これは、新世紀エヴァンゲリオンのもう1つの局面を描いた物語。
ひょっとしたら有り得たかもしれない、もう1つの物語。
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新世紀エヴァンゲリオン外伝
『邂逅』
第七話「絆 −後編− 」
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*
暗闇に伸びる一筋の光。
「君か…」
「御無沙汰です。外の見張りには眠ってもらいました」
男…加持は冬月に駆け寄り、彼の拘束を解いた。
「この行動は君の命取りになるぞ」
「真実に近付きたいだけなんです、僕の中のね。さあ、こちらです」
加持は冬月を連れて廊下に出た。周囲を警戒し、廊下を渡る。
「それにアダムのサンプルを横流ししたことがばれそうなんでね。自己保
身も兼ねてですよ。それと……」
加持は冬月の方を振り向かずに言った。
「副司令に、お願いしたいことがありまして」
「私にか?」
「はい。碇司令には内緒にして頂きたいことなのですが…」
「言ってみなさい」
「大阪にいる、彼女のことです」
彼女……と反復し、冬月ははっとなった。
「まさか、軍にいたあの子か?名は確か…」
「霧島マナ。今は山南ユキと名を変えています」
「生きていたのか…」
「僕の死後、彼女のことをよろしくお願いします」
「葛城君では駄目なのかね?」
「葛城には、これ以上負担はかけさせられません。お願いします」
「……分かった。だが、どうすればいい?」
加持は足を止め、冬月の方を振り向いた。
「彼女のやりたいように、やらせてあげてほしいんです」
「難しい注文だな。彼女ははっきりいって邪魔な存在だ。碇も老人も黙っ
てはいないぞ」
冬月は苦笑した。
地上に出た所で、加持は冬月に別れを告げた。
「最初に言っておくが、もし彼女が我々と関わるようなことになったら、
彼女の身が危険に晒されることになるぞ」
「そうでしょうね。出来ればそういう情報を、彼女に提供してあげてほし
いんです。彼女が正しい決断を下せるように、副司令には彼女を支援し
て頂きたいんです」
「なるほどな……これも、自己保身の為か?」
冬月の言葉に加持は自嘲気味な笑みを浮かべ、背を向けた。
「…罪滅ぼし、といったところですね。僕が言うのもなんですが……彼女
には、出来れば後悔のない人生を歩んでほしいんですよ。僕達の二の舞
だけは……。それでは」
そう言い残すと、加持は闇の中に消えていった。後には、冬月だけが残
された。
罪滅ぼし……加持の言葉を、冬月は繰り返した。
「罪滅ぼしをせねばならんのは私の方だ。なあ、ユイ君」
冬月は物憂げに空を見上げた。太陽はもうかなり傾いていた。
ゴォォォ……
巨大な換気扇の前に立つ、加持。誰かを待っている様子で明後日の方向
を向いている。不意に、コツコツという足音がして顔を向けた。
「よう、遅かったじゃないか」
響き渡る1発の銃声。
加持は抗うことも出来ず、胸元を押さえその場にくず折れた。目の前に
いる、白衣の女性。手には銃が握られていた。
「……やはり君だったか」
女性…赤木リツコは加持の側に屈んだ。血の海に沈む加持を、リツコは
為す術もなく見詰めていた。
「君の手で殺されるなら本望だ……他の奴の手にかかって死ぬよりはいい」
「馬鹿……ミサトが黙っちゃいないわよ」
リツコは何かを耐えるように唇を強く噛んだ。
「碇司令も姑息な手を使う……君が相手じゃ、俺は手も足も出ないからな」
加持はリツコの頬に手を当て優しく撫でた。一瞬フッと微笑み、加持の
手は床に力なく落ちた。しばしの間、リツコは血の海に沈む加持を無言で
見詰めていたが、立ち上がり懐から携帯電話を取り出した。
「只今任務を完了しました………はい………処理班を郊外へ……はい、
