新世紀エヴァンゾイド

第参話Bパート
「 Overcharge 」



作者.アラン・スミシー



 あれから三週間がすぎ、ネルフでの訓練と自宅の家政夫という三足草鞋の生活をシンジは続けていた。
 彼はあの一件以来少しばかり明るく社交的になり、ゾイドパイロットということも含めて再びクラスの人気者になっていた。
 はじめは嫉妬や敵意を抱いていた男子生徒達も、今ではかれに対してより普通に接するようになった。ゾイドパイロットではなく、普通の男子中学生、碇シンジとして。
 もちろんそれはシンジだけの力ではなく、いつもそばにへばりつきシンジのことを擁護するレイコや、つぶやく程度の反応しかしないが、シンジを守るかのように行動するレイ、シンジをいじめてるのか守ってるのかわからないアスカ達のおかげでもあった。
 もちろん【本当の友達】になったトウジやケンスケ達のことも忘れてはならない。
 とにかく、彼は初めて体験する、つかの間の日常を楽しんでいた。


 帰宅途中、総勢10人が揃って歩いている光景は結構凄いかもしれない。特に美少女と文句無く呼べる存在が5人もいるのだから。
 彼らはとりとめのない話や、訓練に関する話、上司(ミサト)への愚痴などを話しながら歩いていた。今日は訓練は特に予定されておらず、真っ直ぐ家に帰るだけ。ちなみにシンジとアスカ、レイ達はコンフォートマンション、マナとムサシ、ケイタはネルフが用意した湖近くのマンション、トウジ、ケンスケ、マユミは自宅が市郊外にあったりする。
 マナ達と、シンジ達の帰宅方向が変わる分かれ道にさしかかったとき、レイコがピョン♪と擬音をつけたくなるくらい軽やかにシンジの背中に飛びついた。ふわりといい匂いがシンジの鼻孔をくすぐった。
 「シーンージーくん♪今日の午後からヒマ?だったら一緒にお茶でも飲みに行かない?
 もちろん、シンジ君のおごりで♪」
 「うわ!レ、レイコさん、い、いきなり抱きつかないでよ!」
 「む〜〜〜!
 私のことはレイコ、もしくはレイコちゃん♪ って呼ぶようにって、言ったでしょ。シンちゃんの意地悪。」
 「わ、わかったよ・・・。レ、レイコちゃん。
 だ、だからそんなにくっつかないで〜!ちょ、ちょっとあたってるんだよ!」
 なにがどうしたのか、シンジは焦りまくっていた。後ろからレイコに抱きつかれて真っ赤。アスカににらまれて真っ青。顔色をくるくる変えて、信号機よりせわしない。人間的に大きくなったと言っても、うぶでお子さまなところは相変わらずなようである。
 レイコもいつの間にか、シンジをシンちゃんと呼んでいた。
 やっぱりいや〜んな感じ!
 「ええ〜、な・に・が・あたってるのかな〜?シンちゃんのH〜♪」
 ますます調子に乗ってレイコはシンジに抱きついた。シンジの背中で意外と大きい胸が押しつぶされて、見てると結構、いやかなりいやらしい。
 当然、シンジは赤くなりながらもにやけ顔。羨ましいのだろう、トウジは鼻血を出しそうな顔をしていた。
 こういうとき激!活躍するケンスケは、やはり激写しているところをアスカに殲滅されていた。懲りるって事を知らないらしい。
 後、指をくわえてそれをうらやましそうに見ているムサシとケイタの鋼鉄コンビ。彼らは昔からの幼なじみで、親友同士なのだ。同じく、彼らの幼なじみのマナは鋼鉄のガールフレンドと呼ばれている。
 まあ、普通の中学生の帰宅風景である。


 ケンスケを殲滅し終えたアスカが向き直ったからか、それともレイが無言の視線を向けたからか、シンジは至極丁寧にレイコを引き剥がすと、これまた丁寧に承諾した。自分は喜んでいない、冷静だ。どちらかと言えば迷惑していたんだよと態度で示そうとしたのだが、手遅れだった。
 「わかったよ。いくよ。でも、他のみんなはどうする?」
 「私とシンちゃんの愛の一時を邪魔する無粋な人なんて、どうでも・・・。
 あの、アスカちゃん・・・一緒にくる?いえ、是非一緒に来てください。だから、お願いアームボンバーはやめて!
 ・・・・・いやぁぁぁーーーーーーーー!!!!ぐへっ!」
 「あ、あ、あ、ああ、あ、あああ、アスカ!落ち着いて!そうだ、一緒に行こうよ!ねっ!」
 「・・・逝ってらっしゃい(ニコッ)」

 なにがあったのかレイコとシンジは急に沈黙した。さっきまでのレイコとシンジの痴態を見ていたものたちは首があらぬ方を向いたレイコと、卍固めをアスカにかけられて、うれしいのか苦しいのかわからないうめき声をあげるシンジを、土気色の顔をして見ていた。


