日曜日早朝、碇家の人間は誰ひとりとして起きていないはずの時間に、碇シンジは目を覚ましていた。冷えても食べられる朝食を用意し、その後に髪を整え、服のしわや汚れのチェックをしている。それが一通り済むと、メモ用紙に伝言を残し、そろりそろりと誰も起こさないようにして外に出かけていった。
むくっ
彼が外に出て数秒後、別の部屋で眠っていた彼の同居人がいきなり起きあがった。普段ならこの時間に彼女が目を覚ますことはないのだが、何故か今日は早起きだった。カーテンを閉め切っているせいで室内は暗く、その表情はわからない。数分後、鬼気すらも感じさせながら彼女がリビングに姿を現した。
その人物の名は、惣流アスカラングレー。
壱中の美少女ランキングにおいてほぼ一位を爆走する人気者。
もうひとりの不思議少女と美人の双璧をなす世界を守るスーパーヒロイン。
東洋人の顔立ちにゲルマン人の彫りが加わり、更に14歳になったばかりとは思えないくらい発達しているナイスボディ。将来性バッチリだ!!
そしていつも愛らしい顔をし、本性を知る一部の人間以外には美の女神とも、天使とも言われている彼女だったが、今の姿は百年の恋も冷めるなどといった生やさしい物じゃなかった。赤い髪をボサボサに振り乱し、蒼い目を血走らせ、鬼気を放つ。鬼婆と言われたって文句が言えないほど凄惨な物だった。
「シンジぃ・・・私にばれてないと思ったら大間違いよ・・・」
なれた手つきで電話の短縮ボタンを押すだいぶ使い慣れているようだ。
そしてコール音が一回なるまもなく相手が電話に出る。どうも電話の前で待機していたらしい。
「もしもし・・・レイ?シンジが出かけたわ」
『そう・・・どこに行くか分かってるの?』
「ムサシにマナをストーキングさせているわ」
『わかったわ。じゃあ、あとで』
「それじゃ・・・」
アスカはそれだけ言うと酷薄な笑いを浮かべて着替えにかかる。何をたくらんでいるのか知らないが、朝風呂に入り、髪を念入りにブラッシング。その後、服を着替える。これで楽しそうな顔をしていれば、デートの準備をしているように見えたことだろう。
やがて、着替えも食事も終えたころアスカの携帯に電話がかかってくる。それを素早く取るとアスカは相手の名前を口にする。
「ムサシ?」
『こちらムサシ! 目標の目的地が判明!2人は芦ノ湖に向かうもよう!!』
「わかったわ。私達もすぐそっちに向かうから、できる限り邪魔してやんなさい」
『了解!・・・って、そんなコトしてばれたら俺がマナに嫌われるだろぉ!?冗談じゃない!ゴメンこうむる!!却下だ!!』
「マナのあんたに対する好感度なんて、蟻の触覚ほどもないでしょうが!好感度1から0になるくらい我慢しなさいよ!!!
それとも、あんた私に逆らう気!?」
『俺はそこまでマナに嫌われているわけじゃあないっ!!!』
「自分を知らないって、幸せね・・・」
『なんだとぉ!?そりゃどぉいう意味だぁ!!!
・・・・・・・いっぺん惣流とは勝負をつけなきゃならんようだな。
それより、2人が移動を開始した。あとを追跡する。以上!』
「ちょっと待ちなさいよ!!・・・ちっ、切れたか。まあいいわ。ふっふっふ・・・。
こっそりマナとデートするなんて・・・・・・・覚悟しなさいよ。馬鹿シンジ・・・」
彼女の握力で電話がミシリと音を立てた。
新世紀エヴァンゾイド
第九話Aパート
「 閑話休題 マナそして・・・ 」
作者 アラン・スミシー
「シンジ、おはよう、待った?
・・・どうしたのシンジ?急にきょろきょろして」
「おはようマナ。いや、別に・・・なんだか急に寒気がして。
それに誰かに見られているような・・・」
「見られている〜?・・・なんだ、私達のことをお似合いのカップルだって周りの人たちが見てるんじゃない!」
「えっ・・・そうかな?」
「そうよ!可憐な美少女と、はかなげな美少年の組み合わせ。これをお似合いと言わず、何をお似合いというのよ?」
「マナはともかく、僕は周りに注目されるような人間じゃないよ」
「そんなことないわ。シンジはシンジが思っている以上に格好いいわよ!」
ここは第三新東京市駅構内。
いきなり悪寒を感じ、きょろきょろしていたシンジにマナが明るく話しかけた。顔をのぞき込むようにして話しかけるマナに、少しドキドキのシンジ。
今日のシンジの格好は・・・略(意味:男の格好なんていちいち描写したくない)・・・でなかなか格好いい。この服は彼の見立てなのだが、さすがにユイの息子だけありそのセンスは良い。ここしばらくは何かある度に、ユイ達の着せ替え人形にされていたのだから当然と言えば当然だろう。
そしてマナの格好は、生地の薄い涼しげな白のワンピース。飾りらしい飾りが付いているわけではないが、その涼しさを感じさせるデザインは、彼女の魅力を最大限に引き出している。そして、彼女が控えめに持つバスケットとちょこんと頭にかぶったリボンが付いた白い帽子も、彼女にとても似合っていた。
そんなシンジとマナのツーショットである。
先ほど彼女が言ったとおりしっかりと周りの注目を集めていた。
好意的な視線なのだが結構不躾な視線を向けられて、人の注目が苦手なシンジは赤くなっている。
一方のマナもシンジほど視線が苦手なわけではないがやはり赤くなっている。もっとも嬉しそうにしているが。
「やだ・・・注目集めちゃったね・・・それより、シンジ。
そのカバンどうしたの?なんか動いてるわよ」
「あっ・・・忘れてた!ペンペンを連れてきてたんだった!
