METAL BEAST NEON GENESIS
機獣新世紀 エヴァンゾイド 第弐話Bパート 「Dark angel, the herald of the death and reverse.」
作者.アラン・スミシー
「見つけた・・・」 謎の人影はそう呟くとヒカリ達に気づかれないように、アスカ達の後を付けていった。 風のように速く、影のように密やかに・・・。 話は少しさかのぼる。 <土曜日・某所> ダンッ! 細いが、しっかりと鍛えられたしなやかな腕がテーブルを叩く。 一つの木の幹からつくられた、大きな机が身悶えした。そのあまりの力に。 彼女の怒りは最高潮。 怒りは肉体の持つ潜在能力をフルに引き出していた。 「間違いないわ!アスカさんは協定を破ろうとしている!!」 ネルフチルドレン最強の女子、霧島マナの声が真っ暗な室内に響いた。その顔は悔しさに歪み、先を越されたどちくしょうと書かれているかのようだ。そしてそのマナの気持ちがわかるのか同じように、しかめっ面をしながら頷き合うその他の少女達。 「そう・・・裏切ったの。デートの誘いは順番、ローテーションって決めたのに。次は私だったのに・・・」 闇の中に浮かぶ空色少女が唇をかみしめながら言う。 血が滲む唇を見るまでもなく、とても、とても悔しそうだ。 「だいたいデートをローテーションにするって決めたのはアスカさんなのに・・・」 涙目で黒髪と眼鏡の美少女が言う。 アスカと(多少は)仲良くなった直後に、この裏切り。彼女はアスカのことが信じられなくなってきた。 「この裏切り、万死に値するわ!」 そして元気少女マナがそう総括した。 その場にいた全員が力強く頷く。 三人の結束は鋼鉄よりも堅いようだ。 「くくっ」 緊張に堪えきれなかったのか、誰かが胃をよじるような声で吹き出した。柄じゃあないから。 とたん雰囲気ががらっと変わり、なんだかなごやかぁな空気が流れる。 「でも、具体的にどうするんですか?」 「馬鹿ねえ、それを今から考えるんじゃない」 マユミのもっともな質問に、マナがそんなつまらないこと聞かないでよという顔をする。 2人の話し合いを横目に、無表情のままレイがぽつりと呟いた。 「考える・・・。明日、二人はどうするの?」 「ムサシの報告によれば、明日9時にドリームランド前に洞木さん達と一緒に集合らしいわ」 レイの質問にメモ片手にマナが応える。相変わらずムサシをていの良い召使いか何かのように使っているらしい。せっかく特殊部隊で覚えたワザを何に使わせているんだか。 マユミはちょっと引きながらもドリームランドという言葉を聞いて、小首をちょっと傾げる。 「ドリームランドにですか? 確か明日は・・・」 「そう、ラヴラブデイよ・・・」 わかっていないレイは表情を全く変えなかったが、意味が分かっているマユミの眼にまたもぶわっと涙がにじみ始めた。嘘よ!そんなの認めないわ!と全身で言っているみたいにぶるぶる首を振る。 「そんな・・・このままじゃ碇君の貞操が・・・酷い、酷いわぁ・・・」 「やばいわね、マジで」 「ううっ・・・アスカさん・・・いつもいつも自分勝手に・・・」 「これがアスカさんの順番でのことなら、文句は多少あったけど邪魔しようとまではしないわ。自分達の時に、シンジの心を捕らえきれなかった私達のせいだからね」 「でも・・・・ニヤリ」 レイがニヤリと笑い、マナも同じくニヤリと笑う。 「そう、アスカさんはそれをわかっていながらタブーを犯したわ。洞木さんに頼まれて仕方なくとか言い訳しているんでしょうけど、タブーはタブー。ルール違反よ」 「邪魔・・・するんですか?」 「マユミはこのままシンジをアスカさんに盗られても良いの?私は嫌だな・・・」 「正義は我に有りよ。山岸さん」 「そう・・・・なんですか?なんだか醜い嫉妬の行動みたいに思えるんですけど・・・」 的確すぎるマユミの言葉に、シンクロ率200%でジロッと睨むマナとレイ。特にレイの眼光はほとんどレーザー光線の様相を呈していた。精神的に多少は強くなったマユミだが、これまでで最強の視線の前には膝から下がガクガク。 「「なんですって?」」 声までそっくり揃えて言う二人。 マユミはオプティックブラストは反則ですよぉ。と思ったとか思わなかったとか。 とにかく、それは使徒と真っ正面から戦うことにも逃げ出さなかった彼女が本気で逃げ出したくなる、そんな目と声だった。 あまりの恐ろしさに、心細い喉にかかった悲鳴をあげるマユミ。 「ああう〜ん、そんな怖い眼をしないで下さいよぉ・・・」 「ふふ、マユミぃ、怖い眼って・・・こぉんな眼ぇ?」 なにを考えているのか、マユミの顔に自分の顔を鼻がくっつくくらい近づけるマナ。 どんな顔か全く不明だが、真っ正面の至近距離から見たマユミの眼が恐怖でグワッと開き、小刻みに体が震え、そのしなやかな髪の毛が意志あるもののように逆立だった。 「いやあああっ!マナさん本当に怖いからやめてぇ!」 「くっくっく、いやあホントにマユミって恐がりねえ。それはともかく、良いの?」 「えっ?」 「もう一度聞くけど、マユミはこのままシンジを諦められるの?それもこんな事で」 恐怖にぶるぶる震えていたマユミだったが、マナの言葉にハッとした顔をする。 もちろん彼女だってそんなの嫌だ。そんな彼女の意志を感じたのかマナはマユミの手を優しく掴んだ。少し遅れてレイもその手を掴む。 ちょっと怪しい、百合の花の香がする。たぶん気のせいだ。気のせいに決まってる。 「「皇國ノ興廃、コノ一戦ニ有リ!」」 「だから、なんでそんなに二人とも揃うんですか?」 またまた声も調子も完全に一致させるレイとマナ。 どこか異様なシンクロにまたまたマユミは冷たい汗をたらっと流した。 良かった、やっぱり気のせいだった。 マユミが汗を流したその時、彼女たちの後ろから脳天気な声が聞こえてきた。 レイそっくりだが、どこか場慣れした人懐っこい声が。 「広告の荒廃、この一店にあり?何やってんの、三人とも?」 シャッと軽快な音共にカーテンが引き開けられ、まだ明るさを充分に持つ橙色の光が室内を照らした。少し遅れて、突然のことに呆気にとられたマナ達の顔を、室内灯の少し冷たい光が照らす。 「「「えっ・・・」」」 「もうカーテンまで閉め切って・・・まあ、もう夕方だから締めておかしくないけど。なにしてんのお姉ちゃん、マナちゃん、マユミちゃん? あ、やっぱりご飯の用意してない。今日はお姉ちゃんがご飯当番なのに・・・」 カーテンを開けて明かりをつけたのはレイの双子の妹、影の薄い綾波レイコ。通称『綾波の妹』もしくは『リナレイ』である。 腕を組んでしょうがないわね、と言う顔をするレイコ。ただレイ達は無言でレイコの顔を見つめることしかできない。何も言ってもやぶ蛇にしかならないし、なんだかとっても恥ずかしかったからだ。そう、まるで女の子とのお人形遊びを親に目撃された男の子のように。 やむなく口をぱくぱく開けるマナに向かって、レイコが質問する。それは、どこか慣れてしまったかのような物言いだった。 「今度は何の悪巧みなわけ?」 「わ、悪巧みとは失礼ね・・・。明日の予定の話し合いしていただけよ」 「カーテン締め切って明かりも点けず?」 「気分よ、気分。ほら、マユミ達も何か言ってよ(私だけ喋らせないでよ)」 「え、あの、その、私達、ルール違反なアスカさんからシンジ君を取り戻す話し合いなんてしていませんよ」 「そう。アスカに天誅なんて一言も言ってないわ」 (こ、この馬鹿どもが!) 勝手に墓穴を掘りまくるマユミとレイに心中盛大な罵詈雑言を吐くマナ。もっとも口には出さなくても、顔色が変わるくらい現れた縦線で一目瞭然だったが。 軽くため息をつくと、頭をポリポリかきながらレイコが呟いた。 「・・・・・・・まあいいけどね。それはともかく晩ご飯の用意すらしていないなんて・・・。今から作るしかないわね、こりゃ(だいたいこうなってる予感はしてたのよね・・・)」 「ごめんなさいレイコさん。つい色々話し込んじゃって、迷惑かけて・・・」 「マユミちゃんいいのよ〜、別に。晩ご飯作るのちょっと手伝ってもらえれば。あと、私も明日、仲間に入れてもらえればね♪」 にこっと笑うレイコの目はマナにすら嫌とは言わせない、マグマのように熱く強い光をたたえていた。嫌って言ったらアスカにちくるぞ。 結局せっかくだからと4人で夕食を作り、わいわい食べ終わってまもなく。 夕食後、くつろぎの場のはずのリビングで、なぜか戦自仕官用の軍服に着替えたマナが黒板をバンッ!と叩いた。 「作戦はこうよ! 明日、私達もドリームランドに行き、シンジ達を見つけたらさりげなく近寄ってパレードなり人の波なりにアスカさんだけを突き飛ばす!!できれば2〜3発蹴りを入れられればベストよ!そしてシンジがフリーになったら偶然を装って近づき、うまいこと誤魔化してシンジとカップルになる!以上!!」 「了解。命令ならそうするわ」 同じく、なぜかマヤが着ているのと同じ、ネルフの軍服に着替えたレイが淡々と答えるーー 氷のような冷たい微笑を浮かべて。だが冷めてるようで彼女の眼差しは熱い。 絶対に失敗はしないわ。そして碇君と一緒・・・一つになるの。 でも一つになるって、どういうことなの?ユイ義母さん教えてくれなかった・・・。 彼女の目はそう言っていた。 「でも、明日はカップルがタダ・・。逆を言えばカップルじゃないと入れない日ですよ・・・。私達どうやって入るんです?」 「女同士ってのは、さすがに嫌よ」 二人のノリにさすがに着いていけなかったのか、壱中制服のままのマユミと、ラフな格好のレイコがたずねる。 レイコの質問を待ってましたとばかりに、マナがニヤリと笑う。そのまま親指をグッ!と立て、さわやかな笑みとウインクで、準備が万全なことをアピールする。 「大丈夫!用意はできてるわ」 「用意ですか?なんか凄く駄目っぽい気配がするんですけど・・・」 「要するに適当な男を見繕ってるってことぉ?」 マユミはなぜか嫌な空気を感じて不安そうに、上目遣いをする。妙に気弱な顔と態度が目立つ少女である。 何となく予想がついているのか、レイコは表面はつまらなさそうに、内心ワクワクしながらマナの言葉を促した。たぶん、あのメンバーに違いないわ。レイコの顔は本人も気づかない内に、ちょっぴり笑っていた。 「とりあえず、ムサシとケイタに話を付けてあるわ。あと、渚君に電話したら『喜んでいくとも。シンジ君とカップルになれる生命体は一人だけなんだ』とかたわけた返事をしていたけど。それと相田君にも話を通しておいたわ」 「結局、いつものメンバーなのね・・・」 「じゃあ、ムサシ君がマナちゃんに決定ね♪ マユミちゃんはどうする?」 なんで決定なの? と不思議そうな顔をするマナを無視して、レイコがあっけらかんとマユミに質問する。 「ええっ・・・・・どうするって言われても・・・」 いきなり話を振られてちょっと混乱したマユミが不安そうな顔をする。考えてみれば、彼女はシンジと父親以外の男とはろくに口を利いたことがない。むろん彼以外の男子生徒と口を利いたことなど、全くと言っていいほど無かった。さすがに、チルドレンであるトウジや、カヲル達とは結構会話があるが、それでも彼女が苦手にしていることには変わりがない。マユミは今更ながら事の重大さに気がついた。 (ど、どうしよう・・・。渚さんの目って怖いし、相田君って時々気味悪い目でこっちを見てるし、浅利君はワケわかんないし・・・) ぷるぷると効果音をつけたくなるくらいに右に左に頭を振って、おどおどとレイコとマナの瞳を上目遣いで見るマユミ。その姿は、最善の答えをきっと2人が出してくれると期待しているようだ。 本当に子犬みたい。 マナがやれやれと苦笑した。ここまで気が弱いと激しくいじめたくなるか構ってやりたくなるかのどっちかだ。