「ごめん、お待たせ」
そうシンジに語りかけてきたのは葛城ミサトであった。
「えっ?あっ、あのミサト先生、今僕は父さんの会社に送ってくれる人と待ち合わせて
るんですけど…ってあっ、やぱ!」
そう。担任のミサトには「叔父さんが今日死ぬ予定」という事で欠席の知らせを入れ
たのだ。その事に遅まきながら気付くと、シンジは逆にミサトが何故ここに居るのか、
もしかしてズル休みした(シンジがしたくてズル休みしたわけではないが)のがバレた
のだろうか、だから迎えに来たのだろうか、などと悶々と悩み出す。
実際はミサトは全然疑問に思わず「あらそう、大変ねん。じゃあお大事に」などとお
気軽にシンジに言っていたのだが。(ちなみに何をお大事にかは全く不明だが、モノを
考えずに喋るのが葛城ミサトという人間なので今更といえば今更な指摘ではある(笑)。)
しかし、ミサトという人間の本質を知らない(それが幸か不幸かはともかく)シンジは
ミサトの意図を勝手に推量し「とりあえず車に乗る」選択を選んだ。
即ち、シンジは観念してミサトの運転するルノーに乗り込んだのである。
どこへ連れて行かれるかも知らず。
ミサトの顔に表情と言うモノが浮かんでいない事にも気付かず。
激愛SS劇場 外伝
ようこそ、NERV江
後編
ワンダース(兄)
「どうやら第1段階は成功したようです。でもシンジ君に何かがあると感づかれたかも
しれません」
「問題無い。シンジにはそこまで考える脳ミソが無いからな。私が保証しよう。」
「そうですね、私とした事が。では第2段階に移行します」
「ウム」
もう少し時間があれば計画をより完璧なものに出来たモノを…
だが今更言っても仕方があるまい。
時計の針は元に戻す事は出来ないが自ら進める事は出来る。
「いよいよだよ、ユイ(ニヤリ)」
* * *
その頃シンジは。
額に縦線を浮かべてミサトを見ていた。
さっきまで乱暴な運転で道を飛ばしていたミサトだったが、突如車を止め、双眼鏡で
外を見だしたのだ。
「あ、あの…ミサト先生?一体何を?」
しかし、ミサトは一向にシンジに返事を返そうとしない。
……どういう事だろう?てっきりサボリがバレて僕を学校に連れ戻すために来たのかと
思ったのに……
でも……良く考えるとどうしてあの場所が分かったんだろう?あちこち探したのかも
しれないけど、でもあのミサト先生の運転の仕方は迷いが無かったような気がする。
そう、まるで僕がどこにいるのか、あらかじめ分かってるかのように……
一体、ミサト先生は僕をどこに連れて行くつもりなんだろう?
どうしようとしてるんだろう?
などとシンジが思っていると、ミサトは突然叫んだ。
「まさか…N2地雷を使うわけ?」
…へ?地雷?………は?
太平洋戦争の時の不発弾か何かの事を言ってるのかな?
それとも自○隊の演習?
ってゆーか、どっちにしても何でミサト先生がそんな事分かるんだ?
軍事マニアって話は聞いた事無いけど…
と、思う暇も無く。
「伏せて!!」
と言う声と共に強引にミサトが押しかぶさっていく。
「みっ、ミサト先生!駄目だよ、こんな所で!まっ、まだ昼間だし、ほら人目もあるし、
そっ、それに僕たちは生徒と先生じゃないですか!駄目ですよそんなの!……でも……
ちょっとだけなら……」
錯乱のためか、単に本性なのか、それとも天然ボケなのか。シンジはお約束な反応を
返す。
その時、唐突に車の片側が持ち上がる感覚があった。
「…だから、僕たちまだそういう関係じゃないですし、あの、でも、もしミサト先生が
そうしたいって言うんなら…僕は…あの……ってあれ?」
車はシンジの居る側からゆっくりと持ち上がる。何が起こってるのか、シンジは車の
下を覗こうとしたが、ミサトが上から覆い被さっているため、果たせない。やがて、ぐ
りん、と世界が回る嫌な感覚がして。衝撃がシンジを襲った。
がしゃああああああああああん!
