METAL BEAST NEON GENESIS
機獣新世紀 エヴァンゾイド 第7話Cパート 「 World Gratest Show ! 」
作者.アラン・スミシー
まさに絶体絶命の危機。 マッドサンダーは半死半生で大地に横たわり、今まさにトドメの一撃をくらわんとしていた。 そしてナオコが望みを絶たれ、絶望にうなだれたとき。 防護服に身を包んだリツコが現れた。。 果たしてリツコの言う、「こんな事もあろうかと!」とは? ベキッ!グシャッ!メキッ!ビキビキッ! 唐突に天井からそんな音が聞こえてきた。銀紙を奥歯で噛み締めたときのように嫌な音が。 そんな不愉快な音が自分の真上からしたことで、ハッとした目で天井を見るデスザウラー。 見た瞬間、大嫌いな蜘蛛を見つけた子供のように体が一瞬硬直した。 デスザウラーの視線とちょこんと突き出た二つの小さな目が見つめ合う。 そしてからかうように細長い触角が揺れている。 天井には無理矢理こじ開けられたらしいかなり大きな、直径10mほどの穴が開いており、そこから深紅のハサミを持った巨大な箱・・・。 もとい銀の装甲と赤いハサミと砲を持つ海の重戦車、シーパンツァーが顔をのぞかせていた。 いつでも撃てますよとばかりに、背負ったビーム砲の狙いをデスザウラーの脳天に合わせ、ミサイルポッドの扉を完全に開いた状態で。 「ガアッ!?」 「悪いな、アスカ! 一対一の戦いに割り込んで!」 プラグ内部でケンスケがトリガーを押したと同時に、シーパンツァーの触角がぴくんと動き、ビーム砲が唸りをあげた。 ビームが目と目の間に直撃し、ミサイルが上半身に降り注ぐ!至近距離すぎたこともあり、かわすこともできずデスザウラーの頭部から胸部にかけてが炎に包まれた。 「ぐぎゃあああああっ!!!」 いくら厳重にシールドされていてもこの衝撃はさすがに堪える。 炎がカーテンのようにまとわりつき、それから逃れようと壮絶な悲鳴をあげながら、デスザウラーが仰け反る。 そこは破滅の魔獣。さすがにただ仰け反るだけという、無様な真似はせずシーパンツァーが元いたところにレーザーを撃ち込もうとした。 だが! 「足下がお留守よ、アスカさん!」 マナの声が響くと同時に再び異変が起こった。 デスザウラーの真横の壁を突き破り、ワインレッドの装甲の動く要塞、奇しくもマッドサンダーと非常に酷似した角竜型ゾイド『レッドホーン』が姿を現したのだ。 ぎょっとデスザウラーは目を剥くが姿勢が崩れた今の状態では、満足な対応ができるはずもない。 素早く足下に回り込んだレッドホーンは、膝の裏側に思いっきりその角をぶつけた。 当然、更にバランスが崩れたデスザウラーの体は大きく傾いた。普通なら完全に倒れてしまうくらいに傾くが、意地かそれとも執念かそれでも倒れまいと必死に尾を使って踏ん張る。 「往生際が悪いわねっ!」 もちろん黙って見ているほどマナは愚かではない。 目をキラキラと輝かせ、ヒヒヒッと意地悪そうな笑みが浮かんだ口元を手で隠しながら呟いた。 「ぽちっとな」 押すと同時に、レッドホーンの背中に背負われた大げさと言えば大げさすぎるほど大量に積まれた破壊兵器こと、電磁砲、電磁突撃砲、ビームキャノンが一斉に旋回してデスザウラーの足下に狙いを定めた。間髪入れずに火を噴く破壊兵器。 角をぶつけられたのとは逆の足に集中して爆発が起こった。 横殴りに跳ね飛ばされたように左足が重心からずれ、背中と地面がほとんど平行になった。 必死になって両手を振り回すが、完全にバランスが崩れたデスザウラーは物理法則に従って急速に傾いていく。 そして爆炎の中、レッドホーンは炎を衣のように纏って再び体当たりした。 「があああっ!!!」 それがトドメとなり、両の足が地面から完全に離れてしまう。そしてデスザウラーは背中から地面に倒れ込んだ。 ゴジュラスのように背ビレこそないが、その体重自体が充分に凶器だ。 ズズンと重すぎるほどに重い音が響き、突き刺さる装甲の痛みにデスザウラーが呻く。 その隙にシーパンツァーは装甲の内部に頭を引っ込めると、自由落下してレッドホーンの隣に並んだ。 「へっへーい。結構良い機体じゃない♪アスカさん見限るの早すぎるわよ」 「うーむ、なんかこいつに乗るの久しぶりだからか、なんか拗ねてるみたいだ・・・」 のんきな会話をする二人をギンと睨むデスザウラー。 いかにお返しをしてやろうかと考えているのか。さぞかし残酷なお返しなのだろう。 もっとも、それは少しばかり早計すぎた。 彼女達の攻撃はこれで終わったわけではないのだから。 『次、ケイタ君!超粘体弾撃って!』 「はい!」 ミサトの声が響く中、いきなりガコンと開いた壁の中から姿を現した銀のカタツムリこと、移動トーチカの異名を持つカタツムリ型ゾイド『マルダー』が遅い全力疾走をしながらデスザウラーの顔の正面に立った。 牽制射撃するマナ達に気を取られていたデスザウラーだったが、さすがに目の前にぬぼぅっと立たれれば気がつく。はじめは何だこいつと驚いたように見ていたが、すぐに敵と判断すると威嚇するように口を開けた。 