【未来に生きる希望】
<第二話:大人達の思惑>
Cパート>

 ミサトの解析作業は思ったより順調に進んだ。既に加持、シンジからいくらか情報を入手していたことが効いている。しかし、解析が進むにつれてミサトの心は重く、沈んでいった。

(なんて計画なの!?)

(これでは、人類補完計画というより人類改造計画、いえ人類滅亡計画と言ったほうが正しいわね)

(加持の情報も、シンジ君の教えてくれたことにも嘘はなかった)
(碇ユイ、碇指令の妻、そしてシンジ君のお母さん。彼女がネルフの補完計画のキーパーソンとはね。でもこのことをシンジ君に話すべきかしら?)

(レイは、この計画でもっともつらい役割を担っているのね。このときまで死ぬことも出来ず、補完計画の後は用済みとなり、消去されるだけの存在なんて)

 ミサトの心の中に怒りが、嫌悪感が止めどもなく沸き上がる。

(未来を選ぶのは子供達の権利の筈なのに…。私は私の意志でこの計画を叩きつぶすわ。私に出来るあらゆる手段を使って!シンジ君、アスカ、そしてレイのためにも!せめてそれだけが私に出来る贖罪!)

  

 ミサトは、必死になってネルフ、そしてゼーレに対抗できる力を探す。進行していくネルフ、そしてゼーレの人類補完計画、そのうちゼーレの擁する量産型EVA9体だけでもEVA2体の手に余る。どうすればいい、どうすれば………!

 ミサトの脳裏を巨大な人型ロボットがかすめた。彼女は幾度か頭の中でその戦闘力を考察し、戦力になり得るかどうか検討する。そして解答を導き出す。

(人の造りしもので、唯一EVAに対抗できそうね…)

 ミサトは決意を固め、シンジに置き手紙を残した後、国立第三研究所に向かった。

  

  

  

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 アスカとの昼食を終えたシンジは、ネルフでいつもと同様に午後のシンクロテストを受けていた。レイと共に。シンジにはなぜ彼女がシンクロテストを受けるのかわからない。もう綾波が乗るべきEVAはない。現存しているEVAは初号機と弐号機。零号機はシンジの知っている綾波と共に自爆し、放棄された。そしてアスカが復活した現在、初号機にはシンジが、弐号機にはアスカが乗ることが決定している。ならば綾波は何のためにシンクロテストを受けるのか?シンジにはわからない。でも、今まで綾波に聞くことが出来なかった。彼女が怖かったから…。

 しかし、シンジは今日こそは尋ねる決意を固めた。綾波が怖くなくなったわけじゃない。でも、今のシンジには守らなくてはならない人がいる。そのために綾波レイ、彼女自身が人類補完計画にどのような役割を果たすのか、知らなくてはならないから。だからシンクロテスト終了後、プラグスーツを着替える前にシンジは前を行く綾波に声をかけた。

「綾波、ちょっと聞きたいことがあるんだけど…」

 綾波は振り返り、短く答える。

「なに?」

………

 しばしの沈黙、だがシンジはなけなしの勇気を振り絞って綾波に訊ねた。

「なんで綾波はシンクロテストを受けるの?」
「あなたが知る必要のないことよ。」

 冷たく言って去ってゆく綾波。急いで追いかけようとするシンジ。しかし、シンジの目の前を大きな影が塞いだ。

「シンジ、おまえは命じられたことだけをやればいい。」

 碇ゲンドウ、シンジの父、赤木博士の心を弄んだ男、そしてシンジにとって唾棄すべき男。だが、今のシンジでは、ゲンドウの圧倒的な人格的迫力に全く太刀打ちできなかった………。
 立ち止まってしまい、なにも言い返せないシンジを後目に、ゲンドウはレイを呼び止め、共に去っていった。残されたのは、呆然と立ちつくしているシンジのみ………。

  

  

  

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 ゲンドウにとって、シンジのとった行動は危険であった。綾波レイ、リリスより生まれながら人たる魂を持つもの、人類補完計画の要たるもの。そして己の目的を、冬月以外の誰もが知らない人類補完計画の真の目的を遂行するために必要な道具。そのためにレイの魂は、決して人間に染まってはならない。レイにはレイしかできない役割を果たしてもらうために。もう、体のスペアはないのだから………。

 突然レイが話しかけてくる。

「碇司令、私はあと、なにをすればよろしいですか?」

 ゲンドウは思考を止め、レイに答える。とても優しげな声で。

「今日はもう終わりだ。あともう少しで目標のシンクロ率に到達する。よく頑張ったな、レイ…」

「私の役目ですから。」

「うむ、期待している。」

 そして二人は別れる。ゲンドウは再び先ほどの思考を続ける。それ故ゲンドウは気づかなかった。レイの目に、迷いが宿り始めていることに………。

  

  

(私はなにをしたいの?)

(私はなにをすべきなの?)