「だぁぁぁああああああああああ!何だ何だ、何が起こったんだ?」
ミサトが「上の」ドアを開けて這うように外に出ていく。
シンジもミサトの後を追って「上から」外に出た。
「プハァ…」
シンジは肺の中に溜まった空気を一気に吐き出す。そうして落ち着いてルノーを見て
みると、ルノーは横倒しになっていた。
無論、それは中で横に転げる感覚を味わったシンジには明確なことだった。しかし、
なぜいきなりルノーが横に転がったのか、シンジにはさっぱり分からなかった。
…爆弾…じゃないよな…だって爆発したんならもっと衝撃が来ると思うし、そもそも
爆発したような音も聞こえなかったし…
…突風って訳でもなかったような…じゃあ一体どうして……???
無論シンジには、ルノーの下からいきなりつっかえ棒のような物が突き出て、それが
ごいんごいんと伸びてルノーを傾けていた事など想像もつかないのだった。
ていうか、誰がそんな装置(しかも無意味な)を付けてると想像するだろう?ボン○
カーやナ○ト2000じゃあるまいし(笑)。
「大丈夫だったぁ?」
呑気そうなセリフだ。しかし、声に抑揚も何も無い棒読みで言われるとこれほど気味
悪いセリフも無いだろう。
「あ…僕の方は何とか…ミサト先生の方は?」
シンジは声がした方を振り向きながら言う。しかしミサトの姿が見えない。声が車体
を通して聞こえてくる感覚から、どうやら横倒しになったルノーの腹側にいるシンジの
ちょうど反対側、屋根の方にミサトはいるらしい、と分かった。
「そいつは結構。せぇの!」
「は?」
…ちょっと待て。「せぇの」ってどういう意味?
………まさか……
「車を元に戻す気かな?」
呟いた瞬間、何かを忘れてるような思いがシンジを襲う。
…ちょっと待てよ。考えろシンジ。ミサト先生は背中側。僕は腹側。ミサト先生が車を
押して元の状態に戻すとしたら?
ぽむ、と手を打つシンジ。
…なぁんだ。僕下敷きじゃん!
……………………
「だぁぁああああああああああああああああああああああ!!!(T-T)」
「よいしょ!」
ずぅぅぅぅぅうううん。
必死で逃げるシンジ。その一瞬後にミサトの掛け声がして、ルノーがシンジの居た場
所に倒れ込んでくる。
(そこ、チッ、とか舌打ちしない!(笑))
必死の思いで迫りつつあった死を直前で回避したシンジ。
まだ息が荒い。
その元に、パンパン、と手についた埃を払いながらミサトが寄って来る。
「ふぅ…どうもありがとう、助かったわ」
…助かったわ?助かったわ、だって?
命が助かったのは僕の方だよ、ミサト先生!
って言うか、「人殺しにならずに済んだわ、ありがとう」って意味なのか?
…もしや…「これぐらいで死んだらつまらないわ、まだまだ楽しみたいもの。死なな
いでくれてありがとうね、フフフ…(ニヤリ)……なんて意味じゃないだろうな……
……ハハ…ハハハ……(汗)
またまた一人で先走るシンジ。一人上手な妄想は彼の大得意だ。
とりあえず、どういう反応を示して良いのか分からなかったため、シンジは無難な受
け答えをする事にした。
「い、いえ、こちらこそ…ミサト先生…」
「ミサト、でいいわよ。改めてよろしくね、碇シンジ君」
「はい?…あ、あのそれってどういう……」
…さんざんミサト先生って呼んでるのに「ミサト」って呼んでね…って一体…?
まさか……まさか…
「先生、なんて呼ばないで。私だって先生である前に一人の女なのよ…」
「ミサト先生…」
「くすっ。またその名前で呼んでる」
「そっ、そうだね…じゃあ…ミサト」
「シンジ君…」
近づく二人の距離。ミサトがうっとりと目を瞑る。そしてシンジはその甘く柔らか
そうな唇に……
「なんてな、なんてな!」(伊東四郎風)
妄想から一人暴走するシンジ。妄想をオカズにご飯3杯は軽くいけるシンジが現実世
界に帰還するには暫く時間がかかりそうだった。
* * *
「第2段階、成功したようです」
「うむ。では次の段階だ」
「それはよろしいのですが…」
「…どうした?」
「何か想定した成功の仕方と若干違う形になりつつあるようですが…」
「…何事にもイレギュラーは存在する。問題無い。」
「分かりました。では次の段階へ…」
* * *
「ええ、心配ご無用。彼は最優先で保護してるわよ。だからカートレインを用意しとい
て。そう」
暫く「妄想一人上手」状態に陥っていたシンジが妄想から戻ってくると、ミサトは携
帯で話している最中だった。
「迎えに行くのは私が言い出したことですもの。ちゃんと責任持つわよ。じゃ」
…学校と話してるのかな?
