「碇シンジです。よろしくお願いします」
そう言ってシンジは頭を下げた。
頭を下げながらちらりと見渡した教室は閑散としていた。人があまりいないのだ。
中規模の教室に机は40個ほどあったが、その半分ほどは空席だった。生徒達はシンジを珍獣を見るような目で見ている。それは、彼が転校生だということを差し引いたとしても、少しばかり不躾な視線だった。
(やっぱり、みんなじろじろ見てる。アスカがあんなことするから・・・。
ううっ、居心地悪いや。
いくら遅刻しそうだからって、僕の手を引っ張らなくても良かったじゃないか。
そのまま下駄箱まで手をつかんだままだったし、アレでみんなからの注目を集めたんだよな。
はあ〜。こんなに人の注目を集めるなんて思わなかった・・・。アスカって人気があるんだなあ)
ここまで来る間に感じた無数の刺すような視線、アスカの下駄箱にたまった大量のラブレターを見て感じた胸のうずき、その他諸々の出来事で、シンジは朝からすっかり疲れきっていた。
「碇君の席はあそこだよ。惣流君の右斜め前だ。では、10分後に授業を始める。HRはここまで」
シンジ達のクラス(2−A)の担任はそう言うと、教室から出ていった。人のいい顔をした老教師が教室から完全に消える前に、シンジの周りは大勢の生徒達によって囲まれていた。彼らの目は好奇心の固まりと言って良いだろう。娯楽が多かろうと少なかろうと、転校生への対応という物はいつの時代になっても変わらないらしい。
「碇君、今朝惣流さんと手をつないでいたけど、いったいどういう関係なの!?つきあってるとか?」
「丘の上のコンフォートマンションに住んでるって、本当か?」
「前の学校でつきあってた人とかいるの?」
「そう言えば、綾波さんに挨拶してたけど知り合いなのか?」
「!£%#&*@§☆¥」
等々いっぺんに質問をされ、ただでさえ人ごみに弱いシンジは完全に参ってしまった。終いには何を言われているのかわからなくなった彼を助けたのは、アスカではなく、レイコだった。アスカがそろそろ助け船を出そうとしたとき、それに先んじてレイコがこう言ったのだ。
「もう、うるさいわね。シンジ君が困ってるじゃない。いっぺんに言われてもシンジ君が困るだけよ。一人づつ順番に言いなさいよ!」
「お、なんや。転校生は惣流が本命かと思っとったが、綾波の妹が本命か?」
真っ黒いジャージを着た、怪しげな関西弁を操る生徒がヤジを飛ばす。ヤジに反応した女子生徒の黄色い悲鳴や、男子生徒のだみ声が教室に響き、ジャージの少年の横で端末のキーを叩き続けていた眼鏡の少年が意味ありげにシンジとレイコ、ついでにレイとアスカを見た。
少年のヤジをを軽く受け流しながらレイコがやり返す。いつもこういったことがあるのだろう、その反撃には一歩の無駄も感じられなかった。
「うるさいわね。碇君が羨ましいんだったら、さっさとあんたも彼女を見つけなさいよ。あ、そんなことしたらヒカリちゃんが黙ってないもんね〜。
・・・それより、その綾波の妹って呼び方やめてよ。あんたのこと黒ジャージって呼ぶわよ!」
「な、なんや、それがイインチョになんの関係があるんや!ワケわからんこと言うなや!
それに何でわしがジャージ呼ばわりされなあかんのや!そんな風に呼ばれる覚えないで!
あとジャージを馬鹿にせんとけ!!」
(((((本気かおまえは!?))))
自分を自覚していない少年の叫びに、いっせいにクラス中のみなが心の中でつっこみを入れた。自分を知らないのは恐ろしいということの、生きた見本である。
それに気づくわけもなくあわてて言い返す黒ジャージの少年。それをやれやれと言った目で見ている生徒達。どうもこの二人の喧嘩はいつものことのようだ。
「レイコも馬鹿鈴原もいい加減にしときなさいよ!いつの間にか話がすり替わってるじゃないの!