 「と、とにかく行くんなら早くしましょうよ。アスカさん、もうシンジを離してやったら?
 本当に死んじゃうわよ。」
 なにげないマナの言葉に、アスカは実に嫌なイントネーションを感じた。シンジの名前に、自分もよく放つイントネーションを。気絶寸前のシンジを放り捨てるように解放すると、マナに掴みかからんばかりに迫った。
 「何で、あんたが、シンジのことを、呼び捨てに、すんのよーーーー!!!!」
 そういいながらマナとがっちり腕を組み合う。そのままじりじりと腕を決めようとした。あわよくばこのまま再起不能にして、戦線離脱をさせようと言わんばかりに。
 「あ〜ら、シンジは、アスカさんの、所有物、では、ないでしょーーーー!!!!!」
 そういいながら押し返すマナ。あわよくばアスカを叩きのめして、精神的に再起不能にしてやろうと言わんばかりに。
 両者とも一歩も引かない、壮絶な力比べ。

 「ぐぐぐぐっ・・・」
 「ぬぬぬぬっ・・・」

 「2大怪獣、南海の死闘・・・」
 ぽつりとつぶやく、特撮映画マニアのマユミの一言がすべてを言い表していた。


<喫茶店ヘブンズドア>

 なかなか意味深な名前の喫茶店だが、ここはチルドレンやネルフ職員が良く行く喫茶店である。実はネルフ資本の店なのだが、警護の人間も入りやすく、チルドレンが行くにも都合のいい店だった。
 今この喫茶店には、退院したばかりのヒカリ以外のチルドレン全員が来ている。もちろん例の彼はまだここにはいないので数えない。

 「ちょっとシンジ、あんたなんで元気ないのよ?」
 アスカは誰と話すでもなく、アイスコーヒーを飲んでいたがシンジの様子が数日前のそれと同じになっていることを感じて何気なく、その実心の底から心配そうに話しかけた。明るいシンジを知ってしまった以上、暗いシンジはあまり出てきて欲しくないからだ。
 シンジの返答はかなり素っ気ない物だった。
 「・・・ん、何で綾波は僕が誘ったとき『行かない』って言ったんだろうと思って」
 「あんたのことが嫌いなんじゃないの?まあ、あんたのことを好きになる奇特な女の子なんて、そうそう世の中にはいないからね」
 アスカのムッとした返事にシンジは少しうなだれた。
 「・・・そうか。何でだろ。僕何かしたかな?」
 「・・・別にそういう訳じゃないわ」
 さすがに聞き捨てならないと思ったのか、レイが口を挟んだ。ただ、顔の方向をまったく変えようとせず、手の中のクリームソーダに視線を集中させての返事だったが。そのあまりにも素っ気ないレイの返事に、ますます暗くなるシンジ。
 気まずい雰囲気を察したのか、代わりに弁明するようにレイコが話しかける。
 「気にしなくてもいいよ。お姉ちゃん、いつもああなんだもん。べつに誘ったのがシンちゃんじゃなくてトウジ君やケイタ君でもあんな返事をしたわよ。私か、ユイ母さん以外にはろくな応対しないのよ。人見知りが激しいから。
 まあ、シンちゃんはみんなに比べればだいぶていねいな反応をした方よ」
 シンジに対してはフォローだが、レイに対してはフォローでも何でもない言葉に、なぜかトウジがからかうような口調でヤジを飛ばした。自分の分の飲物を飲んでしまって、暇だったせいかもしれない。それなら追加で注文すればいいと思うのだが、いかんせん彼らは中学生。そんなにお金を持っているわけではなかった。
 「すぐ横におるのに言いたい放題言うのう、綾波の妹は」
 「綾波の妹はやめろって言ったでしょう!ジャージメンは黙ってなさい!」
 いつもはあっけらかんとしているレイコが、顔を赤くして逆に言い返した。彼女は自分が綾波の妹と呼ばれることが嫌いなのだ。自分が何かの付属物、おまけのように感じられて。
 しかし、鈍感トウジに彼女の深層意識の感情がわかるはずもない。お互いに加速し合うがごとくどんどんボルテージが上がっていく。立ち上がって、お互いに噛みつかんばかりにいがみ合った。
 「うるさいのう、姉貴とちごうて騒がしいやっちゃで」
 「お姉ちゃんは関係ないでしょ!!」
 「そうやな、綾波の妹」
 「だからそれを止めろって言ってるでしょ!バカジャージ!!」
 「ジャージを馬鹿にすんな!綾波の妹!!」
 さすがに周囲の人間が注目するくらいの大声で言い合いを始めたので、他の子供達は仲裁に入った。とりあえず落ち着かせようとトウジの隣に座っていたケイタが、袖を引っぱって座らせようとした。
 「ちょっと、トウジ君。言い過ぎだよ」
 「なんや、ケイタは妙に綾波の妹のことをかばうのう!さては、ほれとるなあ!?」
 「うわあああ!トウジ君、やめてよ!」
 矛先を今度はケイタに変えて、彼が最も言って欲しくないことを的確に言ってのけるトウジ。どうもストッパーであるイインチョがいないと、彼はとことん暴走するらしい。ケイタは恥ずかしそうに頭を抱えて座り込んだ。
 今度は見るに見かねたのか、マナが口を挟んだ。そしてそれに続くムサシ。
 「あなた達うるさいわね!!静かにしなさいよ!せっかくのお茶の味が分かんないじゃない!!」
 「そうだ!マナの言うとうりだ!みんな、静かにするんだ!!!」
 ムサシの大声にマユミが形のいい眉をしかめて、控えめに抗議した。読書にとって一番の邪魔、騒音を出す奴は彼女にとって敵である。
 「ムサシさんが一番うるさいと思います」
 そしてついに、
 「ちょっと「ああ、もううるさいわね!あんた達いい加減にしなさいよ!!」


ウウウーーーーーーーーーーーン!!ウウウーーーーーーーーーーーン!!ウウウーーーーーーーン!! ウウーーーーーーーン!!


