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第三章 −恋の行方−
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たとえ、意識して会わないようにしたとしても、五百人に満たない小さな村
では、会わないでいられる事が奇跡である。
それが、無意識下の行動であったなら、会わないわけがない筈だった。
母に使いを頼まれてしまってから、トゥールは自分のうかつさに気が付いた。
ノルカが、外に出かけてくれてればいいのだが...
「あっ!」
ノルカの家に向かうトンネルの中で、トゥールは会いたくないその本人、ノ
ルカとばったり出会ってしまった。
「ノルカ...
えっと...」
「トゥール...」
二人の心境は、どちらも言葉が出ないという事で、十二分に分かるだろう。
他人から見れば笑い事だが、当事者にしてみれば、とても笑ってごまかすわ
けにはいかなかった。
それでもトゥールは、何とか口を開け、
「の、ノルカ...
今、君の家に行くところなんだ。
ノルカは?」
「わ、私も、帰るところ...」
ノルカの声は、わずかに震えている。
頬の紅いのはいつもの事だが、今日に限ってはそれがひどく気になった。
「じゃあ、一緒に行こう。」
トゥールは、ノルカの背中をちょっと押して、並んで歩き始めた。
ノルカはうつ向いたまま、トゥールは何か話す事はないか、キョロキョロと
辺りを見まわしながら考えている。
「あのさ、俺、うまく言えないんだけど...」
トゥールは、ためらいがちに口を開いた。
「俺、ノルカの事好きだよ。」
ノルカは、足を止めた。
顔を上げ、そのまま前方を見つめる。
「フォーラもクゥリも、みんな好きだ。
...みんな、大好きだ。」
緊張したノルカの肩から、力が抜けた。
わずかに目を伏せる。
「正直言うと女の子って、まだ俺、よく判らないんだ。
強いように見えて弱いとこもあるし、何考えているか分かんないし...」
トゥールは、ノルカの前にまわっていった。
ノルカの瞳は、そんなトゥールをじっと見つめている。
その瞳には、脅えの気配はないように、トゥールには思えた。
「だからさ、ノルカの事、もっと教えてくれないか?
なんて言ったらいいか...
みんな、兄弟みたいに暮らしてはいるけど、心の中って言うのは、本人だけ
にしか分からないだろう?
だから、他の人に自分を知ってもらうには、自分から話しかけなきゃ駄目な
んだ。
あのマトクだって、ああやってふざけたりなんかしてるけど、真面目に話を
する事だってあるし、ホントのところ、俺なんかより、よっぽどしっかりし
た奴だと思うんだ。
でも、それはマトクが自分の力で俺に分からせたっていうか...
うまく言えないんだけど、ノルカも、もっと自分からみんなに話しかけなき
ゃいけないと思うん。
そうやって、自分の気持ちを、自分の考えを、みんなに伝えていかないと、
誰もノルカの本当の気持ちを分かってくれないと思うよ。」
トゥールの想いが、ノルカの目を通して伝わっていってくれただろうか?
