NEONGENESIS
GRAND PRIX
EVANFORMULA
第7話「Kiss and Bet 『Reason,1-C』」
わたし・・・ばかみたい・・・
・・・私の視界が手のひらに覆われ塞がった。
視覚が鈍ったお陰でその他の感覚が鋭くなり・・・。
手のひらから顔が赤くなっている感覚が伝わる。
今までの想いが視覚の欠如に伴い、より私にのし掛かってくる。
私は自ら自分を追いつめる行動を取ってしまった。
涙を止めようと思えば思うほどシンジに対する切ない想いが増幅される。
必死に止めようとした。早く止めなきゃシンジに泣いてるのがばれて・・・・
「あ・・・え?あ、あの・・・アスカ?どうしたんだよ・・・いきなり」
この声・・・これを聞いただけで涙が止まらなくなった。もう・・・止められなかった。
次第に私は嗚咽を漏らし始めた。私の意思とは無関係に解放された涙腺はもう既に私の
制御範囲を遥かに越えていた。シンジはもう私が泣いているのが分かってるだろう。
実際彼はあの後から何度か声をかけてきた。けど今の私に対処出来るはずもなく
私の肩をぎこちなく抱くシンジの雰囲気のみが伝わる。
肩から伝わるシンジの心は困ってるだけ。本気で心配してはくれてないのが
分かっていた。いきなり泣かれたことに困ってとりあえず肩を抱いただけ。
それが・・・誰にでも優しいシンジの当然の行動だった。
私は欲しくなかった、偽りのやさしさなんて・・・
・・・そんな誰にでも与える優しさなんかいらない。欲しいのはシンジの特別な優しさ・・・
分かってる、私が欲しがってる優しさが私に向かないことくらい・・・分かってるけど・・・
私に対しては偽りの「好き」という感情しかシンジの心にはないのよね。
寂しがる私への慰めの行動・・・それが肩を抱いたシンジの行動。
そんな慰めはいらない!心の入ってない慰めなんて私には虚しいだけ!
私は肩に置かれた彼の腕を顔を覆っていた手で振り払う。
冗談じゃない、そんな偽りの行為でなだめられるほど私は馬鹿な女じゃない。
滲む視界の中に困った顔をしたシンジが写る。
この顔・・・この馬鹿野郎・・・何でこんなくだらない男にこの私がこんなに
振り回されんのよ。こんな顔も大したこと無い、他人との話し方もぎこちないような
つまんない男にこのチャンピオンの私が何で・・・
・・・駄目だった・・・もう彼の良さを知った私は・・・いくらシンジの欠点を心の中で
並び立てて彼を忘れようとしても・・・馬鹿にしようとしても・・・
彼の顔を一目見ただけで魔法にかかったように胸が締め付けられる。
それはシンジの私に対する「嫌い」と思われていると思うだけでその締め付けが
倍増した。私の中では分かってたのかもしれない。
シンジは私に振り向いてくれない事を。私は最後の賭けを決意した。
・・・この賭けに全てを委ねる事にした。
「・・・シンジ、私の事・・・好き?」
泣き顔をシンジに見せながらそう言ってやった。案の定シンジはうろたえる。
私は黙って返答を待った。コイツの事だから返答は容易に想像が付く。
「も、もちろん好きだよ、アスカの事は・・・」
ほら、やっぱり。舐めた返答、そんな気持ちもないくせに。
「好きなら・・・
私はシンジの顔がすぐ側で見れる位置まで近寄った。
・・・キスして・・・」
シンジの肩を掴んで潤んでるであろう私の目で彼の目を見ながら言ってやった。
そして滲んだ視界から彼が消える。そっと瞼を閉じた。
もしここでキスしてきたら私はシンジを思いっきりひっぱたくつもりだった。
そんな好きでもない女と簡単にキスするいい加減な男なら私も愛想が尽きる。
これは賭だった。私から振るか、シンジに振られるか・・・
長い沈黙、ずっと待った。そしてシンジは私の肩に手を置いた。
シンジの顔が接近してきたのが分かる。私の手に力がこもる。
・・・思考が・・・私の気持ちが・・・都合良く考えたいの?・・・
え?・・・キス・・・するの・・・
シンジ・・・もしかして私の事・・・本当に・・・好きなの?
