【未来に生きる希望】

<第一話:子供達の思い>

Bパート>

シンジはアスカの手を握りしめ、その上からカヲルが半透明な手をかぶせた。
  
  
  

『さぁ、始めるよ。』

  

  

  

シンジの視界は暗転した。

同時に崖から突き落とされたような、激しい落下感。

真っ暗な闇の中をどこまでも、どこまでも落ちていく。

  

『この闇の深さが、彼女が逃避した心の距離を物語っている。』

  

今までとはうって変わった、真剣な声色のカヲルの声が聞こえた。

  

「カヲル君、どこにいるの?」

  

『ここから先は僕には手は出せない。後は君の力で彼女の魂を救い出すんだ。』

  

「僕一人で!! カヲル君は手伝ってくれないの!?

  

『僕は、彼女の深層心理に立ち入ることが出来ない。彼女は僕のことを知らないからね。』

『彼女は母親に、正確には母親の記憶に縋りついている。そして苦しんでいる。』

『彼女は、君にも、綾波レイにも負けたと思いこんだときに、自分自身の存在意義を

 見失ってしまった…』

  

「………」

  

『そして自分が一番嬉しかった時の記憶に閉じこもってしまった。』

『そこは彼女にとってもっともつらい記憶もあるところなのにね。』

『だから彼女は、心の中から抜け出せなくなってしまった…』

  

「それってどういうこと?」

  

『それは自分の目で確認するんだ。さぁ、着いた。』

  

足にずっしりとした着地感。不安げに辺りを見回すも闇、闇、闇…。

カヲルの声は上の方から聞こえてきた。

  

『君なら出来るさ。』

  

  

  

************************

  

  

  

重い。

シンジはアスカの心の中を歩いていく。

足下の闇はシンジの足に絡みつき、容易に抜けない。

考えてみれば、アスカの心の中を歩いている以上、肉体の疲れを感じる

わけはないのだが、ひたすらに重みを感じていた。

シンジの目標は遠くに見える、かぼそい明かり。

たった一つだけ光っている闇夜の星。

そこに向かって歩き続けた。

  

  

  

************************

  

  

  

どれだけ歩いたことだろう。

星がネオンになり、ネオンが月になるころ、シンジはアスカがどれほど苦しんでいたか

わかる気がしていた。

  

(きっとアスカは、元気に見えた頃からずっと苦しんでいたんだ)

(自分の自信、だれにも負けないというプライド、それだけが彼女を支えていたんだ)

(そして、僕にも、綾波にも負けたと思いこんだとき、アスカはぼろぼろに

 なってしまった)

(アスカを支えているものがなくなって、アスカの心は闇の中へ閉じこもってしまった)

  

シンジの足取りはだんだん重くなっていく。

  

(僕は今までアスカに助けてもらってばかりだった)

(そしてこんなになってしまったアスカに、ぼろぼろになってしまったアスカにまだ縋り

 つこうとしている)

(僕は最低だ………)

  

シンジの足は進むことをやめてしまった。

  

  

  

『だからシンジ君は、彼女を助けなくてはならない。』

  

「えっ!!

  

確かにカヲルの声が聞こえた。でも声色が違う。もっと優しげな声だったのに、今の声は

まるで、まるで怒っているようだ。

というよりやきもきしているといった方が近いかもしれない。シンジは考えることをやめ、

立ちすくんでしまった。

  

「カヲル君、手伝ってよ。」

  

シンジは懇願する。

  

『だめだよっ!これだけは聞けない!』

『君は君自身の手で彼女を救わなければならない。』

『なぜなら、君は彼女を救うだけでなく、君自身をも救うためにここに来たのだから。』

  

「???」

  

『自分で考え、自分で実行するんだ。誰のためでもなく、君自身のために。』

  

そして今までのような優しげな口調に変わる。

  

『僕の力はここまでだ。あとはしっかりやるんだよ。』

  

シンジは、立ち止まったまま黙考する。

  

(そういえば加持さんにも似たようなことを言われたよな)

(自分で考え、自分で実行しろか)

(あのときは初号機に再び乗ったんだ)

(まぎれもなく、僕自身の意志で)

(今度も僕は自分の意志で来た)

(アスカの心を取り戻すために)

(でもこれは彼女の心を救うだけじゃない)

(最低な僕を、嫌悪する僕を、自分で救うためにも必要なんだ!)

(そうだ!! そして今までアスカに支えられていた分、今度は僕がアスカのことを支え

 てみせる!!!

  

そう決意したとき、足下にからみついてた闇が、心なしか少なくなったような気がした。

もう少年の足取りに迷いはなかった。

シンジは光めがけて走っていった……………。

  

  

  

そこにはアスカがいた。

小さかった頃のアスカ。

元気だった頃のアスカの面影を残し、もっと素直そうなアスカがいた。

彼女は草原を走っていた。

  

「ママ!! 私、選ばれたの!地球を守るエリートパイロットなのよ!世界一なのよっ!」

  

本当に嬉しげに走り、そして扉を駆け抜ける。

  

「誰にも秘密なの。でもママにだけ、教えるわねっ!」

  

「いろんな人が親切にしてくれるわ。だから、寂しくなんかないの!」

  

次々と現れる扉を続けざまに駆け抜ける。

  

「だからパパがいなくなっても大丈夫。寂しくなんかないわ。」

  

「だから、見て。私を見て、ねぇママ!」

  

そして最後の扉が開いたとき、シンジは彼女の苦悩の深さを知った。

そこには、首を支点にしてぶら下がっている物体があった。

  

「ママ………、ママ〜〜〜!!!

  

シンジは知った。アスカの母親は自殺したのだと………。


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