唐突な悲惨の中で、少女は泣き叫んだ。

 辛辣な現実の前に、少女は泣き叫んだ。

 

 遠く遙か果てで、別れを誓った少年が揺らいでいる。

 

 ごめんなさい、と少女は言う。

 

 その声が届かないと知っていても、ごめんなさい、と少女は言う。

 

 


 

 少女、少年  <第十八話>

 


 

 

 何が起こったのか、それが分からなかった。

 

 目の前には、見飽きた店のフロア。少しだけ聞こえてくる雨の音。目の前の道を走り去

る車の音が、僅かなノイズになって伝わってくる。いつもと変わることのない日常の、そ

していつもと変わらない昼下がり。後いくらかの時間を過ぎれば、昼の仕事から逃げてき

た常連の客が、いつものテーブルを賑やかすだろう。何も変わらない。何も変わることな

く、世界は進んでいる。

 

 分かっている。

 

 何もかもが変わらないことが分かっている。でも、今何が起こっているのか、それが分

からない。何が起こっているのかが、理解できない。

 

 何故分からないのか?

 

 それは分かる。理由がある。明確な、理由がある。それはヒカリの目の前で、ブロンド

の髪に包まれた女性が、優しげな表情で、じっと、じっとこちらを見つめているからだ。

 

「本当に久しぶりね。」

 

 落ち着いた声。ヒカリが知ってるそれよりも大人びて、それでいて透き通るような声。

 

 ヒカリはその声に答えることが出来ず、ぐっと奥歯をかみしめながら、これ以上ないく

らいに目を見開いて、その姿を見つめていた。

 

 颯爽とした眉。

 

 凛とした目元。

 

 深く澄んだ瞳。

 

 透き通る肌。

 

 艶やかな唇。

 

 優雅な長髪。

 

 あの頃からの美しさを抱いたまま、『惣流・アスカ・ラングレー』という女性が立って

いる。

 

 ヒカリの鼻筋に、涙腺が緩む感覚が上がってきた。

 

「えっと、惣流・アスカ・ラングレーです。覚えてますか?」

 

 アスカは悪戯っぽい笑みをうっすらと浮かべて、左手の人指し指で自分の胸を指しなが

ら優しげに言った。

 

 ぼんやりとその輪郭が、茶色い店の壁に融けだした。

 

「アス、カ・・・」

 

 それだけが、くぐもった嗚咽のように零れた。

 

「ただいま、ヒカリ。」

 

 アスカが今まで携えていた笑みを消して、今度は強く、そして真剣な目で、言った。

 深く、そして澄んだ瞳が、真っ直ぐにヒカリを見つめていた。

 

 緩やかな乳白色の照明の光が、アスカの右頬に降り注いでいた。

 

「ごめんね。突然帰ってきて。」

 

 アスカの口元に、寂しげな影が浮かんだ。

 

 その言葉を理解した瞬間、一瞬にして目の前が大きく歪んだ。ゆらゆらと形を失ったア

スカの姿に、ヒカリはひたすらに大きく頭を振って答えた。ただ頭を振るしかできなかっ

た。

 

 ぼんやりとした霧が頭の中を覆っていた。アスカという古い友人との再会の時を、自分

は何度も想像した。何度も何度も想像したはずだ。数えればきりがない。悲観の果てに泣

きつくしたあの昔も、アスカの再来を予感したほんの間近も、自分は何度も想像したはず

だ。そう、そうだ。自分が口にするべき言葉も用意していた。反復もしたはずだ。幾ばく

かの歳も取った。感情の起伏だけで自分を見失うような人間では無くなったと、そんな風

にも考えていた。でも、今、この瞬間にあって、自分が何を口にしたらよいのか、何をこ

の場に並べればよいのか、その一切合切全てが分からなくなってしまった。何かを言葉に

しようと頭の中を探せば探すほど、深みにはまっていくかのように、それが出てこない。

ただ、ただアスカを見つめる以外に出来なかった。

 

「なんでや!なんでお前がここにおるねん!」

 

 トウジが突然大声を上げた。

 

