新世紀エヴァンゾイド
第壱拾弐話Cパート
「 Tempest angel 」
作者.アラン・スミシー
「目標、最大望遠で確認!!!」
「距離、およそ25000!!!」
「強羅絶対防衛線付近に異常振動確認!!!地下20mに高エネルギー反応!!!」
モニター、及びレーダーに映る使徒、及びゼーレゾイドの情報を日向と青葉、マヤが大声で報告する。先ほどまでの緩やかな胃を締め付けるような緊張が、背骨を押し潰すような重い緊張へと変化する。ミサトが彼女にはどこか少し心地よい戦場の空気を肺一杯に吸い込みながら、眼を光らせた。
「おいでなすったわね〜。ゾイド各機、スタート位置!洞木さん達は任意で迎撃!」
その声を合図に、前傾姿勢になり高速機動モードへと変形するゴジュラス。背中に取り付けられたバーニアから小さな炎を噴き上がらせて力をため込むアイアンコング。翼を広げ空に舞い上がる準備をするサラマンダー。地面に腹部がすれすれになるくらいに身を低くするサーベルタイガーとシールドライガー。前足で地を蹴り、アスファルトを引き剥がすディバイソン。絶対防衛線付近の丘の上から、もこもこと盛り上がり始めた地面を見つめるゴルヘックス、カノントータス、アロザウラー、ベアファイター。
「目標は光学観測による弾道計算しかできないわ。
よって、MAGIが距離10000までは誘導します。その後は、各自の判断で行動して。あなたたちに全てまかせるわ」
「使徒接近、距離20000!ゼーレゾイド地表に姿を現しました!」
「では、作戦開始!!」
シンジが通話モニターに写るアスカとレイコに向かって一度だけ頷いた。
「いくよ」
「いつでも良いわよ」
「こっちもOKよ♪」
2人が軽い感じで言い返したとき、シンジの心は戦場に向かっていた。彼の心に呼応するかのようにゴジュラスの目が鈍く赤く光る。
「スタート!!!」
「浅利君、私が敵ゾイドの位置を教えるからその場から精密射撃で迎撃してね!
霧島さんとムサシ君は防御担当!こっちに近づかせないで!」
「任せて!」
ヒカリに応えて、マナ操るアロザウラーが飛び出した。ゼーレゾイドからの砲撃をわずかな身のこなしでかわすと、両手を広げて突出してきた蛇型ゼーレゾイドの首を掴んだ。そのまま、もがき暴れることにもかまわず首と胴を雑巾を絞るようにねじり始める!
口から紫色のあぶくをふき上げる蛇型ゾイド・スネークス。頭部をその悪血で汚しながらもアロザウラーは力を緩めず、ついには首と胴を完全に引きちぎった!
「まずは1体!・・・次!」
マナが勝利の声をあげるも、一瞬のうちに次なる戦いへと目を向ける。アロザウラーの動きが止まった隙を付いて、2体の鰐型ゾイド・バリゲーターがその足を咬み千切ろうと跳びかかったのだ。大きさこそはアロザウラーより一回り小さいが、極めて強靱な顎を持ち、その凶悪な一咬みは厚さ50cmの鉄の板であろうとたやすく食いちぎる。慌てて跳び退いて一体をかわす。次いで2体目をかわそうとした時、大地に投げ出されていたスネークスの胴体がからみついた!
「!? 首をもいだってのに!しぶとすぎるわよ!」
マナが慌ててその体を引き離そうとするがしっかりと絡みついたスネークスは離れようとしない。
「やられる!」
ズバウッ!
後方から飛来した砲弾が、バリゲーターの頭を粉々にうち砕いた!
カノントータスが雷神の矛の様に苛烈な突撃砲の一撃をバリゲーターに加えたのである
「・・・危なかった〜。ありがとケイタ♪」
「油断しないでよ。ただでさえ数に差があるんだから」
心配そうな声を出すケイタ。その一方で休むことなく砲弾を雨霰とスネークスとバリゲーターの群の中に撃ち込んでいく。その度に確実な死がゼーレゾイドに襲いかかっていた。装甲が吹き飛び、紫色の血液が飛び散る。
その阿鼻叫喚の地獄に不敵な笑いを浮かべると、血とえぐり返された大地の煙が舞うなかに、ムサシ操るベアファイターが突撃した。体当たりで数体のゾイドを吹き飛ばした後、四本足での高速移動モードから、すぐさま後ろ足2本で立ち上がる格闘戦モードに変形する。
「碇達が使徒をかたずけるまで!それまでは絶対邪魔させない!
