続・黒猫天使(その3)


原作者:DARU
作 者:齋藤秀幸



その日の夜、案外早く帰ってきたミサトさんは、ダイニングにアスカが居ない事を確認すると、トマトソースを作っている僕に向かって『ゴミン』と一言謝った。 そして、今朝みたいにニヤニヤと笑みを浮かべると、明日はリツコさんのところに泊まると言っていった・・・・・・

       ・

今日の夕食は、さすがに肉はやめてパスタにした。
それから、シーフードのマリネに、スパイスを効かせたフライドポテト、クレソンとマッシュルームのサラダ、そして・・・・・・白ワイン。

ミサトさんは、アスカがみんなと洗面所に買ってきた花とポプリの事で、アスカを一頻りからかうと、僕が冷蔵庫から出してきたワインを見て、無邪気な笑顔で喜んだ。
「おおっ、シンちゃん、ワインなんて気が利くじゃないの!!」
「ええ、たまには・・・」
ミサトさんと花の件でやり合っていたアスカも、僕がワインを出して来たのにはちょっと驚いた様子だ。

「シンジ、飲めるの?」
グラスで二杯くらいなら飲めると思う。料理に使うから、味見で結構酒に慣れているし・・・
・・・アスカのやつ、中学生のくせにワインを飲むらしいから・・・
本当は、アスカの為に買ってきたんだ・・・・・・

「うん。 ちょっとくらいなら。」
「本当? じゃ、開けて!」
アスカに急かされて、僕がすぽん!という音と共にコルクを抜くと、アスカにコルクの抜き方が下手だと怒られた。
グラスに注ぐと、一杯に注ぐなと、また怒られた・・・・・・

「シンちゃん、コレ、辛いわねぇ。」
「はい、アラビアータにしたんですけど・・・あの、そんなに辛いですか?」
「ううん、ほど良く辛くて美味しいわぁ。 それにこのペンネ、ちゃんとアルデンテになってるしね。 でもやっぱこの辛さにはビールよねえ。」
「あの、それ、ペンネじゃなくて、リガトーニです・・・」
「へぇ、リガトーニ? ペンネと違うの?」
「どうせミサトにはどれも一緒でしょ! シンジが居なけりゃカップ麺ばっかしなんだから!」
「それはアスカだって一緒じゃない。 あ! でもアスカはシンちゃんに特別に美味し〜いもの作ってもらえるか。そうよね〜え。おかげさまで、あたしもシンちゃんの美味し〜いお料理にありつけるって訳ねぇ。 アスカ、感謝するわよん!」
「はん! せいぜいアタシに感謝しなさいよ!」
「おぉ〜〜〜っ! 遂に認めたかぁ!!」
「はあぁぁ・・・・・・アンタと喋るとバカが移るわ・・・」
「は〜〜ぁ、悪かったわね。バカで。」

「・・・あの、ミサトさん。 ポテトはどうですか?」
僕は二人がまたやり合い始めたのを遮った。
「そうそうシンちゃん! このポテト、めちゃウマだわ! コレ、ビールに合いそう!」
「ニンニクとナツメグとオレガノを効かせてみたんです。 ミサトさん、ビール飲むと思って、おつまみに。」
「そう? わざわざあたしに気を使ってくれたのね、シンちゃん! シンちゃんって、や〜っぱりとっても優しいわぁ。 ね、アスカ!!」
ミサトさんはすっかり御機嫌でワインを空けると、即座にビールを出してきた。

・・・結局、僕とアスカにはワインは一杯ずつしか回って来なかった。・・・

・・・・・・でも、赤ワイン用の少し大きめのグラスに、僕が一杯に注いでしまったワインを飲み干したアスカは、顔から首筋に掛けてまでほんのりと桜色に染まって、何とも言えない色気を醸し出していた。 それに、耳なんかもう真っ赤だ・・・
・・・・・・色白だからな、アスカは・・・・・・
僕は、そんなアスカを見て、もう、たまらなくなってしまった・・・
・・・かわいいすぎる・・・・・・アスカ・・・・・・
抱き締めたい・・・・・・

