太陽の光がまぶしく、大地を、その上に暮らすものを照らす。 命の光で全てを祝福するために。 そんな夏の日差しの中を一機の軍用ヘリコプターが飛んでいた。どっしりとした、何十人もの人を運べそうな大きなヘリコプターである。風格に見合った重たい風切り音をたてながら飛んでいる。 そのうち、乗員である一人の老人がローター音に負けない程度の声で誰に言うでもなく呟いた。 「第2、第3、第4,第5芦ノ湖か・・・。増えすぎだな。これ以上、増えない事を望むよ」 彼の視線はじっと眼下に穿たれた丸い穴、水が溜まり巨大な湖となっているそれを見つめていた。それはもう、面白いようにたくさんある巨大な湖を。老いた彼の心に去来するのは大地がどんどん傷つき変わっていくことに対する懸念か、それとも変わりゆく世界に対し変わることのできない自分自身に対する渋りか。少なくとも彼の眼差しは何も語ろうとはしない。 やがて、冬月は溜息混じりに呟く。 今度はハッキリと目の前に座る人物に聞かせるために。 「昨日、ゼーレから挑戦状……いや宣告書が届いたよ。君たちの所に来たのだろう? やっぽど邪魔されるのが、シナリオを書き換えられるのが嫌らしい」 その言葉に、対面に座っていた女性は小馬鹿にするようにふっと笑った。 「アダムは順調。E計画とZ計画もリッちゃんを本格的に仲間に引き入れてダミープラグに着手しました。ゼーレの老人も焦るわけですわ。 これまでの所全て先手をとられているのですから」 そう言うとユイは椅子に体重をかけ、全身から力を抜いた。そしてじっと眼下の光景に目を向ける。すでに新しい芦ノ湖から遠ざかり、第三新東京市が肉眼で確認できる上空にさしかかっていた。彼女と彼女の仲間達が創り、守ってきた町に。なぜかユイの目が悲しそうに細められる。 冬月がじっとユイに視線を向け言葉を続ける。 「君の父上の裏切りに始まり、碇の失踪、死海文書の誤訳の発覚。そして彼らはそれを認めようとしないのだからな。1999年当時のノストラダムスの予言で本を書いた連中のようにな。先手をとられて当然だよ。 ・・・・・・ところで、気がついたかね?」 「はい。恫喝の文章に感じる奇妙な違和感。ゼーレで何かあったのですね」 「そうだろうな。あの文章は一見大人の文体だが、底辺に感じるのは子供が自分の感情をたたきつけたモノと同じだ。トップが替わったのかもしれんな」 ユイがそれは疑問だと言う顔で反論する。 心に浮かぶのは全身から奇妙な気を発散させる初老の男の姿。 あの男がたやすく権力の座から引きずり落とされるわけはない。例え相手が海千山千の委員会の人間でもだ。 それがユイの出した結論だった。 「キール議長が?それはないと思います。そもそも彼自らが恫喝の文章を練るはずがありません。でも、冬月先生の意見も確かに・・・」 そしてしばし考え込むユイ。やがてゆっくりと顔を上げた。 「キール議長以外の、他のゼーレ十二使徒が幾人か、もしくは全員が更迭されたのかもしれませんわ」 「ふむ。その線が一番妥当だろう。おそらく、彼らはすでに生きてはおるまい」 「だとしたら、誰が彼らの抜けた穴を埋めたのでしょうか?」 そう言われても冬月とて、ユイに疑問に答える術を持たない。ただ久しぶりに相談されたにも関わらず、満足な返答もできない自分に歯がゆさを感じるだけだった。 ユイも冬月が答えを知っているわけがないのはわかっている。 「どのみち・・・・今はどうでも良いことです」 ユイはそう結論づけた。ゼーレに何があろうと、すでに袂を分かった自分にはあまり関係がない・・・ワケではないがさほど重大なことではない。どっちにしろ彼女の計画は進めるのだから。 「まあ、良いさ。ところであの男はどうするのかね?」 「彼には真実を話す見返りに、子供達を守ることを頼んでいます。 アルバイト先に三行半をつけてもらいますけど」 「・・・それだけかね?」 「とりあえずは」 それっきり二人は黙り込んだ。 古い、不思議な空気に包まれた都。 京都府。 かつては国の首都であったが今では歴史的文化財がある観光地。ダブルインパクトによる大混乱を過ぎ、老いた体をさらすように静かな佇まいを見せている。そう、閉塞した人類同様滅びを待っているかのように。 ゴォ〜〜〜ン・・・・・ どこかの寺から鐘の音が響いた。 「16年前、ここで・・・」 人気のない、ボロボロのプレハブ小屋の入り口で加持は呟いた。周囲に注意を払い、気配がないことを確認するとゆっくりと中へ入って行く。 しかし、加持のしつこいまでの注意も杞憂だったようだ。 室内は閑散としており、日に焼けた机に椅子、その上にのったどこから見つけたのかわからないくらい古い黒電話があるのみだった。一瞬トラップか何かかと警戒する加持だったが、電話も机にも異常は全くないようだ。それでも加持は注意深く机に歩み寄った。 カチャ その時、扉のノブが静かに回された。反射的に加持はジャケットに手を入れて銃のグリップを確認する。銃が効かない相手などいくらでもいるが、それでも銃のずっしりとした重さは彼を安心させた。 (監視されていたようだな・・・。誰だ?) 彼が入ってすぐにこの反応である。間違いなく彼が監視されていたことを示している。加持は自分の迂闊さに少し気分が悪くなったが、その一方で奇妙な余裕も感じていた。このくらいのことで自分が始末されるはずがないと確信していたからだ。 加持の見ている前で、扉が少しだけ開いた。
METAL BEAST NEON GENESIS
機獣新世紀 エヴァンゾイド 第弐話 「恋せよ乙女。彼女達には負けないわ!」
作者.アラン・スミシー
加持は注意深く扉に近づき、いつでも飛び出せるように腰を落としてそっと隙間から外をのぞいた。鏡を使うべきかとも思ったが、あまり露骨にやりすぎるのもまずいと判断しての行動だった。加持の視線の先、そこには一人の買い物帰りらしい主婦が、石段に腰を下ろして座っていた。相手の姿を、いや、気配を確認して加持の体から緊張が消える。ただ、別のもっと緊迫した気配を身に纏ったが。 「あんたか」 「ああ、私だ。何をやっている?」 見た目は人の良さそうな中年の主婦だったが、彼女(彼?)は重々しい親しみの感じられない声で加持を威嚇する。 「なにをって・・・調査さ」 加持の調査という言葉に、僅かだが主婦の眉が上がるがそれ以上の追求を出そうとしない。そのまま表情を変えずに買い物袋から取り出した餌を集まってきた猫に与える。一見するとただの主婦が猫に餌をやっているようにしか見えない。だが加持は相手がかなり怒っていることを悟った。手のひらにじっとりと滲む汗を意識する。 「シャノン = バイオ。外資系のケミカル会社。9年前からここにあるが、9年前からこの姿のままだ。 マルドゥーク機関とつながる108の会社の内、106がダミーだった」 「ここが107個目というわけか」 「この会社の登記簿」 「取締役の欄を見ろ・・・。だろ?」 主婦はファッション雑誌を開くが、ページの上には古びたファイルが載せられていた。 「・・・もう知っていたか」 「知ってる名前ばかりだしな・・・。マルドゥーク機関。 ゾイドじゃあない。エヴァンゲリオン操縦者選出の為に設けられた人類補完委員会直属の諮問機関。