少女は、泣いた。

 喜びを胸に抱いて、少女は泣いた。

 

 何もかも奪い取られた少女に元に

 それだけは形になって残った。

 

 そしてその希望に、少女は少年の名を付けた。

 

 


 

 少女、少年  <第六話>

 


 

 

「シンジ君、大丈夫か?」

 

 車の後部座席で何処か虚ろな気配を感じさせるシンジに、ルームミラーを覗いていたシ

ゲルがそう話しかけた。

 

「あ、いえ、大丈夫です。少しだけ考え事していただけですから。」

 

「ん、それなら良いのだけど。ちょっと目尻も腫れぼったいみたいだから、ちょっと気に

なることがあってね。」

 

 シゲルのその言葉にハッとなって、シンジは体を強ばらせた。

 自分自身では感情を押し殺そう、押し殺そうとしても、それが隠しきれずに行動に跳ね

返る。

 

「やっぱり・・・・。すまないなぁ、シンジ君。ほら、マヤ、お前もちゃんとシンジ君に

謝っておけよ。」

 

 シゲルはシンジのその様子を見て、マヤにそう促した。

 

「うーん、ごめんね、シンジ君。次回からは、もう少し効果の低いヤツを、って、つぅ!」

 

 ぱーん!という派手な音を立てて、シゲルがマヤの頭をはたいた。

 

「いったーーーい!何するのよ!!」

 

 マヤが抗議の声を挙げる。

 

「あのなぁ、論点がずれてるだろ。あんなやばいもの使うな!と言ってるんだよ。ほんと、

もぅ。いや、本当にすまなかったね、シンジ君。まぁ、マヤも悪気があっての事じゃない

から、許してやってくれ。」

 

「いえ、その辺は分かってますから。レイがまた無理言ったんだと思いますし。」

 

 そう答えながら、シンジは柔らかくなった空気と、杞憂に終わった不安に、心の底で少

しだけ安堵感を浮かべた。

 そして隣に座るレイの表情をのぞき込んだ。

 レイはそのシンジの目線から逃げるように、ぷいっと顔を背けた。が、ウィンドガラス

に映るそのレイは、何処か申し訳なさそうな表情を浮かべていた。シンジはそのレイの仕

草が愛らしかった。

 

「いや、違うのよ、シンジ君。私が勝手にやったことだから、レイちゃんは悪くないのよ。

でもね、シンジ君も少しはレイちゃんの気持ちを理解してあげてね。色男を夫に持つと、

妻はいつでも心配なんだから。」

 

「あはは、色男って部分は分かりませんけど、レイの気持ちは理解しているつもりですし。

ただ、今回のみたいなのは勘弁してもらいたいですけど。」

 

 シンジは苦笑いを浮かべながらそう答え、自分の右手で、レイの左手をそっと握った。

 レイはその手にシンジのぬくもりを感じると、嬉しそうな表情を浮かべてシンジの方に

顔を向け直した。そしてシンジの顔をのぞき込んだ後軽く微笑んで、シンジの肩にそっと

自分の頭を預けた。

 

「新婚は良いわねぇ。」

 

 助手席から後部座席をのぞき込んだマヤが、羨ましそうに二人のその様子を見て呟いた。

さっきシゲルと演じた『ラブラブしょー。』の事は頭の中から無くなっているみたいだ。

やっぱり、隣の芝生は青い様である。

 

 

 その後、シゲルとマヤのとっておきの『天ぷら専門店』で夕食を取ることを決め、車は

町のはずれに向かって走っている。

 

 

 あれから10年が経ち、世界の復興に一つのめどが付いたと言っても、実際に街として

の体裁を保っているのは、都心の、それも本当に街の中心部だけである。少し街の中心部

を離れるとあっという間に人の気配は少なくなり、辺りは街から切り捨てられたコンクリ

ート群や、緑に飲み込まれた古い町の名残が現れる。

 が、人は結局何処にでも住んでいる。今、シゲル達が向かっている『天ぷら専門店』も

そんな町はずれにぽつんとある店である。自然が料理を旨くする、と言う店主の言葉は、

あしげに通う常連客には十分に伝わっている。需要と供給のバランスさえとれれば、何処

ででも商売は出来るのだろう。

 

