METAL BEAST NEON GENESIS

機獣新世紀
エヴァンゾイド



第7話Bパート

「マリオネット・ゲーム」



作者.アラン・スミシー



















「あら?」

 異様な感覚を感じて、リツコは眉をひそめた。

 ぶーんぶーんと何かが唸っているような・・・。
 周囲に満ちた機械群のそれとは違う、明らかに異質な何かの揺れが机や壁の機器を揺らしていた。

 意外なことにミサトは感じていないようだ。
 徹夜の疲れからの錯覚かしら?

 状況報告するマヤの言葉を遠くに聞き流しながら、小休止とばかりにリツコはコーヒーを飲もうと手をカップに伸ばす。
 が、指がカップに触れる寸前その動きが止まった。

 リツコの黒い瞳に映るカップ。それは目で見てハッキリとわかるほどに揺れていた。

「え?」

 リツコが明らかな異常事態が発生したことを言おうと口を開き書けたとき、それは起こった。



ドガンッ!



「きゃあっ!」
「うわっ!」
「な、何が起こったの!?」

 突然発生した地震のような激しい縦揺れに、ミサトとリツコは腰を床に打ち付けて悲鳴をあげ、椅子に座っていたオペレーター達も口々に叫び声をあげた。こぼれたコーヒーが散乱し、散らばった書類にシミを広げていく。

 充分に距離を取り、振動対策などを施された管制室ですらそうなのだ。
 直下のケージの惨状は酷いものだった。
 落下した構造物に潰された者、揺れに足を取られ階下に落下する者、そしてまともにデスザウラーに睨み付けられ腰を抜かす者。

 潰された者は不運だったが、落下した者は真下が冷却液な為死んではいないようだ。
 動ける者が負傷者に手をかし、蜘蛛の子を散らすように作業員が逃げ出す光景を、リツコは映画かなにかの一シーンのように感じながら呆然と呟いた。

「な、なんでデスザウラーが起動してるの」
「わかりません!コンタクト直後に、ゾイドコアが活性化しました!こちらからの制御を一切受け付けていません!」
「リツコ!?」
「わからないわ。わからないわよ。どうして動くの!?そんなことあるはずないわ!」

 マヤの報告とミサトの誰何の声に応える術を持たない。
 そんな自分の無力さとこれから起こる事態に歯がゆさを感じながらリツコはヒステリックな叫び声をあげた。
 全てが自分の認識外の出来事のように感じられる。夢?
 そう全てが夢のようだ。
 もちろん、錯覚にすぎないが。
 彼女達の真下では出血大サービスで巨大生物の暴走というタイトルの劇が繰り広げられていた。


 無力な大人達が見守る中、デスザウラーは無造作に腕を動かした。
 それだけで飴のように拘束具は引きちぎれ、周囲のタラップや作業台はへし曲がって冷却液のプールに倒れ込んで水飛沫をあげる。救出が遅れてまだ浮かんでいた作業員が巻き込まれて姿を消した。

 しばらく、邪魔と思われる拘束具の残骸やボルトを引きちぎっていたデスザウラーだったが、もう充分と判断したのかやおらぐるりと向きを変えた。
 目がすっと細くなり、背中のファンがゆっくりと回りだし、徐々にその速度を速くしていく。
 同時にミサト達が巨大な蛍の群と勘違いするような光の玉が無数に現れ、そしてデスザウラーの背中に吸い込まれていく。

「なっ!?
 荷電粒子砲を撃つつもりなの!?全員伏せて!」

 リツコが大げさに床に倒れ込みながら叫び、他の人間達も慌ててそれに習う。
 直後、デスザウラーの口から真っ青な光が放たれた。

 光線は壁を一瞬で融解させ、そのまま勢いを弱めることなく更に隔壁を幾つも撃ち抜いていった。
 非常に高出力の荷電粒子砲。
 本来大気中での使用が躊躇われるようなそれは、膨張爆発、水蒸気爆発、単純な可燃物の爆発、それらを連鎖的に起こしながらネルフ本部を灼熱の地獄とかえた。

 一瞬で蒸発した人間は幸せだ。
 少なくとも苦しくなかったし、恐怖を感じる暇もなかったから。

 すぐに死ねなかった人間は、全身を炎が包んでいくのをどうにもできずに叫び声をあげながら炭となり、あるいは熱で生きたまま茹であげられてシミを作った。
 走って逃げる余裕が幾らかあった者は、後方から炎が追いかけてきて自分を呑み込むまでの数秒間、恐怖に狂わなければならない。
 例え助かっても高レベルの放射線を被爆しているはずだ。直ちにメディカルチェックを受ける必要がある。
 助かるのは100人の作業者のうち10人いるかいないか。







 後方の惨事に一切構うことなく、デスザウラーは自らが開けた大穴をくぐり抜け、一直線に何処かへと歩を進めた。
 その後を追うように、壁に開いた大穴から滝のように轟音をたてながら冷却液が流れ出ていた。

 予定を逸脱した事態に、魂を抜かれたようにそれを眺めているだけのミサトだったが、正気に返るとすぐさま日向にデスザウラーの進路を尋ねた。
 先の戦いの教訓からこれまでの数倍強力な電子防御を施された端末はかろうじて生きていた。
 一瞬遅れて日向は端末を操作し、現在地とデスザウラーの進行方向から推測される目的地を検索する。

「この方向は・・・。
 セントラルドグマです!」

 日向がそう報告したのとほぼ同時刻、デスザウラーはメインシャフトの外壁めがけて再び荷電粒子の奔流を浴びせかけた。
 たちまちの内に金属の外壁は溶けてねじくれ、デスザウラーがくぐり抜けるに充分な穴を開けた。

『この奥・・・』

 デスザウラーはジッと目前の暗闇を睨んていたが、やおらその身を虚空に乗り出し、躊躇も何もなく底知れぬ縦穴に飛び込んだ。
 呼び声の元に行くために。








「デスザウラー、セントラルドグマを降下中!」
「防御用ゾイドが応戦していますが効果なし!」

 場所を発令所に移し、デスザウラーを止めるべく作業を行うミサト達。
 日向と青葉の報告に、ミサトは厳しい顔を保ったまま考え込んだ。
 一体、デスザウラーはどこに行き、何をしようと言うのか?

