ゴボリ、ゴボリ、ゴボリ・・・・・。 真っ白な繭がブルブルと鳴動し、禍々しい負の空気を周囲に送り続けている。 そして、その繭と繭が取り付いている巨大な柱をジッと見つめる3対の紅い瞳。 常人なら室内の寒さと、力を奪い取る空気の前に立つこともできないであろう。だが彼らは何事もないように二の足で立ち、ゆっくりと成長を続ける繭を見てかすかに笑っていた。 唐突に、そのうちの1人が呟いた。 暗くて顔はよくわからないが、髪の毛と瞳がかすかな照明を受けてキラキラと輝いている。 銀と紅に・・・。 「予定通り・・・。この分ならあと3ヶ月もすればルシファーは目覚める」 そう言った彼(彼女?)・・・はクスクスと笑う。 繭の中に眠る存在の姿とそれが引き起こす事を想像して。 「ルシファー・・・。 影さえ持たぬ暗黒の光。これさえ目覚めれば・・・」 もう1人がほんの僅かに上気したような表情で同じく呟いた。 最初の1人も同じように頷く。 だが、3人目は少し厳しい顔をして2人を睨んだ。 「・・・・・・・死海文書に反することになる。それは老人達が喜ばれまい」 「老人?ふん。 何故に今更あのような石版の記述に従わねばならないのか。 既に使徒の制御も完璧。更にダークゾイドもほぼ全てを復活させている。このままゾイドと使徒で人類を皆殺しにすることも、ネルフを潰すことも簡単だ。 そしてゾイドと使徒を操るのは我々。 今更あのような老人達に気兼ねする必要など無い。と思うのだが?」 「その通りだ。確かに私も馬鹿正直に記述通り事を進めるのは面白くない。 いや、そればかりかそれに従うあまり、我々よりネルフの方が大事だといわんばかりの老人達の物言いは頭にくる。いずれ記述通り抹殺する奴らを、今までにも何度見逃してきたことか」 1人目と2人目が目配せしあい、激しくそうののしった。 暗い、橋が見えないほど広いドーム状の室内に2人の声が不気味に響く。 声に応えるように繭が大きく身じろぎした。 中でゆっくりと巨大な何かが蠢くのがかすかに見えた。 唇の端を何か言いたそうにゆがめてそれを見つめていた3人目が、ため息をついて後ろの2人を振り返った。 銀色の髪と紅い瞳が光を反射する。 「だが、我々には12人目がいないのもまた事実だ。 今まで様々な手段を講じてきたが、どれもこれも成功した試しがない。同じプロセスで11人目まではすぐに創られたというのにだ。 それにダークゾイドには制約があるだろう」 「・・・・・・・・・死海文書には逆らえないと言うことか?」 「どちらかと言えば、あの御方のシナリオだろう?」 あの御方 3人目がそう口に出した途端、残りの2人の動きはぴたりと止まった。 痛いほどの沈黙が3人を支配し、ただ時が過ぎていく。 やがて1人目が忌々しげに呟いた。 「ふん、あの御方か・・・。他の老人達と同じく騒ぐだけで居ればいいものを。 まあいい。 ならばシナリオを予定通り進めるまで」 予定通りという部分を妙に強く言う。 1人が怪訝そうな顔をした。 「どうするつもりだ?」 「12人目がいなければ、創ることができないのなら・・・」 「なんだ?」 3人目の質問に、1人目がにたりと邪悪な笑みをこぼす。 横で見ていたら悪夢に見そうなくらい、邪悪で、美しい笑みを。 「こういうのはどうだ?」 そしてその考えを聞いた2人は、少し驚いた顔をしながらも満足そうに頷いた。 「・・・・・・なるほど、12人目は揃ったも同然だ」 「そして12人が揃ったとき死海文書に記された原子の子とは我々のことになる」 「まったく盲点だった。すぐにラジエルに伝えようと思うが」 「ちょうどまもなくヤツを第三新東京市に差し向けなければいけない日だ。 スケジュールの修正はもう終わったのだろう?」 1人目の質問に2人目と3人目が苦笑しながら応える。 「順番を入れ替えた所為で、死海文書に記されていない未知の使徒が現れるとは思わなかった」 「だからこそ老人達はあそこまでシナリオを守ることにこだわると言える。 とにかく、ルシファーを見つけるのにヤツを使った所為で、老人達はだいぶご立腹だったし、修正は大変だった。だが(修正は)済んでいる。 ・・・3日後だ」 「よし。それにあわせよう」 「誰が行く?」 「まずはラジエルと相談してからだ。だが新参の・・・ラシエルがネルフのセカンドにご執心だったな。 ・・・ヤツが立候補するのではないか」 「あいつか・・・。人間の感情が残りすぎているから、やりすぎる恐れがあるがな」 そこまで話すと3人は声を殺しながらくっくっくと笑った。 「シナリオ通りなら良いのだ。死なない程度にいたぶっても、シナリオ通りなら問題ない。 いや例え何人か殺してしまったとしても・・・。 我々が12人になれば、知ったことではなくなる」 「うむ。 全てはゼーレのシナリオ通りに」 「全ては裏死海文書の記述通りに」 3人が雲が消えるように姿を消した後、室内で鼓動を続ける繭の中の何かが、ほんの少し目を開けて、またすぐに閉じた。自分が目覚めなすべき事を、夢見るままに待ちながら。
METAL BEAST NEON GENESIS
機獣新世紀 エヴァンゾイド 第5話Bパート 「自分勝手な大人達とわがままな子供」
作者.アラン・スミシー
