METAL BEAST NEON GENESIS
機獣新世紀 エヴァンゾイド 第4話Cパート 「Cow head」
作者.アラン・スミシー
「松代にて爆発事故発生!」 「被害不明!」 松代での実験内容はリアルタイムで報告されている。その為、事故・・・いや使徒の報告はネルフ本部のユイ達の元に届けられていた。難しい顔をして考え込むユイの代わりに、冬月が指示を出す。 今現場はとんでもない混乱状態だろう。となったら多少危険であっても部隊を派遣して情報処理を行わなければ、貴重な情報が流出してしまう。そうなったら後々面倒なことになるだろう。僅かに考え込んだだけで、冬月の決断は早かった。 「救助及び第3部隊を直ちに派遣。戦自が介入する前に全て処理しろ!」 「了解」 マヤ、青葉と日向達オペレーターが冬月の命令を実行に移すため、あるいは現場から来る情報を整理していき、矢継ぎ早に咆吼の叫びをあげる。 「事故現場に、未確認移動物体を発見!」 「パターンオレンジ。使徒とは確認出来ません!」 本来ならミサトが状況判断を行い、命令を出さなければいけないのだが当人はまさに事故現場である松代にいたため、それも無理。青葉達から顔を向けられたユイは、ちょっと考え込んだ後、大声で命令を下した。 「第一種、戦闘配置」 日向達がその言葉を反芻し、マヤ達が素早く自分の仕事を実行する。リツコ達がいないからこそ、普段以上に頑張らなければいけないと考えながら。 「総員、第一種戦闘配置」 「地対地戦用意!」 「ゾイド各機発進。迎撃地点へ緊急配置!」 「空輸開始は、20を予定!」 爆発が起こってからしばらく後、太陽が夕日になろうとする頃、シンジ達は学校から直接現場に向かい、用意されていたゾイドに乗り込んでいた。ミサトがいないため、直接ユイの指揮の元散開陣形を取り、どこから使徒が現れても良いように油断無く周囲に目を配る。 そして彼らの足下を各種特殊車両や、作業用の無人小型ゾイドが走り回り戦闘に向けてのバックアップを行っていた。 場所こそいつもの第三新東京市ではないが、迎撃の準備は整っている。 万全の態勢と言って良かったが、パイロット達の心はそうではないようだ。 「松代で事故?・・・ミサトさん達は?」 シンジがマヤからの通信を聞いて、心配そうに漏らした。 他の子供達も大なり小なり似たような反応をしている。 彼らに伝わる情報が少なすぎるからだ。 何も言わずに黒服の諜報員達はシンジを現地まで運ぶとそのまま去っていった。つまり何が起こっているのか詳しいことをシンジ達は知らなかった。トウジが乗ったディバイソンが使徒に乗っ取られたことももちろん・・・。 不安そうに指を噛むシンジに、通話モニターを通してレイが話しかけた。 「連絡取れない」 「そう・・・」 それっきり押し黙るシンジ。最悪の事態を想像し、そんな想像をした自分に嫌悪する悪循環。 やがてシンジはハッとしながらレイの目を見つめた。 ほんのりとレイの頬が赤くなる。 「じゃあ、誰が指揮を?」 「い、今は碇指令が直接指揮を取ってるわ」 「母さんが?キョウコさんでなく?」 「ええ・・・」 ユイが指揮をするという言葉に、なぜかイヤな予感がどんどん強くなっていく。 母のことを信頼していないわけではない。 ただ全てを秘密にして事を進めていた事実が、不吉なわだかまりとなって、彼の胸の中によどんでいた。 シンジは久しぶりに昔の感情を思い出していた。 母親に対する深い疑念を。 「野辺山で、映像を捉えました。主モニタに回します」 哨戒機や無人のドローンからの情報を整理して、使徒の居場所を探し求めていたシゲルが大声で報告した。探し求めていた目標をようやく捉えたからか、僅かばかり声がうわずっている。 発令所のメインモニターに、山間を抜けてゆっくりと姿を洗わず異形の巨人の姿を映しだされた。 「「「「おおっ・・・」」」」 発令所の人間の口からため息が漏れる。 無理もないだろう。気の利かない冗談のようにいびつに歪んだ、人と獣のカリカチュアが姿を現したのだ。緑で塗装された山の向こう側から、道路に足をめり込ませながらゆっくりゆっくりと歩いてくるかつてディバイソンだったモノ。 装甲の至る所を内側からの圧力で弾けさせ、そこから不気味にのたうつ白い触手を覗かせる下半身であるディバイソン。 まともに見てしまったマヤが口を押さえてうずくまる。 彼女の瞳が捉え、決して癒されない悪夢で魂を汚染したモノ。 4本の足、2本の腕、2つの頭。 そう、牙を剥きだしにしたディバイソンの背中から、狂人のように泡を噴き出したカノンフォートの前半分が生えていた。 その身体と四肢は不気味にねじくりかえり、かつて前足だったモノはいびつに歪んだ大木のようになっていた。そして腰から下の部分はのたうつ触腕によって、しっかりとディバイソンと融合していた。 トウジ達兄妹をあざけるようにしっかりと。 そのギリシア神話に出てくるセントール(半人半馬)とミノタウロス(牛人)を合体させてクトゥルフ神話の邪神を少し混ぜた姿は、人の心の奥底にある恐怖を否応もなく思い起こさせた。 「やはりこれか」 生理的嫌悪感にムカムカしながら冬月が言った。 こうなることは半ば予想していたとは言え、この光景と中に乗っているだろうトウジ達のことを思い、自分が何もできないだけならまだしも、自分たちが行ったことに吐きたくなってくる。 冬月とは対照的に、ユイは勤めて冷静な顔のままでマヤに指示を出した。 「活動停止信号を発信。エントリープラグを強制射出」 マヤが端末を操作したと同時に、ディバイソン、カノンフォートの背中側装甲の一部が吹き飛び、エントリープラグが一瞬飛び出した。だが、プラグはほんの僅かに顔をのぞかせただけで、絡みつく粘液状のものによって再び内部に引きずり戻された。 