Neon Genesis Evangelion SS.
ナナシカムイ   〜 last episode 〜 write by 雪乃丞




 最後の戦いが近いらしい。
 そう父さんから僕は忠告を受けていた。
 精一杯、今という時間を大事にしてやれって。

 とん、とん、とん、とん、とん。

 短いとはいえブランクがあったせいか最初の頃はどこかぎごちなかったのだけど。
 そんな料理も、今は考え事をしながら出来るほどになっていた。
 そんな僕のことを、カムイたちはいつも不思議そうにみていたような気がする。
 なぜ、自分のために料理を作ろうとするのか?
 普通に食事をとりにいったりすればいいのではないか?
 毒殺などを恐れているのなら、ネルフの食堂などから届けて貰えばいいのではないか?
 今まで、いろんな質問をされたけど、これだけは譲りたくなかった。

 命をくれるっていう彼女たちに、こんなことしか出来ないのが苦しいのだけど。
 それでも、僕は少しでも良いから自分の中にある何かを返したかったんだと思う。
 真心なんて言うつもりはない。
 たぶん、これは自己満足。
 でも、やらないよりは良いとおもったんだ。

「もう少しで出来るよ」
『はい』
「・・・食事が終わったら、買い物にいこうね」
『はい』
「・・・・・・あの?」
『はい?』

 僕の腕の向こう側から、身を乗り出すようにして、カムイは僕の様子を見ているようだった。
 僕からの問いかけとかに答える時に、必要以上に言葉が短いのは、まあ、これまでのカムイと同じだとしても・・・。 でも、これまでのカムイと、どれだけ似ているような気がしても、この子は、今までのカムイとは違うような・・・そんな気がしていた。
 それが強く感じられるのは、今みたいな瞬間かな。
 カムイは、僕の手元をのぞき込むようにして目を閉じている。
 たぶん、包丁とかの音を聞いて、どんな風に調理しているのかを知りたがって居るんだと思う。

 今までのカムイは、こんな様子を見せなかった。
 知ろうという意思がなかったんだと思うし、たぶん、興味もなかったんだね。
 買い物とかに一緒に行こうといっても、人混みは苦手だといって一人で屋上などから街の音を聞いていた。
 この街で、どんな人たちが生活しているのか?
 そんな情報を、少しだけ具体的に知るだけで良いって思ってたのかも知れない。

 ・・・きっと、諦めていた部分があったんだと思うんだ。
 潔いと言えば良いのかも知れないけど、それとも死を受け入れていたって言うべきなのかな。
 それは、僕にも分からない。
 良いことだったのか、悪いことだったのかも分からない。 でも、これだけは分かった。
 この子は、まだ未完成なカムイだったんだと思う。
 能力的なことは分からないけれど、心までカムイになりきってない。 そう、感じたんだ。
 だから、こうやって色々なモノにまだ興味を持つことができるんだって分かったのは・・・喜びだった。

「今日の夜のご飯、一緒に作ってみる?」
『・・・いいんですか?』
「勿論だよ」

 こうした何気ない時間というものを、僕はとても大事に感じていたし、大事にしたいと思う。






 焦らされるのも結構こたえるものだ。
そう父さんが漏らしたのは、カムイと僕の合作が晩ご飯として食卓に並んだ日のことだった。
食後のお茶を飲みながら、父さんは僕とカムイに、そう漏らしていた。

「父さんでも、やっぱりプレッシャーって感じるんだね」
「それはそうだろう。 いつ何時、敵がやってくるか分からない中では、なかなか安眠もできんさ」

 父さんは、ネルフという大きな組織のてっぺんで頑張ってる人だったから、その両肩にかかる責任ってやつの重さは並大抵じゃなかったんだと思う。

「それにしても、意外だったな」
「なにが?」
「お前が料理を趣味にしているのは知っていたが・・・」
「まあ、最近は好きでやってるけど、前はたぶん好きじゃなかったと思う」
「そうなのか?」
「叔父さんは、僕と精神的な距離をおこうとしてたみたいなんだ」

