“事故”の後

兄妹は度々狙われるようになった。

大抵は兄妹まで手が届かない。

碇の家、その護衛達によって阻まれるのが常

それほど、優秀であった。

兄妹の実生活にさえ、なんら影響は出なかった。

 

ある時までは・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「シンジ様、レイ様! お下がりください」

「でも! みんなが・・・・・・・・・」

「これが、我々の仕事です。それに自分の身も満足に守れないお二方がここにいられては邪魔なのです!! 」

「!?」

 

ある雨の日曜

突然、碇の屋敷が襲われた。

 

これまで度々、出かける先で誘拐などが図られたことがあった。

もちろん、護衛達の前にいつも未然に塞がれていた。

相手もまた、けっして自分達の痕跡を残さぬよう、最新の注意を払っており

当然、その行動は限られたものになっていたのだ。

 

この日までは

 

「お兄ちゃん・・・・・・・行こう・・・・・」

「レイ・・・・・でも・・・」

「ここにいても、ワタシ達なにも出来ない・・・・・・」

 

レイはシンジの腕を取り

促すように引っ張って言う。

普段シンジの傍にいるときは、安心しきったその顔が年齢以上に幼く見えるものだが

このときはシンジ以上に落ち着いて、大人びて見えた。

 

「そうだね・・・・・・・・」

 

いつもと違う静かな表情で自分を見つめるレイに

激情にかられたシンジの心も落ち着きを取り戻す。

 

「わかった・・・・・・・・若瀬・・・・無事で」

「もちろんです! 私はまだ、シンジ様にもレイ様にも、たっぷりと修練を積んで頂きたいのですから」

「お願いなの・・・・・」

「ああ! もちろん。頼む」

「まかされました!! 」

 

シンジはレイの手を取り、握り返すと

自分から屋敷の奥に下がっていく。

が、ふと気がついて後ろを振り向いた。

 

「みんなも絶対無事でいるように! 働いてもらわなきゃならんのだから、怪我などしたら許さないよ!! 」

「ヒぃー―――! 若様は鬼ですな」

「そうそう、我々をこき使う気だ」

「これはオチオチ怪我もしていられない」

「「「「ハハハハハハハッハハハハハッハハハ」」」」

 

帰ってきた軽口に悲壮感は微塵も無く

このとき、兄妹は、みんなまた必ず会えると信じていた。

 

そう、無事会えると

 

 

 

 


 

 

ふたり

第五話

『サクリファイス』

 

 

 


 

 

 

月明かりの元

庭先に静かにたたずんだシンジは、静かに夜空を眺めていた。

背もたれを大きく倒した椅子によりかかり

ずっと空を見上げている。

六月にしては珍しく雲も少ない。

都心より離れているとはいえ、東京の夜はたいてい明るい。

見えるのは特に明るい星の幾つかと

なにより中天に鎮座する満月だ。

もう夜もふけたというのにくろのジーパンに紺のシャツを着ている。

しばし満ち満ちた月を見上げていたシンジが

しばしそお大きな瞳を閉じる。

 

ピピピピ、ピピピピ

 

大変シンプルな呼び出し音が鳴り

シンジは傍らに置いておいた携帯を取り上げる。

 

「ボクです・・・・・・・・そうですか、判りました。後は手はずどおりに・・・・」

 

二、三言交わすとスイッチを切る。

 

「シンジ・・・・・・・・・・」

「レイ、我が校の誇るパニッシャーどのが、どうやら動いたよ」

「行くの?」

「ん、そうだね。どちらにしても彼とは話しをしないと・・・・」

「そうね」

 

いつの間にかお揃いのデザインと色の服装に着替えたレイが、傍らにたたずんでいた。

二人は2,3言葉を交わすと

シンジは立ち上がり、レイはとなりにピトリと寄り添う。

 

そして二人は闇に解けた。

 

 

それは、兄弟が転校して三日目の夜のこと

 

 

 

 

 

 

閑静な住宅街の中

広域暴力団指定を受けた

いわゆる「ヤ」のつく商売のかたがたの、さらにその組長らしきものの屋敷

立派なつくりの門には、これまたすばらしく根が張るだろう黒のリムジンが突っ込んでおり

外から見るとさまざまなところから煙があがっているように見える.

