一つの理由

written on 1996/4/7


 

 /青葉シゲル(SHIGERU AOBA)

 /ネルフ本部中央作戦司令室付オペレータ

 /階級:二尉

 /担当:通信・情報分析

 /趣味:ギター

 /現在独身。特定の彼女なし。

 

 

 ネルフ本部C−10棟

 七号機エレベーター内

 

 夜番の休憩時間。

 ギターを抱えた俺はいつもの場所へと向かっていた。

 俺が乗るエレベーターに赤いプラグスーツを来た少女が乗り込んできたとこ

ろから話は始まる。

 

 

 プシュウゥゥ・・・

 エレベーターの扉が閉まるか閉まらないかのうちに、そのチルドレンは声を

投げかけてきた。

 

「お疲れさまでーす」  

 

 俺は笑顔を作って応えた。

 

「お疲れさん」

 

 伊吹二尉と違って作戦行動時以外はあまりチルドレンと接していないからか、

まだ挨拶一つにしても、義務的な声音が混じるのは否めない。

 発令所のスクリーンを通して、エヴァンゲリオンを、チルドレンを、使徒殲

滅の道具として見ている時間と、このようにお互い人間として接している時間

とのすりあわせが、まだ、自分の中でうまくいっていない気がする。

 

 ――――いつか気持ちの整理ができるのだろうか。

 

 赤城博士のように?

 それとも、葛城一尉のように?

 

 とりあえず今は人間としての時間だ。

 可愛い女の子「惣流・アスカ・ラングレー」が俺の方を見ているとう事実が

あるだけだ。

 

 カチッ、カチッ、カチッ・・・

 エレベーターの上昇を示すカウンターの音。

 俺の声がその単調な機械音を打ち消した。

 

「こんな時間にどうしたの?」

 

 チルドレンが遅くまでシンクロテストを行っていることはもちろん知ってい

るが、すでに訓練は終了している時間だった。

 

「ちょっと忘れ物。テストルームにね」

 

 彼女はその端正な顔つきを俺に向けた。

 そして、両手を腰の後ろで組んで、横からすこし上目遣いに顔をのぞき込ん

でくる。

 

「青葉さんこそ、こんな時間にギター持ってどこ行くんですか?」

 

 俺はチラリと肩に掛けているギターケースに目をやった。 

 

「いや、別にね。休憩時間の暇つぶしだよ」

 

 そう。

 そして、理由を確かめる時間。

 

「ふ〜ん・・・。青葉さんってギター弾きだしてどれくらいになるんですか?」

 

「高校ん時からだから・・・もう、10年近くになるのかな? アスカちゃん

がちっちゃい頃からだね、きっと。あいかわらず下手だけど」

 

「えー。結構うまいんだって、マヤさん言ってましたよぉ」

 

「伊吹二尉が? ・・・お世辞だよ」

 

「まったまた〜。よく聞かせてるんじゃないんですか?」

 

「だったら嬉しいんだけどね」

 

 彼女のいたずらっぽい視線に、俺は軽くウインクをしてみせる。

 もちろんネルフにあんな可愛い子はめずらしい。

 けれども、自分とはちがう人間だと直感していた。

 どちらかというと、俺よりマコトと気が合うタイプの子だ。

 

「それよりもさ。アスカちゃんって、シンジ君のことどう思ってるんだい?」

 

 俺は彼女の矛先をそらす的確な言葉を投げかけた。

 

「な、な、なんで、あのバカが出てくるんですか?」

 

 案の定彼女はうろたえる。

 好き嫌いは別にして、この年頃にはこの手の話が一番だ。

 

「いや、実はね・・・最近、シンジ君が俺とギターの練習してるの知ってるだ

ろ。その時にね、レイちゃんとアスカちゃんのどっちが好きなのかって、聞い

てみたんだよ」

 

 いつのまにか彼女は真剣な表情になって俺の言葉を待っていた。

 

「シンジ君、どう答えたと思う? 顔を赤くして・・・と、ここまで。ここか

ら先は男と男の秘密ってことなんでね。残念ながら」

 

 チンッ。

 

 エレベーターがちょうどテストルームの階に到着したようだ。

 彼女はほっとしたような、それでいて残念そうな、複雑な表情をして、エレ

ベータのカウンターに目をやった。

 

 プシュゥゥ。

 

「続きはまた今度教えてくださいね。それじゃ!」

 

 エレベーターの扉が開くと同時に、彼女は飛び出していった。

 そして通路を駆け足で走り去っていく。

 きっと本部のエントランス・ゲートに誰かさんを待たせているのだろう。

 俺は微かに笑みを浮かべると、エレベーターの扉を閉じた。

 

 

 ネルフ本部C−11棟

 屋上

 

 マコトに頼んでセキュリティーを解除してもらった屋上へ通じるドアを開ける。

 地下という空間独特のひんやりとした空気が俺の頬を気持ちよくなでていく。

 月もない、風もない、濃密な空気が支配するジオフロント内部の空間。

 

 俺はポケットからピックを取り出し、ギターの弦にそれをすべらせた。

 左手の指は流れるように、右手はやさしく、時には激しく。

 

 しみわたるギターの音色。

 自分以外には音楽しか感じられないこの瞬間。 

 

 人の想いを伝えることのできるモノの一つ。

 

 命をかけてまで守る価値があるモノの一つ。

 

 もしかしたら自分の存在が少しは意味があるのかもしれないと思える瞬間。

 

 

 こうして自分に酔うのも許されるんじゃないか。

 

 こんな時代だから。

 

 

 なあ、相棒。

 

 

                           <おわり>

 


 実はこれ青葉主人公で書いた小説の二作目にあたります(一作目は相方(?)

が加持さんのやつです)

 さすがに昔の作品なのでちょっと手直ししました。

 アスカと青葉の絡みって結構難しいですね。

 次回はシンちゃんから見た青葉小説を掲載する予定。



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