チチチチチチッ、チュン、チュン

 明るい太陽の光が、優しく、愛撫するように戦いに傷つき、疲れた町を照らしていた。そのとろけるような優しさの中を、早起きの小鳥達がじゃれ合いながら、飛んでいる。そのうちの数羽が、羽を休めるため、とあるマンションのベランダに舞い降りた。さながら平和を告げる天使のように。
 その小鳥を捕まえようとしているのか、小さな子猫と言うほど小さくないが、普通より小柄な三毛猫が窓ガラスをかりかりひっかいて外に出ようとしていた。早くしないと、獲物が行ってしまうと言っているかのように、甘えた声をあげる。

「にゃあ!」

 その声を聞きつけたのか、他に2匹の猫がやって来て一緒になってガラス窓をひっかき始めた。初めの猫にそっくりだから、間違いなく兄弟か何かなのだろう。そのうち、あんまり騒ぎすぎたからか、突然小鳥達は空に舞い上がって姿を消した。空に溶けていくように消える小鳥の姿を見上げながら、猫たちは朝の日差しに目を細めた。そして、窓を開けてくれなかった飼い主に向かって恨めしそうな泣き声をあげた。

「「「にゃにゃあ!」」」

 絵に描いたような平和な光景。
 猫たちのじゃれる姿に目を細めながら、その人物はモーニングコーヒーを口に含んだ。
 その正体はと言うには大げさだが、彼女の名前は赤木 リツコ。
 第三新東京市を管理するスーパーコンピューターシステム『MAGI』の生みの親、世界一の論理学者と言われた赤木 ナオコ博士の一人娘である。もちろん彼女自身、母親に負けず劣らずの天才科学者だ。彼女の容姿を説明すると、熟れた美女。と言うことができるだろう。僅かに愁いを帯びた黒い瞳と艶っぽさを増す泣き黒子、そして肩の上で切りそろえられた髪の毛は金髪に染められ、ワザと染め残された眉と不思議な対称を見せている。

「まったく、たまに帰ってきたのに、飼い主のことをほっといてスズメに興味を持つなんて・・・。
 ほら、おいで。ちっちっち・・・」

 苦笑しながら、リツコは手を伸ばしてちっちっちっと呼びかけをした。
 だが、猫たちはつんと顔を背けると、別室に駆け込んでいった。

「・・・って、無視しなくても良いでしょう?
 今日を逃すと、またしばらくあなた達に家で会えなくなるのよ?」

 そう言いながら、リツコはテーブルに戻るとコーヒーの最後の一口を飲み干した。
 その端正な顔が少しだけ不満そうに揺れる。飼い猫たちが自分より、隣家の少年に懐いていることを知ってはいたのだが、ここまであからさまに無視されると、さすがにムッとしたようだ。

「まったく、寂しいモノね・・・。飼い猫にまで忘れられたのかしら?」

 寂しそうに天上を見上げ、自分の状況を鑑みるリツコ。
 女盛りのナイスバディを持て余し、年がら年中地下深くのネルフ本部で実験、実験、また実験。たまに帰っても寝るために家に帰るだけ。ごくたまの休日も自分と同じ様な状況の、ウワバミの友人と一緒にバーで酒を飲んで憂さを晴らすために費やす。自然、ストレスを解消するためのコーヒーとタバコの量が増えていく。太らない(あるいはガリガリに痩せない)のが不思議なくらいだ。彼女自身は10人中、10人が美女と言うに相応しい容貌なのだが、このためか近寄る男は全くと言っていいほどいない。

(タバコやめたらミサトみたいに男ができるかしら・・・)

 ふとそんなことを思いながら、リツコは朝だというのに黄昏た。もちろん、男が寄って来ないのは彼女がヘビースモーカーだからではなく、毎日毎日、仕事以外で怪しい実験を繰り返しているからと、ネルフ本部でまことしやかに囁かれるある噂のためなのだが、彼女はその事実に気がついていない。

「まっ、冗談はこれくらいにして、そろそろ行かないといけないわね」

 考えを切り替えたのか、リツコは出かける準備を始めた。別に誰かに見せるわけじゃないけれどと、自分で自分に言い訳しながら下着を替え、青いスーツを着る。彼女のお気に入りの服なのだが、ちょっときつめの服に胸をつぶされてため息のような息を吐く。その顔に浮かぶのはまぎれもなく、疲れを多量に含んだ憂い。まるで捨てられた子猫のように寂しそうな目をするリツコ。

「ふぅ、もう年なのかしら?
 一人は・・・・・・寂しいものね。・・・・・・・・・・加持くん・・・
 ・・・・・・・・・・いいえ!まだまだ私は若いわ!シンジ君だって、余裕で守備範囲よ!!
 と言うわけで、今日も元気に出勤!出勤!今週中にゾイドの改造と猫型ロボット製作を終わらせないとね!!」

 赤木リツコ博士はそれだけ叫ぶと、元気良く勤め先のネルフ本部に向かった。最近とある真実を教えられ、仕事が増えたという理由もあるが、母親が『新しい恋を見つけてきます』と置き手紙を残して旅に出たことが原因の一端(と言うかほとんど)だから、やけっぱちと言えるかもしれない。

「そうよ!男が、猫が、母さんが、一人が何よ!私には、私には仕事が待ってるのよ〜〜〜!!!」




赤木リツコ博士に、幸せの幸あれ♪








「よし、できた」

 リツコが叫び声をあげてネルフ本部に出勤したちょうどそのころ、隣の部屋の住人、エプロンが第三新東京市1似合う少年こと、碇 シンジはできあがったみそ汁を火から下ろしてテーブル上の鍋敷きに置いたところだった。ふんわりといい匂いが台所に漂う。出汁は加持が九州の方へ仕事で行った時お土産にもらったアゴ(飛び魚)の干物。少しばかり香りがきついが、イリコや鰹節では出せない濃厚な味を楽しめる。薄味の好きなユイとキョウコは昆布の方が好きなようだが、シンジとしてはこっちの方が気に入っていた。その香りに目を細めるシンジ。
 最近恒例になったリツコの絶叫に眉をひそめながらも、慣れた手つきでお椀にみそ汁をついでいく。もちろんきざんだネギも入れる。そして炊き立てのご飯を茶碗に盛る。後は、卵とベーコンを少し暖め直し、パリパリの海苔、そして新鮮なサラダを用意すれば出来上がりである。ちょうど人数分、7人分の食事を用意し終わったとき、のそのそと人としても、女としてもダメダメな人物が台所にやってきた。

「おふわよふぅ、シンジ君・・・・・・・。ふぅわ〜〜〜〜〜〜〜〜」

 暗紫色の長いぼさぼさの髪と脂が少し浮いた顔もそのままに、大欠伸をするのはシンジの同居人の一人の葛城 ミサトだった。
 大飯食らいのウワバミ女、奇跡を呼ぶ女とかサーティペアなとど色々影でチルドレンに言われている女性である。むろん、当人はその事実を知らない。付け加えておくならば先の例文を見てもわかるとおり、人としては救いようがないくらいダメダメである。だが、使徒との戦いにおいては行き当たりばったりのような作戦を提案し、見事にそれを成功させた強運の持ち主である。指揮官としての能力はともかく、決めるところはキチッと決めるし、美人だから相殺されてシンジは彼女のことが結構好きだったりする。まあ、恋愛感情と言うほどではなく、憧れ、もしくは年上の姉のように彼は思っているけれども。
 一応、三ヶ月後にはようやく蜘蛛の糸にからめ取った恋人とゴールインする予定なのだが、シンジは少なからずその相手である加持リョウジに嫉妬と同情をしていた。

(ミサトさん、結婚したらもうここに帰ってこなくなるのかな・・・?寂しい・・・・んだろうな。少し胸が痛いや。
 加持さん・・・色々教えてくれて、それは感謝してるけど・・・・・・悔しいのかな。
 確かに、綺麗だよ。胸もこう大きいし、お尻だって・・・。加持さんの気持ちは分かります。でも、この人・・・って!?)

 ミサトを見て、少しばかり考え事をしていたシンジの目が急激に見開かれた。
 ミサトが手も洗わずに、皿に盛られていたソーセージをつまんで口に放り込んだからだ。少々大げさだが骨の髄からおさんどんなシンジには許し難い行為だった。

「ああ〜っ!またあ!いい加減にして下さいよ!」
「良いじゃない、別に。どうせ食べるんだから遅いか早いかの違いだけよ」
「だったら、なんでいつも自分が使ってる皿からじゃなくて、よりにもよってアスカの皿から盗るんですか?」
「だってさ、一番大きく見えたし♪」

ちなみに市販品のソーセージだから大きさにそう極端な差など無かったりする。

「(やっぱりミサトさん駄目駄目だよ!)もういいですよ。でもそんなことじゃ、加持さんにドタキャンされますよ」
「おっ、シンジ君も言うようになったじゃない。お姉さん嬉しいわ〜。初めてあったときは、なんかくっらい子ねって思って、心配してたのよ」

 芸術品の絵を破かれたような気がして、シンジはジト目でミサトを睨むがさすがにミサトの面の皮は魔王もかくやと言うほど厚かった。素知らぬ顔で、よっこいしょと言いながら席につくと、どこからともなくビールの缶を取り出して一息に飲み干した。ますますシンジの心の中でミサトの心証は確実に悪くなっていく。最近使徒が来ないためでもあるが、シンジの認識はすでに頼りになるお姉さんではなく、八岐大蛇以上に酒をかっくらうウシ乳ウワバミ三十女だった。

(毎朝、これだよ。絶対わざとやってるよな。アスカもミサトさんから取り戻さないで、いつも僕の皿からかっさらうし・・・。
 グルなんじゃないだろうな?)

