「ドドドドドドド!!」
ついに静寂をうち破り、水平線に巨大な水柱を吹き上げ姿を現す物体。
「撃ち方はじめ!!」
それに呼応して待ち受けていた戦車大隊からの砲撃が始まる。
その攻撃をものともせず、UN軍を蹴散らす。
大人と赤子。その力の差はそんな言葉で済むようなレベルではなかった。
「なんなんだよこいつらはぁ!!」
踏みつぶされる直前、一人の砲手が叫んだその質問に誰も答えられなかった・・・。
『本日12時30分、東海地方を中心とした、関東地方全域に特別非常事態宣言が発令されました。住民の方々は速やかに指定のシェルターに避難して下さい』
「こんな時に待ち合わせか・・・。ついてないな、まったく。だいたいシェルターってどこだよ?」
顔に似合わず、結構乱暴な口調で少年が呟いた。男にしては整った顔をゆがめアナウンスを聞いている。どうやらそのアナウンスを聞くものは少年以外いないようだ。
周囲には彼以外には、文字どおり人っ子一人いなかった。
彼の居るところから少し離れた場所で、1台の車が猛スピードでビルの谷間を走り抜けている。
「よりによってこんな時に見失うなんてまいったわねぇ〜」
真剣みがまるで感じられない声でつぶやく運転者。
彼女の隣、助手席には中性的な容貌の少年、すなわちあの少年の写真がファイルに挟まっていた。
アナウンスからしばらくしていい加減しびれが切れた少年がどこかに電話をかけていたが、無機的な返答があるのみ。
『特別非常事態宣言発令のため、現在通常回線は全て不通となっております』
「やっぱりだめか・・・
こんな手紙につられてこなきゃ良かったかな・・・。でもどっちにしろ爺ちゃんに追い出されただろうし・・・」
それだけ言うと受話器を戻し、少年は年齢不相とほうにくれる。
その手には一枚の写真が握られていた。
写真には、実にグラマーな女性が胸を強調させる格好で写っていた。
胸元には、『ここに注目!』と矢印と一緒に書いてある。
男としてはうれしいが、人物確認のためにはあまりにも無意味な写真であった。
「なんなんだろこの人。部下かなんかかな・・・」
何ともさめた発言をする少年だった。リピドーとパトスが溢れんばかりにある中学生とは思えない冷めた科白だった。
ドカーーーーンッ!!!
少年が写真をカバンに戻し、何度目になるか分からないため息をついたとき、あたりに空気を切り裂く轟音が響いた。
彼が驚きと共に目を向けた先にUN軍のVTOLを蠅のようにまとわりつかせ、超巨大物体がその異形をあらわした。
「な、なんだよ、あれ・・・」
あまりの現実感のなさに少年は呆然とつぶやく事しかできなかった。
新世紀エヴァンゾイド
第壱話Aパート 「 使徒襲来 」
作者.アラン・スミシー
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「ごめんね、遅れちゃって」
「いいえ、僕の方こそ言い過ぎて済みません。
・・・あ、あの助けてくれてありがとうございます。・・・葛城さん」
「ミサトでいいわよん。碇シンジ君♪」
再び場所を移す。
先ほどの某所・・・もうはっきり言おう、ネルフ本部発令所は喧噪に包まれていた。
『サラマンダー01大破。完全に沈黙しました!』
『使徒、そのままこちらに向かって進行中!』
『サラマンダー01を第36番ゲートから緊急回収します!』
『ファーストチルドレンの生命維持に支障発生!』
焦った感じのオペレーター達の声が響きわたる。
それを聞いているのかいないのか机に座った人物は淡々とつぶやいた。まるで気にもとめていないように。
「ゼロチルドレンはサラマンダー02で出撃できそう?」
その人物の質問に、童顔が可愛いオペレーターの女性が返答をする。
「いいえ、起動はしましたがシンクロ率が実戦可能レベル以下です」
「なら、ゼロチルドレンはレイノスに搭乗、そのまま待機。
それからフォースとエイトゥスをブラックライモスとコマンドウルフに搭乗。即出撃させて」
その有無を言わせぬ口調にも怯まず、すぐ横に立っていた赤毛の女性が返答をする。
「しかし司令、彼らの装備では使徒に有効な打撃を与えることができません」
「かまわないわ。あの子が届くまでの時間を稼いでくれれば・・・」
司令と呼ばれた人物の背後から、厚化粧の女性が歩み寄って口を開いた。
「司令。さきほど葛城一尉から報告がありました。サードの保護完了とのことです。後10分でジオフロントに到着します」
「わかったわ。ついたらすぐGのケージへつれていって。私もすぐ行くから。
・・・ところで、レイは?」
「赤木博士の報告では重傷ですが、命に別状はないとのことです」
「そう・・・良かった」
彼女たちが話をしている横では、鶴のようにやせた白髪の老人がUN軍に対しN2兵器を使わないでくれと必死に要請していた。
(N2兵器で彼がケガでもしたら、私の責任となる。
何しろ10年ぶりの親子の再会なんだ!!
