新世紀エヴァンゾイド

第壱拾壱話Bパート
「 Dark City 」



作者 アラン・スミシー


 ネルフ本部めがけて一台の車が爆走していた。
 慌てて静止しようとする警備員を轢きかけながらも止まらない。
 テロリスト?
 いや違う。
 日向がカージャックした選挙カーである。もっとたち悪いじゃないか・・・。
 その平々凡々な丸みを帯びたボディを日の光に輝かせながら、ただひたすら突っ走る。
 なぜって?
 そこに未知(道)があるからさっ!!

 『当管区内における非常事態発令に伴い、緊急車両が通りますぅ!って、あの〜行き止まりですよぉ〜!!』
 猛スピードで走る中、健気にアナウンスしていたウグイス嬢も本部入り口の立入禁止を示す停止バーを目にして半泣きで訴える。
 「いいから突っ込めっ!!何せ非常時だからな!!!」
 「りょぉ〜かい!!」
 ミサト以外は眼中にない日向はその訴えを0.001秒で却下。それどころか運転手を更に煽る。何かに取り憑かれたかのようにノリノリの運転手はアクセルを踏み込んだ。
 『いやあ!もう、止めてぇ〜〜!!!』

バキッ!!

 ウグイス嬢の悲鳴を響かせながら停止バーをへし折り、100kmオーバーで車はトンネルに突っ込んだ。
 「道なんてのは俺の通った後にできるんだよぉ〜〜!!!!!」





 日向がぶち切れて発令所に向かっている頃、発令所最上段、幹部とチルドレンしか足を踏み入れることのできない地点でユイ、キョウコ、ナオコ、リツコが話し合っていた。つい先ほどまでビニールプールで水浴びしていたのだが、リツコが切れて泣き出したのでさすがのユイも引き、今はしぶしぶ元の制服に戻っている。
 冬月がいたら代わりに面倒な説明は全てやらせるのだが、今彼は留置所で泣いていて、ここにはいないためキョウコが説明している。やはり冬月に説明されるよりこの方が数段良い。

 「このジオフロントは外部から隔離されても、自給自足が出来るコロニーとして作られたわ。
 その全ての電源が落ちるという状況は、理論上ありえないわ」
 「誰かが故意にやったという事ですね」
 「・・・おそらく、その目的はここの調査よ」
 リツコが分かりきったことを言い、それを受けてユイも分かりきったことを言う。
 「復旧ルートから本部の構造を推察する訳ね」
 「しゃくな連中だわ・・・」
 ユイが顎の前で組んでいる指関節が白くなった。周囲の人間に緊張が走る。
 「げ、現在、MAGIにダミープログラムを走らせて有ります。全体の把握は困難になると思いますから」
 「・・・引き続きお願いね」
 ユイは一見穏やかだが、かなり怒っている。その証拠にかすかに足が貧乏揺すりを始めていた。
 「本部初の被害が、使徒では無く、同じ人間にやられた物とはやりきれないわね・・・(だいぶ怒ってるわね・・・。シンジ君が居ない今、ユイを止めることは誰にもできないわ)」
 「・・・所詮、人間の敵は人間よ(まずいわ。今は冬月先生がいない。とばっちりがこっちに来る。使徒より危険だわ)」
 ユイの沸々とたぎる怒りを感じてキョウコ達の間に緊張が走る。一見平静そうに話しているが、踵は浮き、いつでも逃げ出せる体勢に移行。使徒との戦い以上にその体を緊張させる。
 「ゼーレの連中も考えてみれば人間ですものね。
 ・・・これがゼーレの工作員の仕事の可能性は?」
 だが、まだユイとのつき合いが少ないリツコには彼女が怒っていることは感じられたが、その怒り具合のレベルまでは分からなかった。そのため、当たり障りのない報告だけで良かったところを、ついユイの逆鱗に触れるような報告までしてしまった。
 「加持一尉が所在不明のため、詳しいことは報告されていません」
 「所在不明?・・・サボってるの、彼?」
 所在不明と聞き、髪で隠れて分からないがユイの頭がマスクメロンのようになった。キョウコとナオコはタラップに手をかける。
 空気が重くなるのを感じながらも、リツコはとどめの言葉を言う。キョウコとナオコは彼女を見捨てた。
 「不明です。ただ同じく葛城一尉の所在も不明です(母さん達、何してるのかしら?なんだか変な雰囲気ね・・・雷が鳴る直前みたいな)」
 「そう・・・。2人揃っていないワケね。ふふふふ・・・」
 「い、碇司令?」
 「良い度胸ねあの2人はぁっ!!!!」
 「ひぃっ!?」
 突然立ち上がり、暗く眼を光らせるユイ。絶対シンジやレイ達には見せない鬼の顔。かつてゲンドウの浮気を知ったときに見せたという鬼の顔。一見ただにこやかに笑っているだけだが、その背後から立ち上るオーラにより地獄の悪魔よりも、前ネルフ司令のニヤリ笑いよりも恐ろしいという伝説の『碇顔』である。

ピカッ!ドドーーーン!!

