NEONGENESIS
GRAND PRIX
EVANFORMULA
第7話「Kiss and Bet 『Reason,1-B』」
既に2周周回している。アスカはここまで全開で走ってきた。
しかし後ろにぴったりとアベルが追随している。
そしてアベルがゲンドウに向けて通信を入れる。
『これがチャンピオンか?このマシンの能力の半分も出してないのに余裕で
ついていけるよ。これ以上走っても無駄だ。そろそろ決めるよ』
『ああ、好きにしろ』
「さて・・・と。じゃ、次のスプーンで行くか」
アベルはそう呟くと目を右のバイザーディスプレーに写る点滅するマークに合わせ、
一回瞬きをする。と同時に左のバイザーディスプレーにデータが流れる。
あっと言う間に解析を終えると、データの導き通りアスカのインに
滑り込もうとする。
「はん、甘いわよ。そんなバレバレの抜き方じゃ今の私は抜けないわよ」
アスカは少しインに入ってブロックする。当然の反応だ。
ここでアウトから抜こうとするドライバーはまずいないだろう、彼を除いては。
「グリップレベルオレンジ、エッジグリップレベル70%」
アベルがバイザーディスプレーの数値に満足げに微笑むと、彼女の外に出る。
その際、今まで踏み込む事の無かったアクセルを初めて思い切り踏み込む。
同時に一気にアスカのマシンの横に出た。
「えっ?今ブースターは使ってないわよね」
アスカがそう錯覚するほどにマシンは鋭く加速する。
「ふん、そんな埃がたまった所走ったら曲がり切れないわね」
ここでアベルは彼女に初めて変形を見せた。横でいきなり形の変わったマシンを見、
「な、何?あれ!」
アベルはコーナーモードに変形させる。アスカはこんな変形は見たことがない。
驚きも当然といえば当然だった。
「な、なにさ。そんな虚仮威しでこの私を抜こうなんて10年早いわよ」
アスカは限界までブレーキを我慢する。あと少し・・・あと少し、そう思いながら
迫るカーブを凝視する。
「限界っ!」
アスカはブレーキを作動させてコーナーに入る。
黒いG-EV-Mは制動をかけずにコーナーに入り、当然アスカの前に出た。
「馬鹿っ!オーバースピードよ!」
彼女は自分の限界で物事を測った。が、アベルにすればこの程度は問題なかった。
そのまま軽くブレーキングして、スプーンカーブをクリアしていった。
アスカはこの1つのコーナーだけで、視界の先に行ってしまった黒いマシンを
驚きの面もちで眺める。
「嘘でしょ・・・このマシンは今までのEG-Mより数段速い筈。なのに遅れるなんて・・・」
アスカの目に初めてG-EV-Mの後ろ姿が見えた訳だが、彼女の目にコーナリングモードの
目新しいロータリーウイングシステムが写る。そしてノーマルモードにまた変形した。
「流石はニューマシンって事?私だって全開なのよ・・・それをこうも簡単に・・・
でも、抜いた場所が悪かったわね。見てなさい、ラベンダーウイング!」
バックストレートに入り、アスカはブースターを作動させた。彼女の目に
黒いテールが迫り、一気に抜き去る。
「どぉ?このマシンのブースターの威力は」
アスカはバックモニターに再び写るG-EV-Mを満足げに見る。が・・・
「えっ?何よ、アレ・・・」
アスカはエアロモードに変形し始めたG-EV-Mを見た。
あまりに見た目が変わったマシンに驚く。
当然だ。アスカからはフロントタイヤが消えたように見えたのだから。
「さあ、これでフィニッシュかな」
アベルは手元のスイッチを押した。エアロモードのマシンが更に変形を始める。
サイドポッドカウルのコアフィンが開く。アスカにも見えた。
「ブースター?!」
アスカが思う間もなく、黒いマシンは彼女の横を走り抜けた。
「そんな・・・ここまで性能が違うというの・・・」
アスカは完全に負けている事を悟る。加速、減速、システム全てにおいてG-EV-Mは
アスカのEG-Mを凌駕していた。アベルはバックモニターに写る赤いEG-Mを見て、
冷ややかな笑みを浮かべる。
「この程度か・・・ガッカリだな。走りだって大したことはない」
アベルはもうアスカを相手にしなかった。そのままアスカを無視して走り出す。
アスカも必死に追いかけたが、S字コーナーに差し掛かった時には黒いマシンは
彼女の視界から消えていた。
