第6話「焦慮 Bパート」


からからと店先のビニール製の仕切が取り払われ、店の奥から飾り以外の
ダイニングセットを店先に並べ始めた。
アスカはそんな光景を見つめながら、自らの腕についた時計の目をやる。
10時。
もう開店時間だからか・・・。
自分の時計が狂っていると思いたかった。でも・・・認めたくなかった事象。
アスカは準備が終わったであろうオープンカフェに座ると、
一人の店員がすぐ彼女のそばに寄ってきた。
加持が来てもすぐ発てるようにオレンジジュースを注文すると、
先ほどから変わらぬ景色にその目を移した。


「あ、リツコ?あたし。
 うん、いや、そんなことより今日のテストスケジュールなんだけど」
右手でシフトを1速に入れ、そのままステアリングを握る。
左手は携帯のみを持ち続けていた。
「それなんだけど、弐号機のスケジュールを今日に動かせない?」
声を切った瞬間に目の前の信号が赤から青に変わる。
ミサトはクラッチを繋げて青いルノーを発進させた。
「え?。そうよ、その方が都合がいいの。色々とね。実は・・・」
ミサトは手短に事を話しながらステアリングに添えられていた右手を伸ばし、
シフトを2速にチェンジすると、素早くステアリングを握り直す。
「Ok?。サンキュー。じゃぁそっちからアスカの携帯に連絡入れてくれる?」
同様に3速に入れる。
「今移動中だから電話すんの大変なのよ。今だって忙しくて大変なんだから」
続いて4速まで入れると、さすがにエンジン回転も上がらず一息吐けるまでになった。
「そ、アスカの携帯。番号は分かるわよね。
 でね、今から20分後に私が迎えに行くからって言ってくれる?。
 え?あぁ、加持は来ないって言ってくれた方がありがたいわね。
 あ!でも・・・」
ミサトの目の前の信号が赤に変わる。
アクセルから足を離すとリツコの返答が耳に入ってきた。
「くれぐれも言わないでよ。じゃぁテストの用意よろしくね」
ミサトは携帯のスイッチを切ると、クラッチを踏み込みながら胸ポケットへと運んた。

電子的な音がオープンカフェに響く。
その呼び出し音は1回目が鳴り終わる前に途切れた。
「もしもし!」
だが、その明るい声はすぐさま失望の色に塗り替えられる。
「あ・・・。はぃ」
電話は話し相手が話し続けているようで、彼女からは相槌の声のみが漏れ聞こえる。
「え?!。来られなくなった??。どうして?」

ほぼ時間通り。
ミサトの青いルノーが彼女の視界に入った。
見つけたアスカはすっと立ち上がり、会計を済まそうとレジへ向かう。
代金を支払い、カフェを出ようとしたときに店員に声をかけられた。
「忘れ物ですよ」
店員の女の子はアスカのバスケットを彼女に差し出した。
「あ・・・あぁ・・・ありがと」
微笑みながら手渡す彼女と、無表情のアスカ。
バスケットを持つ腕をだらりと力無く下げ、
青いルノーの方へと足取りも重く歩き出した。
「ごめんね、待った?」
ミサトの言葉。だがアスカはバスケットを後ろの座席に放り投げるとそのまま助手席に座る。
今までいたカフェを見つめ、ミサトの台詞を彼に言ってほしかったなと思いながら。


「ごめんリツコ。スケジュール変えさせちゃって」
エヴァ弐号機の赤い機体が眼下で修復後の動作確認&射撃訓練をしている中、
ミサトはファイル片手でモニタを見つめるリツコに詫びた。
「どうせ明日には行う予定だったし、下手なフォローよりは説得力もあるわ」
瞳はデータのチェックへ、手は筆記を続けるリツコ。
問題なく各部が作動していることで、テストも滞りなく運んでゆく。
テスト時はいつものことなので、ミサトは気遣うことなくリツコに話しかける。
「絶対来るからここから動かない!って駄々こねるかと思ったけど
 以外とあっさりと来てくれたんで嬉しい誤算だわ。
 やっぱリツコから連絡入れてもらって大正解だったわね」
リツコも自分の仕事をこなしながら、彼女と会話を楽しむ。
「でもいつまでも突き通せる嘘じゃないわよ。
 私は加持君が急な仕事で松代に行ったって言っただけだもの」
ミサトは返答に窮した。
いつまでも誤魔化しきれる問題ではないことは分かっている。
かといって、真実を話すのには抵抗があった。
というより今、情緒不安定のアスカに話せることではない。
最近は幾分落ち着いてきただけに尚更だった。
ミサトの脳裏には、車内で口を開かずに窓の外から流れる景色を見つめていた
アスカの瞳、車のガラスに反射したアスカの瞳が脳裏にこびりついて離れなかった。


