新世紀エヴァンゾイド

第七話Bパート
「 GAGIEL vs WARDICK 」



作者.アラン・スミシー



 「ねえ山岸さん、どこ行くの?」
 マユミにおそるおそるといった感じで引っ張られながらシンジがぼやいた。すぐ横の海上では、使徒と人間が激烈な戦いを繰り広げている。時間を無駄にするわけにはいかないのだ。しかし手をぎゅっと掴まれているからか、そんなに嫌な顔をしていない。ていうかにやけている。
 マユミは返事もしないで顔を赤くしながらキョロキョロしていたが、非常階段を見つけるとそこに駆け込んだ。
 「ちょっとここで待ってて下さいね」
 「いったいなんなの?」
 マユミは答えなかった。
 そのままシンジを入り口近くで待たせたまま、ヒカリとムッとした目つきのレイの腕を掴むと階段下に降りる。さほど時間がたたないうちに、シンジの耳に何かごそごそという音と、衣擦れの音が聞こえてきた。
 「どないしたんや?」
 ぽかんと階段横に突っ立ているシンジを押しのけて、上からトウジがのぞき込む。その視線の先では、上着を脱ぎかけたマユミとレイが、奇妙に無表情にトウジの顔を見つめ返していた。羨ましいぞトウジ。
 「きゃぁあああああ!!鈴原!不潔よ!!のぞかないで!」
 「す、すまん!イインチョ!堪忍してくれ!!」
 トウジは耳まで真っ赤にして土下座する。ただし、顔を階段下に向けながら。
 「良いから早く引っ込んでよ!!」
 何故か見られたマユミより過剰に反応するイインチョ。こちらも顔が真っ赤だ。ちょっぴり嬉しそうなところがご愛敬。
 シンジは躊躇したりせず、トウジより先に下を覗くべきだったと、今更ながら後悔していた。


 突然の護衛艦の爆発と共に、ブリッジは喧噪に包まれ、クルーの顔も海の男から戦士の顔へと変わる。彼らの元に次々と報告が入り、それに素早く対処する艦長。今の彼はミサトと言い合いをした、分からず屋の堅物ではなく、多くの人間の命を預かる1人の戦士だった。謎の物体に魚雷攻撃を加えるように指示する。もちろん出し惜しみせず、全力で。
 だが、使徒は彼の努力をあざ笑うかのごとくその力を見せつけた。
 魚雷よりも速く泳ぎ、たとえ当たっても傷一つつかない。頭から鋼鉄の塊にぶち当たり、船を巨大な棺桶と変える。
 また一つ、巨大な水柱が上がった。

 『空母プロメテウス沈黙!!目標確認出来ません!!!』
 「くそっ!何が起こっているんだ!?」
 艦長の呟きにタイミングを併せるかのようにミサトがブリッジに顔を出した。艦長と対照的にどこか面白がっているような顔をしており、先ほどのことと合わせて艦長は嫌な顔をした。構わず、ミサトは出前でも取るかのような口調で話しかける。
 「ちわぁ〜、ネルフですが見えない敵の情報と的確な対処はいかがっすかぁ〜?」
 「戦闘中だ!見学者の立ち入りは許可出来ない!!」
 「これは私見ですが、これはどう見ても使徒の攻撃ですね〜♪」
 「全艦、任意に迎撃!!」
 艦長の徹底無視の発言に、ミサトは聞こえよがしの答えをつぶやいた。
 「無駄な事を・・・。
 しかし何故使徒がココに?強化パーツを狙って!?・・・いくら何でもそれはないわよね。いったい何なのよこいつは?」
 いつも第三新東京市しか襲撃をかけないはずの使徒が、ここに現れたことに一人毒づくミサト。彼女の頭に出発前、チルドレンと水中用ゾイド『シンカー』を持っていくことを強く進めたユイの言葉がよみがえる。
 (まさか・・・司令は知っていたの?こいつが襲撃をかけてくることを?)

 ミサト達が言い合いをしている間も、使徒に対し次々と魚雷が発射されていた。命中を示す水柱があがるが、やはりその進行は止まらない。反対に使徒の体当たりで、また一つ護衛艦が真っ二つにされる。爆発と共にクルーが周囲に飛び散った。
 「この程度じゃ、ATフィールドは破れないか・・・」
 その人形劇のように非現実的な殺人劇を見ながら、加持がつぶやいた。その声には、犠牲になったクルーへの同情は感じられなかった。





 「わあ〜綾波さんって胸がおっきいんですね。羨ましい・・・。えい♪」
 「そう?よくわからない・・・どうして胸を触るの?
 ・・・それに、山岸さんの方が大きいわ」
 「ちょっと二人とも、早く着替えないと。
 ・・・それにしても綺麗ね、綾波さんの肌って。こんなに白くて、柔らかくって・・・」
 「どうして洞木さんまで触るの?」
 きゃいきゃい言いながらプラグスーツに着替えるレイ、マユミ、ヒカリの三人。急いで着替えなければいけないはずなのに、お互いの胸がどうとか、肌の色がどうとか言い合っていっこうに着替えが終わらない。
 そんな彼女たちの真上では、とっくに着替えを終わらせたシンジとトウジが耳をダンボにして聞き入っていた。まあ14歳のおっとこの子なんだし。