 アスカが誰かのせりふを隠して叫んだとき、あたりに警報が鳴り響いた。
 喫茶店内にいた全ての人間に緊張が走る。
 「非常警報。先に行くから」
 素早くそう言って、レイが喫茶店から出ていった。その後にアスカ達が続く。もうその目は先ほどまで騒いでいた中学生の目ではなく、戦士の目をしていた。
 まだネルフに来て日が浅く、経験に乏しいシンジは、友人達の変わり様に驚きながらも、再びあまりにも素っ気ないレイのことを考えていた。
 そして、レイのことばかり考えている自分をどうしたんだろうと思っていた。
 (綾波レイ。ファーストチルドレン。母さんと、妹の綾波レイコにだけ心を開く少女。母さんが保護者をしている少女。
 母さんに聞いても寂しそうに笑ってごまかしていた。
 綾波を見ていると変な感じがする。いったいどうして?)



<ネルフ本部発令所>

 発令所メインスクリーンには巨大なイカのような、男性性器のような形状をした使徒が映っている。
 そしてその周囲を護衛するかのように飛び回る、小型ゾイド。
 通常兵器による攻撃、冬月曰く『税金の無駄遣い』の中を何事も無いかのように飛ぶ使徒達を、忌々しげにミサトが見つめていた。効果がないのはわかっているが、こうも見事に無視されると、彼女としてもムカッとくるところがあるらしい。
 「間違いありません!パターン青!使徒です!」
 緊張した青葉の報告に、ミサトが自分の緊張を押し隠そうとあくまで軽い調子で言った。
 「今度の使徒襲来のブランクはたったの三週間。こっちの都合はお構いなしか」
 「しかも今度は、ゾイドの護衛付き。小型ゾイドとはいえ、あの数は驚異ですよ!
 どうします?葛城さん?」
 「日向君。あのゾイドの種類はわかる?後、正確な機体数を報告して。」
 ミサトにそう言われて日向はモニターを見るが、彼のモニターには大雑把な情報しか表示されておらず、やむなく隣に座っているマヤに分析を依頼する。
 「えっと、・・・マヤちゃん、種類はわかった?MAGIはなんて言ってる?」
 そう来るだろうと予想していたマヤは、聞かれた瞬間に報告をした。
 「MAGIの判断では、あれは小型飛行ゾイド『シュトルヒ』です。機数は50、武器は小型ビーム砲2、SAMミサイルを装備しています!ATフィールド反応ありません!」
 マヤの言葉を聞き、ふふんと鼻で笑うリツコ。その目が小馬鹿にするように細くなる。
 「ということは、相変わらず不完全な機械式ダミープラグを使ってるのね。
 連係攻撃もできず、敵味方の判断が精一杯、おまけにATフィールドを展開できない出来損ないで私たちに勝てると思ってるのかしら。」
 「でも、そのかわり使徒なんて巨大単独攻撃兵器を作り上げたみたいだけどね」
 ミサトがリツコの慢心をいさめるように口を開き、リツコが心外そうな顔をして黙り込んだ。
 一瞬睨み合ったミサトとリツコの間に、火花が散る。
 彼女たちんの間に危険な空気が流れそうになったとき、上段の司令席から声がかかった。
 「チルドレン達の準備はできたの?葛城一尉」
 「はい、入院中のセブンスチルドレン以外の全員が、すでにケージで待機しています」
 「わかったわ。・・・レイにはまだ戦闘は無理ね。レイ以外のチルドレンは5分以内に出撃準備をさせて。それから以前の戦闘跡まで通常攻撃で何とか誘導してちょうだい。
 そこまで誘導したところでチルドレン達に攻撃をさせて」
 「了解しました」
 ミサトが敬礼した。ユイに止めてもらって内心ほっとしたという顔だった。それはリツコも同様のようだ。
 どことなく肩の力が抜けた表情で日向に指示を出す。
 「日向君。聞いたとおりよ!
 第6から第10までの兵装ビルは、使徒及び敵小型ゾイドへの攻撃を開始!
 目的地まで誘導できたら、シンジ君とアスカをメインで使徒へ攻撃!レイコのレイノスを中心にして、ほかのチルドレン達は敵ゾイドを迎撃させて!」
 ミサトの高らかな作戦指示の言葉が発令所に響きわたった。
 そして、ネルフの、人間の攻撃が始まった。





