ビッグ・ギャンブル

written on 1998/7/12


 

 /青葉シゲル(SHIGERU AOBA)

 /ネルフ本部中央作戦司令室付オペレータ

 /階級:二尉

 /担当:通信・情報分析

 /趣味:ギター

 /現在独身。特定の彼女なし。

 

          *     *     *

 

 俺がはじめてあいつと出会ったのは、ネルフに入りたての頃に行われた研修でのことだった。

 

 研修はとても厳しいものだった。

 その年の新入職員が全員一同に集められ、場所も教えられぬまま、まったく外部との連絡がとれない訓練施設へと送られた。

 研修は基礎体力の測定から素粒子学にいたるまで幅広い分野にわたって行われ、各自の能力がつぶさに判定された。

 分刻みの行動は確かにハードだったが、意味のない形式的なカリキュラムは無く、古めかしい研修をイメージしていた俺たちは、徹底して合理的な内容に感心さえ覚えた。

 研修の時間以外は緩やかな規則しか設けられていなかったため、あっちでは女に声をかけているやつがいるかと思えば、こっちでは日本の将来について論戦を繰り広げているやつがいる。

 研修所にはそんな自由な空気があった。

 

 しかし、宿舎の個室からトイレにいたるまで、あらゆる場所に盗聴器とビデオカメラが仕込まれ、プライバシーのすべてを監視されていたという事実を俺は最近知った。

 だが俺は別段そのことに憤りはしなかった。

 俺もその頃には、ネルフがこのような行為を必要とする組織だと身に染みていたから。

 

 それはともかく、だ。

 この研修の中で唯一不評だったのが、戦自から派遣された柔道の教官がさんざん俺たちをしごきやがったカリキュラムだ。

 ネルフには似つかわしくない、一世紀前のスポ根マンガみたいに熱い言葉を吐く教官を、ほとんどの奴らが醒めた目で見ていたことは今でもよく覚えている。

 その中でただひとり、何度も何度もその教官に挑戦していたのがあいつだった。

 短く刈り込んだ固そうな髪の毛。まじめぶった黒縁の目がね。何度倒されても、擦り傷だらけになりながらも、汗だくで教官に向かっていくその暑苦しい姿。

 

 あいつ、アホか。

 

 それが俺の第一印象だった。

 

          *     *     *

 

「青葉君、だったよね?」

 そんな言葉をかけて、あいつは、ひとりで昼飯を食っていた俺の正面に腰をかけた。

 トレイの上で湯気をあげているカレーうどんの匂いがぷんと漂ってきて、やたらと鼻についた。

 俺は不機嫌そうに眉をつり上げた。

 

 その頃の俺はいつもひとりだった。

 どちらかというと当時の政府に否定的な人間、反権力的な気質を持つ連中ばかりを集めていたネルフの中で、内閣報道官の父親を持つ俺が疎まれていたのは強く肌で感じていた。

 コネを使ってネルフに入ったんじゃないかと陰口を叩かれているのは知っていたし、競争心むき出しでなにかと俺を目の敵にするヤツも多かった。

 だから、俺はいつもギターを弾いていた。

 女を口説いたりしていた。

 友達と呼べる連中はほとんどいなかった。

 

 あいつは、おそらくそんな俺に気を使って声をかけてきたのだろう。

 その偽善者臭さも嫌いだった。

 急いでメシをかき込むと、湯気で曇った眼鏡のレンズをハンカチで拭っているあいつを置いて、俺はとっとと席を立った。

 

          *     *     *

 

 一度だけ俺は本気であいつに殺意を覚えたことがある。

 あれは適性に応じた部署への配置が済んでしばらく経ってから行われた戦闘訓練の時だった。

 俺たち発令所配備の職員たちは、市街戦及び建造物内での戦闘訓練が必須だった。

 もちろん武器を手にするのははじめてといった連中が多かったが、セカンド・インパクト直後の荒廃した世界を生き抜いてきた俺たちの世代には根性の座った者が多かった。

 手を抜くやつは一人もいなかった。

 

 戦闘訓練も終盤になり、互いにチームを組んで模擬戦闘を行う日が続いていたある日、俺は敵方のチームにあいつの名前を見つけた。

 ストーキング(隠密接敵)に自信を持っていた俺は、あいつの悔しそうな顔を想像して、にやりと唇の端を歪めた。

 真っ先にあいつの首を取るつもりだった。

 しかし、油断があった。

 他愛もない単純なトラップに引っかかったのは俺の方だった。

 あいつに後ろをとられて、地面に押さえ込まれたときのコンクリートのざらつく感触は今でもよく覚えている。

 頭の奥がグラグラと沸騰するような暗い情動に支配された。

 嬉しそうに歓声をあげるあいつを、俺は本気で殺してやろうかと思った。

 

