Neon Genesis Evangelion SS.
ナナシカムイ 〜 last episode 〜 |
write by 雪乃丞 |
最後の使徒があらわれると予測される日が過ぎた。
その前日から、僕とカムイは二人ともネルフの本部に泊まり込んで戦闘待機に入っていた。
でも、それが10日を超えてしまった。
予測されていた日から10日が過ぎても、まだ最後の使徒は姿をみせていなかった。
焦らされるというのは、本当につらいものだね。
父さんが前にいっていた言葉が、ようやく実感できてきたよ。
「少し気分転換をしたほうが良いかも知れない」
ここの所、僕もカムイも精神的に追いつめられているを感じている。
夜も、眠りが凄く浅いんだ。
ほんの少しでも物音が聞こえてしまうと目が覚めてしまう。
・・・たぶん、怖いんだ。
早く来て欲しいって思ってるけど、ずっと来て欲しくないとも感じている。
そう、いってた。
心がくじける前に来て欲しい。
それ以上に、来て欲しくないって感じているんだって。
・・・そう、いってた。
「そうだな。 お前はまだマシかもしれないが、名無君のほうがもちそうにないな」
いつでも戦える準備は出来ている。
それなのに、その力を振るうべき相手がいないというのが、今の状態だった。
これほどキツイとは思わなかったし、ここまで予測が外れたのも初めてのことだった。
「・・・何が起きている?」
「次の使徒が最後の一体と予測されている以上、こう考えるしかないと思います」
赤木さんは、予測でしかないと前置きしながら、今の状態に関しての意見を口にしていた。
「これまでの方法が通じなかった以上は、違う方法でのアプローチを考えているのではないでしょうか?」
「違う方法?」
「これまでの使徒の進化の方向性から考えると、完全な力押しのタイプではエヴァに勝てず、エヴァを使えないようなアプローチ方法でも、結局はダメだった訳です。 そして、先日のコアをもたない使徒は、自分自身の弱点を極力消す方向性を模索したことを意味しているのだと思えます。 ですが、それでもダメだった以上は、これまでと全く違う方法を模索しているのではないでしょうか?」
せめて、その手がかりか何かを掴めれば・・・。
そう漏らす赤木さんの言葉が、ひどく不安に感じられた。
これまで表れたタイプの使徒と全く違う形なり能力をもったヤツが最後にやってくる。
それは、とても大きい不安だった。
「おそらくは、その全く新しく、それでいて私たちに対処が難しいというタイプの能力を探すのに、必要以上に時間がかかっているということだろうな」
そうなるともうしばらくは時間が必要になるってことなのかもしれない。
「シンジ。 聞いての通り、今のままだと、あと何ヶ月待たされるか予測もつかない状態だ。 ・・・お前の考える最善の方法で気分転換をしてこい」
「・・・いいの?」
正直、ここのところ息がつまるような閉塞感を感じていたからね。
カムイを連れて、外に出て良いといわれたのは本気で嬉しい。
だけど・・・そんなことして、本当にいいのかな?
「緊急の事態に備えて、移動手段は用意しておく。 あと、定期的な連絡は欠かさないように。 移動する時にも、これからどこへ向かうなどといった報告もするように」
それを聞いてうなづくと、僕はカムイの手を引いて会議室を後にした。
シンジ達が部屋を後にして数分後のこと。
「よろしいのですか?」
「・・・よくはない。 だが、これくらいしか方法がないだろう」
「ですが、最後の使徒が選択する能力は・・・」
「ああ。 おそらくは人間型・・・しかも、神威の能力の模倣が、最悪の予測だというのは分かっている」
最初のころに襲来した使徒は、ことごとくエヴァによって倒されていた。
最後にはカムイによって封じれていたとはいえ、その敗北の主だった原因は、シンジの乗るエヴァによるダメージだったのだ。 だからこそ、後続の使徒は、エヴァの攻略を主目的とする進化の方向性を選択してきた。
より強く、より早く。 そしてタフな形態へと。
そんなエヴァと使徒の戦いの果てに、使徒は肉体的な強化の限界点に到達した。
最強の力をもった使徒、ゼルエルの敗北によって、使徒はエヴァの攻略方法を力以外に求めることを選ばざるえなくなったのだ。
