------------------ そして、未来へ... Part2 --------------------
「二人とも、ご苦労さん。 ...おめでとう、すべて上手くいったよ」
「綾波さん...」
「真一、でいいよ。 レイくんと紛らわしいだろう」
「じゃぁ、真一さん。 あなたは、いったい...」
レイもまた、もの問いたげな視線を向ける。 真一に、自分を導いた光と同
じ匂いを感じて。 それに。 真一は、先程と比べて、明らかに分かるほど
憔悴していた。
「そうだな、順を追って、全て話すよ。 何回もは話せないから、よく聞い
ておいてくれ。 聞きたい事があれば、その場で聞いてくれればいい。」
真一の話しぶりにどこか違和感を感じたが、シンジも、レイも無言で頷く。
「俺がゲンドウの...シンジくんのお父さんの古い友達だというのはさっき
話したね。 ...1999年の事だ。 俺は、ひょんなことからゼーレの
死海文書の断片を見てしまったんだ。 そこに...セカンドインパクトと、
その後の世界の予定が書かれていたよ。 許せないと思った。 自分達の
欲望のために、自分達の手でセカンドインパクトを起こし、メシアを作り、
その力を利用して世界を支配しようなどと。 メシアの力で、自分達まで
不滅の存在になろうなどと...。 止めようと思った。 そして、そのた
めに、あらゆる情報を漁ったよ。 そして...俺の行動は、いつかゼーレ
の知るところになった。 消されると思ったよ。 だから、手に入る限り
すべての情報をゲンドウに委ねた。 ギリギリまでのを、ね...。 でも、
それが結局ゲンドウをあんなふうにしてしまった。 君達にも、こんな辛
い思いをさせる事になった...。 済まないと、思ってる」
「そんな! 真一さんが止めてくれなければ、ぼくは何も分からないうちに
レイと一つにされてた。 こんなふうに、レイと二人で生きていくのが、
できなくなってた」
真一は、ふと表情を和ませた。
「ありがとう、シンジくん。 ...俺は、公式には最後にゲンドウに会った
3日後に死んだ事になってる。 でも...実際は、他の何人かと一緒にゼ
ーレの手のものに捕まってたんだ。 ある実験のためにね」
「実験?」
「そう、実験だ。 セカンドインパクトで発生すると考えられるエネルギー
のうち、どれが本当の『洗礼』の効果を持っているのか突き止めるための、
ね。 予想されるエネルギーのうち、有力な10種類について、選択的に
一つだけを通す材質が開発されていたよ。 そして、それぞれの材質で3
つずつ、カプセルが作られた。 カプセル一つに一人。 都合30人が実
験台さ。 カプセルは、予測される爆心の近くに、爆心から同じ距離にな
る様に配置された...。 結果、最終的に生命反応があったのは俺だけだ
ったよ。 その意味で、実験は失敗だった。 再現性が無いからね。
この時...俺を除く29人のうち、15人は人の形のまま息絶えていたよ。
でも、残りの14人は、人の形を留めていなかった。 生きても、いなか
ったがね。 みんな、違う形だった」
「まさか、それって...」
「そう、君達が『使徒』と呼んでいるものの姿さ。 大きさは人間のままの
ね。 そして、俺のカプセルは他のカプセルと一緒に回収された。 俺は
...そのまま、ゼーレに囚われ、結界に閉じ込められたよ」
「じゃあ、真一さんは洗礼に耐えたんですね?」
「ゼーレもそう判断した。 でも、耐えてはいないんだ。 俺は、今日この
時のために生かされていたんだ...アダムに、ね。 今日の俺の行動は...
自我が目覚めた時には既に間違ったセカンドインパクトを起こしてしまっ
ていた...いや、起こさせられてしまっていた旧きアダムの、次なるアダム
への贖罪さ...。 アダムにとっては、使徒化していなければ、誰でもよか
ったんだ。 それが、たまたま俺だっただけなんだが...俺の体内に、アダ
ムの体組織が...コアに程近い、SS器官の一部だったやつが飛び込んだん
だ。 それは...俺の中で、ごく小さいSS器官を形成した。 そいつが、
生命の消えた俺に、新しい生命を吹き込んだんだ。 でも、ゼーレはそれ
には気付かなかった。 洗礼に耐えた俺が、飛び込んできたアダムの組織
を取り込み、封印したとしか思わなかったんだ。 他の断片は、特殊ベー
クライトででも固めないと、どんどん増殖していってしまうからね。 ゼ
ーレにとっては、貴重な実験体だったんだよ、俺は。 だから、結界に閉
じ込められたし、その中にあっても、俺に死を選ばせないためにと、俺の
好奇心を常にくすぐるためにと、ゼーレの知りうるあらゆる情報を読み出
せる端末まで用意してよこした。 もっとも、こっちからの情報発信は一
切できなかったがね。 まぁ、おかげで、ゲンドウが何を考えているかも
よく分かったし、ゼーレの思惑も理解できた。 ゼーレの『死海文書』の
元になった本物の『死海文書』...今の人類以前に、ファーストインパクト
と、その後の使徒の襲来で壊滅した人類以前の者たちの残した遺産...彼ら
がやろうとして、間に合わなかった戦いの術も見た。 おかげで、今日何
が起こるかもわかってたんだ。 だから、生き続けた。 アダムを眠らせ
