灰色のリノリウムの床に散らばるそれは、アスカと僕の、心模様。
なぜ、人はみんな、離れてしまうのか。
離れてしまわなければならないのか。
悲しまなければ、ならないのだろうか。
ある詩人は言ってたっけ。
「人生は、追憶を創る為のもの」って。
だから、こんなにも人は、無くしてからどれほど大切だったのか、気づくのだろう。
別れを気づかせる、こんな朝の日差しは、あまりにも寂しい・・・。
僕は、これでいいと思っていたのに、僕が想うアスカにとってはそうでない。
悲しいのは、この春があまりにも秋に似ているから・・・。
命の誕生を思わせながらも、その背後に死の気配を感じてしまうのは、何故だろう。
父さんと母さんは、何を見せたくて僕を生んだんだろう。
何を願って、僕を育てたの。
綾波は、父さんに作られて、幸せだった?
誇れるような人生を送ることが出来た?
―――僕はこれで、満足なのだろうか・・・。
砕け散りつつある心・・・。
3年前、僕が目覚めたのは、罪の悔恨よりも、一人でいることの寂しさだった。
それでも、僕がアスカに抱く心は、純粋でありたいから。
今、僕はアスカの元を離れたい・・・。
「アスカ、これが本当のお別れだから」
病室の外では、桜が舞っていた。
「最後だけど、僕の心を言わせて・・・」
花瓶に生けた、あの桜も。
「出会ったときから、僕はずっと惹かれていた」
時が来れば、いつか枯れ落ちてしまうのか。
「いつもアスカは、僕の事をバカ呼ばわりしてたけど」
すべてが終わった後に気づくのは。
「あの日、アスカと出会えて、僕は幸せだった」
枯れ落ちた花びらが、鮮やかに舞い落ちるのは。
「アスカの事がずっと好きだった」
美しく、儚いと思える心をもった、幸せと苦しみ。
「何よりも、大切だった・・・」
「・・・あ・り・が・と・う・・・」
「・・・ちゃんと・・・せきにん・・・とりなさいよ・・・」
鮮烈に、あの頃の記憶が、蘇る・・・。
「・・・バカシンジ・・・聞いてるの・・・」
あれほど願った、美しい声色がくぐもって聞こえる。
振り替えるのが、恐い。
また、いつのも夢のような気がして。
どのくらい待ち望んだのだろうか、この瞬間を・・・。
何気なく振り替えると、あのアスカの笑顔が、あの青い瞳が僕を捕らえた・・・。
アスカ!
アスカが、目覚めた!
「・・・アスカ!・・・・。僕を許してくれるの・・・?」
「・・・バカ・・・わたしは、一人は・・・もう嫌。シンジしかいないの・・・」
「・・・でも・・・本当は・・・それだけじゃない・・・」
「・・・もう、言わなくてもいいよ」
抱きしめて・・・なお強く。
僕は涙が流れるに任せて、声の限りむせび泣いた。
「・・・シンジ・・・もう、離さないで・・・」
「・・・わたしだけを・・・見てくれるのなら・・・」
「・・・わたしも・・・あなたに、すべてをあげるわ・・・」
アスカも、流す涙を拭おうとはしなかった。
あたたかい涙だった。
―――あたたかい、アスカの心だった。
第一部 完