これは、新世紀エヴァンゲリオンのもう1つの局面を描いた物語。
ひょっとしたら有り得たかもしれない、もう1つの物語。
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新世紀エヴァンゲリオン外伝
『邂逅』
第参話「いい人」
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「いってきます」
司は素っ気無くそう言って玄関へ向かった。母……井波亮子はいってら
っしゃいと声をかけ、台所に戻った。
「ねえ、あの子、何かあったのかしら?」
「何が?」
父……井波正則は居間で胡座をかいて、朝刊を広げていた。『今すぐ痩
せる!効果抜群!』という宣伝文句に目を留め、ふと出っ張ったお腹を気
にした。
「この頃ずっとあの調子よ。家に帰ってから元気なさそうだし」
「食欲はあるんだ。大丈夫だろ」
「そんなのアテにならないわよ。司は熱出したってご飯はちゃんと食べる
子なんだから」
「う〜ん…あいつも年頃だし、アレじゃないか?」
「アレ?」
「草津の湯でも治せぬ不治の病、ってやつよ」
正則は新聞を畳み、欠伸をひとつして立ち上がった。そうそう、と正則
は亮子の方を振り向いた。
「来月からちょっとここを離れることになるから」
「出張ですか?」
「そうだ。静岡までな」
「静岡……まさか、第3新東京市に行くんですか!?」
「いや、沼津にある本社にだ」
血相を変える亮子に、父は苦笑した。
「流石に、あんな危ない所に行く気はないよ」
正則はトイレで用を足すと、通勤用の服に着替えた。インパクト前は夏
にだけ着用していた夏服、今では毎日使うようになっている。
「多分2週間はあっちにいることになると思う。悪いが、必要な物を買い
揃えておいてくれないか?」
「はいはい……じゃあ、夏は何処にも行けそうにありませんね」
「ああ……すまんな」
亮子はそそくさとテーブル上を片付け、もう少ししたら起きてくるだろ
う2人の娘の朝食を並べた。
「おっはよー、司」
「ああ、おはよう」
ぽんと背中を叩かれ、司は億劫そうに返事をした。司の横に並んだのは、
幼馴染の広田恵子だった。セカンドインパクト後の食糧難から、この時代
の子供達の身体成長速度はインパクト前と比べて明らかに落ちている。イ
ンパクト前の基準から見ても高い部類に入る司の身長を、恵子は頭半分程
上回っていた。バレー部に所属している恵子にとって、これは大きな強み
であった。もっとも、本人はこの身長を結構気にしていた。やはり、年頃
の女の子である。
運動をするのに長い髪は邪魔だが、恵子自身気に入っているこの髪を切
るのは忍びないと、髪はポニーテールにしている。
「何よ、元気ないわね」
「別に……」
恵子は司の顔を覗き込んだ。司は鬱陶しそうに顔を背けた。
「寝不足?勉強疲れ?あんたに限って、そんなわけないか」
きゃはは、と笑うが、司が睨んでるのを見て肩を竦めた。
「ねえ、ほんとにどうしたのよ?」
「何でもねえよ、うるさいな」
「うるさいって……あんたね、人が心配してやってるのにそういう言い方
ないでしょ?」
「ああそうか、そりゃありがたいこった。人の心配より、そのでかい背が
それ以上でかくならないことを考えた方がいいんとちゃうか?女にして
は、でかすぎ……」
ドバンッ!
鼻で笑う司の顔面にスポーツバッグが炸裂した。
「もう少し、幼馴染に対して丁寧な応対をしてもバチは当たらないと思う
けど?」
恵子はどでかいスポーツバッグをぶんぶん振り回しながら言った。
司は鼻を押さえてうずくまり、恵子を呪った。目の前を星が飛んでいる。
「こ、この怪力女が……インパクト前世代の人間か、お前はっ!」
「ぬわんですってぇ!?」
ズバンッ!再びスポーツバッグが舞った。
この時代の子供達が、インパクト前世代の人間に対してどういう見解を
持っているかが伺える。……ロクな見解じゃないな。
「うううう………」
「ふん、アホちゃう?」
恵子はつんとそっぽを向き、スタスタとその場を去っていった。司はう
ずくまってうめいていた。
少し進んだ所で、気になって振り返ってみると、人影が1つ増えていた。
「おはよ、井波君」
「や、山南さんっ。お、おはよ…」
司はやや戸惑った様子で山南ユキを見返した。恵子も知った顔で何時の
間にか仲良くなっていたが、司と直接話しているのを見るのは初めてだっ
た。
「おはよ、ユキ」
「おはよ、恵子。井波君どうしたの?」
「朝っぱらからアホなこと言うから、天誅を下しただけよ。さ、いきましょ」
恵子はユキの手を引くと、ズカズカと先に行ってしまった。
*
おい、あの子誰だよ?
