(・・・・・・アスカにゃん、うまくやっているかにゃ?)
アスカはトイレから出てきて部屋に戻ったかと思うと、また洗面所に戻ってきて、今
度はシャワーを使った。
そして、いつもの時間になると、制服に着替えてダイニングに入ってきた。
「アスカ、今朝はサンドウィッチだけど、いいかな?」
相変わらず、睨み付けるかのように僕に一瞥をくれてからダイニングテーブルの椅子
に腰を降ろしたアスカに、声を掛けた。
「いいに決まってるじゃないの! アンタが作ったんだから!」
・・・アスカは、朝食は御飯の方が好きらしいんだ。
別に、トーストやサンドウィッチを出してもイヤだとは言わないけれど、何となく気
になって訊いてしまった。
でも、言葉にはいつもの刺々しさがあるけど、表情に嫌みは無い。機嫌は悪くはなさ
そうだ。
それに、僕が作ったんだからいい。というセリフは、妙にくすぐったいけど、すごく
嬉しい。やっぱり女の子に誉められると嬉しい。
昨日からアスカのやつ、僕を誉めているけど・・・
・・・・・・・・・否、まさかね・・・・・・・・・
でも、少なくとも僕の事を悪くは思っていないよな・・・アスカが人を誉めるなんて
、よっぽどだもんな・・・
なんか、アスカの視線が気になって仕方がないよ。罵声を浴びる方が、気が楽だ・・
・
・・・なんか、気になる・・・・・・
「アスカ、ミサトさん、起こしてきてくれる?」
アスカに頼むと、アスカは返事もせずにミサトさんの部屋に向かって行った。
・・・別に、怒った訳では無さそうだけど・・・
・・・もし、怒っていたら何か言い返してくるもんな・・・
ミサトさん、昨日は帰ってくるのが遅かったから、なかなか起きないかも・・・
僕も、ぐずるミサトさんを起こすのはイヤだもんな。
アスカのやつ、ミサトさんを蹴飛ばしかねないな・・・
ミサトさんの部屋からは、アスカの罵声が聞こえてきたが、蹴りは出なかったようだ
。
そして、頭を掻いている寝ぼけ眼のミサトさんの脇からアスカが現れ、すたすたとテ
ーブルについた。
僕の目はいつの間にか、アスカを追っている。
「あぁ、シンちゃん、おふぁよぉ。」
「・・・・・・おはようございます、ミサトさん。」
昨日は帰りが遅かったとはいえ、相変わらずミサトさんは、だらしがない。
テーブルには、大皿に盛られた様々な中身が覗くサンドウィッチ、三人分のトマトと
レタスのサラダと作りたてのフレンチドレッシング、クラムチャウダー・スープ、10
0%ストレート果汁のオレンジジュース、オレンジ・ペコの缶とティーサーバ、ティ
ーカップ。
「おぉぉ、朝食って感じねぇ。うまそう、うまそう。」
と、言いながらミサトさんは椅子を引いた。
「ミサトさん、顔、洗ってきたら?」
「はいはい。」
ホントにだらしない。
「ねぇ、アスカ」
僕もテーブルに着くと、アスカに食事の事について話しかけた。
・・・アスカは、少なくとも料理に関しては僕を認めてくれる。
「ぇ?・・・何、シンジ?」
アスカは何か、考え事でもしていたみたいだ。
・・・僕の事?まさかね・・・
「・・・なんでさぁ、アスカはジャガイモ好きじゃないの? ドイツの主食でしょ?
」
「え?・・・別に嫌いじゃないわよ。でも、食べ飽きちゃったの。・・・ほんとにド
イツ人ってイモばーっかし食べてんだから。
それにね、ドイツの料理ってあんまり美味しくないのよね。誉められるのはソーセー
ジくらいかな。
でもね、ソーセージもねぇ・・・なんか、食べ飽きちゃった感じだしさ。
それにねぇ、ドイツ人って冷たい食事でも平気で食べるのよ。特に夜なんか。
ドイツの夕食って寂しかったわねぇ。今にして思えばさ。
それにね、昼食にでも招待されようものなら、そこの奥さんが焼いたケーキをぜ〜っ
たい、食べなきゃいけないし。しかも一回食べたら、もう一ついかが? なんて調子
で何個も食べさすんだから! そんなに食べれる訳ないじゃない!
