NEONGENESIS GRAND PRIX
EVANFORMULA
第6話Dパート「死神の咆哮」


ヒカリはモニターを見ていた。ファイナルラップをトップで走るカヲルを写し出す
モニターを見て、時折後ろに写るトウジを見ていた。明らかに接近を開始している。
(どうしたら止められるの?このままじゃ・・・)
ヒカリはその時トウジの後ろに写るシンジを見つけた。その瞬間マヤの顔が浮かんだ。
(そうだ!EVIAの技術者のマヤさんなら)
そう思うが早いか、かけだすのが早いかで、手元のノートパソコンを持ってシンジの
チームのピットに向かう。
「マヤさん!」
ヒカリは2つ先のシンジのピットにあっという間に辿り着いてマヤに声をかける。
「あら、ヒカリちゃん。もう今回も終わりね。トウジ君頑張ったじゃない」
ヒカリはそう話すマヤの前にノートパソコンを置き、セッティングを始める。
「どうしたのよ、ヒカリ?顔色悪いわよ」
アスカはヒカリの顔色が悪いことに、マヤはヒカリがしている事に気が行っていた。
「マヤさん!今すぐ鈴原のEG-Mを緊急停止させて下さい。ピットからは信号受信
 しないんです。鈴原はここで死ぬ気なんです」
ヒカリの突拍子もないセリフに2人は驚いた。
「えっ?!でも今2位で走ってるじゃない。死ぬ気ならとっくに・・・」
アスカはそう言いかけたが、マヤが止めた。
トウジの行動、それがマヤにも腑に落ちない点が多々あったが、これで説明がつくし
何よりヒカリの表情、態度を見ても嘘を言ってるようには見えなかった。
「じゃあ、いいのね」
ヒカリは2回ほど頷く。と、同時にマヤはキーを叩いてパスコードを打ち込む。
これは先程メカニックがやっていた行動、案の定ブレイクされた。続いてマヤは
EG-Mの中枢へのハックを始める。マシンのコアを止めれば当然マシンは止まる。
そこに至るまでは数種のパスワードと、そのチームの端末の識別コードが必要で、
マヤはヒカリの端末があればコアを停止させられる。今、打ち込みが終わって
EG-Mの機能中枢に入り込んだ時、マヤの見ていた画面が真っ黒になってしまった。
(そんな!)
マヤはもう一度立ち上げようとしたが、反応はない。
仕方なく電源を落として再起動させた時、中の記録は失われていた。
(なぜ?画面が消えてオペレーションが出来なくなるなんて考えられない・・・
 それ以前に緊急停止プログラムがブレイクされるなんて・・・まさか!)
それをマヤは口には出せなかった。開発の一員として、そんな非科学的な事を口に
出すわけにはいかなかったが、それしか考えられなかった。

「駄目・・・原因不明で手の打ちようがないわ・・・」
「そんな!それじゃ鈴原はどうなるんですか?何とかして下さい!何とか・・・」
ヒカリはマヤに縋るしかなかった。マヤの肩を握る力にも自然と力が入る。
「多分鈴原は渚君を道連れにしようとしてます。ペースアップが良い例です。
憶測でしかありませんが、ウイニングランに入って渚君がペースを落とした時・・・」
最後は涙ながらに話していたが、ついに言葉が途切れる。
マヤにしても、もう手の打ちようがない。
黙ってモニターを眺めることしか出来なかった。
アスカも辛そうに、マヤの肩を握りしめてうつむいているヒカリの肩にそっと
手を置くことしか出来ずにいたが、マヤがインカムのマイクに手を伸ばす。

『シンジ君、聞こえる。手短に言うからしっかり聞いて』
シンジはいきなり入ってきた通信にビクッと肩を震わせる。
今まで通信が入ってこなかったのと、もう終わりで気が緩んでいたせいでもあった。

『いきなり何ですか、驚かさないで下さいよ』

『いい?良く聞いて、あなたの前にトウジ君がいるわね』

『はぁ。でもペースを上げたみたいで少し前に行っちゃいましたが』

『シンジ君、今すぐ追いかけて彼をぶつけて止めなさい』

『ええっ?!本気ですか?』
シンジも驚いたが、アスカとヒカリも驚いた。
まさかマヤがそんな事を言い出すとは思いもしなかった。

『そうよ、でも一つ条件があるわ。バリアンテ・マールボロを抜けた後で
 トウジ君がブースターを作動させたら・・・という条件付きで、ね』
そう言ってインカムをヒカリに手渡しながら、
涙の溜まった彼女の目を見て、マヤは微笑みながら一回頷いた。
ヒカリにも残念ながらこの方法しかないと思った。