組織の実態はいまだ不明」 登記簿に並ぶのは前ネルフ総司令碇ゲンドウ、現副司令冬月コウゾウ、そしてユイと冬月の会話に出てきたキールローレンツという名前。 「おまえの仕事はネルフの内偵だ。マルドゥークに顔を出すのはまずい」 「ま、何事もね・・・。自分の眼で確かめないと気が済まないタチだから」 「・・・おまえは我々に言われたことだけしていればいい。余計なことをする必要はない」 「そうもいかなくてな」 加持が主婦の恫喝に飄々と返したとき、初めて彼女の顔に表情らしいモノが浮かんだ。同時に周囲の空気が別のモノに変わったかのような重苦しさが漂う。予想していた反応とは言え、加持はあまりの圧力に吐きそうになった。それは半ば質量を伴うほど濃く、重たい殺気だった。 「裏切るつもりか?貴様、最近我々の仕事よりネルフの仕事ばかり行っているようだな」 「裏切るだなんてとんでもない。真実を知りたいだけさ」 「死にたいのか。駒が余計なことに興味を持つな」 その言葉と共に殺気が一つ、二つ、三つと増えていく。 直前まで何も感じなかったことと、いつの間にか完全に囲まれていたことに、加持はさすがだなと人事のように感心していた。間違いなくこの殺気が向けられている対象は自分だというのに。殺気の主はただ者ではない。だが加持もまたただ者ではなかったのだ。 「ああ、全くその通りだ。司令にも言われたよ」 「なんだと?」 絶体絶命の状況下で加持の口から漏れる、裏切りの言葉。 主婦は、いやどこかの諜報員は今度こそ驚きで目を見張った。彼女なりに最大限の驚きと共に慌てて加持の方を振り返る。彼女が振り返るほんの一瞬の間に、加持は彼女のすぐ後ろに立って銃口を突きつけていた。 「真実が知りたいなら教えてやる。だから私に協力しろ。そして子供達を守ってくれとな」 「加持!おまえは!」 加持の明確な裏切りの言葉に、相手は動揺したのか地声で叫んでいた。まだ若いであろうどこか悲しげな女性の声で。 その叫びを合図として、周囲の殺気が膨らんだ。 だが、加持は全く表情を変えようとせずに引き金を引いた。 バンッ!グシャッ! 銃声の後、果物を高いところから落としたような音が間髪入れず響く。同時に何か重い物が動く音と、銃声、卵の殻をつぶしたような音、そしていくつかの悲鳴とうめきが聞こえた後、周囲から殺気が消えた。 血の臭いが漂ってきた頃、ようやく加持はほっと息をついた。 やがて周囲の藪草をかき分けて複数の真っ白な巨人が姿を現した。 巨人と言っても地面から頭までの高さは3m弱。全身を真っ白な、骨のような外骨格に包まれた単眼の巨人だった。加持と、その目の前で無惨な姿をさらす死体を確認して赤い単眼が光らせる。そしてその巨体に比べると微かな、軋むような音を立てながら加持の前に立つ4体の巨人。ネルフの白兵戦用ゴリラ型ゾイド、『ゴーレム』である。 『加持隊長、戦闘サイボーグは全て片づけました』 「ご苦労さん」 いくら手を回して一般人が近寄れなくしていたとは言え、町中での戦闘はかなりの緊張を強いたのだろう。それを考慮して加持はねぎらいの言葉をかけてやる。微かにゴーレムの赤い目が瞬いた。返事をしたのかもしれない。なんと言ってもゴーレムは生きているのだから。 「撤収作業急げ。俺達はここに居なかったんだからな」 大急ぎでゴーレムに擬装用のカバーを掛けて大型トラックに乗せるのを横目で見ながら、加持はタバコを取り出し、口にくわえてから火をつけた。 さしてうまそうでもないが、ゆっくりと煙を肺に吸い込んでいく。そののんきな姿に焦れたのかリーダーらしいゴーレムからスピーカー越しに声がかけられた。 『撤収作業準備できました。あとはその死体を始末するだけです』 「後戻りはできなくなったな」 そう言いながら加持はくわえていたタバコを目の前の死体にくわえさせた。 その行動にゴーレムの搭乗員は何をしているんだろうと疑問に感じたが、何も言わなかった。加持の目が寂しそうに見えたからだ。 (悪く思わんでくれよ。 ほら、情事の後あんたが吸ってたタバコだ。 次は地獄であおう) 『プルルル・・・。カチャ♪ はい、 『ああーん!助けてぇ、加持さぁん!なにすんのよへんたぁい!きゃああああああ!!』 時間は昼休み直後の掃除の時間、第壱中学校三階廊下にいきなり絹を裂くような叫び声が響き渡った。 その声になんだなんだと一部の生徒が掃除の手を休めて(サボっているのも)声の主である可愛い少女を見るが、叫んでいるのがあのアスカだと気がつくと、そそくさと掃除に戻る。彼女の奇行は最近名物のようになっていたから、関わっても時間の無駄だとみんな気がついているのだ。転校当初の大人気は、彼女にはすでに想い人がいるらしいことと、その爆弾みたいな性格がすっかりばれてしまったことにより、いくらかかげりを見せているアスカだった。 周囲からアレで性格さえとか失礼なことを思われているとも知らず、ってえか知っていたら速攻でそいつらを占めている。 とにかくアスカは電話の相手、加持が留守でいないことに内心の苛立ちを押さえきれないようだった。プンとむくれた顔のまま、電話に言いたいことを言うと指よめり込めとばかりに回線切断のボタンを押す。 「はあ〜っ」 (アスカ・・・。その切なく、恋する乙女の目・・・。加持さんを出汁にして碇君のことを考えているのね?不潔よ! じゃなくて、素敵よ!よし、ここは親友の私が協力してあげなくちゃ・・・) 「(ヒカリ、行くわよ)ねえ、アスカ」 そして憂鬱そうにため息をつくアスカに、ヒカリが少しだけ面白そうな顔で声をかけてきた。彼女が何を面白がっているのかは不明だが、そのにっこりした顔から判断すると、彼女にとって極めて有益であると同時に、彼女の趣味というか楽しみにも関わっていることのようだ。妄想イインチョ大爆発。 そのヒカリのどこか逝っちゃった目つきに、『ゴミ捨て終わったよん♪』と話しかけようとしていたマナは思わず一歩引く。そして後ろからバケツを持ってトトトっと教室に入ろうとしていたマユミにぶつかり、絡まって転んで廊下を水浸しにするのだが、それはあまり関係ない。 「ま、マナさ〜ん。いきなりなにするんですかぁ。あ〜んびしょびしょ・・・」 「ご、ごめん!マユミ!でも私が悪いんじゃないから!」 「私が悪いって言うんですか?勝手に決めつけないで下さいよ!今のは絶対マナさんが悪いんじゃないですか」 「ああ、もうそう言う事じゃなくて!私達の出番これだけぇ?」 「なに、ヒカリ?」 「今の電話、どうしたの?(霧島さん達なに騒いでるのかしら?)」 「ん〜、今度の日曜、加持さんにどっか誘ってもらおうと思ってたんだけど、留守だったのよ。んで、そのまま切るのもアレだったし、ちょっといたずらをね」 アスカはそれだけ言うとけだるげな表情をして、空を見上げる。 「この所いつも留守なのよね。はあ、退屈。明日どうしよ。せっかくテストもなにも無い日なのに・・・」 その返事にますます心が沸き立つヒカリ。ここまで彼女の考え通りに事が進むとは思っても見なかったのだ。とは言っても、まだ入り口。このくらいで喜んでちゃ駄目と、改めて気合いを入れ直す。 「と言うことは、明日アスカは暇なのね!?」 「残念ながらね。なにかあんの?」 「実は・・・」 疑問を顔中に張り付けたアスカに、ヒカリは嬉々としてとあることを話した。