METAL BEAST NEON GENESIS

機獣新世紀
エヴァンゾイド



第三話Bパート
「始まりはいつも突然に」



作者.アラン・スミシー




「街。人の造り出したパラダイスだな」

 ネルフ職員、それも上級職員以上でないと使用できないリニアトレインの窓外から、夕暮れの第三新東京市を見ながら、冬月は黄昏た。その顔に浮かぶのは過去の悔恨か、それともこれから待ち受ける未来が通じるレールについての考察か。いずれにしろ、答えは彼だけが知っている。

「かつて楽園を追い出され、死と隣り合わせの地上へと逃げるしかなかった人類。その最も弱い生物が、弱さ故に手入れた知恵で造り出した、自分達の楽園ですよ」

向かいの席のユイが、感慨も無さそうに返事した。返事と言っても、冬月の言葉は独り言に近かったのだが。

「自分を死の恐怖から守る為、自分の快楽を満足させる為に、自分達で造ったパラダイスか。この街がまさにそうだな。自分達を守る武装された街」
「敵だらけの外界から逃げ込んでる臆病者の街ですよ、冬月先生」

 リニアがトンネルにはいると同時に、ユイの隣でババ抜きを、こめかみをひくつかせながらしていたナオコが言った。はす向かいでにたにた笑うキョウコのカードを気合い混じりに引き抜くが、すぐに『ああっ』とばかりに悲しそうな顔をする。

「臆病者のほうが長生き出来る。それもよかろう」

 なにか自分を仲間はずれにして、よりにもよってババ抜きしている3人の微妙な年齢の美女達。冬月はなにか皮肉なものを感じさせるような調子でそう言った。その言葉に、ぴくんとキョウコの眉がつり上がる。ユイがバサッと3のペアを山に捨てて、残るカードが2枚だけになったのだ。ちなみに、キョウコは4枚、ナオコは5枚である。
 少しいらいらしながらも、キョウコが口を開いた。

「第三新東京市。ネルフの偽装迎撃要塞都市。遅れに遅れていた第7次建設も、もうすぐ終わり。いよいよ、完成です」

 彼女の言葉の直後、リニアは長い長いトンネルを抜け、雪国ならぬジオフロントに入った。夕日に染まり、金色の輝く天井都市シャンデリアのように彼女達の顔を照らす。
 冬月が年甲斐もなく、残りカードが一枚だけになってはしゃぐユイの横顔にドキドキしながら言葉を続けた。

「先の使徒と、D4の件・・・・一体どうするつもりだね?」
「べつに・・・。どうもしません。もといどうにもできません」
「しかし・・・」
「ちょうどいいです。D4他アメリカのゾイドは理由を付けて強制徴用するつもりでしたし・・・。手間が省けたってものですよ」
「しかし、支部消滅の件と先の蓑虫使徒、それに亀型使徒は、あきらかに使徒の制御にしくじった事が原因だろう。これから何が起こるか予測がつかんぞ。賭けても良いが、委員会の老人は血相を変えているだろうよ」
「予定外の事故ですからね〜」

(あなたも老人じゃない)

 とか何とか思いながら、キョウコが言った。ナオコからうっかりババ引いてしまったので、ちょっとだけイヤな顔をしながら。

「ゼーレも、今頃、慌てて行動表を修正しているだろう」
「死海文書にない事件も起こる。老人にはいい薬です。まあ、『全ての使徒は12人の人の子に殺され、人は神への扉を見つける』という一文は決して無視しないでしょうけど。
 ああん、また負けた〜」
「無視されたら、洒落にならないわよ。いきなり空母クラスのダークゾイドが来たら〆切前で準備できてないこっちは1時間で全滅よ。
 ふっ、何でもかんでもあなたが一番と思ったら大間違いよ、ユイ」
「まあ、老人達は馬鹿みたいに裏シカ(裏死海文書)を守ってるから大丈夫でしょうけど。
 ちぇっ、また2番か・・・」
「き、君たち・・・もう少し緊張感というものをだね・・・」


 後一枚という所まで来ておきながら、連続10回もナオコとキョウコに逆転負けしたユイが悔しそうにハンカチを噛みながら言った。彼女の言葉の後を受けて、ナオコとキョウコが少し勝ち誇りながら喋る。その女学生のように自分を無視してキャイキャイ騒ぐ3人を見て、なぜか冬月は無性に悲しくなって、そっと涙を流した。









 蒸し暑い、太陽が容赦なく街を焼く中、1人の少年が暗い顔をして歩いていた。
 その半刻のち。
 もはや絶えることの無くなった蝉の鳴き声。それが騒がしく響く、とある病院に、幾人かの女性の声が響いていた。

『12号室のクランケ?』
『例の・・・・・・でしょ?』
『ここに入院してから、随分経つわね』
『なかなか難しいみたいよ。それに噂だと・・・』
『なにそれ?まだ小学生なのに・・・』
『今日も来てるんでしょ?あの子』
『そうそう。週2回は必ず顔出してるのよ。妹想いのいいお兄さんよね』
『本当?今時珍しいわね。あんな男の子』


 その珍しい子、鈴原トウジは沈痛な面もちで1人、廊下を歩いていた。途中に誰とも合わない、人が全くと言っていいほどいない病院の中を。そしてとある個室の前までたどり着くと、黙って扉を開け、中に入った。
 暗い、海の底のような顔をしたまま・・・。







「起立!綾波さん!着席ぃ!」
「「「「「「・・・・・・ええっ!?」」」」」」

 先日の戦いから数日・・・・。
 シンジ達・・・・・カヲル以外は待機任務を解かれ、普通の生活に戻っていた。
 いつもどうりの学校、いつもどうりの授業、いつもどうりの課程。
 今日も今日とて、普段に比べて妙にテンションが高い学級委員長たるヒカリの号令と共に、4時間目が終了した。教室に、ざわざわとした空気が戻ると共に、育ち盛りの子供達が待ちこがれる、昼休みがやってきた。それはチルドレンとて、例外ではない。
 きまじめで、居眠りするなど考えることもできないシンジが、ほっと肩から力を抜いていると、いつものようにトウジのにぎやかな声がすぐ後ろから聞こえてきた。