 憮然とした顔をしながらも、つき合ってられないとシンジは他の同居人を起こしにかかった。憂鬱になって少しため息が漏れるが、本人は気がつきもしない。
 まずは一番奥にある、扉をノックする。


「どうしたの?シンジ」

 数瞬後、扉を開けて顔を出したのは、茶色がかったシャギーの黒髪、そして優しい目をもつ、笑えばさわやかな顔をした年齢不詳の美女だった。目の前にあるシンジの困惑というか、呆れた顔にてへっと舌を出して笑う彼女の名は、碇 ユイ。もっとも今は起き抜けのためか、ミサト同様あまり見られた顔じゃあなかったが。
 シンジはすぐ目の前でにっこり笑う、誰かにそっくりなユイの顔に我知らず顔を赤く染めるが、目をそらしながら(ユイの格好はかなりきわどかった)も、自分の仕事を働きアリのような真面目さで実行する。

「どうしたのって、もう7時だよ。僕たち、今日から新学期で学校に行かないといけないんだ。
だからあまりのんびりできないんだよ」
「あら、そう言えばそうね。もう、4月なの・・・。どう、シンジ?」
「どうって?」
「(あの人に似て鈍いわね、この子)だから、今日からあなたは中学三年生になったのよ。
どんな気分なの?」
「・・・・・・・・いつもと変わらないよ」

 ユイは自分が中学三年生になったときのことを思いだし、結構ワクワクしながら聞いたのだが、シンジの返答はつっけんどんとして、あまり気分が良くなるモノではなかった。さすがのユイもちょっとだけムッとするが、シンジと違ってそれを顔に出すことはない。

「いつもと変わらないの?・・・・・そう。良かったわね」
「ご、ごめん」

 顔には出なかったが、口調には彼女の心が写し出されていたようだ。シンジは即座にラミエルの荷粒子砲をかわし損ねたときのような顔になってあやまり、台所から首を伸ばすようにして見ていたミサトは、こそこそと自分の部屋に逃げ込んだ。もちろんビールと自分の分の食事は確保しながらである。ここら辺の危険察知能力はさすがに作戦部長だけのことはあった。
 薄く開けられたふすまから見られていることにも気づかず、ユイはシンジの謝罪に、驚きと同時に寂しさを感じていた。

(またシンジおびえた顔して謝って・・・。確かに少し腹が立ったけど、そんな顔を青くしないでも良いのに・・・。やっぱり、私まだ母親として認められていないのかしら・・・。ごめんね、シンジ。ダメな母親で・・・)

「ほ、ほら。早くアスカちゃん起こして、学校に行く準備しなさい。今日から新学期なんでしょう?」

 とにかく、いきなり凍り付いた空気をどうにかしなければいけない。
 ユイは、おびえた子犬のように固まったシンジに、笑いかけて促した。それが母親のつとめだから。
 シンジも頷き、のろのろとアスカの部屋に向かおうとするが、直前に止まって振り返った。

「うん。わかったよ・・・。あの、キョウコさんは?」
「キョウコは私が起こしておくから。
 ・・・・・・・・・・それと、シンジ」
「なに?」
「その人の顔色をうかがうのと、すぐ謝る癖何とかしなさい。せっかくのいい男が台無しよ」

 そしてユイは微笑んだ。柔らかな今の時代には存在しない、春の日差しのような微笑み。それは心の底から彼を案じている者だけが持つ微笑み。シンジは少しだけ驚いたような顔をして、ふっと息を吐く。彼の体から力が抜けていった。

「・・・・・・・性格だから、すぐには無理だよ。でもわかった。何とかするよ」

 シンジにもユイの想いはわかっている。だが、だからこそわだかまりがあるのかもしれない。ユイと再会してからすでに、半年あまり。シンジはまだユイへのわだかまりと、心の傷を完全には癒せてはいなかった。表面上は完全になくなったように見えても、時折、ふと現れるシンジのユイや、他人に対する怯え。
 そんなシンジを見てユイは時折思う。息子一人救えなくて、全ての人を救うことなどできるのか?と。
 それは自分の、人間の限界を知らないうぬぼれ、思い上がりなのではないかと。
 だが、今となってはユイは立ち止まるわけにはいかない。
 人類を、子供達に未来を残す。それこそがユイの望みだから。そして彼女の為に死んでしまった人たちの願いだから。






「ユイ・・・」

 しばらくぼうっとしながらシンジと、怒鳴りながら部屋から現れてシンジに因縁を付ける、髪の毛がほとんど金髪に変わった美少女を見ていたユイだったが、その背中にかけられる優しげで、どこか真の通った声に振り返った。
 彼女の背後に音もなくたっていたのは、彼女の親友にして、ネルフでは最も信頼している部下、いや親友だった。彼女の名前は惣流 キョウコ ツェッペリン。炎のように真っ赤な髪の毛と、その髪の毛にはあまりあっていないが、まっすぐな鳶色の瞳を持つ美女。なぜか起きたばかりで、しかも台所の仕事なんてしてもいなかったのにカルガモが描かれたGUWAGUWAエプロンを付けているのが謎だ。

「キョウコ・・・・・起きてたの(ま、またそんな格好して・・・。確かにあなたはこのマンションの管理人だけど・・・)」
「ただならぬ雰囲気だったから。まだ迷ってるの?(ユイ・・・。今日も突っ込んでくれないのね)」
「・・・・・・・・・・・そうかもしれない」
「今更やめるわけにはいかないわ。そして、ゼーレの老人達もね。
 今ここで私達が全てをなげうったら、子供達とホンの一時の平和を求めて逃げ出したら、彼らは全人類を滅ぼしてしまうでしょうね。補完という名目で・・・」
「それくらい、わかってる」

 毅然とした顔でキョウコの顔を見つめるユイ。キョウコも満足そうにユイの顔を見つめ返した。もうユイには迷いはない。
 そのまま目を逸らそうとせず、ジッと見つめ合う二人。
 1分・・・・・・・2分・・・・・・・3分・・・・・・・・

「ユイ・・・」
「キョウコ・・・」

 いつの間にか二人は見つめ合いながら、堅く手を握りあっていた。かすかに上気した顔をしながら潤んだ目で・・・。

「ああ、ユイ・・・」
「キョウコぉ・・・」


 怪しい雰囲気を漂わせながら、二人は息を荒くして抱き合った。ふわりとキョウコのエプロンがはずれ床に山をつくる。甘い吐息が、室内に響く。決してアレなわけではなく、友情を確認するためだ。そうでないといけないんだ。指定は嫌なんだ。そしてぬめったお互いの唇を重ねようとでもしているかのように顔を近づけ・・・・。

バキッ!×2

「「あうっ」」

 直後何者かに後頭部を強打されて沈黙。






「目標殲滅」
「ったく、我が母親ながら・・・」

 倒れて頭の回りに星とヒヨコを飛び回らせている二人の側に、いつの間にか制服に着替えた二人の美少女がたっていた。
 一人は無表情で、闇に光る松明のような紅い瞳を持つ美少女。偶然か必然か、彼女が殴り倒したユイととてもよく似ている。それこそ、髪の毛(彼女の髪は不思議な青みがかった銀色をしている)と瞳の色、そして年齢による成長をのぞけば何もかも同じだった。
 彼女の名前は綾波 レイ。
 最初の適格者。謎多きファーストチルドレン。
 そしてもう一人は先ほどシンジに因縁を付けていた少女。蜂蜜のようなブロンドと湖のような蒼眼、中学生とは思えないほどに発育した体の(色んな意味で)スーパー美少女。
 彼女の名前は惣流 アスカ ラングレー。
 二人目の適格者、血の気の多すぎるセカンドチルドレン。
 言い忘れていたが先ほどの気弱な少年、碇シンジもまた適格者である。




「どうしてママとおばさまは何かあるとすぐこうなるのよ!?」

 眼(まなこ)をぐるぐる回して気絶しているユイとキョウコを踏みつけんばかりにしてアスカが吼えた。本当は踏んづけてやりたいのだが、後ろで見ているシンジの視線が気になるし、仮にも彼女の母親と将来母親になるかもしれない(まだ未定)女性だから踏むわけにはいかない。だから彼女は発情期の怪獣のように吼えたてた。
 そのすぐ横でジッと不思議そうにアスカ、そしてユイに視線を向けるレイ。彼女にはアスカが猛る理由がわからなかったから。

「また怒ってる。何がそんなに腹立たしいの?」
「あんたバカァ!?なんでって・・・その・・・えっと、とにかく!
 あんただっておばさまを殴ってるじゃない。なんでよ!?」
「それは・・・・・・わからない。ただ、無性に胸が、いえ、お腹がムカムカして・・・。
 不思議な感じ。自分を自分で押さえられないような、そんな感じがして・・・。気がついたら碇司令を殴ってた」
「あんたもしっかり怒ってるじゃない」

 アスカに質問するも逆に質問を返されて目をパチパチさせて考えるレイ。自分で自分の起こした行動の理由が付けられず、レイは困惑した。だが突発的な感情から行動を起こしたのだ。答えが出るわけがない。単に答えを書くとレイもアスカ同様、将来母親になるかもしれない人がアレだというのは記憶から抹消したいくらいに嫌なのだが。
 ただアスカのように語彙が豊富でないことと、感情を表すことが苦手なのでとまどって困惑していたのだった。

