これは、新世紀エヴァンゲリオンのもう1つの局面を描いた物語。
ひょっとしたら有り得たかもしれない、もう1つの物語。
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新世紀エヴァンゲリオン外伝
『邂逅』
第壱拾話「他人の干渉 −後編− 」
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*
「今、何と言った?」
ネルフ執務室。デスクに肘をつき何時ものポーズを取るゲンドウ。その
斜め後ろには、冬月が立っていた。
「弐号機パイロットの任務継続を要求します」
ミサトはゲンドウと対峙し、もう1度同じことを言った。ゲンドウは態
勢を崩さずそのままの状態で言った。
「葛城三佐。君はネルフの仕事をどう考えている?」
「……使徒を倒し、人類を守るという、重い任務です」
「そうだ。我々は人類最後の砦なのだ……我々の敗北は、人類の破滅と同
義だ。分かっているな?」
「はい」
「ならば同じことをこれ以上繰り返す必要はないな。下がりたまえ」
「碇司令、我々の切り札・エヴァンゲリオンの敗北がネルフの敗北、人類
の破滅と同義であることは、作戦部長として充分承知しています」
毅然たる態度でミサトは言った。
「そのエヴァのパイロットは他にはいません。特に弐号機は、実験の結果
より零・初号機パイロットとの互換性がほとんど効かないことが判明し
ています。
弐号機パイロットは今少し不調を来たしているだけです。作戦部長と
して、弐号機パイロットの今一度のチャンスと任務継続を要求します」
「葛城三佐」
地の底からうめくような、低い声。ゲンドウの眼鏡が鈍く光った。
「エヴァのパイロットはスポーツ選手ではない。不調を来たした者が調子
を取り戻すまで待つわけにはいかんのだ」
「しかし!」
「赤木博士の報告によれば、弐号機パイロットのシンクロ率はガタガタだ
そうだな。エヴァとのシンクロが切れるのも時間の問題だ」
ミサトは言葉を失った。ゲンドウの言葉は続く。
「『弐号機パイロットはフィフスチルドレンが見つかり次第、チルドレン
としての資格を剥奪する』
これは決定事項であり、私の命令だ。チルドレンのその後のことは君に
一任する。下がりたまえ」
「…はい」
苦々しく返事をし、ミサトは執務室を後にした。
「碇……」
冬月が声をかけた。ゲンドウはちらりと後ろを見たが、すぐに目線をデ
スクに戻した。デスクにはネルフ諜報部が集めたと思われる、様々な資料
が並べられていた。
「戦自が奇妙な動きを見せているそうだ。第3新東京市周辺を、偵察機が
うろついている。更に、中部・関西方面で戦自の諜報部が活動している
という情報も入っている。
ロンギヌスの槍を無断で使用したからな……ゼーレもかなり苛立って
いるようだ。我々への不信感から、身辺調査でも始めたようとしている
のかもしれん」
そう言って、ゲンドウは立ち上がった。
「気を付けろ、冬月。この間のようなことがもうないとは限らんからな」
「ああ……ゼーレはまだ何も言ってこないのか?」
「今のところはな。すぐに呼び出しがかかるだろうがな」
「そうか…」
気の無い返事を繰り返す冬月。ゲンドウが執務室を出ていった後、冬月
は大きな溜息をついた。
「あ、シンジ君?アスカ帰ってる?………あれから会ってないの?」
ミサトは受話器を置き、自販機前のベンチにどさっと腰をおろした。
「いないんですか?」
「ええ…」
日向は自販機のコーヒーをミサトに渡し、自分も隣に座った。
あの後。弐号機が回収され、アスカはシンジともミサトとも顔を合わせ
ようとせず、1人で何処かに行ってしまった。ミサトが更衣室に行くと、
赤いプラグスーツが壁に投げつけられたような状態で床に落ちていた。更
にレイのロッカーが目茶苦茶に蹴られ、ガタガタになっていた。
「フィフスチルドレンが見つかり次第、アスカはエヴァを降ろされること
