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一人は、いつもの様に歩き、もう一人は驚いている。
「そっか、皆帰ってきたんだ・・・」
「そうね。 暫くの間この町にはアスカ達以外誰も居なかったんだもんね」
「うん・・・」
街は一昨日とは一転して活気が有る。
見慣れた喫茶店に人が居て、見慣れた交差点で人が待っている。
アスカは全てが終わったあの時にさえ思わなかった事を思い出した。
この街・・・私達が守ったんだ・・・
そう思うと、不思議に嬉しかった。
今までのアスカなら、終わった瞬間に優越感に浸っていたに違いない。
しかし、使徒との戦いは彼女に強い影響を及ぼしていた。
そう、本人の気づかない所で、気づかない内に・・・
今まで誰も居ないゴーストタウンだった所が、活気に溢れている様子を見てドキドキしている内にあっという間に学校へ着いてしまった。
「おはよう!」
「あ、アスカ、おはよー!」
「きゃー! 元気だった? 皆無事?」
教室へ入ると、懐かしいクラスメイトの顔が溢れている。
正直言って、使徒との戦いの最中は彼らとの付き合いは薄い物だった。
話をすると言えば、ヒカリ、シンジ、トウジ、ケンスケぐらいだっただろうか。
しかし、こうやって会って見ると、何故か仲の良い「クラスメイト」に見えてしまう。
アスカは、満たされていた。
初めてと言って良い同級生との他愛の無い交わり。
彼女は使徒との戦いを終え、一人の少女に戻ろうとしている。
その頃、少年は・・・
「そうだよ、シンジ。 早く行かないと遅刻だぞ?」
「う・・・うん。ゴメン。体調悪くなっちゃって・・・」
「そやなぁ、今日は初日だから、行っといた方がええと思うけど・・・」
「ま、でも、今日は挨拶して終わりだろ?」
「それもそうやな・・・一人で帰れるか?」
「う・・ん、平気。」
「そっか・・・ほな、わしら行くわ。」
「シンジ、気をつけてな。 顔・・・真っ青だぞ?」
「うん・・・ゴメン」
「ええっちゅうこっちゃ。ほな!」
そういい残すと、彼らは学校へ向かって走っていった。
彼は真っ青な顔のまま、ふらふらと来た路を戻って行く。
シンジは考えていた。
何を・・・
いつも有るその風景、その人ごみ、その活気。
何を・・・
学校へ行っても・・・あの少女見ることは出来ない。
ふと、立ち止まると、くるりと方向を変えまるで引き寄せられるように歩いていく・・・
「この、住宅・・・壊れちゃったんだ・・・」
かつて、綾波 レイと呼ばれた少女が住んでいた住宅は完全に廃墟になり、跡形も無かった。
瓦礫の中を物をかき分けながら進むと、壊れた表札やドアの破片に紛れて汚れた包帯らしき白い布が見える。
シンジは大事そうにその包帯を折りたたみ、ゆっくり上を向くと小さく呟く。
「綾波・・・ゴメン・・・」
その少女が存在していた記録は一切無く、墓も無い。
住んでいた場所も、そのうち新しい何かに建て変わってしまうだろう。
その存在が如何に不憫だったか・・・。
強く、激しく、そして静かに・・・生きた。
確かに、生きていた。
少女は少女なりに、全力で、力いっぱい生きた。
そして、その少女は夏のあの日、居なくなってしまった。
シンジは、濡れた両目を拭うとその包帯をポケットへ入れ、静かにその場を後にする。
5歩・・・6歩進んだところでもう一度振り返ると、風で瓦礫の砂が舞い、シンジはもう一度静かに泣いた。
「ふぅ〜ギリギリだったな」
「そやな、初日からポカするとこやったわ」
「鈴原!初日から遅刻しそうになってるの?」
「い、、委員長、こ、、これにはわけが有るんや」
「へー・・・寝坊は理由にならないわよ?」
「ちゃうがな・・・シンジの奴がやな・・・っと、その前にトイレや」
そう言うと、トウジは走って教室を出ようとする。
勢い良く走り出した所でアスカとすれ違う
「あ、トウジ、おはよ。 相田もおはよう」
「お!惣流! 元気だったか?」
「まぁね、あたしが元気じゃ無いと思う?」
「はは、それもそうだな」
ジト目で、ヒカリがアスカに視線を送るが、一向に介さない。
「ところで、シンジは?」
「それがさ、来る途中気分悪くなったみたいで引き返したんだよ」
「え!? シンジが?」
「うん。 顔真っ青にしててな。 大丈夫かな、ちょっと心配だな」
「そう・・・じゃ、家に居るのかな」
「と、思うよ。あれじゃどこにも行けないと思うし」
「そう・・・」
「まぁ、そんなに心配するなって、風邪でも引いたんだろ」
「・・・別に、心配してないけど・・・」
「はは、惣流らしいや、ま、そう言う事だよ」
「それで、走って来たわけね」
「そうなんだよ、だから寝坊じゃ無いぜ、委員長」
「しかし、碇君が心配だわね」
「そうだな、惣流は今朝は一緒じゃ無かったのか?」
「ん、昨日ヒカリの家に泊まったから・・・」
「そっか、電話でもしてみたら?」
「そ、、そうね。 何か有ったら夕飯が食べれないわ。確認しなきゃ」
電話をかける口実としては余りにも無理のある言葉だが、その事についてケンスケもヒカリも触れなかった。