 ヒカリとアスカの視線がトウジに注がれる。

 

「お前、ドイツにおるんとちゃうんか!ここは日本やぞ!何や!何の連絡もいれんと、い

きなり登場しよってからに!何しとうねん!こんな所におって大丈夫なんかい!!」

 

 殆ど、絶叫に近い声だった。今まで存在していた場の静けさ全てを吹き飛ばすかのよう

な迫力だった。

 

 アスカが少し首を傾けて、小さなため息をついた。

 

「あんたは、本当に変わってないわねぇ。その大声は何とかならなかったの?ほんと、も

う。驚ろかせたことは素直に謝るわよ。」

 

 言葉を噛みしめるようにゆっくりと並べて、アスカはまた優しげな笑みを浮かべ、ヒカ

リの方に視線を戻した。

 

「座っていい?」

 

 カウンターの椅子の背に手を置きながら言った。

 

 小さく首を縦に振って、ヒカリはそれに答えた。

 

 アスカはそれを見て、ゆっくりと椅子を引き、長いスカートを慎重に織り込んで、そし

て腰をかけた。

 その動き一つ一つを、ヒカリはじっと追っていた。その間もずっと“本当にアスカが目

の前にいるのだ”と、心の中で繰り返していた。

 

「お帰り、お帰りなさい。」

 

 そして席に座ったアスカに対して、やっとそれだけを口にした。それだけが、唯一上が

ってきた言葉だった。

 

「ただいま。元気だった?」

 

 優しげにアスカが尋ねた。

 

「うん、勿論。私も、旦那も、みんな元気だった。アスカも、アスカも元気だった?」

 

 一言一言を絞り出すように、ヒカリが答えた。少しだけ回りだした頭が、なんとか言葉

を紡いでる様だった。

 

「私も元気だったわよ。全然大丈夫。それにしてもヒカリの旦那さん、これは相当に元気

が良さそうね。」

 

 アスカは楽しそうに答えて、トウジに目をやった。

 

「お、おぅ、わしは元気やぞ。めちゃめちゃハッスルやで。ほら、見たらんかい、この力

こぶ!普段は余り見せへんのやけどな。今日のお前はラッキーやで!」

 

 トウジが右腕をL字型に振り上げ、上腕二頭筋をアピールしながら、必要以上に明るく

答えた。そして、意味もなくその姿勢のまま、その場所でくるりと回って見せた。キュキ

ュっと、靴底が鈍く床を擦った。

 

「元気なのは分かるけど、あんたの馬鹿さ加減はこの10年で増したようね。ヒカリもこ

んなの旦那にもらって後悔してない?ヒカリならもっといい男捕まえられたんじゃないの?

私が近くにいてあげれたら、絶対こんな馬鹿との結婚は阻止してあげたのにね。」

 

 アスカがどこか嬉しそうに言った。

 

「誰が馬鹿やねん!お前、久々に会ったナイスガイに馬鹿とは何や、馬鹿とは!お前はド

イツにいっとたせいで、日本男児の心意気っちゅうのが理解出来へんのとちゃうか!わし

みたいなグッドソウルには、なかなか出会うのが難しいねんで。ヒカリはめちゃめちゃ人

を見る目があったんや。それに比べてお前は10年経っても、相変わらず人を見る目が無

いのう。」

 

「馬鹿以外にあんたを表現する言葉が思いつかないわ。本当のナイスガイは、自分で自分

のことをナイスガイとは言わないわよ。人間10年も経てば少しは賢くなるのに、あんた

はますます馬鹿に磨きが掛かってるわね。ま、あんたの事はどうだって良いのよ。これ以

上言うとヒカリに悪いしね。そう、そうよ。明日菜ちゃん。ねぇ、明日菜ちゃんは今日は

居ないの?」

 

 トウジの抗議を軽くいなして、アスカがヒカリに尋ねた。

 

「あ、うん。今は保育園に行ってるの。普段はやっぱり、仕事中に店に置いておくわけに

も行かないし。」

 