アスカがどう反応するのか、それにどう応えればアスカがうんというか考えながら。そしてそれはヒカリの思惑通りに進む。 まもなくして、真っ赤な顔で頷くアスカがいた。 さすがはイインチョ、だてに学級委員をしているわけではない。 ヒカリが自分の個人的欲求を満たそうとアスカを巻き込んでいる頃、色んな少女達の想われ人たる羨ましい少年『碇シンジ』はぼんやりと一人の少女を見ていた。 ぎゅっ、ぎゅっ、ぎゅぅ〜〜・・・ 膝立ちになって念入りに雑巾を絞る。彼女の目は真剣で、一切の妥協を許さないと言っているかのようだった。彼女の姿を、真剣な眼差しを、何かを連想させる雑巾の絞り方を、シンジはジッと見続ける。 (綾波・・・何だろ、このもやもやした物) もやもやした物ではあるが、それは決して不純な物ではなかった。 不思議な懐かしさを、心にしみいる穏やかさを感じてシンジは改めてぼんやりとする。 少々不躾すぎる視線に、さすがのレイも居心地が悪くなったのか、ちらっとシンジに視線を向けた。彼女らしいほんのちょっとのそっけない動作で。 そして偶然その視線がシンジのそれと完全に重なり合う。 「あっ」 「・・・・」 真紅の瞳と黒い瞳が交錯する。 とたん、シンジは小恥ずかしくなって視線を下方に逸らして赤くなり、レイはシンジの反応になぜか頬が熱くなるのを感じてジッと手を見た。 (目が合っちゃった。な、なんだか恥ずかしいや・・・) (どうして?視線があっただけなのに、熱い・・・。碇君の熱線兵器?そう、碇君は目から光線を出すのね。モゲ●ラみたい。 それより、バケツ・・・水。冷やさないといけないの?でも、汚い。雑巾臭いもの・・・) シンジは自分がどうして赤くなったのかはわかっているが、相変わらずレイにはわからないようだ。とりあえずシンジが原因だと言うことは何となくわかっているようだけれども。ユイはだいぶレイに心の機微という物を教えたつもりだが、まだまだ教えないといけないことがたくさんありそうで前途多難である。レイの妹のレイコは姉の姿を見てそう思った。 (お姉ちゃん、頼むから雑巾で顔冷やさないでよ。臭いから当分近寄らないどこ) 端から見たら背筋がかゆくなると同時に寒くなる光景を作り上げる二人。普段だったらなんだかんだ言って妨害する美少女達は、ある者は友人と話し込んでいて気がつかず、ある者達はうっかりびしょ濡れになったので更衣室に行って着替えていた。 やがてレイの方がじっとシンジに視線を固定した。そうすれば顔の火照りがおさまると思ったのかもしれない。 レイのいたいけな瞳にジッと見つめられ、シンジがどうしようと混乱した顔をした、その瞬間。 「真面目にやらんかい!」 ベシッ! 「あいたっ!」 いきなり背後から頭を強打されてしまうシンジ。 さして痛かったわけではないが、ほうきで叩かれたことと、不真面目の代名詞のトウジに言われたことでさすがのシンジもムッとした顔で振り返った。もっとも、当のトウジは涼しい顔でほうきを素振りしてガッハッハと笑っていた。 「なにすんだよ、トウジ・・・」 「掃除サボってなに見とるんや?綾波かぁ?」 「なんでそうなるんだよ(なんでこんな時だけ鋭いんだ?)」 「とにかく真面目に掃除せんとイインチョがうるさいでホンマ」 「はい、はい・・・」 シンジはおとなしく掃除に戻った。普段よくサボるトウジに言われたという事実は少々釈然としないが、彼が言っているのは正論なのだから。ただ、シンジが掃除を始めたとたんにムサシやケンスケとほうきを使った室内野球を始めたことは、すこぉしカチンときた。 だからトウジの後ろできつい目をしているヒカリのことは黙っておくことにした。 「鈴原!掃除サボってなにやってるのよ!」 「いたた!イインチョ、か、堪忍や!耳ちぎれてまう〜〜〜!! あ、ケンスケ達逃げんな!へぶ〜〜〜!!!おふ〜〜〜!!!」 ちょっと可哀想かなとも思ったが、これくらい構わないだろ。 シンジはそう思うことにして熱心に床をはわいた。半年以上に及ぶ第三新東京市の生活は、シンジに多少のズルと要領の良さを身につけさせていた。まあ、それくらいうまく立ち回れないと彼女たちに囲まれた生活は三日と保たないだろうが。 「平和だね〜」 ヒカリの矛先が向かないように、ちゃっかり逃げ出したケンスケがぼそりと呟いた。 数分後。 「いい?鈴原には掃除をさぼった罰として明日の日曜、ここに行ってもらうから!」 掃除を終えたアスカ達が遠目で見守る中。 ヒカリは床の上に正座しているトウジを見下ろしながら、そう断言した。 その口調から感じられるのは、拒否、及び遅刻は断固許されないだろう事。トウジはその鬼気迫るヒカリの態度に冗談抜きで背筋が凍り付いていくのを自覚した。 「ここって・・・・なんや、いったい?(わ、ワシを喰う気か?イインチョ・・・)」 「いいから、そこに、朝の、9時までに、行けば、良いの!!!」 いきなり住所と簡単な地図を渡されてトウジは混乱してしまう。どこかわからないと言うこともあるが、いや本当はわかっているがなぜそんなところに急に行けと言われるのかさっぱりだからだ。まあ、トウジじゃなくてもこれでは混乱するだろう。 しかし・・・。 (もう、鈍いわね!そこがどんなところかぐらい知ってるでしょ!?それともわざととぼけてるの?) 真っ赤な顔で私は恥ずかしいのを全身全霊で堪えていますと、訴えかけているヒカリの姿にトウジは怪訝な顔をする。なんで急にヒカリの顔が赤くなって、小刻みに震えだしたのかわからなかったからだ。
((((((キング・オブ・鈍感))))))
シンジと彼以外は全員ヒカリの考えていることは何となく理解したが、やはりこの二人はただ者ではない。さっぱりわかっていなかった。まさに筋金入りだね! 「せ、せやけどな・・・」 なおも拒絶の言葉をあげようとするトウジをジッと見つめるヒカリ。 微かにヒカリの目が潤み、周囲でワケもわからず見守っていた女子の目つきが険悪になる。 ヒソヒソ 『鈴原って、女の子泣かせてサイテー』 ヒソヒソ 『所詮ジャージ。くすくす。無様の極み』 ヒソヒソ 『この、馬鹿ジャ〜ジが。だからあんたはアホなのよ』 ヒソヒソ 『男らしくないわね。なにが漢道よ。肝心なところでは逃げるだけなんだから』 ヒソヒソ 『最低ですよね』 ヒソヒソ 『こう言うとき、僕たちどうするべきかな?トウジに味方する?』 『冗談言うな。他人の振りするしかないだろ』 『その通りだ。騎士道大原則一つ、負ける戦はしない』 『それただのズルだよ』 『じゃあ、ケイタ間に入る勇気あるか?』 『それは勇気と言わないよ』 ぶるぶる。 そんな擬音が聞こえそうなほどトウジは身を震わせた。周囲に満ちるヒソヒソ話が耳に木霊しているからだ。特に、『男らしくない』の一言は彼の胸にしみた。それは彼の最も忌み嫌う言葉。そう、彼は妹のため、母のため、そして仲間達のためにも常に男らしくなければいけないのだ。そうでなければ誰も守ることができないから。 しばし、うなだれていた彼だったが、やおら頭を上げる。彼の目にもう迷いやとまどいはなかった。 なんか効果音でもつけたくなる勢いでそのまっすぐな視線をヒカリに向ける。 いきなりの動きと目にヒカリがびっくりして一歩下がった。 「わあった!行けばええんやろ!