「怒る?そう・・・・・これが怒る、腹が立っておへそで茶を沸かすって事なの。
 ・・・・初めてなのに、初めてじゃない気がする」
「変わった例えをする子ね。初めてって・・・あんた以前シンジを青筋たててリンチしなかった?」
「そう言えば・・・。どうして?思い出したら、またお腹がムカムカしてきた・・・」
「奇遇ね。レイもそうなの?私もなのよ・・・」
「こんな時どうすればいいの?」
「うっふっふっふっふ・・・・笑うしかないと思うわよ(ニタリ)」
「こう?(ニタリ)」

 二人揃ってどこかの誰かのようなニヤリ笑いではなく、例えるなら獲物を捕まえた魔女のようなニタリ笑いをする美少女。二人の間に言葉では形容できない友情という名の橋が架かる。そして友情を再確認した彼女たちの視線の先に写るのは、こそこそ、もう一人の美少女と一緒に逃げ出そうとしているシンジ。
 美少女達の顔が豪快に引きつる。

「・・・待ちなさいよ」
「そう。待って、碇君。どうして逃げるの?」
「ひっ!?逃げていないよ!
 ふ、二人とも、どうしてそんな目で見るんだよぉ!?」

 両手に花なのに、絶望的な声を出してシンジはどこかに引きずられていった。
 そしてレイの双子の妹、綾波 レイコは(朝食はご飯のはずなのに)トーストを口にくわえるとさっさとシンジを見捨てて学校に向かった。

「えっと・・・・・うわぁお・・・・・ち、遅刻遅刻!新学期早々遅刻だなんて、超ヤバイって感じよね〜!」

 ちなみにまだ8時前。









同時刻、芦ノ湖のとあるボートハウスから200m地点



「ふわぁぁぁ・・・・・」

 太陽の日差しがだんだん強くなっていく中、一人の少女が大欠伸をした。右手で口を隠しても意味がないくらいに、大きな欠伸だった。口が彼女の顔半分以上になるくらいの大欠伸。その姿ははしたないと言うより、可愛い。
 直後、彼女は滲んだ涙を手でごしごしこすってまだ眠そうな顔をする。

「むぅ・・・。誰か噂してる?って、それはくしゃみだったわね」

 彼女の学友得意の一人ボケと突っ込み。
 冗談ではなくちょっと寒い風が吹いたが、彼女は気にしない。なぜって彼女は鋼鉄だから。とは言え彼女もやはり思春期の女の子、少しばかり頬をピンク色にしながら、人の良さの象徴のようなたれ目を細める。気にしないとは言ったけれども、やっぱり自分でも寒かったらしい。きょときょと周囲を見回して先の決定的瞬間を道行く人に見られていないことを確認すると、少女はにっこりと太陽の笑顔を浮かべた。

「えへへ、このおニューの制服、朝の6時から準備して着てきたけど、なんて言ってくれるかしら?」

 ニコニコ笑う彼女の名前は霧島 マナ。通称、鋼鉄のガールフレンドである。なぜ鋼鉄なのかは謎だ。深く考えてもいけないぞ。
 ただ言えることは、短く刈った茶色の髪の毛と愛嬌のある目が制服によく似合う元気少女だと言うこと。
 アスカ、レイ達と並び一中の誇る美少女の一人なのだから、それくらい当然かもしれないが。

「うふ♪きっと、綺麗だって、似合うよって言ってくれるんだ♪
 だって、シンジとっても優しいし、正直だから♪」

 とっても幸せな微笑みを浮かべる。その笑顔に命令でもされたかのように、空気にほんわかとした雰囲気が漂う。彼女のすでに意識は教室でシンジと会話しているところにまでトリップしていた。まさか、等のシンジは今現在は阿鼻叫喚の地獄にいるなどとは、想像もしていない。て言うか、想像できたら痛い子である。

「今のところは、アスカさんと綾波さんが一歩リードしているみたいだけど、最後に笑うのはこの私♪
 絶対、シンジの心を掴んでみせるんだから!」

 マナは決意をわざわざ音声にしてガッツポーズ、スキップしながら学校に向かった。今日も明日も彼女は元気なのだ。

 彼女の名前は霧島マナ。
 不毛で悲劇しか生まない復讐よりも、愛に生きることを選んだ鋼鉄のガールフレンド。シクススチルドレン、愛溢れる6人目の適格者である。

「負けないんだから!」





マナの後方10m地点



「マナ・・・・。どうしてあんな外道な奴を・・・」

 電信柱に体を隠すようにして、全く隠れていない無様な中学生が滝のように涙を流しながらスキップするマナを見つめていた。中学生にしては大柄な体躯をもち、誠実で曲がったことが大嫌いだと全身で訴えかけている。彼の名前はムサシ・リー・ストラスバーグ。褐色の肌と青色の目かすかに青色がかった黒髪、そして(モノによって違うが)名前からわかるとおり彼はハーフだかクォーターだかわからないがたぶんどっちかだ。
 その一見するとナイスな少年が電柱の影から顔を半分出して泣いているのだ。鬱陶しいったらありゃしない。すくなくともリツコあたりだったら『無様ね!』と吐き捨てるように言っただろう。
 そんな通行人がぎょっとした顔で避けていくなか、ムサシに近づき肩をぽんぽんと優しく叩く少年が一人。

「まだ諦めきれないんだね。我が友ながらムサシの我慢強さにはほとほと感心するよ」
「ケイタ!どうしておまえはそう達観としていられるんだ!?」

 ムサシが『心外だっ!』とでも言っている様な顔で肩を叩いた少年、浅利 ケイタを睨み付けた。その形相のすさまじさはとても中学生とは思えず、中途半端な不良程度だったら、土下座しながら逃げ出しかねないモノだ。が、ケイタは人の良さそうなのほほんとした顔をまるで崩さず、ゆっくり諭すように話しかけた。

「どうしてって・・・、僕はマナのこと好きだけど、それは友達としての好きであって、ムサシみたいに異性として好きなワケじゃないからだと思うよ」
「う、裏切り者。俺達はいつも三人一緒と誓ったじゃないか!」
「うん、そうだね。でも今の僕たちは戦自にいるわけじゃないし、三人だけってワケじゃないよ。それに・・・」
「それに?」

 やっぱりのんびりした顔のままで言葉を続けるケイタ。

「僕はマナと同じくシンジ君のことも好きだから。みんな仲良くしているのが一番だと思うよ」

 至極まともなことを言うケイタ。ただ、彼の言う好きというのがどの程度のレベルなのか不明なのがアレだ。
 それはともかく基本的に彼は、その要望と性格と相まって、暴走しがちなチルドレンをまとめるというか、暴走の方向を修正する役目をいつの間にか果たすようになっていた。なにしろ、本来のリーダーたる洞木 ヒカリ自身が暴走の常習者だから仕方がないと言えば仕方がないと言える。
 内心やれやれとため息をつくケイタに向かって、ムサシは非難がましい目を向ける。

「ち、ちくしょう・・・。真面目ぶって正論言いやがって・・・。
 き、嫌いだ!そんな真面目なケイタなんか嫌いだ!あの、脱走したり、教官の部屋からビールを盗んだり、ワザと迫撃砲を誤射して教官を泥まみれにしたおまえはどこに行ったんだ!」
「昔のことは忘れたよ」

 それでも過去の悪行をネタにつよめるムサシに、ケイタは耳を小指でほじりながら冷たく答えた。しかも、ほじった指をジッと見ながらふっと息を吹いてゴミを飛ばす。その間、全くムサシを見ようとしない。完璧すぎるシカトに、ムサシの顔が言いようのない感情で激しく歪み、涙腺に熱いモノが走る。

「どちくしょぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」

 そのままスキップしていたマナの横を駆け抜け、どこかに向かって走り去る弾丸超特急ムサシ。
 ケイタは深々とため息をついた後、驚きで立ち止まって首を傾げているマナに話しかけた。

「・・・・・・・な、なにアレ?」
「マナ、おはよう」
「あ、ケイタおはよう。ねえ、さっきのもしかしてムサシ?」
「気にしない、気にしない。それより、やっぱり職員宿舎にムサシと一緒に住むってのはきついねぇ」
「よくわかんないけどそうなの?」

 ケイタの含みを持たせた言葉に、マナが宝物を求めて遺跡に入る考古学者のような目をする。

「そうなんだよ。まだタコ部屋に5、6人たたき込まれていたときの方がましだよ。だって、始終ムサシの寒い冗談を聞かされるんだから・・・」
「寒いって?」
「一軒家の老婆、悪魔の足跡、洋服の恨み」
「それ、寒すぎ・・・」

 寒いと言いながら、マナの額からたらりと汗が滴った。


 ムサシ・リー・ストラスバーグ。
 特徴:猪突猛進、騎士道に憧れ、すぐに叫ぶ。ナインスチルドレンにして、ギャグセンス皆無の適格者。

 浅利 ケイタ
 特徴:のんき、お気楽、何を考えているのかよくわからない。どっかで聞いたような射撃とあやとりと昼寝が趣味のイレブンスチルドレン。いい性格。









同時刻、第三新東京市第一中学校3−Aの教室


 がらっと教室の扉を開けて、一人の少女が入ってきた。まだ少しばかり早い時間だから、自分が一番だと思っていたが、すでに先客がいたことに驚きの表情を浮かべる。
 彼女の名前は洞木 ヒカリ。
 左右にお下げにした黒髪と、頬のそばかす、そして優しげな笑みが特徴の女の子である。決して美少女というわけではないが、側にいるとほっとするタイプの優しい子。少々潔癖性で、妄想癖のきらいがあるのが玉にきず。
 ちなみに、7番目の適格者。彼女もまたチルドレンである。

「おはよう、相田君」
「あっ、おはよう委員長」

 そしてヒカリに挨拶を返したのは、ビデオカメラを片手に持って自分の席ではないところにわざとらしく腰掛けている一人の少年だった。
 相田 ケンスケ。それが彼の名前である。
 特徴、眼鏡とそばかす。いつも持っているビデオカメラ。
 趣味、ビデオ、軍事教練(の真似)
 説明がぬるいというかもしれないが、シンジですら説明していないのだからこれで充分だ。一応、8番目の適格者。

 それはともかく。

 お互いに邪魔だなと思いながらも、にこやかに挨拶をするヒカリとケンスケ。
 白々しくて寒気がする。
 ヒカリがケンスケを邪魔だと思う理由は、春休みの間ほこりが溜まっていたであろう、彼女の想い人の机を拭いてあげるつもりだったから。そしてさりげなく第三者の口から彼の耳にその事実を伝えるつもりなのだ。
 もちろん、誰かに見られるなんてそんな恥ずかしいことイヤン、私不潔よ!とか思っていたから、目撃者は残せない。矛盾してる気がするが気にしない。

(消そうかしら?)

