<どこか>


「やってくれたね、老人方」


 暗闇に浮かぶ三対の紅い瞳。
 血の塊を炎にくべたように赤く、鷹の目よりも鋭い。



「ふん、このまま貴様らのワケのわからん思惑通りに事を進める気はない」


 しゃがれた老人の声・・・・・・機械で変調でもさせているのか、不思議な響きを持っているため性別は分からない。
 悔しそうな、それでいてしてやったりと嬉しそうな感情を持っている。



「まったく・・・・・。なんで仏心を出してあなた達を生かしておいたんでしょうね?」


 問いかける相手は自分か、それとも仲間か。
 暗がりから姿を現した、銀髪の少年が口元に肉食獣の笑みを浮かべながら尋ねる。





「仏心?
 貴様らはただのサディストだ。
 我々だけを生かし、計画が、神の道が絶たれて絶望する様子を見たかっただけだろうが」


 激高する声。




「・・・・・・否定はせん。
 だが、面と向かってそう言われると、頭に来るな。なにより貴様らに裏をかかれたかと思うと・・・・」



 新たに姿をあらわにした銀髪の少年とも少女とも判断できない顔をした人物が、端正な顔をゆがめながら言う。
 心なしか、生臭い臭いが漂い始める。



「そうね。使徒を死ぬ寸前まで追い込んで洗脳するのは、ただ倒すよりも何倍も大変で、数え切れないほどの犠牲が必要だったわ。
 その苦労が、無駄に・・・・、いえそれどころか私達の計画が無になるかも知れないなんて・・・。
 それもこれも、過去の存在にすぎないあなた達が使徒を解き放つから!」




 最後に長い銀髪を持った少女らしき姿が見えた。
 声に比べ、顔が完全に無表情なためかえって恐ろしさを感じる。






「既に死を覚悟した我々だ。
 今更そのようなことを言ったとて、無様な姿を見せるか」
「さよう、死海文書から完全に離れた貴様らの計画よりも、まだ使徒によるサードインパクトを望むよ」
「少なくとも、貴様らの思うとおりになるつもりはない。だからこそ、余計な危険を冒してまで旧型のゾイドもみんな使徒の一部として解放したのだ」



 半ば物質的な圧力を持った殺気を前に、口々に自らの覚悟を語る老人達。
 言わなくても良いことまで言うのは、やはり恐怖を感じているからか。


「赤い海に、ただ、何も考えることなく浮かぶことのどこが補完だ。あれが貴様らの希望か。
 エデンこそが牢獄だったと、なぜ気がつかん?希望こそ、人間にとってもっとも余計なものだったとなぜわからん」


 軽蔑したような顔で少年が言う。
 目の輝きがいっそう増し、空気がナイフのように張りつめていく。





「死を恐れないと言ったわね・・・。
 どこまで本当か、ゆっくり聞きたいわ」





 左に立っていた少女が鈴の声音でそう言うと、性別不詳の人物が組んでいた手をゆっくりと解いた。老人達は気づかなかったが、異様に爪が長くなり、雪のように白かった肌が、黄色と黒色の斑になりかかっている。まるで蜘蛛の足のように。

 初めて表れる感情はその口元に浮かぶ、凄惨な笑い。
 手足を一本一本もぎ取ろうと考えているのか、それとも生皮を剥いでやろうと考えているのか。

 血の臭いのする笑いだった。
 ゆっくりと、粘つく唾液で濡れる口を開けていく。さながら蛇が口を開くように、









「なめるなよ!死を覚悟した我々だが、ただでやられると思うな」
「さよう、貴様らがダミーに変わってエンブリヨシステムを開発したのと同じように、我々もチェンジリングシステムを極秘開発させていたのだよ。
 ゾイド生命体をエネルギーに活動する、生きたエクソスケルトン(強化外骨格)!」



 その叫びと同時に、老人達の影の中から鉄骨でできた蛇のような物が現れ、老人達の全身を包んだ。
 老人達は高らかに笑う。


「はははは、その気になればいつでもこれを着ることは出来たのだ!」
「さよう。このスーツはATフィールドを中和できる。これが何を意味するか分かるだろう」
「ATフィールドさえなければ、おまえ達など生身の人間だ。我等の敵ではない」



 先頭にいた老人、今や直立歩行したブルドーザーと言った外観の強化外骨格を着込んだ彼は、無造作に鉄塊のような腕を叩きつけた。その顔に、鮮血の美学を想像したのかとてつもなく嬉しそうな笑みを浮かべる。

 だが。













「ば、馬鹿な!なぜ生身の貴様らがこの一撃を受け止められるのだ!?」




「ゼーレ議員、アークエンジェルことウォーレン・ワージントン卿。
 あなたに答える必要はない」


 そう言うと、左手で一撃を受け止めた性別不詳の人物は、無造作に右腕を伸ばした。
 人の腕から、蟹のハサミのような不気味な形に変じた腕を。

 銀色のハサミは外骨格ごと、老人の腕を切断した。
 老人の顔が驚きで歪み、一瞬遅れて口を極限まで開いた。


「ひぎゃああああああああっ!?」


 吹き出る血の勢いで腕が生きているかのようにのたうち、室内に血の臭いが充満する。


「さあ、パーティーだ」

 人の姿を捨てた仲間の代わりに、洒落っ気たっぷりとポーズを決めながら少年は楽しそうに呟いた。










『ガオオオオオオッ!!』

「た、助けてくれっ!」
「ぐびゅるっ!?くああああ・・・・」

 ワニのような尻尾をはやし、全身から鱗と肉切り包丁のような角を無数に生やした、人間と恐竜、蟹、ムカデを足して割ったような不気味な生物が老人達を引き裂いていった。
 無慈悲に、生きたまま、哀訴や命乞いの声を楽しそうに聞き流しながら。










「・・・・・ザラダン、そのくらいだ。殺してしまっては意味がない」
『ぐるるるっ・・・』

 少年の言葉に、ザラダンと呼ばれたもと性別不詳の人物は動きを止めた。
 その足下では、なぜ生きているのか分からないくらいに全身を引き裂かれた老人達が、呻くことも出来ずに血の海に横たわっていた。
 真っ白な服が血で汚れることも構わず、少女がそっと膝をついた。彼らをそれ見なさいと皮肉っぽい目で見ながら、そっと呟く。


「死んで楽になれると思ったら大間違いよ」



 その言葉と同時に、壁を突き破って巨大な影が室内に飛び込んできた。
 壁の割れ目から光が入り、室内を照らし出す。

 意外に広い部屋に、2人の人間と全長3mはありそうな怪物、三体の半死体、そしてドーベルマンによく似た、なめらかな金属の外殻を持つ、巨大な青色のゾイドがいた。
 冷え冷えとした冷気を身に纏うゾイドを前に、少年が高らかに叫ぶ。

「アイスブレイザーのメドゥーサ!シャルギエルの名において命ず。
 汝の生け贄を喰らうが良い!」



 次の瞬間、青いゾイドは床に転がっていた三人を無造作にくわえ、呑み込んだ。
 かみ砕く鈍い音、咀嚼音、そして嚥下する音が聞こえる・・・。

 その眼の赤い輝きが増し、そのゾイドは満足そうにうなった。


「魂すらも無に帰すその時まで、ゲヘナの火で焼かれて苦しみに悶えるがいい・・・」
































METAL BEAST NEON GENESIS

機獣新世紀
エヴァンゾイド



第6話Cパート

「歪んだ生と死の狭間」



作者.アラン・スミシー


























『総員第一種戦闘配置』
『地、対空迎撃戦用意』


 発令所に次々と状況が伝えられ、待機していたオペレーター達がけたたましく各種データを報告する。
 彼ら全員の緊張感は、今までで最高に達していた。
 無理もない。
 ネルフの有する、ほぼ全ての戦力が無力化しているからだ。
 無論、兵装ビルの武器やネルフ所属のメーザー戦車群、VTOL、大気圏専用可変戦闘機などは使用できるが、それらはあくまで使徒の牽制用である。これらは厳密な意味では使徒への戦力ではない。

 疲労と、諦めに似た感情と、必死になって足掻く生きようとする意志が混じり合い、形容不可能な空間を形作る。


「目標は?」

 ユイ達が地下に降りて不在な事も含め、居心地の悪いものを感じている冬月が厳しい顔で青葉に問う。
 青葉が八つ当たり気味の声に少し胃を痛くしながらも、すぐさま答えた。答えながらもその眼はモニターに釘付けで、現在進行形で現状を報告する。


「現在侵攻中です!駒ヶ岳防衛線を突破、最終防衛ラインの独立機動連隊と抗戦に移ります!」
「独立機動連隊・・・・か。
 彼ら・・・・・・なのか」
「完成したばかりの秘密兵器、移動要塞で使徒の迎撃を行うと連絡がありました」

 冬月がわずかに呻く。気のせいか顔色が凄く悪い。
 かつて会ったことのある、独立連隊の隊長の顔を思い出したのだ。
 はじめは、冴えない中間管理職・・・・私と同類か。
 などと思っていた。
 いたのだが、しばらく彼と会話してその正体を悟ったとき・・・・。

 その時のことはハッキリ言って思い出したくないと言うか、記憶から速攻デリートしたい。



 まあ性格や趣味的に問題は多々あるが、せっかくスカウトした人材である。プラスとマイナスどっちが大きいかは判断が付かないが。なんと言ってもかつて凹まされたとは言え、ユイ君達に喧嘩を売ったらしい。

(まったく良い度胸だ)

 そして彼とそのスタッフ達はゼーレの手が伸びていない、貴重な存在だ。だからこそ、扱いづらいのも確かではあったが。

 そう言えば、彼は戦いの前、何か策があると豪語していたらしい。
 どんな策があるか知らないが、恐らく使徒には効果がないだろう。ATフィールドをどうする気か。使徒の攻撃により、有為の才能が無下に散る可能性に冬月は心を痛めた。
 だが、少なくとも使徒到着予定時間+10分間の時間が今のネルフには必要なのだ。

(たったそれだけの時間を稼ぐために、何人もの人間を・・・)



 やはり、自分は残酷にはなりきれないのかも知れない
 心のどこかでそう思う。
 この戦いが終わったら、一度休暇を取るのも良いかも知れないな。酒を浴びるほど飲んで、ユイ君にセクハラするのも面白いかも知れない。


 場違いに冬月はそんなことを考えながら、山腹の秘密射出口から出撃する移動要塞の姿を見ていた。顎が一瞬遅れて、がくんと落ちる。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・趣味に走りすぎだな」
「そうッスか?結構良い趣味してると思いますけど」
「君には失望した」


































 ジェットの尾をなびかせながら、空飛ぶアイロン・・・・もとい、ネルフ秘密兵器『スーパーX』が猛スピードで最終防衛ラインに迫る使徒、ゼルエルに向かっていた。

「一尉。あと1分で戦闘区域に到達します」
「わかった。
 ・・・・だが、君はまだ覚えていないようだな」
「はっ、申し訳ありません、閣下」

 副官の報告に頷くと、一尉・・・否、閣下と呼びなおさせた、三十代後半の冴えない顔した男は表情を変えずに頷いた。もちろん、彼は本当に元帥とかなわけではない。


「たぁだの趣味だ」

 謎の呟きの後、腕時計、正面のモニターに映る外の映像、レーダーや各種情報処理用モニターに映る映像を確認した後、再び頷く。


「ふむ、予定通りだ。
 これより、我々は戦闘態勢に入る。
 打ち合わせ通り、各可変戦闘機小隊、メーザー戦車連隊、VTOL部隊は敵ゾイドの迎撃。
 間違っても使徒には攻撃するな。
 怒濤の反撃にあうからな」