 使徒に対し、引き続き攻撃が加えられるがいっこうに効果がない。その無敵ぶりに、ついには艦長が拳をコンソールにたたきつけてほえる。
 「何故沈まん!!」
 「やっぱ、ゾイドじゃないと勝てないのかな・・・」
 あれから復活してミサトの所に帰ってきたケンスケが呟くが、艦長と副長に睨まれ身を縮める。シンジ達が彼をほっておいてオテロに新型ゾイドを見に行っているとは思っていないケンスケ。今はきっと食堂にでもいるんだ!と自分の心に言い続けていた。もちろん欠片も信じきれてはいないが。そろそろ友情について考え出したらしい。
 ケンスケがそんなことを考えている間にまた1隻の戦艦が沈められてゆく。すでに半分以上の戦艦が沈められていた。そしてその搭乗員の半数も。
 使徒は漂うクルーには目もくれず、ただ船に体当たりを繰り返すだけだった。その攻撃は無秩序で、何かを探しているかのようだ。
 「変ね。まるで何かを探しているみたい」
 ウロウロとしている事にミサトは気づき、一人つぶやいた。


 「ねぇ、山岸さん。プラグスーツに着替えてどうするのさ」
 プラグスーツに着替え終わったシンジが聞いた。先ほどの会話による熱膨張が完全に治まっていないので、どことなく歩きにくそうだった。
 少しだけひょこひょこしながら歩くシンジに怪訝な顔をしながらも、マユミが恥ずかしそうに、自信なさそうに答えた。彼女はシンジよりも更に背が低いため、背を真っ直ぐ伸ばしていても上目遣いになる。それがシンジにはアスカやレイとはまた違った魅力に感じられた。
 シンジの顔を見上げながらマユミが続ける。
 「あの、これから、このウオディックでアレをやっつけようかと思って・・・」
 「そんな、ミサトさんの許可は?」
 「今は非常事態だし、その、勝った後でもらえばいいかと・・・」
 結構大胆なことを言っているが、喋っている間にどんどんうつむき始めるマユミ。やはり彼女も心細いのだ。そんなマユミに強いことが言えるワケがないシンジは、黙って後をついて行く。トウジとレイはともかく、ヒカリも普段と比べて少し積極的なマユミに驚いたのかまったく反対しなかった。
 そうこうするうちに、5人はウオディックの前に戻ってきた。
 ウオディックの岩石顔の前で深呼吸を数回してから、マユミはシンジにくるりと向き直った。多少気分を落ち着かせたとはいえ、やはり彼女の顔は赤いままだ。マユミは破裂しそうな心臓を押さえつけ、真っ赤な顔でシンジに話しかけた。
 「あの、碇君・・・。私の操縦・・・目の前で・・・見てくれませんか・・・?
 たぶん、私、ウオディックを起動できるような気がするんです・・・。だから・・・その・・・」
 「?」
 マユミのドキドキものの告白に、訳が分からないと言った顔をするシンジ。どうやら彼は色恋沙汰になると脳のヒューズが切れるらしい。
 その鈍感さにヒカリがキれた。アスカやレイに対し一歩以上遅れをとるマユミのため、一肌脱ぐ気になったのだろう。その目が燃えている。基本的に彼女は公平を旨とする委員長なのだ。
 「い〜か〜り〜君!乗るのよ!!女の子がこんなに一生懸命なのよ!!責任とんなさいよ!!(アスカ、綾波さん、ごめんなさい!こんなけなげな山岸さんを見ていると、応援したくなるのよ!許して!!それに良いじゃない、どうせ1馬身以上リードしてるんだし)」
 「せ、責任って・・・。それに乗るって、僕も乗るの〜!?」
 背後でまた起こる爆発音と共にシンジが叫ぶ。責任という言葉が苦手なのかブルッと大きくふるわせた。もしかしたら、先のアスカとの出来事が、トラウマになっているのかもしれない。そんなシンジの肩に手をのせ、そっとレイがつぶやく。
 「安心して、碇君」
 「あ、綾波・・・」
 「私達も乗るから」
 レイの言葉を聞いたマユミは泣きたくなった。
 『私が今回のヒロインじゃないの?』なんだかそう言っているみたいだとシンジは思った。




 「私です」
 『・・・なに、加持君?』
 いつの間にか部屋に戻った加持が電話をしていた。会話を聞かれたり見られたくないのかブラインドを下げ、その隙間ごしにオペラグラスで戦いの様子を眺めていた。再び水柱がおこり、加持のいる部屋が少し揺れた。その揺れをマッサージでもされているかのような顔をして、受け流す加持。
 揺れが治まると、少しちゃかすように電話の相手、碇ユイと会話を続ける。
 「こんなところで使徒襲来とはちょっと話が違いませんか?」
 『そう・・・やっぱり来たのね。でも、十分に予想できたこと。そのための水中用ゾイドとパイロットをそっちに送ってあるわ。きっと葛城さん達が殲滅してくれるわ』
 「・・・そう願いますよ」
 そこまで言うと加持は沈黙した。とある物を要求したいのだが、彼から言うのはさすがに気が引けているのだ。
 少し間をおいた加持の言葉にユイが返事をする。
 『なに?まさか自分だけそこから一足早く脱出させてくれなんて言うんじゃないでしょうね?
 例の物は確かに大事だけど、子供達が命がけで戦おうって言うのに、大人のあなただけが逃げるなんて世間が許しても私が許さないわ。そこで葛城さんの補佐をしてちょうだい。大丈夫!シンジはきっと勝つわ。私の息子なんですもの。』
 「そ、そうですか・・・」
 加持は当てが外れて、トホホな顔で電話を切った。