 表面上はにこやかにしながらも、ヒカリはそんな物騒なことを考えた。


 一方のケンスケも似たようなモノだ。
 彼曰く、『彼女の全てを知りたい』とのことで、某女子生徒の机に盗聴器を仕掛けようとしていたのだった。もちろん、そんなところを目撃されたらヒカリ以上にヤバイのは言うまでもない。

(くっ、これだけ早く学校に来れば、誰にも見とがめられずに仕掛けられると思っていたのに・・・。なぜ今日に限って?)
(冗談抜きで邪魔ね・・・。鈴原への秘めた想い、告白するまで他人には、特に歩く広告塔みたいな相田君に知られるわけには・・・)

 お互い手詰まり、三竦みにも似た状態になりながら、二人はレイコが教室に駆け込んでくる10分後まで引きつった笑いを浮かべていた。





碇家のあるマンションから直線距離にして500m地点


「あの、お父さん。行ってきます」

 閑静な住宅街。そこの奥まったところ、パッと見、ただの木造2階建ての日本家屋 ーー 実際は結界に囲まれた難攻不落の屋敷 ーー から一人の少女が姿を現した。

「お父さん、いつにも増して不機嫌だった・・・」

 綺麗な長い黒髪が揺れた。ずれた眼鏡をなおすついでに顔にかかる髪を払いのけ、彼女は複雑な表情をした。
 飼い主に見捨てられた子犬のように寂しそうに、悲しそうにぽつりと漏らす。
 そのままぼんやりと、惰性のように足を動かして学校に向かう。

「・・・・・・嫌われているの?」

 彼女の脳裏に浮かぶのは、先日、夜遅くに帰宅した父が見せた不思議そうな、面白がっているような目。その一方で、いつも以上にそっけなかった。
 その二律背反する態度に判断をどうつければいいのか、彼女にはわからなかった。そして内罰的な彼女は自然に何か気にさわることをして、ますます疎ましく思われているんだと思いこんだ。そしてそう思うだけの根拠が彼女にはあった。

(だって、私はあの人の娘だから)

 実際の所はマユミの考えは誤解で、彼女の父 ーー 本当は養父 ーー はあの内気で、異性と必要がなければ決して口を利かないような子が、男の子を好きになったと聞いて驚いていたのだ。しかもその情報を伝えたのが酒を飲みながらくだを巻く兄、国連大使のマユミの実父だったのが驚きに拍車をかける。

(あの子が男の子のことをねえ・・・。変われば変わるもんだよ。まあ、良いことだ。それにしても兄貴もマユミのことがそんなに心配なら、俺が側にいても傷つけるだけだなんて言わず、一緒に住めばいいのに)

 マユミに気づかれないように、その背中を見ながら彼はそう思っていた。


 そんなことも知らず、マユミは学校への道を捨てられた犬のようにとてとて歩いている。と、道の向こうに彼女のよく知る人物達の姿が目に入った。
 それとほぼ同じく、その人物達もマユミに気がつく。

「(あいてて、ようやく痛みが退いてきた・・・)そう言えば、僕たち何組になるんだろう?」
「あんたバカァ?ほとんどの生徒が疎開して、組なんてわけられるはずないじゃない」
「・・・・・・・・・・・碇君は馬鹿じゃないわ。あっ」
「ん?どしたの綾波さん?
 何かあったのって、マユミだ。お〜い、マユミちゃ〜ん!」

 彼女たちの一人、マナが明るい笑顔を浮かべながら大きく手を振った。同じくシンジ達も歩くのをやめてマユミが合流するまで待ってあげた。
 とたんに、マユミのおどおどして、寂しそうな表情がぱっと明るくなる。とてとて歩きから、トタトタ小走りにかえて一生懸命走り出す。
 彼らがいるならきっと自分は変われる。
 優しい、そして素晴らしい友人達。

「おはようございます。シンジ君、霧島さん、アスカさん、綾波さん」





始業10分前


 一中に通じる最短距離を駆け抜ける、黒い影。いや、ジャージメン。
 そう、彼こそネルフのチルドレン、ブラックジャージことフォースチルドレン鈴原 トウジ。
 勉強より、喰うことと寝ること、体を動かす方が得意やで〜と公言してはばからない漢。
 今の彼は空の青さも、風の暖かさも、太陽の明るさもまるで気にとめず、必死の形相で道路を走っていた。
 遅刻しそうなのだ。たかが遅刻と言う無かれ。

「のぉぉぉぉ!!!!遅刻遅刻!新学期早々遅刻やなんて、イインチョに殺されてまうでホンマ!!
 超ヤバイって感じやの〜〜〜!!!!」


 トウジに言われるまでもなく、こんな文章書いて超ヤバイって感じだよね。



同時刻、ネルフ本部


「ふっ、朝は良いね。モーニングティーが美味しいってことさ」

 だらしなくワイシャツを着崩した、だがそれが妙に似合う美少年が、ジオフロントを見下ろすラウンジで優雅に紅茶を飲んでいた。
 ゆっくりとオレンジペコの香りを鼻の奥まで吸い込むと満足そうな笑みを浮かべる。

「でも・・・・紅茶はこんなに素晴らしく、こんなにも素晴らしい朝なのに、僕の心は雨模様」

 だが、直後その真紅の瞳を悲しそうに瞬きし、ジッと手元を見る。くるくると紅茶から立ち上る湯気が渦を巻く。

「・・・・・・だって、シンジ君がいないから。僕一人だから。そんなのは死んでいるのと同じってことさ。
 ああ、どうして僕は彼と同い年じゃなかったんだろう?僕は神を恨む。人の世を恨む。たった一歳の違いが僕と彼の間にこんなにも大きな壁をつくってしまうのだから・・・」

 嘆息する美少年こと渚 カヲル。すでに中学を卒業した彼は、壱中に行く必要もなく、本部で待機任務を帯びていた。高校は一年行くのを休み、シンジと一緒に通うつもりなのである。
 それはともかく心なしかその白磁のような肌、銀の滴のような髪の毛も元気ないように見える。だが、忙しいことにすぐ元気に顔を上げた。

「でも、午後は最高さ。だって、シンジ君が訓練のために本部に来るんだから。彼に会えて嬉しいってことさ。その時のことを思うと、ああ、僕の心は澄んだ空のように喜びに満ちているよ!」

 そう言って、自分で自分を抱きしめて怪しい微笑みを浮かべ、上気した息を吐く。
 怪しさ大爆発なその反応に、周りで食事していたネルフ職員達が気味悪そうに彼を見つめる。

((((いくら美少年でもこれじゃあ・・・))))


「そして、君は僕の胸の中でおずおずと、もらわれたばかりの子犬のように言うんだ。
『カヲル君・・・・怖いよ』
そして、僕はそんな君を抱きしめ、こう顎をあげながら、
『大丈夫。すぐに君も僕から離れられなくしてあげるよ。そしてようこそ、薔薇の世界へ』
 ああああ〜〜〜〜〜っ!!!」

 そこまで言うと感極まったのか、頬を染めてごろんごろん床を転がり始める怪しい美少年。
 顔に無数の青線を走らせながら、一斉に席を立つネルフ職員達。毎度の事ながらレストランのマスターが頭を抱えた。

「ああ、シンジ君!」

 一人の男に転職を決意させたことも気づかず、転がり続ける彼の名前は渚 カヲル。
 色んな意味で怪しい、謎多き適格者。銀嶺のフィフスチルドレン。


「早く午後にならないかな!待ちきれないよ!!シンジ君のことを考えると、体の一部が熱膨張ってことさ!!」











METAL BEAST NEON GENESIS

機獣新世紀
エヴァンゾイド



OVERTURE

「startup! MAXIMUM!」



作者.アラン・スミシー






 そして、場所と時間は変わる。

<ネルフ本部第9ケージ>


 必要最低限の明かりが照らす中、冷却液に浸かったままのゾイドの群。
 その中の一体、薄い藤色に塗装されたゴジュラスの内部に彼女はいた。

「どう、レイ?
 久しぶりに乗ったゴジュラスは?」
「碇君の匂いがする・・・」

 レイは無表情にそう言うと、目を閉じた。
 声をかけられるまでの間に、心に写った様々な情景。それをゆっくりと反芻するために。
 ゴジュラス初号機、かつてレイを拒絶した機体。
 鋼の巨竜。
 そしてシンジの鎧にして、不可思議な存在。
 ただの機械生命ではない、なにか、不思議な心を持った存在。
 ゴジュラスの心にふれる。奥深く、深淵まで。レイの専属機であるサラマンダーの持つ純粋な魂ではない、何かもっと複雑な心。それはレイにとって懐かしくもあり、初めての経験でもあった。
 ゴボリと気泡を吐き出しながら、レイは静かに考え続けた。

(・・・・・あなた誰?)