うずうずするマナ。 「マユミぃ、そんな捨て犬みたいに不安そうな顔しないの。別に一生つき合うワケじゃないんだから」 「は、はい。そうですよね。でも一時とはいえ利用するだけなんて、みんなに悪くないですか?」 「シンジ諦める?」 「いやです」 「(こんな質問には即答するのねこの娘)そ、素直にならなきゃ。まあ、すぐには無理だろうけどね。 ・・・・・・・マユミはケイタにしといたら?パートナーが渚君だったらいきなり暗がりに引きずり込まれるかもしれないし、相田君は色んな意味でやばすぎるし」 的確な人物評価である。確かに男も女も等価値なカヲルがパートナーだと、『シンジ君に似ているね、好意に値するよ』とかぬかして無理矢理ご休憩してしまいかねないし、ケンスケがパートナーだと舞い上がりすぎて当初の目的の邪魔になること明白である。最悪シンジを狙撃しかねない。 「浅利君は大丈夫なんですか?」 「まあ・・・ね。のんきなところ(だけ)がシンジに似てるし、女の子にはあまり興味がないみたいだし・・・。それになんだか好きな人がいるみたいなのよ。あ、その人ってマユミじゃあないわよ」 「じゃあ、私がナルシスホモ?」 レイが話に割り込む。彼女にとってシンジ以外は五十歩百歩なのだが、それでもカヲル相手は嫌そうだった。 「その方が良いと思うよ。だってさ」 レイのきつい視線を受け流しながら、マナがちらっと横を見た。レイもその視線を追ってちょっとだけハッとした顔をする。 考えてみれば、カヲルの相手はアスカか自分以外にできそうもない。 レイは軽く頷いた。 「お姉ちゃん、カヲルと組むんだ・・・。じゃあ、私はケンスケ君?」 「そうなるかな。(私と)代わる?」 「ううん、いい。それじゃあ、後の準備は各自自分でかな?」 レイコは少し沈んだ顔をするが、すぐに明るい顔でマナを促した。ちょっぴり残念だけど、別にこれが最後の機会ってワケじゃなだろうし。 「そうね。それじゃあ、解散!マユミ、帰ろ!家まで競争よ〜!」 「あっ、マナさん待ってくださ〜い(汗)」 「じゃ、明日・・・」 「また明日〜♪」 「綾波さん、それじゃ♪」 「夜分遅く失礼しました〜」 そして2人の少女達は家路につき、空に一筋の星が流れた。 そして時は再びドリームランドへ どんどん♪ぷっぷかぷー★ ぱんぱぱーん、ぱーぱー♪ぱっぱっぱーっぱっぱぱ、ぱーぱー♪ そんな軽快な音楽流れ、色とりどりに身を飾った幻想世界の住人達が目の前を横切っていく。大きな宇宙戦艦をデフォルメしたような電気自動車がゆっくりと走り、乗員達が愛嬌を振りまく。そしてその光景に感嘆の声を上げる見物人達。 あれからまもなく、意識を取り戻したシンジと共に、アスカはパレードを見ていた。 シンジは当然のごとく三白眼でアスカを睨んだのだが、アスカはどこ吹く風で受け流し、無理矢理シンジの腕をとると真っ直ぐにこのパレードまで引きずっていったのだった。その強引さにシンジはどうしようもないくらい自己中心的だなあと呆れ返ったが、その反面、腕を組むとき微かに震えるアスカにいつもと違う何かを感じて、どうしたんだろうとちょっとドキドキしながら思っていた。 「それにしても凄い人だね」 「そうね。確かこのパレードはここの人気の一つ、怪獣総進撃だったかしら。意味よくわかんないけど」 やべえよ、そのネーミング。 たくさんの怪獣(ドリームランドのマスコットキャラクターは、ユイ達の趣味で懐かしの怪獣である)が練り歩く様は百鬼夜行のようでもの凄いものがあるが、少なくともその迫力で大人気だ。周囲を囲むたくさんの人間がその証拠だ。 どれくらいたくさんいるかと言えば、下手に前に行こうとすると人の波に押されてどこに行くのかわからないくらいである。離ればなれにならないように、無意識のうちにお互いの手をぎゅっと握る2人。 「シンジ、場所かえましょ」 「いいけど。どこに行く?」 「そうね、あそこにしましょ!」 ようやく楽しむ気になったシンジにアスカが微笑みかける。 ちょっと驚いた顔をした後、シンジも微笑み返した。きっかけは最低だったけど、楽しいのは事実だから。そこらへんの切り替えは早いようだ。 アスカが次の段階に進もうと、お化け屋敷を指さした。もちろん中で『きゃー』とか言ってシンジに抱きつくつもりなのだ。ひゅーひゅー 「お化け屋敷〜?あれはちょっと・・・どうしても行くの?」 「もちろん♪あんたまさか怖いんじゃないでしょうね?」 (あんたが怖がってどうするのよ!?私、冗談じゃなくて怖いの我慢してあそこ行こうって言ってるんだからね!! 怖いなんて言ったら死なさえてお化けの仲間入りさせてやるから!) 結構複雑なことを考えているアスカ。そのほとんど金色になった髪の毛が彼女の心を表すように風で乱れる。 その心が分かったわけではないだろうが、シンジはため息を一つついた。アスカがその態度にちょっと軽蔑の眼差しを向ける。 まさか本当に怖がっているなんて、幻滅ぅ。 アスカの蒼い眼差しにシンジはまたかと思いながらも、その顔は傍目から見ても青くなっていた。 冗談ごとじゃなくて、あそこは怖いんだ。 母さん達が、手を加えて本当にホラー映画の世界になってるんだよ。エイリアンどころか物体Xなんだ!ゾンビは、ブレインデッドなんだ! 以前マナと一緒に入って、2人とも真っ青になった経験が頭をよぎる。 世を拗ね、達観として感動することに乏しいシンジと、アスカと同じ事を考えていた鋼鉄娘のマナが、真っ青になって二度と来るもんかと思うくらい凄い場所なのである。 実は恐がりなアスカが入ったらどうなることか。 「行くの?」 「行く!」 「どうなっても知らないから・・・」 何となく結末が予想できたシンジはため息をついた。 5分後・・・・ 「いーーーやあああーーーーーーーーーー!!!!!」 絹を引き裂くような悲鳴が聞こえ、すぐ近くを歩いていた一人の少女が耳をそばだてた。とっても聞き覚えがあったのだ。少女の目がキランと光る。 その少女が声の源であるお化け屋敷に目を向けた直後、出口ではなく、入り口から悲鳴をあげながら飛び出すアスカが目に入った。 「あ、アスカさん」 「ホントだ。じゃあシンジ君も近くにいるね」 「もういやあ!シンジの馬鹿あ!こんな怖い所なら先に言いなさいよぉ!!!」 「泣いてる?あのアスカさんが?それにしても・・・・ぷぷっ。お、面白い顔」 「結構言いたい放題言うね、山岸さん。・・・・くくっ」 少女、山岸マユミと浅利ケイタはのんきなことを言いながらもアスカから目を離すことができなかった。 面白かったのだ。 あの整った顔が恐怖に歪んで別人のようになっていることが。あのタカピーなアスカがあそこまで恥も外聞もなく泣きわめいてることが。 まるで漫画だ。シンジを含めて三人はそう思った。 アスカの顔は涙と鼻水で彩られ、『きゃーーゥ』っとシンジに抱きつくどころじゃなく怖かったことが伺える。 このお化け屋敷が二回目のシンジは多少の余裕があったので、アスカのように取り乱すことはなかったが、そのため百年の恋も冷めるアスカの狂態に、ため息をつくことも忘れていた。 「あ、アスカ・・・(笑っちゃだめだ、笑っちゃだめだ)」 「ぐすぐす・・・ママのバカァ・・・。あそこまでリアルにするなんて・・・」 それからしばらく待った後、シンジが心配そうにアスカに話しかける。 「落ち着いた?」 「・・・・・・・・一応(帰ったらママに仕返ししてやる)」 「それじゃあ、次はどこ行く?まだ時間はあるけど」 「落ち着けるところに行く。そうね、メインストリートを突っ切って、ジェットコースターにでも行きましょ」 「わかった」 シンジは苦笑しながらも、どんなになってもアスカはアスカなんだなと妙なことに感心していた。 ちゃ〜んすゥ キラリと眼鏡を光らせるマユミ。ケイタは見なかったことにした。もちろん見ていようと見ていまいと、ケイタなど彼女の知ったことではない。 アスカは何とか立ち直ったが、動転のあまり足下が少しふらついている。今なら勝てる!そしてシンジくんをゲットだぜ! アスカがシンジと腕を組むことも忘れ、ただ少しでも速くお化け屋敷から離れようと、小走りになったその時! 神の領域に踏み込んだ速度でマユミはダッシュ! 黒い閃光が、アスカの三歩後ろを歩いていたシンジの横を通り抜けた。 「両方山岸キック!!」 「おごっ!!!?」 マユミ必殺の「両方山岸キック」がアスカの後頭部に命中!! 唖然と見開かれるシンジの目。 もちろん残像も残らないそのスピードと、まさか彼女がそんなことを!?とシンジが決めつけていたが故に彼には正体が分からない。 「ちょっと誰よいきなり・・・黒髪って、マユ!?・・・・おおおぉぉぉぉ〜〜〜〜〜〜〜〜!? こら〜〜〜〜、私は一人でこっちに行くつもりはないのよ〜〜〜〜〜!!押すな〜〜〜〜!!! うっきぃ〜〜〜〜〜!あいしゃるりた〜〜ん!!!!」 実に愉快な声と共に、もんどりうってアスカが人混みに呑まれ、消えていく。 このぶんだとアスカがシンジと再び巡り会える可能性はかなり低い。 突然の成り行きに、シンジはもちろんあらかじめマユミの行動を知っていたケイタですら動くことができない。できることと言えば、アスカが消えていった方向をからくり人形のようにぎちぎち首を回して見、それから冷たい汗を流すことだけだった。 「・・・・アスカあんなに急いで行かなくても・・・」 動転したのかどこかずれたことを言うシンジ。 いや、彼の目は本気だ。 彼の瞳は欠片ほどにも自分の考えに疑いを持っていない。シンジは本気でアスカが自分の判断で人の波に入ったと思っていた。 そんなシンジににっこり笑ってマユミが話しかける。もちろんスカートとブラウスの埃を払い、キックでずれた眼鏡をなおして、アスカ消失の下手人が彼女だという証拠は微塵も残していない。 全てを知っているケイタは遠目で見ながら、シャワーを浴びた直後のようになっていた。 「あの・・・・・シンジくん・・・どうしたんですか?」 「えっ?あ、山岸さん。 どうしてここにいるの?」 シンジがいきなり目の前に現れたマユミに驚きの声を上げた。アスカとデートをしていた所を見られた?まずい! そんなことを考えて、シンジは背中から冷や汗を流す。ヨツマタかけている自覚が多少はあるようだ。 それはともかく、シンジの質問にマユミの髪の毛がフルフルと震えた。 どきっとするシンジ。 「私・・・・・シンジくんを探していて・・・」 「僕を?」 「はい。ここにいるってマナさんに聞いて、それでずっとここを一人でさまよっていて、寂しくって、心細くって・・・(芸は身を助く・・・か)」 「・・・・・・・・・・・」 「疲れて、怖くて、涙が出そうになったとき、シンジくんが居たんです。うれしかった・・・」 「そうなんだ・・・(僕に何か用事があったのかな?それにしてもあの山岸さんが一人でここに来るなんて、よっぽど大切な用事なんだな)」 たふっ、とマユミがシンジの胸にすがりつくように抱きついた。 突然のことにシンジはちょっととまどうが、マユミがすがりつくように抱きつくのは結構慣れっこになっていたため、落ち着いて受け止めてやる。ちょっと待て、慣れっこってどういうことだ?色んな意味で追求したくなるシンジだった。 優しく肩を抱くシンジにマユミは微かに潤んだ目をちらっと見せた後、そのまま胸に顔を埋めた。 「シンジくん・・・私、怖かった・・・」 「大丈夫だよ。僕が、みんながいるから」 すんすん甘えるマユミの姿に、守ってあげなくちゃと庇護欲全開になるシンジ。 よしよしとマユミの背中を叩きながら、シンジは遠く観覧車の方に目を向けた。国内最大の大きさを誇る観覧車がゆっくり回っているのが見えた。一回りするのにかるく40分かかるだろう。 (アスカが今あれに乗ったとしても、合流するまで1時間以上あるかな。