邂逅 第四話

 

 これは、新世紀エヴァンゲリオンのもう1つの局面を描いた物語。

 ひょっとしたら有り得たかもしれない、もう1つの物語。

 

 

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          新世紀エヴァンゲリオン外伝

 

              『邂逅』

 

 

           第四話「安息の日々」

 

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                *

 

 日が没する頃、井波亮子は家に帰り着いた。

「ただいま」

 玄関をくぐると、おかえりなさいという返事とともに長女の綾音(あや

ね)が姿を現わした。

「今日は早いね」

「ええ。残業がなかったから」

 綾音は母・亮子の荷物を持つと、台所のテーブルに置いた。

「恵美と司は?」

「恵美は居間で昼寝、お兄ちゃんは帰ってからずっと部屋に篭りっぱなしよ」

 確かに、居間に目を向けると、10歳になる次女の恵美が畳の上で涎な

どを垂らしながら可愛らしい寝顔を亮子に向けていた。何時もならその側

でTVを見ているはずの司が、今日はいなかった。

「あ、ご飯にする?もう出来てるけど」

「ええ、じゃあ司に声かけてきて」

 はいと返事をすると、綾音は2階に駆け上がっていった。亮子は居間の

テーブルを拭き、綾音の作ってくれた料理を並べた。恵美を揺すり起こし、

TVの電源を入れると、ちょうどニュースをやっていた。

 

『本日午後4時27分、松代の軍の研究所で爆発事故が発生しました。

 地下にあった研究所は根刮ぎ吹き飛ばされ、現場には痛々しい破壊の爪

 痕が残されています。調べに対し研究所は、新型N2爆弾の実験中の暴

 発が原因だと説明しました。爆発の余波によって木々が倒れ、爆心地か

 ら半径1kmに渡る範囲に大地の激しい隆起が見られます。しかし汚染

 物質等の流出はなく、環境に対する被害がこれ以上拡大することはない

 とのことです……』

 

 画面には、研究所があったと思われる場所を上空から撮影しているVTR

が映し出されていた。画面で言うなら川を挟んだ左側に、巨大なクレータ

ーがあった。そこが研究所のあった場所なのだろう。

 N2爆弾・“ノー・ニュークリアー爆弾”の略で、核兵器と同等の破壊

力を持つ恐るべき兵器である。しかも放射能等の汚染物質の類がほとんど

出ない為、国連軍が切り札として、あの“使徒”と呼ばれる謎の化け物に

対して使用している。初めて開発されたN2爆弾は旧東京に投下され、現

在旧東京はただの廃虚となっている。その後、セカンドインパクトから誘

発された数多くの内乱で何度も使用され、何千万人という人間が死んだ。

 これが、セカンドインパクト後、人類の半数が死滅した1番の原因だと

ある歴史評論家は語った。

「あの使徒とかいう化け物より、人間の方がよっぽど怖いわね…」

 亮子は何であんな大量殺戮兵器が作られたんだろうと、かぶりを振った。

 

「お兄ちゃん、お母さん帰ってきたからご飯食べよー」

 ガターンッ!

