NERV
第4話「希望」


慌ただしく人が行き交う。
皆黙々と動き回り、紙のような物を手に握りしめて。
また手振りでジェスチャーをして誰かに合図している者もいるようだ。
かなり慌ただしく、騒然とした雰囲気がホールを包む。
止まっている者は一人もいない。皆、何かしらの仕事をこなしている。
「まったく、とんでもない事をしてくれたよな」
「ああ、元ネルフの奴らしいぜ。まるでテロリストだぜ」
手を忙しく動かしながら、隣の者と会話をしている2人。
「おかげでこの忙しさだ。冗談じゃない」
ほんとに冗談ではない。今もこうしているうちに、どんどん値は下がる。
「くそっ、こんなモンどうやっても止められやしねえよ」
仕方ない。もはやこのニュースは全世界に流れている。今の日本銀行には
もうどうする事も出来ない。ただ手持ちのドルで円を買うしかない。
しかし、もう世界の投資家の流れは変えようがない。今の作業も日本の首を
締めている行為にすぎない。
「このままで行ったら・・・とんでもない事になるぞ」
ほぼ同時に正面の掲示板が映し出された、
最新の平均株価が掲示されるこれを見た皆が皆、驚愕した値だった。
「もう・・・だめだな・・・」

昨日から今までの努力の結果がこの値なのだ。彼らでなくてもそう思う。
皆、そう思った瞬間、ブザー音と共に全ての掲示が消える。
ただ掲示の右端に
「取引中止」
とだけ出ている掲示を見て、ここにいる全ての人間がため息を付いただろう。
「何とかなるのか・・・これで・・・」
「・・・時間稼ぎにしかならないだろうな・・・」


ミサトは国会議事堂前に青いルノーを止める。
警備はしていたが思ったよりすんなりと入れてくれた。
現場は閑散としていて静かで、建物はほとんど原形を止めない酷い姿。
僅かに残る壁も、黒々と焼け焦げ、異臭もする。
彼女は気の向くまま歩を進めていくと墜落した機体が視界に入ってきた
既に面影はなく、黒くなった骨組みが目の前に広がる。
ミサトはあえてそれには近づこうとせずに、
比較的きれいな破片を見つけて手に取るとすすを払い、
彼女に付いてきた警備員に、こう尋ねた。
「これだけ・・・持っていってもいいかしら」
その破片を警備員に手渡しながら呟く。
警備員は破片を丹念に調べた後で破片をミサトに返し、小さくうなずいた。
ミサトは破片を持ってきていたバックに入れ、その場を後にした。
ネルフ本部への帰り道に車の中でミサトの頭を支配していたモノ。
大破した3体のエヴァンゲリオンを、3人のチルドレンを。それに今回の事故を。
ミサトは何を思ったのか・・ミサトの頬に一筋の光るラインが出来ていた。

そのころネルフ本部は国民の暴動の的になっていた。
今回の一件はネルフが仕組んだものとして全国、いや全世界に情報が飛んだ。
もはや全世界でネルフは凶悪なテロ集団の烙印を押されていた。
しかし、日本の中枢が破壊されたとはいえ、日本政府はまだ残っている。
ネルフ本部は地元の警察によってなんとか守られていた。
しかしネルフ本部には人は1人いるだけ。
電話番の青葉のみが、さびしそうに第3司令室でギターを鳴らしていた。


リツコとマヤはある邸宅に向かっていた。
リツコは車の中にもかかわらず、ノートパソコンに指を走らせる。
マヤは・・・車の運転だ。
しばらくして、目的の邸宅についた。
表札には「橋本」の名が掲げられている。
マヤが役職と名前をインターホンで告げると、重く閉ざされていた門が開いてゆく。
そして車で中に入って行くと、警備員にここに駐車しろ、と指示があった。
マヤは固まってしまった。それに気づいたリツコは、キーボードを叩きながら言う。
「どうしたのマヤ?、あそこにとめればいいのよ」
「はっ、はい」
マヤはそこにバックで入れようとした。
マヤがギヤをバックに入れようとしている最中、
リツコは置いてあった車が目に入ったらしい。
「へえ、さすがにいい車に乗ってるわね。ベンツにフェラーリじゃない。
 ミサトのとは偉い違いね」
それを聞いたマヤ少し上ずった声を上げる。
「こ、この車高いんですか?」
リツコは忙しい。マヤの事など気にしてない。マヤの変化にも気づかない。
「そうよ、2台あわせて私達の給料10年分位かしら」
と言われたものだから、余計に力が入ってしまった。

