新世紀エヴァンゾイド

第四話Bパート
「Rei I



作者.アラン・スミシー





 (綾波レイ。14歳。妹の綾波レイコとともに、ネルフ付属組織マルドゥック機関によって選ばれた最初の被験者ファーストチルドレン。
 サラマンダー1号機専属パイロット。
 過去の経歴は白紙。全て抹消済み・・・・・・か。
 昨日ミサトさんに聞いた綾波のファイル・・・。
 過去を抹消だなんて、なんかワケがあるのかな・・・)

 シンジがそんなことを考えていると、トウジとケンスケが好色そうな顔をしてシンジに近づいてきた。
 唐突だがシンジ達は学校に来ており、今は体育の時間だった。女子は水泳、男子はバスケットを行っていたが今シンジ達のように試合をしていない生徒は、雑談で暇をつぶすか彼のように女子の水泳を眺めていた。
 華麗なドリブルで強行突破するムサシや、センターラインの向こうから3ポイントシュートするケイタには目もくれない。彼らの出番は今回これだけ。
 「んだそりゃあっ!?騎士として激しく抗議するぅ!!」
 「そんなのってないよぉ!」

 ああうるさい。

 男子の視線に対して当然、
 「やだぁ〜スケベぇ〜♪」
 「なんか鈴原って、目つきやぁらしい〜!」
 と言った女子からの非難の声があがるが、年頃の少年達はそんなことは気にもしない。それどころか非難の声は、かえって彼らの情熱をたぎらせる熱いスパイス。視認できるほどの青臭さを全開にして、水泳を、いや女子の水着姿を眺め狂う。もちろんトウジ然り、ケンスケ然り。シンジはもっと目をこらして見たかったが、生来の気の弱さが災いしてあっと言う間に目を背けた。

 「センセ、何熱心な目で見とんのや?」
 「綾波かぁ〜!?ひょっとしてぇ〜!?」
 目を逸らしたとはいえ、直前までは見ていたのだ。その視線の先にはスクール水着を着て、ぼんやりとプールサイドに腰掛けるレイが写っていた。ニヤリ、視線の先を追ったケンスケとトウジは笑った。なおかつシンジのオーバーアクションと、非難の声に反応するように赤くなる彼の顔を見て、2人そろってシンジに詰め寄った。にやけた顔がとってもデンジャラス。あまりにも、あまりにも危険な目つきと荒い鼻息に、シンジのうなじの毛が逆立った。
 いつか性犯罪でも起こすんじゃないか、こいつら? シンジはそんな失礼なことを考えていた。
 そんな風に思われているとも知らず、さらに言葉を続ける二人。
 「「綾波かぁぁぁぁぁ?」」
 図星だった。たちまちシンジの顔が赤くなり、それを悟られまいとそっぽを向く。
 「なかなかいい趣味しとんなぁ、センセは」
 「てっきり、惣流が本命で対抗が霧島かと思っていたけど、そうかぁ、綾波かぁ」
 彼のわかりやすい反応に、ふんふん鼻息荒く頷くトウジ。
 同じく、不気味に眼鏡を光らせながらシンジに語りかけるケンスケ。
 その胸の内で何を考えているのか?少なくとも私は知りたくない。もちろんシンジも知りたくない。
 シンジは本当にこいつらと友達になって良かったのかと、心の底から後悔していた。
 「「綾波の胸・・・。綾波のふともも・・・。綾波のふ・く・ら・は・ぎ〜」」
 確かに少しアレだが、中学生としてはごく自然・・・なわけないよな。
 どちらかと言えば、シンジの行動の方が自然だ。ここまで露骨な奴を少なくとも私は知らない。

 (逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメなの?)

 シンジはあまりにデンジャーな友人達の行動に目を閉じ、耳を塞いで対抗したがそんな消極的なことで事態が解決するはずもない。
 塞いだ耳の向こうから聞こえる声、肌に感じる荒い息。

 (逃げちゃダメなのかな?、逃げちゃダメ・・・て、今逃げないでいつ逃げるんだよ!?)