 未だ爆煙のけぶる地上へとシンジ達の乗るゾイドは射出された。
 緊張を苦い胃液と共に飲み込みながら、シンジは再びゴジュラスに搭乗していた。今回はゴジュラスにも武器が装備されている。
 右腕に4連速射砲、腹部に76mm熱粒子砲を装備している。
 それに何より、今度はシンジは戦う意志を持っていた。誰かに強制された物ではない、自分の意志を。
 シンジはゴジュラスの目で使徒を睨み付けた。
 その横には、アスカが搭乗したスティラコサウルス型ゾイド「レッドホーン」がハリネズミのように装備された三連ビーム砲や、連装レーザー砲、パルスライフルと言った一撃必殺の武器を使徒に向けている。
 そこから少し離れたところでは、トウジの乗った熊型ゾイド「ベアファイター」、ケンスケの乗ったヤドカリ型ゾイド「シーパンツァー」が敵ゾイドに電磁砲とビーム砲を向けている。不気味に光る銃口からは、何か怪しい動きがあったら、即粉々にしてやろうという気概が感じられた。
 また、使徒を挟んで反対側には、レイコの乗った翼手竜型ゾイド「レイノス」と、マナの乗ったクワガタムシ型ゾイド「ダブルソーダー」がひかえ、さらにムサシの乗った恐竜型ゾイド「イグアン」、ケイタのカタツムリ型ゾイド「マルダー」、マユミの翼手竜型ゾイド「プテラス」がその後ろに待機していた。
 万全の構えである。
 だが、ミサトは不安と怒りを隠しきれなかった。

 「な、なんてとんでもないカッコウなのよ!あの使徒は!?
 いやー!もう、信じらんなーい!!」

 「きゃーー!きゃーー!もしかして、あれってあんな感じなの!?きゃーー!」
 「何なんですか、アスカさん!?なんかとってもいや〜んな感じがするんですけど!?」
 「マユミ、かまととぶってもダメよ!あんたがあーんな本や、こーんな本を持ってること、私知ってるんだから!」
 「ど、どうしてマナさんがそのことを知っているんですか!?」

 乙女達の、気持ちはわかる雑談にミサトの血管は切れそうになった。
 「アスカ!、レイコ!、霧島さん!、山岸さん!
 馬鹿なこと言ってないでさっさと攻撃しなさい!」

 まるで打ち合わせでもしていたかのように、ミサトの言葉とともに使徒が形態を変えていく。子供達の間に緊張が走り、たちまちの内に緊迫した空気が周囲を満たした。
 胸の前で組んでいた腕のようなものを左右に開き、コアの部分を基点にして体を折り曲げていく。
 そして完全に直立(?)をすると、正面のシンジ達に接近しだした。
 シンジは喉がカラカラになって張り付くのを感じ、アスカはそんなシンジの様子を気遣うような視線を向けた後、改めて使徒に注意を向けた。
 「馬鹿話はここまでね。シンジ、私が先に行くわ。バックアップよろしくね!」
 「ちょ、ちょっとアスカ!僕より飛び道具が多い君が先に突撃してどうするんだよ!?」
 シンジの叫びを無視してアスカは一直線に使徒へとつっこんでいく。そうしないと、シンジが無茶をすることがわかっているかのように。
 やむを得ず、アスカの背後から攻撃を加えるシンジ。秒速2km以上のスピードで撃ち出された劣化ウラン弾が使徒の体目掛けてぶち当たる。耳をつんざくような音と、空気の焼ける音がゴジュラスを中心にして響きわたった。一個大隊を瞬時に皆殺しにできそうな攻撃だったが、使徒にはまるで効いているように見えない。
 それどころか、弾着の煙のため使徒の姿が隠れてしまった。
 シンジは失策を悟って青くなり、アスカを呼び止めようと通話モニターを開いた。
 そのころには、アスカのレッドホーンは時速100km以上の速度になっていた。そしてそのまま減速もせず、使徒に体当たりする。

ドガーーーーーン!!!!

 鈍い衝撃音とともに、使徒の体が仰向けに倒れた。使徒の目の前には腹部に角を突き刺し、それでも止まろうとしないレッドホーンが赤い目を光らせていた。そのまま両者とも煙の中に見えなくなった。
 「よーし!次は弾薬庫の異名をとるレッドホーンのフルアタックよ!
 思う存分食らいなさい!!
 フェイエル!!」
 姿は見えないが、通信機からアスカの元気のいい声が聞こえる。それとともに再び爆音と爆煙が広がっていく。
 レッドホーンのゼロ距離射撃。
 戦艦主砲の一斉射撃並の威力を誇る攻撃が使徒の体に突き刺さった。

 「す、凄い・・・」
 データとして知ってはいたが、実際にその攻撃を見るのが初めてのミサトが息を呑んだ。これなら、使徒といえど・・・!
 ミサトがそう考えたとき、突然アスカからの通信が途絶えた。同時に爆音がやみ、周囲に静けさが舞い戻る。
 シンジ達の心に沸々と鉛のような考えが沸き上がった。

 「アスカ!」
 煙がはれ、シンジ達が見たものは使徒の腕からはやした白熱する触手により、背中の武器はもちろん、全身の装甲を切り刻まれ、完全に沈黙しているレッドホーンだった。彼の口から、怒りとも悲しみともつかない声が溢れた。

 「アスカちゃん!!」
 同じ頃、発令所ではキョウコが真っ青な顔をして倒れた。それを介抱するユイとナオコ。
 気を利かせた冬月が呼んだ医療班が駆けつけ、あっという間に3人は医務室に消えた。
 あまりの早業に、ミサト達は少し呆然とし、逃げたのかという疑問すらわかなかった。