『シンジ君!落ち着いて!』 青葉さんやマヤさん達が、必死になって何かを叫んでいる・・・。 よく聞こえない。 いや、聞こうとも思わない。どうせ止めろとか落ち着けとか話し合おうとか言っているに決まってるんだ。だから耳を貸そうとも思わない。 妙に心が冷めているのを感じる。 目の前でいつもと変わらない、いや僕が初めて見る顔をした母さんを見ているから? あんなに冷たい、氷の刃みたいな目は初めてだ。 「母さんはトウジを殺そうとしたんだ! 僕に殺させようとしたんだ! ゴジュラスがああなることをわかっていたんだ!!」 『しかし、あのままだったら君が殺されていたんだぞ!』 「そんなこと関係ない! 僕が聞きたいのは、トウジを殺そうとした理由と、ゴジュラスの仕掛けについてだけだ! ねえ母さん、みんな母さんが仕掛けたことなんだろ?」 真っ直ぐに、真っ直ぐに僕の心を射抜く氷の眼差し。 冷たい、冷たい、揺らぎもしない、悲しい目。 ひるみそうだ。 後先考えず、ただ母さん達からトウジを殺そうとしたことの釈明を、謝罪を、理由を、命令は間違いだったという言葉を、ただ何かを聞こうとした僕が。 「答えてよ、母さん!!」 咽がLCLの中だというのに、乾いた感じになってひきつれたような声が出てきた。 母さんはほんのちょっとだけ、眉をひそめた。僕に注意を向けたと言うより、今僕が占拠しているゴジュラスの方を心配しているようだ。 今まで、母さんが僕に、僕たちに向けていた言葉は、想いは全部嘘だった? 信じたくない、信じられない。 何でもいいから、何か言ってよ・・・。 間違いだったって、指揮を間違えただけだって・・・。 そう言ってくれれば、トウジも結局無事だったんだから、それで納得するから・・・。 「母さん・・・。何で何も言わないんだよ・・・」 たぶん、僕はこの時泣いていたんだと思う。 涙はすぐにLCLに溶けて消えるけど、母さん達にもそれは分かったんだと思う。 凄く悲しそうな顔をしていたから。 「ユイ・・・。どうするの?このまま追いつめると、彼本当に暴れかねないわよ」 「・・・・・・わかってるわ。ナオコさん、ゾイドコアの接続は解除できた?」 ユイはシンジにはわからないように一時的にスイッチを切り、ゴジュラスを収容したケージで密かに作業している、ナオコにイクに話しかけた。キョウコの言葉を意識して聞こうとせずに。ほどなく、ユイの耳のイヤホンからナオコの少し呆れたような声が、聞こえてきた。 「コードDANTEで、物理的な接続はさっき解除したわ。今のゴジュラスはシンクロによらない、機械的操作しかできないわ。それでも内部電源が残っているから、35秒間は動くことができるわね。どうするの?それだけでもかなりの施設を破壊できるわよ?」 「それはまずいわね。タダでさえ国連から予算を貰いにくくなっているのに」 キョウコがぽつりと言った。 それが自分を暗に責めている言葉だとユイには分かったが、事実自分は責められても仕方がないこともわかっていたので、唇を噛むだけで何も言わなかった。人のこと言えない癖にとは思ったが。 (せめてもう少し時間さえあったら、シンジに詳しく説明する時間さえあったら・・・) こうはならなかった? そんなわけはない・・・・・とは言えないが、可能性は低かっただろう。 シンジはきっと理由を聞いても納得すまい。いや、納得する方がおかしいだろう。 全ては起こるべくして起こった事だなどと・・・。 「どうするの?全部話す?」 少し疲れた顔でキョウコが言った。 ユイは振り向きもしない。 「まだ早いわ・・・」 「じゃあ、どうするの?このままだとどうなることか・・・。 ハッキリ言うけどこれはあなたのミスよ。仕事仕事って最近全然あの子を構わなかったね。 全部話せないと言うなら、あなた達親子の問題なんだから、あなたが説得しないといけないわ」 「わかってる・・・」 「じゃあしっかり頼むね。間違ってもLCLの酸素濃度を上げてうやむやにしないように」 「シンジ。 あなたは何が聞きたいの?」 唐突にユイはそう言った。今にもゴジュラスを暴れさせようとして、瘧にかかったように震えていたシンジは、ハッとした目をして、モニターを見た。 ユイも真っ向からモニターに映る我が子を見る。 2人の視線が複雑に交錯した。 「なんでトウジがアレに乗っていたことを秘密にしていたのか、その理由・・・。そしてトウジを殺そうとしたことと、ゴジュラスの仕掛けと、トウジの妹を巻き込んだ理由だよ!」 ユイはふぅっとため息をついて、キョウコと顔を見合わせた。 幾つかの項目は、まだ教えるわけにはいかない。 何とか誤魔化さなくはいけないからだ。 「ストレートな質問ね・・・。 まあいいわ。それを答えることであなたが納得してくれるのなら・・・。1つ1つ順番に教えて上げるわ」 ユイは少し咳払いをした。 「まず鈴原君が新型に乗っていた理由を秘密にしていた理由だけど・・・。 言う必要がなかったからよ」 「必要がなかったって・・・」 「知っていたから何だって言うの?起動が成功した後、正式に伝えてもおかしな事ではないわ」 「でも、知っていたらまだ何とか上手く助けられたかもしれないじゃないか!」 「そうかもしれないわね。でも今日の戦いを見ている限りでは、とてもそうなったとは思えないけど・・・」 ユイの少し冷たい答えに、シンジは詰まる。 彼女の言葉に真剣にあきれが伺えたからだ。