 彼以外の乗員、及び他の隊員達も充分に分かっていることだったが、敢えて繰り返す。
 これだけ注意してもパニックに陥った人間は何をするか分からない。
 念には念を入れなければならないのだ。


「閣下、使徒を射程圏内に捉えました!」
「よし、各機散開。護衛の敵ゾイドを排除せよ!」


 スーパーXを中心にフォーメーションを組んでいたVTOL、メーザーヘリ、可変戦闘機が蜘蛛の巣のような煙の跡を残しながら、散開した。

 スーパーX内のオペレーターが報告をする。

「・・・・・センサーにATフィールドの反応ありません。また、資料と照合した結果、敵ゾイドはシンカーであると思われます」
「シンカー・・・?
 確か、空飛ぶ潜水艦とか言う2つ名の、エイ型ゾイドか。
 ・・・・ATフィールドは本当にないんだな?」
「はい。使徒、ゾイド共にATフィールド無展開です」

 ATフィールドが無いという報告に、・・・・・冬月曰く、趣味走りすぎの男・・・・・時田シロウは顎に手を当てて、少し考え込んだ。

 なにかの罠だろうか?それとも、ATフィールドを展開できない理由でもあるのだろうか?
 せっかくの対ATフィールド兵器が使えなくてつまらな・・・げふん。
 一体何を考えている?それほど自信の防御能力に自信があるのか?
 ちょこざいな・・・、目に物を見せてくれる。




 余談だが、本当のところは、ATフィールドを張ることが出来るほど、シンカーに搭載された操縦システムが高性能でないだけである。初期に使われていた機械式の操縦システムなのだ。時田にとって幸いなことに、老人達はゾイドを使徒のオブションとして送り出したは良いが、満足のいく状態でとはいかなかったらしい。









 無論、そんなこととは知る由もない彼は静かに考え込んだ。

 罠か、それとも・・・。

 こんなとき、あの三人+αの魔女達ならなんと考えるだろう。
 『こんな事もあろうかと!』と三人が三人とも口々に言いそうなあの三人+αなら。

 あんな怪しいおばさん達のことを考えるだけ時間の無駄か。
 似合わないことこの上ないが、フッと鼻で笑いながら青葉以上に長く伸ばした長髪を軽く玩ぶ。












(仮にも上司に向かって怪しいか・・・。
 怪しげな組織にアゴで使われてる、自分の言うセリフじゃないな}


 副官に気づかれないように、ちょっとだけ唇の端をゆがめると、時田は考えるのをやめた。
 例え敵がどんな小細工をしていようと、堂々と正面からうち破る!
 それが自分の設計したスーパーXのコンセプトだ。

 外壁は怪しげな組織(ネルフ)から技術支援を受けて作ったオリハルコン合金の三層重ね。
 更に表面にダイアモンドコーティングを行い、粒子ビーム兵器や熱線、レーザーに対しかなりの抵抗能力を有している。
 武器だって、独自に開発した秘密兵器だ。
 間違いなく、現時点に置いて100%人間の手によって作られた最強最大の兵器。
 ある意味、力に魅入られた存在である彼の心の象徴。


「例えどんな罠があろうと、この私が設計したスーパーXは退かぬ、媚びぬ、省みぬぅっ!!!
 突撃あるのみだっ!!」

 やや逝った目をしながら、時田は叫んだ。

「行けいッ!
 10分の時間稼ぎどころか、今ここで倒してくれるわっ!!
 そしてピラミッドみたいな記念碑を作るのだぁっ!!!」


















 戦闘は一進一退だった。
 使徒は自分に対して攻撃をしかけない限り、すぐ横を飛んだとしても全く無頓着。今までの10回以上にも及ぶ使徒との戦いから、ネルフ独立連隊隊員達はその事を学んでいた。余談だが、ゼーレから何らかの因果を含められたらしい戦自は、使徒と積極的に戦う気がないらしく、見てるだけであった。効きもしない攻撃で、無駄に隊員を殺したくないのだろう。

 触らぬ神に何とやらである。





 だが、使徒はともかく、その周囲を蚊柱のように囲む無数の小型ゾイド達は違った。

 さながら、蛇やカエルが動く物に反応するように、接近してきた戦闘部隊に貪欲な攻撃をしかけていた。


「クソ、ちょこまかしやがって!」

 VTOLのパイロットが口汚く罵りながらも、逆三角形をしたシンカーの後ろをとる。
 VTOLのスピードは決して速いわけではないが、シンカーの速度は他の鳥型ゾイドなどに比べ、圧倒的に遅い。元が水中用ゾイドだから仕方がないとも言える。




「仲間の仇だ、墜ちろ!!」

 パイロットがトリガーを押すと同時に、両翼に装備された30mmバルカンが火を噴き、秒間30発の鉄鋼弾がシンカーに発射された。


 通常なら確実に命中する必殺の一撃。
 だがシンカーは片方のジェットエンジンを全開に、もう片方のジェットエンジンを逆噴射するという、常識では考えられない方法で急速に軌道を変えて、その攻撃をかわした。
 ネズミ花火のようにぐるぐる回って、直角に進路を変えて逆にVTOLの後ろを取る。
 焼けた砲弾がむなしく飛んでいく。コンピューターが警告の電子音をけたたましくがなり立てるのを、パイロットが口をぽかんと聞いていた。


 そのまま呆気にとられるVTOLめがけて、シンカーは逆襲の化学線ビームを撃った。
 装甲が一瞬でガスになり、ポップコーンができあがるときのような音がしてVTOLの側面に黒い穴が穿たれた。機体を撃ち抜かれたVTOLはフラフラしながらも、何とか不時着しようと必死に姿勢を保とうとする。

 シンカーは見逃さず、とどめを刺そうとヒレを羽ばたかせて急速接近を開始した。
 与えられた単純すぎる命令・・・・敵を倒すという本能によって、目の前に獲物に迫る。故にこそ周囲の状況、特に自分の背後を忘れてしまうシンカー。
 そこにすかさず、真後ろから近づいた他のVTOLや可変戦闘機が、大口径バルカン砲やミサイルを撃ち込んだ。


ガガガッ!
チュドーーンッ!

 銃弾がシンカーの装甲をえぐり、わずかに遅れてミサイルが紅蓮の炎に包み込む。
 だが装甲が戦車並に厚いシンカーは、少々ふらつくがまだまだ大丈夫そうだった。
 大きく弧を描いて一時離脱すると、なんとか乱れた姿勢を整えて、近くを飛んでいた可変戦闘機に特攻する。もう、自分が長く飛んでいられないと判断して、無謀すぎる特攻だった。
 すかさず、地上から正確に狙い定めた対空メーザー車両が、空気に反応して青白い光を放つメーザーを命中させた。

 爆発四散するシンカー。
 だが、シンカーも負けずに水空両用の魚雷を、メーザー車両に撃ち返していた。
 爆音の後、足の遅さ故に逃げることも出来ず、車両は乗員もろとも焼けた鉄の棺桶と変わった。





















 戦況がゆっくりとだったが、変わっていった。

 動きの玄妙さに最初のうちこそ、撃墜されていた迎撃部隊だったが、次第にシンカーの動きがシューティングゲームの敵のように、一定のリズムで動いていることを見抜くようになったのだ。それにトリックじみた飛行は可変戦闘機の十八番でもあった。

 シンカーが通称、ゴードンターンをすれば可変戦闘機もいきなり足を出して空中停止するなど、大技を見せて対応する。


 冷静に、一機に数機がかりで挑み、確実に撃ち落としていく。
 撃ち落とされ、シンカーは数を減らしていった。

 そしてトドメとばかりに、スーパーXが参戦したことにより、戦いの均衡が大きく戦自側に傾き始めた。

 スーパーXの無茶なハイブリットバルカンが火を噴くたびに、シンカーは体液をまき散らし、甲高い悲鳴をあげながら地面に落下していく。
 スーパーXがどこに入っていたのか疑問に思うほど巨大なミサイルを撃つたびに、シンカーは炎に飲まれ爆発していった。



 時田がガッツポーズをとった。
 ここまで見事な勝利を収められるとは、彼自身思ってもいなかったのだ。
 なんと言っても、スーパーXは今日が初戦だったので、不安がなかったと言えば嘘になるだろう。
 だが、結果は撃墜されるどころか、逆に100近かったシンカーを全機撃ち落とすという快挙だ。

「これでこそ、これでこそ空飛ぶアイロン、私のスーパーX!」
「シンカーの99%は撃墜しました。残る目標は使徒だけです」
「目標、使徒に変更。秘密兵器の硫化水銀弾の封印を解け!」











 時田の言葉と同時に、厳重に封印された弾薬がチャンバーに充填され直される。

 硫化水銀弾・・・・・。

 これこそ、時田が科学の力で調べ上げた、ATフィールドを中和できるかもしれない兵器である。もっとも、この情報はとある武器を解析し、もっともそれに近しい物質の名前をさりげなく伝えた、某女史の作品といえるかも知れない。

「本当はカドニウムの方が良かったんだが・・・」

 そんなもの撒いて環境汚染する気ですか?

 と、突っ込む部下達はおらず、ただ黙々と指示通り弾薬の準備を火器管制に命じていく。まあ、時田も時田だが部下も部下だ。硫化水銀もカドニウムもどっちもどっちなくらいの毒なのに、大事の前の小事とそんなことは気にしない、いい性格らしい。

 そして、


「良し、全弾発射!」

 今にも甲板に仁王立ちしそうなくらいハイテンションの時田が、頭上に掲げた手を振り下ろした。同時に、スーパーXは爆発したと錯覚を起こしそうなくらいの勢いで鉄鋼弾を、ミサイルを百花繚乱と撃ちまくった。
 はなからATフィールドを張ってないのだが、使徒の体が直に爆炎と不思議な色合いの霧に包まれていく。心なしか、その顔らしき部分が苦痛に揺らいでいるようだ。

(いける)

 時田の目がキランと光り、拳が血管が浮き出るまで強く握られる。


「凪ぎ払えぃっ!!!!」

 主砲が荷電粒子の奔流を吐き出す!



 そして、太陽の風を背に受け、スーパーXは爆炎の向こうに突撃を開始した。

「いけっ!!この圧倒的な力にかなう者など、誰もいない!
 くくっ、もうおばさん達にでかい顔をさせんっ!!!
 今日から俺の時代だ。
 中央大陸は、この私のものだっ!
 だーーーーーっはっはっは!」

 煙の向こうから、何事も無いかのように無傷のゼルエルが姿を現したのはその直後のことだった。



 嘘?




 時田達の顔が間抜けな状態に固まる。

「な、なにぃっ!?」

 使徒の目に光が灯った。
 全身鳥肌を立たせて、操縦者が操舵用のハンドルを思いっきり切る。



カッ!