ゴメンゴメン!ずっとカバンに入れっぱなしで。そんなに怒んないでよ」
シンジがマナの言葉に慌ててカバンをおろすと、中からけたたましい鳴き声と共にペンペンが飛び出てくる。よっぽどカバンの中がきつかったのかシンジの方を恨みがましく見て近寄ろうとしない。
「へぇ〜〜〜。この子がペンペンなんだぁ。か〜わいい〜〜〜(ハ〜ト)」
喜色満面な顔をして、マナがペンペンに抱きつき頬ずりする。ペンペンは嬉しさ半分、迷惑半分といった顔でクウェッ、クウェッ、と鳴いている。
それこそ幼女のような喜びかたにシンジが少し驚く。いつもと違う彼女の一面を見てドキドキからキュンキュンへと変化するシンジの鼓動。これで狙ってやってるのではないから凄いと言うか何と言うか。もしかしたら、マナは将来男を惑わす『魔女』と呼ばれるのかも知れない・・・。
「スリスリ・・・・・・・・・この子も一緒にいくのね?あ〜〜ん、つつかないでよ〜〜〜♪・・・、あ!?
もうこんな時間よ!早く行かないとバスが出ちゃう!」
「(つ、つつくってどこを!?ペンペンずるい・・・じゃなくて!)あ、待ってよ。マナ!」
彼女たちが到着したバスに急いで乗り込んだ。ペンペンとじゃれあいすぎて、時間を余計に使ってしまったので、いきおい大急ぎになる。そして彼らに気づかれないように、コートを羽織った浅黒い肌をした少年がそれに続く。
そして、彼らのあとを困惑した表情のガードがつけていった。
シンジ達がバスに揺られること十分ちょっと。
その目の前になみなみと水をたたえる芦ノ湖が見えてきた。日の光を浴びキラキラと輝いている。まさに絶好のデート日より。シンジはお天道様も味方してくれているみたいで、嬉しくなった。
「わあ、きれーい。今日晴れて良かったわね。シンジ」
「そうだね。ホントいい天気だ。それより、まずどこに行こうか?」
「・・・そうね、まずは昨日決めたとおり海賊船で湖を周りましょ♪」
すっかりラブラブな2人に一般人に変装したネルフのガードが完黙する。事前に警告を受けていたとはいえ、これはかなりきつかったようだ。遠くを見るような目で、滝のように涙を流していた。たぶん、恋人か奥さんと比較してしまったのだろう。
そんな2人にと言うか、シンジに憎悪の視線を向けるクソ熱いのにコートを着て顔を隠した少年。
怪しさ爆発だが、シンジ達にはお互いしか見えてなかったので気づかれていない。彼にとって喜んで良いのか悲しむべきなのかわからないが、とりあえず尾行するには問題ないから良しとしよう。
<おとぎの国の海賊船、船上>
「気持ちのいい風ね、シンジ」
「そ、そうだね。・・・ねえ、マナ。どうして急に今日、芦ノ湖に誘ったの?」
「うん・・・ちょっと、相談したいことがあって」
「相談したいこと?僕じゃなきゃ駄目なの?アスカやミサトさん達じゃ駄目なの?」
「もう、デートの時に他の女の子の名前出すなんて結構デリカシーがないのね。・・・そうね、アスカさん達じゃ駄目。シンジでなきゃいけない相談事があるの」
「そ、そうなの・・・。で、相談って何?」
シンジの言葉にそっと目を伏せるマナ。そのまま急に黙り込む。
「ど、どうしたの?僕変なこと聞いた?」
「そうじゃなくて・・・こんな人の居るところじゃ話せないの・・・」
マナの少しふるえる返事を聞いて、シンジは黙り込んだ。そのまま2人は最後まで口を開くことがなかった。
マナの言葉どおり、船上にはシンジ達以外にも人がおり、幾人かは彼らに注目していた。
先の言葉どおり美少女と美少年のカップルである。動物園の客寄せパンダは言い過ぎにしても、かなりの注目を集めていた。シンジも周囲を見回してそれに気づく。そして今更ながらポッと頬を赤くした。
だが、彼がもう少し注意深く見回していたら、彼ら以上に注目を集めている人物を見つけることができただろう。
シンジ達から離れることおよそ5m。
3人の男女が居た。
その後まもなく合流した惣流アスカラングレー、綾波レイ、彼女達に無理矢理連れてこられた洞木ヒカリ、そして作者もよく忘れるムサシ・リー・ストラスバーグの4人である。
彼女たち自身かなりの美少女(ヒカリは可愛い系だが)なので注目を集めること事態は珍しくはないが、今回はその格好故に、注目を集めていた。
アスカはその長い髪をまとめて頭に巻き、その上から帽子をかぶっている。そして、彼女らしからぬヒラヒラな少女趣味の服を着ており、ご丁寧に変装用の眼鏡をつけていた。違和感大爆発。
レイの格好はサングラスに上下ともに黒いスーツ。いわゆるMIBである。何を考えているのかは全くの謎だが、この格好はスパイに間違った考えを持っているレイコのアドバイス(?)による物なのは間違いないだろう。暑いのか上気した頬をしていて色っぽい。ちなみにレイコはユイと一緒にショッピングである。
ヒカリは普通。日差しが強いから黄色のワンピースに大きめの帽子をかぶっている。
ムサシはコートを羽織り、マスクとサングラスをつけている。一歩間違えれば、夏場よく出る『ほ〜ら見てごらん♪』
おじさんである。
ただでさえ怪しい組み合わせの3人(ヒカリは少し離れている)が、物陰に身を隠し、額に青筋を浮かべながらシンジ達を睨んでいるのだ。注目を集めない方がおかしいだろう。
「な〜にが
『シンジじゃなきゃ駄目』
