西暦2000年


 人の住みし大地より遙かな高見、月面より確認できるほどの光の柱が弓形の島近辺で天空にそそり立った。
 その1時間後、南極大陸において先の光の柱を遙かに凌駕する大爆発が起こった。
 後にファースト、セカンド・インパクトと呼ばれる大カタストロフィである。



<およそ1時間前>

 「非常事態!非常事態!総員、防御服着用!
 第2層以下の作業員は至急セントラルドグマ上部へ避難してください!!」
 純白の光が周囲をまぶしく照らす中、機械的な、それでいて全身全霊を込めた必死さを感じさせるアナウンスが研究所全体に響きわたっている。そしてその避難勧告を無視して、作業を続ける人間がいた。
 「表面の発光を止めろ!予定限界値を超えている!!」
 「アダムにダイブした遺伝子は、既に物理的融合を果たしています!!」
 「ATフィールドが全て開放されていきます!」
 光の中、科学者が血を吐くように叫ぶ。
 「槍だ!槍を引き戻せっ!!」
 「だめだ、磁場が保てない!!」
 「沈んでいくぞ!」
 モニターに映る光景に全ての科学者が見入る中、1人の科学者が鉄の棺桶のような機械の中から死んだように眠っている一人の少女を取り出し、こっそりと室内を後にする。仲間を、仕事を、全てを放棄して。
 彼が居なくなったことにも気づかず、気がついたとしても何もできなかっただろうが科学者達は目の前で起こる悪夢を何とか押しとどめようと必死になっていた。
 「わずかでもいい、被害を最小限に食い止めろ!!」
 「構成原子のクォーク単位で分解だ!急げ!!」
 「ガフの扉が開くと同時に熱減却処理を開始!!」
 研究所で起こる何かがもたらす圧力によって外のブリザードに変化が起こる。科学者達の声から、生気が失せていく。
 「すごい・・・歩き始めた・・・」
 「地上からも歩行を確認!」

 光り輝く何かが、生まれ落ちた。

 「コンマ一秒でもいい! 
 奴自身にアンチATフィールドに干渉可能なエネルギーを絞り出させるんだ」
 何かが放つ暴力的なエネルギーの前に分厚い壁が、その内に埋め込まれた鉄骨が玩具のように吹き飛ばされていく。
 「すでに変換システムがセットされています!」
 「カウントダウン、進行中!」
 「S2機関と起爆装置がリンクされています!解除不能!!」
 「羽を広げている!地上に出るぞ!」




 無数の骸と研究所の残骸が散らばる中、1人の男がよろよろと歩いていた。全てを凍り付かせる極寒の風の中、彼はその腕の中に黒髪の少女を抱えていた。自らの防寒具を自身の物か、それとも他人の物かわからない血で染め、薄れゆく意識の中たった一つの想いだけを胸に必死に前へ前へと進んでいく。体を寒さでただれさせ、つららを垂らしながら目的の場所たる小屋にたどり着く。その小屋の中央にポツンと置かれた金属のカプセルまでたどり着くと、ようやく男はほんの少しだけほっと力を抜いた。血に染まりぼろぼろになった腕で男がカプセルの開閉レバーを動かした瞬間、小屋の屋根が吹き飛んだ。
 男が震える顔で天井を見上げると、屋根の穴越しに光の巨人が見えた。凄絶な笑いを浮かべる彼の心に去来した物はなんだったのだろうか?我々に分かるはずもないが、彼はすぐに視線を腕の中の少女に転じると最後の力を振り絞り、少女をカプセルに入れた。そして自身が持っていた十字架のようなペンダントをその胸にのせる。それが彼の精一杯。
 男の傷からしたたり落ちる血が顔にかかり、苦痛を堪えるかのように少女がゆっくりと目を開く。
 「おとうさん・・・」 
 その言葉と共に、カプセルの蓋が閉まり男は満足げに身をかぶせた。
 全てを吹き飛ばす衝撃波が周囲を地獄に変えたのはまさにその時だった。