になったわ…………私のせいね」
ミサトは俯いたまま、ぽつりぽつりと喋った。日向は黙って聞いていた。
「あの時、やっぱり弐号機をバックアップに回しておくべきだったんだわ。
私が安易に、アスカに自信をつけさせようなんて考えなければ……」
アスカの鳴咽と絶叫が、ミサトの耳について離れなかった。
「僕は……」
日向が言った。
「僕は、葛城さんがしたことは間違ってるとは思いません。結果がどうあ
れ、葛城さんはアスカちゃんのことを思って決断したことなんですから。
今回は…相手が悪かったんですよ…」
自分が例えアスカのことを思ってやったことでも、それが結果的にアス
カを傷付けることになったのでは、何にもならない。それは日向も分かっ
ていることだろう。だが、それでも自分をこうやって励ましてくれる日向
の心遣いに、ミサトは胸が熱くなるのを感じた。
「……ありがとう」
コーヒーを飲みほし、ミサトは立ち上がった。
「日向君、悪いけど…」
「分かってます。後は任せて下さい」
「ごめん…この頃、任せっぱなしで」
「その為に僕は葛城さんの下にいるんですよ」
日向は微笑みながら、言った。
*
日はすでに没し、要塞都市でありながら、第3新東京市は夜の賑わいを
見せようとしていた。アスカは大きなボストンバッグを肩に下げ、とぼと
ぼと夜の街を歩いていた。時折、寄り添い街を歩くカップルがアスカの横
を通り過ぎる。その度にアスカは目を逸らし、足を速めた。
弐号機が回収されてからすぐ、アスカはスーツを脱いで本部を出た。シ
ンジ、ミサトとは顔を合わさぬよう、脱兎の如くリニアに乗り込んだ。1
度自宅……葛城家……に帰り必要最低限の荷物をまとめ、シンジが帰って
くる前に家を出てきたのだ。
(何やってんだろう、私……)
アスカはそんなことを考えていた。エヴァで使徒に勝てなかった自分を、
またエヴァに乗せてもらえるとは思えない。今のところはチルドレンの数
の関係で降ろされることはないだろうが、フィフスが見つかれば、すぐに
弐号機を降ろされることだろう。
エヴァに乗ることが全てだったアスカ。だが、今の彼女はもうエヴァに
乗りたいとは思わなかった。
アスカはレイの言葉をふと思い出した。「エヴァには心がある」……そ
れはアスカもうすうす気付いていたことだ。だが、アスカにとって弐号機
は、自分の存在を誇示する為の“物”でしかなかった。エヴァに乗って使
徒に勝てば皆が認めてくれる、自分の才能を認めてくれる、自分を必要と
してくれる。それは、自分の自信に繋がっていった。他人を必要としない、
自分自身の強さ。
だがシンクロ率が落ち始め使徒に勝てなくなり、挙げ句の果て死に掛け
たところをレイに助けられるはめになった。
アスカは、自分が惨めな存在に感じられて仕方がなかった
歩き疲れたアスカは、公園のベンチに腰を下ろした。公園に人気はなく
ひっそりと静まり返っていた。背後の噴水の水が、月明かりを返して美し
く煌いていた。
夜空をぼんやり仰ぐアスカの脳裏に、様々な物が去来した。沈黙という
ものは、人に色々なことを思い出させる。嫌なことまで…。
『私も科学者である前に、1人の女ですから……』
父と抱き合う見ず知らずの女。キョウコという妻がいながら……。父は
母と私を捨て、私達の前から姿を消した。
『アスカちゃん、今日あなたの大好物を作ったのよ。ちゃんと食べないと、
あそこのお姉ちゃんに笑われますよ?』
人形を私だと思い込み、大切に抱える母の姿。
『これこそ実戦用に作られた、世界初の本物のエヴァンゲリオンなのよ!』
あんなに好きだったエヴァ弐号機。だが、弐号機も私を拒絶しようとし
た。
父、母、エヴァ弐号機、ネルフ……皆、自分を拒絶した物。
「君、何してるんだい?」
ふと視線を下げると、茶髪の若い男達が5人ほど、アスカを取り囲んで
いた。だらしない服装、ピアス、1人は煙草を吸っているが、どう見ても
まだ10代であった。
「ほっといてよ…」