それよりそろそろ授業が始まるから、さっさと席につきなさいよ!」
アスカが仕切る。どうもクラス委員長がいないときは彼女が仕切っているようだ。トウジとレイコは今度はアスカを巻き込んで口論を始め、その他の生徒達がそれを横目に席に戻る。この3人の喧嘩もいつものことだったりする。どういうクラスなのか疑問がわくが、こういうクラスなのだと納得しよう。
質問責めから解放されたシンジは、ほっとため息をついた。彼は自分が原因にも関わらず、その口喧嘩を見ていなかった。見てられないと言うのが正解かもしれないが、それよりも彼の注意を引くものがあったからだ。
彼は綾波レイを見つめていた。
レイは昨日と同じく右腕に包帯を巻いており、教室の喧噪にも、シンジにも、興味なさそうに窓の外を見ていた。
(何を考えてるんだろう?それに、レイコさん以外とは口も聞こうとしてないし。いつも一人みたいだ。
どうしてだろう。彼女のことが妙に気になる・・・。それにしても本当にそっくりな双子だなぁ。あれだけ似てるなら・・・。)
真面目なことから一転して、シンジは右手をワキワキさせながら目を閉じて何かを思い出そうとしていた。なぜか顔が赤い。少しニヤリと笑ってるところが薄気味悪い。口喧嘩を終えたレイコとアスカがシンジに声をかけることができなかったくらい気味悪い笑いだった。
彼がなにかを思い出している間に授業が始まった。そのままつつがなく授業は進む。1時間目は担任である老教師の授業だった。もっとも騒ぎこそしていないが、誰も授業を聞いていない。みんな内職にいそしんでいたからだ。
なぜかと言えば、
「え〜、この様に人類は、その最大の試練を迎えたのであります・・・」
トリップしていた。
「20世紀最後の年、宇宙より飛来した大質量隕石が南極に衝突・・・。」
数学の授業の時間なのだが、授業を脱線してファースト、セカンドインパクトを振り返った体験談を話している。
生徒達はもうそんなことに慣れっこになっているのか誰一人聞いてはおらず、勝手なことをしているというわけである。
シンジはあいかわらずレイを横目で見ていた。
(綺麗だ・・・)
しばらくしてシンジは純粋にそう思った。アスカあたりに言わせれば、綺麗だとしても変化のない人形みたいな物。そのうち飽きると反論しそうだが、シンジは飽きることなく彼女の横顔を眺めていた。見れば見るほど、際限なく底のない湖の底に引き込まれていく様な気がした。
変化に乏しいとはいえそこは生きている人間の顔なのだ。実際に見飽きるということはないのだろう。風が髪をなぶったとき、校庭で何かの動きがあったとき、ほんの少しの変化だったが、シンジには多種多様な彼女の一面をのぞけた気がした。
突然、シンジの端末にコールが入った。あわてて、メッセージを見ると思ってもいないことが書いてあった。
『碇君が、あのロボットのパイロットってホント? Y/N』
シンジがキョロキョロと周りを見回すと後ろの席の女の子二人組が手を振っていた。
『ホントなんでしょ? Y/N』
再度、メッセージが入る。
アスカと、レイがじっと睨んでることに気づかずに、シンジは『Yes』と押してしまう。たちまち、あたりは喧噪に包まれた。頭を抱えるアスカ達。レイは我関せずとばかりに再び窓の外を眺めはじめた。シンジはシンジで、こんな大騒ぎになるとは思っておらず、困惑していた。シンジの周りを、逃がさないよとばかりに再び生徒達が取り囲む。うんざりしながらも肉の壁に囲まれたシンジは観念した。
「ねぇねぇ、どうやって選ばれたの?」
「ねぇ、テストとかあったの?」
「怖くなかった?」
「操縦席ってどんなの?」
「え、あの、そういうのは秘密で・・・」
シンジの返事に不満の声があがるが、かまわず質問が続く。
「ねぇねぇ、あのロボットなんて名前なの?」
「みんなはゴジュラスとか・・・。Gとか呼んでたけど・・・」
「必殺技は!!」
「えっと、よく知らないんだ」
「あの怪獣の正体って何?」
「使徒ってみんな呼んでたけど・・・。よくわからないんだ」
シンジのつたない知識を動員しての返事に歓声が沸いた。シンジは意外に思ったがネルフの、ユイの方針により部分的に情報はオープンにされているとはいえ、ほとんど実態が知られていないのが現状だ。彼らの知識はシンジが第三新東京市に来る前のものと、そう大差はなかった。
ニュース曰く、『使徒と呼称される謎の巨大生物に対して、人類はゾイドと呼ばれる超兵器で迎撃を行うことを決議した。これは先の争乱で人類を襲った機械群とは別物である』
一般に流布されている情報はこの程度であった。事実の多くは隠され、真実は曲解されていると言えた。
とんでもない欺瞞だ。少しばかりとはいえ情報を得たシンジはそう思ったが、ユイ達に文句を言おうとはしなかった。平地に乱を起こすのを良しとしなかったからだ。ただ皮肉な思いを胸に秘めながら、騒ぎ立てるクラスメートを見つめていた。
「でも、凄いわぁ〜!!アレを一人でやっつけたんでしょ。学校の誇りよね」
「他の人たちと同じく大したモノだわ!」
そんなことを考えているとはいえ、周囲の人間からほめられてシンジも嫌な気がしない。とまどいながらも彼としては精一杯の愛想を振りまくシンジを、アスカが怒りのこもった目で睨んでいた。
キーンコーンカーンコーン
「・・・でありますから・・・。ああ、では今日はこれまで」
チャイムの音を聞き、老教師がこっちの世界に帰還した。こうしてシンジの1時間目の授業は、なにやら予兆めいたものを含んで終わった。
新世紀エヴァンゾイド
第参話Aパート
「 人の絆 」
作者.アラン・スミシー
「ちょっと、あんた何を考えてるのよ!?あんな事をべらべらしゃべったりして!!」
いきなりシンジは怒鳴られた。時間はもう放課後。
あの騒ぎの後、シンジは周りから英雄視された。先程も述べたがそれが彼には少し心地よく、一方でうっとうしかった。あいかわらず他人が自分の外側しか見てくれないと感じていたからだ。ただ、その後アスカもレイもレイコも一言も口を聞いてくれず、それが少し寂しく感じられたが。彼女達の突然の態度の硬化に不審を抱きながら、名前もろくに知らないクラスメートからの質問に答えていたとき、彼の端末が軽いビープ音をたてた。確かめると、それはアスカからの電子メールだった。
内容は至極単純だった。
『放課後、屋上に来て欲しい from:SAL』
(行かなかったらどうなるんだろう?それに何のようかな?)