・・・そんなアスカは、僕の作った料理を美味しそうに食べてくれている・・・
洞木さんが、毎日張り切ってトウジの弁当を作っている気持ちが、改めて良く解る。

・・・・・・でも、怒らないアスカは、ホントにかわいい・・・・・・

「どしたの、シンちゃん! アスカの事、見つめちゃってぇ。 アスカも顔赤いけど、シンちゃん、もう真っ赤っ赤よ?!」
「あ・・・あの、ちょ、ちょっと酔っぱらっちゃったみたい・・・」
「ふ〜〜ん。 シンちゃん、何に酔ったのかしらねぇ?」
「なな、何って・・・このワイン・・・」
「ふふっ、そうねっ!・・・・・・なんで今日はシンちゃんがワインなんか買って来たのかは、聞かないでおくわ。
ミサトさんは、わざわざ僕の方に乗り出して小声でそう言った・・・
はぁ・・・どうせアスカには聞こえるんだけど・・・・・・

「ねぇ、シンちゃん!! お料理、相変わらずとっても美味しいわぁ!」
「は、はい・・・どうも。」
「や〜っぱり、愛情が籠ってると、違うわよね〜〜〜〜っ。」
そう言いながら、ミサトさんはアスカに視線を送った・・・
「そうね。」
アスカはさっきみたいに口論には持ち込まずに、適当に受け流している。
「あ〜〜あぁ、明日はこ〜んなに美味しいシンちゃんの料理を食べられないなんて、残念ねぇ。」
「え? ミサト、明日は夜勤?」
「明日はねぇ、リツコの所に泊まるの。赤木博士もいつも独りじゃ寂しいんですって!」

ミサトさんは終始御機嫌だった。
・・・否、はしゃいでいた・・・・・・

でも、僕とアスカの間の会話は、なんだか、ぎこちなかった・・・

       ・

ほろ酔い気分で食器を洗い終えて自分の部屋に入ると、部屋中が花の匂いで満たされていた。
僕の部屋は四畳半くらいしかない納戸だから、すぐに匂いが広がったんだ。でも、噎せ返るほどではない。
むしろ、思いきり吸い込みたくなるくらいだ・・・

・・・・・・いい匂い。
学校で嗅いだアスカの匂いもこんな感じだったかな・・・

・・・アスカは今、お風呂に入っている・・・
僕は入浴中のアスカを想像して、なんだか興奮してきてしまった。

・・・風呂上がりのアスカはいい匂いがするんだよな・・・

アスカが買ってきてくれた花の甘い匂いが、僕を狂わせる・・・

真っ赤な花はアスカみたいだ・・・・・・

僕は・・・アスカを好きになってしまった・・・・・・・・・

アスカの事が頭を離れない。

・・・アスカを抱き締めたい。・・・

アスカのいい匂いに包まれたい。

・・・・・アスカの匂いを思いきり嗅ぎたい。・・・・・

・・アスカに甘えられたい・・・

アスカの頭を撫でてあげたい・・・・・

・・・・・・アスカの胸に顔を埋めたい・・・

アスカの唇を貪りたい・・・

・・・アスカの髪を僕の手で梳いてみたい・・・

アスカ・・・・・・・アスカ、僕に甘えてほしい・・・

・アスカの顔を僕の胸で受けとめたい・・・・

・・・・・・・アスカの髪に顔を埋めたい・・・・・・

・・・アスカの首筋に僕の唇を這わせたい・・・

・・・・・アスカ・・・・・・アスカ、僕の腕の中で、僕に甘えて・・・

・僕だけに微笑んで・・・アスカ・・・

アスカ・・・・・アスカと一緒に眠りたい・・・・・・・・・

・・・・アスカに腕枕をしてあげたい・・・・・・

・・・・・・アスカの脚に僕の脚を絡めたい・・・・・・

・・・・・・・・・アスカの脇腹に、僕の顔を押しつけたい・・・・・・

・・アスカの太股に・・・・・僕の顔を押しつけたい・・・・・・・・・・・・・


アスカ・・・・・・

・・・・・アスカ・・・・・・・・・アスカ・・・

・アスカ・・・・・アスカ・・・・・・・・・・・アスカぁ・・・・・

・・・僕は・・・・・アスカの全てを奪いたい・・・・・・

アスカを僕だけの物にしたい・・・


僕は悶々とする気持ちをどうする事も出来ずに、独りベッドの上でごろごろしながら悶えた。
・・・股間をパンパンに膨らませて・・・・・・・・・

この部屋には窓が無いから、ここではオナニーもできないんだ。
・・・する時は、誰も居ないときに、風呂に入る振りをして、風呂場で・・・
この部屋には、天井の隅に換気口があるだけだから・・・別に換気扇が付いている訳でもないし。
・・・この部屋でオナニーした後、もし誰か入ってきて、あの匂いでバレたら・・・・・・