「マシンだけじゃない。彼もそれに見合った速さを持ってるわ。もう次元が違う・・・」
アスカはあまりの速さに、もはやお手上げ。これはとても勝てない・・・そう感じた。
アベルはサーキットを外れ、スプーンカーブにある関係者駐車場に行く通路を通り、
ゲンドウの待つトレーラーにマシンを格納すると同時にキャノピーを開ける。
「ご苦労だったな、アベル」
ゲンドウはいつもの通り、無愛想にアベルを迎える。アベルは一息呆れたように
息をつくと、奥のミーティングルームに消えていった。
既に日は落ち、この日は午後から雨が落ちていた。既に地面には水が溜まり、
更に雨粒は勢い良く地面に落ち、地面に広がる水たまりを増やしていった。
息が上がっているにも関わらず、必死に息を顰めて身を屈める少女、綾波レイ。
冷たい雨粒が冷え切った体に刺さるように降り注ぐ。
長い時間雨中に身を置いているのだろう、前髪からポタリ、ポタリと水滴が
彼女の足に落ちる。雨の音に混じり、足音が聞こえてきた。
彼女はその音が近づくに従い、顔が強ばっていく。
「おい、そっちはどうだ」
「いや、見なかった。そんなに遠くへは行ってない筈だ。もう一度戻って探すぞ」
彼女は壁に隠れてこのやり取りを聞いていた。そして足音が遠ざかるのを確認してから
立ち上がって声の聞こえた方向を眺める。立ち上がった彼女の姿はどう見ても普通の
少女ではなかった。薄いブルーの診察着1枚を身につけているだけ、この季節(この
世界には4季は存在する)にはとても合わない服装であるし、外出する服装にも
見えない。それに靴も、靴下も履かずに裸足であるから足はもう泥だらけだった。
雨の中で傘もささないでいる彼女は、服も、体も、髪もグッショリと濡れていた。
そのせいで元々高くない彼女の体温は、降り注ぐ雨に徐々に奪われていく。
既に足の下半分は冷たくなっており、足の指は満足に動かすことすら出来なかった。
それでもレイはこのまま逃げようとする。ゲンドウから、リツコから、EVIAから。
今、彼女は自らの意志で初めて行動していた。自らで考え、自らで決める。
その人としての当たり前の行動を、彼女は今初めて実行した。
が、どこかにあてがあるわけでもなく、
ただあの場から逃げ出さないと私が私でなくなる・・・
その想いだけでここまで必死に逃げてきた。
どこに行けばいいのか、
どこに行こうとしているのか、
それすら彼女には分からなかった。
とりあえず雨露を避けられる場所を探して
彼女はまた雨の中を慎重に周りを警戒しながら走り始める。
シンジは明後日のテストのために鈴馬のサーキットランドホテルに宿泊していた。
『ココン』
ノックの音が聞こえ、シンジがドアを開けると、見慣れた少女の姿があった。
が、服を見てびっくりした。真紅のローブ・デコルテに合わせて張ってある赤い
シースルーの袖。スカートは膝上15CM位のミニスカート、赤くて普通より少し
踵の低いパンプスを履き、いつも付けているインターフェースヘッドセットは外して、
少しウエーブを効かせたストレートヘアー、耳には小さいルビーのイヤリングを付け、
飾りにシースルー生地と同じ生地の大きめのリボンを腰の裏に付けていた。
そのシースルーリボンが、締まった彼女の腰に上手く付いていて綺麗だった。
しかも彼女は薄く、自然に化粧しているらしく、パッと見では気づかないが、
薄く引かれたピンクのルージュが彼女をより綺麗に見せていた。が・・・
シンジは化粧の事を気づかないばかりか、彼の目にはドレスが派手過ぎに写っていた。
「ハーイ、シンジ。迎えに来たわよ」
「う、うん。ありがとう。でも何?その派手な格好は?」
アスカはそんな彼の問いかけに正直ガッカリした。
今シンジの目の前に立った彼女は完璧に着飾った姿であった。
普通は会場に着くまではコートを羽織るのだが、
アスカはここでシンジに魅力を見せつけようとドアの前で2分ほどガラスと
にらめっこしてからノックしていた。
(シンジこの姿を見てなんて言うだろう)
そう心躍らせてノックしていた彼女だけにこの返答にはガッカリした。
「あんたもっと気の利いた事言えないの?着飾ったレディに対して失礼じゃない。
それに協会主催のパーティーなのよ。この位のドレスアップは当ったり前よ。
