新世紀エヴァンゾイド

第壱話Bパート
「Born of gentle beast」



作者 アラン・スミシー



 シンジは今、操縦席でありゾイドとの接触装置でもあるエントリープラグ内部にいた。
 不思議と恐怖感はなかった。あまりの非日常に心が麻痺していたのかもしれない。感情を感じさせない目をして、エントリープラグの内壁を見つめていた。
 特に着替えることもなく学生服のままで、頭にヘッドセットのみを着けていた。着替える時間もなかったからだ。
 今の彼の心には未知の存在であるゾイドへの恐怖心も、10年ぶりに再会した母への思いもなかった。
 ただ、先ほど腕に抱きかかえた少女のことと、エントリープラグから感じる不思議な懐かしさのことを考えていた。

 (不思議な女の子だ・・・。どこかであったことでもあるのかな?それにこのエントリープラグの中って、何か懐かしい感じがする)

 『エントリープラグ、注水』

 そんなことを考えていると足下からわき出る黄色い液がプラグ内にたまっていく。足に感じる違和感に慌てて下を見るがあっという間に口まで達したため、シンジには声を上げる暇もなかった。

ゴボリ

 思わず飲み込み嫌そうにシンジはつぶやいた。
 「気持ち悪い」
 呼吸できることも忘れて、ぶつぶつ言っている彼は落ち着いているのか、それとも何も考えていないのか。
 ミサトの叱咤やリツコの注意など全く聞いていないようだ。ここまで、周囲に無関心になれるとは大したものであった。
 ともあれ、作業は進む。
 『主電源接続』
 『全回路動力伝達』
 「了解」
 管制からの情報にオペレーターの伊吹マヤが応えた。めまぐるしく変化する起動データや、シンジの状態を把握する事に追われとても忙しそうだ。
 ただ、ときおりシンジを見る目が少し怪しい。そう、冬眠明けの熊が初めて食べる蜂蜜を目の前にした時みたいに。
 何か感じる物があったのだろう。彼女をにらみつけるネルフのダーティ・ペアとその上司の三人。
 「「「伊吹二尉?」」」 「「マヤ(ちゃん)?」」
 口調も落ち着いており、決して大きくない声だったが、なぜか至近距離で聞いた冬月は心臓が一瞬停止するのを感じた。
 一気に重苦しい雰囲気に包まれる発令所。冷や汗を流すロンゲと眼鏡のオペレーター。視線と声に含まれた毒にあわてて次の作業を進めるマヤ。唐突に真顔になってコンソールを睨みながら、作業手順を復唱する。その姿は文句のつけようもないくらい、しっかりしたものだった。
 ただ声が震えていたが。
 「だ、第二次コンタクトに入ります。A10神経接続異常なし」
 その声にあわせ、エントリープラグの内壁の光景がめまぐるしく変化する。幾何学模様、虹のカーテン、波紋。
 「思考形態は日本語を基礎言語としてフィックス」
 「初期コンタクト問題なし」
 「双方向回線開きます」
 「シンクロ率・・・ええっ!シンクロ率100%を越えています!!」
 マヤの叫びにそんな馬鹿なと言った顔をしたリツコがモニター計測器をみて驚く。冗談ではなく、本当にシンジのシンクロ率が100%を突破していたのだ。
 「・・・そんな!」
 「暴走!?」
 起こるはずのない出来事に一瞬意識が飛んでいたリツコだったが、ミサトの『暴走』と言う言葉に我に返って実験を中止させようとする。
 「マヤ!!すぐに実験中止して、プラグを強制射出!!」
 「だめです!こちらの命令を受け付けません!!」
 「「「「「「シンジ(君)」」」」」」


 初期コンタクトが始まったとき、シンジは真っ暗な空間にいる事に気づいた。
 完全なる闇。そうとしか形容できない空間に裸で漂っていた。
 「確か僕はゾイド内部のエントリープラグにいたはずなのに・・・」
 シンジの質問に答えるように鐘の音のような声が響いた。
 『ここは、精神の世界だ。碇シンジ。これより汝を試させてもらう』
 声が終わると共にシンジはバラバラに吹き飛ばされそうになった。
 それほど強烈なプレッシャーを感じたのだ。
 「うわああああああ!!!!」
 あまりの苦しさに悲鳴をあげる。
 『どうした、碇シンジよ?汝は他の適格者と違い、自己の無意識にふれることができたのだ。それなのに、このままゴジュラスの心の内で無に帰すのか?
 地上では他の人間達が必死に戦っている。
 おまえの助けを待っているぞ』