 止まった時間を動かそうと、ミサトが日向に尋ねる。
 「日向君、アスカの状態はどうなったの!?」
 「だめです!モニターできません!」
 「生命反応はあります!しかし、レッドホーンは活動限界です!!」
 気を利かせてマヤがミサトの聞きたいであろう情報を先に言う。
 「使徒、今度は第6ブロック方面へと向かっています!!ベアファイターの方向です!」
 「すぐ、相田君、霧島さん達に援護させて!シンジ君!あなたは使徒の動きを止めて!」
 「だめです!敵ゾイドによってレイノス一機しか援護できません!!
 使徒、ベアファイターと接触します!」


 その時シンジはミサトの命令を無視して、レッドホーンのところに向かっていた。アスカからの通信が途絶え、煙の中で切り刻まれたレッドホーンを見たときにはもう走り出していた。
 ミサトの使徒へ攻撃しろと言う声も聞こえず、周りの光景もなにも目に入っていなかった。

 (こんなことで死ぬなよ!どっちが馬鹿だよ!考えなしにつっこんで!
 今助けるから、だから死なないでくれよ!!アスカ!)

 いつの間にか泣いていることにも気がつかず、シンジはゴジュラスを走らせていた。
 体液を垂れ流し、完全に沈黙するレッドホーンを注意深く抱え起こすと素早く、そのエントリープラグを引き出した。幸いエントリープラグには傷一つない。
 シンジは躊躇せず自らのエントリープラグをイジェクトすると、アスカのエントリープラグに向かった。すぐ横では使徒とゾイドが瓦礫をまき散らし、死の炎を吐き出していることも忘れ、ただひたすらに走った。
 「アスカ!アスカ!無事だったら返事して!」
 そう言いながら、緊急用のハッチをこじ開けた。ハッチが解放されるとともに、あふれかえるLCLが彼の息を一瞬詰まらせる。それを完全に無視して、シンジはエントリープラグの中に飛び込んだ。
 アスカは目を閉じて、プラグ内のシートに横たわっていた。あまりにも静かで、シンジには一瞬死んでいるように見えた。息が詰まり、血の脈打つ音で何も聞こえなくなったシンジは、結果も考えずにアスカを抱きかかえると、習い覚えたばかりの救急処置で脈や呼吸を確かめようとする。必死だった。
 彼の必死の思いに神が気まぐれでも向けてくれたのか、ちょうどその時アスカは目を覚ました。
 パチリと目を開き、目の前で泣いているシンジを確認すると不思議そうな顔をするが、急に何かを思いだしたようにポッと顔を赤らめてシンジに抱きついた。シンジはあまりにも予想外の彼女の行動に目を白黒させ、同時に彼女の体の重みを両腕に感じてホッと息をついた。混乱はしていても彼女が無事なことがわかったから。そのまましゃくりあげながらしがみつくアスカに、恐る恐るといった感じで肩に手をかけた。

 「シンジぃ!わ、私、私・・・」
 負傷したときの混乱のせいか、彼女は夢を見ていると思いこんでいた。それゆえ、絶対他人には、特にシンジには見せまいとしていた自分の本質を垣間見せる。
 「アスカ・・・その重いよ・・・そろそろ・・・」
 弱気な一面を見せ、すがるようにしがみつくアスカに、いつまでもこのままでいたいなと心の奥で思いながらも、それどころではないことを思い出して、控えめにアスカの体を押しのけようとシンジは姿勢と体の位置を入れ替えた。イヤイヤするようにシンジの胸に顔を埋めるアスカ。それでもシンジの断腸の思いで行われた努力が報われたのか、彼女は徐々に自分を取り戻していった。
 「シンジぃ・・・ん?今朝の夢の続きじゃない?・・・ってことは・・・」
 「アスカ、気がついた?」
 改めてシンジの顔を至近距離で見て紅くなるアスカ。
 そして自分がどういう態勢でシンジに抱きかかえられているか確認した瞬間、彼女は叫んだ。