 突然明日菜の話題をアスカからふられたことに少しだけ驚いたが、ヒカリは努めて冷静

にそう答えた。

 

「そや惣流、わしらのことはええねん。お前や、お前!何でお前がここにおるんや!それ

をさっさと説明したらんかい。」

 

 トウジが大きな声で、そう口を挟んだ。

 

「仕事よ、仕事。相田からは何も聞いてないの?」

 

 今までより少しだけ小さな声でアスカが答えた。

 

「ケンスケがどないしたんや。ケンスケはお前がネルフでガンバっとるって話しかしとら

へんで。なぁ、ヒカリ。」

 

 ヒカリが小さく首を縦に振って答えた。

 

「そっか、そうなんだ。えっとね、まぁ難しい話は置いておいて、取り合えずネルフの研

究の関係でね、こっちに来ることになったの。纏まった休暇も取れたから、少し余裕のあ

る日程でこっちに来たのよ。ほら、ヒカリにもメール貰ったし。」

 

 アスカは少し申し訳なさそうにヒカリを見つめた。

 

「ごめんね。返事書こうと思ったの。でも、一生懸命考えてもなんか言葉にするとどうも

嘘っぽくなっちゃって。ホント、どうしようか迷ったんだけど、もうこっちに早く来れる

なら、いっそ押し掛けちゃおうかなぁ、と。迷惑だとは思ってたんだけど。」

 

「そんな、迷惑なんて。あの、ほんと、嬉しい。嬉しい。ごめんね、他に何て言えばいい

か分からないけど、元気で、元気で・・・。」

 

 堪えきれなくなった感情が瞳の縁からあふれ、ヒカリの頬を滑り落ちた。

 

「もう、泣かないでよヒカリ。ちょっと会わなかっただけでしょ。ヒカリにも鈴原に

も・・・。あ、そっか。ヒカリも鈴原なんだね。もう、なんか変な気分になるね。」

 

「スゴイやろ、俺の奥さんやで。」

 

 トウジが一生懸命わき上がる感情を押し殺しながら、それでも明るく口にした。

 

「そうだね。あんたも、頑張ったわ。それは認めてあげる。」

 

 アスカが目一杯の笑みで答えた。

 

「なぁ、惣流。ほんま、ほんまに、よう戻ってきたな。あっちは、やっぱ色々大変やった

んか?」

 

 絞り出すように、トウジが言った。

 

「全然普通よ。普通に生活してたわ。少しだけ慌ただしかったのは確かだけど、それはど

こにいても一緒だっただろうし。流石に最初の頃はね、色々あったけど。でも、それも許

容範囲の中かな。アレにのってた頃に比べたら、全然平和でのんびりしたもんよ。」

 

「普通、ってお前・・・。」

 

「普通は普通よ。」

 

 アスカは穏やかな表情で、そう言い切った。

 

「お前は、ほんま凄いやっちゃな。」

 

「凄いことなんか何もないわよ。今回こっちに来たのも流されるままよ。ドイツに渡った

後は、ネルフでご飯食べてたからね。私が造ってた物と、今必要とされてる物が一致した

から、私なんかが借り出されただけね。」

 

「いや凄い女や、お前は。」

 

 トウジが先ほどよりも更に強い口調で言った。

 

「“凄い女”は“ママ”にしか与えちゃ駄目な称号なのよ。ね、ヒカリ?」

 

 アスカが優しげな口調で言った。

 

 アスカの言葉を聞いて、ヒカリはトウジの目に視線をやった。トウジは、少しだけ視線

を落としていたが、やがて何かを決意したように顔を上げて、ヒカリの瞳を見つめ返した。

そこには、強い意志が込められているようだった。

 

 ヒカリはそのトウジの視線を受けた後、僅かな時間の瞬きを数回繰り返した後、アスカ

の瞳をじっと見つめた。

 

「ねぇ、アスカ。あの、アスカも、アスカもママになったんでしょ?」

 

 震えるヒカリ心根が、なんとか絞り出した言葉だった。

 

「ヒカリ。明日菜ちゃんって、幾つになったの?」

 