 その決めつけるような言葉にシンジは反発した。ほんの少しまで感じていた弱気をぬぐい去り、刺すような目で虚空を見つめる。
 「僕はこんなのになんか乗りたくないんだ!
 それに他の人間がなにをしていようと関係ない!
 世界がどうなろうと知らない。よけいなお世話だ!!」
 『だが汝は乗っている。なぜだ?母のためか?それともあの少女のためか?』
 「そんなのわかんないよ!!もうほっといてくれよ!!」
 『・・・そうやって、世界の全てを呪い、全てを拒否するのか?』
 「そうだよ、誰も僕にかまってくれない!母さんだってそうだ!10年前僕を捨てておいて、今頃になって必要だなんて都合のいいことを言って・・・。僕の爺ちゃんだってそうだ!ただ、碇家の跡取りとしてしか僕を見てなかった!!
 ただ、一緒に住んで、ご飯を食べさせるだけで・・・。本当の僕を見てくれなかった。学校のみんなだってそうだ・・・。
 だから僕はみんなが嫌いだ。
 本当の僕を見てくれないから、理解してくれないから。
 僕をひとりぼっちにするから。
 僕を傷つけるから・・・。
 だから僕は一人だけでいいんだ・・・」
 いつの間にか、弱々しく自らがいつも1人でいたことを肯定し出すシンジ。彼の心の中には、それまでの生活がよみがえり始めていた。
 厳格な祖父との初めての出会い。それからの生活。厳しい行儀作法のしつけ。時折仕込まれる武道の稽古で思いっきり打ちのめされたこと。テストで100点を取れなかったとき、日付が代わるまで家に入れてもらえなかったこと。学校の人間と付き合うことを禁じられていたため、1人も友人が居なかった小学校時代。それ故にいじめられたこと。
 『一人だけでいる。それが汝が望むことか』
 「そうだよ、傷つくくらいなら、誰かを傷つけるぐらいなら、僕は一人だけでいた方がいい。
 そのほうがいいんだ。
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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・違う!違う!!違う!!!
 本当は、一人は嫌なんだ、一人は嫌なんだよ!!!
 やさしくしてよ!声をかけてよ!僕を見てくれよ!!

 誰か僕にかまってよ!!一人にしないでよぉ・・・。
 もう一人でいるのは嫌なんだ。誰か、助けて・・・」
 何者かの言葉により内面を暴かれ、苦しみ慟哭する。自分をさらけ出されて、シンジは壊れていく自分を感じていた。
 だがまだ言葉は続く。まだまだ彼を追いつめ足りないと言うように。
 『そうして、自分が傷つくのが嫌だから、失うことが怖いから、はじめからなにも求めない。
 そうやって、全てのことから逃げ出していたのだ、汝は』

 「しょうがないじゃないか・・・。痛いのは、苦しいのは嫌なんだよ。そういうのから逃げてなにが悪いんだよ」
 『あらゆるものから逃げたことで、汝は望みどうり一人になった』
 「・・・うるさい」
 いつの間にかシンジは暗闇で膝をかかえて、胎児のように丸まっている。
 『母から逃げるのか?』
 「母さんは僕を傷つける・・・。怖いんだ。だから僕は逃げ出した。本当は一緒にいたいのに・・・」
 『周りの全てから逃げるのか?』
 「・・・そうだよ。傷つけるのは、傷つけられるのは怖いから・・・。だから僕は逃げ出した・・・」
 『逃げきる事ができると思うのか?周りから、なにより自分から』
 「そんなことできないことはわかっている・・・。
  だから・・・・・・もうやめてよ、お願いだから・・・」
 『変わりたくないのか?自分を好きになりたくないのか?世界に立ち向かいたくないのか?』
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・僕は、
変わりたい。自分を好きになりたい。でも、怖いんだ。助けてよ・・・。
 こんなに心がつらいのは嫌なんだよぉ」
 『ならば戦え、自分の意志で。人は自分の足で歩きださなねばならない。どんなに逃げても、逃げるだけの臆病者には楽園はない』
 ”戦う。”
 その言葉を聞いたシンジはフッと自嘲した。最も彼に似合わない言葉だと思ったからだ。
 「戦う・・・?僕には無理だ、その勇気がない。力がない。やっぱり僕はだめなんだ・・・」
 『いかな勇者とて力と勇気をはじめから持っているものではない』
 「それに、戦ったとしても、勝ったとしても、誰も僕を必要とはしない。
 ・・・きっとそうだ。そうに決まってる」
 『そんなことはない。げんに汝を、碇シンジを必要とする者達はいる』
 「どこに?誰が僕を必要としてくれるの?」
 その言葉にシンジは顔を上げる。その時、彼は見た。目の前は相変わらず何もない空間だったが、確かに彼は何かを見ていた。
 何も見えない、聞こえない、におわない、さわれない、でも確かに存在する。何かを感じたシンジは心が満たされていくのを感じた。僕は1人じゃないんだ。
 いつの間にかその声の口調が柔らかくなっていく。シンジの心が開かれるのと同調するように。
 声音も別人のようになっていた。
 『僕には、君が必要だ。碇シンジ君。
 君が望むなら君のそばにいつもいる。
 だが、それには君が僕を必要としないといけない。
 恐がらないで!それに僕だけじゃない。
 世界には多くのまだ見ぬ人達がいる。君は一人じゃない、孤独じゃないんだよ。ただそう思いこんでいただけさ』

 「・・・僕は変われるかな?」
 『もちろん』
 「僕は自分を好きになれるかな?」
 『そうしようとすれば』
 「僕は他人を好きに、他人は僕のことを好きになってくれるかな?」
 『君がそう望み続ければ』
 「君は、本当に僕を必要としてくれるんだね?」
 『必要だよ』
 「不思議だね。他の人がそう言ったとしても僕は信じなかったと思う・・・。どうして、君の言葉なら信じられるんだろう・・・」
 突然、シンジの前に4歳ぐらいの少年が現れ、しゃべりだした。
 『僕は君の心の側面・・・。
 もう一人の君だったんだよ。
 今の言葉は、結局自分自身の言葉だったのさ。
 信じられて当然だよ。
 そして今から僕はゴジュラスだ。
 ゴジュラスの心は碇シンジの中の碇シンジと同化したんだ。
 碇シンジの心はゴジュラスの心。
 ゴジュラスの心は碇シンジの心。
 よろしく、碇シンジ君。我が主(マイマスター)。
 僕の名前はヴェルギリウス。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 これより汝、碇シンジを我が主と認める。そして汝の剣となることを誓おう』