知らないのか?ああ、お前、隣のクラスだったな。
うちのクラスに転校してきた女の子だよ。名前は山南ユキ。
スッゲー可愛いなあ。
ああ。俺、アタックしちゃおうかな〜?
やめとけ、お前にゃ絶対無理だ。
そんな男連中の声が聞こえてくる。
司は教室の窓からぼんやりグラウンドでバレーボールをするユキや恵子、
他の女の子達を眺めていた。毎日が真夏日……セカンドインパクトによっ
て四季が失われてしまったのだ……のように暑いので、ユキ達も日陰で遊
んでいる。その姿を、あちこちの窓から男子生徒が眺めていた。もっとも、
全視線は、噂の転校生…山南ユキに注がれていたが。
山南ユキが転校してきてから、早1週間が経った。司が感じていた不自
然さは何時しか消えてなくなり、完全にクラスと溶け込んだ様子だった。
(山南さん……強い女の子なんだ…)
司はそんなことを考えていた。あの“使徒”とかいう化け物によって両
親や友達を失い、たった1人でこの街にやってきた彼女。最初の頃は、そ
の辛さを隠して気丈に振る舞っていたのだろうか………?
司はその境遇に対し哀れみと、彼女の強さに対して敬意を覚えていた。
とその時、司、と名を呼ばれて彼は振り向いた。そこには彼の友人達の
姿があった。
「何や?」
「何や、やないやろ?夏休みの計画の話してんのに」
司の友人・安井充は呆れた顔で司を見ていた。
「ああ、わりいわりい。で、何処に行くんやった?」
「勿論海だよ、海!澄み渡った青空、鼻孔をくすぐる潮の匂い、そして目
に映るのは……美女の水着姿!これを見ずして夏は語れぬ!」
恥ずかしいほどでかい声で、それ以上に恥ずかしいことを叫ぶ充。四季
がないのに夏もくそもないだろ…と司は思ったが、長い年月によって構成
された日本人の遺伝子の為か、いくら年中夏とはいえ、カレンダーが12
月を指している時に海で泳ぎたがる人間は少ない。
「というわけで、お前、山南さんを誘え」
「はいはい……何ぃっ!?」
軽く言い放つ充に、司は目を白黒させた。
「何、じゃないだろ。山南さんを誘えって言ってんの」
「何で俺やねんっ!?」
「お前が男子の中で1番、彼女と親しそうだからだよ」
認めたくないけどな、と充は付け加えた。
だが、それは事実だった。
「つーわけで、お前、言ってこい」
「んな無茶な!大体、男ばっかりの所に女の子呼べる訳ないだろ!」
「アホかお前?誰が山南さんだけ誘うって言った?男は俺とお前と後1人、
女の子もそれと同数誘う予定なの」
「そ、そーなんか?」
「ん。というわけで、お前、山南さん誘え」
「だからっ!!」
司の悲鳴じみた絶叫が、教室に響き渡った。
「ねえ、ユキ……と」
ポーン。恵子のトスでバレーボールは天高く舞った。
「何?…よっと」
ポーン。
「ユキさあ、司と何時知り合ったの?」
「ああ、こっちに初めて来た時。転校初日よ」
「ふうん……あの司がね…珍しいこともあるものね」
「帰りに一緒になったの。私と帰る道が同じだったから…」
「普通に話してた?」
「ええ」
「珍しい〜。あいつ、ああ見えても女の子がすっごく苦手なのよ。付き合
うのが昔っから下手でね」
恵子はクスクスと笑った。
「そうなんだ。でも、普通に話してたよ?」
「ふうん……最近は?」
「あんまし…恵子と3人で話す時以外は全然」
「…ふうん……よっと」
ポーン…再びボールが宙を舞った。
「ねえ」
「何?」
「井波君って、いい人ね」
「そ、そう?」
いきなりそんな言葉がユキの口から出るとは思わなかったので、恵子は
戸惑った。
「すごく、人のこと考えてる…人の気持ちが分かる人だなって」
「そ、そうなんだ…」
キーンコーンカーンコーン……
「予鈴だわ。戻ろ、ユキ」
「うんっ」
恵子はユキを促すと、ボールを抱えて教室に駆け戻った。予鈴というの
は授業開始5分前に鳴るベルのことで、大抵朝と昼休みの時に鳴るように
