続・黒猫天使(その5)


原作者:DARU
作 者:齋藤秀幸



風呂から上がると、髪を下ろしたアスカがダイニングで何やら難しそうな本を読んでいた。
いつもはゴロゴロして雑誌を読んだりテレビを見たりしているけど、夜中になると勉強しているんだよな・・・・・

「シンジ! 待ってたわよ!」
アスカは本に栞を挿んで、ニコニコしながら僕を見た。

・・・今日、何度目の笑顔だろう・・・

僕はさっきの風呂場での行為を思い返して、軽い目眩を覚えた。
独りでしちゃったんだ・・・我慢出来なくなって・・・
アスカは匂いに敏感だから、排水孔の周りを洗剤で掃除してしまった。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ミサトさんが・・・・・・
・・・胸なんか触らせるからだよ・・・・・・


「うん・・・今やるから、ちょっと待ってて・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・ねぇシンジ、ドライヤーで髪乾かさないの?」
「うん。 いつも洗い晒し。」
そうだったっけ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「・・・?」

僕は顔を見られないようにアスカに背中を向けると、思わず自分の右手の匂いを嗅いでから冷凍庫を開けた。
急速冷凍にしていたから中は真っ白だ。指が凍り付かない様に鍋掴みを使って、ジェラートが入ったボールを取り出した。

しまった! ・・・・まだ完成じゃないんだ・・・・

「アスカ・・・・・・あの・・・
「どしたの?」
「・・あの・・・・まだ完成じゃないんだ・・・・・・」
「えぇ!? まだ固まってないの?」
「イヤ、固まってはいるんだけど・・・・・・・・・・・・・・・・ちょっと待って。」

・・・固まってから2〜3回、時間を置いてかき混ぜなければならない事を忘れていた。
仕方なく、取り合えず泡立て器でかき混ぜてみた。

・・・・・・・なめらかにする為に何回もかき混ぜたからだいぶ溶けてしまったけど、もともと三人分作っておいたから、なんとか二人分くらいにはなりそうだ。

・・・僕は『遠慮』してくれたミサトさんに感謝した・・・

満足いく物では無いけど、せっかく待っていてくれたアスカに、いまさら明日まで待ってくれなんて言えない。
取り合えず一口だけ食べてみた。
・・・味は悪くない。

「アスカ、本当は完成品じゃ無いんだけど、取り合えず・・・」
「食べれるの?」
「うん、一応・・・」
僕はソーサー型のシャンパングラスにジェラートを取り分けた。三角形のシュガーコーンとスペアミントの葉を添えて。
ボールを暫くの間傾けて、なるべく乾いた上の方をアスカに。溶けてヒタヒタと水っぽくなってしまった下の方を僕に。

「はい・・・・・」
「へ〜ぇ、美味しそうじゃない!」
「・・・うん・・でも、これじゃあ、かき氷みたいだね・・・・・・」
「そぅ?・・・美味しそうよ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・うん・・・・・」
「あ!ちょっと待った!」
アスカはそう言うと、食器棚をごそごそやって中から薄くて黒い丈夫そうなケースを取り出すと、その中からピカピカのスプーンを2つ取り出した。

「これ使お。」
「それ、アスカが大事に仕舞ってた銀のスプーンじゃないか・・・」
「別に大事にって訳じゃないわよ。使わなきゃ意味無いじゃない。折角あるんだから使お。どうせだから全部出しちゃおっか。」
「でもさ・・・・」
「越して着たばかりの頃は無くされるんじゃないかって思ってたけど、アンタそこらへんはちゃんとしてるからさ。」
「・・・・そこらへんって?」
「いいの。 ちゃんと手入れすんのよ、だんだん黒ずんでくるから。」
「・・銀食器の手入れなんて、知らないよ。」
「ちゃんと教えたげるわよ。」
「・・・・・・うん・・・」
アスカはドイツから持ってきた銀のスプーンをシンクで軽く洗ってから丁寧に拭き、僕に手渡した。
銀食器があることは知っていたけど、なんだか勿体無くて使った事は無かった。
傷でもつけたら凄く怒りそうだったし・・・・

アスカがドイツから持って来た鍋とか使っているけど、ピカピカにしておかないと直ぐ怒るし・・・・・鍋だけじゃなくて、キッチン全体がピカピカじゃないと怒るんだ。
冷蔵庫の匂いにも病的に敏感だし。トイレは特にそうだ。
勝手に家中ひっくり返して凄い剣幕で掃除をしている事がある。そんな時は僕もミサトさんも黙ってアスカの指示に従うんだ。
・・・食器だって、これは塩で洗え、これは洗剤に酢を混ぜろって、いちいちうるさいし。
自分は滅多に料理なんかしないくせに。
確かにアスカが使った後はきちんと片づけてあるけど。

「さ、食べよ! いただきっ!」

・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
二口、三口と食べ進むうちに、だんだん気が滅入ってきた。
・・・やっぱりかき氷みたいだよ・・・・・

今更後悔しても遅いけど、やっぱり出さなければ良かったかも・・・
アスカが僕の部屋に来なければ、ジェラートの事は完成するまで黙っていたのに。
つい口走ってしまった。