 

 バスターミナルを離れて20分ほど、ちょうど行程の半分ほどを走ったところで、ピリ

リ、ピリリ、ピリリ、っとドリンクホルダーに立てかけていたシゲルの携帯がなった。

 シゲルは、左手でそれを取り、発信者を確認する。

 

「マコトだ。なんだろ、」

 

 シゲルは一度目線を助手席のマヤに投げかけてから、着信のボタンを押した。

 

「はい、青葉。なんだマコト、ん、何してるかって?今、晩飯を食べに例の天ぷら屋に向

かってるところ、・・・、いや、マヤとシンジ君とレイちゃんも一緒だよ。・・・、メー

ル?いや、そういえばまだ目を通してないけど、今すぐ確認しようか?・・・、いいって?

なんだそりゃ。夜でも確認したら電話くれって?良いけど、ん、わかった、じゃ、後で

な。」

 

 シゲルは小首を傾げながら電話を切り、ドリンクホルダーにそれを戻した。

 

「メールがどうしたの?」

 

 マヤが不思議そうな顔でシゲルをのぞき込む。

 

「いや、何だか分からないけど、メール見たかって?何だろ、後で良いって言ってたけど、

あ、見てくれる?」

 

 シゲルはフロントのセンターパネルを左手で指さしながらそう言った。

 マヤはシートベルトをゆるめながら身を乗り出し、タッチパネルを手際よく操作してい

く。最後にポストマークをタッチすると画面の下部にプログレッシブバーが表示され、メ

ールの受信作業が始まる。

 

「これ、活躍するの久々でしょ?」

 

 マヤが何処か皮肉混じりにそう口にした。

 

「あ、そうだったっけ?結構使ってると思うけど、これ。マヤも慣れた手つきだったじゃ

ない。」

 

「嘘。ぜんぜーん、使ってないわよ。この程度の操作なら誰でも簡単に出来るわよ。だか

らこんなオプションにお金使うの反対だったんだから。」

 

「そういう事言うなよなぁ、この辺のギミックが男の浪漫なんだから。あ、受信終わって

るよ、見て。」

 

 シゲルは何とかこの話題を逸らそうとする。

 少しだけシゲルを睨み付けていたマヤも、やがて渋々といった感じで着信メールのタイ

トルを確認しだした。

 

「えっとまず、『MAGIプロ』のヤツね、これってこの前の会議の議事録かな?」

 

「あ、もうあがってきてるんだ。今週は議長張り切ってたから、早いだろうなとは思って

たけど、書記もケツでも叩かれたかな。」

 

 シゲルのその言葉に、マヤは苦笑を浮かべながらうなずき、確認を続ける。

 

「後は週間報告と、コンサート情報、ん、え、なにこれ、ねぇ、シゲル?」

 

 マヤはそう言って、着信メールの一番下のタイトルを指さした。そしてそこには、たっ

た今破滅へと繋がるタイトルがあった。

 

 

『夜の漢の情熱大陸。だんでぃー、だんでぃー。』

 

 

 シゲルとその周りの時間が止まった。

 

 

「何これ!え、あ、きゃーーーー!あああああああーーーーーーーーーーーーーーーーー

ー!」

 

 躊躇無くそのメールを開いたマヤの目の前に広がったのは、『今週の一押し』とタイト

ルのふられた、大蛇に絡まる『すっぽんぽん』であった。

 

「なによ、これ何よ!シゲル!私というモノがありながら!!」

 

 マヤは獣のような奇声を上げ、運転するシゲルの首を横から両手で絞める。

 

「うぐぅ、死ぬ、死ぬ、違うんだ、これはマコトが面白いニュース配信があるって言うか

らちょっと興味本位で、いや、勿論そんなつもりは、なくて、あがぁーーー!」

 

 そんなつもりとは、どんなつもりだろう。

 無論、マヤは聞く耳持たない。

 

「あ、俺だけじゃないんだ!俺だけじゃ!マコトは勿論だけど、シンジ君も、シンジ君

も・・・、」

 

