Neon Genesis Evangelion SS.
The Cruel Angel.   episode - 7. write by 雪乃丞.




 それは、余りにあっけない光景だった。
半自動化されていたシステムは、地上に初号機を吐き出すと共に、その体を固定していた全拘束具を解除。 エヴァンゲリオン初号機は、その記念すべき第一歩を踏み出した。 全ての終わりを告げる舞台の幕は、こうして上がったのだ。

「・・・遅かった」

 それを見たリツコは、呆然となったまま、床にへたり込んでいた。 しかし、今の発令所に、リツコの様子に気がつける者は、誰一人として居なかった。

「シンジ君、今は歩くことだけを考えて」
「・・・」
「シンジ君?」
「・・・」
「シンジ君! 聞こえてるなら返事くらいしなさい!」
「・・・」
「マヤちゃん、この通信、彼に繋がってるの?」
「はい、聞こえているはずです」
「シンジ君! 答えなさい!」

 その全ての声を無視して、初号機は、サキエルへと向かって疾走した。

 ガコン!

 弾け飛ぶのは、顎部拘束具。 ただし、咆哮は上がっていない。 ただ口を大きく開けただけだった。

「馬鹿! 真正面から突っ込むだなんて、なにやってんの!」
「・・・食事よ」

 そのミサトの怒声に答えたのは、リツコだった。

「え?」
「彼は、サキエルから・・・自分に、エヴァに欠けているパーツを回収するつもりなの」
「欠けているパーツって?」
「S2機関に決まってるでしょう?」
「な、なんで、そんなことを・・・」
「・・・もう、手遅れね」

 サキエルへと襲い掛かる初号機。 その腕が肋骨をへし押し、口は胸の肉を食いちぎっていた。

 ブシュ! メキメキメジメジ・・・ベキン! ブツン! ゴリュ! ベキャ! グチャ!

「う、うわぁあぁ〜・・・グロォ〜」

 おもわず口を押さえてうめくミサトの前、大型のスクリーン一杯に、その解体ショーは映し出されていた。 初号機は、無造作にサキエルの白い肋骨をへし折り、その奥にあるコアを、そして、その周辺の肉片を貪り食っていた。 噴出す血の色は紫っぽい青の色であり、それはまさにブラッドパターン・ブルー。 天使の流す血の色だった。 そして天使の肉片を口にするたびに、初号機の装甲が吹き飛んでいく。 それが拘束具であったことを知るのは、リツコだけだった。

「無駄だと思うけど、一応やっておくわ」

 そうため息混じりに立ち上がると、リツコは短く指示を出した。

「マヤ、プラグを強制射出して」

 抑えきれない嘔吐感に苦しんでいたマヤには、その指示の声ははっきりと届いてはいなかった。

「え?」
「聞こえなかったの? 初号機のプラグを強制射出しなさい」
「・・・なぜですか?」
「いいからやって」
「待って。 マヤちゃん、やらなくて良いわよ」

 リツコの意図が分からないミサトは、その命令を即座に撤回した。 戦闘中は作戦部の代表であるミサトの指揮権の方が優先される。 そのため、マヤも安心してミサトの指示に従うことが出来ていた。

「リツコ、アンタなに言ってんの?」
『必要だから指示しただけよ。 もっとも・・・今のエヴァが、まだ制御できればの話だけど』

 その言葉にリツコは心の中でだけ答えていた。

「もうちょっとで勝てるのよ?」
『ええ、彼は勝てるわ。 負けるはずがないもの。 でも、そのせいで、私達は負けることになるのよ?』

 そんなリツコの心は疲れきっており、言葉に出来ない答えは絶望のせいだった。

「それなのに、パイロットを射出しろだなんて・・・」
「・・・もう良いわ」

 そう諦めたように背を向けたリツコに、ミサトは怒声でもって答えた。

「いい加減にしなさいよ! なに、一人でブルーになってんのよ!」
「言ったでしょ? 手遅れだって」
「・・・どういう意味なのよ?」
「私が間違っていたのよ」

 そう答えるリツコの顔には、泣いているかのような弱弱しい笑みがあった。

「アレの演技に騙されて、私は、肝心な時に判断を誤ったの」
「・・・なに言ってんだが、意味が全然分からないわ」
「ミサト。 アレはね・・・シンジ君なんかじゃなかったのよ」

