written on 1996/4/20
/青葉シゲル(SHIGERU AOBA)
/ネルフ本部中央作戦司令室付オペレータ
/階級:二尉
/担当:通信・情報分析
/趣味:ギター
/現在独身。特定の彼女なし。
青葉は疲れ切った足取りで商店街を歩いていた。
ぎらつく太陽が、一歩足を進める度に疲労感を増大させる。
ようやく夜番の勤務が終わり自宅へ帰れるかと思ったところに、不機嫌な葛
城一尉の登場。
前回の使徒殲滅作戦でのミスについて、たっぷり2時間の反省会が行われた
のだ。
――――ミスは認めるけれども、ストレスをぶつける対象にされちゃかなわ
ないな。
青葉は、葛城一尉を最もネルフにそぐわない人間くささが残る職員として認
めていた。
もちろん、そこが好きな部分でもあるのだけれど。
とにかく、青葉は疲れていたし、眠かった。
商店街のウインドウには、至る所に、雪の結晶を模した折り紙に彩られたク
リスマスツリーが飾られていたが、それも別段青葉の心を浮き立たせてくれる
モノではなかった。
――――寒くないクリスマスなんて。
セカンド・インパクト世代の日本人なら、誰でも一度は口にしたことがある
言葉。
しかし、この年中まぶしい太陽は、子供の頃の微かな記憶までも忘れさせて
くれそうだ。
青葉は足を止めてウインドウを見つめる。
まるで過去の記憶を確かめるかのように。
だが否応なしに目に入ってくる「現在(イマ)」という時間。
枝毛の増えた髪、はれぼったい瞼。
――――疲れてる、な。
青葉は自分の頬を軽くなでる。
と、ふと、青葉はウインドウの向こう側によく知った顔を見つけた。
「マ〜ヤちゃん、なにしてんの」
青葉はアクセサリのコーナーで熱心に何かを見つめている女性の背中に声を
かけた。
ちょっとびっくりしたのか、一瞬肩をすくめてその女性は振り返った。
「青葉さん! びっくりさせないでくださいよぉ」
お気に入り(らしい)のELLEの黄色いTシャツ。
白いジーンズに白いスニーカー。
そして今日は、名門「長野グリーンスターズ」のキャップをかぶっている。
野球好きはあいかわらずのようだ。
「わりぃ、わりぃ」
そう言うと、青葉は伊吹の肩越しに、彼女が熱心に見つめていたモノをのぞ
き込んだ。
「ネコ?」
「え? あ、これですか」
「赤城博士に?」
「そ、そうですけど」
「クリスマスプレゼント?」
「・・・やっぱり、ヘン・・・ですか?」
伊吹は少しうつむいて、そして不安そうな視線を青葉に送る。
あの噂は本人の耳にも入っているらしい。
「いいんじゃないの」
「好きな人に感謝の気持ちを込めてプレゼントを贈る。全然普通だよ」
別に安心させようと思って言ったわけではなかったのだが、青葉の言葉で彼
女の顔が柔らかくなったのは確かだった。
青葉は彼女と一緒にレジの所へ向かいながら、
「これから、だっけ?」
「あ、はい。・・・青葉さんは」
「今あがってきたとこ。ちょっと新しい髭そりでも買おうかと思ってね」
夜勤明けですこしざらつく顎をさする。
「そうそう、今日は葛城一尉機嫌悪いから、気をつけた方がいいよ」
「またシンジ君と何かあったんですか?」
「いや、今日は加持さんとらしい」
「・・・あいかわらずですね。あの二人って昔つきあってたんでしょう?」
「みたいだね」
「だから・・・なのかな。仲がいいほどって言いますもんね」
レジの前まで来ると、彼女は肩にかけていたバッグから財布を取り出した。
レトロながまぐちタイプなのがなんだか彼女らしい。
そして、今時「現金」で支払うところも。
その光景に思わず青葉は笑みを浮かべてしまう。
使徒が襲来してくるようになって数ヶ月。
ほとんどの時間を本部で過ごすようになってから、久しく感じたことのない
日常感だ。
一瞬、退屈な日常への激しい渇望が青葉の胸の奥を支配する。
ネルフに入ってから使徒が現れるまでの数年間、使徒の出現を願ったことは
何度もあるというのに。
平和が非日常の世界。
あらためて自分がそんな世界にいるのだと青葉は実感した。
この後二人は、一緒にいくつかのお店を回って買い物をすることになった。
仕事が輪番になることが多いためか、休日でも3人のオペレータがプライベ
ートの時間を一緒に過ごすことはほとんどない。
新鮮で、楽しい、と素直に思える時間だった。
最後のお店を出たところで、伊吹が話を切りだした。
「お一人、ですよね?