 そのマコトの叫びに反応して思わずレイの顔を見てしまうシンジ。

 そこには、目からレーザー光線でも発しそうな、筆舌に尽くしがたいレイの表情があっ

た。

 

 

 シンジとその周りの時間も止まった。

 

 

「あーーー、ぎぃぃ、痛い、痛い、レイ、足つねらないで、ぎぃー、あーーー、違うんだ、

これは日向さんが、配信うけろって無理矢理、ほんとなんだ、しんじてーーーーー!あー

ーー、青葉さんの、ばかぁぁぁぁーーー」

 

 

 愚かしい男どもの言い訳が、女神達の怒りを収めるのにはもう少し時間がかかるだろう。

 それまで青葉の運転が持ちこたえれば、の話だが。

 

 


 

 

 結局、食事を終えて岐路へと付く頃には、シンジとシゲルの両名は、自らの伴侶の機嫌

を回復するために、各々『約束』を強いられることになっていた。

 

 シンジのそれは、単純明快ノルマの増加であった。どの程度増えたかは、あえて触れる

ことは避けるが、シンジのレットゾーンぎりぎりである、とだけ言っておこう。

 また、シゲルのそれは、女性オペレーターとの連続会話2分以内、という仕事にまで支

障の出そうなモノだった。それとプラスして、当面、マヤ以外との外出も禁止された。シ

ンジとレイはともかく、マヤとシゲルは新婚でも何でもないのだが・・・。

 

 げっそりと疲れ切った男性陣に対して、女性陣は至極ご満悦だった。

 

『妻の前でメールを開いてはいけない。』

 

 真理を得るには、常に犠牲は付き物である。

 

 

 その後、シンジとレイを二人のマンションの駐車場で降ろし、車はシゲルとマヤの自宅

へ向かって走っている。

 

「まだ、怒ってる?」

 

 車を走らせながらシゲルが、助手席に座るマヤにそう話しかけた。

 マヤはぼうっと、流れていく夜の景色に目を泳がせている。少しアルコールが入ってい

るのか、頬に朱の色が感じられる。

 

「ん、別に怒ってない。あの二人とお酒飲みながら、結婚生活の話なんかする歳になった

んだなぁ、ってしみじみ思ってただけ。」

 

 気だるそうに答えながら、マヤは顔をシゲルの方に向けた。

 

「"歳取った"と思うようになったら、歳取ったんだろうな。」

 

 シゲルは優しげに口にして、軽く微笑んで見せた。

 

「どうせ、もう誕生日が来ても嬉しくない歳ですよ。」

 

「あはは、そうだな。若い、とは言えないな。30越えたら。」

 

「そうだね、もう先輩とミサトさんの歳もとっくに越えちゃったもんね。一生懸命だった

から分からなかったけど、結構時間経ったんだ。」

 

「余裕、出来たからな。そういえばマヤ、あの二人に少しずつ似てきたんじゃないか?」

 

「え?そっかな?自分では分からないけど、どの辺が?」

 

「女臭くなった、って所かな、」

 

 シゲルは一瞬マヤの目をのぞき込んでいたずらっぽく微笑み、そう答えた。

 

「う、それって誉め言葉ではないわよね?」

 

 マヤのこめかみがぴくぴくと揺れる。

 

「いや、誉め言葉さ、十分にね。二人の持っていた雰囲気と言えばよいのかな、そういう

のが少しマヤにも感じられる、って事。何となくそう感じる、そういった事だよ。昔より

ずっと、色々な事を支えられるようになった。」

 

「歳だけは取りましたからね、おばちゃんに近づいてますよ、ほんとに。」

 

 マヤは自暴自棄っぽく口した。

 

「そうだな、俺ももう『おっさん』だ。」

 

「今でも十分に『おっさん』よ。」

 

「ちっ、これでも結構人気はあるんだぞ。結婚してる、って口にしなければ今でも引く手

数多だ。まぁ、いいさ、『おっさん』で。十分に受け入れます。ところで相談なんだが、

そんな『おっさん』の頼みを一つ聞いてくれるかい?」

 

「『女性オペレーターとの連続会話を5分以内に改訂してください』ってのは却下よ。」

 

「うーん、それも言いたいところだけど違うよ。」

 

