METAL BEAST NEON GENESIS

機獣新世紀
エヴァンゾイド



第三話Cパート
「So long」



作者.アラン・スミシー







 「いよいよ当日やな!」
 「ああ!準備は完璧だし、後は出番を待つだけさ!なあ、シンジ」

 遠足前の小学生のように寝不足なのだろう、少し疲れた目をしていたが脳内麻薬の分泌によって、いつも以上に元気なトウジとケンスケがシンジの背中を叩いた。もちろん、他の生徒、徹夜で教室を喫茶店に変えていたマナやムサシ達も同様だ。ただ、一人アスカが少しぶすっとした顔をしていたが。
 シンジは毎度協調性のないアスカに、仕方ないなあと思いながらも、とりあえず隣で少し身体を小さくしながらもすがりつくように立っているマユミに目を向けた。
 目があい、2人の顔が少しだけ赤くなる。


「がんばろうね」
「はい!」

 シンジとマユミは、うなずきあった。アスカとケンスケがケッと唾をはかんばかりに表情を曇らせ、マナとレイがムッとした顔をする。ちょっと、雰囲気が微妙だったが3−Aの教室に文化祭が始まったという空気が流れた。そしてきっと成功するだろう、成功して欲しいという生徒達の思いが。

 だがその時!


ドゴゴゴ・・・・

 爆音と不気味な振動が響き渡った。
 机が震え、チルドレンでない女生徒達が悲鳴をあげる。
 運命の女神はよほど、彼らのことが嫌いらしい。

「うわっ!」
「爆発音だ!」

 叫び声と、泣き声が聞こえる中、シンジ達チルドレンは素早く窓際に駆け寄った。ここら辺はだてに訓練を積んでいるわけではない。身を乗り出すように外の騒ぎを見る素早い行動に、一部の生徒が感心する中、1番目の良いケイタが遠くの方で上がる土煙に目を凝らした。

「事故かいな?!」
「違うよ、あれは・・・」
「まさか!?」
「・・・例の使徒」
「間違いない!」
「よりにもよって文化祭当日にあらわれるなんて、絶対殺す!!って感じ!」
「やっぱり生きていたのね」
「騎士道大原則一つ!!典範を無視する者は絶対殺す!!よくもあれだけの準備を無駄にさせやがったな!!!」
「私情入りまくってるね。僕も同じ気持ちだけど・・・」
「はっ!ちょうど良いわ。
 このムシャクシャをぶつけてやれるんだから・・・。ちょっとマユミ!?」


 ムサシ達が物騒なことを言う横で、ムシャクシャの原因の片割れにちらっと目を向けたアスカが驚きの声を上げた。その声に、使徒に注目していた全生徒が視線をマユミに向ける。
 騒ぎの中、ただ1人マユミは苦しそうに腹を抱えてうずくまっていた。その顔は苦痛に歪み、白い額には脂混じりの汗が浮かんでいる。一目見てただ事でないことがわかる。
 シンジとマナ、ヒカリが慌てて駆け寄ったとき、警報が鳴り出した。

『只今、第三新東京市全域に、緊急避難命令が出されました』

「ちょっとどうしたの!?ねえ山岸さん!」
「うっ・・・くぅっ・・・ああ・・・」

 シンジ達が心配そうにかける声に、マユミは反応はしているが苦痛が酷いのか、うめき声を返すだけだった。その時、1人出遅れた形になって、少し離れたところにいたアスカが厳しい声で言った。

「なにしてんのよ!シンジ、行くわよ!」
「行くって・・・、山岸さんは?」
「あんたが担ぐなりなんなりしなさいよ!どのみち、シェルターじゃ充分な治療なんてできないでしょうが!」







<ネルフ本部発令所>


 市街中心部に現れた使徒の対処に、全てのオペレーターたちが忙しく対処していた。全ての交通機関の閉鎖、制御。その中でチルドレン達の位置を正確に把握し、本部まで安全確実に誘導しなければならないのだ。

「中央ブロック、および第1から第7ブロックまでの収容、完了!」
「政府および関係各省への通達、完了!」

 とりあえず、戦闘態勢が整ったことを確認したミサトが、その次に重要なことをたずねる。

「民間人と非戦闘員の待避は?」
「突然の敵襲で、混乱しているようです」

 日向が苦しそうに言った。一体何をやっているんだという憤りの思いと、理由はわからないが使徒戦の時のミサトは決断をせまられた場合、間違いなく民間人を切り捨てるだろうことを肌で感じていたからだ。
 一種ぴりぴりした空気を漂わせながら、ミサトはぼそっと言った。その内容がどういうニュアンスに取られるかは人それぞれだ。

「・・・戦場は市街のど真ん中よ」

 ミサトはそれだけ言うと、すぐに通話モニターに目を向けた。
 すでに神業の域に達した、輸送技術によりチルドレンは全員がプラグの中に乗り込んでいた。ただし、原因不明の苦痛を訴えるマユミを除いて。
 ミサトはその報告を聞き、こんな時にと舌打ちしたがすぐさまシンジ達に注意を向ける。

『状況は急を要します。すでにシールドライガーと弐号機は牽制として発進。初号機およびアイアンコング、サラマンダーも急速発進。
 各機目標に威嚇射撃を行いつつ誘導。その間に民間人の避難を完了させるわ。その後、霧島さんと鈴原君の主砲の一斉射撃により目標を殲滅』

 ミサトの言葉に、一同が真剣な顔で頷いた。
 ミサトも頷き返す。

「全機発進準備!」









 射出されるまでの僅かな間、どことなく嬉しそうな顔をしたアスカが、全員分の通話モニターを開き、いつもの調子で話しかけた。

「わかってるわよねシンジ。あんたやレイにうろちょろされると、戦いの邪魔なの。私に任せておけば、使徒の一体や二体、簡単に倒してみせるわ」
「そんなこと言っても、それには街を救うのが先だよ」
「だから、私に任せとけばいいの!」
「そんなこと言ったって・・・」
「ちょっとアスカ、そんなこと命令違反よ」
「ヒカリは真面目ね。ミサトの命令なんて役に立ったこと無いじゃない。いい?これは神の意志にして大宇宙の摂理なのよ。私が大活躍するっていうのはね!」

「「「傲慢」」」

 と、マナやトウジ、シンジ達は言いたくなったが、ちょうどその時リフトが地上に打ち上げられた。

「ちょっとあんた達なに黙りぃぃぃぃぃぃっ!!!?」

((((((へっぽこ))))))

 すっかり油断して、奇声を上げながら地上に射出されるアスカに、一同は心の底からそう思った。









 ケンスケのサーベルタイガーと、カヲルのゴジュラス弐号機が当てる気のない攻撃で使徒を何とか、市街地から動かそうとしているが、使徒はその攻撃を完璧に無視したまま、ふわふわと第三新東京市上空を漂っていた。
 ケンスケとカヲルの顔に焦りの汗が浮かぶ。とりあえず被害はないが、それは使徒が自分たちを相手にしていないからである。

「どうする、渚?あいつ全然攻撃が効かないぞ」
「接近戦も効果無しか・・・、好意に値しないね。
 ・・・おっとシンジくん達の到着のようだ」

 カヲルがちょうどそこまで言い終えたと同時に、使徒を囲むようにしてシンジのゴジュラスMK−2、アスカのアイアンコングMK−2、レイとレイコのサラマンダーF2、トウジのディバイソン、ヒカリのゴルヘックス、そしてだいぶ離れたところに、マナ達の乗るウルトラザウルスが姿を現した。

「カヲル君!状況は!?」
「すまない、シンジ君。やつの誘導に失敗した。今使徒は市街のど真ん中に・・・」

 使徒は空中を浮遊しつつ、市街中心部でひときわ威容を誇る、三つの超高層ビルが正三角形を描くエリアに侵入した。自ら自分の動きを縛るような行動に、シンジ達がとまどう。確かに今の状態で攻撃したらだいぶ被害が出るが、使徒は周囲をビルに囲まれた所為で身動きがとれない。
 使徒はそのままジッと身動きすることなく、空中に制止した。
 威嚇攻撃に反応する様子も、攻撃してくる様子もない。

「なんだ?何が起こってるんだ?」
「調べてきなさいよ」
「誰が?」
「一番近くにいるあんたに決まってるでしょうが」

 アスカの言葉に、キョトキョトとゴジュラスが周囲を見回した。隣にいたはずなのに、いつの間にかシールドライガーと弐号機は後方に移動していた。

「か、カヲル君裏切ったな」
「ゴメンよ、シンジ君。僕の弐号機は君の初号機と違ってブースターがついていないんだ」
「・・・・・・わかったよ、行けば良いんだろ」
「碇君・・・・頑張って」
「シンジ、代わってあげたいけど・・・ゴメンね」