 なぜか効果音と共に照明が落ち、稲光のSEが周囲を染める。

 「この非常事態で忙しぃぃぃい時にぃぃっ!!!!!どっかに隠れて【大人の良識】とは、あの2人いい度胸じゃないの!!!!!!!
 減棒6ヶ月!!!1ヶ月間ネルフのトイレ掃除よ!!!!」
 加持はともかくミサトの減棒は一年突破。当分加持と日向にたかる生活を送ることになるだろう。
 「赤木博士!電源の回復にはどれくらいかかるの!?」
 「こ、こ、こ、こここここ、このままのペースでは深夜未明になりますっ(母さん、キョウコさん、逃げないで〜)」
 鶏のような声をあげるリツコ。1mと離れていないところで『碇のオーラ』を放つユイの恐怖に失禁寸前。
 必死に目でナオコに助けを求めるが、ナオコは目で『私はあなたの母親である前に1人の女なの。命は惜しいわ』と言って速攻でタラップを駆け下りる。キョウコにいたっては目すら合わせない見事な逃げ足。さすがに天才少女アスカの母親、運動能力も並じゃない。
 「お、親子の絆もロジックじゃないのね・・・。母さん、自分の娘より自分の命を選ぶというの?」
 その逃げっぷりに思わず足が止まるリツコさん。そして彼女の背後に迫る麗しの美獣。襟を掴んで強引にリツコの顔を振り向かせる。
 「何をブツブツ言ってるの!?とにかくもっと早く回復させる方法はないの!?」
 すぐ目の前で叫ぶユイにリツコの寿命が三年縮む。
 「ひ、一つだけあります(処女のまま死ぬのはイヤ〜〜!!)」
 なんかとんでもないことを考えながらユイをおちつかさせようとするリツコ。まあ無理ないだろうけど。
 「なに、その方法って?」
 「だ、第8発電プラントです」
 「第8発電プラント?
 ・・・まさか!?あれをやるつもりなの?」
 驚きの声をあげ、オーラを減衰させるユイ。リツコの体からほっと力が抜けた。
 どうやら最悪の事態は脱することができたらしい。
 「あれをやれば準備に1時間、実行後およそ10分、計70分でジオフロントに限定されますが、一時的に電源は回復します」
 「・・・他に方法は?」
 「これ以外は通常の方法しかありません」
 ユイは目を閉じ少し考え込んだ後こう言った。それしか方法がないとでも言うように。
 「・・・しょうがないわね。赤木博士、トランスフォーメーションの実行を許可します。でも、失敗したら分かってるわね?」
 リツコは恐怖でこみ上げる胃液を無理矢理飲み込んで頷いた。




<地下通路>

 薄暗い通路をトテトテ歩く複数の人影。
 保護迷彩のように暗がりになじむジャージの少年を先頭に、家庭的な優しい眼差しの女の子、眼鏡と口元の黒子が印象的な京人形のような女の子、怪しいカメラ眼鏡の少年の4人である。
 言わずと知れたへっぽこコンビの2人『鈴原トウジと相田ケンスケ』、壱中2−Aの良心『洞木ヒカリ』、図書室の天使『山岸マユミ』のチルドレン4人組である。
 トウジは元気づけの為にか調子外れの歌を歌い、ケンスケはこっそり赤外線カメラでマユミを盗撮。もちろん彼が壱中でやってる美少女生写真として売るのではなく、自分用のコレクションにするつもりなのだ。そんなことやってるからもてないんだよ。それさえなければ、そこそこもてる要素があるというのに、こいつも惜しいことを・・・。
 一方、ヒカリは暗闇を怖がりながらも、すぐ側に騎士よろしく並んで歩くトウジに心臓どきどき。気分はすっかりお姫様。ちらちらトウジに視線を向けては、ほっとため息をつき、顔をほのかに紅く染め、可愛いたらありゃしない。
 口べたのマユミは、彼女が気後れなく話せるマナとレイコが居ないことを寂しく思っていた。

 「いつもなら2分で行けるのに。ここホントに通路なのかしら?」
 「大丈夫だ委員長!あそこまで行けば、きっとジオフロントに出られる!」
 さすがに何十分も暗闇の中を歩いて疲れたのかヒカリが愚痴ると、それにケンスケが明るい顔をして振り返る。
 だが、彼以外の人間の眼は冷たかった。
 「さっきから24回も聞いたで、その科白」
 「鈴原君の言うとおりです」
 冷たいトウジとマユミのつっこみに思わず涙目のケンスケ。どうやら彼のサバイバルも大して役には立っていないらしい。
 「そ、そんなのいちいち数えなくても良いだろ・・・」
 「そんなのいちいち数えないといかんぐらい暇なんや。ホンマ早いとこ、着かんかいな」
 ケンスケをからかうことにも飽きたのか、心底ウンザリといった顔でトウジがつぶやいた。



− 数分後 −



 しばらく暗闇の中を無言で進む4人。

 「きゃっ!」

 何かに躓いたのか突然悲鳴をあげてヒカリが転びかける。だが、すかさずトウジが倒れないように彼女を支える。すぐそばで仕方ないなあという顔のトウジにヒカリの心拍数は急上昇。分で150を越える。
 「大丈夫かイインチョ?足下気をつけなあかんで」
 「うん、ありがとう。鈴原・・・(やっぱり鈴原って・・・優しい)」
 「別にかまへん、女を守るのは男の仕事やさかい」
 トウジの何気ない言葉にヒカリは俯く。先ほどまでの胸の高鳴りもおとなしくなっていく。

 (そう・・そうよね。別にこれが私じゃなくても鈴原助けてたわよね。鈴原優しいから。・・・って、鈴原どこ触ってるの〜〜〜〜!?)

 とっさのことでトウジは気づかなかったが、彼の手はヒカリのまだまだ小さいがほのかに柔らかく、暖かい物を触っていた。それだけならまだしも、思わずひと揉みふた揉み。彼の男気も遺伝子の持つ本能には逆らえなかったと見える。
 ケンスケとマユミが青い顔をして3歩ばかり後ろに下がった。

 「す、鈴原・・・」
 「な、なんや・・・(はあ〜〜〜意外と柔らかいのぉ・・・。ちゃう!これは事故や!わ、ワシも男やさかい、これはしょうがないんや!!だから、イインチョ、目を光らせて睨むのはやめてくれ!!)」

 そのまま見つめ合う(?)2人。
 
 暗いせいでよく分からないが、彼女の顔はたぶんホオズキのように赤くなっている。そして、トウジは、対照的に真っ青。それでも姿勢を変えず、未だにヒカリの胸に手をかけているのは、彼がよほどの好き者だからか、それとも恐怖で硬直しているからか。後者と言うことにしておこう。

 「何か・・・言うことある?」
 「い、言い訳はせん!ワシも男やさかい。
 ・・・・・・せやけど、い、今のは事故や。ワザとやないんや。そ、それだけは信じてくれんか?ご、誤解せんように言うとくけど、わ、ワシはどっちか言うとミサトさんみたいにでかい方がええんや」
 「・・・・・・・」
 「ミサトさんの胸・・・ワシ初めて見たとき、腰が抜けるかと思ったわ。何しろEカップやで!?男やったら涙を流して喜ぶべきや!」
 「・・・・・・・」
 「ホンマ一度あの胸でギュ〜ッて抱きしめて欲しいわ。どんなんやろかな・・・」
 無言のヒカリを前に男らしくなく言い訳するトウジ。それだけならまだしも途中でミサトの胸を想像してあっちの世界にトリップ。しかも地球を貫通できるくらいの勢いで墓穴堀まくり。周囲の温度が氷点下目指して大暴落。