 綾音がドアを開けるのとほぼ同時に、司は椅子ごと後ろにひっくり返っ

た。それと同時に、数枚の紙切れが宙を舞った。

「いきなり開けるな!」

 司は怒鳴ると、頭を抱えてうずくまった。よほど強く打ったらしい。部

屋に舞う紙切れの1枚が綾音の足元にひらりと落ちた。何気なく綾音が拾

ってみると……

『真夏の夜の夢……一夏の経験』

と書かれた、旅行か何かのパンフレットだった。

 綾音は紙と頭を抱えてうめいている兄の姿を交互に見た。その目は、爛

々と輝いていた。

 そしてガシッとその手を取った。

「お兄ちゃん、おめでとう!」

「は?」

 ぽかんと口を開け、司は綾音を見返した。

「ついに、ついに恵子さんと付き合う決心したのね!私、前から恵子さん

 ていいなって思ってたから…」

「待たんかい!!」

 バッと手を振り解き、ビシッと綾音に指を突きつけた。

「何で俺があんなじゃじゃ馬と付き合わにゃならん!あのインパクト前世

 代の女の物としか思えぬ体躯、口及び性格の悪さ!あんなのを彼女に迎

 えた日こそ、俺の人生最期の日だ!」

「体躯って…何処見てんのよお兄ちゃん……やらしい」

「身長とあの怪力のことを言っとるんだ、俺は!インパクト前世代の基準

 だぞ、ありゃ!」

 バンバンと床を叩き、妹を睨んだ。実際はインパクト前世代とは関係な

いのだが、“食生活、居住環境がよいインパクト前世代→健康的”という

見解が子供達の間で深く浸透しており、あまりに運動能力が高かったり身

体発育がよい者に対する悪口に“インパクト前世代(或いは単に前世代)”

という言葉が使われている(ある種の嫉妬や妬みのような心理もあっての

ことだろうが…)

「なーんだ、つまんない。じゃあまだ彼女いないんだ」

「……何でお前、何時も何時も俺の彼女といえば“恵子”っていう短絡的

 な発想しかせーへんねん!?」

「だってぇー、お兄ちゃん、他の女の子とまともに話せないじゃない」

 う……司はうめいた。

「ところでこんなパンフ持ち出して、どっか行くの?」

「ああ、充とか山南さんと一緒にな。海に行く計画があるねん」

「山南さんて、誰?」

「こないだうちのクラスに転校してきたんや」

「可愛い人?」

「う〜ん、まあな……って、何言わせんねん!」

 司は少し赤くなって怒鳴った。綾音はくすくすと笑いながら

「ま、彼女出来たら絶対紹介してね。私が見てあげるから」

 そう言って部屋を出ていった。

「全く…何てませた妹や」

 司はぼやきながら、ひっくり返った椅子と散らかった旅行会社のパンフ

を片付け始めた。

 

「海に行く?」

 亮子の言葉に、司は頷いた。

「そっ。夏休み入ったらすぐ行くと思う」

 司はハンバーグを口に放り込みながら言った(綾音の味付けは何時も濃

いな…と思っている)。

「まあ充君と一緒なら大丈夫だろうけど……女の子も連れて行くの?」

「うん、男と女、同数でね」

「大丈夫?」

「そんなに遠くに行くわけじゃないから」

「そうじゃなくて……」

 亮子はそっと耳打ちした。

「年頃の男の子と女の子ばっかりで、間違いがあったら困るでしょ?」

 ブッ。司は味噌汁を吹いてしまった。

「母さん何言うねん!俺まだ中学生やで!」

「あら、最近の子って奥手なのね。母さんの頃の中学生って、凄かったの

 よ」

 そりゃインパクト前世代だし……司は思った。司は“コギャル”という

言葉をふと思い出したが、インパクト前世代の流行だったので、司が実物

を知るはずもなかった。無論、実物のなれの果てが目の前にいることなど、

知る由もない。

「恵子さんと一緒に山南さんっていう可愛い子が来るんだって」

 ご飯を頬張りながら、綾音が言った。「恵子さんという人がいるという

のに、お兄ちゃんって浮気者」

「綾音!何言ってんだ!」

「まあ、そうなの?」

「違うっちゅーに!」

「お兄ちゃんやるぅ!」

 恵美まで……司は頭を抱えた。どうしてうちの女連中はどいつもこいつ

もこんな奴ばかりなんだ!?