「おぎゃあああっ!」 あぶくを飛ばし、何層にも並んだ金属の牙を剥き出しにしてデスザウラーが吼える! デスザウラーが倒れ込んでいるため至近距離からの映像に、原始記憶を呼び覚まさんばかりの恐怖に震えながらも、ケイタは、そして彼とシンクロしているマルダーは冷静に狙いを付けた。一つ二つと心の中で数を数えながら逆ににらみ返す。 装甲が開き、中から見るだに物騒な感じの金属の筒が顔をのぞかせる。 「えいっ!・・・当たったに決まってるよ!」 筒・・・迫撃砲から発射された弾丸がデスザウラーの口内に命中し、爆発して真っ白な物をまき散らした。 撃った瞬間当たったことを確信していたのか、マルダーはその時には既にレッドホーンよりも後方に退避していた。至近距離で暴れるデスザウラーとは何とも興味をそそる催し物だが、近くにいたら身が持たない。 一方、デスザウラーはマルダーに委細構わず困惑したように首を振っていた。 なにやら吐き出そうとあえいでいるがそれは上手くいっていないようだ。 一体何が起こったのか? 答えは先ほどケイタが撃った弾丸にある。 弾丸の残骸、それはねばねばとした粘体であった。 引き剥がそうとしたデスザウラーだったが爪には張り付かず、口内の湿った部分には執拗に絡みつく。剥がそうとしてもかえって張り付き、ますます苦しそうにデスザウラーはあえいだ。 普通の鳥もちとは完全にレベルが異なる、リツコ特製のゾイド用鳥もち!1トン5000万円から! いくらデスザウラーと言えど、急所とも言える口内でそんな物を炸裂させられたら堪ったものではない。 呼吸こそはしなく良いものの、気持ち悪いのは確かだしなにより荷電粒子砲が使えない。撃とうものなら、最悪暴発してしまう。 「が・・・・・・・っ! ふが・・・・・・・・!!!」 咽を押さえてのたうつデスザウラー。砲撃を繰り返すマナ達に構う暇がないようだ。 その隙を逃さず、さらにミサトは的確に指示を出す。 一拍の間もおかず、次なる攻撃が襲いかかった。 ぶんっ! 風を切る音をたてながら金属の枷がデスザウラーの右腕を捉えた。 さすがにデスザウラーが枷が投げつけられた方向を見る。 枷には鎖が繋がれており、その端はゾイドマンモスの鼻に絡みついていた。 「アスカ・・・・ごめん!」 マンモスのエントリープラグ内部でヒカリが辛そうに、だが決して容赦しないと覚悟を決めた眼差しをする。マンモスの鼻が動き、同時にマンモスはゆっくりと鎖を引っ張り始めた。デスザウラーから見ても驚愕する力で引っ張り、起きあがろうとしていたデスザウラーのバランスを崩して引き倒そうとする。 「が・・・・・・・っ!!」 不遜な奴だ! そう言いたげにデスザウラーは右腕に力を込めた。筋肉に当たる生体組織が膨張し、装甲が軋む音をたてた。マンモスは蹄が割れるほど踏ん張っているが、ズリズリと逆に引き寄せられている。 いかに力が強くても、それは草食獣タイプの中だけの話。 本気で怒ったデスザウラーの相手ではない。 いや、相手するのも馬鹿らしい! 右腕一本の力で、それも寝そべった状態で引きずることでデスザウラーはそう宣言していた。 もちろん、ヒカリだってそれくらいは理解している。 デスザウラーの悪意に満ちた目を見ればなおさらだ。 「確かに、私のマンモスちゃんじゃ勝負にならないでしょうけど・・・。 ほんの一瞬で良いのなら」 ほんの一瞬で良いのなら、マンモスの力はデスザウラーを凌駕することができる。 特に自分の力に傲ったような奴ならなおさらだ。 「いくわ!」 「パオオオオーーーーーン!!」 ブチブチブチブチブチッ!!! マンモスの巨大な一つ目が光った瞬間、筋肉と腱が一斉に弾裂する鈍い音がした。 極限まで集中したヒカリの精神に呼応し、マンモスの肉体が限界を超えた瞬間だった。 装甲の隙間から鉛色の体液が噴水のように噴き出し、一部から折れた骨が槍のように突き出す。激痛は凄まじく、シンクロしていたヒカリは声すら出せないほどの苦痛に襲われた。それでもなお力を込めて、ヒカリは、マンモスは鎖を引っ張る。 その努力は報われることとなる。代償として起きあがりかけていたデスザウラーの体が再び傾いだのだ。 引っ張ったかと思った瞬間、逆に引っ張り返されてデスザウラーは驚愕に目を見開いた。 有り得るはずの事態に、呆然とするデスザウラー。 そこに新たな枷が飛んできて左腕を捉えた。 新たな枷の端は、サラマンダーがくわえていた。 レイがいつになく厳しい目をしながらデスザウラーを睨み付ける。 「みんなの覚悟、確かに受け取ったから。 だからアスカ、あなたも・・・」 同時にサラマンダーもまた全身の骨と外骨格、そして筋肉を軋ませながら渾身の力を込めてデスザウラーを引っ張った。 さすがのデスザウラーも大型ゾイド二体の決死の力の前には対抗できない。 鎖を軋ませ、拮抗するのも一瞬だった。 ヒカリとレイが苦痛に歯を食いしばり、目を血走らせながらもデスザウラーを睨む。 「ぐ・・・・・・・がふっ!」 