ムサシ・リー・ストラスバーグ、参る!!」
『グォオオオオオオオオッ!!!』
ムサシの絶叫に応えるように、ベアファイターが雄叫びをあげた。
凄まじい地響きと、土煙を噴き上げながら町中をただひたすらに走るゾイド達。
ゴジュラスがビルの谷間をアスファルトを蹴立てて爆走する。
アイアンコングがひと飛びで高さが100mはありそうな丘を飛び越える。
丘を飛び越したディバイソンが着地時に、地面に巨大なひび割れをつくり怒濤の突撃をする。
水をはね散らかしながらシールドライガーが走り、サーベルタイガーが高圧線を飛び越える。
まず最初に亜音速で飛行していたサラマンダーが使徒の落下予想地点に到着した。衝撃波が丘の周囲の草木を吹き飛ばす。周囲の惨状にかまうことなく使徒を見上げたサラマンダーの頭上にオレンジ色の盾が浮かび上がった。
「・・・サラマンダーF2、フィールド全開!!」
「キリ無いわねこいつら!」
マナが叫びながらアロザウラーに、足下の芋虫型ゾイド・モルガを踏みつけさせる。
ぐちゅりと嫌な音を立ててモルガの頭がハゼ割れた。
獅子奮迅の活躍をする彼女同様、ケイタは弾を補給しながら撃ちまくり、ムサシは当たるを幸いばったばったとなぎ倒していく。ヒカリの的確な指示に従い、三人とも必死になってゼーレゾイドを迎撃していた。すでに彼女たちの周囲には軽く30を越えるゼーレゾイドの屍が転がっていた。
だがなんと言っても多勢に無勢。
しかも、相手はなかなかに強力なゾイドばかりである。中距離から砲弾を発射し、あるいは素早い動きで接近戦を挑んでくる。それだけでなく神出鬼没に土中から飛び出して攻撃を加えてくるのだ。その攻撃は強力なATフィールドを張る彼女たちに深刻な傷こそ与えていなかったが、それでも視界を隠し、動きを鈍くするには十分だった。
「しまった!」
ついにマナとムサシの一瞬の間隙をついて、一体のゾイドが絶対防衛線を突破した。カノントータスが慌てて近距離用の機関砲を撃つが、それを素早いステップでかわすとゴルヘックスを踏み台にして、一気に町中に躍り込んだ。ヒカリがその後ろ姿を呆然と見送りながらも、過ぎたことは過ぎたこととマナ達に改めて指示を出そうとする。
・・・・・・だが
「ムサシ君、目の前の敵に集中して!・・・ああっ!」
突破されたことに一瞬だけムサシは我を忘れていた。ヒカリの警告に耳も貸さず、振り返ってベアファイターの臀部に取り付けられた2連電磁砲をマーダの背中に撃ち込んだ。電磁砲の加速された砲弾に溶けるように撃ち砕かれるマーダ。
しかしベアファイターが見せたわずかな隙を付いて、再び数体のゾイドが防衛線を越えた。
マナとケイタが慌ててフォローに回るが今度は雪崩をおこすように複数のゾイドがシンジ達にせまる。
「ラプター型ゾイド・マーダ数体が防衛線を突破!!落下予想地点へと進行を開始しました!」
市内に進入したマーダの銀色に輝く流線型のボディを見ながらマヤが警告の叫びをあげた。モニターに写る高速機動型ゾイドに焦燥の念を募らせるミサト。兵装ビルで攻撃を指示してもその攻撃は当たりそうにない。
「リツコまずいわ!」
「まかせて、ミサト!こんな事もあろうかと、N2ゾイドとP2ゾイドを用意しておいたわ!すでに準備は完了してるから、10秒で出撃できるわ!!」
高らかに、
『こんな事もあろうかと』
と言いながらこれまた怪しい名前を言うリツコにミサトは引いた。それはもう見事なくらいに。