しょうがないな、僕が山岸さんを守ってやらないと・・・) 「ごめんね。今日はいきなりアスカに引っ張ってこられたから、山岸さんが困っていることに気がつけなくて・・・」 「シンジくぅん・・・(他の人の名前を出さないで下さいよぉ。ホント、鈍感なんだから)」 「(困ったな。何とか落ち着かせないと・・・そうだ!)あの、山岸さん。ちょっとあっちの方に行こう」 「えっ?きゃ・・・・(ちょっと強引・・・。でも、嬉しいゥ)」 「女は怖い」 やがてシンジがマユミの手を引っ張りながら湖の方に行くのを見届けたケイタはぽつりと呟いた。変なところでシンジ同様、達観としているケイタだった。 湖上、足漕ぎボートの上にシンジとマユミの2人はいた。 もっとも漕いでいるのはシンジだけで、マユミはその横に座ってシンジにスプーンをつきだしていた。 「シンジくん、あ〜んゥ」 「あ、あ〜ん(一体どうしたんだよ!?は、恥ずかしい・・・)」 ニコニコ笑いながら、マユミがアイスクリームをシンジに食べさせてやる。シンジはもちろん真っ赤だ。そんなシンジの反応にいつもと違う彼の一面を見られて嬉しいマユミ。もしかしたら、アスカやミサトも知っているかもしれないけど、年齢相応な反応を見せるシンジが自分だけのもののような気がしているのだ。実際彼のこんな顔を知っているのはユイとマユミだけだが。 それは彼女のような古風な少女にとって、麻薬のように心を灼く甘美な想い。 いつもいつも積極的なアスカ、マナ、意外な行動力を発揮するレイの前にマユミはいつも悔しい想いをしていた。自分にもあれだけの勇気があったら・・・。 もちろんマユミは、自分がアスカやマナのような生き方ができないだろう事は痛いほどわかっている。性格的なこともあるが、アスカ達並に積極的な自分は、本当の自分じゃないような気がするからだ。自分はアスカ達のように幸せを追いかけ、強引に掴むタイプでなく、男の後について回って幸せにしてもらうタイプだろう。そして男が弱気になったときにはいつも甘えている分、男を受け止めて甘えさせる。マユミはそんな風に考えていた。 守ってもらう、と言うことは自分の全てをさらけ出すと言うことであり、同時に相手の全てを受け止めてやると言うことなのだ。 シンジの全てを受け止めてあげたい。 そして、自分を受け止めて欲しい。 「それで、山岸さん。今日は一体どうしたの?」 「えっ?」 マユミがシンジの横顔を見ながら思考の迷宮に足を踏み入れていたとき、突然シンジが話しかけてきた。彼としては『あ〜んゥ』の恥ずかしさからの逃避のつもりだったが、マユミはシンジが何を言っているのか一瞬わからず、そして本気で分かっていないことに気づき顔をうつむかせた。 「今日ですか?(シンジくんと一緒にいたいから・・・ここまで来たのに・・・)」 「えっ・・・聞いちゃだめだったかな?(なんでそんな悲しそうな顔するんだよ?)」 「本気で・・・言ってるんですか?」 「本気でって・・・(や、やばい。今日何か山岸さんと約束でもしてたのかな?だとしたら・・・洒落にならない!!)」 「そう・・・ですか・・・(本当にどうしようもないくらい鈍感なんですね・・・。本当、これから大変だわ)」 「何か約束してたのかな?だったらゴメン、この償いは・・・あれ?」 マユミはうつむいていた顔を上げてシンジの目を覗き込んだ。今更ながら鈍感さに歯がみする他の少女達の気持ちが分かったのだ。たぶん、今日焦ってアスカの邪魔をしなくても、シンジの心を永久にとられると言うことはなかっただろう。肩の力が抜けたマユミは、背もたれに寄りかかって目を閉じた。 あんなに焦って、アスカさんにキックしたりして・・・馬鹿みたい。 「・・・別に約束なんてしてませんよ」 「そうなの?だったらなんで・・・」 「特に理由はないです。なんでもないから・・・。 あっ、アイス溶けちゃいましたね」 「そうなんだ。・・・そろそろ陸だよ」 「好きです・・・」 「えっ?」 「なんでもないです」 マユミは汗の浮いたシンジの額をハンカチで拭いた後、にこりと笑った。 (あなたになら私の心を覗かせても嫌じゃない。そしてあなたの心を覗き返してあげる) ホンの1時間足らずのことだけど、なんとなく、シンジの心の奥深い部分がかいま見えて、シンジが自分によく似ていることが分かって、マユミは少し嬉しくなった。 陸に上がってからシンジとマユミは先ほど、アスカが消えた辺りにまで戻った。 もちろん2人に自殺願望があるわけではない。 シンジは純粋にアスカが一時離脱しただけだと考えていて、マユミは先の出来事から来る余裕と、友達にキックをしたという申し訳のなさからの行動だった。・・・やっぱり自殺願望があるのかも。 待つことしばし。 「マ〜ユ〜ミ〜〜〜〜!!!!あの眼鏡女〜〜〜〜〜!!!!」 遠くの方から怪獣のような咆吼が聞こえてきた。 早まったかしら? 凄まじい勢いで人を蹴散らして突っ込んでくる、金髪碧眼の野獣を見てマユミは心の底からそう思った。あれならキング・オブ・モンスにだって勝てる。冗談抜きでマユミの足がガクガク震え出す。 真っ青になって汗びっしょりのマユミの様子と、バナナを目の前にした飢えた猿のような、猛り狂ったアスカの叫びにさすがに何かを感じたシンジが2人の間に立ちふさがった。 アスカが何を怒っているのか知らないけど、このままじゃ怪我をさせてしまう! 僕が盾にならなくっちゃ! 「邪魔ぁ!!!」 「甘い!」 アスカは無造作に左腕をふるってシンジの胸に強烈な一撃をお見舞いする! だがさすがに慣れたこともあって、その攻撃を予想していたシンジは見事にそれを受け止めた。ニヤリとシンジが笑う。いつもいつもやられているだけだと思うなよ。 だが・・・ 「甘いのはそっちよ!ブラスターソード!!」 「しまった、左はおとり!?」 アスカは左を受け止められた瞬間、くるっと回転して右の裏拳をシンジの右側頭部にたたき込んだ!直線的な動きを予想していたシンジは、かわすことも受け止めることもできず、瓦10枚を楽に叩き割るという、アスカの渾身の一撃を食らう。 めきょっ 「ぎゃううーーーーーーー!!!!!」 堅い物がぐちゅっと潰れるような音を立てて、大輪の紅い花が咲いた。そしてシンジの体は突風にもてあそばれる凧のようにきりもみしながら人混みの中に飛び込んでいった。惨劇を目撃したマユミの全身がなぜか夕立にあった直後のように、ずぶぬれになる。気分が悪いのだろう、今にも気絶しそうな顔色をしていた。 と、アスカの目がマユミの目と合う。 「ふっ、キジも鳴かずばぶたれまいに。 それよりも・・・・マ〜ユ〜ミ〜。あんた良い度胸してるわねぇ」 (そのことわざ間違ってますよ、アスカさん・・・) 目の前の光景が夢ででもあるかのように、マユミはぼんやりそんな突っ込みを入れていた。 指をゴキゴキ鳴らしながら、アスカはマユミに一歩一歩近づいていく。 鬼の方がまだましなアスカの顔に、腰が抜けたのかマユミはその場にへたり込んだ。ここに来る直前花を摘みに言ってなければ、失禁していたかもしれない。それくらい目の前のアスカは恐ろしかった。こんなに怖い人が、どうして作り物のお化けをあんなに怖がるのかしら?恐怖に心が痺れてしまったマユミはまたまたのんきなことを思う。 (これは夢? シンジくんと一緒にお話ししたことも、目の前の鬼も全部夢なの?リアルな夢だった・・・。 そう、夢なの・・・・・そんなわけないわよね、やっぱり・・・。 怖い。 手足の芯が痺れるくらい怖い。 でも、逃げない。 ここで逃げたらシンジくんへの思いが嘘になりそうだから) マユミのその想いが分かったのか、不愉快そうにアスカが唇をゆがめる。 「手足の二、三本は覚悟することね・・・。安心しなさい。気絶できないやり方でへし折ってやるから・・・」 「い、いやあ・・・(いやあ、やっぱり怖い〜。しゃ、洒落になってませんよぉ。シンジくぅん、助けてぇ・・・)」 気の毒なほどぶるぶる震えたマユミが、ずりずり後ろ向きにはいずって少しでもアスカから遠ざかろうとする。アスカは余裕でマユミに追いつくと、胸ぐらを掴んで無理矢理引き起こした。 「ひぃ、ごめんなさいぃ。謝りますから、いじめないで、殺さないで・・・(至近距離まで近づけて虎砲・・・失敗したら本当に殺されちゃう〜。あ〜ん)」 「だめ」 いやいやと首を左右に振り、涙で目を潤ませて無意識のうちにいじめて光線全開のマユミ。彼女の必死の懇願にアスカは心底楽しそうに笑うと、左腕一本でマユミをつり上げたまま、右の拳を握りしめた。マユミはぎゅっと目をつぶって体を硬直させる。 (いやあ、痛いのはいやあ、心が痛いのも嫌だけど、体が痛いのもいやぁ・・・・・・・。あれ?) だがそれからいくら待ってもコンクリートを粉砕すると言われるアスカの一撃は襲いかかってこない。怪訝に思いながらもやっぱり怖くて目を開けることができないマユミ。と、すとんとマユミの足が地面におろされた。 (ど、どうしたのかしら?シンジくんが助けてくれたのかな?) 「なに本気で震えてるのよ。ホントあんたって恐がりねぇ」 「えっ?」 まだ目をぎゅっと閉じたままぶるぶる震えていたマユミの耳に、アスカの面白がってる声が聞こえた。次いで、ぽんと優しく頭の上に手がのせられた感触がする。恐る恐るマユミは目を開けた。彼女の怯えて少し大きくなった黒真珠の瞳には、腕を組んでひたすら偉そうにアスカが写った。 「いくらなんでも女の子を殴るわけないでしょ」 一泳ぎした後のようさわやかな笑いを浮かべながら、やれやれとアスカが肩をすくめる。いたずらっぽく彼女の目も笑う。青水晶でできた星に映る自分を見ながら、マユミは思った。 (よくわからなかったけど、死地から逃れられたみたい) そう思ったら、力が抜け、どうしようもないくらいに涙腺が熱くなるのを感じた。支えが無くなったことで再び、腰がすとんと落ちる。 何とか堪えようとしたけど、堪えられない。 「・・・・・・・ひっく、ひっく、ああ〜〜〜〜ん」 「ちょっと、マユミ!泣かないでよ!」 「ああ〜ん、怖かった〜〜」 「(周囲の視線が・・・)いい加減にしてよ!まるで私が悪者みたいじゃないの!」 「お、怒らないで下さいよぉ。ううっ」 泣くなと言うとますます泣くマユミにアスカは引きつる。なんて扱いづらいんだろうこの娘は。ちょっと脅かしただけでこんなに泣くなんて。シンジに似てるからなおさら困る。アスカはそう思った。 アスカは嫌いなのだ。マユミのように他人に守ってもらい泣くことでしか自己主張できないタイプ、すなわち泣き虫が。同じタイプなようでいて、自分の意見をしっかり持っているヒカリとは違う。他人に媚びているみたいだから、自分と正反対だから、自分にはない物を持っているから、ハッキリ目で見てわかる形で守ってもらえるからアスカは嫌いだった。もちろんこの場で言う嫌いとは、憎悪や敵意とは違う。虫が好かないとか、馬が合わないと言うやつである。アスカはそう思っている。事実は誤解なのだが。少なくともマユミはシンジに関してだけは、しっかりと自分の意見を示している。だからこそ、アスカとレイは彼女をライバルと認めているのだ。では何が本当の原因なのかというと、マユミを見てると変な気分になるからだ。詳しい説明は後述。 それはともかく野次馬の視線が半ば物理的な力を持った矢のように突き刺さり、居心地悪そうにアスカは身悶えする。そんなアスカの態度をマユミはなんととったのか、ますます身を縮める。そして周りの目がますますきつくなり、アスカは嫌な顔をし、マユミはまたまた・・・・・。究極の悪循環だ。このままじゃまずい。アスカは何とか事態を打開しようと脳をフル回転させた。 案1・・・マユミを泣きやませる この状態だとまず無理。却下 案2・・・逃げる 確かに何とかなるだろうが後味悪すぎ。却下 案3・・・物理的手段でマユミを黙らせ、急いでこの場を離れる さすがに女の子に暴力は振るえない。