神戸市東灘区甲南町のかつての自室からの冬の朝の風景。
山の手を阪急電車と山陽本線が走り、山腹に神戸薬科大学や甲南女学園が見える。古代、この辺りから芦屋にかけての海岸を菟原(うはら)と呼んだ。二人の男に求愛された菟原処女(うなひをとめ)の悲劇伝説の地だ。
菟原処女は万葉集巻六の挽歌、巻十九の大伴家持の歌など、数首歌われている。この地は伝説にちなんで、乎等女(をとめ)とも呼ばれた。
「玉藻刈る 乎等女を過ぎて 夏草の 野島が崎に いほりす吾は(巻十五 3606)
3年は勤めるつもりでいた神戸での勤務は、思いがけず1年で終わった。 戻る
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