『碇君!鈴原を止めて。アイツ・・・渚君と心中するつもりなのよ』

『えっ?!君は確か彼の・・・。心中?本当にホント?本当にぶつけるの?』
シンジは初めは何か冗談を言われている気がしていたが、
そうでもないらしいと感じてくる。

『お願い!鈴原を助けて!』
シンジはヒカリの声が、冗談や演技の声ではない事が分かったが、
流石にクラッシュしろっていう願いに素直に「うん」とは言い難かった。が、
あちらのゴタゴタがシンジの耳に入ってきた。

「ちょっとマヤ!シンジに死ねってえの?何考えてるのよ!アンタそれでも主任?」
アスカが凄い剣幕でマヤに文句を言っていた。それもその筈アスカは先程のシンジの
クラッシュで嫌な思いをしている。二度とそんな思いはご免だったから出た言葉。

「じゃあ聞くけどアスカはトウジ君やカヲル君はどうなってもいいって言うの?
 今のままだと2人とも死ぬかもしれないのよ。けどシンジ君がトウジ君を
 上手くぶつけて止めれば助かる見込みは大いにあるわよ」

「それは・・・いいわけないけど。
 ・・・でもシンジを危険な目には遭わせたくないの・・・」
アスカはヒカリを見た。申し訳なさそうにうつむくヒカリを。
それ以上はアスカも何も言えなかったが、静まった頃にシンジが話してきた。

『あの・・・・・条件、何でしたっけ?』
その問いにマヤは予備のインカムから答える。

『バリアンテ・マールボロを抜けた後でトウジ君がブースターを作動させたら・・・よ』

『・・・分かりました。やってみます』
アスカはそんなシンジの答えにマヤのインカムを強引に奪うと手元のスイッチを押す。

『シンジ、分かってるの?!さっきとは違うのよ!鈴原は特攻かける気なの!
 死を覚悟した人間はどういう行動取るか分からないの!・・・死ぬわよ・・・シンジも』
アスカは必死で止めようとした。心の中ではシンジさえ無事なら他は構わない、
シンジにだけはこんな危険な事して欲しくない、という思いがあったのだろう。

『分かってるさ。死ぬかもしれないけど・・・何もしないで後悔するより、
 僕でも出来ることをやりたい。今、僕なら彼を止められるかもしれないんだ。
 この後静観していて、もし2人がクラッシュしたら・・・僕は自己嫌悪に陥るよ。
 今は出来る事をやりたい、僕はもう・・・逃げたりしたくないんだ』
シンジの答えにアスカは言葉を失った。アスカは彼がここまで芯が強いとは
正直思ってなかった。今、この事を承諾したのもマヤに言われて渋々受けたと
思っていた為のアスカの先のセリフだったが、自らの判断があっての事だと思うと、
複雑な心境であるが、嬉しくなる。
(コイツ・・・思ったよりかっこいいじゃない)
ヒカリは持っていたインカムをマヤに返した。もう、ヒカリからは喋ることはない。
マヤがインカムを付けてシンジと話し始める。既にチェッカーフラッグは用意され、
カヲルは最終コーナーに差し掛かった。

『いい?シンジ君、最終コーナーで遅れないようにね』
シンジは通信を返さない。今はドライビングで精一杯だった。もうシンジには
トウジのマシンが目の前に見えていた。トウジは飛ばしてるとはいえ、マシンの
調子は良くない。シンジが本気で飛ばせば追いつくのはさほど困難ではない。

「あいつ・・・まあええ。今下手に動けばマシンがもつかわからん。
 ワシが欲しいのはあくまでアイツの首や」
トウジは視界に小さく見えてきたグレーのEG-Mを見つめていた。

そしてチェッカーが用意された。カヲルのマシンがそれを受ける。
カヲルはその瞬間、腕に巻かれたブレスレットにキスする。

「これで面白くなった・・・チャンピオンにもグッと近づいたよ」
カヲルは今回のレースの結果に大満足であった。
そしてトウジが来る。バリアンテ・マールボロ(最終コーナー)に進入し、
腕に巻かれた喪章を握りしめる。