       ・

アスカが買ってきてくれた花の甘い匂いが、僕を更に狂わせる・・・

真っ赤な花はなんだかアスカみたいで・・・・・・

アスカだって、やっぱり僕に気があるんじゃないのか・・・
・・・あのアスカが花を買ってくるなんて、絶対おかしいよ。
しかも僕にまで・・・

それに、わざわざ真っ赤な花を僕に・・・
赤はアスカのトレードマークじゃないか・・・
自分を思い出してくれって、言っているようなものじゃないか・・・
・・・それに、バラの香りがする花なんて・・・
買ってきたのがサボテンとかならわかるけど・・・

・・・今日だって、アスカのやつ、全然僕に怒っていないし。
さっきのワインの時だって、いつものような剣幕じゃなかったし・・・なんだか、優しい怒り方だった・・・


・・・・・・今日はアスカの笑顔をたくさん見たな・・・・・・

アスカ・・・・・・かわいいよ・・・・・・

・・・・・・アスカ・・・・・・・・・

・・・・アスカ・・・・・・・・アスカぁ・・・・・・・・・

僕はアスカの笑顔や、アスカの匂いを頭の中から追い出す事ができずに、枕を抱き締めたまま、相変わらずベッドの上でもんどりを打っていた。

好きだ・・・アスカぁ・・・・・・・・・

抱き締めたいよ・・・・・・アスカ

アスカ・・・・本当は僕のことを、どう想っているんだ?・・・・・・

・・・・・・・・・アスカ・・・・・・・・・あぁ・・アスカぁ・・

・・・アスカ・・・・・・・・・・・好きだ・・・・・・

好きだよ・・・アスカ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

       ・

アスカを想って高ぶる気持ちをどうする事も出来ない僕は、S−DATに手を伸ばし、音楽でも聞く事にした・・・・・・

・・・はぁ・・・何を聞こう・・・・・・・・・

クラシックと最近のポップスばかりのテープコレクションの中から、ヴィヴァルディとバッハが入ったテープを出した。
こんな時は、好きなバロックで気分を落ちつかせよう・・・

・・・でも、テープの頭に入っているヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲第6番の第一楽章は、学校の掃除の時間に掛かる曲だから途中で止めた・・・掃除の時間を思い出すと、結局アスカを思い出してしまう・・・
・・・第二楽章はしっとりし過ぎているし・・・好きだけど、今の気分じゃない・・・
僕はテープを早送りして、わりと明るくて牧歌的なバッハのブランデンブルク協奏曲第4番にした・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・でも結局、アスカを頭の中から振り払う事ができすに、僕は普段は滅多に聞くことのない、数少ないロックのテープの中から、前世紀に流行ったロックバンド、ローリングストーンズが入ったテープを取り出し、大音量でガンガン聞いた。

・・・ロックも、たまにはいいや・・・

       ・

部屋の明かりを消してずっと聞いていた。途中でテープを換えて、もっとワイルドなガンズアンドローゼスにした。再び目を瞑ってリズムギターの刻むラフなリフとヴォーカルの絶叫に身を任せていると、不意に閉じた瞼の上から明るさを感じて、目を開けた。

襖の所に、風呂から上がったTシャツ姿のアスカが立っていた。
僕は大慌てでイヤホンを外した。
「・・・呼んでも返事が無いから、もう寝ちゃったかと思った。」

外したイヤホンからシャカシャカと音が漏れている。
「あ、ごめん・・・・・・いや・・・その・・・・・・」
頭の中で、ディストーションギターの音がぐるぐる回っていて、しどろもどろになってしまった。
・・・・・・・・・・・・この部屋でオナニーしなくて良かった・・・・・・・・・・・・

「お風呂、空いたから。 ミサトも、もう出たわよ。入るんでしょ?」
「うん・・・・・・・・・ありがとう。」
「・・・酔っぱらった?」
「全然平気。」
「そうよね。あれじゃあ、ちょっと物足りないわよね。」
「うん。」
「アンタもちょっとは飲めるのね。」
「うん。」
「・・・何、聞いてたの?」
襖に凭れ掛かったアスカの耳にも、イヤホンから漏れるドラムスのハイハットの音ははっきりと聞こえていた筈だ・・・
「ハードロック・・・たまには。
「へえぇぇ。珍しいわねぇ。アンタが・・・・・・」
「・・・・・・」