(最低や、ワシって・・・)」 「う、うん・・・(い、いきなりどうしたの?)」 「必ず行くわい!男に二言はないで!!!」 「トウジ、よく考えてからそうゆうことは言った方が良いぞ・・・」 「ケンスケ今更遅いよ・・・」 力強く言うトウジに何となくこの後の展開が分かったのか、少し冷や汗を流しながらケンスケが言うが、すでにトウジは聞いていなかった。 「必ず行く!イインチョ、漢と漢の約束や!!」 「うん、約束よ(漢と漢・・・。私・・・・・女なのよ。はっ!そう、そう言うことなのね!)」 「よっしゃ!指切りやイインチョ!」 「幸せにしてね!」 「おう!・・・・・・ってなんやて!?」 トウジは勢いでヒカリの手をしっかと掴んでしまう。キラキラ輝くヒカリの瞳。もう恋する乙女は止まれない。さすがに汗だらだらのトウジの顔。 ギャラリーから無責任な歓声が上がった。 「「「「「きゃああああ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」」」」」 「「「「「一人だけ大人になろうたってそうはいかんぞトウジ〜〜〜!!!」」」」」 「大人になる!?まだそこまでしないわ!みんな不潔よ!!」 ヒカリの焦った言葉にふざけていた連中が口を閉じる。真っ赤なヒカリの顔からわかることは、ちょっとからかいすぎたこと。ごめんごめんと平謝りをする一同だった。 『まだ』って所がいたく気になるけど。 ともかく苦笑いする一同。だが次のヒカリの言葉で一気にその顎ががくーんと開いた。エエ、それはもう見事なくらいに。 「精々直に触らせるぐらいよ!」 なんですと? 教室の空気がざわっとなった。ええ、それはもう。 アスカはぎょっとした目で親友を見つめ、レイは分かってるのか微かに頬を染める。マナはうんうん頷きながらヒカリの評価を修正し、マユミは口に手を当てて真っ赤な顔をしていた。レイコはこの先どうなるか何となく分かったのか、顔に手を当てて天井を仰いでいた。むろん全員の視線はヒカリに集中。 これ以上ないくらい教室がシンとする。そりゃあもうこんちくしょってな感じで。 たっぷり1分後。 「はっ!? 私何を!? あ、あ、あ、あなた達不潔よ〜〜〜〜〜〜〜!!!!イヤンイヤン!」 ダッ、ガラガラ!タッタッタッタッタッ! 「イインチョ!?」 「ヒカリどこ行くの〜〜〜〜〜〜〜!?」 「保健室〜〜〜〜〜〜!!!アスカ明日待ってるから〜〜〜〜〜!!! イヤンイヤン!私不潔〜〜〜〜!!!」 両手で顔を隠し、イヤンイヤンしながら教室を飛び出していくヒカリ。ただその顔は恥ずかしさよりも嬉しさで一杯だ。嬉しさのあまり数人の生徒をはねとばすが気にしない。 アスカは親友の狂乱にちょっぴり困惑。その背後でレイ達はヒカリの言葉に何かを感じたのか素早くアイコンタクトをとっていた。 そしてトウジはヒカリの後ろ姿を呆気にとられた顔で見送るが、すぐに嫉妬まみれの野郎どもに向き直る。なんと言ってもヒカリを泣かせたのだ。責任をとらせなければいけない。鈍い鈍いと言われていても、彼だって怒るときはあるのだ。 「おまえらぁ!ワシはおまえらを殴らなあかん!そうせんと気がすまん・・・って一人に全員で襲いかかるんか〜〜〜!?」 そりゃあもちろん。それが男の友情って物だから。 ケンスケ達は笑って言った。 「「「「「一人だけ大人の階段予約しておめでとう!トウジ!!!裏切ったな!!男の友情を裏切ったな!!!!」」」」」 「ケンスケぇ!ムサシ!ケイタ!その他大勢!な、なんやシンジもか!?あべしっ!! はう〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」 そして星が瞬いた。昼だってのに。 大騒ぎの教室から一転、 学校からネルフまでの道を、シンジとレイは二人きりで歩いていた。アスカとヒカリは明日の打ち合わせ、マナとマユミとレイコはなぜかあっと言う間に姿を消し、トウジはまだ教室で寝ていて、ケンスケとムサシ、ケイタはゲーセンに行っていた。マナ達もいつもいつもシンジにへばりついているわけではない。当たり前の話だが、彼らも意志持つ人間だ。それぞれ予定があり理由がある。そしてシンジとレイの午後の予定は二人で起動実験を行うことだった。 最近全くなかったレイとしては待ち望んでいたシチュエーション。シンジとしても騒々しくない、ゆっくり考え事をするのに向いた静かな時間。色々話したいこともあったのに、なぜか二人は黙ったまま、シンジの三歩後ろに黙々とレイが付き従うように歩いていた。 押し黙ったまま、レイはジッとシンジの背中を見つめていた。 (碇君・・・・・・) そう心の中でシンジを呼ぶ、そして彼女の瞳は揺らぐ。 シンジにこれから降りかかるだろう様々な事。不確定な未来だが壮絶な運命がシンジを襲うだろう。 彼女はその理由と秘密の一端を知っていた。 教えてやりたい。そして少しでも危険を取り除いてやりたい。それは偽りの無いレイの本心。だがそれを語ることは禁じられている。彼の母親にして、ネルフ総司令碇ユイによって。 また一方でレイはシンジに秘密を語ると言うことが、とりもなおさず自分の秘密を話さなければならないことだとも分かっていた。その結果シンジはどうするのか、シンジだけでない他の、彼女の友達もどのような態度を彼女に、レイコにとるのか・・・。 恐れを抱いた眼差しで自分を、レイコを、ユイを見るシンジ。 壁をつくり二度と自分たちには近づかないシンジ。 武器を手に排斥しようとするシンジ。 それを思うたびに、レイは出かけた言葉を飲みこんた。 しばらくして、レイはふっと考えることをやめた。 せっかく二人きりで歩いているのに、こんなにも暗い考えしか浮かばないから。シンジといるときは楽しいことを考えていたい。初めてシンジに微笑んだときのように心を通わせていたい。 自分で自分が歯がゆかった。シンジと共通して話せる話題が、血生臭いネルフに関わることぐらいしかないことが。その一方、まるで自分一人だけのように黙々と歩くシンジに対しても、どこか歯がゆいものを感じていた。 以前の自分ならそんなこと気にもしなかっただろう。ネルフに関わる、血生臭いことでも必要なら眉一つ動かさず話しただろう。 だが今のレイには、無理だった。 (だって私は……じゃないもの) それはまだレイにわからない感情。 (でも胸がえぐれていく・・・。寂しいの?碇君が、こんなに側にいるのに・・・) 嫉妬と苛立ち、奇妙な独占欲。 (碇君と一緒にいたい。アスカ達に、誰にも渡したくない。みんな友達なのに・・・) 以前は感じることの無かった、シンジが目の前に現れたことで心に住み着くようになった火傷の引き連れのような感情。 (アスカ達さえ、ユイ司令さえいなければ・・・・・・・) 刹那浮かぶ殺意にも似た敵意。 慌てたようにレイは頭を振って考えをうち消した。むろんそんなことで消えて無くなるわけではないが。 レイはそれを醜い、いつか制御できなくなる嫌な物と捕らえていた。 それはシンジのことを考えるたびに、そしてかけがえのない友人達のことを考えるたびに大きくなっていく。心地よいうずきを伴いながら。 (だめ・・・・。碇君のせいなの?碇君のことを考えたから? ・・・何かを我慢できなくなる。考えちゃだめ。