却下←レイやマナは女の子じゃないのか? 案4・・・シンジに期待する シンジがなだめれば泣きやむだろうし、野次馬の視線も多少は緩和されるだろう。第一悪いのはシンジだ。←アスカ理論 (そうよ!こんな時でもないと役に立たないシンジに・・・あれ?) 自らの名案に酔いしれながらアスカは周囲を見回すが最後の希望 となると・・・・。 だんだんと嫌なことを思い出して、アスカは脂混じりの汗を流す。 「ブラスターソード!」 「しまった!左はおとり!?」 そしてシンジの体は突風にもてあそばれる凧のように・・・ 「ああっ!シンジ!?」 唐突にシンジの運命を思いだしたアスカは背後を振り返るが、そこには赤茶けた液体が滴った後と、相変わらずナイル川のように流れる人の波があった。シンジの姿は当然のように見えない。いくら何でもやばすぎる事態に、アスカの顔は汗でドロドロになる。 「シンジくん、いないんですか?」 と、シンジの名前が耳に入って現世に復帰したマユミが、恐る恐るアスカに話しかけた。もちろん腰は引けていてアスカが何かしてきても、すぐに逃げ出せる態勢になっている。 マユミがどうやら泣きやんだことに、アスカの顔がパッと明るくなった。 これでこの場を離れることができる。そう思ったからだ。 「あの馬鹿、迷子になったみたいね。そういうわけで私行くわ。じゃっ!」 アレって迷子になったって言うのか? ちょっと疑問だが、それだけ言うとアスカはさわやかに片手をあげて、シンジを見つけるべく走り出した。逃げ出すとも言う。 ひしっ!!! だが直前、スカートの端を捕まれてコメディよろしく大地に熱烈なキスをする。 むろん血が滲むくらいのディープキスだ! 「ががががががっ!?(い、いきなりスカートをつかんだクソ馬鹿野郎は一体どいつよ!?ってマユミ!?)」 アスカのスカートをつかんで転ばせたのは、目に一杯涙をためたマユミだった。文句を言ってやろうとしていたアスカは出かけた罵声を思わず飲み込む。ごっくん マユミはジッと上目遣いでアスカを見上げる。手は切なげにキュッとスカートの端を握りしめる。とどめとばかりに眼鏡が若干ずれ、眼差しに不思議な彩りを添えていた。 アスカの背筋をメロスのように駆け登る、アスカができる限りマユミを避けようとする理由。 庇護欲!! 別名『しまっちゃいたい』!! マユミのような少女がする心細そうな態度は機械では感知できないな光を発する。それは『いじめて光線』とか『かまって光線』と呼ばれ、他人に不思議な感情を誘発するのだ!!! そしてその光線はアスカやマナのような気の強い人間に、特に凄まじい効果を発揮する。 そう、これこそがアスカが彼女を嫌っていた、否、避けていた真の理由なのだ!! (なに、なんなのこの感情は!?はっ、私は、私はノーマルなのよぉっ!!) 自分の心に浮かぶ正体不明の感情に、危ない誤解をするアスカ。マユミはそんなアスカにちょっと怪訝な顔をするが、捨てられまいと抵抗する子犬のように少しわざとらしいくらいアスカにすがりついた。 「あ、アスカさぁん、こんなところに一人にしないで下さい!」 「な、なに言ってんのよあんたは誤解されるじゃない!少なくともここに来るまでは一人だったんでしょう!そこまで世話やけないわよ!」 「シンジくんを見つけるまではマナさん達が一緒だったんです!」 「げっ、マナ達までここにいるの?ってことはレイもいるわね・・・」 マナの名前が出たことに一瞬正気になるアスカだったが、周囲から集まる視線が先ほどより怪しい物になっていることに気づき、慌ててマユミから距離をとる。確かに傍目から見たらレズのカップルの痴話喧嘩にしか見えない。おまけに何となく声の組み合わせが悪いような気がする。 「ちょ、ちょっと放しなさいよ!(うああ、シンジに似ていてやりにくい〜)」 「ご、ごめんなさい!でも・・・(一人だけでシンジくんを追いかけようたってそうはいきませんよ〜)」 基本的に弱者に優しいアスカが、いじめて光線全開のマユミをふりほどけるかどうかは微妙なところだった。 氷がたっぷりと入ったコーラを飲みながら、赤いミニスカートと白いキャミソールで可愛らしくきめたマナはふと、目の前の人の波に目を向けた。何かわからないけど妙に気になる。すぐ隣で、かいがいしく暑くないかとか、きつくないかとか聞いてくるムサシの言葉を完全にシャットダウンすると、ジッと目を細める。かつてスナイパーとしての訓練を受けたことのあるマナだ。たちまちの内にマナの瞳は目的の物を見つけた。 「シンジ・・・」 「なに!?(くっ、もう来たのか!何があったか知らんが惣流と離れたな)」 アスカに付けていた探知機からムサシは場所を割り出していた。むろんシンジと遭遇しないためだ。シンジが何らかのアクシデントがあってアスカと別れたことにすぐさま気がつく。このままならば、間違いなくマナは目にお星様を浮かべてシンジの元に駆け寄るだろう。最悪なことにシンジは半ば意識がないらしく、ふらふら歩いている。まさか原因がアスカの裏拳だとは夢にも思わない・・・・・・こともないだろうが、今のシンジがマナにちょっと声をかけられただけで簡単に落ちる事は明白だ。 やばいぜっ!! ムサシの頭脳がシンジを除去し、マナとのラブラブ空間(ムサシ主観)を守る手段を求めてぐるぐると回転する。 案1・・・マナを強引にこの場から離れさせる そんなことができたら・・・(泣)。 没 案2・・・マナの気を逸らし、シンジを見たことを忘れさせる 確かにマナは天然だがそこまでアレじゃない。 没 案3・・・こんな事もあろうかと持っていた、ワルサーでシンジを射殺する そんなことしたら(マナに)殺されるし、人殺しはもうしたくない。 却下 案4・・・神に祈る 今まで戦ってきたのは神の使いだし、かえって天罰を当てられる。絶対にどうもならない。没 案5・・・騎士らしくこの場は諦める しくしく・・・・。騎士道大原則ひとつ・・・しつこい男は嫌われる。 妙なところでアスカと思考が似ているムサシだった。 しくしく目の幅の涙を流しながら、ムサシは毎度のことにあきらめの境地に入る。騎士と言うより僧侶みたいだ。だが、その時彼の耳元に謎の声が聞こえてきた。 『怪我してるなら医療所に行くんだよ』 医療所・・・・そうか!! ムサシの脳裏に天啓が浮かんだ! 案6・・・シンジは怪我しているみたいだから、医療施設に運ぶとか言って適当なところに放り出し、マナの所に戻ったら惣流があらわれて連れ去ったと上手く誤魔化す (これだっ!!) 誰が言ったか知らないが ーー もしかしたら心の声だったかも知れない ーー ムサシは謎の言葉の主に感謝した。 「マナッ!碇は怪我しているみたいだから俺が医療所に・・・・・・・・・・。 やっぱこうなるのかよ・・・」 お約束のようだが、すでにマナは居なかった。 「シンジ、どうしたの?わあ、ほっぺた真っ赤・・・」 ムサシが豪快に涙を流している視線の先で、マナは群衆の中から強引にシンジを引っぱり出していた。もちろん邪魔する奴は鉄拳制裁。戦自仕込みもマーシャルアーツで車田調に吹っ飛んでもらう。彼女が紅海を渡るモーゼのように道を切り開いた後、シンジをベンチまで引っ張っていき、軽く頬を叩いて意識の覚醒を促そうとするが、寸前彼の紫色になっている頬に気がついた。何となく事情がわかってマナは少し眉をひそめる。シンジは自分の下僕と公言してはばからないアスカの行動が、幼稚園児並の恋愛感情とは言えどこか理不尽な物に感じたのだ。 (これはまた見事にやられたわね。可哀想なシンジ。まったくシンジはおもちゃじゃないのに。それはそれとして、バイオレンスなアスカさんに代わってこのマナちゃんが優しくしてあげる♪) 素早くハンカチを取り出すと、近くの水飲み場でぬらしてアスカの1億倍優しくシンジの頬に当てる。マナはごく軽く触れただけだったが、鋭い痛みが走りシンジの意識が覚醒に向かう。かすかに歪んだシンジの唇からうめきが漏れた。 「いてて・・・・・・あれ、マナ・・・。ここは・・・確か、アスカ達と一緒にお化け屋敷前にいたのに・・・痛っ!」 「ちょ、ちょっと大丈夫?何があったの?(予想以上に派手にやられたのね)」 「う〜ん。大丈夫だと思う。ほっぺたが痛い以外はだいたいね。 何があったと言われても何がなにやら。確か山岸さんにアスカが・・・う〜ん」 「シンジ、辛いんなら無理して思い出さなくても良いわ(アスカさんがマユミを襲ったのね。マユミ今頃どうなってるのかしら?泣かされていたらごめんね〜)」 「いや、別に辛いわけじゃ」 シンジはなおも記憶という大河をさかのぼろうとするが、思い出されたら堪らないとばかりにマナはそっとシンジの頬に手を触れると、にっこり笑った。ピンク色の彼女の唇から真っ白な糸切り歯が覗く。 至近距離の天使の微笑みと傷の痛みにドキンとするシンジの鼓動。アスカの快活さとたくましさ、マユミの優しさと健気さ、レイの神秘性とも違う何かを感じ、シンジの心臓はグッと鷲掴みにされた。マナという名の可愛い天使に。 シンジの鼓動が聞こえたのか、調子に乗ったマナはますますシンジに顔を近づけていく。 「ま、マナ?」 そんなに顔近づけると鼻息がこそばゆいよ。 マナの息を間近に感じ、そう言いかけた言葉を飲み込む。 彼女の瞳が潤んでいたから。 とん 知らず知らすの内に後ろに下がって、背中がベンチの背もたれに触れた。もう逃げられない。ベンチに寝そべり、上半身だけ起こしたような姿勢になったシンジに上気した顔のマナが迫る。さすがにヤバイ空気を感じたシンジは、きょろきょろ目だけ動かして周囲に助けを求めるが、すぐ近くで涙を流し続けるムサシが目に入らないようではどうしようもない。 (どうしてマナはこんな事を・・・) 逃げられないことを悟ったシンジは今頃になってそんな考えに至る。 シンジのことを好きなのだが、ライバルがたくさんいてぼんやりしていたら絶対にシンジを独占して、彼に好きと言って貰えないから。 無論、心の機微に疎い彼に↑の答えなど出るわけがない。そうこうする内に子犬のようにとまどうシンジの視線はマナの瞳に固定され、彼の動きを完全に封じられた。 シンジが動かなくなったことにマナはますます目を細め、満足そうな顔になる。対照的にシンジの顔に力無い愛想笑いが浮かぶ。 だてに15年間女の子をしているわけではない。この人懐っこさと、他人を自分のペースに持ち込む手管は誰にも負けないと自負している。シンジでは決して逃げられない・・・。 顔をズンズン近づけながらも少し強引だったかなという思いと共に、彼女の心がちくりと痛む。 マユミや、アスカさん達になんて言われるだろ?仲間はずれにされるかな? ふと、そんなネガティブな思考が頭をよぎる。 いつも明るく元気なマナだが、馴れ馴れしいとか、自分を作っているブリッコとか陰でアスカに言われたことがあるのを彼女は知っている。もちろん、自分で自分を作っているつもりはないが、客観的に自分を見つめたらそうとられても仕方がないだろう事は理解している。 (確かに、端から見てるとアレだもんねぇ) 人事のようにのほほんとするマナ。のほほんとしながらふと昔のことを思い出す。 かつてわざとらしい女の子を演じているみたいに見られていたという事実は、彼女の鋼鉄のバリケードに覆われた心を傷つけた。みんなに受け入れられようと一生懸命頑張っているのに、それが全部裏目に出て、かえって他人との距離が開くと言うことは辛いことなのだ。もちろん普段だったら彼女は全く気にせず、そのうち誤解も解けてみんなと仲良くだろう。だが両親が死んでしまったことと、戦自でのとある出来事も重なり、彼女は立ち直れなかった。深く沈み込んだ。生きていたとてどうしようもないくらいに。 