 こういう時一番の貧乏くじを引く男、シンジが恐る恐る使徒に近づいていく。レイとマナの励ましにちょっとだけ、機嫌をよくする所が男の子らしい。
 ゴジュラスの両腕の重火器が鈍く光るが、距離が5キロを切っても使徒は全く動こうとしない。
 シンジはイヤな汗が背中、両の手のひらにじっとり浮かぶのを感じながらも、どんどん距離を狭めていく。
 そして距離が1キロを切ったとき、使徒に変化があらわれた。
 シンジが至近距離で見守る中、いきなり使徒は全身の色を変え、同時にウニの棘のように生えていた棘を一斉に伸ばしたのだ。全てが満遍なく、隙間を埋めるようにのびた棘はいとも容易く周囲のビルを突き破り、使徒の姿をビル群に埋まる黒い玉のように変えた。
 慌ててシンジは飛び下がり他のゾイド達は一斉に銃口を使徒に向けるが、使徒はそれ以上何もしようとしない。
 そのまま、ゴジュラスが再接近してもピクリとも動かなくなった。

「・・・・・・・・一体、どうしたんだろ」
「さあ。俺たちこそどうしようか?」
「下手に攻撃すると、どういう反応を出すか・・・」

『目標の行動が予測できないわ。全機後方に退避。ウルトラザウルスのウルトラキャノンを使用するわ』

 しばし顔を見合わせていたが、ミサトの指示に、慌てて後方に下がるゾイド達。
 そしてそのもっと後方で、ウルトラザウルスは不気味なうなり声をあげ始めていた。それまでシューシューと蒸気が漏れるような音をかすかに立てていただけだったが、ミサトからの指示が来ると同時に、その眼に輝きが生まれた。その太古存在していたという、最大の陸上動物雷竜に酷似した身体が、動き始めたのだ。

「久しぶりの出番ね。と言うわけでケイタ、主砲発射用意♪」
「了解」
「副砲、及びレーダーの収納確認」

 ムサシの言葉と共に、ウルトラザウルスの全身を針鼠のように覆っていた副砲や対空砲が、衝撃波に備えて体内の小型格納庫に収納されていく。同時に、ウルトラザウルスの目が風防越しにオレンジ色の光を放った。

『キョアアアアッ!』

 一声そう鳴くと、ずしんずしんと地響きを立てながら歩き始めた。主砲の軸線を上手くあわせる為なのだが、ちょっと歩いただけにも関わらず、その凄まじい重量に、大地が悲鳴をあげる。

「エネルギー充填120%、ターゲットスコープロックオン」
「発射体型に移行完了」
「おっけい♪ウルトラキャノン発射します!」

 そう言うとマナはニヤリと笑いながら、トリガーを押した。
 瞬間、4門ある主砲が一斉に光を放った。


ドカーーーーン!!!

 直後、凄まじい轟音と共に第三新東京市に小さな太陽が生まれた。シールドされているはずの発令所モニターと、地上に出ていたゾイド達のモニターが一瞬焼き付く。凄まじい熱と光の奔流に、二度目の体験だというのに、目撃者達は一様に冷たい汗が流れるのを感じた。



「・・・・はっ、日向君!やつは!?」
「はい・・・・!?高エネルギー反応確認!!」
「なんですって!?」

 日向の報告に、ミサトではなくリツコが驚きの声を上げた。N2爆弾より威力だけ見るなら劣る武器だが、それでもATフィールドが中和されている状況での一撃だったのだ。消滅しないとおかしい。
 だが使徒はクレーター状になった第三新東京市中心部に、静かに浮かんでいた。周囲のビルは塵も残さず消し飛んだというのに、使徒には傷一つない。論理的故にパニックに陥りそうになったリツコの横で、素早くミサトが次の指示を出す。

「第2射用意!」








ドカーーーーーンッ!!!!


 これで3回目の大爆発だったが、まだ使徒は平気な顔をして浮かんでいた。尤も、どこが顔だかさっぱりわからなかったが。
 マナから銃身が熱を持ちすぎ、冷却しないと次が撃てないと報告が入ったところで、ミサトは唇を噛みながらも何とか冷静になろうと勤めていた。唇の端から血が滲む。

『・・・・ゾイド各機は命令があるまでその場で待機。長丁場になるわよ』
「ながちょーば?なにそれ?」

 目をしぱしぱさせながらのアスカの質問に、ミサトは吐き捨てるように言った。

『・・・明日の朝が、きついってことよ』












 シンジ達が使徒の様子を大人しく見ることになって、すでに数時間が経過していた。ミサトの言う通り、長丁場になったのだ。少し灰色がかった青空が、吸い込むような青空に変わり、次いで段々と山吹色の色彩を帯びていく。
 そして空は紅く染まり、遠くで蝉が今日の終わりを嘆くかのように鳴き声をあげていた。
 その間に民間人の退去は完全に終了し、ゾイド各機は被害をそれほど気にすることなく使徒の周囲を思い思いに取り囲んでいた。子供達は、いつ使徒に動きがあっても良いように、ほんの僅かなトイレ休憩を交代で取った以外は、ずっと身動きしないゾイドの中で使徒を睨み付けていた。

 シンジ達が使徒を睨み付け、警戒している頃、大人達は使徒の分析を必死になって行っていた。だが、質量、体積、熱量などがわかったからと言って、それが何になろうか?しかもそのデータも計測誤差分以上に変化しようとしない。静かな緊張と共に、僅かなだれが周囲を支配する。

「ったく、なんなのよあの使徒は。腹立つわね、人の庭先でピクリとも動かないで・・・。リツコ!」
「繰り返すけど、現在使徒は分析中。尤も今の状況じゃ、ブラッドパターンの反応が少しおかしい以外は何も変化がないわ」
「そう。
 ・・・・・・・・・・・・あ、山岸さんは?もう回復した?」
「それが、まだ苦しんでいるそうなのよ。ただの腹痛じゃなく、急性盲腸炎か何かかも知れないわ。と言うわけで今は、機械で精密検査中よ」

 その報告に、ミサトは少し鼻白む。ほんの僅かな時間の狂いが、どんな失敗を生むかわかったものじゃないのだ。それなのに、リツコの態度はいつもとまるでかわらず、それがミサトの神経を逆撫でした。

「なんでそんな大事なことをもっと早くにやっておかないのよ?」
「検査中は急な出撃要請があっても、すぐに準備ができないからよ。それに・・・何か変らしいのよ。それで何回も検査をやり直しているって」
「ふぅん。それで6時間以上もほっておいたわけ・・・。それで、検査の結果はいつ?」
「もうまもなくって所ね」

 リツコがため息をつきながらもう何十本目かわからないタバコをくわえ、火をつけた。
 紫煙がリツコの頭上で渦を巻き、そしてふっと消えた。










<医務室>

 最新設備がこれでもかと並ぶ、病院関係者ならば垂涎の機械の前で、医師が驚愕の叫び声をあげた。彼の目はジッと目の前のモニターに写る、かすかにうごめく映像に見入っている。

「そんな馬鹿なことが」

 そう言った後、横にいる看護婦共々検査機内部に横たわる少女の顔を見る。
 検査を始めた当初は、まさかこんな大人しそうな子がと、驚き呆れていた。だが検査が進むにつれ、少女の苦痛を生んでいる原因が、彼には分かってしまった。それは彼女が妊娠しているなどと言う、生やさしいものではないことが。
 何かの間違いではないかと、何度も検査を繰り返したが、やはり結果は変わらない。
 今は恐怖が混じった眼差しでジッと少女を見つめていた。山岸マユミを。

「とにかく報告しないと・・・。私は発令所に行くから、君はここで彼女を見ていてくれ!」
「ええっ!?私1人でですか!?電話を使えばいいじゃないですか!」
「こんなとんでもないことを電話で言えるか!直接口頭で言わないと・・・」
「ちょっとそんな言い訳言って・・・」

 言い争いを始める、医師と看護婦の声を耳にしながら、マユミは必死に身を起こし、機械から身体を抜き出した。
 朦朧とした意識ではよくわからないが、何か自分にとんでもないことが起こったことはわかる。そしてなぜか、うごめく何かをよりいっそう感じながらも、外に出ないといけないという気がしていた。
 色気も何もない、簡素な病院服に身を包んだマユミは壁により掛かるようにして、機械を操作し、扉を開けた。

「あの時何があっても私を守るとか言った癖にぃ!って先生、山岸さんが!」
「ちょっと留守番するだ・・・ってなんだと!?」

 その時になってようやく、医師と看護婦が起きあがって扉を抜けてきたマユミに気がついた。
 マユミの顔は蝋のように青白く、目の下には疲労による隈ができていた。焦った医師が、慌てて彼女を止めようとするが・・・。

