第10話「Sorrowfulness 『Reason4-B』」


「待ってって・・・」
先を大股で歩みを進める彼女。
すぐ後ろを先ほどから追いかけ語りかけ未練たらしいシンジに
苛立つと同時にいきなり振り返ると激しく言葉をぶつけた。
「何を言っても無駄よ!ここで賭けを辞めるくらいなら、
 今すぐアイツに抱かれた方がマシだわ!
 シンジ、私は諦めないから。私は勝つためにレースをやってるの。
 あんたと違って一戦一戦を勝つ気でやってるのよ。
 それは去年の最終戦の戦い方からも分かる筈よ。
 ・・・私の尺度でシンジを測ったのが間違いだったのかもね。
 シンジがそんな腐った考えをするレーサーとは思わなかったから・・・。
 だから明日はシンジには期待しない。私は私で自分の身を守るから、
 シンジも自分の腐ったレースでもしたらいいわ。
 
 ・・・でも勘違いしないでね。
 私はシンジの事は好きだから・・・嫌いには・・なってないから。
 ただ、レーサーのシンジを含めて全部のシンジを好きだと思ってきたけど・・・
 私はいつの間にか普段のシンジの方を好きになってたんだね。
 そんな考え方をするイカリシンジというレーサーは・・・
 いくら速くても、いくら強くても私は認めない」
その後は、もう彼女はシンジが何を言おうが、何を話そうが口を開こうとはしなかった。
車の中でも、食事中も、ホテルの部屋に着いてからも彼らの部屋からは
声一つ聞こえては来なかった。
そして時間は10時を回り、シンジが風呂から出てきたときには
アスカは既にベッドに入って眠っていた。
シンジにしても、もう寝ようと思っていただけにベッドに入りアスカに声をかける。
「アスカ・・・」
が、シンジに背を向けている彼女からの返答は来なかった。
「おやすみ・・・」
返答の来ないアスカから憂いの視線を自らの枕に落とし、同じく背を向けて眠ろうとした時
「・・・シンジ」
アスカから言葉が発せられた。シンジが彼女の方に顔だけ向かせると、
彼女はシンジの方に向き直っていて、彼の手を握ってきたのが分かった。
「言ったでしょ、嫌いになった訳じゃないって」
そんなアスカに彼も体を彼女の方に向けた。
「・・・聞いて欲しいんだ、シンジに。・・・私のこと」
そう言いながら彼女は視線をシンジの喉元に落とす。
「・・・なに?」
彼は彼女に優しく微笑みながらそう切り返し、彼女はそれを聞くと握っていた手を
更に絆を深めるように強く握ると、語り始めた。

