石山寺 多宝塔
The pagoda of Ishiyama-dera Temple

「かげろふの日記」の作者は、結婚16年目の天禄元年(970年)7月に詣でたが、10日の予定を変更し3日目には京に帰っている。参籠のときに作者の見た夢は「石山寺縁起絵巻」に残っている。不安定な気分が引き起こした暗喩的な夢だと思う。紫式部が籠ったのは寺のパンフレットによると寛弘元年(1003年)8月で、33年後ということになる。ここで「源氏物語」を執筆したかどうかは別として、取材旅行になったとは思う。もちろん「かげろふ」の作者のことも念頭にあったに違いない。
「夜の明くるままに見やりたれば、東に風はいとのどかにて霧たちわたり、川のあなたは絵にかきたるやうに見えたり。川づらに放ち馬どものあさりありくもはるかに見えたり。いとあはれなり。」(「かげろふ日記」92)とあり、瀬田川の向こう側は馬の放牧地だったようだ。
門前の店で瀬田川を眺めながら「しじみ定食」。