 (トウジ、おまえはどうしようもない大バカだけど最高の友人だったよ・・・)
 (鈴原君、さようなら。あなたと話せてとても楽しかったです・・・来世ではせめてもう少し賢くなることを祈っています)

 ケンスケとマユミはトウジと心の中でさようなら。
 ヒカリは彼の言葉にほのかに微笑みながら、やっぱり胸を掴んだままのトウジの腕に優しく手を重ねる。
 「なら、何でまだ握っているの?」
 笑いながらヒカリの指がトウジの中指と人差し指を優しく掴んだ。

 「うおおおおおおおおぉぉぉっ!!!!!?」

 軽く掴んでいるだけにしか見えないが、トウジの全身に槍で突かれたかのような痛みが走る。激痛にのたうつトウジの指をしっかりホールドしたままのヒカリ。その目にかすかに輝くものが見え、床にこぼれた。
 「鈴原だけは、鈴原だけは違うと信じていたのに。信じていたのに・・・。
 どうせ小さいわよ。
 チルドレンで一番小さいわよ!私の努力も知らないくせに!
 毎日1リットル牛乳を飲んでるのよ!
 それなのに・・・それなのに・・・。
 鈴原の、
 バカ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!

ビシッ!ドスッ!ゲシャッ!ドフッ!バキッ!
 「はうっ!はうっ!はうっ!い、イインチョ、堪忍や!許して〜な!ほうっ!!」



 「うあっ!ひでぇ・・・。
 トウジも鈍感というか罪作りな奴だから自業自得かも知れないけど、いくら何でもこれは・・・。
 しかし委員長もこんなか・・・。やっぱりまともなのは山岸さんだけだな」
 目の前で繰り広げられる惨劇にケンスケは思わず素直な感想を漏らす。ついでに聞こえるか聞こえないかの声で本音を呟くが、聞いて欲しい相手は聞いていなかった。マユミはヒカリの発言にそっと目頭を押さえた後、じっと自分の胸を見てかすかにニヤリ笑い。
 ともあれ彼女はケンスケには欠片ほどの注意も払ってはおらず、ニヤリ笑いの後、あさっての方を向きじっと耳を澄ませて何かに聞き入っていた。

 無視されたようで少し焦るケンスケがおずおずと話しかける。
 「ど、どうかした?山岸さん」  
 「相田君、黙って下さい」
 「えっ?」
 「ほら、聞こえる。・・・人の声です」
 マユミの言葉にケンスケもハッとした顔で耳を澄ます。同じくそれに気がついたヒカリもトウジへの制裁をやめて耳を澄ます。トウジは耳をすますこともせず、それどころか耳から変な液体を垂れ流すのみ。
 彼女たちの耳に届いたのはカントリーロード・・・ではなく、機械で増幅されかすかにノイズが混じった人の声だった。

 『・・・・%&$&・・・・#$%!』
 「・・・ギャッ!・・・・・・・」
 「こんな所を車で走るなぁ!!」

 高速で移動しているのか、ドップラー効果を起こしながら声は近づいてきており、明かりが天井の隙間から漏れてきていた。
 その声の正体に気がつき、歓喜の顔を浮かべるトウジ以外。

 「「「日向さん(だ、よ、です)!」」」
 「「「「おおお〜い!」」」」
 必死に呼びかけるが当の日向にはその声が聞こえなかった。逆に日向が言っている言葉がヒカリ達の耳に届く。ついでに職員の悲鳴も。

どんっ!
 「うがあああ!」
 「危ないじゃない!ちょっとは安全運転してよ!」
 『何人たりとも俺の前を走らせねぇ!!!』


げしっ!
 「うああああ!足が、足がぁ!!!」
 「きゃあああ!陸奥さん!死なないでぇ!!日向さん、ひどすぎるわ!!!」
 『うるさい!どけっ!それどころじゃないんだ!!
 使徒接近中!繰り返す。現在、使徒接近中!分かったらとっとと道を空けろ〜〜!!!』
 「分かったからもっと安全運転しろ〜!!」


 日向の報告より、周りで騒いでいる職員達の悲鳴と怒声で顔面蒼白のイインチョ達。汗を滴らせながらヒカリが一同の顔を見る。いまだ上から聞こえる職員のうめき声を聞こえないふりしながらも、その顔は戦士の顔になっていた。
 「使徒接近!?」
 「そんな、急いで本部まで行かないと」
 「でも、ここからじゃどんなに急いでも1時間以上はかかるぞ。どうする委員長?」
 焦るマユミをなだめるようにケンスケが話しかける。
 「時間が惜しいわ。近道しましょう。相田君、鈴原を忘れないでね」
 「あ、あれを担ぐのか?」
 ヒカリの発言にケンスケの額に大粒の汗が浮かぶ。
 彼の背後では鈴原トウジだった物が、だらだら何かを垂れ流しながらマグロのように転がっていた。
 (制服クリーニングしたばかりなのに・・・)
 ねばねばした赤い液体を全身にまとわりつかせたトウジの体はそこはかとなく冷たくて、気持ち悪かった。
 (ぬるぬるねばねば、そしてねっとりと生暖かくて、生臭くて・・・いや〜んな感じぃっ!!!)