アスカは突っぱねたが、男達は引き下がらない。
「つれないなあ……一緒に遊ばない?」
「楽しい所に行かないか?」
「なあ、一緒に行こうぜ?」
次々とアスカを誘う男達。アスカは最初険しい面持ちで彼らを睨んでい
たが、次第にその表情が緩む。不意に、アスカはスッと立ち上がった。溜
息をひとつつき、周囲を見回す。
(もう、こんな奴等しか私を相手にしてくれないなんて…)
アスカは泣きたくなった。
*
「諜報部か?セカンドチルドレンの所在は掴めたか?」
携帯を片手に、冬月は夜の帳の降りた第3新東京市を走り回っていた。
60近い老人とは思えぬ体力である。
ミサトが執務室を去った後、冬月はチルドレンの更衣室に向い、アスカ
を探した。だがアスカの姿はなく、いたのはレイだけであった。レイの話
によると、アスカは癇癪を起こしたような状態でスーツを投げ捨て、ロッ
カーをボコボコに蹴り倒して本部を飛び出してしまったらしい。
「レイ、アスカ君が行きそうな場所、分かるか?」
足を止め、背後にいるレイを振り返った。レイは軽く首を横に振った。
(……レイじゃなくてシンジ君を連れてくるべきだったな)
同じ女の子で仲間なのだから、レイならアスカのことが分かるだろうと
思っていた冬月は、アスカがレイを嫌っていることを失念していた。本部
をレイとともに出てからすぐ、冬月はアスカを探しに街に繰り出した。だ
が、アスカを見つけるのは困難を極めた。諜報部も彼女を見失っている。
「……そういえば」
レイがぽつりと言った。
「何だ?」
「アスカは洞木さんと仲がよかったと思います」
「洞木さんというのは誰だ?」
「洞木ヒカリ。クラスメイトです」
冬月はポンッと手を叩き、「それだ!」という表情でレイを指差した。
「レイ、その子の電話番号は分かるか?」
レイは通学鞄の中から、1枚のプリントを取り出した。それはクラスメ
イト全員の電話番号が書かれた連絡網であった。冬月はそれを受け取り、
ヒカリに電話をかけた。
程なくして、目的の相手が電話に出た。
『はい、洞木ですが』
「ヒカリちゃん、というのは君かね?」
『あ、はい…あの、どなたですか?』
「うっ……」
冬月は言葉に詰まった。まさか「ネルフ副司令の冬月コウゾウというも
のです」などと名乗る訳にもいかない。ネルフは非公開の特務機関なのだ。
一般人に名乗るわけには…
「もしもし、綾波ですが」
『あ、綾波さん!?』
ふと気がつくと、携帯電話が冬月の手からレイの手に移動していた。
「アスカ、そっちにいる?」
『ううん、いないけど……どうかしたの?』
「今、行方不明なの」
『ええーっ!?』
「だから、もし連絡があったら知らせてほしいの」
『うん、分かった。綾波さんとこに知らせたらいいのかしら?』
「いいえ。碇君か、この携帯電話に」
『……誰の携帯?』
「ネルフの冬月副司令」
「ちょ、ちょっと待てレイ!?」
冬月は慌てて止めに入ったが、時すでに遅し。レイはヒカリに冬月の電
話番号を教え、携帯を切った。
「副司令、アスカはいないそうです」
「そうか……」
冬月は疲れた表情をレイに向けた。別の意味でドッと疲れが吹き出たよ
うだ。
「レイ……ネルフは“非公開の”特務機関なのだ。一般人においそれと名
乗る物では…」
「大丈夫です、副司令。クラスメイトでネルフのことを知らない人はいま
せんから」
「な、何ぃ!?」
冬月は驚愕した。アスカが転校してきてから、エヴァその物のことは細
かく話していないものの、ネルフについては彼女がべらべら喋っているこ
とを冬月は知らない。ついでに言うと、そのことは彼女の保護者・葛城ミ
サトも承認済みであった。
もっとも、普段発令所でゲンドウのサポートをし、雑務に追われ、チル
ドレンとあまり接する機会のない冬月がそんなことを知るはずもなかった。
「副司令」
茫然としている冬月を、レイは促した。我に戻ってレイを見ると、レイ
は何かを凝視していた。
「どうした?」