 ついにシンジは人生、場合によっては逃げた方がよいことに気づいた。こんな事で成長するのはまことに情けない気がするが、彼はまた一つ大きくなった。もっとも少し遅すぎたようだ。悟りを開くと同時に素早く逃げようとするが、がっちりと手をトウジに捕まれて動きを止められ、すかさずシンジの前に回ったケンスケによって逃げ場を封じられてしまう。どうでもいいけど、こいつらこんな役ばっか。

 逃げ場を無くしておいてから、ゆっくりとシンジの料理にかかるケンスケ。その動きはまさに蛇。中学生男子の知りたい情報ナンバー1、友人の好きな女性、もしくは好みのタイプを聞き出そうと、ズリズリとシンジに迫る。シンジは問答無用で殴り飛ばしたくなったが、グッと堪えた。
 「じゃあ、何を見てたんだよ?」
 「あ、綾波何でいつも一人なのかなって・・・」
 シンジの真面目な質問に毒気を抜かれたかのような顔をする二人。期待外れな言葉に、怒るより先に呆れながらも、律儀に答えてやる。
 「ああ、そう言えば一年の時に転校してきてから、妹と話すか、もしくは惣流と喧嘩するときにしか話さんもんな。それも一言二言やで」
 「そうなの?」
 「なんか、近寄り難いんだよな」
 それだけ言うと、ケンスケは遠い目をしながらプールに目を向けた。レイを見ようとしたのだが、それより先に、黒髪の女の子が水を滴らせながら歩いている姿が目に入った。滅多に見れない、眼鏡を外した某嬢の姿にケンスケの脳がドーパミンを過剰分泌。ケンスケの目がレンズを通した、貪欲な目に変わる。すでにシンジのことは忘れていた。
 「そうかな・・・。あのさ、誰か、綾波が笑ったところ見たことある人いるのかなって、ケンスケ?」
 返事がないので、トウジが怪訝な目を向けるがケンスケはすでにビデオの一部となっていた。シンジは改めてお化けでも見る眼をし、トウジが呆れ返った顔をする。
 「あかん、またこいつ行ってまいよったで。こうなったら何言うても生返事しかせえへんぞ」
 「山岸さんの胸・・・いい。山岸さんの太股・・・グゥ!山岸さんのふくらはぎ・・・最高だ、そして何より眼鏡を外したす・が・お〜〜〜!!」

 「そ、そうみたいだね・・・」
 「まあ、たぶんだれも見たことないんやないか?」
 10歩ぐらいケンスケから離れた後、トウジの答えを聞き、シンジは複雑な目をしてレイを見た。
 その視線に気づいたのかレイがシンジ達の方を見る。ほんの一瞬だけだが、2人の視線が絡み合った。だが、レイはやはり無表情のまま再び視線を逸らした。
 シンジ達からその顔は見えなくなったが、見る人が見ればその顔がかすかに赤くなっていたことが分かっただろう。彼女は自分の変化を不思議がると同時に、そんな顔をシンジに見られたくないと思ったのだ。もちろん理由は彼女にも分からない。そそくさとシンジ達の視線から姿を隠しながら、自分の格好を思い出し、またまた原因不明の発熱で全身をピンク色に染めていた。

 (どうして、体温が上がってるの?碇君に見られたから?わからない・・・後で司令に聞かないと・・・)

 両手を頬に当てて赤い顔をするレイ。いつもと違う態度に不審に思ったのか、アスカとマナが彼女の近くに行き、レイの真っ直ぐ後方のシンジ達の視線に気がついた。

 「あんた達、何いやらしい目をして見てんのよ!?ジャージ男や眼鏡オタクはともかく、なんであんたまで見てんのよ!?この馬鹿シンジ!!」
 アスカが理不尽な怒りに駆られて叫んだ。『どうして私を見ないのよ!?』そんなニュアンスを含むイントネーションだなと、すぐ横にいるマナは思ったが黙っていた。言ったらまたやっかいなことになるだろうし、そんなことより彼女はシンジの注意を引くことの方が大事だったからだ。
 「や〜だ、シンジったらそんなに見たいんだったら、今度一緒にプールにでも行きましょうよ。今度の日曜日なら私いつでもOKよ♪」
 「何で、あんたはいつもいつもそんなになれなれしくシンジに話かけるのよ!」
 「いつも言うけど、シンジはアスカさんの所有物じゃないでしょう!?」
 「あいつは、私の下僕なのよ!勝手に誘わないでよね!!」

