NEONGENESIS
GRAND PRIX
EVANFORMULA
第6話Cパート「死神の咆哮」
現在87周目、100周のこのレースも既に終盤に入り、
トップの3台以外には優勝のチャンスは残ってはいない。
シンジにしても、もうポイントすら取れるポジションにはいない。
が、彼は彼のレースを走り、ピットでもいつも通りマヤ、アスカは働いていた。
カヲルはトウジの真後ろまで迫り、機会を窺っていたがどうしても一気に抜くに
至るほどトウジは隙を見せない。下手に並びでもしたらどうなるかは分からない。
カヲルはここでリタイアする訳にはいかなかった。ここでノーポイントとなれば
チャンピオンが遠のいてしまうので、それだけは避けたかった。
しかし彼の前にレイがいるのもまずかった。ここで勝たせる訳にはいかないのだ。
「仕方ない・・・ボクはペースを上げるけど彼がどこまでペースを上げられるかな・・・」
カヲルは早くレイに追いつくためにトウジの後ろからプレッシャーをかけ始めた。
「彼が馬鹿なレーサーでないことを祈るよ」
ホームストレート上、カヲルがヘッドライトを2回点滅させる。
それをバックモニターで見ていたトウジは彼の意思を悟り、
「どうやら早く綾波の所に行きたいらしいな・・・ワシとしても望むところや」
そう呟くと、トウジはテールランプを2回点滅させた。
カヲルはそれを見てトウジに対し、2回パッシングをして意志を伝えた。
「さて・・・ではターゲットはあの白いマシンやな、全開で行くで」
トウジは向後の憂いが無くなった事で、
一気にペースを上げて前に見えるレイに接近を始める。
トウジは序盤に飛ばしていた割にはマシンに余力があり、この終盤に来ても
ペースを上げられ、レイのマシンにグングン迫ってきた。
それがレイにも分かっていたが彼女はペース自体は上げようとはしなかった。
彼女は無理な走りを避けてマイペースを決め込んでいる。下手なペースアップは
予期せぬトラブルを誘発させる。その上で追いつかれたらブロックすればいいと
レイは考えていたが、今のトウジが何の目的でレイを追いかけているかなんて事は
彼女は知る由もない。そんなトウジの後ろでカヲルも動きを見せずに追従していた。
「この分なら・・・彼を何とかすれば彼女も消せるな」
カヲルは目に見えて近づいてくる白いEG-M、レイのマシンを見て薄笑いを浮かべる。
と同時にトウジからは少し離れた。
アクエ・ミネラリのブレーキングから加速に移る瞬間にレイは後ろをモニター
での確認を毎週続けていた。ここが一番他車との間隔が分かりやすかったからだが、
周回ごとに黒いマシンが大きく見えてくる。流石にレイもペースを上げる事にした。
現在91周目、長いレースも残り9周となった所でトウジはレイに追いついた。
現在の順位は
1、レイ 2、トウジ 3、カヲル 4、ミサト 5、加持 6、日向
9位シンジ、最下位ケンスケ
となっている。1〜3位、4〜6位までがくっついていて、
4位以降は1周遅れとなっている。
「まさかここまで早く追いついてくるとは、驚きね・・・」
レイはトウジのあまりの接近の早さに驚きはしたが、抑えきれる自信もあったので
余裕をもって走れていた。
「さて・・・彼はどう動くかな。上手く隙が出来たらいつでも行くよ。
トサで彼の前に出ればぶつけられる前に彼を引き離すことが出来るからね」
トウジのマシンとレイのマシンを眺めながらカヲルは自分の方が後半部分では
圧倒的に早く走れる事を確認しながらトウジの後ろを走っていた。
「その上で彼が彼女の後ろにいてくれたらこのレースはもらったね」
カヲルは自分なりのレースを組み立て、暫く様子を見る方針を固める。
そしてトウジのラフな走りを期待して期を待つ事にした。
いかにも派手なマシン、それはベットを飾り付ける変な鳥と発想は同じかもしれない。
加持リョウジ、チャンピオンの器である彼も、女性のブロックには滅法弱い。今日も
ミサトの後ろでボーっと走っている彼は、このままレースを終えるはずであったが、
「!!何っ!!」
彼はマシンの異変に気づいた。
「・・・いやはや参ったな。葛城、すまない」
「ちょっと!加持!!」
加持のマシンが迫ってきたことをミサトが悟った瞬間、
彼のマシンがミサトのマシンに追突した。そのまま2人はトサの深い深い
サンドトラップにはまり、抜け出すことは不可能になっていた。
加持のマシンはブレーキが壊れてしまったようで、ミサトのマシンに追突して
しまったのだが・・・
「まあしょうがないか・・・加持だってワザとぶつけたりしないし」
ミサトと加持はほぼ同時にキャノピーを開けたが、加持の独り言がミサトに聞こえた。
「ふう・・・葛城がいてくれて助かった。あのままだったら壁にガツンといってた。
やはり葛城をクッションにして大正解だな」
加持はこの後で金色のEG-Mの側でオーラを発して仁王立ちするミサトを見つける。
そのミサトを見ただけで、加持の血の気は引いていった。
(・・・まずい・・か?)