シンジはそう考えたあと、唇の端を皮肉っぽくゆがめた。
別に告白されるわけじゃない。頭ではわかっていても、シンジは妙にどきどきする自分の心臓に意外な思いを抱いた。
だが、彼を待っていたのはそんな甘いモノではない。
屋上には、アスカの他数人の男女がいた。いずれもシンジと同じクラスの人間だった。レイとレイコはもちろん、まだ彼が名前も知らない生徒もいる。
皆一様にシンジを見ていた。
その雰囲気にシンジは嫌なモノを感じ、彼の顔から他の生徒に見せていた作り物の笑顔が消えた。そしてシンジが何かを言う前に先のアスカの罵倒がシンジの耳を打ったのだ。
「あんたね、守秘義務ってモノを知らないの!?ネルフの技術やゾイドのことはできる限り一般人に話したりしちゃいけないのよ!それをべらべらしゃべったりして・・・。幸い大したことを知らなかったからいいようなモノの、本当だったら懲罰モノよ!!」
「そうなんだ、知らなかった・・・。ごめん、今度から気をつけるよ」
まったく誠意を感じさせない声でシンジが返事をしたため、やり場のない怒りで顔が赤くなるのを感じた。
「『今度から気をつけるよ』じゃないわよ!本当にわかってんでしょうね!?
世界の、人類の命運はネルフに、すなわち私たちにかかってんのよ!
そしてネルフの機密の中でも最も秘密にしとかなきゃいけないことは、私たちがゾイドのパイロットをしていることなのよ!!
暗殺や、誘拐の危険があるからね!
それをあんたは、ちょっと周りからちやほやされただけで・・・」
「惣流、そこまでや。ええ加減しとかんと、転校生が参ってしまうで」
まだ言い足りなさそうな彼女をジャージの少年、鈴原トウジがそう声をかけて止める。彼自身がうるさくてやりきれなくなったから、それにシンジをつるし上げるために呼んだ訳でもないからだ。
「第一、いくら秘密やいうたって、わしらのことはもうみんな知ってるやないか。誰かさんがべらべら喋るさかい」
「う、うるさいわね!もういいでしょう、そんなこと!」
顔を今度は羞恥で真っ赤にしてアスカが遮った。それをニヤニヤしながら見ているシンジ以外。
そのニヤニヤ笑いに疑問を感じたシンジがたずねる。聞いても良いタイプの事柄だと悟ったからだ。
「ねえ、それっていったいどういうこと?」
「ああ、それは・・・」
眼鏡の少年−−相田ケンスケ−−が答えようとするが、あっと言う間にアスカに取り押さえられてしまう。アスカの襲撃を予測し、逃げる用意をしていてもあっさり捕まったことに、ケンスケの顔が恐怖にゆがんだ。
アスカの素早い一撃で床に転され、素早く首と足を決められる。
STF!!
瞬時に首と足、そして腰から激痛を、背中から何とも言えない感触を感じながらケンスケの心の糸は途絶えた。アスカに密着できて気持ちいいなあと天国と地獄を同時に味わいながら。
次はデルフィン・クラッチでお願いします! と、不埒な事を考えていたのは秘密だ。ケンスケの内心を知らず恐怖に満ちた目で見ているその他の人々。
あたりに重苦しい雰囲気が漂う。
(聞いちゃだめだ、聞いちゃだめだ、聞いちゃだめだ・・・)
だが、周囲の言ったら殺すな雰囲気を、まったく理解してない者が2人いた。
レイとレイコである。
「それはアスカが、学校の初日に・・・」
自分に降りかかることがまったくわからないのか、話し始めるレイコ。アスカは瞬時につま先立ちになり、両足に力をため込んだ。
これから起こる惨劇を思い、シンジは心の中でレイコの冥福を祈った。
0.5秒後。
アスカが彼女の背後に素早く回り込み、両腕をがっちりと決める。そのまま、右足を彼女の背中に乗せ踏みつける。骨が軋む音が確かに聞こえた。
タイ○ーマ○クの得意技、サーフボードストレッチ!!
一見地味だが、結構痛いと言うか悶絶しかねない技にシンジは自分に技をかけられているような気がした。
白目をむき、悶絶するレイコ。それでもアスカは技をかけ続ける。何か含むものでもあったのか、少しばかり執拗な攻撃だった。栗色の髪の毛の少女が止めようと手を伸ばしかけるが、怖くなったのか止めた。
だがレイコの貴い犠牲の間に、レイはシンジに説明をした。
やはり、どこかへっぽこなアスカ。
シンジはシンジでレイと向かい合って少しうれしく、そんなことには気づいていない。
「・・・彼女が学校初日に自分がネルフ関係者、ゾイドパイロットだって事を自慢したのよ」
アスカはたちまち顔を真っ赤にしてシンジに向き直った。解放されたレイコが床に倒れる。どこか宙を見つめたまま、ピクピクけいれんをしているが、たぶん大丈夫だろう。まあ、1人の男の子が介抱してるから、仮に大丈夫じゃなくても大丈夫だ。
そんな彼女を無情にもほったらかしにして、シンジ達の話は続く。
「・・・とにかく、ネルフのことは勝手に部外者に話してはいけないのよ!