<第三新東京市>

 「ほらもう!もっと速く走んなさいよっ!!」
 「あ、アスカそうは言っても僕たちが速すぎるんじゃないかな・・・。綾波、倒れそうだよ」
 「しょうがないわね。ここで一休みしましょ。
 しっかし足遅いわね〜」
 そう言うとアスカは額ににじむ汗をハンカチでさっと拭き取り、後ろを振り返る。それに続いて、シンジもその横に立った。かなりのスピードで走ったにもかかわらずこちらはろくに汗をかいていない。その横顔を複雑な表情でアスカが見る。『シンジのくせに生意気よ』という思いと、『さすがにやるわね。まあそれくらいないと私の彼氏には相応しくないわ!』という思いが複雑に入り交じっているからだ。
 そして2人の視線の先、100mほど離れたところをふらふら歩く1人のゾンビ。

 いや、ゾンビではなくゾンビのように歩くひとつの人影。

ふらふら・・・・・・ぱたっ

 「もう・・・駄目なのね・・・」
 ついには2人の目の前で力つきたように倒れる。
 「ああっ、綾波〜!」
 「何やってるのよあいつ・・・」
 あわてて駆け寄るシンジと対照的にゆっくり近づくアスカ。
 シンジに優しく助け起こされながらも、その人物、綾波レイはいっこうに嬉しそうではなかった。
 ハア、ハアと荒い息をつき、全身汗まみれで制服をぐっしょりと湿らせ、今にも死にそうな目をしてアスカを睨んでいた。
 「いじわる・・・」
 「い、意地悪って人聞きの悪い事言わないでよ!あんたの足が遅くて体力が無いだけじゃない!」
 生来の意地っ張りのせいで謝るに謝れず責任転嫁するアスカだったが、シンジに抱きかかえられるレイを見て光より速く主張変更。先の音楽室で目撃したこともあって魔太郎なみに憎悪のこもった目で睨み付ける。シンジは睨み付けるアスカの視線に気づかず、レイを仰向けにし、優しく彼女の髪をなでつけた後、そっと彼女に謝った。
 「アスカ言い過ぎだよ・・・。ゴメン綾波。綾波のこと考えないで走ったりして」
 「いい。碇君がそう言うなら・・・」
 シンジの謝罪の言葉にまだまだ荒い息をつきながらもレイは嬉しそうな顔をする。
 すぐ目の前、30cmと離れていない所で恥ずかしそうに目を閉じるレイの顔を見て、シンジの心拍数も急上昇。無意識のうちに2人の間の距離が狭くなる。LRSフィールドを展開した2人は周囲のことなど目に入らない。存在するのはお互いのみ。
 「綾波・・・(な、なんだろ?凄く胸がどきどきする。本気で走ったからかな?)」
 「碇君・・・(何故私の胸はこんなに激しくなっているの?走ったから?・・・違う、嬉しいから。碇君が抱きしめてくれているから・・・)」
 そして2人の距離はゼロに・・・

 「何やってるのよあんたらはぁっ!!!」

 なる前に引き離された。まあ当然と言えば当然か。
 こめかみの辺りと口の端をぴくぴく震わせるアスカは、2人を睨み付ける。その姿はさかりのついた犬も裸足で逃げ出す大魔人。
 鼻息も荒く奪い取るようにシンジを抱き取ると、キッとした目を改めてレイに向ける。
 地面に腰を下ろし息を整えながらレイは、恨みがましい口調で文句を言った。
 「どうしてそんなコトするの?」
 その質問にハッとした顔でシンジを突き放し、照れ隠しをするように大声を出す。
 「こんな所でまでいちゃついてんじゃないわよ!
 それよりさっさと立って!急ぐわよ!」
 「・・・まだ走るの?」
 「当ったり前でしょう!大急ぎで本部まで行かないといけないんだから!もうこんな時間になって大遅刻よ。
 ほら、さっさと起きなさいよ!」
 「も、問題ないわ・・・」
 問題ないと口では言っているが、レイの顔は酸欠のせいか、それとも絶望のせいか赤から青に色を変えとっても不自然。それどころかあまりの苦しさに吐きそうになって口を手で押さえる。その弱々しい姿を見てシンジは再び心配そうにレイに駆け寄るが、それがかえってアスカの怒りに油を注ぐ。
 「ああ〜ん?あんた何甘えた事言ってるのよ!?」
 「アスカ、綾波本当にきつそうだし無理言うのやめなよ。学校からここまで、電車もバスも使わないで1時間近く走ったんだから綾波じゃなくたって倒れちゃうよ」
 いじめっ子モードになってアスカはレイに文句を言うが、シンジは反対にレイをかばう。もちろん彼になんら他意はない。アスカをいさめた後優しくレイの背中をさすってやる。
 「碇君・・・ありがとう、感謝の言葉(ポッ)」
 「別にいいよこれくらい。
 それよりアスカ、綾波にはこれ以上走らせるなんて無理だよ。多少遅くなっても仕方ないよ。歩いていこう」
 「ったく、わかったわよ(むう〜〜レイの奴ぅ!どさくさに紛れてシンジに抱きつきやがってぇ〜〜〜)」
 もちろん誤解。レイが抱きついているのではなく、シンジがレイを助け起こしているだけ。第三者から見ればシンジがレイの肩を抱いているように見えるだろう。

 「綾波、立てる?」
 シンジはレイを立たせた後、腕の力を緩めるが、彼女はいきなり脱力して倒れそうになる。元々体がさほど丈夫ではない彼女は立つ力さえ無くしているようだ。シンジにすがって何とか立とうとしているが、膝がフルフル震えている。
 「ダメだ、すっかり膝が笑ってる・・・。ゴメン綾波」
 彼女の様子を見てシンジは困った顔をしていたが、一言謝るとシンジはレイに背中を向けて腰を下ろし、彼女の両足を支えて一気に立ち上がった。
 「し、シンジ!?」
 「碇君!?」
 「ん?どうかしたの?2人とも」
 要するにレイをおんぶしてあげたのだが、彼のいきなりな行動にアスカとレイは共に驚きの声をあげる。その驚きの激しさにシンジは目をパチクリとさせた。彼のお子さまな反応にアスカはやり場のない怒りと理不尽な嫉妬で顔を赤くし、レイはすぐ目の前にあるシンジの横顔と彼の髪の匂いに夢心地。アスカとはまた違った意味で顔を紅くしている。突然発熱を起こした自分の体に少し不思議そうにしながらも、その顔はとっても幸せそう。
 「レイ、あんた何笑ってるのよ!!」
 「ごめんなさい、こういうときどういう顔をしたらいいか分からないの・・・ニヤリ
 レイがゴロにゃんとシンジの背中に頭を預けるのを見てアスカはキれそうになる。それを見てますますニヤリと笑うレイ。
 「こ、こ、この女はーーーー!!!」
 「ちょっとアスカ、何怒ってるのさ!綾波が歩けなくなったのはアスカが無理して走らせるからだろ!あまり我が儘な事言うなよ!!」
 「う・・・それはそうだけど、だからといってそこまでしなくても・・・」
 滅多に怒ったり大きな声をあげたりしないシンジのきつい言葉に、本音をかいま見せるアスカ。しゅんとなって落ち込むその姿に、さすがに少し悪いと思ったのか、レイがシンジの耳に口を近づける。
 「碇君、アスカをあまり攻めないで。私の体が弱いことがいけないの」
 「綾波がそう言うなら良いけど・・・。
 でもアスカ、あまり無茶な事言わないでよ。みんながみんなアスカみたいに体力あるワケじゃないんだから」
 「わ、わかったわよ・・・。もうレイに無茶なことを要求しないわ。
 でも何も抱っこしなくたって・・・」
 シンジに怒られたことにすっかり弱気になるアスカだったが、それでも最後の抵抗をする。せめてレイを抱っこする事を止めさせようとして。だが、シンジの返事は彼らしいとても優しく、無神経な物だった。
 「そりゃあ、僕だってきついけど急いで本部に行かないといけないんだろ?だったら休んでる暇はあまりないよ。それに綾波をほうっておくわけにもいかないし」
 「・・・・・・ばか、何も分かってない」
 「えっ何か言った?
 ・・・それにしても、どうしてひとっこひとり居ないんだろう?」
 彼の言葉どおり、辺りには彼ら以外の人影はまるでなかった。
 音楽室で演奏をしていたシンジ達は知らなかったが、戦自の避難勧告を聞いて市民は1人残らず避難していたのだ。その事を知らないシンジは不思議そうに周囲を見回した。