 閃光が走り、スーパーXをかすめて巨大な十字架型をした火柱が天高くそそり立った。

「ぐああああ!?直撃か!?」
「かすっただけですが・・・・、ダメです!電磁波が・・・うわぁっ!」


 幸いスーパーXは直撃を免れたが、使徒の粒子光線が発射された際の、核爆発に匹敵する電磁パルスを回避することは出来なかった。対電磁シールドをしていても、これほど高レベルのものは想定していなかった。
 火花が散り、オペレーターの悲鳴と同時に制御用のコンピューターが死んだ。同時に艦内の照明その他がすっと消え、漫画みたいな勢いでスーパーXは墜落する。
 無重力状態の生む形容しがたい感覚に、時田達が悲鳴をあげる。

「ぬぉぉぉ!?どうした、それでも人類の誇る最強兵器かぁ!?」
「ダメです、完全に制御不能!」
「なぜだ・・・・、この私の作品が・・・・・・・なぜだぁっ!!」





 某技術部長が『無様ね』と、言い捨てそうな勢いで地面に激突したスーパーXの上を、気球みたいな体型のゼルエルがふわふわと飛んでいった。まるで、最初から周囲を飛んでいた兵力など存在していないかのように。


「畜生、次を、次を見ていろ!
 リベンジだ!
 次なる私の作品で、絶対にやっつけてやるっ!!」

 頭の上をまたがれるという屈辱を甘んじて受け入れることが出来ず、時田はひっくり返ったスーパーXの甲板上で両手を振り回しながら、使徒の姿が見えなくなっても喚き続けていた。





































 シリアスな話の流れに真っ向から時田が立ち向かい、見事に玉砕した頃。
 ネルフ本部地下最下層から一体の巨大な物体がケージに運び込んでいるところだった。

 特別に強力なクレーンの不気味に軋む音、それが浸されていた、ユイ曰く特別製の冷却液(?)の放つ、血にも似た臭いに、作業員達は気分を悪くしたのか顔を青くする。
 発進準備どころか、それ以前の段階で落ちるところまで落ちた職員達の士気に、引き上げ作業の責任者、赤木リツコはその整った顔を不機嫌そうにゆがめた。


(まったく、時間がないってのに、まだこんなところでおたおたしていないといけないなんて・・・)

 怒りか焦りか、臭いのかそれら全部か。
 リツコは彼女の優秀な部下にして下僕である、伊吹マヤがドラキュラが狂死しそうな臭いで倒れてから、作業能率が数%落ちたことも気にいらない。リツコの不快指数が急上昇していく。

 めっきりと疲れ切り、見ようによっては急に老けたみたいにリツコが頭を振る。
 全身を襲うだるさは睡眠不足とか過労だけでは説明が付かない。


(ああ、もう。絶対髪の毛や服にも臭い付いちゃったわ。ちょっと洗ったくらいじゃ取れそうもないわ。服はともかく、髪はどうしよう・・・・。良い機会だから色落とそうかしら?
 ・・・・・・・・じゃなくて、マヤのやつ上手く逃げ・・・・でもなくて・・・・・・。
 ああああああああああ、考えがまとまらない。ユイさんに事前に警告を受けていたとは言え、きついわこれ・・・)


 フラフラする自分を内心で叱咤しながら、リツコは拡声器を使った。
 微かにノイズが混じったリツコの声が、不気味に巨大なシャフト内に木霊する。


「みんな、後1フロア持ち上げれば、ゾイドの移送用設備が使用できるわ。それまで頑張って。
 それから30分以上作業した人は、きちんと交代して休憩をとりなさい」

 その言葉に従うなら、彼女も休憩をとらないといけないのにリツコは無言で作業用通路の手すりに寄りかかった。
 そうしながらも、彼女の視線はキッと眼前のワイアーで縛られて持ち上げられている、深紅の、肉食恐竜に似たゾイドを見つめていた。


「ここまで私達に苦労かけさせたんだから、使徒を倒さないと承知しないわよ・・・・。
 破滅の魔竜・・・」



『グッ、ググググゥ・・・・・』


 血の色をした身体を持つそのゾイドはリツコの言葉に応えるように紅い瞳を瞬かせた。
 リツコは一瞬ビクッとしたが、すぐに苦々しげな笑いを浮かべる。


「笑ってるの・・・・。どこまでも人を舐めたゾイドね・・・・」






















「母さん、後は・・・・・任せたわ」
「任せて、リッちゃん・・・・。
 ミサトちゃん、リッちゃんのことお願いね」
「は、はい」


 ようやく巨大なゾイドを整備用ケージにまで運ぶ作業を終えたリツコは、待機していたナオコと、音も高らかにハイタッチをすると、そのまま力尽きるように倒れ込んだ。その身体を、ナオコが優しく抱き留め、支えきれなくなる前にミサトに渡す。

「ちょっとリツコ?
 ・・・・・・いったいどうなったらこんなに疲労するの・・・。
 ナオコさん理由を・・・」

 憔悴しきったリツコを胸に、ミサトが慌てながらナオコに問う。
 ナオコは後でねと手を振ってミサトを黙らせると、リツコから受け取った特別製の拡声器にありったけの声をぶちまけた。


「作業班に連絡。直ちに超重装甲、及び各部銃器を取り付けます。
 まず、胸部装甲から取り付け。
 急ぎなさい、時間がかかればかかるほど、あなた達の寿命が減っていくわよ!
 言っておくけど、これマジだから!」

 とたんに巨大な装甲部品の搬送に、超過労働はきついぜとヒィヒィ言っていた作業員達のスピードが3割り増しになった。
 さすがに、寿命が減ると言われれば120%必死にもなるだろう。
 いきなりけたたましく動き始めた作業員達と、ナオコの気になるなんてものじゃない言葉に、ミサトがやはり少し恐れながらナオコに話しかけた。

「ナオコさん、これが・・・・D。デスザウラーですか?」
「そうよ、私達の切り札。
 先人曰く、その轟腕は自分の十数倍の重さのゾイドを持ち上げ、握りつぶし!
 頭部に生来から生えている角は、レーザーという名の雷を放ち!
 尾の一振りは、重力を操り山をも砕く!
 そして、全身を覆う漆黒の装甲、古代銀河を天駆けた宇宙戦艦の外壁を流用して作られたスーパーヘビーガードはウルトラザウルスの主砲をも弾く!
 口腔には同じ宇宙戦艦の主砲が取り付けられた!
 まさに戦うために生まれてきた、ソルジャー!ソルジャー、ばい」
「年ばれますよ」

 ミサトの冷や汗を流しながらの言葉に、テンションが上がりまくって遠い目をしていたナオコはごほん!と咳払いをすると、次なる指示を作業員達に送る。

「次、胸部装甲に次いで、背部装甲!シールドかぶせたらオーロラインテーク・ファンを固定!そこまで急ピッチよ!その部分こそデスザウラーがデスザウラーたる所以なんだから!」

 ちょっと八つ当たり気味の指示を受けた作業員達が、巨大な換気扇のようなオーロラインテーク・ファンをワイアーで固定する作業に移る。なおも細々と指示を出すナオコを横目に、ミサトは少し呆れ返った。

 徹夜で疲れ切っているのはこっちも同じ。なのに。
 すでにピー才なのにこのエネルギーはどうだろう。まだ私やリツコじゃ太刀打ちできないわ、この三人には。








『グゥオオオオオーーーーーーッ!!!』


 突然、それまで大人しくしていたデスザウラーがうなり声を上げて、腕を振り回した。作業用タラップ、クレーンをなぎ倒し、慌てて逃げ出す作業員達を憎々しげに睥睨した後、無造作に踏みつぶそうとする。
 悲鳴が木霊する中、ワイアーを引きちぎって足を持ち上げるデスザウラー。

『ガァッ!?
 ・・・・・・・・・ォォォォッ』


 だが、寸前で踏み下ろそうとしていた足が止まった。同時にデスザウラーの目から完全に光が消える。
 最上段のタラップから、ナオコが半分失神した作業員が助け出されるのを見下ろしながら、ふぅっと冷や汗を拭った。たぶん胃に小さい穴が二、三個開いてることだろう。

「ひゅぅ・・・。黒髭危機一髪・・・。武器と装甲だけじゃなく、コアも神経接続以外の回線を外しておいて良かったわ・・・」

 同じく冷や汗を流しながら、突然の暴走原因についてミサトが尋ねる。

「どういう・・・・事です?」
「今背中にインテーク・ファンを取り付けたでしょ。
 アレの所為で食事できなくなったことに腹を立てて暴れたの。尤も、事前にゾイドコアを外しておいたから、すぐにガス欠起こして動かなくなったのよ・・・」
「食事・・・?」










「・・・・・葛城三佐、ここは私に任せて、あなたは自分の仕事をしに行きなさい。
 お客さんが来たみたいよ」

 ミサトの問いに答えず、ナオコがそう言って立ちあがっとき、ズシーンと鈍い音が響いてきた。
 揺れは小さかったが、かなり上方から伝わってきた振動のようだ。
 その場にいた怪我人以外の全員が、ハッとした顔をして頭上を見上げる。

「予想以上にこっちの進行状態が遅かったわ。
 葛城三佐、DとUの連携で使徒を迎撃する予定だったけど、時間がないみたい。
 Uだけでも出撃させて時間を稼いで」
「しかし・・・・、私だけの判断では・・・・」
「もう全部の装甲を着ける余裕もないわ。
 でも、最低でも頭と胸の装甲装備とアスカかレイが起動させるだけの時間が必要なの」

 ミサトが確実性と安全性を考慮した当初の作戦に固執した意見を言うが、少しヒステリックなナオコの言葉はそれをうち消した。最高司令のユイがなんと言うかはわからないが、こうなってはいちいち指示を聞いている暇はないのだ!
 万人の反論を封じるニュアンスを纏わせて、ナオコは更に叫んだ。

「責任なら私が取るわ。
 あなたはあなたが出来ることをしに行きなさい。あなたが最善と思うことを」
「・・・・・・・わかりました」


 本来なら如何に上司と言っても、技術部の人間にどうこういわれる筋合いはない。
 しかしながら、ミサトは天性と言っても良い判断力と状況分析力から、今は時間稼ぎにしかならなくても、U、ウルトラザウルスを出撃させるときだと悟っていた。ナオコに言われるまでもなく。

(そう、ナオコさんに言われるまでもないわ。私は私の出来ることをしないと)

































 十字の火柱が登り、最後まで抵抗していた戦車部隊がこの世から消え去った。


「第1から第18番装甲まで損壊」


 たった一撃でほとんどの装甲が貫通されたことを告げられ、モニターを見ていた日向が怯えるより先に、理解できないといった顔をする。直線上に限定されているとは言え、あの装甲を一撃で18も抜くことは、核爆弾、N2爆弾でも難しいのに!


「18もある特殊装甲を一瞬に・・・」

 彼の呆然とした言葉は、発令所にいた冬月以下の面々の心境を、これ以上ないほどに言い表していた。
 すなわち、圧倒的な力の前に感じる無力感。もし、ゼルエルがそれを知り、そして理解する能力があれば絶望を生んだ自らの力に、誇りを感じたことだろう。

 彼の名はゼルエル。
 力を司る、最も旧い天使の1人。




「ゾイドの地上迎撃は間に合わないわ!
 各機はジオフロント内に配置!
 本部施設の直援に回して!!」
「遅いですよ、葛城さん!」
「うるさいっ!」


 リツコをおんぶして発令所に飛び込んできたミサトは、飛び込むと同時に指令を出した。
 少し焦りながらも、日向が一応ミサトの遅刻に注意するが、彼女はそれをたたき落としてモニターを睨んだ。
 彼女達の目の前で、使徒は目を輝かせ、立て続けに5発の光線を吐き出した。
 凄まじい爆発が起き、使徒の巨体がくぐるのに充分な大きさの穴が穿たれる。
 忌々しいまでの破壊力。
 既に見知っていた日向、青葉、マヤはもちろん、ミサトも唖然とする凄まじい力だった。


「常識を疑うわね。単純計算だけど、あの使徒はN2爆弾を遙かに凌駕するだけのエネルギーを有していることになるわ」

 まだミサトにおんぶされたままだったが、目を覚ましたリツコが恐れるより先に、興味深そうに目を細める。科学者の血なのだろうか。どこかとろんとした眼差しはとても怖い。
 恍惚としたリツコを、使徒より怖いと一瞬考えてしまうミサトだったが、ハッと自分の状態に気がつくと、慌てながらリツコを振り落とした。いきなりの動作の所為で腰から落ち、涙目になるリツコ。

「リツコ、目を覚ましたなら早く降りて。
 いつまでおんぶお化けをしてたら気が済むのよ!?」

 一方的なミサトの言葉に、リツコはリツコで色々言いたいことがあるようだが、今はそれどころではないと正確に判断し、使徒を睨みながら考え込む。

(いきなり振り落としてそういう事言う?私をなんだと思ってるのよ!)