それがどんなに些細なことであってもね!!わかったわね!馬鹿シンジ!」
「わ、わかったよ・・・。もう話さない」
「今更遅いけどね」
「もう、その話はいいだろう、惣流。先に進めてくれよ」
いい加減待ちくたびれたのか、色黒の少年が口を挟む。それに賛成するかのように、レイコとケンスケが復活する。
それでもまだなにか言おうとするアスカを制して、栗色の髪をした元気良さそうな少女がシンジに話しかけた。
「碇シンジ君だよね。私、霧島マナ。
えへへっ、本日、霧島マナは碇シンジ君の為に午前6時に起きて、この学生服を着てまいりました♪
どう?似合うかしら♪
」
語尾に音符までつけてなぜかとってもうれしそう。
あまりにも明るい、そう、レイコ以上に明るく人なつっこいマナにどぎまぎするシンジ。それを見て気をよくしたマナはシンジに必要以上にくっつき出す。
「え、あ、似合うんじゃないかな」
「そう、ありがとう!」
そう言ってマナはシンジに抱きついた。シンジは驚きと背後で沸き立つオーラに身をすくめながらも、カモシカの様なマナの体の感触を確かめ、色黒な少年は強張った顔をし、アスカは助走をつけたドロップキックで内心の驚きと怒りを表現した。
アスカとレイがマナをリンチにかけてるのを恐ろしげに見ながら、ジャージ男、鈴原トウジが巻き添えを食って倒れたシンジを助け起こして自己紹介した。スポーツ刈りの頭に、少したれ目で男臭い顔だなとシンジは思ったが、それが不快と感じるほどでもなかったので態度を崩すことはなかった。
「わしの名前は、鈴原トウジっちゅうんや。一緒にゼーレをいてもたろやないか!
そういうこって、よろしくたのむで」
続いて眼鏡の少年、ケンスケがビデオ片手に自己紹介。ビデオ片手の自己紹介はちょっと嫌かもしれない。少なくともシンジはあまりの怪しさに、彼とは他の連中と比べても少し距離を置こうと決心していた。まさか、他の子供達と比べても仲が良くなることになるとは、この時思ってもいなかったが。
「あ、俺の名前は相田ケンスケってんだ。趣味はカメラとサバイバルゲーム。エイトゥスチルドレンさ」
色黒の少年がケンスケを押しのけるようにして前に立った。少しだけシンジに敵意のこもった視線を向けながら朗々と話し出す。胸を張って腕を組み、なんでかとっても偉そう。
「俺は、ムサシ・リー・ストラスバーグ。ナインスチルドレンだ。ナイスチルドレンとよく間違えられるんだ」
ピシッ!!
そんな音を立てて、空間が凍った。少なくともムサシ以外の人間の体感温度は5度下がった。
そんなムサシの肩をにこやかに叩いて振り向かせるアスカ。彼としてはもう少しシンジに話しておきたいこととかあったのだが、トウジとマナを加えて第6回ムサシ大リンチ大会が始まった為、果たせなかった。それが何かは簡単に予想がつくだろうから略。
あまりにも寒かったからか、それとも恐ろしいからか謎だが、震えながらシンジは彼とは絶対に、仲が良くなれないだろうなと感じた。理屈ではない。肌でそう感じたのだ。人間不信で人付き合いが破滅的に下手くそな彼の予想など、当てにならない。後日、そう何年も後に彼は自分の認識を改める事になるが、それもまた別の話。違う機会に話すことにしよう。
次に横の人間サンドバックとボクサーを無視して、気弱そうでどこかのんびりとした雰囲気の少年が自己紹介した。パッと見、シンジに雰囲気が似ているが彼より幾分背が高く、シンジとは違ったタイプの気弱さを持った人間だと言うことが伺えた。
「あ、僕は浅利ケイタ。まだ半人前だけど、一応、イレブンスチルドレンだよ。よろしくね」
最後は眼鏡をかけた見た目が(内面も)おとなしそうな少女。
シンジは彼女に何とも言えない共感を感じて、なぜかすぐに言葉が出なかった。固まったシンジに気がついた様子もなく、恥ずかしいのか顔をほんのり桜色に染めながら、少女は自己紹介をした。若草みたいだ、シンジはそう思った。
「わ、私は山岸マユミです。テンスチルドレンです。よろしくおねがいします」
そう言って深々とお辞儀した。見た目通り物静かな女の子みたいだ、シンジはそう判断した。
「よ、よろしく」
シンジがドギマギしながらそう言ったところで、さっぱりした表情のアスカがシンジに話しかけた。
彼女の背後の残骸はいったいなんだろう?
「私たちは昨日話したわね。脳天気の
レイコがゼロ
、あの冷血女・・・
綾波レイがファースト
、私が
セカンドチルドレン
よ。
後、昨日病院であった子が
洞木ヒカリ
っていって私の親友なの。彼女はセブンスチルドレンよ。
・・・他に一人いるらしいんだけど、私達はあったことがないのよ」
「まあ、そう言うことでよろしく頼むわ。サードチルドレン。わしらみんな歓迎するで!」
「あ、ありがとう・・・。僕の方こそ、よろしく」
そう言うとシンジは照れくさそうに笑った。
そのほほえみはとてもきれいなモノだったが、どこか作り物めいた笑みだった。
シンジは完全に彼らに心を開いたわけではなかったのである。
そのことを敏感に察知した者がいた。だが彼(彼女?)は、そのとき何も言わなかった。
<ネルフ本部訓練施設>
チルドレン達が一堂に会した日から三日が過ぎた。
シンジ達チルドレンは、学校が終わると、毎日ネルフ本部へ行き訓練にいそしんでいる。訓練に次ぐ訓練、ゾイドに関する学習という大人にとっても、辛い生活だった。様々な理由を持った子供達ならまだしも、世界の平和を守るためという、どこ漠然としてとらえどころのない理由で訓練を続けるシンジは、苦しさから逃避するためか次第に何も考えなくなっていた。
「シンジ君、目標がセンターに来たらスイッチを押して」
リツコの指示に従い、トリガーを押すシンジ。その行動に会わせて、仮想空間のゴジュラスの右腕に取り付けられた銃が火を噴く。第参氏とのポリゴン映像が粉々にうち砕かれる。すぐ次の映像が現れ、とたんにうち砕かれた。
