第拾弐話 「Beginning of autumn」(後編)

written on 1997/4/20





 その日の夜、いつものようにお酒を持ったトウジがシンジのアパートを訪

れていた。

 開け放した窓からは、昼間の暑さが嘘のような涼しい空気が入り込んでい

る。

 ひとしきり大学の話題などで盛り上がった後、二人は何をするでもなくT

Vを見つめていた。

 

 だがシンジは、トウジがTVの方向を見てはいるが、別のところに意識が

あることに気づいていた。

 

 

 野球中継の合間にCMが入ったところで、トウジがくるりとシンジの方へ

向き直った。

 

「なぁ、シンジは今の生活に満足しとるか?」

 

 突然の言葉にシンジは戸惑った。

 不器用なトウジにしても、あまりに唐突な問いかけ。

 全く予想もしていなかった質問に、シンジは曖昧に言葉を濁すしかなかっ

た。

 

「え………と、まぁ、それなりに………」

 

 特にシンジの答えに何かを期待していたわけでもなかったようで、トウジ

はすぐに言葉を続けた。

 

「生きとる意味。自分の価値ってなんやろ」

 

 日本酒をグラスに注ぎながら、訥々とトウジは語りはじめる。

 

「シンジに出会ってからやな、こんなコト考えるようになったんは」

 

「あんとき………エントリープラグの中で苦しんでいたお前の姿」

 

「今でもよう覚えとるわ」

 

「そしてワシらが疎開している間に何が起こったかも、少しは知っとる」

 

「シンジや綾波や惣流が、どんだけ苦しい思いをしたのか………」

 

 じっとグラスの中の一点を見つめているトウジの横顔を見て、シンジはふ

と思い出した。

 身内だけで行われた綾波の葬儀で、一番涙を流していたのはトウジだった

ことを。

 

「ほんなら、ワシは何やってたんや?」

 

「妹をだしにされてエヴァに乗ったはいいものの、みんなに―――特にシン

ジに迷惑をかけただけや」

 

「そんな―――!」

 

「いいんや。事実やからな。いつも言っとるが、あのことは気にせんでええ」

 

 と、トウジは左足をポンと叩いた。

 

「これのおかげで、生活に困らんぐらいの金はもらえとるしな」

 

 シンジはなんと言っていいかわからないような表情を浮かべていた。

 トウジを傷つけた事実が、今でも負い目としてシンジの心に残っているの

は確かだったから。

 

「いや〜、シンジには感謝しとるで、ほんま」

 

 そんなシンジの心境を気遣うようにトウジは笑う。

 

 

「それでな。足の治療が終わるまで、病院のベッドでよく考えとったんや」

 

 微かにトウジの眉間に皺が寄った。

 

「実際に死にそうな目にあって、ようわかった」

 

「普通の生活が送れるだけでも十分に幸せやってことが」

 

「いつも見舞いに来てくれるヤツもおったしな………」

 

 TVから歓声が湧き起こって、二人はちらっと視線を戻した。

 誰かが逆転ホームランを打ったようだ。

 

「でもな。今こうやって大学に通って、講義を受けて、仲のええ友達とワイ

ワイやって」

 

「確かに幸せや。そやけどなんか満たされんもんがある」

 

「ワシの妹が死んだんは10才の時や。あれはもう助からんかったから、別

に恨んでなんかはおらんけどな」

 

「中学んときの同級生で、何人死んだか知っとるか?」

 

 シンジには、グラスを握るトウジの手にぐっと力が入ったように見えた。

 

「転校したことになっていたヤツらのうち、半分以上は戦闘に巻き込まれて

死んどったんや」

 

 その事実はシンジも知っていた。

 そしてその戦闘に自分が何度も関わっていたことも。

 

「そいつらの人生を思うと、自分がのうのうと生きとることに納得いかへん

のや」

 

 トウジの一語一句がシンジの心に突き刺さる。

 忘れようとしても忘れられない事実。

 数多くの犠牲の上に成り立っている今の自分。

 最善を尽くしたとは、とても言えない

 償いができたとも、言えやしない。

 

