第十一話 「届きますか」
前略
碇シンジ様
いかかお過ごしでしょうか。
ドイツは今、日本と同じように、復興の真っ最中です。
日本ほどではないとはいえ、やはり街はひどく傷ついています。
あれから4年たち、当時の様子を知らない私が言うのもなんですが、こちらにきてから随分と辛い思いもしました。
シンジの過ごした日々が、どのようなものか、容易には想像できません。
でも、随分と強くなったものですね。
私が目覚めたあの日、私をいつまでも護ると誓ったシンジ。
中学生の頃の記憶しかないので、私よりもずいぶん背の高くなったシンジが、とても
頼りげに見えてしまいます。
そんなことを想いながら、気持ちを整理してきました。
もうすぐ秋を迎え、街路樹も葉が萌えつつあり、なぜか日本のことが恋しくなる日々で
す。
継母の葬式も、済みました。
昔の私は、彼女のことをあれほど嫌っていたのに、どうしてか墓標の前で、泣いてしま
いました。
今では、悪いのは私なのだと、分かっています。
どうしてもう少し、優しく接することができなかったのでしょう。
「人形」と言われた私が、人形のように振る舞うことで生き延びてきたのだとしても。
そして・・・母の墓標の隣で、静かに眠りつづけてくれることを、心から祈っています。
私が目覚めてから、まだ数ヶ月。
いつのまにか、大人になってしまった私たち。
あの頃の、シンジ、ヒカリやトウジ、ケンスケ。
みんな大人となって、私は少し、出遅れてしまって。
そして・・・ファースト。
彼女の秘密を聞かされて、私は泣いてしまいましたね。
私は彼女にひどいことを言ってしまった。
いつか言われた、「人形」だ、と・・・。
彼女は、私と同じだわ。
ただちょっと、私の方が心を知っていただけで・・・。
私は、失ってから気づくことが多くて。
もう、会えないとなると・・・悲しくて。
ミサトや加地さん、リツコ、そして碇司令。
たくさんのことを学びました。
まだありがとうを言ってないのに、もう会えないのね。
ああ・・・やはり、一人はさびしいわ。
悲しい話は、もうお終い。
うれしい知らせです。
今月の終わりには、日本に帰ることが出来そうです。
旧ドイツ支部の取り調べも済み、晴れて日本国籍も取ることができます。
もう私は、ドイツ人でもアメリカ人でもありません。
シンジの居る、日本の人間になることが出来るのです。
これから先、どうなることか分かりませんが、私は今、幸せです。
なぜもっと早く、この事に気づかなかったのでしょう。
ありがとう、シンジ。
そうそう、ヒカリったら、あのバカトウジと結婚したのね。
初恋の人と結婚か・・・羨ましいわ。
それにしても、18歳なのですね。
早くみんなと会いたいわ。
それでは、また、日本で。
かしこ
惣流・アスカ・ラングレー
P.S. ちゃんと空港まで迎えに来るのよっ!
僕は、そのアスカらしい手紙を前に、喜びをかみ締めるばかりだった。
まるで宝物のようにその手紙を懐に仕舞うと、流れ出る汗が、そよ風に涼しかった。
夏の終わりを告げるような、物悲しい草ひばりの泣き声が細く響く。
車で行こうとケンスケには言われたけど、やっぱり季節が戻ったこの世界を、自分の足
で歩いていたい。
それに、空港まではそんなに距離はない。
もうちょっと一休みするくらいの時間はあるかな。
わざわざ急いで行く必要はない。待たされるのはいつも僕の方なのだから・・・。
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