「な、なによそれ!?あんたまた私達作戦部に黙って怪しい物作ってたの!?」
「怪しいとは失礼ね!それにこれはあなたに黙って進めていたわけじゃないでしょう!」
「そ、そうだっけ?とにかく、そのP2だかN2だか知らないけど、この状況を何とかできるのね!?」
「あの子達を信じなさい!」
マーダが町中を走りながら、背中に取り付けられた砲座を動かす。
射程に入ったと同時にシンジ達を狙撃するつもりなのだ。
だが、マーダの攻撃は成されなかった。
『グワオッ!』
突如ビルの隙間から飛び出してきた銀色に輝くゾイドが首筋に噛みついたのだ。噴き上がる血に、必死になって振りほどこうとマーダは暴れるが、そのゾイド、ネコ型ゾイド・ヘルキャットは無造作に首を噛みきり、マーダの命という灯火を吹き消した。
「んな!?なにあれ?リツコ、あれがN2ゾイドなの!?」
血で汚れた顔を前足でこするヘルキャット−−−銀色の甲冑を着込んだ猫のような外観−−−に、ミサトが驚きの声をあげた。だがミサトの驚きはまだまだ続く。
僚機にあった異変を察知し、素早くその場を離脱しようとする別のマーダに、これまた別のヘルキャットが跳びかかった。しかも2機がかりで。1機が足に食らいついて動きを止めると、別の1機が肩につけられたビーム砲の筒先をマーダの頭に向けた。
そして、それ以外のマーダの寿命もそこまでだった。
自爆も辞せじとばかりにゴジュラス達めがけて走り出すが、その頭上に黒々とした円筒が落ちてきたのだ。通常ならば弱いながらもATフィールドを展開できるマーダにその円筒、重爆弾が通用するわけがない。しかし、マーダのATフィールドは中和されていた。頭上に浮かぶ小型の鳥型ゾイド・グライドラーによって。
身を守る盾を失ったマーダの断末魔が響いた。
「リツコ!?あんたいつの間に新しいチルドレンをっ!?」
ミサトが泡をとばしながらリツコに詰め寄る。そして彼女の疑問に応えたのは、リツコではなくヘルキャットとグライドラーのパイロットだった。
『クワァ〜〜〜』
『 『 『にゃあ』 』 』
日向が開いた通話モニターにはミサト達がよく知る動物、すなわちミサトの家族のペンペンと、リツコの家族の猫達が映っていた。
何とも言いようのない疲労感を感じ、ミサトが床にへたりこんだ。
「あ、あ、あ、あ、あ、あんた何やってるのよ〜〜〜〜!?」
「生きるためにはね・・・。なりふり構ってられないのよ」
「だ、だからと言ってペンペンやにゃん太達を乗せなくても良いでしょ〜〜〜〜〜!?」
「ペンペンとにゃん太達はこのために特別な訓練と改造が施された動物だって飼う前言ったでしょう!あなたペンペンの背中の機械を一体なんだと思っていたのよ!?」
「・・・・・・・マジ?」
「マジもマジ。大マジよ」
「・・・・・・・・・・・・なんか滅茶苦茶釈然としないけど・・・。
とにかく良し!ペンペン、にゃん太、にゃん吉、にゃん助、しっかりやんなさい!」
『クワワッ!』
『『『にゃにゃあ♪』』』
ミサトの声援に応えるように、ペンペン達はマナ達の援護に向かった。ちなみに本編にはまったく関係ないが、P2ゾイドはペンペンゾイドの略。N2ゾイドはにゃんにゃんゾイドの略である。
「まだだ!もっと速く!ヴェルギリウス、もっと力を!!」
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!!!』
ゴジュラスがシンジの心の叫びに応え、一瞬のうちに急加速をおこした。
