これは、新世紀エヴァンゲリオンのもう1つの局面を描いた物語。
ひょっとしたら有り得たかもしれない、もう1つの物語。
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新世紀エヴァンゲリオン外伝
『邂逅』
第弐話「あなた、誰?」
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「すまないね、急に押しかけて」
「気にしないで下さい。私も1人で退屈してたところですから」
加持は腰を下ろした。ユキはテーブルにコーヒーカップを並べている。
退屈だからと言って、年頃の女の子がこんな噂の絶えない中年男をあっ
さり部屋に入れるか?加持は苦笑しながらそんなことを考えていた。
「いや、すぐ御暇させてもらうよ。仕事が山ほど残ってるんでね。ちょっ
と様子を見にきただけなんだ」
加持はユキの部屋を見回し、眉を顰めた。飾りっ気が無いその無機質さ
に、ふと綾波レイの部屋を思い出した。
「殺風景な部屋でしょ?明日、何か飾る物を見に行こうと思ってるんです」
コーヒーカップにお茶を注ぎながら、ユキは言った。
「そうか。1人で?」
「いえ、友達と」
「もう友達が出来たのか。確か今日から通い始めたんだったな。上手くやっ
ていけそうか?」
「はい。もう、『友達がいるって素晴らしい!』って感じです」
ユキは笑いながらポットを置き、腰を下ろした。
「正直なところ、夢みたいです。だって、また普通に学校に行けるなんて
思ってなかったから…」
「幸せか?」
加持の言葉にユキは、はいと答え微笑んだ。その笑顔は、何処か疲れて
見えた。
…無理も無いか、と加持は心中で呟いた。
それからしばらくの間、時間にして十数分、加持とユキは自分の近況や
とりとめのない話を続けた。先に話題を提供するのは何時もユキの方で、
その短い時間だが忙しなく喋り続けた。
時計の針が7時を指した頃、加持はそろそろ、と言って立ち上がった。
「もう帰るんですか?」
「ああ。早いとこネルフに帰らないと、葛城の奴が怖いからな」
加持は指で頭に角を作っておどけてみせた。が、ユキはそうですねと言
っただけで俯いてしまった。ユキは右手でクッションの端を弄んでいたが、
意を決して、加持の顔を見返した。
「加地さん、あの……」
「よしたほうがいい」
その言葉に、ユキはびくっと震えた。加持は屈み込み、ユキの肩をそっ
と抱いた。
「君が何を言いたいのか、俺には分かっている。だが、それは聞いちゃい
けないんだ。聞くと、余計に辛くなる。
気持ちは分かる…だが俺は何もしてやれない。君自身の問題だからな。
何処かで絶対、君自身でけじめをつけないといけない。君にとってそれ
が辛いことだというのは、俺にも充分分かる。だが……」
加持は言葉を切った。もうそれ以上言うな、と心の中で囁く声がした。
「それじゃあ、な」
「……はい」
ユキは加持を見送る為、駐車場までやってきた。その間ユキも加持も何
も言わなかった。お互い何か言おうとするが、どうしても言葉にならなか
った。
車に乗った時、加持はようやく口を開いた。
「1つ言い忘れたが……俺はあまりここには来れない。もう次はないかも
しれん」
「そう……ですね」
「ユキちゃん、気をしっかりな」
加持を見送った後、ユキはベッドに横になり天井をぼんやり眺めた。
辛い?辛いのかしら……。
学校にも行ける、友達だって出来た。加持さんのおかげでこうやって普
通に生活していける。そして悲願でもあった、ごく普通の中学生に戻れた。
それなのに……
ユキは、自分の中に押さえ難い欲望があることに気付いていた。
だがそれは、自分だけでなく他人をも苦しめることになってしまう、我
侭だと分かっていた。
*
ユキは駅のプラットホームにいた。電車はすでに到着し、発車時刻を静
かに待っている。人気はなくプラットホームは不気味なほど静まり返って
いた。ユキはその光景に見覚えがあった。何処で見たのか思い出せるかも
しれない。だが、思いだそうとしなかった。何故だか分からないが、思い
出してはいけないような気がしていた。
何の気なしに電車に乗ると、彼女の乗車を待っていたのか、ドアがスッ
と閉まり、車両は動き出した。車両を見渡してみたが、誰もいなかった。
ユキは近くの座席に腰を下ろした。座席は向かい合って据えられていて、
ちょうど、4人が2人ずつ別れて座れるようになっている。
しばらくの間、ユキはぼんやりと外の風景を眺めていた。電車が何処に
向かっているのかなど気にせず、街から山へ流れていく風景を楽しんでい
た。
「ここ、空いてますか?」
声をかけられ、ユキは振り向いた。ユキと同じぐらいの少女がそこに立
っていた。白い清潔な服を着た少女だ。