でも、碇君のことを無視するなんて・・・・・そんなこと無理) 二律背反した思い。 そのとまどう姿を見たら、ユイは少し困った顔をして、それからきっとこう言っただろう。 「あなたもそんな想いを抱くようになったのね。それは恋心と言うの」 と。 そして抑制する方法をいくつか教えたに相違ない。 それはともかく、レイは暴れ馬のような恋心にとまどうばかりだったので、何も考えずに惰性で歩こうとした。 ワケのわからないものは考えないに限る。 何も考えずにただ前を見る。 歯車のように。 ようやくレイの心に落ち着きが戻った。 その時、狙ったかのようなタイミングでシンジが口を開いた。レイの顔をちらっと振り返った後で。目が合ってレイはビクッとしたが、長年の鍛錬(?)のたまものから表情は変えなかった。 そんなレイに少し苦笑した後、シンジはぽつりぽつりと呟き始めた。 「綾波・・・・」 「なに?」 「もうすぐ・・・だよね」 「なにが?」 「以前・・・計画した、演奏会」 レイはシンジが何をいわんとしているのかすぐにはわからなかったが、演奏会という言葉にハッとした顔をする。 「そうね。再来週・・・・だっけ」 「うん。再来週の日曜日。ジオフロントの森で・・・。 綾波、ビオラ弾くって言ってたけど練習した?」 (背中がすーすーする。・・・・・・私、冷や汗をかいているの?) 見事に忘れていた。 言い出しっぺがマユミだったせいかもしれない。レイはおとなしく、自分とあまり接点のないマユミのことをあまり重視していなかったからだ。シンジとどこか似ているところが気に入らないのかもしれないが。 「練習・・・・・・・・」 「綾波?」 問いかけるシンジの言葉に、なぜか頬が真っ赤になっていくのを感じる。素直にやっていないと以前なら言えただろう。だがなぜか言えなかった。 (な、なんで?胸がドキドキする・・・・。恥ずかしいの、私?) 「あはは・・・・・・。無理ないか。使徒が来ないなら来ないで訓練ばっかりだったしね」 「・・・・・ごめんなさい」 「謝ること無いのに・・・。僕もそんなに練習していたわけじゃないからさ。お互い様だよ」 「そう・・・。でも私は任務を果たしていないもの」 「・・・・任務任務って、綾波いつもそればっかりだね」 どこか悲しげに、どこかいらだたしそうにシンジは言った。 レイは敏感にシンジの心を感じ、シュンとうなだれた。母親から追い出されたウサギのように。 「だって・・・・こういうこと初めてだもの」 「あっ・・・・・・ごめん。でも初めてって・・・」 「ごめんなさい。言えないの」 そして二人はまた沈黙した。だが今度の沈黙はすぐに破られた。 「・・・演奏会の後、母さんと二人だけでお墓参りに行くんだ」 シンジはつらそうな声でそう言った。言われたレイは不思議に思う。実の母親と墓参りに行くことが、そんなに苦痛なのかと。あんなに母親を慕っていて、ユイもシンジのことを愛しているのに。 シンジはレイの不思議そうな顔に力無く笑った。 その弱々しい笑いを見て、レイは直感的に悟った。シンジはそれを恐れていると同時に、期待していることを。考えてみれば、シンジは完全に二人だけでユイと対面したことはない。 それゆえにまだ不安なのだ。今まで全く誰にも必要とされてこなかったのに、この町に来たとたん、母、友人、そして淡い想いを抱く少女達に色々な理由で必要とされたことが。 使徒と戦っているときは、生きることに必死でそんなことを考える暇はなかった。 死にたくなかったから。 人の死ぬところを見たくなかったから。 だが今は台風の目に入ったかのように、平和な日々が続いている。皮肉なことにその平和な時間ゆえに、シンジは冷静に色々と考えることができた。 母は、友は、彼女たちは、みんなはシンジの何を必要としているのだろうか・・・。 『僕はここにいても良いの?』 『母さんは僕を必要と言ってくれた・・・。それはパイロットが必要だから出た言葉かもしれない。一度捨てられてる。だから期待はしない』 『今更一人にしないで・・・。僕にかまって・・・捨てないで・・・』 人に愛されることになれてなかったシンジは軽い人間不信に陥っていたのかもしれない。 「・・・何を話せばいいと思う?」 「どうしてわたしにそんな事聞くの?あなたのお母さんでしょ?」 「・・・綾波が、母さんと楽しそうに話してるの見たから。綾波があんなに楽しそうに笑ってるの見たの、あの時が初めてだから・・・」 レイの瞳がたゆとうように揺れた。 (そう・・・そうなのね) シンジにわからないようにそっとため息をつき、レイは顔を上げた。無表情な能面のような顔を。 「それが聞きたくて、昼間からわたしのこと見てたの?」 「それだけってわけでも無いけど」 シンジは素直に言った。 「掃除の時さ、雑巾しぼってたでしょ。あれって、なんだかお母さんって感じがした・・・昔、父さんと一緒だった頃の母さんに似てた」 「お母さん?」 「うん、案外綾波って主婦とかが似合ってるのかもね」 レイはシンジの顔を見ていられなくなり、ついと目を逸らした。レイとしては誤魔化せたつもりだったが、その頬はシンジから見ても不自然なほど赤く火照っていた。 「何を言うのよ・・・」 『作業終了』 『グラフ測定完了』 『両パイロット、シンクロ位置に問題なし』 シンジとレイ、二人だけで行われているシンクロテスト。普段ならシンクロ中でも騒々しさが伝わってくるものなのだが、シンジとレイの組み合わせ故かいたって静かだった。 時折響くゾイドから伝わる重低音と、オペレーター達のアナウンスだけがバックミュージックとして管制室に伝わっていた。 「明日、なに着ていく?」 唐突にリツコは背後で立っているミサトにたずねた。 興味深そうにモニターを見つめながらだったが。 「あ、ああ・・・。結婚式ね。ピンクのスーツはキヨミん時に着たし、紺のドレスはコトコの時に着たばっかだし・・・」 憂鬱そうにミサトは言う。クロゼットの中身はすでに着尽くしていた。 嫌なことを思い出したからか、ミサトの顔は少し険悪になった。 それが分かっているのかわかっていないのか、表情も変えず言葉を続けるリツコ。 「オレンジのは?最近、着てないじゃない」 「あれね・・・。あれはちょっちワケ有りで・・・」 痛いところをつかれ、笑って誤魔化す。だがリツコの追求は執拗だった。 「きついの?」 「そおぅよ!」 ミサトはムッとしながら正直に認めた。女の矜持として誤魔化したいが、つきあいの長い親友相手では嘘つくだけ時間の無駄。 まあウエストだけじゃなく胸もきつくなったんだから、結果としてバストサイズは変わってないんだし良しとするか。 やれやれとミサトは肩をすくめた。 「はぁ・・・。帰りに新調するか。あ〜あ、出費がかさむなあ・・・」 「こう立て続けだとね。ご祝儀もバカにならないわね」 「けっ!!三十路だからって、どいつもこいつも焦りやがって!!三十になったんだから落ち着いてじっくり相手見定めろっつうの!!」 「あなたは良いわよね」 「なにがよ!?」 「三十過ぎたけど、貰い手がいて・・・・」 なぜか一気に重苦しい雰囲気に包まれる管制室。 特にリツコ周辺はブラックホールだ。あとなぜか目の幅の涙を流して泣く日向の周辺も。 二人に挟まれた上に、至近距離にいたマヤは意識を失った。 