新型の爆弾で壊滅した東京の復興が見放され、第二東京市へ首都機能が遷都して、はや15年...
第二次遷都計画により、建造され始めた第三新東京市へ碇家が引っ越して、もう10年が経過していた。
あの頃...5歳だった少年も、現在は中学3年生..受験戦争の真っ只中にいた。
シンジは朝食を取っていた。
別段に大層な理由が在ってでは無く、登校前に、焼き立てのパンと牛乳を飲むのが、彼の日課だったからだ。
黙々とパンを食べるシンジを横目に、ゲンドウが不意に、噤んでいた口を開き、
「シンジ..学校は、どうする気だ。」
確認している訳でも無い...酷く冷めた口調だった。
「..父さんの言いなりに、なる気は無いよ。」
「言いなりとは、何だ?」
「父さんの名誉の為に、私立第壱高等学校に入学する気は無いって事さ。」
シンジは食事を途中で止めると、ゲンドウを見据えて呟いた。
彼の言葉に...ゲンドウは、面白そうに目を細め、
「では、どうする気だ...ヤリタイ事でも在るのか?」
「僕は、普通に市立高校へ通って、普通の大学へ行って、普通に暮らすんだ。」
一息にそう言って、ドンっと食卓を叩き、次の言葉を口にする。
それは決意に漲っていた。
「父さんの敷いたレ−ルの上を走るような人生は...嫌なんだ。」
「そうかっ...ならば、お前の好きな様にやってみろ。 ただし、万が一の為に第壱高等学校を受験して貰うぞ。」
ゲンドウは両手を組んで、その上に顎を乗せ。
頷く息子に視線を遣り、両手に隠されて、見えない口元だけで...ニヤリっと笑っていた。
「シンジ〜...お隣のアスカ ちゃんが迎えに来てくれたわよ。」
台所から、エプロン姿のユイが現れる。 青い水玉模様が奇麗なエプロンだった。
シンジはパンを齧ると立ち上がり、
「いふぁいくぅ〜 (今行く〜)」
モゴモゴ...
彼はパンを齧ったまま...脇に置いておいた、中学指定の鞄を取ると玄関に向かって駆け出した。
シンジはドアを開け、扉の外にいる少女の姿を見詰め。
「おふぁよう、あすふぁ..」
ギンッ...野生の狼でさえ裸足で逃げ出すような、鋭い殺気を彼が感じた瞬間...
まさに瞬きが終わらぬうちに、少女は必殺の右回し蹴りの姿勢を取る。
咄嗟に両腕をクロスして顔だけは庇ったシンジの耳に、やけに長い息吹が聞こえてくる。
「ひゅ〜〜〜う..」
ブンッ ...空を斬る、甲高い音が聞こえた後、
ズガンっとやけに気持ちの良い破壊音と共に来る衝撃が、彼の下腹部を襲う。
・・・痛いよ アスカ
彼も...まだ食らい始めの頃は、こんな事を言っていたが...その度に、
「は〜? アンタ馬鹿、痛みを感じさせる為に蹴ってんのよ、当然じゃな〜い。」と言われ、
最近では反論する事を諦めていた。
少女は、腹部を押さえ蹲るシンジを見下ろし、
「アンタねぇ〜乙女の前で、パン齧りながら話すってだけでも許せないのに、誰がアスファなのよ。
それが毎日迎えに来てる幼なじみに取る態度な訳?」
少女は...ムッと怒った表情を浮かべ、蹲るシンジをその身体で隠すと彼の両親に顔を見せ。
「それじゃ..おば様、おじ様..行ってきますね。」
「ふむ..惣流さん、愚息の事を頼んだぞ。」
「頑張ってね、アスカ ちゃん。 あぁそうそう...学校が終わったら、アスカ
ちゃんも家に来て頂戴ね。
紹介したい子がいるから...」
彼の両親の言葉に、少女は頷き。
玄関を閉めると蹲ったままのシンジに手を貸し、起き上がらせると埃を払って遣り、一緒に登校した。
そんな風景を見守っていたゲンドウは、新聞を折りたたむとユイに視線を送り、
「シンジの奴め、尻に敷かれるタイプだな。」
そんなゲンドウの台詞を聞き、彼女は笑みをもらし。
「あら...あなたもじゃないの!?」