だいたい、ドイツの食生活って豊じゃないのよね。フランス料理が高級だってのは、
日本と一緒だしね。
それに、アンタの料理の方がドイツで食べてた料理より、ずっと美味しいんだもん。
・・・あ、でも、昨日のステーキは本当に美味しかったわよ。さっすがシンジねぇ。
ドイツみたいな味もたまにはいいわね。やっぱり。
それにねぇ・・・」
アスカは僕の方を見るでもなく、思い出すかのように話し出した。僕から見えるアス
カの横顔はなんだか楽しげで、とても柔らかな表情に見え、僕はアスカの横顔に見入
ってしまった・・・
・・・アスカって、こうして見ると、やっぱり可愛いよな・
・・
・・・それに、やっぱり本当に僕の料理を気に入ってくれているんだ
・・・
「さぁて、食べよう食べよう。ビ・イ・ル、ビ・イ・ルっ」
洗面所から戻ってくるなり、ミサトさんは冷蔵庫に向かったので、僕は慌てて止めに
かかった。
「ミサトさん! オレンジジュースありますから、ビールはやめて下さい。」
「そうよ! いっつも朝っぱらからビールばーっかし飲んでんだから、ミサトは!」
アスカも加勢してくれた。こういうのって、気持ちが通じてるみたいな気がして、な
んだか嬉しい。
「うっさいわねぇ。・・・ちぇっ。ジュースか・・・・・・・・・」
「・・・・・・ねぇ、シンちゃん、なんかさぁ、具、すごく凝ってない?」
「え?・・・あぁ、余りモノが傷む前に使っちゃおうと思って。」
僕は慌てて否定した。どうせ冷蔵庫の中は僕しか把握していないんだ。
「そう・・・じゃ、いただきます。」
「「いただきます。」」
「シンジ! 美味しいわよ、さすがね!!」
また、アスカは僕を誉めてくれる。僕は、思わず頬をゆるめて、アスカにありがとう
と言った。
「うん、美味しいわよ、すごく。 このベーコンと卵とトマトとレタスのやつ、いけ
るわ! このカツサンドもうまそうねぇ。・・・シンちゃん、コレ、今度沢山つくっ
ておいて! 発令所の若者達にも食べさせてあげるから。 やつら喜ぶわよぉ、きっ
と! いっつもロクなモノ食べてないから。 」
ミサトさんも評価してくれている。
アスカのやつ、美味しいから美味しいと言っているだけなのかな・・・・・・
そう考えただけで、僕の心は、暗く沈んできてしまった。
どうしちゃったんだろう、僕は・・・
自分でも、顔が強張っていくのがわかる。
「もったいないじゃないの、ミサト!」
「へ?もったいない?! ・・・・・・そうねぇ・・・でも女の子に食べさせる訳じ
ゃないのよぉ、アスカぁ。」
「違うわよ! シンジがサンドウィッチ作るの大変でしょ!! 朝はすぐに学校行く
んだから!」
「何が違うのよ・・・別に、お夜食でもいいのよ・・・まぁいいわ。今の話はナシっ
てコトで。ね、アスカ。シンちゃん大変だもんね〜〜っ。」
ミサトさんを無視して、黙ってサンドウィッチにかぶりつくアスカ。
二人とも、いつもの調子なんだけど、なんだか、やっぱりアスカが僕を意識している
様に思えちゃうんだよなぁ。
でも、アスカが僕を好きになるなんて・・・
そんなこと、 無いよなぁ・・・
「ねぇ、シンちゃん、コレって本当に余りモノぉ?・・・・・・アスカぁ?なんで今
朝のサンドウィッチはこんなに気合いが入ってるか、ワケ知ってるぅ?」
ポテトサラダが挟まったサンドウィッチを手にして、ミサトさんはそう言った。
勿論、ポテトはサンドウィッチの為に今朝裏ごしした物だ。
ミサトさん、料理はしないくせに妙な事に敏感なんだ・・・・・・
「・・・っ! ・・・・・・シンジに聞きなさいよ!!」
アスカの顔を見て、急にミサトさんは目を三角にしてニヤニヤし始めた。
・・・・・・っ?!