(まさか、アダム?でもどうして・・・)

 真っ先に頭に浮かんだのは地下で張り付けにされていた白子の巨人。
 先の戦の時、使徒達のリーダーを勤め、同時に使徒達の頭脳でもあった。
 ゾイドは使徒の敵対者である。
 その本能を満たそうというのだろうか?その為、サルベージ作業を受け付けず、地下へと暴走を始めた?
 仮説ではあるが、要所は満たしている。

(・・・・・たぶん、違うわね)

 だがミサトはすぐさまその考えをうち消した。
 今までデスザウラーが静かにしていた理由が不明だし、なによりデスザウラーの目を一瞬見たからだ。
 その目は、そんなことではなく子を守る母のような死にものぐるいの力に輝いていた。





 追跡用小型ゾイドの捉えた映像。

 どういうことか自由落下しているとは思えないくらいの浮遊感を保ったまま、降下しているデスザウラーが移っている。すれ違いざまの砲撃や、途中のシールドをどこ吹く風と受け流して突き進むその姿はまさに魔獣。

 腕の一振りで壁を引き裂き、ついでに邪魔をする蜘蛛型ゾイド『グランチュラ』を金属の残骸に変える。
 一睨みでまとわりつく鳥型ゾイド『ペガサロス』を萎縮させて追い払ってしまう。
 そして吐き出す光線は厚さが5m以上あるシールドを一撃で撃ち抜いてしまった。


 こうなると絶対無敵の魔獣も敵になった以上にタチが悪い。
 何しろ止める手段がないのだから。
 道具になれない道具など、かえって害にしかならない。

(アスカがまだ中に残っているけど・・・)

 場合によっては廃棄もやむなしか?
 できるできないは別にして、ミサトは忌々しげにそう考えた。







「日向君、現在地は?」
「なおも降下中。
 このままだとコキュートスに・・・。いえ、停止しました!
 壁を突き破って、西に進路を変えました」
「西?」

 すぐにリツコに意見を求めるため振り返る。
 リツコは腕を組んでしばらく考えていたが、ハッと目を見開いた。

 デスザウラーが居るのは最下層『コキュートス』の一歩上、『トロメア』。そしてデスザウラーの進行方向には最も巨大な、そして極秘のゾイド調整施設がある。他にもとある施設があるが、それは関係がないだろう。

 そしてそこでは、現在ナオコがマッドサンダーの起動実験を行っているはずだ。

「まさか、自らの宿敵を・・・?」

 顔色が化粧でも隠しようのないくらいに蒼白になる。
 そんなリツコの様子に尋常でないものを感じたミサトは今がチャンスとばかりに語気を強めて迫った。理由はわからないが、リツコは動揺している。今なら秘密にしておかなければならない情報も引き出せるかも知れない。
 こんな時にと言う気もするが、今だ重要な情報を知らないと言う事実は彼女に疎外感を感じさせる。
 少々、いやかなり復讐に目が曇らされている感はあるがミサトはこの機を逃すつもりはなかった。

 なにより今はなぜかユイもキョウコも姿がない。
 絶好の機会と言える。

「それどういう意味?
 リツコ、あなたデスザウラーの暴走の理由がわかってるの?
 それに宿敵って何?
 あなた何を隠してるの?」
「そ、それは・・・」
「それは?」
「あそこでは、母さんがマッドサンダーの起動実験を行ってるわ・・・」
「知ってるわよ。それが原因だって言うの?」

 リツコの襟に掴みかからんばかりになってミサトは迫る。
 彼女の瞳が落ち着きなくきょろきょろ逃げ場を探すみたいに動いている。「いける!」内心ミサトは笑みを浮かべた。
 大学からのつき合いは伊達ではない。
 情報を言うべきかどうか迷っているのだろう。
 もうちょっとだ。

「ここまで来たら秘密にしていても何の意味もないわよ」

 そしてだめ押しの一言。

「そう・・・ね。
 わかったわ」

 その言葉が効いたのか、リツコは伏し目になると小さな、だがハッキリと聞こえる声で話し始めた。

「これはあくまで私の推測でしかないけれど、デスザウラーはマッドサンダーの元に向かっているんじゃないかと思うわ」
「どうして?」
「マッドサンダーがデスザウラーの天敵だからよ。だからパイロットを得て、完全に復活する前にそれを破壊しようとしているんじゃないかしら?」

 リツコの言葉にミサトは顎に手を屋って考えた。
 筋は通っているが何か違う気がする。
 アスカが取り込まれたこととの関連は?
 そしてユイ達がこの大騒ぎにもかかわらず姿を見せないのはどうしてか?

