第壱話
強力な視光線兵器を持ち
カッター兵器はエヴァの体すら簡単に貫くほどの強力な武器を持つ
使徒と呼ばれている生命体
その属性ゆえに冠せられた名前
ゼルエル
「負けられないのよ、この私は!!」
自らの存在意義を失いかけている少女
自らを誇示しようとトリガーを引き続ける少女
だが
後に名付けられた【力】の使徒の前では
人と、人の力の及ぶ兵器では為す術がなかった
彼女の代わりに吹き飛ぶ2号機の頭
これが
全てにおいて
悪い方向に走り始めた瞬間だった
挽歌の刻 第1話 「孤島」
巨大なクレーンに吊されている弐号機を見上げる少女。
今まで乗ってきた機体。ドイツにいたときからのつき合いの弐号機。
エリート意識と自尊心を支えていた機体、それらの象徴。
その機体はすでに活動をやめ、今ではガラクタ同然になっていた。
彼女の目が少しだけ潤み、唇を噛みしめる。
先程の作業員の言葉が脳裏にこびりついて離れない。
『あぁ、使徒は殲滅できたよ。エヴァ初号機の活躍でね』
その言葉は彼女の心を狭く暗い路地に追い込んだ。
何もできなかった相手・・・傷すら付けられなかった相手を・・・碇シンジが倒した。
今まで何の取り柄もない、つまんないし、
くだらないし、暗い内罰的なサイテーの男としか写らなかった奴に負けた・・・
彼女の全て、彼女が人生を賭けて打ち込んできたと言えるこの巨人の操縦で負けた・・・
彼女の目に映る弐号機は頭もない。腕もない。
クレーンがないと動きもしない巨大な物体。
今回ばかりは彼女自身の色目で見ても明らかに惨敗だった。
今までのアスカはさしたる活躍がなく、ただエヴァを使徒に破壊され続けていた。
が、今回ほど惨敗ではなかった。それに今まではおいしいところをシンジに
取られただけで、使徒を倒せたのは私の力があったからという自負が彼女にあった。
だが、13使徒バルディエルには成す術なく敗れた。
しかし、その相手をあのシンジが倒した・・・
彼女の中で、今まで自分が使徒を殲滅したんだという自負がボロボロと崩れ始める。
そして今回の惨敗。
今回も、イカリシンジが使徒を殲滅した。
誰の目から見てもアスカはシンジに劣っていると見える。
その事は、アスカにも重くのしかかってきた。
周囲のアスカを見る目が、彼女には冷たく刺さってくる。
その視線がたまらなくイヤだった。
何より、シンジより劣っているパイロットというレッテルを
貼られたことが気に入らなかった。
(なんで、何であんな奴に・・・
私は子供の頃から訓練を受けてきたエリートパイロットなのよ。
なのに・・・なのに何であんな訓練もしないでポッと出の奴に・・・
サイテーの男に・・・負けた・・・エヴァの操縦で・・・負けた・・・
ちきしょう・・・ちくしょう・・・ちくしょぉぉ・・・)
アスカの目頭が熱くなった。が、彼女大きく深呼吸してその感覚をかき消す。
(こんな感覚はいらない。泣いたって誰も慰めてくれないもの。見てくれないもの。
ここで涙を落としても弱くなるだけ・・・私は強くなるんだから・・・
そうよ・・・今負けたんだったらまた追い越せばいいだけよ・・・)
だが、その結論に行き着いた彼女は、
碇シンジに負けたことを認めていた自分がいることを悟った。
自分が最低な男と思っていたシンジに負けた。
その自覚は、彼女にとってはこの上なく屈辱的だった。
「何なんだ?一体」
弐号機の撤収作業を進めていた作業員が、呆然と自分達を見上げるアスカを
指さしながら、同じく作業を進める同僚に声をかけた。
「さぁな、別に良いんじゃねぇの。俺達には関係ないだろ」
手は忙しくケーブルを繋いでいる。
「しかし、派手にやってくれたよな。あのガキ」
「まったくいい迷惑だぜ。最近はあのガキの後始末ばかりだ。やってられないぜ」
「仕方ないさ。あんなヘボパイロットの担当になった不運を恨むよ。
どうせ壊すのなら使徒の1体でも倒してくれりゃぁいいがよ」
「俺達はやられ役のエヴァの整備班だものな」
「ホントに初号機整備の連中がうらやましいぜ」
「全くだ。たとえ壊れても使徒殲滅の勲章が付いてるものな。次も倒してくれよ、