たまに、怒声と悲鳴が順に聞こえてきて、最後に轟音が響き渡る.

そんな状況がしばらく続き、やがてひときわ騒々しい音が響き渡る.

場所が場所のせいか、時折乾いた破裂音が響き渡り

しかもその音の数はいつまでも続く

菜にかがたたきつけられる音、崩れる音も一向にやむ気配がなく

しかもそれは館の奥へと進んでいるようだった.

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

最後に聞くに絶えない男の野太い悲鳴が響き渡り

ようやく静かになった.

それまで、館の庭でその音を静かに聞いていたシンジとレイは

それが合図だったかのように音もなく屋内に入っていった。

 

 

「そこまでにしていただけませんか、南雲先生」

「違う、僕はアンパンまんだ。キミ達、こんな夜更けに出歩いちゃダメじゃないか、用が無いのなら早くおウチに帰るんだよ」

 

グレーのシャツに革ジャン、アーミーパンツに編み上げのブーツといったひどくラフな格好をした

筋骨たくましい身長にメートル強のアンパンマンに注意あされ、さすがのシンジも苦笑し、レイにいたっては目を見開いて驚いている。

大きな広間

どうやらお偉いさんの部屋らしきそこは半壊していて、内にも外にも伸びたヤクザ屋さんが無数に転がる。

そしてそのアンパンマンの御面をかぶった見覚えのある大男は部屋の中央に立っていた。

 

「・・・・南雲先生、やはりそれはかなり変ですよ」

「―――――――――――――聞いてはいたけど・・・・・・・とても変」

「・・・・・・・・・・・・・・・む(汗)、ボクは南雲先生じゃないぞ! 」

 

慶一郎、意外と諦めが悪い

 

「そんなことは関係無いのだ。キミ達はやくこんな物騒なところから離れなさい」

「しかも続けるし・・・・・、とにかくボク達は用件があって来たんです。そこに転がってるヤクザ屋さんたちにね」

「そう・・・・・・、先生はちょっと静かにしてて」

 

いつまでもアンパンマンを続ける御面をかぶった慶一郎を一瞥した後

血まみれで倒れ付す暴力団員や瓦礫を器用にさけつつ、シンジは腕を折られて跪いてうめく組長らしき男の前に立つ。

慶一郎はさっさと床に伸びているヤクザ達の御仕置きを完成させてここを立ち去りたかったが、レイに隙なく目の前に立たれ

とっさに身動きが取れない。

 

「さ、ここでちょっと商談があるんだけど」

「・・・・・・・・なんや兄チャン、綺麗な顔してこんな所にこんな時になんの用や? 」

 

さすがに組長(らしき)

見れば頬骨が砕けるほど殴られているのになんとか顔を起こし喋りまでする。

そんな男の意地といった様子を、シンジは静かに見守った。

そこにはなんどきの冷たさもなく、ちょっと呆れつつ認めているような様子で苦笑している。

 

「いや、なにちょっとした交渉に来たんですよ、受ければアナタ達を助けてあげます」

「・・・・・・・・・・蒼い髪の綺麗な兄チャン、冗談はまたの機会にしてもらえんか、こっちとら今たてこんどんのや」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・そこのキミ! 悪者は全て倒すつもりだから、もしソイツをかばんだったら容赦しないぞ!!! 」

「むかつくがアイツの言うこと聞いてさっさと帰えんな、そこの別嬪の姉チャン連れて・・・・・・」

 

組長はからかわれていると思い、突っぱね

筋骨たくましい謎(笑)のアンパンマンモドキは苛立ちもあらわに叫ぶ。

ちなみに口調はあくまでアンパンマン(笑)

そして組長までもがそれに同意する。

 

「では、ここで南雲先生に体は再起不能にされ、やばい資料を警察に届けられ組と共に終わりますか?」

「ぐぅ」

「それとも、ボクの求めに応じて部下になって、組も自分も安泰になりたくありませんか? 」

 