その光景に全員息を呑む。 「駄目です!停止信号及び、プラグ排出コード認識しません」 マヤが半分泣きそうな報告に軽く頷いた後、ユイはマコトに視線を向けた。 「パイロットは?」 「両者とも呼吸、心拍の反応はありますが恐らく・・・」 ユイ、キョウコ、ナオコの顔がほんの少しこわばったが、それ以上の変化はなかった。 どうすればいいんですか? という皆の視線が集まる中、ユイはいつもと人の違う冷徹な刃物のような声でこういった。 「ディバイソン、カノンフォート両機は現時刻を以て破棄。目標を、第十三使徒と識別するわ」 「しかし!」 日向達の言葉をユイは無視する。いやそれどころか余計なことを言うなと言わんばかりににらみ返した。 「予定通り野辺山で戦線を展開。目標を撃破して」 「目標接近!」 「全機、地上戦用意!」 無言の威圧の前に、抵抗することを諦めた日向達の通信に、シンジは正面モニターをまじまじと見つめた。発令所から送られた使徒の映像は、醜く歪んだディバイソン。 「まさか、これが使徒だっていうんですか!?あれはトウジのディバイソンじゃないですか!」 シンジが叫んだ。 間髪おかず、その言葉を予期していたユイが力強く、シンジを押さえ込むように言った。 「あれは使徒よ」 「でも、これはどう見たってディバイソンじゃないか!」 シンジ同様、ケンスケ、アスカ、マナやヒカリ達も呆然とした顔で呟いていた。 「嘘だろ・・・」 「そんな、使徒に乗っ取られるなんて」 「・・・・・・やるしか・・・ないの?なんでこんな事に」 「す・・・鈴原・・・」 「やばいな」 「うん。どうしよう?」 「パイロットが乗ってるんじゃないんですか!?」 徐々に近づいてくる使徒を前に、再びシンジが絶叫した。 このままだと彼の予想しうる最悪の事態が待ち受けている。シンジは今までの死闘の時以上に必死だった。 だがユイはシンジを無視した。いつものポーズを崩すことなく、レイそっくりな顔を同じく無表情な仮面で覆い、静かに、だがはっきりと命令を下した。 「ゴジュラス両機と、ウルトラザウルスは万一に備え後方で待機。シールドライガーとアイアンコングによる先制攻撃、後にサラマンダー2機による爆撃を行います」 「ちょっとおばさま!?鈴原はどうするんです!?」 はっきり攻撃しろと言い切ったユイに、アスカが抗議する。 ユイは通話モニターのアスカを一瞥してアスカを黙らせた後、そのまま何事もなかったかのようにレイとレイコの通話モニターを開いた。 「聞いたわね。爆弾を全て赤木印の2万ポンド爆弾に換装しなさい。出撃したら上空で様子を見て」 「了解」 「・・・・・・・・やだ」 レイはほんのちょっとだけ躊躇したが、すぐにいつもの鉄面皮になると静かに頷いた。だが、レイコはいつも優しいユイの変わり様に、少しパニックになりながら命令を拒絶する。ユイならきっと何か良い考えがあるはずだ、そう信じていたのに、ユイの口から発せられたのは殲滅命令。レイコにはとうてい信じられなかった。 彼女の潤んだ瞳、ぷるぷる震えて止められない身体、その全てがユイの言葉を否定する。 ユイは彼女の反応に内心はわからないが、表面では眉をひそめただけだった。 「じゃあ、そこで黙って見ていなさい」 それだけ言うと、なおも何か言うとするレイコの通話モニターを切り、ユイは正面モニターに目を向けた。決然とする彼女に、背後に立っていたキョウコが心配そうに話しかける。 「いいの?」 「・・・・・・・・・・・・・・。 1番手は相田君のようね」 ウォークライをあげながら、シールドライガーが使徒に飛びかかった。使徒は丸太のような腕を振り回し、牽制しながらまだかろうじて残る突撃砲を乱射した。素早く動くシールドライガーの背後で、轟音と共に火柱が立ち上り、破壊された家屋の残骸が宙を舞った。 発令所の皆が見守る中、シールドライガーと使徒は遂に交戦状態に入ったのだ。 「トウジ・・・。痛いかもしれんが、許せよ!」 そう呟きながらインダクションレバーのトリガーを押すケンスケ。 同時にマーク2装備にされたシールドライガーの背中から、眩く輝く白光がディバイソンめがけて突き進んだ。刹那、轟音と共にディバイソンの足の装甲が弾け飛び、露出した内部組織が気味悪い音をたてながら弾け飛んだ。 『ギュモモモ〜!!』 痛いのか、それともしてやられたことがよほど腹に据えかねるのか、使徒は雄叫びをあげながらシールドライガーに飛びかかった。 だが装甲の厚さとパワーにおいては劣るが、スピードは圧倒的に上回るシールドライガーは捕まるほど間抜けではない。紙一重の動きで腕の下をかいくぐると、本体部分ではなく足に狙いを絞る。 照準が後ろ足、膝関節に重なった瞬間ケンスケはトリガーを押した。 「今だ!」 シールドライガーがわずかに姿勢を下げると同時に、脇腹の装甲板が開き、中からミサイルポッドが飛び出した。 ドシュ!ドシュ!ドシュ! 左右合わせて全16発のミサイルが白い尾を引きながら、ディバイソンに飛んでいき、続いて大爆発を起こした。苦痛の悲鳴をあげながらディバイソンが前足をついて座り込んだ。 「良し、動きが止まった、後は全エネルギーを集中したラグナレックファングで、胴体を切り落としてやる。待ってろよトウジ、今助けてやるからな」 ケンスケがぺろりと唇を舐めながら呟いた。 使徒に背中を向けて充分に距離を取ると、シールドライガーは身体の前半分を地面にくっつきそうなくらいに下げ、ゆっくりと力を溜め込み始めた。それに応じて発熱による蜃気楼を出していた牙が、ピンク色の燐光を帯びていく。 「行くぜ!ラグナレックファング、改め真龍牙!」 そしてエネルギーが臨界に達した瞬間、ロケット砲のような勢いでシールドライガーは使徒に飛びかかった。