ぶうううん・・・・・・ガツン

マヤ「・・・・・・・・・・・」
リツコ「・・・・・・・・・・・マヤ・・・」


今の中央政界は完全に麻痺していた。
1人の最高権力者とその他の[きちんとした]政治家の大半が今回の事故で死亡、
あるいはベットの上。残ったのはオリンピックの練習ため国会にも出てこない者や、
かつての同僚が死んで、テレビに出まくっていた者などの烏合の衆しかいなかった。
彼らで今の状態が乗り切れる筈もなく、ネルフのみならず彼らにも批判は出てきていた。
彼らは今、皇居を本拠地として活動はしていたのだが・・・。
しかし実際政府としての対策は、この日が終わっても出る事はなかった・・・


リツコ達は邸宅の応接間にいた。20分位して初老の老人とその秘書が現れた。
リツコ達は素早く立ち上がると軽く会釈をする。
その老人は、よいよいといった感じに手を振り、リツコの真向かいに腰を下ろす。
秘書は彼の後ろに回ると、後ろ手を組んで直立した。
「先ほどは大変失礼しました。修理代は弁償させて頂きますので・・・」
マヤの言葉に、その老人はにこりとして手を振る。、
「いやいや、気にされるな、あのポンコツはもう買い替えるつもりだったんだよ。
 かえって決心が付いた。ははは」
正直2人とも「ほっ」とした。マヤは修理代で貯金はおろかこの後修理代の為に
何年働けばいいのか・・・と思っていただけに。
リツコはこの老人が怒ってない事に。そしてリツコは思う。
(いけるわ、車を壊した事はおいておいて、少なくともネルフに敵意はない)
そう直感すると、
リツコは束になった書類を差し出す。
表紙には「MAGI」とだけ書かれた書類。
それを見た老人はその書類を手にとり見始めた。
どれくらいの時が経ったのだろう。その老人がその書類をテーブルの上に置き、
「ふむ・・・」と一言呟いた。
そしてその老人は一言二言秘書を耳打ちをする。
当然、リツコ達に話の内容は分からない。
老人がリツコ達の方に顔を向けると同時に秘書はその場から退室してゆく。
リツコとマヤはそれがどういう事か、次の老人の言葉を待った。


ミサトはその頃ネルフ本部に近づいていた。
もうこのあたりから国民の長い列が出来ている。
皆プラカードみたいなものに、ミサトがみたくもない文字が書かれていた。
だが彼らの気持ちもわからないではない。自分の国がメチャクチャにされたのだから。
力のない国民はこうしている事で、自分を満足させているのだ、とミサトは思う。
あのどうしようもない敗北を喫したあの時の自分が駄目もとで動かずには
いられなかったあの時のように。
そうこうするうちに警察の検問が視界に入る。
ミサトがIDカードを見せると、その警官はすぐに道を譲ってくれた。
もっともネルフ本部に入れるネルフ職員は今や数えるほどしかいないのだから、
当然といえば当然であるが。
そしてしばらくしてミサトは第3司令室に顔を出すと、
青葉が片手にギターを持って嬉しそうに寄ってきた。
「葛城さん、おかえりなさい。ちょっと聞いてくださいよ!」
青葉はピックを弦の前にスタンバイさせると同時に
ミサトにはちょっとわからない歌を演奏しはじめた。
ミサトの目が点になっている。
ギターを演奏しながらミサトの反応を誘うように言葉を発する。
「どうです!ついに出来たんですよ!アトランタオリンピックの
 閉会式で演奏した時の布袋さんのギターソロ!!」
ミサトは返答に困った。
「・・・青葉君、どうでもいいけど何か連絡なかった?」
青葉はミサトの反応に、寂しそうにギターに走らせていたピックを止めた。
「ええ、今の所なにも・・・」
「そう・・・上手くやってくれてればいいけど・・・」
ミサトは持っていたバックを開け、中の拾った破片を出した。
それに気づいた青葉。無意識のうちに口調が寂しさを表す。
「それ・・・もしかしてアイツの・・・」
ミサトは青葉に破片を手渡した。
「ずいぶん焦げてますね。ひどい状況だったんでしょうね」
ミサトは黙っている。青葉は破片をミサトに返す。
「マヤちゃんには見せない方がいいと思いますよ。
 たぶん彼女これ見たら泣いちゃいますよ・・・
 今だってかなり気丈に見せてますけ・・・」
青葉は途中で言葉を止めた。ミサトもマヤと同じだと考えたから。
だがミサトは無言で破片をしまうと、一言
「わかってるわ、マヤに見せたらこの後、仕事どころじゃなくなっちゃうものね」
という言葉を残し、ミサトはネルフ本部内の彼女の部屋に向かった。
また青葉は1人になった。
ふと落とした目が、日向の席を視界に拾った。
「・・・馬鹿野郎・・・俺に一言も言わないで・・・」
彼はピックを握りしめると再びギターを弾き始めた。