「御馳走様!」

 バンッとテーブルに箸を叩き付け、司は居間を出ようとした。それを亮

子が呼び止めた。

「何だよ?」

「いい忘れたことがあるの」

 亮子は一呼吸置いて、こう言った。

「向こうで彼女出来てもすぐに手出しちゃ駄目よ。女の子には心の準備っ

 てもんがいるんだから」

 

 ズベシッ。

 司はモロにひっくり返った。

 

                *

 

 虫の声が聞こえる。窓を網戸にしておくと外から心地よい風が入ってく

る。今日は冷房は要らないかもしれない……ユキは思った。

 ベッドの上で半身を起こし、ユキは日記を書いていた。大阪に来てから

というもの、これがユキの日課となっていた。

 

『今日、井波君達に海に誘われました。恵子も一緒に来るみたいなので、

 とても楽しみです。あ、でもその前に、期末考査があるんだった。中途

 半端な時期に転校してくると勉強が大変で仕方ありません。でも、恵子

 は勉強よく出来るみたいなので、教えてくれるから助かります。何でも、

 井波君はテスト前ひーひー言いながら恵子に泣き付いてるみたいなので、

 今回は私もその仲間に加わろうかな……』

 

 そこまで書いてユキは手を止めた。

 ユキは幸せだった。生活は公的援助をある程度受けているので、贅沢さ

えしなければ決して辛い物ではなかった。1人でいることは昔は苦痛だっ

たが、今はそれもあまり気にならなくなっていた。

 学校に行けば友達がいる。笑ったり他愛も無い話が出来る友達がいる。

平凡で有り触れたことであるが、ユキはそれがたまらなく嬉しかった。だ

が……

 ユキは枕元の写真立てを手に取った。写真立てには2枚の写真が挟み込

まれている。加持には早めに捨てておいた方がいいと言われた物だが、ど

うしても踏ん切りがつかず、まだ持っていた。

 2枚の写真を浮かぬ顔で眺めながら、ユキは自分の栗色の髪を指先で弄

んだ。2枚の内1枚は1ヶ月程前に撮った物だが、その頃と比べて随分髪

が伸びていた。

「髪……伸ばしてみようかな」

 インパクト前には、失恋したりすると女性は髪を切って辛いことを忘れ

ようとしたらしいが、生憎ユキの髪は元々それほど長くない。

(要は髪型を変えて気分も変えるっていうことなんだろうけど…)

 ユキは辛そうに写真を眺めた。写真の中の自分は対照的に微笑んでいた。

 もう1枚の写真、これはもっと前に撮った物だ。ユキと彼女の2人の友

人が写っている写真。彼らとユキは親友だったが、彼らの写真はもはやこ

の1枚しか残っていなかった。

 同じ作業服を着ている3人、気丈な表情を向ける少年と、それとは対照

的に穏やかで少し気の弱そうな顔をしている少年、そしてその間に挟まれ

ている自分。

 ユキは写真を置き、日記を閉じて窓のカーテンを閉めた。カーテンが風

に舞い、間から射し込む月明かりが部屋に光の模様を創り出した。

 おやすみ。

 そう言うと、ユキはごろんと布団に包った。

 

 

 

「君、落ち着いて!」

「鎮静剤を、急いで!」

 医者や看護婦達の叫び声が狭い病室に響いた。長閑な田舎町の小さな病

院、のんびりとした外の環境と対照的な病室。必死で立ち回る医者達の声

とただただ泣き叫ぶ声。感情の爆発。不意に湧き起こる嘔吐感にたまらず

口元を抑えると、手にどす黒い血が付着した。

 血。人の身体を流れている物。人が生きている証。人の温もり。

 彼の身体にはもう流れていない。彼にはもう、人の温もりが感じられな

い。鉄のように固くなり、冷たくなった彼の身体。

 

 

 吐き気がした。

 

 

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                               続く

 

<後書き>

 ども、淵野明です。『邂逅』第四話、お届けいたします。

 今回の話は3度も全面的に書き直しました。というのも、全体の時間合

わせ(今何月ぐらいだとか)をした時に狂いが生じてしまい、それを修正

する為に書き直しをせざるをえなくなったのです。エヴァの本編では具体

的な日付について語られていなかったので、小説を書くに当たって苦労し

ました。

 今回は何とか本編とリンク出来る形にもっていけました。次回からは更

にそれを進めようと思っています。そう、次回はようやくミサトさん達の

出番です(予定)。お楽しみに!

 

                   ★淵野明(t-ak@kcn.or.jp)★



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