「さ〜てメシやメシ。学校最大の楽しみやからなぁ!」

 にこやかに笑いながら、トウジは両手一杯にパンを持っていた。
 毎度の事ながら、その量にシンジは呆れ返る。

「よく食べるね」
「センセが小食なんや。見てみい、綾波と惣流の食う量を」
「・・・・・やっぱり、トウジ達がおかしいんじゃないか」

 シンジはトウジを、次いでガツガツとシンジ手製の弁当をむさぼり喰らう、レイとレイコ、アスカを見てそっと重すぎるため息をついた。

(見ているだけでお腹が一杯になってしまいそうだよ)

 自分の作ったものを喜んで食べてくれる、それはまあ嬉しいがああいう食べ方はどうかと思う。カバじゃねえんだぞ。思わず柄の悪い言葉が頭に浮かぶが、餌を作っているんじゃないだろうかと、そんなことをシンジは思った。
 シンジがぼんやりと三人を見ていると、普通の量のお弁当を食べているマナ、マユミ、ヒカリ達と目があった。目があったことに、少し困った顔をするマユミ、エヘッとニコニコ笑うマナ、先日デートしたというのに相手にデートしている自覚がなかったため、今日も勇気を出せず涙目のヒカリ。


(シンジ、碇君、シンジ君)も大変(です)ねえ。

 3人の目はそう言っていた。
 シンジもその眼の意味することはさすがに分かるのか、乾いた笑いを浮かべて苦笑する。
 これくらいいつものことだし、例え他人の目方見たらアレであったとしても、笑ってくれているのなら・・・、自分を必要としてくれているのなら、それで彼は満足だった。形や理由はどうあれ、大人達も、同級生達も彼のことを必要としてくれている、1人にしない。それだけで、いやそれだからこそシンジは笑った。
 そんな彼をトウジが意味ありげに見る。

「ん・・・なんだよ?」
「別に・・・センセも大変やな。そう思っただけや(守らなあかんものが一杯あるんやしな・・・)」
「・・・・・わけわかんないよ」
「ほうか?(ワシみたいに守りきれず、後悔せんようにな)」
「そうだよ」

 そこで2人は照れたように、ふっと笑い、また偽りの日常へと戻っていった。










 シンジ達が、日常生活を満喫している頃。
 ネルフ本部ではミサトとリツコ達が未だ作業を続けていた。
 その顔には汗が浮かび、目も腫れてろくに寝ていないことが伺える。だからといって、休憩をとる時間すらも彼らは惜しんでいた。先の使徒戦はとりあえず、ブラッドパターンの消滅の確認、それ以後の活動の様子が一切無いことから、全て片付いたと見て良いはずなのだが、なぜかユイ達は警戒を解かないのだ。
 自然、あの使徒は死んではいない。どこかでジッと待っているのだという考えにミサト達は至る。そしてわかりきったことだが、発令所に詰めっぱなしになっていた。
 それでなくとも、仕事は山積みなのだが。

 中破したグレートサーベル、シールドライガーの治療、アメリカ第1支部から送り返されてきた秘密兵器、コードネーム『D4』とその他のゾイドの調整等々・・・。


 その忙しい中、ほんの一時の休憩時間にミサトはリツコの部屋に2人でいた。今頃マヤ達が泣いているかも知れないが、表情から判断すると、2人にとってはそれどころではないようだ。
 2人の顔は親友同士のそれでなく、事務的なことのやり取りをするだけの厳しい表情であった。ミサトはまるで、抜き身の剣のような眼差しでリツコを見、リツコは氷でできた鏡のような眼差しでミサトを見返す。

 そのまましばらく無言でコーヒーを啜る2人。
 ミサトは加持から渡された、いくつかの情報を頭の中で反芻しながら、彼女の質問に対するリツコの返事を待っていた。やがてコーヒーがコポコポ音をたてる中、リツコが仕方がないといった感じでゆっくりと口を開いた。

「例の・・・松代での起動実験、予定通り鈴原君を使うわ・・・」
「ふ〜ん。ゾイドの筋組織と武装を取り替える奴だったっけ?手始めとしてディバイソンのそれをカノンフォートと取り替えるんだったかしら?で?それがどうかしたの?専属パイロットの彼が実験をするのは当たり前の事じゃない」
「万一に備えて・・・・・・補助として彼女も使うわ」
「補助?彼女?誰のこと?
 まさか、新しいチルドレンが見つかったの?」

 ミサトの驚いた顔と対照的に、リツコは淡々と応えた。そして、内心を悟られぬように目を伏し目がちにしながら、ゆっくりとコーヒーを飲んだ。いつもより苦く感じ、リツコの顔が少し曇る。
 もし天国と地獄というものがあったとしたら、きっと自分は地獄に堕ちるでしょうね。
 そんなことを考え、直後心の中で苦笑する。

「(無様ね、私)昨日ね」
「マルドゥック機関からの報告は受けてないわよ」
「正式な書類は明日届くわ」

 何か引っかかる言い方に、ミサトは眉をひそめるが敢えて直接的なことを言おうとはしない。

「赤木博士。またあたしに隠し事してない?」
「別に」
「・・・まあいいわ。で、その選ばれた子って誰?」

 リツコが無言で端末を操作すると、モニターに1人の子供のデータが表示された。どれどれとミサトがモニターを覗き込み次いで息を呑みながらリツコを睨んだ。

「誰?って・・・・・よりにもよって、この子なの?」
「仕方無いわよ。候補者を集めて保護してあるのだから」
「なんて、なんてこと・・・・。
 話しづらいわね、この事。アスカやマナ達はいいわ。ゾイドに乗る必要性を充分に理解しているから。レイは、例外としてもね。それにムサシ君やケイタ君、ケンスケ君も理解している・・・。
 でも、シンジ君とトウジ君は絶対に納得しないわ・・・・。その事わかってるの?人一倍、他人が傷つくのを痛がる子だから」

 それくらいミサトに言われなくてもリツコはしっかりわかっている。そう言い返してやりたくなったが、敢えてリツコは黙っていた。ここはどうなるにせよ、お互い言いたいことを言い尽くした方が良いと判断したのだ。

「でも、私達にはそういう子供達が必要なのよ。生き残る為にはね」
「だからといって、この子を?何も知らない、一般人の子供でしょう?しかもあんな目にあって・・・。それをいきなり、『あなたはパイロットに選ばれました。拒否権はありません』とか言って、無理矢理パイロットにするわけ?シンジ君みたいに」
「いくら何でもそんなわけないでしょう」
「どうだか・・・。リツコ、今までの自分の言動と行動からよくそんなこと言えるわね」
「どういう意味よ?」
「そのまんまよ」