さようなら・・・加持。君の事を僕達は永遠に忘れないよ。
今日はトサに悪魔が住み着いているようで、序盤から事故が相次いでいる。それは
80%トウジによるものであった。そして今日最高の舞台がトウジに用意される。
綾波レイ、ターゲットにされた彼女はそんな事を知る由もないが、
トウジはリバッツァの立ち上がり、レイに接近できた為に、
「次やな、次の周のビルニューブ・・・そこがお前の死に場所や」
トウジはポイントを決めた。実際もうレイはすぐそこ。
いつでも殺る事が出来るポジションにいた。
その言葉にヒカリは耳を疑う。
ヒカリはトウジの行動が不審な事は分かってはいたが、ある意味トウジを信頼していた。
命を粗末に扱う人ではないという思いが強かった為に今まで黙ってきたが、
今、気になっていたことがトウジの口から言葉となって出てきた。
信じたくはなかったがトウジの走りは危険極まりない
ものであるとヒカリは判断した。そして隣にいたメカニックに急ぎ指示を出した。
「今すぐマシンを緊急停止!急いで!」
ヒカリの言葉に彼は驚いた。トウジは今トップとは差のない2位を走行している。
止める理由がないのだ。彼はとりあえずヒカリに説明を求めるがヒカリは焦っていた。
一刻の猶予もないのだ。
「さっきの走りを見たでしょ!鈴原は死ぬ気で走ってるの!
今止めないととんでもない事になる・・・」
この時トウジのマシンがヒカリのピット前を通過していった。駆動音からトウジが
ブースターに火を入れたのがヒカリには分かった。もう今すぐ止める必要があった。
「早くしなさい!監督命令よ!」
メカニックはヒカリの気迫に押され、パスコードを打ち込んで、Enterキーを押した。
「彼、ここで来るわね」
レイはブースターまで使って迫っていたトウジを見て呟く。
彼女もすでにブースターを使用していた。
カヲルは無理に追っていかなかった。追いつける自信があるのであろう。
このコースの最高速の出るビルニューブが迫る。
現在400km/h、 EG-Mのトップスピードまで上がったマシンをコースに滑らせる。
レイは定石通りアウトからビルニューブに進入しようとマシンをアウトに寄せた。
その時!待ってましたとばかりにトウジが内に入り込んだ。
が、レイはさほど気にはしなかった。なぜならビルニューブは右巻コーナー、
次のトサは左巻であるからここで内に入られたとしても、
抜かれる心配はなかったからだが・・・
「人生最後の念仏でも唱えるんやな」
トウジはシンジの時と同様、左にいたレイにマシンを急激に寄せた。
「!」
レイは避けられなかった。シンジの時と違うのはブースターのお陰でマシンスピードは
比べものにならない、という事だけである。
「ちょっと!なんで止まらないのよ!!」
ヒカリは緊急停止信号に反応しないトウジのマシンを見て叫ぶと同時に焦った。
もう間に合わない・・・そう思った。この時既にトウジは例のコーナーに行ってる。
これはあり得ない事であった。なぜプログラムが作動しないのか分からない。
このピットからの停止信号は最優先プログラムの筈である。それが作動しないで
マシンが通常通り動いてるなんて・・・ヒカリは理解に苦しんだ。
そして、ヒカリは実況のバッキー古賀が絶叫しているモニターが視界に入った。
ヒカリはモニターに写る光景を見た。
(!!ハッァァ・・・・・・・・)
ヒカリは心臓が止まりそうになった。それほど・・・ショックを受けた。
そこには1台の、トサのタイヤバリアにマシンの底を露呈させて突き刺さっている
EG-Mが写っていた。
そのマシンのみで周りの状況はモニターには映し出されていなかった。
「碇、本気か?」
「ああ、もはや他に適任者はいない」
碇ゲンドウEVIA会長と、冬月副会長はEVIAの研究施設のターミナルドグマにいた。