やっぱりあんな言い訳して学校休んだんだから怒られるだろうなぁ…トホホ…(T-T)
シンジが憂鬱な思いで外の景色を眺めていると、学校が近づいてくるのが見えた。
…と、車は学校の横を素通りして行く。減速する素振りすら見せない。
「あれ?」
…学校に戻るんじゃなかったのか?
「……ミサト先生?」
「なに?」
「……僕ら学校に行くんじゃないんですか?」
「ああ、いいのいいの。今は非常時だし、車動かなきゃしょうがないでしょ?それに私
こう見えても国際公務員だしね。万事OKよ」
ミサトの答えはもはや隠しようも無いほどシンジの質問と噛み合わなくなっていた。
しかし。
「中学校教師って国際公務員でしたっけ?……ホントに?(汗)
いや、それはそうと、学校に行かなくても良いような非常時って…一体何が起きたん
ですか?(爆汗)」
まだ気付かないシンジであった(笑)。
「つまんないの。可愛い顔して落ち着いてるのね」
「思いっきり焦ってるんですけど……」
いかに頭の回転が遅いシンジもさすがに「何かが変だ」と気付き始めたようである。
しかし、そんな事も意に介さず抑揚の無い声で機械的にセリフを喋り続けるミサト。
「あれ?怒った?ごめんごめん、おっとこのこだもんね〜?」
「怒ってませんけど…あの、何か僕たち会話が噛み合ってない気がしませんか?(汗)」
しかし、もはやシンジが何を言おうともミサトは完黙したままだった。
まるで、「これ以上のセリフはシーンが変わらないとありません」とでも言うかのよ
うに(笑)。
* * *
「第3段階、クリアーしました。しかし…」
「どうした、赤木博士?」
「状況はイエローです」
「…シンジが感づき始めたか?」
「はっきりとした疑念を抱いている訳ではないようですが、疑いを持ち始めてはいます」
「子供の駄々に構っている暇は無い。予定通りに進めたまえ、赤木君」
「分かりました」
…フッ。この段階で気付き始めるとは…成長したな、シンジ。
だが、この父を越える事は出来んぞ、シンジ。お前に、この父の偉大さを教えてやろ
う。そう、この切り札をもって…(ニヤリ)
ゲンドウは不敵な笑みを浮かべる。その手には、20cm程の硬質な、それでいて脆い
「それ」(ゲンドウが言う所の「切り札」)がしっかりと握られていた。
* * *
「……特務機関NERV?」
ミサトから聞かされた、父の勤める会社の名を口にするシンジ。
…おかしいな。父さんは株式会社だって言ってたけど…
もしかして「株式会社『特務機関NERV』」って名前だったりして……
何かカッコイイな、どんな仕事してる会社なのか、名前からしてさっぱり分からない
しあからさまにアヤシイけど、カッコイイや…
…ってそんなわけあるかっちゅーの!