お願いします」
まるで感情のないような淡々とした口調で用件だけ話し、さっさと携帯
を切った。
リツコは踵を返し、その場を後にした。
決して振り返ることなく。
*
「御協力感謝します」
「…もういいの?」
ミサトは意外そうな表情を、黒服の諜報部員に向けた。
「はい。問題は解決しました」
そう……と言い、ミサトは諜報部員の差し出した自分のIDカードと銃
を手に取った。
「彼は?」
「存じません」
淡々とした口調で言い、黒服の男は立ち去った。ミサトは、疲れた表情
でその場に立ち尽くしていた。
とりあえず発令所に戻ろう。皆、心配してるかもしれない。ミサトは、
第2発令所へと足を進めた。発令所に行くと、日向や青葉、マヤの姿があ
った。ミサトが入ってくると、全員一斉にミサトの方を振り向いた。
「葛城さん!」
「一体どうしたんですか、今まで」
「う〜ん、ちょっちね」
「皆心配してたんですよ」
ミサトは謝罪し、自分が諜報部に疑われていたことを簡単に説明した。
だが、加持のことは隠した。一通り話して、リツコの姿がないことに気が
ついた。
「リツコは?」
「出張しました。碇司令から命令が下ったとかで」
その碇ゲンドウの姿も見当たらなかった。
マヤの言葉に、そうとミサトは言った。その時、ドアが開いてリツコが
姿を現わした。
「リツコ」
俯いていたリツコは、はっと顔をあげた。
「ミサト…」
「お仕事御苦労様。今度は何処行ってたの?」
何も知らないミサトは、リツコに労いの言葉をかけた。
「……ちょっと松代までね。ミサト、疑いは晴れたの?」
「ええ、まあね…」
リツコに言っているのだろうが、リツコに向けられた目が、上の空であ
ることを如実に語っていた。
「顔色悪いわよ。今日はもう休んだら?」
「そうはいかないわ。まだ報告書だって残ってるし」
「僕が代わりに書いときますよ」
日向が言ったが、ミサトは少し顔をしかめた。
「そういうわけには……」
「皆、あなたのことを心配してたのよ。その気持ち、素直に受け取ってお
きなさい」
リツコはミサトの肩をぽんと叩き、微笑んだ。ミサトも微笑みかえすが、
お互いその表情は疲れきっていた。ミサトは皆の好意に甘えることにした。
*
「着いたよ」
司の声に、ユキははっと目を覚ました。
河内山本駅から服部川駅まで、単線が伸びている。駅も服部川と信貴山
口の2駅しかなく、大阪とは思えぬ田舎くささを醸し出している。山本か
ら服部川まで5分もかからないが、よっぽど疲れていたのか、さっきから
ユキはうとうとばかりしていた。その間、ずっと司の身体を借りていた。
司もまた、それを拒絶はしなかった。
「大丈夫?」
「うん……ありがと」
「司、さっさと来なさいよ。ユキも何時までも寝てんじゃないの!」
恵子に罵声に近い勢いでいきなりまくしたてられ、司は唖然とした。
ユキは目を擦り、司の手を借りて立ち上がった。他の仲間もぞろぞろと
降りていく。空は晴れ渡り、星が輝いていた。時間は10時を回っていた。
「ほら、司、行くわよ」
恵子は時間が遅いことを述べ、司とユキを急がせた。途中で他の友達と
別れ、何時ものように3人だけで夜道を歩いていた。その間、3人は何も
話さなかった。
「じゃあ、さよなら……今日は、本当にありがとう」
団地の前でユキは司達に別れを告げた。司はおやすみと言ったが、恵子
は何も言わなかった。
「恵子、じゃあね」
恵子はやはり何も言わなかった。ユキは団地の方に走っていった。
「ほら、早く行くわよ」
ユキが行くのを待っていたように、恵子は司を促し歩きはじめたが、司
は団地の方を向いたまま立ち尽くしていた。恵子は苛立ち、司の腕を思い
っきり引っ張った。
「ボーッしてんじゃないの!」
「いたたたた!な、何だよ!」
「何時だと思ってんのよ!親が心配してるわよ!」