「どいて・・・下さい」

 たった一言、マユミがそう言うと医師は身体が動かなくなっていた。何か超自然的な力が加わったわけではない。ただ、マユミに気押されてしまったのだ。

「・・・君は病人なんだぞ。落ち着くんだ。だいたいどこに行く気・・・」
「私は・・・行かないといけないんです。邪魔・・・しないで・・・」

 そよ風が吹いただけで倒れそうなマユミだったが、その眼はギラギラと油ぽく光り、邪魔すればただではすまさないと暗に訴えていた。体力自慢の医師の動きがまたしても止まる。

「しかし・・・・」
「どいて・・・」

 マユミは躊躇しなかった。










<第11ケージ>

 マユミが医師を投げ飛ばした頃、冷却液につけられ、静かに眠っていたグレートサーベルの瞳に、緑色の光が灯った。無論、エントリープラグなど挿入されているわけもない。
 コクピット・・・・・リツコ達が改造を施す依然、遺跡で眠りについていたときに備わっていた、元々の操縦席内部の計器に光が灯った。そして誰も触っていないのに、コクピット内のレバーやボタンが動き始める。
 たまたま近くにいた作業員があり得ないことに硬直している横で、ザバァッと赤い洪水を巻き起こしながら漆黒の身体を、引きずりあげる。そして壁を突き破り、リフトへの最短通路を確保すると、グレートサーベルは発令所にまで届くような雄叫びをあげた。

「グゥオオオオォォォォォッ!!!!」

 後にその作業員は語っている。
 その雄叫びは、子を守ろうとしている母虎のそれとそっくりだったと。


















「キィェエエエエーーーッ!!」

 ・・・突然、使徒が怪鳥のような雄叫びを上げた。
 さすがにだれて、うすらぼんやりしていたチルドレン達がハッとした顔をする。
 それはちょうど手元にやってきた医務室からの途中経過報告書を読もうとしていた、リツコやユイ達、そして変わらぬ瞳で使徒を見つめていたミサトも同じだった。

「一体、何が起こっているの?」
「しっ、信じられません!使徒の質量が増加していきます!」

 驚き慌てながら日向が叫ぶ。
 如何に理系ではないといえ、ミサトにだとて質量が増加しているという言葉の意味するものはよくわかった。すなわち、彼女の常識の崩壊。

「質量が?まさか。センサーの数値は?」
「全センサー正常。測定誤差でもありません!」
「そんな!物理法則に反しているわ!」

 リツコが静かに言った。

「考えられることはひとつ」
「なに?」
「成長しているのよ。某正義の戦士が人間からさなぎ、さなぎからイナ○マンに変わるように」
「まさか!って、ちょっとリツコ」

 リツコのさりげないセリフにそのまま頷きそうになったミサトが、リツコを正気に返らせようとするが彼女は無視した。

「あり得ないことじゃないわ。使徒は自己修復機能と、敵対する相手と環境に応じた適応力を持っている。おそらく、その延長戦上の能力」
「(無視かこいつ)だとしたら?」
「おそらく、ゾイドの攻撃方法に対抗する能力を身につけているはず」

 リツコが言い終わるのとほぼ同時に、さなぎに変化が起こった。
 虚無のような亀裂が表面に走り、その亀裂からオレンジ色に光る不気味な単眼のようなものが見える。そして身構えるシンジ達の前に、さなぎを突き破ってあらわれたものは・・・。

 蝶や蛾のような昆虫状の胴体から棘だらけの植物のような鎌首をもたげた異形の使徒。ジャングルジムのように組み合わされた骨組みの真ん中に輝くのは、菱形の顔とその単眼。そしてその左右に翼のように広げられたオレンジ色の刃。
 今まで見たことがないタイプの使徒であった。
 呆然とシンジが呟く。

「これが・・・使徒の本当の姿・・・?」
『シンジ君、現在サラマンダーが目標と交戦中。ただちに援護に向かって!』
「わかりました!」
『気をつけてね。変形した目標がどんな力を持っているのか、皆目見当もつかないわ』
「どうせ見かけだけよ。恐れることないわ!」

 深紅のアイアンコングがゴジュラスの隣に並び立った。その肩のミサイルと、レーザー砲は空中戦を繰り広げる使徒を狙っている。
 普段はともかく、戦闘に関しては自身溢れるアスカの言葉に、頼もしいものを感じながらシンジが応える。

「でも、綾波達をなんとかしないと」

 シンジ達が、考えている間にディバイソンやシールドライガーが援護に走り出す。それをジッと見ながら、シンジは考えた。この場はどうするのが最も適しているかを。
 やがてシンジは呟いた。

「遠距離攻撃を仕掛けよう、アスカ」
「まあ、セオリー通りよね」
「行くよ!」

 二人は同時にサラマンダーと使徒から距離をとり、素早く兵装ビルから遠距離用兵器のトルネードバルカンと、スマートガンを取り出すと、固定装備であるミサイルとキャノン砲と一緒に撃ちまくった。
 ゴジュラスの両肩のキャノン砲弾が唸りをあげながら使徒にぶち当たり、両腰に装備されたミサイルポッドが豪炎の卵を産み落とす。そして両手に2丁ずつ構えたトルネードバルカンがスタッカートと言うには激しすぎるリズムを刻む。
 アイアンコングも負けてはいない。
 左肩の装甲が開き、中から小型ミサイルを無数に撃ちだした。
 同時に背中に背負った超射程対地ミサイルが、右肩に装備された6連装大型ミサイルランチャーが、右腕と左腕に装備された、レーザー砲が火を噴いた。そしてだめ押しにスマートガンが音速の数倍の速度で使徒に突き刺さる!
 煙に使徒が包まれ、接近戦をしていた他のゾイドが慌てて後方に退避する。

「やった!」

 アスカが手応えを十二分に感じて会心の笑みを浮かべた。全弾打ち切り、ちりちりと空気が焼ける音の中で、どすんと武器を落とすゴジュラスとアイアンコング。あの攻撃に絶えられるとは思えない、そう判断しての行動だったが、その期待はあっさりと裏切られた。

 煙の中から、悠然と使徒が姿を現したのだ。

「ぐあっ!」

 油断していたディバイソンの頭部に、使徒の長く長く伸びたブレードが突き刺さった。顔を縦に割られる寸前、素早く首を逸らしたので直撃は避けられたが角を片方切断され、それでも勢いの止まらないブレードが、ディバイソンの肩を突き抜けた。

「鈴原ぁっ!」
「駄目っ!洞木さん、狙われてる!」
「ヒカリ、危ない!」

 ディバイソンが膝をついたのを見たヒカリが、隠れ場所から飛び出して救援に向かおうとしたが、それは蜘蛛の巣に自ら飛び込むに等しい行動だった。レイやアスカが制止の言葉をかけるが、ヒカリは止まろうとしない。まさに飛んで火にいる夏の虫状態のゴルヘックスに、使徒はブレードを振り下ろそうとした。

ガキィーーーン!

 だが、寸前で横から亜音速で飛び込んできたサラマンダー2機によるダブルキックに、激しくのたうちながらまだ残っていた兵装ビルに突っ込んでいく。コンクリートが崩れ、中に残っていた銃弾が誘爆する中、使徒は勢いよく舞い上がった。素早く体勢を立て直した2機のサラマンダーが、垂直上昇する。

「逃がさない」
「私も相手よ!」

 そのままだれも手出しできない上空で、サラマンダーと使徒の壮絶な空中戦が展開された。
 レイのサラマンダーが口からジェット火炎を吹きかければ、使徒は目から光線を放ち、レイコのサラマンダーの右膝から下を蒸発させる。レイコのサラマンダーがバルカンファランクスを至近距離で使徒の眼前に撃ちまくれば、使徒はブレードを横殴りに振るい、レイのサラマンダーの胸部装甲を第3層まで切り裂いてしまう。

『キィエエエエエーーーーッ!!』
「キシャァーーーーーーッ!!!」
「キュアアアアアアッ!!!」

 金切り声をあげながら、三体の異形は空中でのたうち回った。万華鏡のようにくるくると姿勢を変化させながら。サラマンダーの血液が雨のように降り注いだ。










 身の毛のよだつ戦いを見ながら、ミサトは唇が腫れ上がりそうになるくらいに唇を噛んでいた。如何に凄まじい戦いを展開していても、効果があるのは使徒の攻撃のみ。こっちの攻撃はそれこそのれんに腕押し、水に映る月を切ることと同じで全く効果がないのだ。
 一応、分析の結果使徒は実体ではないらしいことがわかったが、それが何になると言うのか?確かにシンジ達にその事は伝えた。今シンジ達は使徒の牽制を目的とした行動を行っている。だが、それでは決して使徒を倒すことができない。
 ミサトは、今更ながら自分の無力さに歯がみしていた。
 心配そうに、日向がミサトを横目で見る。
 その時、青葉が振り返って叫んだ。それこそ発令所にいる全員に聞こえるような声で。

