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第十話 「夢から覚めて」




 一陣の風が、桜の花びらをこの部屋に招きいれた。

 灰色のリノリウムの床に散らばるそれは、アスカと僕の、心模様。

 なぜ、人はみんな、離れてしまうのか。

 離れてしまわなければならないのか。

 悲しまなければ、ならないのだろうか。



 ある詩人は言ってたっけ。

 「人生は、追憶を創る為のもの」って。

 だから、こんなにも人は、無くしてからどれほど大切だったのか、気づくのだろう。

 別れを気づかせる、こんな朝の日差しは、あまりにも寂しい・・・。

 僕は、これでいいと思っていたのに、僕が想うアスカにとってはそうでない。

 悲しいのは、この春があまりにも秋に似ているから・・・。

 命の誕生を思わせながらも、その背後に死の気配を感じてしまうのは、何故だろう。



 父さんと母さんは、何を見せたくて僕を生んだんだろう。

 何を願って、僕を育てたの。

 綾波は、父さんに作られて、幸せだった?

 誇れるような人生を送ることが出来た?

 ―――僕はこれで、満足なのだろうか・・・。



 砕け散りつつある心・・・。

 3年前、僕が目覚めたのは、罪の悔恨よりも、一人でいることの寂しさだった。

 それでも、僕がアスカに抱く心は、純粋でありたいから。

 今、僕はアスカの元を離れたい・・・。



 「アスカ、これが本当のお別れだから」



 病室の外では、桜が舞っていた。

 「最後だけど、僕の心を言わせて・・・」



 花瓶に生けた、あの桜も。

 「出会ったときから、僕はずっと惹かれていた」



 時が来れば、いつか枯れ落ちてしまうのか。

 「いつもアスカは、僕の事をバカ呼ばわりしてたけど」



 すべてが終わった後に気づくのは。

 「あの日、アスカと出会えて、僕は幸せだった」



 枯れ落ちた花びらが、鮮やかに舞い落ちるのは。

 「アスカの事がずっと好きだった」



 美しく、儚いと思える心をもった、幸せと苦しみ。

 「何よりも、大切だった・・・」




































 「・・・あ・り・が・と・う・・・」













 「・・・ちゃんと・・・せきにん・・・とりなさいよ・・・」



 鮮烈に、あの頃の記憶が、蘇る・・・。



 「・・・バカシンジ・・・聞いてるの・・・」



 あれほど願った、美しい声色がくぐもって聞こえる。



 振り替えるのが、恐い。



 また、いつのも夢のような気がして。



 どのくらい待ち望んだのだろうか、この瞬間を・・・。



 何気なく振り替えると、あのアスカの笑顔が、あの青い瞳が僕を捕らえた・・・。



 アスカ!



 アスカが、目覚めた!



 「・・・アスカ!・・・・。僕を許してくれるの・・・?」



 「・・・バカ・・・わたしは、一人は・・・もう嫌。シンジしかいないの・・・」



 「・・・でも・・・本当は・・・それだけじゃない・・・」



 「・・・もう、言わなくてもいいよ」



 抱きしめて・・・なお強く。



 僕は涙が流れるに任せて、声の限りむせび泣いた。



 「・・・シンジ・・・もう、離さないで・・・」



 「・・・わたしだけを・・・見てくれるのなら・・・」



 「・・・わたしも・・・あなたに、すべてをあげるわ・・・」



 アスカも、流す涙を拭おうとはしなかった。



 あたたかい涙だった。



 ―――あたたかい、アスカの心だった。





第一部 完


Written by INDOX.
Special Thanks to ape.

第一部の後書き