 フーとため息をつきながら、リツコは全員の注目を集めた中で、種明かしをしていた。

「彼は・・・使徒よ」

 その言葉に、発令所の中がにわかに騒がしくなった。

「彼は、使徒だったの。 使徒リリンでも、人間でも、ましてや碇シンジでもない、第三者。 多分、シンジ君の意識を乗っ取ったのね。 ・・・そうなんでしょ? 使徒サキエル?」

 それは、胸部の半ばまで食い荒らされ、ぐったりと地面にへたり込んだサキエルの残骸を手に立ち尽くしていた初号機へと・・・その内部に居るのであろう、少年の姿をした『何か』へと向けられた言葉だった。







 スクリーンに写ったのは、シンジの姿をした何かだった。
その姿は、それまでと大して変化していなかった。 しかし、その胸の中央、鳩尾の辺りは小さく盛り上がっており、そこには白いプラグスーツを通してすら見える、赤く光る何かが存在していた。

「・・・それがアナタのコアなのね?」

 それは、確認のようなものだった。

「ようやく取り戻しましたよ。 ・・・いやぁ、長かったっていうか、死ぬかと思いました」

 そうケラケラ笑うシンジことサキエルに、リツコは苦笑を浮かべて答えた。

「コアから精神を切り離すだなんて、よく出来たわね?」
「やろうと思えば割と簡単に出来るんですよ。 ただ、これをやるとS2機関からのエネルギーの供給が完全に止まっちゃうんで、全然無茶できないし、急いで意識の入れ物を探さないといけないし、相性とかの問題もあるし。 仮に、それが上手くいったとしても、入れ物を破棄して本体に戻るか、こうしてコアそのものを取り戻さないと意識が消滅しちゃうし。 そんな、制限ばっかりのくせいに全然役に立たない力なんですけどね」

 リツコの脳裏に、何をされても大人しく従っていたシンジの姿があった。

「そのせいで、保安部の人たちに捕まった時に、何の抵抗もしなかったのね?」
「無駄なエネルギー消費したくなかったし。 まあ、そういうことです」

 意識が切り離されて操り人形同然だった本体をあえて仮死状態にして動かなくしておいたのは、前回の経験から、N2爆雷の爆風によって、意思体の宿る今のボディの損傷を防ぐためだったのだろう。 だが、それをリツコや戦略自衛隊の面々が知るはずもない。

「それじゃあ、眠くなっていたのは、意識が消滅しかけていたせいなのかしら?」
「多分、そうなんでしょうね。 時間と共に力が弱くなっていって、意識がだんだんと希薄になっていくのを感じていました」
「そんな体で、ユイさんをエヴァから切り離すような真似が、よく出来たわね?」
「流石に死にかけてましたよ。 でも不思議なもので、本当にヤバイところまで追い込まれると、眠気を感じなくなったんです。 ・・・蝋燭が燃え尽きる前に、数秒間だけ派手に燃えるって聞いたことあるんですけど、原理は似たようなものだったのかも・・・」

 そう少し頭をかしげて悩んでいたシンジは、その直後に、ニンマリ笑いながら答えていた。

「いやぁ〜スリリグな体験でしたねぇ」

 確かに、今のシンジは、射出前のゲッソリとやつれた顔はしていなかった。 それは、完全に力を取り戻したということなのであろう。 いや、無限の力を生み出すことを約束する『命の実』を宿したというべきか。 そこには理想の使徒の姿があった。 人の・・・使徒リリンだけがもっていた知恵の証『知恵の実』と、力の証『命の実』の両方を手にした存在が。

「シンジ君の体を乗っ取って、エヴァを強奪して、支配して。 コアも本体から取り出して、S2機関まで取り込んで。 ・・・そろそろ満足したかしら?」
「はい」
「それじゃあ、そろそろ話し合わない?」
「なぜです?」
「私達は、アナタを必要としているわ」
「僕、使徒ですよ?」
「そうは見えないわね」
「なんでです?」
「だって、アナタ、地下を目指してないじゃない」
「・・・そういえば、そうですね。 なんでだろう?」
「分からないの?」
「科学者としてのアナタの意見を聞かせてもらえますか?」
「なんでも知ってるんじゃなかったの?」
「そんな意地悪しないで、教えてくださいよ」
「・・・いいわよ。 教えてあげる」

 その言葉に、リツコはどこか安心していた。 シンジが万能の・・・全てを知る存在でないことを確信できたのだ。 それは、まだ勝ち目があるという意味である。 だからこそ、リツコはシンジに自分の考えを教えることにした。 その目的が時間稼ぎにあることは間違いないだろう。