赤いプラグスーツを体からはぎ取ると、右にある赤いボタンを押す。
頭の上でモーター音がしたのとほぼ同時で彼女にお湯が降り注ぐ。
彼女は手のひらで腕を洗っていたが、唇をきゅっと締めるとその手で顔を激しく洗い始める。
荒い息が漏れる中、彼女は思い切り先ほど押したボタンの上を殴りつけた。
ネルフ本部の強化タイル、思い切り叩いたにしては音がほとんどなかったが、
手に一瞬強烈な痺れが走るのと呼応して、降り注ぐお湯の流れが止まる。
下を向いたまま、今度はファンが回り彼女の髪を踊らせ始め、
彼女はファンが止まるまでの間、ずっと下を向いたままで温風を顔で直に感じていた。


B−2。
ボタンを押すと、エレベーターはカチカチと階を知らせながら進む。
ただ眺める先には階を知らせる機器だけがアスカの瞳に映っていた。
その光景がB−33を通過したとき、彼女に体にGがかかった。
表示はB−32。
まだ目的の階ではない。
うっとおしく感じながらも、エレベーターの制御盤から離れた。
ドアが開くに従い、2人の人影を彼女の瞳が認識する。
瞳孔が引き締まったが、彼女は姿勢を整えると、一礼した。
「お疲れさまです、碇指令」
が、そんな彼女を知ってか知らずかゲンドウの口から出たのは
「・・・レイ、明日のテスト、遅れるなよ」
「はい」
会話はそれだけだった。一人はエレベーター内に入り、一人は扉の外にいた。
扉が閉まり、入ってきた者は制御板にB−1のボタンを押したのをアスカは横目で見た。
先ほどの光景、アスカは気に入らなかった。
自分は無視され、レイは言葉をかけてもらっていたことが何より腹立たしい。
別にゲンドウに声をかけてもらいたいとは思わないが、こっちが挨拶しているのに
レイだけに声をかけたというのが癪に障った。
「指令と何してたのよ、優等生」
少し棘のある口調だった。だが、背を向けていた彼女からは返答はなかった。
「いいわね、お気に入りのお人形さんは。着せ替えでもしてもらってたの?」
レイは黙っていた。
だが、沈黙は彼女にしたら無視されているようで一番腹立たしい行為。
自然と語尾が強くなる。
「ちょっと!何とか言ったら!それとも優等生人形は耳すらないわけ?!」
「・・・聞こえてる」
背を向けたままのレイに苛立ちを感じながらも言葉をぶつける。
「だったら何で答えないのよ!」
「何?」
アスカはかあっと顔が赤くなるのを感じ、次の行動は簡単だった。
左手でレイの右肩を掴み力を込めてこちらを向かせると右手を思い切り振り下ろして頬を打つ。
勢い余りエレベーターの壁に叩きつけられ、もたれかかるレイを彼女は矯激の視線で射抜く。
「馬鹿にしないでよ!指令に気に入られてるだけでパイロットになったくせに!」
レイの赤い瞳がアスカの青い瞳を正面に見据える。
その視線にアスカの背筋がぞくりと悪寒が走りぬけた。
そのままレイは何も言うことなく、先ほどまで見つめていた壁に視線を移す。
アスカはそんなレイの行動に不満を募らせたが、先ほどの視線が彼女の喉を一気に詰まらせた。
「フン・・・あたしも馬鹿ね。人形相手にあほらしい」
こう吐き捨てることで溜飲を下げようとしたが、レイは口を開くことはなかった。
B−2に着いた際エレベータの壁を思い切り蹴りつけて出ていったことからも察するに
アスカは不満を消すことは出来なかったのだろう。