シンジが微笑む

それはコレまでのような透明感のあるキレイな笑顔ではなく

妖しく毒を含んだ嫣然とした笑みであった。

組長はもとより、アンパンマンモドキこと南雲慶一郎も思わずその笑みに引き込まれる。

真正面で見てしまった組長は柄にもなく赤面してしまい、しかし魅入られてしまって目を離すことが出来ない。

シンジはさらに組長の砕けていないほうの頬に手を添えて話し出す。

 

「別に損は無いでしょう、この取引。このままだとアナタ達体は二度と戻らないほどボロボロにされて警察に捕まるよ」

「・・・・・・・・・・だ、だからって、あ、アンタの部下になって・・・・・・・?」

「ここで終わるよりイイと思うけど、ついでに体も直してあげるよ」

「そんなことが・・・・・・・・・・」

「大丈夫、ボクなら出来る」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「だから答えて、キミはボクの部下になるかい?」

「は、はい・・・・・・・」

 

組長はもはやなんの抵抗も出来ずにうなづいた。

その様子を満足げに見た後ゆっくりと立ちあがり、シンジは当たりの団員を見まわしてもう一度聞く。

 

「お、オイ! ちょっと待っ!?」

「先生は黙っていて・・・・・・・・・・」

 

なにやら妖しい雲行きにさすがに演技を続ける余裕の無くなった慶一郎が息吹とともに神気を練り止めようとするが

レイが急に回謳下プレッシャーに驚き、そちらに対して臨戦体制に入ってしまう。

感じたのは自分と同等かそれ以上の実力

 

一方、そんな二人を尻目にシンジとヤクザ達の契約は進む。

 

「キミ達は?ボクの部下になるかい?」

「・・・・・ハイ・・・・・・・」×無数

 

その場に突っ伏していた者達だけでなく、屋敷全体の

半死半生であるはずのヤクザ達が答えた。

再び、今度はより深く濃い闇を匂わせる笑みを浮かべ、シンジは静かに手を掲げた。

暗く翳ったそこから一振りの日本刀が現れる。

光を照り返さない黒い刀身から闇があふれる。

 

「よろしい、ならばボクの洗礼を受け入れろ」

「はい」×ヤクザ全員

 

そして闇はシンジに答えた全ての者達を覆い尽くした。

 

 

闇が引くと傷だらけ、骨はボロボロに砕かれていたヤクザ達が完全に回復した姿で現れ、彼らは立ちあがりシンジの元に集う。

ずらりと並んだその面々は服はボロボロ髪はボサボサと、その当たりだけは元に戻っておらず、その辺りが滑稽で

いつもすごんで独特の微妙な姿勢を保っていた彼らが綺麗に並んでシンジの前で肩膝を尽き頭を垂れる姿は異様だった。

 

「・・・・・・・・・碇・・・・・、お前は一体?」

「・・・別にアナタの目的の一つは果たされますよ、ボクは彼らに悪事を働かせるつもりはありません」

「イヤ・・・・・そうでなく・・・・・・」

「あ、ついでに彼らの裏ルートから小さなグループとかチーマーとかは押さえますから、むしろ治安維持に役立ってくれますよ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

いつも自分のペースを貫くはずの慶一郎も、この異様な雰囲気と光景

なにより先程のシンジの力を見てしばし呆然としていた。

そしてその間ヤクザ達はかしこまったまま動こうとしない。

それがいっそう慶一郎を混乱させた。

それでも、疑問は聞かずにはいられない。

 

「・・・・・なんの為にこんなことを? 」

「ちょっとこの街で適当なこまがいるもので」

「駒?」

「そうです、まぁハッキリ言えば捨て駒ですね」

「なにっ!?」

 

シンジの人を人とも思わないような発言に碇を感じ、慶一郎は再び詰め寄ろうとするが

またしても開放されたレイのごく近くからのプレッシャーに再びレイに向かい合わざるを得なくなる。

 

「・・・・むしろ、先生より有意義だと思うんですけどね、アナタは潰しっぱなし。ボクは自分のためと人々の為に役立てる」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「大丈夫です。むしろ彼らもずっと有意義な生活を遅れるようにしますし、ボクの命令と能力面以外は極力干渉しませんから」