よ!!!あの女、猫かぶって〜〜〜〜〜!!!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「どうして私までここに居るの?」
「マナ・・・俺じゃ駄目なのか?やはり騎士道なんて言ってるようじゃ駄目なのか?」
周囲の人間が彼女たちを不気味に見守る中、波を蹴立てて船は進む。
海賊船の遊覧航海を終えた2人は湖畔の休憩所に向かった。
2人はお互いに気持ちを押し隠して、休憩所にたどり着くとマナが持参してきた昼食を食べはじめた。
一見にこやかな2人だったが、シンジの心の中はいつも明るいマナがここまで思い悩むことに対する疑問でいっぱいだった。そのせいか彼の笑顔もどこかぎこちない。
「シンジ、どうしたの?さっきからあんまり食べてないけど・・・美味しくない?」
「いや、そんなこと無い。美味しいよ、マナ」
「うふふ。ありがとシンジ♪お世辞でも嬉しいわ」
人の気持ちに敏感なマナに沈んでいたことを指摘されて、慌てて笑顔を取り戻すと食事を始めるシンジ。だが、やはりどこかぎこちない。
そんなシンジとマナを不思議そうな顔をしてペンペンが見つめる。
「楽しくないの・・・それとも迷惑だった?」
「違うよ・・・ただ、さっきのことが気になって・・・まだ話せないのかな?」
その場の雰囲気にいたたまれなくなって、胸の内をさらすシンジにマナも顔を曇らせる。
「そう・・・よね。もう少し、待って。・・・まだここには人が居るから・・・」
「そうだね・・・わかった」
そして2人はそのまましばらく無言だったが、どちらから何を言うワケでもなく場所を変える。
彼らの後をつけるアスカ達は、そんなぎこちない雰囲気にも気づかずにいた。
その後湯本温泉街についた2人は先ほどのぎこちない雰囲気を忘れ買い物を楽しんだ。
お互いぺちゃくちゃ喋り、楽しそうに土産物屋をまわる。
シンジは戦いのことを忘れ楽しそうにペンペンと遊ぶマナを見て、何とも言えない心の安らぎを取り戻せたような気分になっていた。
それは、彼が第三新東京市に来てから初めて訪れた平穏な一時だったのかも知れない。
先のことも忘れすっかりくつろいだシンジに、いたずらっぽくマナが話しかける。
「ねえシンジ・・・」
「何、マナ」
「温泉、・・・入る?」
顔を真っ赤にしながらもどこか楽しそうに言うマナ。その大胆な発言にシンジも、後を付けていた人間達も凍り付く。
「えっ・・・温泉!?そ、そんな僕たちまだ中学生なんだよ。は、早すぎるよ」
『そうよ!あんた馬鹿なこと言ってんじゃないわよ!!』
『・・・何を言ってるのよ』
『不潔!不潔よ!!2人とも!!!お風呂でいきなりなにをするつもりなの!?だめぇ!泡踊りなんて私早すぎるわーーー!!!』
『マーナー!!!』
物陰からいきなり聞こえてきた声に、シンジとマナがハッとした目で振り返るが、とたんに声が途絶えて静かになる。
「(聞き覚えのある声だったけど・・・まさか尾けて来たんじゃないでしょうね?)もうシンジったら・・・気が早いわよ。別に混浴でなんて言って無いじゃない♪」
「あ、そ、そうだね・・・はははっ、僕、何を言ってるんだろ」
「でも、シンジがそう言うなら一緒にはいりましょ♪」
ガタッ! * 3
マナは大胆な発言をすると同時に近くの植え込みから何かをひっくり返す様な音がする。彼女はそのままシンジの腕を掴んで、近くの温泉宿へと引っぱっていく。その視線は先ほど声が聞こえてきた辺りをじっと見つめており、そこに居るであろう人物の動きを完全に牽制している。
シンジもその大胆な発言に驚き、『駄目だよ』とか何とか言ってるがまったく抵抗してないので説得力なし。
あとにはペンペンの嬉しそうな歓声だけが残っていた。
暴れるアスカとレイをヒカリが押さえている。横ではムサシが完全にあっちの世界に逝っていた。この世に復帰するにはかなりの時間がかかるだろう。
「放して!!シンジ!シンジぃ!!!シンジの浮気ものぉ!!!」
「落ち着きなさい、アスカ、綾波さん!!今出ていったらシンジ君に嫌われるだけよ!ここは我慢よ!!」
「でも・・・混浴、男女が一緒にお風呂にはいること、お風呂、裸、2人で裸・・・嫌。
落ち着かない・・・アスカと碇君が一緒にいるときより嫌な気分がする」
レイの言葉の連想にヒカリは思い出したようにいやんいやん。
「碇君たらまだ中学生なのに!!霧島さんと混浴だなんて!不潔!不潔よ〜〜〜〜〜!!!潜望鏡をするのね!?そんなの不潔よ〜〜〜〜!!!」
「チョ、ちょっとヒカリ、そんな大声出さないでよ!!」
「ふ〜け〜つ〜よぉーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!」
「霧島さん・・・。どうしてそんなコトするの?これが青筋・・・私怒ってるのね。
こんな時どんな顔をすればいいか分からないわ・・・」
そう言うレイの頭は、いたるところに血管が浮き上がっていた。
「くうぅ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!マナの奴ぅ!私のシンジをたぶらかすなんて!!!」
ようやくヒカリを押さえ込んだアスカの本音に、レイが敏感に反応した。
「碇君はあなたのじゃないわ」
「人の言葉尻取るんじゃないわよ!!!