衝撃波寸前の突風を巻き起こしながら、使徒の落下位置に走り込む。
一瞬のうちにサラマンダーの横に到達すると、尻尾と足の爪を地面に突き立て急ブレーキをかける。慣性の法則がその乱暴な行動に抗議をあげるが、ゴジュラスの力の前に押さえ込まれ、せめてもの足掻きとばかりに大地をえぐり返す。
すぐさま高速機動モードからプロポーションが人間に近い形態に変形を行う。ゴジュラスの姿勢が元に戻り、肩の装甲が開放されて腕が1関節ぶん伸びる。
「フィールド全開!!」
サラマンダーのATフィールドを遙かに上回る凄まじいフィールドがゴジュラス周辺の木々や建物が吹き飛ばした。
まさにその時、使徒の巨体が彼らの直上に落下してきた。
「ふんっ!」
文字通り神に挑む竜のようにその体を受け止めるゴジュラス。天文学的な重量を押し返そうと凄まじい力がその体からほとばしる。しかしその渾身の力を持ってしても、使徒を受け止めることは出来なかった。
一瞬だけ押し返すものの、直後押し返されゴジュラスの足が地面にめり込んでいく。横では同じようにサラマンダーが押し潰されそうになっていた。ゴジュラスと違い、頭で受け止めているためその被害はゴジュラス以上に深刻だった。
内側と外側からかかる圧力に耐えきれず、2体の装甲が張り裂け生体組織が剥き出しになると共に体液が吹き出した。
「ああああ!アスカ、早くっ!!!」
苦痛に耐えられず、ついにサラマンダーが膝をついた。彼女らしくない泣き声をあげながらまだ到着していないアスカ達に助けを求める。
「わかってるわよ!アイアンコング、フィールド全開!!」
アスカが答えながら駆けつけた。少し苛立ちが混じった顔をしながら、シンジ達と同じように使徒を受け止める。
「ぬおりゃあああああああっ!!!!」
三人の力が一つになり、使徒の体をわずかながら押し返した!
「山岸さん、ケンスケ、いまだ!!」
シンジの声を合図に、走り込んできたシールドライガーが使徒のフィールドに牙をたてた。それからわずかに遅れて到着したサーベルタイガーもフィールドに牙をたてた。使徒の中心で交差する2体の野獣。使徒のATフィールドが×印に切り裂かれた。ぺらりと紙をめくるようにATフィールドに隙間ができる。
「どっせい!!」
地響きも凄まじく、ディバイソンが勢い良く跳び上がった。ただでさえ長大な角が更に長くなり、使徒のコアめがけて突き刺さった。
使徒の体から力が抜け、だらりと垂れ下がった。だが、ディバイソンはまだ攻撃の手を緩めなかった。角を突き刺したまま、背中の突撃砲を全弾コア目がけて撃ち込んだのだ。
ドッゴーーーーーーーーーーン!!!!!
「いよっしゃあ!」
発令所では大爆発をおこす使徒を見てミサトが歓声をあげていた。勝率1万分の1の確率の戦いを見事勝ち抜いたのだ。その声は喜びと誇り、そしてチルドレンへの感謝の気持ちでいっぱいになっていた。
ミサトを横目で見ながら、これまたほっとした顔のリツコがマヤに指示を出した。
「さすがね・・・。マヤ、状況を確認して」
「はい、先輩。ゾイド各機の反応を確認。多少の損傷はあるものの、全員無事です。市内の被害ですが・・・」
マヤがそこまで言いかけたときだった。
青葉が突然目の前のモニターに激しく映るデータを見て蒼白になった。震える声で警告の叫びをあげる。
「これは・・・パターン青!使徒健在!生きています!」
「なんですって!?」
「落下地点直上500mに高エネルギー反応!!大気圧と水蒸気量が激しく変動しています!!
