時宗の夫人・覚山尼は、時宗より一つ年下で、現在の八王子、相模原、厚木市あたりを所領した有力御家人、安達義景の娘だった。義景は父泰盛とともに御家人の領地と権限を守ろうとして、北条得宗家の私的官僚・平頼綱に討たれ、覚山尼の実家の安達家は滅亡した。 時宗が死去した翌年のことだ。覚山尼は夫と父、祖父を失った。そしてまだ14歳の貞時を開基、自らを開山として東慶寺を創建した。 8年後、22歳になった貞時は平頼綱の屋敷を急襲して、その一族を滅ぼした。 次へ