それにあいつと私は10年前に、け、結婚の約束まで・・・したんだから。だから、シンジは、私の・・・よ」
はじめの勢いはどこへいったかどんどん声が小さくなっていく。そんな普段見られない可愛いアスカに、ヒカリも驚きいつもの科白が出てこない。だがレイはそんなことにお構いなく言葉を返す。
「そんなの時効。子供のお遊び。そんなこと口にするなんて・・・くすくす。あなた、無様ね」
「あんた喧嘩売ってんの!?」
「そう聞こえなかった?だったら頭だけじゃなくて、耳まで悪いのね
そう言えばあなたお猿さんだったわね・・・・・・・聞か猿とはよく言ったモノだわ」
「ぶっ殺す!!!」
所詮2人の友情などこんな物だ。
・
・
・
・
「ふっ・・・やるわね、レイ」
「あなたこそ・・・それより、碇君は?」
「はっ!?」
およそ1時間後、レイとの一勝負を終え、友情を再確認したアスカが温泉宿に目を向けたときには、とっくにシンジ達は別の場所に移動していた。
「なんだか恥ずかしいね・・・」
「もう、シンジったら・・・」
「クワッ、クワッ」
何があったか知らないが2人とも顔を赤くして、とてもラブラブな雰囲気だ。
後ろで冷やかす、何故かここに来ていたトウジとケンスケの冷やかしなんか気にもしない。そのいや〜んな雰囲気にトウジ達の方が赤くなっている。
「かあ〜〜〜、すっかりラブラブやったのぉ。あの2人できとんのやないか?」
「意外な伏兵って所かな?でも、俺達があそこにいなかったら本当にできてたかも・・・ひいぃぃっ!?」
「ど、どうしたんやケンスケ!?・・・・・・な、何で惣流と綾波とイインチョがここに居るんや!?」
いきなり悲鳴をあげて腰を抜かすケンスケに、アスカ達の顔を見て固まるトウジ。
彼らは未だかつてここまで死が目前に迫ったことを感じたことはなかった。
「鈴原君・・・碇君はどこ?」
レイが泥で汚れたMIB姿のままたずねる。
「そ、それだけは言えん!堪忍してくれ綾波!霧島に何があっても言わないでくれと男の名に賭けて頼まれたんや!」
ゴドボキャアッ!!!!
「す、鈴原ーーーー!!!」
「さよなら。
相田君・・・あなたも鈴原君みたいになりたい?」
レイの言葉に頷きながらアスカが、ケンスケに微笑みかける。ヒラヒラの服は破れていたが、いやらしいと言うよりワイルドになっていた。
「(す、すまんシンジ!)い、碇君達は駒ヶ岳展望台に行ったと思われます!!」
「そう、わかったわ」
ケンスケの返事も待たずにその場から消える赤と青の閃光。
「な、なんだったんだ・・・」
あとには腰を抜かしたケンスケとボロ屑になったトウジ。それをチャ〜ンスとばかりに介抱するヒカリ、そして涙を流してトリップしているムサシだけが残されていた。
<駒ヶ岳展望台・ロープウェイ>
展望台に向かうロープウェイの中でシンジとマナが2人っきりで見つめ合っている。風呂上がりと言うこともあって顔を赤く上気させ、しかもどうやら混浴だったということもあり、2人が出す雰囲気はエヴァによる精神汚染をぶっちぎりで突破しているかも知れない。
「マナ・・・その、えっと、あの・・・」
「うふふ。別に裸を見られたからって気にしてないわよ。だって相手はシンジなんだもん♪」
「そ、そんな良いの?僕に見られたんだよ・・・」
自分で言ってる間に、茹で蛸のように真っ赤になっていくシンジ。やかんをのせたらお湯が沸くかも知れない。
「嫌ならはじめから一緒に入ったりなんかしないわ。それに見たって言っても、背中合わせだったんだから・・・」
ネルフ諜報部の人間が、我慢できなくなって盗聴器のスイッチを切ったのはこのときだった。
<展望台>
辺りが橙色の光に染まり、太陽が山の向こうにその姿を隠そうとする時間、2人は展望台のベンチに腰掛けていた。周囲には誰も居らず、2人だけの世界ができあがっていた。
「夕日が綺麗だね・・・」
「そうね・・・」
そして、2人の背後で鬼気を発する赤と青の美少女。
「今日は楽しかった・・・」
「そう・・・良かった、そう言ってくれて」
お互いの手を握り合い沈みゆく夕日を見ている2人。
そのまま無言のままの2人だったが、シンジが口を開こうとしたときマナが口を開いた。その顔は夕日のせいで影になっているが、死人のように青白くなっていることは間違いなかった。そして、絞り出すように話し始める。
「相談・・・あるって言ったよね。実は、暴走についてなの・・・」
「暴走・・・?」
シンジの顔が真顔になる。
「うん。私、この間の戦いで暴走、したよね・・・。あの時のこと、私よく覚えていないの・・・。だけど、かすかに覚えていることがあるわ・・・。使徒の体を引き裂いてるとき、とても嬉しかった・・・」
「マナ!?」
淡々とした口調でとんでもないことを言うマナにシンジが驚き、腰を上げかけた。マナは手を握ることでそれを押さえる。
「いいから聞いて・・・。それでね、あの時の私は私であって私じゃなかった・・・ううん、違うの。アレが私の本性だったの。暴走したとき、何もかもがさらけ出されたの。それで分かった。分かったの!!