でも、ダイニングに座って本を読みながら僕を待っていたアスカの笑顔を見たら、今更出せないなんて言う訳にはいかなかった・・・・・・・

「シンジ、不満そうねぇ・・・美味しいわよ?」
「うん・・・でも、もっと・・・ちゃんと作れると思ったんだ・・・」
「でも、初めて作ったんでしょ? 上出来じゃない?」

・・・・上出来じゃないよ・・・・・・

「もぅ、せっかく誉めてんだから、ちょっとは嬉しそうな顔しなさいよ!」
「・・・ごめん・・・・・・ありがとう、アスカ。」

・・・・・・・・・・・
やっぱり、これじゃぁ、かき氷みたいだ。
・・・・アスカだって、ジェラートが好きなら判っている筈だ・・・・

やっぱり、こんな中途半端なものを出すんだったら明日まで待って貰えば良かった。
せっかくアスカの大好物なのに、こんなジェラートしか作れないなんてアスカに思われたくない。時間があればもっと上手く作れた筈なんだ・・・・

・・・・それなのに、アスカは仕舞っておいた銀のスプーンまで出して来て・・・・・

後悔先に立たず。
思わず溜息を漏らしてしまった。
・・・・・・・・・

「・・・・シンジ・・・・・なに泣きそうな顔してんのよ・・・・・・・・・・」
「え? そんなこと・・・・・・

・・そんな事、本当は自分でも分かっている。
でもアスカにそんな事を言われたら、本当に涙が出てきてしまいそうだ。

これくらいの事で・・・・情けない・・・・・・・・

「・・・ねぇ、また作ってくれるんでしょ!?」
・・・うん。
「へへ〜ぇ、楽しみね! ・・・・・・・・ワインのジェラートか・・・・・大人の味って感じね! シンジ!
今までチョコとレモンのやつが一番好きだったけど、ワインのジェラートも気に入っちゃった!」

・・・・アスカのやつ、僕に気を遣っている。
そんな事されると、余計に自分が惨めになるよ・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・

「ね、シンジ! 明日ワイン飲も!」
「え?!・・・」
「アンタに美味しいワイン飲ませてあげる!」
「明日・・・・・・・」
「そ。 どうせミサトも居ないんだしさ!」
「・・・・・」
「イヤ?」
「そんな事無いよ!!」
「じゃ、決定。 ワインを少し残してさ、またワインのジェラート作って! 今度は完璧なやつ!」
「・・・うん。」
「別にコレが不味いって言ってんじゃないわよ・・・・・でも、もっと凄いの作れるんでしょ? 期待してる!」

・・・・・・

アスカのやつ、やっぱり僕に気を遣っている・・・こんな事は初めてだ。
優しそうな笑顔で僕を見ている。

・・・・・アスカ・・・・・・・・・

あのアスカが、この僕にこんな笑顔を向けるなんて思わなかった。なんだか僕の心を見透かされそうで、まともにアスカの顔を見れないよ。

いや、きっとアスカは僕が満足いかないジェラートを出して後悔している事なんかお見通しなんだ。自分が待っていたから僕が仕方なくジェラートを出した事を分かっているからあんなに優しいんだ。
・・・それにしたって、今までだったら絶対に僕に気遣う事なんか無かったのに。

・・・・・・・・・・・

・・・・アスカが僕に優しくするなんて・・・・・・・・・・・・・・
なんだか涙がこみ上げて来て、スプーンを握り締めたまま思わず俯いてしまった。
・・・情け無い・・・

・・・・・・・

「・・・・・・・ねぇシンジ、数学教えてあげるから、教科書とノート持って来なさいよ。」
「・・・うん・・・・・・・」

僕はアスカに言われるままに、勉強道具を取りに部屋へ戻った。

・・・・明日の事を切り出すきっかけを失ってしまった・・・・・・・

       ・

「シンジ、端末は要らないわよ、数学は紙と鉛筆でやるものなの。 計算機を使うのは十年早い!」
・・・・・・別に計算機として使うつもりは無いのに。
でも、一旦自分の部屋に戻ったお陰で、だいぶ気分が落ち着いた。

・・・・
・・・・・・・・・
「さて、やるわよっ!」
アスカはテーブルを廻り込み、僕の右隣に乱暴に座った。
・・・・・もしかして、照れ隠しかな・・・・・・?


「じゃ早速問題ね。
第1問 △ABCにおいて、次の問に答えよ。
(1) A=45゜、B=60゜、b=10のとき、aを求めよ。
(2) a=2√3、b=3√2、c=3+√3のとき、Aを求めよ。」


・・ ・
  ・ ・  ・   ・    ・
・・・・・・全然解らない・ ・  ・   ・    ・     ・
アスカが気になって集中できない・・ ・   ・    ・     ・      ・       ・

「さっぱり駄目ねぇ・・・この問題、基本の基本よ・・・・・・
・・・・・・(1)はね、あれよ・・・Sign theorem・・・正弦定理! つまり・・・a/sinA=b/sinB=c/sin・・・」

