続・黒猫天使(その2)
原作者:DARU
作 者:齋藤秀幸
僕が後片付けをしている間にアスカは先に学校へ行ってしまった。
ミサトさんも、ちょっと驚いていたみたい。
勿論、僕だって・・・・・・まさか、先に行ってしまうなんて・・・
・・・・・・最近はいつも一緒に行っているのに。・・・・・・
でも、ほんの少しほっとした。やっぱり、なんだか恥ずかしくて顔を合わせたくなかった。
・
僕が学校に着くと、アスカは教室の前の方で、洞木さんやクラスの他の女の子達と話をしていて、結構盛り上がっていたみたいだ。
僕はいつものように、トウジやケンスケのところに向かった。
「なんやセンセ、今日は惣流と一緒やないんか?」
「うん・・・アスカのやつ、先に学校行っちゃったんだ。」
「なんや、昨日の喧嘩、まだ続いとんのか? ほんま、好っきゃなあ、お前ら。」
「な、なにがさ・・・?」
「喧嘩や喧嘩。 夫婦喧嘩や。」
「そうそう。喧嘩するほど仲がいいってね。」
僕は再び、アスカに視線を向けた。
「なんや、口も利かんのか・・・今日は・・・」
「・・・・・・・・・」
「まぁ、昼んなれば、惣流もセンセの弁当食って、機嫌ようなるにちゃぁないわ。」
「うん・・・」
「なんや、えらい素直やなぁ。」
僕の耳には、トウジの声はあまり入って来なかった・・・・・・。
「・・・なあ、センセ。惣流のやつ、今朝もまぁた、3年の男に言い寄られたらしいで。」
「・・・・・・えっ?」
「いやな、イインチョなんかと、でかい声で話とったから聞こえたんや、別に聞き耳を立ててたわけやぁない。 なぁ、ケンスケ?」
「あぁ。・・・3回目らしいぜ。その男が惣流にアタックしたのは。」
「それで!?」
「センセ? 気になるんか?」
「うん。」
「センセ? どないしたんや?・・・今日のセンセは、なんかいつもと違うわ・・・そんなにヤバい喧嘩になっとんのか?」
「シンジ?・・・一体どうしたんだよ?」
「別に、何でもないよ。」
「じゃあ、なんでそんなに惣流の事を気にするんだよ? いつもは『そんなの関係ない』とか言ってるくせに。今のシンジは『僕は惣流が気になって仕方ありません』って顔に描いてあるぜ。」
「そんな・・・・・・ただ・・・」
「ただ?」
「いや・・・・・・別に、大したことは・・・」
「じゃぁ、大したことは無いけど、ちょっとした事はあるんだ?」
「・・・まぁ・・・・・・」
「ま、話したくなきゃ、別にいいんだぜ。」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・いや、悪かったな、シンジ。 気にすんなよ。」
「いや、別にそんな・・・・・・・・・・・・あの、後で話すよ・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「そや。・・・後でな。 な、ケンスケ。」
「そうだな、後で。・・・・・・・・・・・・ところでさ・・・」
ケンスケは気を利かせてか、新しく買ったゲームソフトの話を始めた。
僕はその話に耳を傾けたけれども、あまりにマニアックでよく解らなかった。
僕もゲームは好きだけど、戦略シミュレーションゲームは苦手だ。
トウジも、その手はダメみたい。
ケンスケは最近、そんなのばっかり買っている。
予鈴が鳴っても、誰も自分の席に着かない。
綾波はいつの間にか登校していて、自分の席で分厚い本を読んでいる。
いつもと変わらない。
本鈴が鳴って担任の先生が来ると、みんなワラワラと自分の席に着いた。
先生は相変わらず怒りもせずに、みんなが席に着くのを待っている。
「シンジ、おはよ。」
「っ?・・・お、おはよう。・・・い、言わなかったっけ?・・・」
「言ってない。」
アスカは、僕の顔を覗き込む様にして声を掛けて来てから、自分の席に着いた。
僕は学校に着いてからずっと、アスカに無視されていたような気がしていたので、ちょっと驚いてしまった。
・・・それに、なんか、いい匂いがした。コロンか何かかな?