(おしえて。)

(私と同じ魂を持つもの……………カヲル………。)

  

  

  

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 足取りも重くシンジは帰宅する。シンジが知っているレイよりも、遙かに冷たいレイ。レイのシンクロテストは補完計画と何らかの関連があるのではないかと思いついたが、あの様子では聞き出すことは難しそうだと感じる。気がどんどん重くなっていく。

(僕はなにをすべきなのか?)

(人類補完計画とはなんなのか?)

……………

 ひたすら自問を続けていく。そんな調子のままで、シンジはミサトのマンションにたどり着いた。

  

 シンジは夕食の準備を始める。体力を取り戻しつつあるアスカのために、今日の晩御飯は少し硬めのお粥、そして野菜と肉を柔らかく煮込んだ料理を作るつもりだ。落ち込んだままではおいしい料理を作れっこないので、お気に入りの曲を聴きながら料理を始める。最初は動きが鈍かった包丁も次第にリズミカルに動き出し、いつもの調子で材料を切り刻んでいく。そして煮込み始めたときに、テーブルの上にのっかっている紙片に気づいた。中を見てみる。それはミサトさんからの伝言だった。

《シンちゃんへ。今日はおそらく帰って来れないので、私の夕食はなしにしといてね。あと、アスカの面倒をよろしく。万が一私が3日経っても帰らなかったら、私のノーパソに入っているASECRETのファイルを見てね。パスワードはあなたの大好きな女の子よ。》
(ミサトさん、危険なことしてるのかな?)

 シンジはもう周りの人には死んで欲しくない。レイを失い、カヲルを失ったシンジの心は深く傷ついている。アスカが立ち直らなければ、どうなっていたかわからないほどに。まだ今でもミサトさんを怖いと思うこともある。だけど頼りにもしている。それだけにシンジは、この置き手紙に幾ばくかの恐怖を感じていた。もちろん、ファイルをこっそり見ようという考えは、露ほども起きなかった。

  

  

 シンジの料理は珍しいことに味付けをややとちり、何とか食べられる程度のものとなってしまった。当然、アスカにさんざん文句を言われてしまった。
  

  

  

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 ミサトはかつては唯一の東京であった場所にいた。国立第3実験場。そう、かつてジェットアローンのテストが行われた場所である。彼女はアポイントメントも取らず、強引に時田への面会を求めた。最初は断られ続けたが、受付がいざ時田と連絡を取ってミサトの名を口にすると、拍子抜けするほどあっさり許可が下りた。受付の一人がミサトを誘導する。彼はミサトに決して目を合わせず、必要なこと以外にはなにもしゃべらない。ここでは、ネルフがどう思われているかよくわかる。

(ジェットアローンは失敗したものね)

(あのあと、計画はかろうじて生き残ったものの、予算を大きく削られたという話だものね)

(しかも削られた予算の殆どがネルフに回されちゃあねぇー)

 ジェットアローンの失敗の原因がネルフの、それも加持の工作によるものであることを薄々勘づいているミサトにとって、正直罪悪感が走る。そんなミサトの様子に全く気づかず、案内は進み、やがて所長室に着いた。案内の人は、ノックをし、ドアを開けると同時に去って行く。ミサトは中に入っていった。

  

 時田は前に会ったより痩せていた。目の輝きも失われている。ジェットアローンの披露記念会に会ったときには、もっと精力的な人物に見えたのだが…。そんな彼の容姿が、時田が内面に受けたダメージの大きさを物語っていた。時田が口を開く。

「ご用件はなんでしょうか?葛城三佐。」

「用件を話す前に一つ伺いたいわ。この部屋の防諜対策は万全?」

「大丈夫ですよ。」

 時田は確信したように言う。しかし、ミサトにはそうは思えない。ジェットアローン妨害計画の件があるから。彼女は最新型の携帯盗聴器探知機を取り出し、探査を開始した。

ピー、ピー、ピー。

 反応は3つ。ミサトは窓、電話、本棚にあったそれらを一つずつつぶしていった。時田が驚いてしゃべる。

「バカな!盗聴対策は万全なはず!」

「ネルフを甘く見ないで!」

 ミサトは即座に返す。さらに言葉を続ける。

「もう少し安全そうな場所はない?出来れば地下の方がいいんだけれど。」

 時田は少し考え、頭に浮かんだ場所を検討する。そして一カ所思いつく。

「ではもう使われなくなった地下倉庫へ。」

 彼ら二人は広い、しかし人影が少ない研究所を10分間歩き、目的の場所に着いた。ミサトの持ってきた携帯盗聴器探知機にも何の反応もない。そのことを確認してからミサトが口を開く。