 ウオディックのエントリープラグに乗り込む五人のチルドレン。ウオディックは中型ゾイドである。そのためそこそこ大きいエントリープラグは何とか全員を収納できた。それでもぎゅうぎゅう詰めで、LCLの濾過装置はフル回転していた。配置としてはメインの座席には言い出しっぺのマユミが座り、その周囲にシンジ達が座っている。もちろんレイはシンジのすぐ横に張り付くようにして座っており、ヒカリはトウジのすぐ後ろでその背中を見つめていた。
 そして、準備が整い起動させようとするが・・・。

Beeeeeeeee! Beeeeeeeeee! Beeeeeeeeee!

 「あれ?バグだ。いったいどうしたんだろう?」 
 シンジが周囲に響きわたるビープ音と、辺りを飛び交う『Fehler』の文字に驚く。
 「思考ノイズです!みんな日本語じゃなくてドイツ語で考えないといけません!」
 ドイツで再生が完了したウオディックはドイツ語を基本言語としていた。それにいち早く気づいたマユミが周りに注意する。
 「んなこと言われたかてドイツ語なんて知るかい!」
 もっともなトウジのつっこみ。半泣きのマユミの横でレイが基本言語を変換する。あまり馬鹿な話をしている暇はないと判断したのだろう、シンジの不安そうな顔で見られてもまったく表情を変えようとしない。それは戦いに臨むときの表情、戦士の顔だった。
 「基本言語変更。日本語をベーシックに」
 シンジがそんなレイの様子に少しばかりショックを受けている間に、エラー表示とビープ音が消え、神経接続が開始された。次々とシステムが実行されていく中、ヒカリが不安そうに質問をする。
 「ねえ、私達ちゃんと起動できるのかしら?」
 「大丈夫です・・・たぶん。これだけ人間がいれば一人くらいは起動に成功する・・・はずです」
 マユミがまったく自信なさそうに答えた。
 ヒカリは本気で帰りたくなった。




 未だ艦長が叫び声をあげるブリッジに突然の通信が入る。
 その通信を聞いたオペレーターが、使徒が出現したときよりも大きな驚きの叫びをあげた。
 「オテロより入電!!ウオディック起動中!!!」
 「なんだとぉ!?」
 「ナイス!アスカ!・・・はここにいるわね。てことはナイス!シンジ君!!!」
 大喜びのミサトとは対照的に、自分のあずかり知らないところで起こる事態に少しパニック気味の艦長。
 「いかん!起動中止だ!元に戻せ!!」
 「構わないわ!!シンジ君、発進して!!!」
 「なんだとぉ!?いい加減にしろよてめぇ!!海の上は俺のなわばりだって言ってるだろうが!!勝手なことすんな!!!」
 焦ったのか思わず地が出る艦長。売り言葉に買い言葉でミサトもキれた。
 「なに言ってるのよ!!こんな時に段取りなんて関係ないでしょ!!このヒゲ野郎!!」
 顔をつきあわせて通信用のマイクを取り合う二人。一触即発、今にも殴り合いを始めそうな2人に、双眼鏡でオテロを監視していた副長が報告を加える。
 「し、しかし、本気ですか?ウオディックは未だ冷却プールの中です」
 「「えっ!?」」
 副長の指摘に二人の動きが止まった。


 「ここからどうやって外に出るの?」
 「もちろん、こうするんです!」
 エントリープラグ内の会話がミサト達に届く。シンジとマユミの声を確認してミサトは少しご機嫌斜め。少し額に青筋をつけながら怒鳴るように声をかけた。その剣幕に艦長はあっさりとマイクを手放した。先ほどよりもっと凄い殺気を感じたのだ。
 「山岸さんも乗ってるのね!?」
 「はい」
 「わいも乗っ取りますで!!」
 「あ、私も委員長としてやっぱり・・・」
 「私も」
 ミサトにいっせいに返事をする5人のチルドレン。そのけたたましさと、戦場に本当に子供がいるという事実を前に艦長が力無くつぶやく。
 「子供がいったい何人乗ってるんだ?」
 そして、ミサトはチルドレンの非常識さに目眩を覚えながらも、シンジがマユミと2人ッきりで乗っていたんじゃないのね、良かった♪と思ってちょっと安心。・・・じゃなくて、とある考えを実行するチャンスとばかりに出撃を命令した。
 「試せるか・・・。シンジ君、山岸さん、出して!!」