「ようやく終わったで。あと少しで会えるから・・・待っとれよ」
ブースターボタンに指が乗る。
「いくで、最後のブースター!」
指がスイッチを押し込むと同時にリアウイングが下がり、コアフィンが立ち上がる。
シンジも、アスカも、マヤも、ヒカリもその変形を見た。

「来た!遅れるわけにはいかない、行くぞ!ハイパーブースターオン!!」
シンジもトウジに追従する。直線の伸びではフロントサスの不調なんか関係ない。
トウジのマシンに追いつけず、マシンは更に加速してコントロールラインを
通過してチェッカーを受ける。だがむしろトウジのレースはこれから始まる。

「駄目だ!追いつけない!」
シンジは今までの彼のマシン加速とまるで違う加速力に正直驚いた。
トウジのマシンは今回からコアがリニューアルされてる事を知らなかったので、
ここで誤差が生じた。

「なんやコイツは!何故ついてくる!」
トウジは後ろに詰め寄るシンジのマシンを確認する。ブースターまで使って
追ってくるシンジを見て、何故ついて来るのか心当たりがあった。
「ヒカリか・・・だが追いつけやしないで。こっちだってブースターを使ってる。
 あとはワシが恐怖でアクセルを緩めずに突っ込めば問題なしや!」
トウジのマシンとの差を詰められないシンジに焦りが出た。
加速段階でマシンがスライドする。
「しまった!」
トウジとの差がさらに開く。

「あの馬鹿!こんな時に何やってるのよ!」
アスカはシンジのスライドを見て思わず叫ぶ。
ヒカリはもう目を閉じて祈っている、彼女は彼らを直視出来ていなかった。

『こらバカシンジ!しっかりしろ!』
アスカの檄が飛ぶがシンジは応答しない。それどころじゃない。

『とりあえず聞いて!鈴原はフロントサスの具合が思わしくないわ!
 次のタンブレロで捕まえてその後のショート(ストレート)で行きなさい。
 出来るだけ平行に壁に挟むこと!いいわね!』

『わかった、ありがとう。お陰で落ち着いた』
アスカは驚く。手短だったがまさか返答が来るとは思わなかった。
問題山積みの今だから余計に嬉しくもあり、複雑でもあった。
二台がタンブレロ進入、思った通りトウジは外に少し膨らんだがその時トウジの目に
カヲルが見えた。

「ついに来たで、ワシらのゴールが!」
そしてシンジも確認した。

「こうなったらヤケだ。全開で行くぞ!駄目で元々だ!」
シンジはアクセルを緩めないでコーナーに入って行く。
もうトウジはコーナーを曲がり終えようとしていた。
(これが最後の・・・アクセルや)
コーナーの出口の見えたトウジは再びアクセルを踏み込む。
カヲルはもうトウジのすぐ目の前でウイニングランをしていた。
が、トウジのマシンが加速をしないばかりかコアがいきなり停止した。

「な、何がおこったんや!」
その瞬間、トウジの思考にある言葉が混ざり込む。それを聞いたトウジ。
(そうか・・・お前の願いは分かった。せやけど一緒にいたいんや・・・)
トウジは惰性でカヲルに向かっていく。

「駄目だ!曲がりきれない!」
シンジは曲がりきれずに車体1台分、コースアウトした。
が、トウジの加速を止めたマシンが彼の真横にあった。
シンジはとっさにタイヤを左に曲げた。

「構うもんか!このまま行け!」
シンジの左タイヤが吹き飛び、トウジのサイド部分を抉り取った。
2台のマシンは進路を急激に左に変えたお陰で、カヲルのリヤをかすめたに留まった。
「シンジ君!君は!」                     「お前!」
トウジは自らの意思とは無関係にスピンを開始したマシンから、
左の壁が目の前に近づいて来るのが見えた。
シンジのマシンもトウジのマシンのカウルに挟まっていたため同じ軌跡を辿る。
アスファルト部分である程度はスピードが落ちたが、グリーンゾーンに入ると
そのまま真っ直ぐ後ろ向きにクラッシュした。そこでシンジのマシンは
トウジのマシンと壁に挟まれて両側が激しく潰れる。と同時にトウジのマシンは
コースに舞い戻った後でそのまま停止した。シンジのマシンはクラッシュした後
壁をなめながら暫くして停止する。
辺りに原型を止めないパーツと液体が飛び散っている中を、
マーシャルの車と、救急車が迅速に2台のマシンに群がっていく。
10分後、2人のドライバーは意識が戻らないまま、病院に送られた。