<第8発電プラント>

 整備員達があわただしく駆け回っている。
 場所はジオフロントの一角、第8発電プラント。光ファイバーを通った太陽の淡い光がジオフロントを照らす中、マヤのアナウンスに従い巨大な金属の塊にいろいろな処置を施している。その光景は角砂糖に群がる蟻のようだった。いっさいの電気を利用した機械が使えず、そのほとんどの作業を人力、もしくは旧式の化石燃料で動く機械を用いねばならないのだ。作業の指導をするリツコは焦るが、作業は遅々として進まない。

 『A班作業急いで下さい!』
 『A〜F各ブロックの作業終了!』
 『Gブロック、3%の遅れがあるものの予定時刻までには何とか終了しそうです!』
 『技術部の意地にかけても予定時刻までに終わらせてみせますよ!任せてもらいましょうか!』

 報告をまとめながら、マヤがリツコに話しかける。
 「先輩、この分なら5分ほど遅れますが17時5分には準備完了します」
 「そう、急ぎましょう。司令も怖いけど、ゼーレが来たら大変ですものね」
 何かを思いだしたかのようにリツコは身を縮めた。




キキキィーーーーーーーーーッ!!!!

 「うわあ、アブねぇ!」
どんっ!
 「ぎゃあ!!」

 ブレーキ音も生々しく、凄まじい勢いで一台の車が発令所に飛び込んできた。
 2〜3人跳ね飛ばして急停車した車から、どこか逝った目つきをした日向が顔を出す。どうやら爆走中に神の領域に達したらしい。
 気絶したウグイス嬢からマイクを奪い取り大声で叫ぶ。
 『現在、使徒接近中! 直ちにゾイド発進の要ありと認む!!』
 「た、大変」
 キョウコが日向の報告ではなく轢かれて悲鳴をあげる職員を見ながら、冷や汗を流す。

 「信濃博士」
 名前ではなく、役職名で呼ばれてナオコが慌ててユイに向き直った。ナオコとは対照的にユイは椅子に座り完全に落ち着いている。先ほどまで子供のようにはしゃいでいた人物と同一人物とはとても信じられないくらいに。
 友人ではなく、上司の顔になったユイにナオコは真面目な顔をして問いを発する。
 「なんですか、司令?」
 「赤木博士の方はどうなの?」
 「今入った報告によれば、予定より5分遅れでオペレーションに入るそうです」
 「そう・・・キョウコ。後は頼むわ」
 ナオコの報告を聞き、ユイはスッと席を立った。キョウコがその行動に疑問の声をかける。
 「ユイ?」
 「あの子達が来たとき、すぐ発進できるようにゾイドの準備をしておくわ」
 「まさか・・・手動で?
 それにどうしてあなたが・・・」
 少しだけ悲しそうな顔をすると、ユイは振り返りもせずにタラップに足をかけた。そのまま下におりながらキョウコに返事をする。
 「緊急用のディーゼルがあるわ。
 確かに女の私じゃ大して役に立てるとは思えないけど、何もせずにここで座っているだけなんてあの子達に申し訳なくて我慢できないの」
 「わかったわ・・・ここは任せて」
 ユイの姿が見えなくなった後、キョウコはキッとした目をして何も映っていないモニターを、次いでこめかみを押さえながら下で騒ぎ立てる眼鏡のオペレーターを睨み付けた。
 「とりあえず保安部に連絡しないといけないわね」
 「時速140kmの世界で俺は神を見た!!いや、俺が神だーーーーっ!!!」





 その頃ヒカリ達は分かれ道にさしかかり困っていた。
 「また分かれ道ですね。どっちに行きます?」
 「こっちよ」
 マユミが質問の声をあげるが、躊躇せずにヒカリが一方の道を進む。
 ケンスケは自分の意見とは違うため少し不満そうな顔をしていたが、背中のトウジのようにはなりたくないためおとなしく後に従っている。

 「即断即決、リーダーに選ばれるし、私達とは違いますね」
 自信たっぷりに先頭を歩くヒカリに、マユミが話しかけた。その自信がほんの少しでも自分に移るよう、祈っているかのように。
 「そんなことないわよ。私も、みんなと一緒よ。ミスもすれば間違いをくよくよ悩むこともある普通の女の子よ。特別なところなんて無いわよ」
 その丁寧なしゃべり方にヒカリが少しだけ心外だという顔をして返事をする。
 「あ、すみません。失礼な事言っちゃって・・・」
 「そんなかしこまらなくても良いでしょ?山岸さん・・・いつも思ってたんだけど、私やアスカのこと苦手なの?」
 「あ、いえ・・・苦手とかそう言うのじゃなくて・・・すみません」
 「私達、みんな友達、浅利君の言葉を借りれば兄弟でしょう?もっと馴れ馴れしくても良いわよ」
 「そうですね・・・すみません」
 マユミの謝罪の言葉を最後に無言で通路を歩き続ける3人と1人。