なっている。
しばらくして本鈴が鳴り、教師が教室に入ってきた。国語の授業だった
が、司は全く教師の言葉を聞いていなかった。聞こえなかった。
(充の奴も無茶も言ってくれるよな……。確かに俺は山南さんと話すけど、
大抵は恵子の奴を挟んで話すからなあ……)
恵子は、異性に対してかなり奥手の司が唯一普通に話せる女の子である。
幼馴染なのだから、当然といえば当然だが。
転校初日、司はユキと一緒に帰った。あの時は司自身、色々とまずいこ
とを聞いてしまったような気がして、翌日ユキに会うのが怖くて仕方が無
かった。
だが翌日、ユキは何ら変な素振りも見せず、普通に司と挨拶を交わした。
それ以降、司はユキと普通に接触できるようになり、初日の緊張感は幾
分ほぐれたように感じていた。だが、ユキと話すにつれ、司は自分の中で
奇妙な感覚……例えるなら、むずがゆいような……が根づいていることに
気が付いた。その感覚はユキと話をするにつれ強まっていき、最近はユキ
と話をすることにさえ支障を来す程であった。
(1対1で話したのは初日だけだし……思えば、何であの時は平気だった
んだ?)
*
キーンコーンカーンコーン。
「さって、授業も終わったし、部活に行こっと」
恵子はうーんと伸びをし、肩をほぐした。
「じゃあ、私帰るね」
「うん、また明日ね」
ユキは鞄を掴むと教室を出た。その時を見計らって、司はユキに急接近
した。
「や、山南さんっ」
「あ、井波君。何?」
ユキは柔らかな表情で司を見詰めた。司は言葉を紡ごうとしたが、思う
ように口を衝いて出てこなかった。
「えっと……その……」
「?」
「あの…さ、充の計画でさ…」
「充って、安井君?」
「あ、ああ、そうやねんけど……もうすぐ夏休みやんか。だから、皆で海
にでも行こうって計画があるねん」
「へー、いいな」
「山南さんも行か…ない?」
「え、いいの?」
司がこくこくと頷くと、ユキはパッと表情を輝かせた。
「行く!絶対行く!」
「よ、よかったあ…」
司は安堵の息をついた。心の底から嬉しさが込み上げてきた。と、その
時、グワァシッと司を背後から羽交い締めにする者がいた。
「ふ〜ん、海に行くんだ…」
「け、恵子!お前クラブに行ったんじゃ…」
「わ・た・し・が、クラブに行く隙を狙ってたんだ。ふ〜ん、普段から世
話ばかりやかせてる幼馴染に対してその仕打ち、高くつくわよ〜」
「いや、別にそういう訳じゃ……」
異様に甘ったるいその声に、司は殺意を確かに感じ取った。
「じゃあ、私も連れていって」
「うっ」
「そうよ、恵子と一緒に行っていいでしょ?その方が絶対楽しいわよ」
ユキは嬉しそうにはしゃいだ。司は目眩がしてきたが、何とか持ち応え、
「……いいよ、別に」と声を振り絞った。途端に響く恵子とユキの歓喜の
声。ああ、と頭を抱える司のことなどすでに眼中になく、2人の会話は別
の方向へと飛んでいた。
(…ま、いいか。他の男連中が文句言うかもしれんが、不可抗力だよな、
この場合)
司はそう自分に言い聞かせたが、口を衝いて出る溜息と、何か釈然とし
ない自分の心を押さえることは出来なかった。
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<後書き>
ども、淵野明です。『邂逅』第参話お届けいたします。
長い…今回、他のと比べて異常に長いです…。しかも全然エヴァに見え
ない!(;_;)
今回一番苦労したのが、“関西弁”。私は関西人なのですが、どのへん
までやっていいものか迷いました。関西弁って、文章にすると非常に分か
り難いので。
ではでは、第四話でまた御会いしましょう!
★淵野明(t-ak@kcn.or.jp)★
*この第参話は、誤字等を訂正した物です。第2版のようなものですが、
内容は一切変更されていません。