 ミサトのリツコを見る目が、掃き溜めのゴミでも見ているかのように嫌悪の感情で満たされた。さすがのリツコもちょっとむかつき、そこまで凄い目で見られる覚えはないわよとばかりに、きつくなっていった。
 先のリツコの判断は、間違っていたような気がしてならない。

「ミサト・・・。
 彼に・・・シンジ君に、ゴジュラスに乗るよう説得したとき、あなたもいて小声でぼそぼそ何か言ってたわよねぇ」
「昔のことは忘れたわ」


 キッパリ

 アルコールが切れ、誰それかまわず喧嘩を売りたくなっていたミサトが、そう言ってのけた瞬間、徹夜続きでちょっと切れやすくなっていたリツコの頭から

 プッツリ

 と何かが切れる音が聞こえた。同時にその形の良い唇が辛らつな言葉を吐く。

「もうアルツハイマーなの?さすが30。年ねえ」

 ギチギチ

 続いて、ミサトの口元から、何かを挽き潰すような、例えるならもの凄い力で銀紙を噛み締めるような音が聞こえた。
 もう間違いない。完全に先のリツコの判断は間違っていた。

「その年で男1人作れない、処女の干物女に言われたくないわね」

 めりめりとリツコの腕がスチール製の椅子の肘掛けを握りつぶした。
 空気がぎすぎすと音を立てながら軋み、なぜか光が吸収されているかのように照明が暗くなる。もちろん、錯覚なのだがもしその場に彼女達以外のものがいれば、時として思いこみは現実を凌駕することを身をもって知ったことだろう。お互いの憎悪の相乗効果が地獄を作る。
 しかも、更にタイミングが悪いことに、たまたまこの時に休憩時間をとった、とある不幸な男が室内ににやけながら入ってきた。地獄が待ち受けているとも知らずに・・・。

「よぉ、リ・・・・な、なんだ2人ともいたのか」

 この部屋の主の名前を途中まで言いかけ、そして漂う気配に言葉が止まる加持。
 そして極限まで集中していたミサトは、加持の言いかけた言葉を、完璧に捕らえていた。

「リョウジ・・・、あんた今リツコの名前を言いかけたわね?」
「(ヒィィ、ね、狙い撃ちかぁ!?)な、なに言ってんだよ、マイスイートハート。今のは、『リツコ』じゃなくて『リッちゃん』って言いかけたんだ。何があったかしらんが、考えすぎだぞぉ」
「ほほぉ、そうなの」

 冷や汗だらだらな加持を捕らえたまま、ミサトの目がカモメのように見事な曲線の笑い目になる。ただ黒目が妙に大きいところが不気味だ。そして、ミサトの後ろでリツコがこそこそと秘密の通路を通って姿を消す。年のことに関する争いなら互角、いやそれ以上だが、こと男関係では分が悪い。しかも相手は加持だ。そう判断しての、実に素早い戦術的撤退だった。
 『ゴメンね〜』とウインクしながら床に開いた穴に飛び込むリツコの金髪を網膜に留め、加持は絶望に目の前が真っ暗になっていくのを感じていた。

 今のミサトはきっと、

 逃げる = 認める

 と判断するだろう。事実間違ってはいないのだが。って、おい。
 そしてそうなったらどうなるか?
 確認するまでもないが、マッドモードになったリツコはともかく、少なくともそう言う便利なものがない(マジで死ぬシリアスモードならある)、加持は死ぬ。
 先月仕事の帰りに、『酔っちゃったの』と塩らしく言うリツコを彼女のマンションまで送り、気がついたら2人とも全裸で朝だった記憶が走馬燈のように加持の脳裏をよぎった。
 ミサトが目の前で指をゴキゴキ鳴らすのを他人のように見る加持。

「な、なあ。たしかにあの使徒の攻撃で予約していた式場が全壊したのは不運だったが、何もかもがお流れになったってワケじゃないだろ?だから、そんな顔しないで、いつものおっ気楽ぅな笑いを浮かべた方が良いんじゃないか?サービスサービス♪って感じで」

 余計なことまで思い出してミサトはにっこり笑った。
 とりあえず、リツコより先にこの馬ッケ男を始末する方が先だ。そう心に決めた。ついでにその後、1週間かけてミイラにしてやる・・・とも。

「たぁっぷりとサービスしてあげるわ、いや、ほんとマジで」
「待てぇっ!待ってくれ!俺はこの後シンジくんを誘ってスイカ畑で会話ぁっっっ!!!!」





 加持リョウジ。彼は色んな意味でシンジの先駆者だった。

















「「「D4!?」」」

 壱中の屋上で、そんな驚きの声があがった。

「「「・・・・・・なにそれ?」」」

 直後、その言葉を皆に伝えた眼鏡とニキビの少年、相田ケンスケに一斉に質問の言葉を放つシンジとムサシとケイタ。
 がくっと、冗談でなく全身で脱力するケンスケ。姿勢を整えた後、眼鏡をなおしながらえらく勿体ぶりながらゆっくり話し始めた。

「知らないのか。だったら教えてやろう」
「「「いいよ別に」」」

 なんかその態度にカチンときた3人は見事なユニゾンでそう言いながら、一斉に回れ右をした。

「ちょっと待て、聞けっ!いや、頼む、聞いて下さい!お願いします!後生ですから、今回と次回の主役は山岸さんとトウジだけで俺はアレなんだ、これくらいしか活躍できないんだ、頼むよぉ」
「わかったよ、聞くだけ聞くから」
「でも、驚いてやったりしないぞ」
「眠いなあ」

 鼻水と涙まみれになりながら、必死になって哀願するケンスケに精神的に3歩以上引きながらも、仕方なく頷く3人だった。普段ならカヲルか、トウジを生け贄(ケンスケの相手)にしてさっさと逃げ出すところなのだが、カヲルは朝からネルフにおり、トウジは急な呼び出しがあったのでここにはいない。
 尤も、トウジの急な呼び出し、早退から、残った4人が呼び出しの理由を色々考えて、話題が新型ゾイド『D4』に移ったのだが。