文字通り、物事が自分の思うとおりに進まなかったから、だだをこねる子供を見るような呆れが。 冷静になって考えると、自分でもそうだと思う。 トウジと戦いたくないから、ケガさせたくないからと戦うことを放棄し、結果ゴジュラスは暴走を起こして、ディバイソンとカノンフォートを使徒ごと八つ裂きにしてしまったのだ。 もしかしたら、シンジは優しく、臆病になりすぎたのかもしれない。 第三新東京市に来て、友人が、仲間ができ、人と接することを楽しいと思うようになった。だからこそ、その生活を失うことを何よりも恐れるようになったのではないだろうか。 ユイは難しい顔で押し黙るシンジをまじまじと見た後、次の質問に答えた。 「次に・・・鈴原君を殺そうとした理由だけど・・・」 彼女の言葉に、シンジが目を見開く。 「(なんて言おうかしらね?)・・・・・あのまま使徒を止められなかったら、使徒はネルフ本部を壊滅させ、そしてサードインパクトを起こしていただろうからよ。 それを防ぐことは全てに優先するわ。だから最後の防壁として、カヲル達を配置して置いたのよ」 「・・・・・・なんだよ、なんだよそれ?」 「納得できないでしょうね。カヲルに人殺しの命令を出したことが」 「納得・・・・できるわけ無いじゃないか。トウジは仲間だろ?なんでそんなにあっさり殺すなんて言えるんだよ?おかしいよ・・・」 ごぼりと大きな気泡を吐き出しながら、シンジはかろうじてそれだけ言った。 ユイの言葉通り、とても納得できなかったのだ。その命令の理不尽さに。 「おかしい・・・?そうおかしいわね。子供の命を犠牲にしないといけないなんて。でもサードインパクトが起こったらみんな死ぬのよ」 「わかんないよ、そんなこと言われても!母さんにとっては、僕たちはそんな程度なの!?」 プチリ。 と切れたように、シンジは叫んだ。 サードインパクトが起こらないように、トウジを殺そうとした母。 暴走を起こし、嬉々としてトウジを殺そうとしたゴジュラス。 そしてそれに乗っている自分。まるで出口のない迷路のような堂々巡り。 だからこそ叫んだ。 「ふざけるんじゃないわ! シンジ、あなた何様のつもり!?」 ユイは叫んだ。シンジのある意味わがままな叫びに耐えきれなくなって。 確かに自分が責められる所は多々ある。罵倒されて、親子の縁を逆に切られてもどうしようもないところだってある。数え切れないほど。 だが、今は自分の息子の情けなさに、とにかく悲しくなっていた。 自分にしかできないことを、シンジにならできたかもしれないことを自分から放棄して喚くだけの息子に。 そして自分のことをそんな風に見ていたことに。 「か、母さん・・・?」 「シンジ、あなたはカヲルに鈴原君を殺させようとしたって文句を言ってるけど、その前にあなたは何をしていたの!? 私は言ったわよね、カヲルが戦う前に、鈴原君を助けたいのならあなたが戦いなさいって。 だけどあなたは戦わなかった。彼を助けようともしなかった。ただなすがまま・・・。 どうして?」 どうして? と言われてもシンジには答えられない。 シンジにだってよくわかっていないからだ。なぜ戦ってトウジを助けようとしなかったのか? トウジをケガさせたくない、殺したくないと言う思いがあったから? 確かにそれもある。 だがそれは言い訳でしかないような気も、シンジは感じていた。無意識のうちに考えまい、考えまいとしていたのだが、ユイの言葉によってシンジはあの時のことを思い出し始めていた。 ただなすがままで、使徒の攻撃を受ける。 ユイの言葉にもワケの分からない返答をして、結局何もしようとしない。 自分は死にたかったのだろうか? 結局マユミを助けられず、彼女が第三新東京市を離れたことが尾を引いていたのだろうか? (違う。山岸さんは関係ない。僕は・・・・・・・トウジを傷つけたくなかった。傷つけて嫌われたくなかった・・・。だから何もしなかった? そうじゃない、また、安易に期待していたんだ。誰かがきっと助けてくれるって・・・) その結果、ゴジュラスはいつも通りシンジの命を守ることを最優先に行動し、使徒を引き裂いた。中に乗っているトウジ達には一切構うことなく。 自分はそうなることを予想していた。 そして、そうなった後全ての責任を他人に転嫁して、わめいて、全てを呪って・・・。 もしかしたら、自分はとても卑怯な人間なのかもしれない。シンジはそう思った。 「わかんないよ。ただ、とにかく戦いたくなかった。 誰も傷つけたくなかったんだよ・・・」 「この期に及んで、まだそんなことを考えていたのあなたは? そうじゃないかと思っていたけど・・・。 じゃあシンジ、逆に聞くけど、もしまた誰かが、例えばレイがあなたの敵になったとき、その時はどうするつもりなの?」 シンジはユイと目を合わせたくなかった。 イヤな感じに場の雰囲気が流れていく。 押し黙るシンジを一瞥した後、ユイは言った。 「答えられないの?じゃあ、答えが出るまでゆっくり考えてなさい。 考えている間に次の質問に答えるから。 ・・・ゴジュラスの仕掛けについてだったわね」 落ち着かない顔で爪を噛むシンジを情けなさそうに睨みながら、ユイは言葉を続けた。 2人の雰囲気に、発令所にいる面々は声も出すこともできず、ただ黙って2人のやり取りを見つめる。 