 食事とかはよく一緒に食べていたけど、目の前にいるのにどこか遠い感じがした。
 なんとなく・・・不自然だったんだ。
 会話らしい会話もなくて、なんとなく今日あったことの報告をしてたって感じだったし、叔父さんも、内容とかに細かく突っ込んでくることがなかった。
 こっちがどれだけ一生懸命話しをしても、いつも「そうか」とか「なるほどな」とか、凄く短い答えだけ。
 話しは聞いてくれてるのは分かるんだけど、自分のことは何一つ教えてくれなかった。
 そんな叔父さんの奥さん・・・叔母さんが事故で亡くなってから、その傾向はますます強くなった。
 家の中に僕と叔父さんが居て、そんな叔父さんには子供がいなくて。
 ・・・洗濯は僕がやって、叔父さんは主に掃除とかしてたような気がする。
 男二人だけだと、食事なんてなかなか作らなくなったし、叔父さんは仕事が忙しくなると外でご飯をたべて帰ることが多くなっていった。 一人で食べる夕食は、ひどく味気がなくて、どうしても外で済ませてしまう。
 ゆっくりと、距離がひらいていくのを感じていたよ。

 そんな僕が、少しでも叔父さんとの距離をつめようと努力したのが料理だった。
 週に1〜2回、最低でも1回は一緒に食事をとること。
 それが叔父さんが自分に課していたルールだったのかもしれない。
 その当時に覚えたことが、こんな形で役に立つとは思わなかったけどね。

「思いのほかに苦労があったようだな」
「どうかな・・・。 でも、それは叔父さんのせいじゃないと思う」

 その理由は多分、僕のほうにあったんだと思うから。

「多分、僕は本当の子供じゃないって、いつも自分に言い聞かせていたんじゃないかな」
「・・・そうか」
「でも仕方ないよ。 いつか、僕は父さんのところに帰る。 帰らなくちゃいけない。 そう小さな頃からずっと言い聞かせていたんだから」

 だから自分も本物の家族ではなく、預け先のオジサン程度にしか関係を作ろうとしなかったんだと思う。

「・・・大きくなったな」
「そりゃあ、成長期だしね。 背だって伸びるよ」
「そうではない。 お前の心のことを言っているのだ」

 ココロ、か。

「男という生き物には、何段階かの階梯があってな」
「・・・」
「母を必要とする幼児、無邪気で純粋な少年、色々なことを知り少年は青年となり、男となってゆく。 そして、達観を覚えた時、男は老人へと移り変わっていくのだそうだ。 その五段階評価でいくと、お前はそろそろ青年という段階を終えて男になろうとしているのだろうな」
「男、ねぇ」

 概念的な話はよくわかない。 でも、これだけは分かった。

「それを父さんは歓迎しているのかな?」
「お前が男になろうとしていることについては歓迎している。 父として、我が子が強くなったと喜べるのも嬉しくないはずがない。 だが、それと同時にすまないとも感じている」
「どうしてさ?」
「お前が、これまで強くなっていった過程に、どれほどの苦しみと葛藤があったか。 ・・・それを分からない訳でもないからな」

 そうかもしれない。

「たしかに、最初のころの僕は無邪気だったのかもしれないね」

 ただ勝てさえすればどうにかなると思っていた。
 ただ、敵を殺すことが出来るなら・・・みんなが救われると信じていた。
 一生懸命、使徒を殺そうとしていたような気がする。

 だけど、勝つということは一人の人間を犠牲にして全員を救うということだった。
 負ければ全員死ぬことになる。
 だったら一人だけの犠牲で事をなすことが出来るのなら、そっちのほうが良いじゃないか。
 ・・・知らない人は、きっとそう考えるんだろうね。