それよりシンジ・・・あんたまさかその格好で行こうってんじゃないでしょうね」
アスカは出てきたシンジの格好を見て不安げな面もちで彼を眺める。
彼はアスカの思った通りの返答を返す。彼女はいい加減に頭が痛くなってきた。
「あんた馬鹿ぁ?どこの世界にスーツでパーティに出る奴がいるのよ。しかも
紺のスーツで良くパーティーに出る気するわね。就職活動の学生じゃないってえの。
でもあんた確かモナコの時はタキシード着てたじゃない。あれはどうしたのよ」
「あぁ、あれはマヤさんが用意してくれたんだ。今回はマヤさん忙くて来れないから」
アスカはこの答えに更に肩を落とす。
(ある程度覚悟はしてたけど・・・嫌になっちゃうわね・・・)
「・・・まあいいわ・・・その為に早く来たんだしね。ほら、行くわよ」
そう言ってアスカは横に置いてあったバックからコートを取り出してそれを羽織ると
彼の手を引いて歩き出す。
「こ、ここは・・・?」
アスカはシンジの手を引いて、ホテル内にあるブティックに入ると店員に向かい、
「さっき頼んだ貸衣装、彼にサイズあわせてお願いね」
そう言いながらシンジの背中を押して更衣室に無理矢理連れていった。
「ちょっと、アスカ何なんだよ。どうするんだよ」
シンジは背中を押すアスカに向かって困惑した仕草でそう訊ねる。
「決まってんでしょ。私をエスコートするパートナーがそんなダサい格好じゃ
恥をかくのは私なのよ。女性に恥をかかせようってぇの、あんたは」
「ちぇっなんだよ。自分から誘ってきたくせに文句言うなよな」
「いいからとっとと着替えてくればいいのよ!」
そう言ってシンジを蹴飛ばして更衣室に押し込んだ。
「ったく世話が焼けるったらありゃしない」
アスカはいい加減疲れてきた。シンジをかまうと何から何まで教えなければ
ならないような錯覚を覚えた。
(マヤの苦労が分かるような気がするわね・・・)
パーティーはシンジが泊まっていたホテルからほど近い市内にある
鈴馬プリンスホテルで行われていた。今回のパーティーは恒例の前大会の表彰を
行うパーティーであり主役は優勝者のカヲルだった。
ここには当然関係者が集まり、ゲンドウやリツコもいた。簡単に会長、カヲルの
挨拶が終わった後に、後は立食パーティーに移った
シンジは赤いタキシードを無理矢理アスカに着せられていた。しかしアスカに
悪気があるわけではなく、彼女の衣装に合わせた衣装だったのだが、この派手な衣装は
流石にシンジには恥ずかしかった。隅で小さくなっていた所に、カヲルが現れる。
「どうしたんだい?こんな所で1人で佇んでるなんて」
「いや・・・あまり動きたくないんだ。この衣装じゃ恥ずかしくて」
カヲルはシンジに持ってきたお皿を渡す。皿にはクッキー等のお菓子が盛られている。
「ありがとう、カヲル君」
シンジは皿を受け取ると、一つを口に入れる。それを見ながらカヲルはシンジの隣に
座った。シンジはカヲルにも持っていた皿を差し出すと、彼は一つを口に運ぶ。
「思えば君とはまだバトルをした事がなかったね。僕は君と走りたかったけどね」
カヲルはシンジを見つめる。
「次は走れるかな。君と」
カオルはシンジに微笑む。そんなカヲルを見たシンジは
「お互いチャンピオンがかかってるからね。多分カヲル君と争う事になるだろうね」
「君とは同ポイントだから先にゴールした方がチャピオンだからね。
一ポイント差の彼女と、トウジ君はもういないから実質僕と君の勝負だね」
それを聞いたシンジの表情が曇る。トウジは別にして、レイがいきなり引退なんて
おかしい。その思いが彼にはあった。裏にはゲンドウが絡んでいる、そう感じた。
少し思案に暮れてるシンジを横目で見ながらカヲルは立ち上がる。
シンジはカヲルを見る。そこには少し冷ややかに微笑む彼がいた。
「今レースを始めれば君には負ける気がしないな。君の目は死んでいる」
「死んでる・・・?僕の・・・目が?」
「今の君はただ状況に流されるがまま走っている・・・いや走らされているに過ぎない。
目的意識すら持たない君に、僕が負ける道理がないよ」
シンジはカヲルに言葉を返せなかった。確かにレースは楽しいし、今の生活は
充実している。この生活を大切に思い始めてもいるし、続けて行きたいとも思っている。
「僕は君が最大のライバルと思ってここに来た。それは今も変わらないよ。