「お前、何そんなに怒ってんだよ!?」
「誰が怒ってるって!?」
「お前だお前!さっきから様子が変だぞ!」
司は無理矢理腕を解き、恵子を睨み付けた。だが普段なら立て続けに言
葉をぶつけてくる恵子が、俯いて黙り込んでしまったので、心配になった
司は恵子の顔を覗き込んだ。
「……どうしてん、何か、あったんか?」
そこで、司は言葉を呑んだ。
泣いていた。恵子が。唇を強く噛み、両手は色を失うほど強い力で拳が
握られ、目には涙がいっぱい溜まっていた。恵子とは幼馴染だが、恵子が
泣く姿を司は初めて見た。
「おい……どうしてん?」
司は恵子の肩に手をかけ、身体を揺す振った。恵子はその手を払い除け、
司と目も合わさず駆け出していった。
「恵子!?」
司は叫んだが、恵子の姿は夜闇に紛れ、消えていった。
司はただ1人、闇の中に取り残された。
*
「ただいま…」
「あ、お帰りなさい」
自宅に帰ると、ぱたぱたとシンジが奥から出てきた。
「ミサトさん、今日はどうしたんですか?ハーモニクステストの時姿が見
当たらなかったから、後で探しにいったんですけど……」
「ちょっちね…」
ミサトは困ったようにシンジから目を逸らした、その表情には、疲労の
色が濃い。ミサトは台所に行くと、どかっと椅子に腰を下ろした。
「今お味噌汁温めますから、少し待ってて下さいね」
「あ、いいわ別に。今日は外で食べてきたから」
そこで、会話は途切れた。シンジはミサトの普段と違う様子に、戸惑い
を覚えていた。どうすればいいのか分からず、その場に立ち尽くした。
「シンジ君」
沈黙を破ったのはミサトだった。
「は、はい」
「今日はもう休んで。明日もテストあるから、夜更かしは禁物よ」
ミサトは努めて明るい声でそう言った。
「はい…じゃあ、お休みなさい」
「お休み」
シンジが部屋に入った後、ミサトはテーブルに置かれた電話の横で手を
組み、祈るような表情でじっとしていた。何かを待っているように。
しばらくして閉じていた目を開いた時、ミサトははっとなった。
電話に、留守番電話に何かが記録されていることに気付いた。ミサトは
再生ボタンを押した。その指先は、微かに震えていた。ピーッという音と
共に、聞きなれた声が聞こえてきた。それは加持の物だった。
『葛城、俺だ。多分この話を聞いてる頃は、君に多大な迷惑をかけた後だ
と思う。すまない。リッちゃんにもすまないと謝っておいてくれ。
迷惑ついでに、俺の育てた花に水をやってくれないか。場所はシンジ君
が知っている』
ミサトは辛そうにゆっくりとかぶりを振った。加持の言葉は続く。
『葛城、真実は君と共にある。迷わず進んでくれ。
もし、もう1度会えることがあったら………8年前に言えなかった言葉
を言うよ………じゃあ』
ぽつ…ぽつ…。テーブルに広がる、水滴。
「馬鹿……あんた、ほんとに馬鹿よ……」
ミサトは絞り出すように、喉元から声を出した。ガシャン…テーブルが
揺れ、コップが倒れた。台所の異変に気付き、シンジは自室からそっと台
所を覗いた。そこにある、信じられない光景に彼は思わず目を背け、ベッ
ドに横になり枕で頭を覆った。
ミサトは、溢れる涙を止める術を持たなかった。
*
誰もいない公園のベンチに、恵子は座っていた。人がいないと分かって
いても、口元を押さえ、うずくまって声を殺して泣いていた。
「何で……何でこんなに………涙ばっか……出てくんのよ……」
本当は声をあげて泣きたかった。だが、何かがそれを思いとどまらせて
いた。それが何なのか、恵子には分からなかった。そもそも、自分が何故
こんなに悲しいのかすら、分からなかった。ただ分かっているのは、浜辺
で司とユキが抱き合っていたのを見てから、自分の中で何かがわだかまっ
ているということだけだった。
「恵子?」
突然名前を呼ばれて、恵子ははっと顔をあげた。