 「いやーーーーー!!エッチ!!馬鹿!変態!!!
 いったいなにしてるのよーーーーーーーー!!!!!!!!」




 数分後、ゴジュラスのエントリープラグに乗っている二人。なぜかシンジのほっぺたは真っ赤な紅葉がついている。
 シンジのシートの後ろで、顔を赤くしたアスカがシンジをにらみつけた。ただ、その雰囲気は怒っていると言うより、とまどっていると言った方がよいだろう。心配そうに後ろを振り向くシンジに、プイッと口で言いながら顔を背けるアスカ。なぜかシンジはドキンとした。
 ゴジュラスが再起動したとき、ミサトからの通信が入る。
 アスカがシンジと一緒のプラグに入っているのを見て、わかっていてもムッとした顔をするがとりあえず指示を与えるミサト。  「シンジ君。アスカの回収に成功したのね?だったら今すぐいったん退却して!
 ゴジュラスのようなゾイドに一度に2人の人間が乗ったら、どんな影響がでるかわからないわ!
 ここは、鈴原君達に任せるのよ!」
 「わかりました!」
 シンジは力強く頷くとゴジュラスを回収ゲートに向けた。実際妙な違和感を感じていて、それが不安だったからだ。それに何よりアスカが一緒に乗っていることが一番の原因だったが。
 「ちょっと、私のレッドの敵はとらないって言うの?
 別に二人一緒に乗ってるけど、ちゃんと動くじゃない!退却なんてしなくても大丈夫よ!
 それに、マナ達じゃ使徒には勝てないわよ!ここは攻撃よ!」
 退却という指示に、アスカは猛然と抗議した。このまま負けたままというのは彼女のプライドが許さないのだろう。  シンジはアスカの言葉を無視してゴジュラスを回収用リフトまで移動させようとする。彼にとっては勝った負けたより、彼女の身の安全の方が大事だからだ。
 その一方で、アスカの言葉の正しさも認めていた。残った仲間達では使徒には勝てないことを。
 彼らから少し離れたところでは、トウジ達が使徒と、そして敵ゾイドと激しい戦いを繰り広げている。その旗色ははっきり言って悪い。殲滅されるのも時間の問題だ。シンジは知らず知らずのうちに血が出るほど唇を噛みしめていた。

 (ごめん、みんなもう少し頑張って!)

 「シンジ、退却するの!?
 確かに、このままじゃどんな影響があるかわからないけど、今退却なんかしたら確実にあいつらやられちゃうわ!」
 「でも、アスカ。このまま攻撃に行ったら君まで危険にさらすことになるんだよ!
 そんなことできないよ!」
 「そうよ!アスカ!今退却しなかったら命令無視で、あなた達営倉入りよ!」
 ミサトがシンジの後押しをする。彼女の立場上、意味無く彼らを危険にさらすわけにはいかないので当然の判断だ。だが、アスカは頭でわかっていても反発した。そうしないといけないとでも言うように。いや、彼女はそうしないといけないのだ。
 「私は別にかまわないわ!
 それに、シンジ!あんた私に気を使ってるつもりなのかもしれないけど、それこそよけいなお世話よ!
 私のこと少しでも気にかけてるんなら、戦ってよ!
 負けたままなんて・・・」
 そういってアスカはうつむき、泣きそうな声を出した。
 「アスカ・・・」
 「イヤなのよ、もう逃げるのは。逃げて大切な人達を見殺しにするのはイヤなのよぉ・・・」
 あのアスカが泣いている。全てを、自分の最も弱いところをさらけ出して。
 青葉達オペレーター達は、普段の彼女との違いに目を丸くしていただけだが、ミサトやリツコのように、アスカの過去にあったことを知っている者達は何も言えなくなった。アスカがムキになって抗戦を主張する理由、逃げたくないと言う理由、負けることを嫌悪する理由。それは14歳という子供が背負うには重すぎる過去だったからだ。
 「アスカ・・・泣かないでよ」
 シンジは動きを止めた。そして、そっとアスカを見つめる。
 ふと、顔を上げたアスカとシンジの目があった。
 夢でも見ているかのように、シンジの腕がアスカの顎に伸び、そっと彼女を上向かせた。いつの間にか左腕がアスカの腰に伸び、そっと引き寄せ始める。アスカは泣くことも忘れ、ただただシンジの行動に身を任せていた。
 いつもと違って妙に積極的なシンジだが、裏でゴジュラスが手を貸しているなどと思いもしなかっただろう。
 結構お節介のヴェルギリウス。
 二人の胸はお互いに聞こえるほどドキドキと音を立て、顔は絵の具を塗ったかのように真っ赤になっていた。
 そして、二人の距離がだんだんと短くなる。
 アスカは目を閉じた。次いでシンジも目を閉じる。
 ごくりと誰かが唾を飲む音が発令所に聞こえた。使徒は?

 20cm・・・10cm・・・5cm・・・3,2,1
 そして0になる寸前、悲鳴が響きわたった。

 「きゃーーーーーー!!!」

 その悲鳴で、一気に正気に返る発令所の面々とシンジ達。
 戦場では、使徒の振り回す触手によって、レイノスが袈裟懸けに叩き切られているところだった。
 くるくる回りながら、レイノスは地面に激突した。鋼鉄より頑丈なはずの翼が衝撃でひしゃげ、生体組織がはぜ割れた。
 たちまち、紫色の血液があたりの地面を染める。

 「・・・レイノス胴体部に攻撃を受けました! 活動停止!全回路切断!!」
 青葉があわてて報告をする。
 それに追従するかのように、マヤが叫んだ。
 「そ、そんな!・・・レイノス、コアを破壊!だめです!
 レイノス完全に死亡しました!!
 ゼロチルドレンのモニターできません!!」
 「ゼロチルドレン!生死不明!!」
 「そんな、レイコちゃん!!!」
 いつの間にか司令席に戻っていたユイが、日向の報告に悲鳴をあげた。


 シンジとアスカは、その光景を出来の悪い映画でも見るかのように見ていた。
 ゆっくりと地面に落ちる青い飛龍。そのそばで勝ち誇るように触手を振り回すグロテスクな使徒。
 そして、すぐ近くで同じように切り刻まれている赤き五角獣。