「アスカとは関係ないの?」
「わからないわ」
「わからないって、あんた・・・」

 いつになく弱気なリツコの言葉にミサトは食ってかかるが、すぐにリツコの眼光におされて黙り込む。

「ミサト・・・わからなくてイライラして辛いのはね、私の方よ。
 この私が、推測しかできず!
 母さんを越えようとがむしゃらになって頑張って、その実いまだに何もわかっていないんだから!」
「ご、ごめん・・・」
「良いわよ、別に。でも、わかったでしょう?」
「なにが?」
「全てを知りたいのなら、私じゃなく、母さん達に詰め寄るべきだって事が」

 暗に私を調べても意味がないと皮肉りながらリツコは言った。
 ミサトもそれが分かったのか嫌な顔をする。

 それができないからこそリツコに詰め寄っていたのに。
 考えたくないが自分は、いやリツコも含めて自分達はユイ達の、あるいは誰かの用意した舞台で右往左往する道化なのかも知れない。
 もしかしたら、南極での出来事も何もかも含めて。
 日向の報告を聞き流しながら、ミサトは心の底でそう考えていた。

「デスザウラー、隔壁突破!
 トロメア内、ゾイド調整施設に突入します!」






















 その振動は作業中だったナオコ達も感じていた。
 そして追い打ちをかけるように、デスザウラー暴走のアナウンスが聞こえてくる。
 目的はわからないが、なんとなくこの場にいるのはヤバイ。
 直感的にそう感じていたが、場所が場所、そして作業内容が作業内容だけに逃げることもできずにナオコはじりじりと強くなる焦燥感に身を揉んでいた。

 それに彼女は知らなかったが、逃げようとしても上でデスザウラーが至る所を破壊したためエレベーターが使用できなくなっていた。
 実際は逃げることができなくなっているとも知らずに、ナオコはイライラとタバコを灰皿に押しつけた。
 眼下でゆっくりとうなり声を大きくする、金属の角竜 ーーー 白亜紀、地球を支配した生物の一種『トリケラトプス』。だが全長は50mを越え、全身をなめらかな金属の外皮に包まれている ーーー に酷似した灰色の四つ足竜をじれったい思いで見る。


「まだ、まだ起動レベルに達しないの?」
「まだです!現在シンクロ率8.6%」
「くっ・・・!」

 徐々に上がるトウジとマッドサンダーのシンクロ率にヤキモキする。きっとストレスで体重が減ってるに違いない。ラッキ♪


 ・・・・・手間取っても、起動は間違いなくするだろう。
 大型ゾイドであるマッドサンダーとパイロットのシンクロを補助するシナプス球。
 それは先の戦いで破壊されたカノンフォートとディバイソンのコアの欠片から作られている。トウジとの相性はとても良い。
 だがなにぶん初めてのゾイドでもあるし、元々二人で操縦するはずのゾイドなのだ。
 なかなかシンクロ率が上昇しなかった。

「やっぱり、誰か適当な子を選んで連れてきておけば・・・」

 今更ながらに後悔するが後の祭り。
 現在、マッドサンダーには一切の武装がない。
 唯一、頭部に生えたマッドサンダーがマッドサンダーである所以、超巨大なドリルホーン・・・『マグネーザー』のみが備わっている。
 だからこそ、火器管制とレーダーシステム管制を主な担当とする副パイロットを選抜しなかったのだが、早計だったかも知れない。

(副パイロットがいれば、シンクロ率の上昇も速かったかも!)

 もちろん可能性の問題でしかない。
 だが彼女達はそんなことを失念してしまうほどに後悔に苛まされ、そして焦っていた。



 その時。

「ひっ、来た!」

 彼女の助手の一人が泣き声を上げながら壁の一点を指さした。
 見たくないなぁ、と思いながらもその場にいた一同はその指先を見つめる。
 無機的な金属の強化外壁がある。


 そこの中心部分から、みなれない真っ白・・・いや銀色の柱が生えていた。


 柱の見た目は戦闘機の翼のように一直線で、そして鋭い。
 だがそれは間違いだ。
 ほんの一部だけが姿を見せているから、一瞬翼か何かと勘違いしただけ。
 続いて、紙のように金属の隔壁を引き裂きながら腕全体が姿を現した。
 爪、手、腕、続いて頭、胴体。

「ほぎゃ、オオオギャアアアアアアアアアッッ!!!」

 そして全身をあらわしたデスザウラーは赤ん坊の泣き声に酷似した雄叫びをあげた。





















『許さない。私からアスカを奪おうとするものは、誰であろうと許さない!!!
 みんな、みんな、滅んでしまえ!!』






























 本来ゾイドとの共感能力を許ないはずのナオコ達ですら、圧倒されるような憎悪が広大な調整施設全体に吹き荒れた。
 気の弱い人間はその場で気絶しかねないくらいに、強烈な意識の嵐が。

「くっ・・・」

 凄まじい意識の存在に膝を折りながらも、ナオコはデスザウラーを見つめていた。
 どすん、どすんと地響きを立てながらデスザウラーが歩を進めている。自分達が居るのは進行方向からずれた位置にある実験管制室だが、ひとたびデスザウラーが荷電粒子砲を放てば爆発に呑み込まれ、灰も残らないだろう。

 マッドサンダーに目をやるがいまだに動く気配が見られない。
 その時、一瞬だがナオコとデスザウラーの視線があった。
 デスザウラーの歩みが停止する。
 互いが知り合いでもあるかのように、そのままじっとナオコとデスザウラーは見つめ合った。
 怪訝そうに助手達がナオコの背中を見つめるまま、時間が一分、二分と過ぎていく。

「ひさしぶりね・・・」


 そのままデスザウラーは動きを止めるかと思われた。
 だがナオコが何かを言いかけた瞬間、デスザウラーは確かに笑った。目を細め、口の端をククッとゆがめて。
 そして牙だらけの口を限界以上に大きく開く。
 喉の奥で青い光が明滅する。必殺の荷電粒子砲の発射の前兆だった。

