセンスひとつで過激さオンリーの現代アートも顔負けのサイケデリックアートになり得るのだと知った。
 見終わった後もポストカードでもないかと売店を漁ってみたが、特別展の、それもほとんど集客力のない展示の関係のグッズなんてあるはずもない。「あらら…」と肩を落として帰ることにする。
 結果としてボクの期待に応えてくれたのは、そのペヒシュタインの10ばかりの作品だけだったのだが、入場料500円ということもあり決して損した気にはならなかった。
 ま、たまにはインテリゲンチャな余暇を過ごすのも悪くないかな。


これがその作品だ!

『そして御力と栄光は』
『Und die Kraft/und/dieHerrlichkeit』

マックス・ペヒシュタイン
Max Pechstein

 なんとこれが今回の特別展のポスターになっていたのだ。
で、この作品、何なのかよく判らないだろうけれど、聖書を版画化したもの(!)。これに前後して一連の作品も展示されていた。
 とにかく、サイケデリック爆発!と言ったところか。怪しい、怪しい、怪しすぎる! でも、なんか面白い!
 版画特有の味わいがデザインアートとしての効果を一層高めている…よね。(?)

(1998.2.14)


Modernism in German Prints
Expressionists and their Contemporaries