 南極を分厚く覆う雲を突き破るようにその中心部から4枚の光の柱、いや翼が天空を目指して広がっていく。生け贄となった山羊の鳴き声のような音を立てながら、獲物をからめ取る虫のように不気味にわななきながら。
 それは悪魔の失墜のようにおぞましく、天使の光臨のように神々しい光景だった。


 それからしばらく時がたち、爆発の中心から遠く離れた海面を少女が入っているカプセルが漂っている。

ぱしゅっ

 空気が抜ける音共に自動的にその蓋が開き、中から少女が血に染まる胸を押さえながらヨロヨロと立ち上がる。出血のせいかふらついていたが、彼女の目は眼前の地獄を茫然と見つめていた。
 天空へ2本の光の柱が立ち、柱からこぼれ落ちるように火の雨が降る。

 「おぎゃああああああっ!!!!」

 突然彼女の頭上より響く凶声。
 そのおぞましき声に傷の痛みも、眼前の地獄も忘れて頭上を見上げる少女。
 彼女の頭上を空を切り裂くように飛来する黒い影。
 長い尾、凶々しい爪、両の肩から長く突き出た角、漆黒の翼。

 「おぎゃああああああああああああああああああっ!!!!!!!」

 「・・・・・・神様」
 赤子のような鳴き声をあげて光の中に身を投じる黒き影を見て少女は呟いた。 
 その胸には血で薄汚れた十字架が揺れていた。



 現代。
 雷が鳴る中、葛城ミサトが着替えていた。下着姿の彼女の胸に白く浮き上がる15年前の古傷。
 姿見に写るその傷を、そして自分自身をミサトは無表情に見つめていた。
 再び雷鳴が轟き、稲妻は化粧台に置かれた口紅と十字架を浮かび上がらせた。





新世紀エヴァンゾイド

第壱拾弐話Aパート
「 奇跡の価値は 」


作者.アラン・スミシー



 碇家の玄関口で2人の少年達、鈴原トウジと相田ケンスケの2人が制服から水を滴らせている。
 外は相変わらずの雨。
 その中を走り抜けてきたのだろう2人とも全身ずぶぬれになっている。
 少し震えながらもこの家の住人、碇シンジがタオルを持ってやってきたのを見て、トウジが口を開く。
 「すまんなあシンジ、雨宿りさせてもろうて」
 「ミサトさんは?」
 シンジはケンスケの質問に苦笑いしながら、とある部屋の扉に目を向ける。
 「まだ寝てるのかな。最近、徹夜の仕事が多いんだ」
 二人にタオルを渡しながらシンジが少し困った顔をする。一言で言うならば2人に本当のことを教えるべきかどうか迷っているのだ。

 (話したらきっと泣く)

 シンジはそう思い、口を閉ざすことにした。そんな彼の内心の葛藤にも気づかず、トウジがうんうんとしたり顔で頷く。
 「ああ、大変な仕事やからな」
 「ミサトさんを起こさないように静かにしてようぜ。静かに」
 「「しぃ〜」」
 2人が顔をつきあわせて、『しぃ〜』をやったとき彼らのささやかな努力をあざ笑うかのように大きな声が碇家のみならず、隣の部屋にまで響き、そこの住人の端正な顔を少しゆがませた。