遂にバランスを崩して前のめりにデスザウラーは倒れ込んだ。 火花が散り、甲高い金属音が施設内に耳障りに響く。 鎖にとらわれている所為で受け身を取ることも出来ず、頭から地面に激突したデスザウラーは無様に鳴き声を上げた。 こんな格下ゾイド相手にこの私が!! いまだにそんなことを考えながら、デスザウラーの意志は自分が地面を舐めていることに納得できないでいた。 依然相手を格下と見下したまま、呆然として固まるデスザウラーの顔に一体のゾイドが着地する。 相手の考えていることがわかるのか、そのゾイドのコクピットの中でムサシがどっちが格下だと小馬鹿にするような嘲笑を浮かべる。そして毅然とした表情をすると怒った声で呟いた。 「どうせ何かくだらないことを考えてるんだろう。 そして何を言っても聞くわけないと思うが・・・。 だが、これだけは言っといてやる!」 バサッと翼を広げ、右腕を高々と振りかぶる。 その異様なシルエットに、退避用エレベーターの中で携帯用端末の画面を見ていたナオコがげっと口を開けたまま絶句した。 「な、なにこれ・・・?」 「私も聞きたいわ・・・」 再びユイとナオコにギャフンと言わせたらしいことにニヤニヤしながらリツコは声高らかに言った。 「これこそ改造イグアン、『ガブリエーレ・セカンド』! 背中にプテラスの翼を移植し、さらに右腕には第三使徒のそれを分析して生み出された新兵器『パイルバンカー』を装備した高速格闘戦用小型ゾイド!! 改造でどこまで能力向上ができるかを追求した・・・」 ナオコ達はまだ続く説明を無視しながら、改造イグアンに目を戻していた。 イグアンの右腕、巨大な杭打ち機のような形状をしたパイルバンカーがその狙いをデスザウラーの右目に定めた。 さすがに何をしようとしているのか悟ったのか、デスザウラーが狼狽したように身を捩るが枷に囚われたままではいかんせん身動きがとれない。 そうこうする内に思いを吐き出すようにムサシが叫んだ。 「ひとつ! 騎士とは戦う者ではなく、人を守るもの! なんか知らんが暴れ回るんじゃない!とっとと惣流返せ!」 超硬度を誇る最大硬度のオリハルコン、アダマンチウム製の杭が一気にデスザウラーの目に打ち込まれた。 「・・・・・おぎゃあああああああああああああっ!!!」 さすがにこれはきつかったのか。ほとんど全ての生物の急所である目を潰されたのだから、当然と言えば当然の反応だろう。デスザウラーは首を左右に振り回しながら地面をのたうち回った。自分が傷つくことにも構わず、痛みに耐えきれないのか体中をかきむしる。 当然の事ながら引っ掻いた部分の装甲が一部はげおち、爪でむしり取られた生体組織から滝のように赤い血液がダラダラと流れ落ちた。 血と潰れた目から出る血液とは違う体液で体中をドロドロにしながらデスザウラーは腕に力を込めた。怒りによって引き出された力に鎖がギチギチと悲鳴をあげる。 そして均衡が崩れる時が来た。 生臭い臭いが急速に立ちこめる中、暴力に耐えきれなくなった鎖が遂に引きちぎれた。 「ぐわっ!?」 起きあがる勢いでイグアンはすっ飛ばされ、鎖を握っていたマンモスたちはたたらを踏んだ。 空中に飛ばされながらもイグアンは素早く翼を広げて着地し、マンモスとサラマンダーは膝をつくことでどうにかこうにか倒れずにすむ。 「あぶね、あぶねぇ!」 「ちっ、かえって怒らせただけみたいね。まずいわ・・・」 素早く状況を把握したマナが、マッドサンダーの横に移動しながらミサトに次の指示を仰いだ。 ここまでは確かにミサトの作戦通り上手くいったが、依然デスザウラーは元気すぎるほどに元気だ。と言うか、かえってタチが悪くなっている。 怒り狂ってはいるだろうが、どこか冷静な部分もかいま見える。がむしゃらに突っ込んでこなくなったのが良い証拠だ。もう自分達を格下と甘く見るような部分はないだろう。 手傷を負わせた代償に、数段手強くなったわね・・・。 微かに震える自分の手足に信じられないものを感じながらマナはそう考えた。 もう今までのような搦め手は通用しない。 「ミサトさん、次はどうするんです!」 『こっからが正念場よ! 各機マッドサンダーの周囲に集合! 集まったらみんなでマッドサンダーに、鈴原君に呼びかけて!』 「え?」 『単にデスザウラーを倒すだけなら、このままN2でも使えば倒せるわ! でもそうじゃなくアスカを助けるためには、なんとしてもマッドサンダーの力が必要らしいのよ! とにかくすぐ集まって!』 「了解!」 様子を見ているのかそれとも怒り狂っているのか、片目を押さえて呻いているデスザウラーを後目に、動ける者は動けない者に肩をかすようにしながらマッドサンダーの周囲に集まった。 全機が漸くにして集まったとき、遂にデスザウラーは怒りに満ち満ちた赤い隻眼を彼らに向けた。 いずれ潰れた目の傷は治るだろう。だがこの心の刻まれた屈辱は今ここでこいつらを皆殺しにしなければ決して癒えることはない。喩えアスカと同い年の、それも友達であったとしても知ったことか!!! そしてそれはただ八つ裂きにすればいいものではない。 