幸いムサシとケイタという昔からの友人のはげましのおかげで、再び屈託無く他人と接するようになったが、彼女はどこか一線を引いて他人と接するようになっていた。ムサシは個人的な事柄もあって、とても心配したがどうしようもなくヤキモキしていた。そんなある日、ささくれだった彼女の心を救ったのがシンジだ。 マナの作る他人との壁が紙でできているのではないかと思うくらい、厚く頑丈な心の壁を張る不思議な少年。顔も性格もまるで似ていなかったが、マナは思った。どこがと言われると困るけど、なんだか自分と似てる。 だから目が離せない。 (初めて見たときからだったかな・・・) シンジという少年から目が離せなくなったのは。 暗いのか、明るいのか、強いのか、弱いのか、一人でいたいのか、そうでないのか。気が弱いのか、それとも図太いのか。生きていたいのか、死んでもかまわないのか。母親が好きなのか、嫌いなのか。ずっと見ていたがマナにはわからなかった。 自分はもっと単純でストレートだ。 シンジは不思議だ。 だからなのか、必然のように、マナは矛盾を抱え込んだシンジに惹かれた。 シンジには不思議なところがあった。上辺だけ見れば少しばかり中性的な顔をした内罰的でうじうじした少年でしかない。だが実際は自分が傷つくこともいとわず、他人を、それもろくに知り合いでもない他人を救おうとする折れそうなくらいに純粋な心を持った不思議な少年。 本当のところ、自分がシンジに向けている想いが恋愛感情なのか分からない。すくなくともムサシやケイタに対するモノとは違うし、友人以上に思っているのは間違いないが。それが単なる強い友情に過ぎないのか、それとも初恋なのか、マナはゆっくり見極めるつもりだ。友情なら彼がアスカ、レイ、マユミ、あるいはヒカリとつき合っても笑っていられる。だがそれが恋ならば・・・ 負けないわ。 「マナ・・・」 覚悟でも決めたのか、妙に低く震えを帯びた声でシンジはマナの名を呼んだ。マナはドキンと心臓が脈打ち、今更ながら顔が赤くなっていくのを感じたが動きを止めることも、声も出すこともしなかった。 女の子がこんな顔しているときは何も言わないで・・・。 潤んだ目でお互いを見つめる2人。周囲の野次馬達が自分たち以上にラヴな所を見せている中学生2人に、息をすることも忘れて見入る。どこかで鳥とムサシの鳴き声が聞こえた。 (これって、これってやっぱり・・・・・・キス!?そ、そんなこんな人目のあるところでしかも真っ昼間に!?まさかでもマナは前科があるし・・・ああ、そんなこと考えている間にぃ!) (恥ずかしい・・・。冗談ごとじゃなく恥ずかしい!途中で冗談だよ〜♪ってするつもりだったのに、どうして?体が、心がとまんない!) もうマナの唇はシンジの視界に入っていない。入っているのは閉じられた、目。 2人の鼻が軽くぶつかる。 (ふっ、綾波、アスカ、山岸さん、ごめん。なんだか捕まっちゃったみたいだよ。しょうがないじゃないか、逃げられるわけないだろ。だからそんな怖い顔してみないでよぉ) (私、私・・・・・・ああ、シンジ・・・。今キスしたらきっと今日・・・私・・・) どうしようもない自己弁護をしながらシンジは目を閉じた。 マナは激しく高鳴る鼓動に翻弄される。まだ早いという思いと共に、シンジにならという想いが心に渦巻く。 野次馬達がグビビッとつばを飲み込んだ。一部涙を流しているのは自分の相手と比較してしまったのかも知れない。 それくらい2人は初々しく、甘酸っぱい誰にも立ち入ることのできない不思議な空間に包まれていた。 「マナ・・・」 見ていられなくなった逞しい体の少年が目を閉じた。 一人の少年を絶望の底にたたき込んだことも知らず、2人の距離が、1ミリ、1ミリ縮んでいく。 そして マナと、 シンジの、 唇が、 優しくふれあ・・・・・・・・・わずに通り過ぎた。 「えっ?」 シンジはちょっと驚きと失望で、口の端を微妙にゆがめてマナの顔を見る。マナは上目遣いにその目を見つめ返す。 (やっぱり・・・ね。自分からじゃなくて、シンジからされたいもん) マナは土壇場でそう思った。この鈍感男では自分からキスするなんて、100年たっても無理かもしれないが。でもその気持ちは本当だから。本当だからマナは途中でキスを止めた。アスカ達もきっとそう思っているだろうから。 「あの・・・マナ?」 「驚いた?」 「あ、当たり前だよ!白昼堂々、いきなり・・・・・・その・・・・・・」 「シンジのエッチ」 「エッチって、しかたないだろ!その・・・・・当たってるから・・・」 何が当たっているのかは謎だが、シンジは座り心地悪そうにもじもじしながら何とかマナから距離をとろうとする。しかし、マナはしつこくシンジにしなだれかかった。 「ふふっ、な、に、が、当たってるのかな〜?」 「何がって・・・・・・・・・」 「うふふ(もう、シンジったら真っ赤になっちゃって可愛い♪)」 「あ、あのさ。場所変えない?コーヒーカップでもどこでも落ち着けるところに・・・」 そこまで言いかけたところで2人の顔色が変わった。素早くお互いの体をはなし、きょろきょろ周囲を見渡すシンジとマナ。 肩すかしに脱力した野次馬達が目に?マークを浮かべる。 なぜ2人は急に離れて、真剣な顔で周囲を見渡すのか? シンジはよくわからなかったが、奇妙な視線を感じたような気がしたからだ。鳥肌が一面に立った手で、何気なく後頭部をさするとうなじの毛が全部逆立っていた。そしていつの間にか体中汗ぐっしょりになっていた。 言いしれぬ恐怖にシンジは身を震わせた。 マナの方はもっと深刻だった。 ハッキリと感じる刺すような視線。今まで感じたことのない様な恐怖。 背筋が凍り付き、手の力が萎えていくような不気味な空気。 全身の皮がはがれ、剥き身の体に蟻が這いずり回るようなおぞましい感触。 それは殺気だった。この世でもっとも純粋な思い。 殺気。 おまえを殺す。 マナに向けられた憎悪の念。 我知らず、マナはシンジから距離をとりブルッと全身をふるわせた、 (あのままキスしていたら・・・・・・・私・・・・・殺されていた?) それは確信めいた予想だった。 (この殺気・・・・・・・・。ゼーレ?まさか・・・・でも・・・・) 慎重に慎重にシンジとの距離を縮めながら、素早くムサシにアイコンタクトする。 他人に向けられていたとは言え、ムサシもその殺気は感じていた。ムサシとマナ、そしてカヲルの三人は、他のチルドレンにはない資質を持っている。その資質が今、全身全霊を持って危険を2人に教えていた。真面目な顔をすると2人はシンジをガードするように音もなく壁を作る。ふと気がつくと、いくつかのカップルも又三人を囲むように壁を作っていた。 シンジはいきなりあらわれたムサシに驚くが、その真剣な顔にただ事ではないことを悟って沈黙する。ふと、以前レイコとデートしていたときのことが頭をよぎる。ギリッと誰かの歯が鳴った。 「作戦成功。破廉恥女は碇君から離れたわ」 「レイ・・・・。君が何を言っているのか僕にはわからないよ」 緊迫した空気をたたえる遊園地の一角。 そこからそう遠くない地点で一人の少女がぽつりと呟いた。その言葉にアルカイックスマイルに汗をだらだら流す一人の少年。周囲に充満する殺気から逃げ出したくなる体を必死で留めると、なんとかセリフを音波にかえる。 だが、そのシャギーに刈られた空色の髪と溶岩のような熱を帯びた赤い瞳の少女は質問に一切答えようとせず、淡々と喋った。 「次の作戦行動に移ります」 「だから、作戦ってなんなんだい?」 先ほど、至近距離で感じた半ば質量を持った殺気に膝から下がガクガク。無駄だとわかっていながら神を殺す覚悟で次の言葉を音波にかえる。自分の心が恨めしいと思いながら。 (好奇心猫を殺す・・・か。言い得て明だね。猫と言えばシュレディンガーは元気でいるかな?僕は・・・生きているのか死んでいるのかわからなくなりそうだよ。ここに来た当初はシンジくんを、アスカを、レイを、レイコ君を、霧島さんを、山岸さんを、トウジ君を、ケンスケ・・・君は止めておこう、ムサシ君、ケイタ君をゲットだぜっ!!と思っていたんだけど) ・・・・・・訂正。 とかなんとか色々考えているので結構余裕だ。 ちょっとあっちの世界に行きかけた彼の言葉が聞こえているのかいないのか、少女 ーーーー 綾波レイは無表情にこう言った。せっかく可愛らしい白と水色のTシャツと白色のミニスカート、そしてちょっとしたアクセサリーで身を飾っていても、これでは台無しである。少なくともカヲルはそう思った。やっぱ余裕だ、こいつ。 「碇君の周囲に敵。 敵・・・・碇君と私が一つになるのを邪魔するモノ・・・・・・いらないもの・・・・容赦したらいけないモノ・・・・・・・七つ目玉、ゼーレ・・・・舶来お猿、アスカ・・・・犬眼鏡女、山岸さん・・・・・ナルシスホモ・・・・・アルコール乳牛、葛城三佐・・・・・・金髪マッド、赤木博士・・・・・童顔潔癖女、伊吹二尉・・・・・・そして目下最大の敵、破廉恥女、霧島さん・・・・・・・・」 「は、ははは・・・僕も敵なのかい?」 「敵・・・・・つぶすわ」 レイはニヤリと誰かのように笑った。 キャーーッと声にならない悲鳴をあげて引きつる美少年。 彼の名前は渚カヲルと言う。いや、と『言った』とした方が良いかもしれない。 「これより、目標の殲滅を開始します。人間ロケット用意」 「えっ?」 その華奢な見た目とは裏腹に、レイは万力のような握力でカヲル、いや人間ロケットの首を締め上げる。もちろんその顔は相変わらずの無表情だ。 「言い残すことは?」 「ぼ、僕には君って女の子がわからないよ・・・」 「わからなくていい。私のことをわかってくれるのはユイ司令とレイコ、そして・・・碇君だけだもの(ポッ)」 「・・・僕も君を理解するよう努力するよ。だからこの手を離してくれないかな?」 必死のカヲル。そろそろ意識がなくなりかけていた。 「いや。あなた用済み」 「ぼ、僕の未来は悲しみつづられている・・・。ダイアモンドのように頑丈だね、君の心は・・・好意に値するよ」 「行為?だめ、私はあなたじゃなく碇君と行為するの」 レイがムッとした後、すぐポッとした顔をする。 何かを激しく勘違いしたことは明白だ。 最後の希望の綱が切れたことを予感し、カヲルは笑顔のまま汗を流した。たぶん、しばらくベッドの上に寝てることになるだろう。確実だ。そうと決まったら急に気が楽になってきた。 カヲルはふっと息を吐くとジッとレイの瞳を見つめた。 どうせ駄目なら・・・・・・・・・・お約束をしてやる!! 「その行為じゃないよ。君どういう耳してるんだい?(さあ、レイ!殺すなら殺せ!!だが僕の期待を裏切らないでくれよ!!)」 死を覚悟したカヲルは何かを期待し、次のレイの言葉を待つ。 そして、レイは・・・・。 「こういう耳」 「・・・くだらないね!!(見事な突っ込みだよ、レイ!ここまでお約束通りだなんて!!!)」 「(ムカッ)遺言はすんだ? じゃ、さよなら」 ちょっと顔をこわばらせた後、レイは両の手に力を込めた。心なしか、その力は三割り増し。彼女としては自信作だったのだ。もっとも後日シンジをはじめアスカ、マナ、ユイ、ミサト、はては青葉や日向達にも言って、全員の反応が揃って一緒だったのは言わぬが花である。 内心の怒りを物理的な力に変えながら、レイはカヲルの首をつかんだままぐぅ〜るぐる回転する。もちろんカヲルの体もぐぅ〜るぐると大回転。カヲルの顔色が不自然になると共に、体が浮かび上がっていく。 「目標補足」 レイの瞳が真っ直ぐに目標を捕らえる。 「方向良し」 レイの神経が緊張に張りつめる。 「誤差修正」 これまでで最大の高さにカヲルの足が持ち上がった。気のせいか彼の顔が微笑んだように見えた。 「桜花発進!!」 そしてレイは手をパッと離した。 とたん、カヲルだった物体がかっとんで行った。