普段の息子にべったりな、ユイとは思えないくらい厳しい気配。 「極秘よ。でも結果としてあの仕掛けのおかげで、鈴原君は最後の最後で助かったんだから、それで良いでしょう? ・・・・・・・シンジ、返事くらいしたらどうなの!?」 「あ、う、うん・・・」 ユイの怒鳴り声に、シンジはびくんと身を竦ませながら、かろうじてそれだけ返事をした。既に当初の覚悟が欠片もない。そのおどおどした態度がまた気に入らなかったのか、ユイは表情を変えることなく、次の質問の答えを口にした。 「最後に、どうして鈴原君の妹がいたのかだったわね? 結論から言うと、彼女を山岸さんに代わって新しいチルドレンにしようと思っていたからよ。結局、ダメだったけどね・・・・」 最後の言葉は、半ば呻くような感じになりながらもユイは言い終わった。 そして痛いほどの沈黙。 誰かの腕時計の音が聞こえそうなくらいの静寂が、発令所を支配した。 青葉やマヤ、日向と言ったオペレーターはもちろんシンジ、冬月も硬直してしまっている。 そんな発令所を見ながら、ナオコとキョウコは思った。ユイは立派な詐欺師になれると。確かにユイの言ったことは嘘ではないが、全ての事実を言っているわけでもない。その事を良く知る彼女達だからこそ浮かんだ思いだったのだが、今それを語るのは時期尚早だ。 「なんで、なんで病気の子を・・・」 「今のところ一番、シンクロの可能性の高い子だったからよ。それに上手くいけば、彼女の凍り付いた心を癒せたはずだったから。事実、彼女は一時とはいえ意識を取り戻したのよ。1年近く植物状態だった子が」 「でも、それでも、その子が・・・」 「・・・・・きれい事は言ってられないのよ。なりふり構っている場合じゃないもの。 今の私達は。 だってあなた達が12人いたからこそ、奴らは本気を出していなかったんだもの。 でも今は違う。 ・・・・・・・こんな事を言っても、しょうがないわね」 ぐったりと椅子の背もたれに寄りかかると、ユイは目を火傷の跡の残る手のひらで隠しながら、天井を仰いだ。指の隙間から、キラリと光る滴が流れ落ちる。 ユイはかすかに震える声で、喘ぎながら言った。 「他に・・・・聞きたいことはないの?」 「・・・・・・ないよ・・・・・・・なにも・・・・・・」 シンジは力無く言った。 初めて見る、母親の弱気な姿に色んなモノが抜かれたかのように、ぼそぼそと。 ユイを見ているシンジの心に、先の戦いの記憶が甦っていく。 (結局・・・・・母さん達も、トウジを殺したかったわけじゃない・・・・。それは分かっているんだ。 ぼくは・・・・ただ・・・・・自分の決断の結果、トウジが死にそうになった、トウジを殺そうとしたことの、責任転嫁をしたかっただけなんだ・・・。 ゴジュラスが暴走したのは、僕が戦わなかったから。それは分かる、今はもの凄くよくわかる。倒す戦いも、助ける戦いもしなかった・・・。 母さんだけが悪いワケじゃない。でも・・・) 「・・・・・・・・・ぐす・・・・・・・・シンジ」 誰が聞いても涙声とわかる声で、ユイが唐突に話しかけた。キョウコ達ですら、ユイがそんな風に泣いたところを見たことはない。ネルフ総司令として、常に強気でいなくてはならず、恐れや躊躇を出すことができないユイが見せた弱々しい姿。見てはいけないモノを見てしまったのではないかと、キョウコ達は目を逸らした。なぜか怖かったのだ。 キョウコ達同様、まともにユイを見ることができなくなったシンジがかろうじて聞き返した。妙に自分の声が大きく彼には聞こえた。 「なに?」 「あなたはどうしたいの?」 「どうって・・・」 「・・・・もう乗りたくないなら、降りても良いわ。戦えないパイロットなら、いないのと同じ事ですもの。傷つくことも、傷つけることも恐れるのなら、これから戦い続ける事なんて、とてもできないもの」 「・・・・・降りたら、もう、みんなとは会えなくなるんだよね・・・」 「・・・そう、なるわね。 2度と会えないわ」 ユイは淡々と言った。シンジも少しだけうなずく。そうだろうと思っていたから。 そして小さな声で、シンジはかろうじて言った。 ユイと同じく、うなだれ目を両手で覆いながら。 「・・・・・・少し、考えさせてよ・・・」 かーん、かーん、かーん かーん、かーん、かーん どこか間延びした遮断機のたてるような音の中、トウジはふと自分が古めかしい電車の中にいることに気づいた。2000年以降生まれの彼が、見たこともないくらい古めかしい電車だった。 なぜ自分はここにいるんだろう? がらがらの車両内に、いるのは自分一人。外の景色は全く見えない。橙色の、血のような光が車内を不気味に照らしている。 (なんや?確か、ワシは・・・・・ワシは・・・・) 自分は確か、なにか大変なことをしていたはずだ。 なのに、今ここで何をしているのだ?遠くの方で骨を鳴らすようなカタカタいう音が聞こえる中、トウジはそこまで思い出した。 そして、ふと気がつくと、少し離れた席にシンジとレイが並んで座っているのが目に入った。シンジは髪で目を隠すようにして俯き、レイはピクリとも瞬きをしない紅い瞳を、真っ直ぐに正面に向けたまま、何かをぼそぼそと話していた。 「なんや、センセと綾波やないか。2人でなにしとるんや?」 