誰にでも公平に朝はやってくる。

今日も、例外に漏れず朝がやってきた。


白々とカーテンを照らし、まるで僕の薄汚れた精神を洗っている様に見える。

己のいやらしさを隠す様に勢い良くベッドから跳ね出て、風呂場に向かう。




どれぐらいシャワーを浴びているだろう。

壁に両手をつき、俯き加減でシャワーを浴び続けた。


前髪から勢い良く水が滴り、次々と落ちては排水口から落ちていく。


「決心したんだよ。 もう、後戻りは出来ない。」

弱く、細く、呟く。


「これは、逃げるって事と同じなのかな・・・・・きっと、同じだろうな。」






パタパタと音がして、すぐに消えた。

きっと、アスカがシャワーを浴びようとして見に来たのだろう。

シャワーを浴びてもなかなか眠気が飛ばず、ぼーっと滴り落ちる水を眺めていた。

洗面所で着替えをし、歯を磨きながら鏡に映った自分と見つめ会う。



「クマが出来てる。最近考え事して深く眠れないのかな・・・」

クマを洗い落とす様に、もう一度顔を洗い流すと自分の部屋に戻った。

ダンボールに詰めかかった荷物を見つめ、パチンと顔を打つと
一つ一つ梱包しながら箱に詰める作業に入った。














「ア〜ッスカ、おまたせ」

「ん、あれ、相棒は?」

「ん、ちょっと遅れるって」

「そう」

アスカは目を細めてニターっと笑っている

それを見たヒカリはサッと視線を横へそらすと

「あ、、相棒なんかじゃ無いし、、」

「ふふん、昨日の仕返しよ」

「・・・・」


それから暫く、ヒカリから疎開先の話を聞いていた。


「そっか、大変だったんだね」

「ん、でも、まぁ、周りに知ってる人が多かったから良かったけどね」

「ふむ、しかし、馬鹿トウジの奴何分待たせる気よー!」

「あは、噂をすれば・・・」


ハァハァと言う音が聞こえてきそうなぐらい必死な顔で走ってくるトウジが見える


「ハヒ〜、すまん、遅れてもうた、ハァハァ、つ、、疲れた」

「あんたねぇ、、、レディを待たせてるんだから『疲れた』なんて言わないでよね」

「ふふ、まぁまぁ、良いじゃないの。」


普段のトウジなら『お前が呼んだんやないケ!』と突っ込む所であるが、今はその余裕は無いらしい。


3人は取り合えずデパートへ行き、買い物を始めた。





























シュッ


静かな電子音と共に鉄の扉は軽々と開き、少年は入りなれたソノ部屋に足を進める

「あ、シンジ君。早かったわね」

「こんんちわ、マヤさん。すみません、休日なのに・・・」

「あ、ううん。どうせ仕事が有ったしね、気にしないで」

「は、い。」

「えーと、じゃ早速だけど、これ読んでみて」

「ええ、あ、間取り図ですね」

「そう、3つ用意しといたから好きに選んでね」

「うわー・・・これ、大きすぎますよ。僕一人で住むんだから、もっと小さくても良いのに・・・」

「え?聞いてないの、シンジ君。私と一緒に住むのよ?」

「は!?い!?」


目が点になっているシンジを見ると、口を抑えて嬉しそうに笑うマヤを見て、冗談だと気づいた


「マヤさん、びっくりするじゃ無いですか・・・まったく」

「ごめん、ごめん、あはは、ちょっとからかってみたくなってね」

「それ、ミサトさんの芸風に似てきてますよ・・・」

「(ギクッ)・・・・」

「えっと、これより小さな部屋は無いんですか?」

「んーと、これなんか結構大きく見えるけど案外コンパクトだよ」


手に取った間取り図は2DKのマンション。

バス/トイレが別で、キッチンが広そうである


「これ、これが良いです」

「んっと、これね。うん、良い趣味だと思うわ」

「有難うございます」

「でも、これだと今の家から学校を挟んで反対側になっちゃうわよ?」

「そうですね。構いません」

「そう、なら良いんだけど」


「じゃあ、手続きやっちゃおうか?」

「今、出来ますか?」

「うん、出来るけど、今度が良い?」

「いや、今やっちゃいたいです」

「分かったわ、ちょっと待っててね。書類を持ってマンションに行きましょ」

「はい」


そう言って、マヤさんは部屋から出て行った。

一人になってからもう一度、その間取り図を手にとってこれからの生活を考え始めた