 「いきます!!」
 マユミが威勢良く声をあげる。どうやらウオディックは彼女をマスターとして認識したらしい。彼女のテンションと共にシンクロ率が上がっていく。ウオディックのヒレがぴんと逆立ち、目に光がともった。
 そして高まりゆくウオディックの気配に、ガギエルが気づいた。進路を急遽変更すると、オテロに向かって爆進する。
 ガギエルをレーダーで監視していたシンジが警告をあげる。同時にガギエルの大きさに目を見張った。
 「来た!!」
 「わかってます!」
 マユミの答えと共に、ウオディックの目が、体の各所に取り付けられた赤色灯が光り出した。それと共にうなりをあげるレーザー発振器。
 発振器がぶんぶんうなりをあげ始め、射出光から光が漏れて冷却プールを不気味に照らす。

 「発射します!」

 ミサト達の目の前でオテロの外壁から二筋の閃光が立ち上る。閃光はそのまま八の字を描くように動いた。それと共に切り裂かれていくオテロの外壁。外壁が水飛沫をあげながら海中に没し、バランスが急激に崩れたことによりオテロの船体が傾き始める。
 次の瞬間、ずたずたに切り裂かれ、開いた穴からウオディックが滝を登る鯉のように勢いよくはね飛んだ。それで一気にバランスが崩れ、急速にオテロが傾いた。その直後、オテロに激突しその船体を真っ二つにするガギエル。
 これまで以上に盛大な水飛沫が上がり、付近を航行していた戦艦に雨を降らせた。

ボチャン!

 危ういところをかわしたウオディックは日の光に身を輝かせながら海中に着水する。
 「危ないところやったのお。そんでこれからどうするんや?戦うんか?それとも一旦ミサトさんの所に戻るんか?」
 慣性中和装置でほとんどの衝撃が消されたとはいえ、その高々度からの落下にトウジが冷や汗をかきながら、質問をする。
 「今戻るのは危険だわ。攻撃を開始しましょう」
 それにレイが答える。マユミは少し迷ったが、戦闘経験の長い、いわば先輩であるレイの意見を採用することにしたようだ。
 「じゃあ、これから迎撃を開始します!碇君、洞木さん、みなさん・・・バックアップをお願いします」
 ついに最強の水中戦闘用ゾイド『ウオディック』と使徒ガギエルの戦いが始まった。



 「ホーミング魚雷発射!」
 ウオディックの背中が開き、中からマグロをスマートにしたような形の魚雷が発射される。それはまっすぐにガギエルに向かうが、命中寸前でATフィールドによって阻まれ爆発を起こす。衝撃波が伝わり、ウオディックの体を揺さぶった。
 一方、泡立つの水煙の向こうからエイと鯨を足して割ったようなずんぐりとした体を表すガギエル。その大きさは300mをゆうに越え、ウオディックの武装ではとても歯が立ちそうにない。
 「だめだ!ウオディックの武装でもあいつを倒すには貧弱すぎる!」
 シンジはつぶやくが、だからといって状況が改善されるわけでもない。どんどん接近するガギエルから逃げるように距離をとるウオディック。
 「魚雷の次は、これです!」
 距離を充分に取ると、マユミは慌てずに操縦方法をインダクションモードに変更し、気合いの声と共にトリガーのスイッチを入れる。
 ウオディックの牙だらけの口が開き、頭部前面の海水が激しく揺らぎだす。その揺らぎはガギエルに向かって放射状に照射された。途中その揺らぎに巻き込まれた護衛艦の残骸が細かいヒビを無数につけると、粉々に破裂する。
 ついに揺らぎはガギエルに命中した。
 とたんに激しくのたうち、ウオディックから急速に離れていく。
 ウオディックの水中用秘密兵器、指向性超音波砲である。堅い金属製の相手はもちろん、生物のような比較的柔らかい物にも衝撃波が深刻なダメージを与える必殺技である。理論上、ある一定以上の硬度を持つ相手で破壊できない物はない武器だ。
 「やったで!」
 逃げ出すガギエルの後ろ姿を見て歓声を上げるトウジ。だがレイは冷静に状況を判断すると警告の声をあげる。
 「まだよ。今のは少し驚いて逃げ出しただけ。すぐにまたやってくるわ」
 事実ガギエルは、すでに暴れることを止め、注意深く距離を取りだしていた。ヒカリが叫ぶ。最大の武器が効果無かったのだ。彼女の声には不安が色濃く織り込まれていた。
 「じゃあどうするの?綾波さん!このままじゃやられちゃうわ!!」
 シンジが眉間に縦皺をを刻みながら、そう言った。きっとミサトなら良い考えを出してくれるだろう、そう信じている声だった。
 「・・・一旦退こう。そしてミサトさんの指示を仰ぐんだ」
 「なんや、逃げるんか?しかし、そうした方が良さそうやな」
 シンジの提案にトウジが少し文句をつけるが、このままではやられかねないことは彼にも明白だった。すぐに同意しなおし、マユミが最終的に判断を下す。
 「・・・そうですね。わかりました。
 一旦退きます」
 マユミの意志に従ってウオディックは浮上を開始した。100m程の深度を数秒で浮上し、その際の減圧も一瞬ですませる。シンジ達は意識しなかったが、ウオディックはそこまで完璧にこなしていた。そしてオーバー・ザ・レインボー近くの海面に浮上すると、すぐさま空母に向かって泳ぎ出した。