明日の事をいつ切り出そうかという事で頭が一杯だ。
それに、アスカがこんなに近くに居たら勉強なんて手につかないよ。

・・・・・・・アスカ・・・・・
・・・・・・・・・・・・すごくいい匂いがする。
思わず深く息を吸い込みそうになったのを辛うじて堪えた。

僕の直ぐ隣には、色白で凄く肌理が細かくて、柔らかそうな頬が・・・
・・・ニキビも全然無い。
ドイツでは生の人参とヨーグルトを食べるからドイツ人にはニキビが出来ないなんて言って、アスカは本当に生で人参をガリガリと食べてしまう。ヨーグルトの消費量も異常な程だ。
こんなに小さな口で・・・
化粧なんかしていない筈なのに、唇がピンク色をしている。
やっぱり色白だから、色素が薄いからなのかな・・・・
・・・可愛い唇・・・・・

・・・・・・・・アスカの骨格は、やはりどう見ても日本人の骨格だけど、何か雰囲気が違う・・・澄み切った青い瞳のせいだろうか。
でも、みんな青いって言うけど、青って言うか・・・・
青いけど、もう少し灰色っぽい感じだ。微妙に。
でも、かわいい・・・・・・
・・・・・・・・睫毛も長いし・・・
鼻は高くはないけど、この方がいい。・・・・・・・・この方が絶対に可愛い。
顎の形も、すっきりと通った鼻筋も・・・
細い眉も、二重の瞼も・・・・
・・・・・・なにもかも、完璧じゃないか・・・・・・・・
こうしてじっとしていると、精巧に創られた人形みたいだ。

いつものアスカって良く喋るせいか、表情が豊かだよな。今まで気にも留めなかったなかったけど。
6年間も無口だったなんて、本当かな・・・・・・

・・・・・
アスカ・・・・・
・・・・・・やっぱり可愛いよ。
・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・

「ちょっとシンジ、どうしたのよ?」
「え・・・・いや・・・・・・・別に・・・・・・」
「別になに?」

「いや・・・・・な、何でも無いよ。」
「うそ・・・人の顔ジロジロ見て・・・・・」
「・・・・・・・ゴメン・・・」

「唯・・・・・・・・」
「ただ・・・なに?」

「唯・・・・・・・その・・・・・・・」
「その?」
アスカは僕の方に顔を向けてはいるけれど、目は僕を見ていない。

・・・・・・

「その・・・・・・アスカ・・・・・・・・・
・・・・・・可愛いなって・・・・・・・・・思ってさ・・・・・」

自分でも驚いた・・・・・・

・・・でも・・・・・自然に口から出てきた・・・・・


アスカの表情は一瞬凍り付いた。
「・・・・・・・・・ちょっと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・本気で言ってんの?」

「うん・・・」

・・・本気だよ・・・・・・

「・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・今更そんな事言っても遅いわよ。」
「えっ!?」
僕は思わずアスカの顔をマジマジと見つめてしまった。

・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・アスカはニヤニヤと笑っている・・・・・

「・・・・・・・・・・・・
・・・・・ねぇシンジ、何が遅いと思ったの?」
ニヤニヤ笑いながら、アスカは訊いて来た。

こんなアスカの表情も、気が遠くなりそうな程に可愛い。
ニヤニヤといっても、嫌らしさは微塵もない。すごく楽しそう。
じゃれ付く猫のように可愛い。
・・・なんかもう・・・・・・・・・・ひたすらキュートだ・・・・・
いまにも飛びかかって来そうな猫みたいに僕の方に乗り出している。
楽しげに笑みをうかべたアスカの口元、興味津々と言わんばかりに見開かれた青い瞳、Tシャツから覗くほっそりとした鎖骨と・・・・胸の谷間・・・、鼻をくすぐるほのかに甘い髪の匂い・・・・

・・・・僕は自分の顔がだらしなく弛んでいる事に気づいた。
でも、僕の顔の筋肉はちっとも言う事をきかない。
からかわれているのに、ちっとも腹が立たない。
腹が立たないどころか・・・・・・

「な・・・・何って・・・・・・・・・」

「なぁにぃ? なぁにが遅いと思ったのぉ?」
アスカはニヤニヤと言うよりニコニコしながら、甘えるような声で僕に擦り寄って来た。

・・・・僕は思わず退いてしまった。
アスカの圧倒的な魅力に。

男を狂わすって・・・こういう事なのか・・・・・
そんな気分じゃないのに、勝手に下半身が反応してきた。
『フェロモンをまき散らしている』としか言いようがない・・・・・

! ・・・・
・・・アスカは僕の右腕にそっと手を置いた。

思いの他アスカの手はひんやりしていた。
僕の体中の神経はそこに集中して・・・・・・・・
・・・・・・意識がぼやけそうになってしまった・・・・・・
思わず鼻を鳴らして息を吸い込んでしまった。
 ・・・・恥ずかしい・・・・

「な、何って・・・・・別に、何でも・・・・・」

「なんでもぉ?」
僕の右腕を掴んだまま、これ以上は無いくらいに甘えた声でそう言いながら、
アスカは幼い少女のように邪気の無い笑顔を僕に見せて、小首を傾げた。

可愛い・・・・
・・・・・・アスカ、かわいいよ・・・・・・・・

心臓が激しく鼓動を打ち始めた。
・・・・・呼吸も僕の言う事を聴かなくなってきた・・・・・
頭に血が上って、こめかみが脈打って来た。
またもや鼻を鳴らして息を吸い込んでしまった。
 ・・・・みっともない・・・・・・・