 「シンクロ率低下!45%で安定しました!」
 「なにがあったの、リツコ?」
 「わからないわ。プラグ内をモニターできないの、マヤ?」
 「はい、回線を再接続。プラグ内部をモニターに表示します」
 回線が繋がりプラグ内部の映像がよみがえった。モニターには、きょとんとして不思議そうな顔をしたシンジが写っていた。
 突発自体にも関わらず、落ち着いた雰囲気のシンジにミサトがあわててたずねる。
 「シンジ君、大丈夫!?なにがあったの?」
 「よくわかりません。少し夢でも見ていたみたいで・・・。とにかく僕たちは大丈夫です」

 「「「僕たち?」」」

 シンジの言葉に皆、首をひねった。彼女たちはシンジが体験した精神世界のことなど知りもしないから無理もないが。
 「・・・大丈夫なのね。なら今すぐ出撃してもらうわ。上はもう大変なのよ。準備はいい?」
 「はい、わかりました・・・」
 ミサトの言葉でシンジの顔に緊張が走る。LCLにつかっているはずなのに、汗をかいているかのように見える。
 モニターを見ていたマヤの返答が発令所にひびく。
 「ハーモニクス、全て正常値。暴走ありません!」
 「いけるわ。」
 ミサトの方を向き、顔を輝かせるリツコ。
 「鈴原君聞こえる?すぐ援軍を送るわ、だからもう少しがんばって!」
 「ミサトさん、はよーしてください!もう持ちませんわ!」


 ケージが急速に騒がしくなる。
 『発進準備!』
 『第1ロックボルト外せ!』
 『解除確認!』
 『アンビリカルブリッジ移動開始』
 『第2ロックボルト外せ!』
 『第1拘束具を除去』
 『同じく第2拘束具を除去』
 『1番から15番までの安全装置を解除』
 『内部電源充電完了』


 ケージからの報告を聞き今度は発令所が騒がしくなる。リツコが全てのデータを素早くチェックし、新たなる指示を出す。
 「了解。ゴジュラス射出口へ」
 射出口に向けて、固定されているステージごと移動していくゴジュラス。
 「進路クリア。オールグリーン」
 ゴジュラスの頭上のシャッターが次々に開いていく。
 「発進準備完了」
 リツコの最終確認が出された。
 「了解」
 それを受けてミサトは振り返りネルフ最高責任者にして、シンジの母、碇ユイに確認を求める。彼女のたった一人の息子を死地に追いやる確認を。
 「かまいませんね」
 無言でうなずくユイ。ただ顔は真っ青である。
 「ユイ、本当にいいのね?」
 詰問するようなキョウコの問いにユイは返事をしなかった。

 「発進!!」
 ミサトの声とともにゴジュラスは一気に地上まで台座ごと打ち上げられた。およそ1kmの距離を数秒で射出できるカタパルトである。
 「ぐぅっ!!」
 シンジは体にかかる強烈なGのためにうめき声を漏らした。
 ものの5秒でゴジュラスは地上にその姿を現した。
 その姿を見て動きを止める使徒と、そのほかのゾイド達。戦場にほんの一時静寂が戻った。
 「いいわね、シンジ君!」
 「あ、はいっ」
 シンジに最後の確認を求めるミサトの声が発令所に響いた。
 「最終安全装置解除!!」
 「ゴジュラス、リフト・オフ!!」
 その声とともに、ゴジュラスを固定していた最後のアームがはずれる。
 それとともに、支えを失ったゴジュラスは姿勢を変えた。
 転ばないように両足をしっかりと踏ん張り、尻尾を地面につけて体を支える。そして、頭を上げ使徒をしっかりと見据えた。
 「死なないでね、シンジ君」
 それは発令所じゅうの人間の願いだった。





 「シンジ君、とりあえず歩くことだけを考えて!」
 「あ、はい」
 威勢良く地上に出たのは良いが、シンジはゴジュラスの動かし方など知らなかった。まあさっき来たばかりだから知らなくても無理はない。だが、目の前で使徒が小首を傾げるような姿勢でこっちに向き直るのを黙って見ているわけにはいかなかった。ミサトの指示に従い、シンジは歩くことだけを考える。
 (歩く、歩く、歩く・・・)
 それに併せて右足を踏み出すゴジュラス。膝関節が軋み、ゆっくりと爪先が持ち上がっていく。それと共に体の重心が前に傾いていき、尻尾が引きずられていって道路に傷を付ける。

ズズンッ!