少し歩いたところに加持の部屋がある。
先ほどリツコに加持が外出中と聞かされていたので、彼はいないと分かっていたが、
このネルフ本部に来た以上、ここを訪ねないわけにはいかなかった。
というよりアスカの足が、自然とこちらへ向いてしまったという方が正しいだろうか。
いつも通りアスカは扉の前に立ってみる。
だが想像通り目の前の扉は堅く閉ざされたまま。
やはり加持がいないからロックがかかってるのかなと思いながら立ち位置を変えながら
扉を調べ始めるが、流石というかネルフ本部の自動ドアはセンサーすら
外部に露呈していなかった。諦め顔でドアのネームプレートに目を移したその時、
エアシリンダの音と同時にそのプレートごとドアは所定の格納場所に消えた。
驚きの表情を浮かべながら、彼女はドアの代わりに目の前に現れた黒スーツの上に
視線を這わせ、彼の顔を見た瞬間思わず息をのんだ。
彼もアスカに気づいたようで、彼が顔を近づけてくると身を強ばらせて
視線を斜めに落とした。
「意外なところでお会いしますね、エリート様」
侮蔑とも取れるその言葉に拳に力を込める。
こいつがなぜ加持の部屋から出てきたのか疑問に思ったが、
イヤな記憶が彼女の喉を封じ込めた。
彼女の態度を見て、冷笑を浮かべながら体を舐めるように見る。
加持とのデート予定だったので、いつもよりドレスアップした姿だったが、
彼の興味がその下に向いていることを彼女は知っていた。
隠すように腕を胸の前で交差させ、自らの肩を握りしめる。
「・・・何で・・あんたがここにいんのよ」
絞り出すような声が響く。アスカの用は彼の後ろにあるから、早く退かしたかったし
この視線からも逃れたかった。
「私は諜報部員だからね。ここが仕事場さ」
話が違う。アスカはミサトから彼は免職になったと聞いていた。
どうして?。と思案の色を顔に見せるアスカ。
肩、正確には肩を握りしめる手に彼のごつごつした手が重なる。
息をのむアスカの耳元まで口を寄せ、ささやく。
「あの時は邪魔が入って惜しかった。・・・14にしてはなかなか良い躰だったからな」
視線は合わせられない。
接触を持った自らの腕と、彼の手を喫驚の色濃い瞳で見つめることしかできなかった。
「俺も今はマークが入ってるから無理は出来ないんでな・・・。
 10万でどうだ?。悪くないだろ」
「・・・どいてよ」
アスカは今まで躊躇していた足を室内に向ける。
真っ暗な部屋、以前の記憶がこの男のいる側で入ることを拒絶させていたのだが
彼の台詞でその呪縛は説かれている。もう早く加持の部屋へ逃げ込みたかった。
だが、目の前の壁は彼女を阻んで先に出さない。
「もったいぶるなよ。お前だって世の中をよろしく渡ってるんだろ?。
 こんな良い話し他にはないぜ。繁華街で売ったって6万くらいだろう?」
いやらしい笑みを浮かべながら自分を抱き止めようとする彼に、
怒りが頂点に達したアスカは前にあったことも、
今、彼の姿に受けていた恐怖も一気に吹き飛んだ。
アスカはこの男の全てを破壊するつもりで足を股間に飛ばした。
狙い通り油断していた彼の股間にクリーンヒット。
大柄の体を屈ませる男の襟首を掴み上げると
「ふざけないでよ!純を装うつもりはないけど体を売るほど落ちぶれてないのよ!」
そう吐き捨て、加持の部屋に入っていこうとする。
だが、そんな彼女の足首を彼が掴む。
「・・・ここは立入禁止・・・入るには許可が必要だ」
「許可?!。何であんたに許可取る必要があんのよ!」
今までの腹に据えかねていたものが爆発している彼女の態度に彼は諦めたのか、
立ち上がると本来の職務である諜報部員の顔に戻る。
「加持 リョウジの部屋は諜報部の管轄だ。部外者の入室は禁止されている。
 入りたければ諜報部か、偉いさんの許可がないとな」
なぜ?
アスカには理解不能。どうして加持の部屋が入室禁止なのか理解に苦しんだ。
「入らないからここから中だけ見るのは駄目なの?」
しばし彼は思案した。
「ほんの少しで良ければ・・・」
そう言い残すと、彼はルームランプのスイッチに手を伸ばす。
ランプが灯り、光が加持の部屋を照らし出した。
「あ・・・」
アスカの眼前に広がる光景。
レポートが部屋の床一面に散乱し、それに足跡が無数に付いている部屋。
机の上には彼がいつも愛用していたワークステーションと、
部屋一面に雑然とばらまかれた膨大な数のディスクが散乱していた。
その光景は彼が立入禁止にした事が嘘でないことと、
立入禁止にした理由が分かった気がした。
ランプは約十秒間部屋を照らし、その後は再び闇に消えていった。
2人の間に言葉はない。
アスカは電気を消した彼が、自分に向かい首を振ったのを見たあとで
居たたまれなくなってその場から走り去った。