「じゃ、何?」

 

 マヤは小首を傾げながら、唇に人差し指を当てて考える仕草を取った。が、しばし思案

した後両手を軽く広げて、『降参』の合図を見せた。

 シゲルはマヤのその様子を見た後、目線をフロントガラスの向こうに移し、今までとは

違う硬い表情を作った。

 

「なぁマヤ、そろそろ子供作らないか?」

 

 そしてシゲルは真剣な口調で、そう口にした。

 

 マヤはそのシゲルの答えを受けて、少しだけ驚いたような表情を見せた。そして、シー

トに深く腰をかけ直し、小さく重いため息を吐いた。

 

「もう、MAGIは十分に動くさ。先輩の代わり、って言いながらがむしゃらにやって来

たけど、十分だろ。この辺で一休みしようよ。新しいコンピュータプロジェクトが始まる。

それが可能になった程に、MAGIのシステムエンジニアは育ったよ。」

 

「職場を離れろ、って事?」

 

「違うよ。子供って今日明日出来るモノじゃないだろ。俺が言いたいのは、MAGIの為、

いや、死んでいった人の為に犠牲にしてきたモノを少しずつ自分たちで使っていっても良

い時期まで来たんじゃないか、って事だよ。なにより、俺はマヤの子供が欲しい。」

 

 シゲルは真剣な声と表情でそう話すと、車を路肩に止めてマヤの目をしっかりと見つめ

た。その視線の強さは、シゲルの想いの強さだろう。

 

「もう、本当に十分なの?」

 

 マヤが少し震えた声でそうシゲルに問う。

 

「十分だ、俺はそう思う。子供、欲しくないのか?」

 

 シゲルのその問い返しに、マヤは大きく頭を横に振った。

 

「いえ、欲しいわ。ずっとそう思ってたけど、自分からこの場所を離れられないでしょ。

MAGIを支えているときだけが、自分の存在価値だった時代もあったから。」

 

「あれの後、確かに本部のMAGIを支えれる人間は俺達だけだったよ。特にマヤが居な

ければどうすることも出来なかった。元々、『赤城リツコ』という人間を失った時点で、

状況としては最悪だったんだからな。それでも十分に踏ん張ったさ。自分たちの時間も犠

牲にして。MAGIが無ければ、復興なんて言葉は絵空事に終わったかも知れないからな。

でも、それも目処は立ったさ。結婚式も挙げれなかった、そんな忙しさはもう無いだろ。」

 

「旅行も、行ってないもんね。でも・・・。」

 

 マヤはそう言って言葉尻を濁した。

 

「でも?」

 

 シゲルのその問いにマヤは答えずに、目線を車の外に移した。

 交通量が少ないとはいえ、ヘッドライトは数秒おきに、二人の乗る車の脇を過ぎ去って

いく。その光の動きが、去来する不安感や自分自身に対する嫌悪感を煽るような気がする。

 自分たちの子供が欲しい、でもそれを声高に叫ぶことが許されるのか分からない。

 

「マヤ、正直に聞かせて欲しいんだ。MAGIの事は少し前ならいざ知らず、今は自分自

身に対する言い訳なんだろ?マヤが抱いてる不安の本当の方向もわかってるつもりだ。な

ぁ、レイちゃんの事だろ?」

 

 シゲルが眉間に小さなしわを寄せて、苦渋に満ちた表情でマヤにそう問うた。

 

「・・・・ばれてるね、やっぱり。そう、確かにレイちゃんの事思うと、どうしても積極

的にとは思えないは事実。そんな事自分が気にしても全く意味がないと分かっているのに、

それでもどうしても胸の底の方にあるの。それにレイちゃんに子供が出来る可能性が、全

くないって訳じゃないのよ。先輩とか本当に全てが分かる人が皆居なくなったから、正確

な数字は分からないけど、『ゼロ』じゃない。MAGIに今ある情報だけで検討させたら、

普通の人の30分の1とか、それ以下の値になるわ。でも、それも私が希望的な観測を加

えての結果だから、本当は・・・、それでも可能性はあるのよ。だから余計、待ってみた

い、自分はそれからでも、とかそんな事思うの。意味なんか無いのにね。罪の意識、って

見えないけどあると思うの。自分の中でそれに気づいたら、身動きがとれなくなる。」

 