それを邪魔させるわけにはいかん!いかんぞ!
もしそんなことになったら私は彼女に確実に殺されてしまう!!そんなこと俺のシナリオにはないぞ!
なんとしてもN2作戦を中止させなければ!!)
焦っているのか勢い乱暴な口調になる老人。
隣で聞いてると喧嘩を売っているようにしか聞こえない。
オペレーター達は、この後起こることを想像して青くなった。
再び場所を少年の元へ移す。
運転席の女性が電話で話をしていた。
どうでも良い(良くない!)が100km以上の高速でとばしながらの電話は危険である。
少年、碇シンジは生きた心地がしなかった。
「ええ。心配ご無用。彼は最優先で保護してるわよ。だから、カートレインを用意しといて。直通のやつ。そっ、迎えに行くのはわたしが言い出したことですもの。ちゃんと責任持つわよ。
じゃ!!」
彼女、葛城ミサト一尉は電話を切った。そしてようやく肩の荷が下りたのか、ほっと小さなため息をついた。
そのまましばらく無言で車を走らせる。一見、彼女の見た目は平然としていたが、心の内は溶岩のようにどろどろしていた。
外面如菩薩内心如夜叉とはこのことだろうか?
(しっかしもう最低ぇ〜。せっかくレストアしたばっかだったのに早くもベッコベコ。
ローンがあと33回プラス修理費か・・・おまけにいっちょうらの服も台無し・・・
せっかく可愛い男の子だと思って気合い入れてきたのに・・・。
それにしても平然としてるわね〜この子。ちょっとは驚きなさいよ、もう。
・・・しっかし、きれいな顔をしているわね〜。
母親似ってとこがちょっち気になるけど。
とにかく、お姉さんがいろいろ教えてあげるわよん)
にんまりと笑ってシンジに流し目を送る。とんでもないことを考えている葛城ミサト、独身29歳彼氏大募集中。
何故かシンジのうなじの毛が逆立った。敏感に身の危険を感じたのか少しひきながらシンジが口を開く。
「あの、ミサトさん。・・・いいんですか?こんな事して・・・」
「うえっ、ああぁ〜、良いの良いの。
今は非常時だし。車動かないとしょうがないっしょ?