もう頭がパニックだった。
あの部屋の光景は何なのか訳が分からない。
なぜ諜報部が監視しているのか。
黒スーツの男に問いただしても良かったが、彼では恐らく知らぬ存ぜぬだろう。
だからアスカはミサトの部屋に向かった。
立場上、ミサトなら何か知っていると思った。
それに、先ほどの彼は免職になっているのに何でまだ職場にいるのかも気になる。
ミサトは確かに彼は免職になったと言ったはず。
そのことについても問いただしたかった。
アスカがB−6階にある彼女の部屋に着く頃にはもう息が上がっていた。
空気を激しくやりとりしながらドアのブザーを押し込む。
廊下に5回ほどアスカの呼吸が響くと、ロックが外れる音とミサトの声が聞こえた。
ミサトは意外そうな顔で彼女を迎えた。
ちょっといい?というアスカの言葉にミサトは快く彼女に進路を譲る。
アスカが中に入っていくと、中にリツコがいるのが見えた。
あまりに息が激しいアスカを見、ミサトは冷蔵庫の取っ手に手をかける。
「とりあえず何か飲んだら」
そんなミサトだったが、アスカは彼女の肩を強く掴むとこちらを強引に向かせた。
「そんなのどうでもいいわ・・・」
一瞬の間のあとで、アスカはいきなり本題に切り込む。
「・・・加持さんの部屋どうしたのよ。何で諜報部が監視してんのよ」
真正面に映るアスカの瞳は真剣だった。
だが返す言葉が見つからず、沈黙しているミサトの肩を強く掴むと更にたたみかける。
「加持さん松代に出張してるんでしょ?!。あんな事やらせておいていいの?!
 もうディスクやら書類やらいろんなものが部屋の中に散乱してて酷いのよ。
 今すぐやめさせてよ!」
この言葉を最後にアスカはミサトの言葉を待つ。
完全にミサトは返答に窮していた。
諜報部に言って調査をやめさせるか・・・
アスカに本当のことを言うか・・・
定期的な素行調査とでも言うか・・・
幾つかの案は頭に浮かんだが、どれも口に出せるほどの案ではなかった。
ここでも沈黙。シンジもレイも、ミサトですら沈黙しかしてこない態度に
言い様のない悔しさがアスカの中で膨らんでくる。
「何で黙ってんのよ!私には何も言えないっての!加持さん出張中なんでしょ?!
 あんな空き巣みたいな事やらせていいの?!!」
落ち着きを失い、感情を表に出しながら詰め寄るアスカの耳に、後ろからの声が響く。
「まぁ落ち着いて」
「落ち着けっていって・・・」
アスカが口を開きながら声の方に振り向くと、視界に缶が飛んでくる。
彼女は缶に一瞬はっとなり、手をとっさに伸ばしてその缶をキャッチした。
飛んできた缶を見つめ、気を缶に取られたアスカの口が止まったのを
見計らって缶を投げた張本人のリツコは口を開く。
「ミサト、加持君のことはアスカも知る権利があるわ。
 あなたが言えないんだったら私から言ってあげる」
いきなりの台詞にミサトは狼狽える。
「ちょっと何言ってんのよ!あんた・・・」
ミサトは言葉を止めた。すぐ隣にアスカがいる。
下手な言い争いをしたら不審の思われるだろう。でも・・・
アスカはリツコに一歩足を踏み出し、彼女の話を聞くことを意志づけた。
「加持さんの事って・・・なに?。
 何か私に隠してることがなにかあるの?」