って気持ちで、整備にもやる気が満ちあふれるよ」
「だけどよ・・・俺達は惨めだよ。壊される為だけに整備してんだから」
「しかも使徒を倒しもしないで、ただやられるだけだものな」
「最悪だよ、もううんざりだ」
「全くだな。早く5号機が来て欲しいぜ。俺は真っ先にそっちの整備班に志願するよ」
「俺もそうしようかな。今のヘボパイロットよりは見込みがあるかもな」
「おい、それくらいにしないか。聞こえるぞ」
少し離れた所で作業をしていた男がアスカを顎で示しながら、彼らを諭した。
だが、一人の男は更に大声を上げて言葉を放った。
「別にエヴァを破壊されても構わないけどよ、
傷くらい付けてくれなきゃむくわれね〜んだよな!ったくよぉ!やってられねぇよ」
彼らは普通の声で話していたのだが作業員達の声は大きく、
当然アスカの耳にも彼らの話し声は全て聞こえていた。
「ちきしょぉぉぉぉぉ!!!」
その場で大声を張り上げるアスカ。
彼女はそのまま、あてもなく全速力で走りだした。
「バカ、やっぱ聞こえてたみたいだぞ」
「構うもんか。聞こえてた方が次からはしっかりやってもらえんだろ。
いい加減にして欲しいぜ、あのガキ」
ターミナルドグマに立つ一人の男を複数の瞳が彼を見つめていた。
だが、彼は気にした様子はない。
その瞳には、生が宿ってはいないのだからさして気にはならなかったのだろう。
「レイの経過はどうなっている」
その男、碇ゲンドウ。
特務機関ネルフの最高責任者が、隣で控えていた赤木リツコに訪ねる。
「今は安静にしています。
目を少し痛めただけですので1週間もすれば退院できるでしょう。
零号機は3日後には作業完了の予定です」
ゲンドウは数え切れないほどの視線の一つと自らの視線を重ね合わせ、
彼女の感情のない笑顔をジッと見ていた。
「だが今は何が起こるか判らん。非常事態になったらレイを消してダミーに移せ」
リツコはその言葉に対し、
「わかりました」
身じろぎもせずに、指令が退出したのを確認した後、水槽の電源を落とした。
「次は・・・あなた達の誰に魂が宿るのかしらね・・・」
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・・・」
息が上がったアスカの前には1枚のドアがあった。
(ちくしょう、ちくしょう、私だって一生懸命やってるのに・・・
何でアイツに勝てて、私に勝てないのよ・・・)
屈辱と、厳しい現実を前にして、逃避することしか出来なかったアスカ。
夢中で走り続け、彼女は気づけばまたここに来ていた。
意識していたわけではない。だが、足が自然とこのドアに向かっていた。
(・・・いるかな・・・加持さん・・・)
アスカは躊躇しながらも、ドアの前に立った。
『シュッ』
ドアが開くに従い、部屋の中がアスカの目に写し出される。
椅子に座り、なにやら打ち込んでる男がそこに座っていた。
アスカは1歩1歩、彼の背中を見ながら歩みを進めていく。
どういう声が彼から出てくるか不安だった。
アスカは強がってはいたが、臆病になっていた。
(もし・・・加持さんにまで・・・)
加持はプラグスーツ特有の足音と、髪のほのかな香りから
部屋に入ってきた人物を特定する。
「大変だったな、アスカ。体は大丈夫か?」
振り返ることなく、キーを叩きながら口を開く加持。
「えっ・・・うん・・・」
加持の言葉と共に止まるアスカの足。アスカは気づけばそう返答していた。
「そうか、それは何よりだ。エヴァの首は治せるが、アスカは一人だからな」
アスカの視線が彼女の心とともに斜めに落ちる。
「・・・また、やられちゃった。加持さんも知ってるみたいだけど・・・」
トーンの落ちた、力無い彼女のセリフ。加持はいつも通りのトーンで続ける。
「アスカはよくやってた。恥じることはないさ」
アスカにとって、加持のセリフは慰めにしか聞こえなかった。
慰めの言葉に対し、アスカの感情はより高ぶる。
「良くやってた?!ただ税金の無駄使いしてライフルをぶっ放してただけよ!