 「ああああ〜〜〜〜っ!!」

 もう1人の碇家の住人、惣流アスカラングレーが脱衣室のアコーディオンカーテンから、顔だけ出して2人を睨み付けている。
 「あんたたち何してんのよ!!」
 「雨宿り」
 彼女の質問に、同居人の微妙な意識がわからないシンジがキョトンとした顔で答える。そののんきな顔を見て、アスカの顔が少しだけ失望にゆがむが、それも一瞬のこと。すぐに持ち前の勝ち気さを取り戻す。
 「はんっ!わたし目当てなんじゃないの!?
 着替えてんだから・・・見たら殺すわよ」
 物騒な事を言いながら、彼女の頭がカーテンに隠れた。彼女の頭が消えた後をトウジが忌々しげに、ケンスケが半目になって睨み付ける。
 「じゃかあしいわいっ!誰がお前の着替えとんの見たいちゅうんじゃ!?」
 「自意識過剰な奴」
 2人揃って小声で毒づいた。
 そんな2人をシンジが少し困った顔で見ていた

 
 「・・・なんやあの○△□の☆●凸凹で・・・な女が何言っとんのや。
 けったくそ悪いのお、ほんま。センセにも同情するで。
 あんなおなごと一緒に生活しとんのやからな。
 やっぱ付き合うんならあんながさつで生活能力ゼロの暴力女やのうて、お淑やかでよく気がつくおなごか、大人の包容力を持った年上の姉ちゃんやな。
 センセもそう思うやろ?」
 しばらく彼曰く、暴力女への愚痴を言っていたが、ふと話題を変えるトウジ。話題自体はさほど問題ではないのだが、話をシンジに持っていくところが凶悪だ。シンジの顔が微妙に引きつる。さて、彼の本音はどうなんでしょう?
 彼が返事できずに固まっている横で、ケンスケが眼鏡を怪しく輝かせながらこれまたうんうんとうなずく。
 「そうだよな、トウジ。さすがは心の友!!
 彼女にするなら、お淑やかで、黒髪が長くて、控えめで、優しくて、本が好きで、歌が上手くて・・・」
 妙に具体的なことを言っているケンスケ。
 「・・・そんでもって、滅多に見せないけど笑顔が可愛くて、下着はいつも白か薄い水色で、結構着やせする体型で、水着になった時ギャップが大きくてスッゴクそれが新鮮で、プラグスーツを着た日にはもう・・・」
 墓穴を掘りまくる事にも気がつかず眼鏡を輝かせうっしっしっし。
 
 (危ないとは思っとったが・・・ここまで危ない奴とは思わんかったわ。そのうち山岸を、す、す、すとーぶ?【注:ストーカー】
 やったかいな、それやるんと違うか?)←不正解 すでに実行中
 (ううっ、使徒より不気味だ。そう言えば、壱中でアスカや綾波だけじゃなくて、ミサトさん達の写真が販売されているって聞いたけど・・・、犯人はケンスケ?)←正解 ちなみに共犯はトウジとムサシ

 あまりの不気味さと自分の想像に、腰が砕けそうになると言うか本当にその場にへなへなと座り込んでしまう2人。ケンスケの精神汚染に完全にグロッキー。

シャッ

 その時、リビングに通じる扉が音を立てて開き、1人の女性が姿を現した。
 その女性は玄関で座り込んでいるシンジとトウジに怪訝な目を向け、次いで逝った目をしながらブツブツ呟くケンスケを見て思わずガタタッとずっこける。

 「な、何やってんの?」
 「逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメなの?・・・あ、ミサトさん」
 「どうしたの、彼?」
 シンジがすぐ側に立つピシッと決めた女性、葛城ミサトに気がつきハッと顔を上げる。
 「わかりませんけど、さっきから危ないことブツブツ呟いて・・・あまり関わりたくないんです。
 逃げても良いですか?」
 「気持ちはわかるけど、逃げちゃダメよ。今あなたが逃げたら私が彼の相手をしないといけなくなるでしょ?
 だから、逃げちゃダメよ」
 「冷たいですね。ミサトさん・・・」
 ミサトの厳しい言葉に、シンジはふっと目をそらして絞り出すように呟いた。まるで飼い主に見捨てられた子犬のように力のない目をして。
 「なんとでも言って。少なくとも私は6月まで死にたくないの」
 そんな彼の言葉にこちらは自嘲気味な調子で反論するミサト。だが、その言葉の端々にはとてつもなく嬉しそうな響きがにじみ出ている。その雰囲気とミサトの最後の言葉にシンジがハッとした目をする。今度は夏の花火のように元気良く。
 「あっ、決まったんですか!?おめでとうございます!!」
 「あちゃ、しまった!
 ん〜でもま、いっか。ありがと♪シンちゃん♪」
 「み、ミサトさん!?お、おじゃましています!
 って、ちゃう!
 いったい何の話や!?」