「なにが碇君の匂いがするよ!あんたバカァ!?」
「馬鹿は言い過ぎとしても、綾波さんうまくやったわよねぇ。ハーモニクスが似てるとか何とか。
 マユミもそう思うでしょ?」
「(マナさん急に振らないで・・・でも確かに・・・)あっ、その・・・・・えっと・・・・・はい・・・・・・

 レイの思わせぶりな発言に、彼女から離れた場所で別のゾイドの起動中だった美少女達が一斉に抗議の声を上げた。やや、足並みが揃ってはいなかったがだいたい言いたいことは同じである。

(((抜け駆けするなんて・・・・ずるい)))


「あの子達何言ってるんだか・・・」

 アスカ達の抗議の声に、ミサトはため息をつきながらこめかみをもみほぐした。予想していたこととは言え、思春期の女の子の反応は凄さにめまいを感じていたのだ。
 ミサトの横で、リツコが指示を出した。
 リツコは彼女の親友ほど、困った顔をしていない。
 これくらいの愚痴は言わせておいた方が良い。そうすれば、適当なストレス発散になるから。ユイから真実の一端を教えられたリツコは、これからの戦いはそれこそ洒落にならないだろう事がわかっていた。だから今だ真実を知らないミサトと違って、多少のわがままは認めてやるつもりなのだ。
 けじめを付けるところは、きちんとつけさせるが。

「ほらほら、あなた達よそ見しない。
 レイとレイコ、シンジ君とカヲルは機体交換試験中なんだから邪魔しないで。あなた達はおとなしく、改造ゾイドの再起動実験に集中しなさいね」

 「「「は〜い」」」

 アスカ達が不承不承ながらも文句を言うのをやめたのを確認して、リツコは改めて他の子供達に目を向けた。
 目の前に写る、彼女と彼女の有能なスタッフ達が手塩にかけてつくったゾイド。そしてそのパイロット達を。知らず知らずの内にふっとリツコの顔に笑いが浮かぶ。

「それじゃ、番号順にチェックするわよ。アスカ!」

 リツコは軽く唇をしめらせた後、一番騒々しかったアスカに声をかける。

「はい!赤木博士!」

 そしてアスカは番号順(レイ達は別の実験中で別)と言うこともあるが一番に名前を呼ばれたことが、少しだけ嬉しかった。
 そんなアスカの心がわかるリツコはふっと表情を和ませる。
 なんだかんだ言っても、こんな事で喜ぶなんてお子さまね。そう思ったのか彼女の表情は横にいるミサト同様優しかった。

「アイアンコングに目新しい改造無し!(装甲の強化くらいよ)」
「わかったわ!
 ・・・・・・・・・・・・ってなんですって〜〜〜〜!?」
「マヤ!回線カット!早くして!」
「わかりました!回線カットします!」

 喚くアスカをさも楽しそうに見つめながらマヤに指示を出すリツコ。そのままアスカの顔がモニターから消えるのを待たずに、次のターゲットに視線を移す。もしかしたら、彼女はチルドレンをおもちゃみたいに思っているのかもしれない。知らず知らず、冷や汗を流す日向と青葉だった。


「次。どう鈴原君?」
「いや、どうって言われても。どこか前と変わったところがあるんでっか?」
「そうね。そのままじゃ、前と何の違いもないわね」

 リツコはトウジの疑問にそう答えた。
 答えになってないんじゃ、とリツコの片腕たる伊吹 マヤ二尉(24才独身・女)は思ったが敢えて口を挟まなかった。口を挟んだら、彼女の同僚である青葉 シゲル二尉どうよう、口にできないようなことをされて有給を三日使うことになるかもしれないからだ。
 マヤの苦悩をよそに、リツコの唇の端がくいっと歪む。

「でも違うところはしっかりあるのよ!
 わからない?そう、わからないのね。くっくっく・・・・」

(((やば・・・リツコさん(赤木博士、先輩)、説明お姉さんモードだよ)))

 チルドレンとオペレーター、そしてミサトの背中に何とも言えない冷たいモノがよぎる。


「教えてあげるわ!
 鈴原君!あなたの機体、ディバイソンには新しい武装としてゴッドモードを追加したのよ!!」

 高らかになぜかマイク片手で叫ぶリツコの背後で、稲光が走った。たらりとリツコ以外の全員の額から汗が流れる。

「ゴォッドモードッ!!!
 それはディバイソンの出力を通常の10倍に増幅する超戦闘モード!!パワー、スピード、ATフィールドの強度、どれをとっても通常時の10倍以上になるわ!!もちろん、角もシャイニングホーンからゴッドホーンにレベルアップよ!!」
「おおっ、10倍!それだけ強くなれば、いままでの使徒も一撃でっか!?」
「もちろんよ!単純比較だけど、先の11使徒とも互角以上に戦える計算になるわ!!」

 あっちの世界に行きかけていたミサトの目がようやく光を取り戻し、興味深そうになる。
 強い力、それがあれば父親の敵をとることもよりたやすくなる。そして、子供達の身を守ることも。
 そう思うと、黒光りする野牛型ゾイド『ディバイソン』の姿はいつにも増してミサトには頼もしく映った。

「へえ、凄いじゃない。それで、欠点とかはないの?」
「ぐっ・・・・次!
 霧島さんの専属機、アロザウラーの説明行くわよ!」

 ミサトの何気ない質問に、リツコのこめかみに引きつりが!
 同時にミサト達のこめかみにも引きつりが!
 とってもイヤ〜ンな空気が辺りに漂う。心なしかディバイソンも引きつっているかのようだ。
 辺りの駄目駄目な空気に、「やっぱりいつものリツコさんだ」そう思って子供達は嘆息した。深い深い、日本海溝よりも深い嘆息を・・・。この年で彼らほど深い嘆息ができるのは、少々異常かもしれない。
 ミサトは子供達の反応に後のフォローが大変だわと思いながらも、リツコの首を締め上げる。

「ぐっ!?
 ぐって何!?リツコ、欠点があるならあんたちゃんと説明しなさいよ!!」
「ぐぇえぇえええ・・・、具が大きい。って、は、はなして、ミサ・・・トぉ・・・きゅう」
「オラオラ!何黙ってんのよ!!まだまだ行けまっせこっちは!!!」

 数瞬後白目をむくリツコ。完璧にチョークに決まっており、モノの10秒と持たなかったのだ。
 だが、完全に意識を混濁させたリツコの首をいまだ締め上げるミサト。何か溜まっていたのか、ますますその手に力を込めていく。本気で殺す気なのか?
 リツコの顔が紫色になるに及んであわててミサトを引き剥がすべく、駆け寄る眼鏡とロンゲのオペレーター。

「か、葛城さん落ち着いて下さい!その年で両手を後ろに回したくないでしょう!?」
「そうっすよ!例えが悪いですが、結婚より先に刑務所ッスか!?」
「うっさい!それと日向君どこ触ってんのよ!!こら、揉むな!あっ、あっ、あぁ・・・っていい加減にせんかこのボケ!!」
「我が人生に悔いな・・ぎゃおう!!
「あいて・・・ってこの注射器はぁ!?
 ・・・・・・・・おはふ〜〜〜


 飛びつかれた直後、一人のオペレーターはどさくさにまぎれて胸を揉んで沈黙。ただミサトの肘で頭蓋骨の縫合でもずれたのか、血涙を流しているところが洒落にならない。
 もう一人は、リツコの目の前で絶対言ってはいけない禁句を言ってしまい、首筋に注射器はやして同じく沈黙。ただゆるゆるになった顔が少々どころでなくやばい。リツコの注射銃の薬はどうも習慣性のある薬物のようだ。

「ったく、どさくさにまぎれてなんつー事すんのよ」
「無様ね」

 名もないオペレーターが真っ青な顔で二人の亡骸を運んでいく中、ミサトとリツコは怒りで顔を真っ赤にしながら埃を払う。
 二人の態度と反応に、子供達とマヤは色々突っ込みたいこともあったが突っ込んだらどうなるか充分すぎるほどわかっているのでやっぱり沈黙。ムサシのギャグが通り過ぎた後のように、管制室にはミサトとリツコの声だけが寒々と響いた。

「リツコ。それで、どんな欠点があるのよ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ユイさんにちくる・・・」
「やれやれ・・・・わかったわよ。
 簡単に言うと、制限時間付きなのよ」
「制限時間?」
「そう。ゴッドモードの制限時間は3分50秒。それを過ぎたら、コアが最低量のエネルギーを再生産するまでの1時間あまり、最低限度しか動かなくなるのよ」
「エネルギーの再生産って、ゾイド生命体って永久機関じゃなかったっけ?」

 記憶の糸をたぐり、もっともな意見を言うミサト。リツコは無知な友人に内心呆れながらも言葉を続ける。

「そう、確かにゾイド生命体は永久機関。だけど、ゴッドモードで使用するエネルギー量は半端じゃないわ。文字通り、出力が入力を凌駕してしまうのよ。物理法則を突破してね・・・」
「ふ〜ん。なるほど。
 鈴原君、わかった?」
「はあ、まあ。つまり、時間切れに注意しろっちゅうことでっしゃろ?任せといて下さい!」

