「シンジ! 起きろ!」

「ん、、んー・・・」

「寝ぼけてないで、起きる!」



そう言って、アスカはシンジから掛け布団を剥ぎ取る。



「な、、何するんだよ、もう・・・何でこんなに早くアスカが起きてるんだよ・・・」

「せっかくこんな美女が起こしてるのよ? 起きろ!」

「どうせならもっと優しく・・・」

「何か言った?」

「起きるよ、起きますよ・・・」

「分かれば宜しい、お腹すいたよ」

「じゃぁ、自分で作れば良いじゃないか・・・」

「うっさいわねぇ、さっさと作る!」

「分かったよ・・・」



シンジが起き上がるのを確認すると、くるりと方向を変え部屋を出て行くアスカ。

アスカが出て行くと、シンジはまだ起きやらぬ目をゴシゴシと擦りゆっくりと着替えを始めた。

いつもよりもゆっくりと着替えを済ますと、自然と溜息が漏れる。



ごめんね・・・シンちゃん



自分の布団を綺麗にベッドの上に重ね、カバンの中を整理する。



後・・・11日しか無いの・・・



この期に及んで、学校の支度をしている自分が可笑しかったのか、自称気味に乾いた笑みを浮かべる。



何もしてあげれないの・・・ごめんね・・・



「ミサトさんが謝る事無いのに・・・」



ポツリと漏らす言葉はふわりと舞い込んだ風に流される。

朝日がシンジの部屋のベッドを白く焦がし、今日の暑さを予感させた。



「アスカお待たせ、すぐ作るから」

「アンタ馬鹿ぁ?」

「な・・・何がだよ?」

「何制服着てるのよ?」

「アスカこそ、何で私服なのさ?」

「はぁ〜あ・・・アンタってほんっと馬鹿ね」

「馬鹿、馬鹿言うなよ・・・」

「こんな時に学校行ってる場合じゃ無いでしょ?」

「そうだけど・・・他にする事も無いし・・・」

「仕方無いから今日から11日間、アタシが遊んだげる」

「えぇええ!?」

「何、そのリアクション・・・」

「だだだだ、だって、変じゃない?」

「嫌なわけぇ?」

「嫌とか嫌じゃないとかそう言うんじゃ・・・」

「あ〜、はっきりしない男ねぇ、最後ぐらいシャキっとしなさいよ!」

「最後とかってハッキリ言うなよ〜」

「うっさい! 分かったらサッサと着替えて来る!」



仕方無く普段着に着替えをし、台所へ戻ると、テーブルに頬杖を付いてこちらを見ているアスカの姿が目に入る。



「ねえ、アスカ」

「何よ」

「何もする事無いなら、手伝ってよ」

「・・・何すれば良いのよ」

「料理・・・とは言わないけど、お皿ぐらい出せるでしょ?」

「はぁ〜い」



アスカは渋々と言った感じのリアクションを取ると、お皿を並べ始める。

コップ、大皿、小皿、マグカップ、それぞれ3つずつ並べると、アスカはコーヒー豆を挽き始めた。

台所にコーヒーの臭いが漂い、卵を焼いているフライパンから薄く白い煙が上がると一気に食欲が湧いてくる。



用意が出来る頃、キチンとした格好では無い物の、程度良くまとまった姿でミサトが台所に現れた。

その目は誰に言われるまでも無く真っ赤に腫れ上がっている。

敢えて、シンジもアスカもその事に触れる事は無かった。

ミサトにしてみれば重い、重すぎる告白だったに違い無い。

家族と呼び、一緒に暮らし、それこそ共に死線を潜り抜けてきた仲である。

その少年に『死』に値する宣告をする事がどれだけ辛かったかは想像するまでも無かった。



「ミサト」

「何〜?」

「今日から学校休むから」



コーヒーを注ぎながら、当たり前の様に言い放つアスカ。



「そうね、学校なんてどーでも良いわ、この際」

「でしょ? なのに、シンジなんて馬鹿だから制服着て出てくるのよ?」

「シンちゃんはアスカと違ってま・じ・めなの」

「ばっかみたい」

「馬鹿って言うなよ・・・」

「ただ〜」