何も出来ずに負けたのよ!何もやってないのよ!」
そう叫びながら、加持の背中に幾度もぶつかるアスカの手のひら。
加持は黙って、アスカの痛みを代弁するその行動を受け入れていた。
「何で!何でシンジに倒せて私に・・・何で・・・私に使徒が倒せないの・・・
今回だけじゃない・・・前も、その前も、その前だって
私が倒したとは言えないじゃない!シンジだけが活躍してるのよ!!
悔しい・・・悔しいよ・・・加持さん・・・私、精一杯やってるのに何で・・・」
アスカの声が消えた。加持の広い背中に顔を埋め、
必死に熱くこみ上げる物を押さえていた。あの時以来、涙を流したことはなかった。
泣きたいときは何度もあった。だが、彼女は今まで表に出したことはなかった。
強がり、自らを誇示することで弱い部分を隠そうとした。
幼児期に願った事、強くなりたい、一人でも生きていける、一人で生きる。
その思いが、彼女に泣くことを忘れさせた。いや必死で忘れようとしていた。
些細な事なら、アスカは強く対処出来るようにはなっていた。
だが、今回受けた屈辱は、今まで耐え抜いてきたアスカでも涙腺のゆるみを故意に
押さえようとしなければ、押さえられるレベルのものではなかった。
そして彼の背中が、アスカを一層弱い女にしていた。
必死で悔しさから発狂しそうな感情を抑えるアスカに対し、
加持は、キーボードに走らせていた手を止めた。
「アスカ、感情を殺すのはやめろ。楽しいときには笑い、辛いときは泣け。
・・・素直な感情を表に出した方が、人間としてはリアルだ。我慢することはない」
加持が座っていた椅子が【キィッ】という音と共に180度回転する。
そのまま、加持は胸でアスカを受け止め、加持の両腕がアスカを優しく包み込んだ。
「弱い部分を他人に見られたくないのなら、俺の胸で泣け。
ここでならシンジ君にも、葛城にも、誰にも見られることはない。
思い切り泣いて、いつものアスカに戻ればいい。
いつまでも思いを引きずって、落ち込んでるのはアスカらしくないぞ」
『シュゥッ』
一枚のドアが開き、無言でマンション内に入ってくる少女アスカ。
今日はシンクロテストもなく、学校からまっすぐ帰ってきた。
ここ3週間、時折行われるシンクロテスト以外は、
マンションと学校を往復するだけの日々が続いた。
ヒカリはトウジの所に見舞いに行くので忙しいようで、放課後は病院に行き、
休み時間にはどこかに電話をかけに行ったりして、アスカの相手はしてくれなかった。
最初のうちはアスカも彼女を放課後に誘ったりしていたが
3日目には誘っても無駄だと悟った。
ヒカリ以外に話す人間もいないアスカは、自分の席で一人でいる時間が増えていった。
時々男子が話しかけてきたが、彼女は冷たくあしらう。
そんな彼女に、話しかける人間も日に日に少なくなっていき、
今では学校に出席を取りに行くだけになっていた。
唯一のコミュニッケーションの場のシンクロテストも彼女とレイだけ。
それと仕事をこなすネルフ職員の面々。
その場所に会話があろうはずもなかった。
シンジの姿が見えないのは多少気になったが、
顔を見たくもない奴がいないのは、むしろ彼女にとっては歓迎すべき事だった。
彼女は自分の靴を脱ぎながら、玄関の床をチラリの眺める。
しかしそこに靴は一足もなかった。
「・・・いつも通り、か・・・」
ほつりとそう呟くと、彼女は自分の部屋へ歩みを進めた。
自分の部屋に行く最中に、リビングを通る。
彼女の目に、電話機のランプが赤く点滅しているのが見えた。
『パッ・・・パッ・・・』
と、灯っては消えるそのランプをアスカはしばらく眺めていた。
どれぐらいその場でランプの営みを見ていたのかは分からない。
日が落ちかけた室内の中で、彼女の人差し指が点滅するランプと重なり、
光がアスカ指を赤く照らした。
『あぁアスカ、おかえり。チョッチ今日は帰れそうにないからいつも通り
なにかデバってね』
彼女の指が光から離れた後もランプの営みは続いていたが、
アスカは『消去』のボタンに手をのばす。
すうっと光が消え、点滅を終えたランプに目を落としながらアスカはぼそりと呟く。
「今日も、でしょ・・・」