「ええ、どうぞ」
こんなに席ががら空きなのに何故ここに?ユキは少々訝ったが、断る理
由もなかったし、何より少女が今にも泣きそうな顔をしていたのが気にな
って仕方なかった。断れば泣き出してしまいそうな……そんな雰囲気だっ
た。
少女はユキの向いの席に腰を下ろした。俯いて決してユキと顔を合わそ
うとしなかった。膝の辺りに手を置き、ぎゅっとスカートを強く掴んでい
た。
何か辛いことでもあったのだろうか?ユキはふと思った。
「あの…どうかしたの?何かあったの?」
ユキが恐る恐るそう尋ねたが、少女の反応はなかった。
「何があったのか知らないけど……私でよかったら、話してみてよ?ほら、
嫌なことは人に話すと楽になるって言うじゃない。ね?」
ユキは努めて明るい声を出した。鳴咽を必死でこらえようとする少女の
姿は、酷く痛々しかった。
「どうしたの、何がそんなに悲しいの?」
「永遠の別れを告げたのさ、自分の過去と」
その声にはっとなって、ユキは振り返った。
声の主は、ユキのよく知る人物だった。
くたびれた上着、手入れしていないのが見え見えの無精髭……加持リョ
ウジその人だった。
「永遠の別れって……どういうことですか!?」
少女は鳴咽を堪えきれず、両手で顔を押さえ泣き出した。ユキはどうし
ていいのか分からず、加持と少女を交互に見た。
「過去の自分の存在を消したんだ。慣れ親しんだ名前、住み慣れた街、戸
籍、クラスメイト、親友、知人、両親、恋人 ……それらを捨てること
によって新しい自分を手に入れた。だが、伸ばせば手の届く所にいるの
に、“彼ら”とはもう2度と会えなくなってしまったんだ…」
「どうしてそんなことを……」
「その理由は、君が一番よく知ってる筈だ」
「え……?」
気が付くと、加持の姿は消えていた。そして泣いていた少女はユキと向
かい合っていた。少女はもう泣いてはいなかった。少女はユキの目を凝視
し、ユキは目を逸らすことが出来なかった。
肩ほどの長さの綺麗な栗色の髪、吸い込まれそうな澄んだ目、年相応の
幼さを残した端正な顔立ち……
……知ってる。私、この子のこと知ってる。会ったことある。
でも、何時、何処で?つい最近、いえもっと昔?近所で、それとも遠く?
あなたも私のこと知ってるの?
誰なの、あなた?
ねえ、応えて……何か言ってよ………あなた、誰?
「あんた馬鹿ぁ?」
赤い髪の、確か帰国子女だって言ってた……誰だっけ?赤い髪…確かに
色は似てるけど、彼女じゃない。
「さよなら」
空色の髪の女の子……この子は絶対違う…でも、懐かしい。
「ゆっくりしていってね」
ああ、全然違う人の顔ばっかり浮かんでくる。近所に1人はいそうな、
素敵なお姉さん。スタイルがよくて美人で……男の子は、こういう人が好
きなんだろうな……。
「………」
ああもう、今度は男の人が出てきた!威厳ありそうな顎鬚のおじさん。
サングラスが異様に似合ってて、ちょっとヤクザみたいで怖い。でも、誰
かに似てるような……。
……駄目、思い出せない。降参、私の負け!
あなた、誰なの?何処かで会った?
「私は、あなたよ」
*
チュンチュン……
気がつくと朝になっていた。ユキはむくっと上体を起こし、カーテンの
隙間から射し込む朝日の眩しさに、思わず顔を顰めた。
「……あれ?」
ユキは目を擦った。指を濡らす、涙。
「何だろ……変な夢でも見たのかな」
酷く嫌な夢を見た気がするが、思い出せなかった。
時計を見ると6時近い。ユキはもう1度寝ようと思ったが何故か寝付け
なかった。普段の起床時間までまだ1時間以上あるが、仕方なくユキは起
きることにした。
シャッ!とカーテンを開けると、部屋中が朝日で満たされた。年中夏と
変わらぬ日本だが、早朝はそれほど暑さを感じなかった。
「御日様、おはよう!今日も1日よろしく!」
景気付けに元気よく挨拶し、朝食の支度を始めた。
朝日は、ただ黙って彼女の部屋を見つめていた。
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<後書き>
ども、淵野明です。『邂逅』第弐話、お届けいたします。
う〜ん、エヴァキャラが出てきませんね(^_^;)。もうしばらくお待ち下
さい。
前回の後書きについて少し訂正。
私の書き方がまずかったのか、「受験生なのに余裕あっていいですね。
推薦通ったのですか?」といったメールを頂きました。すみません、今私
は高校2年生です。『来年度(98年度)より高校3年生・受験生』です。
前回の後書きの書き方がまずかったばっかりに、変な誤解を招いてしまい
ました(今3年生だったら、流石にパソコンの前に向かってる余裕ありま
せん(^_^;))
ではでは。
★淵野明(t-ak@kcn.or.jp)★