牙の熱により、空気がプラズマ化し、シールドライガーの全身を炎が包み込んだ。 狙うはカノンフォートとディバイソンを繋ぐ癒着箇所。そこを一刀両断にし、完全に動きを止めることを狙った攻撃である。 ケンスケの人が変わったような叫びに呼応し、牙の燐光が半ば物理的な質量を持ってゆらめいた。 『ガオオンッ!!』 『ンモォォォーーーーッ!!!』 「んもぉって、そんなっ!?嘘だろーーーーっ!?」 ギュンッ!!! そんな音をたてながら使徒の胴体が半回転した。つまり、上半分がぐるりと回転して今まさに飛びかかってきているシールドライガーに向き直ったのだ。使徒の視線の先には、自身の下半身とシールドライガーが間抜けな姿をさらしていた。 人としての常識範囲の外を予想し得なかったケンスケに、使徒の攻撃が炸裂した。プラグ内で呆気にとられたケンスケめがけて右の拳を繰り出す使徒。シールドライガーは身をひねって何とかそれをかわしたが、次の力石を越えた左はかわせなかった。 「ぐはぁっ!!クロスカウンターとは・・・い、いや〜んな感じぃ」 地面に叩きつけられたケンスケが見たのは、背中の粒子砲を向ける使徒の姿だった。 突然モニターがノイズで真っ白になり、全ての音声と映像が途絶えた。 「ケンスケ?」 シンジが叫ぶが、真っ白なモニターは何も返事をしない。 「ケンスケ!ケンスケぇっ!!」 「シールドライガー完全に沈黙!」 「パイロットは脱出。回収班向かいます」 「目標移動。アイアンコングへ」 ケンスケの敗退と、予想以上に高い使徒の自己修復能力にユイは周りにわからないように舌打ちした。残る手駒が少なすぎることに苛立ち、唇を噛み締める。 (もう少し粘ると思ったのに・・・。使えないわね、彼) なんとしてでもシンジの所に到達するまでに、使徒を倒さなければ・・・。 「セカンド。近接戦闘は避け、目標を足止めして。今サラマンダーをまわすわ」 「・・・了解」 ユイにアスカと名前ではなく、セカンドと呼ばれたことのショックを隠せないまま、アスカはゆっくりと迫るディバイソンに目を向けた。 その痛々しい姿と、頭だけのぞかせたエントリープラグにハッとして目をするが、すぐに頭を軽く振ると、自分に言い聞かせるように強く、ハッキリとした声でこういった。 「行くわよ、アスカ。 ・・・・・・・・・・今度は死なせない。絶対助ける!」 アイアンコングの目が光った。 「うぅおおおーーーーーっ!!!」 戦いの興奮に震えるアスカの絶叫と同時に、背中と肩に装備されたミサイルが一斉に火を噴きながら、使徒の周囲に地面に突き刺さった。立ち上る爆炎に使徒は腕で顔を庇いながら、動きを止める。視界をふさがれた使徒は灼熱の溶岩のような目で、煙が晴れるのを待つ。 次の瞬間、錯覚だろうが使徒の目が驚きで見開かれたように見えた。 使徒の目前、目と鼻の先に煙を割ってアイアンコングが姿を現し殴りかかったのだ。 ガキィーーーンッ!! 背中のブースターを全開にして、時速200km近い速度でぶち当たる鋼の山。 かつて山が動いたと表されたアイアンコング必殺の一撃だ。 『キシャァッ!!』 戦いの寵児、アスカの戦闘センスと組み合わされたそれは使徒に悲鳴の声を上げさせた。 衝撃にアイアンコングの右拳と肩部装甲が潰れるが、使徒の方もただではすまない。 カノンフォートの頭だった部分が、もの凄い勢いで回転し、肩からの当たりを貰った胴体が宙に浮き上がった。 「あんたなんかに負けるわけには行かないのよっ!!!」 腕に走る痛みをものともせず、アスカは使徒をバーニアで持ち上げながら、アイアンコングが腕を伸ばし、エントリープラグを掴もうとする。使徒を倒すより、トウジ達を助けることを優先した行動だ。 そしてエントリープラグを掴もうとした瞬間。 その動きが突然止まった。 「何が起こったんだ?アスカは一体・・・」 映像を見ていたシンジが、鬼気迫る雰囲気で戦っていたアイアンコングが止まったことに、怪訝な表情を浮かべる。少なくとも、アイアンコングが有利に戦いを進めていたはずなのだ。 発令所の人間も、何が起こったのかわからず声もなく両者を見つめた。 視線を一身に集めながら、使徒が動いた。 『シャァアア・・・』 動かなくなったアイアンコングの頭を掴むと、使徒はいったん持ち上げ、次いで全力で地面に叩きつけた。次いで空中高く跳び上がり、4本の足全てを使ったフットスタンプをお見舞いする。衝撃にアイアンコングは地面にめり込み、金属が軋む音をたてた。 装甲板が弾け飛び、アイアンコングの体液が装甲の隙間からしみ出す。何がどうなったかわからないが、もう動けそうもない。 だが、アイアンコングの目から光は消えなかった。 「右手、右足・・・感覚無し、目も霞んでる。 ・・・・・まだいけるわね。 私は・・・・もう、誰も死なせるわけには・・・・負けるわけにはいかないのよぉ!!!」 「アスカちゃん!?」 「そんな、動けるはずありません!」 キョウコが悲鳴をあげ、マヤが半死半生のアイアンコングの行動に、拒絶の叫びをあげた。 文字通り矢尽き、刀折れたアイアンコング最後の攻撃。ブースターをオーバーヒート寸前まで吹かして立ち上がると、皆が見守る中、使徒に掴みかかった。 「ぐ・・・・うぅ・・・・」 アスカが苦痛のうめき声を上げながら、血走った目を使徒に向ける。アイアンコングを見下ろす使徒の口が、金属であるにも関わらずニヤリと歪んだ。 一瞬、アイアンコングの身体が震えたかと思うと凄まじいスパークが起こった。使徒の放電攻撃だ。 やがて、煙を上げながらゆっくりとアイアンコングが崩れ落ちた。 地面に倒れ伏した数瞬後、地面に紫色の血溜まりが広がっていく。 「アイアンコング・・・沈黙」 「パイロット意識を失いました」 「一体、どうしたの?