「結局それも、死人の罪を背負ってるだけだろ。いや罪でさえないのかも知れない。マヤ、

リツコさんが生きていれば何とか出来たかも知れない、とかそんな事思ってるのか?」

 

 シゲルのその問いに、マヤは何処か切ない視線をフロントガラス越しの夜空に向けた。

 街頭の光のせいで星の輝きは見えなかったが、半円に輝く月の形だけは良く分かった。

その降り注ぐ遠回りした太陽の光は、今を憂う人々を過去と未来の狭間に縛り付けようと

している様に感じられる。そんな回り道は、自分たちの人生のようだ。

 そしてマヤは、ゆっくりと頭を振った。

 

「もし先輩が生きていて、私の前に現れたら、思いっきり平手打ち入れてやりたい気分。」

 

 マヤはそう言って苦笑を浮かべた。

 10年、此処にも10年の生きた道がある。

 死人は歩みを止める。生きている人間はそれを止めない。

 

「レイちゃんは知ってるんだろ、シンジ君はどうなんだい?」

 

 マヤの答えを受けて、シゲルは質問の方向を変える。

 

「知らない、と思うけど、薄々は気が付いてるのかも知れない。レイちゃんは言わないで

欲しいって・・・、不安なんだと思う。想いって形に出来ないから、不安になるんだと思

う。レイちゃんが思うよりずっと、シンジ君はレイちゃんの事大切に想ってるのにね。」

 

 マヤは少しだけ目を閉じて下唇を噛みしめた。

 解けだしていく感覚と、同時に去来する時間をさかのぼろうとする思念。揺れ動く狭間

で、自分自身の場所を探す。

 

「レイちゃんの気持ちも分かるのよ。レイちゃんは少なくとも自分に負い目みたいなモノ

を持ってるから、それが具現化するかも知れない事、それによってシンジ君が離れていっ

てしまうことをとっても恐れてる。周りから見るとそんなこと杞憂だと分かるけど・・・。

怖いんだと思う。」

 

「なぁ、マヤ。怖くなるのさ、俺だってずっと怖いよ。馬鹿みたいに世界中がぶっ壊れて、

そして帰ってきた人間達は一生懸命元の場所を目指した。自分もそんな一人だ。がむしゃ

らで疲れ切って、そして横をみたらマヤが居た。手を伸ばしてマヤを抱いて、大声で泣い

たら、自分の逃げ場所だけをマヤに求めていたんじゃないか、ってそう思ったときもある。

『愛してる』と言葉にしても、どっから何処が与えてやれるモノで、一体何が与えてもら

うモノなのかも分からない。けど、言葉じゃないんだよ、多分。目に見えないから、自分

の気持ちさえも正しく言葉に出来ないから怖くなる、不安になる。だから形が欲しくなる。

でも、これも言い訳か。マヤと自分の子供が欲しい、ってことはそんな単純な想いじゃな

い気がする。」

 

「そうね、だから怖くなるのよね。言葉は嘘ばっかり、ちゃんと想いを代弁できるような

器用な作りにはなってないと思うから。シゲルの為じゃなくて、自分の為に、ううん、違

うわね、自分たちのために子供は欲しい。それで形になるなら、それで構わないのよね。

でも、子供が欲しいという想いに、理由付けを探してるなんて、嫌な気分ね。」

 

 マヤは寂しく微笑んで、強く自分を見つめているシゲルの頬に右手をそっと当てた。そ

れはマヤが思っているよりずっと堅く、そして熱かった。

 

「レイちゃんとシンジ君、子供出来ると良いな。」

 

 シゲルはマヤのその右手に自分の左手を重ねながらそう答えた。

 

「出来るわよ、神様ってそんなに意地悪じゃないわ。」

 

「俺達にも出来るよな。」

 

「それはシゲルの努力次第かな。」

 

 そう言ってマヤは優しく微笑んで、片目をつぶってみせた。

 

 もう一度世界が無くなっても、この想いは変わらない。

 今はただ、そう信じて。


つづく


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