 そのころガギエルは大きく弧を描くように進路を戻すと、再びウオディックに向かって泳ぎ始めていた。
 背中の瘤についている鳥の頭蓋骨のような顔には、先ほどの超音波砲によって無数のヒビが入っている。まったく超音波砲が効いていないわけではなかったのだ。確かに致命傷を与えることは難しいだろうが。それでも苦痛を与えるには充分だ。
 絶対やり返す!
 今のガギエルは、そう言っているように見えた。
 実際、急速に浮上するガギエルのヒビの入った仮面は、見る人によっては怒り狂っているかのように見えただろう。
 そうこうするうちに、海上に銀色の塊が浮かび上がった。ウオディックが浮上したのだ。
 ウオディックに向かって、完全にマイクを奪い取ったミサトが指示を出した。そのすぐ下の海面が不気味に黒く染まっていくのが見えたため、ミサトの顔には焦りが見えた。
 「山岸さん!今からアスカがシンカーでそっちに向かうわ。何とか海上で洞木さんをシンカーに乗り換えさせて!」
 「わかりました!」
 海上で待機するウオディックの横に、よたよたとシンカーが着水する。このエイ型ゾイド『シンカー』は銀色のボディとその独特の形状が特徴の水中戦闘用ゾイドである。主な武装は水陸両方で使える魚雷と、大気中で使用するためのパルスライフルである。
 しかし、最も特徴的なことは、その左右の鰭の下に取り付けられたジェットエンジンである。
 シンカーはこの強力なジェットの力によって、低空に限定されるが飛行能力を有しているのである。これにより、素早く空中→水中または水中→空中へと戦場を変えることができる。
 しかし、今は本来のパイロットではないアスカの操縦だったため、ほとんどシンクロできておらず、本来の能力の数分の1程度しか能力を発揮できないようだ。

バシャーーーン!

 ヒカリの操縦だったら、実に静かな着水なのだが、あいにく慣れないアスカでは巨大な水柱をおまけに付けての着水となった。海面を激しく揺らし、一緒に揺れるシンカーのコクピットからエントリープラグが飛び出した。刹那ハッチが開き、中から髪の毛をLCLで濡らしたアスカが顔を出す。シンジ達が、ケンスケのカバンごとプラグスーツを持っていったため、彼女は制服姿のまま乗っていた。濡れた制服が張り付いて、ちょっとエッチ。
 「ヒカリ!早く来て!」
 「わかってるわ!アスカ!」
 アスカと同じく、エントリープラグからヒカリが飛び出し、ウオディックとシンカーの上を危なっかしく移動する。先のシンカーの着水の揺れで、その足取りは危なっかしかった。
 空母から見ているミサトは、すぐ下まで浮上したガギエルの影に、やきもきしながら足を踏みならした。何もできない自分への腹立たしさと、迫り来る影への恐怖に身を引きちぎらんばかりに。
 それでもどうにかこうにかヒカリがシンカーの鰭の上に飛び乗ったとき、ガギエルが海面に顔を出し、チルドレン達に向かってつっこんできた。
 「ヒカリ!早く!」
 「イインチョ!何しとんのや、早うせい!!」
 「洞木さん!!」
 口々に悲鳴が上がる。刻一刻と接近するガギエルに比べて、ヒカリの移動速度はとても遅く感じられた。
 そして、ヒカリがようやくシンカーのエントリープラグに乗り込んだとき、ガギエルが大口を開けてウオディックとシンカーに飛びかかった。そのウオディックを一飲みにできそうなほど大きな口の奥にコアが赤く光る。

 「くちぃ!!?」
 「使徒だからねえ」
 「何のんきなこと言うとんのや!?シンジは!?」

 凄まじい水音と共にその口が閉じられる。
 ミサトの顔に緊張が走る。艦長もブリッジにあがってきた加持もその顔は真剣である。
 ガギエルの起こした水柱の消えた後、辺りには静寂が漂っている。ミサトが心配そうに口を開いた。
 「みんなは・・・」
 それに答える者もなく、ブリッジにいる人間は一様に胃をかきむしられたような暗い顔になった。だが、ミサトがうなだれかけたその時、スピーカーからアスカの元気のいい声が響きわたった。
 「・・・危なかった。後少し飛ぶのが遅かったら、呑み込まれていたわね」
 「ごめんねアスカ。驚かせて」
 「アスカ!洞木さん!無事なのね!?」
 ミサトがかじりつくようにマイクに向かって問いかける。
 「私達は無事よ!でも、シンジ達がどうなったかはわからないわ!ミサト達の方から確認できないの!?」
 アスカの問いの直後、少し控えめな声で通信が入った。マユミである。
 「・・・私達は大丈夫です、アスカさん!」
 「山岸さん達も無事なのね!?良かった!
 ・・・ならすぐに作戦を開始するわよ!洞木さん達は直ちに使徒に攻撃開始!少なくともオテロから2kmは引き離して。山岸さんはオテロからユニットを回収。直ちに装着して待機。
 いいわね!?」
 「「「「「「了解!!」」」」」」