 ミサトの表面上はともかく、内心は全く期待していない質問にトウジは無駄にさわやかな笑いを返した。

「わかってないわね。彼・・・」
「いったい学校の授業をなんだと思っているのかしら?・・・無様ね」



 トウジの返事にちょっと不安を感じ、後ろ髪をかなり引かれながらも、リツコはマナに向かって説明を開始する。

「アロザウラーは装甲の改造を行ったわ。色が変わっているでしょう?」
「はい。以前はクリーム色だったのに、今はデザートイエローになっていま〜す☆」

 肉食恐竜型ゾイド『アロザウラー』の装甲は、オリハルコン独特の光沢を持ちながら、塗装とは違う不思議な色合いを帯びていた。よく見れば背中に装備された銃や、格闘用の爪までも同じくデザートイエローに塗られている。

「その特殊装甲は、レーザー光線をはじく効果があるわ。厳密に言うと、強度は少々落ちるけど、命中した瞬間装甲を一部結晶化させることで回折を増加させ、装甲へのダメージを減らすのよ。他にも、耐熱、耐衝撃能力も50%アップしているわ。
 武装面では背中の電子ビーム砲をレールガンに変更したこと、両手の器用度の上昇、あとは筋繊維のビルドアップを行ったぐらいね。
 欠点は重くなったこととギミックが少し増えたから若干壊れやすくなったこと。わかったかしら?」
「わかりました♪」

 マナは元戦自にいた少年兵である。完璧とは言えないが、その手の軍事知識はかなりのモノを持っていた。それこそ、エリートであるアスカ以上に。
 きちんと理解しているマナの返事に、リツコは軽く頷いた。
 やはり、物覚えと理解力がある生徒は教えていて気持ちがいいものだから。雰囲気が少し和む。



「次は、洞木さん。あなたの機体『ゴルヘックス』はヒレの大型化、レーザー通信装置の改良を行ったわ。基本的に、戦闘用じゃないから、あまり手を加えていないけど・・・ちょっと洞木さん?」
 「(戦闘用じゃない・・・。鈴原、私を守ってくれるわよね?いやん、私ったら・・・)あっ、はい!」

 強攻偵察用、ステゴザウルス型ゾイド『ゴルヘックス』内部で少しトリップしていたヒカリ。慌てて返事をするがその頬は隠しようもないくらいに赤くなっていた。
 ミサトが口笛を吹いてちゃかすなか、毎度のことで少し慣れが入っていたリツコだった。



「次、相田君。
 あなたの機体、シールドライガーは背中の速射砲を取り外し、陽電子砲を取り付けたわ。あと、装甲の強化、出力のアップね。
 つまり、シールドライガーはシールドライガーMk.IIに生まれ変わったのよ!」

 額に怒りのそれとは違う青筋を浮かべ、力を込めて言うリツコ。猫型と言うこともあって、加えた改造と気合いも並ではない。
 スマートなライオン型ゾイドである『シールドライガー』の背中には、内部に収納不可能なほど巨大な二連ビーム砲があり、その装甲は金色のマーキングが加えられ、少しどころではなくとんでもなく派手になっていた。その凄まじい改造にリツコの内面を見たような気がして、ミサトは自分の人を見る目を改めて疑い始める。リツコが知ったらたぶんお互いつかみ合いの喧嘩をするくらい失礼な想像と共に・・・。

(私って、本当にリツコと親友で良いのかしら?)

 さすがのケンスケも少しどころではなく引く。

「あ、あの・・・。シールドライガーの戦法は素早く走り回ってヒット&アウェイなのでは・・・?(これじゃあまり速く走れないぜ。それ以前に格好悪い・・・)」
「文句ある!?」

 ぎぬろとケンスケを睨むリツコ。
 彼女の美意識にけちを付けられた気分がしたからだが、その視線に容赦はない。ケンスケはもうちょっとで漏らしそうになった。が、LCLに入っていることを思い出して慌てて下半身に力を込めて事なきを得る。つまりそれくらいリツコの視線は凄まじかったのだ。

「ひぃっ、あ、あ、ありませ〜〜ん!」
「ならいいわ。まあ、確かに派手になったけど、これからは長距離からのスナイパーとしても活躍できるわ。それにいざとなったら簡単に脱着できるのよ」
「そ、そうですよね!いやあ、嬉しいなあ。(こんな目立つスナイパーがどこにいるんだよ・・・)」

 心にもない喜びの声を上げながら内心涙を流す。しかしながら使徒相手にスナイパーなんてする必要ないからケンスケの心配は杞憂だったりする。




 リツコは上機嫌で次のターゲット、ムサシを見る。
 ヒィとムサシの顔が引きつった。
 彼はハッキリ言ってリツコ(と言うより、科学者)が怖かったりする。理由は不明だが、実験はイヤだとか俺はモルモットじゃないとか時々うわごとを言うのと関係があるのかもしれない。


「ムサシ君の専属機、ベアファイターはディバイソンと同じく短期間ながら数倍の出力を出せるように改造したわ。名付けて、クレッセントモード!
 首筋に三日月が出ている間は出力300%増しよ!ただ3分しか持たないから気をつけて!
 あと、かまいたちをつくって射出する武器をつけたから。大型ゾイドには効かないだろうけど、小型ゾイドを蹴散らすのには役に立つはずよ」
「かまいたちって言われても、俺は仙道じゃないからなあ(扇動する仙道。なんてな)」

 リツコのギリギリのセリフにブルーになりながらも同じくギリギリなことを言うムサシだった。




「そして山岸さん」
「は、はい・・・」

 リツコは至極丁寧に、気を使って優しく声をかけたがそれでもマユミはビクッとしておどおどした返事をする。このメンバーに囲まれて、多少は対人恐怖症も治ったが、それでも苦手な存在は存在するのだ。
 と言うより、彼女はユイとシンジ、女の子チルドレン以外は全て苦手な対象だったりするが。そのなかでも極めつけに苦手なのがリツコだった。自然、彼女がリツコと対峙するときは始終おどおどビクビクしっぱなしなのである。
 最近、平和になったら保母にでもなろうかしらと考えていたリツコは心が萎えるのを感じながらも、精一杯の優しい微笑みを浮かべる。

「どうしていつも、そうビクビクするの?(おとなしいのは良いけど、失礼な娘ね)」
「・・・・すみません。いえ、怖いワケじゃないんです。ただ、その・・・」

 それだけ言うと、再びうつむき上目使いで通話モニターのリツコに潤んだ視線を向ける。彼女の心の中ではいつもリツコさんてぴりぴりしていて怖いと考えていた。

 怯えた目。
 その黒真珠のような瞳に見つめられて、リツコはなぜか自分が悪者のような気分になった。気がつけば、マヤですら非難めいた目をしている。

(な、なによ!?私が悪いって言うの?ミサトまで!ああ、シンジ君達そんな目で見ないで!)

「あのね、山岸・・・いえ、マユミちゃん?
 そんなに怯えないの。リツコお姉さん悲しくなっちゃうわ♪(母さん、助けて・・・)」

(猫なで声のリツコさん・・・。怖い・・・)

 リツコが聞いたら、どないせーちゅうんじゃと喚きたくなることを考えてやっぱりビクッとするマユミ。

「・・・・・・・山岸さんの専属機だった、サーベルタイガーは武装の変更と、特殊装備として翼を取り付けたわ。これにより、短期間ながら飛行する能力を身につけているわ。
 つまり、サーベルタイガーはサーベルタイガーを越えたスーパーゾイド、『グレートサーベル』に生まれ変わったのよ!!」

 気を取り直して、改造箇所を言うリツコ。もうビクビクするマユミのことは気にしないことにしたらしい。
 マイクを改めて握り直すと、テンションを脳内麻薬の急速な分泌によってぶちあげていく。猫型とは言え、その気合いの入れようはシールドライガーの比ではなかった。

「塗装も赤色から、黒色に変えて威圧度アップ!例えるなら、キョウコさんからユイさんに替えたようなモノよ!!」

 なんてわかりやすい例えだろう。
 その場にいた全員がそう思い、マユミは頼もしさに頬がかすかながらゆるむのを感じていた。

(トラちゃん・・・・。私を守ってね)

 さりげなくギリギリな愛称をつけている少女趣味のマユミだった。

「あ、言い忘れてたけど、空は飛べても火をはいたり雷落としたりはできないから」

「そんな!裏切ったの!?
 トラちゃんとくれば火をはいて空を飛ぶ雷の化身で、可憐な美少女を守るものなのに!!」


「次ぃ!!」

「ああ、まだ話は ーーー プツッ!」



 おどおどびくびくから一変して、わめき散らすマユミとの通話モニターを強制切断すると、リツコはケイタに話しかけた。彼はムサシやマナと同じく元戦自の少年兵だったので上司の言うことはきちんと聞くタイプだったから、リツコはつつがなく説明が終わるだろうと思っていた。
 甘い。


「浅利君。あなたの専属機『カノントータス』は特に大きな改造は施していないわ。突撃砲を性能のいい物に替えたことと、装甲の厚さと重さのバランスをより良くしたことくらい・・・・」

 そこまで言って、いきなり膝から崩れ落ち、力無くコンソールに顔を伏せるリツコ。そしてさめざめとむせび泣いた。自分のことは棚に上げて、思い通りにならない子供達ばかりなことが、なんかもうイヤになってきたらしい。

「もうイヤ・・・。徹夜に泊まりばっかりで、家に帰れば猫に忘れられ、母さんは大量の見合い写真を置いたまま姿をくらますし、子供達はなかなか言うことを聞かない・・・・。
 彼とシンジ君だけはって信じていたのに・・・。お姉さん悲しいわ・・・」
「(お姉さんって、いい度胸してるわねえ)ちょっとリツコ?泣かなくても良いでしょ?寝ているだけじゃない。ちょっち話が長くて。しかもこれで三分の二なんだから」

 ミサトの言葉通り、ケイタはプラグ内部でぐうすか気持ちよさそうに眠っていた。とっても気持ちよさそうに。たぶん昼寝している夢でも見ているのだろう。寝不足リツコはその幸せそうな表情に切れた。