今の私は本当の自分じゃないって!!本当の私は残酷で、乱暴で、自分の欲しい物はどんな事をしてでも手に入れようとする最悪の人間だって!!その結果泣く人が居たって気にもしない!!私はそんな人間だって事が分かったのよ!!!
本当は私はシンジに口を利いてもらう資格なんか無い!!
使徒との戦いだって、お父さんとお母さんの敵討ちだって言ってるけど、本当は違うの!!
本当は血が見たいだけ!!戦いが好きなだけなのよ!!!」
「マナ!止めなよ!!もう良いから!」
「何が良いの!?私はシンジのことが好き!!・・・違う!私はシンジのことブランド品みたいに見ていただけよ!!ネルフと同じで利用していただけ!!みんなの信頼を裏切った私は最低の人間よ!!!」
シンジはそのまま泣き崩れるマナの肩を抱き、落ち着かせようとする。マナはそのまま彼の胸に頭を預けたまま泣きやもうとはしない。
彼は自分の無力さが反吐を吐きたくなるくらいに嫌だった。そして、マナがそんなに辛い思いをしていたことに今日一日中一緒にいて気づくこともできなかったことにも。
嗚咽を続けるマナを抱きしめること数分後、ようやく落ち着いたのかマナがしゃくり上げながらだが口を開く。
「ゴメン・・・シンジ。みっともないトコ・・・見せちゃって・・・」
「ううん。そんなに悩んでいるなんて、気づいてあげられなかった僕の方こそ謝らなきゃ・・・」
「優しいね・・・」
抱き合ったまま無言の2人。しかし、夕日が完全に沈む頃、ぽつぽつとシンジが話し始めた。
「僕が初めて暴走したとき・・・覚えていることはあまりないけど、誰かに守られている気がした・・・。
マナが言うみたいに本当の自分をさらけ出すようなことはなかった・・・。でも、十分すぎるほどむごい戦いをしたんだよね・・・。敵なのに、人類の敵なのに、あの使徒には悪いことをしたんじゃないかって、そんな気がするんだ・・・」
「それは、シンジが本当に優しい人間だからよ・・・。私みたいに本性を隠して生きてないからよ・・・。
もう嫌・・・私、ゾイドになんか乗りたくない・・・」
「ゴメン、言葉が悪かった・・・。僕が言いたいのは、あれだけ酷いことをしたのは僕たちじゃなくて、本当はゾイドがやったことなんじゃないかって事なんだ」
「どういうこと・・・?」
「僕は、あそこまで酷いことをしたくなかった・・・。敵だからと言ってもあんなコトしたくなかった。それは本当だよ。たとえ結果は同じであってもあそこまではしたくなかった」
「・・・・・・・・・・」
「本当はゾイドは人の味方なんかじゃないんだ。味方どころか敵なんだ。いつでも、人に牙をむこうと待ちかまえて居るんだ。今まで暴走したことがあるゾイドの記録を見ただけでも分かるよ。全部、肉食獣で、しかも恐竜型ばかりなんだ」
彼の言葉にマナの目に光が戻ってくる。いまだ涙に濡れているが、先ほどまでのように死んだ目をしていない。
「ゾイドとシンクロするって事は、ゾイドの心と自分の心を一つに重ねることなんだ。でも肉食恐竜型のゾイドは、とんでもない破壊衝動を持っているんだって。
あの暴走はマナの本性が現れたからじゃないよ。アロザウラーの本性なんだ。ただ心がつながっていたから、マナが自分の本性だと勘違いしただけだよ・・・」
「でも、シンジは暴走したとき・・・」
それでも疑問を口にするマナ。だがその口調は先ほどまでとは違いずっと穏やかで落ち着いた物だった。
「ゴジュラスは特別なんだ・・・。
母さん達は聞いても教えてくれないけど、僕には分かる。ゴジュラスとシンクロすると、ゴジュラスだけじゃなくて、まだ別の存在の意志を感じるんだ・・・」
そう言うとシンジは頭上に光り始めた星を見上げた。それを追ってマナも空を見上げる。
「そうなの・・・。
でも暴走してもゾイドに乗り続けられるシンジって、強いんだ・・・」
「僕は強くないよ。本当の僕は卑怯で、弱虫で・・・」
「ムサシや鈴原君より強いシンジがそんなこと言わないでよ・・・。あの時のことまだ覚えてるんだ。あっという間にムサシを殴り倒して、鈴原君を押さえ込んだときのこと」
かすかにしゃくりあげているが、マナはだいぶ落ち着いたようだ。そして面白がるようにシンジとトウジ達の喧嘩のことを口にしている。彼女の視線にほのかにシンジの顔が赤くなる。
やがて、マナはシンジからそっと体を離し立ち上がると、くるりと彼に向き直った。
「ありがとう、シンジ。相談に乗ってくれて・・・」
「これくらい当然だよ。だって僕たち・・・」
「ストップ!そこから先は言わないで」
「マナ?」
シンジの言葉を途中で止め、その顔をじっとのぞき込む。シンジは彼女の髪の毛の匂いを感じ、潤んだその目を見たとたん動けなくなった。何も喋れなくなった。月明かりを浴びた彼女は美しかった。アスカが太陽、レイが月だとするなら、彼女は星。その美しさにかすかに目眩を覚えるシンジにそっと、だがハッキリと聞こえる声でマナが話しかける。