リツコは少し息苦しそうなアスカの瞳に視線を合わせ、彼女の望んでいる情報を
話し始める。その方が、真に迫っている気になるとリツコは考えていた。
「加持君の部屋を捜査するのは仕方のないことなのよ。
 彼がしたことの重大さを考えるとね。
 何を調べ、何を流したのか特定することは重要なことだわ」
「どういうこと?。加持さんが何したのよ」
リツコはここでたばこを取り出し、火を付ける。
「加持君の仕事、知ってる?」
煙をすぅっと吐き出しながら、アスカの瞳を見続ける。
瞳に映る少女は、調査部所属だから何かの調査と言う。
リツコは軽く頷きながらほんの少し口元をゆるめた。
「そ、いろんな調査。加持君はエヴァの技術がどういうものか、どこまで進んでるか。
 ネルフ本部の構造、システムの他、言い出したらキリがないほど調査してくれたわ」
アスカにも大方の意味は分かった。強く握りしめた拳が震え出す。
ミサトはアスカの斜め後ろでリツコの語りを聞く。
すがるような視線をリツコに浴びせ続け、リツコもそれを知っていた。
「・・・じゃ、じゃぁ加持さんは・・・出張じゃなくて・・・何なの?」
震えを押さえようとして口を開いたが、ほんの少し震えは言葉に現れた。
ミサトもリツコもアスカのその変化に気づく。
「SPYの末路は相場が決まってるわ」
リツコは首を切る仕草をした。その仕草を見たアスカの瞳孔が開き、
ミサトはいつでも彼女の口を封じられるように、足に力を込めた。
が、
「でも、あなたも知ってるでしょ、加持君のしぶとさと優秀さは。
 まぁ幸か不幸か上手く姿をくらませたわ。
 今現在、諜報部でも所在を掴めていないのが現状よ」
リツコは初めてアスカから視線を外し、ミサトを見る。
少しホッとしたような顔を浮かべるミサトに、軽く微笑んだ。
ミサトは斜め前にいたアスカの肩にそっと手を置く。
「ごめんね、アスカのことを考えると言いだせなくて・・・。
 私が悪いの・・・ごめんね。
 ・・・アスカだけじゃなくて、今日のアスカの事でシンジ君にも心配させて・・・
 全く、保護者としても上官としても失格ね」
しかしアスカの頭はまだ整理できていなかった。
頭の中をSPYという事象と、彼を慕ってきた事象が脳の中で激しく回る。
なにより加持がSPYというのが信じられない。
が、今まで自ら見てきた光景が、それらを真実と受け止めさせる。
真実。
でも嘘だと思いたかった。
加持の包み込むような優しさに心酔していた自分。
でもそれって偽りの・・・やさしさ??
加持の顔が浮かんでは消える。時には優しく、時には厳しく自分を見てくれた

カオ
かお・・・・・・・

うつむいたままで、先ほどより一段と荒さを増してきたアスカの息づかいと、
ミサトの手にまで伝わる震えに、二人とも心配の色を顔に表し出す。
「・・・アスカ?。加持なら大丈夫よ、あいつは殺したって・・・」
その時突然アスカが叫んだ。
「うぅぁぁあぁ!」
いきなりの叫声に二人は驚きを隠さずに彼女を見た。

叫声と同時に両の手で頭を押さえたアスカが映る。

その激しさは彼女の爪が頭皮に食い込むほどだった。


Cパートへ続く

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