・・・だとしたら・・・あと少し・・・
けどその後で彼は私を引き剥がした。私の視界に彼がうつむいているのが写る。
そしてその重い口を開く。
「ごめん・・・出来ないよ。恋人でもないアスカとこんな事・・・ごめん・・・」
・・・結果が出た・・・賭は私の負け・・・・終わった・・・・・私の遅い初恋・・・・・
ホントは期待していた。シンジがキスしてくれる事を。
私の事本当は好きだって・・・期待していた・・・そんな筈無いのに・・・私って馬鹿・・・
散々踊らされて・・・大馬鹿だわ・・・・
もうシンジに会えない・・・会わす顔がない。もう・・・シンジの前に・・・いられない・・・
違うっ!・・・・・・・こんな奴大嫌い!!・・・・一緒に!・・・・・・一緒になんて!!・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・いたくなんかないっ!!!
「ア、アスカ!待って!!」
シンジが私に声をかけたのが分かった。今更何があるって言うの!
立ち止まっても惨めなだけ。細い舗装もされてない路地を駆け抜ける私の
滲んでほとんど見えない視界に楓並木の見たかった光景が広がって・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「そっか・・・あなた達も勝てなかったんだね・・・」
私は落ちた楓の葉を拾う。私の思いでの葉。会えるのを楽しみにしていた楓達。
彼らは自然の雨と風には勝てずに皆地面に落ちていた。
赤い葉を指で回しながら今ではただの幹と枝だけになった楓の木にそっと手を置く。
こうすることで彼らと会話出来るような気がした。
「私と同じだね。私も私を飾ってた想いがみんなさっき飛んじゃった・・・
消えちゃったんだ・・・あなた達に見せたかった人が・・・でも、来年こそまた見せて。
あなた達の綺麗な姿を私に・・・私も今度は見せたいな・・・あなた達に幸せの証を」
私はいまだに流れ出ていた涙を拭った。こんな時に泣いてなんかいられない。
元気な私を彼らに見せたかった。彼らもそう望んでいただろう。
彼らは私を見てくれてる。そう思うと気が楽になっていくのが分かる。
彼ら一本一本が私の心の支えになってくれているみたいだった。
頼もしくそびえ立つ楓の1本1本の存在が私を優しく慰めてくれるようだった。
私の視界に並ぶ楓達がまるで話しかけてくれているように少しだけ残った赤い葉が
サワサワと音を立てていた。その音が私の傷だらけの心を撫でてくれるように
私の体にしみ込んでくる。とても心地良いこの感じ・・・傷も忘れさせるほどの・・・
私のこの時の顔は恐らく一生かかっても再現出来ない程穏やかな顔情を浮かべているのが分かる。
『ありがとう・・・みんな』
私は手を触れていた楓に向かい話しかける。
「賭けね、どっちが綺麗な姿を先に見せられるか」
そして私は約束のキスを楓の木と交わした。
・・・結局シンジは私を追っては来なかった。
期待した訳じゃない。
もう私達の決着はついてるから。
むしろ彼の優しさだったのかもしれない。
私を1人にしてあげようと思ったのだと受け取りたかった。
そう思える程、今の私は心に余裕ができていた。
「今年はこれでさよならね。また来年!賭の勝敗を確かめるときに会おうね!」
私は彼らにそう挨拶した後に、彼らの葉を一枚貰ってその場を後にした。
色々な想いがあった一日。だがアスカの顔が示すように、
彼女にとってこの一日は満足のいく、有意義な一日であったのだろう。
アスカは手に持った楓の葉に微笑みながら彼らの前から走り去っていった。
=次回予告=
彼女を取り巻く環境から逃げ出したレイ。しかし頼る者も、縋る人間も
レイには存在しなかった。行き場所を失い、鉄橋の下でうずくまるレイを
シンジが見かける。シンジは怯え、凍え震えるレイをホテルの自室に招き入れる。
[Reason,2 Reliance]