 俺がまだ若く、裏付けのない自信に満ち、世界のすべてに不満を持っていた頃の話だ。

 

          *     *     *

 

 腐れ縁ってやつか知らないが、それ以来あいつと俺とはずっと同じ部署で働いている。

 あいつのストレートな行動には本当に辟易させられることが多い。

 とにかくあいつはスマートさに欠ける。

 伊吹マヤが俺たちの部署に配置されたときもそうだった。

 最初の休憩時間になって、俺がさりげなく声をかけようと彼女に近づいた横から、あいつがしゃしゃり出てきやがった。

 あからさまな好意を向けるその姿は、とてもじゃないが見てられるもんじゃなかった。

 

          *     *     *

 

 だから、あいつが葛城一尉に好意を持っていることもすぐにわかった。

 確かに葛城一尉は魅力的だ。その決断力と行動力には俺も舌を巻く。

 打算的でいながら、しかしぽろりと見せる衝動的な行動が、脆さをも感じさせる。

 チルドレンにも優しい顔を見せるかと思えば、時にはひどく残酷だ。

 葛城一尉はまさに『女』だった。

 だから俺は最初から彼女と距離を置いていたのかもしれない。

 

 俺はあいつの好意を利用している葛城一尉が好きではなかった。が、それをわかっていながらも接触を続けるあいつがもっと嫌いだった。

 別に仕事に私情を持ち込むなとは言わない。

 だが、それで判断力が無くなれば話は別だ。

 

 ……いや、あいつもそんなに馬鹿じゃない。

 考え抜いた結果の行動であることはわかっているつもりだ。

 あいつは決断したんだ。

 俺に相談もなく。

 

 ふん。

 

 俺はあいつの小汚ねぇ黒縁の眼鏡も嫌いだし、ツンツンとがっている整髪料でギトギトしたあの短髪も大嫌いなんだよ。

 

 

          *     *     *

 

 

 そうさ。

 俺は昔っからこいつのことが嫌いだったんだ。

 

 青葉は汗で濡れたグリップをにぎりしめると、引き金を握る手に力を込めた。

「今度ははずさない」

 いや、はずせない。

 青葉はすでにいくつかの銃口が日向の胸に照準を合わせていることに気がついていた。数分前から保安部の連中が物陰に到着しているのはわかっていた。

 だからこそ。

 やつらに殺られる前に自分の手でなんとかしたい。

「マコト、あきらめろ」

 青葉は、葛城一尉と日向の手により密かに組み込まれた本部の自爆装置が、ゲンドウの指令によりロックされていることに確信があった。

 碇ゲンドウは、そういう男だった。

「未来を造る子供たちを犠牲にしてまでもか!」

「そうだ。より多くの人を救うためには仕方がない」

「仕方がないって……。おまえ、それで割り切れるのか!?」

「今さらそれはなしだぜ」

 青葉は日向の瞳を真正面から見据えた。

「誰かが背負わなければならない罪なら、俺は喜んでその役を演じるさ。ネルフはそのための組織だとお前もわかっていたはずだ」

「っく……。しかし、なにか他に手はあるはずだ」

「あと1分3秒の間に手を打たなければすべてが無に還る」

「ちくしょうっ。こんなことってあるかよっ!」

「それが俺たちの役目だ」

 そうでしょう、碇司令。

 青葉は一瞬だけ碇ゲンドウを見た。

 両手を組んだまま微動だにしないその姿は、いまだ彼の計画の可能性に疑念を抱かざるを得ない青葉に対しても、説明不能な安心感をもたらす。

 

 この人の賭け率は何倍だろうか。

 青葉は、ふとそんなことを思った。

 

 次の瞬間、伊吹の悲鳴と乾いた銃声が発令所に響きわたった。

 

 

                           <おわり>

 


 これが私の理想とするネルオペエンディングです。

 98年の夏コミでハギワラさんと出したロンゲ本に掲載したヤツですが、半年経ったのでそろそろOKかなと、こちらへ転載させていただきました。

 赤木=伊吹、葛城=日向、碇・冬月=青葉ラインを提唱する私としては、当初はこんな展開になることを想像(妄想?)してました。実際はそれどころじゃない大騒ぎになってしまいましたが。

 青葉って実はかなり屈折してると思うのは私だけでしょうか?

 これからも青葉小説は細々と更新していきますので、数少ない読者の皆様、来年もどうかよろしくお願いします。



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