 それはともかく、一応、3人が話を聞く気になったことを確認して、ケンスケはニヤリと笑った。

「いえいえ、聞いて貰えるだけで不肖、この相田ケンスケ三等兵は満足であります」
「三等兵って・・・そこまで言うか?」
「ま、いいけど。D4ってなんなの?」

 シンジが呆れる横で、興味はあまりなかったが、ケンスケがあまりにも勿体ぶるので、急に好奇心がわいたケイタがケンスケをせっつく。ケンスケは焦るなと言わんばかりに手を振った。滅多にない出番に心なしか、指先が緊張に震える。

「ふっふっふ、聞いて驚け。アメリカ第1支部で再生作業が行われていた、ウルトラザウルスを越える超弩級戦艦型ゾイドだそうだ。しかしながら第2支部消滅に恐れをなした第1支部が、二の舞はイヤだとばかりに再生までしたところでこっちに送り返すことにしたんだ」

 キラーンとケンスケの眼鏡が光った。




ーー 同時刻 ーー

 アメリカのとある工場では巨大な何かの全身をカバーで覆う作業が行われていた。作業自体はほとんど終了しているため、その何かの正体は分からないが全体的なフォルムはトカゲ、あるいはワニのように長い尾を持つ四つ足動物のフォルムに似ていた。
 ほんの少しだけ、カバーの隙間から見えるのは巨大なレーダーと一体になった銃らしき物。そして薄茶色にペイントされている装甲板だった






「ふ〜ん、ウルトラを越えるねえ・・・。で、どんな奴なの?」

 なんとなく、ウルトラザウルスの全身に角を一杯つけた姿を想像するケイタが促す。

「そこまではわからないけど、ヒントはある。パパのデータにちょっとだけ書いてあったんだが」

 その年で、しかもその顔で『パパ』とか言うなと一同は思うが、友情熱い彼らは言葉という空気の振動にせず、次のセリフを待つ。

「「「ふんふん」」」
「ドリルだ」






「「「は?」」」

 ケンスケを除いた3人の目が点になった。
 まあ、無理無いだろうけど。
 意味がさっぱり分からなかったという理由もあるが、それよりなにより形状に関する質問だったのに、いきなり『ドリル』とか言われても混乱するだけだからだ。それはシンジも、ムサシもケイタも、あるいはトウジだって同じだろう。

 なに言ってんだよこいつ。わけわかんねえよ。珍しく出番があると思ったらこれかよ、おい。

 そんな感じの呆れた思いが3人の心に浮かぶ。
 自然、3人の目がおもいっきりジト目になっていく。

 急に黙り込んだ3人に、ちょっと不気味なものを感じたのか、ケンスケが言葉を繰り返した。

「ドリル」
「「「・・・・・・・・・・・」」」

 それでも無言の3人に、ケンスケはもう一度繰り返すことにした。
 そろそろ泣きたくなってきたらしい。ちょっと目が潤んでいた。

「どりるでるんる・・・」

バキッ!ドゲシッ!!メキョッ!!!

 ケンスケが趣向を変えて歌を歌おうとした瞬間、それまで死人のようだった3人は見事な裏拳、肘打ち、回し蹴りをケンスケにぶち当てた。もちろん、空高く舞い上がり、次いでぐっはぁと言いながらケンスケは顔面からコンクリートの床にたたきつけられる。
 ケンスケはしばらくピクピクしていたが、そのまま寝ていたらとどめを刺されるとサバイバルで養った勘で判断して、ふらふらしながらもかろうじて起きあがった。起きあがったケンスケに、チッと舌打ちする3人。もちろんシンジもだ。その舌打ちに薄ら寒いものを感じながらも、ケンスケが抗議の言葉を口にする。本当は色んな意味で怖くて言いたくなかったのだが。

「おまえら・・・今本気で殴っただろ?」
「危ないこと言おうとするからだよ」
「次同じ事したら、騎士の名にかけて北斗神拳奥義だからな」
「で、結局D4はどんな奴なんだよ?」

 シンジの促しに、自分が何を初め言おうとしていたのか思いだしたケンスケが、慎重に言葉を選びながら会話を再開した。

「えっと・・・D4はドリルなんだそうだ」
「だから、なんだそれ?わけわかんねえぞ」
「仕方ないだろ、それだけしか書いてなかったんだから」
「だったら初めから勿体ぶるんじゃねえよ」
「いや、なに。誰がパイロットになるのかと思ってさ」
「戦艦タイプって事は、1人だけじゃ操作できないねぇ」

 ケイタがのんきに言うとおり、ゴジュラスより大型のゾイドはその制御に1人の人間だけでは足りないため、通常複数のパイロットを必要とする。例を挙げると、空母型ゾイドウルトラザウルスは満足な動作をするために、マナ、ケイタ、ムサシと3人のパイロットを必要としている。かつて、太古の戦争時には最低8人のパイロットを必要としていたことに比べれば格段の進歩らしい。それでもたった12人しかいないチルドレンを3人も割かなくてはならないのだ。

「そう。ウルトラはムサシ達だろ。だからそれ以外の、シンジ、カヲル、トウジ、委員長、惣流、綾波、山岸さん、そして俺。の中から選ばれるのは間違いないんだけど、誰になると思う?」

 そう言われて思わず顔を見合わせるシンジ達。
 確かに、そんなゾイドが新しく編入されれば機体の交換も充分にあり得るだろう。もちろん強力な機体に乗るということは、生存率が高くなるし、守りたいものをより確実に守れるようになるワケなのだが、乗り慣れていた機体(ゴジュラス初号機)から離れるかもしれない可能性に、シンジは少し寂しいものを感じた。
 と、ぼんやり考え込んでいたシンジに、ケイタが目を向けた。

「シンジ君知らない?」
「僕が?なんで?」
「だってユイお・・・あわわ・・・ユイさんの息子なんだし」
「・・・・・・知らないよ(母さん、一体みんなに自分をなんて呼ばせてるんだよ?)」

 返事しながらもケイタの言葉の内容より、言いかけて止めた言葉の方に激しく気を引きつけられるシンジ。後で追求してやろうとか考えていたのは秘密だ。そのシンジの言葉に、ケンスケはつまらなさそうに手すりにもたれた。頭が手すりを乗り越え、空の青を見上げる形になりながら、ふっと呟く。
 今日の晩飯に何にするかな?
 場違いにそんなことを考えながら。

