2016年7月10日 日曜日 晴れ
あの後、自分の気持ちを整理する為に付け始めたこの日記も1年以上続いている。僕にしてはよくもっている方かな?
最近、ようやく安心して綾波に家の事をまかせられる様になった。最初の頃、料理のつもりがあわやガス爆発になりかけた事も楽しい思い出だ。
そういえば今日、洗濯物を干している時に綾波がハミングしていた。悪いけどちょっと驚いた。綾波は変わった。先生の所に身をよせて、二人で普通の暮らしを続けた事が綾波にとってよかったみたいだ。表情も柔らかくなった。綾波の微笑みがちょっとまぶしいくらいだ。あ、僕何書いてんだろ。
さすがに1年経っても「あの時」のことは二人の話題には出来ない。でも、今の暮らしは何にもかえがたい幸せだ。
大切な人達を失い、今家族といえるのは綾波だけだ。あの状況で独りではなく、綾波が生きていてくれて本当に良かった。
でも、本当は僕は生きていてはいけない人間なんだ。すべての人を殺したのは他でもない僕なのだから。父さん、ミサトさん、アスカ、リツコさん、みんな・・・・・僕は本当は死にたい。でも、死ねない。僕が悲しい顔をすれば綾波も悲しくなる。それに綾波を一人になんて出来ない。綾波は僕のたった一人きりの家族なんだから。
家族なんだから
毎週日曜日朝のシンジの部屋の掃除はレイの楽しみであった。
(誰かのために何かする)
以前の自分からは想像出来ない感情であった。でも、今のレイのまぎれもない気持ちであり、そして、その想いが自分のどこから来るのかも知っていた。
だから楽しい。
最近、レイは家事をやっている時にハミングをする様になった。気がつくとリズムを口ずさんでいたのである。不思議とハミングのリズムの中で家事をすると仕事は気持ちよくはかどった。
シンジはいつも部屋を綺麗に整頓しているため、掃除といっても軽くほこりをはらったり、机を磨き上げるだけであった。
『本棚は掃除しなくていいよ。並びが変わると困るから』
シンジは微笑みながらそういった。だから、いつも本棚だけは手を付けなかった。
今日、シンジは近所の用事とかで朝から出ている。
(いつもは出来ない所も掃除しよう)
小さな決意のもと、いつもは手を出さない本棚の掃除をすることにした。本の配置を忘れることがないように気を使って本を丁寧に取り出す。
すると、本棚の奥から見た事のない本が出て来た。いや、日記であった。
レイはシンジが日記を付けている事をまったく知らなかった。
(…見たいけど、見ちゃダメ)
シンジはこの日記を隠すため本棚だけはレイに掃除しないように言っていたのだ。レイはその気持ちを守る為に、読まずに日記を棚のもとの場所に戻そうとした。
しかし、日記を戻そうとしたが棚に引っ掛けてしまい、開いた形で日記は落ちてしまった。拾おうとしてかがんだレイの目は、日記の中に吸い寄せられていった…。
『 2016年7月10日 日曜日 晴れ
あの後、自分の気持ちを整理する為に付け始めたこの日記も1年以上続いている。僕にしてはよくもっている方かな?
最近、ようやく安心して綾波に家の事をまかせられる様に・・・』
気がつくと、日記を手にして夢中に読んでいた。
そして、
『・・・・・僕は本当は死にたい。でも、死ねない。僕が悲しい顔をすれば綾波も悲しくなる。それに綾波を一人になんて出来ない。綾波は僕のたった一人きりの家族なんだから。
家族なんだから』
読み終えた後、涙が、止まらなかった。涙で潤んで見える日記にも涙の跡があった。
(碇君の涙)
シンジも書き終えた後に涙していたに違いない。その涙の跡にレイの涙が重なって落ちる。
『家族なんだから』
この言葉の暖かさに、シンジの優しさに、レイは言葉もなく、涙した。日記を抱きしめながら溢れ出る涙を拭おうともせず、ただ、感情にまかせて涙で心を潤った…。
「ただいま!」
(!)
シンジが帰って来てしまった。レイは慌てて本を戻した。涙を隠す為に急いで洗面所に走り、顔を洗った。
シンジは服を泥だらけにして帰って来た。
「お帰りなさい、碇君。ずいぶん汚れちゃったわね」
「ふぅ〜、町内会の掃除大変だったよ。僕は若くて元気だからって、溝のドブさらいばっかりやらされちゃって」
「うふふ、大変だったわね。すぐお昼の準備するから待っててね。あ、お部屋の掃除、ちょっとだけしておいたから。あ、本棚は絶対にさわっていないから、ホントに」
シンジはレイの言い方にちょっと引っ掛かるものを感じたが、とりあえず汚れた服を取り替える為に自分の部屋に戻った。
しかし、掃除の後は無かった。
(綾波、掃除したっていってたけど…)
ふと見た本棚にシンジは理由を見た。
(本の並びが変わってる)
シンジは慌てて奥の日記を取り出した。ばらばらとめくる内にレイの読んだページに行きついた。
自分の涙の跡に新しい涙の跡があることに気がついた。
(綾波の涙)
その涙の跡に軽くふれてみた。新しい涙の跡はうっすらと湿り気を帯び、大して時間が経っていない事がわかった。
ふたりの気持ちの重なった日記。シンジは今まで以上にその日記が大切に思えた。何よりもその日記を通して、レイが愛おしく大切に思えた。
「碇く〜ん、ご飯出来たわよ」
台所からレイの元気な声が聞こえて来た。
「わかった、すぐ行くよ」
全てを失ったふたりだったが、すべては、これからである。