「ミサト、どうするつもり?」
「さっき言った通りよ。マナ達には先陣として目標がジオフロント内に侵入した瞬間を狙い打ちにさせて!」
「了解!」

 ミサトは素早く最善と思われる作戦を考え、頭の中でシミュレーションして日向に伝える。慣れたもので日向はミサトの指示とほぼ同時に、使徒が出現するであろう地点付近にウルトラザウルスを射出するように、ルートの確保を行う。
 今のミサトを頭脳とするなら、日向は手、青葉とマヤは耳だった。
 ウルトラザウルスが発進したことを確認する間もなく、ミサトはすぐに次の指示を出した。

「レイはウルトラザウルスのバックアップ!
 ATフィールド中和地点に回して!!」
「了解」

 まだ翼の修理は終わっていないが、ATフィールドの中和程度ならば出来るサラマンダーがジオフロントに射出される。
 いくらゾイドも人間も足りないとは言え、怪我人のレイと、故障中のサラマンダーを出撃させないといけないとは・・・。
 我知らず、唇を噛み締めてそんなことをミサトは考えた。キリッと奥歯が鳴るがミサトは気がつかない。


「・・・・・手駒が少ないわね」

 ミサトと同じ事を考えたのだろう、リツコが少し眉をひそめながら言う。

「わかってる。・・・・・こんなことなら、前回の戦いはRタイプのゾイドよりEタイプのゾイドをメインで使用すれば良かったわ」
「結論から言えばそうね。結果、戦えそうなのがEタイプに乗っていたアスカだけ・・・。 見通しだと、少なくともあと10分は時間が必要みたいよ」
「そんなに・・・・・。
 青葉君、使徒の様子は?」

 青葉が少しひきつれた声で、使徒の現状を報告する。


「ダメです。あと一撃で全ての装甲は突破されます!」
「くっ・・・。頼んだわよ、マナ」

 ミサトは厳しい表情で、ジオフロントの湖から姿を現したウルトラザウルスを見つめていた。

















 轟々と滝の飛沫のように水を滴らせながら、ウルトラザウルスはジオフロント内部を歩行した。その激烈なまでの重量によって、柔らかい地面に足がめり込む。

「くぅ、さすがに三人乗りに二人ってのはきついわ。ムサシ、そっちは大丈夫?」
「かなりきついが・・・・、MAGIもバックアップしてくれているし、何とかなるか・・・」

 まだ疲労が抜けてないのだろう、青白い顔をしたマナが汗を流しながら言った。同じく、浅黒い顔を青ざめさせたムサシがそれに返事をする。ケイタの分までウルトラザウルスとシンクロしているため、かなりきついのだろう。いつもの強がりがないところからも、それが伺える。


「それより、来たぞ・・・」
「来たわね・・・」


 爆音と共に天蓋が吹き飛ぶのを確認し、マナは刃のような眼差しを向けた。
 ムサシが無言でウルトラザウルスの主砲、副砲の発射制御プログラムを解放していく。

「MAGIによる照準合わせ完了。いつでも良いぞ、マナ!」
「アスカさんの時間稼ぎってのは何だけど・・・。
 これ以上やられっぱなしってのは、連日朝6時に起きて訓練していたことが全部無駄になるから嫌なのよ!!」

 マナの絶叫と同時に主砲が火を噴いた。
 空気が唸り、眩い閃光が4条、使徒めがけて走る。
 一瞬遅れて、ゆるゆると降下中の使徒の体を爆炎が包み込んだ。

「あははははっ!最近出番がなかったけど、この圧倒的な超火力こそが超大型ゾイド『ウルトラザウルス』の持ち味なのよ!
 弾はまだまだたっぷりあるわ。アダムの前に、ちょっと寄っていってよお客さん!ってね」
「ま、マナ・・・・。なんか人が変わってないか・・・」





「アォオオオオオォォォォォン・・・・・・」


 マナの高ぶった意識に呼応するように、ウルトラザウルスが吼えた。
 主砲の砲身が赤く焼け、空気に何とも言えない嫌な匂いが混じる。それでもマナは、ウルトラザウルスは攻撃の手をゆるめない。空中に小さな太陽が生まれたと錯覚しかねないほどに、主砲と副砲を連射する。

「これで、ラストよ!」
「限定的だが、N2にも匹敵するエネルギーだ。如何に使徒とは言え・・・
 な、なんだと!?」



 だが、主砲のエネルギーと光線用フィラメントがなくなり、戦場に一瞬の静寂が戻ったとき。
 何か私はミスしたの?
 マナは目をしばたたかせながら、ぼんやりとそんなことを考えた。
 彼女の達の目の前で、ゆっくりと晴れる爆炎の中からイオン化した空気をまとわりつかせて、使徒が悠然と姿を現した。

「う、嘘?ATフィールドは中和されていたのよ!なのに、どうして!」
「ちっ、砲身が溶けた。これ以上は副砲も使えん!
 ・・・てことはU−MAXも使えないぞ」
「どのみち効かないわよ!」


 ゆっくりと着地し、威厳さえ感じさせながら使徒はウルトラザウルスに向き直った。その身体には傷一つついておらず、圧倒的なまでの力の差を感じさせた。
 瞬間、虚無のような眼下の穴に、マナが一瞬びくりと身を震わせる。

(こ、この使徒・・・。今までのと違いすぎる!)

 冷たい汗が流れ、心臓が激しく鳴る。あまりに急激な血圧と脈拍の変化に一瞬気が遠くなるマナ。先のダークゾイドと同じか、それ以上の恐怖が彼女の身体を支配する。微かに震える指で、きついほどに握るレバーの感覚だけが、妙にハッキリと感じられる。
 その感覚は、これは前回に続いて夢じゃなく、現実だと言っていた。






「・・・・・・・くっ、艦載機出撃!」

 主砲が通じなかったことに激しい無力感を感じながらも、ムサシは迫る使徒に対してウルトラザウルスの二つ目の武器を使用した。少しでも時間を稼ぐために。
 ムサシの意志により、ウルトラザウルスの背中にある甲板の一部が音もなく開き、中からざわざわと騒がしい音をたてながら、いくつもの影が姿を現した。
 その体内に多数格納された、小型飛行ゾイド群である。
 全翼2〜3mほどの、小型鳥型ゾイドを中心に、トンボ型、蜂型、蝙蝠型など数種類の小型ゾイド達。一部、ゼーレが人間の誘拐に使用したゾイドと同種のものもあるが、その背中に描かれた半分の無花果の葉・・・・ネルフの印が眩しく輝く。
 一度に限界以上の数のゾイドが甲板に集まり、狭そうにギチギチと鳴く。

(これでどこまで時間を稼げるか・・・。だが、やるしかない)

 使徒との力の差を前に、憂鬱な気持ちを感じながらもムサシは小型ゾイド達にゆっくりと意志を重ね始めた。

「命令だ!使徒をできる限り足止めしろ!」

ブーンッ

 ムサシの言葉と同時に、小型ゾイド達は一斉に目を赤く輝かせた。あるモノは小型ビーム砲を構え、あるモノは高周波ブレードの爪を高く掲げた。そしてあるモノはガチガチと顎を鳴らし、羽を振るわせる。
 戦闘準備は整っているようだ。

「行けッ!」

 そして号令と同時に全てのゾイドが一斉に飛び立った。あるモノは雲の尾を引き、またあるモノは激しい爆音と共に。共通しているのは主であるムサシへの飼い犬が抱くような友愛の感情と、使徒に対する激しい敵意だ。
 たちまちの内に使徒の全身を蚊柱のように包み込まれ、表面で小さな爆発が起こる。
 小型ビーム砲はウルトラザウルスの主砲に比べれば大した攻撃ではない。だが、さすがに口や目の中にまで飛び込んでくる小型ゾイドに辟易としたのか、使徒の動きが止まった。意外な戦果に、ムサシがおおっと顔をほころばせる。

「いける・・・・か?」
「意外ね。ムサシが世話してる小型ゾイドなのに、役に立ってるわ」
「どういう意味だ、それ?マナ、時々惣流みたいな事言うんだな」
「失礼ね、アスカさんと同じ扱い・・・・あら?」

 マナがそこまで言ったとき、使徒の左右にぶら下がっていた布のようなモノがパタパタと広がった。たたまれたシーツを広げるように、両側にだらんと垂れ下がる。
 二人が、それが折り畳み式の触手の一種だと気がついたのは、使徒がそれを振り回した後だった。
 剃刀よりも鋭い刃がゾイドを切り裂き、ぶつかった小型ゾイドを無惨に押しつぶす。運良く激突はさけられても、巻き起こされた風がゾイドを木の葉のように翻弄し、ほとんどを墜落させた。



「ぐぁあああっ!!」

 小型ゾイドと一時的にシンクロ(ただし、通常のそれと違い非常に緩やか)していたムサシが悲鳴をあげた。こめかみに血管を浮き上がらせ、吐き気を伴った頭痛に身を捩る。
 一度に破壊されたゾイドの数が多すぎ、フィードバックされたダメージが大きすぎたのだ。なんだかんだ言っても、チームメイトの悲鳴にマナが心配しながら通話モニターをのぞき込んだ。

「ちょっとムサシ、大丈夫!?」

 戦闘中に行うには、非常に高くつく行為だった。使徒の攻撃はまだ終わったわけではなかったのだから。
 ぐるんぐるんと換気扇のように触手を振り回していた使徒だったが、あらかた叩き落としたことに気がつくと、腕を振り回すことをやめる。そして触手は、返す刀でウルトラザウルスに向けられた。

「馬鹿野郎!マナ、前を見ろ!」
「ええっ?・・・・・・・・ちょっと嘘でしょ!」


 見た目からは信じられないほどの切れ味を見せ、使徒の腕はウルトラザウルスの体内深くに潜り込み、なおもその勢いを止めることなくその身体を貫通した。
 頭の先から足の先まで稲妻のように走る激しい痛みにマナが息をすることも忘れ、じっとモニターの使徒を見つめる。瞳孔が開き、深くかすれた息がマナの口から漏れる。
 そして、使徒の腕が引き抜かれた直後、その傷口から大量の血液が噴出した。

「は、はぅ・・・・・、く、あああぁぁぁ・・・・」

 全身を血で染めたウルトラザウルスの中で、マナが肩を抱きしめながら必死に苦痛に耐える。ギリギリと歯を噛み締め、血走った目をキッと使徒に向ける。
 狂おしいほどの痛みに意識が飛びそうになるが、それよりもしてやられたという意識が激しい憎悪となってマナを揺さぶる。アスカほど病的というわけではないが、マナもまたかなり負けん気が強い。ただ負けただけならまだしも、足止めはおろか傷一つつけることが出来ないなど、彼女にとって耐えられることではなかった。