 「それにしても委員長、よくこんな所の道を知ってるな」
 しばらくしてケンスケが感心したように話しかけた。
 ヒカリは聞こえていたが、返事をしようとはしないでそのまま歩き続ける。
 声をかけられた瞬間、体をビクッと震わせたことがとても気にかかるケンスケ。大粒の汗がたらりと額からしたたり落ちる。
 振り返ろうともしないでセカセカと早足になるヒカリの後ろ姿に、マユミとケンスケは何とも言えない不安を感じ始めた。その不安を押し隠そうとするようにマユミは言葉を続ける。
 「洞木さん?」
 「・・・・・・・・・・」
 ヒカリはやはり返事をしないでセカセカ歩く。
 「へ、返事をして下さい!」
 「委員長・・・まさか、適当に歩いていたのか!?」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 悲鳴のような声をあげるマユミと、ケンスケの断定同然の質問にも返事をしない。
 その後ろ姿に、ケンスケとマユミは自分が漬け物にでもなったかと思うくらい重苦しい空気を感じ始めていた。ヒカリもそれは感じているはずだが、やっぱり振り返らないで歩き続ける。
 「じょ、冗談ですよね?これが本部までの最短の道ですよね?」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ごめんなさい」
 「洞木さぁん!!」



 大型ゾイドが固定されているケイジでは多くの職員がその首筋から、停止用プラグを引っこ抜く作業をしていた。十字架のような形をしたそのプラグに、ワイヤーを引っかけ人力で引っ張っている。
 ユイも作業員の中に混じって手伝い、ついには全てのゾイドからプラグを引っこ抜く。抜けた瞬間歓声がわいた。
 「停止信号プラグ、排出終了!」
 ユイは職員の報告に重々しくうなずいた。
 「いいわ、各機ともエントリープラグ挿入準備」
 「しかし、いまだにパイロットが2人しか・・・」
 チルドレンがカヲルとレイコ以外いないことを心配そうに報告する職員に向かって、ユイは自信たっぷりに返事をした。
 「大丈夫、あの子達は必ず来るわ」



 あの子達こと、ヒカリ達はダクトの中を匍匐前進していた。先頭をトウジ、ヒカリ、ケンスケ、マユミの順番である。ケンスケは激しく順番を入れ替えたがっていたが、ヒビの入った眼鏡を見るに、どうやら却下されたようだ。

 「しかし、これでホンマに発令所までたどり着くんか?」
 先頭のトウジが不安そうに呟いた。先のダメージが残っているのかその口調にはまるで元気がない。
 「たぶん、大丈夫のはずなんだけど・・・。
 ちょっと相田君、覗かないで!不潔よ〜〜〜〜〜〜!!!!」
 「ご、誤解だ!!前を見ないと進めないだろ!!」
 実際誤解なのだが、発作を起こしたヒカリはまるで聞いていなかった。情け容赦なくマシンガンのような蹴りをケンスケの顔面にお見舞いする。
 「誤解も六階もないわ〜〜〜〜!その手に持ったカメラはなんなのよ〜〜〜〜〜!!!」
 「こ、これは、・・・ぐはっ!ぐほっ!へぶっ!」
 「ふ〜〜〜け〜〜〜つ〜〜〜よほぉぉぉぉ〜〜〜〜!!!!」
 「うわ、2人とも暴れるなや!」
 「うわああああ!?」
 「きゃあ!!」
 「イインチョ!ケンスケ!!山岸!」
 ヒカリがわめきながら繰り出す蹴りの衝撃によって、ダクトが壊れ、ヒカリ、ケンスケの2人は悲鳴をあげながら落下した。次いですぐ後にいたマユミが落下する。
 「つぅ〜〜!?
 や、山岸さんあぶない!」
 頭を押さえながらもケンスケが果敢にマユミを受け止めようと身を乗り出した。
 気分はすっかりナイト。
 だが運命の女神は彼に過酷な試練を用意していた。よほど神(作者)に嫌われているらしい。

くる♪

 落下途中でくるりと回転し、足から着地する体育10のマユミ。その足の下には上を見上げたケンスケの頭があった。

 「あ、水色・・・ぐがっ!!!

 なにか意味不明の言葉を残してケンスケは轟沈。
 「あ、相田君、大丈夫ですか?」
 「ケンスケ、こんな所で死ぬんやないでぇ!!」
 マユミとトウジは慌てて彼に声をかけるが、ケンスケに再起動の兆候無し。マユミに抱きかかえられながら幸せそうな顔で血をだくだく流している。彼としては涙を流して喜ぶべき状況なのだが、涙ではなく血を流して白目をむいたまま。トウジ達の間に緊張が走る。
 洒落にならない状態のケンスケに固まる3人の後ろから、声がかけられた。
 「あなた達・・・」
 「ナオコさん」
 ナオコである。ご都合主義的な感じがするが、彼らはケイジに移動したナオコの目の前に落ちてきたのだった。
 「ナイスタイミングよ、3人とも!
 各機、エントリー準備!」
 少し離れたところで3人を確認したユイが、凛とした声で最終命令を出す。ケンスケのことは見なかったことにするつもりのようだ。その非情さにやはりネルフは甘くないとヒカリ達は思ったとか思わなかったとか。
 「了解。手動でハッチ開け!」
 ロープでプラグハッチををこじ開けていく作業員達。ケンスケのことを忘れ、その姿に見入る3人。人のこと言えねえ。
 「わしらのゾイドは?」
 「スタンバイ出来てるわ」
 「何も動かないのに・・・」
 各ゾイドのプラグが用意されていくのを眺めながら、マユミが感嘆の声をあげた。心の底から感心しているらしい。その口調にナオコが誇らしげに口を開く。
 「人の手でね。司令のアイディアよ」
 「ユイおばさまの?」
 「ユイはあなたたちが来ることを信じて、準備していたのよ。
 さっ、あなた達も準備して」
 ナオコの言葉に従って更衣室に消える3人。
 「か、母さん、そこにいたのか。・・・みんなが俺のことカメラ眼鏡ってバカにするんだよ・・・つらいよ・・・ママン」
 忘れられたケンスケは、ケイジの床でそろそろやばい領域に達しかけていた。





