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少年は、驚きと安堵、そして不安が入り混じった複雑な表情を浮かべている。
「加持さん・・・死んだと思ってました」
コーヒーを沸かす用意をすると、少年もソファへと座り横を見る
「はは、死んでいるか生きているかは微妙だな」
「どういう事ですか?」
「例え肉体的に生きていても、知り合い全員が死んだと思っていたら死人なのさ」
「・・・」
「おっと、ここに来たことはまだ内緒だよ」
そう言うと、加持はにっこり微笑んで口の前で1の字を作る。
「何とも・・・無いんですか」
「いや、拳銃で撃たれたが、命に別状は無かった」
「そう・・・ですか」
「丁度、死んだ方が良いと思ったところだったからね、都合が良かったよ」
「死にたかったんですか?」
「はははは、そうじゃない」
「言ってる事が分かりませんよ・・・」
そう言うと、シンジは沸いたコーヒーポットを取りに行き最後まで聞くと言わんばかりに加持の目の前に置く。
「俺はネルフの味方だったが、同時に敵だったんだ」
「大体の事は・・・ミサトさんから聞きました」
「そうか。」
「でも、何故です?」
「死んだ方が良かったって事かい? それとも、敵、味方両方演じていたことかい?」
「その両方です」
加持はコーヒーを美味そうに口に運ぶと静かに目を閉じる。
「シンジ君」
「はい」
「あの戦争は、いわば人間の存在を賭けた戦いだった」
「はい」
「でも、そこに人間の悪意が無かったといったら・・・」
「嘘ですね」
「そうだ」
「・・・」
「俺はその悪意の根源を潰さねばならなかった」
「それも・・・仕事ですか?」
「いや?」
「では、何故ですか?」
「それが俺の信念だよ、シンジ君」
「はい・・・」
「それをする為には、生きていては出来ない事だったんだ」
「存在を消すって事ですか?」
「そうだ」
「でも、本当に死んじゃったらどうする気だったんですか!?」
「はは、そりゃそうだ」
「笑い事じゃ無いですよ・・・」
「撃たれた事で死ぬとは思ってなかったけどな」
「と、いうと・・・どういう事ですか?」
「その後、上手く片がつくかどうかは正直自信が無かったな」
「・・・」
「葛城に・・・遺言めいた伝言もしちゃったしな」
そういうと、男は乾いた笑いを浮かべ、頭を掻いた。
「ミサトさん・・・泣いてましたよ」
「そうか・・・」
暫くの沈黙の後、男はもう一度コーヒーを口に運ぶと、もう一度真剣な眼差しになる。
「君は今までに正しいことをしてきたと思うかい?」
「・・・分かりません・・・」
「最善を尽くせたと思うかい?」
「それは・・・最近そう思うようにしています」
「何が正しいか、何が過ちか、その判断はどうやってしてると思う?」
「自分で、見て、感じて、決めます・・・それしか無いから・・・」
「そう、それが2つ目の答えだよ」
「だから、両方演じて見極めたかったんですか?」
「そうだ」
シンジは視線をあらぬ所に追いやり、じっと考えている。
その仕草から、加持はシンジの気持ちを察した。
「聞きにくい事でも答えるよ、シンジ君。」
「え?」
「聞きたいことが有れば、聞いて良いよ。」
「その・・・罪悪感は有りましたか?」
「表裏を持つことに対してかい?」
「はい」
「無かったな」
「そうですか」
「俺のせいで、死んだ人だって居るだろう」
「・・・」
「不幸になった人だっているだろう」
「・・・」
「でも、俺は自分の信念で行動し、自分の信念を貫いた」
「はい・・・」
「これは、言わば俺のエゴだ」
「・・・」
「真実を知りたい一心で、行動したとも言える」
「・・・はい・・・」
「そして、俺は思うのさ、結果的に50億人を救う為に100万人を不幸にした・・・ってね」
「・・・」
時計の音だけが、空間を支配していた。
その音だけが、その世界で唯一時間を感じる物だったかも知れない。
暫くの後、男が口を開く。
「一人暮らしは、男の夢かい?」
「え?」
「違うのかい?」
「分かりません」
「また、お姫様と喧嘩でもしたのかな?」
「別に・・・」
「じゃぁ、何で家を出たんだい?」
「その・・・理由が分からないんです」
「そうか・・・人間・・・ってのは、難しいよな」
そう言って、男はコーヒーを注ぎ直す。
「アスカの奴は、精神的に限界だったんだろうに良く立ち直ったもんだ」
「そうですね・・・」
「その理由を知っているかい?」
「立ち直った理由・・・ですか?」
「そうだ」
「・・・分かりません」
「そうか、分からないか」
「アスカは、元々元気な子でしたから元に戻って良かったです」
「自力で取り戻した・・・と?」
「と、思います」
「違うな、シンジ君」
「え?」
「君が、居たからだよ」
「でも、僕が居たからアスカは苦しみました」
「アスカは、元々元気な子だと言ったね?」
「はい」
「嘘だな」
「・・・どういう事ですか」
「シンジ君、君は本当にアスカが明るい子だったと思っているのかい?」