それにあたし、こう見えても国際公務員だしね。
万事おっけぇ〜よ!」
考えが顔にでたと思ったのか、びっくりした顔で彼女が言い訳した。
ちなみに老人のお願いは結局聞き届けられなかったようだ。数分前に炸裂したN2地雷の爆風によって車はベコベコである。ボロボロである。ミサトはトホホである。
そしてその後部座席にはシンジのジト目の原因、ふっとんだ車から盗ったバッテリー、それにコンビニからがめたビールと酒の肴が積み込まれていた。
「おもいっきり、説得力に欠ける言い訳ですね」
「つまんないの・・・可愛い顔して、意外とまじめ・・・ってなに!?」
真面目云々でなく、人としてのモラルが欠けたことを彼女が言いかけた時だった。
突然の衝撃とともに車が空中に浮かびあがった。
突然の浮遊感に不快な顔をしながらも使徒の攻撃かと緊張する二人に聞こえたのは、場違いなほど脳天気な声だった。
「ミサトさん。おっそーい。もうみんな待ちくたびれちゃって、私が迎えにいかされたのよ〜♪」
車をつかみあげたのは先ほどの飛竜よりふた周りほど小さい、別の飛竜だった。その姿は太古の昔、天空を支配していた翼手竜に酷似していた。異なっているのは全身を覆う青色の装甲と、胸や翼の先端から突き出す、剣呑な銃口だった。
(ま、また出た・・・。何がどうなってるんだか)
シンジが驚きで硬直する横では、ミサトが大して驚きもせずに、脳天気な声の主に向かってこちらもお気楽に話しかけていた。
「ごめん、ごめん。N2地雷の爆風に巻き込まれちゃってさあ。とにかく早いとこ本部につれていってレイコちゃん」
「わっかりました〜♪
レイコいっきまーす!!」
再びネルフ本部。
N2地雷の爆心地がモニターに映し出されていた。モニターの中央には荒涼とした大地に立つ例の巨人が映っていた。
人類最強の兵器の直撃を食らったにもかかわらず、使徒は少し傷ついているだけで元気そうだった。鰓上のものをぱくぱく動かしており、重傷と呼べるような物は見あたらない。よく見ると新しい顔らしきものまでできている。
それを見ていた赤毛の女性が忌々しげにつぶやいた。
「ほ〜ら見なさい。やっぱり生きてるじゃないの。・・・予想どうり自己修復中」
彼女の言葉の直後、ぼんやりと上を見上げた使徒の目が光るとともに、モニターの映像が突然とぎれた。
偵察をしていたVTOLが撃墜されたのだ。素早く別カメラからの映像にかわり別アングルからの眺めに変化した。
何か決まりでもあるのか、針金のようにぴんと背を伸ばした白髪の老人が、感心したようにつぶやいた。
「ほう。たいしたものだ。機能増幅まで可能なのか。・・・おまけに知恵も身につけたようだな」
それに答える厚化粧の女。
「UN軍がよけいなことをするからまったく・・・。そういえば彼、無事なんでしょうね?」
彼女の氷のような言葉に、老人は真っ青になった。汗が滝のように流れ、心臓がばっくんばっくん音をたて、膝ががくがく揺れ、生きているのが不思議な顔色になった。
さっきから背中に突き刺さる怒りの視線に加え、今の科白はきつかったようだ。
「あれだけ、N2作戦を取りやめさせるように頼んだのに・・・。副司令の頼みかたが悪かったんじゃありませんか?まったくシンジに何かあったそのときは、・・・覚悟してくださいね。冬月先生」
このとき白髪の男こと冬月コウゾウは、冷や汗を脂汗にかえ、少しばかり失禁した。
(シンジ君。た、頼む無事でいてくれ!!)