「目標をセンターに入れてスイッチ、目標をセンターに入れてスイッチ、目標を・・・」
プラグ内部では、シンジが虚ろな目をしてぶつぶつつぶやいていた。
「機械みたいね・・・」
その様子をモニターしながらリツコがそっとつぶやく。初対面の時の彼と、今の彼が同じ人間とはとても信じられない。少なくともリツコはそう思った。多重人格なのかしら?そう考えた後、リツコは頭を振ってその考えをうち消した。いくら何でも失礼だし、突拍子が過ぎると思ったからだ。
「え、なんか言った?リツコ?」
知らないうちに彼女の考えが言葉になってしまってたのか、ミサトが疑問符をちらつかせながら話しかけてきたが、リツコは目の前のことに意識を集中させて応対した。
「いいえ、別に・・・。
それにしても、シンジ君。よくまた乗る気になったわね。いくら説得されたとは言っても死にかけたって言うのに・・・」
「そうなのよね。あたしも泣いて嫌がるは大げさだとしても、少しは嫌がると思ったんだけど。
・・・実際心の底では嫌がってるはずなんだけどね」
「Gに乗らなかったら、元のところに帰らなければいけない。ユイさんとは再び離ればなれ。
それが嫌なんでしょうね。だから、少しでも私達に嫌われないように、周りから言われたことには黙って従う。嫌われないようにする。それがあの子の処世術なのよ」
「そう言えば、彼のお爺さんからまったく連絡が無いのよねぇ。
10年以上世話をしてたんだから、心配して様子を聞いてきてもよさそうじゃない?」
リツコがクスリと笑った。
「ああ、そのことね。母さんが言っていたわ。
そのお爺さん、司令のお父さんね、司令が唯一苦手にしている人らしいのよ。
だから、様子を聞いてくる前にこっちから様子を伝えてるんですって。だから向こうからの連絡がないのよ」
「ふ〜ん。意外な弱点ね」
おもしろそうに笑ってリツコと話すミサト。
だが、しばらくすると真面目な顔になる。
「彼の居場所は、もうここにしかないのかもね・・・」
(いつのころからだろう。僕の心と体はバラバラになってきているような気がする。
悲しいことや、辛いことがあるたびに、これは本当の自分ではないと、他人事のように見つめてるもう一人の自分がいるみたいだ。
前はそれでいいと思っていた。そうすればそのうちに何も感じなくなると、そう思っていたから。
でも、今はどうなんだろう。
母さんは僕のことを愛していると、必要だと言ってくれた。長い間僕が求めていた言葉を言ってくれた。少なくとも、パイロットの僕が必要だとはいってない。
ミサトさんやキョウコさん達。あの人達はよくわからないけど、少なくとも嫌ってはいない。僕も嫌いじゃないと思う。
他のパイロットの子供達。
アスカはいつも僕のことを怒ってばかりだ。馬鹿だ間抜けだと言っている。でも、たぶん嫌っていない。そして、僕は彼女の事を嫌いじゃない。
綾波。いつも静かで、不思議な子。僕のことをどう思っているかわからない。嫌いなのかもしれない。そう考えると、とても胸が苦しくなる。たぶん、僕は彼女のことが・・・。
綾波レイコ。綾波レイの妹。綾波と違ってとても明るくて、人付き合いがいい。でも、どこか一線をひいている気がする。僕と同じような感じがする。
トウジ、ケンスケ、ムサシ・・・。友達だと、仲間だと言ってくれた。でも、僕は彼らには本音を見せてはいない。本音を見せて嫌われるのが怖い。だから、たぶん彼らとは本当の友達にはなれない。
昔の僕なら、そんなことを気にもしなかった・・・。
ここに来てまだ1週間しかたってないのに、僕は変わったのかな?たぶん少しは変わったんだろう)
シンジがそんなことを考えている間に、彼の訓練は終わった。
どこかわざとらしい欠伸をして、ミサト達に機械のような挨拶をした後、シンジは一人で帰りだした。
成績優秀なアスカとレイは先に帰っており、レイコは新しいゾイドの起動試験をするため遅くなっている。当然それにつき合ってミサト達は残業である。
そして、その他のチルドレン達とは、シンジができる限り接触を持とうとしなかったため、すでに疎遠になっていた。
だがこの日、着替えを終えて出口に向かうシンジを待つ人影があった。その正体はトウジ達、他のチルドレンだった。
無視して横を通り過ぎようとしたが、彼らの雰囲気に剣呑なものを感じたシンジは立ち止まった。
(・・・いつかこういうことはあると思っていたけど、こんなに早いとはね・・・)
シンジが何も言わずに、立ち止まるのを待っていたかのようにトウジが口を開いた。
「転校生。すまんが少し顔を貸してくれんか」
拒否は受け付けない。そう態度で示している。
「嫌だと言ったら?」
「無理矢理にでもつれて行くだけだ」
ムサシが冷たい目でシンジを睨む。確かに本気でやりかねない雰囲気だった。
シンジが連れてこられたのは、ジオフロント内の空き地だった。本部からそう離れているわけではないが、周囲を取り囲むように木々がうっそうと茂り、ちょっとやそっと騒いでも、本部には聞こえない場所だった。すなわち人に知られたくない事をするには、絶好な場所といえた。
普通なら僅かなりとも不安を感じそうなものだが、図太いのか鈍いのかシンジはあいかわらず遠くを見るような目をしており、それがトウジ達の心をいらつかせた。
彼を厳しい目でトウジとムサシが見ており、少し離れてケンスケとケイタがあきれたような顔をしている。そしてマナとマユミが心配そうに彼らを見つめていた。
もういい。そう判断して口火を切ったのはトウジだった。
「単刀直入に言うが、おまえ何様のつもりや?」
「どういうこと?君が何を言ってるのかわかんないよ」
「わかるように言ってやる。おまえは俺達が何かに誘ってもまったく反応しないし、いつも醒めた目で俺達を見ている。俺達のことを馬鹿にしてるのか!?