「だ、誰のために私の貴重な二十代の時間を使っていると思っているのよ!?マヤぁ!LCLの濃度を限界まで上げ!ちょっとミサトはなしな、モガモガ!?」

 どうもリツコ達は25才から年をとらないらしい。それはともかく、何があったか不明だが突然の叫び声の直後リツコの声が聞こえなくなった。それはもう見事に何があったかは謎だ。
 子供達の額にどろっとした汗が浮かび上がる。
 そのまま沈黙する管制室。シンジは心配そうにサウンドオンリーとなった通話モニターを見つめるが、5分経っても何の反応もない。実に居心地悪い空気が流れる中、当事者たるケイタはまだ気持ちよく寝ていた。シンジ達のさすような視線も委細気にせずに。もしかしたらチルドレンで一番鈍感なのはシンジではなく、彼かもしれない。
 と、シンジが心に棚をつくっていたとき、相変わらずサウンドオンリーだったが通話機からミサトのつくったように明るい声が聞こえる。

「ごみんごみん。ちょっとリツコは急病でさ〜。説明はこんなところで終わるわ。ちょっと休憩した後、相互互換テストを進めるから。そう言うわけでよろしく〜」








『サラマンダー1と2のパーソナルデータは?』
『書き換えは既に終了しています。現在、再確認中』
『ゴジュラス弐号機は?』
『それも大丈夫です』


 先の騒動から20分後、妙にすっきりした、別人のような顔のリツコの指揮で急速に実験は進められていった。もちろん、何がどうなってリツコがさっぱりした顔なのかは謎である。

「タンクベッドは人類の生んだ文明の極みね」
「あ、そう・・・。でも頼むからあまりギリギリなことは言わないでね」

 冷や汗を流すミサト。

「さあて、それじゃ遅れた分早くすませないとね。被験者は?」
「若干の緊張が見られますが、神経パターンに問題なし」

 真面目モードになったリツコの声。同じく真剣な顔になったマヤが、窓越しに弐号機に手を振るレイコを横目に準備を進める。







「初めての弐号機・・・。他のゾイドですもの。無理もないわ」
「そんなの気にしなきゃ良いのに。だいたいゴジュラスを起動できたんだもん。
 心配しなくても起動できるでしょ?」

 ミサトの誰に言うでもない言葉に、アスカが軽く笑いながら声をかける。妙に余裕な表情は、当事者でないこともあるが、最も操縦が難しいと言われた、別名オーナインを見事に起動できたシンジだから、廉価版ともいえる機体ぐらいたやすく操縦できるだろうと思っていたからだ。それはミサトも同じ気持ちだったが、なぜか心に残るしこり。真面目な目で親友を見つめる。

(そうだと良いけどね・・・・)





「ハーモニクス、全て正常位置」
「良い数値だわ・・・。これであの計画を遂行出来るわね」

 リツコは予想をいくらか越える数値で起動したゴジュラス弐号機を見つめる。その口からミサトには理解不能な言葉をはきながら。
 その言葉にハッとした目でマヤはモニターからリツコに顔を向けるが、リツコはモニターを見つめたままその視線を無視した。
 マヤの言いたいことはわかる。
 だが、これこそが彼女の仕事なのだから、例えなんと思われようと止まるわけにはいかない。リツコの瞳はそう語っていた。


「ダミーシステムですか?先輩の前ですけど、私はあまり・・・」
「感心しないのはわかるわ。
 ・・・しかし、備えは常に必要なのよ。人が生きてゆく為にはね」
「先輩を尊敬していますし、自分の仕事はします。
 でも、納得は出来ません」
「潔癖性はね・・・。辛いわよ?
 人の間で生きてゆくのが・・・」

 やはりマヤを見ようともせず、リツコは言った。もしかしたらそれは自分自身に言い聞かせていたのかもしれない・・・。そんな感じで。

「汚れたと感じた時にわかるわ」



『第三次接続を開始』
『セルフ心理グラフ安定しています』


 両手両足をがっちりと固定され、力無く地面を見つめていたうす茶色の巨獣、ゴジュラス弐号機の目に光が灯る。次いでかすかなうなり声と共に顔をまっすぐ上げ、弛緩させていた指先に力を込めてカギ爪をつくる。

「どうシンジ?ナルシスホモの弐号機は?」

 茶化すようにアスカがシンジに聞いてきた。だがシンジはその声に全く反応しようとせず、ジッと何も写らないメインスクリーンを見据えていた。

「アスカ。ノイズが入るから邪魔しないで」
「はいはい。解っているわよ!(マナの馬鹿。おかげで怒られたじゃない)」

 マナにうまく乗せられてした質問だったとは言え、やっぱりリツコに怒られたのは面白くないのか、アスカは憮然とした顔で管制室を、次いでモニター内で頭をぽりぽりかいて謝るマナを睨む。
 そんななごやかぁな雰囲気をよそに、着々と起動は進められていく。

『A10神経接続を開始』
『ハーモニクスレベル+20』









瞬間










 シンジの目が見開かれ、不思議な光を瞳に宿した。

(!?・・・・・・なんだ・・これ?
 頭に入ってくる?
 初号機と同じ・・・違う、もっと別の何か・・・・。
 直接、何かが・・・・・・)

 シンジの脳裏に突然浮かぶカヲルの顔。だがそれは彼が良く知っている、いつも笑顔を浮かべている顔だけではなかった。血塗れの顔、背筋が凍り付きそうな冷たい顔、真鍮の仮面のような無表情の顔。カヲルでないカヲル。シンジの知らないカヲル。カヲルの顔だがカヲルでない顔。

 そしてカヲルの顔が消え、カヲルであってカヲルでない三人のカヲルが、にっこりと、殺気と共に微笑んだ。




























『『『我等が名はケルベロス!!!』』』



『『『我等が主は三人の御使いと一人の人なり!
   汝は我等が主にあらず! 疾く、去れ!!』』』



『『『あるいは我等を使役する力を、覚悟を示せ!!!』』』



『『『あるいは解放の礎となれっ!!!』』』



『『『汝の魂を見せよ!!!』』』




























「ぎゃああああああああーーーーーーーっ!!!」



ビィーーッ!ビィーーッ!ビィーーッ!




 突然の警報とシンジの悲鳴にパニックに陥る管制室。それは、パニックに対する訓練を充分すぎるほど積んでいたはずのミサト達の精神防御を上回る、パンの笛の音だった。
 甲高いのどにかかる焦った声でミサトが叫んだ。

「どうしたの!?」

 ミサトの質問に答えたわけではないが、マヤが素早く状況を説明していく。

「パイロットの神経パルスに異常発生!!精神汚染が始まっています!!」
「まさか!このプラグ深度ではあり得ないわ!?」

 信じられないと言う表情で、リツコがモニターをのぞくとそれまで美しい調和のとれた姿だったハーモニクスの3本の波線が乱れ、徐々に離れてゆく。理系の人間には予想できない、あってはならない、あるはずのない出来事にリツコの心臓は一瞬停止した。そしてその鼓動はマヤの言葉によって再開する。決して心地よい再開ではなかったが。

「プラグではありません!弐号機からの浸食です!」

「ラシエル・・・、ダルキエル・・・、コカビエル・・・わかんないよ・・・。
 カヲル君じゃないの?お願いだから止めてよ!!」


 シンジの意味不明のつぶやきの直後、もの凄い力でボルトごと拘束具を引きちぎるゴジュラス弐号機。その姿は暴走を起こしたゴジュラス初号機と同じ、いやそれ以上の恐怖をミサト達に感じさせた。酸っぱい胃液が恐怖と共に胃からはい上がる。

「弐号機、制御不能!」
「ゾイド生命体に緊急停止コード!!エネルギー強制排除!!」
「了解!
 緊急停止コード、"DANTE" 出力します!」


 マヤの声と同時にゴジュラス内部でコアに結びつけられていたケーブルが物理的に断線し、同時にコアが放っていた淡い光が突然消える。

「予備電源に切り替わりました!」
「依然稼働中!」

 だが依然動きを止めないゴジュラス。


『ガアアアアアアアアアアッ!!!!』

 口を極限まで開き、ケージどころか遙か離れた廃棄区画までびりびりとふるわせる雄叫びをあげる弐号機。怒りと共に、ロックボルトごと腕を隔壁に打ち付ける。ロックボルトは衝撃で信じがたい角度に折れ曲がり、ゴジュラスの右腕は肘までめり込んだ。
 すぐ近くで成り行きを見守っていた子供達が、大暴れするゴジュラスに恐怖と共に叫び声をあげた。


「ちょっとシンジ!?」
「じょ、冗談じゃないよな?」
「どないしたんやシンジ!?しっかりせえ!」
「碇君、落ち着いて!!」
「これって・・・・やっぱり暴走?駄目、シンジ!」
「シンジ君、いや、いやーーーー!!」
「おい、やばいぞ!ケイタ起きろ!」
「起きてるよ!」

 そして彼らとは全く異なり、管制室で静かに無表情のまま、泡を吹きだし身をよじるゴジュラスを見つめる二対の紅玉。

(碇君・・・お願い・・・がんばって)
(始まったか・・・・。シンジ君、僕を失望させないでくれよ?)