「た・・・・ただ・・・・・・・・・・アスカ可愛いって・・・・・
・・・・・・・そう思っただけだよ・・・・・・・・・・・」

「・・・ねぇシンジ・・・・本当にそう思って言ってんのぉ?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・煽てても何にも出ないわよ・・・・」

「本当に思ってるよ・・・・・・・・・・・・・・」

・・・当たり前じゃないか・・・


アスカは本当にニコニコしている。さっき以上に・・・
普段のアスカを知る者には想像も付かないような優しい表情で、無垢な笑顔で・・・・・
ちょっとはにかんで・・・・・
・・・・僕の腕を掴んだまま・・・・・・・・

・・・・『誉められて喜ばない女は居ない』なんて言うけど、アスカは誉めても絶対に難癖をつけて来ると思っていた・・・・
人を誉めた事なんて滅多に無いけど。
・・・・誉めたいと思っても、恥ずかしくてなかなか口に出来なかったから。
でも、今日はスイスイと口から出てくる。
・・・・お世辞じゃなくて・・・・・・思った事がそのままに・・・・・

アスカ・・・・・やっぱり僕なんかにでも、誉められると嬉しいんだ。
・・・勿論、本当に可愛いと思って言っているんだけど・・・

本当にかわいい、アスカ・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・かわいいよ・・・・・・

 ・・・・・・・・

「・・・・シンジ・・・・・・・・・初めてそんな事言ったね。」
「・・・そうかな・・・・・」
「そうよ。」
「・・・・・・うん」

・・・・・・・・・・・

「・・・・・・・・・・うれしい・・・・・・」
「・・・・えっ?

・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・
一瞬耳を疑った。アスカの言葉が信じられなかった。
いくら今日のアスカが大人しくて優しいとはいえ・・・・・・・・
まさか・・・・・アスカが『うれしい』なんて言葉を返して来るなんて。
・・・・絶対に茶化されると思っていたのに。
例えアスカが本心では『うれしい』と思ったにしても・・・・・・・・

「うん・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・だって、ナンパしてくるバカ達は開口一番『可愛い』って言って来るけど・・・・」
アスカは僕から視線を外してそこまで言うと、一呼吸した。

「・・・此処に何カ月か一緒に暮らしてて、シンジがそう言ったのって、初めてだもん。
・・・・・・・・・・・シンジがそんな言葉を口にするなんて思わなかったもん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・だって、シンジは誰にでも可愛いなんて言わないでしょ?」

そう言って、顔を赤らめたアスカは上目づかいに僕を見詰めた。
・・・・アスカの左手はずっと僕の腕を捕らえたまま・・・・・・・・・
始めはひんやりとしていたアスカの手も、今では僕と同じくらいの体温だ・・・

・・・・・・・・・

アスカ・・・・・
・・そんな目で・・・・・・
そんな・・・僕に期待させるような事を言って・・・

「そんな・・・誰にでもなんて・・・・・・
・・・・・・・・・・・言う訳ないじゃないか・・・・」
僕は顔を火照らせながら答えた。
・・・僕なりに思わせぶりに・・・・

顔中を熱い血が巡っている。
後頭部が脈打っている・・・・もう、フラフラになりそうだ。
アスカに腕を捕まれているお陰で、僕はなんだか弱い立場に追い込められている。
とてもアスカに逆らえない・・・・アスカは軽く僕の右腕を掴んでいるだけなのに・・・・

 ・・・・・・・

僕が赤くなってしまうのはいつものことだ。
周知の事実だから、僕は少し開き直っている。
アスカやミサトさんは勿論の事、トウジやケンスケにも赤面症だってからかわれる。

でも・・・アスカも少し赤くなって、照れながらも相変わらず優しく笑みを浮かべて僕を見ている。

・・・・あのアスカが・・・・
アスカだって、たまには恥ずかしがって赤くなる事もあるけど、そんな時はいつも怒ってどこかへ行ってしまうんだ・・・・

でも、アスカは頬を染めてはにかんだまま、じっと僕を見つめている。

・・・・・こんな目で女の子に見つめられた事は無い。
自分にアスカの視線が突き刺さっているみたいだ。
今まで好奇の視線に晒された事はあるけれど、このアスカの視線は全く違う。
僅かに瞳を潤ませて、何かを期待しているような目だ。
それとも、何かのメッセージが込められているような・・・・
・・・・これは絶対に『好きな人に向ける熱い眼差し』ってヤツだ。
おまけにアスカはさっきから僕の腕を掴んだまま離そうとしない。
でも、アスカの事だから僕をからかっているって事も充分にあり得る。
それに、単なる僕の勘違いかも知れない・・・・・
・・・・・だとしたら、後で滅茶苦茶に言われるんだ。事あるごとに・・・・・・・・・

痛いほどのアスカの視線に晒されて、僕はそわそわして来てしまった。
どうも居心地が悪くて。
アスカに完全に主導権を握られているし。
なんだか恥ずかしくて。
勿論、嫌な気分では無いけど・・・・・・・
・・・・・・・でも、胃がキリキリと締め付けられている・・・・・・

 ・・・・・・

「・・・・・ねぇシンジ・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・アタシの事どう思う?」

その言葉を聴いて、体中が熱く火照っているのにも拘わらず、全身にザーッと鳥肌が立ってしまった
 ・・・・・・
おまけに口の中にジワっと唾が溜まってきた。
・・・・自分の耳たぶがドクドクと脈打っているのが分かる・・・・・・・