なにがどうなって・・・」 あまりに早すぎる展開に、ナオコが疑問を口にした。結果は分かっているが、その過程が全くわからなかったのだ。彼女の疑問の答えをブルブル怒りで震えるキョウコが説明する。 「最初にぶつかった瞬間、下半身のディバイソンが角を突き刺したのよ」 「突き刺したって、助走もなしに一番装甲が厚い胸部装甲を・・・」 動かなくなったアイアンコングを見下ろすディバイソンの角は、血で濡れて光っていた。 『レイ、聞こえる?アスカが先走った所為で、あなた1人で戦うことになったわ。もうこうなったら、多少の被害は目をつぶります。高空からの絨毯爆撃。場合によってはN2の使用も許可します』 上空で待機していたレイはユイからの命令を無言で聞いていた。 その顔はいつもと変わらない無表情。これから彼女の友人ごと、爆弾で吹きとばせと命令された直後とはとても思えない。 いや、一見何の変化もないように思われたが、レイの顔は薄いベールで包まれたように曇っていた。彼女もまた、悩んでいるのだ。 いつも彼女の側におり、普段は五月蠅い邪魔と思っていた妹が今は側にいない。ユイの言葉を拒絶し、出撃拒否をしたからだが彼女の行動が、まずレイの心を揺り動かしていた。ユイの言うことを何でも聞いていた彼女が、泣きながら否定した行動。自分は今まで自分の考えで何をどうこうしたことが実はなかった。今までレイが自分から何かをしているように見えても、実際は常に彼女を引っ張る存在、アスカだったりシンジだったり、マナやマユミがいた。 今は誰もいない。彼女だけ。 ユイからの命令とは言え、彼女の心は乱れる。 シンジはどう思うだろう?レイコは、マナは、ケンスケ達は、そしてアスカは? できるできないは別にして、本当にトウジを、その妹を殺してしまっても良いのか? そしてアスカの半ば命令無視とも言える行動。レイはかつてアスカの過去を聞いたことがあった。その時は気にもとめなかったが、なぜか今その事を思い出す。 彼女は相手が誰であろうと、人が死ぬことを激しく嫌う。 自分はどうだろう? たぶん、相手にもよるがあまり気にしないだろう。事実、今まで戦自隊員の死や逃げ遅れた民間人のことを気にしたことはない。 (碇君・・・・私、どうすればいいの?) 珍しく注意散漫になったレイは、周囲に雲が増えてきたことに全く気がつかなかった。 「サラマンダー周辺に、突如霧が発生しました!」 レイが迷い、いたずらに時を過ごしていると、突然青葉がヒステリックに叫んだ。 彼が見守っていたのは、交戦中のサラマンダーの周辺情報だったのだが、それが異常な数値を計測したからだ。簡単に言うと大気中の水蒸気量が増しただけなのだが、その量の多さとどこから水が来たのかがさっぱりわからない。 みるみるうちにサラマンダーの周辺は1m先も見通せない濃い霧、いや雲に覆われた。 何も見えなくなったモニターを見て、少し恐慌状態に陥る発令所スタッフ達。 「落ち着きなさい、青葉二尉。霧が何よ。サラマンダーには各種センサーが内蔵されているのよ」 ナオコが突然発生した霧の海に内心冷や汗を流すが、発令所の士気を何とか良い方向に留めておこうと声を荒げた。 彼女の言葉を尤もだ。だが、それはこの霧がただの霧であった場合のみ適用される。 「だ、ダメです!この霧は帯電・・・イヤ、違う。とにかくどんなセンサーを使っても中を見通せません!」 続く青葉の言葉に、ナオコはゲッと顔をこわばらせた。思わず横にいたキョウコ、ユイと目で会話するがユイは無視する。 ユイはまるでこのことを予期していたように、ゆっくりと口を開いた。 「レイは・・・どうなったの?連絡が付くなら高度5千で待機させて」 「ダメです。通信できません!」 マヤの報告に、ユイはギリッと爪を噛んだ。 (何も見えない・・・。こんな時は、その場を動かず待機) 緊急時のマニュアルを思い出し、レイはサラマンダーの主翼を大きく広げさせ尾翼を展開してその場で急停止させた。いきなりの行動にサラマンダーは抗議の泣き声をあげるが、レイは無視する。サラマンダーは拗ねたみたいに、『くぇ〜』と鳴いたがレイが反応しないので仕方なく、その場をゆっくりと旋回した。そのうちレイも何かしら命令するだろう。 一方、見るからに異常な霧に戸惑いながらも、レイは内心ほっとしていた。 トウジを攻撃する命令を達成できなくても、命令違反にはならないからだ。 使徒が何かしたに決まっているが、それでもレイは少しだけこの霧に感謝していた。 「でも・・・・、碇君・・・・」 だが再びレイの顔が曇る。 そう、レイが戦わないと言うことは使徒は最終防衛戦にいるシンジと戦うことになる。 レイは悲しそうに目を閉じた。 その時! 雲を引き裂きながら、一筋の閃光が天に昇った。 熱と衝撃波が雲を消し、途中にあったサラマンダーの右の翼を撃ち抜いて光は天空に消えていく。 「ああっ!?」 『ギャアアアアアッ!!!』 レイとサラマンダーが同時に悲鳴をあげ、錐揉みしながら墜落した。 そして激しい音をたてながら地面に激突する。 寸前にATフィールドを張り、予備のバーニアを急いで吹かして減速したが、まともに地面に激突したサラマンダーの首はおかしな方向に曲がっていた。もちろん、シンクロしているレイもただではすまない。 「っ!っ!っ〜〜〜〜〜〜!!!」 プラグ内で首を押さえ、声にならない悲鳴をあげるレイ。 あまりの苦痛に泡を吹くレイの目に、瘧を起こしたように震える使徒の姿が一瞬映った。 「くっ!」 急いで起きあがるレイ。 尻尾で地面を叩き、勢いをつけて起きあがるも重力に引っ張られ、首がだらりと垂れ下がる。更に襲い来る激痛。 痛みに気絶しそうになるレイだったが、なんとか遠くなる意識を保つ。 だが、モニターには使徒の姿がなかった。 