「人は理性によって本能を抑え込むことを何百年、何千年と続けてきた種族なの。 そんな私達のもつ知恵の実を取り込んだからこそ、アナタは本能からの衝動を感じていないのかも知れないわ」
「なるほどぉ。 そう言われてみれば、そんな気がしますね」
「そうなれば、アナタと私達には、まだ共存の道が残されているということになるわ」
「なんで?」
「だって、アナタは、私達の敵だと言い切れないもの。 手を貸してくれるのなら、身の安全は保障するわ」

 その言葉に、シンジは嬉しそうにニコニコ笑っていた。

「そうですねぇ・・・僕の用が全部済んだら、協力くらいしてあげても良いですけどね。 何しろ、こんな立派な玩具も貰ったことだし。 でも、きっと共存は出来ませんよ」

 ゆっくりとエヴァは歩き始めていた。 その背の電源ケーブルは、先ほどコクピットからの操作で切り離されている。 しかし、電源残量は一ミリたりとも減少はしていないし、その総容量は増え続けていた。

「力が溢れてる。 ・・・もう、僕は、誰にも負けない」

 その言葉が、全てだった。

「チェックメイトです。 貴方達には、もう僕を止めることが出来ない。 動かせる機体はなく、パイロットも居ない。 ネルフ総司令、碇ゲンドウ。 副司令、冬月コウゾウ。 作戦部長、葛城ミサト、技術部主任、赤木リツコ。 今回は、アナタ達の負けです。 大人しく観念して念仏でも唱えていてください」

 その言葉の意味は、リツコにも分からなかった。

「今回って?」
「前回は負けたから」

 意味が分からずに困惑するリツコに、シンジは答えを与えなかった。

「僕は、僕の道を行く。 使徒として『彼女』に会いに行く。 そして、少年との約束を果たしに」

 その言葉に、リツコは小さく反応していた。

「シンジ君と何か約束でもしていたの?」
「ええ。 僕は、幸運にも彼と再会出来たんです。 ・・・でも、その時の彼は、全てに絶望していた」

 そんな話をしている間にも、エヴァはジオフロントを目指して天上都市の装甲版を破壊し続けていた。

「アナタとシンジくんは、どうやって知り合ったというの?」
「ここです」
「え?」
「このエントリープラグの中です。 ここで、僕は、彼と知り合ったんです。 より正確に言うなら・・・僕はね。 食べられたんですよ。 彼に」
「シンジ君に? 使徒である貴方が?」
「そうですね。 そして、僕は、リリンの情報を得ることになりました」

 そろそろ種明かしが必要かと考えたのだろう。 今回は特に隠すことなく、シンジは白状した。

「僕は未来から来たんですよ」

 それをリツコは黙ったまま聞いていた。

「かつて、僕は使徒としてネルフ本部に侵攻して、敗北しました。 アナタたちの秘密兵器、この初号機に。 シンジ君に敗北したんです。 かつての僕は、その時、最後の力を振り絞って自分の欠片を・・・今、こうして活動している意識体の種となる組織を初号機の中に埋め込みました」

 そして、そのことを隠すために、自爆までしてみせた。 それは必死の延命法だったのかも知れない。

「それは、幸いにして貴方達に見つかることなく、あの戦いの最後まで、この初号機の中にあったんです。 そして、最後の使徒が無へと帰った時、サード・インパクトが起こりました」

 ポン。

 手で、何かが弾けるようなジェスチャーをしてみせるシンジに、リツコは厳しい視線を向けていた。

「初号機がロンギヌスの槍に貫かれ、セフィトロの樹へと還元されていく中で、僕は、なんとかそれに巻き込まれないように逃げ場所を探していました。 そんな時に、僕がもぐりこんだのがココで、そこで、彼が・・・碇シンジ君が、僕を助けてくれたんです。 彼の目の前に漂う、気味が悪かっただろうアメーバー状の僕を、彼はなぜか飲み込んでしまったんですよ」

 溶け合い、一つになった時。 僕は彼で、彼は僕へとなっていた。
それを可能にしたのは、補完計画の依り代とされ、聖痕を刻まれたシンジだからこそ出来たことなのかも知れないし、カヲルが惹かれた程に魂の形質が自分達に近かったから出来たことなのかも知れないし、意識自体が希薄になっていたからなのかも知れない。 そう昔話・・・今の時間の人間達にとっては、そう遠くない未来の話をしていたシンジは、小さくため息をついていた。