「大変です!グレートサーベルが起動しています!」
「グレートサーベルが起動・・・?山岸さんが乗ってるの?」

 それがどうしたの?
 そんな雰囲気でミサトは行った。今はそれどころではないのに、つまらないことに何をそんなに焦っているのかしら?
 ミサトの瞳は、如実にそう言っていた。
 青葉が自分に突き刺さる視線に、激しく頭を振りながら補足事項を叫ぶ。
 今度こそ、発令所銃の人間が息を呑んだ。

「違います!グレートサーベルにエントリープラグは挿入されていません!無人です!」
「なんですって!?」

 リツコがあり得ない現象に、目を見開き、最上段のユイ達をちらっと見た後、青葉に向き直った。

「間違いないのね」
「はい!直接以外では確認済みです!現在グレートサーベルはケージ外壁を破壊し、リフトに取り付いて上に登ろうとしているようです!」
「ガードシステムは?」
「全て完黙。ガードゾイドも一体残らず破壊されています!」

 識別コードを出しているはずの、無人ゾイドまで破壊したことを聞き、ミサトは即座にどうするべきか考えた。だが考えを口に出す前に、新たな報告が発令所に飛び込んできた。

「報告!イレブンスチルドレンが行方不明です!」
「はあ?監視はどうしたの?」
「それが、この混乱のため・・・。それだけでなく、彼女自らが、監視を排除した模様です」

 息を呑むミサトとリツコ。
 確かに、チルドレンは全員何かしらの格闘技の訓練を受けてはいるが、それこそ格闘のプロである諜報部の人間がやられるとは信じられないのだ。無論、油断していたところをどうかされたという可能性もあるが、諜報部の監視は少なくともチームで行われる。その全員が倒されるとは考えられない自体だった。

「一体、何を考えてるのよあの子は・・・。それで、今彼女は!?」
「推測と状況からの判断ですが・・・」
「なに?」
「地上に、戦闘区域に向かった可能性があります」

 一瞬、発令所の空気が凍った。
 マユミが何をしているのか、何を考えているのかさっぱりわからなかったこともあるが、それよりも生身の人間が、あの巨獣達の戦場に向かったと言うことが理解できなかったのだ。ただ、じくじくとイヤな予感が胃をよぎっていく。

「リツコ・・・これは、グレートサーベルの暴走と何か関係あるの?」
「わからないわ。関係あるのか無いのか・・・。とりあえず、彼女は加持君に保護を頼みましょう。私達は、グレートサーベルの方を」
「そうね・・・。直ちにベークライトを注入して動きを止めなさい。時間稼ぎにはなるわ。その間にその区画を閉鎖して」
「了解!」

 日向が素早く頷き、その旨伝えようと端末に手を伸ばしたとき、ユイが唐突に呟いた。
 静かに、だがハッキリと。

「待ちなさい」
「司令?なぜです?このままだと、あの区画だけでなく、他の区画まで破壊されてしまいます!確かに貴重なゾイドですが・・・」
「そういう問題ではないわ。現在のグレートサーベルの位置は?」
「あ、はい。現在第22リフトを垂直に登っているところです」

 その報告を聞くと、ユイはふっとため息をついた。ミサト達が怪訝な目で見るが、ユイ達は完璧にその視線を無視した。ただ切り替わったモニターに写る、必死な目で壁を登るグレートサーベルをジッと見つめていた。
 やがて、キョウコがユイに謎の言葉を言う。

「早すぎるし、順番が違うわね」
「でも、気持ちはよくわかるわ。何か考えがあるんでしょう」

 ナオコが少し潤んだ瞳でそう言った。見上げるミサト達の視線を、まるで霞か何かのように完全に無視して。
 ユイがキュッと手を握りしめる。火傷の後が生々しいそのはきつくきつく握りしめられていた。

「お願いね。
 ・・・・・・葛城三佐!」
「はい!」
「直ちに、リフトを上昇させてグレートサーベルを地上にあげなさい!」
「よろしいのですか?」
「構いません!」

 凄い剣幕にミサトは知らず知らずの内に、後ろに下がっていたが、すぐさまユイの命令を実行に移すべく日向を見つめた。日向達が軽く頷き、直ちにリフトを駆動させる。色々と教えてもらいたいことがあったが、今はグレートサーベルの謎の行動が全てを解決してくれることを期待するしかなかった。















「うりゃあ〜〜〜〜〜〜!」

 サラマンダー02が使徒の背後に何とか回り込み、身体を切られることにも構わず、その動きを止めようと掴みかかった。後ろ足の爪をグワッと開き、鷹が水中の魚を捕るときのように急降下する。使徒は避けようともせず、ブレードを垂直に立ててサラマンダーを威嚇するが、レイコはブレードが胴体に突き刺さることにも構わず、そのまま使徒の体に爪を立てた。

「よっし!今よ、お姉ちゃん!」

 口から体液をごぼっと吐き出しながらも、サラマンダーが鋭い鳴き声をあげた。

「・・・・・・・行くわ」

 その声に呼応するかのように、サラマンダー01がその剃刀の切れ味を持つ翼で使徒の体を両断しようと体当たりした。

ガッキーーーーン!

 真下にいたシンジ達が思わず耳を押さえるような金属音が鳴り響き、刹那、サラマンダー01が流れるように使徒の後方へと飛んでいった。一瞬の静寂が戦場を支配する。

「やったの?」

 アスカのその質問に、サラマンダー01は翼が切り落とされ、悲鳴をあげながら墜落することで応えた。同時に、全身から血を噴水のように吹き出し、ずるりと力を無くしたサラマンダー02が使徒の体から離れ、墜落した。

「くそっ!反則だ!」

 ケンスケが忌々しげに呟く。
 近寄れば、なにもかもを切り裂く回転ブレードで切り刻まれ、少し距離を取ればビームで狙い撃ちされる。ならばと遠距離から砲撃しても、素早い動きでかわしてしまうし、例え当たってもこの使徒は全くダメージを受けないのだ。ケンスケならずとも、舌打ちするのは無理ないだろう。

「どうする!?」

 完全にサラマンダーを沈黙させた使徒が、今度は大きく目立つゾイドであるシンジ達に目標を変えた。ゆらゆらと小馬鹿にするように空を漂いながら、真っ直ぐゴジュラスめがけて飛んでくる。
 おまえ達など、俺の相手ではない。
 そう言っているかのようだった。




「・・・・・シンジ、近づいてるわよ!」

 接近戦になったらひとたまりも無くやられてしまう、ウルトラザウルスは遙か後方で待機していたが、内部のマナが心配そうに言った。だがシンジ達は動こうとしない。何か考えがあるのだろうが、遠くで見ているだけのマナは気が気ではない。
 やがて距離が1キロを切ったとき、アスカが言った。

「私が囮になるわ」
「シンジとカヲルは後方から攻撃。あいつのどてっ腹に、思いっきりぶちこんで!」
「でも、危ないよ」
「そうだよ。僕は無視かい?寂しいねえ」
「だからよ。たまには信用してみるわよ、シンジ。裏切ったら承知しないから」
「・・・わかった」

 一瞬、モニター越しに2人の視線が交錯した。
 それだけで今の2人は充分だった。
 ゴジュラスが兵装ビルから、新しい銃を取り出し、アイアンコングは身を屈め、拳を固めて身構えた。背中に背負ったブースターパックがかすかにうなり声をあげ始める。

「行くわよ。・・・シュタルト!」

 アスカが叫ぶと同時に、アイアンコングはバーニアを全開にして使徒に向かって突撃を開始した。目指すは、一点。使徒の単眼である。

「こんのーーーーっ!」

 飛んできたビームを寸前で、急停止することで回避すると、そのまま地面をえぐることで減速しながら、スマートガンを撃ちまくるアイアンコング。正確に頭部にのみ命中する弾着の煙が使徒の視界を封じ込めた。
 そのスキに、反対側に回り込んだシンジ達が一斉に銃を撃つ!