彼はこの直後に聞こえてきたレイコの通信が神の声に聞こえたという。
ミサト達をネルフ本部前まで運ぶと、再び飛竜は飛び立っていった。
「じゃ〜ね〜。ほんとは自己紹介ぐらいしたいんだけど、すぐ使徒の迎撃しに行かなきゃならないの〜。
また後でね、碇シンジく〜〜〜〜〜ん♪」
何とも脳天気で明るい声をさせつつクローバーリーフしながら小さくなっていく飛竜レイノス。
それに向かって乾いた笑いを浮かべながら手を振るシンジ。光のこもらない瞳で見送りながら、右手をにぎにぎしていた。なんか何もかもがどうでも良くなったらしい。
ミサトはその間に、車ごとカートレインに乗り込んだ。
『ゲートが閉まりますご注意下さい。発車します』
車をのせたカートレインがネルフ本部、ジオフロントへ向け出発する。
「ちょっと、ちょっと〜?どうしたのよいったい?」
「いえ、なんか真面目に平凡な中学生をやってるのが馬鹿らしくなってきて・・・」
「そ、そう。まあその方がかえって好都合なんだけど(大丈夫かしら、この子?)」
一息ついた2人はあらためて会話を再開した。
「特務機関ネルフ?」
「そ、国連直属の非公開組織」
「・・・あの人のいるところですね」
シンジの投げやりな言い方にミサトは眉をひそめるが、無視することにした。そんなことより、彼女にはしなければならないことがたくさんあるからだ。
「あの人って・・・。自分の親をつかまえてすごいこと言うわね。それよりなにをしているか知ってるの?」
「人類を守る、大事な仕事だと祖父から聞いてます」
ネルフ本部発令所では、N2兵器の使用を決定した将校の更迭を強行に主張し終えた冬月と、オペレーターだけが残っていた。
うっぷんを晴らして満足そうな冬月。その顔はこの7年間一度として浮かばなかった満足が浮かび上がっていた。
「10年ぶりの、親子の再会か・・・。これで彼女のヒステリーが少しは収まってくれればいいが・・・」
冬月の声を聞き、ぶんぶんうなずき心の底から同意するオペレーター達。
カートレインはいまだ暗いトンネル内を通過しているところだった。二人とも沈黙していたが、やがてシンジの方から口を開いた。これから待ち受ける試練に対する準備行動とでも言うかのように。
「これからあの人の所へいくんですか・・・?」
「そうね、そうなるわね」
これから起こることを想像したシンジの顔が一気に暗くなった。心なしか彼の周囲の空間にまで影がかかったように見えた。精神汚染寸前の暗さにミサトの顔もひきっつっている。
「そ、そうだ。おかあさんからIDもらってない?」
顔をひきつらせながらもシンジにたずねるミサト。その場の雰囲気に耐えられなかったらしい。何とか少しでも空気を、雰囲気を良い方向にしようと必死になっていた。
「・・・はい。どうぞ」
暗〜いというよりどんよりとした声をひびかせ、シンジは鞄のなかからIDカードとそれを挟んだ手紙の束を差し出した。ミサトの努力は報われなかったようだ。
「あ、ありがとう」
手紙のあまりの多さにますます引きつりながらも返事を返すミサト。あまりの重さに取りこぼしそうになりながらも、上から丁寧にめくっていってIDカードを探した。
(いったいこんなに、なにを書いたって言うのよ?)
「じゃ、これ、読んどいてね」
そう言ってミサトは、『ようこそ、NERV江』と書かれ、裏には『極秘』と書かれている矛盾したファイルを手渡した。そこまでやってようやく一仕事がすんだ彼女は、にんまり笑いながら手紙の一枚を無造作に選び取った。
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・よ、読まなきゃ良かった・・・・・・。そういえば、彼これを全部読んだの?さすがね・・・)
手紙をちらっと見たミサトはそのあまりに恥ずかしい内容と、陰々滅々とした謝罪の文章に、読まなきゃ良かったと心の底から後悔していた。たぶん一週間はうなされる、そう思った彼女はげんなりしながら、俯くシンジの横顔を見つめた。
(自分の親をつかまえてあの人というのも、これじゃ無理ないわ)
そのとき、トンネルを抜けたシンジ達の目の前にジオフロントが広がった。それは、地下の巨大な空洞内部に作られた一つの都市だった。
どこから取り入れているのか天蓋部分は太陽のように光り輝き、その周囲を走る様々なリニア鉄道が彼方に見える。
そして天蓋中央からは逆向きに、無数のビルがはえていた。
また、眼下の大地には広大な森が広がっており、その中央付近には巨大な湖、そしてピラミッド型の建物があった。
さすがと言うべきか、十人中十人が驚きと感嘆の声をあげずに入られない光景を見て、シンジは一瞬だけ目を丸くした。
(なんだろう、昔見たことあるような・・・。これがデジャビュってやつかな?)