「ーーーーーーーーっ!!! ・・・・・ど、どこ!?」 ガキィーーンッ! 次の瞬間、サラマンダーを押しつぶすように使徒が上から降ってきた。レイがほんの少し目を閉じた瞬間、使徒は空中に跳び上がっていたのだ。 サラマンダーに躍りかかった使徒は、足で背中を押しつぶすように踏みにじり、翼を掴んで地面に押しつける。組み伏せられたサラマンダーはもがき暴れるが、それは儚い抵抗でしかない。 やがて使徒は折れたサラマンダーの首を押さえ込んだ。更に千切れていない方の翼を押さえた左腕から、ねっとりとした白い液体を滲ませる。樹液のように滴るその粘液は、サラマンダーの装甲に触れるとそれを溶解させ、内部組織にしみこんだ。同時に血管のような模様がサラマンダーの身体に浮かび上がる。 「!!」 レイは左腕を押さえ、声もなく身を捩らせた。充血した瞳にニヤリと笑う使徒の顔が映る。 「サラマンダー、左翼に使徒侵入!神経節が侵されていきます!」 「左翼部切断。急いで!」 ユイは映像が回復した瞬間、命令した。その声には躊躇など微塵も感じられない。 マヤはその言葉が意味することを理解し、せめて神経接続くらいはと、翻ってユイを見るが・・・。 「しかし、神経接続を解除しないと」 「切断」 「・・・はい」 「きゃああああっ!」 左翼が肩から爆音と共に切断された。千切れ飛んだ翼に使徒が驚いたように後ろに飛び下がる。レイは悲鳴をあげたあと、ゆっくりと意識を失っていった。 使徒はしばらく倒れ伏したままのサラマンダーと翼の破片を見ていたが、やがて興味を無くしたように歩き去った。 「サラマンダーF2中破。パイロットは負傷」 発令所から通信にシンジは不安そうにゴジュラスのモニターを見た。使徒が来るであろう予想進路方向ではなく、後方に待機するカヲルのゴジュラスと、マナ達のウルトラザウルスを。 いつもは頼もしく見えるその姿も、今は禍々しい鉄の城にしか見えない。 レイが破れた今、シンジが戦うしかないのだ。トウジを助けたいのなら。 なぜならユイからカヲル達に下された命令は、使徒の抹殺。 その過程でトウジが死んでも構わないとハッキリと言われていた。 カヲル達はアスカと根本的に違う。 トウジごと殺せと言う命令に反発するのは間違いないが、使徒の及ぼす被害が甚大になりそうなら、彼ごと倒すこともいとわないのだ。そこが本当の軍人としての訓練を受けたものと、そうでないものの違いである。 今シンジ、全身でその事を感じていた。 マナ達はまだ拒絶の可能性があるが、間違いなくカヲルはトウジを殺すだろう。 「畜生・・・」 シンジは舌打ちして、視線を正面に戻した。遠くにかすかに影が見える。 その時、ユイがシンジに話しかけた。 「目標接近中。後20で接触するわ。あなたが倒しなさい。鈴原君を助けたいのなら」 「・・・どうしたら、どうしたらいいんだよ・・・」 ユイの言葉に、シンジは何かが切れたような錯覚を覚えた。それくらい、今のユイの言葉は冷たく、厳しかった。 シンジの眼前に、夕日をバックにした使徒、バルディバイソンが姿を現したのはその時だった。 「トウジ!いるんだろ!お願いだから返事してよ!」 「・・・・・・・・」 シンジは必死に呼びかけるが、もちろん返答はない。 「やるしか・・・ないのかよ・・・」 シンジが唇をギリギリと噛み締める。 使徒はゴジュラスからほんの少し離れたところで足を止め、瞬かない目でゴジュラスを見た。ゴジュラスも、シンジも使徒を見る。 お互いの視線が絡み合い、やがて、弾けた。 「畜生!」 先に動いたのはゴジュラスだった。 バーニアを吹かし、横滑りしながらパレットガンの弾丸を使徒に撃ち込んでいく。こうなっては人が乗っていようといまいと関係ない。ただこの使徒を止めなければ、みんな死ぬ。今この場にいるトウジと彼だけでなく、アスカもレイも、ケンスケも。そしてこの場にいないマユミも。彼が好きになるかもしれない世界中の人々も。 シンジはそれだけの覚悟で引き金を引いた。 だが、弾は使徒の脇をかすめ、遠くの民家を破壊して煙を上げた。 この期に及んで躊躇したのだ。 『フォオオオオオオンッ!!!』 使徒が雄叫びをあげた。その嘲るような声に、シンジの動きが一瞬止まる。 その隙に使徒は空中に跳び上がり、空中で一回転しながら、ゴジュラスに飛びかかった。4本の鋼鉄の凶器がゴジュラスをかすめる。ゴジュラスは危ないところで地面に転がってかわした。その脇にずしんと地響きを響かせながら、使徒が着地する。 続く追撃を避けるため、マーク2装備を切り離し、ゴジュラスを起き上がらせたシンジ。一瞬遅れて、ゴジュラスの頭があったところを使徒の足が踏みつける。大砲の砲身がひしゃげた。それだけでなく、急いで距離を取ろうとするゴジュラスに向かって、まだ残っていた突撃砲が向けられる。 照準を合わせるため、僅かに前傾姿勢をとる使徒。 シンジの目に、粘液に覆われたエントリープラグが見えた。トウジのエントリープラグが・・・。
人が乗ってる。