「何故..私が尻に敷かれるタイプなんだね。」
・・・はぁ 平和ね〜
ベランダから、仲良く登校するシンジaアスカと和やかな両親を見詰めて、碇
ユウキはそう思っていた。
暑い日差しの中を少年と少女は走っていた。趣味で遣っている訳でも、授業でも無かった。
敢えて言うなら、始業前に教室に着きたいから...だった。
「今日も転校生が来るらしいね...最近、転校生って多いよね。」
「そりゃ〜ね。今秋には...ここが首都になるんだもの、人も物もまだまだ増えるわよ。」
「そうだね。」
シンジは頷いてから。
アスカの気持ちを知ってか・知らずか、
「でも、可愛い子かな..そうだといいな〜!」 等と呑気な事を言った。
アスカは眉間にシワを寄せ、顔を顰めると拳を握り込む。
これは後一言でも余計な事を言ったら殴るわよって意思表示なのだが、彼は気づいていなかった。
同時刻のT型通路
「遅刻犯..『恥辱の言葉、晒し者の総称』 って、冗談言ってる場合じゃ無いわね。」
一人で呟いていたのは中学生位の少女で、青い制服を着込んでいる。
雪のような真っ白の肌と胸元の深紅のリボンが、青い制服と混ざり合いながら、彼女の魅力を際立たせていた。
ススッハッハ..
呼吸を続けながら、少女の速度が加速の一途をたどる。
まるで中距離走者か、相当に身体を鍛えている者のような...無駄の無い、美しいフォ−ムだった。
全速力で通路を駆け抜ける少女の耳に、慌てふためいた悲鳴の様な言葉が聞こえてくる、
「シンジ〜〜〜避けなさい。」
角を曲がろうとした瞬間だった...視界の中に、同じ年頃の少年の姿が映ったのは。
・・・道幅が狭い..無理ね。
少女は一瞬にして、躱し切れないのを悟ると考えるよりも先に、行動していた。
歩幅を確かめながら、少年の直前で踏み切ると、彼の肩に手を置いて、飛び箱の要領で飛び越した。
筋肉番付の選手も真っ青な跳躍力だった。
スタンッ..
着地した少女は、翻ったスカ−トを手で押さえ、
「急いでるの、ごめんね。」
そう叫ぶと再び駆け出した...それを黙って見詰めるシンジは、ぼぉ〜っと見惚れていた。
彼女がシンジを飛び越す瞬間...彼の視線と顔は、少女のスカ−トの中に在ったのだ。
・・・!!(激怒)
シンジの一点を見据えるアスカは、額に X マ−クを幾つも浮かべ。
呆然としている彼の左頬を捕捉し...
ビシィィィィ〜〜〜...っという派手な音をかまし、「あぁぁぁ H 馬鹿 変態
信じられない!!」
紅葉を頬に咲かせたシンジは、言い訳がましくも反論する、
「仕方無いだろ、不可抗力なんだから。」
少女は...当然、その呟きを却下した。
あれから...全速力で駆け出したシンジaアスカは、何とか始業前に教室に着いていた。
扉の上には、「 3−A 担任 柏木 コトコ 」と表示されている。
朝の一幕をシンジの口から聞いたトウジは、ニヤニヤっと笑みを浮かべ。
「っで、どうなんや?..見えたんか?」
シンジは彼の言葉に...指先を丸めると素っ気無く、「ちらっ..とだけね。」っと答えた。
トウジは悔しそうな表情で、シンジの指先を見詰め。
「かぁ〜もう..朝ぱらから、運の良ぇやっちゃな〜!」
そう呟いたトウジは...誰かに背後から耳を引っ張られ、痛みで顔を顰めると背後へ振り返り、
そこにいる少女を睨んで。
「イインチョ〜〜何さらすねん!」
イインチョ〜と呼ばれた少女は、教室の後ろに設置されたごみ箱を視線で示唆し、
「鈴原..週番でしょ、ゴミ捨て行きなさいよ。」
トウジが立ち上がるのを見詰め、彼女は頷き...席に戻った。
少女の言葉に渋々と頷き、席から立ち上がるとごみ箱を持ち、
焼却場へと向かう、トウジの姿を見せられたケンスケは...