このままでは、第三新東京市を中心とした超大型の低気圧が発生します!!」
「モニターで確認して!」
ミサトの言葉に反応して主モニターに拡大映像が映るが、たちまちの内に真っ黒な雲で覆われていく。全てが隠される一瞬前、目玉の模様が描かれた球体が浮かんでいるのがミサト達には見えた。子供の落書きのような模様だったが、ミサト達には天使ならぬ悪魔の邪眼のように思えた。
「ダメです!急激な水蒸気量と気温の変化によって霧が・・・いえ積乱雲が発生しました!光学観測ができません!」
「風が吹き始めました!最大瞬間風速・・15,16,17・・・20mを突破しました!ダメです!ありとあらゆる観測装置が効果ありません!」
雲を中心として、周囲に突風が吹き始め、雲の中から稲光が起こる。真下で呆然と立っていたゾイド達も風に押されるようにして、丘から離れ始めた。ここにゾイドの欠点がある。その大きさに比べて軽いのである。もちろん重量はゴジュラスで軽く1000トンを超えているが、風は段々とその力を増していき、ゾイドを押し倒そうとし始める。
「MAGIの予想では最終的には直径1300km、中心部では最大風速100mを越えると思われます!!!」
「そんな・・・。そんな風が吹いたらいくら何でも街が持たないわ!」
「シンジ君!攻撃して!!」
ミサトの指示に従い攻撃するシンジ達。ヒカリの奔流が雲の中心めがけてほとばしった。だがその攻撃は実弾、エネルギー兵器を問わず全て効果がなかった。クニャッと効果音をつけたくなるくらい見事に曲がったのだ。
「ダメだ!風のせいで途中で曲がる!パレットライフルじゃ届かない!」
「サラマンダーも飛べないよ〜!」
「鈴原!あんたの突撃砲は!?」
「ダメや!もう弾があらへん!できる限り荷を降ろして軽くしたさかい。ケンスケはどうや!?」
「レーザーも効果がない!途中に電磁波の壁があるみたいなんだ!」
「ミサトさん!効果ありません!どうすれば良いんですか!?」
マユミの泣き声に答えるすべを持たず、ミサトはただ自分の無力さを噛みしめた。
使徒の作り出す積乱雲はマナ達の所からも確認ができた。非常識な戦闘能力を持つゼーレゾイドリーダー、ヘルディガンナーを死闘の末に倒した4人ですら、むくむくと膨れ上がる真っ黒な雲を見て言葉を失った。それは彼らの理解の範疇を越えていたのだ。詳しいことは彼らにも分からない。だが、それが持つ絶大な力だけは感じ取ることができた。すなわち、神の力を。
「あの変なのが・・・使徒の生み出した雲だと?うわ、ここまで風が吹き始めた」
「シンジ達の攻撃・・・効いてない。どうするの!?」
「このままじゃ街が壊されちゃわ」
勝ち気なマナでさえも言葉にできない恐れを感じ、言葉尻が震える。三人が三人とも絶望という袋小路にはまりこもうとしたとき、ケイタが一つの考えを思いついた。一瞬だけ考え込むが、使徒に視線を向けるとふっきれたかのように話し出す。
「・・・・・・マナ、ムサシ、委員長。僕に考えがあるんだ」
「「「考え?」」」
「つまり、カノントータスを使徒目がけて投げつけるって事?」
ミサトがケイタから考えを聞いて絶句した。彼女が絶句するほど、ケイタの考えは無茶だったのだ。
「そうです。もちろん、風に巻かれてまっすぐ飛ぶことはないけど、それでも風の壁を突き抜けて使徒のいる空間には飛び込めると思います。そうすればフィールドは中和されているから、カノントータスの突撃砲で殲滅できるはずです」
そう、ケイタの言う作戦とはカノントータスを弾丸にして使徒に投げつけるという物だった。ミサトが黙り込んでしまったので、代わりにリツコがケイタを止めようとする。
「理屈は分かったけど・・・。
無茶よ。MAGIの計算によれば、風の壁を突き抜けても0.1秒でまた外に吹き飛ばされるわ。それにものすごい回転をするのよ。中に乗ってるあなたの命の保証はできないのよ。成功確率は0.00000003%。許可できないわ」
「でも、どうせこのままでも・・・」
リツコが食い下がるケイタを止めようと、声を強くしたときミサトが絞り出すように声を出した。その陰々滅々とした声は発令所中の人間の背中に鳥肌を立たせ、モニターに映るケイタの心臓を一瞬止めた。感情にブラインドをかけミサトが淡々とケイタに確認を取る。今のミサトはチルドレンのお姉さんのミサトではなく、彼らの上司葛城ミサト三佐だった。
「・・・覚悟はできてるの?」
「ミサト!?」
「リツコは黙ってて。ケイタ君・・・良いのね?」