そのころ、「橋本」家に一人の男が慌てて飛び込んできた。
その「橋本」家の中では、リツコとマヤが老人と話をしており、
その頃には秘書も戻ってきていた。
「は、橋本さん!どうしたんですか!!いきなりお呼び出しなんて!!!」
その男を見たリツコとマヤは一瞬我が目を疑った。
「内藤さん?!」
その男の名は内藤清二、元万田内閣 外務大臣をしていた男だ。
幸い彼は仕事でパキスタンに訪問していて、今回の難を逃れた唯一の大臣だった。
リツコもマヤも彼には彼らの内閣発足記念式典で1度会っていた。
この頃はまだネルフにマヤがいたので、マヤにも見た顔だった。
それを見ていた「橋本」は露骨にいやな顔を浮かべる。
「静かにせんか、客人の前でみっともない」
老人は早く座れ、と諭した。
内藤は恐縮しながらソファーに座り、ようやく落ち着いてきたのか、
その時初めて客人の顔をちらと眺める。
内藤の顔が、驚きの顔を表す。
「お、おまえたち!!!な、なんでこんな所に???」
かなり取り乱した内藤に「橋本」が横に置いてあったステッキで内藤の頭をポカリとした。
「静かにせいといっておるのがわからんのか」
内藤は取りあえずおとなしく話を聞くことにする。
そして静かになったのを確認すると「橋本」は口を開けた。
「内藤、これを見てみろ」
先ほどの書類を内藤の目の前にバサリと置く。
内藤は、はて、と思いながらも見始めた。しかし少し読むとこの書類が
とんでもない物だと解かった。さらに読み進み、読み終わるとそれを橋本に返す。
「橋本さん。これを見せる為に私を呼んだのですか?」
と内藤自身、わかりきった問いを「橋本」に投げかけた。
「そうだ」
簡潔な答えだった。だが内藤はそれで十分だった。内藤は水を得た魚のように反論する。
「冗談じゃないですよ!こんなもの!!誰がこんな事で納得しますか?!!
 大体MAGIはネルフの物でしょう!それを日本政府に導入するなんて・・・」
反論はない。そのことに調子に乗った内藤はさらに
「ネルフは今どういう状況か解ってます?そんな所のコンピューターなぞ使ったら
 国民、いや世界中から非難がきますよ。馬鹿らしい」
皆黙っていた。内藤にしては、満足なセリフだった。しかし
「それなら問題ありません。ネルフはMAGIを引き渡す前に解散します」
とリツコが内藤の目を見て言葉を飛ばす。
これは正直意外な返答だった。今回の騒動は全てネルフが仕組んでだもの、
そう内藤は思っていたからだ。リツコは更に
「しかしネルフは解散しますが、MAGIは私達に任せて頂きます」
なるほど考えたものだ、と内藤は思った。
このまま行ってもネルフは解散、いや掃除屋だ。
ならばMAGIを使い日本政府内である程度の地位を築こうと言う訳か。
そうはいくかとばかりに内藤は熱弁をふるい出す。
「その手に乗るものか!大体貴様らの様な奴等を政権に入れられるものか。
 国民が貴様らをどう思っているのか知らんのか!国民を裏切れとでもいうのか!!」
それを聞いていた「橋本」が口を開いた。
「では、お前は国民を裏切った事はないのだな」
と静かに言った。内藤は興奮している。もう止まらない。
「もちろんです!わたしは国民の声をいつも代弁しているつもりです!!」
これには内藤も「決まった」と嬉しくなった。それを聞いた「橋本」が
「今一度問う。お前は本当に裏切ったことはないな」
内藤はもう天狗だ。もうろくしやがってジジイが、と思いながらも
「国民の声は絶対です!裏切れる訳ありません!!」
そう言った瞬間、彼の頭に「橋本」のステッキが飛んできた!
リツコもマヤもびっくりして立ち上がった。
「橋本」はもんどりうってる内藤に近づいていき、むなぐらをつかみ引き起こした。
リツコもマヤもこれが老人のする事?と少々信じられなかった。
「このバカモンが!今の状況で何が国民の声だ!そんな事考えてないでさっさと
 対策を考えろ!」
更に、
「大体なんだ!お前が今の最高責任者だろうが!それをのこのこワシが呼んだから
 といって出てきおって!真面目に考えてない証拠だろう!」
内藤には、なにも言えない。
「赤木さん達の方がお前などよりよっぽど真剣に考えているぞ!それを何だ!
 妙な勘繰りして失礼な事をベラベラと!恥を知れ!恥を!!」
この後にようやく「橋本」の秘書が飛んできて、宥めようとする。だが止まらない。
「国民の声と言ったな!貴様らで今の状況が乗り切れるのか?!無理だろう!
 貴様が責任者のうちは何も解決せんわ!それを国民が望んでいるのか!」
もはや内藤には、反論などできなかった。