「ちょっと、お姉ちゃんとカヲル!なに落ち着いてるのよ!
 このままじゃシンちゃんがっ!」


 ただレイコが非難の声を上げるがレイとカヲルはそれぞれ対照的な目でゴジュラスを見つめる。レイは悲しげに。カヲルは何か確信めいたモノを持っている目で。








「ゴジュラス以外の各ゾイドをジオフロントに射出!急いで!!」
「了解!」
「弐号機がシンジ君を拒絶!!」
「だ、ダメです!オートイジェクション、作動しません!」

 日向と青葉ももの凄いスピードで変化していく状況に負けじと、どんどん報告を行い、せめて状況を固定しようと必死に端末を操作する。
 だが状況は変わらない。
 いや、どんどん悪くなっていく。絶望感にリツコの動きが止まった。

「同じなの?ゾイドも・・・。シンジ君を取り込むつもり?」

 呆然と超重要機密を口に出してしまったリツコ。慌てて口を押さえるが、、幸い周囲の誰もそのつぶやきを聞いてはいなかった。すぐ目の前に迫り、拳を振り上げる狂獣に心を奪われていたのだ。

ドキャッ!!

 モノの一撃で管制室の隔壁に穴がうがたれ、超強化ガラスにひび割れをつくっていく破壊の化身。リツコ達が震えながら一歩下がって見つめる中、その姿に魅せられたかのようにレイとカヲルは微動だにしなかった。

ドキャッ!!
ドキャッ!!
ドキャッ!!
ドキャッ!!
ドキャッ!!


 さしもの超強化ガラスも腕が砕けることも構わず打ち付けられるゴジュラスのパワーに砕け散る。
 破片が飛び、それが頬をかすめてもカヲル達は逃げようとしない。

「お姉ちゃん!カヲル!なんで逃げないのよ!」

 レイコの悲痛な叫びに隠れるように弐号機の活動限界が叫ばれる。

『弐号機活動停止まであと、10!』

 弐号機は拳ではらちが明かないと思ったのか、いきなり口を開け肺に思いっきり息を吸い込み始めた。その凄まじい吸引力に、紙は吸い込まれ、ミサト達は慌てて固定されていた机や端末にしがみついた。髪の毛が囂々と波打ち、急激な気圧の変化に耳鳴りがおこる。

「まさか・・・」

『9・・・』

 ミサトの声とともによりいっそう吸い込む勢いを増すゴジュラス。すでにミサト達は立っていることもできない。

『6・・・5・・・』

 急にゴジュラスは吸い込むのを止め、口を開けたままレイに凶悪な視線を向ける。
 ゴジュラスの喉の奥に微かに光が瞬いた。

『4・・・3・・・』

 微かな光が徐々に大きく、眩くなっていく。それと同時にゴジュラスの口部周辺の気温が急上昇していく。発生する静電気で一斉に髪の毛が逆立つ。

『2・・・』

 いくつかのモニターが火花をあげて破裂し、女子職員達が堪えきれなくなったのか悲鳴をあげて泣き叫ぶ。
 そしてゴジュラスは破壊の閃光を放とうとこれ以上ないくらいに口を開けた。
 ミサト達は無駄だとわかっていながらも頭を手でかばう。もう、例え停止したとしてもここまでエネルギーが充填された状態ではどうにもならない。
 大人達は死を覚悟した。

「碇君・・・」

 かすかに、誰にも聞こえない声でレイは静かに言った。
 泣き叫ぶ幼子をあやすように、優しく。

































































『弐号機、活動停止しました・・・。でも、信じられない・・・』

 歓声を上げて抱き合う職員達の横で、マヤは震えながら安堵の溜息をついた。
 リツコもミサトもほっと肩の力を抜き、日向と青葉は鼻血を拭きつつ抜けて立たなくなった腰を入れ直していた。

「シンちゃん!ねえシンちゃんどうなったの!?ミサトさん!」

 予定より2秒早く停止したゴジュラスに呆然としていたミサトだったが、レイコの泣き声にはっと我に返って素早く指示を出した。

「パイロットの救出急いで!!」

 指示を出して泣き叫ぶレイコの肩を抱き、慰めながらもミサトは別のことを考えていた。

(いったい何だったの?突然の暴走、そして突然の停止、あの状況下で全く動揺していないレイと、カヲル。・・・そしてリツコ。
 あなた達と司令は、いったい何を知っているの?いいえ、何をしようとしているの?)









 太陽が血の色に染まり、ジオフロントを真紅のベールで包んでいる頃、同じく顔を赤く染めたリツコとミサトがどこかの部屋で対峙していた。親友同士の顔ではなく、厳しい他人の顔で。

「この事件、先の暴走事故と何か関係があるの?
 あのレイの時と・・・」
「今はまだ何も言えないわ。
 ・・・ただ、データをカヲルに戻して早急に弐号機との追試験、シンクロテストが必要ね」
「作戦課長として火急的に速やかにお願いするわ。仕事に支障が出ない内にね」
「わかっているわ。葛城三佐」

 そしてミサトが室内から退去した後、リツコは静かに呟いた。

「慟哭。永遠の牢獄に閉じこめられた哭き声・・・か」











 脳天気なことを喚くラジオの音。

「う、ううん・・・」

 堅いパイプベッドに寝ていたシンジがうるさそうに顔をしかめていた。やがて睡魔より不快感が勝ったのかノロノロと目を見開き、じっと周囲を見回した。かすかに漂う消毒液の臭い。やたらと白い壁。すでに見慣れてしまった天井。

「嫌だな・・・。また、この天井だ・・・」

 シンジは退屈そうに呟いた。まさかこの数分後におこる騒々しい出来事を予感していたわけではあるまいが。












「シンジ君の意識が戻りました。汚染の後遺症は無し。・・・彼自身は何も覚えてないそうです。あと、毎度の事ながら全員が病室にお見舞いにいって凄いことになっているそうですよ」
「そう。・・・・・まあ、メンタルケアはあの子達に任せますか」

 日向の報告に、ミサトは少し投げやりだが、どこかさばさばした表情で呟いた。












「弐号機の暴走。そして突然の活動停止・・・か。
 シンジ君は期待に応えてくれたわけだな」

 だだっ広い執務室に、木と木をうち合わせる澄んだ音が響く。

パチーー ン!

 月刊将棋ファンを片手に冬月は何でもないかのように呟いた。もっとも、相手もそんなことはわかっていると知った上での言葉だったのだが。

「また、あの子に辛い思いをさせてしまったのね・・・」
「それでも、私達はこの実験をしないわけにはいかなかった・・・。子供達の、ミサトちゃん達の命を、危険にさらしても」

 無性に大きな机にユイが両手を組み、その手で口元を隠したポーズで座っていた。
 そして彼女の横に守護するように立つ二人。
 キョウコとナオコだ。
 三人とも今朝シンジ達に見せた明るい顔ではなく、何か思い詰めた鋼鉄のような顔をしていた。

「だからと言って、許されることじゃないけどね。どうするのユイ?
 きっとゼーレの老人達は間違いなくもうこの事は知っているはずよ」

 机に腰掛け、遠くを見つめながらキョウコが問う。

「大丈夫。切り札は全てこちらにあるし、全て私達のシナリオ通り・・・。問題ないわ」

 ユイの揺るぎない返事に今度はナオコが質問する。

「でも、老人達はシナリオを、死海文書に反した行動を忌み嫌うわ。
 次は本気で来るわよ」
「ええ。でももうしばらくは大丈夫」
「そのためにゾイドの強化も行ったしね」

 ナオコは愛娘の趣味丸出しの改造を思い出して、内心ため息をつきながらもそう言った。ユイも元気づけられたのか力強く頷き帰す。

「大丈夫・・・。あれから弐号機はカヲルとの再シンクロにも成功しているし、なによりシンジとの起動も確認出来たわ」

(シンジ君にこだわりすぎだな)

 ユイの言葉に、蚊帳の外に置かれて少し寂しい思いを味わっていた冬月はふとそう思った。決して音波に変えるという愚かなことはしなかったが。
 かわりに少しでも会話に参加しようと、彼女たち三人とリツコ、そして自分しか知らない最重要機密について口にする。

「ああ、ユイ君。・・・アダム計画はどうなんだね?」
「大丈夫です。予定通り進んでいます。冬月先生が心配することではありませんよ」
「そ、そうかね。いやすまなかった(な、なぜ睨む?ユイ君)」

 ユイはめんどくさそうにじろりと睨む。
 ちびりそうになるが、滅多にない出番になけなしの勇気を振り絞って最後の質問を口にする冬月。

「・・・では、ロンギヌスの槍は?」
「予定通りです。作業はレイが行っています。三十分前にも話したばかりですよ?」
「そうだったかな?
 ・・・そう言えば、今日私は朝ご飯を食べていないような・・・」

 すでにアダム計画と槍について三回説明していらいらしていたユイは、無言で老人性痴呆症の冬月を指さした。力強く頷いてナオコとキョウコが注射器片手にそっと背後に立つ。

 それから1週間、冬月は消息不明となるがジオフロントの湖に浮かんでいるところを無事保護される。その間の記憶は全く残っていなかったが、なにかあったのかそれからの冬月は妙に物覚えが良くなっていたらしい。仕事の能率も上がり、部下である青葉達の評判も上々だった。が、時々『久しぶりだね、ネ●モ君』とか『学生の本分は勉強だろう、今つき合うのは止めたまえ。わかったね?学年トップが三位と十三位になるとは・・・』などとワケの分からないことを言ったりするのが謎だったが。






















 ユイ達が ガーゴイル司令 冬月の改造手術を行っている頃・・・。

 暗い、闇の世界に浮かぶ一体の巨人。
 単眼の巨人は先端が二重螺旋の、二股に分かれた奇妙な槍を握りしめていた。

 『ロンギヌスの槍』

 神の子を滅ぼした破滅の槍。
 巨人はゆっくり、ゆっくりと微かな光に導かれるまま歩き続ける。




第一話完




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