「はい」
最後に、三呼吸ほどのためをおいて、ケイタは頷いた。シンジ達同様、みんなを守るために。
「頼んだわよ・・・。作戦の実行を許可します。シンジ君、聞いての通りよ!」
突風が吹き荒れる中、飛ばされないように大地に伏せるゾイド達。いかにゾイドとはいえその強風の前では真っ直ぐに立つことすら容易ではない。使徒の放つ電磁波のため、通常の電波通信では会話ができず、レーザー通信でミサトがケイタの作戦を報告した。
「分かりました!でも、どうやってここまでカノントータスを・・・」
「はいは〜い♪私が行くわ」
シンジの疑問にレイコが手を挙げながら立候補した。その明るい、危機感を感じさせない言い方にアスカが怒った声をあげて詰め寄る。
「あんた何言ってるのよ!?もう風速40mを越えてるのよ!いくらサラマンダーF2でも飛べるわけないでしょう!しかもあんた怪我してるのよ!」
「大丈夫。ケイタ君もシンちゃんも、アスカも、みんなみんな命をはったのよ。私だけここでボ〜ッとしてるわけにはいかないもん」
それだけ言うと、レイコはシンジ達の静止の声を振り切って大空に舞い上がった。だが、空中に浮かび上がったのもほんの一瞬のこと。たちまちの内に煽られて失速し、フラフラと頼りない飛び方をする。右に左に傾ぎ、剃刀のような翼が兵装ビルの一部を切り落とす。
「あわわわ!ま、真っ直ぐ飛べないぃ〜。
それに、痛い!手が痛い!お、折れちゃうよ〜」
暴風に翼をもぎ取られそうになり、フィードバックした痛みを感じてレイコが悲鳴を上げた。必死になってシンクロ率を意図的に下げ、痛みを軽減するもののわずかに木がそれたため前方のビルに気が付かない。
「きゃあ!」
周囲の風の音にも負けない轟音と共に兵装ビルをかわし損ねて頭から激突する。
「レイコ!?」
「大丈夫、ちょっと間違えただけ・・・行けるわ」
アスカの心配する声に気丈に立ち上がると、今度は風に煽られないように低空飛行でケイタの所に向かった。先の使徒の爆発と圧力による損傷もあって全身の装甲はぼろぼろになっていた。
「痛い・・・痛いよぉ」
苦痛のあまり涙を流しながらレイコはサラマンダーを操った。ともすれば暴走を起こしそうになる衝動を必死にこらえて。そして満身創痍になりながらも、目的地に到達した。
「レイコさん、大丈夫なの?ボロボロじゃないか」
全身の装甲や翼の付け根から血液を滴らせるサラマンダーの姿にマナ達が息をのんだ。その痛々しい姿にケイタが心の底から心配した声を出した。自分のゾイドもまた満身創痍な事も忘れて。
お互い様な状態なのに、お互いを心配しあう事に少し滑稽な物を感じたレイコが、つっかえつっかえにだが明るい声で話しかけた。
「あ、あはは。・・・ケイタ君も心配性だね♪でも大丈夫・・・ほんの2km、くらい、簡単に飛べるわよ」
「ダメだよ!顔色真っ青じゃないか!死んじゃうよ!」
だがケイタは彼女の言葉を信じなかった(彼だけではなかったのだが)。おたおたした声でサラマンダーの周りを歩くだけで捕まろうとしない彼に、青い顔をしながらレイコは眉をひそめた。そして一息吸い込むと普段の彼女とはとても思えないようなハスキーな声で怒鳴りつけた。
「ごちゃごちゃうっさいわね!ここで言い合いをして余計な時間を使うわけには行かないのよ!!」
「そんな、僕は本当に君のことを心配して・・・」
「ねえ、私のこと心配してくれるのは嬉しいけど、このままじゃみんな死んじゃうよ。
だから、ねえ、そんな気弱なこと言わないでよ。ケイタ君のこと嫌いになっちゃうよ」
「・・・・・・わかったよ」
「そう!そう言う顔してれば良いのよ♪ケイタ君、絶対あいつをやっつけてよね。
というわけで、レイコいっきま〜す!」
嬉しそうにそれだけ言うと、レイコはレバーを握りしめた。しびれる腕に力を込めると共に、サラマンダーが翼を広げ、カギ爪のような両足でカノントータスを掴みあげる。その重量に一瞬だけ失速して落下しそうになるが、それまでの怒りを吐き出すかのように舞い上がった。
再び暴風がサラマンダーに襲いかかり、木の葉のように翻弄する。だが、サラマンダーはきしみをあげる体のことなど気にもせず、使徒が居るであろう雲を睨み、足に掴んだカノントータスの安否を気遣っていた。
「ぐ、ぐううううううっ!!」
「頑張って、後少し!」
涙を流しながら操縦するレイコにケイタが声援を送る。こちらも意識せずに流れる涙で顔をゆがめながら使徒を睨み付けていた。
「う、うう・・・」
ボキッ!