 手を伸ばせば届きそうな位置に死が近寄ってきた。









「やっぱり意味ありげに笑っても効果無かったわね。ここまでか・・・」



 ナオコの力無い呟きを肯定するように、デスザウラーの口から吐き出された光線は一直線に突き進んでいった。
 あの光がちょっとかすめただけで、人間なんて灰も残らない。


 もしかしたらという希望も持ったが、所詮は儚い望みでしかなかった。
 こんなところで終わるとはまったく不本意で予想外ではある。
 だがそれが運命というなら、諦めよう。いい加減疲れてもいることだし。
 罪だらけの自分の人生を思い返し、もうちょっと上手くやれば良かったなと思いながら彼女が全てを諦めたとき。

 カチリとどこかで歯車がかみ合ったような、そんな不思議な動きが起こる。
 運命というシナリオの作者がニヤニヤ笑っているのが、瞼に浮かんだような錯覚。

 奇跡というものは、存外よく起こるものなのだ。
 どこかで小さく、叫び声のようなものが聞こえた。
























 それまで微かに唸るだけだったマッドサンダーの瞳に、オレンジ色の光が灯る。
 マッドサンダーの胸部に収められた多角形の物体、ゾイドコアが内部から光を発しながら脈動を始めた。
 体液が循環をはじめ、石のように堅くなっていた関節部分が微かに軋み、そして・・・。



「そうはいかんで、惣流〜!!」

「フゥオオオーーーン!」





 沈黙を守っていたトウジが叫び声をあげると共に、マッドサンダーも天を仰いで雄叫びをあげた。高々と掲げられた角が照明だけでない光で眩く輝く。

 同時にマッドサンダーの前方、両角の中心の空間が微かに揺らぎ始めた。さながら水面に石を投げ込んだように、波紋が何もないはずの空間に生まれいでる。

 直後、光の龍がマッドサンダーの頭部に直撃した。



「ひっ!」
「うわっ!!」

 迫り来る爆音と閃光に、管制室の面々が頭を押さえてうずくまる。
 だが。

 いつまでたっても覚悟していた熱も光も襲ってこない。
 おそるおそる顔を上げるナオコ達。
 そ〜っと机で作ったバリケードから眼下をのぞき込むと・・・。




「う、うそ!?」
「やった、間に合ったか!」

 眼前の光景にナオコ達が驚きの声を上げた。
 それほどに衝撃的で、心の底から快哉をあげずにはいられない光景だったからだ。

 もう絶対に間に合わないと覚悟を決めていたのに・・。
 ナオコ達の予想を裏切りマッドサンダーは、トウジは無事だった。雄々しく、そして力強く。


「オオオオーーーーン!」


 よりいっそう、みなぎる強さの光を瞳に浮かべ、マッドサンダーはデスザウラーを睨み付けた。


 時間を少し巻き戻す。



 全てを呑み込む超高熱の粒子光線。焦点温度は10万度に達し、太陽の表面温度すら凌駕する。

 その光は確かにマッドサンダーに直撃した。

 だが不思議なことにマッドサンダーの頭部に発生した空間の歪みにとらわれ、ゆっくりと消滅していった。そしてはじめから何もなかったかのように、静寂が訪れる。

「ぐ、ギャアアアア・・・」

 納得できないと言うように、デスザウラーは後方に下がりながら困惑の鳴き声をあげた。

ズズンッ!

 それを追いつめるようにマッドサンダーは一歩踏み出した。


















 思ってもいなかった展開に、興奮した助手の一人が思いだしたようにナオコに尋ねた。

「は、博士。これはいったい・・・」
「説明するわね」
「反荷電粒子フィールド!
 それは空間それ自体をゆがめ、荷電粒子ビームを完全に無効化する神秘のシステムだ!」

 ナオコより先になぜか逝った目をした時田が答えたが、とりあえず助手は納得したようだ。助手はもの凄く嫌そうな目で時田を見るナオコを敢えて無視して、じっとマッドサンダーを見つめた。
 なるほど、確かにマッドサンダーの前面に空間の歪みが見て取れた。
 電界の覇者マッドサンダーのアイゼスの盾(無敵の盾)が。

(勝てるかも!助かるかも知れない!!)

 先ほどまでの悲壮感と絶望もどこへ行ったのか、今度は助かるかもと言う希望で管制室に満たされていった。


















 無意識のうちに下がったことに苛立ちを感じるのか、鼻の頭にシワをよぜながらデスザウラーがグルルッと猛獣のように唸った。

『くっ・・・・・。荷電粒子砲が効かないなんて!
 覚醒した相手ならともかく、こんな格下パイロット相手にそんなことあるはずがないわ!』


 再びデスザウラーの周囲に蛍のような光が現れ、それが全て背中のインテークファンによって吸い込まれていく。

『今度こそ消えてしまいなさい!』

 体内に吸い込まれた空間のエネルギー、静電気は体内においてエネルギーに変換して充填される。そしてそれを増幅した後に粒子ビームとして発射される。それは全てを焼き尽くす滅びの光となる。


「無駄やっ!」

 だが、デスザウラーの意志が絶対の自信でもって発射した二射目を、マッドサンダーは再び受け止めた。展開した反荷電粒子フィールドに波紋が生まれ、一瞬の後にはエネルギーを中和しながら別の空間に消し飛ばしてしまう。

『そんな・・・!』

 呆然とするデスザウラーの意志に追い打ちをかけるように、トウジは声を荒げた。

「なにがそんなや!惣流を取り込んで暴れ狂うだけの自分がワシに、いやワシらに勝てんのは昔からのお約束やろうが!
 それより惣流をとっととはなさんかい!」


『なんですって!
 ・・・え、わかるの私の心が!?聞こえるの、わたしの声が!?』


「アホか自分は!そんな大声出せば、誰だって聞こえるわい!
 ええ年の大人が、いつまでも他人に迷惑かけんなや!」


 デスザウラーの意志は今度こそ度肝を抜かれた。
 自分達の声が聞こえる。それも自分が乗っているゾイドの声ではない。他のゾイドの声が聞こえたと言うことが意味することはただ一つ。

