ここは東京、とあるマンションの一室のキッチンでは美味しそうな匂いとトースターからチリチリというパンを焼く音が聞こえ、テーブルの上には綺麗にサラダが整列している。

そう、いつもの風景。



「ふぁぁ・・・おはよう」

「おはよう」

「シャワー浴びてくる」

「はいはい、すぐご飯だよ」

「ふぁーい」



そう言うと、少年は卵焼きに取り掛かる。

暫くすると、少女は制服に着替え、部屋から出てくる。

それを見ると、少年は冷蔵庫からバターを取り出しテーブルへ置き、少しレトロなコーヒーメーカーからコーヒーを持ってくるとコップへと注ぐ。

「んー良い匂い」

「ありがと」

「朝ご飯食べないと、馬鹿になりやすいって知ってた?」

「そうなの?」

「朝食を採らないと、脳細胞が死ぬ確立が上がるのよ」

「へぇぇ」

「・・・・」

「どうしたの?」

「何でも無い」

「何か料理おかしい?」

「ううん」

「・・・・」



それから暫く二人は無言で食事を進める。

沈黙に耐えれなかったのは・・・少女の方だ。

「シンジ」

「何?」

「・・・・」

「何さ?」



少女は人差し指を自分の口元に当てる仕草をする。

それを見た少年が、自分の口元に指を当てるとサラダが口元に付いていた。



「ありがと・・・」



そして、またもや訪れる無言。

カチャカチャという音だけがキッチンに響き渡り、いつもと違う空気を流石のシンジも感じていた。

そして、二度目の沈黙に耐えれなかったのは少年の方。

「あ・・・アスカ」

「何?」

「体調・・・悪いの?」

「別に」

「別に・・・ってどっち?」

「体調は悪く無いわよ、何で?」

「だって・・・」

「だって?」

「いつもと違うじゃ無いか」

「ほ〜分かるんだ」

「馬鹿にしないでよ・・・」



そう言うと、少しすねたのか少年は少し早めにパンにかじり付く。



「ふふ」

「良いけど・・・」

「体調・・・悪く無いなら何で?」

「それは、何故無言かって事?」

「う・・うん」

「それは・・・」



暫くの沈黙・・・二人は窓から照らす朝焼けを浴びながら見詰め合う・・・



『ゴクリ』



少年の喉から唾を飲み込む音がやけに大きくキッチンに響く。

すると・・・



「プッ」

「な・・なんだよ・・・」

「あははははは」

「・・・・」

「だ、、、だって、、、、真剣なんだもん」

「はいはい、どうせ馬鹿ですよ」

「馬鹿だなんて言って無いじゃん」

「目で言った」

「あははははははっははははっはあっはははは」

「くそ、そんなに笑う事無いのに・・・」

「もう、良いよ」

「くっくっくっく」



少女はまだ笑いが止まらないらしい。

身をよじらせて、口を押さえながら笑っている。

少年は更に食べるスピードを上げると、サラダを一気に口に放り込む。



「ゴメンゴメン、はは、涙が出てきちゃった」

「泣くほど笑う事無いじゃないか」

「だって、おかしかったんだもん」



少女の目から一筋涙が頬を流れ、少女はその涙を拭こうともせずに笑顔のまま両手で頬杖を付いて少年の目を見る。



「何?」

「シンジの料理食べれるのも、今日で最後なんだ」

「はいはい、話を誤魔化すのは上手だね」

「ふふふ」

「今日でからかうのも最後だからね」

「・・・」

「何さ」



「誤魔化して無いよ」



「?」

「料理・・・おいしかったから、今日で最後かと思うと本当に残念だわ」

「あ・・・りがと」

「そう思って、黙って味わってただけ」

「そ・・・そうなんだ、ありがと」



そう言うと、少年は少し照れ笑いを見せてお皿を洗いにかかる。

少女は、流した涙を本当に笑い涙だと思っている少年の背中に少し恨めしそうな目を向けると、また無言で残った朝食を食べ始める。



「よう、惣流、シンジ」

「おはよう、ケンスケ。 トウジもおはよう」

「ふぁ〜暑いの〜」

「そうだね、全然涼しくなる気配無いね・・・」

「赤木博士が、自然は治って来ているって言うてへんかったっけ?」

「言ってたけど、元に戻るのは10年、四季が戻るのは3〜4年後って言ってたよ?」

「そかー・・・随分先やの〜」

「3年後は何しとるやろか」

「僕は全然分かんないな・・・」

「俺は防衛大学目指して勉強中だな」

「差し詰め、あ・・惣流は偉い頭のええ高校行ってるんやろけど」

「くっくっくっく」

「??アスカ?」

「何でも無い・・・くっくっく」

「おい、シンジ、こいつドついてええか?」

「女の子殴るなんて、信じられない!ヒカリに言うわよ!?」

「な・・・何でそこでイインチョが出てくるんや!」

「これだよ!これこれ、朝の定例! 平和だねぇ・・・」



ケンスケがそう呟くと、横の路地からヒカリが走ってくる。



「おっはよ」

「おはよ、ヒカリ」

「おっす、イインチョ」

「ま〜た、喧嘩?」

「そ、定例行事」