「くっ・・・・・・こうなったらっ!!」

 ウルトラザウルスのコンディションが急降下していくのをチラッと見ると、マナは自分に残された最後の武器を使うことを決意した。

 すなわち・・・・・・。

「このまま押しつぶして湖に沈めてやるわ!」

 自らの身体で押しつぶし、使徒ごと湖に引きずり込むこと!
 動き始めたウルトラの意志を感じ、マナの考えを理解したムサシが脂汗を流しながら尋ねた。とても正気とは思えない。まるで自棄になったアスカのようだと思いながら。

「正気か!?」
「んなわけないでしょ、このクラゲ頭!」
「く、クラゲって・・・」
「クラゲが嫌ならナマコ頭よ!ムサシのくせに口答えしなーい!
 それより、私が合図したら・・・」

 マナの合図したら云々以降の言葉に、ムサシが先ほど以上に冷や汗を流した。
 本音で言うと、そんなことまっぴらゴメンだが、マナに臆病者と思われて嫌われることはもっと嫌だ。なにより、シンジに負けたくない。シンジだったら出来る出来ないは別にしても、絶対に行ったはずだから。もちろん口答えはしただろうが。
 ぐっと身体の痛みを堪えながら、ムサシはレバーを握りしめた。


「・・・悲しい生き物だよな、男って」








「マナ、ムサシ君!?」

 無謀とも思える突撃を開始したウルトラザウルス。
 発令所で見守っていたミサトが制止の声をかけるが、もちろんマナもムサシも聞こうとしない。会話から二人の行おうとしていることは分かっているが、それはパイロットへの負担が大きいRタイプゾイドでは命取りになりかねない。
 ミサトが先の戦いの再現は冗談じゃないわと、素早く日向に指示を出した。

「Uの全神経接続カット!早く!」







 地響きを上げながら間近に迫ったウルトラザウルスを屠ろうと、使徒の目が輝いた。
 至近距離から必殺の粒子光線を放つつもりなのだ。
 使徒の顔面に集中したエネルギーで空気が膨張、振動する微かな音が響く。

「今よ、ムサシ!」

 使徒の口から粒子光線が発車される寸前マナが叫んだ。使徒との距離は100mと離れていない。
 ムサシが腕も折れよとばかりに力を込めてレバーを握りしめ、絶叫する。

「跳べ、ウルトラザウルス!」

 粒子光線はウルトラザウルスの真下を通過し、空気を焼きながらジオフロント外壁に直撃した。使徒が信じがたい光景に、頭上の影に向き直る。彼女達の背後で激しい爆発と閃光が起き、吹き荒れる突風の中、勝ち誇ったマナの声がジオフロントに木霊した。

「こうなったら首を刎ばされたって止まらないわよ!
 潰れちゃえっ!」


 ウルトラザウルスが宙を舞うという、見ようによっては気持ち悪い光景の中マナは叫んだ。
 そう、一度跳び上がれば後は重力にひかれて使徒めがけて落ちるのみ。こうなれば、粒子光線を撃たれようが、首を刎ねられようが止まらない。確実に使徒を湖に沈めることが出来る。
 アスカやミサトとはまた違った意味での戦闘の申し子、マナの起死回生の策。
 これで先の戦いの雪辱を果たすことが出来る、マナが思ったその時。
 使徒が両方の触手を構えた。
 蛇が鎌首をもたげるように、自分の頭より少し上方に構え、そして打ち出した。
 シンクロをカットされていることを知らないマナが、シンクロに伴うダメージを押さえようと、目を閉じて意識を集中する。

ガクンッ!

 一瞬の衝撃と激しく揺さぶられる感覚に、マナ達は眉をしかめた。
 思った以上に激しい衝撃に息が詰まりそうになる。


(・・・・・・・・・あれ?)

 だがそれでも覚悟していた痛みがない。それどころか水中に飛び込んだとき特有の、水音も減速も、冷たさも感じない。何かがおかしい。
 怪訝に感じながら、恐る恐るマナが閉じていた目を開いていった。

「う・・・・うそ?」

 彼女の見た光景は衝撃的だった。
 使徒の布きれ同然の薄い触手のどこにそんな強度があると思うだろう?
 それはウルトラザウルスの胴体にしっかりと絡まり、完璧にその膨大な位置エネルギーと運動エネルギーを支えていた。
 使徒はウルトラザウルスを受け止めたのだ。

「そんなのズルイわぁっ!」

 マナの絶望の声が聞こえたわけではないだろうが、使徒は玩ぶように2〜3回ウルトラザウルスを上下させると、おもむろに上方に放り投げた。
 シンクロがカットされたため、ウルトラザウルスからのダメージのフィードバックはなくなったが、代わりに、まともに慣性の法則がマナ達に襲いかかった。
 背骨をへし折られるような強烈なGに二人が悲鳴をあげる。

「きゃあああああーーーーーーーっ!」
「うわぁああっ!?」

 一瞬の後、ウルトラザウルスは天井から生えているビルに激突し、それらをへし折りながらまだ勢いを止めることなく、天蓋に突き刺さった。へし折られたビルが鉄槌のように降り注ぎ、以前の戦いで切断されたウルトラザウルスの首が、繋いだ所からまた千切れとぶ。全ての装甲はへしゃげさせ、あふれ出る体液と共にウルトラザウルスは落下した。

 見守るミサト達が声も出せない。それは悪夢のような光景だった。
 シンクロをカットしたことも、ある意味裏目に出てしまっている。二人はいったいどうなったのか?
 使徒がゆっくりとピラミッド状のネルフ本部、すなわち自分達のいる場所に進路を変えたとき、息をすることも忘れていたミサトは思いだしたように日向に尋ねた。

「二人は!?」
「無事です!生きています!」

 どこかぶつけたのかマナは頭部を鮮血で染め、ムサシは吐き戻していたが少なくとも生きていた。その事実に少しだけミサトはホッとする。

「使徒、移動を開始!」
「デスザウラーの状況は!?」

 だがすぐに表情をこれまで以上に厳しくすると、マヤに向かってケイジの現状を尋ねた。このままだと、全てが今ここで終わることになってしまう。今までの戦いが、努力が、何もかもが無駄になってしまう。
 マヤが激しくなる鼓動を必死に押さえながら、状況を報告する。


『セカンドチルドレン、プラグ搭乗』

 アスカの乗った02と書かれた純白のプラグが、漆黒の装甲の隙間をぬって紅いデスザウラーの脊髄に打ち込まれた。ビクッとデスザウラーの身体が震える。

『プラグ挿入、引き続きコンタクト』

 アナウンスに従い、アスカが目をつぶって意識を集中する。
 数回深呼吸して意識を落ち着かせ、早くなろうとする脈拍を押さえる。それに平行してデスザウラーの意識を探そうと、精神を集中させる。
 目では見ることが出来ない、インナースペース空間にアスカの意識の網が張り巡らされる。意識の網を張ること自体、かなりの難事だが、それ以上に意識との接触は危険極まりない行いだ。それは自他共に認める天才、アスカであっても変わりない。
 いや、アスカ本人は自分のことを本当の意味で天才だなどとは、思っていないだろう。
 彼女は今までに一度も肉食恐竜型ゾイドにシンクロしたことはないのだから。全て、性質が大人しい草食獣タイプ。それも比較的制御が優しいと言われるEタイプゾイドのみ。
 天才と言われるたびに、天才と自分で言うたびに、何度胸が痛くなったことか。
 ごぼっとLCLに大きな気泡を吐き出し、アスカは決然とした顔を上げた。


(でも、今度こそ私は起動させてみせる。
 大丈夫、私は出来るわ。だってみんなの命がかかってるんだから!今までとは覚悟の度合が違うの!!
 絶対デスザウラーを押さえ込んで、服従させる!!
 そして、使徒を倒して、シンジ達が目を覚ましたときに、胸を張って私は天才だって言ってみせる!)


 恐怖と不安を、責任とプライド、みんなへの友情で押さえ込む。

(負けるわけにはいかないのよっ!)




 それはアスカの生涯、最大の覚悟と決意だった。
 激しい精神力は非常に高いシンクロ値とハーモニクスを叩き出した。これなら絶対に起動させられるとケージのナオコ、発令所のミサト達に思わせる。現にデスザウラーの瞳は、暴走を意味する赤でなく、緑色になっている。
 だが!





ーー!!


「なに!?」

 エラー音が鳴り響き、リツコに睨まれたマヤが慌てながら端末を操作するが、エラー音は止まらない。

「パルス消失!シンクロを拒絶!駄目です!
 デスザウラー、起動しません!」

 デスザウラーの瞳から、光が消え、うなり声も身じろぎも、全ての動きが消えた。


「ユイ君、これは!?」

 発令所最上段で成り行きを見守っていた冬月が、焦りで汗を流しながらユイに詰め寄った。かなり事情を知る彼は、デスザウラーの起動を信じて疑っていなかったのだが、それがそうならなかったことに通常よりも焦っていた。

「・・・・・なぜ?」
「なぜってユイ君、君にもわからんのか?」
「あれは・・・・アスカを何があろうと守るように・・・・・しまった、そう言うことなのね!」

 1人納得したユイに冬月が説明を求める眼差しを向けるが、ユイはそれを無視したままじっとモニターに映るデスザウラーを、そして内部で戸惑うアスカの映像を見つめていた。滅多に見ることが出来ない、焦りで混乱したユイに側で両手を白衣のポケットに突っ込んで立っていたキョウコがヒールの音も高く近づいた。
 キョウコはお互いの息がかかるほどユイの顔のすぐ近くに顔を寄せると、冬月に聞こえないように小声で話しかける。

「ユイ、まさか・・・・・・Dは・・・・」
「ええ。アスカちゃんを守るために、起動しないつもりなのよ。起動しなければどうなるか分かっていないんだわ」
「どうするつもり?」
「どうもこうも。そんないつもいつもこんな事もあろうかと準備しておいたなんて、裏技はないわ。
 シンクロする気配すらないんだとしたら、ダミープラグも効果はないわね。
 とにかく・・・・・デスザウラーの再起動急いで!」














































『第2、第4ブロックのシェルターは閉鎖されます。速やかに移動して下さい』


 落下したウルトラザウルスは幾つかのシェルターの天井を貫いていた。その巨体で押しつぶされたシェルターや、落下した兵装ビルの欠片、使徒への攻撃の余波などで破壊されたシェルターが、次々に閉鎖されていく。
 今までなんだかんだ言っても市民を守っていたジオフロントは、もう安全な場所ではなくなっていた。
 自分達が、非常に危険であやふやな世界に生きていたことを全身で感じながら、人々は逃げまどっていた。



「怪我人は第6ブロックへ!」
「無事な者は第3シェルターに急がせろ!」
「こっちだ!急げ!!」

 倒れたマナ達に代わり、少しでも時間を稼ぐため、ジオフロント内部に用意されていたモノレール戦車、固定砲台、VTOLが必死になって攻撃を加える。

「おい!!あんた、何をしている!!!死にたいのか!!!!」

 そんな炎の地獄の様な世界に、1人の人間が逃げようともせず、じっと目前の使徒を見つめていた。
 その存在に気がついた避難中の市民が声をかけるが、彼は聞こえていないわけでもないのに、無視したまま使徒を見つめ続けている。声をかけた男は、なおも声をかけようとするが、その時になって相手の異様な格好に気がついた。
 戦場には場違いな夏用男子学生服。アイロンをかけたばかりのようにぱりっとした清潔な白いYシャツ。シャツとは対照的に吸い込まれそうな黒いズボン。何より異様なことは、常夏の国と化した日本には既にあるはずのない、端が足下まであるような大きな襟付きのマント。黒いビロードが風が吹いているわけではないのに、翼のように彼の身体を包んではためいている。