珍しいような、珍しくもないような2人にトウジは、何を話しているのだろうと不思議に思う。2人の距離に少し、胸が痛んだ気がしたが。 「どうしてあんな事したの?」 「母さんは、トウジを殺そうとしたんだ。だから僕は・・・」 「だから?」 「だから、僕は母さんを・・・母さん達を・・・・」 「どうしたかったの?」 ちょっとだけ首を傾げ、レイはガラスのように無機質な視線をシンジに向けた。 「・・・・・・・・・・・わからない。何がしたかったのかよく・・・・。 でもあのままじゃいけないって、そう思った。だからゴジュラスを占拠したんだ」 「あんな事をしたのは、あなたなのに?」 「わかってるよ!でも、僕には他にやりようがなかったんだ!他に・・・・どうすればいいかなんて、僕にはわからなかったんだ」 「そう。 ・・・これから、どうするの?やっぱりわからないままなの?」 そこで初めてシンジは顔を上げて、レイを見た。 そのノロノロした動きと、かいま見えたシンジの顔に、見ていたトウジは何かを言わないといけないと、一歩踏み出そうとしたが全く動かない。メドゥーサの顔を見てしまって石になったかのように。 動け、うごかんか!と自分の身体に叱咤激励をするが、やはりトウジの身体はピクリとも動かない。 「わからないよ。このままここにいた方が良いのか、それとも・・・・・・前いたところに帰った方が良いのか。 綾波は、どうしたらいいと思う?」 「・・・・・もう、ゴジュラスに乗りたくないの?」 「乗りたくない。誰も傷つけたくないから。嫌われたくないから・・・。人を傷つけることを当たり前と思いたくないから。 なにより、怖いから でも、みんなと離ればなれになるのはイヤだよ・・・・・」 「他人を傷つけるのが、怖いの?」 「怖いよ」 ふと、レイの眼差しが春の日差しのように柔らかくなった。 同時に、高架線を走っているように、電車の揺れと騒音が激しくなる。 時間が一瞬停止した。 「・・・・・。 卑怯なのね」 シンジがピクリと顔を上げてレイを見る。卑怯と言われたのが心外だとでも言わんばかりの顔をして。 「なんで僕が卑怯なんだよ。正直に思ってることを言っただけじゃないか」 自分の味方だったものが、自分を裏切ったときのような、そんな暗い鬱々とした目でレイを睨む。レイはその視線にたじろぐことなく、逆に魂の奥底をのぞくように見つめ返した。 「碇君、肉好き?」 「え?」 戸惑うシンジ。いきなりこんな事を聞かれたのだから、無理ないかもしれない。 レイは構うことなく言葉を続けた。 「牛肉、豚肉、鶏肉・・・。食べてるでしょ?お弁当、見たことあるから知ってるもの」 「食べてるよ、それがどうかしたの?こんな時に、何聞いて来るんだよ」 「食べないと、碇君どうなるの?」 少し首を上方に傾げ、天井を見上げながらレイが尋ねた。いつもの事ながら、彼女の素っ気ない態度にシンジは戸惑いながらも、返事をする。 「そりゃあ、栄養が足りなくなって、そのうち倒れるかもね。でも野菜でも代用できるし、それがなんの・・・」 「碇君は、食べるために牛を殺せるの?」 再び、レイはジッとシンジを見つめた。 シンジもレイが何を聞かんとしてるのか悟ったのか、居心地悪そうにもじもじしながら視線を床に沿わせる。 「・・・・・無理だよ」 「どうして?」 「向こうが強くて無理だよ。 できたとしても可哀想だから。 だって、傷つけると痛がって泣くだろうし、僕の心も痛くなるんだよ。それにそんなことをしたって知れたら、みんながどんな顔をするか、それを考えると怖いんだよ・・・」 「でも食べるんでしょ?」 「・・・・・そうだよ。綾波みたいに、野菜だけなんて、僕には無理だよ」 「じゃあどうしてあの時、鈴原君を助ける戦いができなかったの? 生きるために、人は戦わないといけないんでしょ?大なり小なりそうしないといけない。どんなに優しい人でも、何かを傷つけずに生きていくことはできない。 人は、人間はエデンを追い払われたときから、そうせずにはおれない悲しい存在。 でも、碇君はそれがイヤなのね」 「イヤだよ。 綾波や、アスカやマナみたいに、僕は吹っ切れていない。今までは母さんが喜んでくれると思っていたから、だから何も考えず、疑問に思わずアレに乗っていたんだ。 ははは、おかしいよね?今頃になってこんな事言うなんて・・・。 でも、母さんの笑顔はみんな欺瞞だったんだよ。信じていたことは嘘だったんだ。僕を利用していただけなんだ。 ねえ綾波。卑怯って言ったよね。 でも、イヤなことから逃げるのは、卑怯なことなの? みんなを放り出して、自分だけ逃げるのは?傷つけることがイヤで、何もしないで、何もかも放り出して、他人に責任をかぶせることは!」 トウジは瞬きもせずにシンジを見ていた。 初めて見たとき、なんて厭世的で、刹那的なヤツだろうと思った。 イヤなことから、ただ逃げ出そうとする腰抜けだと思った。 そしてその投げやりな態度と、周囲の物事と溶け込もうとしない彼とケンカした。ムサシ達と一緒に、つるし上げるような形だったが、本気のケンカだった。そして和解して、色々あってシンジと友人になった。そう思った。 お互いのことを、深く理解し合った親友になったと思った。 (シンジはあのケンカのあと、変わったと思っとった。 ホンマはかわっとらんかったのかもしれんな。 