「・・・・・・宿題やった?」
「まだ。」
「出来る?」
「宿題・・・ええと、漢文の暗記と、三角比の問題。 それから、明日はリスニングの試験だっけ?」
「そうよ。 アンタ、漢文はいいとして、数学は平気? Sine theorem・・・正弦定理と・・・余弦定理は憶えてる?」
「いや・・・あ、あんまり・・・平気じゃないかも・・・」
「英語は?」
「今更やっても・・・」
「そうね・・・どうせ教科書からは出ないし・・・」
「・・・・・・」
「・・・数学、ノート貸そうか?」
「いいよ。自分でやってみる。」
「そ。・・・・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「あの、アスカ・・・・・・」
「なぁに?」
「ぁ・・・冷凍庫に、ジェラートが入ってる。もう、固まったと思うよ。」
「・・・アンタが作ったの?」
「うん。 ワインのジェラート」
「そう・・・・・・・・・もしかして、アタシの為?
「・・・うん・・・アスカ、ドイツに居たとき、ジェラートが好きだったって、言ってたから・・・・・・」
「そっか・・・・・・憶えてたんだ、そんな事・・・」
「うん。」
「大学のみんなでね、よく食べてたんだ。ジェラート。」
「そうなんだ・・・。」
「うん。 ソフトクリームは日本で初めて食べたんだけど、やっぱりジェラートのほうが好き。」
「ドイツはソフトクリーム無いの?」
「あるかもしれないけど、ドイツのアイス屋さんは、どこもジェラート売ってた。」
「そうなんだ・・・・・・そう言えば、加持さんと、話してたよね・・・」
加持さんの名前を出してしまった・・・
アスカは加持さんの事、好きなのに・・・・・・
・・・僕は自分で自分を苦しめようとしているのか・・・
加持さんは僕の・・・ライバル・・・敵じゃないのか?・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・うん・・・
「・・・あの、初めて作ったから、味の保証は・・・今日は、料理にもワイン使ったから、それで・・・」
思わず言い訳をしてしまった。
始めからワインのジェラートを作るつもりだったんだ・・・
・・・・・・アスカの好きなワインで、アスカの好きなジェラートを・・・・・・
冷凍庫で3時間は寝かさなきゃいけないから、真っ先に作ったんだ・・・

「・・・・・・・・・アンタが作ったんだから、美味しいに決まってるわよ。」
「・・・・・・だといいんだけど・・・」
「シンジは食べないの?」
「・・・お風呂から出たら食べるよ。」
「・・・・・・そう。」
「・・・・・・」
・・・・・・・・・アタシもそうする。
「え?」
「シンジも、一緒に食べようよ。」
「・・・うん。」
「お風呂、入って来なさいよ。」
「うん。」
「じゃ、後でね。」
「うん。」

アスカは戸を閉めてから、もういちど開けた。
「ねぇシンジ・・・お花、日に当てた方がいいわよね・・・」
「うん。 多分・・・・・・」
「ゼラニウムって、本当はベランダに置いた方がいいんだって。」
「そうなの・・・」
・・・アンタの部屋、窓ないもんね。・・・
そう言うと、アスカは目線を落とした。
僕から部屋を奪った事を気にしているのかな・・・
・・・そんなこと・・・そんなこと、もう、どうでもいいんだよ、アスカ・・・
僕は・・・僕はもう・・・・・・・・・

「・・・昼はアタシの所に置こうか?」
アスカは顔を上げたけど、僕には視線を合わせなかった。

「うん・・・」
「・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・じゃ、後で。」
「うん、あとで。」


やっぱり・・・『好きだ』なんて、言えない・・・・・・

・・・でも、好きなんだよ、アスカ・・・・・・

部屋の事なんか、もう、もうどうだって、どうだっていいんだよ!
・・そんな事、気にしないでよ・・・

アスカ・・・・

・・・アスカ・・・・・・好きだよ・・・

アスカ・・・・・・・アスカ・・・・・・・・・アスカ!

・・・・・・・アスカ・・・・・・・・・
・・・愛してるよ・・・・・・アスカ・・・・・・・・・・・・・・・


愛してるよ・・・・・・・・・・・・・・・


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<続・黒猫天使(その4)へつづく>

作者コメント:アスカ、素直過ぎる・・・・・・そして、シンジ覚醒(何に?(^^;))
 May 22,1997

原作者より:煩悩大爆発のシンジ君(作者?)・・・・・いや、爆発してるのは俺だった(笑)



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