「そうか・・・、まあ末端のパイロットには関係ないからなあ。もしかしたらって思ったけど、やっぱり知らなかったか」
「それより、トウジやっぱり来ないな。仕方ないから、とりあえずあいつ抜きでなにするか決めようぜ」
「仕方ないね。トウジ君には事後承諾って事で」

 もう昼休みも半ばを過ぎ、そろそろ文化祭発表の練習をする時間になったため、4人は他愛のないことをぺちゃくちゃ喋りながら屋上を降りていった。もし誰かが彼らの会話を聞いていたら、『やっぱり女の子をボーカルにしたバンドだ!』とか『せっかく11人もいるんだから騎士とお姫様のロマンス劇だ!』とか『めんどくさいから何でも良いよ』とか『豆腐い・・・』とかいったことが聞こえてきただろう。







「で、結局さ」
「バンドをする事になったのね」

 碇家リビングにて、地べたにだらしなく寝転がりながらアスカがそう言った。いつものラフなタンクトップと短パンという格好で、そばにいるシンジのことを全く意識していない。シンジはシンジで馬鹿丁寧にアスカの言葉に応えてやりながら、少しドキドキしながら皿を洗っていた。

「そ、結局僕とトウジ、ケンスケ、山岸さんでね」
「馬鹿の2人はともかく・・・・なんでマユミがいるのよ」
「そんなこと言われてもねえ。ケンスケが言うには女性のボーカルのいないバンドなんてクリープ入れないコーヒーみたいなものらしいし、それに・・・・山岸さん・・・・歌上手なんだ」

 ちょっとマユミの名前を言うときの間と、かすかに上気したシンジの頬に凄く違和感というか、危機感を感じたアスカはジト目でシンジを睨む。もちろんシンジは仲直りできたことと、図書室でのキスを思い出していたのだが。

(ケンスケの言うことにも一理ある。美人でいかすかわいこちゃんのボーカリストは、メジャーを目指すための必須条件だね。
 ・・・・メジャーってどこ目指す気だ?
 知らないよ)

 と、シンジが1人心の中でボケと突っ込みをしていると、アスカが額にしわを作りながら詰め寄ってきた。ほんのり漂うアスカの香りにくらっと来る浮気者シンジ。

「なんで知ってんのよそんなこと?油断ならないわねあんた。
 それから、どうして私にボーカルしないか聞かないのよ?」
「音痴だから」

 きっぱりはっきり、もうこれ以上ないくらい隙のない返事をシンジはした。アスカの顔が笑顔を留めたまま、危険な方向に引きつる。これ以上はっきりとした理由はない。
 確かにうじうじし、自分の意見を持たず事なかれ主義よりは、こっちの方がポジティブで好ましいが、ここまで自分の自覚していることを言われるとさすがに頭に来る。しかも相手はシンジなのだ。
 直後、

「この馬鹿シンジ!私の所有物ののくせに生意気なのよ!足腰立たないくらいにボコにしてやるっ!死ねぇ!

ドズッ!ゴキャキャ!スパーン!

 とか叫んで、連続スープレックスによるリアルな効果音と共に、本当にボコにしたかったが、数日前の言い合いのことが記憶に残っているからグッと堪えた。もしボーカルを選抜したのがシンジだと知ったら、堪えたりなんかしなかったろうが。

「・・・・・あんたもハッキリ言うようになったわねえ」
「おかげさまでね」

 アスカが暴発寸前だったことも知らず、シンジが最後の皿を洗い終わり、手をエプロンで拭きつつリビングまでやって来た。そののんきな顔を見て、プンプンしていた自分がなんかみっともなくなったアスカが、わざわざ話題を変えようとシンジの近くまで行って座り直す。

「それで、練習はいつからするのよ?」
「明日からかな。もうそんなに時間ないし。
 ・・・アスカはどうするの?」
「別に・・・。レイと一緒。特にな〜にもする予定無し。そうね、暇だから演奏ぐらい聴きに行ってあげるわよ」

 なんだよそれ。と言った感じの顔をするシンジだったが、さりげなく近寄ってくるアスカに面食らったのか、表情を変えずに座ったばかりだったのにその場を立った。アスカが虚をつかれてがくっとなるがシンジはそれを気にもとめずに、テレビのリモコンを手に取り適当にチャンネルを変え始めた。
 パパパッと映像が歌番組から別のものに変わる。意識せずにそれを見ながら、シンジはマナ達が文化祭でするつもりだと嬉々としながら話していたことを、思い出していた。
 確か、マナとヒカリがクッキーを、レイコがフルーツジュースと人参やカボチャのケーキ、ムサシとケイタがたこ焼きとお好み焼きを作るとか言っていたのだ。実は時々、マナやレイ、マユミ、場合によってはヒカリの作った料理をごちそうしてもらったことのあるシンジは、アスカはどうなんだろうとちょっと男の子らしいを期待して、さりげなくアスカに料理する意志があるかたずねた。

「それはどうも。でも、洞木さんやマナと一緒に料理作ったりしないの?」
「あんたワザときいてんの?いちいちむかつくわね」

 シンジの質問に、アスカはデートの約束をすっぽかされた破局寸前のカップルの女性のように険悪な顔をした。ちょっとどころじゃなく、びびるシンジ。

「なによその顔?はいはい、どうせ私、料理できないわよ。ハッ、この天才にだって苦手なものは一つくらいあるわ」
「ミサトさんとどっちが凄いかな?」
「アレと比べないでよ。私は料理が苦手なだけでミサトみたいに毒を作るワケじゃないわ」

 ミサトが聞いたら、怒るどころじゃすまないようなことを言う2人。それはともかく、アスカは軽口を叩いたシンジをぎろっと睨んで料理の話題を強制的に終わらせると、奪い取ったリモコンでまた歌番組にチャンネルを戻した。別に見てはいなかったのだが、シンジに変えられたままというのが気に入らなかったのだ。

「考えてみれば、加持さんが見に来るのよ、何かして、なるべく目立たないといけないじゃない。
 それに、具体的には決めてないけどさ、たまに私の知性とか才能を知らしめてやらないと、どうもアレなのよね。あんた達と一緒にいる所為か、同じレベルはまだしもへっぽことか影で言われているみたいだし」

(みんなよく見てるな)