そんな・・・・・どう思うなんて聞かれたって、好きに決まっている。
でも、いきなり好きだなんて・・・・言えないよ・・・・・・・・・・・・・・

アスカ・・・
・・本当に・・・・
・・・・・・本気で言っているのか・・・・・・・・・

「ど・・・・ど、ど・・・・・・どう・・・・
・・・どうって・・・・・・・・・・・・・・なにさ・・・・?」
僕の口は僕の思い通りに動かずに吃りまくってしまった。
吃りながらも、アスカに気づかれないように口の中に溜まった唾を飲み込んだ。
僕が吃りまくる事なんか分かっていたかのように、アスカは僕の右腕を揺すりながら、悪戯っぽくもう一度訊いてきた。
「どぅ・・・おもうのぉ?」

 ・・・・・

「ど・・・・どうって・・・・・・だから・・・・
可愛いよ・・・・・・・本当に・・・・・・・・・・かわいいよ・・・・・・・・」

・・・気持ちでは『好きだ』って言おうとしているのに・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・口が思うように動かない・・・・・・・・・・・・・


「かわいいだけぇ?」
アスカは両手で僕の右腕を持って僕の肩の辺りに顔を近づけ、甘えた声でそう言った。
新しく添えられたアスカの手は、やっぱりひんやりとしている。
アスカの息が、タンクトップで剥きだしの僕の二の腕に微かに掛かった。

!! ・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・
またもや不覚にも鼻を鳴らして息を吸い込むと共に、
口の中に溜まった唾を、思わずゴクリと飲み込んでしまった。
・・・恥ずかしい・・・・・・・・
自分の鼓動が耳の中で直に響いている。

「・・・・だけじゃないよ・・・・・・・・・・・」

・・・・・・
もう、言うしかない・・・・・

そう決意したとたんに膝が震えそうになるのを、何とか押さえ込んだ。
火照っている筈の背中を、何か冷たいものが走り抜けた。
・・・こんなに緊張してしまうなんて・・・・・・・・・・・・
何度も唾を飲み込んでいる筈なのに喉もカラカラだ。

「じゃぁ、だけ・・・じゃなくってぇ?」
アスカは僕の右腕を自分の方に引き寄せて揺らしながら、首を傾げていじらしくそう言った。

もう、僕の顔は火を吹きそうなくらいに熱く火照って・・・・
・・・・・・・・・・今度こそ本当に気を失いそうだ・・・・・・・・・

・・・・・・・

アスカ・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・好きだ・・・・・・・・・・

・・・・もういいや・・・・・
・・・・・・・・駄目なら駄目で・・・・・・・・・・・・・

ここで言わなきゃ・・・
・・・・もうアスカは訊きかえしてくれないかもしれない。

僕は、半ば諦めにも似た覚悟を決めた。
・・・・・・・・・・・・


アスカは意地悪くニヤリと笑った。
「シンジ、鼻の下が延びてるわよ。」
「ぇ・・・・・」

「もう・・・・シンジってばお子さまなんだから・・・・真っ赤になちゃって!」
そう言ってアスカは僕の腕から手を離し、ポンポンと僕の肩を叩いた。
・・・・・・・・・
・・・自分だって・・・赤くなっていたくせに・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「さ、続きやるわよ!」


・・なんだよ・・・・・・・・・・・
・・・・・『好き』って言おうとしたのに。

からかわれていたのかな・・・・・・・

急に気が抜けてしまった。
でも、耳の後ろは相変わらず熱く脈打っている。

なんだか腹が立ってきてしまった。

・・・・・・・・・

「・・・・・じゃ、正弦定理を書いてみて。」

「・・・・・a/sinA=b/sinB=c/sinC=2R」
はぁ・・・・・・・・・・・・・・サスガにこれは憶えていた。

「じゃ、余弦定理は?」

・・・・・・ ・・  ・  ・   ・    ・

全然頭が廻らない・・・・・・・・

・・・・・はぁ・・・

アスカ・・・・・・大好きだよ・・・・・・・・・・

「アンタ、丸暗記して、定理を使いこなせていないから憶えられないのよ。何回も問題を解けば、自然に分かってくるの。始めは丸暗記でも。」

・・・分かってるよ・・・・・

「さっきの(2)は余弦定理の変形を使うの。3辺が与えられてるからそのまま定理に入れちゃえばいいのよ。」

・・・・・・・・

・・・僕の耳にはアスカの言葉があまり入って来ない。
蛍光灯の光で輪が出来ているアスカの髪に目が釘付けだ。
サラサラで、みんなが羨むような綺麗な栗色で・・・
僕を惑わせる最大の原因である、あのちょっと甘くて、鼻をくすぐるいい匂いはここから来ている。
すごくいい匂い。
もっと近づいて髪の匂いを嗅ぎたい。

・・・アスカの髪に触れてみたい・・・・・・・

・・・・・アスカを抱き締めてアスカの髪に顔を埋めたい・・・・

・・・・・・・・・
・・・・・マズい・・・・
また呼吸が荒くなって来てしまった・・・・・
せっかく少し気を落ち着かせたのに。

・・・・・・・・・・・・・

アスカは何気なく耳の上を掻き上げた。

・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・
「アスカ・・・髪・・・・・・・・綺麗だね。」
今日はこんな台詞が平気で言える・・・・

