味気ないディジタル時計が、僕の18回目の誕生日を知らせた。
惰性で生きてきた、あれからの3年間。
ついつい出てしまうのは、ため息ばかり。
もう寝ないと。
僕には、明日もあるのだから。
かつてミサトさんとアスカ、ペンペンとで暮らしたこの部屋には、僕一人きり。
あの強烈な数ヶ月で、僕は驚くほど多くの体験し、僕自身の変化を来たし。
同時に、僕を弱くした。
寂しい。一人はつらい。―――苦しいほどに。
そんな思いをするのは、僕一人ではないはずだ。
最後の戦いの果てに、サードインパクトは起こるべくして起こった。
世界は、その姿を大きく変えた。
火山の爆発と噴煙による平均気温の低下。深刻的な森林の被害。強烈な酸性雨による建
物の崩落。
総人口の2/3が息絶え、残された人々も体、心に大きな傷を負った。
僕の知人たちさえ、例外ではなく。
ミサトさん、リツコさん、加持さんが、逝ってしまった。
クラスメートの大半が連絡が付かず、――そもそも学校など消え失せてしまい。
今は元NERV――世界復興委員会(a committee to revice for the world:CRW『クロウ』)
――に勤めている。
クラスメートだったケンスケ、トウジ、洞木さんも、戻る所も無くなり、ここで働いて
いた。
ケンスケは喜んでたけど、トウジや洞木さんに、何と言ったらいいんだろう。
トウジは、僕のことを気遣って「気にするな」といってくれる。でも、僕にとってはそ
ういう問題じゃないんだ。
友人を、人間を殺そうとしたことは事実。
許される罪ではない。
そのトウジも、今ここにはいない。
第三新東京市で、僕は一人きりだった。
離れることなど、出来やしない・・・。
そこでの仕事は、僕にとって辛いものでしか無かったけれど。
僕に出来る、唯一の贖罪。
僕は今でも悔やみきれない。
サードインパクトは、防げたのではないか。
父さんの目論みを、妨げる事が出来たのではないか。
それができなくとも、身を呈して人々を救う事は出来たのではないか。
あのとき、僕は死ぬべきだったのではないか。
言い訳かも知れないけれど。
あの時の僕らは、自分の事で精一杯だった。
僕らは追い込まれていた。精神的にも、肉体的にも。
だから、自分の身を護ることさえ、満足にできなかった。
―――だからエヴァに護ってもらったんだ。
綾波レイ、三人目の綾波レイ、僕の知らない綾波は。
エヴァに取り込まれたまま、帰ってくる事はなかった。
零号機と融合し、―――そして消えた。僕ら人間の、手の届かない所へ。
綾波の人生って、何だったの?父さんに良いように利用されただけじゃないか!
それとも、使徒のいなくなった世界では、自分は不要だとでも言うの、綾波?
今となっては、僕をかばって自爆したあの綾波も、取り込まれて消えてしまった綾波も、
僕の心には答えてくれない。
お願いだから、もう一度、あの笑顔を見せてよ、母さん―――。
それも、長い時が経ち、忘れてしまいつつある・・・。
綾波の消滅が、僕の中で「死」という事実を持ち始めたのは、あるいは精神的な結論だ
ったのかも知れない。
せめて綾波の遺体があれば、僕は父さんを憎むことで、前衛的な生き方が出来たのかも
しれない。
空色の髪と、血の色のような瞳を持った、エヴァンゲリオン零号機専属パイロット、綾
波レイ。
人外な美しさと、それを裏付けるような儚さ。
失われた人は。
もう戻ってはこない。
僕はサードインパクトからちょうど3ヶ月目に、目覚めた。
知らない天井だった。
そして、僕を覗き込む人々の顔も、皆知らない。
僕の知らない世界が、そこにはあった。
ベットから眺める外は、いつも薄暗く、荒廃した土地が広がるばかりで。
あらためて、逃げ出したことの重大さを感じる。
そこでの生活は、無機的で暖かみを感じず。
人間としての生き方を忘れてしまいそうだった。
でも、考え出せば辛いことばかりで。
膝を抱えて、震えているしかなかった。
しばらくして、冬月さんが僕を迎えに訪れ。
いろいろすまなかった、と一言だけあやまった。
しばらく見ない間に、ずいぶん老け込みましたね、と言ったら、
それは君もだよ、と言われた。
冬月さんは現在、CRW東京支部の委員長を勤めている。
冬月さんの話では、僕とアスカに対するサルベージ計画が発動され、エヴァからの分離
に成功したそうだ。
でも、肉体の成形には成功したものの、いつ目覚めるかわからなかったと言う。
しかしそれは、僕の心の露呈。僕らの心の弱さ。
傷つく事を避け、逃げ出したのに、結局追い求めていたのは、悲しい現実だった。
僕が目覚めるまでに、身の回りでは大きな変化が起きていた。
首都の壊滅的な損害による、NERVの解体。そして、世界復興委員会の発足。
それに伴う、ゼーレの解体。
―――世界は、何も救われなかったのだ。
NERV解体に最後まで反抗した、碇ゲンドウ。最後まで、母さんの復活を願った、僕の父
さん。
あっけなく、暗殺されたのだと言う。犯人は今だ捕まらないと、冬月さんは言った。
不思議な事に、涙は出なかった。冬月さんに対しても、もうどうとも思わなかった。
今の暮らしが或るのも、冬月さんの尽力があっての事。
お陰で僕は、あの思い出の部屋に住むことを許された。
父さん―――。かわいそうな人だった。一つの愛を求めるあまり、周りの者を信じられ
なかったんだね。
でも僕は最近、父さんの気持ちが分かるようになったんだ。
セカンドチルドレン、惣流・アスカ・ラングレー。
―――今も、彼女の意識は、戻らない。