 踏み降ろされたカギ爪がアスファルトをはがし、道路がゴジュラスの重さに抗議の悲鳴をあげた。
 「歩いたわ!」
 たった一歩、歩いたにもかかわらずリツコの声は喜びにふるえている。
 発令所にどよめき、いや職員達の歓声が走った。
 「次は、右腕を動かすイメージをしてみて。」
 興奮したミサトの次の指示に従おうとシンジは新たなイメージをする。右腕を前に伸ばそうと意識を集中する。
 (右手を動かす、右手を動かす、・・・・・・・・・・・・『まだるっこしい!!!』 )
 突然シンジの頭の中に響く何かの声。
 その声は鮮烈なイメージを彼の心の中に、そして全身まで浸透させた。螺旋を描くように不思議な感覚がシンジの心を満たしていく。苦痛を伴いながら体がねじ曲げられていく感覚。それと共に、指先から始まって全身の感覚が異様な変化を起こしていくのを彼は感じた。
 ゴジュラスは顔を前に向けたまま前傾姿勢になり、引きずっていた尻尾を水平に持ち上げた。それだけでなく膝や、踵にあまり無理がかからないように、装甲の一部が開き逆関節となった。
 例えるならば、カンガルーが走るときのような姿勢とでも言うのだろうか?
 ともかく変形を終えると、ゴジュラスは使徒に向きなおった。
 「ちょ、ちょっとシンジ君!?」
 あれよあれよという間に勝手な行動をするゴジュラスに焦ったミサトがあわてて叫ぶが返答はない。
 ゴジュラスのシンクロ状態をモニターしていたマヤが叫ぶ。
 「ゴ、ゴジュラスとシンジ君の身体操作イメージが完全に一致しました!」
 「エッ、それってどういうこと!?」
 「今のシンジ君は、ゴジュラスの手足から尻尾の先まで完全にイメージして操作することができるんです!」
 「そ、そんな馬鹿なことが・・・。レイ、いいえアスカだって初めて乗ったゾイドと、イメージを完全に一致させるのは一日がかりだったのよ!
 あり得るはず無いわ!」
 リツコが興奮と驚きが複雑に入り混じった声をあげた。一瞬だけユイの方を伺うがユイ達に変化がないことを確認すると、すぐさまモニターに目を戻す。色々と聞きたいことはあったが、それよりも目の前で起こっていることの方が彼女の注意を引くことだったからだ。
 「す、すごい。・・・まあいいわ。すぐシンジ君を使徒に向かわせて!!」
 「もう向かってます!!」
 ミサトの言葉につっこむマヤ。
 しまった!という顔をして固まるミサト。
 リツコはそれを横目で見て、「無様ね」と言った。


 ゴジュラスが射出されたちょうどそのとき、地上では真紅の五角獣「スティラコサウルス型ゾイド・レッドホーン」、漆黒のサイ「犀型ゾイド・ブラックライモス」、白色の狼「狼型ゾイド・コマンドウルフ」、それに先ほどシンジとミサトを運んだ飛竜「翼手竜型ゾイド・レイノス」が使徒相手に戦っていた。
 レッドホーンとブラックライモスは距離を取ってビーム砲やパルスライフルを撃ちまくり、コマンドウルフはからかうように近づいたり離れたりを繰り返し、レイノスは使徒の上空を舞ってミサイルや爆弾を投下していた。
 しかしどの攻撃も大して効いた気配が無く、逆に追いつめられている。ちょうどそんな時にゴジュラスは姿を現したのだ。自然チルドレンの注目が集まる。

 「なんや、あれゴジュラスやないか。誰が動かしとるんや?霧島か?それにしても様子がおかしいで!」
 「今は何であれ援軍がくるのは心強いさ」
 「あんたたちー!馬鹿な話をしてないで、レイコを助けなさいよ。もうぼろぼろなのよ!!」
 「ふえーんアスカ助けてよーー!!」

 使徒の腕からのびる光の槍!
 それは一撃で、ビルを倒壊させ、ゾイド達を傷つけていく。
 装甲を打ち抜かれ、内部の生体組織にまで傷を負うゾイド達。
 それとともに、水銀のようなゾイドの血液が飛び散り、ゾイドとシンクロしている子供達の苦痛の悲鳴が上がる。

 「うわーーーー!!」
 「痛っ!! こんちくしょーーーーーーーー!!!!」
 「きゃーーーーー!!」
 「もうあかーーーーん!!!」


 とりあえず、自由にゴジュラスを動かせるようになったシンジは傷つき倒れていくゾイドを見ておろおろしていた。どうすればいいのかすぐには分からなかったのだ。だが考えてもらちがあかないことを悟ると、ミサトに質問をした。幾つか使徒と戦う手段を思いついたからだ。
 「やばい、みんなぼろぼろだ、早く助けないと。・・・ところで、ミサトさん」
 「なに、シンジ君?」
 「何か武器はないんですか?他のゾイドはなんか銃を撃ってるみたいですし」
 「・・・・・・」
 何故かシンジの質問に青い顔をして黙り込むミサト。その顔を見たシンジの背中に何とも言えない汗がじっとり浮かび、LCLに消えた。
 「ミサトさん?」
 「ごめん、シンジ君。ゴジュラスは艤装前でまだ武器がついてないのよ」
 「えーーー!なにを考えてるんですか!?武器もなしで素人の僕をあんなのと戦わせるなんて!!本当でやる気があるんですか!?」
 もっともなことを言うシンジだった。
 そして彼に同調するようにうんうん激しくうなずくオペレーター達。意外と、いや予想通りかもしれないがミサトには人望がないようだ。
 もっとも武器がないのはミサトのせいではないのだが。ゴジュラスに己の肉体以外の武器がないのは、あんまりトラブル続きだったせいで、凍結処置されていたことが原因だったりする。
 シンジに文句を言われて半泣きのミサトに声がかかった。
 「葛城一尉」
 ユイが冷徹な声をかけてきたのだ。
 葛城一尉と呼ばれたため、ミサトはまじめな顔をして返答をした。どんな厳しいことを言われるのかと緊張した顔をしたが、ユイの科白はこの場で彼女がもっとも聞きたくないこと言葉ベスト3に入る言葉だった。
 「はい、なんですか?碇司令」
 「減棒三ヶ月」
 地上と比べて、何とものんきな発令所である。