『まさか!それじゃあ、マッドサンダーにも!?』

「なに言うとるか知らんが、そのとおりや!今のワシは一人やないで!」

『そう、私がいる。
 私の名はミノタウロス!力の守護者。弱きものの守護者なり!』



 声に呼応するかのようにマッドサンダーの目がいっそう強く輝き、デスザウラーは弱々しくまた一歩後退した。

























「おおっ!なんだかよくわからないけど、今がチャンスよ!」

 後退するデスザウラーに信じられないものを感じながらナオコは歓声を上げる。少しどころじゃなくトウジのセリフが気になるが。
 そのナオコの声に苛立ちを増幅されたようにデスザウラーは身を捩ると、額に生えた一本角をマッドサンダーに向けた。

「ギャアア!」

 ポップコーンが弾けるような音がした瞬間、角の先端から一筋の閃光が放たれる。
 威力こそ劣るものの、これは荷電粒子のような粒子ビームと異なる光学兵器、レーザー光線だ。極めて高い直進性とエネルギーを持ち、反荷電粒子フィールドでは防ぐことはできない。
 そして見た目の大きさにだまされるかも知れないが、その切断能力は厚さ10mの鉄の壁であっても容易く切り裂いてしまう。そしてそれはオリハルコン合金であっても例外ではない!



「しまった!レーザー!」



 一転して焦った声になるナオコ。
 それに小気味よい嘲笑を浮かべながら絶対の自信を持ってデスザウラーはレーザーを連射した。
 幾本もの光の線がマッドサンダーの頭と言わず、足と言わず体中に命中する。
 さらに追い打ちのように腹部に備え付けられた赤外線ビーム砲をここぞとばかりに撃ちまくった。
 たちまちの内にマッドサンダーは煙に包まれていくが、デスザウラーはその姿が完全に見えなくなるまでうち続けた。

『これで・・・・』

 さすがに疲れたのかデスザウラーの意志はため息のように呟いた。
 主砲が封じられたのは確かにショックだったが、自分の武器は主砲だけではない。所詮は自分の敵ではなかった。例え過去の戦ではマッドサンダーが天敵だったとは言え、今の武器を、そして魂を持った自分の敵ではない。

 ゆっくりと足を踏み出すと、デスザウラーはマッドサンダーがはじめいた方向・・・。
 その奥の壁をジロッと睨み付けると、再び歩き始めた。

 そう、デスザウラーが感じていた邪魔者。
 彼女に対し実に不愉快な干渉を行っているものはマッドサンダーではない。確かにマッドサンダーも不愉快極まりない相手ではあったが・・・。

 その相手は、彼女の睨む壁の向こう。
 死んだゾイドや使徒の残骸を処理するために作られた施設、廃棄漕の中にいた。
 廃棄漕の中で生き抜き、そして他者に干渉できる生物とはどんなものなのか。
 ナオコかリツコだったら興味を持っただろうが、あいにくデスザウラーはそう言ったことに注意を払わなかった。
 そもそもそこが廃棄漕で、生物が存在するはずのない場所だと言うことも知らないだろう。
 ただ彼女の最も愛する者を奪いさろうとする者が居るという事実だけで充分だ。



『そう、アスカは私の腕の中でいつまでも眠っていればいいの。いつまでも私に甘えている、可愛い子供のままで・・』




 ともあれデスザウラーが道を開こうと深々と息を吸い込んだとき。
 事態は再び動き出した。
 どうやら、今日はいつにも増して時間は少しばかりせっかちのようだ。


 立ちこめた煙が動く。
 はじめはゆっくりと、だが大きく。
 そして唐突に変化が起こった。
 まるで何か巨大なものが突撃しているように、煙の塊がデスザウラーめがけて突っ込んできたのだ。

『!?まさかまだ!』
『甘いぞ、デスザウラー!
 私をこの程度で倒せると思ったか!』


 ぶわっと門が開くように煙の塊が中心から炸裂した。割れた煙の中から、弾丸のようにマッドサンダーが飛び出してきた。
 デスザウラーの意志は驚きに目を見張った。
 正直、あの程度で倒せるとは思っていない。
 だが、自分が息切れするほどの勢いで攻撃を行ったのだ。倒せなかったとしても、無傷で済むはずがない。少なくとも多少は運動に支障があっても良いはずだ。
 だと言うのに信じがたい速度で急速接近するその巨体には傷一つついていなかった。

『な、なぜ攻撃が効かないの!?』

『そんなこと俺が知るか!』



 身も蓋もない返答をしながら、一気に懐まで飛び込んだマッドサンダーはデスザウラーめがけてその角を突き立てる。
 高速回転する角の周囲には強磁界が発生し、実際の見た目以上に広い範囲の物体を巻き込んで粉砕してしまう。
 例え直撃しなくてもコンポーザーに放り込んだようにバラバラにしてしまう最強の接近戦兵器だ。

 デスザウラーの超重装甲ですらいとも容易く引き裂いてしまうマッドサンダーの最終兵器、マグネーザー。




『終わりだ!』
「もろた!惣流は返してもらうでッ!!」



 マグネーザーの先端がデスザウラーの腹部砲座を破壊したとき、マッドサンダーの意志『ミノタウロス』とトウジの両名ともこれで倒したと確信するが、それは早計だった。
 マッドサンダーが進化したのと同様に、デスザウラーもまた進化していたのだから。
 なにより、戦いはまだ第1ラウンドが始まったばかりだ。

(かわせない!)

 ジェットブースターの急加速によってもの凄い速度で迫るマッドサンダーを前にして、デスザウラーは素早くそう判断した。

 かわせないなら・・・!