椅子の背凭れに体重を預けた状態で、椅子の前足を浮き上がらせ、青空を見上げ。
・・・平和だねぇ
そう思って複雑な表情を浮かべた。
柏木 コトコは、いつも通りの時間に、何気なく教室に入ってくると、パンッと教卓を叩き。
「喜べ野郎ども、お待ちかねの転校生だぞ..よし入れ。」
柏木 コトコは、姉御肌の体育教師で、問題児の多い3Aを纏められる有り難い教師だった。
彼女の言葉に従う様に、教室の扉が開けられると一人の少女が教室に入ってきた。
「綾波 レイです。 ヨロシク。」、彼女の挨拶は簡単なものだった。
青い髪と緋色の瞳の美しい少女....
一切の無駄が無く、均整の取られた、神のみが創り得る美しい天使像の様だった。
息を呑む一同の中で、意気を吐く少女が一人...アスカ だった。
彼女は青い瞳に驚愕の色を浮かべ、「あぁぁぁ!? アンタ、朝のパンツ覗かせ魔」っと叫んだ。
・・・誰が??
思い掛けない少女の言葉...それが誰に向けられたものか解らず困惑していた。
全員の視線が自分に集まると、転校生の少女は、今朝の一幕を思い出した。
「誰がパンツ覗かせ魔よっ、不可抗力じゃないの!」っと答え、アスカの方を向き呟いた。
「それとも何?..嫉妬でもしてるの、ひょっとして付き合ってるとか!!」
レイのクリティカル アタックを食らったアスカは... ウッと呻き、上体を反らすと呟く。
「ただの幼なじみよ。」...ちょっと引きが入っている。
「なら問題無いじゃない..第一覗かれて恥ずかしいのは私でしょ〜が!」
「ハイハイ..そこまで、続けたかったら放課後ね! 洞木さん、号令をよろしく。」
柏木教師の呟きに、一応..二人とも落ち着いたのか、席に据わると大人しくしていた。
HRが終わると男子は外に追い出され、教室内では女子の着替えが行われた。
月曜日の一時間目は、担任の受け持つ「体育」の授業だった。
トウジは、体操服に着替え終えたシンジを見つけると側によって、
「しっかし..ええなぁ、あないな激マブな子のパンツ見よってからに...」
「本当だぞ シンジ..チョオ〜好みな子じゃないかっ!」
「そうかな..普通の子だと思うけどなぁ。」
「正気か?..あんな美人は滅多にいないぞ!?」
シンジを疑惑の瞳で見るケンスケの言葉に、彼はウンウンっと頷いてから、
「せやな〜でも仕方ないやろ..あれだけ美人に囲まれれば、感覚も麻痺しよるわ。」
「何て、贅沢な悩みなんだ..友情を疑っちゃうぞ シンジ。」
ウ〜ンっと額に手を当て、考え込んだシンジは、彼らの言葉に思い当たる節が無く..悩んだ末、尋ねる。
「誰が美人なの?」
ズガンッ...