冬月がレイの視線の先を追うと、そこには道路を挟んで公園があった。
公園の入口から出てくる数人の人影。夜遊びをする若者の集団だが、その
中にアスカの姿があった。
「アスカ君!」
冬月は思わずガードレールを飛び越え、道路に飛び出した。
「副司令!」
レイの叫びに振り返ると………
大型トラックのライトが、目前に迫っていた。
*
シンジは自室で寝転がってぼんやりしていた。
(アスカ……)
あの時泣きじゃくっていたアスカの姿が、脳裏に焼き付いて離れなかった。
『嫌い、嫌い!皆嫌い、大キライ!!』
(アスカにとって、僕は必要ないのかもしれない。むしろ、僕がいない方
がアスカにとってはいいのかもしれない)
そんなことを考えながら、シンジはアスカの部屋の前に立った。主のいな
い部屋の戸を開ける。薄暗い、シンジの心境を映し出したような空間。
(でも……僕には必要なんだ、アスカが…)
シンジは戸を閉め、台所に向かった。テーブルにはアスカの好きなハン
バーグが、ラップをして置かれていた。シンジは椅子に腰を下ろし、頬杖
をついた。足元を見ると、ペンペンが首を傾げて自分を見上げていた。
シンジは少し笑い、ペンペンを抱き寄せた。シンジはふと、以前ケンス
ケとトウジが言ったことを思い出した。
自分を受け入れてくれたミサト。エヴァのパイロットとしてではなく、
家族として自分を見てくれていた。家事なんかはほとんど押し付けられて
いいように使われているという感じがしなくもなかったが、それほど嫌で
もなかった。
アスカ……アスカはどうなんだろう?
「ねえペンペン………僕等って、家族だよね?」
クェッと、ペンペンは短く鳴いた。その時、玄関で物音がした。
「ただいまぁ…」
何時もより疲れた声を出し、ミサトが帰ってきた。
「おかえりなさい、ミサトさん。あの、アスカはまだ……」
「分かってるわ。行方不明なのよ、アスカは」
「そんなっ…!」
シンジは絶句した。
「今までずっと探し回ってたんだけどね……いないのよ」
「僕、探しに行ってきます!」
そう言ってシンジは玄関に向かおうとしたが、ミサトが制した。
「どうして止めるんですか!?」
「シンジ君、あなたが行けば逆効果になるわ」
「え…?」
ミサトは、アスカの家出の原因が、シンクロ率の低下を始めとする不調
であることを掻い摘んで話した。第14使徒に惨敗したこと、その使徒を
シンジが倒したこと、シンジに負けたという劣等感がアスカの心をを虫食
んでいること……それらが原因で、シンクロ率ががた落ちしていること。
「今のアスカにとって、シンジ君は憎しみ・嫉妬の対象でしかないわ」
「そんな……」
シンジは二の句が告げなかった。そして、サルベージされてからのアス
カの態度の急変理由が、ようやく分かった。
(僕に対する…憎しみ)
シンジは呆然とその場に立ち尽くした。
凄まじい轟音、人々の悲鳴。
冬月が顔をカバーしていた両腕を解くと、目の前にはまるで壁にでもぶ
つかったようにひしゃげたトラックの顔が迫っていた。いや、実際壁にぶ
つかっていた。だがその六角形の“壁”は、一瞬見えただけで風に流され
るが如く消えていった。
「御怪我はありませんか、副司令?」
立ち尽くしている冬月に、レイが近付いてきた。冬月は安堵の溜息を吐
いた。
「レイ、そうか……お前が……」
そう言いかけて、冬月はハッとなって公園の方を見た。
「アスカ君……」
「副……司令…?」
野次馬が自分に寄り付いてくる中、冬月はしっかりした足取りでアスカ
に近付いていった。アスカは信じられないものでも見るような目で冬月を
見ていた。
「アスカ君、こんな所で何をしている?」
「…………」
アスカは何も答えない。
「葛城三佐が心配していたぞ」
アスカは何も答えない。
「シンジ君も心配している」
アスカは何も答えない。
「私も、レイも心配していたんだ」
ピクッと、アスカの肩がはねた。
「君が今、どういう気持ちなのかは私にもある程度分かる。だから何も言