それに、おまえはことあるごとに、ゾイドなんかに乗りたくないって言ってるらしいな。さすがに、一人で使徒を倒した天才パイロットは違うよ。惣流と同じで俺達凡人とは大違いだな!」
「ムサシ、言い過ぎだよ。
でも、碇君。彼の言ってることはだいたい僕たちが思ってるのと同じ事なんだよ。どうして僕たちを無視するのさ?
僕達のことが嫌いなの?」
いきり立ったムサシをいさめた後、ケイタがシンジに穏やかに話しかけた。このままでは喧嘩になりかねないし、シンジの態度がどこか作り物めいた気味悪い物のように感じ、あまり刺激することを好まなかったからだ。
だが、シンジの返答は彼の努力をあざ笑うかのように辛辣だった。
「別に、無視したり、馬鹿にしてるわけじゃないよ。ただ、そういうのって疲れるから」
シンジは決して馬鹿にしたつもりはなかった。人付き合いの方法がよく分かっていない彼としては、なぜトウジ達がこんなにムキになるのかわかっていなかったし、どうせつるし上げをするのならさっさとやって欲しいという思いがあったから、その返事は投げやりな物となった。そしてこの言葉はトウジ達を怒らせるに十分だった。
「それを馬鹿にしているちゅうんじゃ!何様のつもりや、ワレ!
だいたいそんな心構えでアレに乗ってると、いつか絶対死んでまうで!ワレが勝手に死ぬのはかまへんけどな、こっちまで巻き添えくいたあないんじゃ!!」
掴みかからんばかりのトウジを遮るようにマナが声を出す。
「鈴原君!言い過ぎよ!あ、ごめん、シンジ君。ちょっと二人とも興奮してるだけなのよ。気を悪くしないで。でも、シンジ君もどうしてそんなこと言うの?
やっぱり、私達のことが信用できないの?心の内をあかすことができないの?」
シンジはしばらく黙っていたが、ぽつりとつぶやいた。
「ごめん」
彼はそれだけ言うと帰ろうとした。
「なめとんのかワレ!『ごめん』ですむかぁ!」
「お、おいトウジ そのへんでやめとけよ」
興奮するトウジをケンスケが押さえた。
それを見ながらシンジがとどめの言葉をはいた。その言葉にトウジもムサシも、皆が固まる。
「じゃ、どうしてほしいの?
土下座しろってのならするけど」
ガッ!!
ついにトウジはシンジを殴った。
よけることもできず、倒れるシンジ。口の端が切れ、わずかに血が飛び散る。
ケンスケ達は狼狽し、マナとマユミは悲鳴をあげた。
「ちょ、ちょっと鈴原君!殴るなんてひどすぎよ!」
「そうです鈴原くん。相田くんも黙ってみてないで止めてください!」
シンジはそんな声を無視して起きあがると、泥をはたいてトウジに向き直った。結構腫れあがっており、痛そうなのだが彼はまるで痛みを感じていないのか、それとも殴られたのは別人なのかと錯覚するくらい冷然と、言葉を続けた。
「・・・一つ聞くけど、そんなにいちいちカッカしてて疲れない?」
ついにトウジもムサシもキれた。ケンスケとケイタの制止をふりほどきシンジに殴りかかった。もう後日どんな懲罰をもらっても、横にいる仲間に嫌われてもかまわない、シンジを袋叩きにして一言でもいいから泣き言を言わせてやると、どす黒い憤怒を溢れさせながら。
だが、シンジはその攻撃をさっとかわすと、素早くムサシの鳩尾にカウンターで一撃を入れて悶絶させ、ついでトウジの腕をとるとねじりあげて、地面に組み伏せた。
「ごめん。一応こういう荒事は4歳の頃からお爺さんに仕込まれてて、勝手に体が動くんだ。
・・・僕の言い方が悪かったんなら、謝るよ。でも悪いけど、今の僕は君たちのこと気にかけて行動するほど余裕がないんだ。
君たちみたいに赤の他人に、脳天気に
かまってられないんだよ
」
淡々と、最後の一言だけ別人のように殺気を帯びた声でそれだけ言うと、トウジを放してシンジは立ち去ろうとした。
だがその前に、マナがシンジに泣きそうな顔で話しかけた。
「・・・そんなの嘘よ。だって、今シンジ君の心泣いてるもの。辛い、苦しい、僕のことを嫌わないでって、泣いてるわ!
どうしてそんな嘘をつくの!?」
「違う!僕の心は泣いてなんかいない!勝手な想像しないでくれよ!」
本音をつかれて、シンジはつい叫んでしまう。
「泣いてるわ!私にはわかるの!嫌わないでほしいってさっきから叫んでる!本当の自分を知ってほしいって叫んでる!そして本音を知っても嫌わないでほしいって叫んでる!!