シンジの声を聞くなり、かなりオ−バ−なアクションで廊下に倒れる、トウジとケンスケ。
ケンスケは起き上がり、シンジの方を見ると、プルプルと拳を震わせながら。
「シンジ..ユウキさんの事どう思う!?」
「姉さん..それがどうかしたの?」
「違〜う!! いいか〜シンジ...あの人は僕らの憧れなんだ。」
「何でさ?」
「均整の取れた美しい姿態、凛々しい言動..あ〜あんなお姉様が僕も欲しかった。」「ワイも欲しかった。」
・・・そりゃ〜性格は姿態に映らないかもしれないけど
シンジは完全に、完璧に、容赦無くそう思ったが、反論しても無駄そうなので、諦めると別の事を口にする。
「僕は、チナツ ちゃんみたいな、可愛い妹が欲しかったよ...羨ましいなトウジが..」
「何故や?」
「利発そうな良い子じゃないか。」
・・・そりゃ 利発やのうてガメツイ言うんや!
曖昧な表情で...トウジは笑みを浮かべた。
「それになぁ..惣流の事にしたってそうなんだぞっ。」
「美人って事?」
「そうやっ。 ワイ等は遠慮したいが...お前がおるから言うて、告白せん男子は星の数なんやで!!」
まぁ その反対にアスカが恐くて、告白出来ない女子の数が多いのも事実では在るのだが。
「何で、僕は関係無いじゃないかっ!」
・・・解ってないな〜 シンジ / ・・・ダメやなこりゃ
ケンスケとトウジは、同時に溜め息を吐き、呆れ顔でシンジを見詰めた。
この後...授業は普段通り行われ、それぞれが帰宅の徒についた。
校門を抜けて、いつも通りの通学路を歩いているシンジ a アスカ...
アスカはレイが先程から、ずっと後を付いてきているのに...気が付き、振り返った。
レイはアスカを見咎め、「何!?」っと呟いた。
彼女の言葉に...アスカは真っ赤になると、彼女に向け、ビシィ〜〜〜っと指を差し。
「何じゃないのよ..さっきからアンタ、スト−カ−か何かな訳?」
「どうして..そう思うの?」
「鬱陶しいのよ!!」
「どうして..鬱陶しいの?」
アスカはぶちキレ寸前の表情で、彼女を見据えると、「現に尾行してるでしょ〜が!」っと叫んだ。
彼女は心外そうな表情を浮かべると冷めた目付きで..ぼそっと呟く。
「被害妄想・神経過敏なのね...私の下宿先もこっちだから、後ろを歩いてるだけよ。」
「嘘吐きは泥棒の始まりなのよ!」
「何故?」
「白々しいのよ。今朝、アンタはもっと前のT型通路の角を曲がってきたでしょうに..」
レイは彼女の言葉に冷笑を浮かべ、フンッと鼻を鳴らすと、
「今朝はホテルから来たの..夜分過ぎに挨拶は出来ないでしょ。」そう答え、余裕の笑みをみせた。
「下宿先?」
シンジの言葉に頷き...生徒手帳の中から、一枚の折りたたまれた地図を取り出すと彼女は、
「これ..碇ゲンドウって人の家。」そう言って、地図をシンジに見せた。
「あっ..それ、僕の家だ。」っと何気ない呟きを漏らすシンジ。
レイの言葉を聞いたアスカとシンジの呟きを聞いたレイは...動きを止め、同時に叫び声を上げる。
「「えぇぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜??」」
夕焼けの映える通学路で奇声を張り上げる彼女らを、通りすがりの人々が奇妙な面持ちで見詰めていた。
一触即発状態のまま...シンジはレイを案内しながら帰宅した。
..nachst Erzahiung
レイとアスカを連れ、帰宅したシンジ。
終えていた家族会議の結果を聞いたシンジは愕然とした。
「綾波君だったな...悪いが愚息と寝食を共にして貰う事になった。
何、心配はいらん..今週中はもう無理だが、来週には部屋の寝室だけは工事するからな。」
「ちょっと..綾波さんと同室だなんて、寝る所はどうするのさ?」
ゲンドウは呆れ顔で、「ベットを譲って、お前が布団で寝れば良いだけの事だ。」そう呟いた。
・・・おじ様、そんな問題じゃないでしょ〜が!
アスカは真っ赤な顔で話しを聞いていた。