「アホ、絡んでくるんわ、いつもこの女や」

「はいはい、どうせ鈴原が悪いんだから諦めなさい」

「くっ・・・なぁ、シンジ、男って損やなぁ・・・」

「う・・・僕に振るの!? 自力で解決してよ」

「な、、、シンジ・・・お前まで・・・」

「あははははは」



少年少女は前の様に仲良く学校へと向かう。

学校へ行って、特に何をするわけでもなく、教科書も全て揃ってるわけでも無い。

それでも、少年達は学校へ行き、友達と会う事で余計な心配をする必要が無かった。



今日は昨日に引き続き学校の大掃除をすると、すぐに午前中が終わってしまい解散になった。

する事の無い学生はそのまま昔居たクラブ活動に行ったり、教室で何時までも話をしていた。



「碇はさあ」

「何?」

「あのロボットのパイロットだったんだろ」

「う・・・ん」

「あ、ゴメン、その話、タブー?」

「あ、いや、良いよ」

「もう、良いのか?」

「乗らなくてもって意味?」

「そう」

「うん。 もう、終わったんだ、全部」

「そっかー!」



学校へ来始めて、何度も聞かれた事である。

皆、あの戦争が終わったかどうかを確かめたいのだろう。

シンジはその話が出るたびに少しだけ窓際の席を見て、努めて笑顔で受け答えをしていた。



カバンに荷物を詰めると、アスカに声をかけようとする。

しかし、当人は見当たらないので、トウジに声をかける。



「トウジ」

「何や〜?」

「今日さ、僕引越しだから先帰るねってアスカに伝えといてもらえるかな」

「惣流は・・・そっか、さっき先生に呼ばれてたわ、委員長と一緒に」

「そうなんだ」

「何や、クラスの事やと思うで」

「そっか」

「すぐ帰ってくるかもしれへんぞ?」

「でも、引越し屋さん来ちゃうから」

「そかー、ほな伝えておくわ」

「じゃ、また明日」

「ほななぁ〜」



学校からの帰り道、行きの道とは程遠いテンションで歩く。



「最後ぐらいアスカに会いたかったな」



少年は呟く。

まるで今生の別れを惜しむように。

しかし、学校へ行けば会えるんだという事に気づくと、自分が呟いた事が恥ずかしくなってきて、少年は照れ笑いとも取れる笑顔を見せながら家路に就いた。

家に帰り、荷物を玄関前に出すと、すぐに引越し業者がやってきた。



「碇さんですか?」

「そうです、これ、荷物です」

「分かりました。 これだけですか?」

「はい」



引越し業者は、運ぶ荷物が他に無いかという意味で普通に言った言葉だったのだが、少年は、違った風に取れてしまう。

『お前、これしか思い出が無いのか?』

少年は、そんな風に聞こえてしまう自分が嫌だった。

こんな事、何故思い付くんだろう・・・。

こんな事、何故思ってしまうんだろう・・・。

少年は、心に深い傷を持っていた。

しかし、同時に少年は思う。



きっと変われる―



何も根拠は無かったが、この間少女に言われた事を今は信じていた。



きっと変われる―



もう一度、心の中で呟くと少年は車に乗り込んだ。



「ぎゃー!コンチキショー!」

「あ・・・アスカ・・・」

「ぜんっぜんたいした用事じゃ無いじゃないのよー!」

「ま、、、まあね・・・」



ガラガラッ



「あ、、、れ、シンジは?」

「おー、惣流、シンジなら帰ったで」

「やっぱし・・・くそ・・・」

「引越し業者来る言うてたからなぁ」

「何分前?」

「あ〜・・・1時間ぐらい前・・・やろか」

「全然間に合わないじゃないのよー!」

「ま、そう言うなて、明日になればまた会えるしやな」

「くっ」

「しゃーないて・・・そんな事も有る」

「まだ、間に合うかも」



そう言うが早いか、少女はカバンを引ったくると家に向かって全力で走っていく。



そこに残された、また違う少年少女。



「う〜ん・・・」

「何?」

「わいには、まだ信じられへんわ・・・」

「何が?」

「そ・・・アスカの気持ちやねん」

「くっくっく」

「笑うな!」

「ゴメンゴメン」

「あの、アスカがのぅ〜」

「理解不能?」

「そやなぁ」

「鈴原も・・・何時か分かるよ」



少女は、あらぬ方向を見ている。

自分で言った事が恥ずかしくてたまらないのだろう。



「そんなもんかのぅ〜」



しかし、そんな少女の雰囲気をまったく感じない少年。



「馬鹿」



聞こえぬ声で、小さく呟く少女。

いつか・・・聞こえる声で・・・

その時は、そう想うのが精一杯だった。



コツ  コツ  コツ



「ここが・・・新しい家か・・・実感湧かないな」



扉の前で暫くの間部屋を外から眺めていると、後ろから近づく足跡に気づいて振り返る。



「か・・・じさん・・・」

「久しぶりだな、シンジ君」


次回 話の音が運ぶ物



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