 「始動十秒前!」
 ジオフロントで作業をしていたマヤが端末片手にリツコの方を振り返った。その顔は今までの苦労が全て報われるという期待に輝いている。その嬉しそうな顔を見てリツコが笑みを浮かべながらうなずいた。周囲の作業員に素早く視線を走らせる。
 「各セクション異常ないわね!?」
 「GブロックとDブロックが遅れていますが何とかなります!」
 「いけるわ!」
 全ての状態を確認した後、リツコは目の前の巨大な構築物を見上げた。彼女の後ろではアスカそっくりな声のオペレーターのアナウンスが続いている。
 「5,4,3、2,1,0!
 JAトランスフォーメーション!!」


 第8発電プラントの表面に幾筋もの線が走った。
 それと同時に底部から蛇腹状の太いパイプが飛び出てくる。それはある程度の長さまで伸びると、しっかりと大地を踏みしめた。また、それと同じく更に2本のパイプが飛び出してくる。
 4本のパイプと、頂上部からせり出した格子状の施設。
 見る者が見ればその姿は人に見えたことだろう。

 それは『人の造りし物』

 かつてネルフが戦いで勝ち取った、反応炉を搭載した原子力ロボット『JA』
 戦いの後、ジオフロントに放り込まれて予備の発電機として使われていたが、この緊急事態になってついに本来の姿を取り戻したのだ。
 体に取り付けられたケーブルをブチブチと引きちぎりながら、その身を起こす。まるでリリパットの戒めを解くガリバーのように。
 轟音がリツコ達の体を打ちつけた。
 リツコが耳を押さえながら何かを叫んだが、聞こえない。
 地響きをたてながら歩き出すJA。一歩歩く毎に大地にひび割れが生じ、周囲の施設に深刻な被害を及ぼす。
 目指すは主変電施設。
 「途中のケーブルが断線しているなら、発電機を運ぶまでよ!!このダイナミックな発想こそがマッドサイエンティストの証よ!!
 今私は確実に母さんを越えたわ!!!!」
 なぜか吹きすさぶ暴風の中、リツコは誇らしげに笑った。



 突然ネルフの各施設で電源が回復した。
 発令所のスクリーンがよみがえり、使徒の姿を大写しにする。
 『電源回復!』
 青葉の声がネルフ本部中に響いた。それはネルフの反撃の狼煙でもあった。


 エレベーター内にミサトの切ない叫び声が響いている。
 とは言っても別にいや〜んな事をしているわけではない。
 尿意が我慢できなくなったミサトがエレベーターの非常口をがんがん叩きまくっていたのだった。
 「もう〜っ!なんで開かないのよぉ!!非常事態なのよぉぉ〜〜!!!はっ、も、漏れちゃう〜〜〜!!!」
 その言葉に肩車をしていた加持がトホホと上を見上げる。百年の恋も冷めるとはまさにこのことだろう。
 「こら、上見ちゃダメって言ってるでしょう!!!!」
 「はい、はい(は、早まるんじゃなかった・・・しかし、美味しかったな・・・)」
 何があったのかは分からないがとてつもなく早まったコトしたという表情の加持。何かを激しく後悔しているようだ。ただ、何かを思いだして好色そうにニヤリと笑っているところがはなはだ不気味だ。

ぱっ、ぱぱっ!

 突然照明が回復し、エレベーターが再び動き出した。
 その突然の動きに思わずバランスを崩す加持とミサト。
 「きゃあ!」
 「うおっ!」
 折り重なるようにして、2人は床に倒れ込んだ。


 トウジ達にカヲルとレイコを加えた5人はエントリープラグに乗り込んだ。
 「プラグ挿入」
 プラグがそれぞれのゾイドの首筋に打ち込まれていく。愛機のないカヲルは再びシンジのゴジュラスに乗り込んでいた。
 『全機、起動完了』
 『第一ロックボルト外せ!』
 「目標は直上にて停止の模様!」
 発令所に青葉の報告が響く。
 第九使徒マトリエルは射出口の上に陣取り、目玉のような模様から黄色い液体を垂れ流し始めていた。その液体がかかったシャッターが瞬く間に溶けて大きな穴を覗かせていく。
 「作業、急いで!」
 「よし、いけるわ。発進!」
 ユイの命令と共に各ゾイドは射出口から撃ち出された。



 「う、うわああああ!!」
 突然目の前のビルが沈みだし、すぐ近くのビルから紅き野獣サーベルタイガーが踊り出すのを見てシンジは悲鳴をあげた。思わず背中で寝ているレイを取り落としそうになるが、そこは根性で何とか踏ん張る。そこをアスカが肩を掴んで道路の端に引き戻した。
 「下がりなさいよ!使徒が来たのよ!」
 「僕たち間に合わなかったの?」
 遙か彼方のビルからサラマンダーとレッドホーンが姿を現すのを見ながらシンジが呟いた。それに怒ったようにアスカが怒鳴り返す。
 「知らないわよ!とにかくここにいるのは危険だわ!
 それより、電気が回復したみたいね。今なら直通のエレベーターが使えるかも知れないわ」
 シンジと同じくパニックに陥りながらも、アスカは冷静に状況判断をしていた。子の冷静さこそがアスカをチルドレンの最強と呼ばしめる由縁なのだ。



 シンジ達が地下通路に潜り込んでまもなく、地上に躍り出た各ゾイドは、マトリエルを囲んで遠巻きにしていた。
 完全に包囲されているというのにマトリエルは溶解液を垂れ流すだけで、周りのゾイドのことをまるで気にしていない。その大胆不敵な態度にヒカリ達もとまどい気味である。とりあえず、ヒカリは発令所のキョウコに対応を相談することにした。
 「キョウコさん、どうしますか?」
 「こんな時に葛城さんはいないし・・・。
 ここは教科書どうりにやりましょう。各機距離を取って遠距離攻撃!ATフィールドの中和を忘れないで!」
 今だこの場にいないミサトに代わってキョウコが指揮を執っているが、不慣れな彼女は不安を隠せない。何より失敗したとき責任は彼女にかかってくるから必死だ。彼女は今更ながら、ミサトの必要性を感じていた。
 ともあれ、ヒカリが全員に指示を与える。キョウコが言うように、マニュアル通りやるようだ。
 「了解!
 鈴原、渚君、私が攻撃担当。レイコさんと山岸さんはフィールドの中和をお願いね!」
 「了解や!」
 「ふふん、了解したよ。まったくエレガントな作戦だね。好意に値するよ」
 「(やっぱりカヲルって・・・変)わっかりました〜♪」
 「わかりました!」