なんとなく甘いような、でも甘ったるい訳じゃなくて・・・とにかく、鼻をくすぐる、いい匂いだ。
最近のミサトさんの香水は、何かこう鼻にツンと来るんだけど、アスカのは違う・・・
・・・ミサトさんが以前着けていた香水みたいな・・・
でも、違うかな?・・・
・・・アスカの方が、もっとふわっとした、優しい匂いだ。・・・
・・・・・・すごく、いい匂いだ・・・・・・
アスカが風呂上がりに漂わせる、シャンプーや石鹸のいい匂いとは違ういい匂い・・・・・・
僕は、アスカが声を掛けてきた事に対してではなく、アスカの匂いにドキドキしてしまった・・・・・・
・・・そうだ、そういえば、僕は今朝アスカに『おはよう』を言っていたんだ・・・
・
僕の神経は完全に右斜め後ろのアスカに集中してしまって、授業はうわの空だった。
今日は移動教室も無い・・・
休み時間も、トウジとケンスケは気を使ってか、アスカの事には敢えて触れないので、かえってアスカの事が気になってしまった。
・・・でもやっぱり、例の3年生の事だけは聞かずにはいられなかった。でも、トウジとケンスケが耳にした限りでは、そいつはアスカに全く相手にされなかったらい。
・・・それを聞いて、思わずホッとしてしまった・・・・・・
昼休みになると、僕はアスカに弁当を渡してからトウジとケンスケと三人で、校舎裏の駐車場の側の階段に腰を降ろして、弁当を広げた。
トウジは洞木さんの特大弁当。ケンスケは今日は珍しく、おにぎりと、おかずの入ったタッパーを自宅から持って来ている。
「シンジ、惣流のやつ、弁当を渡した時は御機嫌だったじゃないか?」
「そやな、えらいニコニコしとったな。なんか、心配して損した気分や。」
「うん・・・でも、今日は学校でほとんど口を利いてないんだ。」
「そか?・・・そうかも知れんな。」
「うん・・・口を利いたのは、朝『おはよう』と言ったのと、3時間目にボールペンを貸した時だけ。 あと、さっきお弁当を渡した時。」
「・・・で? 何があったんだ?」
「そや、それを聞くために、わざわざこんな所まで来たんや。」
「そうだな、イインチョ振り切るの大変だったもんな、トウジは。」
「ケンスケは黙っとれい!」
僕は、昨日の夕食でアスカが料理を誉めてくれた事、今朝アスカが寝惚けてキッチンに来た事、アスカが今朝のサンドウィッチも誉めてくれた事、わざわざ僕に向かって『ごちそうさま』を言った事、僕を置いてさっさと学校に行ってしまった事を話した。
「・・・で、シンジはそんな惣流が気になる、と。」
「え、別に、そういう訳じゃ・・・・・・」
「ないっちゅうんか、センセ?」
「いや、気にはなるんだけど・・・」
「シンジは惣流が気になる。
つまりそれは、シンジが遂に本気で惣流に惚れたってことじゃないのか?・・・今朝の3年の件といい、今日のシンジを見てると、そうとしか思えないな。トウジもそう思うだろ?」
「そや。そうとしか思えん。今日のセンセは惣流の事、えらい切ない目で見とったで。」
「そんな訳じゃ・・・」
「ないって言うのか? 今日のシンジは惣流の方ばっかり振り返っていたじゃないか。喧嘩をして気にしてるのかと思ったけど、ただシンジは惣流に心を奪われていただけじゃないのか?
それに今の話じゃ、惣流のほうが、先にシンジに気がある素振りを見せた訳だし・・・
それに今日は惣流だって、ちらちらシンジの方を見ていたんだぜ。社会の時間にお前が指された時なんか、じっとお前の事を見つめちゃって・・・だいたい、さっきの惣流だって、すごく嬉しそうな顔をして弁当を受け取っていたじゃないか。いつもは奪い取るようにしてたのに。
・・・どうゆう風の吹き回しだよ? 昨日は派手に喧嘩をしていたくせに。」
「そや、昨日とはえらい違いや。昨日の惣流はめっちゃ機嫌悪かったもんな。さっきセンセが弁当を渡した時の惣流の顔から、昨日の荒れようは想像できんわ。」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「シンジ、いいんだぜ、別に話したくないんなら・・・」
「そ、そんな訳じゃ・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「だって、別に・・・本当に何も・・・・・・さっき言った通りだよ・・・
僕の方が不思議なくらいだ・・・・・・」
「そうか・・・じゃあ、惣流の方に何かあったって事か・・・」
「わかんないよ。」
「・・・・・・」
「・・・」
「ま、しかし、惣流のやつ、センセに怒っとる訳やない事は確かや。」
「そうだな。 むしろ、シンジの事を気にしていると考えるべきだろう。」
「・・・ひょっとして?」
「ひょっとして?!」
「これは?」
「恋!?」