 アスカは今までの穏和な表情を一切崩さす、そのヒカリの瞳を見つめ返した。

 

 ヒカリはその言葉に大きく目を見開いた。そして言葉を返そうとした瞬間、何か分から

ない感情に惹かれて、ふいに言葉を見失ってしまった。

 

 それは強く、あまりにも強くヒカリを見つめるアスカの視線だった。

 

「三つや。今年三つになったんやで。」

 

 トウジが、その質問に切り込むように答えた。

 

 アスカの視線が、トウジにゆっくりと移った。

 

「そうなんだ。可愛いだろうね、明日菜ちゃん。うちのね、うちの息子も三歳にはなった

わ。」

 

 歯切れの良い答えだった。それは後味を一切感じさせないほどの、余りにもすらりとし

た答えだった。

 

「三歳?ほんまに三歳なんか?」

 

 トウジが見つめた視線の強さを一切ゆるめず、そう聞き返した。

 

「えぇ、そうよ。一体どうしたの?」

 

 アスカが少し肩をすくめて、そう答えた。

 

 アスカの答えを聞いて、ヒカリは深く目を閉じた。

 

 そんな可能性は無いと、そんな事はあり得ないと思っていた。しかし頭の本当に深い部

分で、否定しきれない考えが存在していたことは事実だった。アスカの答えは、不安とし

て心の奥底に沈んでいたモノを押し流した。何か重いモノが肩から落ちたような、そんな

安堵感が胸の奥に去来した。

 

「名前は“リューゲ”って言うの。今は家でお留守番してるけどね。本当は連れてきたか

ったんだけど、仕事じゃそういうわけにも行かないから。」

 

「家、ってドイツのか?」

 

「当たり前じゃない。こっちに家なんか無いわよ。ドイツで待ってるわ。」

 

 アスカが少し強い口調で言った。

 

「なぁお前、いつまでこっちにおるんや?」

 

 トウジが、先ほどよりは少し軽い口調で聞いた。

 

「とりあえず一月ほど居て、一度帰国する予定。その後は少なくとも半年ぐらいはこちら

で生活することになると思うけど。今はちょっと分からないことも多くて、予定が流動的

だけどね。」

 

「でも、そんなに長い間、小さい子供を一人で置いてくるのは不安じゃない?」

 

 今度はヒカリが尋ねた。

 

「勿論一人って訳じゃないわよ。お手伝いさんもちゃんと居るから。」

 

「あ、うん。その辺は何となく分かるけど、やっぱり今の年齢ぐらいだと、ママと一緒に

いたいんじゃないかなぁ、って。」

 

 ヒカリは明日菜の事をだぶらせて考えながら、そんな風に口にした。

 

 その言葉を聞いて、一瞬、アスカの表情が止まった。そしてアスカは、視線をゆっくり

とカウンターテーブルに落とした。

 何かを思慮している風だった。

 そして暫しそうしていた後、またゆっくりと顔を上げた。

 

「強い子なの。あの子。とっても強い子だから。あの子なら大丈夫なのよ。本当に強い子

だから。病気とかも全然かかったこと無いの。いつもとっても元気なの。五月蠅いって言

ってるのに、家中走り回ってるわ。強いの。元気だし。全然問題無いわ。心配しないで。

本当に強い子なの。」

 

 重い口調だった。今までの優しげな様子とは違い、何か事務的で、そして強く押し出し

たような口調だった。そして刺すような瞳で、アスカはヒカリを見つめていた。

 

 何かしらの強い想いが、アスカを押さえつけてるように思えた。それが何であるかは分

からない。ただその何かが、アスカに重くのし掛かっている様に感じられた。ヒカリはア

スカの言葉に、何を返せばよいのかが分からなかった。

 

 一度振り払ったあの焦燥感が、またぐっとのどの奥から上がってきた。

 