「そ〜〜ぉ、ふ〜〜〜ん・・・なんでぇ?シンちゃん?」
僕に振ってきた・・・
「え、いや、だから・・・その・・・材料が傷む前に・・・」
ヤバい、ミサトさんはこうゆう事には妙に鼻が利くから・・・
僕はすっかり、しどろもどろになって答えていた。否、答えになっていない。
「・・・シンちゃぁん、何か、いいコトあったぁ?」
「え、別に・・・無いけど・・・」
「そぅぉ〜? アスカちゃ〜ん、なんか・・」
どうやら僕の考え、いや行動は、ミサトさんに見破られてしまった・・・
「あ、テレビ点けなきゃ! ニュースくらい見なきゃね、ミサトも。国際公務員なん
だし。」
アスカはミサトさんの言葉を遮ってテレビを点けた。
「ちっ・・・」
助かった!
でも、アスカも僕の気持ちを見破っているみたいだ。
なんか、恥ずかしいよ。まいったなぁ。どうしよう・・・
食事の間中、僕はアスカが気になって、ちらちらと視線を向けていた。
本当は、アスカに僕の視線が気付かれるのがイヤだから見たくなかったけど、いつの
間にか、自分の意に反して、アスカを見てしまう。
・・・すぐ隣に座っているんだもんな。意識しちゃうよ。
僕の心臓も、どきどきして来ちゃうし。
アスカとミサトさんに気付かれなきゃいいけど・・・・・・
・・・・・・もう、食事を味わう余裕は全く無くなってしまった。
ますます心臓は鼓動を早めてくるし。
・・・自分の意志で心拍をコントロールできたらいいのに・
・・
おまけに誰も口を利かなくなっちゃったし。
それに、ミサトさんはテレビなんか見ないで、僕とアスカをねっとりとした目つきで
交互に見比べている。
僕は頭に血が上ってきてしまった。顔も熱い・・・
「シンジ!ごちそうさま! さーて、学校、学校!!」
テレビニュースを見ながら黙々と朝食を平らげたアスカは、ポットのお湯で自分の分
だけ紅茶を淹れて、ミルクと砂糖を入れ、ガチャガチャとかき混ぜると、カップを手
にして、すたすたと自分の部屋に戻ってしまった。
アスカはわざわざ、僕に『ごちそうさま』と言っていった。
僕の胸はもう、これ以上は無いくらいに高鳴ってしまっている。
本当に僕は今朝から、やけにアスカを気にしている。
自分で自分が情けない。別に好きだと言われた訳でも、何でも無いのに。
顔が赤くなっているのが、自分でも判る。
もう、目眩でも起こして倒れてしまいそうだ。
「シンジ! ごちそうさま!」
ミサトさんは、アスカの声色をまねて、僕の方に乗り出してきた。
ぼくは、完璧に狼狽えてしまった。
「ねぇ、何かあったでしょう? シンちゃん!?」
「べ、別に、何も・・・」
何かって、アスカが僕の料理を誉めてくれた。それだけ・・・
そんなに大した事があった訳じゃないのに、なんだか、凄いことがあったみたいだ。
ミサトさんは、勝手に想像を膨らませているみたいだ・・・目を輝かせている。
「そぉ? まあ、いいんだけどねぇ。 でも、食費の管理、ちゃんとしてね。」
びくり! と、体が勝手に反応してしまった。
ミサトさんは、ニヤニヤしながら、更に僕に追い打ちを掛けようとする。
「ビール代、アスカの好物にまわしちゃダメよ。」
「何言ってんですか!!! ミサトさん!!」
僕は思わず声を荒げてしまった。
「ま、ちょっと位ならいいわよ。 シンちゃん!頑張ってねっ!!」
「ミ、ミサトさんっ! 何を頑張るんですか?!」
完璧にミサトさんのペースに呑まれてしまった。
ニヤニヤと笑みを浮かべたままのミサトさん。
「ま〜たまたぁ、応援してるわよぉ! シンちゃん!! このこのっ!!」