「ふっ、彼女が結婚・・・・。次はミサト・・・。私が最後ってワケなのね」 「あ、あの、リツコ・・・。そのうちきっといい人見つかるわよ? だから元気出して!ねっ!」 どろどろ。 そんな効果音をまとわりつかせてリツコは呟いた。 なぜか冷や汗だらだらのミサト。 リツコの復讐と言うか、八つ当たりを恐れているのかもしれない。 「・・・・・・・・・・・・・・シンジ君、レイ上がって良いわよぉ。お疲れさまぁ」 人外の雰囲気をまとわりつかせたまま、奇妙な抑揚でリツコは言った。冗談抜きで膝が笑い出すミサト。今この場にリツコを止められるナオコとユイはいない。 絶体絶命のピンチだ! 「リツコ?ねえリツコ?」 「あまり良くないわねぇ・・・。シンジ君はもう少し汎用性の高いハーモニクスでないと・・・」 「ちょっと仕事に逃避しないでよ!」 「ふっ・・・・・そうね。 男なんか・・・男なんか・・・。 私には! 仕事が!! 仕事があるのよぉ!!!!!」 (やばい!禁句だった!!) ミサトの言葉がとどめを刺したのか、狂ったようにキーボードを連打するリツコ。 もちろんでたらめだ。 目の前ではシンジ達を入れたプラグがピストンのように激しく上下に、あるいは左右に揺さぶられていく。 『ちょっと一体どうしたんですかぁ〜〜〜〜!?・・・おえぇぇぇぇ!!うえええぇ!!』 『目が回る。なんだかとっても不思議な気持ち。碇君のつくったお弁当・・・勿体ない』 シンジとレイの悲痛な悲鳴が聞こえる。 「やば、まだ前回の脳内麻薬が切れてなかったのね。・・・・エントリープラグ強制射出!!その後管制室より総員退避!!このブロックを閉鎖!!赤木印の催眠ガスを使います!!」 せっぱ詰まったミサトの声と共に凄まじい勢いで出口に向かうリツコ以外。 「お〜ほっほっほ!!」 「ほら、逃げるぞシゲル!!!」 「あ、待ってくれマヤちゃん意識を失ってる!!」 「俺が足を持つから、ほら早く!! ああっ!葛城さんまだ俺達が!」 日向達の目の前で扉が閉まり、電源が落とされると同時に甘い匂いのガスが室内に充満した。 彼らの目が覚めたときは月曜日だったらしい。 「ただいま〜♪」 明るい声と一緒にミサトが扉を開けて入ってきた。 右腕に新調したらしいドレスの入った紙袋を持っていた。リビングで寝転がってテレビを見ていたアスカが跳ね起きてミサトに駆け寄る。 「おかえんなさい♪」 「(えらくご機嫌ねこの娘。はは〜ん♪)そう言えば、アスカ。明日はデートなんだって?」 「そう、通称ドリームランド♪日本最大の遊園地!!」 『ドリームランド』 正式名称は夢の地球遊園地。 少々怪しげな名前だが、ネルフ資本による国内最大、最新の遊楽施設。 平日であってもよそから来る親子連れでにぎわう、現世と隔絶された夢の国。 そして、とあるイベントの日にはカップルでにぎわい、乙女達が場合によっては一大決心する場所である。 「(大人の雰囲気で悩殺よ)あっ、そうだ!ねえ、あれ貸してよ?ラベンダーの香水」 「(絶対に)ダメ」 『うまくミサトに甘えておだてて香水を貸して貰う作戦』(命名アスカ)だったが速攻で却下される。ノルマンディー上陸失敗。サクラチル。 ミサトの目はあなたにはいくらなんでも早すぎると暗に訴えていた。 あと、これ高かったんだからね!バレバレの演技で甘えられても貸すわけないでしょ。 とも言っていた。 どっちかというならこっちが本音だろう。 アスカの顔がむぅ〜と膨れる。 「ちぇ〜。ケチぃぃ〜〜〜」 「子供のする物じゃないわ」 「ふんだっ!(子供子供って、こんな時だけ子供扱いしてさ!)」 部屋に引っ込むミサトに気づかれないようにアスカはイぃ〜〜っだと舌を出した。 多少は気が晴れたようだが、それくらいで気が晴れるのならやっぱりアスカは子供のようだ。 と、アスカが調子にのって頭パ〜とかやっているといきなりミサトが声をかけてきた。 「シンジ君は部屋?」 「子供は早く寝ないとね!」 「あなたはどうなのよ?」 「私はもう大人よ!」 えっへんと胸を張るアスカ。 実はとある理由からシンジに『もう寝ろ!』と言って強制的に眠らせたのだ。理由は秘密ゥ 言い忘れていたが今の彼女の格好はいつもと同じく無防備なタンクトップと短パンである。年齢に比べると豊かな胸がアスカの動きに合わせて激しく自己主張した。 こう、ぷるんと。 部屋から着替えて出てきたミサトが「はあっ」とため息をつく。 ちなみにミサトもずいぶんラフな格好だった。ピンク色のTシャツと足の付け根で切ったジーパン。アスカ以上にドババンと自己主張するミサトの胸。 アスカを手招きしてリビングに腰を下ろした後、ミサトはぽつりぽつりと喋りだした。 そのいつもとちょっと違う雰囲気に不承不承ながらだが、アスカも無言で従う。 「確かに平均よりは大きいかもしれないけど、体だけ大人になっても仕方ないのよ」 「どういう意味よ?」 「あなた達は今複雑なときなのよ。体は中途半端に大人になって、心は子供のままなの・・・」 らしくないミサトの言葉に、目の前のスイカに内心歯がみしていたアスカがなに言ってんだこいつって顔をした。 その表情の変化にくすっと笑う。 「わかるのよ・・・。私も昔はアスカと同じ年だったんだから・・・」 「ミサトがぁ?あんた中学生だったことあるの?」 「殺すわよ?」 ミサトの目が剣呑な光を帯びる。アスカはあさっての方向を見て誤魔化そうとしたが、だらだら体中から流れる汗がその恐怖を表していた。 「・・・まあ、あまり良くないけど良いわ。とりあえず私の言いたいことは、先走って後悔するんじゃないわよってこと。 後で泣くのは大抵女の子なんだから・・・」 「ミサト・・・?」 「特に色恋沙汰はね。よく考えて行動しないといけないの。あなた達ぐらいの時は」 ビール缶片手にミサトはふっと笑う。 「ま、後悔しないように」 「う、うん」 いつもと違う、だらしないOYAJIな姿でも上司の姿でもなく、頼りになるお姉さんの顔だった。 アスカも真剣な顔になる。 たぶん、ミサトは自分の経験を話しているから。 「キョウコさん達を泣かしたくないでしょ?」 「ママ・・・を。うん」 「わかったみたいね。それが完全に分かるようになればあなたも大人の仲間入りよ。それじゃ少し早いけどあなたに誕生日プレゼントをあげるわ」 「えっ、なに?」 「じゃーん!」 ミサトの笑いが親しみ溢れる笑いから、これから起こることを酒の肴にしようとするおやじの笑いになった。 今更逃げようったってそうはいかないけどね。 ぎゅっ! ニヤリと笑ってアスカの手に強引に掴ませた物はタバコの箱を縦に細長くしたような形状だった。重さも似たような物で、少し薬品臭い。 アスカは初めそれが何か分からなかったが、表に書いてある言葉を見て真っ赤っかに沸騰した。ぷしゅー 家族とか、計画とか、明るいとか、めいどいんじゃぱんとか品質最高とか色々書いてあったが、なぜアスカが真っ赤になったのかは謎だ。 謎ったら謎だ。 謎は謎のまま、怒りかそれとも恥ずかしさからか、アスカの口からワケの分からない言葉が出る。 「$&%HふぁH|〜=+>+*L@;!!!!?」 期待通りの反応ね。 やっぱりあんたまだまだお子さまよ。 ミサトはそう思った。 「あら?そんなに嬉しい?」 