風を切り、音を越え、笑顔の人間大砲渚カヲルは飛んでいく。一人一殺、トラトラトラ! 「さよなら・・・・」 碇シンジに向かって。 「あっ・・・(碇君のこと考えすぎてた)」 レイが冷や汗を流しながら見つめる先は、なかなか愉快なことになっていた。 あのレイが冷や汗を流して、次に何をするべきかわからないで固まっていることから、その動揺のほどが知れよう。 「きゃあああああっ!!!?なんで、なんで渚君が飛んでくるの!?」 「血まみれだな。カヲル間接が増えてるぞ?」 悲鳴をあげて服に飛び散った血に鳥肌を立てるマナと、妙に冷静なムサシ。 「今ここで死ぬわけには!キールの爺ぃを殴るまで死ぬわけにわぁ!!」 謎の言葉を吐きながら、ピクピク体をふるわせる逆間接カヲル。 「ふふふ・・・大義より重きモノ・・・我が身中にいたり!」 頭部強打の末、超越善悪したシンジ。 しっちゃかめっちゃか。なんて言葉じゃ追いつかない。もうどうすればいいか、MAGIにだって答えられないだろう。 「渚君よりシンジが変よぉ!?」 「そうか?全然違和感無かったぞ、俺」 「ああ、そこにいたんだな・・・逃げてごめんよ。ずっと謝りたかったんだ・・・」 「渚君?何言って・・・あ、相田君いったいどこから?」 ただでさえアレだというのにいきなりビデオを回しながら眼鏡の少年と、血相変えた少女が出番をよこせとばかりに飛び込んできた。もうどうしようもなく駄目な雰囲気に、マナはだめだこりゃとばかりに手で顔を覆った。 「凄い、凄い、凄すぎる〜〜〜〜!!!!決定的瞬間!この写真ならきっと賞が取れるぞ!タイトルは・・・『大丈夫、我が友よ』なんてのはどうだ?・・・・ぎゃっ!!」 「邪魔!シンちゃん、カヲル大丈夫!?ちょっと返事して、息をしてよぉ!?」 「ああ、レイコさん大変なの!シンジが変なのよ!!さっきから『一線を越える』とか『子猫ちゃん、今日も綺麗だね』とか変なこと言うし」 「あ、なんだ。それなら大丈夫だよ。ただの錯乱だから。そう言えば以前の錯乱の時、霧島さん入院していたから知らないんだよね」 「お、おい。なごんでるとこすまんがカヲルの脈が止まった・・・」 「へっ・・・・・いやああああああっ!!!カヲル死なないでぇ!!」 「荷台が豪華な車!じゃなくて、救急車!!ムサシ、すぐ呼ぶのよ!!」 「だ、誰か俺の心配もしてくれぇ・・・いや〜んな感じぃ・・・」 「こうでなくては技とは呼べぬ!勝負は一閃、憂い無し!!」 タラリと流れる汗を右手で拭うと、レイは何事もなかったかのように呟いた。 「問題ないわ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・たぶん」 どこからそんな寝言が出るのかわからないが、相変わらず無表情なレイはすたすたとシンジに向かって歩き始めた。とりあえず、シンジには目に見える怪我はないことと、カヲルは殺しても死なないことがわかっていれば充分だ。しばらくすればシンジも正気に戻るだろう。 (戻らないなら・・・・王子様はお姫様の口づけで目を覚ますの) 目の前の修羅場に向かいながら、ふとその情景を思い浮かべてレイはかすかに赤くなる。 妙にメルヘンチックなところに立つ、王子様の衣装をしたシンジと、純白ウェディングドレスのレイ。シンジはいつもの彼からはとても想像できないさわやかな笑みを受け部、レイの腕をとる。 『ありがとう、綾波。呪いをといてくれて』 『ううん、いい。絆だから・・・でも』 『でも、なんだい?』 『キスは婚姻の誓いなの。責任とって・・・』 『責任とって当たり前じゃないか、僕のお姫様・・・・綾波、いやレイ、愛してるよ・・・』 『碇君・・・・・・(ポポッ)』 そしてシンジは強引にレイを抱きかかえると草むらに押し倒し・・・・。 知らず知らずスキップしながらレイはシンジの所に向かった。 痛いほど突き刺さるマナと、レイコの視線はとりあえず保留することにした。 ユイが教育を間違えてる可能性はかなり高い。 「あいつ、どこ行ったのかしら?」 「さあ。私に聞かれても困ります」 「役に立たないわね」 「アスカさんこそ」 レイとカヲル、そしてケンスケとレイコがシンジ達に合流した少し前。 ファンファーレが鳴り響く少し前。 アスカとマユミはシンジを探して、遊園地を駆け回っていた。 アスカが先頭になって走り回り、マユミがおずおずとアスカの服の袖をつかんでいる。 もっとも、広大すぎる遊園地だからその努力は報われているとは言い難い。だったら迷子案内書にでも頼んでアナウンスでも何でもしろと言われそうだが、動転した彼女たちはそこまで頭が回らなかったし、中学生を迷子扱いするのに少し抵抗があったのでしなかった。 で、結局足をたよりに探し回っているのだった。 「私が役に立たない?ほほぅ、言ってくれるじゃないの。さっきまで一人だけにしないでって泣いていたくせに」 天上天下でわがままなアスカ理論。実際自分も役に立っていない自覚があるのでなおさら腹が立っているようだ。勢い意地悪な口調になる。 「もう大丈夫ですよ。怖がって、逃げてるだけじゃいけないし・・・。それに考えてみれば、アスカさんと一緒の方が怖いですから」 だがマユミは顔色も変えずにやり返した。それどころかにっこり笑っている。 おまけに眼鏡を傾け、斜め目線で見つめ返すという応用まで効かせていた。 「それどぉいう意味よ?事と次第によっちゃ・・・」 「本気で言ってるんですか?さっきからいったい何人のカップルを再起不能にしてるんです?」 小首を可愛らしく傾げて、ちらっと後ろに目をやるマユミ。死屍累々とはこのことなのかしら?ごめんなさい、アスカさんを止められなくて。そう思った。 「うっ・・・あ、アレは私の目の前でぼ〜っとしている方が悪いんじゃない」 「アスカさんが前方不注意なだけですよ。それとも目が悪いんですか?」 「・・・・あんた性格変わったわね(うああ、ホントシンジみたいでやりにくい〜)」 「そうですか?そうかもしれませんね(シンジくんみたいに頑張ろうって決めたから)」 「・・・・はあ。そうかもってあんた・・・そうだ!」 ぽんと手を打ち合わせるアスカ。マユミが何だろ?と疑問を顔に浮かべながらアスカを見つめた。 「なんですか?」 「二手に分かれない?このまま2人で同じ所探してもしょうがないでしょ?」 「それはそうですけど・・・(そうだ!って言うほどの考えかしら?)」 「何よ、あんたまだ一人が怖いの?」 「そういうわけじゃ・・・・ないけど・・・・。 ・・・・・・・・わかりました」 マユミはこくんと頷いた。アスカと2人でいるのは前向きな生き方の勉強になるけど、疲れるのも事実だ。 そんなこと思われてるとも知らず、アスカはくるっと回転した後マユミに向き直った。 「決まりね。それじゃ、私はこっちに。あんたはあっ・・・・ち」 そこまで言ってアスカは固まった。それこそ塩の柱と化したかの様に。 目を見開き、半開きになった口から震えた息を吸っては吐き、吸っては吐く。 怪訝な顔でマユミが見つめる中、全身の毛穴から、脂混じりの汗が彼女の動揺に比例するようにあふれ出していた。 「嘘よ・・・なんで、どうして?」 「アスカさん・・・・どうし、きゃっ!?」 いきなリアスかはマユミを突き飛ばして人混みの中に駆けだしていった。情け容赦のない力に、マユミは尻餅をつく。眼鏡が飛び、地面についた手がすりむけたがマユミはそんなことにも気づかずに、ただ呆然とした目でアスカが消えた方を見ていた。 「そんな、なんであんたがここにいるの?あんた死んだはずよ!生きてるはずがないのよ!!」 そんなアスカの呟きが漏れるが、マユミの耳にも、誰の耳にも入ることはなかった。 「アスカさん・・・・」 マユミが起きあがることも忘れてアスカの様子が激変した理由を考えた。だが考えてみれば自分はアスカのことをそんなに知らない。アスカの過去については、全くと言っていいほど知らなかった。そんなことではもちろん答えなど出るはずもない。そして、マユミの方も考えている暇はなかった。 「これが………なの?」 「そうみたい。これが………よ。お姉さまが言ったとおり」 「ええっ?」 いきなり背後から聞こえてきた声に、マユミははねるように起きあがった。慌てて振り返り声の主を見つけようときょろきょろする。 「こんなのふさわしくないわ」 「そう。仲間にならなくて良かった」 きょろきょろするマユミを小馬鹿にするように、その声の主はくすくす笑った。 「だ、誰?・・・・・・・まさか、あなた達なの?」 マユミの目が信じられないと言うかのように震える。 「見てわからないのかしら?」 「人は時に自分の目で見たこと、耳で聞いたことを信用しない。お姉さまが言っていたわ」 声はまたくすくすと笑った。 「あの、あなた達どうしたの?迷子にでもなったのかしら?」 内心の混乱に震えながらも、おずおずとマユミは話しかけた。 目の前に並んで立つ、2人の女の子に。 「余計なお世話よ。できそこない」 「善人ぶらないで。偽善者」 「なっ・・・(なんなの?この子達・・・)」 マユミの親切から出た言葉にそう返すと、2人の女の子はまたくすくすと笑った。 さすがにマユミもムッとした顔をする。こんな得体の知れない子供は無視してさっさとシンジなり、アスカなりを探しに行こうと思うがなぜか体は動かず、心は少女達を無視できない。 確かに、目を離せない少女達だった。 年齢は10才から12才ほど。 顔かたちは全く一緒で、双子のようだ。 雪のように白い肌と、黒炭のように真っ黒な髪の毛をお揃いのおかっぱにしている。ぱっと見、京人形の姉妹がそのまま歩き始めたみたいで可愛らしい。そして少し大きめの、黒と白の色違いのブラウスとスカートを身につけていた。それが不思議なコントラストを見せていてよく似合っている。どこか自分の幼い頃に似てる。マユミは素直にそう思った。 普通だったら、万人が可愛いと言って微笑むはずの少女達。だがたった一つ、誰が見ても普通とは言えない特徴があった。 それは・・・・・・・・無邪気な残酷さに光る、真紅の瞳。 「驚いてる」 「心が弱いのね。だからちょっとしたことで動揺する」 「所詮、任務に失敗して殺されたあの女の娘だもの」 「失敗作ね」 瞳を輝かせながら、少女達は一段と激しくくすくす笑った。 笑いながら時々、ちらちらマユミに視線を向けて、またくすくす笑う。 「あの女の娘?・・・・・・・あなたたち、お母さんのこと・・・知ってるの!?」 あの女の娘・・・。その言葉が出た瞬間、マユミは弾丸のように飛び出し、黒い服を着た少女の両肩をつかんでいた。爪が食い込むほどに。 「「知ってるわ」」 だがその少女は何事も無いかのように、表情も変えずくすくすと笑みを絶やさぬままジッとマユミの顔を見上げた。もう一人の少女もくすくす笑う。 「教えて。あなた達が誰なのか知らないけど、知っているなら、お願いだから教えて。お母さんは、どうしてお父さんに殺されたの!?どうして殺されなければならなかったの!?」 髪を振り乱し、目を血走らせながらマユミはたずねる。肩を握る腕も爪が食い込むほど力が込められる。端から見てると中学生が小学生を脅しつけているようにしか見えない。だがマユミはそんなこと気にもしていなかった。この少女達が誰かは知らない、知りたくもない。だが父が母を殺した事件を知っているのなら、そしてその理由を知っているのなら教えて欲しかった。 「お願い!」 血を吐くような必死の懇願。 彼女は今までここまで一生懸命になったことはなかったかも知れない。 それくらい必死の頼みだった。 少女達はちょっと顔を見合わせた後、またくすくす笑った。 「「知りたいの?」」 「「出来損ないが知りたいの?」」 「教えて・・・」 「「教えてあげないよ」」 「なっ?」 教えてあげない。