「それでも、お前がコイツラを操ることには違いない」

 

ようやく調子が戻ってきた慶一郎は、レイのほうを警戒しながらすばやく体制を整える。

そんな様子を、しかしレイは無表情に、シンジにいたってはまったく構えさえせず隙だらけな様子で静かに微笑み見守る。

 

「ボクと戦いますか? 」

 

たった一言

しかしそのとき今度はシンジが一瞬だけ膨大な気を開放した。

思わずのけぞる慶一郎

 

「・・・・・いや、やめておこう。いまいち気が乗らないし、体制が悪すぎる」

「懸命な判断だわ」

「ありがとう、碇妹」

「・・・・・・・それキライ」

 

圧倒的な不利な体制を考えて

珍しくハッキリしない自分の気持ちに戸惑って

結局慶一郎は戦うのをやめた。

 

「レイが嫌がっているので、呼び方考えておいてください、ちゃんと」

「わかった、“ちゃんと”考えるさ」

「サヨナラ、アンパンマン」

「またねぇ〜!! 」

 

最後はサービス良く再びアンパンマンとなって去っていく慶一郎

そんなヒョウキンな担任の後姿を見送った後、二人はヤクザ達に向き直った。

 

「アナタ達、今からすぐに屋敷を片付けなさい」

「ハイ」×ヤクザ全員

「警察には話しが通してありますから、ほかでなにか聞かれても知らぬ存ぜぬを通しなさい」

「ハイ」×ヤクザ全員

 

レイの指示に律儀に返事を返し、さっそく仕事に取り掛かるヤクザ達

そんな彼らを見届けると、シンジは携帯を取り出し、短縮を押して呼び出した。

 

「あ、ボクです。終わりました。あとは適当に使えるようにしといてください・・・・・そういうことで、お願いします」

「シンジ?」

「すぐ処理するって」

「そう」

「これで、大事な彼らを無意味に失わずに済む」

「そのための捨て駒」

「そう」

 

シンジとレイは無邪気に微笑みながらものすごいことを言い

そして何事も無かったように去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

屋敷が襲われたその日

結局兄妹が好きだった護衛達は帰ってこなかった。

武術には相当の自信があっただろう若瀬もまた、胸を貫かれて死んでいた。

あるいは首を跳ね飛ばされ

あるいは体におおきな焼け焦げた穴を空けられて

 

殺したのは銀の髪をした少年達

どこか兄妹と同じ雰囲気を持つ、たった三人の子供達だった。

 

 

 

 

 

 

「もう、大事な人達をあんなことで失いたくないからね」

「ええ」

 

“サクリファイス”

 

自分達にとって大事でなければ犠牲にしてもいいのかという人道的な問題は

少なくともこの兄妹には意味の無いことだったようだ。

 

 

 

部屋にもどった二人は抱き合い

今日の仕事に満足して眠った。

 

 

 

そんな水曜の夜だった。

 

 

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 

後書き

 

御久しぶりです。

櫻です。

かなり時間が立ってしまいましたがやっと出せました、『ふたり』第五話“サクリファイス“

題名の通り、身代わりをつくる二人の話しです。

転校三日目の夜ですでに本性がかなり出てしまいました。

今のシンジ君とレイちゃんはこんな感じです。

即ち、自分の大切な人達だけ気にかけ何かと手を尽くす、

が、他はまったく頓着しない。

ヤクザ屋さんたちに善行をつませると慶一郎に約束したのも、彼を説得するために必要だっただけです。

それ以外、世直しとかはまったく頭にありません。

その辺り、“気に入らない奴はとにかくぶん殴る”“己の信じる道にしたがって私刑に処す”

“正義でないけど、基本的に人のためになるよう行動する(悪行積んでいて、気に食わないものに容赦は無いが)”

等などの行動理念をもつ慶一郎とはかなり異なります。

そのうち角付き合わせもあるでしょう。

今までレイちゃんが余り目立っていません。

今回は涼子も出せませんでした。

次は是非とも二人を活躍させたいです。

それでは、また次回で

 




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