そんな使徒の選択した様々な形態は、エヴァでは対処の難しい形態だった。
ナノマシン型、細菌型、超遠距離戦闘型。
最後にはエヴァを侵食してまで倒そうという自殺行為同然の方法まで選ぼうとした。
だが、そんな形態の使徒はエヴァに守られたたった一人の人間の前に敗北していた。
「ついに使徒が神威の存在に気が付いてしまったのかもしれんな」
最近に襲来した使徒をエヴァが守る音使いの巫女が、ほぼ単独で制圧するという方法で倒していた以上、そのことに気が付かれない筈がなかったのだ。
「では、やはり最後に表れるのは・・・」
「音使いの使徒だろう。 人間型で、おおよそ考える限り・・・もっとも厄介な能力をもった敵だ」
ATフィールドを操り、無限の体力と精神力、生命力をもつのが使徒なのだ。
その上、神威の一族のもつ音を操る能力まで使いこなすとなれば、もはや人類の手におえない存在となるだろう。
そんな最悪の予測をせざるえない状態なのが、今の状況だった。
「神威は、勝てるのでしょうか?」
「・・・かてなければ、もうどうにもならん」
相手が人間型であるというなら、結局はカムイに任せるしかないのだから。
カムイにとってショッピングというものはあまり楽しいものじゃないんだそうだ。
僕が、それを聞いたのは、初めてカムイが僕の誘いにのって買い物に出かけた日のことだった。
無秩序に流れる人の群れ。
無数の騒音、汚れた空気。
匂い、音、話し声、雑踏の中を流れる広告音。
その全てがカムイを混乱させてしまった。
世界に音によって触れるカムイは、無秩序に溢れうねるような音の流れの中に放り込まれたとき、その混雑の中で酔ってしまっていたんだと思う。
顔色を悪くして、座り込んでしまったんだ。
ただでさえ人に酔いやすいのは、人ごみに慣れていないから。
そう聞いていたけれど、それはカムイ達がもともと住んでいた場所が、お世辞にも人が多いとは言えないような場所だったからなのだそうだ。 でも、それも無理もないのかもしれない。
洞窟のような光の一切届かないような地下に広がる隠れ里って、そんなに沢山人がいるわけじゃなかったんだろうしね。 ただ、それでも、これまでのカムイはわりと平気そうだった。
必要以上に疲れることはあったらしいけど、それでも自分の聞こえる音をある程度意識から遮断して、ただの音・・・言葉でさえも、ただの雑音として意識から外すことで、混乱することを未然に防いでいるんだって聞いていたから。
「大丈夫?」
僕の小さな問いかけに、町の噴水の前に座り込んだカムイは小さく頷いていた。
この子は今までカムイと違って、周囲に対する興味をまだもっている。
そのことを分かっていたはずなのに、僕は、その意味を・・・この結果を予測出来ていなかった。
これまでのカムイたちから聞いたことを元に、出来るだけ静かなほうが良いと思った。
そうなると自然が多く残る芦ノ湖のほうが良いかなって軽く考えて、そこへ向かう電車へ乗り換えようとして、少しだけ街の中を・・・駅前を通りかかった。 駅が隣接しているとはいえ、完全に中で繋がっているわけじゃないから、どうしてもそこを通らないといけない経路になっていたんだ。
その結果が、これだった。
この子は、まわりの様子に興味をもってしまったせいで、人の話す声とか、雑踏の中の声を上手く意識から逸らすことができなかったんだと思う。
何十人の話す言葉とか、いろんな場所から聞こえる音。
その全部を意識してしまって、判断能力が追いつかずに混乱したんだと思う。
例えるなら、大小さまざまな何十曲も同時に流して、その歌のメロディーとか歌詞を、全部同時に聞き分けしようとしたことに似ていると思う。
それをいきなりやってしまって、気分が悪くなったんだと思う。
「何か飲み物をかってくるよ。 お茶がいいかな?」
答えは何でも良い。
そう言われるのが分かっているのだけど、それでも僕は聞いてみる。
返される答えは、やっぱり何でも良いだった。
周囲の音に混乱したから、今度は周囲の音を遮断する。