「悲しみを背負ってました」
「そうだ」
「それが・・・アスカ・・・」
「が、しかし、今のアスカは・・・どうだ?」
「分かりません・・・でも、昔みたいな気負いは無いように思います」
「肩の荷が下りたの・・・かな?」
「だと、良いんですが・・・」
男は暫しの沈黙の後、更に真剣な眼差しで少年を見つめる。
「良いかい、シンジ君」
「はい」
「アスカを・・・頼んだよ」
「・・・」
「さて、帰るとするか」
「加持さん」
「なんだい?」
「ミサトさんには会ったんですか?」
「いや?」
「会わないん・・・ですか・・・」
「これから、会いに行くよ」
「そうですか」
「大丈夫だ、葛城にはしっかり恩返ししないとな」
そう言って、男は顔をくしゃくしゃにすると、いつものヘラヘラとした笑いを浮かべる。
それを見て少年も緊張を解いた様だ。
「加持さん、ミサトさんに伝言お願いできますか?」
「うん?」
「どういう形であれ、僕なりに責任を取るつもりです・・・と伝えて貰えますか」
「はは、何の事かは分からないが、ま、分かったよ」
「お願いします」
「代わりに、一つお願いが有るんだが」
「何でしょう?」
そう言うと、加持は胸ポケットから紙切れを一枚取り出す。
「これ・・・は?」
「その地図の場所に行くと、枯れた農園が有る」
「一度、一緒に行きましたよね」
「そう・・・だったな、あのスイカの場所だ」
「はい」
「もう、あそこにはスイカは無いんだがね」
「・・・そうだったんですか」
「ああ、今は違うのを植えてある」
「それに水をあげれば良いんですか?」
「いや、水は要らないよ」
「?」
「そいつは、水を他人から貰わなくても勝手に育つ物なのさ」
「じゃあ、僕は何をすれば?」
「荒らされないように見てて貰いたい」
少年はにっこり微笑むと、了承の意味を持って頷いた。
「じゃ、シンジ君、元気でな」
「はい、また、すぐ会えますよね?」
「そうだな、ま、暫くはドイツだと思うが」
男が帰った後、少年はベッドにうつ伏せになり、色々な事を考えていた。
バラバラの事を考えているように思っていたが、ふと気が付いた。
その全てはあの少女の事を考えているという事に。
気づくと少年は携帯電話のボタンを押していた。
何故か、少女の声が聞きたかった。
理由は・・・分からない・・・。
「は〜い」
「・・・」
「もしも〜し?」
「・・・」
「シンジ?」
「アスカ」
「どう・・・したの?」
「うん・・・」
「はっは〜ん、無敵のシンジ様ったら怖くなっちゃったのかしら〜?」
「ちっ、、違うよ!」
「あら、じゃぁ何で電話なんてしてきたのかしら?」
「そ、、、それは・・・」
「ほぅら」
「特に用事は無いんだけど・・・」
「ふぅ〜ん」
「ねぇ、アスカ」
「何?」
「聞いても良いかな」
「何を?」
「聞きにくい・・・事・・・かな」
「えっち」
「ちっ、、違うよ!」
「はいはい、で、何?」
「聞いても良い?」
「ま、答えるかどうかは分からないけどね」
「前にアスカ・・・苦しんでたじゃない」
「・・・」
「全部終わって、暫くしたら僕は気持ちが楽になったんだ」
「・・・そう」
「今、気づいたんだけど・・・アスカ変わったよね」
「・・・どんな風に?」
「変な気負いが無くなった気がする」
「そう・・・」
「ねぇ、何で変わったの?」
「え?」
「アスカが変わって良かったと思う」
「・・・」
「僕は・・・そう・・・思う」
「・・・で?」
「何で・・・変わったのかなと思って」
「全部終わって、気づいたら・・・」
「うん」
「意地張って頑張ってる自分が馬鹿らしくなってね」
「うん」
「気を抜いて行きようと思ったら、心が楽になったわ」
「・・・」
「そして、改めて違う視点で世界を眺めたら・・・」
「どうだった?」
「今までとまったく違う世界がそこに有ったわ」
「・・・そう」
「悪い言い方をすれば・・・過去を・・・捨てるって言うのかしらね」
「過去を捨てる・・・」
「そう、過去を捨てる」
「捨てれる物なのかな」
「分からない・・・でも、整理出来なかった想いを整理する事が出来たわ」
「うん」
「言い方を変えれば、これからを生きようと考えたとも言えるかもね」
「これからを生きる・・・」
暫く二人は沈黙の時を過ごす。
二人とも、お互いの事を考えていた。
出る事の無い答えを求めて・・・。
「あはっ」
「何よ?」
「考えても、分からないだろうなって」
「ふふふ、そうね」
「分かる時が来るかもしれないし」
「ま、無理ね」
「どうして?」
「決まってんじゃない、アンタは馬鹿だからよ」
「悪かったね」
「アンタのせいで、辛気臭くなったじゃないのよ!」
「アスカだって、辛気臭く話してたじゃないか」
「ああ言えば、こう言う!」
「だって、本当の事じゃないか!」
二人は口調こそ激しかった物の、笑顔でその後何時間も話をしていた。
尽きる事無く、今までの事、これからの事を・・・。
まるで、お互いの存在を確かめる様に・・・。