『駄目です!目標へのダメージ、認められず!』

 だがマヤの報告通り、使徒は平然としたまま宙に浮かんでいた。
 まさに無敵。
 シンジ達はこれでできることはほぼ全て試してみた。だが、どれもこれも効果がない。もうどうしようもないのではないか?そんな弱気が、あのアスカの心にさえも浮かんでくる。
 その時、使徒の動きに変化があらわれた。

「もう〜っ、しぶといわねえ!
 ・・・あれ?」

 突然、方向を変えてどこかに向かう使徒に、アスカが間の抜けた声を上げる。シンジ達も一体何事だろうと、弾ごめをしながら使徒の様子をうかがった。

『目標が移動を開始しました!』

 使徒はそれまでのあざ笑うかのようなふらふらした動きではなく、真っ直ぐに横へ飛んでいった。何事だろうと、シンジ達がゾイドのカメラを調節したとき、それはハッキリとモニターに写し出された。

 瓦礫と化した、ビル群。
 その中の一角、奇跡的に通り道が残っている場所。
 そこに、薄汚れた病院服を着たマユミがいた。




「山岸さん・・・」
「なんやて!?」
「な、なんであんなところに!?」

 シンジの言葉に、驚きながらもケンスケ達がモニターを確認し、やはり息を呑む。
 マユミは自分めがけて使徒が近づいてくるのを見て、はっきりと理解していた。自分の中で蠢いているのは、あの使徒なのだと。

(私の中に・・・何かが・・・・あの使徒がいる!)

 そして自分の中にいるからこそ、みんなは大苦戦をしているのだと言うことも理解していた。そして、どうすればいいのかも・・・。
 マユミは、その考えに至ったとき、遂に力つきたように崩れ落ちた。
 突き上げるような苦痛は耐え難いまでに酷い。そして自分がこれからどうなるか、そして今までの自分の想いが、初めて人を好きになったのに、その恋の結果がどのようなことになるかを理解したとき、彼女の身体から力が抜けてしまったのだ。

(怖い・・・。怖いよ。けど、このままじゃシンジ君が・・・みんなが)

ドゴーーーンッ!!

「ギュルァアアアアアアッ!!!」

 その時、頭上から聞こえてきた爆音と悲鳴にマユミはハッと顔を上げた。
 涙に潤む瞳には、すぐ真上に浮かぶ使徒の姿と、その使徒を押しとどめようとして、左半身を切り裂かれ、そこにビームを打ち込まれてのたうつゴジュラスの姿が映っていた。






「いやぁぁっ!シンジ君、シンジ君!」

 吹き飛ばされた左腕が、すぐ近くに落ち、その体液で真っ赤に染まったことも気にせず、マユミは悲鳴をあげた。例え自らの身体を八つ裂きにされようと、これほどまでに悲痛な声を彼女は上げなかっただろう。それくらい、目の前の光景は彼女にとって衝撃的な光景だったのだ。
 そして使徒が彼女の頭上で停止した。
 アスカ達は、それをマユミを盾にするためと取ったが、実際は違うことがマユミにはわかっていた。あの使徒は自分を、自分の中にいる本体を守っているのだ、と。マユミは絶望にかられた。シンジは生きているのかどうかわからず、確認しようにも移動すればきっと使徒もついてきて、完膚無きまでにとどめを刺してしまうだろう。そしてまだ無事なアスカ達も自分がいる所為で、満足に戦うことができない。マユミはこれまで以上に、自分が役に立っていないことを感じていた。それどころか、足ばかり引っ張っている。

(どうして、どうしていつもこんなことに・・・)

 その時、奇跡は起きた。





















『LCL浄化装置損傷』
『浄化ユニットの交換を要する』
『左腕断裂、生体組織が露出しました』

 シンジは痛む腕を押さえながら、コンピュータが報告する損傷箇所を黙って聞いていた。腕を失うといったことはこれまでも度々あったが、LCL浄化装置損傷というのが何をもたらすか、即座にわからず混乱していたのだ。そしてマユミがどうなったか、それが自分のことよりも気になって仕方がなかった。

「山岸さん・・・」
『聞こえる、シンジ君?』

 通信が入る。ミサトからだ。

「聞こえます!」

 ほっと安堵する雰囲気が伝わってくる。ミサトは、すぐさま指示を出した。シンジが何かを言う前に。

『無事ね?状態はこっちでも確認したわ。カヲル達が使徒を引きつけるから、その間に修理して』

 そしてそこまで彼女が言ったとき、シンジは妙な振動を背中に感じた。戦闘によって起こるそれとは、明らかに違う・・・。そしてその振動は段々と大きくなっているのだ。

ドドーーンッ!

 突然の轟音に、シンジは我が目を疑った。
 使徒のすぐ近くにあった、瓦礫でふさがれた射出口が、内側から吹き飛ばされたのだ。瓦礫が、強化金属の蓋が切れ切れになって宙を舞い、火花が散る。
 幻惑されたように、シンジ達が見守る中、ぽっかりと空いた大穴から漆黒の野獣が姿を現した!さながら、天使の翼を引き裂き、地獄に連れ去る黒犬のように。

「グレートサーベル!?そんな、山岸さんはあそこに・・・」



「ガォオオオオオオン!!」
「キィェエエエエーーーー!!」

 全員が、息をすることも忘れ見守る中、翼を一杯に広げて舞い上がったグレートサーベルは、緑に瞳を光らせたまま使徒の頭部に食らいついた。そのまま、前足と後ろ足の爪を長く伸ばし、ハーケンのように使徒の体に打ち込んで、身体が離れないように固定する。そしてそのまま、背中に装備されたキャノン砲を、圧縮硫酸砲を使徒めがけて容赦なく発射する。あまりにも近すぎる射撃に、跳ね返った爆風がグレートサーベルを傷つけるが、いっこうに気にとめようとしない。
 それどころか、ますます猛り狂ったかのように、銃を撃った。

「キキキキィーーー!」

 さすがに堪らなかったのか、使徒がブレードを伸ばしグレートサーベルの脇腹に狙いを付ける。だが、グレートサーベルは全く意に介さない。ただ、噛む力をどんどんと強めていく。

ザクッ!

 生々しい音と共に、一瞬後には二つのブレードがグレートサーベルを串刺しにした。
 見守っていたミサトやアスカが、思わず息を呑む。
 両の脇腹から突き刺さったブレードはそのまま肩胛骨を抜けて、オレンジ色の翼のようにグレートサーベルからつきだしていたのだ。

「ガウウウッ!!」

 だがそれでもグレートサーベルは使徒を離さなかった。そのまま崩れたそばから実体化していく使徒と根比べでもするかのように、顎の力を増していった。















 マユミは信じられない思いで、血塗れになって戦うグレートサーベルを見ていた。
 自分はここにいて、アレには誰も乗っていないはずなのに。
 だが、間違いなくグレートサーベルは動き、使徒に全身串刺しにされながらも、噛みつくことを止めようとしていない。その光景を見ていると、なぜか知らない間に涙がこぼれてくる。
 確かに、少々の夢想癖があることを彼女は自分で知っていたが、それでも目の前で繰り広げられる戦いは、悪い夢と言うには生々しすぎた。彼女がつかの間痛みを忘れて戦いを見入っていると、背後から声をかけられた。
 ハッとして振り向くマユミ。

「何をやってるんだ、君は?」
「加持さん・・・」

 マユミの背後には、金属製の駝鳥、小型ゾイド『ロードスキッパー』に跨った加持がいた。
 マユミが驚きと、罪悪感で身を竦ませている間に、戦闘服を着た加持はヒラリとロードスキッパーから飛び降りた。乗り手がいなくなったことに、ロードスキッパーは不安そうに身を捩るが、加持はそれを無視したままマユミに詰め寄った。

「ここにいたら危険だ。わかっているだろ」
「・・・・・・・・・・」
「何か理由があってのことだろうとは思う。だがそれが何にせよ、君の行動はたくさんの人に迷惑をかけているんだ」

 至極正論である。
 マユミでなくてもその通りだと思う。
 自分の言ったことを、加持が理解してくれるとは思えないし、理解したとしても、それ故に決して自分を行かせてはくれないだろう。
 そして普段のマユミなら、『ごめんなさい』と一言言って、おとなしく加持に連れられてシェルターなりなんなりに連れて行かれただろう。
 だが、マユミはこの時、生まれて初めてそうはしなかった。
 初めて他人に逆らったのだ。

「・・・・ごめんなさい!」

 一声そう言うと、苦痛を堪えながら加持めがけて突進する。
 加持は素早く後ろに下がると、伸ばされたマユミの手首を捕まえた。もちろん、いきなり投げ飛ばされたりしないように十分に注意を払いながら。その動きはまさに訓練された人間の持つ、優美ささえ感じさせるものだった。間接を決められたマユミが苦痛の声を上げる。
 マユミの狙いが、加持を投げ飛ばすことだったら、加持の行動は完璧だったといえるだろう。事実、マユミは腕を決められて苦痛に喘ぎ、身動き一つできないでいる。
 だが、マユミの狙いは加持ではなかったのだ。
 加持がマユミを抱え上げようと、少しだけ力を緩めた瞬間、マユミは左腕を思いっきり伸ばし、ロードスキッパーの足にしがみついた。