そう、死んでも死にきれない苦痛に満ちた死にしなければ! 発令所にて、デスザウラーのモニターをしていたマヤが叫んだ。司令代理としている冬月とキョウコがその言葉に目を見開く。 その言葉が意味していることはただ一つしかない。 「デスザウラー内部に高エネルギー反応!ゾイドコアではありません!S2機関が活動しています!」 軋るようにキョウコ達は呟いた。 「ま、まさか彼女は?」 「デスザッパーを撃つつもり!?」 背中にある生命エネルギー吸収器官、アストロモンスは厳重に封印されているため普通なら撃つことができない。なんにしろ、今いる場所は生命エネルギーが非常に乏しい場所なので撃つことはできないが。 だが、先の戦闘で入手した使徒のエネルギー機関、S2機関が今はあった。 これをフルドライブさせれば、生命エネルギーをかき集めなくても究極の滅殺兵器、デスザッパーを撃つことができる。 最強の矛の異名を持つ神殺しの武器が。 これで死んだ存在は魂をも打ち壊される。 ただ死んだ場合とはその意味合いがまったく違う。 まさに彼女の敵に使うには相応しい武器と言えよう。 ニヤリと内心彼女は、デスザウラーは微笑んだ。 しかもこの方向に撃つということは、ゾイドだけでなくその背後の壁の向こうで未だ忌々しい呼びかけを行っている謎の存在をも一緒に吹き飛ばすことができる。 まさに一石二鳥だ。 『一緒に消し飛びなさい!』 自分の行っていることの正当性をまったく疑うことなく、デスザウラーの意志は敵意を剥き出しにした。 「だぁぁっ!めっちゃくちゃやばそうだぁっ!!」 内側から溢れる気だけで鳥もちを吹き飛ばし、威風堂々と仁王立ちするデスザウラーの姿にケンスケは今度こそ内心から溢れる恐怖を押さえきれずに叫び声をあげた。 全身傷だらけで確かに弱ってはいる。 だが、まっすぐに前を向いて立ち、全ての攻撃は受け止めてみせると言わんばかりに両手を広げたその姿は、格の違いを見せつけられているようでハッキリ言って見ていたい物ではない。見れば見るほど気力が萎えていきそうだ。 依然戦ったガン・ギャラッドも恐ろしかったが今目の前にいるデスザウラーはもっと恐ろしい。 「なにを弱気な・・・」 ケンスケの言わなくてもいいような弱気な言葉にマナが嫌な顔をした。 言われなくたってそのくらいわかっている。 苛立ちのあまりマナはよっぽどそう言い返してやろうかと思ったが、それこそこんな時にと考え直して言わなかった。 それより今は・・・。 渋い顔を今度は後部を写している補助モニターに向ける。 モニターにはマッドサンダーが背中を下にして寝転がっている姿が映し出されていた。全身傷だらけになり急所である腹を上に向けているのだから、おそらく、いや間違いなく中のトウジと一緒に気絶しているのだろう。 だが 気絶してました。 で済むほどこの先の展開はぬるくない。 蹴って起きるなら絶対蹴っている。撃って起きるなら絶対撃つ。事実彼女は短絡的にそうしたい衝動を必死になってこらえている。 まあ、頭を打って気絶した奴をまさか蹴って起こすわけにもいかないし、本当に撃つわけにもいかないが。 悪いときには悪いことが重なるもので、なにがしかの故障でもあったのか緊急蘇生措置など発令所からの操作ができない状態らしい。幸い、通信装置とモニターは生き残っている。 だから、マナ達は必死になってトウジを起こそうと呼びかけた。 「ちょっと鈴原君!私達が大ピンチなのよ!」 マナが先の苛立ちを声に上乗せするように怒鳴りつけた。もう腹の底からの鬱憤を込めて。 レイと似ていると言われる彼女の声も音量を最大にしていたため、耳障りなハウリングになってしまう。 だがマナの声が届いているはずなのにマッドサンダーは起きる気配がない。 ムサシが叫ぶ。 「早く起きろトウジ!」 足が微かに動いたようにも見えたが、起きたようには思えない。 ケイタが叫ぶ。 「お、起きてよ〜!」 動いたかと思われたが、それは体液が滴っただけだった。 レイが呟く。 「起きなさい。起きなかったらあなたは敵・・・」 ビクッとしたようにも思えたが、結局起きあがろうとしない。 再度マナが叫ぶ。 「ちょっと、早く起きないとあなたの恥ずかしい秘密ばらすわよ!ロッカーの中に・・・」 ビクビクッとしたように思え、いや実際に動いたが起きていない。痙攣だったようだ。 ケンスケが叫ぶ。 「今ここで終わったら、ヤヨイちゃん達はどうなる!だから目を覚ませ!」 関節が軋んだような音がするが、やはり動かない。 自分の呼びかけが効果なかったことにやっぱりなと思いながら、一同はジロッとヒカリに視線を集中させた。 通話モニターに映るお互いの視線が絡み合い、ヒカリ以外の全員が同じ事を考えていることを悟ってグッと親指を立てる。 そうだ、自分達がダメでも彼女なら・・・。 「ヒカリさん!後はあなたが頼りよ!」 「イインチョさん、頑張って」 「頼むぞ、洞木!」 「洞木さんなら絶対さ!」 「そうだ、俺達がダメでも委員長なら!!」 