・・・・・・・・・勝手に口から出てくる・・・・・・・・・・・


「もう、シンジ・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・急にどうしたのよ・・・・・・・・・」
アスカは僕から顔を背け、声を落としてポツリとそう言った。

「だって・・・・・・そう思ったから・・・・・」

「もぅ・・・・・・・相田あたりにでも妙な事吹き込まれたんじゃないのぉ?」
そう言いながら僕の方に振り向いたアスカは、僕と一瞬目が合うとスッと視線を逸らしてしまった。
少し照れ笑いを浮かべながら。

さっきから本当に別人みたいだ。
何を言っても怒らない・・・・
・・・・・普段はちょっとした言葉尻を捕まえて直ぐに怒るのに。
こんな事を言ったら絶対に滅茶苦茶な事を言われた筈なのに。
『熱でもあんじゃないの?』とか、『そんな台詞は10年早い』とか、『当たり前でしょ』とか、『今更気付いたの?』とか、『アンタに言われても嬉しくない』とか・・・・それこそ機関銃の様に容赦の無い言葉を僕に浴びせ掛けて来る筈なのに・・・・・

・・・でも・・・
・・アスカは嬉しそうに微笑んでいる・・・・
僕の言葉に照れながら・・・・
アスカがこんなに女の子っぽい表情をするなんて・・・
・・・・・まさか、アスカがはにかむなんて・・・・・・・・
・・・子供みたいに・・・・・・・・・・


「・・・・・・・そんなわけじゃ・・・」

「・・・・・・・・・・・・・あのね・・・・・・・・・・・・
・・・・・今日ね、卵で髪を洗っちゃった・・・ごめん、勝手に卵使って・・・・・・」
「・・・・別にいいよ・・・・・・
・・・・・・・・もしかして・・・・たまに卵を使ってる?」
「うん・・・・・・・・・・・・ごめんね。」

 ・・・・・・・

「いや・・・いいけど、そんな事・・・・・
・・・・・・・・・ねぇ、卵で洗うと綺麗になるの?」
「うん、普段はシャンプーとトリートメントだけど、アタシの髪パサパサになり易いから、たまに卵黄で洗うの・・・・・オリーブオイルもたまに使ってる。」

「・・・オリーブオイルで洗うの?」
「頭皮にね、叩き付けるの・・・・ごめん、勝手に使って・・・・・・・・・・・・・」

 ・・・・

「そんな・・・・・・いいよ、アスカの髪が綺麗になるなら。」

・・・・・・・・

「・・・シンジ・・・やっぱりヘンだよ・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・どうして急にそんな事言い出したの? ・・・・加持さんの入れ知恵なの?」

!! 加持さん・・・・

・・・・・・・・・

・・・・・

「そんなんじゃないよ・・・・」
「・・・・・ねぇ、卵の匂いしないかな?」
僕が『加持さん』という言葉に反応してしまったのを察知してか、アスカは明るくそう言うと僕に頭を向けた。

・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・思いっきりアスカの髪の匂いを吸い込んでしまった。
はぁ・・・・・・・・・・・・・すごくいい匂いだ。
なんとなく甘くて、ふわっと暖かくて。
どうしようもなくアスカを抱き締めたくなるような匂いだ・・・・・
・・・・・・もしかしたら、今なら抱き締めても怒らないかも・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・

「全然しないよ・・・すごくいい匂い・・・・・・・・・」

「本当? 良かったぁ・・・」
アスカは後ろを向いたまま、安心したようにそう言った。

 ・・・・・

髪に触れたい・・・・・・

目の前にあるアスカの髪に目が釘付けだ。
また・・・・・心臓が・・・激しく・・・・
それに、唾も溜まって来てしまった・・・・・・・・
・・・・
 ・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・自分の心拍が自覚出来るほどに高鳴っている・・・・・・・・・
背中を向けたアスカを目の前にして、僕は息が荒くなっている事をアスカに悟られないように、鼻息をたてないように細心の注意を払っている。

顔を埋める事が出来なくても・・・・
・・・・・・せめて・・・手で触りたい・・・・・・
その思いだけが僕の頭の中を支配している。
再び溜まってきた唾をゆっくりと飲み込んだ・・・・・・・
・・・・・・・・・・・結局飲み込む時に喉を鳴らしてしまった・・・・・・・・・・

・ ・・ ・  ・
 ・・  ・ ・・  ・
 ・ ・ ・  ・・ ・・  ・ ・
・・ ・・ ・・・ ・・・・・ ・・ ・  ・  ・
・・・・・僕はたまらずにアスカの髪に手を触れてしまった。

・・・・・・・・・・・・アスカは何も言わなかった・・・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・

「・・・・・綺麗でしょ?・・・」

「うん・・・・ミサトさんよりずっと綺麗だ。」
「当ったり前じゃない!」
アスカは頭を起こして、嬉しそうな声で元気にそう言った。
今まで何度も聞いた台詞だけど・・・・
・・・言葉に刺が全く無い。