「「いや〜〜んな感じ!!」」
「・・・そんな・・・」
・
「センセはどうなんや? センセは惣流の事、どない思うとるんや?」
「僕は、別に・・・・・・」
「別に?」
「別に、どうも思ってないよ。」
「センセ、ウソはいかん。ウソつきは泥棒の始まりや。」
「うそなんか・・・」
「ウソやないんか?」
「シンジィ? 惣流の事、気にはなるんだろ?」
「そりゃ、気にはなるよ・・・」
「だ・か・ら、それを、好きって言うの!」
「だから、そういう意味じゃ・・・」
「じゃあ、どういう意味で気になるんや?」
「それは・・・・・・」
「「それは?」」
僕は気が動転して頭に血が上ってきてしまった。
「・・・センセ、顔が赤いで。」
「分かったよ、シンジ。 そういう事なんだな。 ま、上手くやれよ!」
「しっかしセンセも物好きやなぁ。」
ケンスケもトウジもニヤついている。
これじゃあ、ミサトさんと一緒じゃないか・・・
「だから、そんなんじゃ無いって!!」
僕はアスカの事を考えて赤くなったんじゃ無いんだ。ケンスケ達が変な事を言うから・・・・・・
「はいはい。」
「センセ、素直んなれや。」
結局、ケンスケとトウジに僕がアスカを好きだと思い込ませるだけに終わってしまった・・・
でも、アスカが僕の方を見ていたなんて・・・
・・・本当かな・・・・・・
・・・・・・アスカ・・・・・・
・
掃除も午後の授業も手に付かずに放課後を迎えると、アスカは洞木さん達女の子何人かと一緒に、さっさと帰ってしまった。
一応、僕に一言、先に帰るとは言ってくれたけど・・・
からかわれるのは分かっていたけど、トウジとケンスケと一緒にゲーセンに寄って、それからスーパーで今夜の食材を買って帰った。
・
「ただいま。」
「シンジ? おかえり。」
襖の向こうからアスカの返事がした。
ダイニングテーブルに買ってきた物をドサッと置くと、テーブルに鉢植えの花があるのに気が付いた。
まさか、アスカが・・・・・・・・・?
「アスカ、この花・・・?」
少し大きな声で、リビングに向かって声を掛けた。
すると、以外にも襖を開けてアスカがリビングから現れた。
「フリージア買ってきたの。綺麗でしょ?」
「うん・・・・・・」
僕は、アスカが買ってきた花を改めて見つめた。
シンプルな鉢に、これまたシンプルだけど存在感のある赤い花が、幾つも咲いている。そろそろ咲き出しそうな蕾もある。
赤い花というのが、アスカらしいと言えば、アスカらしい。
赤と言っても、少し黄色がかった赤だけど・・・
その花は、ハッカのような匂いを微かに漂わせていた。
「ねぇ・・・なんでさ、急に花なんか買ってきたの?」
「買って来ちゃ悪い?」
「悪くなんか・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・ごめん、変な事言って・・・」
「アンタ、アタシに花なんて似合わないとでも、言いたいんでしょ?」
「そんな事ないよ!! 知らないうちに、いきなり花があったから、ちょっと驚いただけだよ! それにこの花、すごく綺麗だし・・・・・・」
アスカは、少しだけ笑みを浮かべた。
「まぁ、いいわ。 洗面所にも買ってきたわよ。ついでにアンタの部屋にもね。」
「えっ? 僕にも?」
アスカが僕に花を買ってきた?!
「そうよ・・・・・・イヤだった?」
「イヤな訳ないよ!・・・ありがとう、アスカ。」
「お礼は花を見てから言いなさいよ。」
「うん。」
僕は急いで自分の部屋に向かった。アスカも後ろからついてきた。
部屋の明かりを点けると、部屋の奥の棚に花はあった。
青々とした葉っぱから、今度は本当に真っ赤な花が3つほど顔を出している。
「わぁ。」
僕は鉢に近づいた。
「バラみたいな香りでしょ?」
「え?・・・うん。」
僕はバラの香りなんて、まともに嗅いだ事なんか無いけど、バラの香りと言われて、何となく納得した。
・・・・・・いい匂いだ・・・・・・
「ローズ・ゼラニウムって言うの。気に入った?」
「うん。」
僕は少し照れながら、アスカの方を振り返った。
でも、自然に笑顔が出てきた。
「アスカ、どうもありがとう。」
アスカも照れくさそうに笑うと、すぐに僕の部屋を出ていった。
僕は、アスカのこんな顔を初めて見た・・・・・・
しばらくの間、僕はだらしなく自分の頬をゆるめたままだった。
・
・
<続・黒猫天使(その3)へつづく>
作者コメント:黒猫天使のオカゲで素直になってきたアスカに、シンジはもう・・・
・・・イヤ〜んな感じに。(笑)
May 22,1997
原作者より:私もかなり・・・イヤ〜んな感じに(笑)(<って前回と同じやん!)
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