「...う、うん...」
想いのこもったトゥールの声に、知らずノルカは頷いていた。
「じゃ、行こう!」
トゥールは、ノルカの腕をつかんだ。
そのまま走りだす。
「ちょっ、ちょっと、トゥール!」
「早く早く!」
いつしか全力疾走になって、少女と少年は、薄暗いトンネルの中を、風のよ
うに駆け抜けていった。
トゥールがノルカの家を訪れたのは、ノルカの両親に、感謝祭の司祭役をつ
とめてもらいたかったからである。
寄る年波には勝てず、ついには今年の司祭役は断念せざるを得なかった老神
官から、トゥールの母は、司祭役の人選を頼まれていたのだった。
クゥリの母は、感謝祭の実質的な部分ですでに忙しい身だったし、若いなが
らも、政治的才にすぐれたトゥールの母親に、老神官は全幅の信頼を置いてい
た。
トゥールは、司祭候補の一人であるノルカの母に具合はどうか、ちょっとう
かがって来いと母に言われてきたのである。
息を切らせて入ってきたトゥールとノルカを、ソルカとその母親は、びっく
りまなこで見つめていた。
「なんだよノルカ、息なんか切らして。」
外から帰って来たところだったらしく、そういえばノルカは、厚い上着を着
たままだった。
その上着を脱がせながらソルカは、トゥールの方をちらりと見やった。
トゥールはというと、すでにノルカの母親と祭りについて話し合っている。
「そうだわね。
マステルとアーナンの方は、どうなっているのかしらね?トゥール。」
そう尋ねるノルカの母は、まったくノルカそっくりの姿だった。
穏やかな、暖かい輝きを帯びた黒い瞳に見つめられていると、自分の心まで
暖かくなってしまうような心地がする。
「向こうには、母さんが行ってる。
俺は、こっちの様子を訊いてこいって言われただけだから。」
「うちとしては、あの人達が一番の適任だと思うのだけど。
ほら、うちの亭主はあの通り、融通の利かない性格だから。」
トゥールは、ノルカの父親の職人的な気質を良く知っていた。
彼の手による猟銃は、これまで数多くの伝説を生んできたものである。
なんと言っても、一夏前からの注文が、まだ捌けていないという話だ。
息子のソルカも、普段はあの通り軽い奴だけれど、すでに銃の扱いでは、一
言ある存在になりつつある。
将来は、立派な猟銃作りになるのだろう。
「取り合えず了解したと、エイマには伝えといて。」
と、彼女は少し、声のトーンを低くして、
「やっぱり、ニコフの具合、良くはないのね?」
ニコフというのは、老神官の夫人の名前である。
司祭役は、夫婦一組で参加しなくてはいけないので、今回の事態となったわ
けである。
祭りで重要な役どころを長い間つとめてきたという以上に、人々から信頼さ
れ、親しまれてきた老夫人の具合を、村人の誰もが案じていた。
「うん。
どうもまずいみたいだって、母さんは言ってたよ。」
「...そう。
持ち直してくれればいいのだけどね。」
まったくだと思いつつ、トゥールはノルカの家を後にした。
その足で、クゥリの家に向かう。
戸を叩くと、中から現われたのは、トゥールより一夏下の、マズリという少
女である。
切れ長の薄茶色の瞳が、下からトゥールの顔を見上げている。
トゥールがちょっと、苦手にしている少女だ。
「マズリ。
家の母さん、来てない?」
マズリは黙ったまま、トゥールが通れるくらいだけ、体をずらした。
「ありがと。」
言ってトゥールは、中に入った。
パタパタいう、機織りの音が聞こえてくる。
外にまで響いていた女達のざわめきが、内容を明確にした。
その中に、良く通る母の声を聞きつける。
「母さん?」
更に奥に進むと、果たして母の姿はそこにあった。
母親をはじめとして近所の主だった夫人達、それに加えてフォーラやクゥリ
など、少女達の姿もある。
そろそろ異性を意識し始める年頃のトゥールとしては、女ばかりの中に入っ
てゆくのには、ちょっとした思い切りが必要だった。
「トゥール!見てよこれ。」
フォーラが、美しい色合いを見せる糸巻きをトゥールに差し出した。
その深い色合いは、トゥールが今まで見た覚えがないものだ。
「どうしたの?これ?」
女達がいつにも増して騒いでいたのは、このためだったんだなと、トゥール
は納得しながら尋ねた。
「ほら、春の初めに、ガーランの森で、モノシシアの大きな群生が見付かった
でしょ?」
「うん。」
「マステルが、新しい方法で、それを使って染めたんですって。」
「へぇ...」
女達の輪から、少し引っ込んだところに座って、穏やかな微笑みを浮かべて
いる若い女性の姿を、トゥールはすぐに見つけていた。
さっき玄関でトゥールを迎えたマズリの、母親でもある。
普段もあまり目立つ方ではなく、またその容貌も、はっと目につくといった
タイプではないものの、時に、その特殊な才の鱗片を見せる人である。
頭はいい人らしく、それで司祭候補のアーナンと一緒になれたわけだが、実
務能力のそれほど発達していないアーナンを助けて、いい奥さんになっていた。
「私、お祭りには絶対これを着たいわ。」
フォーラは、糸巻きを首のところに当てて、
「どう?トゥール。
似合うと思う?」
「うん、良く似合うよ。」
本当に似合っていると思ったトゥールは、素直な感嘆を声に表した。
「本当?」
訊き返すフォーラは、すっかり舞い上がっているらしい。
と、自分に向けられている母の視線に気付いたトゥールは、女達の輪の外を
回って、母のところに行った。
「ラダナは、一応いいって。」
「そう?