「なぁ、惣流、そろそろどっかで茶でも飲みながら本題入らへんか?」

「んー、まぁ、良いじゃないの。美女二人とデートしてる風に見えるのよ?堪能しときなさい」

「無茶苦茶言うなぁ、お前・・・」

「無茶苦茶、美味しい思いしてる事に気づきなさいよ、アンタも」

「くっ・・・しっかし、お前ら、よう歩くなぁホンマに。女って動物は何で、こう、買い物にかける情熱が熱いんやろか」

「まー、そうよね、鈴原あんまり買い物無いしね」

「ぶー、ヒカリまで味方する」

「アホ。お前が呼び出したんやんけ、ほな、あそこの喫茶店にでも入ろうや、な?」

「んーと、ちょっと待ってね」



人が一杯居たら恥ずかしいし、知ってる人が居たらやだから確認しなきゃ・・・

窓の外から店内を見てみる

んー、知ってる人は居なさそうね。

席も・・・まぁ、空いてるし・・・ここなら良いかな・・・


「何見とんねん」

「うるさいわねぇ・・・OK、ここにしましょ」


「ふ〜、、、よう歩いたわ。ホンマに」

「あんた、そっち、私こっち座る。ほら、ヒカリはそっちね」

「この女席まで指定しくさる・・・」

「席ぐらいでガタガタ言わないの、ね、鈴原」

「わかっとるわ、委員長」

「ほいで?用件はなんや?」

「あ、えーと、アイスカフェオレ1つ。ヒカリ達は?」

「私はオレンジジュース」

「・・・茶でええ。」

「鈴原、何のお茶が良い?」

「あ、店員さん、ミルクティね」

「・・・・勝手に決めんなや・・・」

「茶でしょ?」

「・・・・」



窓際に座った私の席から、ガラス越しに空を見上げると青空の中をゆっくり、ゆっくり雲が動いている。

その雲がやけにゆっくり動いているように見えて、私は動きの少ない雲をぼんやりと眺めていた。

さっきから、馬鹿トウジは早く話し始めろと言わんばかりにこっちを見ている。

それは分かっているんだけど、どこから話して良いのやら私は悩んでいた。

悩む程聞く事は無いんだけど、悩んでいた。

何を・・・

初めて人に話す事だからココロが最後の抵抗をしているのかも知れない。

他人の前で、自分の素直な気持ちを認めてしまうのを。

ついに、馬鹿トウジの我慢の限界が来たようだ・・・



「で、何や、用って」

「ん、ちょっとね。」

「なんや、改まって、らしく無いやんけ」

「そう・・・かもね。うん。らしく無いんだけどさ。本当に・・・」

「アスカ? どうしたの?」

「あのさ、今日話す事は誰にも言わないで貰えるかな?」

「くぅ〜、、まどろっこしい。はよ、言えや。 誰にも言わへんて、わしも男やしキチンと守るわ」




何故か、相手がヒカリと、この馬鹿トウジなのにドキドキしてる。

何時からこんな風になったんだろう。

弱くなったのかな・・・

逆に考えれば、こういう風に自分の格好悪さを露呈出来る様になったのか・・・

前の私なら考えられない行動だと思う。

周りから写る自分は常に100点じゃ無ければ許せなかった。

今は・・・違う

今は周りから0点でも自分で納得出来れば良いと思うようになった。

でも、アイツには評価されたい。

誉めて貰いたい。

見てもらいたい。

優しくされたい。

他人と自分を比べて貰いたい。

アイツの事で他人には絶対に負けたく無い。




「惣流?」 「アスカ?」



私は呼ばれている事は分かっていたけど、この後に及んで、まだ、私のココロは抵抗している。

グラスの中の氷をストローでくるくると回しながら、気持ちを落ち着かせる。



「ね、鈴原。 最近・・・シンジから何か変な事聞いた?」

「は? 何やそれ。 具体的にはどういう事やねん。 それだけではわからへんがな」

「何でも良いの。 些細な事でも何でも。 何か最近相談とかされた?」

「んー、最近言うても、わし、疎開してたからなぁ。 帰ってきてからはまだシンジと会うてへんし」

「そっか。 疎開前には何か有った?」

「んー、まぁ、無い事は無いが、そんなに深刻な話でも無いと思うで。」

「例えばどういう話?」

「それは言えへんがな。 わしは些細な事かと思ったけど、奴は深刻やったかも知れへんしな」

「ちょっと、教えてよ」

「そうよ、ちゃんと言いなさいよ、鈴原」