 空中を飛んでいたシンカーが上空からガギエルの位置を確認する。そして急角度で海中に没すると、そのまま間髪入れずに魚雷で攻撃を掛けた。その攻撃はたいしてガギエルには被害を与えなかったが、ガギエルの気を引くには十分だった。
 シンカーに向けて進路を変えると、ものすごい勢いでつっこんでくる。口を大きく開き、映画の人喰い鮫も真っ青な勢いである。
 素早くその攻撃をかわすと、シンカーはひらりひらりと攻撃を加え、オテロの沈んだ位置から遠く離れたところへとガギエルを引き離す。
 作戦の第一段階は成功したようだ。


 そのころ、マユミ操るウオディックは、沈んだオテロの貨物室から一個のコンテナをつつきだしていた。
 鋼鉄製の隔壁を噛み裂き、中のコンテナを手のようなヒレで掻きだすウオディック。少し手間取ったが、どうにかこうにかコンテナを無事引っぱり出すことに成功した。
 「これがウオディック用のユニットですね」
 コンテナに書かれている番号を確認すると、ロックを解除する。マユミの入力した音波コードに反応し、コンテナが勢いよく開く。コンテナ内部の空気が勢いよく吹き出し、泡が一瞬マユミ達の視界をふさいだ。視界が回復したとき、彼女たちの目の前には、ボディボードから腕がはえたような機械部品があった。
 「これがARMSユニット・・・」
 「・・・ツイ○ビーみたいやな」
 トウジがそれをつけた時のウオディックの姿を想像して危険なことを口走った。ミサトが冷や汗を流しながら警告する。
 「鈴原君、余計なこと言わないように。
 とにかく、それを装備すれば、ウオディックのような腕を持たないゾイドでもマニュピレーター操作ができるようになるわ。一応ゴジュラスの腕とほぼ同じ構造をしているから腕の操作はシンジ君が担当して」
 ミサトの言葉通り、その腕はゴジュラスのそれに似ていた。違いと言えば、ゴジュラスと違って五本指で、より器用そうなことぐらいである。つまりは、人間そっくり。
 素早く装備し、シンクロさせるとシンジは再びミサトに質問をした。これからどうするか、作戦の詰めの部分をまだ聞いていないからだ。
 「わかりました。それでこれからどうするんですか?」
 「とりあえずその場で待機していて。追って指示を与えるわ」
 そこまで言うとミサトは真面目な顔をして艦長に向き直る。
 「艦長」
 「な、なんだ!?」
 「ご協力をお願いします」





 「・・・艦載機によるいっせい爆撃!?」
 さすがの艦長もミサトの作戦を聞き、驚きの声をあげる。
 (まったくクレイジーだ!ネルフの人間はみんなこうなのか!?)
 彼はそう思ったが、口には出さなかった。
 そんなことを思われているとも知らず、ミサトは言葉を続ける。
 「そうです・・・。シンカーがワイヤーロープを目標に絡ませ、動きを封じます。
 そしてウオディックが目標の口を開口。そのまま全力でATフィールドを中和します。その間に口の中に向けてこの空母の艦載機が積んでいる全ての反応弾を投下。目標を撃破します」
 「そんな無茶な!?」
 「無茶かも知れませんが、無理では無いと思います」
 「・・・うむ、解った」
 ミサトの無茶な言葉に驚きを隠せない艦長だったが、その自信あふれる態度に不思議とうまくいくのではないかという気になる。ミサトを常識外れのクレイジーだと思った彼だが、どうやら彼も人のことは言えないようだ。数瞬後、にやりと笑うとすぐ通信技師に指示を出す。彼はミサトに出会ってから、初めての笑いを浮かべていた。
 「聞いての通りだ。今すぐスカル小隊のフォッカー少佐に連絡を入れろ。大至急だ!!」
 「イ、イエッサー!!」


 「アスカさん、こっちの準備は整いました!」
 「わかったわ!ヒカリ、アンカー発射用意!・・・今よ、撃って!」
 アスカの号令と共に打ち出されるワイヤーロープ。それは深々とガギエルの背中に突き刺さる。それを確認すると、シンカーはぐるぐるとガギエルの周りを泳ぎだした。ガギエルは何とかシンカーをとらえようとするが、ワイヤーが邪魔をしてなかなか食いつくことができない。そうこうしている間に、すっかりワイヤーでその全身を縛り上げられてしまう。何とか引き剥がそうとするが、ワイヤーはしっかりとからみつき離れようとしない。
 ガギエルは完全に動きを封じられてしまった。
 「無駄よ!細いとはいえ、一本でゴジュラスの自重に耐えることができる特殊ワイヤーよ!」


 シンジ達がガギエル相手に四苦八苦している頃、加持が思い出したようにミサトに尋ねる。
 「葛城。これからどうやって使徒を海面まで引きずり出すんだ?」
 「・・・シンジ君達に期待するしかないわね」
 「本気か?(やれやれ、こいつを使わないといけないな・・・)」
 ミサトの発言に艦長共々呆れ返る加持。昔からのつき合いとはいえ、彼女のこういうところはいまだに慣れることができない。加持は大きく一つため息をついた。
 加持は頭をかいて考え込んでいたが、ふいに誰にも見とがめられずにブリッジから姿を消した。しばらくすると、一つのトランクを持って甲板に現れた。そして、おもむろにトランクのふたを開ける。
 ふたが開くのとほぼ同時に、ガギエルは浮上を開始した。周りを泳ぐシンカーやウオディックのことなど忘れたかのように。
 同じく、レイは奇妙な感覚を感じていた。
 (・・・これは何?私を呼んでいるの?)