...なら、あの人達にはウラシット(魔使い。魔物の先導役をつとめる。)
の役をやってもらう事にするわ。」
「アーナンは、いいって?」
「ええ。
了解してくれたわ。」
「じゃあ、ラダナには俺から話そうか?」
「いいわ。
ありがとうね、トゥール。」
トゥールは、すっかり盛り上がっているフォーラ達の方をちらっと見てから、
その場を後にした。
ブローグ騒ぎも束の間、その実さっぱり姿を見せない事もあって、村は、間
近に迫った感謝祭に向けて、落ち着かない雰囲気に包まれていった。
感謝祭は、本格的な冬を迎える前に春の収穫を神に感謝し、長い冬の間、十
分な獲物があるようにとお願いする、そのための儀式である。
が、もっとも、男達は、思う存分酒が呑めるために、女達は、思いっきり着
飾る事ができるために、そして子供達は、好きなものを腹いっぱい食べられる
ために喜んでいた。
しかし、逆に祭りの本質は、そういった庶民的な喜びの中にこそあるものだ
と言えるだろう。
そして、それを肯定できる時代こそ、真に平和と呼べる時代と言えるのかも
しれなかった。
トゥール達は、祭りで使われる丸太を集めるため、それぞれのソリの後ろに
荷台をくくり付け、森の中に入っていった。
斧を振りかざし、一振りごとに深く食い込んでゆくのを確かめるトゥールの
瞳が、初冬の穏やかな陽光を受けて、キラキラと光っている。
先程から、一向に手を休める様子を見せないトゥールに向かって、すでに長
い一休みに入ってしまったマトクは、軽く握った雪玉を放ってよこした。
狙いたがわず、そいつはトゥールの肩にぶつかって、粉みじんに砕けた。
斧を振り下ろした直後で、トゥールは、幹に食い込んだ斧を抜いてから振り
向いた。
「何だよ、マトク。
お前、遊んでていいのか?」
「いいよ、別に。
今さら気合い入れなくたって、おっさんたちが充分集めてくれてるって。」
「そりゃ、そうだけど。
またクゥリに怒られるぜ。」
「いいのいいの。
大丈夫だって。
今ごろあいつはフォーラ達と一緒に、衣裳の仕上げに大わらわさ。
ま、あいつの場合、何着せたって一緒だけどな。」
「ひどい言われようだな。
あれでも大人しくしてれば、結構かわいい方だと思うけどな。」
「それよそれ!
そいつが問題だってぇの。
あのおてんばが、チャラチャラした飾りモン着けてみろよ、ただでさえ騒が
しいってのに、収拾がつかなくなっちまうよ。」
へらへら笑いながら、片手を顔の前でひらひらしてみせるマトクは、しかし
次の瞬間、ゲッという声を上げて、忽然とトゥールの目前から姿を消した。
いきなり目の前に出現した小さな雪の山に、瞬間、トゥールは声を失い、
「マ、マトク?」
と、マトクをおおった雪山の後ろから顔をのぞかせたのは、話題のクゥリと、
そしてフォーラである。
「な、何だぁ?」
なんとか雪の間から這いだしてきたマトクは、振り向いてクゥリの怒った顔
と対面した瞬間、文字通り跳び上がった。
「な、な、な、何だってんだよ、お前!」
「おてんばで悪かったわね、おてんばで。」
クゥリは近くにあった木の幹に、ガツンと正拳の突きを入れた。その振動で
枝から雪の塊が、ドサリと音をたててマトクの頭上に落っこちる。
「お、お前なぁ!」
さしものマトクも堪らず、あたふたと立ち上がった。
「いったい、何考えてんだよ!」
「何よ!そういうあんたこそどうなの?