彼らは今回のサンマリノGPには行っていなかった。
それは色々と下準備があったからであるが、そこに現役引退したリツコも顔を
出していた。
「しかし・・・いくらなんでも無理ではないのか?」
「問題ないよ、冬月。今使わずしていつ使うのだ」
「だが自信はあるのか、碇。それで勝てる自信はあるのか」
「もちろんだ。その為の秘密兵器だよ、カヲルにも負けない程の最終兵器だ」
そう言ってリツコに指示を出すと、リツコは手元のリモコンのスイッチを押した。
彼らの目の前の強化シャッターが重苦しい機械音と共に開いていく。
そしてその中にあった漆黒のEG-Mが、シャッターが開くに従い、
彼らの眼前に姿を現し始める。
「こ、これは・・・」
「これこそがわがEVIAが誇る最終進化型EG-M、通称G-EV-Mだよ」
「会長、既に移植は終わっています。後はドライバーのパーソナルデータの打ち込み
をすればいつでも走行可能です」
「そうか、ご苦労だったな赤木博士。早速シェイクダウンテストに移ってくれ。
それと冬月、最終戦でお前にやって欲しい事がある」
彼のその言葉に、冬月は怪訝な顔を見せながら彼の顔を見たが、
ゲンドウはG-EV-Mを見ながら不気味に薄笑いを浮かべているだけだった。
マシンが裏がえってタイヤバリアに突っ込んでいる光景が映し出されている
モニターをヒカリは見る。もう周りの声は一切聞こえない。
その時、彼女の前をカヲルのマシンが通過する。
その後暫くしてトウジのマシンが走り去った。
(鈴原?じゃあ、あれは・・・)
ヒカリはとりあえず胸を撫で下ろした。がクラッシュしたマシンからはまだ人は
降りてこない。そしてピットに入ってくる1台のマシンが目に入る。
白いEG-Mだった。
(綾波さん?じゃああのマシンは・・・)
ヒカリはキーボードを叩き、ラップチャートを見る。
あれが誰だか分かると、ホッと胸を撫で下ろした。
(何だ・・・良かった・・・)
レイはコクピット内でメカニックがタイヤとフロントウイング、
それに右のサイドカウルの交換しているのをじっと眺めていた。
「もう1位は無理。この際3位を堅実に取っておくしかない」
まだレイは幸運だった。この程度で済んだ事で、まだ走ることが出来る。
レイがピットを出たとき、3位で戻れた。4位の日向とはまだ十分な差がある。
彼女はこのまま走りきれば3位は労せずして取れる位置でコースに復帰していった。
トウジがトサに戻ってきた。裏がえったマシンを見て舌打ちする。
「あのボケが・・・。肝心な時に邪魔しよってからに」
そう呟きながらトウジは先程のことを思い出した。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++
「人生最後の念仏でも唱えるんやな」
トウジはシンジの時と同様、左にいたレイにマシンを急激に寄せた。
「!」
レイのマシンのサイドにトウジのEG-Mのタイヤが接触、同時にレイのマシンのカウルが
吹き飛んだ。レイは左一杯まで避けたがトウジは逃がさない。そして最後の仕上げに
かかろうとした時、前に一台のマシンがいるのが2人の視界に入った。
2人に周回遅れのマシンが道を譲っていたのだが、2人は気づいていなかった。
レイはトウジに、トウジはレイに気を取られ過ぎ、
レイが避けたラインがちょうど周回遅れのマシンが走っていた所だった。
「あっ!!」 「邪魔や!どかんかい!!」
レイは思いっきりブレーキを駆ける。 トウジは予定通りブレーキを踏んだ。
同時に制動をかけた2台は互いに接触することなく速度を落としていくが・・・
「駄目っ!ぶつかるっ!!」
レイはあっという間に視界に広がってきたマシンを見て叫んだ。