一人ボケツッコミをかます。
…とりあえず、父さんの会社の名前が出てきたし、車はオフィス街に入ってきたし、
ミサト先生はどうやら父さんの会社に向かってる……ような気がするなぁ。
この後に及んでまだ呑気なシンジ。
と言うか、行く先の分からない車にまだ乗ってる辺り、呑気と言う範疇を越えている(笑)。
しかし、目的地については何となく分かってきたため、その点についての不安は薄れ
ては来たものの、度重なる奇妙な言動・通じてなさそうな会話などを通して、ミサトに
対する疑念はますます強くなっていた。
そして、ミサトがさらっと言った次のセリフで、シンジの疑念は確信に変わった。
「そう。国連直属の非公開組織」
その瞬間シンジは思った。
…もしかしてそうかな?とは思ったけど…
否定したかったけど……
やっぱイっちゃってるよ、ミサト先生……(T-T)
シンジは思わず半泣きになりながら引け腰で答える。
「……わぁ、父さんってそういう所に勤めてたんだ、知らなかったぁ(T-T)」
「ま、ね。お父さんの仕事知ってる?」
…噛み合わないハズなのに妙に噛み合った会話だな……(T-T)
シンジにしては的確な見解であろう。が、どんな見解を下そうと、ミサトを刺激しな
いためには結局答えるしかない。
「……父さんは『全ての社員の上に君臨し、至高の玉座に座る帝王だ!そして、社員の
生活を守る大事な仕事をしている』と言ってましたが、母さんからは『一応社長だけど、
どうせハンコを押すだけだから誰にでも出来る仕事だ』と聞いています」
どうせミサトからはマトモな答えが返ってこない、と分かっていながらも、律義に答
えるシンジ。
ふと、シンジはロボットちっくなミサトを見ていてにわかに不安になってきた。
…ミサト先生、本当に父さんの所に行くんだろうな?
て言うか、そもそもどこか明確な目的地に向かってるんだろうな?(T-T)
「あ、あの〜、つかぬ事をお伺いしますが…本当に父さんのところに行くんですよね?」
おそるおそる、と言った態(てい)で訊ねるシンジ。
その表情には、怖い答えが返ってきませんように、という心からの願いの色が浮かん
でいた。
「そうね、そうなるわね」
とりあえずホッとする。一応、目的地に向かっている事がシンジを安心させた。
もっとも、ミサトはシンジの言葉を聞いて答えを言っている訳では無いから、本当に
明確な目的地に向かっているかどうか、結局は定かでは無い。その事はシンジも重々分
かっている。が、分かってはいても、今はミサトの言葉を信じていたかった。
人は、このようなシンジの心境を「自己欺瞞」と言う(笑)。
…それにしても…
シンジは思わずにはいられない。
…父さんが何かしようとすると碌な事が起きない。
昔もそうだった。
昔、父さんと一緒にデパート屋上へ「世露死苦仮面」のショーを見に行った時の事は
今でも忘れられない。
あの時、僕は一人になって。
僕はいらない子供なの?って泣きながらデパート中を歩いたさ…
そしたら、父さんの野郎。
実は僕よりショーに夢中になって。
ショーが終わった時に僕の存在を忘れて、あっさり家に帰ってやがった…(T-T)
「…………父さん」
そもそも父さんの胡散臭い説得にうかうか乗ったのが間違いだったんだ…
シンジはまだ見ぬ父の悪ふざけを恨むと共に、父親が怪しいと思いつつも説得されて
しまい父の会社にノコノコ向かおうとしていた己の迂闊さを呪った。
しかし、ロボットミサトはシンジの思いなど構ってもくれない。
「あ、そうだ、お父さんからID貰ってない?」
「ID?聞いてないよ…(T-T)」(ダチョ○倶楽部風)←死語になりかけ?(笑)
「ありがと。じゃあ、これ読んどいてね」
先程までと全く同様に会話になってない会話をした後に、ミサトがシンジに渡したモ
ノがあった。
それは、表に「ようこそNERV江」と書かれた、ファイルブックのような物だった。
「NERV…父さんの仕事場……この上まだ碌でもない事を企んでるのか?(T-T)」
ミサトは何も答えない。
「そうですね。父さんが絡んでるのにマトモな会社訪問で終わるはずなんか、無かった
んですよね……」
シンジの悲しみは既にノンストップ状態である。
「そっか。苦手なのね、お父さんが。」
ミサトの抑揚の無い声がシンジの虚しい心に拍車をかける。
「私と同じね」
…同じ?同じって?
ミサトさんもお父さんに回転椅子に乗せられて、吐くまで回転させられた事があった
の?
5月5日の背比べの時、柱に傷を付けるためにマサカリを頭の上すれすれに打ち込ま
れた事があったの?