始終、周囲の目を気にして自分を押し隠すままやったんや。 ワシらに気を使って、自分を演じておっただけかもしれへん。 それを、ワシらは押しつぶしてしまったんか?エースやなんやって、良いように持ち上げて) 「・・・・・卑怯だって、汚いって自分でも思うよ!でも、でもね! イヤなことをイヤって言って、イヤなことから逃げることの、何がいけないんだよ!!」 トウジは、シンジの慟哭を瞬きもせずに黙って聞いていた。 暗い思いに押しつぶされそうになりながら。 レイは言った。肩に頭を押しつけるようにして泣くシンジの頭をなでながら。 「イヤなことをイヤって言うのは、卑怯な事じゃないわ。自分に正直なだけ。卑怯なのは、碇君がまだ自分の本心を隠していること・・・。 本当にいいの?パイロットを止めて。みんなから逃げ出して」 「僕は、僕は・・・・」 シンジは頭を押さえて俯いた。顔を見られたくないのか、膝に抱え込むように深く俯いた。そのまま縮んでしま良そうなくらい、身を縮めていたが、やがて小さく、だがハッキリとした声で呟いていた。 「そうだね、生きていくためには、何かを犠牲にしないといけない。逃げてばかりじゃ、逃げた先でもまた逃げないといけない。そんなことはわかっていたさ。でも、その対象が自分の良く知ってる、守りたいと思っていた存在になっても、やっぱり傷つけないといけないの? そんなのイヤだから、イヤだからさ。 死んだ方が良いかなって思った」 レイはそっとシンジの肩に手をのせた。シンジの身体がビクンとする。 「生きる為の努力を止めることは、やっぱり逃げることにしかならないわ。 自分から死のうとすることは、何よりも罪深いこと」 のろのろと顔を上げるシンジの目をのぞき込むと、レイはにっこりと笑った。かつて一度、ラミエルと戦った直後に見せてくれた、あの微笑みを。 「私達は、一緒に生きられないの? 一緒に生きましょう、碇君」 レイは優しく、シンジの顔を上げると胸に抱きかかえた。まるで母親が子供をあやすように、優しく、暖かに。 「うっ・・・・・・」 呻き声を上げながら、トウジは目をゆっくりと開けた。 なんだか遠い夢を見ていたような、そんなけだるい、そして悲しい気分。知らず知らずの内に、涙がこぼれていくのをトウジは人事のように感じていた。 (眩しいからや、悲しいわけやない・・・) 自分の心を満たす悲しさを認めたくないのか、トウジはワケの分からない言い訳を自分にしていた。そうしないと、もっと涙がこぼれてきそうで。 事実、ずっと閉ざされて闇の世界の住人になっていた彼の目は、室内の蛍光灯ですらまぶしいと苦情を言う。 (今まで、ナニしとったんやろ・・・。それにここは・・・?) 焼き付きが消え、まず視界に入ってくるのは、薄青く彩られた無機的な材質感の天井、そしてピコピコと動き続ける機械群と点滴の台、真っ白な壁、そして少し赤い目をした・・・。 「イインチョ・・・・」 「えっ、鈴原? 気がついたの?」 トウジが目を開けて、名前を呼んだ相手・・・。 いつもうるさく、彼に突っかかるようにして接する同級生の少女、洞木ヒカリ。 彼が最も、最も、もういない彼の母よりも苦手とする女性。 どうして彼女がいるんだろう? 意外な人物の存在に、トウジは混乱したままの頭で、そう考えるがもちろん答えが出るわけはない。少なくとも、今のままの鈍感な性根のままでは絶対に。 「なんや、確かセンセが・・・・」 「碇君?碇君なら、少し前までここにいたのよ」 目が覚めてまずシンジを気にしたトウジに、ヒカリは少しどころでなくムッとしたが、それを表情に出さないまま、トウジに笑いかけた。トウジはまだ夢と現実の記憶に混乱しているのか、少し呆けた顔をしていたが、2,3度瞬きをするとヒカリに向き直った。 「センセが?」 「うん。謝りたいって言ってた。鈴原とヤヨイちゃんにひどいことしてって・・・」 「謝りたい?なんであやまらなあかんのや? それはそうと、ヤヨイ! あいつは無事なんか!?」 記憶の片隅にあったが、無意識のうちに考えようとしていなかった妹のことを聞いた途端、トウジはがばっと起きあがった。瞬間、苦痛に呻き再び力無くベッドに倒れ込んだが。 そんなトウジにヒカリはおろおろしながらも、ナースステーションにコールし、トウジの肩を軽く押さえるようにしながら、辛抱強く話しかける。 「大丈夫よ・・・。碇君が、ちゃんと助けてくれたわ。 ただ、ちょっと意識に混乱が見られるから、特別な病棟でリツコさんが治療中だって・・・」 「リツコはんが? ・・・・・・・ホンマに無事・・・・なんか?」 「・・・・・たぶん。 ううん、きっと大丈夫よ」 ちょっと不安が残るが、ヒカリの言葉にトウジは深々と息を吐き出した。 そしてヒカリが心配そうに見つめる中、トウジは戦いの記憶を思い出そうとした。 かすかに残るシンジとの戦い。 必死になって止めようとしたが、ディバイソンは止まろうとせず、そればかりか激痛と共に変形し、彼の同僚達をうち倒していった。 アスカを、レイを、ケンスケを、マナ達を・・・。 半ば使徒とシンクロしていたせいか、嬉々としながら。 そして、遂にシンジのゴジュラスとの戦い。 結果、八つ裂きにされた。 全身を引き裂かれ、頭を潰される苦痛を思い出してトウジは目をきつくつぶってうめいた。呻きながらトウジはふと考える。 