・・・・かわいい・・・・・・・・

「なにぃ、シンジはミサトの髪にも触った事あるのぉ?」
「そんな事ないよ・・・・」

・・・・・・アスカがこんなにいじらしい声を出すなんて・・・・・・
勿論わざとに決まっているだろうけど。
でも・・・もし僕がミサトさんの髪に触った事があるなんて言ってみたら、アスカは嫉妬してくれたかな・・・・・・

・・・・・・・・・・

僕は手をアスカの髪の中に差し入れて・・・・・・
・・・・・・・・・・ゆっくり頭を撫でた・・・・・・・・

荒い息をアスカに気付かれないように・・・・
鼻を鳴らさないように、激しくなる一方の息を必死に押さえつけながら。
・・・・・相変わらず心臓を激しく打ち鳴らしたままで。
僕の耳には、自分の心臓の音しか入って来ない・・・・・・・・
アスカの頭を撫でている右腕までもが脈打っているのが分かる・・・・・・・・・・


「・・・・・シンジの手・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・大っきいね・・・・・」
僕に背中を向けたままのアスカは少しだけ俯き、甘えた声で小さくそう言った。

・・・・・

そうかな・・・

・・・

うん。



・・・・・・・

アスカ・・・
抱き締めたい・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・僕は左手をアスカの肩に掛けようとした・・・・・

「・・・・・・・・・・・ねぇシンジ・・・・日本の美容院って、すごく丁寧なのね。ドイツの美容院ってね、乱暴なのよ。ミサトなんかドイツでパーマかけて髪がチリチリになった事あったし。

ねぇシンジ・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・シンジの髪、今度はアタシが切ってあげようか? 美容師が使うちゃんしたと鋏も持ってるのよ。」

「・・・・アスカに任せるよ・・・・・・・・・・・」

うん。


・・・・・・・・・
僕は諦めて左手をテーブルに降ろした。
背中を向けたノーブラのアスカに後ろから抱きつきたい衝動を必死に堪えながら。

・・・・・!

不意にアスカが頭を振ったので、僕は慌ててアスカの髪から手を離してテーブルに向き直った。
もう、心臓がバクバクいっいてる・・・・・・・・・・・・・・

僕は気がどうにかなりそうだ・・・・・・・・・・・・・呼吸が・・・

・・・あぁ・・・もう!・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「続きやろっか・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・うん」

もう、呼吸がどうしようもなく荒くなってきてしまった。
とても勉強どころでは無い。

 ・・・・・アスカ・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・
・・・ダメだ・・・・・何か他の事を考えなきゃ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

荒い自分の息をどうすれば押さえる事ができるかを考えた。
 ・・・・・・・・下半身の方は取り合えず平気なんだけど・・・・

・・・・腹式呼吸しよう。
 胸で呼吸すると、息が荒い事がアスカにばれちゃう・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  ・・鼻を鳴らさないように、大きく、ゆっくり呼吸しなきゃ・・・・・・
 口を少し開けて、鼻と口の両方から呼吸をするのがベストだ・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「? もう・・・やるわよ・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・じゃ、これ変形してみて。」
「a2=b2+c2−2bc cosA  →  cosA=b2+c2−a2/2bc
 b22+a2−2ca cosB・・・
・・・そうだった、思い出した・・・余弦定理・・・・・・

「はい、良くできました。 じゃ、(2)を解いてみて。」

なんだ・・・・・・・・・・
・・・・・・・簡単じゃないか・・・・・・・・

・  ・ ・   ・ ・   ・ ・ ・・ ・
   ・    ・   ・   ・  ・  ・ ・・
∴  cosA=1/√2
 Aは三角形の内角だから、0゜<A<180゜の範囲にある。
 したがって
            A=45゜」

「そ。 まぁ、この問題は基礎の基礎だからね。」

・・・・・・

・・・・・・・・・さぁ、今のうちに言わなきゃ・・・・
・・・・明日の事。

僕は膝の間に両手を入れてギュッと身を縮こませ、身震いをした。

・・・さぁ。

「さっきから落ちつき無いわねぇ、明日もう一度同じ問題をやるわよ。」
「えぇぇ!?」
「どうせ明日になったら忘れてんでしょ。 何回も同じ問題をやるのが、遠回りなようで一番早く理解できるのよ。」
「・・・うん。」

アスカが隣に座って教えてくれるのなら、いいけどさ。
・・・・・・今までも何回か勉強を見て貰った事があるけれど、いっつも僕の向かいに座って御着せがましくしていたもんな、バカだバカだって言いながら・・・・

「ねぇシンジ、Hero's formulaは憶えてる?」
「ひぁろうずふぉぉあ・・・」
「・・・えと・・・・ヒーローじゃなくて・・・ヘロ! ヘロの公式、ヘロンの公式よ! 3辺の長さだけで面積を求めるやつ。余弦定理で証明できるの。」
「・・・・・・そういえば、やったね・・・・・・」
「ねぇ・・・the Pythagorean theoremは?」
「ざぴつぁぇぐぅぁるぃぁん・・・」
「・・・・・・ピタゴラスよ・・・もう・・・・・・・アンタよくそれでエヴァのパイロットになれたわねぇ・・・」

僕は、なりたくてなった訳じゃない。
でもエヴァに乗らなきゃ、アスカに逢う事も無かったんだ。
・・・ましてや・・・・・一緒に棲むなんて・・・・・・・・・・・・・・・・