 「なに?急に浮上を始めましたけど」
 「山岸、驚いてる暇無いで。早う口をこじ開けないとみんなおじゃんや」
 目前に迫るウオディックを無視して浮上を開始するガギエルにいぶかしげな声をあげるが、シンジ達はガギエルに向かって泳ぎ始める。その巨体の割にガギエルの泳ぐ速度は速かったが、しょせん60ノット以上のスピードで泳ぐウオディックの敵ではない。たちまち追いつかれてしまう。
 素早く正面に回り込むウオディック。その手には不気味に振動するプログナイフが握られていた。
 「えいりゃあーーーーーーーーー!!!」

 シンジのかけ声と共に、ウオディックが高周波振動ナイフことプログナイフをガギエルの鼻先に突き立てる。柄まで通れと差し込まれたナイフは、刃が全て潜り込み、海水を赤く染めた。
 痛みで暴れ回るガギエル。いきなり口を開くとウオディックに噛みついた。
 ガギエルの動きを封じていたワイヤーもついにちぎれ去る。アスカとヒカリが警告の叫びをあげる前に、ウオディックの前半分はガギエルに呑み込まれた。
 「シンジ!」「鈴原!」


 「行くぞぉ、輝ぅ!!」
 そのころ空母のカタパルトの上では、いかにも荒くれヤンキーといった男が髑髏マークが不気味に輝く愛機と共に発進しようとしていた。
 そして彼に従うのはどう見ても20歳前と言った感じの青年達だった。
 「作戦は先ほど聞いたとおりだ!!質問はないかぁ!?」
 返事がないことを確認すると、男は言葉を続ける。
 「それでは行くぞぉ!!スカル小隊発進!!!」
 軽快な音楽を奏でるかのように、4機の最新鋭戦闘機は大空に向かって飛び立った。
 彼が誰かは深く詮索してはいけない。


 「使徒の口は?」
 「まだ開かん」
 そうしている間にも使徒と戦艦の距離は縮まっていく。



 ガギエルの口腔内で、シンジ達は身動き一つできずに苦痛の声をあげていた。
 「つつつ・・・シンクロを少し落とさないと・・・」
 「ダメよ、碇君。シンクロ率を落としたら、口をこじ開けるなんてできないわ」
 「ちゅうことは、このままやるしかないってことやな・・・」
 シンジは、素早くナイフを手放しガギエルの顎に手をかけるとこじ開けようとする。だが、がっちりと閉じられたその口は、なかなか開こうとしない。口をこじ開けることができないまま、どんどん水面に接近するガギエル。ガギエルが水面に顔を出すということは、オーバー・ザ・レインボーが沈められるということなのだ。ミサト達も、シンジ達も焦り始める。
 「だめだ」
 シンジの言葉にマユミが泣きそうな声で返事をする。
 「もう時間がありません!」
 「泣いとる暇無いで!こうなりゃ一か八かや!!」
 「・・・・・・・・・」
 トウジの励ましと、レイのまっすぐな視線にシンジがうなずき返し、マユミの目をのぞき込む。真っ赤な顔をしながらシンジの手にマユミが手を重ねる。そしてその上から更に重ねられる他二人の手。
 「碇君・・・」
 「なに?」
 「・・・とにかく考えを集中させて」
 「分かってる」
 ウオディックがその腕を突っ張り、使徒の口を開けようとする。凄まじいまでの力が掛かるがいっこうにその口は開こうとしない。必死に念じ始めるシンジ達。
 (開け、開け、開け、開け・・・開け!
 (開いて、開いて、開いて、開いて・・・開け!
 (開け、開け、開け、開け・・・開け!
 (開くんや、開くんや、開くんや、開くんや・・・開け!



 4人の考えることが、完全に一致した!
 ウオディックはその目を光らせながら、使徒の口を無理矢理こじ開けていく。ARMSユニットが膨れ上がり軋みをあげる。そして、海面に出ると同時に一気にその口を開ききった。その巨体が空母に迫る。
 次の瞬間、口をこじ開けられたままの使徒目掛けて、4機の戦闘機が太陽をバックに急降下してきた。

 「イーーヤッホォーーーー!!」
 戦闘機隊長の歓声と共に発射されたミサイルが、納豆のように尾を引きながら使徒の口に向かって、その奥のコアに向かって突き刺さる。
 命中と同時に醜く膨れ上がる使徒の腹部。そして次の瞬間大爆発を起こしとてつもなく巨大な水柱を噴き上げた。歓声をあげる戦闘機隊長。ミサト達も歓声をあげた。
 「見たか、輝ぅ!!!・・・ぬぉ!?いかん!!」
 数瞬後、その爆発で吹き飛ばされたウオディックが甲板上に頭から墜落した。
 「シンジ君!」
 くにゃっと力無く横たわるウオディックに向かって、ミサトが、そしてシンカーから駆け下りたアスカ達が走り出していた。