普段おやじ呼ばわりされているからか、ミサトのにやり笑いには底意地の悪さがあった。 アスカはまだ口をぱくぱくさせながら手の中の物を握りしめていた。 とりあえず返すつもりはないらしい。 よく見れば小刻みに手が震えていた。 「あっそう。そんなに喜んでもらえて、お姉さん嬉しいわ。 それじゃご利用は計画的にね♪ 私お風呂はいるから。あ、あと今日ユイさん達帰らないって」 「★○▲☆■◆●ゥ!?」 ぶるぶる震えてミサトを指さすアスカ。やっぱり舌が回らないのか声は出てこない。 もちろん真っ赤だ。 「それじゃあ、子供はもう寝るのよ〜♪」 もう一度風呂に入り直さないといけないくらい汗だらだらのアスカを横目に、ミサトはしてやったりとばかりに脱衣所に消えた。 (いよっしゃあ!アスカから一本とったわ!!) それからおよそ10分後。はた迷惑なことにとんでもない大声が碇家から周囲に響き渡った。 「じゃばYSだしゅQW&T・・・・・・・あ、あ、あ、あんたバカァ〜〜〜!!!!!」 「・・・・・・・・・アスカ・・・五月蠅い・・・きーきーわめくもの・・・猿。ニヤリ」 「なんだよ、早く寝ろとか言っておいて自分は騒いで・・・」 そして翌日。 「「行ってきま〜す♪ペンペン留守番よろしくね」」 「・・・・行って来るの?」 「クウェ〜〜〜(お土産こうてこいよぉ。なんやシンジ元気ないなあ)」 デートのアスカと、結婚式のミサトはともかく、なぜかシンジもぴしっと決めた格好で外出していた。 無理矢理アスカに手を引っ張られていたが。 シンジの抗議とミサトの冷やかしを完全に無視したアスカ。 何をたくらんでるんだろうと、不安に思いながらも腕を組まれて悪い気がしないシンジ。 昨日言ったこと聞いとったんかいこのがきゃあ。と思いながらもからかうのを忘れないおやじなミサト。 ペンペンはみんなの姿が見えなくなるまで手(羽根?)を振っていた。 『それでは新郎新婦によるケーキカット・・・』 『・・・新婦のお腹にいるのは私の子かもしれない!』 『課長!その話は終わったはずじゃないですか!!』 『黙れ菊地!ケイコ君、考え直そう!三十になったからって焦って菊地と結婚しなくても良いじゃないか!!女房とは別れる!!』 ケーキカット、新郎上司のどこか逝ってしまった祝辞、新婦友人達によるテントウ虫のサンバはどこかよそよそしい。 その結婚式はどこか狂っていた。 新郎新婦も難儀なことだが、一生の思い出である結婚披露宴はつつが虫だらけで進んでいく。 『ハッ!それじゃ、しばし休憩だぜ!ベイベェッ!』 なぜかアフロでソウルフルな司会の言葉と共に、新婦のお色直しの為に一時主役が消えた。それまで呆然としていた招待客達も夢から覚めたように、食事を口に運び始める。幸い食事はまともだった。 フッ カラン・・・ 精神の失調から何とか立ち直ったミサトが、まだ来ていない加持の席のの名札を息で吹き飛ばした。『加持リョウジ様』と書かれた名札が軽い音を立てて転がる。 なんであなたがいないのよ? 「同じアホならおどらにゃ・・・うふふ・・・・・・・はっ! 来ないわね。加持君(来ない方が正解だわ)」 「あのぶわぁかが時間どうりに来た事なんて、いっぺんも無いわよ!(なんつー結婚式なのよ!?こうなったらあいつと後で酒でも飲まないとやってられないわ!!)」 三十過ぎて焦って結婚した友人の泣いて退場する姿が、未来の自分にオーバーラップしたのかもしれない。てえか間違いない。 ミサトもリツコもどんよりした汗を浮かべていた。 ((焦って結婚するとこんな結婚式になるの?)) まさかね、はは・・・。 力無い笑い。 ミサトは忌々しげに空席を一瞥すると、ぐいっとワインを一気飲みした。 2010年以降のワインとは言え、そこそこ良い出来のワインをろくに味わいもせずに飲む。 相当むしゃくしゃしているのだ。 論理的思考で立ち直ったリツコはミサトが滅多に見せないやけ酒に、おやおやと内心面白がった。 加持君はミサトにとって、もうかけがえのない人になったのね。羨ましいわ。 リツコはそう思って、軽く笑った。 笑うしかなかった。 時々遠くから聞こえる泣き声は幻聴と思うことにしたらしい。 「デートの時はでしょ?仕事は違ってたわよ」 軽く一口ワインを飲み、にこっと笑う。 「けっ」 ミサトは加持のことを自分と同じくらい知っているからか、それとも単にあげ足を取られたからか苦虫を千匹くらい噛みつぶしたような不機嫌な顔をした。 頬がちょっと膨れる。 と、入り口に目を向けていたリツコの瞳が不機嫌なミサトを通り越して、その後ろから音も立てずに歩み寄る男を映した。鍛えられているが、どこかドジな体を飄々とした態度で覆い隠した尻尾の髪に無精ひげの男。 シンジの先輩(なんの?)にして師匠(だからなんの?)、言わずと知れた加持リョウジである。 「いやぁ〜〜、2人とも今日は一段とお美しい。主役をくっちまいそうだな。 ・・・ところで何があったんだ?控え室から泣き声が聞こえていたが。あとこの雰囲気なんなんだ?」 初めはにこやかにドレスと、それに包まれた二人の美しさをたたる加持だったが、途中で真顔になって会場に漂う妙な雰囲気について質問する。 ミサトは返事の代わりにぐいっとワインを一気飲みし、リツコはこめかみを押さえながらゆっくりかみ砕くように喋った。 「加持君。知らない方が幸せな事って・・・・いっぱい、いっぱいあるわよね」 「ま、まあな(そんなにやばいことなのか?)」 「あんたは楽よねぇ〜。それと白と黒のネクタイが有れば、どっちもこなせるんだから」 新調した服が高くついたからか、それとも加持が先の修羅場を見てないからか、ミサトは嫌味を言った。タラッと加持の額に汗が滲む。 ミサトの言うことはいちいち尤もだけど、この礼服もしっかり新調したんだぞ?財布が寒くなったのはおまえだけじゃないだ。 と思うがやっぱり強気に出られない。 「葛城、女性はそれが良いんじゃないか。 それにしても、随分と遅くなったが、時間まで仕事抜けられなくてさ」 「・・・いつもプラプラと暇そうにしているくせに」 「はは・・・。今日は一段ときついなぁ〜〜葛城」 隣に座った加持に顔をしかめながるミサト。 ミサトの視線にちょっとビクつく加持の姿と言えば、だらしなく上着を着くずし、袖は肘までまくり、ネクタイをいい加減につけ、無精ひげがそり残されている 対するミサトは赤のブレザーと夜藍色のドレス、リツコは青色のドレス。 比べたらミサトでなくても嫌な顔をするだろう。 特にミサトには余計に看過できない。 「どうでも良いけど・・・。何とかならないの?その無精ひげ!ほら、ネクタイ曲がってる!」 「こ、こりゃどうも・・・」 長いつきあいの間、はじめてしてもらう行動にとまどう加持。 変なところで、うぶというか純な男である。 「夫婦みたいよ。あなた達(はあ、私なに言ってるのかしら?)」 「いいこと言うねぇ。リっちゃん♪」 内心を誤魔化し茶化すリツコに応え、加持はミサトに寄りそってミサトにウインクする。 「もうすぐ本当にそうなのよね〜」 目を泳がせながらミサトは返事した。 (僕こんなところで何やってるんだろ?) シンジはぼんやりしながら、そんなことを考えていた。 目の前にあるのはやたら大きく、キラキラしたどこかのお城のような扉を見ながら何度も何度もそう思う。 