その言葉と同時にマユミの体は宙を舞っていた。 (嘘?いったいいつの間に・・・) 地面にたたきつけられるまでの短い時間、マユミはいつの間に投げられたのか、どうやって腕を外したのか考えたがどうしてもわからない。そもそも投げられた覚えもなかった。気がついたら宙に浮いていた。そうとしか考えられなかった。 「あぐっ!」 受け身も取れずに地面にぶつかり、かすかに遠くなる意識の中、マユミはこんな声を聞いたような気がした。 「「私達はゼブル=サバス。これは挑戦状。また・・・・・・・・・会おうね」」 「あ、あれ?」 シンジは驚きの声を上げた。 「誰も・・・いない。どこ行ったんだよ・・・」 落ち着かないキリンのように伸び上がりながら周囲を見渡すが、どこにも彼の友人達の姿はなかった。まるで初めからいなかったとでも言うように。いや、それどころか彼以外の誰も存在していない。あれだけいた人間達が、影も形もなかった。 「そんな・・・・この年になって迷子なんて・・・・。でも確かに、ほんのちょっと前までみんなすぐ隣にいたんだ。なのになんで」 きょろきょろと周囲を見回すシンジの動きが唐突に止まった。 「そんな、馬鹿な・・・。僕達は確かに観覧車の真下にいたんだ。なのに、どうして・・・」 シンジの目の前、夕日が橙色に染める中、ギネスレベルの大きさを誇る観覧車がおよそ1kmほど先でゆっくりと回転していた。驚きのあまりシンジの瞳孔が少し開く。 「こんな馬鹿なことが・・・。馬鹿なこと・・・。そうだよ、こんな事ホントにあるわけないんだ。たぶん、またぼんやりして一人ふらふらしていただけなんだ。やばいな、僕、夢遊病の気でもあったのかな?」 一人ぶつぶつシンジは呟く。認めたくない事実を前に、暗示をかけるように呟きながらどうにか自分を納得させた。かなり納得いかない部分はあるが、他に理由がつけようもない。その時はじめて気づいたのだが、マナ達が自分を放ってどこかに行くわけがない。またふらふらしている自分を見逃すわけがない。ではなぜ自分はここにいるんだ? 叫びだしたくなる恐怖。 必死になって、偶然がいくつも重なっただけだと信じ込もうとする。 シンジが自己欺瞞だとわかっていながら、それで納得しようとしたとき、背中から妙に人懐っこい声をかけられた。例えるなら、そよ風が揺らす銀の風鈴のように澄んだ声が。 「ねえ君、どうしたの?」 「えっ?」 シンジが顔を向けた先で、その少女 ーーー シンジ達より少し年上らしい ーーー はニコニコ笑っていた。 銀色の髪と薄青いロングスカートとブラウスを夕焼けで輝かせながら、ジッとシンジを見つめている。逆光になって顔はよく分からなかったが、なぜかシンジは自分のよく知っている人のような気がした。 「ねえ、どうしたの?ぼんやりして」 「あ、別に・・・」 「別にってことはないでしょう?本当にどうしたの?私に見とれた?ジッと私の顔を見てるものね」 「ち、違うよ!ただ、知り合いに似てるな・・・って思ったから」 「そうなんだ」 その少女はそう言って、にこりと笑った。肩の上までの長さの髪を輝かせ、風にもてあそばれるその姿は宗教画のような神秘的な美しさを醸し出す。 シンジは意識が再び飛びそうになったが、かろうじて持ちこたえた。それでもドキドキする心臓は止められない。スタンダールシンドロームと言う言葉が浮かぶが、彼女の美しさはまさにそれだった。いや、それだけではなぜ心臓がこんなに激しく動いているのか、全身に冷たい汗をかいているのか説明が付かない。 少女はシンジの態度に嬉しそうな笑みを浮かべた。 自分がシンジにどんな衝撃を与えたのか、手に取るようにわかる。そして彼が何を考えているのかも。 「今日、ここ何の日か知ってるの?どうして一人なのかしら?」 「えっと・・・はぐれちゃったんです・・・」 「なんで急に敬語なの?ま、いいけど。 それより、一緒にお茶でも飲まない? 私の連れが戻ってくるまでの間、少し暇なんだ・・・」 「いいんですか?」 「もちろん」 少女は右目をウインクした後、手招きする。 「いや・・・・やっぱり、お邪魔じゃ・・・」 「邪魔かどうかは私が決めるわ」 「・・・・・・・・・わかりましたよ」 数分後、シンジとその少女は同じ机に座って静かにカフェーのお茶を飲んでいた。誰か給仕したのか、シンジは疑問に思ったがその考えも脳裏から消えた。 「まずぅい。ろくなエスプレッソマシンをいれてないわね」 「そうなんですか?」 「コーヒーは豆と、豆ひき機の使い方が命なのにね」 「そうなんですか。あまりコーヒー飲まないから・・・」 しばらくそんな世間話をする2人だったが、やがて少女はジッとシンジを見据えた。シンジも視線を感じて黙り込む。その真紅の瞳がシンジの知っている誰かによく似ているように思える。 「悩みがあるのね」 「えっ?わかるんですか」 「そんな顔されたら、誰だってわかるわよ」 「そうかな・・・。よくわかりません」 コーヒーを一口飲むと、彼女は椅子の背もたれに寄りかかり、ジッと空を見つめた。 やはり顔は陰になっていてわからない。ただ、なぜだかとても悲しそうにシンジには見えた。 「何に悩んでいるか知らないけど、悩めるだけいいわ」 「?」 「世の中には、悩んだり、考えたりする余地のない人だっているんだから・・・」 「・・・・・・・」 「あがいて、苦しんで、考えて、後悔する。それができるからこそ人間。そして人は大きくなっていく・・・。人間だけが成長・・・進化できる」 ふと、彼女はシンジの目を真っ直ぐに見つめる。魂の奥底まで覗き込むように。 「だからあなたもあがいて、考えなさい。悩みがなんであれ、たとえ交友関係であっても、親子関係であってもまずそれをしないことには答えは出ないわ。誰かが答えを出してくれることを期待して、待っていても良いことなんか何もない。まず考えて行動しなさい」 「考えて、行動してそれが間違っていたら?だいたい、僕の何がわかるんですか?」 「あなたの事なんて、わかるわけないわ。だって私はあなたじゃないから。 それに、考えた末での行動が間違っていたなら、それを正しい方向にするための努力をすればいいの。例え自分の大切な物をなくす結果になったとしても・・・ね。少なくとも私はそうする」 そこまで言うと、彼女は立ち上がった。 そのままにシンジに背中を向けて、二、三歩、歩き駆ける。 「じゃあね。楽しかったわ。たぶん無理だろうけど、もしまた会えたときは・・・悩みが解決してると良いわね」 「自分の正しいことのために、自分の大切な物をなくす結果になる・・・。それって本当に正しいことなんですか?」 「さあ。それはあなたが考えて決める事よ。もしかしたら、両方救う方法があるのかもね。私は知らないけど」 意味不明の言葉だったが、なぜかシンジはわかるような気がした。 「・・・・・・・・・・・あの、聞いても良いですか?」 「なに、碇シンジ君?」 「名前を・・・」 自分の名前をなぜ、知っているのか疑問に思うが、それよりも彼女の名前を知りたかった。 少女は振り返り、悲しそうに笑った。その時、シンジはハッキリと彼女の顔が見えた。 彼女は彼のよく知っている人物にうり二つだった。 「私は渚カオル」 「ちょっと、シンジ!ねえ、起きてよ!」 「はっ・・・ここは」 目を開けたシンジの目に最初に飛び込んできたのは、青空天上と少し涙目になっているマナの顔だった。頭の下の柔らかいのは、おそらくマナの膝枕だろう。普段なら慌てて飛び起きたかも知れないが、なぜかとても疲れていて起きる気力がなかった。 「良かった。気がついたのね」 「あれ?僕確かカフェでコーラを飲んで、悩み事を・・・あれ?」 「まだ錯乱してるの?」 「錯乱?」 「シンジは、頭を強打してさっきまでずっと気絶していたのよ(その少し前まで錯乱してたけど)」 「そうなんだ。なんだか妙にリアルな夢を見ていた気がする・・・」 体を起こして、周囲を見渡す。まだ日は高く、おそらく午後3時くらいだろう。 さっきのは・・・・・・・夢? シンジはこっちが夢なのか、それともさっきの出来事が夢なのかわからなくなっていた。 「夢?夢ってどんなの?」 「どんなのって・・・・」 マナの質問に答えようとするシンジだが、そこではたと口をつぐむ。 思い出せない。いや、そもそも夢を見ていたという確証すらだんだんと薄れていく。そして奇妙な焦燥感を感じている間に、完全に夢の記憶はシンジの心から消えていた。 「夢なんて僕言ったっけ?」 「ちょっと、シンちゃん大丈夫?」 横で2人の話を聞いていたレイコが心配そうにたずねる。シンジはレイコに向き直った。 「あれ?レイコちゃんもいたんだ。あ、ケンスケとムサシも」 「さっきまでお姉ちゃんとカヲルもいたんだけど、急に血相変えてどこかに行っちゃたの」 レイコの言葉にシンジは、血相を変える綾波とカヲル君か・・・見てみたいな、とのんきなことを考えていた。 「大丈夫?まだ頭のコブ引っ込んでないよ」 「ちょっと痛いけど、大丈夫だよ。 ・・・これからどうする?」 「まずお姉ちゃん達をさがそ。それからアスカとマユミちゃんもいるみたいだから、合流しよ♪」 レイコの提案に、シンジはうなずいた。 「それでいいかな?」 「オッケイよ♪(当面の目的は果たせたし)」 「いいんじゃないか(まあ、マナと碇が2人っきりになるよりはな)」 「だったら早くそうしようぜ(山岸さんのあんな写真やこんな写真を・・・)」 「レイ、見つかったかい?」 走り回って荒い息をつくカヲルの質問に、レイは首をぷるぷる振って否定する。 カヲルはチッと舌打ちし、依然人でにぎわう遊園地を見渡した。 「いきなり精神攻撃なんて・・・。いったい何を考えているんだ・・・」 「碇君・・・」 心配そうにレイは呟いた。 「お姉さま、もう帰るんですか?」 「まだ遊び足りません」 遊園地の一角、休憩所のすぐ近くの野原で先の双子の少女がつまらなさそうに目の前の少女に話しかけていた。 話しかけられた少女、渚カオルと名乗った少女はまあまあと押さえて皮肉な微笑みを浮かべる。 「あなた達の気持ちは分かるけどね。今日は宣戦布告をするだけで良いの。あまり死海文書に書かれたことに反したことをするワケにはいかないから」 「「でも・・・」」 「私の言うことが聞けないの?」 ジロッと剣呑な目で2人を睨む。その視線に、文字通り2人は縮み上がった。 「わかればいいわ。それにそろそろセカンドをからかってるラシエルと、フォースとセブンスをからかってるルヒエルとスイエルが戻ってくるわ。それにダルキエルとコカビエルもそろそろ誤魔化せなくなってくるでしょう。潮時ってやつね」 少女2人は、コクンとシンクロしながら頷く。 彼女たちが頷くと同時に、5人の人影があらわれた。影からわき上がるように唐突に、脈絡もなく。 「ゴーメンガーストでタイタス達も寂しがってるでしょう。はやく戻らないといけないわね」 そして紅い瞳の8人は姿を消した。まるで初めからその場にいなかったとでも言うように、密やかに、そして完全に。後にはただ風が吹いていた。 シンジ達が不思議な体験をし、合流してからかなり時間がたった。 場所が変わって、第三新東京市某所のスカイラウンジ。ガラスの向こうに第三新東京市の夜景が映る。 (生態系を、地球を守る・・・・・そのためには人間を滅ぼす・・・か) リツコは艶っぽい表情でジッと手元のグラスを見つめていた。心に浮かぶのは最近知った真実の一端。 「ちょっち、お手洗い」 「・・・とか言って(払いを全部任せて)逃げるなよ?」 それまで静かに酒を飲んでいたミサトの言葉に、ぼんやりしていた意識が現実に復帰する。けだるげに見つめる先では、軽口を叩く加持に向かってミサトがべぇ〜〜っと舌を出して応えていた。 ミサトのヒールの音が遠ざかっていくのを耳にしながら、リツコは意識だけを加持に向ける。