わないでおくが……これだけは心に留めておいてほしい」
アスカは俯いたままであった。
「今の君の身体は、君1人の物じゃないんだ。だから、あまり心配をかけ
るようなことはしないでほしい。皆、君のことが心配なんだから……」
「……嘘」
アスカはぽつりと言った。
「皆心配しているのは、私のことじゃないわ。“セカンドチルドレン”の
ことよ。弐号機とシンクロ出来ない私は、もうチルドレンじゃないのよ!」
語尾を荒げ、アスカは吐き捨てるように言った。
「明日にでもフィフスが見つかって、私は弐号機を降ろされるわ!もう私
はお払い箱なのよ!今度はネルフに捨てられるのよ、7年前にパパとマ
マが私を捨てたのと同じように!」
そう叫んで、アスカは子供のように泣きじゃくった。涙が止めど無く溢
れ、言葉がまともな音にならない。
「嫌い、嫌い…皆キライ!どうして、どうして私ばっかり捨てられなきゃ
いけないのよ!」
「おい、ちょっとじーさん!」
アスカの側にいた男が行った。じーさん……冬月は少しカチンと来た。
「死にぞ来ないのじーさんが、いきなり説教くれてんじゃねーぞ」
「そうだぞ。俺達、これからこの子と楽しい所に行くんだからよぉ、邪魔
すんなよ!」
口々に不満をたれる。冬月は怒鳴りたくなったが、先に言葉を発したの
はレイだった。
「寂しいのね、1人が」
「…………」
アスカは黙ったままだった。
「怖いのね、自分が捨てられるのが……要らなくなるのが」
「…………」
「私も同じよ」
アスカは弾かれたようにレイの方を見た。レイは相変わらず無表情だっ
たが、言葉の抑揚から僅かだが感情のようなものが読み取れた。
「その人達が、本当にアスカのことを必要としてくれてると思う?」
「…………」
「帰りましょう、あなたを必要としてくれてる人の所へ」
レイはアスカの手を取った。アスカは身体を強張らせたが、抵抗はしな
かった。そのレイの手を、隣にいた男が鷲づかみにした。
「ちょっと待てよ。さっきから言ってんだろ?この子は俺達とこれから遊
ぶんだからよ、邪魔する……」
次の瞬間、男の身体は宙を舞った。レイの隣に、拳を握った冬月が立っ
ていた。
「さあアスカ君、帰ろう」
冬月はアスカを促すと、携帯を取り出した。
「諜報部か?セカンドチルドレンを発見した。それとこっちでちょっと厄
介なことが起こってな。事後処理を頼む」
小声でそう言うと、冬月はさっさと携帯を切り、レイ、アスカとともに
逃げるようにその場を後にした。
*
アスカは俯いて夜道をとぼとぼと歩いていた。隣には冬月とレイがいた
が、2人とも何も話さなかった。冬月は何かを喋ろうとしているようだが、
アスカの雰囲気に押されているという感じであった。レイの場合、その感
情を推し量るのは難しい。
アスカは俯いたままだったが、ふと顔を上げ冬月の顔を見た。よく見る
と、冬月の顔は汗だくになっていた。アスカは、さっき道路に飛び出した
冬月の姿を思い出した。
続いて、レイの方を見る。何時もは何も喋らない女。エレベーターで
“人形女”と罵り、頬を引っ叩いたというのに、彼女は冬月と一緒に自分
を探しに来てくれた。
……心配してくれているのだろうか、本当に。
アスカはふと足を止めた。冬月とレイも同じように足を止めた。
「…大丈夫かね?」
冬月は優しい声で言った。
「はい……申し訳ありませんでした、副司令」
アスカは自分でも驚くほど素直に頭を下げた。
「アスカ君」
「はい」
「君は、これからも弐号機に乗る気はあるか?」
いきなりそう聞かれ、アスカは返答に詰まった。
「……私にも分かりません」
「君が望むなら、今後もパイロットを続けられるよう、碇に頼んでも構わん」
「えっ!?」
アスカは思わず顔を上げた。
「そんなこと……」
「副司令という肩書きは飾りではない。私は何時も碇の横に立っている置
物ではないぞ」
冬月はニヤッと悪戯っぽい笑みを浮かべた。アスカは何も言わなかった。