 元々はシンジ達のいやらしい視線に対する抗議のはずが、いつの間にかシンジをめぐった口喧嘩になっていた。

 (あの二人を見ていると、悩んでるのが馬鹿らしくなるよ・・・)

 シンジは、ついにはレイコも巻き込んだ変則プロレスになったアスカ達の口喧嘩を、あきれた目で見ていた。彼の横ではいつの間にかトウジとケンスケがスタンバってその光景を眺めていた。ついでに、サッカーをしていたはずのその他の男子も。もちろんビデオは忘れていない。だって、スクール水着を着た美少女3人のキャットファイトなんだ!黙って見ているわけないじゃないか!

 そうこうするうちに暗黙の了解でタッグを組んだマナとレイコが、アスカに襲いかかった。
 レイコがアスカの注意を引いている間に、マナがアスカの後ろを取り、彼女のお株を奪うジャーマンスープレックス。男子生徒達が注意する体育教師に怒鳴り返して、金網にがぶりより。
 アスカは体が持ち上がる一瞬前に自分から跳び上がり、マナの上でくるりと回転して華麗に足から着地した。男子生徒から歓声が上がる。
 そこをレイコは見逃さなかった。横から飛びかかると、敏感なアスカの脇に手を差し込んでくすぐる。
 「きゃっ!?ちょっとあんたそれ汚いわよ!反則・・・んんっ!!」
 アスカの聞いたこともない艶っぽい声に、男子生徒のほとんど全てが前屈みになった。
 「あ、ああ、い・・・あっ!や、止めなさいよ!」
 「へっへっへ〜、アスカがここ弱いの知ってるもんね〜♪ほぉらどうだ?」
 「あははははは・・・・いい加減にしろ!」
 「へぐぅっ!!!」
 真っ赤な顔をしていたアスカが、そのまま鬼のような顔をして脳天にエルボー一閃。彼女の背後から抱きつくようにくすぐっていたレイコは無言でプールに没していった。
 「あ、アスカさん信じられないコトするわね・・・。綾波さん耳から血を出してるわよ?」
 マナが死体のように浮いているレイコの姿に、脂混じりの汗をタラリと流した。
 「かまやしないわよ!あいつのしたことの方が信じられないわ!
 ・・・それより、マナ!決着をつけようじゃ・・・何してるのよ、あんた達?」
 アスカの冷ややかな視線の先には男子生徒が鈴なりになっていた。
 要するに男子がほとんど全員で女子プロレスを眺めていたわけだが、さすがにその異様な光景に気づいた女子から悲鳴が上がる。

 「不潔よーーーーーーー!!碇君も鈴原も不潔だわーーーーーー!!!そんな目をして何を見てるのぉ〜〜〜〜!?
 ま、まさか私!?す、鈴原が望むんなら、私・・・」

 そう言っていやんいやんする女の子。いつもお下げの髪を今は下ろしているため、なんだかとっても新鮮な光景だったりする。
 「きゃーーーーー! なんで相田くん、ビデオを撮ってるんですか!?軽蔑します!!」
 そう言って、相田君に嫌悪の視線を向けながら恥ずかしそうにする黒髪が美しい少女。いつもはつけてる眼鏡を外しているため、これまた滅多に見られない光景だ。
 「ムサシにケイタ!何こそこそ隠れようとしてんのよ!!今更遅いわよ!!
 見たいなら見たいって、もっと堂々としなさいよ!このむっつりスケベ!」