『そうよ、洞木さん!あなたの、自分の想いを信じるのよ!』 『男と女はね。ロジックじゃないの』 「えっ!?えっ!?えっ!? なんで、どうしてみんなそんな・・・(み、ミサトさんまで)」 なんだか知らないところで納得されたみんなにちょっとどころでなく戸惑うが、まあ期待されて悪い気はしない。なんと言ってもまったく自然な形でトウジに呼びかけられるのだ。 よくわかんないけど、このチャンスを逃すのもアレだし。 こんな時にも関わらず、ヒカリはちょっと頬を染めながら呼びかけた。 深々と深呼吸し、1,2度咳払い。 そして彼女を知る者が聞いたこともないような優しい声で・・・。 「す、鈴原・・・起きて・・・」 ピクリともしない。 「ね、ねえ鈴原、目を覚まして・・・」 やっぱり何の変化も見られない。 痛いほどの静寂が一同の間を満たし、ヒカリは申し訳なさそうに顔を伏せた。 自分達はダメでもヒカリなら・・・。そうお約束を信じていた彼らにとって、この結果はあまりにも痛く、そして絶望感を増すことになった。 恐る恐る通話モニターからメインモニターに視線をかえる。 そこではデスザウラーが全身の光らせながら、うなり声をあげているのが目に入った。 大口を開け、喉の奥で不気味に鳴動する光。 見なきゃ良かったと顔一杯に縦線を浮かべるマナ達。 大技であるため、デスザッパーは発射までにかなりの時間を必要としているようだが、それにしてももう時間はほとんどないはずだ。 絶体絶命。 死神の骸骨の指が見えるような気がする。 そして自分達はその檻に閉じこめられた囚われ人。 (くそっ!くっそぉ・・・・!) ケンスケはここまで頑張ったのに、と血が出るほど口を噛み締めた。 死にたいする恐怖はもちろんある。失禁してしまいそうに怖い。だがそれより頑張ったけどダメだったなどと、何の意味もない結果になりそうなことが堪らなく嫌だった。 重傷の体をむち打ち、怪しい科学者の根拠の全くない言葉に従って命の危険に身をさらしたのに・・・。 負けたくない。 アスカとは違うが、やっぱり彼も負けたくない! 人を人と思わない理不尽なことに! 何よりそれを仕方がないと納得してしまいそうな自分に! 結局、俺達は、いや俺はシンジがいないと何もできない存在なのか!? そんなちっぽけな、いてもいなくても良いような存在なのか! いや、そんなわけがない! シンジにしかできないこともあれば、俺達にしかできないこともあるはずだ!! まだ、まだ何か手がある! シンジでは決してできない、俺にならできる、俺でないとできないことが! ・・・・・あった。 脳の奥深く、神の啓示のように示された考えに武者震いしながら、キラーンとケンスケの眼鏡が不気味に全方位反射した。 痛いほどの沈黙の中、ケンスケは慣れた操作でマイクの音量を最大にする。そして喉も裂けろとばかりに絶叫した。 すこーしばかり後のことを考えると怖いが、今はまあ気にしない。 一回軽く咳払いした後。 「トウジ!今すぐに目を覚ましたら危険が危ないんで非売品にしてた綾波達の写真をやるぞぉーっ!!!! もちろんアスカも、霧島も山岸さんもミサトさんとリツコさん、もちろん委員長だって選り取り緑の出血オオマジ大サービスだっ!!! 着替え中はもちろん、入浴中、バスの中で寝ている寝顔の写真とかもあるっ!!! おまえのリクエスト通りの写真だっ!!なんだったら、動画もあるぞっ!!」 しーん。 時間が確かに停止した。 マナ、レイ、ヒカリ、ムサシ、ケイタ、そしてミサト達が瞬きもできずにケンスケを見つめる。 気のせいかデスザウラーさえも止まってしまったような錯覚が起こった。 ただ一息に言い終えたケンスケのハアハアと荒い息が響く。 それに重なるようにしてこめかみに青筋が浮かぶ上がっていく少女達。 「あ、あの馬鹿・・・」 「無様ね」 時が動き出したとき、リツコと一緒にミサト達はそう言い、 「若いって良いわ」 「そうね、二人とももう年だから」 「あなたに言われたくないわね、ユイ」 ユイ達は場違いなことを言い、 「二馬鹿、抹殺」 「ムサシ、ケイタ。あんたたちまさか・・・」 「お、俺はしらん!そんな写真のことなんか聞いたこともない!」 「僕だって!」 レイは冷たく淡々と呟き、マナは汚物でも見るような目でケンスケを見た後ムサシ達を一睨み。 そしてヒカリは・・・。 「相田君・・・。それに鈴原〜〜〜!! 不潔不潔不潔〜〜〜〜!!!」 顔を両手で押さえて、イヤンイヤンと左右に振りながら腹の底から怒りに燃えた大絶叫。 信じていたのに、鈴原はそんな事しないって信じていたのに!! それなのに、ああそれなのに! 裏切ったのね!誰かは知らないけど同じで裏切ったのね! そして身を捩るヒカリの声をだめ押しするように、最も聞きたかった、そしてこんな事で聞きたくなかった声が聞こえた。 「う、ううう・・・。 って、なんや?イインチョの怒鳴り声が聞こえたような・・・。 おわっ、デスザウラー!てことは夢やなかったんか!」 頭を振りながらトウジが目を覚ましたのと時を同じくして、マッドサンダーの目に光が戻る。 