「こんな事、忘れたかった。イヤな思い出だったから。
 でも・・・いつかシンジには話したかった。と、言うよりは聞いて欲しい。
 シンジが私を救い上げてくれたから。・・・私の中から、私の記憶の渦からね」
シンジには分からないことだった。そんな事をしたことはないのにという気持ちが
彼の中にあったのだが、彼女が話を続けているので、聞き手に回った。
「始めに会ったとき、凄く勝ち気で生意気な女だって思ったでしょ?。
 あの時の私にはこのエヴァンフォーミュラの世界が全てだった。
 勝つことにこだわり、私こそがNO,1と思って走ってきたわ。
 ・・・いえ、思わなければ走れなかったのよ。
 負ける事を考えて走っていたら・・・とても怖くて走れなかったと思う。
 あの時の私にはここにしか居場所がなかったから・・・。
 レースで負ければ私はここにはいられなくなる。
 遅い、勝てないレーサーを雇うようなオーナーはいないでしょ。
 私にはここ以外に存在を許される場所もなければ
 マシンを操る以外の才も持ってなかった。
 ここが・・・エヴァンフォーミュラが私の全てだったのよ。
 だからここから捨てられたら、いらなくなったらアスカはおしまいだったの。
 ここに居場所すらなくなったら・・・あとは一人寂しくのたれ死ぬだけ。
 だから・・・がむしゃらに勝つことだけを考えていた。
 その思いが凝り固まって出来たのがシンジと初めて会った頃の私。
 そして私は・・・負けた・・・。
 シンジに、加持さんに、その他のレーサーにも・・・あの時の私はパニックだった。
 負ける事の意味を忘れようと強がってきた私・・・
 勝たなければならない意味を知っていた私が負けたの。
 その時ほど怖かったことはないわ。
 でも恐怖だって事はその時は分からなかった。
 勝たなきゃ駄目をこの私が負ける筈無い、
 天才で最年少チャンピオンの選ばれた人間なんだから・・・にすり替えて、
 厳しい現実を忘れようとずっとそう思い続けてきた。
 そう思い込むことで今まで走ってこれたのよ。
 でも負けが込んできたら・・・
 今まで勝っていた時に私に付いていたメッキがボロボロと落ち始めた。
 周りの反応、次々に離れていく人の心・・・気が付いたら側には誰もいなかった。
 誰しもが私を冷たい目で見る。震える程冷たい視線が私に注がれた。
 そうなると今まで忘れようとした物が脳裏に次第に現れてきたのよ。
 そしてどんどんシンクロ率も下がった。
 マシンは私の意志に反比例するかように日に日に遅くなる。
 正直もう頭がおかしくなりそうだった。
 シンジもその時私に冷たかったわよね。あの殴った時がこの心理状態だった。
 結局私を心から慕ってくれた人は一人としていなかった。みんな私を利用しただけ。
 落ち目になったら、それまで私の周りにいた人間すら私を糾弾し始めた。
 チヤホヤしてくれていたマスコミ、ファンも私の事を非難する。
 慕ってくれる人間もいない私を本心から愛してくれる人間なんかいなかったわ。
 辛くなって、寂しかったときに側にいてくれる人間すら存在しないんだから・・・
 寂しかったの。でも負けたら一人になる事は分かっていたから・・・
 だから強がってただけ。でもいざそれが現実に押し寄せると・・・。
 居場所を失う恐怖と、愛されたことがない私だから分かる孤独になる恐怖。
 その2つが負けることで一気に私に襲いかかってきた・・・
 あのクラッシュの前のオフの時にね。
 ・・・私のママの話・・・聞いたことある?」
「・・いや・・・ないけど」
「・・・・・・・・・・・・・ママは死んだの・・・私と一緒に」
「・・・え、でもアスカは・・・」
「私と死んだの・・・でも私じゃない、ママが愛していた私と一緒に死んだのよ」
「・・・どういう事?」