「クゥエ?」

 ロードスキッパーが困惑した声を上げる。

「お願い!」

 だが、それもつかの間のことだった。
 マユミが一声叫んだ瞬間、ペンペンのような雰囲気だったロードスキッパーはいきなり猛り狂ったように、加持に飛びかかった。突然の行動に、加持はマユミを掴んでいた手を離してしまう。
 その隙にマユミは、駆けだした。
 シンジがいる、ゴジュラスが倒れ伏した場所まで。

「ちょ、ちょっと待つんだ・・・って、おわぁ!?」
「クエエエッ!」

 加持は慌てて追いかけようとするが、主を忘れたロードスキッパーが執拗に加持に攻撃を仕掛けてきた。もちろん、追いかけられるわけがなかった。

「こ、これがチルドレンの持つ力ってやつか・・・。理解しているつもりだったが・・・うぉあっちぃ!」

 ロードスキッパーの吐く火炎を慌てて避けながら、加持は任務失敗の言い訳をどうやってしようかと、場違いにのんきなことを考え込んでいた。














 戦闘区域・・・と言うか、グレートサーベルと使徒が絡まりあっている区域から少し離れた場所で、シンジはおちつかなげに座って修理が終わるのを待っていた。

(早くしないと・・・・・・。でも一体何がどうなってるんだか)

 遠くから聞こえてくる爆音や悲鳴が聞こえてくる、どうしようもない無力感にシンジが襲われていると、彼がよく知っている、ここに聞こえてくるはずのない、だが彼が待っていた人物の声が聞こえてきた。
 疲れ切り、ほこりと欠片ででも切ったのか血に汚れた顔をしていたが、それは間違いなくマユミだった。

「・・・シンジ君」
「どうしてこんなところに?急病じゃなかったの?」

 シンジはなおも何か言おうとするが、マユミはそれを遮った。
 恐怖と後悔、それよりも強い悲しみと慈しみをたたえた目をしながら。

「お願い。・・・・私を殺して、お願いだから!」
「な、なに言ってんだよ。こんなときに、なんでそんなこと!?」
「わかるの、私の中にあの怪物がいる!あの怪物の魂が宿ってる!」

 慌てるシンジに、マユミは泣きながら言った。
 その一言を言うために、マユミはここまで来たのだ。その結果、シンジがどう思うか、どんな結果になるかまでは考えていない。ただ、彼女らしくない衝動に突き動かされての行動。
 後から後から溢れる涙に、顔を濡らしながらマユミはうずくまった。
 今更ながら、自分の言った言葉がシンジにどんなことを強いているのかを理解したのだ。
 悲しそう・・・などと言った生やさしいものじゃない、その顔を見て・・・。
 それでもこうするしかないことは、彼女にはわかってしまっていた。だから、魂を引き裂く思いで、マユミは言葉を続けた。

「わかるの、わかるのよ。だから・・・殺して!早く私を・・・」

 座り込み、顔を覆って泣きじゃくるマユミを見下ろしながら、シンジは感情を感じさせない声でぽつりと呟いた。ハッとマユミが顔を上げる。

「・・・そんなこと、できるわけないだろ」
「でも、私は嫌だから!人に迷惑かけられるのも、かけるのも!勝手に心を覗かれるのも、覗くのも!そんなの嫌だから、そんな自分も嫌だから、このままじゃ、もっと、もっと、自分が嫌になるから・・・」

 泣きじゃくるマユミのそばに、シンジはそっと腰を下ろして、その肩に手をのせた。優しい手のひらを感じて、ぴくんとマユミの動きが止まる。

「でも・・・・・・・駄目だよ」
「え・・・・・」
「だって、死んじゃったら・・・・好きも嫌いもないじゃないか」

 そう言うとシンジは、微笑んだ。そのままジッと2人は見つめ合う。

「山岸さん・・・」

 シンジは何かを言おうとしたが、ちょうど作業が終了した作業員から声をかけられ、途中でその口を閉じた。

『修理完了。再起動の準備にかかる!』

 少しだけ苦笑した後、シンジは真面目な顔をしてマユミの目を、その奥までのぞき込むように見つめた。

「早く避難して。大丈夫、必ず僕が倒してみせる。絶対に山岸さんを守る。死なせない。
 だから、一緒に生きよう」
「シンジ・・・君」

 呆然とするマユミを軽く抱きしめた後、シンジは立ち上がった。

「だって、やるしかないから。
 僕は不器用だから。こうする以外の方法なんか知らないから」

 そう、逃げるわけにはいかない。
 シンジは再び、エントリープラグに乗り込んでいった。


「ゴジュラス初号機、起動!!」











 シンジが再び戦場に戻ったときには、夕日は完全に沈み、周囲は夜藍色に染まっていた。
 左腕が無くなったので、バランスが上手く取れず、少しぎくしゃくしながらゴジュラスが使徒の近くまで接近する。使徒はまだグレートサーベルと、刃と刃の応酬を繰り返していた。

「おっそいわよ、バカシンジ!」

 手出しできず、遠巻きに見ていたアスカがシンジに向かって因縁をつけた。

「ごめん!
 でも、どうすれば奴を倒せるんだ?」

 あれほど勢い込んで出撃したが、シンジには別にこの局面を解決する手段を思いついたわけではない。そしてそれは他の人間も同様だった。無敵の使徒をどうすることもできず、ただ遠巻きに見守るだけ。

「このままじゃ、全滅するのを待つだけだ・・・」

 シンジの言葉を聞くまでもなく、それはミサト達にもわかっていることだった。
 攻撃の効かない相手をどうしろと言うのか?
 遂にミサトは断腸の思いで決断した。
 これ以上は被害が大きくなるだけだろうし、対策を考えつくまでは使徒を刺激しないに越したことはない。

『みんな・・・。
 残念だけど、これ以上は無理だわ。撤退して、態勢を整え直すしかないわ』
「了解!
 ・・・・でもグレートサーベルはどうするんですか?」

 シンジが最寄りの収容口に向かいながらそうたずねる。
 フレートサーベルは満身創痍などと言う言葉では追いつかない状態になっていた。
 装甲という装甲は切り取られ、または穴だらけにされ、片方の目は潰れている上に象徴でもあるサーベルトゥースがへし折られていた。そしてその真下には血液が池のように溜まっていた。

 そんな状態になっても、目の光を失わず使徒に牙を突き立て続けるグレートサーベルの姿に、ミサトは一瞬言葉を失うがすぐに退却命令を繰り返した。

「どうしようもないわ。とにかく全員撤退しなさい」
「・・・・了解。
 っ!?」

 ミサトの言葉に、マユミとの約束を果たせない自分にふがいなさを感じながらシンジはおとなしく退却しようとした。そしてその時シンジは気づいた。

 戦場を照らす照明を浴びて、マユミがビルの屋上に立っていることに。

「まだ避難してなかったのか!?」

 シンジは我知らず叫び声をあげながら、ゴジュラスを走らせていた。ミサト達の制止の声も聞こえない。ただ、マユミが何をしようとしているのか、それだけが頭に浮かんでいた。

 叫び声をあげながら、自分の方に向かってくるゴジュラスを見て、マユミはちょっとだけ嬉しそうな顔をした。
 シンジが、自分のことにあそこまで必死になってくれたことが、嬉しかった。
 そして、今までシンジが自分に言ってくれたこと、そしてその言葉を裏切る自分への嫌悪を感じながら、マユミはその身を宙に躍らせた。

(・・・嫌なの。
 人の心を覗くのも、覗かれるのも。勝手に心の中に入り込まれても、私の中に入ってこられても。嫌なの。嫌だと思う、自分も嫌なの・・・・)

「マユミぃ!!」


 初めて名前で呼んでくれた・・・。

 マユミはその事実に、ちょっとだけ寂しそうに笑った後、目を閉じた。
 目を閉じたマユミに、必死になって右腕を伸ばすゴジュラス。
 そのまま勢いを殺すこともできず、ゴジュラスは頭からビルに激突し、瓦礫に埋もれていった。ドドドッと滝のような音を立ててビルが崩れていき、土砂が監視カメラを遮ってしまう。