足を振って体重を移動させると、素早く起きあがった。 取りあえず、周囲の反応は無視だ。 『無事か!マイマスター!』 「一応な。つつつ、でっかいコブやな。耳もなんかキンキンしとるし。 ・・・なんかいつの間にかみんながおるで」 『トウジが気絶している間に、助けるために集まってきたのだ。 良い友達を持ったな、マイマスター』 「そうやろ。しかし、それにしてもやばいんとちゃうか? なんか撃とうとしとるで。 反荷電粒子フィールドは大丈夫か?」 ため息をつくような音の後、残念そうにミノタウロスは答えた。 『無理だ。最後の一撃の浴びたとき、ジェネレーターが破壊された。 第一、デスザッパーは反荷電粒子フィールドでは防ぐことができない』 「ど、どうするんや!? わしだけやなく、他のみんなもおるんやぞ!」 『マイマスター、トウジよ! 汝に覚悟はあるか問う!』 「なんやこんなときに!」 『こんな時だからだ! いいか、ある局面を想像しろ! 汝の妹と汝の最も大切な人が危険にさらされている。汝が助けなければ、命が危ない状態だ。 汝は、どちらを助ける!?』 唐突と言えば唐突だが、突きつけられた究極の選択。 さすがにトウジは25年近く昔に流行ったものだなんて知りはしなかったが、そう思わずにはいられない質問だった。 質問の内容もそうだが、なぜこのタイミングでこんな質問をするというのか。 ミノタウロスとはつき合いができたばかりで、相手のことを良く知るとかそんなレベルではないが、意図することがまったく見えない。 「なんでそんな質問を・・・」 『答えろ!』 質問の答え以外は受け付けない。 言外にそう含んでいるミノタウロスの言葉に、トウジは覚悟を決めた。 それにいつかこの質問の答えはよく考えて出そうといつも思っていたから。 脳裏に浮かぶのはビーシューターに捕まれた母と妹の姿。 母の顔はいつの間にかぼやけ、良く思い出せない。だが代わりに彼の良く知る一人の少女の顔が重なっていた。 (そう言うことかい・・・。今頃になって気がつくなんてな・・・) 意外と言えば意外な少女の正体にトウジは苦笑いをしながらゆっくりと目を開けた。 もう迷いはない。 「両方や」 低い、だがハッキリとした声でトウジはそう言った。 『・・・なんだと?』 「だから両方や。どっちか片方だけなんてそんなしみったれたことはいわん。 何があっても両方助けたる。 そうや、絶対に! もちろん、ワシも死なんで。みんな助かって笑い話にせなあかんからな」 しばらく沈黙が続いた。 やがて、重々しく、だがどこか愉快そうにミノタウロスの声がエントリープラグ内部で木霊する。 『正解だ! 汝を正当なる主と認める! 生命の盾はおまえの物だ!』 マッドサンダーの前面に再び変化が現れた。 反荷電粒子フィールドではない。反荷電粒子フィールドなら空間が歪んだように見えるが、今度現れた変化はそれとは明らかに異なっていた。 「光の・・・盾?」 マナが眩い、だが目に優しいまるで森の緑のような光に瞬きを繰り返した。 マッドサンダーの前面に、緑の光が満ち満ちていた。 若葉のように優しく、そびえ立つ巨木の様に雄々しい光が。 それはしばらく踊るように揺らいでいたがやがて一点に集中すると、六角形の盾状となりマッドサンダーとその周囲全てのゾイドを包み込んだ。 同時に限界まで力を溜め込んだ破壊の光、デスザッパーが唸りをあげた。 空気すらも飲み込み、すりつぶしながら光の龍となってデスザッパーが襲いかかる。 うわぁっと目を堅くつぶりながらケンスケ達は身を伏せる。 ただ、トウジとレイ、そして彼らのずっと頭上の、天井の穴の淵から見下ろすカヲルだけは目を閉じずにじっと光の龍と光の盾がぶつかる光景を見続けていた。 バンッ! 乾いた音が響き、大量に失われた空気を補充するようにどこからか大量の空気が流れ込んでくる。 仕留めたのだろうか? さすがにあの光ではデスザウラーの目もよく見えない。 やがて焼き付きが消えていき、デスザウラーの目が見えるようになったとき。 轟々と音がとどろく中、デスザウラーは信じられないと言う目をしながら後ずさっていた。 絶対無敵のはずのデスザッパー。 それが受け止められ、消滅してしまったのだから。 (そんな、そんなことがあるはずはない!) あり得ない自体にパニック陥るデスザウラーの意志。 デスザッパーこそは重力兵器すらも凌駕する究極の武器。 それがいかにかつては天敵であったとは言え、マッドサンダーに止められるはずがない! (まさか!) 『そのまさかだ。 おまえが究極の矛を持っているのなら、最後のマッドサンダーである俺は至高の盾を持っている!そして最強の槍もな!』 まさか自分が、最後のデスザウラーである自分が死の閃光、デスザッパーを授かったのと同じように、マッドサンダーが生命の盾、ライフシールドを授かっているなんて! 考えられない、考えたくない事実だった。 そして衝撃はそれだけではない。 