改めてその事実を見せつけられたシンジの、ゴジュラスの動きがほんの僅か止まる。 その時、使徒は無造作に右腕を振るった。 距離は離れており、すくなくともパレットガンの射程である。 だが使徒の腕はあり得ざる長さに伸び、ゴジュラスの喉を掴みあげていた。続いて左腕も同様に伸びて掴みかかる。 その細さからは想像も付かない握力に、装甲がねじ曲がっていった。ゴジュラスの喉が軋みをあげながら潰れていく。 「ぐはっ!腕が伸びるなんて・・・」 咽が潰れていく苦痛と焼け付くような呼吸の苦しさに、シンジは呻き声をあげた。シンクロの率のあまりの高さ故に、シンジの咽にも同じような後が浮かび、潰れていく。 使徒はそのまま民家を踏みつぶしながらゴジュラスを山肌に押しつけ、なおもその首を締め上げていった。 「生命維持に、支障発生!」 「パイロットが危険です!」 見る見るうちに低下していくシンジのコンディションに、マコトとマヤが半ば悲鳴のような報告した。発令所に緊張が入る。 「いかん。シンクロ率を60%にカットだ!」 真っ先に反応した冬月が叫んだ。シンジがひどい目にあったら、彼もとばっちりを受けてひどい目に遭うから必死だ。 だが・・・。 「まって下さい」 「しかし、ユイ君。このままでは彼は死ぬぞ」 尤もな話だ。シンジの顔色は紫になり、チアノーゼを起こしているのがハッキリと見て取れた。医者でなくても、死にかけていることがわかる。だがユイは構わずシンジに問いかけた。 「シンジ、何故戦わないの?」 「・・・って、だってトウジが、人が乗ってるんだよ・・・」 「戦いなさい!相手は使徒よ!人類の敵よ!」 「でも、トウジが!」 「彼を助けたかったら戦いなさい!あなたが戦わなかったら・・・」 今まで冷静沈着だったユイは机から立ち上がり、叫んだ。 なんとしてでも、シンジを戦わせ、トウジ達を救わないといけない。できればアスカ達にやって貰いたかったが、今となってはシンジに期待するしかない。最悪の事態を避けるためにも。 だがユイの願いはあっけなく破られた。 「パイロット、呼吸停止!」 「意識不明・・・あ、あれ?」 遂に停止したシンジの呼吸。 ただ現状報告するしかない自分に苛立ちを感じるしかない青葉と日向は、その時目を疑った。シンジとゴジュラスのシンクロ率が一瞬、ゼロになったからだ。 「なんだ?どうなってるんだ?」 「そんな、ゴジュラスが!」 ゴジュラスの瞳が、夕日よりも赤い血の紅に染まっていた。 発令所の面々が息を呑む。 「暴走」 今までにも暴走と呼ぶしかない状態になったことはある。だが大抵シンジの意識は不完全ながらあった。だが今回は違う。ストッパーになっていたかもしれないシンジは、完全に意識を失っていた。かつて一度だけそうなったことがある。シンジの初陣の時だ。 そんなことになっているとも知らず、なおも首を絞め続ける使徒の腕をゆっくりとゴジュラスが掴んだ。 ぐちゃり そんな音をたてて、あっさりと使徒の腕が握りつぶされた。血が滝のようにゴジュラスの装甲にかかり、こぼれて地面を真っ赤に染めていく。先ほどまでは振り解くこともできなかったはずなのに、今のゴジュラスの握力は信じがたいレベルにまで跳ね上がっていた。 使徒ははじめ何が起こったのかわからなかったのか、きょとんとしていたが、ほんの一瞬後、もの凄い悲鳴をあげた。 『ぎゃああああっっ!!!』 潰れた腕を引きちぎってゴジュラスの腕に残したまま、なんとか後ろに飛び下がって逃げようとする使徒だったが、それを黙って見逃すほどゴジュラスは優しくはない。 腕を投げ捨て、使徒以上の速度で前に飛び出すと、お返しとばかりにその首を掴み返した。 使徒の顔が恐怖に歪み、ゴジュラスの顔が禍々しい笑いを浮かべる。 ごきっ 生々しい音をたてて、使徒の、カノンフォートの首がだらりと垂れ下がった。同時に口から大量の血液をと涎をこぼし、ゆっくりと全身から力が抜けていく。しばらく痙攣していたが、それもすぐに止まった。 発令所の人間達も、息を呑み、ただ一つの言葉を発することもできない。 『グゥオオオオオンッ!!』 突然、ゴジュラスが叫び声をあげた。 まだ暴れ足りないと言うように、使徒の首を掴んだまま振り回し、奇しくも先ほどアイアンコングがやられたのと同じように使徒を地面に叩きつける。 地面にめり込むが、既に息の絶えた使徒はピクリとも動こうとしない。 ドゴンッ! しかし、なおもゴジュラスは使徒に加える攻撃を止めなかった。 拳が頭をうち砕き、腕を引きちぎり、装甲板を引き剥がして内部の肉をえぐり取る。 引きちぎられたディバイソンの頭が奇怪なオブジェとなり、こぼれた血がすぐ近くの川を文字通りの深紅に染め、まき散らかされた肉片が周囲の家屋を押しつぶす。 地獄。 野辺山は地獄と化した。 そして地獄で暴れ狂う、悪魔の化身ゴジュラス。今更ながら発令所から送られる停止命令も全く意味を成さない。ただ暴虐な力を振るうのみ。 まさに魔獣。 今のゴジュラスはそう呼ぶしかない存在となっていた。 「シンジ君、もう止めるんだ!」 「そうだよ、シンジ!もう使徒は死んじゃったよ!」 その時、カヲルとマナ達が到着した。 現場の状況を素早く見て取ると、カヲルのゴジュラス弐号機が初号機の元に駆け寄り、初号機がエントリープラグを押しつぶす前に引き剥がそうとその肩に手をかける。 『オオオオオッ!』 「うわっ!?まさかこれほどまでに!?」 すかさずシンジのゴジュラスはその手を掴むと、身体全体を捻りながらカヲルのゴジュラスを投げ飛ばした。その可能性を充分に考慮していたはずの、カヲルをただ力だけで投げ飛ばす。 音速を超え、衝撃波を起こしながらカヲルのゴジュラスは山の斜面に突き刺さった。 「シンジ、カヲル!?」 マナが暴れるゴジュラスを前にたたらを踏む。 「マナ!あいつは正気じゃない!例のヤツを使うぞ!」 「もう装弾できてる!いつでも撃てるよ!」 「・・・・うん、わかってる」 ムサシとケイタの言葉に、マナがコクンと頷く。 カヲルを倒し、使徒を引き裂くのも飽きたのかゴジュラスは天に向かって咆吼をあげてた。少なくとも、マナ達のウルトラザウルスには注意を払っていないようだ。 なんとしてもゴジュラスを止めないと・・・。マナの目がキランと光った。 「(シンジ・・・正気に戻って!)・・・・っ撃てい!」 「トランキライザーキャノン、発射!」 ウルトラザウルスの主砲 ーーーー 今は暴走したゾイドを止めるための麻酔銃に換装されている ーーーー が火を噴いた。