 「武器がないんじゃ接近戦しかないじゃないか。なに考えてんだよ、まったく・・・ぶつぶつ」
 シンジがぶつぶつつぶやいている。
 発令所の騒ぎがまるで聞こえていないらしい。いくら周りに無関心とはいえ、ここまでくるともう病気と言っていいだろう。だが間抜けなやりとりだったとはいえ、そのおかげでシンジの緊張がすっかり解けていた。
 ケガの功名とはいえ、さすがは作戦部長である。
 シンジが落ち着いた目で改めて使徒を睨み付けたとき、
 (やつのレーザースピアの射程はこちらの間合いの倍は長い。やつが他のゾイドに気を取られている間に、間合いを詰めるんだ!)
 突然、シンジの心に声が響いた。
 だがシンジはそのことを当たり前のように受け止める。
 もう何年も一緒だったかのように。そう、ある意味それは正しいのだから。
 ともあれシンジはすっかりやる気十分になっていた。これが少し前まで落ち込みまくっていた少年とは思えないくらいである。
 気を取り直して素早く戦場を見渡すと、赤いゾイド・レッドホーン以外はどれも満身創痍で今にも倒されそうになっているのが見えた。同時にゴジュラスの通話モニターに『SOUND・ONLY』の文字が浮かび、スピーカーからパイロットの怒声が響いた。

 「はよ助けい!なにしとんのやワレ!?」

 そして、赤いゾイドも使徒の攻撃をさばくのに忙しいようだった。援護は期待できそうにない。

 「あーんもう!そこのゴジュラスパイロット!あんたなに突っ立ってんのよ!?援護するならするではやくしなさいよ!!もうレッドホーンには武器がないんだから!!」

 怒声に耳がキーンとなるのを感じながらシンジは使徒の背中に素早く回り込んだ。横でミサトが、ああしろこうしろといってる声は完全に無視している。
 そして使徒が完全に背中を向けた瞬間、一気につっこんだ。使徒はゴジュラスに気づいた様子はなく、あっという間にゴジュラスはその背中を取る。シンジの、彼を見守っていた人間達の心に勝利の確信が生まれた。それが早計過ぎるとも気づかずに。
 「とった!・・・嘘だろ!?」
 爪が使徒の背中に触った瞬間、使徒の背中に新たな顔が現れたのだ。
 そして裏と表が入れ替わる。

 「!!!」

 ドゴーーーーーーン!!

 使徒の目から照射された光線により吹き飛ばされるゴジュラス。その後を追うように巨大な十字架状の火柱がゴジュラスを飲み込んでいく。
 「シンジ君!!」
 ミサトの叫びが発令所に響いた。
 バタン!!
 直後、ユイが気絶して倒れる音が発令所に響いた。

 「リツコさん、シンジ君は、シンジ君はどうなったの!?」
 ユイを抱きかかえながらキョウコが叫ぶ。
 その勢いはすさまじく、このままではリツコの首を絞めかねない。どうも彼以外のことを完全に忘れているらしい。赤き稲妻としか言いようのないその剣幕に、このままでは絞め殺されかねないと判断したリツコがあわててマヤに指示をだす。その背後から鬼気をまといながら近づいてくるキョウコ。
 「ま、ま、マヤぁ!!すぐモニターに出して!!早く!」
 「は、ははは、はいぃ!!ゴジュラス、主モニターに写ります!」
 焦りまくってどもりまくるリツコとマヤの神速の操作によってメインモニターに写ったのは、傷一つなくポカンと立ちつくすゴジュラスだった。
 誰かが息をのむ音が聞こえる。
 「・・・リツコ、どうなってるの?」
 「ATフィールドよ。それしか考えられないわ」
 「そんな、いきなりATフィールドをはれるなんて・・・」
 「彼は誰も起動できなかったゴジュラスを起動したのよ。なにができても、不思議じゃないわ」
 「でも、これまでフィールドを実戦レベルで張ることができたのはレイ、レイコ、それにアスカだけだったのに。それも、何ヶ月も訓練してようやくだったのよ!」
 驚くミサト。先ほどのシンジの命令無視も忘れているようだ。
 「ミサトさん、なにが起きたんですか?いきなり目の前が光ったと思ったら、壁みたいなものが目の前にでてきて、その後爆発が起きて・・・」
 「落ち着いてシンジ君、今説明するわ。
 その壁こそがあなたがゾイドパイロットに選ばれたもう一つの理由よ。
 あなた達適格者は、全員ゾイドに乗ることでATフィールドというシールドを張ることができるわ。
 そして、使徒もまたATフィールドを持っているのよ。だから使徒を倒すにはまずATフィールドを中和する必要があるのよ。そしてなによりATフィールドを中和するにはやはり、ATフィールドが必要なのよ」
 リツコがここぞとばかりに説明する。
 科学者名利につきるとはこのことだろう。何故か吹きすさぶ風に白衣をはためかせてとっても嬉しそう。
 「とにかく、無事なら鈴原君達の退避を手伝ってやって。もう、戦える状態じゃないのよ」
 「わかりました」
 通話を終えたシンジは、改めて使徒に捕まらない程度の距離まで接近した。今度はその動きに反応して、使徒が再びゴジュラスに注意を向ける。そしてゴジュラスの動きに会わせるように、グロッキーだった他のゾイドのことを忘れて移動を開始した。
 「その調子よシンジ君。後30秒だけ時間を稼いで。それだけあれば四人の退避が完了するわ」
 使徒がゴジュラスに向けて、何度も光の槍を向ける。
 だが、ゴジュラスはそれを素早いサイドステップでかわしながら徐々に間合いを詰めていく。鋭い、だがどこか単調な攻撃をかわしながらシンジの心に余裕が浮かぶ。
 (はじめは怖くてわからなかったけど、今はわかる・・・。
 確かに動きは早いけど、こいつ馬鹿だ。
 少しフェイントをかければ、簡単に間合いに入れる。・・・いける!!)
 その間に他のゾイドの退避が完了した。
 「よくやったわ。シンジ君!みんなの退避は完了したわ!思いっきりやっちゃって!!」