 いつもとてんでかわらない、わがままなアスカの態度に肩をちょっとすくめながら、シンジは自分の部屋に戻ろうとした。わがままにはつき合っていられないし、自覚がないってのは救いようがないとも思ったからだ。その時、唐突にアスカがシンジの足首を掴んだ。もちろん歩きかけていたシンジは前のめりにぶっ倒れる。すぐ目の前にソファがなかったら、鼻が折れていたかも知れないような倒れっぷりだ。
 その普通なら心配するはずの、倒れたままのシンジに向かってアスカは指を突きつけた。

「そうだ!シンジあんたバンド止めて、何か別の事しなさいよ。特別に私が手伝ってあげるから」
「いきなり無茶言うなよ。そんなことできるわけないだろ!」
「なによぉ、あんた私よりジャージやマユミの方が良いって言うわけ?」

 せっかくのアスカ様の提案に、なんて無粋なことを言うのかしら?
 そう思ったが、本気でシンジの目が軽蔑の眼差しになっていることに気づいたので、彼女は珍しく大人しくシンジの言葉を聞くことにした。本気で嫌われたくなかったし。それに『うん』とか力強く言われたら、それこそ立つ瀬がなくて座らないといけない。

「そういう問題じゃないだろ?人間としてのモラルの問題だよ」
「まるで私にモラルがないみたいな言い方ね」
「自覚はあるん・・・・ぎゃあ!」
「人をミサトやリツコみたいに言わないでよね。レディをなんだと思ってんのよ?あんたの方こそ一般常識がないわ。ちょっと聞いてるの?!」

 何があったか知らないが、血をどくどく流しているシンジは聞いている様子は全くない。
 ちょっとどころじゃなく気が短い。しかもシンジが血を流している原因は自分だというのに、返事をしないシンジにたいし沸々と怒りをわき上がらせていく。
 シンジの状態は世間一般で言うところの、意識がないっていうやつかも知れないが、無論アスカはそんなこと気にもしやがらねえ。ガクガクとシンジの頭を前後に揺さぶって、強制的に意識を回復させると、どんとリビングのソファに突き飛ばして、えっへんと胸を張った。

「決めた!あんたのバンドに私を混ぜ、いいえ、あんた達が私の部下になることを許可してあげるわ!」
「(ここまで女王様な性格だとは・・・)無茶言うなよ。だいたい、アスカ、ナニするつもりなんだよ」
「もちろんボーカル♪ホントは私1人で歌うのが良いんだけど、それじゃマユミの立場もないだろうし、特別にツインボーカルを許可してあげるわ」
「正気?」

 色んな意味でそれはやばいんじゃないか。しかも、しかもだ。仮に新聞部の彼女(名前秘密)もボーカルに追加されたらどうなることか。ウナギを襟元から入れられるときのような、身の毛のよだつ想像をするシンジ。
 だが、自分でした想像にぶるっと身を震わせながらも、シンジは黙っていた。
 止めてもアスカが聞くわけないし、死にたくない。















 なんだろう?

 ふとマユミはそう思う。
 先日から続く不思議な違和感。
 特にシンジを見ていると、その違和感というか不安感がうずきを伴いながらいや増していく。まるで自分か二重になったかのような不思議な感覚。それは半ば快感を伴った心地よい痛み。原因は分からない。いやもしかしたら・・・。
 マユミはそれが単純に恋する乙女特有の、恋心のようなものと思っていたが、本当にそうなのだろうか。最近、文化祭が迫るにつれてそう感じる。何かが育っていくように。

「どうしたの?ぼんやりして」

 シンジが、小休止中にぼんやりしているマユミに話しかけた。
 彼女は一見大人しく、そんなにおしゃべりするタイプではなさそうだが、実際は気を許した相手には結構明るく話しかけるのだ。そんな彼女がなぜかここ数日、いつにも増して大人しい。アスカの妨害に沈んでいるのかとはじめは思ったが、どうもそうではないらしい。心配性のシンジとしては、ごく自然に彼女のことを心配して出てきた言葉だった。

「あ、いえ。ちょっと・・・」
「そう。なんだか雰囲気がいつもと違うみたいだから」

 それだけ言うと、シンジは少しだけ居心地が悪い・・・と言うか、妙にマユミのことを意識してしまっておちつかなげにジッと譜面に注目する。我知らず、赤くなった顔を沈めようとしているのかも知れない。
 トウジとケンスケが練習もせず、どこかで油を売っている為、2人は音楽室に2人っきりで練習していた。なぜ彼らが貸し切り状態にできるのかは謎だが、文句を言ってくる生徒はいないからとりあえず問題ない。
 と、マユミがぽつりと呟いた。

「そうかも知れません。私・・・・・今までこんな風にみんなと騒ぐ事なんて、ありませんでしたから」

 そして寂しそうに彼女は笑った。
 転校ばかりしていたこともあるが、心に壁を作り続けていた彼女はここに来て、人と触れあう、友達を作るということを初めて知った。そして人を好きになると言うことも。  無意識に、その好きになった人にかまってほしくって、そんなことを彼女は言ったのかも知れない。

「そうなんだ。僕と同じだね」
「えっ?」
「僕も、そうだった・・・。家族に、母さんに見捨てられたと思っていた。だから世の中のこと全てを嫌悪して、友達も作らないで・・・。
 覚えてるでしょ。初めてここに来たときのこと・・・」

 過去を思い出し、寂しそうに笑うシンジに、マユミは困ったような顔をして譜面から顔を上げた。
 その視線に映るのは、自分によく似た瞳と顔。

「シンジ君・・・」
「僕たちって、似てるのかも知れないね」
「そうですね。でも、似てるだけじゃないですよ、きっと」
「え?それどういうこと?」
「うふふ、それは秘密です」

 そう謎の言葉を言って、ようやく元気を取り戻したのかいたずらっぽく笑うマユミにシンジはとまどう。だが、すぐに彼も微笑んだ。マユミと彼が似ているのは、伊達じゃない。

「・・・・・・・うん。それじゃ、練習しようか」
「はい」

 そして2人は、仲むつまじく、それこそあのアスカですら、割り込めないような雰囲気を作りながら練習を再開した。マユミの少しかすれた、精一杯の声と一緒に優しい、どこか寂しげな曲が音楽室に響く。
 演奏しながら、シンジは目の端で金色の髪がかすかに窓に写ったような気がした。だが、すぐに見えなくなったし、一生懸命歌うマユミに注意を奪われて、そのまま忘れた。
 マユミはシンジと違いハッキリとアスカが覗いていて、急に悔しそうな悲しそうな、情けなさそうな顔をしたかとと思うと、廊下を走って消えたことに気がついたが、今はシンジと一緒にいたかったので、あえて何も言わなかった。後ろに抜き足差し足で歩くレイとマナが見えてちょっと気になりはしたが。
 彼女だって年頃の女の子だから、アスカの気持ちや、自分の心に生じた気持ちのこともよくわかっている。だからこそ何も言わなかったのだが、なぜかズクンと胸だけでなく、不思議な感覚と共にお腹がうずいていた。