ただ、今のままなら・・・つまらない最終戦になるね」
そう言い残すと、彼はシンジから離れていく。
シンジはカヲルの発した言葉が心に引っかかっていた。
(目が死んでる・・・か・・・そうかもな、レースは楽しいし今の状況に満足してるけど
僕は一体何で・・・何のためにグランプリを走ってるんだ・・・)
そんな思案に暮れるシンジの肩をポンポン叩く人がいた。シンジがその方向を見ると、
「いよっ、そこの悩める好青年。このお姉ェ〜さんが相談に乗っちゃうわョん」
声をかけた人物は名前を上げなくてもお分かり頂けると思う。
彼女は片手にワイングラス、反対の手には何処から調達したのかビールジョッキが
持たれていて、既に出来あがっている30代の女性と、彼女の脇の下からにが笑いを
浮かべて顔を出している、いや彼女に捕まり抱え込まれてシンジに何かを訴えかける
加持がいたのだが何を言おうとしているのかはシンジには分からなかった。が・・・
シンジは捕まってはいけない人に捕まってしまった、とは思う。案の定、彼はアスカに
助け船を出されるまで、彼女に散々人生論を聞かされ、シンジの悩みに対する答え
には到底なりそうもない陳腐な話ばかり強制的に聞かされた。
まさにシンジにとっては良い事のまるでない生き地獄を味わったパーティだった。
シンジ達が会場を後にした時には既に雨は上がっていた。
雨が上がっていた事にアスカは自然と表情が緩やかになる。
そんな彼女だからシンジに対し、笑顔でこう訊ねていた。
「ねえ、雨上がってるんだし歩いてホテルまで帰らない?」
彼女たちが会場に向かう時にはまだ雨が激しく落ちていたので会場までは
タクシーで来たのだが、元々歩いても10分少々の場所だったので
雨さえ降ってなければ歩いていく予定だった。
「え、でもアスカそんな格好で寒くないの?結構外冷えてるけど」
シンジにしては思いやりある言葉だが,アスカはパーティドレスの上に薄いコート
一枚しか着ていないのだから、シンジの心配も当然だったのだが、
アスカは例え寒くても歩いて帰りたかった。
「大丈夫よ、それに歩くったって1時間も歩く訳じゃないし、問題ないわ」
空には星の煌めきはなく、グレーの天井にぼんやりとした光のみがあるだけ。
後は人の作りし街灯が等間隔に並べられているだけで、自然の明かりは無いに
等しい空間を、街灯の光の中を歩くシンジと私は沈黙の時を共有する。
いつもは私がシンジに話しかけるんだけど、今はそんな気分じゃなかった。
だからってシンジが私に話しかける訳でもなく、厳しい眼差しで前を見ているだけ。
ただ黙々と私達は、いえ早足で先に歩いていくシンジに、私がついていった。
私は・・・シンジと並んで歩くので精一杯だった。
普段履かないヒール、大股では歩けないスカート。
分かってるのシンジ・・・私がこうして横に並んでいる為にしている苦労を。
シンジは身長が私よりも10cm高いだけじゃなく、私はパーティードレス、
早く歩ける筈がなかった。けどシンジはお構いなしでさっさと早足で歩いていく。
大きく歩幅を取れないから自然とピッチが上がる。その度にいつもの感覚で踵を
出すから踵に力がかかる。踵に力がかかる回数が増える分、踵に余計な力がかかって
今では踵とくるぶしがヒリヒリとしみる。まだ6分位しか歩いてないのにこんなに
痛むのは無理なペースで私が歩いてるから。シンジ・・・何でそんなに急ぐの。
用があるわけでもないのに。しかも無言で黙々と歩くシンジ。会場を出てから私は
度々シンジの顔を見た。でもシンジは正面を直視して私の方を1度も見なかった。
まるで犬を連れて散歩するかのように感心すら示さない。彼のそんな態度が悲しい。
私は単に移動手段として徒歩を選んだ訳じゃない。徒歩なら邪魔が入らないで話せる。
お互いに今は忙しいから2人で話す時間はなかなか取れないから歩こうって言ったのに
これでは辛いだけ・・・歩く辛さと無視される辛さ、それに・・・・・その時私の目に
目印に覚えていた電話ボックスが見えた。今日寒いのを無理してでも歩こうって言った
もう1つの理由はシンジと見たい物があったから。去年は一人で見たここの楓並木。
紅の木が立ち並び、昼間はその赤さが一段と引き立ち、夜にはライトアップされた