たまま。 ...いや、眠らせたというのは正確じゃないな。 眠ったふりを
させて、同化したんだ。 今、俺の体は、大半の体組織がSS器官として
機能できる。 こうして結界を破り、シンジくんに声を届かせ、ここに現
れる事ができたのも、みんなその力だよ」
「じゃぁ、10年以上も、閉じ込められて...」
「あぁ。 でも、まるっきり閉じ込められていたわけでもないんだ。 ゼー
レの連中は最期まで気付いていなかったが、俺は間近で洗礼を受けた影響
か、俺と一つになったアダムの力か、精神だけを自由に飛ばす事ができた
んだよ。 そうやって...ゼーレのよこす情報を、一つ一つ確認した。
でも、俺がすぐ目の前にいても、俺を知る人は誰も気付いてくれなかった
な。 それに、俺を知らない人には、気付きようもなかった」
「あの...さっき、ここに戻ってくる時、遠くから、光に照らされたわ」
「そうだ! 母さん...母さんが、帰り道を教えてくれたんだ。 でも、レイ
を照らしてたのは別の光だったよね。 あれは、父さんだったのかい?」
「違うわ。 碇司令じゃない。 でも、知らないはずなのに、よく知ってた。
ずっと前...初めて死んだ...体を失くした時より前から、いつも、私を包
んでくれてた何か...それと、同じ感じだったの。 ...あれは、あなただ
ったのね?」
「...気付いていて、くれたのかい?」
「今、気付いたの。 あの光を感じて。 こうして、あなたに会って」
「そうか...」
真一は、ふと、柔らかな笑みを浮かべた。 娘を見守る、父親の様な。 そ
の瞳に宿る哀しみが、やわらいでいた。
「...実はね、俺は娘が欲しかったんだ。 名前まで決めてた。 でも、最
後に会った時ゲンドウに話したら、笑われちまったよ。 まず女房を探す
のが先だろう、ってね。 ...でも、それも叶わなかった。 ゼーレが実
験のために用意した女など、興味も持てなかったし、何より連中の思い通
りになりたくはなかったしね。 結局、ずっと一人だった...。 カヲルが
作られた時も...俺は、何もできなかった。 する訳にはいかなかった...。
あの子が何度も殺され...無数に作られた体から体へ移っていくのを...そ
の度に、少しずつヒトの属性を失って使徒へと変わっていくのを、黙って
見ているしかなかった...。 力を使ってしまったら、全てが水の泡だっ
たから...。 心を飛ばして、そばで見守る事さえできなかった。 あの
子は俺と同じだから...きっと俺の存在を感じ取ってしまう...。 そのた
めに、ゼーレに俺が心を飛ばせる事を知られることになれば...俺はこう
してここに来る事もなく、処分されていただろう。 計画を止めさせない
ために。 ホントは、狂った計画が破滅的なサードインパクトを起こすと
いうのに、気付こうとしなかったからね、連中は。 ...だから、レイく
んの存在だけが、俺にとっての救いだった。 本当に、自分の娘のような
気がしていた...」
「じゃぁ、真一さんが娘ができたら付けるつもりだった名前って...」
「シンジくんの想像通りさ。 覚えててくれたんだよ、ゲンドウのやつは。
たった一回、話しただけなのに。 ...本人は、ゼーレへの皮肉のつもり
だったのかもしれない。 でも、俺は嬉しかったんだ」
言葉を切る真一。 しかし。 真一は、まるで何かに急き立てられる様に言
葉を継いだ。 まっすぐに、レイの瞳を見つめて。
「俺は...すべて今日この時のためとはいえ...君が初めて死んだ時、何もで
きなかった。 君が、自ら2度目の死を選んだ時も。 ただ、君が迷わず
新しい体に移れる様に、道を作ってあげる事しかできなかった...。 血
の繋がりがある訳でもない。 その俺が、こんなことを頼める筋合いじゃ
ないのは分かってる。 でも、あえて言わせてくれ...一度でいい、俺を
父と呼んでくれないか?」
「おとう、さん...?」
不意に。 レイの瞳から、涙がこぼれる。 気がつかなかった。 こんなふ
うに、ずっと自分を愛していてくれた人が居たなんて。 碇司令でさえ...ど
こか突き放したところがあったのに。 胸にぽっかり穴が開いたようで眠れ
ない夜も。 ふと暖かいものを感じて、いつのまにか穏やかな眠りに引き込
まれていた。 今なら分かる。 寂しかった私。 その私の心を、そっと抱
きしめてくれた「お父さん」...。 嬉しかった。 ずっと一人だと思って
きたのに、一人じゃなかった。 嬉しいはずなのに、涙が止まらないのはな
ぜ? レイは、唐突に理解した。 双子山での、シンジの涙のわけを。 自
分の無事を知って、安心して。 喜んで、流した涙。 レイは、衝き上げる
衝動のままに、真一の胸に飛び込んでいった。
「お父さん...お父さん!」
自分の胸で涙を流すレイを、真一は優しく抱きしめる。 その姿に。 つい
もらい泣きをしてしまうシンジ。 きっと、近いうちにレイも知ることにな
るだろう。 このシンジの涙のわけも。 自分の事でなくても、強い想いは
伝染する。 人を巻き込み、引きずってしまう想い。 その想いと、響きあ
う心を...。
「レイ...ありがとう...」
シンジは、真一の目の端に、かすかに光るものを見た気がした。