アスカは唇を噛みしめて、目にうっすらと涙を浮かべて続ける。

「私のママは・・・ううんパパも研究者でね。忙しい日々を過ごしていた。
 だから私をかまってくれる筈もなかった。顔を合わせるのは週に1度あるかないか。
 いつも私は家の中に一人でいたの。そんな日々が長く続いたとき事故が起きた。
 結果、ママはおかしくなっちゃった。でもその時私は嬉しく思っちゃったのよ、
 ママと一緒にいられる、一杯お話しできるってね。
 それでママに会いに行ったとき・・・そこには愛される対象のアスカがいたの。
 人形のアスカが・・・その人形に私が望んでいたものが注がれてた。
 でもその愛はアスカに注がれてはいたけど、私には注がれる事はなかった。
 ・・・おかしいでしょ、笑っちゃうわよね。私は負けたの、人形にすら負けたのよ。
人形を私と思われて、大切にされるほど私って愛されてなかったのか・・・
 物に取って代わられる程、私は想われてなかったのかって正直思った。
 だから一度その人形を私は思い切り床に叩きつけたことがある。
 ・・・その時のママの態度は・・・一生忘れない。
 その時から私は愛さようとすることをやめた。今思えば諦めたに近かったかな。
 それからは一人で生きていこうと思った。パパもママもいらない。
 友達も家族もいらないって思って生きてきたのよ。
 その結果が、余裕のない私になったのね。
 全てを失いかけた時、自分が一人になってた事を悟った。
 こうなることは分かってた筈なのに凄く寂しくて、辛かった。
 だから結果を残そうと必死でマシンを走らせた。けどマシンは走ってくれなかった。
 そしてクラッシュ・・・病院で目を開けた時には隣には誰もいなかった。
 負けたことを認識して自分が病院のベッドに寝ていることを理解し、周りを見た。
 誰も側にいない、孤独な私・・・そして忘れたかった現実が今、私に起こっている。
 落ち着くためにテレビを付けてみたら、グランプリを中継していたの。
 私がいなくても盛り上がっているレースを見たとき・・・私は発狂しそうになった。
その現実から逃げるようにテレビを消してはみたけどイヤな思いは消えなかった。
 私は傍らに置かれていた本を読みふけったの。何かしていないといられなかった。
でもその本の内容も、何の本だったかも覚えてない。頭の中は真っ白だった。
 その時間が、一人だった時間が永遠に感じられた。
 怖かった・・・凄く怖かったの。
 その時・・・来てくれたのがシンジ・・・あなたなのよ。
 初めは笑いに来たのこいつって思った。でも・・・
 あの時のシンジの行動が凄く嬉しかった。シンジの触れた心は凄く温かかった。
 本当に心配してくれてるのがわかったの。私そういうのには凄く敏感なのよ。
 いままで愛されたくても愛されなかったこの私だから
 偽りで心配してても、口先だけで愛しているなんて言われてもすぐ分かるの。
 ・・・シンジは本気で心配してくれた・・・温かい心に触れられて
 ・・・嬉しかった・・・」
アスカはシンジの胸の上に頭を置く。
彼女の耳に、シンジの鼓動が心地よさと共に彼女の中に入ってくる。
「そしてその心配の対象がこの私に向いていると分かったときは・・・凄く・・・。
 だからシンジのチームに行こうって思ったの。
 私の居場所がここにあるのかもしれないと思ったから。
 その時はシンジの優しさが好きになっていた。
 ううん、もしかしたらその時はまだ好きとは言えないレベルだったかもね。
 でも、一緒にレースして、戦う姿を見て、生活を共有するにつれて
 私はシンジに惹かれていった。そして現在・・・私の心は決まってる。
 もう変わる事がないであろうこの気持ち」
アスカはそのままの体制で目を閉じた。
「シンジのこと、私は愛してるから。たとえアイツと寝ることがあっても、
 その気持ちは変わらないから・・・信じてくれるかな・・・この想い」
アスカの顔が、シンジのすぐ上にあった。そしてゆっくりと目を開く。
潤んでいるその青い瞳で彼を見ていた。彼の胸の鼓動も、頂点に達していた。
「・・・僕にしても信じたいよ。僕にとってアスカは大切な存在なんだから。
 それにだいぶ前にアスカの事知らないで文句言ったりして・・・ごめん。
 でも、もう一人で悩まないで、今は僕が側にいるから」
「・・・シンジ」
シンジはそんな今にも泣きそうな顔で彼を見つめる彼女に唇を寄せていった。
しかし彼女はそれを拒むように、シンジから離れ、唇・・・顔を枕に埋めた。
「・・・アスカ?」
彼女は枕の中から声を出して、彼に答えた。
「・・・ばか、明日レースでしょ。言いたいことはそれだけだから早く寝よ。
 それに・・・今したら・・・止まらない・・・だからしないの・・・」
アスカは枕に埋まる自分の顔が、熱く火照っているのが分かった。
凄く恥ずかしいことを言っている気がして、もうシンジを見られなかった。
「分かった・・・。
 アスカの気持ちも、アスカの生いたちも、なぜ今の君がいるのかも・・・。
 でも、アスカはもう一人じゃない。少なくとも僕だけは側にいるよ」
彼女は枕に顔を埋めたままで、
「・・・ありがと・・・すごくうれしい・・・」
「・・・明日はお互いに頑張ろうね」
「ウン」
「おやすみ、アスカ・・・・・・・・・・・・・・・」