 そして・・・。
 どこともしれないくらい部屋に、数人の人間が集まっていた。薄暗がりな上に、室内の一角だけに明かりが集中しているため、容姿性別共によくわからないが、少なくともその眼に浮かぶ光は刃のように鮮烈だった。やがて、その中の1人、巨大な机に両肘をついて腕を組み、その手に顎を乗せていた人物が重々しく口を開く。

「恐るべきことだったな」
「ああ、最初それを聞いたとき正気を疑ってしまったよ、俺は」
「それで、結局どうしたの?」
「危険すぎるから、彼女達に処理を依頼した。かなり危険な任務だが、大丈夫。彼女達は自分の仕事をわきまえているし、事の重大さはよくわかっている」

 最初の人物はそういうと、指でそっとずれた眼鏡を押し上げた。
 そのまま無言の時間が過ぎて、

ガチャ

 突然そんな音を立てて、彼らのいる部屋のドアが開けられた。
 全員の視線が一斉にドアに集中する。

「誰だ?」
「私・・・・ゼロフォッグ。任務完了、帰還したわ」

 その妙に感情を感じさせない、澄んだ声に、一同がほっとため息をついた。同時にパッと明かりがつき、まぶしそうに瞬きをする。

「さすがは綾波と霧島やな。エエ手際しとる」
「ホントホント、さすがお姉ちゃん。アスカちゃんの天敵」

 敬礼しながら、壱中の生徒会室 ーーー 今はチルドレンのたまり場とかしている、治外法権地帯 ーーー に入ってきたのは無表情なレイと、ちょっと困惑しながらもニコニコ笑いながら、ガンジ絡めに縛り上げられた上に猿ぐつわのアスカを引きずっているマナだった。

「当然でしょ♪それにしてもアスカさんも無謀な事しようとしたわよね〜」

 マナの言葉に室内にいた全員、ケンスケ、トウジ、ヒカリ、ムサシ、ケイタ、レイ、レイコが一斉にコクコクと必要以上に頷く。

「ふぅ〜、ふんが〜もんが〜!ぐごごごごぉっ!ぎちぎちぎち!うっき〜〜〜!!(離せ!離しなさいよ!なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないのよ!?ちょっと、ジャージ、眼鏡、似非騎士、の○太!あんた達後で殺すわよ!?ヒカリ、ねえこの前の仕返しなの!?ちょっと、聞いてるの!?うぉら、レイぃ、レイコ、マナぁ!あんたら絶対に殺すっ!!!)」

 それこそジョーヤングか、キングコングのように暴れ回るアスカに、気味悪そうな目をケンスケが向けた。彼女の暴れっぷりに対して、その身体を拘束するロープはあまりにも貧弱に見える。ケンスケならずとも心配するのは無理ない話だ。
 そのケンスケにふふんとマナとレイコが微笑みかける。

「そりゃあ、怪獣をロープで縛っても引き千切られるのが東西問わずお約束ってやつだけど」
「大丈夫!アスカさんの全身縛り上げてるのは、リツコさんの研究室からちょろまかしてきた、カーボニウム製の特殊展性ロープよ。それこそ戦車同士が綱引きしたって切れないわ♪」
「そうか、なら一安心って所か。しかし油断はできないな・・・」

 それこそ猛獣を拘束してお釣りが来るような装備で拘束されていたアスカ。しかしケンスケはそれでも不安そうにアスカを見る。その視線に、アスカは何か大切なものを汚されたような気がしてよりいっそう猛り狂った。

「うっぎぃぃぃぃっ!!!(あんた達私をなんだと思ってんのよぉぉぉぉ!?)」
「静かにして」
「そうよアスカ。生徒会室では静かにしないといけないって、校則にも定められているでしょ?」
「フガーーーーッ!!!(知るかーーーー!!!)」

 論点がずれている気が激しくするが、その叫び声に、1人マイペースにデスクライトで宿題をしていたケイタが心底迷惑そうにぼそっと呟いた。

「バケツの蟹とか猿じゃないんだから、もっと静かにしてよ」

 なぜかピタッと静かになった。静かになったのだから喜べばいいのに、ケイタが不思議そうに顔を上げて一同を見回す。だが、全員自分を何か別物でも見るかのような視線を向けているだけなので、ますます不思議そうな顔をする。室内に全員の思いが複雑に交錯し合った。

(((グッバイ、ケイタ。君は良き友人であり、良き仲間であった。せめて来世はもう少しその場の流れを理解することを。ま、惣流が本気で殴るのは碇(シンジ、センセ)だけなんだけど・・・・)))
((さよなら))
(ナイス突っ込みよケイタ。でもそんな事じゃ最後の出番が死ぬ所って事になっちゃうわよ)
(浅利君・・・。ナイス度胸)

(絶対殺す)

「? なんだよもう、みんなわけわかんない。それはそうと、どうして惣流さんを捕まえたりしたの?」

その声に、ウルウルと涙を流しながら友人との別れを心の中でしていたムサシが涙を軍人みたくさっと一擦りしながら、懇切丁寧に説明を開始した。

「何だ知らなかったのか。
 ・・・惣流がまた地球防衛バンドに潜り込もうとしてたんだよ。それはまあ、いいとしてだ。よりにもよって山岸と一緒にボーカルするとかぬかしやがったんだ」
「はあ・・・。それはまたなんて言うか、シンジくん達も大変だねぇ」
「おう、おかげでワシら満足に練習もできへん。ワシなんか仕方ないから、個人で青葉さんに教えてもらっとるんやで。厳しいでホンマ」