あの、よかったら一緒にお昼食べませんか?」
青葉の横を歩きながら彼女は言う。
「本部の食堂にも飽きちゃったんで、今日は外で食べてから行こうかなって
思ってたんです」
並木を通して、時折強い日差しが彼女の顔にふりそそぐ。
美人―――というより、可愛いという言い方が似合う顔立ちだ。いつもほと
んど化粧をしなくてこれなのだから、着飾ればかなりの人目を引くことは間違
いないだろう。
そういうところに無頓着なのが、またみんなに好かれる理由なのだが。
「あ、んー、えーと、そうだね」
と、青葉は首を左右に動かしてあたりを見回した。
「でも、こんなところ見られちゃうとさ」
職場での騒音はできる限りカットしたい。
青葉の本音だった。
閉鎖された組織だけに、その手の噂の広まり方は尋常じゃなかった。
青葉もネルフに入りたての頃は何度も痛い目にあっている。
それに、彼女は「異常」に人気がある。
「いいじゃないですか。見られて困る人でもいるんですか?」
いたずらっぽく笑う伊吹に、青葉は答える言葉を探して視線を宙にさまよわ
せる。
しかしとっさに口に出した言葉は、すこし微妙すぎたかもしれなかった。
「あ、その、マコトが、ね」
「えーっ、マコトさんと付き合っているんですか!?」
一瞬足を止めて目を見合わせる二人。
「ぷっ」
自分で言っておきながら、伊吹は思わず先に吹き出してしまう。
「あーのーねー。んなわけないだろ」
つられて笑いながらも、青葉は余計な詮索をしてこない彼女に感謝した。
ひとしきり笑いが収まると、あらためて彼女は問いかける。
「可愛い後輩のお願いが聞けないっていうんですか?」
即座に拒否できない自分が、青葉は情けなかった。
「いいですよね?」
とどめをさすように屈託のない笑顔が青葉に投げかけられる。
――――百万ドルの笑顔
青葉は、整備班の連中がいつも言ってる言葉を思い出した。
陳腐な言葉だといつも笑い飛ばしていたのに。
計算ではない、だからこそ、困ってしまう。
「ね?」
――――だから、そんな目つきで見つめるなっての。
結局青葉は、
カップラーメンの買い置きがなくなっていたなと、自分に別の理由付けを持
たせることで、伊吹と一緒に昼食をとることに決めた。
「どれにします?」
ウェイトレスに案内されて席に着くと、伊吹はメニューを広げて青葉の方に
向けた。
「んー・・・」
青葉はメニューに視線を落としながら、お互いが見やすいようにメニューの
向きを変える。
彼女はひじをついて、そしてすこし嬉しそうにメニューをのぞき込んだ。
「決めた」
「私も」
「たばこは吸いませんよね」
伊吹は灰皿がここのテーブルにないことに気づいて、青葉に視線を送る。
そして、うなづく青葉に向かって、さらに言葉を続けた。
「わたし、リツコ先輩のどこが嫌いかって言うと、煙草を吸いすぎるところ
なんですよね。おかげで家に帰っても体から煙草の臭いがすることもあるんで
すよ」
「はやりの微臭のにしたらどうですかって言ったこともあるんですけど、そ
んなの煙草じゃないわ、ですって」
赤城博士のコトを話す彼女は、本当に楽しそうだ。
彼女の話を聞きながらコップに口をつけたとき、ウェイトレスが注文を取り
にやってきた。
「えーっと、海鮮山かけ丼を」
青葉はあまり売れてそうもないメニューを頼むと、彼女に目で促す。
「私はカルボナーラをお願いします。それから、食後にイチゴクリームパフ
ェを一つ」
「あ、俺も!」
実は甘いモノに目がない青葉、反射的に声を挙げてしまう。
くす。
「じゃ、二つです」
言いながら、彼女はまた笑う。
「おかしいかい?」
「いえ、そうじゃないんですけど、なんだかイメージあわなくて」
そう言いながらも、まだすこしおかしそうに頬をゆるめている。
「そうかなぁ」
青葉はいつもの少し照れたような笑いを作ると、窓ガラスの向こうに広がる
街並みに顔を向けた。
「青葉さんって、彼女いるんですか?」
「え?」
思いがけない質問に、青葉は思わず視線を彼女に戻す。
「どうして?」
「あ、変な意味じゃなくて、なんか、余裕があるっていうか、しゃべってて
楽なんですよ」