そう、自分にとってはごく当たり前の行いによって、意識の必要以上の揺らぎを回復させようとしていたカムイが、その存在の接近に気がつけなかったのは、必要な音の流れまで意識から遮断してしまったせいだったのかもしれない。
「この世界は、実に沢山の歌が流れているね。 まさに、リリン達の世界が生み出した文化の形そのもののようだよ。 君も、そうは思わないかい?」
いつ、目の前に立ったのか。
その自分にひどく似た容姿をもつ少年の言葉に、カムイの意識は一気に覚醒を果たしていた。
「全ての進化の模索の果てに、この形にいきつくのは、いわば必然だったのかもしれないね」
白銀の髪に、真紅の瞳。
その肌はカムイよりも青白かった。
『・・・アナタは・・・』
「僕は、君と同じだよ。 世界を流れる始まりの音。 その全てはまだ掴めてはいないけれど・・・こうして、音を操るくらいは出来ようになった」
その瞬間、爆発する噴水。
瞬間的に、水しぶきは数十メートルもの高みにまで吹き上がる。
それに伴う轟音は巨大な衝撃波となってカムイに襲い掛かった。
『!?』
咄嗟に紡がれる音。
その音は防壁となり、衝撃波を弾いただけでなく、上空で重力に引かれるままに落下しようとしていた水の塊をも打ち砕いて見せていた。
「流石に本物は上手く力を操るね。 僕では、そこまではまだ出来ないよ」
だけど、知らなかった音は、また一つ掴めた。
そう、うっすらと笑う少年は、まるで視線を高さを合わせようとするかのようにカムイの前に座り込みながら、愉快でしかたないというかのように言葉を続けていた。
「実に面白い能力だ。 物理的な力でなく、僕達の操れる心のもつ力ですらない。 ・・・それでいて、こうして世界を構成する無数の力に、こんな方法でアクセスすることが出来るだなんて・・・。 リリンとは、本当に凄い生き物だったんだね」
霧雨のように上空から降り注ぐ水滴は、まるで、その少年の周囲で弾き返されるようにして透明な円、その不可視の壁の存在を見せ付けていた。
「僕の名前は渚カヲル。 よかったら、君も名前を教えてくれないか?」
『ナナシ、カムイです』
「良い名だ。 君のことはカムイと呼ばせて貰おう。 僕のことはカヲルとでも呼んでもらおうかな」
ゆっくりと差し出される腕。
その手のひらが、濡れた頭髪に触れるまで、カムイは動くことすらも出来なかった。
世界に音によって触れるカムイにとって、目の前にいる生き物は少年などではありえなかったのだろう。
まるでエヴァのような大きな体と、それ以上に巨大な力を併せ持っていると感じられる存在が、何ら戦う準備の出来てない自分に触れようとしていたのだ。
そのまま押しつぶされても仕方ないと感じるほどに巨大な存在を前に、逃げることすらも出来ないままに、カムイは小さく震えることくらいしか出来ていなかった。
「実に利口で、身の程というものを知るリリンだ。 ・・・君は好意に値するね」
手のひらから伝わる小さな震えが、目の前に座り込んだ小動物のように弱々しい生き物が恐怖を感じているということを教えていたのだろう。
カヲルと名乗った少年の頬に薄く笑みが浮かぶ。
「もう、君には分かっているはずだね。 僕が自分に似た力を使えるということも。 そして、自分以上に強い力も使えるということも。 ・・・現に、今、この瞬間でも、僕は君のことを、殺せる」
一言、一言を区切りながら諭す。
それは、どれほどの恐怖を与えているのだろう?
目の前にいる存在は、これまでに姿をみせたどんな天使よりも強大な力をもっているというのに、その存在は音使いでもあるというのだ。
その存在から感じられる無数の旋律と、内包し、とりまく力の生む巨大な音の流れが、その言葉を否定させなかった。
・・・勝ち目がない。
そう、考えても無理もないだろう。
薄く浮かんだ笑みは、残酷な天使の浮かべる笑みだったのかもしれない。
「僕は無意味な戦いは好まない。 それに君には、まだ学ぶべき点がありそうだ。 ・・・生かしておいてあげるよ。 僕は、敵意をもたない相手を殺せるほどには無慈悲ではないからね」
ゆっくりと手を離し、立ち上がる。
「そこで大人しくしているんだよ? 僕には、やっておかなければならないことがあるからね」
背後を振り返るカヲルの視線の先に、どのような光景が見えたのだろう?