 「グゥオオオオオオオオオオオオ!!!!」


 ゴジュラスの叫びが響きわたった。
 深い悲しみと、自らに対する怒り、そして使徒への凄まじい憎悪をこめた雄叫びが。発令所にいた面々は体が硬直し、息ができなくなるのを感じた。かろうじて座っていたオペレーター達は堪え切れたが、リツコは貧血を起こしたかのように倒れかけ、ミサトは凄まじい嘔吐感を感じながらも必死にスクリーンに映るゴジュラスに視線を重ねていた。一瞬たりとも見逃すまいとするかのように。
 いくつもの瞳が見守る中、ゴジュラスの背鰭が放電し、装甲の一部がはじけ飛んだ。目の光が赤から緑に変化し、抑えきれない怒りに体を震わせ始める。
 そして、ゴジュラスは使徒に突撃を開始した。
 発令所の人間は先ほどのショックから回復し切れておらず、ゴジュラスの豹変には完全に対応できなかった。
 雄叫びをあげて自分につっこんでくるゴジュラスに使徒が向き直る。
 すでにトウジ達の攻撃は、完全に無視していた。
 使徒にもわかっているのだろう。自分を傷つけることができるのは、この鋼の巨竜だけだということに。
 ゴジュラスは走りながら口をカスタネットのように打ち鳴らし、使徒は灼熱の触手を試すように兵装ビルを輪切りにする。
 お互いにATフィールドを中和しているため、お互いの一撃は即致命傷になりかねない。
 「シンジ君!だめよ!ここはいったん引いて!これは命令よ!!」
 ようやく落ち着いたミサトが、あわてて叫んだ。
 だが、シンジはその命令を無視し使徒に接近する。イヤ、無視しているのではなく聞こえていないのだろう。

 「いったいどうしたのよ!また暴走でも起こしたの!?」
 胃液を無理矢理飲み込んで、文字通り苦い顔のミサトの疑問にリツコが恐怖と驚きが入り混じった顔で答えた。彼女も理論だけの物と思い、一笑した事が現実に目の前で起こっているからだ。
 「いいえ、違うわ!
 アスカとシンジ君の意志が重なっている・・・。レイノスが破壊されたのを見て、二人とも怒り狂ってるのよ!
 まさか、二人でゾイドに搭乗することで、こんなことができるなんて・・・理論だけだと思ってた。でもまさか・・・。
 ・・・・・・もう、彼女たちを止めることはできないわ。使徒が倒されない限り」
 適温の発令所にいるはずのリツコのこめかみから、汗が流れた。



 先に攻撃したのは、リーチが長い使徒の方だった。ゴジュラスが触手の範囲内に入ったと見た瞬間、一気にゴジュラスに斬りかかる。レーザーの切れ味を持つ触手が、ゴジュラスの装甲を焼き切っていく。
 だが、ゴジュラスはその攻撃をかわそうともせず、どんどん間合いを詰めていく。ただ一撃、使徒に加えるために。そのためだったら、たとえ目を失おうが腕を失おうが構わないとばかりに。
 さすがにあまり接近されてはまずいとでも思ったのか、使徒は浮き上がって距離をとろうとした。その状態で移動しながら攻撃を加え続けていく。
 さらに、小型ゾイドがそれを援護するかのようにゴジュラスにミサイル攻撃をかけた。
 ミサイルやバルカン砲がゴジュラスに命中していき、剥き出しになった生体組織から体液が飛び散った。
 次々にゴジュラスの周りで爆炎が上がっていく。さらに攻撃を加えようとする小型ゾイド達。
 だが、次のミサイルを発射しようとしたゾイドが爆炎をあげた。
 今まで隠れていたマルダーが対空砲を撃ったのだ。それに追随するかのように、ネルフ側のゾイドが敵ゾイドに攻撃をかけていく。
 シーパンツァーが長距離からシュトルヒを狙い撃ちにして、空に大輪の炎の花を咲かせ、ダブルソーダーが低空飛行をしながら対空砲を撃ちまくり、プテラスは素早い動きとシュトルヒにはできない垂直移動で後ろを取ると、バルカン砲の餌食にしていく。
 次々に撃墜されていく敵ゾイド。
 それを後目に、使徒はその場を離れようとするが突然動きが止まった。
 後ろ足で立ち上がったベアファイターと、イグアンがしっかりと使徒を押さえ込んだのだ。
 さすがの使徒も、この二体を簡単にはねのけることはできず、じたばたともがく。だが、ベアファイターもイグアンも決して離そうとしなかった。自分たちより倍も大きい使徒を相手に一歩も退かない彼らの力の前に、逆に使徒の方が押し返された。
 どうしてもふりほどけない。使徒はそう判断すると、触手を二体に向けた!
 
ビュルッ!!
 