少なくとも今は加持と2人だけ。ミサトに聞かれたくない話もできる。そこまでモノの1秒で考えて、リツコはほっと息をついた。 「何年ぶりかな・・・。3人で飲むなんて」 「ミサト飲み過ぎじゃない?何だかはしゃいでいるけど(こんなこと言いたいんじゃないのに・・・)」 「浮かれる自分を抑え様として・・・。また飲んでいる。今日は逆か・・・」 今まで知らなかったミサトの一面に、加持はしみじみと呟いた。一口グラスの中の琥珀色の液体を飲む。 「やっぱり、一緒に暮らしていた人の言葉は重みが違うわね」 「暮らしていたって言っても、葛城がヒールとか履く前の事だからな・・・」 「学生時代には想像出来なかったわよね」 学生時代を思い返し、リツコはクスっと笑った。それは寂しい笑いだった。あの時、自分に勇気があったら・・・。 「俺もガキだったし、あれは暮らしっていうより・・・共同生活だな。ままごとだ・・・。現実は甘くないさ」 リツコと同じく昔を思い返し、加持は懐かしそうな顔をする。脳裏に浮かぶミサトとのままごと。確かに苦笑するしかない生活だった。アスカあたりが知ったら顔をしかめて『不潔』だの『最低』だの言うだろう。最近のおまえを見てると人のこと言えないぞ。ちょっとそう思う。 若かったな・・・。 たった8年前のことなのに本当にしみじみ、そう思う。 今の自分は、あの時のようにミサトの目を誤魔化しながら取っ替え引っ替え寝るベッドを変えるほど体力はない。いや、あの時でさえ疲れて寝入ってしまい、そこをミサトに押さえられたのだ。 その時のことは欠片も思い出したくもない。 ぶるっと加持は身を震わせた。グラスの中の氷がチリンと音を立てる。 だがあの時の暮らしがあったから、今の自分がいると言えなくもない。 ミサトと出会わなかったら、今頃自分は何をしていただろう。 おそらく、堅気の職業に就いていたに違いない。尤も仕事をさぼる不良社会人だろうが。 仕事・・・。そこまで考えてふと加持はポケットの中のモノを思い出した。 「そうだ。・・・これ、ネコの土産」 「あら?ありがとう。マメね(猫ね・・・。私にはないの?)」 赤い包装の包みをリツコは受け取ると、手の中でもてあそんだ。 「女性にはね。仕事はずぼらさ」 「どうだか?・・・・・・ミサトには?」 「ずぼらだったら殺される」 「そう・・・。浮気なんて、ましてや途中乗り換えなんて絶対無理ね」 「なんだあ、その妙な例えは?」 ちょっと驚いた顔をする加持。ヒールのミサトに目を奪われていたが、考えてみれば今日みたいなリツコも初めて見る。なんだかとっても新鮮だ。年甲斐もなく加持はドキンとした。ちょうど、学生時代みたいに。 「気にしないで・・・(鈍い人。ホント、変なところがシンジくんに似てるわ)」 「気にしないでって言われると余計気になる。ところで・・・リっちゃんはどうなんだ?」 知ってるくせに。 内心キュッと唇をかんで加持を睨みたくなる。 「自分の話はしない主義なの・・・。面白くないもの(馬鹿、ばかばか)」 「・・・・・遅いな葛城。化粧でも直しているのか?」 なんとなく、話を逸らさないといけないような気がして、加持はまだ戻らぬミサトを話題にした。リツコも落ち着きを取り戻し、話を変える。 「京都・・・。何しに行ってきたの?」 「あれ?松代だよ?その土産」 だが、リツコから返ってきた返事は意味深な言葉だった。 「とぼけても無駄・・・。私も知ってるのよ。ミサトに知られたくなくて秘密にするのは良いわ。私も知られたくない、ミサトとは親友でいたいもの。でも、私には秘密にしないで・・・」 「真摯に聞いておくよ・・・。確かに、あいつには知られたくない。このことで愚痴りたくなったら、君の胸で愚痴ることにするよ」 「あんたなにリツコ口説いてるのよ?」 と、加持がリツコの目を見ながら笑ったとき、ミサトが不機嫌な顔をしながら戻ってきた。 「おう、お帰り」 「・・・変わらないわね。そのお軽いところ」 「いや、変わってるさ。生きるって事は変わるって事さ」 「ホメオスタシスとトランジスタシスね」 意味深な言葉を口にして、話を誤魔化すように、リツコは加持に貰ったブローチをハンドバックにしまう。猫は三匹いるのに、一個だけかい?ちょっとそう思ったが顔には出さなかった。 「何それ?」 「今を維持しようとする力と変えようとする力。その矛盾する性質を一緒に共有しているのが生き物なのよ」 「男と女だな・・・」 ミサトの疑問にリツコが応え、加持は今の自分たちに例えて黄昏る。 「そろそろ、おいとまするわ・・・。仕事も残っているし」 「そう?」 「うん」 席を立ったリツコに、ミサトと加持は残念そうな顔をする。まだ飲み足りないのだ。 「残念だな」 「じゃあね・・・加持君。 そうだ。 ・・・ねえ、ミサト。学生の頃の約束覚えてる?」 「・・・え?なんだっけ」 リツコは間抜けな顔をするミサトをジッと見つめた。 少し前、レイが相談に来たことを思い出す。 アスカと、マナと、マユミとケンカしたくない。はじめてできた友達だから。でもシンジは諦めたくない。 この矛盾する想いをどうすればいいか、ユイではなく、リツコに聞きに来たレイのことを。 あの時、私はこう言ったわね。 自分の心に正直に、素直になって考えなさいって・・・。 今更だけど、私も素直になってみるか。 「あの約束、やっぱり無かったことにするわ」 「え?ねえ、約束って・・・」 「もう遅いかも知れないけど、負けないわよ。勝負はまだ決まっていないんだから」 「え?え?え?」 「リッちゃん?約束ってまさか・・・」 ミサトは全く約束なるモノが思い出せず、?マークを顔中に浮かべて狼狽し、加持は約束を思い出して顔面蒼白になる。シンジくんのこと人事じゃなくなってきたぞ、おい。 「じゃあね♪」 リツコは彼女らしくない、健康的でさっぱりした目を加持に、次いでミサトに向けるとラウンジから出ていった。 再び場所が変わって碇家リビング。 リビングにはユイとシンジがくつろぎながら、何事か話していた。 「ねえシンジ。アスカちゃん今日どうしちゃったの?」 「わかんないよ。なんかなに話しかけても返事一つしないんだ」 「あなた、何かしたんじゃないでしょうね?」 ちょっと変な想像をしたユイはきつくシンジを見る。だが後ろ暗いことのないシンジは、あっさりかわした。 「冗談よしてよ」 「まあ、私はあなたのこと信頼してるけど・・・。そう言えば、レイも様子が変だったわね」 「綾波も何があったんだろ。様子がおかしいと言えば、カヲル君も山岸さんも、トウジ達もおかしかったんだ」 シンジの言葉を聞いてユイは顎に手を当てて考え込む。まさか、もうその日が来たというの?少し早い・・・。 ユイは滅多に見られない真剣な眼差しでシンジを見つめた。 「まさか・・・。ねえ、シンジ。あなた今日、カヲルみたいな人に会わなかった?」 「カヲル君みたいな人? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・さあ」 「・・・・・・・まさかね」 かすかに滲む汗を手で拭きながら、ユイはそっと呟いた。だがなんとなく、もうその時が来ているような気がしていた。そう遠くないその日が、目の前に迫っている。 <地下2008メートル・ターミナルドグマ> ターミナルドグマ。 ネルフ本部を中心を貫く巨大な縦穴。どれくらい大きいかと言えば、全長100m近いウルトラザウルスが余裕で動き回れるくらい大きかった。しかしながらその巨大さに反比例するようにその存在を知る者はほとんどいない。 その最深部、虚ろな空間に電子音が流れる。 ピッピッピッ・・・ピ ーーー ッ! 最後に流れた甲高い電子音と共に、巨大な扉の封印が解けた。 後は開閉の手順を踏みさえすれば、扉の向こうの魔界が姿を現すだろう。 ロックを解除した人物が、カードキーを扉の開閉スリットに通そうとした瞬間、カチャッと言う音と共に、後頭部に銃が当てられた。冷たく、重い銃の感触。そして隠しようのない殺気。 振り向かずに謎の人物こと加持は、後ろにいるのがミサトだとわかる。 「やあ、まだベッドで寝てると思ったんだがな。調子はどうだ?」 「おかげでやっと目がさめたわ」 両手を上げ、飄々とした口調の加持に比べ、ミサトはかえって滑稽なくらい真剣な表情だった。銃を握る右手にじっとり汗が滲む。 「そりゃあ、よかった」 「これがあなたのホントの仕事?それともアルバイトかしら?」 「どっちかな?」 「独立機関ネルフ特殊監察部所属・加持リョウジ。同時に日本政府内務省調査部所属・加持リョウジでもあるわけね」 「バレバレか(惜しいな、それは三日前までの肩書きだ。後ろ半分は消しといてくれ)」 まるでいたずらがばれて開き直った子供のように、加持は平気な顔で答えた。少し情報がずれたミサトをからかってやろうとしているのかも知れない。 「ネルフを甘く見ないで」 「碇司令の命令か?なわけないな(俺ここまでこれる許可貰ったし)」 「わたしの独断よ。これ以上バイトを続けると・・・死ぬわ。 って、なんでなわけないのよ?」 ハッとミサトの目が開く。なんかおかしいことに気がついたのだ。 ここに来るまでの間、加持はガードゾイドやセキュリティーシステムのクラッキングした形跡など全くない。それどころか、なにやらIDカードらしいモノを見せただけで警備員から何から全部パスしていたのだ。どっちか言うなら、侵入者は加持の背中に張り付いてここまで来た自分の方だろう。 ミサトの困惑した顔を内心面白がりながら、加持はあっさり答える。 「だって俺この扉の向こうまでのフリーパス持ってるからな。・・・だけど、葛城に隠し事をしていたことは謝るよ」 「はあ?フリーパスぅ?なんであんたがそんなもの?」 「貰ったからさ」 「誰に?」 「碇司令に」 加持の言葉に、それまで真面目な顔をしていたミサトの顎がンガッと漫画みたいに落ちた。一瞬ビクッとする加持。そのままミサトが引き金を引いてしまうんじゃないかと、驚いたのだ。 「なんで、なんで、なんでぇ〜? なんであんたが私も持ってないようなモノ持ってるのよ?あんた一尉でしょ?私より階級下なのに!」 「階級は関係ないんじゃないか? まあ、驚く気持ちわかるけど」 「そ、それで!結局あんたはここで何をしているの!?(もしかして・・・私・・・馬鹿?)」 「いや、一度くらいここの向こうにあるモノを見ておこうと思ってね」 「向こうにあるモノ?」 「ああ。全ての始まりにして、全てを終わらせるモノ。葛城もよく知っているモノさ」 そこまで言って加持は右手を振り上げた。同時に、ビクッとしたミサトの銃のセーフティが解除される。 「これさ!」 カードがスリットに通され、スリット横のモニターにロック解除の文字が出る。 加持とミサトの見守る中、ゲードがゆっくりと開いていった。 「これは!?」 目の前の地下とは思えぬほど広大な空間。 そこの一角、十字架に張り付けにされた白子の巨人。両手を釘で打ち付けられ、足の変わりに不気味な肉塊がくっついている。そして腹部には二股の巨大な槍が突き刺されていた。それはまさにゴルゴダの丘の処刑の再現だった。 巨大な存在への畏怖を感じてミサトの体が震える。だがそれだけではない。ミサトの心が何かを感じて悲鳴をあげる。 顔こそは不気味な七つ目玉の仮面で隠されていたが、その姿はミサトにハッキリと覚えがあった。 「11使徒!!何故、ここに!!?・・・・・・・いえ、違うわ」 「そう・・・。A,E、Z・・・三つの計画の全ての要であり、始まりでもある。・・・第壱使徒アダムだ」 「三つの計画!?」 「そう。滅亡を回避すると共に、人類の進化の可能性を探る計画」 もうミサトは聞いていなかった。 心に浮かぶ言葉はただ一つ。 「確かに・・・。ネルフは私が考えてるほど甘くないわね」 第二話完 |