 ミサトの声を聞き、シンジはゴジュラスの鼻先を地面すれすれになるまで傾けた。初めての動きに使徒が驚いたように動きを止めた。シンジはかまわず、雄叫びをあげると使徒に飛びかかっていった。彼の心に知らず知らずの内に好戦的な意識が混ざり始める。


 「「うおおおおぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーー!!!!」」

 シンジの叫びとゴジュラスの叫びが重なった。
 素早く向き直った使徒が、右手を向ける。

ドキューーーーーーーーーーーーーーーン!!

 銃のような音を立てながら光の槍がゴジュラスに浴びせられる。だがゴジュラスがジグザグに走るためなかなか命中しない。それでもさすがに数発が命中するがゴジュラスのATフィールドに阻まれる。効果なしと見て取った使徒はゴジュラスのATフィールドを中和して攻撃を加える。その攻撃を紙一重でかわすとゴジュラスは使徒の懐に飛び込んだ。そして飛び込むと同時に使徒の肩に噛みつき、地面に引きずり倒す。
 そしてそのまま馬乗りになり、使徒を睨み付ける。
 シンジはマウントポジションで殴りまくろうと考えるが、ゴジュラスの腕はそれをするには短すぎた。
 一瞬どうしようか考えるシンジ。だが、彼の思考にあわせてゴジュラスの肩部装甲が解放され肩口から一関節分腕が生えてきた。
 (凄い・・・!ゴジュラスはこんな事もできるのか!)
 シンジは驚きながらも腕が十分な長さになるのを確認すると、ファイティングポーズを決め、カギ爪のついた拳で使徒の顔を殴り出した。

 「うおおおおおおおりゃああああああああああ!!!!!」

 殴るにはあまり適さないカギ爪の乱打にその拳が割れ血液がにじみ始めた。だがシンジは、ゴジュラスは叫びながら攻撃の手を休めようとはしない。あまりに激しい連打のため、ついには使徒の顔は傷つき、ひび割れだらけになる。


 ゾイドとパイロット達を無事回収し、安堵する発令所の職員達だったが突然のシンジの行動に再び黙り込んでいた。シンジのあまりにも鬼気迫る戦い方に寒気を覚えたのだ。それはミサトもリツコも、そしてユイも同様だった。
 「・・・シンジ君どうしたの?妙に戦い慣れてるけど・・・」
 シンジのあまりの変わり様にあきれたミサトがリツコに質問をする。
 「たぶん、使徒との戦いのために、シンジ君の深層心理下の意識が解放されたのよ。闘争本能に火がついたってところかしら」
 「それって、・・・つまり、どういうことなの?」
 「キれたのよ」
 「教育・・・間違ったかしら?」


 「うおおおおおおおお!!!」

 乱打に続いて使徒を口にくわえるとぐるぐる振り回して、地面にたたきつける。
 そして全体重をかけたストンピング攻撃。爪先についたカギ爪がバターに差し込むナイフのようにズブズブと使徒の体を傷つけていく。
 その鬼神のような攻撃の前に、発令所の皆が息をのんだ。
 使徒は先ほどからまったく抵抗できていない。
 周囲にゴジュラスが一方的に攻撃する音だけが響く。
 「勝ったわね」
 ミサトの呟きに応じるように皆がそう思ったときだった。

「ピキィーーーーーッ!!!!」

 不用意に近づきすぎたゴジュラスの頭を、ぼろぼろになった使徒が一声鳴いたかと思うといきなりつかんだのだ。視界をふさがれて焦ったのかゴジュラスは離れようともがくが、使徒はまったく離そうとはしない。
 「シンジ君!逃げて!!」
 嫌な予感をおぼえたミサトがシンジに警告を発した。だがぶくぶくと膨れ上がる使徒の腕を見て、ミサトは警告が間に合わなかったことを悟った。

チュドーーーーーンッ!!!!