 そう、かわせないならかわす必要はない。
 デスザウラーは素早く身を捩ると、角と角の間に素早く身をこじ入れた。
 むろん強磁界に装甲をはぎ取られ、回転するマグネーザーに触れた部分は装甲ごと生体部品が削り取られてしまう。激痛と共に血液が噴き出すのを感じるが、一切無視した。
 直撃するより遙かにマシだ。

 金属と金属がぶつかり合う、重く激しい雷のような音が響いた。
 マグネーザーでデスザウラーを挟み込むような形で二体の巨竜は停止した。マグネーザーは横向きになったデスザウラーの腹の装甲と砲座、そして両脇腹の装甲と生体組織を大きくえぐり取っている。
 だが肝心要の中心部分には、惜しいところで届いていなかった。
 にぃっと金属の口の端をゆがめながら、デスザウラーはマッドサンダーを見下ろした。



『なっ、貴様!』
「なんやなんや!?これで決まりやなかったんか!?」
『ぬかった!今の知識を得たのは俺だけではなかった!』

 トウジとミノタウロスの言葉に、口の端から血を吐きながらデスザウラーが答える。

『くくっ、甘いのはそっちよ。光学兵器は通用しなくても、まだ私にはこの爪があるわ!』

 言い終えた瞬間、隕石が落下したかと思うくらいの勢いでデスザウラーの拳が叩きつけられた。
 その力の前に体を支えきれず、マッドサンダーは顎から地面に激突し、衝撃で部屋全体を揺るがせた。
 口から血を吐きながらマッドサンダーが苦痛の悲鳴をあげる。

「クァアアアアッ!」

 一撃で襟巻きが叩き割られ、次の一撃で頭部装甲のほとんどに亀裂が走る。そして三回目の殴打で亀裂から赤色の体液が漏れ始めた。
 レーザーに対する防御力と比較して異様にもろい(それでもかなり頑丈ではあるが)マッドサンダーの装甲にデスザウラーは一瞬驚くが、マグネーザーの回転が止まった隙を逃さず素早く距離を取ろうとする。急所だけ庇ってそれ以外を犠牲にする戦法は、実はかなり賭だったのだ。どうやら運命の女神は雷神ではなく死神に味方したらしい。

 角から体を引き剥がすとき、血が流れて苦痛に鳴き声を漏らすが委細構わない。今はとにかく時間が優先する。そう言わんばかりに大急ぎで、距離を取るデスザウラー。

 のろのろとマッドサンダーが顔を上げたときには、数十メートルの距離を空け、その尾にエネルギーが充分すぎるほどに充填されていた。

『まずい!トウジ、よけろ!』
「な、なんや!?
 って、ぅおおおおおおっっ!?」

『加重力テイル!』


 内部の重力制御装置により、自重を数十倍に増したデスザウラーの尾がマッドサンダーの横腹にイヤと言うほど叩きつけられた。
 自身より重いマッドサンダーであったが勢いがついた尾の一撃はいとも容易くマッドサンダーにめり込み、一瞬遅れてぶっ飛ばした。
 尾の一撃でガラス細工のように装甲はヒビだらけになり、追い打ちのように壁に激突してようやく動きが停止した。
 プラグ内部でトウジが苦痛に呻きながらも、自分を見下ろすデスザウラーを悔しそうに見る。
 先ほどと一転し、形勢は完全に逆転していた。





















『LCL浄化ユニット損傷!10分以内に交換を・・・』

「まだや、まだ負けたわけやないで惣流!」


 アナウンスを腹立たしげにカットし、地面に這い蹲りながらも、必死になって起きあがろうとする。
 割れた装甲が突き刺さったのか、大量に体液を流すその姿は悲壮感を漂わせる。

 二体の巨獣が奏でる虐殺という名の交響曲。

 今の姿はデスザウラーの天敵ではなく、食われるのを待つ獲物以外の何物でもない。



(まずすぎるわ)

 二転三転する希望と絶望に心のどこかを麻痺させながらも、ナオコは必死に打開策を考えていた。
 デスザウラーの荷電粒子砲の電磁波によって通信は途絶。上層に退避することも連絡を取ることもできない。と言うより、今は荷電粒子砲によって発生した放射線がそこら中で飛び交っていて、シールドされた管制室から外に出ることもできない。

 となるとなんとかマッドサンダーに頑張ってもらって、助けが来るまで凌ぐしかないのだが、当のマッドサンダーは肉弾戦のもろさを露呈させて満足に動くこともできないでいる。
 そうなったのも全て・・・。

「時田君!あ、あ、あなたが余計なことをするからマッドサンダーが早くも大ピンチじゃない!
 どうするつもりよ、アレ!?」

 こいつの所為だ。
 ええ、痺れるほどに間違いないわ。

 だがこいつこと、ネルフ科学者の中でも結構偉い人。でも実際は悲しい中間管理職こと時田シロウ、あらため元帥時田にはその鬼気迫る鬼女同然のナオコの声も馬耳東風。
 ふっと鼻で笑うとあっさり言った。

「なぁんのことですっ!
 私は、最初に言ったはずです。
 ダイアモンドコーティングを行うことで、マッドサンダーのビーム攻撃に対する防御能力は飛躍的に高まる・・・。しかぁし、結晶構造の金属材料を用いるため衝撃に弱くなると!」

 確かに言ったなぁ。

 今更ながら思い出してナオコは『もしかしたら大ピンチなのは私の所為?』なんて考えたが、それをおくびにも出さずますます声を荒げて時田に詰め寄る。
 天才科学者として名をはせた彼女は、妙なところでプライドが高かった。
 時田のマシンガントークにひるむことなく。