「鈴原、どうしても行っちゃうの。乗るんだったら来年もあるんだし・・・」
トウジは故郷に帰る為にミラノ空港に来ていた。

「ああ、今レースをする気にはならへんのや。
 田舎に行って少し遠くからGPを見て、冷静に自分を見つめてみるわ」

「そう・・・そういう考えがあるんだったらもう何も言わないわ・・・」

「すまんな、せやけどもし・・・来年やる気になったらまた乗せてくれるやろか。
 ただ、それが何時になるかはわからへん。明日かもしれんし、
 やる気にはならんかもしれへん。・・・虫が良いのはわかっとるが・・・待っとってくれ」

「・・・分かったわ。来季のシートは開けて・・・鈴原の事、待ってるから」
それを聞いたトウジは、傍らに置いてあったスーツケースを無言で手に持つと、
搭乗口に向かう。ヒカリもそれに続こうとしたが、

「もうここでええわ。見送られるのは元々苦手でな」

「じゃ、元気で頑張りや・・・」
そう言ってヒカリを止めた後で再び歩き出したトウジだが、
その後にヒカリが呟いた言葉に足を止める。・・・そして後ろを振り向かずに一言、

「またな・・・ヒカリ」
そのまま右手を挙げてヒカリに答え、
エスカレータに乗るとヒカリの視界からから消えていった。

=第6戦 イタリアGP 決勝リザルト=

1、渚カヲル
2、鈴原トウジ
3、綾波レイ
4、日向マコト

=ポイントランキング=

1、渚カヲル       23P(Win2、2nd0、3rd1)
2、碇シンジ       23P(Win1、2nd2、3rd0)
3、綾波レイ       22P(Win1、2nd0、3rd4)
4、鈴原トウジ      14P(Win0、2nd2、3rd0)
5、惣流アスカラングレー 13P(Win1、2nd0、3rd1)
===================================
以上がチャンピオンの可能性の残された者達。

6、葛城ミサト       11P
7,加持リョウジ       7P
8、日向マコト        1P
  アルベルトトンマ     1P

ある暗い、太陽の光すら入らない地下深くの一室にゲンドウとレイはいた。
彼女の手にはトロフィーがあり、ゲンドウに見せる為にそれを持ってきていた。
ゲンドウはトロフィーを見ると優しく微笑んでくれる。この一瞬こそがレイの
唯一の幸せであり、レースを走る理由だった。今回は3位だが、トロフィーを
もらったので、心躍らせてゲンドウに見せに来たのだが、ゲンドウはレイを
無表情で迎えると、何も言わずにレイをこの一室に連れてきていた。
レイはそこの空気は二度と吸いたくはなかったが、ゲンドウにイヤとは言えなかった。
普段は表情に感情を表さない彼女が、露骨に嫌悪感を表情にはっきりと出す場所。

「レイ」
ゲンドウが部屋に置かれたチューブの付いた機械を見ながら口を開く。眉を顰め、
部屋の中を直視出来ない彼女は、イヤで今にも発狂しそうな感覚を必死に抑え、
そこ独特の薬品の、彼女にとってはこの上なくイヤな臭いに耐えながら彼を見る。

「今までご苦労だった。お前はまたこの部屋に戻れ」
レイはその言葉を聞き、呆然とゲンドウを見上げる。
ゲンドウは寒気がするほどの冷たい目でレイを見ていた。
彼女の手に持たれていたイタリアGP三位のトロフィーが力の抜けた彼女の手から
滑り落ち、床に落ちた。金属音が体内で反響し彼女の耳の中でずっと響いていた。


次回予告

記者会見で発表される新チーム、ニューマシンG-EV-M、新人マックス・ウインザード、
そしてレイの引退。最終戦に向け改良されたEG-Mに乗り込むアスカ。
マシンテストでサーキットを走るアスカの前に黒いG-EV-Mが現れる。

次回 第7話「Kiss and bet 『REASON,1-A』」


第7戦Aパートに続く

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