 次の瞬間、閃光とともにはじけとぶ使徒の腕。
 自らの腕がふきとぶほど強力な一撃をゴジュラスに加えたのである。
 ゴジュラスの頭を貫通して光の槍が伸び、ゴジュラスは頭部から体液となにかを垂れ流しながら崩れ落ちた。地面に金属の光沢がかかった、紫色の血だまりができていく。
 「頭部破損っ!!損害不明っ!!!」
 「活動維持に問題発生!!」
 発令所のモニターがEMERGENCYの文字でうまっていく。
 「状況は!?」
 「シンクログラフ反転!!パルスが逆流しています!!!」
 ゴジュラスの状態管理モニターに写っていた、3つの波形が徐々に乱れていく。
 リツコがそれを見て慌てて言う。
 「回路遮断せき止めて!!」
 「ダメです!!信号拒絶、受信しません!!!」
 マヤが泣きながら報告する。
 このままでは、ゴジュラスの全ダメージが全てシンジにも伝わってしまう。追い打ちをかけるようにゴジュラスとパイロットを繋ぐ神経回路が次々と断線していく。
 「シンジ君は!?」
 ミサトが日向マコトにたずねる。
 「モニター反応無し!!生死不明!!!」
 「ゴジュラス、完全に沈黙!!」
 マコトの隣に座る青葉シゲルがとどめを刺す。
 「ミサト!!」
 リツコは振り返り、ミサトに次の行動をたずねた。
 ユイは気絶。
 キョウコと、ナオコはパニックに陥って全く役に立たない。
 「ここまでね・・・。作戦中止。パイロット保護を最優先!!プラグを強制射出して!!!」
 だが絶望的な報告をマヤがした。
 「ダメです!!完全に制御不能です!」
 「なんですって!?」
 皆の心に絶望という名の死の天使が舞い降りる。
 もう他に使徒と満足に戦えるゾイドは存在しない。















 シンジの意識は真っ暗な空間をさまよっていた。
 (アレ、ここは・・・。そうだ、さっきもここに来ていたんだ。どうして忘れてたんだろう?)
 その声に答えるものがいた。
 『またあったな、我が主よ』
 「ゴジュラス!・・・いや、ヴェルギリウスだっけ。僕はどうなったんだ?
 死んでしまったの?」
 『死んだワケではない、我が主よ。ただ、汝が受けたショックが強すぎた。だから我が心に収容したのだ』
 「それって、どういうことなの?」
 『今、我と汝は文字どうり一心同体だ。
 つまり我が持つ全ての力を、本当の力を汝は行使することができる。
 ただ、理性的な行動がとれず、周りの全てのものを破壊し尽くしかねない、両刃の剣だが。
 そう言えば赤木博士がうまいことをいっていたな、暴走と』

 「そ、それじゃあ早く戻らないと・・・」
 『あわてなくていい、我が主よ。我はそこまで無茶はしない。我がそこまで暴れるかどうかは、すべて主の心次第だ・・・』

















 ゴジュラスを倒し、再びジオフロントへ攻撃を仕掛けようとする使徒。
 だがそれはかなわなかった。
 突然沈黙したはずのゴジュラスの目が鈍く赤色に輝く。確かめるように一度だけ手を握りしめると尻尾を地面にたたきつけ、その勢いで跳ね起きた。
 その目が先ほどまでの赤い光とは違う、山犬のような緑色に光った。
 涎を垂らしながら限界まで口を開き、使徒を睥睨する。

 「グウオオオオオォォォォォォ!!!!」

 「ゴジュラス再起動!!」
 「そんな!?動けるはずありません!!!」
 青葉の叫びにマヤが信じられないといった顔で叫んだ。実際彼女には信じられなかった。目の前のモニターにはゴジュラスは大破していると表示されている。なおかつ動いていないとまで表示されていたのだ。しかし、ゴジュラスは動いている。それまでの自分の常識が、0と1で表される常識が崩れていくのを感じながらも、彼女の目はゴジュラスを見つめ続けていた。

 頭の傷からは体液と体組織、口からは大量のよだれを垂らしながら再起動するゴジュラス。その姿は人類の最後の希望と言うよりとどめを刺しに来た悪魔・・・まさに神の御使い、天使と戦いそれを滅ぼす悪魔の姿だった。
 頭が膝の高さになるくらいに身をかがめると、先ほど以上の勢いロケットのように前へ飛び出した。そのまま使徒につっこんでいく。
 血をまき散らし、全身の骨をうち砕くようなうなり声をあげるゴジュラス。
 マヤはその凄惨さに思わずはきそうになる。
 「・・・まさか」
 「暴走・・・」
 マヤの背後ではミサトとリツコが呆然と呟いていた。


 傷が潰れることもいとわずに頭から使徒にぶち当たるゴジュラス。吹き飛ばされた使徒は、先のサラマンダー戦以上の勢いでビルをなぎ倒しながら転がっていく。それを逃がさないとでも言うようにゴジュラスは凄まじい勢いで追いかけた。あっと言う間に追い越し、転がっている途中の使徒を杭を打ちつけるように踏みつけて動きを止めると、少し後ろに下がり、体を1回転させて猛烈な勢いでしっぽを打ち付けた。
 仮面を完全に粉々にされてたまらずふっとぶ使徒。
 兵装ビルに背中からぶち当たると、力無く膝をついて動かなくなる。だがゴジュラスは攻撃を止めようとはしなかった。
 無慈悲にとびかかると倒れた使徒をしっかりと踏みつける。もはやピクリとも動こうとしない使徒に少しだけつまらなそうに尻尾を振ると、無理矢理その体を引き起こした。
 使徒を睨め付けるゴジュラスの目がくっと細くなり、涎が滝のように流れ落ちる。

ゴブッ!
 限界以上に口を開き、使徒の顔ごと胸の肉を食いちぎった!
 ビクビクッと使徒の体が震え、傷口から紫色の体液が噴水のように吹き出しゴジュラスの体を不気味に染め上げる。汚れることにかまわず、いやむしろそれを望んでいるかのように肉片を咀嚼していく。
 ひとしきり使徒の肉を味わうと、いまだ掴みあげていた体を乱暴に放り出した。うつぶせに倒れ込み、時折ピクピクと痙攣する使徒に、ゴジュラスは心底嬉しそうに腕を伸ばすと、使徒の残った方の腕をしっかりとつかまえてぎりぎりとねじ上げていった。

ギッ・・・ギッ・・・ギッ・・・ブチィッ!