「何よ」

「学校にも一回は行かなきゃね」

「何でよ、アタシと遊んでれば良いじゃん」

「そうは行かないでしょ〜?」

「そうだよ・・・」

「何でよ!」

「だって、鈴原君とかにも・・・ねえ」

「・・・・」

「・・・・」

「・・・・ごめん」

「あ、いや、もっともだと思うから・・・良いんです」

「そっか・・・じゃ、明日の夜はパーティね」

「えー・・・」

「えー・・・っじゃ無い!」

「だって、パーティって・・・」

「まー・・・普通は喜ばしい時にやるもんだけど・・・」

「・・・うん・・・」

「細かい事気にしない!」

「うーん・・・まぁ良いけど・・・」



半ば強引にアスカに色々と突きつけられながら食事が進む。

シンジは久しぶりにアスカの強引な姿勢を見た気がした。

きっと、アスカがこうやって張り切らなければもっと暗く落ち込んでいたに違いない。

それに気づくと、シンジは誰にも気づかれない程小さく笑みを浮かべると、もう一度焼きたてのパンを口に放り込んだ。



朝食を食べ終わると、途端にやる事が無くなってしまう。

いつもならば、学校へ行っている時間だ。

誰に向かうわけでも無く一人呟く。



「何しろって言うんだよ・・・」



それが聞こえたのか、聞こえないのか、アスカが部屋に入ってきた。



「さて、と、遊び行こっか」

「・・・どこに行くって言うんだよ・・・」

「そうねぇ・・・」



一瞬、考えるポーズを取ると直ぐに腰に手を当て、こちらを指差す。



「メトロポリタン行こう!」

「メトロポリタン・・・って、厚木じゃ無いか!」

「良いじゃん、一日有るし」



メトロポリタン − 厚木に有る大公園である。

5年程前だろうか、陸上の世界大会が行われた際に競技場と共に建築された人口公園である。

様様なメディアで取り上げられ続け、今や有名なスポットになっている。



「嫌な分け?」

「嫌って分けじゃ無いけど・・・」

「けど?」



数秒、シンジは考え込むと、力を抜いて笑顔で答える。



「よし、行こっか」

「おっけー! じゃ、30分後に出かけるわよ!」

「分かった、30分もかからないけど・・・準備・・・」

「馬鹿! 女の子はかかるの!」

「そう言うと思ったよ・・・」



結局、準備に40分近くかかったアスカと一緒に駅に向かって走る羽目になってしまった。



「な、、何で、、、僕が、、、走んないと行けないんだよー!」

「ハァハァ、、、うっさいわねえ、、、す、、少しは頑張んなさい!」

「い、、、良いじゃん! 走らなくても!」

「ハァハァ、、、、駄目!」

「ハァ、、、ハァ、、、もう、、、駄目、、、、」



「ハァハァ、、、ま、10分は稼げたわね」

「ふー、、、冗談じゃ無いよ、まったく・・・」

「あんた、男でしょ!」

「準備遅れたのアスカじゃ無いか!」

「ぬぁんですってー!」



いつもの様に言い合いながらも、心は弾んでいた。

それはきっと、アスカだけじゃなく、シンジも同じだったに違いない。



駅に付くと、すぐに厚木行きの電車が入ってきて、運良くすぐに乗る事が出来た。

電車の中で一息付くと、アスカは優しい笑顔を見せる。



「おつかれさん、シンジ」

「付く前に体力使い果たしそうだよ・・・」

「ふふ、これからじゃない!」

「メトロポリタンなんて初めてだよ」

「アタシだって初めてだわよ」

「どんな所なんだろうね」

「TVと雑誌でしか見たこと無いから、分かるわけ無いじゃん」

「ま、そうなんだけど・・」

「でもね」

「うん?」

「ジャジャーン!」

「何さ」

「ほら」

「メトロポリタン攻略書〜?」

「そ、前から行こうと思ってたからね、買っといた」

「・・・そういう事にかけては準備早いよね・・・」