嫌な記憶が思い出され、激涙にくれるシンジだった。
やがて、シンジとミサトを乗せたルノーは一つのビルの前に止まる。
「これが私達の秘密基地、NERV本部。世界再建の要。人類の砦となる所よ」
…ツッコミようがない程ボケてるね、ミサト先生…
もはやシンジはミサトに心の中ですらツッコミを入れる事をやめたようだ。ミサトに
ツッコミを入れても無駄だと言う事をどうやらようやく悟ったらしい。気付くのが遅す
ぎるぞ、シンジ。
* * *
「目標SはMと共に本部前に到着しました」
「ふっ、スケジュール通りだな。5%の狂いも無い」
…5%の狂いって結構でかいと思うが…
「いよいよE計画も…」
「うむ。最終局面を迎えた。ここから先は精密さを要求されるタスクになる。どんな些
細なミスも許されない」
「承知しています。いよいよ私達も…」
「舞台に上がる事になる。最期の時だ。行くぞ、赤木博士」
「はい…司令」
* * *
「おっかしいなぁ、確かこの道の筈よねぇ」
ミサトは相も変わらずロボットの如く、全く抑揚というモノが欠けた声でそう言った。
シンジはもーいーや、と言う感じで半ば諦め加減である。
ミサトに何を言っても通じない、それは分かった。
しかし。
こんな悪ふざけをしかけた父さんだけは許せない。
どうしてたかが会社訪問でこんな手の込んだ悪戯をしなきゃならないのか。
父さんに一言いわなきゃ気がすまない!
─その思いだけが今のシンジをかろうじて支えていた。
「これだからスカート履きづらいのよねココ……しかしリツコはどこ行っちゃったのか
しら…ごめんね、まだ慣れてなくって」
「さっき通りましたよ、ここ」
シンジもロボットミサトの扱いに慣れてきたのか、サクッと切り返す。
「……でも大丈夫。システムは利用するためにあるものね」
鉄面皮の筈のミサトが、氷より冷たいシンジの答えに反応したのか、それとも元から
間を空けるように設定されていたのか。シンジの言葉の後のミサトの答えが、心持ち遅
れた。
応接室で内線電話を借りて、どこかに電話をかける。
ややあって、向こうから人が来た。
エメラルドグリーンの水着の上に白衣を羽織ったその人物は。
「あ、あらリツコ」
「…………赤木先生」
棒読みのセリフと、驚きで絶句した呟きが重なった。
どちらがミサトでどちらがシンジかは言うまでもあるまい。
「何やってたの葛城一尉。人手もなければ時間もないのよ」
「ゴメン」
「…例の男の子ね」
「そ。マルドゥックの報告書によるサードチルドレン」
「よろしくね」
リツコの呼びかけに反応できないシンジ。
既に事態はシンジの心のリミッターを越えていたため、シンジの無意識が思考をカッ
トしてショックに備える態勢に入り、感情も理性も見事なまでに鈍磨していた。
…ミサト先生が車で来て、車が倒れて、とうさんがにがてなのはわたしとおなじねで、
しすてむはりようされるがためにあって、あかぎせんせいはりかのせんせいなのにな
ぜかかいしゃにいて、みずぎがはくいで、まるどぅっくきかんはせむぞくのかみさま
で……
「はい」
精神汚染されかけていたシンジはそう答えるのが精一杯であった。
「これまた父親そっくりなのよ。カワイゲのないところとかね」
─繰り返す。総員第一種戦闘配置。対地迎撃戦用意─
「ですって」
「これは一大事ね」
「で、初号機はどうなの」
「B型装備のまま現在冷却中」
「それホントに動くの?まだ一度も動いた事無いんでしょ?」
「起動確率は0.000000001%。09(オーナイン)システムとは良く言ったものだわ」
「それって動かないってこと?」
「あら失礼ね。ゼロでは無くってよ。」
「数字の上ではね。ま、どのみち『動きませんでした』ではもうすまされないわ」
ミサトとリツコが何事かしゃべっていたが、もうシンジにはどうでも良かった。
精神的ショックの波に飲み込まれそうになりながら、かろうじて父親への怒りだけが
灯火(ともしび)の様に微かに燃えており、それだけがシンジの心を現実世界に留めて
いたのだった。
一方、リツコはシンジが聞いていない様子だったことに非常に助けられていた。
もともとミサトにリツコ謹製の素敵なクスリを飲ませて暗示をかけていたため、ミサ
トは相手の行動に関わらずロボットのように一定のセリフを喋る事が可能だったが、リ
ツコ自身はクスリを飲んでいない。(リツコいわく「そんな危険な事出来ないわ」だそ
うだ。そんな危険なクスリなら他人にも飲ませるなよ)