 シンジから少し遅れて復活したトウジが、あわててミサトに向き直り挨拶をする。だが、すぐに2人の意味不明の会話に疑問符全開にしてシンジに詰め寄る。まあ、無理ないかも知れない。ミサトは彼の憧れの的。彼女の事は何でも知っておきたいと思う少年の熱いパトスがそう命令するから。
 「あ、あの、実は・・・」
 「なんや・・・なんか隠しとるな?
 何隠しとるんや!?
 キリキリ白状せんかい!!決まったって何が決まったんや?」
 「えっと、あの〜・・・。
 ミサトさ〜ん、助けて下さいよ〜」
 トウジに詰め寄られ、しどろもどろ。話すべきかどうか悩んでいるが結局ミサトに助けを求めて情けない声を出した。自分でトウジにとどめをさしたくないから逃げたとも言うが。そんな彼にサザ○さんがカ●オを見るような目、つまり年の離れた弟を見るような目を向けながら、ミサトが救いの手をさしのべる。
 
 「しょうがないわね〜。鈴原君、シンジ君から手を離して。説明するから」
 口ではしょうがないと言っているが、横から見ているととても嬉しそうでイヤそうには見えない。話したくて話したくてうずうずしている。そんな感じだ。トウジがじっと見つめる中、にんまりと口の端をゆがめる。
 「ハア、本当はもっと後で話してみんなを驚かせるつもりだったのに・・・。
 単刀直入に言うと、私今度、加持と結婚するの。本当はイヤなんだけど、あのぶわぁかがさぁ、真剣な目してぇ『8年前言えなかったことを言うよ。ミサト、愛してる。結婚してくれ』とか言っちゃってさ〜〜〜〜♪♪♪
 もう、ミサト恥ずかしい! て言うかぁ、超ラブラブって感じぃ♪」
 突然口調が変わって、前世紀の女子高校生か下手したら中学生のような口調で惚気始めるミサト。シンジ達の体温急降下!!!





 「はっ?」
 「だ・か・ら〜、私結婚するの♪」
 「なんや、そうやったん・・・な、な、「なんですと〜〜〜〜〜〜!!!!?」
 トウジの叫びよりでかい声で、ケンスケが絶叫した。どれくらい大きな声だったかと言えば、恋愛ドラマを見ていた隣室の住人が、その叫びのせいでクライマックスの音声が聞こえなかった事に腹を立てて、次の日ケンスケをリンチすることを決意するほどでかい声だった。
 「ミサ、ミサ、ミサトさんっ!!!それ本当ですかぁ!!!?(写真の売り上げが!!!)」
 「ええ、一応・・・そ、そんなに驚かなくても良いじゃない・・・」
 トウジとケンスケの驚きようにびくびくっとするミサト。それほど彼らの反応は凄かった。例えるなら、沸き上がる油に水をなみなみと注いだ時みたいに。

 「嘘やーーーーーーーっ!!!!!!」

 その時、腰が引けてる彼女を紅く霞む視界で捕らえながらトウジが絶叫。
 寝ていたペンペンと、隣室の飼い猫3匹が飛び起きる!
 マンションの窓ガラスがヒビ割れ、壁に亀裂発生!!
 のみならずその大音量は街中に、そして地下のネルフ本部にまで響きわたる!!