「きゃああああっ!」
「うわっ!落ちる!」
そして、目的地の100mほど手前に到達したとき、遂に負荷に耐えかねたのかサラマンダーの片翼があり得ざる方向に曲がり、同時にレイコが自分を抱きしめるように両肩を抱いた。悲痛な悲鳴を上げながら墜落するサラマンダーとカノントータス。レイコは苦痛の悲鳴を、ケイタは恐怖の悲鳴を上げた。
2体のゾイドをモニターしていた、発令所が、トウジやマナ達が絶望を感じたその時、奇跡は起きた。
「よく頑張ったわね!ここから先は任せなさい!」
いつの間にか2人の真下に移動していたゴジュラスとアイアンコングが受け止めたのだ。
「あ、アスカぁ、シンちゃん・・・」
「・・・敵は絶対とるから。ケイタ君、頼んだよ」
力強くうなずき返すケイタ。それを確認するとアイアンコングとゴジュラスは2体一緒にカノントータスを抱え上げた。ゴジュラスの腕に力がこもり、これまで以上に目の光が激しくなる。
「いくよアスカ!!!」
「わかってる!いつかのユニゾンみたいにやるわよ!」
そして2体は同時に走り出し、そして最大級の加速をつけてカノントータスを投げ飛ばした!
「「でぇぇぇりゃあああああああぁぁぁっ!!!!!!」」
<ネルフ本部通信施設>
困ったような顔をしたミサトが、通信回線がつながるのを待っていた。真剣な顔をしていたがどこか落ち着かない雰囲気を漂わせていた。とても勝った軍の将軍とは思えないような。まあ本当は違うのだが似たような物だ。シンジ達が落ち着きのないミサトを不思議そうに見る中、通信機からかすかな音が発せられた。
「電波システム回復。南極の碇司令達から通信が入っています」
「お繋ぎして」
『SOUND ONLY』
と無機的に表示されたモニターがあらわれる。
「申し訳ありません。わたしの勝手な判断で多くのゾイドを破損してしまいました。その上ゼロチルドレンとイレブンスチルドレンに重傷を負わせてしまって・・・。責任は全て私にあります」
『かまわないわ。使徒殲滅が私たちの使命だもの。その程度の被害は幸運といえるわ』
『ええ、よくやってくれたわ。葛城三佐』
「ありがとうございます」
ユイとキョウコの落ち着いた物言いにミサトがようやくホッとした顔になった。半ば独断でゾイドを、子供達を危険にさらしたことに本当はビクビクしていたのだ。それどころかねぎらいの言葉をかけて貰ったので、今ではとても嬉しそうな顔になっていた。
(ラッキ〜♪ユイさん達怒ってないわ。向こうの仕事もうまくいったみたいね。
こ、これはもしかしたら臨時ボーナスがもらえるかも♪♪)
捕らぬ狸の何とかをするミサトだったがユイはそこまで甘くなかった。帰国したユイがレイコのお見舞いに行き、思っていた以上に重傷な事を知ってミサトをボコにするのはまた別の話である。
『ところでシンジはそこにいる?』
「うん。なに母さん」
『話は聞いたわ。よくやったわね』
「そ、そんなこと無いよ」
『そんな泣きそうな声を出さないの。シンジだけじゃなくて他のみんなも頑張ったそうね。ありがとう』
ユイのその言葉に、照れくさそうにアスカが口を開いた。
「おばさまにそう言ってもらえると私も嬉しいわ」
『アスカちゃんも言うようになったわね〜。
? ・・・レイが話したいことがあるんですって。替わるわよ』
急にレイからご指名を受けてシンジが緊張した顔つきになる。そして通話機から聞こえてきたのは・・・。
『碇君』
「なに綾波?」
とても小さく、密やかな声。
『碇君』
「どうしたの?ねえ、何が言いたいんだよ?』
『碇君』
「あ、綾波?」
『あ、シンジもう切るわね。ちょっとレイあなたどうしたのよ?』