「こらこら、何ぬかすねん。 今日の話は内証なんやろ? 言うてええのか?」

「駄目に決まってるでしょ」

「なら、シンジの話もでけへん。 分かるやろ?」

「言うなって言われてるの?」

「言われてへんけど、言うてええとも言うて無いしやな・・・分かるやろ?」

「ま、良いわ。 仕方無いもの」

「お、やけに素直やな? もう少し食いついてくるかと思ったわ」

「無理な事に時間使ってられないの」

「ふむ。何や切羽詰まっとるっぽいの。 ま、答えられる範囲でなら答えるわ」




切羽詰まってる?

私が?

そう・・・だよね。

切羽詰まってるかもしれない。

理由がしっかり有って引っ越すなら良いの。

だけど・・・理由が分からないのが辛い。

今まで、シンジの一番側に居たくせに、その理由も分からない。

シンジが凄く遠くに感じる。

ここで終わらせては駄目。

何事も結果を見ないと駄目。

結果を怖がっては駄目。

結果よりもその過程の方が100倍大事だわ。

そう、これが私よね?

切羽詰まってる私・・・

昔の私なら・・・きっと相談もしなかった。

今でも、やっぱり、プライド?って言うのかな、トウジの前でこんな事聞いたりするのは抵抗が有る。

格好悪い自分の姿。 切羽詰ってる自分の姿。

でも、格好は付けなくて良いよね?


私はそんな事を考えながらグラスの中で小さくなった氷をくるくると回し続けていた。




「アイツ。 引越すらしいの」

「シンジが? どこへ?」

「知らない。 取り合えず今の家は出てくって」

「うーん・・・聞いてへんなぁ・・・」

「そっか。 聞いてないか・・・やっぱり」

「しかし、惣流はシンジに出てけ出てけと言うてたやんけ。 それとも・・・惚れちゃったんか?」

「くっ、、、アンタに相談したのやっぱり間違いだったかも」




『シシシシ』  というカラカイ声が聞こえてきそうな顔つきになってる。

けど、構ってられないのよね。



「そうよ」

「へ?」

「へ? じゃ無いわよ。 ちゃんと聞こえた? 私はシンジが好きなの。」

「マ・・・マジかいや・・・」

「分かったと思うけど、私は真剣なの」

「・・・」

「下手な事では騙されないわ。 これは・・・鈴原を・・・トウジを友達だと思った上で相談してるの」

「そうか・・・」

「アスカ・・・」

「だから・・・お願い。 何でも言いから、何か有ったなら教えて」

「わかった。 ほな、さりげなく何か聞いてみるわ。 わし、そういうの苦手やねんけどな・・・」

「ありがとう・・・って何よその顔!」

「惣流にお礼言われると思わへんかったから・・・びっくりしてもうた・・・」

「うるさいわねぇ・・・・それと、アスカで良いわ。 私もトウジって呼ぶし。 ヒカリ、良いかな?」

「アカン・・・こいつも固まりついとる」

「な・・・ヒカリまで・・・」

「あ、、、いや、違うの。アスカが妙に正直に認めるものだから、びっくりしちゃった・・・」

「へへ・・・・ま、ちょっと、、、かなり恥ずかしいんだけどね」




「しかし、何で引越す事わかったんや?」

「え? 昨日シンジに言われたの」

「ほいで?」

「? 何よ?」

「ほいで、そん時、聞かへんかったんか?」

「何をよ?」

「何で、引越すのか、その理由をやねん」

「うん。 聞かなかった・・・」

「アホやなぁ、、、俺らの前で素直にならんと、シンジの前でなっとけや」

「言うのは簡単だわよね・・・」

「引越しするわ〜と言われてやな、ア、、、アスカは何て言うたんや? くそ、抵抗有るわ・・・この呼び方」

「ふふ、、ん、『あっそ』って・・・」

「それだけ? そいだけしか言わへんかったん?」

「うん・・・『私に関係無いじゃない、勝手にすれば?』って・・・」

「アホやなぁ・・・」


そういって、トウジは手の平を額に当てて上を見上げた


「アホ、アホ、言わないでよ。 これでも・・・結構自覚してるんだから・・・」

「ふむ・・・そやから、俺らの前で素直にならんとやな・・・」

「くっ・・・・」

「ま、ええわ。 何となく状況分かったわ。 けど、分が悪いわ」

「どういう事?」

「お前分わかっとらへんなぁ・・・」

「何がよ!」

「シンジが本能的に求めてるものを分かっとらへんと言うてるんや」


シンジが求めている物・・・?