 そんな音を立てながら触手が、二体に迫る。
 だが、触手が二人を傷つけることはなかった。
 煙の中から姿を現したゴジュラスが、その触手を両手につかんでいたのだ。
 全身傷だらけで目を青く輝かせたその姿は、非常に恐ろしいまさに悪魔としか言いような無いものだった。ではあったが、ミサト達にはその姿が守護天使に見えた。守護するもの、人のために我が身を傷つけることも辞さない守護天使に。

 「後は、任せたでセンセ。わしらもう限界や」
 「右に同じ。小型ゾイドは俺達に任せときな!」
 モニターに映る傷だらけのゴジュラスの姿に泡立つものを感じながらも、2人はそう言って使徒から離れた。自分たちの仕事はそれで終わったとでも言うかのように。そのまま敵ゾイドへの攻撃に参加する。
 一方、使徒は2体が離れてもその場を動くことができず、体を宙に浮かせて身もだえしていた。
 触手を腕が溶けることも構わず捕まえられ、無様に泣きわめく篭の鳥。
 ゴジュラスは使徒を無慈悲に睥睨していたが、突然雄叫びをあげると触手を持ったまま振り回し始めた。

 「あんた今までよくもやってくれたわねーーーーー!!!!」
 「うわああああああああああああああ!!!!!!!!!」

 何度も何度も地面にたたきつけられ、苦痛の声を上げる使徒。
 ゴジュラスの腕は、使徒の触手のせいで深刻なダメージを受けていたがそれを全く気にせずに振り回し続ける。
 ついには、使徒の触手はちぎれ、その体は遠くに吹っ飛んでいった。
 そして、地面と激しい抱擁をする。
 顔のような所から、止めどなく紫色の体液を流しながらも何とか起きあがろうとするが、その前に使徒の所まで走り込んできたゴジュラスに押さえ込まれた。ゴジュラスのカギ爪が無慈悲に振り下ろされた。
 凄まじい圧力でのしかかる足から逃れようと必死に抵抗する使徒だったが、ほんの僅かな距離も移動することができなかった。ゴジュラスは半ば踏みつぶされた使徒を引き起こしたかと思うと、その頭にかぶりついた。噛みつぶされ、果物が潰れるときのように大量の体液をまき散らされた。
 モニターしていた、ミサト達は再び嘔吐感を感じ慌てて目を背けた。
 ゴジュラスは頭らしき部分を食いちぎると、残った体を地面に思いっきり叩きつけた。
 地響きと共に地面に使徒の体がめり込み、潰れた体から新たな体液が飛び散る。兵装ビルに紫色のカーテンが掛かった。
 ゴジュラスはピクリとも動かない使徒に視線を向けていたが、やがてコアに爪を立てた!

 「キシャアアアア!!!」

 まだ生きていたのか、先の第三使徒と同様に激しく体をふるわせ、悲痛な泣き声をあげる使徒。
 身もだえをしながらも、コアをえぐり出そうとするゴジュラスに必死で抵抗する。
 だが、触手をちぎられた使徒は悲しいほど無力だった。
 血しぶきが飛び、屠殺場のような匂いが立ちこめる中、他のゾイド達は戦うことも忘れじっと狂乱の宴を見ていた。
 発令所では、青い顔をしたリツコが必死に停止信号を送るが、いっこうにゴジュラスは動きを止めなかった。
 使徒はコアがえぐられるごとにその抵抗を弱くしていき、ついにはまったく動かなくなった。そしてゴジュラスはコアをえぐり出され、完全に動かなくなった使徒に、最大の武器である熱粒子ビームの砲門を向けた。

 閃光と爆音とともに砕け散る使徒。
 使徒の肉片が降り注ぐ中、コアを両腕に握りしめたまま雄叫びをあげるゴジュラスに、すべての人間は息をのんだ。
 『悪魔』
 誰かがそう呟いた。誰もそれを否定できなかった。





 「・・・使徒、完全に殲滅。敵小型ゾイドは80%を撃墜。残りは退却していきました」
 青葉の声により、発令所の人間達はあわただしく動き始めた。

 「レイノスを回収した救護班からの報告です。
 ゼロチルドレンは意識を失ってるものの、外傷はなく無事生きているとのことです」
 マヤの報告に発令所の空気が軽くなる。
 活動をようやく停止したゴジュラスに視線を向けて、ほっとため息をつきつつリツコがミサトに質問した。
 「使徒は倒せたけど、どうするの。ミサト?
 あの二人がやったのは明らかな命令無視よ。このことに関しては司令達じゃなくてあなたが判断して処断を下さないといけないわよ」
 「わかってるわ。
 ・・・シンジ君は撤退命令無視から、独房に三日間拘束。非常事態宣言があったとき以外はそこにいてもらうわ。
 同じくアスカは作戦行動を無視して使徒との単独戦闘を行ったことにより、三日間拘束」
 「そうね。妥当な措置だわ」
 そういうとリツコはあきれた顔をして司令席を見上げた。
 そこでは、ユイとキョウコが『若い二人の力で勝利したのね!』と馬鹿なことを話していた。
 ミサトが苦虫をかみつぶしたような顔をしている横で、リツコは考える。
 (これで、四体目の使徒か・・・。母さんもユイさんもなにも言わないけど、使徒っていったい何なの?
 ただの、生物兵器なんかじゃないんでしょう?
 そして、なぜここ、ジオフロントに攻撃をかけるの?途中にあった施設にはいっさい手出しをしないのに・・・)
 だが、リツコの心の質問に答えが返ってくるわけもなく、ただ謎が深まっていくばかりだった。




第参話完

Vol 1.01 1998/11/18

Vol 1.02 1999/03/20


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