「あなた方が造ったジェットアローン、あれを使わせてもらえないかしら。」

 時田はその質問を予想してしていたのか、全く驚かず、逆に訊き返してきた。

「なぜあなた方がジェットアローンを必要とするんです?」

 それにはミサトは答えず、さらに質問を続ける。

「確か一般に試作品は3体が造られるはずよね。1体は放棄されたけど、まだ2体が残っているはずよ。」

「確かに。最初に完成したスタンダードタイプのジェットアローン、JAは放棄されましたが、格闘戦仕様のジェットバトラー、JB、そして長距離支援型のジェットキャノン、JCの2体は残っています。」

「それらは使えるの?」

「私たちが試験した結果では十分に。」

  

 ちょっと間が空く。そこで時田は疑問を口にした。

「ところでネルフがなぜジェットシリーズを必要とするのです?あなた方にはEVAがあるはずだ。それに使徒も全て撃破したはず。」

 ミサトが口調を強める。決意をこめて。

「ネルフじゃないわ、私が必要としているの。人類補完計画を叩きつぶすために!」

「人類補完計画!」

 いかにも初耳だと言わんばかりの時田。それも当然だ。人類補完計画はネルフの、そしてゼーレのトップシークレット。ましてや外部の人間には全く知られていない。そんなことを思いながらミサトは、補完計画の概要をプリントアウトした書類と共に説明し始めた。それら全てが時田の想像力を大きく越えていた。

  

ネルフによる人類補完計画

 リリスと呼ばれる巨大な力を有する生命体、もしくはその分身であるEVA初号機と、リリスより造られた人間である綾波レイとの融合から始まる。その際に生じる巨大なエネルギー放出反応を利用し(サードインパクト)、人類全てを滅ぼす。残された魂をレイがリリスの力を利用して紡ぎ、肉体を持つ不完全な群体から、単体としての完全な精神生命体、つまり神と呼ばれるレベルまで人類を強制進化させる。かつてアダムやリリスと呼ばれる生命体が、恐竜からほ乳類へ地上の生物を強制進化させたのと同様に(ジャイアントインパクト)。その際、リリスとレイは消滅することが予想される。

  

ゼーレによる人類補完計画

 不要となったアダムとリリスの処分。それによる巨大なエネルギー放出反応を利用し(サードインパクト)、人類の殆どを滅ぼす。そしてリリスの分身たるEVA初号機と、マギシステムにより第2のキリストとして教育された第十七使徒タブリス(渚 カヲル)との融合させ、各所に配置された量産型EVAとネットワークを組む。このネットワークを通じ、残された人々をさらに厳選する。選ばれた者たちの魂をタブリスがEVA初号機の力を利用して紡ぎ、ゼーレの委員達を筆頭とする12体の完全な精神生命体を作り出す。そして再臨したキリストたるタブリスがさらに高次の存在へと人類を導く。

  
  
  
 沈黙の時間。そして時田が全てを理解したとき、彼は絶叫した。

「嘘だ!こんなことが出来るわけがない!」

「馬鹿げている!あまりにも馬鹿げている!」

「人間が都合良く、自分たちを進化させるなんてことが出来るわけがない!!!」

………・

………

 やがて時田が荒く息をつき、叫ぶことを止めた。

 ミサトは声をかける。

「いいえ本当よ。」

「それに人類を進化させることが出来るかどうかはさておき、アダムやリリスの力を利用すればサードインパクトが生じることは疑いないわ。セカンドインパクトは、現にアダムによって引き起こされたわけだし。それだけでも人類の殆どが滅ぶのよ!」

 ミサトの声に悲憤がこもる。

「私たちネルフはね、人類を救うためと称してたった14歳の子供達を戦わせてきたわ。片足を失った子もいたし、心を閉ざしてしまった子もいた。挙げ句の果てに死んだ子もいたわ。そんなにまでして必死になってこの世界を守ってきた子供達から、未来も希望も奪っていいわけがないでしょう!!!」

 ミサトはすっかり涙声になって訴える。

「私たち大人にはね、子供達に未来を残してあげる義務があるわ!そのためにもこんな計画を阻止しなくちゃならないのよ!!!」

 最後は絶叫と化した………。

  

  

 時田は納得するしかなかった。確かに最初は彼女にはめられているのかとも考えた。しかし、彼女が自分のことをはめたとして、彼女に何の利益があるわけでもない。それにこのミサトの激情ぶりが、このことが真実とであることを雄弁に物語っていた。それに時田には…

「私にも子供がいます、未来と希望と名付けた双子が。」

「私の妻は10年前、まだセカンドインパクト後の混乱のさなかに彼らを産みました。」

「まだ生きていくには苦しい時代、そめてこの子達が大人になる頃には未来や希望があるようにとの祈りをこめて。」

「妻は儚くなった時も、最期までこの子達のことを気遣っていました。」

「私も貴方の気持ちは理解できるつもりです。それにあなたには、JAの暴走を止めてもらった恩もあります。私にできることならなんでもやりましょう。」

  

 ミサトは一言小さく呟いた。肩を震わせながら。

「ありがとう。」

と。 


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