「シンジ君のこと好きでした・・・。今日、相談に乗ってくれてありがとう。一緒に食べたお弁当美味しかった・・・。私のこと色々心配させてごめんなさい・・・。今日、つきあってくれてありがとう。楽しかった・・・本当に楽しかった。
でも、これ以上自分を偽ることはできません。シンジはアスカさんにお返しします」
「そんな、マナ!なにをいって・・・ん・・・」
マナは叫びかけたシンジの口をそっと自分の唇でふさぐ。
シンジは驚きで固まる。彼はそれでも何か言いたそうだったが、目を閉じ、唇を重ね続けるマナを見ると何も言えなくなった。
彼らをペンペンがじっと見上げている。そのうち退屈になったのか、マナのスカートを引っ張り始めた。
それが合図でもあるかのように、そっと唇を離す。
お互いを潤んだ目で見ていたが、マナが最後に一言呟いた。
「さよならシンジ・・・」
そのまま小走りでその場を去るマナの背中が、シンジにはやけに霞んで見えた。
そのままその場に立ちつくすシンジの後ろからアスカがそっと声をかけてきた。
「シンジ・・・」
「アスカ、それに綾波も・・・どうしてここに?何でそんな格好してるんだよ?」
「別に良いじゃないそんなこと・・・あんたの方こそどうしたのよ?男のくせに涙なんか流して・・・」
「えっ・・・本当だ。どうしたんだろ・・・ふぅっ・・・うっ・・ううっ・・・ちくしょう・・・ちくしょう・・・」
アスカの言葉にこらえられなくなったのかシンジの心の堤防は砕け散った。シンジはぼろぼろと涙を流し始めた。後は、ただ枯れるまで涙が流れ落ちていく。そしてそんな彼を見ていられなくなったアスカが、そっと話しかけた。
「シンジ・・なんだったら、私がマナの代わりに・・・」
「やめてよ・・・。アスカはマナの代わりになんかならないよ・・・」
「そうよね・・・。でも、いつまでもぐじぐじ泣くの止めなさいよ。こっちが辛くなるじゃない」
「うん・・・わかった・・・。ありがとうアスカ・・・慰めてくれて」
「べ、別に良いわよ。これくらい」
涙を拭い、寂しげだが優しい笑顔を向ける彼に思わず顔を赤くするアスカ。強がっているがどこか声に勢いがない。シンジの顔を見られないでいる。
何も言えないままじっとしている2人にレイが冷たく話しかける。
「もう暗くなってるわ。早く帰りましょう」
「あ・・・綾波、わかったよ」
彼の返事も聞かずにとことこ歩き出すレイの後ろ姿を、シンジが寂しそうに見つめた。
「綾波・・・僕のことが嫌いになったのかな?」
「違うわよ。・・・あの娘、こんな時どんな顔をすれば良いかわからないだけよ」
「・・・・・・・・・・・・・」
黙り込むシンジの背中を思いっきり叩き、ペンペンを抱きかかえると、アスカは元気よく言った。
「帰ろ、シンジ・・・」
<翌日・ネルフ本部>
本来なら今日は学校がある日なのだが、特別な予定があるとのことでシンジ達はネルフ本部に呼び出されていた。シンジは集合場所に集まるまでの間、どんな顔をしてマナに会うかそれをずっと考えていた。
アスカとレイはそんな彼を少し怒ったような目で見る。
「いつまで気にしてんのよ?」
「うん。・・・わかってるけどさ・・・なんか顔を会わせずらいんだ」
「そう・・・。でも遅かれ早かれ顔を会わさないわけにはいかないのよ」
「アスカにはわかんないからそんなこと言うんだよ・・・」
「な、何よ・・・私が悪いっていうの?」
「そうは言ってないだろう?良いからほっといてよ」
知らず知らずのうちにアスカに当たる。さすがの彼女も少し驚いたような顔をするが、『フンッ!』と言って彼の前から離れていった。
シンジが1人でぼんやりしていると、マナが背中から声をかけてきた。それも昨日のことが夢じゃなかったのかと思うくらいに明るい声で。
「シーンジっ♪おはよう!」
「マナ・・・おはよう」
「どうしたの?元気ないけど・・・。昨日のことなら気にしないで・・・。アレは私が一方的にやったことなんだから」
「でも!」
「お願いだから、もう言わないで・・・」
「・・・わかったよ、マナ。もう言わない」
「うんよろしい。・・・あのね、あれから1人でゆっくり考えたんだけど・・・」
そこまで言うと、一旦黙り込み真剣な顔をする。その表情と雰囲気にシンジも、横で見ていたアスカ達も緊張する。彼女がいったい何を言うのかと思っているのだ。
「私、私・・・・・・・・やっぱり、私・・・
シンジのことが好き!!
」
マナはそう嬉しそうに言うとシンジに抱きついた。その顔は一番星のように明るかった。少なくともシンジはそう思った。そして彼女の言葉といきなりの包容が嬉しかった。で、当然・・・
「あ、あんた何言ってんのよ!?昨日シンジを私に返すって言わなかった!!?」
アスカ火山が大噴火。猛然とマナに詰め寄るがマナ台風もそれに大反撃。レイ津波はとりあえず沈黙。
「やっぱりついて来てたのね!!
そんなことより昨日は昨日、今日は今日よ!だいたいアスカさんはまだシンジと正式なおつきあいをしているわけじゃないんでしょ!それに、あれから色々考えたの。私とアスカさんはどっちがよりシンジのことを好きなのかなって。
結論!!