電話をしに、外に行こうとした時やっと担任が現れた。
アスカは一瞬悔しそうな目で担任を見ると、渋々席に戻っていった。
早く話が終わらないかなと外を見ながらボーっとしていると、突然担任の泣き声が聞こえてきてびっくりして前を見る。
「皆さん聞いて下さい。
皆さんに伝えなければならない事実があります。
先の戦火の中で、我が校にもその被害が及びました。
30名の学生が、その尊い命を落としてしまったのです。
この中にも親御さんを亡くされた人も居ます。
皆さん良く覚えて置いてください。
これが戦争という悲劇の残す残酷な結果だという事を。
これから皆さんは、生きていく上で周りの人と衝突する事も有るでしょう。
その時は、この悲しい事実を思い出してください。
避けて通れない争いと、避けなければならない争いは紙一重です。
その一瞬を、決して踏み違えない様にしてください。
そして、いつも感じていて下さい。
自分の命が、尊い命の上に成り立っている事を。
他人の命が、尊い命の上に成り立っている事を。
人の苦しみを分かる人間になって下さい。
では、皆さん、立って下さい。
彼らにさよならを言いましょう。 」
「黙祷!!」
アスカは、目を閉じて思い出していた。
自分のしてきた事を。
そして、あの少女の事を。
何故、今になってあの少女の事を考えているか不思議だった。
担任の言った『彼ら』にきっとあの少女も含まれているだろう。
チルドレンと呼ばれた仲間・・・
エヴァンゲリオンという名の繋がりを持った少女・・・
そして、きっと同じ少年を愛した少女・・・
少年の中にその瞳の輝きだけを残して、消えてしまった少女・・・
パンッ!
担任が手鼓を打つと、ゆっくりと目を開ける。
その後、担任から今週は午前中だけ授業をするという事だけ聞き、解散になった。
教室を出ると、すぐに携帯電話を取り出し家に電話をする。
「シンジ?」
「あ、アスカ」
「ちょっと、大丈夫なの?」
「うん、平気。だいぶ良くなったよ」
「そっか、今から帰るから待ってなさい」
「うん、ありがと」
思ったより元気そうなシンジの声を聞き、安心すると、家に向かって小走りに駆けて行く。
家に着くと、シンジはソファに横になっていた。
「シンジ、ただいま」
「あ、お帰り。ゴメン気づかなかった」
「また、すぐに謝る。」
「はは・・・」
「体調は? 風邪?」
「ん・・・」
「何よ、ちゃんと言いなさいよ」
「こんな事言ったら・・・変って思うかもしれないけど・・・」
「・・・・」
シンジはソファにちゃんと座ると、目を閉じた。
「近所・・・活気が戻ったね」
「? 何言ってるのよ、理由になってないわよ」
シンジは構わず続ける。
「でもね・・・でも・・・綾波が居ないんだよね」
「シンジ・・・」
「いつも学校に行くとさ、窓際で小説読んでるんだよ、綾波」
「・・・・」
「何も受け付けない虚無の目で、僕を良く見てた」
「・・・・」
「僕が綾波を守ってあげれなかった事実が、突然込み上げてきて、本当に怖くなった」
「シンジのせいじゃ無いでしょ?」
「僕一人のせいじゃ無いかもしれない。」
「そうよ・・・」
「でも、僕のせいでも有るんだよ」
「そ・・・れは」
「人間が、綺麗に要らない過去を忘れられたら良いのにね」
そこまで聞くと、アスカは立ち上がって厳しい目つきになる
「あんた!!ふざけんじゃ無いわよ!!」
「!?」
「何が、『忘れられたら良いのに』よ。ばっかじゃ無いの?」
「でも、悲しい事は・・・」
「悲しい事もあんたの一部でしょう!!」
「・・・・」
「ファーストが居た事は事実で、そしてファーストはあなたに出会った」
「・・・・」
「その事実まで消したいなら、墓すら無いファーストに失礼だと思わないわけ?」
「そうだね・・・・」
アスカは途中から泣いていた。
ここまで思われる綾波 レイへの嫉妬なのか、それとも本当に不憫に思ったのか。
一つ、ゆっくり深呼吸すると、アスカはシンジの隣に座り手を握る。
「あ・・・アスカ?」
「あんたは精一杯やったわ」
「・・・・」
「きっと、ファーストも満足していると思うわ」
「だけど・・・」
「そう、だけどファーストはもう居ないの」
「うん・・・」
「だから、その分も頑張らないとね」
「そうだね・・・」
ふぅっと一つ息を出し、手に力を入れる。
アスカが力を入れると、シンジも同じ力で握り返してくる。
二人とも目を閉じて暫く手を握り合っていると、アスカはゆっくりと手を離し涙を拭きとる。
「・・・元気・・・出た?」
「ははっ有難う」
「よし、シンジお腹すいた」
「うん、何か作るよ」
「馬鹿、今日は出かける予定でしょ?」
「あ、そっか、買い物か」
「忘れてたわけ?」
「う・・・ゴメン・・・」
「ま、良いわ、今回だけは特別に許してあげよう」
「あ、、、ありがとう・・・」
「どういたしまして」
そういうと、ペロっと舌を出して勢い良く立ち上がると、自分の部屋の方へ歩いていく。
「着替えてくる」
「うん。」
シンジは、アスカの後姿に向かってもう一度小さく声をかける。
気づかれない程小さな声で・・・
「ありがとう、アスカ」