あの苦痛を妹も体験したのではないか? 無事なのか? 最悪の結果を予想し、恐怖に震えていたトウジだったが、とりあえずヒカリの言葉に全身から力を抜いた。うそも方便という言葉はあるが、ヒカリはこんな時でも嘘をつくような女の子ではない。だから、彼女が無事と言えば無事だろう。根拠の薄い考えだったが、トウジはそれで納得した。納得しないとやってられなかっただけかもしれないけれど。 家族を愛する彼にとって、妹は何よりも代え難い存在と言える。 家族、知り合いをなくすこと。愛するものとの別離。その点に関しては、トウジはシンジ以上に臆病かもしれない。 「そうか、無事なんか・・・・良かった・・・・」 「うん・・・。 今はケガで入院中だけど、治れば2人とも・・・・また、一緒にいられるようになるわよ・・・」 「そうやな。色々あったけど、みんな上手くいったって事やろか?」 「そうね、みんな上手くいったのよ。 怪我人はいたけど、みんな元気。元気なら生きているなら、またみんな一緒に笑って過ごせるわよ。そうでしょ?」 ヒカリはそう言ったあと、にっこりと笑った。 心の底から、みんな上手くいったと思っていたからだ。 確かに、シンジはトウジを殺す寸前にまで追いやった。その理由を聞いても、まだ納得はできないでいる。少なくとも、ヒカリは当分の間シンジを見る目が険悪なものになるのは避けられない。もちろん、ユイ達を見る目もだ。 だがトウジはケガをしたが、五体満足の姿で目の前にいる。トウジの妹も、様態が良いとは言えないが、無事生きている。 彼女にとってはそれで十分だった。 「そやな。 ところで、何でイインチョがここにおるんや?」 ぼんやりとした顔で天井を見ていたトウジが、昨晩の夕ご飯を思い出すように、ヒカリに尋ねた。当人としては何気なく、だが尋ねられた方にとっては、それはないだろうと言う質問を。 「・・・・・な、なんでって・・・(鈴原、なんでそんなこと言うの?あなたが目を覚ますまで、ずっと付きっきりだったのに!)」 「ああ、そうか。 イインチョとしての責務っちゅーやつやな。大変やな、ホンマ。ワシだけでなく妹や他の怪我人達まで」 完全にずれた結論に達したトウジは、勝手に納得するとヒカリをいたわるような目で見た。 違うときなら、そんな風な目で見られたら嬉しいのかもしれない。だが今のヒカリは、その鈍感すぎる目が何とも憎かった。 「そ、そおうなのよ。委員長としての責務なのよぉ・・・(鈴原のバカ・・・)」 トウジは真っ赤な顔をしながらも、複雑に表情を歪ませるヒカリをちょっと疑問に思ったが、なんだかその顔がいつもと違って新鮮に見えて、まぶしくなったので窓の外に目を向けた。 (な、なんや。そんな顔もできるんやな。 あ・・・・なんや、胸がドキドキしとる) 鈍感は鈍感なりにヒカリの様子がいつもと違うことにドキドキする。 そんな自分を認めたくないのか、トウジは何気ない感じで言った。ちなみに顔は興奮したせいか真っ赤。 「ああ、わかっとる・・・(静まれ、ワシの鼓動ッ!!)」 「・・・・・・わかってないわよ(バカ、バカバカ。鈍感バカ)」 「いい味だしてるな、あの2人」 「しかし、これじゃ入るに入れないな」 「そだね。 でも、あれだけあからさまなのに、トウジ君まだ気づいていないのかな、もしかして」 「間違いなく気づいてないぜ。まったく俺達を裏切ってイヤーンな感じ」 そのころ、病室の扉の前には入るタイミングを完全に逸脱してしまった、呼ばれてやって来た看護婦と、お見舞いに来たケンスケとムサシ達がいた。 <ネルフ司令室> シンジは両脇を、ネルフ保安部員に固められた状態で、司令室に来ていた。 今までに何回か来たことがある部屋だったが、さすがにこのような状況で来たことは初めてだった。不安と緊張が胃を締め付ける感覚に、少し顔をゆがめる。 「サードをお連れしました。 しかし、本当に良いのですか?」 「いいわ。繰り返すけど、あなた達は下がってちょうだい」 「了解しました」 ユイは素っ気なくそれだけ言うと保安部員を退室させた。万一に備えての警護役なのだが、シンジとの会話にはいるだけ邪魔な存在である。 扉が閉まる音が響いた後、だだっ広い部屋に、シンジとユイだけが残った。 「・・・・・・・・それで、結論は出た?」 机に座ったまま、ユイがシンジを見つめた。 「一応、出たよ」 シンジはユイを見つめた。 「それで、どうするの?」 「正直言えば、もうイヤだよ。今頃こんな事言うのは遅すぎるけどさ。 ゾイドに乗っていて、楽しいと思ったことは一度もないよ。自分が自分でなくなっていく感じがするし、何かを傷つけるってのは嫌いだから。 僕がいなくても、代わりの人はいっぱいいるから・・・」 うつむき、辛そうにシンジは言った。 わずかこれだけの事言うのに、大変な労力を必要としたかのようにやつれた顔を上げる。 「でもね、今逃げたら、また同じ事の繰り返しになる。そうも思うんだ。 トウジと戦いたくないからって、逃げた結果、最悪の事態になったってナオコさん達は言ったよね。 だから、もしかしたら、僕があの時、投げ出さなかったら、逃げ出さなかったら、結果は変わっていたんじゃないかって、そうも思うんだ」 「だから・・・・?」 ユイはわずかに眉をひそめた。 結局、シンジが何を言いたいのかよくわからなかったのだ。