「・・・なぜ、彼が僕を助けてくれたのかは分かりません。 でも、彼は、僕と一つになってしまったために生き残ってしまった。 使徒リリンとして完全に力を蘇らせてしまった彼は、もう死ぬことが出来なかったんですよ。 飢えに苦しまず、渇きに悩まない。 そして、永遠に年をとることもない。 そんな自分にも、彼は絶望していました。 たった一人しか生き残りがいない世界に生き続けることに苦しんでいたんです。 そして、それ以上に、世界を滅ぼしてしまったことを嘆いていた。 なぜ、こんなことになったのかを理解できずに苦しんでいたんです。 そして、そんな僕と彼には、膨大な知識が残されていたんです」

 それこそ、時間を逆行するなどという不可能事を可能に出来るだけの知識が。

「全ての命がLCLに還元され、何も残っていなかった世界に、たった一人だけ残されてしまった僕と彼は、その代償だったんでしょうねぇ。 何でも知っていたんです。 なぜ、サードインパクトが起こったのか。 なぜ、エヴァンゲリオン量産機がネルフ本部に襲い掛かってきたのか。 なぜ、ネルフがサードインパクトを起こすために存在していたのかも知っていました」

 ネルフがサードインパクトを起こすために存在していると聞いた職員達は、思わずリツコに視線を集めた。

「総司令、碇ゲンドウが、ゼーレの計画しているサードインパクトとは、まったく別の方法でサードインパクトを起こそうと企んでいたのは知っていますよね? なにしろ、その計画の総指揮をとっているんですから」

 その言葉を、リツコは一蹴した。

「ありえないわ」
「さて、そうでしょうか?」
「ネルフは、使徒を殲滅するための組織よ」
「確かにそうですけど、サードインパクトの体験者を前に、よくそこまで嘘を言えるものですね?」
「アナタが、本当に未来から来たとは限らないし、嘘を言っているとも限らないわ」
「科学的じゃない?」
「ええ」
「それじゃあ、僕の言うことがなにか一つでも間違っていれば指摘してくださいね? それじゃあ、どこから行こうかなぁ・・・」

 そういうと、シンジはリツコが止める間もなく喋りだしていた。

「エヴァンゲリオンは、南極で回収されたアダムとリリスを元にして作られた使徒のクローン生命体である」
「・・・合っているわ」
「制御出来ないことが分かっていたので、S2機関はあえて抜き取ってある」
「・・・間違いよ」
「そうですね。 初号機だけは、最初からコアとS2機関、両方とも持ってますもんね。 もっとも、コイツのS2機関は、さっきまで眠ったままになってましたけど」

 それじゃあ、次。 そう口にして、シンジは楽しげに暴露話を続けた。

「ファーストチルドレン、綾波レイは、初号機に溶け込んでいた碇ユイをサルページしようとして失敗した際に、偶然生まれてしまったために、人間と使徒の両方の遺伝子をもっている」
「・・・」
「ん? もしかして間違ってる?」
「・・・」
「まあ、いいや。 それじゃあ、続き。 綾波レイは、生まれつき不自然な遺伝子しかもってなかったために、遺伝子関係の問題が発生することがわかっていた。 その治療用に、同じ方法で、あえて何度も失敗させて取り出された綾波レイの記憶移植用のスペアボディーが、ここの大深度地下施設でたくさん漂っている」

 その言葉に顔を真っ青にして俯くリツコに何を感じたのか、急にシンジは話を変えた。

「ネルフ本部の地下にあるリリスは、魂を抜き取られた抜け殻である」
「・・・」
「その魂は・・・」

 ガクンと画面の中のシンジの姿が揺れた。
それは、初号機が天井都市の装甲板を全て破壊して、ジオフロントへと着地したのが原因だった。

「おっと。 楽しい楽しいおしゃべりの時間は、どうやらここまでらしいです。 それじゃあ、皆さん、今から盛大に揺れますから覚悟しておいてくださいね」

 そういうと、シンジは一方的に通信をオフにした。

「初号機の頭部に高エネルギー反応! どんどん増大していきます!」
「そんな・・・過電粒子砲を使えるというの!?」
「先輩!」
「くっ。 ・・・みんな! なにかに捕まって!」

 本部を揺るがす程の大振動が襲い掛かったのは、その直後のことだった。



── TO BE CONTINUED...





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