これは、新世紀エヴァンゲリオンのもう1つの局面を描いた物語。
ひょっとしたら有り得たかもしれない、もう1つの物語。
==================================================================
新世紀エヴァンゲリオン外伝
『邂逅』
第九話「他人の干渉 −中編− 」
==================================================================
*
「目標を確認、最大投影です」
青葉がそう言うと、モニターに使徒の映像が投影された。巨大な翼を広
げた、光輝く鳥のような使徒が大気圏外を飛んでいた。
「衛星軌道から動きませんね」
「ここからは一定距離を保っています」
青葉の報告に、ミサトは少し顔をしかめた。
「てことは、降下接近の機会を伺っているのか、その必要もなくここを破
壊できるのか…」
「こりゃ迂闊に動けませんね」
日向が言った。
「どのみち、向こうがこっちの射程距離に入らないとどうにも出来ないわ。
エヴァに衛星軌道の敵は迎撃出来ないもの」
ミサトはレイに出撃命令を出した。
「零号機発進、超長距離射撃用意!弐号機は零号機のバックアップ!」
『バックアップ?私が?零号機の?』
スピーカーを通して、アスカの声が聞こえた。
「そうよ。後方に回って」
『冗談じゃないわ。エヴァ弐号機発進します!』
バシュッ!弐号機を乗せたカタパルトは、凄まじい勢いでリニアレール
を上っていった。
「アスカ!」
リツコが叫んだ。
「いいわ。先行してやらせましょう」
「葛城さん!」
日向の抗議の声にも、ミサトは動じない。
「ここで駄目なら、アスカもこれまでということね」
「ラストチャンス、ですか?」
不安げにマヤは問い掛けた。リツコはミサトの方をチラッと見た。ミサ
トもリツコを見返した。
「弐号機パイロットの変換、考えとくわよ」
リツコはマヤに言ったつもりだが、わざとミサトにも聞こえるようにや
や大き目の声で言った。
(アスカ……しっかりね)
祈るような気持ちで、ミサトはメインスクリーンを睨んだ。
*
弐号機が射出されると、程なくしてポジトロン20Xライフルも射出さ
れた。アスカは慎重にそれを掴むと、右肩のパーツを外し、ライフルを肩
に固定した。
「これを失敗したら、多分弐号機を降ろされる。ミスは許されないわよ、
アスカ」
そう自分に言い聞かせ、アスカはバイザーを下ろした。弐号機の後方で
は零号機が待機していた。
「目標、今だ射程距離外です」
青葉は慎重に使徒と弐号機の距離を測定した。使徒はまだ射程距離外を
飛んでいる。じわじわと弐号機との距離を狭めているが、この距離ではラ
イフルを撃った所でかすりさえしない。アスカは段々と苛立ちを募らせて
いた。
『もう、さっさと来なさいよ!じれったいわね』
「アスカ、落ち着いて。目標は少しずつ接近してきてるから」
『…分かったわ』
ミサトの言葉に、アスカは気合いを入れ直した。ミサトは青葉に後どれ
ぐらいで射程距離内に入るか尋ねた。使徒がライフルの射程距離内に入る
まで、およそ2分26秒。
(長いわね…弐号機を少し接近させた方がいいかしら)
ミサトはリツコの方をチラッと見た。リツコはミサトの考えをすぐに読
み取り、マヤに向かってこう言った。
「弐号機のシンクロ率は?」
「安定しています。それほど高い数値とは言えませんが」
(今のうちに移動させておいた方がいいか…)
そう判断したミサトは、アスカに移動の指示を出した。弐号機は特に問
題無く移動を完了した。
その時だった。
大気圏外から伸びる光の帯が、弐号機を包み込んだのは。
途端に警報が鳴り響く。
「敵の視光線兵器!?」
ミサトが叫んだ。
「いえ、熱エネルギー反応無し!」
「心理グラフが乱れています!精神汚染が始まります!」
「何ですって!?」
驚き叫び、ミサトは心理グラフに目をやった。モニターの心理グラフが、
目茶苦茶に歪んでいた。
「使徒が心理攻撃…まさか、使徒に人の心が理解出来るの!?」
リツコは驚愕の声を上げた。
『こんちくしょうぉぉぉぉ!!』
半ばヤケクソ気味に、弐号機のポジトロンライフルから光弾が撃ち出さ
れていく。だが、射程距離外の上にATフィールドに全て逸らされてしま
った。他の光弾は街を、山を削り、爆発四散していく。
「弐号機、ライフル残弾ゼロ!」
青葉が言った。
「アスカ、落ち着いて!」
『いやああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』
ミサトの指示をも遮る程のアスカの絶叫が、発令所に木魂した。
「光線の分析は!?」ミサトは日向に問うた。
「可視波長のエネルギー波です!ATフィールドに近い物ですが、詳細は
不明です!」
日向の悲鳴じみた報告の声。
「アスカは!?」
「危険です!精神汚染、Yに突入しました!」
リツコはモニターに目を移した。モニターでは弐号機が頭を抱えてのた
うちまわっていた。