 発令所の人間も、戦場で様子をまだうかがっていたチルドレン達も声を出すことを忘れて、ジッとモニターに見いる。
 やがてがらがらと土砂を押しのけながら、ゴジュラスがその身を起こした。
 全員が注目するその握りしめられた右手の上には、ATフィールドに包まれたマユミが、気を失って倒れ伏していた。
 シンジは見事にマユミを受け止めたのだ。
 全員がほっと息をつく中、ただ1人、シンジだけは呆然とした顔をしたまま、絞り出すような声を出していた。



「・・・・なんてこと、すんだよ」

 マユミは気を失っているが、そんなこともわからないまま。

「死ぬなんてさ、なんてことすんだよ。だってさ、なんでだよ。生きていたくても、それができなかった人も大勢いるのに、なんで自分で死ぬのさ。
 死ぬことは逃げることでしかないのに、僕のこと好きって言ったのに、どうしてだよ。
 もしかしたら、明日は今日よりもいい日かもしれない。悪い日かもしれない。
 でもさ、明日って、いつまでたってもなくならないだろ。生きていれば、明日はいつも明日なんだからさ」

『来るわ、シンジ君!』

 ミサトの声を聞き、シンジはそっとマユミを地面に寝かせた。
 見ると、遂に力尽きたグレートサーベルがずるずると使徒の体から滑り落ちている。もはやピクリとも動かない。
 シンジは流れる涙に気づかないまま、グッとレバーを握りしめた。
 呼応するようにゴジュラスの瞳に、青い光が宿っていく。

(・・・だからさ、だから・・・逃げちゃ駄目なんだ!)








 同時刻、発令所は突然現れた新しい反応にパニック状態に陥っていた。ほんの僅かの間に続けざまに起こる現象に、MAGIすらも推測を述べることしかできない。

「エリア内に、新たな反応を確認!」
「確認しました。パターン青、使徒です!」
「まさか、新しい敵!?」

 自分たちを放っておいて、勝手に進む事象にミサトが叫ぶ。

「いいえ、反応は現在の目標と同一座標上です!」
「姿はひとつなのに、反応が二つ?」

「そう、そういうことだったのね」

 今頃になって医務室からの報告に目を通していたリツコが、厳しい声で言った。

「なんなの?」
「マユミのデータを後衛モニターに出して!」
「はい!」

 マヤが素早く操作すると、メインの脇にあるモニターに、マユミのデータが映し出された。顔写真、身長、体重、生年月日と言った情報の他に、医務室での検査結果まで情報として追加されている。

「使徒は・・・あの子の体の中に、隠していたのよ。コアを・・・。
 それが、このままだと自らのコアを危険にさらすと判断したらしいわ。潜ませておいたコアを、ようやく本来の肉体に戻したんだわ。だから一瞬、反応が二つになった」

 1人納得した顔で頷くリツコにミサトがより詳しい情報を求める。


「使徒のコアが?
 どういうこと?」
「今までシンジ君たちが戦っていたのは、使徒の影武者のようなもの。本当の本体、すなわちコアを人の体の中へ隠し、弱点をなくしていた。と言うわけよ」
「そんなことって・・・・めちゃくちゃじゃない」

 あまりにも生物としての常識を覆す使徒の生態に、ミサトが驚きよりも呆れを感じさせる声で言うが、リツコ1人納得した顔でミサトを振り仰いだ。

「敵は我々の物理常識では計り知れない存在よ。
 ・・・けど、これじゃまるで」
「まるで?」

 一瞬口ごもるリツコに、ミサトが怪訝な顔をする。

「いいえ、科学者の口にすることじゃないわね」
「言いかけて止められるのって、凄く気になるんだけど・・・。それはそうと、理屈はどうでもいいわ。コアが使徒の体に戻って、つまり」

 ミサト達が、モニターに映る使徒を睨む。
 心なしか、小さくなったように見える。無論錯覚なのだが、ミサト達はそれだけの精神的余裕を取り戻していたのだ。

「倒せない相手じゃなくなった、ということね。・・・いけるわ!」

 ミサトがすぐさま、マナにウルトラキャノンを使うよう指示を出そうとする。
 だが・・・。








「シンジ君・・・一体何しているの?」
「わからない・・・。でも、邪魔してはいけないわ。今のシンジ君、本気で怒ってる。邪魔したら私達でもただじゃすまない」

 ミサト達が指示を出すこともできないような鬼気を立ち上らせながら、ゴジュラスはグレートサーベルの残骸の側にひざまずいていた。アスカ達が使徒に集中攻撃している横で、じっとその亡骸を見つめている。シンジがではない。ゴジュラスがだ。
 やがてゴジュラスは切断され、無いはずの左腕を残骸の上にかざした。

「なに?何が起こってるの?」
「マヤ?」
「そんな、嘘!?完全に死んだはずのグレートサーベルに高エネルギー反応!ゴジュラスと共鳴しています!モニターできません!」
「そんな・・・・」

 リツコが弟子の信じられない報告に、言葉を失っているとき、ユイ達はジッとモニターを見ながらこれから起こるであろう事を欠片も見逃すまいと、ジッと目を見開いていた。
 やがて、ゴジュラスの腕の付け根から、血の色をした複数本の触手が伸び、グレートサーベルに絡みついていく。その触手はグレートサーベルの傷口に潜り込むように、うねうねと蠢いていた。
 凝視していたマヤが、その動きを見て吐き気に襲われる。

「食ってるの?」
「いいえ、違うわ。融合、一体化してるのよ。クラゲや粘菌が作る群体のように・・・」

 リツコが言い終わると同時に、グレートサーベルとゴジュラスは融合を終えていた。
 今のゴジュラスは失った左腕の代わりに、変形したグレートサーベルをはやしている。
 その光景に誰も言葉を発することができない。
 ミサトもリツコも、戦っているチルドレン達も。

 シンジは呻くように言った。

「アスカ、カヲル君・・・。そこ・・・・どいて」

 慌てたように、各ゾイドが飛び下がる。
 シンジは泣きながら使徒に左腕・・・・グレートサーベルの頭部を向けた。同時にグレートサーベルがクワッと口を開く。

「「グゥアアアアアアアアッッ!!!」」

 シンジは怒っていた。
 これまでも怒ったことは何度もあったが、この怒りとは次元が違う。
 なぜなら、シンジの怒りの対象は使徒ではない。
 人を守れなかったことに対するふがいなさ。好きな人を自殺未遂にまで追い込んでしまった自分。
 守れなかったことで失う事への恐怖。
 これからも、こうしてたくさんの人を失ってしまうかも知れない・・・。

(僕がもっとしっかりしていれば・・・!!)

「よくも、よくも!おまえ達さえ、使徒さえいなければっ!!!
 殺す!使徒など一匹残らず殺し尽くしてやる!」

 その叫びと共に、グレートサーベルが咆吼した。

ドンッ!!

 空気がとんでもない圧力で爆発し、台風以上の暴風がゴジュラスを中心に吹き荒れる。
 グレートサーベルの口から放射される、圧倒的な力が真っ直ぐに使徒の中心を貫き、そのまま空のかなたへと消えていった。

「キュアアアアアッッ!!!」

 貫かれる痛みと、身体を引き裂く暴風に悲鳴をあげながら、使徒は自分が決して触れてはいけないものに手を出してしまったことを自覚していた。もう、自分は魂さえも救われることがないことも。
 その身体を塵一つ残さず、素粒子にまで分解されながら使徒はいつまでも、いつまでも鳴き声をあげていた。

 そして、第三新東京市に巨大な地峡を作った風が収まったとき、使徒は完全に消滅していた。

「ちくしょう・・・・」













「とんでもないわね」

 ミサトが恐怖に震えながらゴジュラスを見つめていた。彼女の目に見えるその姿は、使徒の驚異から人類を救う守護神ではない。
 ただの破壊の権化、悪魔以外の何者でもなかった。
 それでも、人は、自分はあの悪魔に頼るしかないのだ。

 でも、それは正しいことなの?
 人は、私達のやっていることは本当に正しいの?