オレンジの葉がその存在を主張する私が一番好きな楓のトンネル。
去年彼らはチャンピオンになった私を祝福してくれた。その私が大好きな楓並木を
今年はまだ見てない。今日見ようと思っていた、初めて好きになった彼と・・・
「・・・・・・・」
彼に話しかけようとしたけど・・・シンジは私を見てない。真っ直ぐ黙々と歩いてる。
さっきから前ばかり見てる・・・とても厳しい表情で。何故そんな顔してるの。
路地が見えてきた。ここを曲がってすぐの所に並木道がある。だいぶ前から楽しみに
していた、グランプリより大切に思っていた一大イベント。全てをはっきりさせようと
したイベント。でもシンジはその路地には目もくれずに通り過ぎようとした。
「・・・待ってよ、シンジ」
そう呟き、光る街灯の下で私が立ち止まったのがシンジにも分かったみたいだった。
シンジが私に振り返るのを確認してから私は細い舗装もされていない路地を指さす。
「・・・ねぇシンジ、こっちから帰らない?」
今までの寒さでも震えなかった手が震えだした。私は今、恐かった。臆病になってた。
シンジが何を考えているのか分からなかったし、今までのシンジの行動が私を臆病な
女にさせている。彼の顔を正面から直視出来ずにうつむきながらそう言う私に対し、
「わざわざ遠回りしなくたっていいだろ。そんな無駄足しないで早く帰ろう」
再びシンジは整備された歩道を歩き出した。・・・その背中が・・・凄く冷たく見えた。
・・・無駄足?何故私に訳も聞かずにそう決めるの?
何で・・・そんなに早く帰りたいのよ?。
・・・何でそんなに急ぐ必要があるの?。
考えれば考えるほどマイナス思考が膨らんでくる。
もしかして今日のスーツも、派手呼ばわりも、パーティーで私から離れたのも、
他の人と楽しそうに話してたのも、歩くのを拒否したのも、早足も、私への無視も、
私が楽しみにしていた事の拒否も、全部私への嫌がらせ?そんなに私が嫌い?
私がここで黙っていたのは私の中でシンジの態度に対する不安があったから。
私はシンジが好き。あの時に彼の優しさが分かった。優しくて思いやりがあって
ちょっと鈍感なシンジ、全てが好きだった。最近、彼の強さも分かった。熱血馬鹿の
1件でシンジを1人の男として見だした。それまでは彼は優しい男性として好きだった
けれど、今では強い意志を持つ男性としても見ている。結局惚れ直したって事。
私の中で好きという感情が更に膨らんだ。もう愛に変わっているのかもしれない。
今、もし今夜彼が望めば私は拒むつもりはない。いえ・・・むしろ喜んで彼と寝ると思う。
こんな気持ちになったのは生まれて初めて。それくらい想っている私を自覚できる。
だから失いたくない・・・この想いの元の彼を誰にも渡したくない。
でもシンジは口を開かず、無言で前だけを直視し私がギリギリついてこれるペースで
歩いている。私の心の中でシンジのそんな行動はいやがらせにしか取れなかった。
私の申し出もそっけなく断られた。やはりシンジの心の中に私は入れなかった?
マヤに勝てなかっただけじゃなくて、シンジに嫌われてる?・・・嫌な思いこみ、
でもそれが彼の態度を見た私なりの見解。私の中でその思いこみが心を浸食していく。
その嫌な思いこみが私の指さしていた左手の力を、いえ体の力を無意識に抜かす、
重力に従い左手が力なく下に降りると私は心の呟きを無意識の内に口に出していた。
「・・・私と一緒にいるのがそんなにつまんないの・・・?。
私、シンジに嫌われてるのかな・・・。
パーティの時も・・・今も・・・シンジずっと黙ってた。
私とは話せない?話したくないの?話すのも嫌気がさす?
そんなに早く帰りたい?そんなに私と一緒にいたくないの?
そんなにマヤが好き?側に寄りつく私を無視するほどマヤが好きなの?」
私の今までの想いが全部口に出た。特に今日のシンジの行動は悲しい・・・。
心の中で呟いていた不安が、想いが、言葉となって口から外に出て、
私の声で自らの耳に入ると、抑えていた私の切ない感情が一気に解放された。
同時に目が急激に熱くなる。私は必死にそれを抑えようとするが、
もう解放された想いは抑えようがなかった。
目からこぼれそうになった物を必死で手で押さえる。私は両手で顔を覆った。
シンジの前で見せたくなかった・・・涙なんて。