恵子の前に、黒いジャケットを着たひょろっと背の高い男が立っていた。
恵子の兄・真也だ。
「どうしてん、こんなところで。遅いから迎えにいこうと…」
そう声をかけるより早く、恵子は真也の胸に飛び込んでいた。そして、
張り詰めていた物が切れたように、恵子は夜のしじまを破るほどの大声で
泣き始めた。理由の分からぬ涙が恵子の瞳から溢れ、真也の胸を濡らした。
*
ユキはシャワーを浴びて、パジャマに着替えるとベッドに横になった。
疲れているのですぐに寝たいところだが、色々考えることがあってなかな
か眠れなかった。
ふと、枕元の写真立てに目をやった。
「今日ね、井波君に告白されたの。まさか、あんな形で告白されると思わ
なかったから、驚いちゃった。
井波君はね、とってもいい人だと思うの。優しくて……」
ユキは写真立てを取って眺めた。
「私、彼の気持ちに答えたい……シンジはどう思う?」
写真の中の少年は何も答えない。
ぽつ、ぽつと、ユキの涙が写真立てに零れ落ちた。
「シンジのこと、好きだった。それは嘘じゃない。“霧島マナ”の、あの
時の、あの気持ちは本当だったから……」
写真の中の3人の少年…シンジ、ムサシ、ケイタは何も言わず、ただ
ユキ……マナを見詰めていた。
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<後書き>
ども、淵野明です。『邂逅』第六・七話、お届けいたします。
今回の見所は、前編の司&ユキ(マナ)のラブラブシーンです。かなり
苦労しましたが、描写が上手くいったかどうか……。第六・七話の特徴と
して、女性が泣きすぎるぐらい泣いてます……知らぬは男ばかりか?あと、
加持さんを殺した人物に対する見解ですが……私と友人との話の中で、最
も自然(?)と思われる人物を抜擢しました(本文参照)。リッちゃんフ
ァンの方、申し訳有りません(私も彼女は好きです…理知的で)
少しお知らせ。以下の3つのHPはエヴァのHPですが“鋼鉄のガール
フレンド”の話も出来る数少ないHPです。皆さんも是非、足を運んで見
てください。アドレスは1998年3月現在の物なので、もし繋がらない場合
は、私の元までメールでお気軽に御連絡下さい。
guchiさんのHPにはマナのイラストや起動ロゴ、リンクには『邂逅』の
ある私の部屋に直接飛べる場所があります。私が常駐しているのもこのH
Pで、掲示板で色々と意見交換等をしています。足を運んだ際には、気軽
に掲示板に書き込みなどして下さい(^_^)
「guchiさんのページ」 http://www1.mahoroba.ne.jp/~guchi119/mana/index.html
“四国の参愚者”のHPの一角にある霧島部屋にはイラスト、エヴァの
小説、リレー小説等があります。小説は多数あり、マナ物もあります。
「霧島部屋」(四国の参愚者) http://www2.inforyoma.or.jp/~uraniwa/mana/mana.htm
「輪廻館」クニさんという方のHPです。オリジナルキャラクター中心
ですが、マナのいる部屋があります。クニさんはguchiさんのHPに常駐し
ている方で、掲示板にもよく書き込みをしています。かなり凝ったHPで、
楽しい所です(でもHP作りは初めてなので、多くの方の意見を求めてい
るようです)
映写室(ビジュアルノベル)も作られるようで、今後が楽しみなHPで
す(しかも、第一号がこの『邂逅』だなんて……クニさん、ありがとうご
ざいます&頑張って下さいね)
「輪廻館」 http://home4.highway.ne.jp/~velvet2/
ちょっと今回は後書きが長くなってしまいました。
今回で第一部が終了。次回第二部・第八話でまたお会いしましょう。
★淵野明(t-ak@kcn.or.jp)★