「ま、お前がそこまで言うんなら大丈夫やな。まぁ子供ってやつは親が思っとるよりは結

構しっかりしとるもんやで。うちの明日菜もこれが結構しっかりしとるんやわ。ほんま可

愛いでぇ。そや、お前今晩はどないしとるねん。明日菜も保育園から帰ってくるから、一

緒に飯でも喰おうや。そや、今日なんかもう店閉めたってもええんや。な、ヒカリ。ええ

やろ?」

 

 トウジが優しく、そしてしっかりとした口調で言った。

 

「そうよ。そうよね。ね、良いでしょ、アスカも?」

 

 ヒカリは努めて楽しそうに、そう口にした。

 

「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、それは悪いわよ。それに今日はまだ行きたいとこ

ろがあるのよ。明日菜ちゃんに会えないのは残念だけど。ほんと、ごめんね。でもこれか

らまた少しの間はこちらに居るから。そうだ、これ当分泊まってるホテル。まだ携帯電話

持ってないから、何か連絡があったらここに電話して。私の名前で呼びだしてもらえたら

大丈夫だから。」

 

 アスカはそう言ってホテルの名刺をヒカリに渡した。駅の近くにある大きなビジネスホ

テルの名前が書いてあった。

 

「なぁ、他の人間には会ってきたんか?」

 

 トウジが尋ねた。

 

「ミサトにはね。他はまだ。さっきホテルに荷物を置いて、やっと街に出てきたところだ

から。明日ネルフには挨拶に行って来ようと思ってるわ。歓迎して貰えるかどうか、分か

らないけどね。」

 

 アスカが少し寂しそうに笑って、答えた。

 

「なぁ、シンジには今日会うんか?なんやったら、今から連絡したるで。」

 

 トウジが慎重に、そして優しげにそう言った。“シンジ”と言う単語に、強いイントネ

ーションが乗らないように、意識した言葉だった。

 

「ううん、その予定はしてないわ。当分こっちに居るんだから、そんなにいそがなくて良

いしね。それに多分、明日ネルフで会えると思うから。」

 

「シンジ君の携帯の番号、教えようか?」

 

 ヒカリがどこか遠慮がちに言った。

 

「ありがとう。でも明日本人から聞くからいいわ。今日聞いても、多分電話できないと思

うから。色々気を遣ってくれてごめんね。シンジとはちゃんと話するつもりで居るから。

ほら、私も、あいつも、もう子供じゃないから。それは大丈夫。ちょっとファーストとの

事をからかってやるつもりよ。」

 

 アスカが優しく笑って答えた。

 

「そうか、そやな。よし、この週末ぐらいに店貸し切りにして、お前の歓迎会やったろ。

もうみんな知り合い呼んだれや。ケンスケはどこおるんや、あのアホ。あれ呼び戻したれ

や。でっかい騒ぎにしたるで。」

 

「どうせ休みの日にはお客さん来ないし、ネルフの人とかも呼んでやりましょうよ。ね、

アスカも週末なら大丈夫でしょ?」

 

 ヒカリが嬉しそうに尋ねた。

 

「うん、そうね。週末だったら大丈夫なはず。ちゃんとした仕事は来週の終わりぐらいか

らになってるはずだから。でも、あんまり無茶は止めてよ。もう若くないからね。」

 

 アスカが軽くウィンクして、答えた。

 

「お前が若くない言うたら、ネルフのオヤジ連中は絶叫しよるで。まぁ30過ぎたネルフ

の姉ちゃんの前でそれ口にしたら、間違いなく殺されるけどな。あえて誰とはいわんが。」

 

 そのトウジの一言で、三人は一斉に吹き出した。

 

 トウジが大声で笑っている。

 アスカが口元を押さえて笑っている。

 ヒカリはエプロンを握りしめて、堪えきれなかった笑いを、一生懸命に押さえようとし

ている。

 

 カラカラと優しい笑いだった。

 

 雨に打ちひしがれた街の気配も、重く沈む喉の奥の焦燥感も、その笑いが暫しの間消し

去ってしまったようだった。

 

 ヒカリにとってそれは、自分たちの間にある果てしなく長く、そして遙かに遠い時間の

隔たりを、僅かではあるが埋めてくれたような、そんな笑いだった。


つづく


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