『碇君・・・
ポッ
』
『ああ、僕にも一言喋らせ・・・プツッ』
三日以上シンジの声を聞いていないレイが禁断症状を出したなんて、お釈迦様にも分かるまい。
避難警報が解除され、街に人が戻ってきた。
主要道路は昼とは逆に全線上りに変更され、帰ってくる車で大渋滞をおこしていた。ざわざわとした空気が漂い、人の呼吸で満たされていく。
ビルもジオフロントから地上に戻され、使徒迎撃要塞都市ではなく、人の住まう人の街へとその姿を変える。あるいはこちらの方こそ本当の姿なのかも知れない。
『次は新宮ノ下、新宮ノ下。お出口は左側に替わります』
環状線電車も人が戻ってきたと同時に活動を再開した。そしてその車両の一角に見知った人物が乗っていた。シンジ達が約束どおりステーキを食べに行くため乗っていたのだ。
「さ、約束は守ってもらうわよ!!」
「はいはい。大枚おろして来たからフルコースだって耐えられるわよ」
(給料日前だけどね・・・)
モダンな雰囲気が漂う洒落た内装。
淡い琥珀色の照明が室内を照らし、グランドピアノと弦楽器のカルテットが幽玄の美を奏でる。
まさに大人の雰囲気が漂う、選ばれた者の聖域。
第三新東京市が世界に誇る五つ星レストラン(新ミシュラン2015年度版より)
そこに彼らはいた。
思いっきり場違いに。
(きゅ、給料日前なのに・・・。よりにもよってこんな店選ぶなんて!)
「シンジ♪私の小鳩の胸肉のソテーとシンジのステーキ半分こしよ♪」
「マナさん、抜け駆けはずるいです!あ、シンジ君、私のハンバーグいります?」
「ちょっとあんた達、シンジが困ってるでしょう!黙って自分の分を食べちゃいなさいよ!!
シンジ、そのステーキ食べないならちょっと頂戴♪」
「「早食い」」
「なんですってぇ!?マナ!マユミ!今なんて言ったのよ!?」
「あ、アスカそんな大声出しちゃダメだよ。他の人に迷惑だよ。
・・・なにレイコちゃん?」
「シンちゃん、私右腕骨折したから食べられないの・・・。だからあ〜ん♪♪」
「す、鈴原・・・良かったら、私の半分食べる?」
「え、ええんか?すまんなイインチョ」
「ううん良いの。鈴原が喜んでくれるなら・・・」
「あっちは華やかで良いなあ。ちくしょう、シンジの奴・・・」
「気にするなケンスケ。こっちまで悲しくなる。騎士道大原則ひとぉつ。女の子に囲まれていても・・・う、羨ましくなんかないやい!
それはともかくケイタ、あ〜ん」
「な、何が悲しくて、ムサシにあ〜んしてもらわないといけないんだよぉ。憎い、折れた腕が憎い!折った使徒が憎い!」
制服姿でぺちゃくちゃ喋くりながらステーキを食べるシンジ達10人。彼らを見るミサトの目は虚ろだった。その横では無理矢理連れてこられた加持とリツコがこれまた虚ろな目をしながら、自分の皿から料理をかっさらうペンペンと猫達を見ていた。その横にはもっと虚ろな目をした冬月が居た。
第三新東京市は壊滅の危機から免れたが、代わりにミサトと加持とリツコの財布は壊滅した。だが、これで暴飲暴食怪獣チルドレンの攻撃は終わったわけではない。
負けるなミサト!くじけるな加持!がんばれリツコ!いざという時は居たはずなのに忘れられていた冬月(一応ネルフ副司令)にたかるんだ!
チルドレンのメンタルケアは君たちの手に掛かっている。
世界に平和を取り戻すその時まで・・・。
戦え!三十路トリオ!!!
第壱拾弐話完
Vol.1.00 1999/01/31
Vol.1.03 1999/03/06
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