俯き、再びとぼとぼと歩き始める。
やがて、ミサトのマンションが見え始めた。3人はミサトの家のある階
に上がり、ベルを押した。
「こんばんわ」
「はいー……ふ、副司令!?」
「ぬわぁんですってぇぇぇ!?」
どたどたどたと慌ただしい足音とともに、シンジとミサトが押し合い圧
し合いしながら玄関までやってきた。そこにいる世にも珍しい組み合わせ
に、2人は更に驚いた。
「アスカ…」
シンジは俯いたままのアスカに声をかけた。だが返事はなく、アスカは
無言で家に上がり、そのまま自室に入ってしまった。
冬月はシンジに、ヒカリが心配していたので、アスカが帰ってきたこと
を伝えて欲しいと頼んだ。
「じゃあ、我々はこれで御暇するとしよう」
「はい…本当に申し訳ありませんでした。私の不手際で、このようなこと
に………」
「葛城三佐、君が気に病むことではない。アスカ君が帰ってきたのだ、今
はそれでいいのではないか?」
「はい……」
そう言うと、冬月は踵を返した。レイもそれに続いたが、シンジが呼び
止めた。
「あ、綾波」
「……何?」
「綾波もアスカを探してくれたの?」
レイは少し悩んだが、軽く頭を縦に振った。
「……ありがとう、綾波。今日も綾波がアスカを助けてくれたし……本当
に、ありがとう」
「……じゃあ、さよなら」
「うん、おやすみ」
レイは俯いて、逃げるようにその場を後にした。その頬が、ほんのり朱
に染まっていたのをシンジは知らない。
*
「葛城三佐が大酒飲みだとは聞いていたが、まさか彼女の家からあんなに
アルコールの臭いがするとは思わんかったな」
ミサトの家を出て、冬月は笑いながらレイに言った。ドアが開いた時に
通路に流れ出た、あの異臭。あんな所に寝泊まりしているシンジやアスカ
のことが、少し不憫になってきた。葛城三佐の家に帰したのは間違いだっ
たかな?……ふとそんなことを考えてみたりする。
「ところでレイ」
「はい」
「さっき、アスカ君に言ったことだが……」
冬月は言いかけたが、いや、やっぱりいいと言って止めた。冬月はふと
腕時計に目をやった。
「もうこんな時間か……レイ、何か食べないか?」
「……私、肉嫌いですから…」
「分かっている。じゃあ、ラーメンでも食べるか?」
レイが軽く頷くのを確認すると、冬月はレイの手を引いた。2人は兵装
ビルの修理に明け暮れる夜の第3新東京市に消えていった。
==================================================================
続く
<後書き>
ども、淵野明です。第八・九・壱拾話お届けいたします。
TV(ビデオ)版弐拾弐話「せめて、人間らしく」をベースに色々付け
加え、時間的な部分を修正した物になっています(量産の話や、零号機が
ポジトロンライフルを撃つタイミングとか……)。言い回しも少し変えて
たりしますが、大抵は誤植ではないので念の為(笑)。
今回のポイントはアスカなのですが、描写的にはミサトさんやレイ、冬
月が中心です。サブタイトル通り「他人の干渉」。アスカの周囲の人が、
アスカをどう見ているかというところにポイントを置いて書いてみました。
シンジやミサトはともかく、レイと冬月の描写にはちょっと違和感がある
人がいるかもしれません。「冬月はこんなにいい奴じゃないぞ!」という
(実は友人にもそう言われました)。でも、彼はゲンドウほど自己中心的
ではなく、非常に紳士的な人だと思うので。過去の冬月やユイさんとのや
り取りを見ていて、そんなイメージが湧いてきました。
1つお知らせ。今後は更新スピードが遅くなると思います。今までは前
中後編の3部作なら、最後の後編に後書きを入れていましたが、これから
は各話の最後にそれぞれ後書きを入れていこうと思います。
ではでは、次回第壱拾壱話「無限抱擁」で御会いしましょう。
ようやくマナ再登場です。お楽しみに!
★淵野明(t-ak@kcn.or.jp)★