「・・・・・い、一応言ったからな!早く逃げないと、死んじまうぞ!」

 服装の奇異さだけでなく、彼のまとう異様な気配と容貌 ーーーーー 和紙のように白い肌と、金属のような光沢の銀髪、血のように紅い瞳 ーーーーー に、声をかけた市民は、眼前の使徒以上の恐怖を感じ、足早にその場を立ち去った。

 やれやれと彼は肩をすくめる。

「まったく、リリンのする事、言うことはよくわからないよ」


 彼の名前は、渚カヲルと言った。
 ユイ曰く、重傷で外を歩くどころか、人と会うことさえ出来ないはずの少年。
 であるはずなのに、彼はこの場にいた。










 悲しいのか呆れているのか楽しいのか。
 心を、常にその顔に浮かんだアルカイックスマイルで他人に悟らせないの少年は、じっと使徒を見つめ続けている。






「・・・・・・やっぱり、カヲルか・・・・。
 何だ、その格好は?Xか?」

 既に人気もなく戦いの爆音だけが響く中、カヲルの背中に声がかけられた。
 予想していたのか、それとも驚いているのかカヲルは少し下を見て含み笑いをした後、大仰にマントを翻しながら、声の主に振り返った。

「古いですねぇ・・・。
 この格好ですか。そういう格好をしたい微妙な年頃なことと、少し目立つ傷ができたんで隠したいんですよ・・・。
 そう言う加持さんこそどうしてこんなところに?」
「・・・・・スイカ畑が気になってね。見に来たんだよ・・・」
「こんな時に?」

 今度こそ本当に驚いたのか、カヲルが目を見開きながら加持に尋ねた。
 今現在の状況がとんでもないと言うこともあるが、加持は先の戦いの時ICUに直行しないといけない怪我をしたはずだ。
 加持の非常識さに、カヲルは返す言葉も見つからないのか、ただただ呆れた顔をする。
 カヲルの言いたいことがわかったのだろう、加持は苦しい息を吐きながらもニヤリと笑う。

「・・・こんな時だからだよ。葛城の胸の中も良い。そう、あの胸は最高だ。生まれたことを神に感謝して、感動で涙が溢れかえらんばかりに・・・・。
 だが、死ぬときはここに居たいからな」
「死・・・・ですか」



 急に笑みを消したカヲルの言葉に重なるように、使徒ゼルエルは粒子光線を吐いた。
 オリハルコンで出来たネルフ本部施設の外壁が一瞬で蒸発し、ゼルエルがくぐり抜けられほど巨大な穴が開く。


「そうだ・・・。使徒がここに眠るアダムと接触すれば、人は全て滅びると言われている。 ・・・サード・インパクトでね。それを止められるのは・・・」
「そう言うのを、リリンの言葉で釈迦に説法と言うんでしたね」

 加持の言葉を、カヲルはやんわりと受け流した。
 その言葉に含まれた絶対零度の冷たさに、加持は傷の痛みも忘れて目の前の少年を見つめる。

「そうやって、すぐに人の生き死にを持ち出して、色々なことを強制しようとする・・・・・。
 色々と世話になったことは感謝しますが、根本的なところはあなた達もゼーレも一緒ですね
 意地が悪いですよ」

 少しつり上がった瞳に加持を映しながら、カヲルは言った。

「それを言われるとな・・・・。だがこのままだと、君はもちろんアスカも、レイも、シンジ君も、みんなみんな死んでしまうんだぞ・・・」
「シンジ君ですか・・・。
 確かに彼という存在が居なくなることを考えると、このかりそめの身体が、心が切り裂かれるように痛む・・・。
 ・・・・・・でも、時々どうでも良いと思うことだってあるんですよ」

 一瞬痛ましそうに目を閉じるカヲルだったが、すぐに不愉快そうに言った。

「それに・・・・・。操られている兄弟達なら、その魂を解放しようという気にもなりますが・・・。
 今の彼は自由意志で活動しています。操られているわけではありません。
 加持さんも知っているでしょう?僕が戦う条件を・・・」
「ああ、君に敵対した場合と、敵がゾイドの場合、使徒が普通でない場合のみ力を貸すんだったな・・・」
「ええ。だから僕は何もできません・・・」










 カヲルがそう呟いたとき、二人の眼前の射出口から翼が欠けたサラマンダーが姿を現した。
 その口にくわえられた無骨な円筒を見た瞬間、発令所のミサトが叫ぶ。

「自爆する気!?」
「レイ!あなたまさか!?」

 発令所でしつようにデスザウラーの起動を指示していたユイが、悲痛に叫びながら立ち上がった。

「お願い、やめて!レイコとシンジに続いて、あなたまで失ったら!」

 ユイの制止の声を振り切り、サラマンダーは走り始めた。
 翼が無くともその走行速度は時速200km近い。たちまち先行していた使徒に追いつく。
 そのまま口にくわえたN2と書かれた円筒、N2爆雷を使徒にぶつけようと首を伸ばす。
 だが、後少しで激突というとき、使徒はゆっくりと振り返ると今まで最高に巨大なATフィールドを展開した。肉眼でも確認できる巨大な蜘蛛の巣のようなATフィールドに阻まれてサラマンダーの足が止まった。いや、それどころか逆に押し返されている。

「ATフィールド全開・・・」

 すかさずレイもATフィールドを一点集中させ、使徒のフィールドに穴を開けようとする。ぎちぎちと軋むような音をたてながら、サラマンダーの首が嫌な角度に曲がった。
 根本的にフィールドのレベルが異なっていたが、レイの執念と、一点集中させた浸食によって、じりじりとサラマンダーは首をフィールドの穴につき入れられていく。

シャキンッ!

 切断音と共に遂にフィールドが貫通し、サラマンダーの首が差し込まれた。N2爆弾の起爆スイッチを使徒のコアにぶつけようと、サラマンダーはよりいっそう首を伸ばす。だが命中寸前、使徒のコアを包むようにシャッターのようなものが飛び出し、なおかつ使徒は全身をミイラの包帯のように触手で包んだ。
 N2爆弾の爆発の閃光が、使徒をサラマンダーを、それに乗るレイの顔を眩く照らした。
 天井にまで届く巨大な火柱が立ち、爆風は松葉杖をもったミイラ男のような加持を押し倒し、悠然と立つカヲルのマントをはためかせた。
 呆然としながら、カヲルが呟く。

「レイ・・・・。これが君の選択なのかい?あくまで人としての道を歩むのか・・・・」

 直後、陽炎の中で、全身を焼けただらせ醜い鉄塊と化したサラマンダーの首を、無傷の使徒は無造作にはねとばした。







「カヲル・・・。卑怯だと言われようと、俺はここで見ていることしかできない。
 だが、君には・・・。君にしか出来ない、君になら出来る事があるはずだ・・・・・」

 レイの特攻に加持も言葉がないのか、とぎれとぎれに言う。

「誰も君に強要しない。自分で考え、自分で決めろ・・・。
 自分が今、何をなすべきなのか。・・・・・ま、後悔のないようにな」

 カヲルは穴の中に身を投じる使徒の背中を黙ってみていたが、やがてくるっと加持に振り返るとため息をつく。

 まったく、どこまでリリンというのは卑怯で反省のない生き物なのだろう。そしてどうして僕は笑っているのだろう?
 わかっているさ。リリンが好きだからだ。




「立派に強要してますよ、その言葉は・・・。
 加持さん、あなたって人は・・・」
「俺って人は・・・・・?」
「ズルイ人ですね」

 苦痛が堪えきれなくなったのか、痛みを思い出したのか脂汗を流す加持にカヲルはシンジにしか向けたことのない微笑みを向けた。

「・・・まったくだ。葛城にもよくそう言われる」

 自分以外誰もいなくなったスイカ畑で、加持は力尽きたように呟いた。





































 執拗な起動プロセスにも関わらず、デスザウラーは起動しなかった。
 叱咤激励をするナオコも、プラグの中で絶望に膝を抱え込むアスカにも諦めの気配が濃い。このまま、なにもできずに、マナ達の決死の戦いに報いることも出来ず、自分達はここで終わってしまうのだろうか?
 その時、起動しないデスザウラーを見ていたナオコはふと、誰もいるはずのないデスザウラー前面の作業用タラップに人影を見たような気がした。

 まさかと、首を振る。疲れているから何かを見間違えたのだ。それより、今は急いで起動させる努力をするときなのにと、自分を叱咤する。
 だが、それは見間違いではなかった。

「・・・・・引き続き、起動・・・・・・って、カヲル!?」
「はい、何かご用ですか?」
「なんであなたそこにいるの!?あなたは怪我が治るまで、決して外に出るなと・・・」
「そのつもりだったんですけど、このままだとみんな終わってしまいそうですから」

 なぜかカヲルの声はその場にいる主要な人間全員が聞き取ることが出来た。マイクでも持っていたのか、あるいは・・・。
 カヲルはナオコを見ると、にっこりと微笑んだ。

「安心してほしいな。僕は直接手を出しません。ただ、不甲斐ない彼女に活を入れに来ただけです」

 そう言うと、カヲルはゆっくりと手をデスザウラーに向けた。とたんに装甲を押し破るようにして、コアが剥き出しになる。驚きで全職員が無言になる中、カヲルは剥き出しになっているデスザウラーのコアに伸ばした。風が吹くはずのない、ケイジ内部だというのに激しくマントがはためく。

(ここまで警戒されると、なんだか悪戯心が出てくるね・・・)

 苦笑した後、軽く、まるで愛撫するかのようにカヲルはコアをなでた。
 瞬間、












『ァァァァ、オギャァアアアアアッッッッ!!!!!』






「デスザウラー、起動しました!」

 ナオコの横でモニターしていた技術部の人間が、いくつもの過程をすっ飛ばして起動したデスザウラーに悲鳴をあげる。
 それはナオコも、発令所から心配のあまり様子を見に来たキョウコ、ユイも同様だった。
 その赤子の泣き声のような痛ましい声に耳を押さえ、涙すら浮かべながらデスザウラーを、その正面で意味深な笑みを浮かべるカヲルを見る。

「カヲル・・・・・、あなた・・・・」
「ちょ、ちょっとカヲル!?あんた怪我してたんじゃ・・・。それより、今何したのよ!?
 私、いきなりシンクロしてるわよ!?」

 ユイ達とは対照的に、いつもと変わらない騒々しいアスカに少し苦笑するカヲル。
 自分やユイ達は考え過ぎだったか。そんなことを考える。


「まあ、これくらいはいいでしょう?緊急事態ですし。
 出番のない役者ほど悲しいものはないと言うから。
 分かってると思いますけど、これはコアに干渉しないで無理矢理起動させただけです。だから、大して動けませんよ」

 笑みを浮かべたままユイ達に手を振ると、カヲルは闇の中に姿を消した。

「心配しないで下さい。最初の予定通り、しばらくはみんなの前に姿を現しませんよ。妙な目で見られるのは、嫌って事です」

























 爆風が吹き荒れる中ターミナルドグマの縦穴を使徒の巨体が、ゆっくりとだが確実に降下していった。


 発令所では青葉が悲鳴をあげる。

「目標はメインシャフトに侵入!降下中です!!」
「目的地は!?」

 ミサトが叫んだ。このままでは何もかもが終わってしまう。自分の復讐も、自分達が利用してきた子供達の未来も、何もかもが。
 ミサトの問いに、日向が振り返って叫ぶ。最悪の目的地に顔を蒼白にしながら。


「そのままセントラルドグマに直進しています!!」


 その言葉の意味することを的確に把握したミサトは、すぐさま緊急回線を開くよう指示すると大声で叫んだ。

「ここに来るわ!!
 総員待避っ!!!
 急いで!!」

ーーーッ!!ウーーーッ!!ウーーーッ!!