 ¥
  ¥

『情けない男だ、結局4位か。チャンピオンを狙いに行ったあげくに負けてるんじゃ
 情けないことこの上ない』

『シンジ・・・私も彼に負けちゃった。頑張ったんだけど・・・』

『ではフロイラインアスカ、行きましょうか』

『仕方ないわね・・・賭けは賭けだし・・・じゃあシンジ・・・さよなら』

『そんな!アスカ!駄目だよそんなの!やめてくれよ!』

『男らしくないなヘルイカリ!君は負けたんだ!敗者には語る資格はない!!』

『そうよ、正々堂々と走って負けたんだから・・・しょうがないよ』

そう言いながら、アスカはアベルの手を握りしめて走り去っていく。

「もうシンジの顔は見てられない!さよならっ!!」

『待って!アスカ!アスカぁ!!』


「アスカァァァ!!!」
僕はベッドで飛び起きていた。そして周りの状況を観察しながら2度ほど瞬く。
「夢か・・・イヤな夢だったな・・・」
僕の横でアスカが跳ね上げられた布団を寝ぼけ眼で引き寄せながら、
不機嫌そうに文句を言ってきた。
「何やってるのよ・・・寒いじゃない。しかも大声張り上げて・・・
 あと1時間くらい寝られるから、おとなしく寝なさいよ」
嫌な夢・・・。
「・・・アスカ」
「・・・ん・・・?」
彼女は布団に顔を埋め、半分寝ているような返答をよこす。
もし夢のような結果に終わったら、アスカは遠くに行ってしまう気がした。
「今日の賭け、やめてくれないかな・・・お願いだから」
アスカは僕に背を向けたまま、眠そうに言葉を返す。
「・・・言ったでしょ、やめないって。その事は忘れて・・・」
僕はそれを聞いたとき、彼女の両肩を強く握りしめる。
と同時に僕は彼女を強引にこちらに向かせた。
アスカは驚いた顔をして、僕の方を見る。当然だな、驚くのは。
「な・・・どうしたのよ急に」
僕は・・・負けた後が急に怖くなっていた。彼女の肩を握りしめる手が震えている。
「・・・シンジ?」
「・・・やめてくれよアスカ・・・そんな賭け・・やめてくれよ」
震えながら話す僕を、アスカは寝ぼけているのか呆けているのか分からないが
ほけっとした瞳を向けていた。
「一度受けた賭けはもう断れないわ。大丈夫よ、・・・私は勝つから」
「ナイヨ・・・勝てるわけないよ・・・絶対に・・・」
アスカも僕の様子がおかしいと思っただろう。でもこの時は必死だった。
「アスカ・・・やめないの・・・賭け・・・やめないのかよ・・・・・・・・・・・」
最愛の女性が僕より先に他の奴と・・・許せない・・・。
「・・・やめないわよ。これは私とシンジのプライドがかかってるん・・・」
そのアスカの言葉が聞こえた時、僕は無意識に彼女の襟元に手を伸ばしていった。
「・・・・シンジ?」
襟元を優しく掴んだ僕の行動を不審に感じることなく、アスカは簡単に襟を掴ませてくれた。
そして、一気にその襟を力任せに押し広げた。
「えっ?!やだっ!ちょっと!!」
いきなりの行動で動揺しつつも、引き裂かれた胸元をとっさに押さえるアスカ。
彼女は見上げる先でどんな顔を見たのだろう。
驚愕の中に哀傷が混ざったような彼女の顔が僕の瞳に映り、瞳孔に届くことなく反射した。