これに関しては私は負けてない!!だからあらためてアスカさん、宣戦布告よ!!」
「こ、この女!!言ってくれるじゃないの!たとえ何であろうとあんたが私に勝てるわけ無いじゃないの!!」
「そんなこと言って・・・ホントは自信ないんでしょ?」
「んなっ!?・・・わかったわ!その挑戦受けて立ってやるわよ!!ライバルが1人から2人になったってどうせ勝つのは私に決まってるんだから!!」
「それはやってみなくちゃわからないでしょう!?」
そして言い合いを始める2人に、室内にいた全員が驚きの視線を向けていた。
「やっぱりこうなっちゃうんだ・・・。どうして僕の周りに集まる女の子はこう押しが強い子ばっかりなんだろ・・・。
でも良かった。マナが元気になって」
シンジが疲れているがとてもさっぱりとした顔をした。そんなこんなで彼が秋空のようにぽっかりとした喪失感を感じていると、室内にミサトとリツコ、そしてユイが入ってきた。
「みんな、居るわね。・・・賑やかだけどなんかあったの?ま、全員そろったんならそろそろ始めますか」
「ミサトさん、僕たちをここに呼んでこれから何を始めるんですか?」
部屋に入るなりそう切り出すミサトにシンジが尋ねる。彼の、いや彼らの疑問ももっともだろう。昨夜集合することを告げられたきり何も聞いていないのだから。
「あ、まだ言っていなかったわね。
喜べ女子!・・・みんなに新しい仲間を紹介するわ。カヲル、入ってきて良いわよ」
ミサトのなんだかハイテンションな言葉と共に1人の少年が入ってきた。
金属のような銀色の髪。
レイの瞳とはどこか違った紅い瞳。
シミや黒子といった物がまるで見あたらない透けるように白い肌。
どこか無機的な笑みを浮かべた整いすぎた美しい顔。
文句ナシに美少年と言っていいその少年は、一同に深々と礼をすると軽やかに口を開いた。
「僕の名前はカヲル、渚カヲル。最後のシ者。フィフスチルドレンさ。よろしくたのむよ」
それだけ言うと、他の人間がやったら嫌みになるくらい優雅に礼をする。
彼を見て男子は世の中の不公平さに思いを馳せ、女子はそのシンジに負けず劣らずの綺麗な微笑みに魅了されていた。
「かっこい〜〜〜!ねえねえ、渚君どんな女の子がタイプなの♪」
「ふふ・・・いきなりだね。君みたいな明るい女の子は好きだよ。綾波レイコさん」
「えっ?・・・もう私の名前を知ってくれてるの。嬉しい・・・」
「知ってて当然さ。失礼だけど、君はもっと自分の立場という物を知った方が良いよ」
ここで再びさわやかな微笑み。直接見つめられたわけではないのにヒカリまで顔を赤くする。
だが、彼を見ても他とまったく違った反応をしている人物が2人いた。
アスカとレイである。
アスカはカヲルを真っ青な顔をして見つめ、いや睨んでおり、レイは全くの無表情だったが内心では何故か動揺していた。
「彼は今までネルフドイツ支部でゾイドの起動試験等のアドバイザーをやっていたわ。三年前までここに居たから日本語もぺらぺらよ。
あ、そうだ。アスカがこっちに来たのは一年前だったでしょ?彼にあったこと無い・・・どうしたのアスカ?」
カヲルの自己紹介が終わったのでミサトが簡単に経歴を紹介する。その時アスカのようすがおかしいことに気づいて声をかけるが、アスカはそれに反応しない。そんな彼女を怪訝に思いながらもミサトは話を続ける。
「一応年齢は15歳。あなた達より一つ上ね。それから一つ言っておくけどこいつ異常に手が早いから女の子達・・・じゃないか。とにかく注意するのよ。他なんか質問はない?」
まずミサトの言葉に応えたのシンジ達ではなくカヲルだった。
「失礼なことを言わないでほしいね。・・・美しい物を前にして何もしないなんて、僕にはわからないよ」
その言葉にミサト、リツコ、そしてユイが深い深〜いため息をつく。
「はあ・・・もう一つ言い忘れていたけど、こいつすぐワケ分からないこと言うから」
「僕は悲しいよ。こんな知識も美的感覚も絶望的に存在しないリリンが僕の上司だなんて・・・。ああ、僕の心は悲しみにつづられている・・・」
ミサトの言葉どおりワケの分からないことを言うカヲルに一同が深く納得する。何も喋らなければいい男なのにもったいない話だ。
気障なポーズをしながらブツブツ言っていたカヲルだったが、ふと目をミサトに向けると質問をした。
「それより碇司令のご子息、シンジ君は誰なんですか?」
「あ、シンちゃ〜ん。ご指名よ〜」
キャバクラみたいな言い方でシンジを呼ぶミサト。アスカが慌てて止めようとするが、シンジはそれに応えてさっさと手を挙げる。
皆の前でシンちゃんと呼ばれて少し赤くなっている彼にカヲルはつかつかと歩み寄る。その顔は相変わらず張り付いた笑みを浮かべているが、注意深く見ればわずかに上気していたことがわかっただろう。
「君が碇シンジ君だね・・・。僕は嬉しいよ。君に会うことができて・・・」
「よ、よろしく、渚君・・・」
「カヲルで良いよ。それより・・・」
「えっ、ちょっと・・・んんん〜〜〜〜!!!?」
いきなりシンジに抱きつくと熱いベーゼを彼にプレゼントしようとする。
そのあんまりと言えばあんまりな行動にその他の人間は完全に固まってしまう。それを良いことにますます激しくキスを求める。シンジは必死になって逃げようとするが、カヲルは万力のようにしっかとシンジの肩を掴んでいる。シンジ大大大ぴーんちっ!!!!