トゥールにばっかり働かせて!
そんな事だから、いつまでたっても馬鹿馬鹿って言われんのよ!」
「うっせーな。
そんな事、お前に言われる筋合いねぇだろ!」
「筋合いも何も、やるも事やってないくせに、文句だけ一人前に言うんじゃな
いわよ!」
「何だと?
そういうお前こそ、どうなんだよ!
フォーラにばっかり世話かけてんじゃねえのか?」
「なによ、ちゃんとやってるわよ!」
「どうだか判んねえよな。」
フォーラはともかく、クゥリは実は、裁縫とか料理とかいった事は苦手なの
である。
男に生んでいればよかったなどと、母親に公言させるクゥリである。
痛いところを突かれ、クゥリはカチンときたようだ。
クゥリが明らかに動揺したのを見て取って、マトクは笠に着て、反撃に移る
心積もりらしい。
さすがにまずいと思ったのか、トゥールはマトクの上着の裾を引っ張った。
「なんだよ?」
「止めろよ、マトク。」
「なんだよ、トゥール。
お前、裏切んのか?」
「そうじゃないよ。」
「そうじゃなかったなら、何だってんだよ?」
「なに怒ってんだよ?」
「怒ってないだろ?」
「怒ってるって。」
いい加減、トゥールも本気で腹が立ってくる。
なんだ、こいつ?
「やめてよ、マトク!」
クゥリの声に、反射的に彼女の方に目をやったマトクは、返す言葉を飲み込
んだ。
クゥリの目の端に、何か光るものを見たからだ。
クゥリは続けて、
「ほんと、情けないじゃないの!
どうしてあたしがこんな奴に、ウォケナ・カルト(神舞踊。感謝祭のヤマ場
の一つになる。)の申し込みをしなくちゃいけないの?」
「...えっ?」
「言っとくけどね、誤解しないでよ。
あたしは、あんたが好きとか言うんじゃないからね。
あ、あたしは...
あたしとあんたなら、つり合いが取れるんじゃないかって、母ちゃんが言う
もんだから...
だから...」
クゥリの声は、段々と小さくなっていった。
最後の方は、嗚咽と区別がつかない。
クゥリの頬に伝うものが、何より雄弁に、彼女の心情を表していた。
マトクの心の中で、何かが溶けていった。
「...分かったよ。
ごめん。
俺が悪かった。」
ぼそぼそという言いようだが、意地っ張りのところのあるマトクにしては、
精一杯というところなのだろう。
「ごめんな、クゥリ。
俺、受けさせてもらうよ。」
マトクは一瞬躊躇したが、思い切ってクゥリの腕を取った。
そんなマトクの手を、両手で包み込むようにしてクゥリは、
「ほんと?」
「嘘ついてどうすんだよ。
出るって言ったら出るよ。」
「ありがと、マトク。」
ようやく微笑みを浮かべたクゥリは、何だかとても可愛らしく見えた。
それは、マトクにしても同じ事だったろう。
マトクはもはや、クゥリの顔を正面から見る事ができなかった。
「じ、じゃあ、あたし、ノームトゥ(冬きのこ)集めなくちゃならないから...」
と言って、クゥリとフォーラは、森の中に入っていった。
「...ったく、仕方ねえよな。
泣かれたんじゃ、どうにもよ。」
マトクは文句を言いつつ、クゥリ達の消えていった方向を見つめたままだ。
「そうかい?