ホテルの部屋に朝日の光が差し始める。
僕の隣の彼女はさっきからずっと泣いていた。
泣いているのが分かる程、彼女は声を上げて泣いていた。
布団に顔を埋める彼女は僕が離れる前から泣いていた。
酷い事をしたつもりはない。彼女が途中で泣き出したから事は未遂に終わっている。
こうして隣で寝ている以上、彼女だってある程度は覚悟していたんだと思う・・・。
でも・・・じゃあなんで泣いてるんだ。アスカはなんで泣いたんだ・・・。
『ピピピピピピ』
昨日アスカがセットしていた目覚まし時計の電子音が、
重苦しい部屋の空気を切り裂いた。彼女の背中が3度ほど大きく膨らんでは萎む。
その上でアスカは泣き声を殺しながら、少し乱れた寝巻きを直し始めた。
しかし僕にすれば、彼女に話しかける機会が生まれた気がした。
「あ、アスカ・・・」
彼女からの返答はない。
しかし動きは止めずに衣服を直し続けている。
「あの、アスカ・・・」
そう言いかけた時、彼女は僕らにかぶさっていた布団を跳ね上げる、
彼女の体がベッドから離れる時、
先ほどまで彼女のパジャマに付いていたボタンが幾つも床にころがり落ちた。
と同時に僕の方を一度も見ずに、
アスカは持ってきていた彼女の荷物と共にバスルームに消えていった。
隣の部屋からかすかに聞こえてくる水の音。
僕には彼女の行動が分からずにいた。泣いたということは、彼女を傷つけたのだろう。
でもなんで傷ついたんだ。あんな事したから?じゃぁなんで一緒に寝たりしたんだ。
こうなっても文句は言えない状況じゃないか。僕は安全パイとでも思われてたのか?
『温かい気持ちになるから』『リラックス出来るから』
・・・ただそれだけで・・・僕のベッドの横に潜り込んだのか?
僕は彼女に直接問いただそうと、バスルームの前で彼女が出てくるのを待つ。
しばしの時が過ぎると、アスカが髪をブローする音が止まった。
いよいよ・・・僕の体が緊張感に包まれる。
『ガチャ』
奇麗に整えられた栗色の髪に、赤いインターフェース。いつものアスカの姿が見えた。
彼女も出てきてすぐに僕が立っているのが分かったみたいで、一瞬立ち止まった。
しかしすぐにドアの方に歩いていこうとする。
「待ってよ」
僕の手のひらからほんのりと温かい彼女の手を感じる。
僕からアスカの顔は見えずに、赤いインターフェースが存在を主張していた。
「なんで無視するの。アスカらしくないよ」
彼女の髪の毛に向かい、話しかける。
・・・が、無言、
「傷つけたんなら謝るから・・・無視しないで僕と話してくれよ」
・・・沈黙の時が続く。
「何なんだよアスカ、何で無視するの。わかんないよ・・・」
・・・背を向けるアスカは、一言。
「・・・自分の胸に・・・聞いてみてよ」
昨日までのアスカと違い、弱々しい声。
「さっきの事で怒ってるんだろ。あんな事した僕のことが嫌いになったの?」
彼女は僕を見ずに首を軽く左右に振る。
「・・・じゃ、なんで泣いたりしたの。ああいうことが嫌だったんなら、僕が悪い。
 それでアスカを傷つけたんなら土下座してでも謝るから・・・」
アスカは先ほどと同じように首を動かす。
彼女の洗いたての髪の毛が微妙に動き、シャンプーの香りが悩む僕の嗅覚をくすぐる。
分からない・・・アスカの考えてることが・・・
嫌われてもいない・・・
さっきの行為が嫌でもない・・・
でも・・・じゃあ何で無視するんだ。僕にはそれ以外に思い当たる節がない。
「だったら無視しなくてもいいじゃないか。
 嫌いでもなくて、さっきの事が気に入らなくもないんなら無視しなくても・・・」
それを聞いたアスカはうつむいてしまう。更に沈黙は続く。
明らかにいつもの彼女の態度とは違う。何かあるのは間違いないんだ。
でもそれが何かは・・・僕には分からなかった。
「とりあえずさ・・・アスカの顔を見せてよ」
僕は彼女の両肩に手を移動させて、こちらに向かそうと優しく力を込めた。
しかし、彼女は動かない。体が硬直していた。
沈黙・・・彼女と過ごしていた時間には皆無に近かったモノ。
もう・・・僕には話すこともなくなっていた。いや・・・話せない。
分からない・・・今のアスカの考えてることが分からない。
彼女と同様に肩に手を置いてるだけで動きを見せない、僕。
「・・・・もう・・・行くね・・・」
穏やかな水面に砂粒を落とした時の波紋ように、部屋にゆるやかに広がる彼女の声紋。
僕はゆっくりと僕の手から離れていく彼女を止める術を持たなかった。
強引に引き留めても良かった。
でもこれ以上、僕には問いただす事は出来なかった。


第10戦Cパートに続く

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