『もうやめなさい』 静かな、それでいて力強い言葉が聞こえた瞬間、デスザウラーの意志は本当に硬直した。 『べ、ベアトリーチェ!確かに封じたはずなのに!』 『そうね。でもそれはS2機関の力を借りてのこと。今デスザッパーを撃ったことで、しばらくの間S2機関は力を失ったわ。私を封じ続けることができないほど』 そう言いながら自分が縛り付けられていくのを感じ、デスザウラーの意志は吼えに吼えた。自分が再び消されていく感覚に、必死になって抵抗する。 『どうして!?どうして邪魔するの!? 私はあなたなのに!あなたは私なのに!アスカは私の・・・』 その言葉を雰囲気だけで黙らせ、悲しげな声でベアトリーチェは続けた。 『そう、あなたは私。私はあなた。でもだからこそ、あなたのすることを看過するわけにはいかないの。 あなたの愛は間違っているから。 子供は親の所有物じゃないわ』 『違う!アスカは私の娘よ!私が一生守るの!こうして一つになって・・・』 『それは無理よ。人は一人で生きていくことはできないの。そして私達は人じゃない。あの子を守ることは決してできないわ。 ほら、現に私達は倒されようとしている』 『そんなこと・・・・ない』 『認めなさい。一時的に守ることはできても、究極的には私達はアスカを守ることはできないの。 あの子を守ることができるのは、そしてあの子が生きていく世界はあそこだって』 ベアトリーチェの視線を追いかけ、デスザウラーの意志が目を向けた先。 そこではお互いを支え合うようにして自分を睨む格下のゾイドとその乗り手・・・・いや、自分より遙かに強い意志と繋がりを持った子供達がいた。 『・・・・・・・・そんな、私よりあの子達の方が良いって言うの・・・・・』 『子はいつか親を乗り越えていく。そうしないといけないの。寂しくても、それを黙って見送らなければいけないわ』 遂にデスザウラーの意志は黙り込んだ。 ベアトリーチェに縛られ、動けなくなったことも理由の一つだが、もう暴れる気力がなくなってしまったことが一番の原因だった。 否定したかったが、ベアトリーチェが自分にうそを言うはずがないのだから。 遂に主従逆転し、デスザウラーの意志と成り代わったベアトリーチェが諭すように言葉を続けた。 『わかったみたいね。じゃあ、アスカをみんなの元に返してあげましょう』 「なんやったんや、今の・・・」 「アレこそが最強の盾。全てを癒し、全ての災いを防ぎ止める生命の光だ」 「最強の盾・・・か」 「元々は我らが将軍の持ちしものだったが、先の戦いの折りに俺が授かったものだ。 これある限り、デスザウラーのデスザッパーのみならず全ての攻撃が無意味となるだろう。 だが心しろ。いつでも使えるわけではない。使えるかどうかはおまえの心次第だ」 目の光を青色にし、ゆっくりとデスザウラーは膝をついた。 よくわかってないマナ達は怪訝な顔をするが、ミノタウロスとトウジは黙ってそれを見ていた。 一同が見守る中、デスザウラーは右手を広げて胸元に持っていく。 それと合わせるようにして胸部装甲が内側からの圧力に負けて弾け飛んだ。 皆が見守る中どくどくと赤く脈打つゾイドコアが剥き出しになり、ドクンと一際高く音をたてた。 「あ」 「あ」 「あ」 「おやおや」 ヒカリが、ミサトが、キョウコが、そしてカヲルが呟く中、奇跡が起こった。 水面を割るようにゆっくりと背中が、頭が、そして全身が現れ、手の平の上にどさりと横たわる。 デスザウラーに取り込まれ、一体化してしまったはずのアスカが再びこの世界に復活した瞬間だった。 「アスカ!」 ヒカリが叫び、慌てて駆け寄ろうとするがマンモスは動くに動けない。 やむなく救護班が大急ぎでこの場に来るのをヤキモキしながら待っている。 彼女の横では不埒な行動に男達が出る前にマナとレイがもの凄く冷たい眼差しをしながら、主にケンスケを睨み付けていた。 「相田く〜ん」 「は、はひ」 「あとでたっぷりと話があるから♪」 語尾に音符をつけながら、マナはとてもにこやかで殺意丸出しの笑みを浮かべていた。 「「惨い」」 マナの笑顔の意味が痛いほど分かっているムサシとケイタは顔を手で押さえながらケンスケがせめて無事でいるようにと祈りを捧げていた。ま、無駄だろうけど。 寂しそうな顔をしながらかつてのデスザウラーの意志はアスカを見つめていた。 『放射能は大丈夫なの?』 『命の盾が、そしてデスザッパーが無効化したわ。アスカが被爆する心配はないわ』 『そう・・・・・』 『さあ、眠りにつきましょう。しばしのお別れよ』 もう自分の存在がだいぶ希薄になっている。 消されている? いや、融合しているようだった。 ベアトリーチェと一つに・・・。 『そうね。お休みなさい、アスカ。そして私。 それから・・・』 じっと視線をマッドサンダー達の後方、壁の向こうの存在に向けた。 『誰か知らないけど、あなたもね』 「やれやれだね」 誰よりも先にアスカの元にたどり着いていたカヲルは、ヒカリ達が気がつく前にさっさと全裸で横たわるアスカにどこからかシーツを取りだしてかけてやると、一人そう呟いてまた姿を消した。 