「ピタゴラスの定理くらい知ってるよ・・・・・・・・・でも・・・英語でしょ? それ?」
「そうよ。」
「何でドイツ語じゃないの?」
「・・・・・・・日本に来る直前までVolkshochschuleで数学を教えてたの。アメリカ人相手に。 Volkshochschuleって、国民大学・・・日本で言えばカルチャーセンターみたいなものね。アタシ、数学を専攻してたから。
・・・大学に居た頃からやってたから、3年くらいはやったかな・・・それにアタシの大学の教授って、何か知らないけどアメリカ人が多かったから、いっつも英語混じりだったし。
論文も英語のが圧倒的に多いしね・・・・・・だから、数学には英語が染み着いちゃってさ。英語って言うか、米語かな。
それに、ギムナジウムの頃から英語の教科書で数学やってたし。授業と試験はドイツ語だったけど。」
「・・・・・・そうなんだ・・・」
「因みに正弦定理はドイツ語でSinussatz」
「ずぃーぬすざっつ・・・」
「ヘロンの公式はdie Formel des Heron」
「でぃぃふぉるむぇるですへぐぉん・・・」
「ピタゴラスの定理はder Pythagoreische Lehrsatz」
「でぁぴたごぐぇぃし・・・・・・・・・・・・・もう・・・いいよ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・アスカは頭が良いから・・・・・・・・
羨ましいよ・・・・・・

・・・そんな事より、言わなきゃ・・・・・・・・・・・明日の事・・・
なんか、言い辛いよ・・・

・・・やっぱり、僕とアスカじゃ不釣り合いだよ・・・・・・・・

アスカは確かに天才だよ・・・・13歳で大学を卒業して・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・
 ・・・・それに・・・・・・かわいいし・・・・・・・・・・・

それに性格だって・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・
・・・今のアスカは性格だってすごくかわいいよ・・・・・・・・・・・・・・・・・
僕とは何もかも、まるで正反対だよ。


・・・・高嶺の花か・・・・・
・・・・・・・・・・・


・・・・・実際、モテているもんな。
僕なんかよりいい男は、いっぱい居るよ。

・・ハァ・・・・・
・・・・・

さっき・・・・・・・
・・・・・からかわれていただけなのかな・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・そんな事、無いよな・・・・・・・・・

髪を触って、頭を撫でても怒らなかったもんな。
・・・・・怒らないどころか、甘えた声で・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・

「シンジ、続きやるわよ。・・・・・・・・・集中しなさいよ、さっきっから!」
「・・・ごめん・・・・・・・・」
「まだ問題残ってんのよ。 煽てたってダメだからね!」

「そんな・・・・・煽ててる訳じゃ無いよ!!」
思わず、自分でもびっくりするくらいに強く言い返してしまった。
でも、本当に煽てているつもりは無かったんだ。本当にそう思って、思ったままに言ったんだ。
お世辞なんかじゃない・・・・
・・・・・そんな風には思われたくない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  ・・・・・・はい・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・じゃぁ・・・次の問題ね・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
第2問 △ABCにおいて、sin(A+B)=2sinAcosBであれば、この三角形はどのような形の三角形か・・・・・・」

アスカ?・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・アスカ・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・ ・ ・  ・   ・


       ・
       ・

       ・


       ・



<続・黒猫天使(その6)へつづく>


**** 用語解説(^^; ****

(その1)冷たい物でも平気で…、ドイツの夕食: ドイツでは昼食が正餐であり、夕食は火を通さないで食べられる簡単な物で済ませる。(夕食を正餐とする地方もあるようである)
また、ドイツ人に昼食に招待された場合、ホステス役たる奥さん御自慢のケーキを食する事が義務付けられている(笑)。しかも一つ食べるだけでは済まされない。(^^;)
尚、持参した花束は必ず奥さんに手渡すべし。

お掃除アスカ: ドイツ人は匂いにとても敏感で生活臭を極端に嫌う。トイレが臭うのは以ての外。
当然きれい好きで、掃除を苦と思わない掃除魔である。勿論、何時でも何処でもピッカピカ。洗剤の種類の多さも尋常では無い(^^;)。
流石、動物園の猿までもが掃き掃除をしている(!)お国柄である。(^^;)
生の人参: ドイツ人は幼少の頃から生の人参をおやつ(!)として与えられて育つようである。
ドイツ人は思春期でもあまりニキビ面にならない。
確かに生人参と(脱脂した)ヨーグルトはニキビに効くようだが、チョコレートや柑橘類、甘い物を摂取してしまっては元も粉もない(チョコやレモンのジェラートはイケマセン(笑))。
ドイツ人は子供の躾には厳しいが、独りで生活していたアスカは・・・?
因みにドイツでは赤蕪ジュースもニキビに効くとされているようである。
Volkshochschule(独): フォルクスホッホシューレ(市民学級)。まさにカルチャーセンターだが、日本のそれより受講料は安く、講座の質は高い。
外国人労働者向けの無料ドイツ語講座などもあるが、基本的に自国民(主に高齢者)を対象としている。



作者コメント:もう、イヤン・・・黒猫天使のオカゲっ!(^^)
July 14,1997

原作者より:フンガー、続き、続きー!!


投稿の部屋に戻る