いつものエネルギー粒子ではなく、日本中の人間を眠らせてもまだお釣りが来そうなくらいの強力麻酔を含んだ弾丸がゴジュラスに突き刺さった。 うち倒されたゴジュラスが苦痛の声を上げ、忌々しそうに尻尾を振るった。衝撃に、大地が揺れ、奇跡的に今まで破壊されなかった家屋がとどめを刺されて倒壊していく。 マナは命中を確認してにっこり笑った。 「やったわ!」 「ああ、急いでトウジ達を助けないと」 「・・・・・そうだねって、ゴジュラスが!!」 はしゃぐマナとムサシを横目に、ゴジュラスを見ていたケイタが驚きの声を上げた。 このまま動きを止めて眠りに堕ちないといけないはずのゴジュラスが仁王立ちになっている。純然たる怒りを秘めた目をして。 「ま、まだ動けるの?」 「そんな、あの弾特別製で予備なんて無いよ!」 「くそっ!格闘戦なんてされたら、冗談抜きで殺されるぞ!」 確実に当たったはずの麻酔弾が効かない。今まで何度も大型ゾイドで実験を重ねてきた麻酔弾がである。 その事実にマナ達は、驚愕した。知らず知らずの内にすぐにはLCLに溶けきれないほどの汗が体中に浮かぶ。 そして以前冗談でゴジュラスと戦ったらどっちが強いかと話していたことを、今更のようにマナは思い出した。その時は、単純に超破壊力の主砲があるからウルトラザウルスの勝ちだと結論が出た。だが主砲を外している今、ゴジュラスを止められるような武器は、ウルトラザウルスにはない。主砲以外の武器はあくまで小型ゾイド等を迎撃するための副砲に過ぎないのだ。尤も、主砲があってもこの距離では使用できないが。 「む、ムサシ!なんとか・・・」 「くそ!アレ本当にゴジュラスか!?時速500キロ以上出てるぞ!」 「副砲、ミサイル共に何発か当たってるけど止まらないよ!」 喚くマナ達の言葉を耳にし、信じがたい速度で走るゴジュラスを目にしたユイはぽつりと呟いた。 「これがスピリットライド・・・」 そして・・・。 暴走(?)したままのゴジュラスがウルトラザウルスの脇をすり抜けた。 直後、マナの悲鳴が聞こえ何か重い物が地面に落ちる音が響いた。ウルトラザウルスの首は切断されて地面に転がっていた。 (なんだろう?) シンジはふと思った。 自分は何をしているのだろう? よくわからない。 自分にひどいことをする大きな何かをやっつけたことは何となくわかる。 (・・・・・とても大事なことがあった気がする) そんなことを考えている間に、彼は目の前に広がる赤いものを見ていた。つい先ほどまで彼が遊んでいたものだ。それを邪魔されそうになったから、邪魔しに来たヤツをやっつけた気がする。 (・・・・・・・・・・・とても大事なこと) 生々しい感触を手に感じ、むせ返るような血の臭いをかいでシンジは陶然とする。 今まで心の奥底に封印していた獣性が呼び覚まされる感覚に、ただウットリと身を任せる。 今の彼は同居人に理不尽なことを言われて愛想笑いするだけの存在ではない。 その事実に、彼は身を震わせて歓喜した。 彼の鎧は今まで封印してきた力を解放できることに、喜びの声を上げた。 (・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・力か。でもなんだかむなしい) だが喜びの声を上げて使徒の肉片をもてあそんでいるシンジとは対照的に、もう1人のシンジはどこか冷めたことを考えていた。 そう、確かに力が欲しいと思ったことは何度でもある。 同居人のわがままに負けない力が欲しい。 勉強で負けないくらいの学力が欲しい。 スポーツで馬鹿にされたくない。 恋愛で他の男に負けたくない。 訓練の結果で仲間に負けたくない。 戦いで使徒に負けたくない。 (なんで?なんでそんなことを?) 今自分が振るっている力は圧倒的だ。 細かいところまではわからないが、それだけは何となくわかる。 (なんで力が欲しいと思ったのか?そう・・・・・・・守りたかったんだ、みんなを・・・) ガラスが砕け、シンジの意識は急速に覚醒していった。 プラグ内部で死んだようにしていたシンジの目に生気が戻り、痣がついている咽がこくりと動き口から気泡を吐き出す。 同時にシンジは、腕に感じる感覚と眼前の光景に目を見張った。 「うわああああああああああああっ!!!!」 目の前にはぐちゃぐちゃに引き裂かれ、押しつぶされた使徒だったものが無惨な屍をさらしていた。 悲鳴をあげながら彼はその場を離れようとするが、ゴジュラスはシンジの意に反し、シンジの叫びに勢いづいたように使徒の体を引き裂き、あるいは喰らい始めた。 「やめてよ!!」 普段ならここで活動を停止するか、彼に何事かを語りかけてくるはずのゴジュラスが今は勝手に動く。シンジは必死に叫びながら、レバーやその他のボタンを押しまくるがいっこうにゴジュラスを動きを止めようとしない。 「やめてよ!こんなのやめてよ!!」 シンジの叫び声に、今のゴジュラスは完全に制御から離れたことを知った発令所の人間達もただ黙って息を呑む。ユイでさえも。 「止まれ!止まれ!止まれ!止まれっ!!」 必死になってレバーをガチャガチャと何度も押し引きするが、コントロールは取り戻せない。シンジは本気で泣き始めた。目の前で進む解体作業はいよいよゾイドコアにまでさしかかろうとしていた。 「止まれっ!!止まれっ!!止まれっ!!止まれぇーーーっ!!」 「パイロットと初号機のシンクロを全面カット」 嘔吐感を必死に堪えながら目を背けていたマヤに向かって、ユイが命令を下した。その突然の命令に、発令所の人間は一瞬動きを止め、次いで一斉にユイに振り返った。 「・・・カットですか?」 酸っぱい物を舌の奥に感じ、涙目になりながらもマヤが問う。ユイが何をしたいのかさっぱりわからなかったのだ。 「そうよ。