「備え有れば憂いなし!」

「・・・まあね・・・」



公園とは言っても、そこには沢山のアトラクションが有り、様々な飲食店が並んでいる区画も有る。

大きな遊園地と言った方が良いかも知れない。

案の定、シンジはアスカに振り回されながら半日近く引きずりまわされる羽目となった・・・。



もう、到着してから随分と時間は経っただろうか、4人座れる程の長椅子に座るとアスカが口を開く。



「んー! 駄目だ!」

「何が?」

「ぜんっぜん、周りきれない・・・」

「そりゃ、そうだよ・・・一体どれぐらい有ると思ってるの?」

「まあ、覚悟はしてたけど、これはかなり強敵ね」

「今日だけで周ろうとするからだよ・・・」

「むー!」

「だって、この公園に入るとき目の前ホテルが一杯並んでたじゃないさ」

「そうねー・・・3泊4日とかで来る人居るもんねー・・・」

「でも」

「でも?」

「アスカと一緒で楽しいよ」



意表を付くシンジの言葉にうろたえてしまうアスカ。



「な、、何いってんのよ!」

「え?」

「突然変な事言わないでよ」

「何が?」

「馬鹿・・・」



時々有る、こう言うさり気無い言葉がアスカを困惑させる原因でも有った。

シンジの方は意識していないだけに、アスカにとっては新鮮で、びっくりさせられるタイミングでも有ったが。



暫くの間、他愛の無い話をしていると、辺りが暗くなって来た。

夏の夕方の独特の赤色で空を燃やし、山と山の間を滑り落ちていく。



「ねえ、アスカ」

「何?」

「僕は・・・どこに行くんだろう」

「・・・」

「もう一人の僕になった後、今の僕はどこに行くんだろう」

「シンジ・・・」

「死ぬ事に関して、恐怖を感じたことは無いんだ」

「シンジは死ぬわけじゃ無いでしょ・・・」



慰めたつもりで出た言葉にまったく説得力は無かった。

それを受けて、シンジも力なく答える



「この前ね」

「うん?」

「加持さん、来たんだ」

「そう・・・無事だったとだけ聞いたけど」

「周りの人間が皆死んだと思っていたら、死んだのと同じだって」

「え?」

「言ってたんだ、加持さん」

「・・・」

「周りの人の事・・・全部忘れちゃったら、死んだのときっと同じなんだろうなって」

「・・・でも・・・」

「何?」

「でも、シンジの事、私は覚えてるよ」

「・・・うん」

「だから・・・」

「・・・」

「だから、シンジは死んでない・・・」



シンジが顔を上げ、横を見るとアスカは泣いていた。

蒼い瞳から綺麗な滴が溢れ出し、柔らかい頬を滑り落ちていく。



「アスカ?」

「シンジは怖く無いかもしれないけど、私は怖いの」

「え?」

「昔、感じなかった恐怖を今は感じるの」

「・・・」

「人の死を打算で考えてたあの頃とは違うの」

「アスカ・・・」

「人の死が怖いし、自分の死が怖いと思う」

「・・・うん」

「やっと・・・普通の生活に戻ったのに」

「・・・」

「やっと・・・やっと、シンジと仲良くなれたのに」

「・・・」

「酷いよね・・・」

「大丈夫」

「・・・」

「人の何分の一しか無かったとしても、最後の半年は精一杯生きたから・・・」



アスカは無意識のうちにシンジの手を握っていた。



強く・・・



強く・・・




強く・・・




そして、願った。



永遠の一瞬を。




強く・・・



強く・・・




強く・・・




例え届かぬ願いであったとしても、



例えかなわぬ夢だとしても、



強く願った。



それしか・・・



出来なかった。






次回 スカの決意



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