 茶色の髪の女の子がそう言って、隠れようとしていた男子生徒2名を白日の下にさらす。
 「や〜〜〜〜ん♪シンちゃんのH〜〜〜〜〜♪」
 そう言ってわざとらしくうずくまる少女。も、もう復活したのか・・・。そのうずくまり方はいわゆる、胸を強調するうずくまり方だったりする。彼女のふわふわマシュマロのような胸がむにっとなり、男子生徒の股間と脳にクリティカルヒット!
 狙ってやっている分、彼女の攻撃は強烈だ。2−Aの男子生徒の大半はこの日の夜、なぜか彼女の夢を見たらしい。
 「こ、こ、こここここおぉのすけべぇーーーーー!!!!!なにじろじろと見てんのよーーーーーーー!!!!」
 この赤毛の少女は、どこからか取り出したデッキブラシを投げつけた。某同居人の前で、隣人にみっともない姿をさせられたことが、よっぽど恥ずかしかったのか、顔は真っ赤だった。
 もちろんそれは内罰的で内気な少年の頭に激突。

 「はうっ!」
 激突した少年、碇シンジは血しぶきをあげて気絶。
 ど、どこまで要領の悪い・・・。




 だが、そんなほほえましい光景の中にレイの姿はなかった。



<数日後、ネルフ本部>
 
 霧島マナは目の前の巨大な物体を眺めていた。
 遂先ほど起動実験に成功し、正式に彼女の専属機となった新たなるゾイドを。
 茶色と白のカラーリングを施された巨竜。その体に比べて、大きな頭には鋸のような歯が並び、猛禽のようなカギ爪をはやした大きな腕を持っている。喉の奥には、蛇の下のような火炎放射器が見え、背中のビーム砲と共にその姿の凶悪さを際だたせていた。
 一言で言うなら、二回り小さいゴジュラスとでも言えばよいだろう。
 その名をアロザウラーという。彼女の、霧島マナの新たなる剣だった。

 「アロザウラー、・・・よく覚えてなかったけどとても怖かった」

 マナの目は起動実験中のほんの僅かな時間の間見た、奇妙な夢を思い出して不安げに揺れた。どんな夢だったか問われても答えられない、漠然とした悪夢。覚えているのは何か激烈な戦いをしたらしいこと、そしてかろうじて彼女が勝っただろうと言うこと。

 (ジュリオーネ・・・確かにそう名乗ったような気がする・・・)

 恐怖を交えたマナの視線の先で、アロザウラーは沈黙を守っていた。





 マナがアロザウラーを見上げているのとほぼ同じ時、アスカもまた一体の小山のようなゾイドを眺めていた。
 全身を漆黒の装甲で包み、地面につくほど長い腕を持っている。その姿は恐ろしさとともに滑稽さを持っていた。アスカ達から見れば100年近く昔の映画のキャラクターにそっくりだったのだ。
 かつてアメリカで一世風靡したワイルドシング。ここ日本では怪獣王の名を持つ、ビッグネームと一騎打ちをしたこともあるスーパースター、マスター・オブ・モンスターズに。
 その正体は鋼鉄の魔猿、ドクター・フー操るメカニ・・・げふんげふん!!
 もとい、動く山『アイアンコング』
 その強さはシンジの乗るゴジュラスに匹敵すると言われている。いや、長距離兵器の充実さと段違いな機動力から、遠距離戦となればアイアンコングの方が圧倒的に有利だろう。
 シンジに負けた、使徒に負けたと思いこんでいる彼女にとって、より強力なゾイドに乗ることは願ってもないことだった。ゆえに大破したレッドホーンに代わり新しい専属機として用意されたアイアンコングは、彼女の希望を現時点で最も叶える物のはずだったが、彼女の表情はあまり優れてはいなかった。

 「何でゴリラなのよ・・・。またレイコあたりにからかわれるわね。
 せめてカラーリングだけでも、後で何とかしないといけないわ。私にふさわしい色はやっぱり情熱の赤よ!
 黒だなんて、ジャージ男と一緒じゃないの。そんなの冗談じゃないわ!」