『私の、私の中に入ってこないで!痛い!あ……ぐ……っ!!』
スピーカーを通して、アスカの悲鳴が聞こえた。
「リツコ、どういうことよこれ!?」
ミサトはリツコの方を振り向いた。
「使徒が放つあの光が、精神汚染を誘発させてるのよ」
「使徒がアスカの精神を侵食してるっていうの!?」
そんな馬鹿なといった表情のミサト。その時、アスカの絶叫が再び発令
所に響き渡った。
『私の心まで覗かないで!お願いだからこれ以上心を犯さないで!』
「アスカ!」
「心理グラフ限界!」
光モニターの心理グラフは、今は目茶苦茶な反応を示していた。
「精神回路がずたずたにされている。これ以上の過負荷は危険だわ。
ミサト!」
「分かってる!アスカ、戻って!」
『嫌よ!』
断固とした拒絶の声。
「命令よ!アスカ、撤退しなさい!」
『いや、絶対嫌!今ここで逃げるなら死んだ方がマシだわ!』
「アスカ!」
ミサトは絶望に近い思いでアスカの名を叫んだ。すでに弐号機は、アス
カの侵食された精神を表すかのように、異様な動きを見せ始めていた。
ミサトは零号機による狙撃指示を出した。
「しかしこの距離では!」
「とにかく撃って!」
日向の反論を退け、ミサトは零号機に射撃命令を出した。だが、射程距
離外の上に零号機のライフルは弐号機のものより威力が劣っていた。日向
の予想した通り、ATフィールドによって光弾は遮られてしまった。
「弐号機、心理シグナル微弱!」
「LCLの精神防壁は?」
「駄目です!触媒の効果もありません!」
「生命維持を最優先!エヴァからの逆流を防いで!」
「はい!」
リツコはミサトの方を見た。ミサトはモニターを睨みながら、必死で考
えを巡らせているようだった。
(よりにもよって、精神を侵食する使徒だなんて……くそ!)
ミサトは椅子に拳を叩き付けた。そしてすぐさま、司令席を振り仰いだ。
「碇司令、初号機の発進許可をください」
「どうするつもりだ?」
「零号機を弐号機救出に向かわせます。あの光線は心理攻撃を伴うことか
ら、おそらく2つ以上の目標には効果がないと思われます。零号機が使
徒を撹乱している間に初号機がライフルを回収、弾丸を装填して狙撃さ
せます」
「駄目だ」
「碇司令、お願いします!」
リツコもゲンドウを仰いだ。だが、ゲンドウは断固として発進許可を出
さなかった。その時、シンジから無線が入った。
『僕が初号機で出ます!』
「駄目だ。今、初号機を侵食される事態は避けねばならん」
『だったら、やられなきゃいいんでしょ!?』
「その保証は無い」
ゲンドウは一歩も譲らなかった。
「しかし碇、このままではパイロットが死ぬぞ!」
冬月も抗議の声を上げた。
その時、断末魔の如きアスカの絶叫が発令所に響き渡った。
『汚された……私の心が……
加持さん……汚されちゃった…どうしよう、汚されちゃったよぉ………』
鳴咽するアスカ。次の瞬間、弐号機はその活動を停止した。
「弐号機活動停止!生命維持に問題発生!」
「パイロット、危険域に入ります!」
“EMERGENCY” のパネルが一斉に赤く染まり、弐号機及びアスカの非常
事態を告げた。
「碇司令、お願いです!」
『父さん!』
もはや怒声に近い声でシンジとミサトは叫んだ。だが、ゲンドウの声は
落ち着いたものであった。
「レイ、ドグマを降りて槍を使え」
「な……ロンギヌスの槍をか!?」
「ATフィールドの届かぬ衛星軌道の目標を倒すにはそれしかない。
急げ!」
『了解』
淡々とした口調のレイ。モニターでは、リニアレールに回収されていく
零号機が映し出されていた。ミサトは唇を噛んだ。
「碇司令、アダムとエヴァの接触はサードインパクトを引き起こす可能性
があります。あまりに危険です、やめてください!」
ゲンドウから返事はなかった。ミサトは目を逸らし、苦い顔をした。
(嘘ね…欺瞞なのね。セカンドインパクトは使徒の接触が原因ではないのね)
*
『もう嫌!もう嫌!』
泣きじゃくるアスカの声が、スピーカーを通して発令所に流れた。
「日向君、スピーカー切って!代わりにこっちのヘッドフォンに回して!」
「は、はい!」
ミサトが手に取っていたヘッドフォンから、アスカの鳴咽が聞こえてきた。
『シンジも助けてくれない、ミサトも助けてくれない、ママも助けてくれ
ない…… 誰も私を助けてくれない。
私なんて、助ける価値がないからよ!私なんて……私なんて……!』
アスカは頭を抱えて絶叫した。ミサトは奥歯を噛み、苦い顔をした。
「アスカ、大丈夫よ!すぐにレイが助けに行くから!」
『……ファースト』
「ええ!すぐに助けるから!」
そう言って、ミサトは日向の方を振り向いた。
「レイは!?」
「アダムの前に到着しました。しかし葛城さん…」
日向は小声で問い掛けた。
「分かってる……サードインパクトは起きないのよ、エヴァとアダムの
接触では……」
「そんな…じゃあ、セカンドインパクトは…」
ミサトは答えなかった。答えられなかった。
(セカンドインパクトの原因は……何?)