シンジ君がそんな態度をとるのは、本当の自分を嫌われたくないからでしょう?でも、それじゃますます嫌われるだけよ!本当の自分を私達に見せてよ!」
「そうはいかないよ。きっと嫌われるから・・・。それなら偽りの自分を嫌われた方がずっとましさ」
先ほどと同じ人物とは思えないくらい、シンジは狼狽した。体が緊張し、彼の顔を覆っていた仮面が崩れる。
仮面の奥にあったのは、年齢相応の少年の顔。ごく普通の少年の顔だった。
眼鏡の下側を潤ませながら、マユミがシンジに話しかける。
「碇君。でも、それじゃ結局同じ事じゃないですか。本当の自分をわかってもらえないって決めつけて、自分を偽って・・・。
私も昔そうでした。本当の自分を隠して、周りが勝手に想像したとおりの自分を演じていました。その方が楽だったから・・・。でも、それじゃだめだってわかったんです。そんな生き方じゃ楽しいことも悲しいことも、何もなくて、自分が生きてるのか死んでいるのかわからないってことが・・・」
彼女の言葉、何より真摯な眼差しでシンジの心のせめぎ合いが最高潮に達した。
人を恐れ、徹底的に人との接触を排除しようとする自分。
人を恐れながらも、人との接触を望む自分。
これまでの屈折した生活から彼は分裂症になりかかっていた。故にますます人との接触をシンジは避けるようになっていた。
その二つに割れて争っていた心が、マナの言葉で争うのを止め、マユミの言葉でお互いを受け入れようとしていた。
(変われるかもしれない。人を好きに、何より自分を好きに・・・)
シンジの二つの心はゆっくりと疑問、いや、共通の願いを口にした。
「本当にそうかな。 ・・・たぶん、君たちが言ってるとうりなんだろうね。僕にもわかる。こうして自分を隠して、ただ流されるままに生きてるのは死んでいることと同じだって、僕にもわかる。
変だな。僕は変わろうと思ってたのに・・・。自分のことを好きになろうとしてたはずなのに、どうしてまたこうなったんだろう?」
それだけ言うと、シンジはうつむき泣きそうになった。今までの自分の馬鹿さ加減を思い出して。
「ねえ、どうしてだろう?」
「大丈夫だよ。だって僕たちは仲間じゃないか。
だから君のこと嫌ったりなんかしないよ」
ケイタがシンジの目を見ながら話しかけた。かつての自分と同じ、いや事によったらもっと酷い境遇の仲間を見捨てるわけにはいかないから。
「ありがとう、そう言ってくれて。
・・・だけどそれは見せかけなんだ。自分勝手な思い込みなんだ。祈りみたいなものなんだ。ずっと続く筈ないんだ。いつかは裏切られるんだ。僕を見捨てるんだ。」
暗いがしっかりとした目でシンジは言う。
「でも僕は、信じたいと思う。この気持ちは、たぶん本当だと思うから」
その言葉に、マナとマユミは目を輝かせた。ケイタとケンスケもうれしそうな顔をした。彼らは別にシンジをつるし上げるつもりは本来無かったのだから当然と言えば当然といえる。ただ、成り行き上喧嘩のようになってしまって彼らもまた困っていたのだ。
「ありがとう、こんな僕を気にしてくれて・・・」
「気にするなよ。俺達仲間だろ?」
にこやかに笑いながらケンスケが言った。やっと科白が言えて、とてもうれしそうだったりする。
(やっと科白が言えた〜♪思えば長かった・・・。自己紹介から何行たっただろうか・・・?
しかも、この話において、俺と山岸さんは同じチルドレンだ!!
共通の話題ができる!ということは、・・・(以下略))
急にトリップしたケンスケにビクッとしながら、シンジは後ろに下がろうとした。やっぱりこいつは危ないと、お互い様なことを思いながら。その時になって、ようやくシンジは未だにトウジを地面に押さえつけていたことに気づいた。しかも、下手にシンジが体を動かしたために、間接が決まってしまって、痛みのあまりのびてたりする。ムサシに至っては、誰も活を入れなかったため呼吸困難を起こして、臨死体験をしていた。
あわてて、シンジは二人を介抱した。
何とか息を吹き返した二人に、シンジは心の底から謝った。
「ごめん。僕が馬鹿だった。嫌われることを恐れて、自分を隠して、周りを傷つけても気づかない振りをして・・・。僕は、弱くて、卑怯で、臆病で・・・。
とにかく、ごめん!気が済まないなら、土下座でも何でもする!
だから、許して」
シンジの態度から先ほどまでと違うことに気づいたのか、2人とも苦笑いをした。彼らが毛嫌いしていたのは、徹底的に人を排除しようとするシンジであって、目の前にいる恐る恐るとだが、人生という長い旅を他人と共に歩くことを決意したシンジではなかったからだ。もう怒りも痛みも消えていた。
「まあ、ええわ。
わしもシンジのこと殴ってもうたし、おあいこや。
だから、もう顔を上げてくれや」
「さっきとは違うな・・・。なんだかいい顔になったよ。
まあいいさ、俺達も大人げなかったし・・・。
これからあらためてよろしくな」
「ありがとう。トウジ、ムサシ、ケイタ、霧島さん、山岸さん」
そう言って、彼は微笑んだ。
それは、自分を隠さない、本当にうれしそうな笑顔だった。
名前を忘れられたケンスケはいじけていた。
一方、それを遠目で見つめる複数の目。
「う〜ん。最初はどうなることかと思ったけど、うまくいったみたいね」
「まったく、ミサトはとんでもないことするわね。鈴原君達をたきつけて、シンジ君の本音を出させるなんて。いくら暗くて覇気がないからって、無理矢理こんなことしなくてもいいでしょうに。うまくいったからいいようなモノの、失敗してたら、チルドレン達の間にヒビが入るぐらいじゃすまなかったわよ。
後、絶対減棒6ヶ月以上は間違いなかったわよ」
ミサトとリツコ、そしてマヤである。シンジ達から離れることおよそ100m。森林迷彩の服を着た3人は、双眼鏡片手に子供達を見物しながらのんきなことを言っていた。
「いいじゃん、うまくいったんだから」
今頃になって冷や汗を流して、答えるミサト。
意外と先のことを見据える能力がない。しつこいようだが本当に彼女を作戦指揮官にして大丈夫なのか?リツコは心の底からそう思ったが、ユイの決定に逆らう気力も度胸もないし、親友だから口には出さなかった。
「・・・それにしても、シンジ君て意外と強かったんですね。
背が低いし、結構なよなよしてるから弱いって決めつけてましたけど。
・・・先輩、知ってました?」
顔にまでペイントし、本物の草木を体中に張り付けたマヤが無視されているような気分になって口を開いた。久しぶりの出番に必死だ。
「あ、それ私にも意外だったわ。だって、シンジ君の一学期の成績では体育が3になってたからね。やっぱり本気を出してなかったって事かな?