 だめだこりゃ。



<それから1時間後>

「これより、サラマンダー01の再起動実験を行います」
 マヤの声が第2実験場管制室に響きわたる。なぜか当事者でもないのに、シンジは緊張した。
 「・・・レイ、準備はいい?」
 「はい」
 ユイの言葉に淡々と応えるレイ。シンジとは対照的に、ことの当事者にもかかわらずまるで変化の見られない落ち着いた顔だった。
 いつもと変わらない、あまりにも変わりなさすぎるレイの返事をユイは少し困った顔をして聞いていたが、気を取り直して実験を進めさせる。
 「しょうがないわね、あの子ったら。・・・第一次接続開始」
 それを受けて、リツコが命令を出す。
 「ゾイド生命体活動開始!」
 「稼働電圧臨界点を突破」
 その言葉とともに、サラマンダーの胸の紅球に淡い光がともる。ゾイドの本体、コアともゾイド生命体とも呼ばれる物体が活動を始めたのだ。実験室内に不気味な振動音が響きわたり、緊張した誰かが飲み込むつばの音が、聞こえた。
 「了解!」
 「フォーマットをフェイズ2に移行」
 「パイロット、サラマンダーとの接続開始。
 パルス及びハーモニクス正常。
 シンクロ問題なし」
 レイの乗ったエントリープラグ内のLCLが電化し、それに併せてプラグ内壁が虹色の光に包まれる。やはりレイの表情には見守っているシンジ達の百分の一も変化がなかった。改めてユイの目に心配そうな光が浮かぶ。
 「オールナーブリンク終了」
 「中枢神経素子に異常なし」
 「1から2590までのリストクリア」
 「絶対境界線まで後2.5!」
 シンジはレイのことを考えていた。シンジの周りにはアスカやトウジといったこの後に起動試験等を控えたチルドレン達がいる。アスカに至ってはさっきからシンジにちょっかいをかけていたが、それさえもシンジは無視してレイのことを考えていた。苛立ちを交えながら睨み付けるアスカのことを無視して、じっとレイの顔を見つめながら。
 「1.7」
 (信じているのは母さんのことだけ・・・か)
 「1.2」
 (どうして・・・)
 「1.0」
 (へんだな・・・)
 「0.8」
 (こんなに他人のことが気にかかるなんて・・・。僕は変わったな・・・)
 「一気にとばして0.1!」
 (じゃあ・・・アスカやマナに感じてるのはなんなんだろう・・・)
 「ボーダーラインクリア!
 サラマンダー01起動しました!」
 マヤの言葉とともに、サラマンダーの目に光がともる。眼光を受けて三日月状のアイガードが輝き、まるで一つ目の様になった。目が輝くと共に胸部装甲が閉じていき、紅球を体内深くへと収納していく。

ガチャン!

 重い扉を閉めた時の様な音をたてて、完全に装甲が閉じた。同時に血管に血が流れるように、各所のランプに光が宿った。サラマンダーは無事起動した。

 「引き続き、連動実験に入ります」

 そのとき、管制室の緊急回線がつながった。ユイの無言の視線を受けて冬月がめんどくさそうに電話を手に取った。数瞬後、応対をしていた冬月の顔色が変わる。
 「ユイ君!未確認飛行物体がここに接近中だ。
 おそらく、第5の使徒だよ」
 管制室が静まりかえった。
 再び使徒が現れたのだ。しかし、まだネルフのゾイド達は前回の戦いの傷が完全に癒えてはいない。
 実戦に使えるゾイドはほとんどないのである。苦戦はさけられないだろう。複雑に交錯する視線は不安という矢になってネルフ中を飛び回った。
 管制室が重苦しい雰囲気に包まれていく。理不尽な話だが、この不吉な報告をした冬月が全て悪いとでも言うように、ユイ達は彼を睨み付けた。ユイは月のように冷たい目で、キョウコは猛禽のような鋭い目で、ナオコは豹のような猛々しい目で。ついでにミサトとリツコは、はなはだ年長者に対する敬意を感じさせない憎しみのこもった目で。あまりの恐ろしさに、冬月はこの年になって、公衆の面前での失禁という不名誉を、もうちょっとでするところだった。
 ギスギスとした空気がシンジ達にも伝染し、今にも冬月のつるし上げが始まろうとした。
 冬月大ピーンチ!
 『使徒の前に血祭りにして、景気をつけるのも良いわね♪』と思いながらも、本当にするわけにもいかないので、険悪な空気を振り払うかのように、ネルフ総司令碇ユイが顔を上げた。
 全員の視線がユイに集まった。