だから、シンジにツッコミを食らっていたら、あっという間にバケの皮が剥がれ、折
角の最終局面でE計画が崩れてしまう所だった。
ここまで来て大事な計画を崩す訳には行かないのだ。
アノ人に「期待しているよ」と言われた以上は。
やがて、エレベータを降り、廊下を歩いて、3人はある一室に入った。
部屋の中はまだ日が昇ってる時間であるにも関わらず真っ暗だった。
「あ、まっくらですよ」
虚ろな瞳のシンジが呟く。
と、シンジの言葉がその部屋に響いた途端に照明がついた。
そしてそこにあったのは。
「どうせ碌でも無いとは思ってたけど…まさかここまでとは…思いたくなかったよ……
父さん……(T-T)」
シンジは思わず崩れ落ちた。
「ようこそNERV江」が床に落ちる音が部屋に響く。
外部刺激に対して極端に反応が落ちていたシンジをして、絶望と脱力の彼方に貶めた
存在。
シンジの目の前に鎮座していたその物体はまぎれもなく何の変哲も無いただのガ○プ
ラ(1/144スケール)であった(笑)。
「探しても載ってないわよ。」
載ってる訳ないわな(笑)。
無論、シンジは脱力してべったりと地面に手をついており、「ようこそNERV江」
を見るどころか触れてもいない(笑)。
「……(T-T)」
「人の創り出した究極の汎用人型決戦兵器。人造人間エヴァンゲリオン。その初号機。
建造は極秘裏に行われた。我々人類の最後の切り札よ」
「……父さん……まさかこれを見せるためだけにこんな手の込んだ事をしたの…?(T-T)」
「そうだ」
部屋の上から声が響いた。
満を持して颯爽と登場したその男こそ碇ゲンドウ、その人であった。
「久し振りだな」
「……って今朝会ったばっかじゃ…(T-T)」
シンジは未だ力が入らず、床に四つん這いになっていた。
「フッ………」
しかしゲンドウは全くシンジの様子を意にも介していないようだった。他人の事に全
く気を配らないのがゲンドウの良いところである。
「出撃」
…これでかい(T-T)
もはやツッコミにも力が欠けているシンジ。
しかし、対照的にゲンドウはあからさまな程に自信満々であった(笑)。
「出撃?零号機は凍結中でしょう?……まさか初号機を使うつもりなの?」
「他に道は無いわ」
「ちょっと!レイはまだ動かせないでしょう?パイロットがいないわよ」
「さっき届いたわ」
「……マジなの?」
素敵なクスリでロボット化されたミサトはともかく、ガン○ラを前にして良くそんな
真面目に二人芝居が続けられるな、リツコ。流石にゲンドウに期待された人材ではある。
と、リツコはシンジの方に向き直り。
「碇シンジ君。貴方が乗るのよ」
「乗れるかぁああああああああああああああああああああああああ!!(T-T)」
しかしリツコとミサトはシンジのツッコミによって反応を変えることなく予定通りの
会話を続ける。
「でも、綾波レイでさえエヴァとシンクロするのに7ヶ月もかかったんでしょう?今来
たばかりのこの子にはとても無理よ」
…いや、そういう問題でも無いような気が…
「座っていれば良いわ。それ以上望みません」
…って言うかガンプ○のどこに座れと?
「しかし」
「今は使徒撃退が最優先事項です。そのためには誰でもエヴァと僅かでもシンクロ可能
と思われる人間を乗せるしか方法は無いの。分かってる筈よ、葛城一尉」
『プラモデルにシンクロ』という辺り、ノリは殆ど「プ○モ狂四郎」である。(爆)
「……そうね」
「父さん。何故呼んだの?(T-T)」
こいつら○○ってやがる、と思いながらもシンジはそう聞かずにはいられなかった。
一方、シンジがシナリオ通りのセリフを言った事に気をよくしたゲンドウはニヤリ笑
いを浮かべながら言う。
「お前の考えている通りだ」
「僕に、これに乗れって言うの?」
「そうだ。」
自信満々のゲンドウ。
「アンタ…って言うかアンタ達イっちゃってるよ……(T-T)」
「必要だから呼んだまでだ」
シンジの言葉に対する答えになっていないのは言うまでもない。人の話を聞かないと
いうゲンドウの良いところが十分に発揮中である(笑)。
「何故僕なの…」
「他の人間には無理だからなァ」
「っていうか僕にも無理だよ!出来る訳ないよ!(T-T)」
「説明を受けろ」
…そういう問題か?(笑)
「そんな…できっこないよ……1/24スケールならともかく……1/144なんて、
乗れる訳ないよ!(T-T)」
1/24なら乗るつもりだったのかシンジ?