 サーベルタイガーとサラマンダーF2の両目が鈍く輝き始める。
 マトリエルの周囲の空間がかすかに揺らいだ。肉眼では確認できないが、マトリエルのATフィールドが中和されたのだ。
 フィールドが消えたことを確認した瞬間、トウジ達はトリガーを押した。

 ゴジュラス両肩の大型キャノン砲が、腹部のミサイルポッドが、左腕の速射砲が一斉に火を噴く。

 ディバイソンの突撃砲17門が轟音をとどろかせる。

 レッドホーンのビーム砲が、キャノン砲が、各部に取り付けられたパルスキャノンが空気を焼いた。


ドドドドドカーーーーーーンッ!!!!!


 煙がふきあがり使徒の体が覆い隠された。
 キョウコが緊張した声をあげる。
 「反撃が来るわ!きをつ・・・け、て・・・」

 キョウコの言葉の途中で、爆煙の中から十字架状の炎がふきあがった。トウジ達の目が呆気にとられる。

 「し、使徒の消滅を確認」
 報告する青葉の声は使徒を倒したというのに妙に元気がない。
 「な、なんて弱いの・・・」
 「良くやったわ、レイコ!今日のご飯は尾頭付きよ!」
 「「無様ね・・・」」
 何故か呆れ返った声で、ネルフのトップ達は感想を口にした。
 こうして、第九使徒マトリエル、別名最弱の使徒は活躍らしい活躍をすることもなく殲滅された。

合掌、チーーーン♪



 「あっちゃ〜〜、もう終わってる・・・」
 「どうする葛城?たぶん司令に見つかったらただじゃすまないぞ」
 「でもエレベーターに閉じこめられたのは事故なんだから、司令も分かってくれるわよ。・・・たぶん」
 発令所の入り口付近では、加持とミサトが入るに入れず冷や汗を流していた。



 「ねえアスカ、どうして入んないんだよ?」
 「ちょっと静かにしてよ。この状況の中で入れるわけないでしょう!?ああ〜んもう!あの使徒がもう少し強くて持ちこたえてくれていたら・・・」
 「アスカ!なんて事言うのさ!不謹慎だよ!」
 「わ、わかってるわよ。
 う〜〜、こんな事になったのも全部シンジが悪いのよ!!
 あんたがボケボケっとしてるから!」
 「ぼ、僕だけの責任なのかよ!」
 言い合いを始める2人を少し羨ましそうに見ていたレイが、背後に人の気配を感じて振り返った。
 その人物の顔を見た瞬間、レイの顔が強張る。

ちょんちょん♪

 シンジの頭をぐりぐりしていたアスカの肩をちょんちょんとつつく、謎の人物。
 アスカがうるさそうに振り返って、レイと同じく硬直した。
 「何よ・・・あ、ママ、おばさま・・・」
 「遅かったわね。3人とも」
 いつの間にか背後に立っていたユイとキョウコは、とびっきりの笑顔を3人に見せた。

 「碇君は私が守るわ」
 「逃げちゃダメだ・・・」
 「わ、私が悪いの!シンジは関係ないから、怒らないで!」

 (面白いわね〜この子達。ホント、からかい甲斐があるわ♪)
 別に遅くなって到着した彼らをどうこうするつもりは全くなかったのだが、考えすぎて固まる3人が面白くて、何も言わずにからかうユイ達だった。


 それとほぼ同時刻、地下通路内。
 鋼鉄の3人組が電気が回復したエレベーター前に来ていた。
 「あ、エレベーターが生き返ってる」
 「とりあえず、これで本部に行けるね」
 「・・・今回の俺達の出番これだけかい?」



 辺りが夜の闇に染まる頃、第三新東京市を一望できる丘の上にマトリエルを迎撃したチルドレンがプラグスーツのまま寝っころがっていた。空の星を見上げながら、カヲルが皮肉がるように呟く。
 「電気、人工の光がないと、星はこんなにも綺麗だ。皮肉だね。人には科学の力、知恵などない方が良かったのかも知れない・・・」
 「でも、明かりがないと人が住んでる気がしないわ」
 カヲルに反論したレイコの言葉に応えるように、第三新東京市の明かりが回復していく。次々と輝きを取り戻すビル。それをにへらっとした笑いを浮かべたままレイコは見つめる。
 「ほら、こっちの方が落ち着くわ♪」
 「人は闇を恐れ、火を使い、闇を削って生きてきた。人は臆病だから」
 「難しい事言うんやな」
 滅多に見られない真面目な顔をしたカヲルの言葉にトウジが口を挟む。何故かカヲルが自分たちとは違う存在に感じられたからかもしれない。
 「だから人間は特別な生き物なのかしら。だから使徒は攻めてくるの?」
 「そうかもしれない・・・」
 マユミの不安そうな声に寂しそうな笑みを浮かべてカヲルが呟いた。
 それはマユミに返事をしたと言うより、自分自身に言い聞かせたのかも知れない。そんな寂しげな微笑みだった。

 話題についていけず、空を見上げていたヒカリがハッと声をあげた。
 「あ、流れ星」
 その言葉に反応してレイコが一同をくるりと見回す。何か面白いことを思いついたいたずらっ子のように。
 「知ってる?流れ星が消える前に三回お願いすると願い事が叶うんだよ♪」
 「流れ星・・・。リリンの生んだ心の灯火。まじない。君はどんなお願いをしたんだい?」
 「えへへ〜。秘密♪」
 笑いながら会話する子供達の頭の上を再び星が流れていった。

 (いつまでも世界が平和でありますように・・・。後、あの人が私を振り向いてくれますように・・・)



第壱拾壱話完
Vol.1.00 1999/01/10

Vol.1.02 1999/03/20


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