彼は横でぎゃあぎゃあじまんしているミサトを完全に無視して、驚きよりも何故か感じた懐かしさの理由を一人考えていた。
「・・・世界再建の要、人類の砦となるところよって、あたしの話きいてる?」
チーーーン!
軽快なベルの音と共にエレベーターが到着した。ゆっくりと開くエレベーターにほっとした顔で乗り込もうとしたミサトの動きが止まる。
エレベーター内には1人の女性が立っていたのだ。
きつぅーーい目をした泣きぼくろの女性、先ほどケージでミサトへの愚痴を言っていた赤木リツコ博士である。
睨み付けられてバツの悪そうな顔をする三十路目前の葛城ミサト一尉。天上天下な感じの彼女にも苦手な存在はあるようだ。彼女の前で小さくなるミサトを見てシンジはそう思った。
「あ、あら、リツコ・・・」
リツコに押されるようにミサトは一歩下がって場所を譲る。
「何やってたの葛城一尉。人手も無ければ時間も無いのよ」
「ごめ〜ん 迷っちゃったのよ。ここまだ不慣れでさ」
本当に悪いと思っているのかいい加減に謝るミサト。
リツコはやれやれといった感じで溜息をつき、鋭く傍らにいるシンジを見る。その目が値踏みするように揺れ動いた。
「その子ね、噂のサードチルドレンって」
「あ、初めまして、碇シンジです」
(僕がサードならファーストやセカンドもいるのかな。それにチルドレンっていったいなんのことだ?)
シンジはリツコの視線に危険なモノを感じながら、結構いろいろと考えていた。とりあえず、ミサトより偉いらしいと勝手に判断してミサトにはしなかった丁寧なお辞儀をする。それを見ながらミサトは、結構いい性格をしているわねこいつは、と彼の認識を改めることにした。
「あたしは技術一課Z計画担当博士、赤木リツコ。よろしく」
素っ気なくそれだけ言うと、リツコは二人を顎で促した。
「いらっしゃい、シンジ君。お母さんに会う前に見せたいものがあるの」
ミサトがリツコを呼びだしてからさらに、10分。
いい加減に皆が待ちくたびれたとき、ようやく3人が姿を現した。
「「「遅い(わ、よ、ね)、葛城一尉!」」」
赤毛の女性、厚化粧の女性、シンジに似た雰囲気を持つ女性が一斉に言った。どうやら彼女の減棒は間違いない。
すでに、リツコからも説教を食らっていた彼女にこれはきつかったようだ。
るるる〜と涙を流していた。
そんなミサトを無視してスッと前にでるシンジ。それまでの不安と暗さで一杯だったときとは違い真剣な眼差しをしていた。
(こ、この子・・・なんて素敵な目をしてるの・・・ああん、そんな目をしないでぇ・・・)
それを横目で見て少し赤くなるリツコ。
どうもこのリツコには少しショタの血が混ざっているらしい。いや、ショタじゃなくても彼のような目を持つ美少年なら無理ないかも知れないが。
ともあれ、真剣なシンジが知ったら激怒しそうな歓声を心の中で上げる3人の女性。
(シンジ・・・。立派になって。お母さんはうれしいわ!)
(美少年になるだろうとは思っていたけど、まさかここまで美少年になるとは・・・。シンジ君のお義母さん計画を変更しようかしら?)
(いいわね!少し背が低いけどあのひげの血を引いてるんだから、きっと大きくなるわ。美少年、美青年、美中年、長期にわたって楽しめるなんて・・・。こんな上物、他の奴らには渡さないわよ!!)