アスカが帰還した様子を見ながら、ユイ、キョウコ、そしてナオコの三人は物憂げな表情をしていた。 「多少の問題があったけど、帰ってきたわね」 「ええ、アスカは帰ってきた。でも・・・・」 ユイの言葉にキョウコが辛そうに顔を伏せた。 アスカがあのことを知ってしまっていたら。そしてもしそうだとしたら自分達を許すはずがない。 その時、アスカは一体どう出るだろう? 「運命・・・か」 漸く一段落が着いたナオコはタバコに火を点けながら、そう一人呟いた。 ぷはぁと煙を吐き出し、じっとそれが空気の中に溶け込んでいくのを見る。 キョウコの心配もよくわかるが、どうせ結果はこの煙と同じようになるのだ。 「ま、成るようになるわよ」 <第33日後> サルベージ計画、残務整理が形の上で終わった頃。 『そりゃわかるんだけど。オーラルステージを提唱する心理学者が言うんだけど・・・。 母親といつまでも一緒にいたがる』 夜の街の中、珍しいミサトとリツコ二人だけのツーショット。 助手席にリツコが座り、運転席にミサトが座った状態でただ何となくという感じにカーステレオからラジオ番組を聞いていた。 「マッドサンダーとデスザウラーの修復作業。明後日には完了するわ」 流れていくネオンを見ながらリツコがそう呟いた。 幸いマッドサンダーの傷はそう酷くなく、どちらかと言えばデスザウラーの方が酷かったくらいだ。もっとも、一番酷い被害は人的損害の方だろうが。 また、トウジ達の怪我も軽くワケの分からない帰還をしたアスカも取りあえず問題はない。 腹が減っただの、シンジはまだ目を覚まさないのかだのと騒いで元気すぎるくらいだ。 ただ、母親であるキョウコを時々不思議そうな目で見るのが気になると言えば気になるが。 「結局、神様や悪魔の力だって道具として使っちゃうのね。 人間って奴は・・・」 「どうかしら?国連から凍結案も出ているそうよ」 もちろん、本気でできるわけがない。 今現在怪獣・・・もとい使徒が暴れているのに、対抗できる唯一の組織と装備を凍結できるわけがないのだ。まあ、某組織みたいな前例もあるにはあるが・・・。 「機械生命体ゾイド。それに人造人間エヴァンゲリオン。人が使うには未知のブラック・ボックスが多すぎない?」 わからないからこそブラックボックスと言うんじゃないの。 リツコはそんなことを考えながらも表情には出さないまま、じっと外の景色を眺めていた。 そんないつもと変わらないリツコの態度に、それはないっしょと思いながらもミサトがおどけた声を出す。 「ま、アスカが助かったから良いけどさ・・・。あとはシンジ君とレイコが・・・」 「・・・そうね」 ミサトの言葉にリツコは表情を変えないまま相槌をうつ。 シンジはともかく、レイコは・・・。 ユイはまだ大丈夫と言うが、それを鵜呑みにすることはまだ母親になったことのないリツコには無理だ。 ちょっと自分が母親になって子供を抱いてる姿を想像してみるが。 (似合わない。いえ、意外に私って主婦が似合うかも?) その場合、隣にいるのは誰だろう。 赤ちゃんを抱いた自分の肩を抱き、優しい微笑みを向けるその男性の顔は・・・。 「どう?久しぶりに飲んで行かない?」 ガラじゃないわとため息をつくと、リツコが珍しく自分から飲みに誘った。女三十が、寂しく二人でと言うのはちょっと嫌だが。タマには飲んだくれたいことだってある。 たかられること間違い無しだが、今の気分のままでいるよりは良い。 「ん?高くつくわよ?」 「そう・・・」 急にご機嫌な顔をしたミサトに内心クスクス笑いながらも、リツコは始めて楽しそうな表情を浮かべた。 薄暗い一室の中。 ベッドの上で膝を抱えた一人の少女がいた。 恐怖に濁った瞳で、じっと目の前の闇を見つめる少女が。 「人類補完計画・・・・E計画、アダム、ルシファー・・・・・」 病的なものを感じさせる抑揚のない声でそう呟く。 かつてはサラサラと手入れの行き届いていた髪、珠のような肌も今ではストレスの所為か見る影のなくなっている。 仲間内で一番お洒落と言われた彼女だったが、今来ているのは囚人か何かが着るような真っ白な服のみ。 「助けて・・・。誰か助けて・・・。このままだと、私の心が壊れちゃうよ・・・」 きぃと軋む音をたてながら部屋の扉が開いた。 その音に大げさすぎるほどその少女は体を硬直させる。 目を一杯に見開き、いやいやと首を振って拒絶の意志をあらわにするが部屋に入ってきた人物はそんなことに一切構わなかった。 (このままだと・・・・・私・・・私・・・) 「時間だ。ラジエルが呼んでいる」 部屋に入ってきた銀髪の少年、カヲルに酷似した容貌のその少年はそう言って爬虫類のような笑みを浮かべた。事実、瞳孔が縦に割れ、口が耳まで裂けていく。 「気丈な娘だ。まだ正気を保っているとはな。だからこそ12人目に相応しいのか」 「負けるもんですか・・・」 (シンちゃん、ユイ母さん、お姉ちゃん・・・助けて) そして扉が閉まり、部屋は再び闇に閉ざされた。 第七話完 |