回路をダミープラグに切り替えて」 マヤが驚愕に目を見開く。ダミープラグはゾイドを暴走状態に変える機能を持っているはず・・・。今この場で使用することにどんな意味があるというのか?もちろんユイはそんな疑問に答えない。ただ厳しい目をしながら、モニターに写るゴジュラスを見ていた。 「し、しかしっ!!ダミーシステムにはまだ問題も多く・・・。赤木博士の指示もなく・・・・・」 「このままでは何もかもが手遅れになるわ!やりなさい!」 「・・・はい!」 ユイに睨まれたマヤは祈るような思いを込めながら、ダミープラグを起動させた。 カシャ・・・。キュィィィィィン・・・。 マヤが最終作業を終えたとき、エントリープラグ内部の照明が非常灯の橙色の光に切り替わり、シンジの腰掛けていた座席の下から、何かが高速回転するような音が聞こえてきた。シンジが不安そうに周囲を見渡す。 「・・・なに?」 シンジは発令所にいるであろう、ユイに向かって叫んだ。 「何をしたの!?母さん!?」 「信号受信を確認」 「管制システム切り替え完了」 「全神経、ダミーシステムへ直結完了」 「ゾイド因子の32.8%が不鮮明。モニター出来ません」 「構わないわ。 システム解放しなさい」 ユイはハッキリとそう言った。 (お願い・・・みんなを助けて) 「やめろ!くそ、やめろっ!!」 シンジは必死になってレバーを動かし続けた。効果がある無いに関わらず、兎に角その動きを止めようと必死になって。頑丈なはずのプラグスーツは破れ、露出した彼の手の平はすりむけて血を滲ませている。さらに食いしばった歯は出血している。 だが彼はそんなことにも気づかず、涙を流しながらレバーを動かし続けた。 「!? これは・・・」 シンジはハッとした目をして自分が右腕に束ねるようにして掴むものを凝視した。 それは04と12と書かれた真っ白なエントリープラグ。 トウジと、後シンジの知らない誰かが乗っているはずのプラグ。 「うおおっ!止めろ止めろ止めろ止めろ止めろぉーーーーーっ!!!!」 シンジの叫びを無視するように、ゆっくりと右腕を握り込んでいく。 めきめきと外壁が潰れていくのを、コマ送りするようにゆっくりとシンジは見ていた。己の無力感にどうしようもなく苛まされながら。また、マユミに続いて助けられないのか?と・・・。 (畜生!このままじゃ、このままじゃ!助けて、誰か助けてよ!!!)
『ユイ?』
その時、謎の声が聞こえたような気がした。 同時にふっと自分が今まで感じていた感覚が無くなり、エントリープラグにいることを鮮烈な感覚と共にシンジは思い出した。全身の痛みに、顔をしかめるシンジ。 だが彼の目は喜びの涙で、潤んでいた。 モニターに映るのは、ゴジュラスの右腕と2本のエントリープラグ。 プラグは完全に押しつぶされる寸前だったが、ゴジュラスは停止した。 (止まった?間に合った?トウジ・・・) 「ご、ゴジュラス初号機、あ、いえ、目標は、完全に沈黙しました」 青葉のどこか惚けたような報告を、ユイは全身の力を抜いてタコみたいになりながら聞いていた。今まで必死になって冷静であろうと勤めていたのだが、ぶり返しはなかなかに大きかったようだ。全身に力を入れることもできず、ただオペレーター達の報告を耳にしながら、ユイはゆっくりと意識をまどろみの中に沈めていった。 (ありがとう・・・・私をわかってくれて・・・) 待機所でヒカリは真っ赤に充血した目をしながら、すぐ横に立っていたレイコにしがみついた。同じく涙目だったレイコはビクッとするが、すぐに優しい表情を浮かべるとヒカリの肩を抱きしめた。 「大丈夫よね?鈴原大丈夫よね?そして明日、私のお弁当食べてくれるよね?」 レイコはそんなヒカリをぎゅっと抱きしめた。 「大丈夫だよ。だって、だって・・・」 ミサトは周囲に喧噪と、慌ただしく動く人間の気配によって目覚めた。 「・・・生きてる」 「当たり前でしょ」 簡易寝台に寝かせられた彼女に向かって、ムスッとした顔のリツコが声をかけた。何が気に入らないのか、とても不機嫌そうな顔だった。 「リツコ?それに、加持・・・」 ミサトの横には、優しい目をして寄り添う加持がいた。 「良かったな、葛城」 「あの・・・リツコは?」 「心配ない。君よりは軽傷だ」 「いやそうじゃなくてなんで怒ってるのかって・・・」 「俺の口から言わせたいのか?」 冗談ごとじゃなく青ざめる加持。 ミサトはいつもと変わらない彼にちょっと微笑んだが、すぐに顔色を変え尋ねた。 「・・・ディバイソンは、カノンフォートは?」 「使徒として処理されたそうだ。G初号機に」 ミサトは表情を曇らせ、加持から顔を背けた。 「私・・・私、シンジくんに何も話してない・・・」 「安心しろ、彼は知っている。それにみんなケガこそしているようだが、助かったそうだ」 シンジはエントリープラグ内部で、押し黙ったままジッと座っていた。片膝を立てた姿勢が何者をも信じない、近づけないという彼の覚悟を物語っているようにも見える。時刻は既に月が天高くなる夜。 シンジは黙ってみていた。 プラグか解体され、中から意識を失っているらしいトウジと、もう1人誰かが助け出されるのを。 シンジの目が見開かれる。 彼が良く知っているわけではないが、知らない相手ではない。 運動不足のためか、やせぎすの顔。細い手足。 どこか愁いを帯びた彼の友人にそっくりな鼻と口。見たことはないがきっと目もそっくりなのだろう。 彼女はトウジの妹だった。 「やっぱりそうか。誰も何も言わないはずだ・・・」 乾いた笑いを浮かべながらシンジはどこかでこの作業を見ているだろう、母親達の顔を思い浮かべた。 彼の瞳が危険な光を帯びる。 (絶対に・・・絶対に母さん達を、ゴジュラスを許さない) 第四話完 |