 ミサトは、仁王立ちするゴジュラスを見ながら、いつまでも答えのない質問を繰り返していた。






「う・・・うん」

 マユミは目を覚まして、起き上がった。
 夢を見ていたのだと思っていた。
 使徒に取り憑かれたこと。
 シンジに自分を殺してくれと言ったこと。
 使徒より、それを殺したゴジュラスが、シンジが恐ろしく思えたこと・・・。

 だが、周囲を見回し自分がどこにいるのか、そして何が起こったのかをゆっくりと思い出した。夢だと思いたかったが、目の前に横たわる、ゴジュラスから抜け落ちるように切り離され、今度こそ本当に死んでしまったグレートサーベルが全て事実であることを告げていた。
 そしてうつむき、泣いているようにかすかに身じろぎするだけのゴジュラスも。
 きっとシンジもあの中で泣いているのだ。

「・・・私・・・ここに、いる」











 数日後。

 全ての事後処理が終わったわけではないが、司令室でユイが冬月と電話していた。
 その顔は勝った側の大将のそれとは思えないほど、暗く虚ろて、疲れ切っていることが伺えた。

「・・・そうです。わかっていますわ、冬月先生。お願いします」
「なるほど、そういうことですか司令」

 電話をため息と共に切ったユイを見ながら、なぜかこの部屋にいる加持が皮肉な調子で言った。

「今回の使徒は存在しなかった。大規模な実戦演習。関係各省には、そのように伝えてあります。後は、出張中の冬月先生がうまくやってくれるでしょう」

 そう言うことにしておかないと、予定と違う事象を極端に嫌うゼーレが何をするかわからないからだ。ネルフとゼーレ。対等に争っているように見えても、実際はネルフが遊ばれているのに等しい。ユイは今更ながらその力の差を思い、悔しげに唇を噛んだ。そして遂に出てしまった子供の犠牲者のことを・・・。

「セカンドインパクト、アダム、そしてエヴァ。
 また一つ、真実が闇に葬られるという寸法ですね。」
「所詮、その程度の価値しかないのよ。老人達にとっての、真実というものには」

 ユイはそう言うと、疲れ切った笑いを浮かべた。











「・・・結局、文化発表会も中止か」
「ま、そうだろうな」

 教室で、トウジとムサシ、ケイタ達がぼんやりと机に腰掛けながら、空を見上げていた。
 お流れになった文化祭も残念だが、それよりも・・・。


「なあ、やっぱり行っちまうんか?」
「山岸の父親、国連のえらいさんらしいからな。その人がごり押ししたから、さすがのネルフでも、どうしようもないんだそうだ。それに残っても乗るゾイドがないし」
「ま、一人娘が命の危機にさらされてしまったんやからな・・・。しかも、見ようによっちゃのワシら所為で・・・。仕方ないと言えば確かにそうや・・・」

 トウジが情けなさそうな顔をし、ムサシがこれまた辛そうな顔をしながら後ろを見る。
 そこには誰も近寄ることもできないような、暗い、どうしようもなく暗いオーラをまき散らしているケンスケがいた。

「大丈夫か、ケンスケ?」
「・・・・・・・・・・」

 うつろな表情でぶつぶつ呟くだけのケンスケは、全く聞こえている様子はない。

「あかんわ。完全に逝ってもうとる。どないする、ムサシ?」
「もう行かないとさすがにまずいな・・・。ケイタ・・・頼む」
「あいあいさー」

 ケイタはそれまであやとりに使っていた、妙に長いひもを持ちかえると、ケンスケにゆっくりと近づいていった。














『まもなく2番線に、箱根湯本特急リニアがまいります。危ないですから、黄色い線の内側までお下がりください・・・』

 アナウンスが聞こえる中、ホームにはシンジ、マナ、ヒカリがじっと目の前で寂しそうな顔をするマユミを見つめていた。

「それじゃ、時間ですから」
「気をつけてね」

 ヒカリがおずおずと声をかける。今更ながら、もっと色々話しておけば良かったと、後悔しながら。その横で、マナが本当に泣きながらマユミの肩を掴む。

「ねえ、本当に行っちゃうの?私達親友でしょ?ねえ、どうして?」
「・・・・・ごめんなさい。マナさん、本当にごめんなさい」
「馬鹿・・馬鹿・・・あなたがイヤなら、逆らいなさいよ」
「・・・ごめ・・・んなさい」

 しばらくマナとマユミは抱き合いながら泣いていたが、落ち着いたのかゆっくりと体をはなした。

「手紙、書いてよ。私もきっと書くから・・・」
「はい・・・。約束します・・・」

 そして、遂にマユミはシンジと見つめ合った。
 そのまま2人とも何も言おうとしない。
 後ろに下がって見守るマナとヒカリですら、口を挟むことができないような静寂。この2人は、このような決して壊すことができない沈黙をつくることができるほど、深い何かがあるのだ。それを感じたマナは、何か言おうと開きかけた口を閉じた。

「シンジ君・・・。本当にごめんなさい。見送りに来てもらって・・・・」

 なぜかそんな言葉しか出てこないマユミ。だが、かえって僕たちにはお似合いなのかも知れないね。シンジはそう思い、笑いながら言った。

「・・・また、謝ってる」
「・・・私達、本当に似ていますね」

 マユミもシンジの心を感じたのか、にっこりと微笑んだ。後ろで見ていた、マナ達ですら思わずどきりとするような微笑み。

「そうだね」
「・・・・・・でも」

 そこでマユミはいったん喋るのを止め、シンジの目を潤んだ目で見た。
 本当は行きたくない、離れたくないとシンジにすがりつきたかった。そしてそうすれば、確かにここにいることができる。だが、そうすることは父をたった一人にすることになるのだ。あの後、過去の出来事の真相を知ったマユミには、父を1人にすることなどできなかった。少なくとも今は。
 マユミはこぼれそうになる涙を必死に堪えながら、言った。

「・・・・・似てるから、思ったんです。私もシンジ君みたいに、頑張れるかもしれないって」

「僕は、頑張ってるのかな?」
「はい。とても・・・自分を犠牲にして、私達をいつも助けてくれました・・・」
「そうかな?」
「・・・・・はい」

 マユミは抱きつく代わりに、たふっとシンジの胸に身体を預けた。シンジは少しだけ困った顔をするが、何も言わず、優しくその方を抱きしめる。やがて、、リニアがホームに入ってくると、マユミは少しだけ赤くなった目をしながらシンジから身を離した。

「・・・・・また、会えるといいですね」
「会えるよ・・・・・・生きてれば」
「ふふ・・・・そうですね」

 マユミはまた笑顔を見せると、リニアに乗り込んだ。
 今までの会話で充分わかった。シンジは戦い続けるのだ。
 そして自分の戦いも形を変えて、これからも続いていく。人生とは戦いなのだ、それはどこでどんな形で、誰のものであろうと決してかわらない。自分の戦いの結果がどうなるかはもちろんわからないが、ただ一つわかったことがある。もう涙は見せない。
 シンジと再開したとき、自分は彼に相応しい女の子になっているのか?
 それはわからないし、シンジの心がどうなっているかもわからない。でも・・・。

(次にあなたと会ったとき・・・。その時は絶対逃がしませんから・・・)

 やがて、圧縮空気の抜ける音を立てながらドアが閉まり、シンジの世界とマユミの世界を遮断した。だが2人の視線は、心はまだ繋がっている。

 走り始めた列車を、シンジ達は追いかけた。
 それを見て、マユミは窓の向こうで眼鏡を外し、手を振った。

(考えてみれば、初めて素顔を見せましたね)

 いつまでも手を振りながら、どんどん小さくなっていくシンジを見て、マユミは頬が熱くなっていくのを感じていた。

「もう、泣かないって決めたのに・・・、駄目よね、私って・・・」

 マユミが今頃になって溢れ続ける涙を拭こうと、くすんと鼻を啜りながら、ハンカチを取り出したとき、その声は聞こえてきた。


「マユミ!行くんじゃないわよ!今行ったら、シンジは完全に私のものにするわよ!それでもいいの!?」
「アスカ、血迷わないで。碇君は私のもの・・・」
「マユミちゃ〜ん、考え直してよぉ!」
「さよならは言わんでぇ!」
「ふふっ、寂しくなったらいつでも帰っておいで。君の場所はしっかり残してあるから・・・」
「口下手だからなんて言えばいいかわからないけど、しっかりな!」
「あの・・・・・・元気でね」
「山岸さん、今頃になってようやく・・・・俺、俺、君のことが・・なんだ!」

 慌てて反対側の窓の外に目を向けると、そこにはミサトとリツコが運転する車に、箱乗りしながら口々に叫ぶ他の仲間達がいた。暴走族以上に迷惑な運転だったが、ミサト達は気にしない。例え、免停どころか取り消しになったとしても、それよりも大事なことがあるのだから。

「うっ・・・ううっ・・・ぐすっ、みんな、ありがと・・・」











 遠ざかる列車をシンジは黙って見送った。その列車に猛追する二台の車が目に入ったが、なんとなくそれは無視した方が良いような気がしたので、すぐに目を逸らした。

 どこか自分と似ていた少女。
 そして、初めてアスカやレイに感じる兄弟愛のようなそれとは違う、恋心を感じさせた少女。
 彼女と接することで、自分は変われたような気がする。
 生きることを肯定的に考えられるように。

『・・・・・また、会えるといいですね』

 マユミの言葉と笑顔が脳裏に甦る。

「そうだね・・・また、きっと会えるよ」












第3話完




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