「あんた何やってんの!!」
ようやく回復したミサトが慌ててカヲルを引き離す。
そして名残惜しそうにシンジから離れるカヲルの心臓に、ユイのコークスクリューブローが命中した。
「はうっ!!!」
一瞬鼓動が停止し、カヲルの体もまた動きも停止する。そして棒立ちになったカヲルめがけてアスカがハイアングルからのかかと落としを命中させた。そのまま崩れ落ちようとするカヲルの体をしっかりと掴むと、レイと前後から挟み込んでツープラトンパワーボォム!!!
血反吐をまき散らしながら倒れ込むカヲルに情け容赦なくストンピングとサッカーボールキックをお見舞いするアスカ、レイ、レイコ、マユミ、マナ、ついでにミサトとリツコとキョウコとユイ。声も立てなくなった頃ようやく落ち着いたのか攻撃の手がやむ。
「いきなりとんでもないコトするわね〜こいつは」
「まったくちっとも変わってないわ。どうせまた『男も女も僕にとっては等価値なんだ』とか言うつもりなんでしょ。ほんとこいつは謎なんてもんじゃないわね」
「わかってたならいらないこと言うんじゃないわよ!!!」
ミサトとリツコが呆れた声で話している横でアスカが怒鳴りつけていた。
1分後
「やれやれいきなり酷いね・・・。まったくリリンは野蛮だ。僕が何をしたっていうんだい?」
いきなり傷一つ無い顔で起きあがるカヲルに一同が一斉に距離を取る。その目は無傷で起きあがったことよりも、もっと違うことに対する恐れがあるようだ。
「どうしてそんなに距離を取るんだい?ふふっ・・・僕は悲しいよ。ちょっとしたジョークじゃないか。そんなに怒ること無いんじゃないかな。
・・・それより久しぶりだね、アスカ君。またあえて嬉しいよ」
急に真顔(でも笑い顔)になって言うカヲルの言葉で2人に注目が集まる。
「あんたがまさかフィフスだったとはね・・・。そうと知っていたらあの時あんたを始末しておくべきだったわ」
「ふふふっ、怖いな」
人を小馬鹿にするような言い方でアスカにやり返すカヲル。その発言内容にアスカは顔を青くする。
「あんたそれ以上その舌動かしてご覧なさい・・・。ジオフロントの肥やしにするわよ・・・」
「誰かに聞かれたくない過去でもあるのかな、アスカ君は?まあいいよ。今の僕の一番の興味はシンジ君と、・・・彼女だからね」
それだけ言うと視線をちらっとレイに向けるカヲル。だがレイがまるで反応しないので拍子抜けしたかのようだ。それでも一言言うのを忘れない。
「綾波レイ・・・君は僕と同じだね」
「・・・・・・・・・あなたなに?」
そのまま見つめ合うというか睨み合う2人に、シンジがおずおずと声をかける。
「カ、カヲル君。さっきのはいったいどういうことなの?それにアスカと知り合いだったの?」
「気になるかい?さっきのキスは・・・ちょっとした冗談、挨拶だよ。あんなに驚くなんて思ってなかった。ゴメンよ。
それからアスカ君とは、ドイツにいた頃ちょっとした知り合いだったのさ。ただ僕がフィフスチルドレンだって事は秘密にしていたんだけどね」
「そ、そうなの・・・」
「そうだよ。だから君が気にすることはないさ。こんな物で良いかな僕の自己紹介は」
それだけ言うとカヲルはファサッと髪を掻き上げユイに向き直る。その優雅な動作に何故か少し赤くなるシンジ。
そんな彼の反応に内心で冷や汗を垂らす一同。特にユイの動揺は激しかったようだ。赤い顔をするシンジに泣きたくなるような視線を向け、次いでカヲルを睨み殺さんばかりの目で見る。
「そんな物で良いでしょうね・・・。それより渚君、日本到着早々悪いんだけど・・・」
「なんですか?碇司令」
「独房に1週間の拘束を命じます。葛城一尉、連行しなさい」
「ええっ!?どうしてです!?」
「サードチルドレンに対する精神汚染行為。万死に値するわ。ドイツはともかく本部はヤオイ禁止よ」
「そ、そんな!
裏切ったな!僕の気持ちを裏切ったな!!
加持さんと同じで期待させるだけさせといて、あっ!?葛城一尉離して下さい!!!まだ言いたいことが・・・」
「うっさい!!おとなしくお縄につきなさい!!!」
ユイのおどろおどろした命令に、笑い顔のまま冷や汗を垂らして抗議するカヲルと、妙に嬉しそうに彼を捕縛するミサト。そしてミサトが合図すると同時に部屋に入ってきた黒服がしっかりとカヲルの腕を掴む。そのままワケの分からないことを呟く彼を引っ張っていく。
「また会おーう!シンジくーん!!!」
そのわめき声が聞こえなくなる前に、ユイが心底から疲れた声で言った。
「それじゃフィフスとの顔合わせは終わりね。居ないと思うけど詳しい情報が聞きたい人は彼に直接尋ねてね・・・」
皆が急に年を取ったみたいな顔で部屋を退室する中、アスカはシンジに近寄るとそっとささやいた。
「聞きたいんでしょ?あいつとの関係・・・。あとで教えてあげるけど、聞かなかった方が良かったって思うことになるわよ・・・。
それからあいつには絶対に気を許しちゃダメよ」
真っ青な顔をしており、いつも元気な彼女とは思えないくらいその声は力がなかった。
Bパートに続く
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