…フッ…いよいよ予定通りのセリフに来たな…
ゲンドウは言いたくて言いたくて堪らなかったセリフを目の前にして喜びの余り小躍
りしそうになるが必死で抑え、轟然と胸を反らして言い放つ。
「乗るなら早くしろ、でなければ帰れ!」
自らのセリフにうっとりと酔いしれるゲンドウ。
…ああ…このセリフを言うために僕は生きてきたのかもしれない。
ゲンドウは自分に関わった人間がぐるっと自分を取り囲んで「おめでとう」と言った
気がしたが、無論パラノイアの妄想に過ぎない。
妄想から戻ってきた(案外早いな。さすがに歳か?)ゲンドウはシンジの方を振り返
りながら言う。
「フッ……キマッたな!(ニヤリ)どうだシンジ、さすがに乗る気になっただろう?」
(くるーり)
しかし、シンジが居たはずの空間には誰もおらず、虚しく風が吹きぬけていた。
「……ホントに帰りやがった……」(ガビーーン)
ゲンドウは涙を流しながら呟く。
「やはり時間が足りなかったか。使徒が完成していればシンジをその気にさせる事が出
来たものを……(T-T)」
その手には使徒(パーフェクトジ○ング 1/144)が握られていた。(爆)
* * *
その頃シンジは○ンプラのあった部屋を脱出し、会社から一刻も早く逃れようと全速
前進で歩いていた(笑)。
「冗談じゃないよ…あれ以上1分1秒だってあんな変態の巣に居られるもんか…(T-T)」
しかし、涙にくれながら全速力の早足で歩いていたため周囲をよく確認していなかっ
たシンジは、角を曲がった途端に向こうから歩いてきていた人とぶつかってしまった。
「すっ、すいません。大丈夫ですか」
シンジは声をかけて相手が起き上がるのに手を貸そうとした。相手も何とか衝撃から
回復してシンジの手を借りようとした。ふと、二人の目が合う。その時、二人は思わず
声をあげていた。
「……シンジ君……!」
「……冬月さん!」
シンジが突き飛ばしたその相手。温厚そうな灰色の髪をした初老の男性は、まさしく
冬月コウゾウその人であった。
「…どうしたんだねシンジ君?」
「え?どうって…?」
「……いや、すまなかった。一瞬君の顔が泣いているような顔に見えたのでね。気のせ
いかもしれんが。」
シンジは一瞬息が詰まった。
しかし、冬月の柔らかい物言いにほぐされるように、じわり、と瞳に涙が滲んでくる。
「うっ……うっ………すっ、すいません、こんなの………」
「……良かったら私に話してみてくれないか?力になれるかどうかは分からんが。」
「くっ…………うわぁああああああ、冬月さぁぁあん!(T-T)」
シンジはあまりと言えばあまりの展開になってしまった会社訪問のショックから泣き
崩れてしまった。
「…とりあえず、私の部屋に行こう。さ、シンジ君」
冬月はシンジに手を貸し、一室に導いていった。
* * *
株式会社NERV副社長室。
そこにシンジと冬月はいた。
冬月に連れられこの部屋に入ると、しばらくシンジは泣き崩れたが、ようやく回復し、
冬月にシンジが何故会社に来る事になったのか、という時点から経過を話したのだった。
「碇にも困ったものだな」
冬月が言う。シンジはまだ鼻をすんすん言わせていたが、割と落ち着いて来たらしく、
柔らかいソファーに腰を下ろして下を向きながらしきりに何度もうなずいていた。
「あれでも会社経営には辣腕を振るっているのだが…時々意味不明な言動を見せる事が
あってね…いや、すまないなシンジ君。君の父親の事を悪く言うような形になってしま
って。」
「いえ、良いんです。当たってますから。ウチでも時々意味不明なセリフを言ったりし
ますし(T-T)」
「普段も一応碇に諌めてはいるのだが、あまり聞いてくれなくてね。しかし、シンジ君
まで犠牲になったとなれば話は別だ。今度、十分に注意しておこう」
「ありがとうございます、冬月さん!」
「なぁに、お安い御用だよシンジ君」
「あの、僕、この会社に来て碌な事に会いませんでしたけど、冬月さんと話せた事は本
当に嬉しかったです!」
勢い込んでシンジが言う。
にこっ、と優しげな微笑みを浮かべる冬月。
「何、シンジ君の役に立てたならお安い御用さ。ところで………」
「……?どうしたんですか冬月さん?」
「シンジ君、君に見てもらいたい、いや見てもらわなければならないモノがあるんだ」
「………え?」
…見なければいけないモノ?何だろう?