帰るのか、それとも辛い目にあいながらも残るのか。 そして戸惑っていた。シンジらしくないシンジの姿に。 彼女の知るシンジは、内向的で、実際はそこそこ強いのにいつも自信なさそうにおどおどし、自分から何かをしようとするような子供ではない。ひどい言い方だが、それは先の戦いからもハッキリとわかることだ。 だが今のシンジはハッキリと、自分の意志でものを言っている。かつてのように、周りに流されて出てきたような言葉ではない。良かれ悪しかれ、シンジはこの事件を通して変わったらしい。 シンジはまだ目を合わせられないのか、少し逸らしたままだが最後まで言った。 「だから、僕はもう、逃げたく・・・・・・ないよ。例え、辛いことばっかりでも、ここにいたい・・・」 「もう、乗りたくないとか思わなかったの?今ならまだ間に合うわよ」 「乗りたくないよ、そりゃ・・・。勝手に動いて、勝手に母さんの名前を呟いて動きを止めるような、得体の知れないのになんか・・・。でも今ここで逃げたら、またトウジを見捨てることになっちゃうよ。 ・・・・そんなの、イヤだ」 (真っ直ぐな、迷いのない瞳をしている・・・) ユイはとぎれとぎれながらも、ハッキリと自分の意見を言ったシンジを冷静に見ていた。 感情にまかせて出た、一過性の結論なのかどうかハッキリと見定めるために。 事実、シンジは先日保安部に保護されるまで、家出同然に第三新東京市を彷徨っていた前科がある。 実際は不可能なのだが、第三新東京市を離れようとしなかったため、シンジは迷っているとユイは見ていた。 今のシンジはとても微妙な精神状態だろう。 ちょっとしたことがきっかけで、第三新東京市にとどまるか離れるかが決まる。 ユイがどっちであれ、一押しするだけでだ。 (あなたはこのまま、ここを離れた方が幸せかもしれないわ。でも・・・) そう、例えそうであっても今シンジに立ち去られたら、彼女の計画も何もかも無駄になる。それでなくともマユミが去り、トウジ達が負傷した今は人手不足だ。シンジのように戦うことに迷いができていても、戦える人材は必要なのだ。 (今更遅い・・・。あの時、あなた達を放って、アレに乗ったときから私は母親としての資格は無くしているもの) 子を捨てた母は鬼になる。 そういう言い伝えがある。ユイはそんなことを思いながら、シンジを見た。 「ここに・・・・・いてくれるの?」 「うん。それが僕達のために、傷ついたり、死んじゃったりした人にできる精一杯の、償いだと思うから。 僕達の所為で、ひどい目にあった人達って、山岸さんやトウジ達が最初ってワケじゃないから」 「・・・・・そう、ごめんなさいシンジ。ひどい母親で」 「謝られても、嬉しくなんかないよ。何考えてるのさ」 シンジは本気になって謝る母親を前にして、その場に居辛くなった。胸がドキドキし、息が詰まったような嘔吐感を感じる。シンジは貧血になったように気分が悪くなったが、倒れるのを何とか堪えると、背中を向けて部屋から出ようとした。 ユイのそんな弱々しすぎる姿を見ていられないのだ。そして、そんな母親にかける言葉が何もないことが、まだ母を完全に許す気になれない自分が、歯がゆいのだ。 矛盾しているが、シンジはユイを許したくないのかもしれない。そして、やはり許したいのかもしれない。答えは誰にもわからない。 「・・・・あ、あのね、シンジ」 シンジは振り向かなかった。 「・・・・・・・・・今はまだ無理だけど、きっと、きっと全てを話すわ。だから、今はお願い・・・」 ユイの言葉を背に、シンジは司令室を出た。 なんだか、その背中が少し大きくなったように、誰かによく似ているようにユイには見えた。 ここでないどこか。 ネルフのケージのような施設内で、一台の巨大な物体が整備を受けていた。 全体的な形はトカゲのようだが、頭から一対の角が後方に伸び、背中に生える、まるで悪魔のような金属製の翼が、それがトカゲではないことを雄弁に物語っている。 どっちかというなら、神の敵対者である、竜と言った方が良いだろう。 竜。 そう、まさにそれは竜と呼ぶしかない代物だった。 かすかに紫色の燐光を発している、人間の手のように親指と他の指が向き合った腕、長く伸びた巨大な、それでいてしなやかな尻尾、凶悪な見るものを威圧せずにはおれない紅い瞳。そして背骨が背中を突き破ったように、背中の真ん中から真っ直ぐ伸びた、身長ほどもある巨大な角。 その黒い物体・・・ゾイドを見ながら、1人の人間がニヤリと笑った。おかしくて仕方が無いというように邪悪な微笑みで。 「くっくっく・・・。早く、早くしろ・・・。待ちきれない、待ちきれない」 タラップから、その黒いゾイドを見つめる彼に、整備員らしい男が恐る恐るという風に話しかけた。 「現在、生け贄の準備中です。発進準備完了までかなり時間がかかります。待機所でお待ち下さい」 「・・・・・わかってるさ。だがここで良い。ここで僕の愛機の姿を見ていたい。このラシエルの新しい鎧をね。明日中にも、ネルフの連中を八つ裂きにする僕の機体。 く、くっくっく・・・」 困惑した顔をしながら、男が下がるのを横目に、彼はまた愉快そうに笑った。 夜を伴った嵐が、第三新東京市に起ころうとしている・・・・。 破壊という名の、暴虐の嵐が。 Bパートに続く |