この鈍感トウジですら気づいているのに・・・?

それは、何・・・?


「ま、よう考えてみいや。 その辺はわしからいう事とちゃうしな」

「・・・」

「考えなアカン事も有るやろ?」

「うん・・・考えてみる」

「ほな、今日はもう帰るさかい、ア、、、アスカも帰っとけ」

「くっくっく・・・」

「笑うな! アホ! 気ぃ使ってアカンわ」

「私はアスカで呼び捨てにされる方が楽だけど、ヒカリもそっちの方が楽なんじゃない?」

「え、、、ぇぇえ!?・・・あ・・・うん・・・そ、、、そうね」

「な、、、、なんやと!?」

「私の事名前で呼ぶなら、ヒカリも名前で呼んだら?」

「ひ、、、、、ひか、、、あ、、、あかん、わし硬派やってんぞ?」

「バッカじゃ無いの?」

「やかましい・・・」

「じゃ、出ようか」

「ほな、また来週!」




ヒカリ達と別れたあと、一人で帰りながら何故か心が軽かった。

きっと、シンジの事を話せたからだと思う。

結果は分からないけど、これってアタシ的には成長よね。

家に帰ったらシンジに何を言ったら良いんだろう・・・

ちゃんと、理由聞けるかな・・・

その事を考え始めると、途端に気持ちが暗くなる。

気持ちとシンクロする様に辺りも暗くなって来た・・・

さっきの青空が嘘の様に、夕日が真っ赤に雲を焼いている。















「ここ・・・ですか」

「みたいね。 私も来たの初めてだから。 でも、結構良いマンションじゃない?」

「そうですね。 うん。 思ったとおりで良かったです」

「そう? なら良かった」




確かに、良いマンションだ。

今時珍しい綺麗なレンガ造りのマンションである。

入り口には小さいけれど、住人が遊べそうな庭が有る。

間取りは、部屋こそ少ないが一つ一つがゆったり設計されていてくつろげそうな感じを覚えた。



引越しは今まで何回か経験したけど、自分の意志で引越しするのは初めての経験だった。

でも、思っていた感覚とは少し違う。

やっぱり・・・逃げて来るからなのかな・・・。



「マヤさん」

「ん?」

「ここ、何時から住めますか?」

「んー、3日ぐらい有れば手続きするわよ?」

「分かりました。 3日後で良いですか?」

「うん。 手続き自体は直ぐだしね。 本当にここで良いのね?」

「はい。 ここにします」

「そう・・・」



ここから、新しい僕の生活が始まる。

後悔はしてない。

いや、しているのか。

良く分からないや・・・。

でも、あそこに居ちゃいけない。

昔の僕とは違う。 これからは色々な意味で自立しないと・・・

大人にならないと・・・

って、誰に言い訳してるんだよ・・・僕は・・・。



「ふぅ・・・」

「疲れた?」

「あ、いや、そうじゃ無いんです・・・何か、実感湧かなくて」

「無理する事無いんじゃない?」

「いえ、今まで無理してきたので・・・」

「え?」

「あ、、・・・何でも無いです。気にしないで下さい」

「ふむ。 無理しちゃ駄目よ? シンジ君」

「はい。 有難うございます、マヤさん」

「さて、帰ろうか?」

「はい。 今日は、有難うございました。」





一人歩きながら、暗くなってきた路地をいつもよりゆっくり歩いている。

引越しが、急にしたくなった・・・しなきゃいけないという気持ちになった、
その理由をずっと考えていた。


『他人』と言われたコト?

何か違う。 それだけじゃ無い気がする。

自分に自信がナイ?

何か違う。 元々自信なんて無い・・・。

あの家は居心地がワルイ?

決して悪く無い。




一体、自分が『逃げて』来た理由が何なのか、段段分からなくなってくる。

引越そうと思った時、何も迷いは無かった。

あの時、アスカに他人と言われた事を自分の中で理由として掲げていたけど、
いざ、引越しが決まり、落ち着いて考えるとどうしてもそれだけじゃ無い気が
する

むしろ、全然違うところに理由が有るような気がする。




何か、アスカと顔を合わせるのがツライな

何故・・・

何故・・・

その理由は、決して定まる事無く頭の中で揺らいでいる・・・



次回 その先に



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