「父さん」
「もっと上手いやり方があるというのなら、私は、それを使うことを躊躇わん」
「・・・そうだったね」

 僕は自分の中で荒れ狂う感情の赴くままに、隣で静かに俯いていたままのカムイを抱き寄せていた。
 どうして、こんな小さな子を犠牲にしなくちゃいけないんだ・・・。
 これまでだって、みんな・・・みんな、楽しいこととか知らないままに死んでいったんだ。
 そんなの・・・おかしいよ。

「名無君には、本当に申し訳がないと思っている。 出来ることなら、何でもしてやりたいのだが・・・こればっかりは、他に方法がないのだ。 ・・・すまない。 謝ってすむことではないが・・・謝らせて欲しい」

 父さんも、僕も、言葉になんて出来ないよ。
 僕達のために・・・みんなのために死んで欲しい。
 使徒といっしょに、この世界からいなくなってほしい。
 そんなこと・・・言えるはずがないじゃないか!

『少しだけ、文句をいってもいいのでしょうか?』

 小さく震えながら、カムイは初めて・・・多分、初めて聞くことになる弱音を口にしたんだ。

『私、死ぬのが怖いです』

 そりゃあ当たり前だよ。
 死ぬのが怖くないって・・・そう平然といってたカムイさん達のほうがおかしかったんだよ。
 でも、それは、たぶん・・・本当の意味じゃない。
 死ぬのは怖いけど、それ以上に嬉しかったり勇気づけられるから、死ぬことに対する怖さを感じていないんだって事だったんだとおもう。
 僕と父さんがネルフにいたから。
 すぐ側で、消えていく瞬間まで見守られて、その全部を覚えていてもらえるから。
 それが、使命ってものに命をかけることを強要されたカムイが唯一心の支えに出来ることだから。

 誰にも覚えていてもらえないままに消えていくのは嫌だから。
 自分がいたことを覚えていてもらえるというのなら・・・。
 最悪よりはマシな結果だと思えるから?

 ・・・馬鹿げてる。
 なんで、そんな理由を・・・。
 なんて、そんな悲しいことを心の支えにしてしまうんだよ・・・。

「父さん。 僕はこの子を死なせたくない」
「・・・」
「死んで良い人間なんて、いるわけないじゃないか。 誰かを犠牲にして守られる平和なんて・・・まちがってるんだよ」

 なによりも間違っているのは、その平和のために犠牲になった人がいることを・・・。
 カムイのことを、みんなが忘れてしまうってことだ。
 そんなこと・・・許せないよ。

「だから、私たちが居る」

 父さんがいて、僕がいて、ここにはいない碇家の人たちも、すくなからず居なくなったカムイのことを覚えている。 だから、碇の家の・・・本家と呼ばれる一族の人たちは、いろいろな場所でかなりの高い地位を得ることができたのかもしれないって聞いた。

 でも、ね。
 例え、全員が忘れないとしても。
 ほとんど大多数の人間は、そのことを忘れてしまうんだよ?

 こんな悲しいこと・・・あっていいの?

『死にたくないって思うんです。 でも・・・たぶん、私は立ち向かっていけると思います』

 こんなに小さな子なのに。
 この子の心は、どれだけ強いんだろう。

『シンジ様やゲンドウ様に、どれだけ大事に思われているか。 それは感じることが出来ています。 どれだけ私のために苦しんでいるかも。 それでも逃げないで、こうして一緒に居てもらえることが・・・私に勇気をくれるんだと思います』

 僕や父さんに・・・こんなに自分が消えていくことを苦しんだり悲しく感じてくれる人がいるのなら。

『私が使徒を封殺することに、きっと大きな意味があるんだって・・・そう、思えるんです』

 それは、これまでのカムイも一緒だったのかもしれないね。

 僕は、どうしようもなくて悲しかった。
 このどうしようない世界に。
 どこまでも無力な自分に。
 この子を犠牲にするしかない不条理さに。

 どうしようもなく・・・悲しかった。



to be continue next part.





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