ここがどこかは理解していても、シンジの意識はハッキリ現状を認識していなかった。 (今日は久しぶりの休みだから、昼寝して、それからチェロの練習でもしようかと思っていたのに・・・) 周囲にいるのは、やたら滑稽な動きで愛嬌を振りまく亀や二足歩行のトカゲ、三本首の龍のマスコットキャラクター達と家族サービスの親子、そして圧倒的大多数のラヴなカップル。全体的な割合で言えばカップルが多かったがその率は全体の9割を超えていた。 (なんでこんなに人がいるところに・・・・・・・・・・アスカが無理矢理引っ張ってきたんだけどね) 「ごめんね碇君。今日しかチャンスがなかったから無理言って・・・」 アスカが隣で着飾っているのに、不機嫌な顔のシンジにヒカリが謝る。 考えてみればシンジの予定を調べもせず、強引に自分の目的のために巻き込んだのだ。今更ながら自分の行った行動に対して冷静な考えを向けるヒカリだった。 ごめんなさいと言ってももう遅いだろうけど、それでもヒカリは言うのだった。根が真面目だから。 「いや、別にいいよ。 でも意外だな・・・」 「なにが?」 きょとんとした顔をするヒカリとアスカ。 トウジはワケが分から無いといった顔だ。 「洞木さんがトウジのこと好きだったなんて・・・」 「そ、そう?」 恥ずかしさにピンク色になるヒカリと、本気で言ってるのあんたという顔をするアスカ。 トウジはシンジの言葉に固まっていた。まるで塩の柱とかしたように。 「シンジにヒカリに馬鹿ジャージ・・・あんた達本気で言ってるの?バレバレだったぢゃない」 (なんでそんなこと言われなきゃいけないんだろう?) シンジは少しムッとしたが、さすがにこれくらいで起こるほど短気でも気が荒いわけでもない。 ため息をついて気を落ち着かせると、改めて自分の周りを見渡した。 (冷静になると凄いメンバーだよね、これって・・・) すぐ隣では着飾ってむやみに大いばりのアスカ。顔をほのかに赤くしてきゅって感じでシンジの手にしがみついているのが可愛らしい。今日の格好は緑色の露出の少ないワンピースに、大きな帽子である。ただでさえ目立つ美少女なのに、その格好と仕草が奇妙なアンバランスさを出して注目の的である。 少し離れたところで、藤色のジャケットと揃いのロングスカートで控えめに着飾って、恥ずかしそうにトウジの三歩後ろを歩くヒカリ。ただ全身でやっと夢が叶って嬉しいと言っていた。 そして珍しくジャージじゃないトウジ。とは言ってもお洒落をしているとは言い難い普通のTシャツにズボンという出で立ちだ。妙に目をキラキラさせているヒカリにトウジの顔は困惑気味。 (なんで掃除をさぼった罰がおめかししてここに来ることになるんや?しかもセンセも居るで。さすがはイインチョや、センセが先に掃除をさぼってた事しっとったんやな) ジャージを着ていなくてなんか不安なのか、こんなことを考えていた。 シンジの格好もTシャツの上に夏用のジャケットを着、下はジーンズという面白味に欠ける格好だが、トウジに比べれば趣味が断然良かった。 (本当、なんで僕ここにいるんだろ?) この期に及んでまだそんなことを考えるシンジをじろっと睨むアスカ。 「なによ、あんた嬉しくないの?」 「いいえ、たまの休みにいきなりこんな所に連れてきたお姫様には感謝してますよ」 ムカッ アスカのこめかみに隠しようの無いほど太い青筋が浮かぶ。 まるで蒼いミミズが皮膚の下を這ってるみたいだ。 人事みたいにシンジはそれを見ていた。恐怖で感性が麻痺したのかも知れないけど。 「ほほぅ、馬鹿シンジの分際で言ってくれるぢゃないの・・・」 「はあ・・・・・・・・。 嬉しいよ。アスカみたいな子と一緒にここに来られて」 「当然よ♪ でもね、勘違いしたら駄目よ。これはヒカリがジャージと一緒に遊園地に行くのが恥ずかしいって言うから、仕方なく私がつき合ってるのよ。そこんとこよぉ〜く理解しておきなさいよ」 「なんで僕まで・・・」 「・・・・・今日は特別な日で、アベックに限り入場料がただなのよ!逆を言えばカップルじゃないと入れないのよ!!!」 そう、今日この日はドリームランド・ラブラブデイ。 12歳以上の男女のカップルに限り入場料がただなのである。そして夜になれば花火をこれでもかと打ち上げ、更にムードを良くする各種イベント盛りだくさんの日なのだ。 シンジだってそれぐらいは知っている。以前マナと一緒に来たときそんな話を聞いたことがあったから。 「それで?答えになってないよ」 「周り中アベックだらけなのに、一人だけでこんな所にいられるわけないでしょう!?」 「トウジ達と一緒なんだろ?一人じゃないじゃないか」 「(こ、こいつどこまで鈍感なのかしら?)あんたバカァ!?ヒカリ達を二人っきりにしないわけにはいかないでしょう!?」 「なんで?」 (やばい!筋金入りだわ!) アスカは本気でわかっていないシンジの顔を見て、冷や汗が流れた。この分だとアスカが望むシチュエーションなど100年たっても起こりっこない。こうなると鈍感も罪である。 「と、とにかくあんたは私と一緒にドリームランドに入ればいいの!!わかったわね!?」 「はあ・・・・・・わかったよ(なんだよ、ったく)」 「そうそう、男ってのは素直でなきゃ」 (いくわよ、アスカ。今の私達は横一線・・・・。認めたくないけどこの私でも必ずしも勝てる状況じゃない・・・。それは認めるわ。 でも私は絶対に負けるわけにはいかないのよ!! ミサトに貰ったこの最終兵器で・・・。 ごめん、レイ! 悪いわねマナ! 先に大人の階段登らせてもらうわマユミ!! 今日、私は決めてみせる!!!」 「声が出てるよアスカ・・・。一体なにを決めるんだよ?」 突然声をかけられビクッとするアスカ。その顔を心配そうにシンジが覗き込んでいる。 「!? 聞いてたの!?」 「うん」 「ど、どこから!?」 「負けるわけにはいかないってとこからかな?最終兵器って何のこと?」 「あ、だ、か、お、おほほほほほほほほ! いやあね、シンジったら乙女の独り言を聞くなんて!」 「独り言って、あんな大きな声の独り言なんて・・・」 「久しぶりのジャパニーズオーシャンサイクロンスープレックス!!!」 「ぐあっ!!!」 「あ、アスカ? 今のはいくらなんでも・・・」 「センセ耳から血ぃ流しとるぞ」 いきなりの大技にだらだら油をとっている蛙みたいに汗を流すヒカリとトウジ。もちろん視線はくにゅっとしたシンジに集中だ。 周囲からの視線にもじもじとしながら、汗だらだらのアスカは突然声を張り上げる。 「あらやだ!シンジったら急に日射病になるなんて! あ、ヒカリ! 私シンジをどこかの木陰で休ませてくるから!!一緒にいてやりたいんだけど、ごめん!」 「う、うん(アスカ・・・あなたの目、一緒にいたら殺すって言ってるわね?)」 「それぢゃあ、そう言うことでぇ!!!」 ドドドドドドドドドドドドドド!ドカァ!!「あんた邪魔よ!!」ドドドドドド・・・・ そういうことじゃないわ。 ヒカリは心で突っ込みを入れたがアスカにモチロン聞こえるわけがない。 地響きと共にシンジを抱えたアスカが全速力で消えた後、呆然とするヒカリ達の背後で、キラリと目を光らせる謎の人影があった。 「見つけた・・・」 2話Bパートに続く |