そんな思考を全く表に出さない3人。ある意味たいしたもんである。
「久しぶりね、シンジ」
成長した我が子の姿に感動したユイが微笑みながらシンジにそう言うが、対するシンジの返答は抜き身の刀のように冷たかった。ミサトは彼の言葉から下手なことを言ったら、遠慮なく切り捨てる覚悟を感じた。
「母さん、結局僕をここに呼んでなにをさせたいの?再会を喜ぶってワケじゃないんだろ?」
少し暗いが、はっきりした意志を感じさせる声。
その声で薔薇色の未来という幻想世界から現世に復帰するキョウコとナオコ。
「シンジくん、手紙に書いてなかったの?」
もっともなことをキョウコがおそるおそる訪ねた。彼から放たれるオーラがふざけることを禁止していた勢いその声は恐る恐るとなり、どっちが目上なのか分からない口調になった。
「ありませんでした」
「えっ、そうだった?ちゃんと書いたと思ったんだけど・・・」
キョウコ達に睨まれ少し赤面しながら答えるネルフ司令、碇ユイ。
年齢に比べてとても若く見えるため、結構可愛い。
彼女は手紙に、『今までかまってやれなくてごめんなさい』という謝罪と、『こっちにはかわいい女の子や友達がたくさん居て楽しいわよ、だからこっちに来てね』といったことしか書いてなかったのである。
しばらく顔を赤くし、もじもじしていた彼女だったが、睨み付けるシンジをほっとくわけにもいかないので急に真顔になると、はっきりとこう伝えた。
「ま、とにかく。シンジ出動よ」
「えっ?・・・なにそれ?」
いきなり意味不明なことを言われ、シンジは間抜けな返事をした。またたきを繰り返すシンジの質問に真面目な顔をしたミサトが答えた。少しでもいいところを見せようと滅多に見られない大マジモードである。
「シンジ君、手っ取り早く言うわ。私たちのために、いえ、全人類のためにアレに乗って使徒と戦ってほしいの」
そう言ってケージ奥の暗がりに目を向ける。
同時に照明がつき、ケージに固定された金属の巨竜の姿を一同の目前にさらした。実に準備がいいことである。
とにかく、その巨竜の容貌を説明しよう。
胴長の人間のような体型だが逆関節の足の巨大さに比べると胴体が細く、腕が短い。そして、藤色に塗装された胴体の上には、巨大な牙が無数に並んだトカゲと人を混ぜたような凶悪な頭がついている。また、胴体と同じくらいあるしっぽが生えており、首筋から、尻尾のさきまで紅葉のようにギザギザの背鰭が並んでいた。
鋼鉄の怪獣・・・。それがシンジの第一印象だった。
「なっ、なんですか!?あれは!!」
「アレこそ人類の至宝、メカゴジ・・・」
「アレこそが人類の切り札、金属生命体。
通称ゾイド。
その1タイプ、ゾイドゴジュラスよ」
ナオコのボケをきれいさっぱり無視して、リツコがシンジの質問に誇らしげに答えた。
「これが、ニュースでさんざん報道されていたゾイド・・・。でもさっき見たのとはまるで形が違う・・・。
て、それよりもこれに乗って僕が使徒と戦う!?どういうことなんだよ!