「いいえ、言ってないわ!
 例え言ったとしても、あそこまでもろくなるなんて絶対聞いてないわ!」

 ああ、確かにあそこまで脆くなるとは言ってなかったな。て言うか、実際に使う前にそれくらい調べとけっての。
 なんて事を考えながらハッハッハ、カタカナで笑う時田。


「まあ、確かにあのもろさは認めますがね。
 ああなったらもうビームアブソーバの機能も望めないでしょう。
 ふむ、X2に使うときは改良の余地がありますな」

 ってなに落ち着いてるのよあんたわ。

 ナオコのみならず、その場にいた全員がそう思うが当人は涼しい顔をしながら勝者の立場でマッドサンダーを見下ろすデスザウラーを見つめていた。

「くっくっく、いやそれにしてもアレこそが破滅の魔獣デスザウラー。素晴らしい・・・」

 どこか逝った目をしながら、あらぬ方を見つめる時田。
 前回の登場以来、帰還でないまま危ない世界の住人になっているらしい。

(恐怖で逝っちゃったかしら?)

 ナオコのジト目はそう言っていた。
























「ギャアアアアアッ!」

 デスザウラーが吼えた直後、再度発射されたレーザーがマッドサンダーに命中し、そのまま装甲の亀裂を押し広げながら生体組織まで一気にさし貫いた。
 レーザーの閃光は一瞬で傷口を焼くため、体液の流出はないし痛みはないがダメージを負ったことに変わりはない。

「クゥアアアアアン!」

 遅れて襲いかかってくるむず痒いような鈍痛に、マッドサンダーが仰け反った。



 このままではじり貧だ。
 苦痛と段々と重くなってきた自分の体に顔をしかめながらトウジはそう判断した。
 あと何分も戦い続けられないだろう。
 動ける間に何とかデスザウラーを止めないと、アスカをデスザウラーから引っぱり出すどころか他のみんなの命も危ない。
 打開するためには、損害を恐れず突っ込むしかない。
 そして今それができるのは自分だけだ。

(ったく、割りにあわんで)

 こっちは向こうを完全に倒すわけにはいかないのに比べ、向こうは手加減無しの全力攻撃。トウジでなくても割りにあわんと愚痴りたくなる。

(まっ、愚痴っとる場合やないな。ちゃんとせんとイインチョに怒鳴られるし)

『くっ、調子に乗るな!
 いくぞ、マイマスター!』

「おう、わかっとる!」

 覚悟を決め、素早くデスザウラーの正面に向き直る。
 腹はくくった。手足の1,2本はくれてやる。
 どうせ動かないと思っていたら、急に動くようになったのだ。また動かなくなっても・・・。

「惣流は返してもらうで!
 あんなんでも、おらんとシンジが悲しむやろうからな!」

 トウジがフッと小さく鼻で笑うと、それを合図にマッドサンダーは突撃した。地面を蹴る勢いがあまりに激しく、金属の床をえぐり取りながら。
 耳が痛くなる金属音が響き、それに混じって風切り音を立てその巨体と損傷からはとても信じられない速度に一瞬で達する。

「よっしゃ!ジェットブースターON!」

 トウジがシンクロによらない、手動操作でレバーを動かして全ての推進用ジェットブースターを最大出力にした。
 ブースターが爆発しそうな唸りと炎をあげ、更にもう一段階急加速する。

 逆加速に全身が悲鳴をあげるが委細構わず角を突き立て、マッドサンダーは空気の壁を突き破った。


キュンッ!
キュンッ!



 独特の空気の膨張音と共にビームが飛来し、ここぞとばかりに顔に集中して攻撃されるが、そんなものでは止まりはしない。

「すまんが惣流!自分も手足の1,2本は覚悟してくれや!」




















 瞬きする間に信じがたい急加速で迫るマッドサンダー。
 下手にレーザーを撃ったばかりに、デスザウラーは完全にかわすタイミングを失した。
 トウジとて馬鹿ではない。アスカに馬鹿にされながらも、今まで戦い抜いてきたファイターだ。
 外さない。
 確実にマグネーザーは腹部を打ち抜き、デスザウラーを串刺しにする。



 風前の灯火。
 
 有利なようでいて、その実無茶な攻撃を繰り返しすぎて一時的にエネルギー残量が減少し、更に腹部のダメージは思った以上に深刻だ。
 今度喰らったらかすっただけでも活動できなくなるだろう。

 なんとしてでもこの一撃を回避しなければ!

 だが、先と同じ方法で回避することはできない。


『でも・・・・・』


 そう、さっきと同じ方法ではできないが、別の方法なら。



「フギャアアッ!」

 凄惨な笑みを浮かべたかと思うと、デスザウラーは巨大な尾を地面に叩きつけた。同時に反動で体が持ち上がるのにタイミングを合わせながら、地面を思いっきり蹴る。

「消えた!?」

 モニターからデスザウラーの漆黒の姿が消え、トウジが自分の目を疑った。
 もしパートナーがいればどこに消えたかすぐにわかり、対策を立てられたかも知れない。
 トウジとミノタウロスがデスザウラーの所在に気付いたときは、この戦いの決着が着く寸前だった。

『なんだと!デスザウラーが!』
「跳んどるやとっ!?」


『オオオオギャアアアアアアアッ!!!』


 マッドサンダーが見上げた刹那、1500トンを越す異常重量のデスザウラーが、血を彗星の尾のように引きながら真上に着地した。
 最強の骨格を持つマッドサンダーも、この重量×速度での体当たりでは堪らない。
 装甲がひしゃげ、背骨は軋みをあげ、そして耐えきれなかった生体組織が鮮血を噴水のようにまき散らした。

「ぐぅあああああっっ!?」

 摩擦で火花をあげながら滑っていくマッドサンダーの上に、さながらサーフィンでもするようにデスザウラーが直立している。
 悪夢のような、漫画のような光景にナオコ達は声も出ない。
 ただ、全てが終わってしまった。
 認めたくないその思いに愕然としながら、その光景を見ていた。