その言葉が、ミサトの中で渦を巻いていた。
「碇、まだ早いのではないか?」
冬月はゲンドウに耳打ちした。
「委員会はエヴァシリーズの量産に着手した。チャンスだ、冬月」
「しかし、なあ…」
「時計の針は元には戻らない。だが、自らの手で進めることは出来る……」
「老人達が黙っていないぞ」
「ゼーレが動く前に全て済まさねばならん……
今、弐号機を失うのは得策ではない」
「散々見捨てておいて、よくそんなことが言えるな」
吐き捨てるように冬月は言った。
「どうせフィフスが見つかれば、彼女を弐号機から降ろす気だろう?」
「使えぬパイロットに用はない……弐号機のパイロット等、代わりはいく
らでもいる。
弐号機は我々の最終防衛線になってもらわねばならん。その為にも、
弐号機には健在でいてもらわねば困る」
「かといって、ロンギヌスの槍をゼーレの許可なく使うのは面倒だぞ」
腹を括ったような冬月の表情。
「理由は存在すればいい……それ以上の意味はないよ」
「理由?お前が欲しいのは、口実だろ?」
呆れたような口調で冬月はモニターに目を戻した。
「弐号機パイロットの脳波、0.06に低下!」
「生命維持、限界点です!」
オペレーターの声が聞こえた。
*
「綾波、何してるんだ!早くしないとアスカが…っ!」
インダクションレバーを握る手に力がこもる。とうとうシンジは痺れを
切らした。
「ミサトさん、発進します!」
初号機は力ずくでケイジの拘束を破壊し、リニアレールから一気に発進
した。ミサトは敢えて止めようとはしなかった。
『零号機、2番を通過。地上に出ます!』
ゆっくりと地上に姿を現わす零号機。その手には、零号機の体長の2倍
はある、二又の紅蓮の槍が握られていた。
「あれがロンギヌスの槍…」
ミサトは呟いた。発令所では、投擲のカウントダウンが始まっていた。
ちょうどその時、重い警報と共に発射口が開き、初号機がその姿を現わし
た。
だがそれと同時に、零号機の放ったロンギヌスの槍が天空を貫いていた。
紅蓮の槍は投擲の瞬間、一気に変形して1本の棒状になり、あっという間
に大気圏を離脱し使徒と肉薄した。だが使徒と接触する寸前、槍はパァッ
と開くATフィールドの干渉波に押し戻された……かのように見えた。
推進力を失ったはずの槍は捻じ込むように自らをフィールドの中に押し
込んでいく。ガバッと柄の部分が開き、その部分からロケットブースター
のように加速をつけ、一気にフィールドを貫いた。
一瞬の攻防の後、使徒は槍に射抜かれ、文字通り霧散していった。途端
に光の帯が消え、弐号機は解放された。
「ロンギヌスの槍は!?」
「第1宇宙速度を突破、現在月軌道に移行しています」
冬月の問い掛けに、日向が応えた。回収は不可能に近いなと、冬月は諦
め顔を見せた。
「弐号機パイロットは?」
「パイロットの生存を確認。汚染による防壁隔離は解除されています」
冬月は安堵の溜息をついたが、ミサトの辛そうな顔を見て、自分もまた
辛い顔をした。
「葛城三佐」
これはゲンドウの言葉。
「後で執務室まで来たまえ」
「碇」
咎めるような冬月の声。ミサトはただ、はいと返事をするしかなかった。
「アスカ!」
倒れ掛かった弐号機を支え、シンジは通信を開いた。だが、弐号機側が
回線を閉ざしていた為、モニターに表示されたのはノイズだけだった。
『シンジ君、弐号機のプラグを排出するから受け取って!』
ガゴンッという重い音と共に弐号機のプラグが排出された。初号機はプ
ラグを慎重に掴むと、ビルの屋上に静かに置いた。初号機をその場に待機
させ、シンジもビルの屋上に降り立った。シンジが初号機を出た時、アス
カもまた自力でプラグから這い出していた。
回収される弐号機を前に、アスカはただうずくまっていた。
「よかったね……アスカ」
シンジは安堵感からそう口にした。その返事は、怒号だった。
「ちっともよくないわよ!よりによって、あの女に助けられるなんて…あ
んな女に助けられるなんて…そんなことなら死んだ方がマシだったわよ!」
あまりの剣幕にシンジは言葉を失った。
「嫌い、嫌い!皆嫌い、大キライ!!」
==================================================================
★淵野明(t-ak@kcn.or.jp)★