ミサトは部屋についた。部屋の中であの破片を取り出し、しばらく見つめていた。
そして棚の中から4つの袋を取り出す。
その袋の中身は、1つ目は小さい薬に使われるカプセルと、マイクロチップ。
2つ目は青いプラグスーツの左足の膝から下半分。
3つ目は白いプラグスーツの右手部分。
4つ目は赤いプラグスーツの右手部分と赤いインターフェースヘッドセットの一部。
それらをしばらく見つめた後、新しい袋にあの破片をいれ、
5つの袋を棚にしまい、壁に向かって呟いた・・・
「絶対に消滅なんかさせない・・・絶対にさせるもんか・・・」


それからしばらくしてリツコとマヤが帰ってきた。
もう日が暮れ、2人共にかなり疲れているようすだ。
ミサトは彼女たちを待ちくたびれていたため、姿を見るなりかけ寄って行く。
「2人ともご苦労さん!で、どうだったの?」
まずはマヤの話から始まった。初めは笑っていたが、大喧嘩の所になると、
少ししんみりしてしまった。
しかし呼ばれた相手が内藤というまさかの超大物だったので正直驚いたが・・・。
しかも大喧嘩とは・・・この策がどうなるかは彼らにはまったくわからなかった。
その時、今日初めてネルフ本部の電話が鳴り響く。
一同が顔を見合わせたが、ミサトが鳴る電話を握りしめると、
意を決して受話器を取り上げた。
「はい、ネルフ第3発令所です」


次の日の朝、ずっと取引停止の証券取引所は活気もなかった。
もはやお手上げ、どうにもならない。
しかしテレビは付いていた。
そこには顔を腫らした緊急対策委員長の内藤の姿があり、
MAGIの政治介入を発表していた。
初めての政府の対策発表であったが、証券取引所の活気は戻ることはなかった。

ある部屋でその発表を見ながら身支度を整えている男の姿がある。
身支度が終わったのかネクタイを締めると部屋から出ていった。
しかしあの不精ヒゲは剃らなくてもいいのだろうか・・・
その男はある銀行に行き、CZA01757の口座に225万3456円を
振り込んだ。時間は10時10分ジャスト。
そして11時11分にも同額を振り込んだ。
そして午後になって1時11分にも同額、
更に2時22分には125万3456円を振り込み、
銀行のホストコンピューターがそれを認識した時、崩壊へのプログラムが走り出した!


第5話に続く

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