そ、そんなの冗談じゃないよ!!」
リツコの説明に未知の物に対する畏怖の心を示していた彼だったが、途中でハッと正気に戻りシンジは声を荒げた。いきなり理由も聞かされず呼び出され、非日常を体験したあげくにこんな事を言われたのだ。シンジでなくともキれるだろう。
いや、ふつうの神経ならとっくにどっかにトリップして、OKの三連呼で乗っていたかもしれない。となると、このシンジは神経がしっかりしているようだ。
「お願いよシンジ君。時間がないの」
真っ赤な顔をして拒絶の言葉を吐くシンジに必死に頼むリツコ。ここで帰られるわけには行かないから必死になっていた。
だがこんな言い方ではシンジでなくともOKするわけがない。
案の定、彼はリツコにお化けでも見るかのような視線を向ける。
他の連中はシンジに嫌われてでも説得を行う(会話する)か、それとも汚れ役をリツコに押しつけるかどうか迷いまくっていた。
人類の危機のはずなのに、たいした余裕だ。
そうこうするうちにシンジが再び叫んだ。
「無理だよこんなの見たことも聞いたこともないのに!だいたい何で僕なんだよ!?そんなことできるワケないじゃないか!!」
シンジのもっともな発言にユイが仕方ないとばかりに口を開いた。
「話を聞いて、説明するから」
静かだが力強い、秘めた意志を感じさせる声だった。
その声を聞いてシンジは急におとなしくなる。瞳から怒りが消え、代わりに子犬のような少しおどおどとした光を浮かぶ。
やはり六分儀の血を引く男は、碇の血を引く女性には逆らえないらしい。
「このゾイドにはね、意志が、心があるのよ。そしてゾイドを操縦することができるのは邪念を持たず、さらにゾイドに飲み込まれることのない強い意志をもち、ファーストインパクトの後に生まれた子供達だけなのよ」
「よくわからないよ・・・」
「そうね。・・・もっとかみ砕いて言うならばゾイドと心を重ね合わせられる者だけが、ゾイドを操縦することができるのよ。そして、その条件にもっとも適合するのが14歳前後の少年少女ということなのよ」
「だからって、何で僕が・・・」
「もちろん全ての条件を満たしたからといって全ての子供達がゾイドに乗れる訳じゃないわ。そして、その他の条件を私たちは知らない・・・。
ただ確実にいえることはあなたがゾイドを操縦できる可能性が、極めて高いという事よ。
そして、今のところゾイドを操縦することができる少年少女は、シンジを含めて、12人だけなの」
ユイはそこまで話すとじっとシンジの顔を見る。何故かその視線に耐えられなくなったシンジが誤魔化すように質問をした。
「じゃ、他の子供達は・・・」
「4人が今使徒と戦っているわ。そして、他の4人は戦闘に使えるゾイドがなくて、1人はここに居ないの。そして後の2名が重傷で戦えないわ」
「じゃ、ゾイドがない4人のうちの誰かがこれに乗ればいいんじゃ・・・」
もっともな疑問を口にするシンジ。もっとも彼にはこの発言が無駄な足掻きだという事も心のどこかで理解していた。それができれば彼が呼ばれるはず無いから。
「それはできないのよ、シンジ君」
彼の考えを肯定するかのようにリツコが口を挟む。
「ゾイドには相性というものがあるわ。そして、今までの所、全てのチルドレンがゴジュラスを起動することができなかった・・・。
あなたが最後の希望なのよ」
最後の希望・・・・・・リツコの言葉にシンジは深い嫌悪を抱いた。自分が道具か何かのように思われた気がしたからだ。
嫌々するように首を振った後、悲しみで濁った目をユイに向ける。
「そんなこと・・・そんなこと言われても嫌だよ。・・・母さん、こんなのに乗せるために僕を呼んだって言うの?今までほったらかしにしていたくせに。・・・虫が良すぎるよ!」
「お願いよ、シンジ。人類のために・・・戦って。この戦いには人類の命運がかかっているのよ」
「そんなこと知らない!