「だから、彼女とかいるのかなーって思って」
彼女が本当に他意もなく言っているのか確信は持てなかったが、青葉は正直
に言うことにした。
「今はいないよ・・・・・・でも、そんなもんかな」
「・・・そんなもんですよ」
つぶやくように言うと、今度は彼女が顔を窓の方に向けた。
物憂げに、遠くを見つめるように。
「赤木博士に相談しにくいこともあるよな」
ボソリと青葉がつぶやいた言葉が耳に入ったのか、彼女が視線を戻した。
問いかけるような表情に、青葉は首を縦にふってみせる。
「あの・・・」
彼女は水滴のついたコップをのぞきこむ。
「日向さんと、最近何だかぎこちなくって・・・」
――――きた。
なぜかわからないが、青葉は「きてしまった」と感じた。
だが、あくまでも言葉は平静を保つ。
気楽に、いつもの軽い調子で。
「それって、もしかしてお互い意識してるんじゃないの?」
「やだ、何言ってるんですか、もう。そんなんじゃないんですよ」
耳まで赤くする彼女の反応が可愛くて、青葉は言葉を続けてしまう。
「マヤちゃんにはその気がなくても、マコトは案外意識してたりして」
全くの冗談というわけでもない。
マコトから伊吹二尉のことは何度も聞かされたことがあるし、今度のクリス
マスにプレゼントを渡すべきか悩んでいることも知っている。
そのくせ葛城一尉にも惚れていることを言うマコトの正直さが、自分にない
モノを感じて、青葉は好きだった。
だが彼女の表情は、決して嬉しがっているというわけでもなさそうで、
どんな言葉を言おうか迷っているうちに、注文した食事が運ばれてきて、会
話が中断してしまう。
いつもより長引いた勤務に加えて街中を歩き回ったせいで、漂ってくる香り
に青葉は空腹を我慢できなかった。
「続きは、今度、ね」
そう言うなり、味噌汁の蓋を開けてその香りに浸る青葉に、
「はい」
と、伊吹がごく自然な動作で箸を青葉に渡す。
「お、さんきゅ」
別に手がふさがっているわけでもないのに、わざわざ歯を使って箸を二つに
割る青葉を見て、伊吹は笑いながら言う。
「おしょうゆも使います?」
「あ、ああ」
青葉は彼女から醤油を受け取りながら、突然、今までで一番好きになった女
と一緒に暮らしていた生活を思い出した。
結局最後はひどい別れ方に終わって、あまり思い出したくない記憶に押し込
んでいたあの生活。
――――でも、独りではなかった。
目の前でマッシュルームと格闘している女性を、青葉はしばらく見つめてし
まう。
それは「懐かしい」光景を思い出させる。
それは「温かさ」を感じさせる。
それは「寂しさ」をもたらしてしまう。
それは「好き」の始まりに似ていた。
「ここからだと途中まで一緒だね」
「そうですね」
そう言って、お店を出た二人は一緒に歩き出す。
太陽の日差しは強かったが、風は心地よく吹いていた。
とりとめもないことをしゃべりながら二人は歩く。
ひとときの間だけ訪れる、平和な時間。
――――だが、「現実」という時間は容赦なく進む。
二人が別れる地点にもうすこしというところまで来た時、遠くから風に乗っ
て聞き慣れた音が聞こえてきた。
バラバラバラバラ
UNのヘリの音だ。
二人は足を止めて山の端に飛び去っていくヘリを見送る。
ヘリが向かった方向には使徒との戦闘で穿たれたクレーターがある。
その正体も知らされず、生き残るために、ただ戦っている。
伊吹は紙袋を両手で抱えたまま、視線をアスファルトに落とした。
「また、来ますよね」
――――どこから、なんのために、アレはここに集まってくるのか。
「ああ」
「まだ、来るさ」
青葉は、静かに、しかし確信を持ってつぶやいた。
<おわり>
ちなみにシゲル25歳、マコト24〜25歳、マヤさん23歳くらいでイメージしてます。
シゲルとマコトは同期。マヤさんは1年か2年遅れの後輩です。
念のため言っておきますが、この小説の主旨は、シゲル&マヤらぶらぶではありません。
極限状態における人の心の微妙な揺れ動きを描いた小説です(スゴイイイワケ(^^;))
ほんとわねーさいごのせりふをいわせたかっただけなの。でもよこみちにそれることどこまでも・・・(^^;)