 「テスト中断! 総員第一種警戒態勢!」

 ちょっぴりがっかりした顔でネルフ作戦部顧問、惣流キョウコツェッペリンが確認するようにたずねる。
 「ユイ、サラマンダー01は戦闘には使わないの?」
 「アレは実験中に暴れたときのことを考えて、翼も武器も取り付けていないわ。まだ、戦闘は無理よ。
 それより、昨日起動させたばかりだけど、アロザウラーを使うわ。すぐ準備させて。
 リツコさん、ゴジュラス及び、その他のゾイドは?」
 「380秒で準備できます」
 「すぐ出撃準備をさせて。・・・・・みんな頑張ってね」





 第三新東京市外縁付近、通称強羅絶対防衛線上空に巨大な正八面体が浮かんでいた。青いクリスタルのような外見の飛行物体、第五使徒ラミエルは不気味なうなるような音をたてて街の一角を目指している。すでにUN軍が何度か攻撃を加えたようだが、その体には傷一つついていない。ミサト達はそのあまりに無機的な姿から、どのような能力を持っているのか予想することもできないでいた。

 「目標は芦ノ湖上空に進入」
 「ゾイド各機は発進準備完了」
 各ゾイドの発進準備が整った。日向がいつでも行けますと言う目をして背後のミサトを伺うが、ミサトはすぐには発進させず、使徒の映像を睨み続けていた。不確定要素が多すぎるし、情報が少ない。しかもすでに抗戦した戦自が情報を伝えようとしない。それらの要因が重なって、ミサトは発進をためらっていたのだ。
 だが、戦場において慎重は躊躇と見られることが多々ある。
 「葛城さん、何ですぐに発進させないんですか?もうすぐ、市街地上空に進入しますよ」
 現にミサトの直属の部下たる、日向が不思議そうに質問をする。
 ミサトは渋々とだが、組んでいた手を解き、出撃命令を出す。何にしろ戦ってみないことには、何の情報も得られないのだから。
 「わかってるわ。ただとにかく嫌な予感がするのよ。
 ・・・・しかたないわね。アロザウラー、ゴジュラスをそれぞれ30番ゲート、35番ゲートから発進させて。
 シンジ君、霧島さん、注意してね」

 「発進!!」
 ミサトの号令と共に2体の鋼の巨竜が地上に向け射出される。
 それと同時に第伍使徒ラミエルの中央にあるスリットが輝き始めた。まるで、ミサトの声が聞こえたかのように。
 モニターを見ていた青葉がそれに気づくが、はじめは何が起こっているか分からなかった。それ故に彼は報告することを一瞬忘れた。
 だが、それがすさまじいエネルギーの奔流だと気づくと叫び声をあげる。そして、使徒にとってはそのほんの一瞬の遅れで十分だった。
 「目標内部に高エネルギー反応!!」
 「なんですって!?」
 「周円部を加速!!収束してゆきます!!!」
 「・・・まさかっ!!」
 リツコ達理系の人間は使徒の正体とその恐ろしい武器に気づく。すぐさま対策を講じようとするが、あまりにも時間が少なすぎた。
 リツコの焦った声と顔から素早く危機を察知したミサトが、強制的に退避命令を出そうとするが、その時には2体の巨竜は地上射出口のシャッターから姿を現していた。獲物を確認した使徒の一点が光を放ち始める。
 「だめっ!!よけてっ!!!」

 「「えっ?」」

 ミサトは警告の叫びをあげるが、いまだ安全装置で固定されたシンジ達は動くことができなかった。
 そこに出てくるのを知っていたかの様に使徒から超高出力の加粒子が発射された。シンジの目の前で火線が走り、瞬時にアロザウラー前方のビルを蒸発させて、その胸部へ命中する。瞬間的な膨張による炸裂音と、物が瞬時に溶けていく不快な音がシンジ達の耳を聾した。
 胸部装甲どころか、その下の生体組織、更にその下のコアとエントリープラグまでが高温にさらされ崩壊の悲鳴をあげる。
 ミサト達が苦いものを感じながら見つめる中、プラグ内のLCLが沸騰してゆき、マナの瞳孔が開き、彼女の顔が苦痛にゆがむ。

 「きゃあああああああああああああああ!!!!!!!」

 発令所にマナの絶叫がひびいた。



第四話完



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