 自分も苦しんだのは確かだが、今こうして生きている。

 いい友人と、好きな人と、平和な生活を送っている。

 

 でも、今更どうしようもない。

 

 これから、何をするか、だ。

 

「ワシな、学校辞めて、ボランティアで海外に行くことに決めたんや」

 

 トウジの一言が、深い思いに沈んでいたシンジの意識を引き戻した。

 

「え? 辞めるって………」

 

「この前期の試験を受けた後で退学するつもりや」

 

「………そこまで考えてたんだ」

 

 シンジの重い口調に、慌ててトウジが首を振った。

 

「ちゃうちゃう。そんなにかっこええもんやない」

 

「正直に言うと、たぶんこれは自分が今幸せやから、罪悪感を感じてるだけ

やとも思う」

 

「でもな、それでもええねん。そんな動機でも、結果として誰かのためにな

れば儲けモンやしな」

 

「そう………だね」

 

 決意に満ちた表情、そして大学に入ってはじめて見たような瞳の輝き。

 あれだけ頑張って勉強をしていたのに、合格発表の時も心から嬉しそうな

表情をしていなかったように感じた理由を、シンジはようやく見つけたよう

な気がした。

 

「………頑張って」

 

 シンジは空になったトウジのグラスにお酒を注いだ。

 

「ん、ああ」

 

 トウジは賞賛の色がシンジの瞳に宿っているのを認めると、照れ隠しにか

注いでもらったお酒をぐいと飲み干した。

 

「ところで、出発はいつなの?」

 

「えーとな、1ヶ月くらい先や」

 

 チラリとカレンダーに目をやったシンジは、

 

「あっ………」

 

「どないしたんや?」

 

「もう長野に行ってる頃だ」

 

 残念そうにシンジは呟いた。

 

「ま、別に男同士の別れってのもしゃーないしな」

 

「ふ〜ん………男同士だったら、ねぇ」

 

 シンジはにやりと笑みを浮かべた。

 久しぶりにめぐってきた逆襲のチャンス。

 

「な、なに勘違いしとんねん! 委員長は関係ないんやからな」

 

「はいはい」

 

「でもさ、すごく心配してるんじゃない? 場所によっては足のメンテナン

スとか、受けられないだろうし」

 

「まーな。でも別に普通の義足でも、なんなら松葉杖でもええし」

 

「あいつは世話焼きすぎやっちゅーねん。ワシの足のこと気にしすぎやで」

 

 何かを思い出したように、トウジは口調を荒げた。

 

「そんな………心配してくれてるんだから」

 

「相手の気持ちを考えんと心配? それはおせっかいとゆーんや。うっとー

しーで、ほんま」

 

 よっぽど激しいやりとりがあったんだろうと想像して、シンジは苦笑した。

「ま、洞木さんって、昔っからそんな人だから」

 

「………そやな」

 

 トウジは急にしんみりした顔になると、

 

「ワシにはもったいないくらいええヤツや」

 

 誰に言うともなく呟いて、ゆっくりと腰を上げた。

 

「じゃ、そろそろ帰るわ」

 

「うん」

 

「邪魔してすまんかったな」

 

「いいよいいよ。詳しい話はまた今度ね」

 

「そやな。ケンスケにも話さんといかんし」

 

「じゃ」

 

「ああ。またな」

 

 そして、トウジはシンジに見送られ帰っていった。

 

 

 

 ほんとにいい友達を持った。

 

 街角に消えていくトウジの後ろ姿を見ながら、シンジは素直にそう思った。

 

 

 

                          <拾参話に続く>



 インチキ大阪弁ごめんなさい。
 いきなり変な展開になって、ついてこれなくなった方ごめんなさい。
 とりあえず第二部の再開となります。
 今回はシンジ編の大きな柱となる長野行きのさわりと、トウジにスポット
を当てたお話になりました。
 これでしばらくはトウジの出番が無くなることになると思います。
 ケンスケについては、近いうちに登場予定。
 優梨ちゃんも少しずつ絡むかな?
 アスカ編の方はちょっと先になりそうです。
 こっちでも懐かしい人が登場・・・・・・


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