でも、音楽や家庭科はしっかり10をとって自己主張してるし・・・。どういうことかしら?
リツコわかる?」
「わかるわけないでしょう。・・・とかくこの世は謎ばかりね」
実はシンジはまったく泳げないから、体育の成績が悪かったりする。2015年、日本は年中夏になっており、オ−ルシ−ズン水泳の授業があった。泳げる人間には天国のような環境だが、金槌には地獄以外の何者でもないが、まあそういうことだ。
「まあ、これでシンジ君も元気になるわ。今はそれでよしとしましょう」
ミサトの言葉通り、次の日シンジはニコニコしていた。
その純粋な本当のシンジの笑顔に、起き抜けて来たユイやキョウコ、ミサトは言うに及ばず、アスカまで真っ赤になる。
「な、何かいいことでもあったの?シンジ」
少しポ〜ッとなったユイが朝食の支度をしているシンジに問いかけた。ミサトから報告はされていたから、ある程度予測していたつもりだったが、シンジの劇的な変化はユイの予想を超えていた。
言い忘れたが、アスカとミサトはいうに及ばず、ユイとキョウコも家事は全滅だった。
そのため、やっぱりシンジが掃除、洗濯、料理まですべて行ってたりする。
おさんどんシンちゃん。
後、赤木親子の飼い猫とペンペンの世話までやってる。ばっちりなつかれてるから、世話の仕方も完璧だ。
とても14歳とは思えない優良物件。こんな弟が一人ほしいなあ。
それはともかく!
「昨日、友達ができたんだ。本当の友達が。本音で語り合える仲間が。
だから、僕は自分が少しは好きになれたと思うんだ」
そういって彼はまたとびっきりの笑顔を見せた。
再び赤くなる碇家の住人達。
(な、なんて笑顔なの・・・。我が息子ながら末恐ろしいわ。いったいどんな美少年になるのかしら・・・。)
(は、反則よ、その笑顔は!ああ、私がもう10歳若かったら・・・。
いいえ、アスカちゃんがいなかったら、今夜にでも、いいえ、今すぐにでも押し倒したいわ!)
(・・・な、なによ。そんな顔したって、あんたは私の下僕なんだからね!だから、私以外にその顔見せちゃだめなんだから!
もう、どうして急にそんな顔で笑えるようになったのよ!?)
(シ、シンジ君。そ、そんな目で見つめないで。くっ、アスカ達の目がおかしいわ!
やばい!昨日のことがこんなに効くなんて!ライバルが増えてしまう、確実に!冗談じゃないわよ〜!
それにしてもいい顔〜!)
彼の笑顔は危険だ。後に『美少年キラー』もしくは『第三新東京市の女殺し』と呼ばれる彼の能力の開花はこの時始まった。
自らの持つ本当の力をまだ知らないシンジは、赤くなったり身を捩ったりする同居人と家族を怪訝そうに見ていたが、わからないことをいつまでも考えていても仕方がないと判断して、登校の準備を始めた。
「変な母さん達。・・・じゃ、僕今日は週番だから、学校に行って来ます」
そういって、シンジは元気よく家を出た。途中で挨拶をした赤木親子を虜にしたのは、言うまでもない。
シンジは学校に着くと、同じく週番の山岸マユミに挨拶をした。元気良く。ちなみに、シンジのクラスがどういう順番で週番を決めているかは謎である。考えてはいけない。鵺の祟りがあるぞ。
「おはよう、山岸さん」
「え、お、おはようございます」
顔を真っ赤にして、『誰この人?碇君なの?』という目でシンジを見るマユミ。なにを考えているかは、やっぱり謎だ。
そして、授業が始まったが、皆の視線はシンジに集まっていた。
少し明るくなった雰囲気が彼を別人のように変えているからなのだが、それは14歳の少女達にとっては麻薬のように危険であった。
昼休みを待つまでもなく、ああっというまに彼の笑顔は学校中の女の子の心をとらえた。前日までの彼の暗さと、非社交的態度に嫌な顔をしていた少女達も再び彼の虜になった。嫌悪を抱くこともなく、彼を立ち直らせようとした努力した少女達は言うまでもない。
「ふ〜ん。碇シンジ君か・・・。決めた、私の彼氏にふさわしいわね」
「マナぁ・・・。くっそ〜! やっぱり碇は俺の敵だぁ!」
同時に学校中のほとんどの男子に危機感と敵意を抱かせる。
ともあれ、彼は新しいチルドレンとして生きる決意をしたのだった。
Bパートに続く
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