『総員待避!!繰り返す!!!総員待避!!!』


 けたたましいサイレンに全職員が退避しようと席を立つ。だが、彼らが腰をあげた時、正面モニターにサンドストームが走り、次の瞬間モニターを突き破って使徒が姿を現した。
 砕ける瓦礫とそれに伴う奮迅が舞う中、悠然と使徒が触手も用いて四足歩行しながら、ミサト達に近づく。
 彼女達は突然の自体と、現実味を帯びた死への恐怖に金縛りにあったように動くことが出来ない。
 発令所の構造の所為で、使徒の目の高さに位置していたミサト達も同様だった。
 頭は逃げろ逃げろと必死に言うが、身体は言うことを聞かず、ただ本能に突き動かされて1,2歩後ろに下がる。ただ1人、ミサトだけは父の敵である使徒の姿に魅入られたかのように、動かず手で形見の十字架を玩んでいた。


 それは人が戯れに蟻を踏みつぶそうとしたのと同じ事だったのかも知れない。
 目的のために無視して構わないはずのミサト達を使徒は見る。
 刹那その目に光が灯り始めた。全てを破壊する破滅の光を。
 死の臭いに、無意識に痛いほど力を込めてペンダントを握るミサト。

(これで終わり?これが、私の戦いの終着点なの!?)








ドガァン!

 使徒が光線を放つより一瞬早く、発令所の側面の壁を突き破って漆黒の魔竜が飛び込んできた。使徒が新たなる敵の出現に、何が起こったと振り返るが、その横っ面めがけて銀色のカギ爪が叩きつけられた。圧倒的な電位差による放電を起こしながら、使徒が横っ飛びに吹っ飛んだ。


『オギャァアアアアッ!!!!』





「デス・・・・ザウラー・・・」

 雄叫びをあげる漆黒の魔竜と使徒の激戦を見て、ミサトが我知らず呟いた。
 かつて見た戦いに酷似した光景。今までモニター越し、ある意味他人事と感じていた戦いが眼前で繰り広げられている。
 それもいつ流れ弾が飛んでくるか分からない特等席で。
 発令所に思い出したように悲鳴が上がり、慌てふためいて逃げ出す人間が押し合いへし合いしながら、非常口に突撃を開始した。

『よくも今まで好き勝手人の家で暴れてくれたわねぇっ!!!!』
「アスカ!?」

 アスカは今までのうっぷんを晴らすように叫びながら、使徒に飛びかかった。使徒の触手がむき出しのままの肩口をかすり、真っ赤な鮮血が溢れるがその痛みを無視したまま使徒を引き起こした。

『でぇぇぇいっ!』

 そのまま使徒を壁に押しつけ、力任せに壁を押し破りながらミサト達のいる場所から出来る限り遠くに戦闘の場を変えようとする。
 圧倒的な力に押され、使徒は発令所横の出撃待機用ケージに押し倒された。その姿勢を保ったまま、アスカは使徒の顔に一撃加えようと左腕を振りかぶった。
 だが、一瞬の隙に使徒は目を輝かせ、消し飛べとばかりに粒子光線を放った。
 左腕を押さえながらアスカが絶叫した。

『ぃやぁーーーーーーっ!!!』

 装甲に覆われていなかった剥き出しの生体組織が弾け飛び、骨を砕かれて千切れた腕が回転しながらケージの壁にぶちあたった。中途半端にとは言え、シンクロしていたアスカの苦痛はいかほどのものだろうか。
 アスカは苦痛に骨が軋むほど歯を噛み締めながらも、戦うことをやめようとしない。
 ここに来るとわかっていたのか、無言でタラップに立つユイ達に腕がまき散らした血液が雨のように降り注ぐ。一歩間違えれば、腕に押しつぶされるか戦いに巻き込まれると言うのに、ユイ達は身じろぎもせず人外の戦いを見守っていた。


『よくも私の腕をーーーーーッ!!!』

 血走った目を見開き、アスカはデスザウラーを回転させた。それに合わせて巨大なデスザウラーの尾が振り回される。
 回転途中から光り輝き始めた尾が凄まじい勢いで使徒に命中した。めり込むほどの一撃に、前のめりになりながら使徒の体が壁を突き破って、隣の射出用カタパルトのある部屋にまで飛び込んだ。
 後を追ってデスザウラーが飛び込み、使徒に食らいつきながらうち一つのカタパルトに、その骸骨のような顔を押しつけた。

『ミサトぉっ!』
「5番射出!急いで!」

 アスカの考えを悟ったミサトが素早く、日向に指示を出す。幸い、まだ発令所の機能は生きていた。








 壁に押しつけられた使徒の顔が、研磨機に鋼材をかけた時のような甲高い音をたてる。情け容赦のない攻撃だが、削れているのは使徒ではなくどうやら壁のようだ。アスカは今更ながら使徒の手強さに舌を巻いた。

(ちっ、なんて防御力なの?
 それにしてもエネルギーが不十分な状態で・・・・どうやって倒す?)

 最終兵器と言われたアレが使えればまだ何とかなるかも知れないが、そんなことが出来るほどエネルギーは残っていない。カヲルが何かした結果、デスザウラーは起動したが今までコアを外されて地下で眠っていたデスザウラーには、あまりエネルギーが蓄えられていないらしい。つまり、デスザウラーは長時間活動できないのだ。

(ナオコもリツコも、こんな時こそマッドな所を見せて何とかすればいいのに〜〜〜!!!)

 アスカの言い分はもっともだが、そうそう都合良く行かないのが人の世というものだ。





 そうこうする内、使徒とデスザウラーの二体はもの凄い勢いでジオフロント内に射出された。先に射出されたデスザウラーは尻尾を振ってバランスを整えられたが、使徒はその体型と、射出時の姿勢が災いしたのか態勢を整えることが出来ないらしい。アスカがニヤリと笑う。

『くらえーーーーっ!!』

 そのままの格好でじたばたしているところに、狙いすましたデスザウラーの膝蹴りが命中した。そのまま激しく地面に叩きつけられる二体。

『でぇーーーーーいっ!!』

 その姿勢を変えることなく、アスカはマウントポジションをとった。人間同士なら必勝と言われる体勢だ。プラグ内部でアスカがファイティングポーズを取った。デスザウラーも残った右腕を構える。

『もらったわ!』

 はね除けられる前に、右腕が顔面めがけて叩きつけられた。凄まじい音が響き、さしもの使徒も動きが止まる。

『あああああああっ!!』

 そのまま二度、三度と休むことなくアスカは拳を叩きつけた。装甲がまだ取り付けられていない、腕のパーツから徐々に血が滲み、苦痛がアスカに襲いかかるがテンションが高くなったアスカはそれらを感じることなく、ただひたすらに殴り続けた。

『殺してやる!殺してやる!殺してやるっ!!』

 さして効果がないと見て取ったアスカは、今度はカギ爪を無造作に使徒の眼窩と口に引っかけた。そのまま握力を最大限にまで引き上げ、顔を押しつぶしながらゆっくりと持ち上げていく。
 アドレナリンの分泌と、血の臭い、強大な力に酔いながら、アスカは凶暴な顔をする。憑かれたように凶暴な顔を。
 使徒の顔が長く伸びていくに従って、アスカの笑みがますます凄惨になっていく。

(もう・・・・・・少し・・・・・で・・・・・)

 遂に限界にまで伸ばされたのか、使徒の頭部から微かにゴムが千切れるときのようなひきつれた音が聞こえた。

『これで、終わりよっ!!』




ビクンッ!








『え?』

 アスカが勝利を確信し、最後の力を込めた瞬間、デスザウラーの身体が痙攣したかと思うと、その動きが停止した。
 正気に返ったアスカがキョトキョトとモニターどころか明かりすら消えてしまったプラグ内部を見るが、何が起こったのかさっぱり分からない。






「デスザウラー、内部電源ゼロ・・・・」

 もう一歩の所まで追いつめておきながら起こった現実。発令所から戦いを見るため、外に出たミサト達は、信じたくないと言うようにマヤの言葉を聞いていた。

「そんな、アスカ・・・・」






 目の光を消し、電池が切れたように前のめりになるデスザウラーに使徒の触手が絡みついた。肉食恐竜に酷似した頭と首にしっかりと巻き付くと、先のウルトラザウルスと同様に軽々と持ち上げる。

ビュンッ!

 風を切る音を起こしながら、文字通り壊れた人形のようにデスザウラーは投げ飛ばされた。投げ飛ばされた先のネルフ本部施設に背中から激突して、ようやく止まる。ゆっくりと使徒はデスザウラーに近づいた。確実にとどめを刺すつもりなのだ。
 ピクリとも動かないデスザウラーに、使徒は触手を向けた。
 刃が装甲の隙間に潜り込み、装甲を固定するボルトを打ち切り、内部生体組織に食い込む。触手が引き抜かれた瞬間、デスザウラーは胸から大量の血をまき散らした。
 続いて使徒の最大の武器、粒子光線がたがが外れた胸部装甲を吹き飛ばした。
 肉の焼ける匂いとともに生体組織と装甲の欠片が飛び散り、煙が晴れたあとに真っ赤に輝く丸い玉が姿を現していた。

「使徒の・・・・コア?」

 今まで見てきた多角形のゾイドコアとは似ても似つかないデスザウラーのコアを見て、ミサトがため息のように呟く。

 使徒は触手をまるでノミか何かのように構えると、その剥き出しになったコアめがけて打ち付け始めた。圧倒的な切れ味を誇った使徒の刃でさえ、それを一撃で砕くことが出来ないのか、何度も何度も打ち付ける。














「畜生!ここまで来てエネルギー切れなんて冗談じゃないわ!私はここで終わるわけには行かないのよ!!」

 プラグ内部でアスカが血を吐くように叫びながら必死にインダクションレバーを前後させるが、全エネルギーがなくなったデスザウラーはピクリとも動かない。

「動け!動け!動け!動け!動け!動きやがれこんちくしょう!!!」

 いつの間にかアスカは涙をこぼし、しゃくりあげながらも必死になって叫び続ける。

「・・・・動いてぇっ!このままだと、みんな死んじゃうのよ!ママ達も、レイも、マユミも、ヒカリも、マナも、シンジも、馬鹿ジャージも盗撮眼鏡も腰ぎんちゃく達も!みんな死んじゃうのよ!!
 嫌なのよ、そんなの!!!大切な人を守れないなんて、そんなの嫌なのよっ!!!」

 使徒の攻撃によって、遂にエントリープラグに亀裂が走り始めた。
 アスカはそんなことにも気付かず、ひたすら叫び続ける。

「今動かないと何にもならないのよ!だから動いてッ!
 使徒に勝つとかそんなことはもうどうでも良いの!!ただ、みんなを守りたいの!!!
 お願いデスザウラー!必要なら私の命でも何でもあげるから!
 だから!
 だからみんなを守るために、私に力を貸してっ!!!」








 どくん

 突然の静寂と、心臓の鼓動のような静かな音に、アスカがハッと顔を上げた。
 耳鳴りのような音が使徒の攻撃による音を上回りながら、プラグ内部に響く。
 いつの間にかプラグ内部は真っ青な光に包まれていた。









 いつの間にか真っ暗な世界にいることに気がついたアスカが、戸惑いながら周囲を見渡す。どこからともなく、女性の声が聞こえてきた。

『その想い、承認しました』
「だ、だれ!?」
『自らの保身、栄誉、栄光よりもただ友のことを案じるその心こそ、私の主の絶対条件。
 私の名前はベアトリーチェ。
 その愛ゆえに人を地の底に導くもの。そして、あなたの刃』