まさか父さんの奇行の数々を撮ったモノとか?
…でも、冬月さんなら父さんみたいな変態と違って、人の心にダメージを加えるよう
なモノを見せる事は無いんじゃないかな…
一瞬身構えるシンジ。だが、困惑の色を浮かべながらもニコッと笑いながら答える。
「ええ、僕が見なければいけないモノなら見ますけど…」
「うむ。良い答えだ。では一緒に来てくれ」
冬月もにこっと笑いながら言う。
シンジは冬月に伴われてある一室に入った。そこはプレゼンテーションなどをすると
思しき部屋で、壁の一面をスクリーンが占めた部屋であった。
「では、そこで待っていてくれたまえ。今着替えてくるのでね。」
冬月はそう言い残して隣りの部屋に姿を消した。
「着替え……?」
何か嫌な予感がシンジを襲った。部屋の中を見回す。
そこに居た(というべきか有ったというべきか)モノ。
シンジの隣りの席には筋○シ(テリ○)。
後ろの席には信楽焼きのタヌキが。
そして、一番後方のプロジェクタを操作する席にはダッチ○イフリツコが鎮座してい
た。(爆) ちなみに、本来のキャストであればマヤが座るはずのこの席にダッチワ○フ
リツコが居るのは冬月の個人的趣向なのだが、無論そんな事をシンジが知る由も無い。
と、冬月が隣りの部屋から颯爽と現れた。
そこに居たのは、先程までのスーツを着たサラリーマン然とした冬月ではなく、「ど
こぞの特務機関の副司令」と言った感じの茶色みを帯びた服を着た冬月だった。
そして、冬月が素早く席に就いた瞬間、いきなり部屋の照明が落ちる。
同時にプロジェクタがスクリーンに画像を映し始めた。
ガン○ラ2体が逆さになって海と陸のジオラマに突き刺さっている画像を。
「……こいつも変態か………(T-T)」
─本日午前10時58分15秒、二体に分離した目標甲の攻撃を受けた初号機は〜─
ナレーションか何かが入っていたが、シンジにはもはやどうでも良かった。
「まったく、恥をかかせおって」
冬月はごくごく真面目な顔でそう呟く。その表情には冗談とかギャグと言った要素
はひとかけらも見出す事は出来なかった。
…冬月さん。僕は信じていました。いえ、信じていたかったのかもしれません。この
会社は変態ばかりじゃないと。冬月さんは父さんとは違うと。
でも、それは幻想だったんですね……(T-T)
シンジは流れ落ちる涙を止める事が出来なかった。
「…もういい」
しかし、シンジの心の声を察する事も無く、冬月は予定通りのセリフと共に予定通り
退室した。
暫く回復しようが無い程惚け、無意識のうちに滝のように涙を流していたシンジだっ
たが、やがてノロノロと立ち上がった。
「……………帰ろう…(T-T)」
そして、シンジはつっかえるように歩いて出口に向かい、のそのそとドアノブを回し
てドアを開け、運び出すようにして自らの体をドアの外に出し、扉を閉めた。
そして、ドアが閉まりきるその瞬間。
部屋の中に居たダッ○ワイフリツコが呟いた。
「無様ね」
「…………………………うわぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアあああああああああ!!!!!!!!!!!!」
……………………………………
その後、シンジは暴走し世界は7日間炎に包まれた、という噂もあるが、実際何が起
こったかは歴史の詳らかとするところではない。
【了】