「カムイ!」
息を切らしてやってくる少年。 碇シンジ。
その姿が見えたとき、そしてカヲルの目的に見当が付いてしまった時。
思わずカムイは息を飲んでしまっていた。
「大人しく、しているんだ」
そこに囁かれる小さな声。
その声にまとわりつくのは、紡がれた無数の音だった。
それだけでカムイの心が恐怖で縛り上げられる。
だが、カムイにとって、それは本来、致命的なほどの力をもつ音の組み合わせではなかった。
始まりの音を無数に絡み合わせた強制力の込められた声、言霊だとはいえ、それが原因で、これほどまでの呪縛となって感じられるほどの力ではなかったはずなのだ。
だが、脅威とは、そんな不慣れさからくる部分にあったわけではなかった。
これほどの複雑な組成をもつ音を、カヲルが即座に組み上げることが出来たという事実が、同じ音使いであるカムイに恐怖を与えたのだろう。
同じことをしようとするなら、カムイなら数分は必要としかねない。
それを、目の前に立つ少年は、瞬時にやってみせたのだ。
いくら操れる音の数からくる力の上限というレベルの話でなら勝っているかもしれないカムイであっても、その音を解き放つまでの時間の勝負となれば、欠片ですらも勝ち目がなかったのだ。
そんな相手に恐怖を感じてしまったとき、その言霊から逃れる術をカムイは失ってしまっていた。
「ようやく来てくれたね」
「・・・君は?」
「僕の名前は、渚カヲル。 君は、碇シンジ君だね?」
「そうだけど・・・なんで、僕の名前を?」
「それは知っているさ。 なにしろ君の名前は、ネルフでは有名だからね」
薄く浮かぶ微笑。 その裏にあるのは、どのような感情だったのだろう?
「君はネルフの人なの?」
「似たようなモノかな」
「そうなんだ。 それよりも、さっき、このあたりで凄い音が聞こえたんだけど・・・」
周囲を見回せば、ずぶぬれになった人たちが大騒ぎしているし、噴水もあちらこちらが壊れたようにボロボロになってしまっていた。
これを見る限りにおいて、この場所でなにかあったと思わないほうがおかしかったのだろう。
そんなシンジに、カヲルは楽しそうに答えていた。
「音使いの仕業だよ」
「音使い?」
「ああ、いちおう言っておくと、そこに座り込んでいる子の仕業じゃないよ。 別の音使いやったことさ」
そうなると、当然、誰かと聞くことになる。
「僕だよ、碇シンジ君」
突き出される腕。 その手のひらに風が渦を巻いていた。
「な!?」
「驚くことはないさ。 君は、これまでに何度も見てきたはずだよ? ただのATフィールドさ」
その言葉に、シンジの顔が強ばった。
「僕のフィールドで作り上げた、ごく狭い空間の中で、今、大型の台風並のエネルギー量をもった風が渦を巻いているのに近い状態にある。 その力は、どれほどの代物になるのだろうねぇ・・・。 しかも、その壁に小さな切れ目なんて入るとどうなるのだろう?」
薄く浮かんだ微笑みが、残酷な時間を告げた。
「さようなら、碇シンジ君」
吹き付けられる風は、無数の風の刃となって襲いかかった。
危険な不可視の刃を無数に孕み、吹き抜けようとする風。
それは、路上に駐車してあった車すらも浮き上がらせるほどの代物だった。
全身に大小様々な切り傷を負いながら、血の霧を吹き出させながら。
シンジの体は、何メートルも後方に吹き飛ばされて、そこに停車してあった車のドアへとめり込んだ。
『!!?』
大きく痙攣し、動かなくなる。
見る間に地面に赤黒い染みが広がり始める。
それを声にならない悲鳴を上げてカムイは見つめていることしか出来なかった。
「これで、もう僕を止める手段はなくなった。 巨人を操るリリンはリタイアし、音を操るリリンにも負ける気がしない。 ・・・正直、すこし準備不足だったんじゃないかと思ったのだけど、どうやら単なる杞憂にすぎなかったようだね」
最後に、手のひらに残された力の残滓を解放したことによって、駅前は、突如として大型の台風並みの強風に襲われて混乱を深めてゆく。
そんな中を、カヲルは楽しそうに歩き始めていた。
上機嫌で口にされる鼻歌は、歓喜の歌だった。
今の気分を表現する歌として、それを選んだのだろう。
駅前を通り抜け、道を真っ直ぐに進みながら、楽しそうに空にむけて話しかけていた。
「さあ、最後の戦いを始めよう」
もっとも、君達に戦えるだけの力が残っていればの話だけどね・・・。
そう心の中で呟いたカヲルの周囲に無数の黒塗りの車両が姿を見せたのは、混乱の極みにある駅前で血まみれのシンジが収容されたのとほぼ同時刻の出来事だった。
to be continue next part.
ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。
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