「このままじゃ・・・」

 だが完全に手詰まりの彼女は無力な自分を再認識しながら、デスザウラーがマッドサンダーを抱え上げるのを見ていることしかできない。

「誰か・・・」

 背骨をいたぶるようにバックブリーカーに持っていくデスザウラー。
 軋み音と悲鳴が上がる。

「ぐ、ぐぐぎゃぁ・・・」

 なんとかへし折ろうとするが、あまりにも頑丈な背骨はデスザウラーの膂力を持ってしても折ることはできないようだ。困惑した鳴き声を上げた後、デスザウラーは辟易としたのか勢い良くその場で回転し、充分に勢いのついたエアプレンスピンの直後壁に向かって叩きつけた。

「ガッ・・・!」

 壁がひしゃげ、糸の切れた操り人形のようにマッドサンダーは瓦礫の下敷きになってしまう。
 既に悲鳴すらあげないトウジ。マッドサンダーもピクリともしない。
 デスザウラーは深々と息を吸い込むと同時に、これまで以上に大量の光の玉が無数にその周囲を待った。最高にエネルギーを充填した荷電粒子砲で決めるつもりなのだ。

 その姿をもう見ていられなくなったのか、ナオコが俯いた。

「ごめんなさい、みんな・・・。
 リツコ・・・」

 他の誰でもなく、リツコの顔が浮かんだことにナオコは一瞬慄然とした。

(こんな時になって、気がつくなんて・・・)

 自分が最も愛している存在がようやくわかったから。










「もっと母親らしいことをしていれば・・・」

 記憶が甦る。
 幼いリツコがじっと自分を見上げている。

「お父さんは?」

 父親が死んだと言うことが完全に理解できないのだろう。ただどうしていなくなったのと?問いかける眼差しを向けていた。
 そんなリツコが無性に愛おしくて、そして怖かった。
 だから距離をおくようになったのかも知れない。

 リツコが小学生の時、じっともの言いたげな眼差しで自分を見ていた。
 忙しかった自分は無視して、暖めただけの食事を一人食べた。
 後日、授業参観があったことを知った。もちろん、知ったからといって行けなかったが。

 リツコが失恋したらしい。
 なんでも頭の良い女は嫌いだと言われたらしかった。
 結果として、そんなつまらない男とつき合わなくて良かったと言えるが、リツコはまったくその事を自分に相談しなければ、悩みをうち明けると言うこともなかった。
 リツコはハウスキーパーとして家事を頼んでいた女性に相談して、それを私が後で聞いたのだ。
 そう言えば、この頃からだったか。
 ケンカしていたわけではないが、面と向かってちゃんと会話しなくなったのは。

 リツコが高校生の時、自分は色々あってゲヒルン経由でジオフロント開発計画、及びMAGIシステムの開発と、エヴァンゲリオン、すなわちE計画に関わることとなった。
 内容だけは暖かな電子メールのやり取りを繰り返していた。
 本音を言うと、あの子には自分のような人生を歩んで欲しくなかったが、結果として私の後を追うことを決めたのはこの頃かも知れない。

 リツコが大学生の時、はじめてケンカした気がする。
 原因はあの子が髪を染めたから。
 今になっても理由はわからないが、私が原因なのではないかという気がする。

 そして・・・。


























「らしくないわね。母さん」
「本当ね、ナオコさん」
「え?」


 その声に気がついて顔を上げると、いつの間にか自分の横にメトロン星人が・・・いや、一瞬宇宙人と見間違えるほど特徴的な放射能防護服に身を包んだリツコとユイがいた。

「り、リツコ?」
「間に合ったわ。今度は」
「ちょっと私は無視なの?
 ・・・まあ良いわ。先に他のみんなと退避してるわね」
「・・・・・・」

 リツコの後ろでは彼女以外の誰か ーー 防護服に身を包んでいるため誰かはわからない。 ーー が防護服を他の職員達に手渡しているのが見えた。そしてその背後の、いつの間にか開けられた巨大な穴が。

「まったく、エレベーターも何も使えなくて焦ったわ。間に合わないかと思っちゃった。
 結局、排気口とか廃棄された通路を伝ってここまで降りて、レーザートーチで壁を焼き切ることになったけど。ユイさんって怖い人ね、目的のために手段を選ばないって言うか。
 いずれにせよ、鈴原君・・・よね?彼がここまで頑張ってくれたおかげで間に合ったわ」

 そう言って肩をすくめるメトロン星人その1。もといリツコ。
 ナオコは何も言えず、ただ無性に目頭が熱くなるのを誤魔化すようにリツコにしがみついた。
 そのいきなりの行動にリツコは驚くが、肩が微妙に震えてるのを見て・・・。


 何も言わずにぽんぽんと優しくその背中を叩いた。
 いつの間にか、自分より小さくなっていた母親の背中を。

 しばらく、時間にして数秒ほどじっとしていた二人だったがすぐにリツコは言った。


「さあ、早く脱出しましょう。これ以上ここにいたら、あの子達とミサトのすることの邪魔になるだけだわ」

 渡された服の上から直接着ることができるタイプの防護服に袖を通しながらナオコが怪訝な顔をする。

「え、あの子達・・・?」
「こんなこともあろうかと、色々と準備していたの。母さん達がまだ私達に秘密を作ったままだって言うなら、私達も秘密にね。ふっ、初めてユイさん達にギャフンって言わせられたわ」

 そう言うリツコの顔は、その時の心境のナオコですら、『なんて言うか感動も何もかも引いてしまうに充分なほどにイヤな笑い顔だったわ。ホント』
 てな感じだった。

 後にナオコはそう語っている。




第7話Cパートに続く




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