 出番無いのか、青葉さん・・・。
 そっと涙を拭くケイタ。少し待ってからムサシが言葉を続ける。

「それだけならまだしも、練習の邪魔ばっかするんだよ」

 そういってジロッと全員がアスカを見る。よくわかっていないケイタとトウジは別として、彼ら以外の全員がアスカの邪魔する理由が妙に仲の良いマユミとシンジへの嫉妬から来ていることがわかっているのだ。

(まったく小学校低学年の恋愛じゃないんだから・・・)

 ヒカリが憮然とした顔でそっぽを向くアスカを心配そうに見る。
 そして、その全く自分は悪くないと、反省の色なしな彼女を見て練習開始当初のアスカの困惑顔を思い出した。

 まあ、あの2人の様子を見れば、アスカやレイ達は気が気でなくなることは無理もない。レイはよくわかっていないと言うか、こういう時どうすればいいかすぐユイに聞きに行き、適切なアドバイスをもらうから良いし(事実もらった)、マナはマナでそれくらいのことでくじけたりどうかなったりはしない強い娘だから問題ないが、アスカみたいな娘は別だ。ヒカリには痛いほどそれが分かる。特にシンジとマユミは気づいていないが、ヒカリは2人が図書室でキスしていたのを目撃しているのだ。あの時は、恥ずかしいのと、ふしだらだという思いが強く、その場にいたたまれなくなってその後の修羅場を見ずに去ったのだが、もう少し2人を見ていたらどう思ったことか・・・。

(ショックだったでしょうねえ。でも・・・)

 実際の所、ヒカリは結果がどうなるにせよ、ほほえましく見守ろうと思っていたのだが、その妨害がスピーカーを壊すとか、いきなり演奏に酷評して場を盛り下げる、トウジ達に因縁を付けるなど、かなり無茶な方向にエスカレートするに及んで遂に決心した。委員長として、彼女の親友として・・・。

『アスカを文化祭まで拘束するわ』








「で、今に至るんだぁ。でも・・・」

 級友として、仲間として地球防衛バンドの成功を願うムサシの説明を聞き終わったケイタが、驚き呆れながら言った。その表情をなんと表現するべきか。
 その顔と眼差しに、なぜかヒカリが不安そうに身じろぎする。

「でも?(なによ?ちょっと遅くなったけど、アスカはちゃんと捕まえられたのよ?)」
「捕まえたの今日でしょ?」
「そうだが・・・」

 ケンスケの何が言いたいんだよと言う視線を受け止めながら、ケイタは恐る恐る、だが勇気を出して言った。そう、殺されるとわかっていながら、友の元に返ってきたメロスのように。

「文化祭明日だよ」
「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ」」」」
「チョー駄目って感じよね〜。じゃっ、そう言うことで!」
「私は忠告したわ(あ、熱い。碇君と一緒にいるわけでもないのに・・・。そう、これが恥ずかしいって事なのね)」

(あんた達バカァ?)

 顔を真っ赤にしながらさっさと逃げ出したレイとレイコ以外に、アスカは心の底からそう思った。










 文化祭前日。
 初めてのことに、マユミは少し興奮して寝付けなかったが、それでも睡魔は誰にでも平等に訪れる。シンジ然り、レイ然り、アスカ、トウジ・・・。もちろんマユミも。
 ピンク色の寝間着を着たマユミは、静かに、夢を見ていた。

ガタン、ゴトン、ガタン、ゴトン・・・。

 ごとごとと揺れながら走る古めかしい電車の中。西暦2016年現在に存在するはずのない電車。その中で、ひとり本を読みながらマユミは座っていた。
 夕焼けの色・・・と言うよりセピア色の空間の中で。



『私がいる。本が好き。
 本の中には、下品な男の人もいないし、勝手にあちら側からこちら側にやってくる、無神経な人もいないから。
 家の中もそう。期待した以上のことも起きないけど、それより悪いことも起きないから、自分で思った通りのことができる。
 私を誉めてくれる人もいないけど、私を笑う人もいない。
 面倒くさいから喋るのは嫌い。どんなに言葉を重ねても、本当の私のことを理解してくれる人はいないから。いないに決まっているから。
 でも、喋らないから勝手に私がこうだと思い込んで、おとなしい子だと勘違いする』






 本に書かれているのは、かつて彼女が感じていたこと。思っていたこと。
 彼女の心。

 どうして?

 誰かが疑問を呈する。
 と、突然場面が変わった。



 マユミの目の前に次々に現れる幼い頃の記憶。
 忌まわしき、忘れてしまいたい、事実ここ何年かは思い出すこともなかった記憶。
 ワケもわからず、黒真珠のような瞳でなにかを見上げている、まだ眼鏡をかける前、幼稚園ぐらいのころの幼い自分。その瞳は何かを映しているが、心は凍り付いていた。
 視線の下には、赤い光の中、目を閉じて倒れている母親がいる。
 もう二度と動かない。
 もう二度と歌ってくれない。
 もう二度と自分を甘えさせてくれない。
 その優しい笑顔を向けてくれない。

 そして、視線の先には、父親の手の中で鈍い光を放っている包丁があった。




『嫌い。そんな人は大嫌い。自分の勝手なイメージを人に押し付ける。そんな人ばかりだから』




 彼らも?




 突然聞こえた声と共に、場面は再び電車に戻っていた。いつの間にか、無表情なシンジがマユミの向かいの席に腰掛けている。かすかにマユミの鼓動が激しくなった。


『・・・シンジ君。彼みたいな男の子は今までいなかった。
 だけど、期待はしない。今まで何度も何度も何度も何度も裏切られたから。
 みんな私を裏切る。裏切らないのは、私の好きな本・・・・・だけ』



 本当はわかっているのに、自分を偽るように言い聞かせるマユミ。いつの間にかシンジ以外の人間も目の前にいた。
 ぽたりと、涙の滴がマユミの目からこぼれた。
 今は違うことがわかっている。
 シンジが、マナが、アスカ、レイ、レイコ、ヒカリ、トウジ、カヲル、ケンスケ、ムサシ、ケイタ、ミサト・・・。今更彼らのいない生活なんて、楽しいとは思わない。以前の自分はシンジ同様、生きているのか死んでいるのかわからない存在だった。

『・・・・・・・私、泣いているの?』

 いつの間にかシンジは消えていた。再び電車の中にはマユミ1人になった。
 全てが彼女を取り残して消えていた。
 電車はそのまま走り続けた。永遠の昼と夜を越えながら・・・。






 トクンと何かが脈打った。




Cパートに続く




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