結構、まんざらでもって顔してるぜ。」
「そう見えるか?」
「ああ。」
トゥールが頷くのに、
「よせやい。
俺はそんなに物好きじゃねぇよ。」
そう言うマトクの口の端が、笑みの気配をまとっている事を、トゥールはも
ちろん見逃さない。
もっとも、その笑みは、嬉しさより照れ隠しと言った方がいいものだったが。
「...さて、それじゃあぼちぼち、俺もやるかな。」
「なんだよ。
さっきとはずいぶん、態度が違うじゃないか。」
「別に。
俺ってさ、ぶらぶら遊んでいるのは、元から性に合わねぇんだ。
どうしても仕事しなくちゃいけねえような気がしてよ。」
「ふぅん。」
「なんだよ?」
「じゃあ、俺が一休みするよ。」
そう言って、トゥールは雪の上に横になった。
心地好い疲労が、全身を包み込んでいる。
そのうち、規則正しい、斧を打つ音が響き渡ってきた。
まだ冬に入って間もないため、あまり雪は深くないが、すでに一面の銀世界
だ。
見上げると、青い空は、どこまでも青く高く、雲一つなく澄み渡っている。
そろそろ傾きかけてきた太陽が、穏やかな日差しで、トゥール達を包んでく
れた。
息は白くなるが、呼吸するのに辛くなるほどには寒くなく、トゥールの意識
は、いつしか心地好いまどろみの中に沈んでいった。
「トゥール!」
出し抜けに名を呼ばれ、トゥールは一瞬戸惑った。
未だ、夢の残滓が付きまとっている。
「起きろ!」
頬に感じた刺激が、トゥールの意思を強制する。
眠りの世界は去り、再びトゥールの心は、現実の世界に戻ってきた。
「な、何だ?」
自身を呼ぶ声の持つ緊迫感に、一気に頭脳は覚醒した。
「トゥール!」
瞳をのぞき込む大きな黒い瞳は、トゥールの良く知ったものだった。
「どうしたんだ?クゥリ?」
クゥリの瞳に、切羽詰まったものを見て取って、トゥールは起き上がりなが
ら尋ねた。
「何が...」
クゥリではらちが明かぬと見て、トゥールは、マトクへと視線を移す。
「フォーラがいなくなった。」
「フォーラが?」
その言葉は一瞬、トゥールの心を通り過ぎようとした。
が、何かに引っ掛かって、次いでそれは、トゥールの意識の中に、しっかり
とつなぎ留められた。
「フォーラがいないって?」
「...ああ。
レクルルの泉の辺りを歩いていたらしいんだが、気がつくと、フォーラの姿
が見えなくなっていて、で...」
マトクはそこで言葉を切り、手に持っていた物を、トゥールの目前にかざし
て見せた。
「それは...」
「これが落ちてたらしい。
ノームトウの籠も、ひっくり返っていて...」
マトクが差し出すそれを、トゥールは受け取った。
それは、だいぶ前に亡くなった、フォーラの祖母の形見のナイフである。
特に価値のある様なものではないが、少女時代から亡くなるまで、一度も手
放した事はなかったそうだ。
ナイフの握り部分についた小さな房は、祖母の遺髪を編んだもので、フォー
ラの母が付けたものだ。
フォーラにとっては、今は亡き祖母と母親、二人に対する想いの象徴とも言
えるものだった。
それが落ちていたという事は、いったい何を意味するのだろうか?
ぞくっと、体の芯から冷えてくるのを、トゥールは感じていた。
「早く探しに行かないと、陽が暮れる。」
マトクの言葉に、トゥールはハッとして空を見上げた。
そういえば、日の光はだいぶ力を弱めていた。
空全体が、紅い色に染まりつつある。
「マトク!」
トゥールは立ち上がった。
もう、一刻の猶予もない。
ブローグがもっとも多く現われるのが、この逢魔が時だった。
真に魔の如く、奴はその姿を現わし、その力を振うのだ。
「マトクとクゥリは一緒のソリに乗って、離れないように。」
「分ってるさ。」
マトクは真剣な眼差しのまま、口許を歪めた。
「他の連中には?」
「ノルカとソルカが知らせにいってる筈だ。
もう、村の連中はみんな出払っている頃だろう。」
「よし。」
トゥールは、ソリに飛び乗った。
エンジンをかけつつ、トゥールは呟やく。
「フォーラ!
今、行くからな!」
トゥールの想いに応えるかのように、ソリは一気にパワーを上げ、黒々とし
た森に向かって、飛び込んでいった。