「ベア・・・トリーチェ?」





































キィーーーン

 デスザウラーの瞳に、ゆっくりと青い光が宿り始めた。
 刹那、それまで無抵抗で攻撃を受けていたデスザウラーの右腕が持ち上がり、触手を受け止めた。信じられないことに、無敵の切れ味を誇った使徒の触手が逆にデスザウラーの爪に沿って4つに切り裂かれた。
 使徒が信じられないと言わんばかりに身じろぎした隙に、デスザウラーは右手を握りしめ、無造作に引っ張った。

 信じがたい力に一瞬のうちにバランスを崩し、衝撃波が発生するほどの速度で使徒はデスザウラーの前に引きずり寄せられていた。目と鼻の先どころか、文字通り額と額をつき合わせながら、使徒とデスザウラーの両者がにらみ合う。いや、どちらかと言うなら一方的に使徒が睨まれていた。

『オギャアアアアアアッ!!!』

 二列に生えた牙の隙間からよだれを垂らし、青く輝く目をククッとゆがめると、デスザウラーは使徒を蹴り飛ばした。先ほど以上に凄まじい勢いで使徒の体が吹き飛び、捕まれたままの腕が千切れる。だがそれでも使徒の体は止まらず、湖畔でオブジェと化したウルトラザウルスに激突してようやく停止した。
 使徒もウルトラザウルスも、両方共をあざけるようにデスザウラーが雄叫びをあげた。



 スイカ畑に力無く寝ころんだままだった加持が、厳しい眼差しで両者を見つめる。






「デスザウラー・・・・・再起動」

 携帯端末をのぞき込みながら、マヤが震える声でそう言った。
 彼女はとても信じられない、どちらかと言えばオカルトに属する現象に正気を失いかけていた。真っ青な顔で目を逸らすことも出来ず、ただただ急上昇していくシンクロ率とエネルギーの値に注目していた。


 右腕に残っていた使徒の触手を、するめか何かのように口に放り込むと、デスザウラーがニヤリと口の端をゆがめた。
 次の瞬間、切断された左腕断面から骨が槍のように飛び出し、続いて筋肉の束がいくつもいくつもその骨に絡みつくようにはえてきた。絡みついた筋肉がグチグチと気味悪い音をたてながら、肘、手首、指と腕を形作っていく。
 そして数秒後、まだ血が滴ってはいたがデスザウラーの腕は完全に再生された。その腕を灰色の舌でちろちろと舐めながら、再びデスザウラーがニヤリと笑う。

「す、凄い・・・」

 今までのこともかなり常識はずれだったが、それすらも上回る常識はずれな出来事に、ミサトはただそう呟くことしかできなかった。

「信じられません、デスザウラーのシンクロ率が400%を越えています!」
「・・・・・そんな、理論的に100を越えるなんて事があるはず無いわ・・・。また、母さんは私に秘密を・・・?」

 マヤの言葉にリツコは呆然と呟く。












『オギャァアアアアアアアアアッ!!!!』

 クライマックスが迫っていることを理解しているのか、デスザウラーが銀色の牙も、紅い牙も全てを剥き出しにしながら、長い長い雄叫びをあげた。

 使徒は起きあがりこぼしのように素早く起きあがり粒子光線を発射するが、デスザウラーの目と、大きく開けた口の中が青く輝く。

ズバンッ!!

 空気が弾ける音と共に、両者の中間地点で太陽と見間違うような光の玉が生まれた。

「な、何が起こったの!?」

 色が分からないほどのまぶしさに目を押さえながらミサトが尋ねた。同じく目を押さえてうずくまっているリツコが、震える声で答える。

「デスザウラーが荷電粒子砲を撃ったのよ。それも使徒の粒子光線に当てるなんて神業を・・・。
 普通、お互いに干渉しあってあさっての方向に飛んで行くはずなのに・・・」



 電磁波で壊れてしまった端末に舌打ちしていたマヤが、ハッと顔を上げた。下を見ていたおかげで他の人間ほど残光現象が酷くなかったようだ。

「先輩」
「何よ、マヤ?つつつ・・・・あと数分はまともに物を見られないわ・・・」
「えっとですね、デスザウラーの装甲が勝手に外れているんですけど・・・・」
「え・・・・・?」

 マヤの言葉通り、デスザウラーの身体から装甲が弾け飛んでいた。
 マヤの言葉に硬直しながらも、霞む目でかろうじて背部装甲が解除されたことをリツコは確認した。とたんにその顔が蒼白になる。

「ま、まずいわ・・・。覚醒する・・・。それ以前に、アレを撃つつもりなの!?」
「ちょっとリツコ、自分だけで勝手に納得してないで説明してよ!」
「そうですよ、先輩!アスカちゃんがどうなってるのかとか、デスザウラーの背中からはえてるお花みたいなのは何かとか、教えて下さい!」

 まだ目を押さえていたリツコだったが、マヤの『お花云々』を聞いた瞬間、彼女を知る人間がとても信じられないような大声を上げた。
 再び目を向けると、デスザウラーの背中からイソギンチャクの触手のようなものが幾つも生えて、天に挑みかかるように蠢いていた。


「も、もう花を咲かせたの!?
 アストロモンスを!
 みんな逃げて!このままだとみんな死んじゃうわ!」
「ちょっとリツコ、説明・・・・」
「後でいくらでもして上げるから、今は急いで逃げて!!冗談じゃなく、このままだとデスザウラーに生気を吸い取られてミイラにされるわよ!!焼け死ぬのはともかく、まだ二十代なのに100才の老人みたいになって死ぬのなんて私は絶対にゴメンだわ!!」
「ええっ!?」

 リツコの大げさとも思える言葉に、ミサトは霞む目をデスザウラーに向けた。
 彼女の目には、デスザウラーの背中から生えた花のようなものが空気中から光のようなものを吸い取っている光景と、デスザウラーの周囲の植物がもの凄い勢いで緑から茶色に変わっていく古典的な光景が見えた。そう言えば、なんだか体が重いような気がする・・・。

「総員退避!急いで本部に戻るわよ!!」














 色々聞きたいことやその他のことを後回しにしてミサト達が再び地下に舞い戻ったとき、デスザウラーがこれまでで最大の哭声をあげた。その声だけで人間を殺せるような凄まじい哭声を。空気がビリビリと震え、枯れた草木がとどめを刺されたように粉々になって砕け散る。

 そして、デスザウラーは、ゆっくりと唾液でぬめる口を開いた。
 荷電粒子砲の砲口より奥、咽の中から不気味に明滅する青白い光が漏れる。





「これは、かなりやばいのでは・・・」

 かろうじてデスザウラーの生命吸収の影響範囲外にいた加持が、震えながら呟いた。痛み止めも切れた今は一歩も動くことが出来ず、ただほんの少し寿命が延びたことに感謝するべきか、それとも不幸を呪うべきかワケの分からないことに悩んでいた。
 目の前がチカチカして、光がそこら中で瞬いているのが見えた。
 それが死にかけた彼にしか見えない幻覚なのか、それとも本当に見えているのか。
 いずれにせよ、死が非常に身近になったことは確かだった。

「死ぬときはここでと決めてはいた。だが・・・・・」

 だが死にたくないのも事実。なにより全てのスイカは熱と爆風により砕けるか、枯れるかしてしまっていた。彼が生きているのは奇跡以外の何物でもない。

「やっぱり葛城の胸の中か、リッちゃんの胸の中で死ぬべきだった・・・」
「本当に元祖シンジ君なんですね。・・・・・世話が焼けるねぇ」

 諦めたのか目を閉じた加持の横で、本気で呆れ返った声が聞こえた。










オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!

 デスザウラーの口から限りなく青い光がほとばしった。
 龍が踊っているような不可思議な奇跡を描きながら飛ぶそれは、使徒が伸ばした触手を消し飛ばし、粒子光線を逆に呑み込み、使徒が全力で展開したATフィールドをいとも容易く撃ち抜いた。
 動揺したように後ろに下がろうとする使徒に、蛇のように絡みつく光の龍。
 それは螺旋を描きながら、ドリルが岩盤に食い込むように使徒の胴体を貫いた。外皮を一瞬で削り、肉と内蔵を食いちぎるように消滅させ、風船のように背中の外皮を膨らませ、最終的にはじかせた。
 鮮血が噴き上がり、使徒がまだ張っていたATフィールドに紅いカーテンが生まれる。

『ぉぉ・・・・・・ぉぉ・・・・ぉぉ・・・・・』

 信じられないと言うように、使徒が自分の身体に開いた穴を、目の前で凶悪な笑みを浮かべるデスザウラーを見た。
 そのまま崩れ落ち、使徒の体がピクピクと痙攣する。

 目をゆっくりと細め、骨格標本よりも酷い有様になった使徒にデスザウラーは前傾姿勢になると、殊更ゆっくりと近寄る。目を爛々と輝かせ、よだれを狂犬病の犬のようにたらしたその姿は、悪鬼以外の何物でもない。使徒はまだ抵抗しようと、最後の力を振り絞るが粒子光線を発車する寸前に飛びかかられ、顔面を食いちぎられる。
 使徒の抵抗が止むのを確認すると、デスザウラーは使徒の胴体に首を突っ込むようにして残っていた内蔵を引きずり出した。プチプチと内臓が切れる音が響き、むせ返るような血の臭いが充満する。
 デスザウラーは使徒の血をトーガのように纏いながら、その肉を喰らい続けた。

「使徒を・・・・・・食ってる・・・」
「取り込んでいるのね。使徒のS2機関を・・・。アレを、デスザッパーが連射できるように?」

 外の様子を見ることが出来る最寄りの施設にまで退避してこの光景を見たミサトは、震えながら呟いた。それにリツコが同じく震えながら答える。


「ううっ・・・」

 開いた穴から内蔵を漏らし、血を噴き出して声もなく悶える使徒の姿にマヤが耐えきれず口を押さえて俯いた。モニター上では今だ血の謝肉祭が繰り広げられている。

 遂に全ての装甲が吹き飛び、深紅の姿をさらけ出してデスザウラーが天に向かって吼えた。酸っぱい臭いがする中、リツコが自分でも気がつかないうちに呟く。

「拘束具が・・・」
「拘束具?」
「そうよ、スパーヘビーガードは本当は装甲じゃないの。デスザウラー本来の力を押さえ込むための拘束具なの。荷電粒子砲も、オーロラインテークファンもみんなそう・・・。
 その呪縛が、今解かれていく・・・」

 震えながらリツコは言った。

「もう、デスザウラーを止めることは誰にも出来ないわ・・・」










「Dの覚醒と解放・・・。始まりというわけですか。
 これもシナリオの内ですか・・・碇司令?」

 かろうじて生き残ったウルトラザウルスの艦載機にカヲルと一緒にしがみつきながら、加持は遠く、かろうじて残った司令室に視線を向けた。












「・・・始まったわね」
「ええ・・・。全てはこれから。至急、D4、そしてコキュートスに眠る全ての悪魔の復活を」
「了解。一両日中には目覚めさせるわ」


 紅く染まった光景を無表情に見つめながら、ユイとキョウコ、そしてナオコは呟いた。








『オギャアアアアアアッ!!!』

 全身を返り血で染め、デスザウラーはいつまでも哭き続けた。
 果たして、彼女は切り札だったのか、それとも・・・・。








第六話完








後書き

一応、これでこの話は一応一区切りと相成ります。次回からの話も変わらずご贔屓に。


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