 「・・・鈴原君、どいて」
 「な、なんや何がいったいどうなって・・・!?
 ゥォオオ!?す、すまん綾波!!別にワザとこんなコトしたわけやないんや!信じてえな!」
 突然、トウジの声が響きわたった。レイの冷たく重い声に、心底怯えたように必死で謝り続けている。
 そのすぐ脇では、マユミがこれ以上ないくらい恥ずかしそうにシンジに向かって、声をかけていた。その声は蚊の羽音の方が大きいのではないかと思うくらい小さく、か細い声だったが、何故かシンジにはよぉく聞こえた。
 「い・・・碇君・・・あの、その、そんなトコ・・・(ああ、もうお嫁にいけない・・・)」
 「う、うわああああ!!ご、ごめん!山岸さん!!触るつもりじゃ、のっかるつもりじゃなかったんだ!!思いっきり揺れたからこうなっちゃたんだ!!
 だから誤解しないで!!動かないで!触らないで!!」
 「シンジ君!!!!あんた達何やってんのよ!?」
 「すーずーはーらー!!!不潔!不潔よ!!綾波さんとそんな関係だったなんて!!!」
 「シンジの浮気者!!
 エッチ!馬鹿!変態!!もう信じらんなーい!!あんたどこに顔埋めてんのよぉ!!」

 先の爆発と墜落によりシンジ達の乗るエントリープラグはしっちゃかめっちゃかになっていた。どんなことになっていたのかはわからないが、当分シンジとトウジはアスカとヒカリ達に頭が上がらないだろう。とにかくその何とも微笑ましい光景に、辺りに戦士達の笑い声が響いた。





 新横須賀港にぼろぼろになった太平洋艦隊が入港してきた。旗艦オーバー・ザ・レインボーはほとんど無傷だったがその他の艦は半分以上が失われていた。
 その様子を桟橋上の車から、ミサトと何故かお肌つやつやのリツコが眺めていた。
 「また派手にやったわね」
 「水中戦闘を考慮してこれだもんね」
 疲れたようにミサトが答える。 視線の先にはぼろぼろになった太平洋艦隊と、クレーンでつり上げられた、ガギエルの歯形が残るウオディックが見える。
 リツコが塩らしいミサトに、軽く笑いかけた。
 「あら珍しい、反省?」
 「いいじゃない、貴重なデータも取れたんだし」
 「そうね・・・ミサト、コレは本当に貴重だわ。シンクロ値の記録更新じゃない!」
 「たった、7秒間じゃ火事場の馬鹿力でしょ」
 確かに凄いことなのに、ミサトの言葉はどこか投げやり。そんなミサトに、リツコは背筋が寒くなるような微笑みを浮かべた。
 「なによ、偉く不機嫌ね。・・・そんなに嫌なの?私と同い年になったのが。
 いい、ミサト。たとえ日が西から昇ろうと、あ・な・た・が三十歳になった事実は覆せないのよ」
 「それを言うなぁ!!私はまだ25歳と60ヶ月なのよぉ!!
 だいたい何でこの世界では律儀に年をとっていくのよ!?」
 「・・・無様ね」
 狂乱するミサトを冷たい目で見ながらリツコは言った。それからシンジ達についと視線を移す。
 視線の先ではチルドレンが、和気藹々と話している。
 「碇く・・・シンジくん。私、初めてなんです・・・。だから、責任・・・」
 「初めてって、責任って山岸さん、なにを言ってるんだよ!!僕にはわからないよ!!」
 「碇君!!女の子にあんな事したのよ!責任とるのが男って物でしょう!?」
 「ほなわしも綾波に責任とらなあかんのか!?うわああ、許してくれ綾波ぃ!!」
 「シンジぃ!!貴様山岸さんになにをしたぁ!?
 いや〜んな事か!?いや〜んな事をしたのかぁ!!!?」
 「・・・・・・・(怒)」
 「シンジ、後で話があるから。それからヒカリは誰の味方なのかしら〜?」

 「すっごく無様ね。シンジ君」


<ネルフ本部司令室>

 赤い夕日のような光に染められている部屋にユイ、キョウコ、ナオコ、加持の4人がいた。冬月ははぶんちょ。
 「いやはや、波乱に満ちた船旅でしたよ。やはりコレのせいですか・・・」
 軽い口調で加持はそう言うとトランクのふたを開ける。その中に入っている物をユイに示しながら言葉を続ける。
 「既にここまで復元されています。硬化ベークライトで固めてありますが、生きています。間違いなく。
 あの計画の要ですね?」
 トランクの中には人間の胎児のような物がベークライトに包まれて保管されていた。そのベークライトには文字が書いてある。オリジナルと・・・。
 口の端をわずかにゆがめると、ユイが皆に、いや自分自身に言い聞かせるようにつぶやいた。
 「そう、最初の人間アダムよ」


第七話完


Vol.1.00 1998/12/04

Vol.1.01 1999/03/20


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