いやだ!!母さんがなんて言たって、絶対いやだよ!!!」
そこまで一息で言い終えると、彼は荒い呼吸のままうつむく。
(ちくしょう、ちくしょう、母さんはこんな事のために僕を・・・)
「わかったわ。なら帰りなさい。元の所へ・・・。戦わないのならここにいない方がいいわ。
さようなら、シンジ。もう会うこともないでしょう」
シンジを失望と安堵の入り混じる複雑な眼差しで一瞥した後、ユイはそれだけ言うと背後に立っていたキョウコに向かって指示を出す。
「レイを起こして。サラマンダー02に搭乗させるのよ」
「でも、レイは大けがをしたのよ。そんなことをしたら・・・。
シンジ君の説得を続けた方が良いわ」
「臆病者に用はないわ。
良いからレイを起こして。死んでるわけじゃないわ。第一ここを攻め落とされたら結局全滅よ」
「・・・わかったわ。ナオコさん、リツコさん、サラマンダー02のパーソナルパターンをレイコから、レイに書き換えて」
シンジがユイの最後の言葉を聞いて固まっていると、一人の少女が移動寝台に乗せられてつれてこられた。
真っ白な、体にぴったりとしたボディースーツを着ている。
それより特徴的なのは彼女の容貌である。
整った線の細い顔。青みがかった銀髪、そしてルビーのように赤い目。
妖精のようなその顔は苦痛にゆがみ、全身に包帯が巻かれていた。
それを見てあわててシンジがユイに聞く。ユイは振り返ろうともしなかったが彼の質問には律儀に答えてやった。
「母さん、まさかその子を戦わせるんじゃ・・・」
「そうよ。戦えるのはもう彼女しかいないから」
そこまで冷たい声でユイが話したとき、激しい振動がジオフロントを揺るがした。
地上では、使徒が暴れていたのである。
攻撃してくるゾイド達をものともせず、使徒が光線を大地にはなった。
ふきあがる十字の光。
その破壊の力はそのまま下まで伝わり、ジオフロント天井都市が崩壊した。
都市崩壊の衝撃でケージの照明がシンジ達の上に落下する。
悲鳴を上げる女性たち。
担架が倒れ、少女が床の上に転がる。
身動きできない彼女の真上に照明がせまる。
シンジは無意識のうちに飛び出し、ユイを突き飛ばして少女をかばった。自分がどうなるかと言うことも考えていない。何故彼女をかばうのかもわからない。ただ、彼にはその少女を放っておけなかった。
シンジは少女の上に覆い被さり、照明からかばおうとする。その上にギロチンの刃のように落下する照明。
「シンジ!レイ!!」
ユイがそれまでかぶっていた仮面をかけ忘れて、慌てて駆け寄ろうとしたが距離があったことと姿勢が崩れていたことでそれは不可能だった。
よけられない! 誰もがそう観念したとき、それは起こった。
「ギャオーーーン!!」
突然、ゴジュラスの腕が振り上げられたのだ。
その巨大さから考えられないほどの速さで動くゴジュラスの腕。
冷却液の飛沫を撒き散らしながら突き出された腕は、彼女たちを守るように照明をはじき飛ばす。
照明はそのまま反対側の壁にぶつかり、下の冷却水プールへ落ちていった。その光景を見ユイが呆然としてつぶやく。
「ゴジュラスが自分の意志で私たちを、いえシンジを守った・・・? やはりシンジはゴジュラスに、Gに選ばれていたのね・・・」
リツコとナオコは信じられないと言う目でユイを、次いでシンジを見つめる。
「でも、エントリープラグすら挿入されていないのに・・・。動くわけありません!!」
リツコの金切り声を声を無視して、ゴジュラスの赤い目を見つめるシンジ。その腕には呆然としながらも少女の体を優しく抱きかかえていた。
(そんな、こんな女の子がパイロットをやっていたなんて)
ふと手のひらに感じる違和感に驚きながらゆっくりと手を見る。手のひらは少女の血で赤く染まっていた。それを見た瞬間、彼の心がはじけた。
ぐっと目をつぶりシンジはつぶやく。
(逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ。・・・逃げちゃ、だめだ!)
「シンジ君。私たちはあなたを・・・」
なんとかミサトがシンジを説得しようとしてしゃべりだしたとき、シンジはぽつりとつぶやいた。
ミサトを完璧に無視し、横目でユイを見つめながら、
「・・・乗るよ。僕が乗ればいいんだろう。重傷の人間を、女の子を戦わせるわけにはいかないから・・・」
といった。
「シンジ・・・。よく言ってくれたわ。・・・赤木博士、すぐ起動準備をして!」
「わかりました!」
今、シンジは戦うことを決意した。その先に何が待っているのかはわからない。
だがそれでも彼は戦うことを選んだ。
人類を守るためでも、少女のためでも、ましてや母でも、自分のためでもない。
なんのために戦うのかは彼にだってわからないだろう。
それでも彼は死ぬかもしれない戦いに身を投じた。
自分自身から逃げださないために・・・。
Bパートへ続く