 遂にはそんな音を立ててゴジュラスは使徒の腕をねじ切った。ちぎれた腕から、まだどこにこれだけ残っていたのかと言うほど大量の血液が噴き出す。ゴジュラスは満足そうに口を大きく開いたかと思うと真っ青な炎を吹き出した。
 その熱はすさまじく、使徒のみならず周囲の大気までも焼いていく。空気がねじれ、周囲の岩塊から急激に水分が失われて無数のひび割れができていく。

 『キィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!』

 身を焼かれる苦痛に使徒がじたばたともがき、泣き声をあげる。いや、その叫びは自分が死ぬことが信じられない否定の叫びだったのか、それともかすかな希望を込めた命乞いだったのか。いずれにしろ使徒の体は泡をあげながら焼け焦げていく。その叫びを飲み込みながら。
 モニターしていた冬月が青い顔をしてつぶやいた。
 「勝ったな。だから、そこまでせんでくれ・・・」
 そこまで言うとその場で嘔吐しそうになる。
 「これが、肉食恐竜タイプの本当の力・・・。なんておぞましい・・・」
 「人はここまでして勝たなくちゃいけないの?」
 キョウコとナオコのつぶやきは誰にも聞かれなかった。
 ゴジュラスは焼けこげた使徒の胴体を引き裂くと、ぐちゃりと音をたてながら内側に手を突っ込み内蔵を掻きだす。まだ苦痛をかんじるのか激しく痙攣する使徒。その衝撃で周囲のビルの壁に亀裂が走っていく。
 いつの間にか夕暮れが街を照らす中、使徒の泣き声と、ゴジュラスの雄叫びだけが第三新東京市に響きわたった。
 地獄絵図はそれから2分ほど続いた。
 もはやゴジュラスの前に残るのは、いまだぴくぴくと蠢く、ぐちゃぐちゃの肉片と使徒のコアのみ。
 最後にゴジュラスがそれを殴りつけたとき、あたりは閃光に包まれた。



 「モニター回復します」
 気持ち悪さに昏倒したマヤに代わり状況報告をする青葉。
 爆炎が燃えさかる中にゴジュラスが立っていた。
 装甲を焼け焦げさせながらもその中でゴジュラスは天に向かって雄叫びをあげていた。
 まるで神に挑戦しようとするかのように・・・。
 誰も声を発することができず、その姿を見つめている。
 それからまもなく熱気がくすぶる中、ゴジュラスは活動を停止した。
 それに併せて、発令所に情報が伝わっていく。

 「回路再接続」
 「システム回復。グラフ正常位置」
 「パイロットの生存を確認」
 「機体回収班急いで!!」
 「パイロット保護最優先!!」

 「とりあえず・・・、勝ったか」
 椅子にぐったりと座ってミサトがぽつりとつぶやいた。
 その様子は完全に疲れきり、とても勝った軍の指揮官とは思えなかった。
 「でも、私たちはとんでもないものを復活させたんじゃないの?使徒よりも恐ろしいものを・・・」


 人は生き延びるより、滅んでしまった方が良かったのかもしれない。
 生き延びるための手段が他にもあったかもしれない。
 だが人は、この鋼の獣をつかって生き延びる道を選んだ。
 だがその道は険しい茨の道。
 その先に待っているモノが何かは、誰にもわからない。それでも人は歩き続ける。たった一つの希望を胸に・・・。
 人は、パンドラの箱を開けてしまったのかもしれない・・・。


第壱話完


Vol.1.00 1998/11/05

Vol.1.06 1999/03/20

初稿後書き

こんにちは、アラン・スミシーです。
なにぶんこういう小説を書くことが初めてなので、なんて書けばいいかわかりません。まあつたない文章ですが、少しでもおもしろいと思ってくれれば幸いです。ところでゾイドに詳しくないと全くわからない描写や、ゾイドにもエヴァにもないオリジナルの描写がありますがあまり気にしないでください。


改訂稿後書き

この話を初めて書いたときからすでに3ヶ月以上が過ぎようとしています。今この初稿を読み直しリライトするに当たって、自分がいかに文才がないかを改めて痛感しました。それにも関わらず、この作品を読んでくれる人が僅かでもいることを、深く感謝します。
所でこのエヴァンゾイドという話は、書いている途中でヒロインが決まっていませんでした。下手にまとめる力もないのに登場人物を出しすぎたことが原因の一旦だったのですが、一番の原因は書いている途中でどのキャラも勝手に動くこと動くこと。改めて文章は生き物であると言うことを痛感させられました。で、結局ヒロインが誰になったかというと・・・おいおい分かることだから秘密にしときます。
では。


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