その瞬間、レイのマシンに衝撃が伝わる。白いウイングが粉々に吹き飛ぶ。
「・・・このレース、もらったね」
カヲルは前のゴタゴタを見て、今日の勝利を確信する。
「なにタラタラ走っとんのや!お陰で台無しや!お前が代わりに行ってまえ!!」
己の計画の失敗を悟ったトウジは周回遅れのマシンの右タイヤの間に自らのタイヤを
入れて代わりにこのマシンを弾き飛ばした。
ど下手なこのレーサーでは避けることは出来なかった。
「うわあぁぁ、明日はカールビンソンが入港するのに死ぬのはイヤ〜ンな・・・」
何回か側転した後、アンダーカウルをさらけ出したままタイヤバリアに突っ込んだ。
あえて名前は出さないが、彼の完走記録もここに潰える事となった。
レイはマシンをチェックし始めた。横にあるキーを叩きながらチェックモニターに
映し出される自車の状態を見る。
「損傷はカウル、ウイング、コアエキゾーストに亀裂・・・でもこれなら大丈夫・・・」
レイはマシンの修復をピットに通信して、レースに戻った。
トウジは怒っていた。レイを殺り損ねたどころか、カヲルに前に行かれてしまった。
カヲルはとんでもない速さであっという間にトウジを置き去りにしていく。
差は目に見えてついていった。
「くそ、追いつけんか・・・流石に3回弾いたお陰でサスがおかしくなってもうた。
もうここまでやな・・・だがな、最後にでっかい花火を見せたる」
トウジはペースを落として完走ペースに変更した。それがカヲルにも分かり、
カヲルもトウジとの差を10秒としたところでペースを落とした。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
99周目、シンジがクールダウンしたトウジ達に追いついた。
(こんなもんかな。もう1周しても順位は変わらないし、彼らの後ろで終わろう)
シンジはトウジの少し後ろで同じようにペースを落とした。
ヒカリは何事もなくレースを終えようとしている事にホッとしつつも、先程の
信号がなぜブレイクされたのか分からなかった。あれから何回やっても作動しない。
(ふぅ・・・まあいいか。何とか無事に終わりそうだし・・・)
その時カヲルのマシンが通過し、最終ラップに入った。
それに続きトウジも目の前を通過してゆく。
「そろそろ行こか・・・待っとれやカヲル」
トウジは再び全開走行に変わる。それがヒカリにもテレメーターで分かった。
ヒカリのインカムを握る手に力が入り、たまらず通信を入れた。
『ちょっと鈴原、もう追いつけないわよ。無理しないで2位でフィニッシュしなさい』
ヒカリの声に、トウジは安らいだ柔和な表情を見せる。今なら素直になれそうだった。
『今までありがとな、感謝するで。ワシがここで走れるのもヒカリ・・・お前のお陰や。
鳴かず飛ばずだったE-CARTで走っていたワシを拾ってくれた恩は忘れへんで。
このマシンは退職金代わりにワシにくれな・・・幸せにな、ヒカリ・・・』
そう言うと、トウジは通信コードを引きちぎった。もう声が聞けないように。
トウジはここで覚悟を固めた。最後に心地よい声が聞けた事を神に感謝しながら。
『ちょっと!鈴原!鈴原?!』
しかし聞こえるのは砂嵐とピーピーガーガーという雑音だけだった。
トウジは飛ばして走っている、それの意味するところがヒカリには分かった。
長年連れ添った専属ドライバー、それ以上の感情を彼に持っていたヒカリには、彼の
やろうとしていることがわかった。しかし彼女からは何も出来なかった。マシンは
ピットから離れ、信号すら受信しない。
何もできない・・・無力感に打ち震えるヒカリがそこに立ちすくみ、
・・・・・・彼等を結ぶ運命の砂時計の砂はあと少しでなくなる所まで落ちていた。
次回予告
トウジ・・・彼の戦いは幕を下ろす。
次回「死神の咆哮 Dパート」