 『コンフォート17マンションで異常振動が観測されました!!』
 「なんですって!?
 青葉君、それは本当なの!?
 マヤ、MAGIの判断は!?」
 『わかりません!MAGIも判断を保留しています!!」

 空前絶後の大迷惑。


 「嘘や!嘘や!嘘や〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!
 ワシは夢を見とるんや〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!
 いかん、雨で濡れたせいで熱を出したみたいや。センセ、すまんけどワシ帰らせてもらうわ。雨もやんだみたいやし・・・」
 絶叫から一転、乾いた笑いをしながら外によろめき出る。外は相変わらずの大雨だったが、彼の心はそんな雨が土下座するほど悲しみの土砂降りだったため、彼にとっては霧雨同然。男泣きをしながら走り出すあまりにも悲しい彼の後ろ姿を、友人として見送るシンジとケンスケ。ルルル〜と音がするほど涙を流しながらさようなら。
 「うん、お大事に・・・(トウジ・・・。現実逃避は良くないよ)」
 「また明日・・・(こんな形で初恋が破れるとは、なんて哀れなんだ・・・。人ごとながら辛いぜ)」
 ちなみに次の日彼らは会うことができなかった。
 壁一枚隔てた部屋の主が、今度は濡れ場をドキドキしながら見ていたのだが、やっぱりトウジの絶叫で聞こえなくてトウジも殺す決心をしていたから。
 がんばれトウジ。女はふられるほど美しくなり、男は強くなる物だから。

 「ほ、本当にどうしたのよ、彼?」
 涙を流しトウジの後ろ姿を見送る2人にミサトの額から汗がたら〜り。
 「ミサトさん、今はそっとしてやって下さい。明日になればたぶんきっと・・・」
 「そうですよ。たとえ今は苦しくてもあいつには委員長が居るから。
 明日になればきっと元気になりますよ。だから今だけは・・・」
 「なんだかわからないけど、そう言うんならまあ・・・」
 今だ涙を流しながら、トウジにエールを送り続けるシンジ達に思いっきり眉をしかめながらも、ミサトが真面目な顔をする。
 「今夜はハーモニクスのテストがあるから、遅れないようにね」
 「「はい」」
 ミサトの様子が真面目モードに替わったことを敏感に察知して、こちらも真面目モードになって返事をする2人。その声は先ほどまでのおちゃらけから一変した芯が通った力強い声だった。
 その返答に満足げにうなずくと視線を脱衣室に向ける。
 「アスカもわかってるわね」
 「わかってるわよ!!」
 彼女の言葉に帰ってきたのは、喉に刺さった小骨のように毒を含んだヒステリックな返事だった。
 ミサトはその返事にムッとしながらも、それをすぐに消してシンジに目を向ける。
 「相変わらずご機嫌斜めね。シンちゃんも大変でしょ?」
 「ははっ、アスカのヒステリーにももう慣れましたから・・・」
 お互いに苦い笑いを浮かべながら話すシンジとミサト。
 忘れられたような気分のケンスケが、ふとミサトの襟章に気づいた。一瞬目を見開くと、横のシンジがぎょっとするほど大きな声を出す。
 「わっ、この度はご昇進おめでとうございます」
 「えっ、あ?お、おめでとうございます・・・」
 「あ、ありがと。じゃ、行ってくるわね」
 頭を深々と下げるケンスケに少しだけ困った顔をしながら、ミサトは部屋を出ていった。
 その後ろ姿に2人揃って手を振るシンジとケンスケ。
 「「いってらっしゃ〜い」」

 「どうしたの?ミサトさんに何かあったの?」
 後ろ姿を見送りながら、シンジが先のケンスケの不審な行動に対して質問する。彼につられてお辞儀までしたのだから、その理由を知りたいと思っているのだ。そのまったく理由がわかっていないシンジに、困ったもんだといった目をしながら、説明するケンスケ。眼鏡がきらりと光る。
 「ミサトさんの襟章だよ。線が2本になってる。一尉から三佐に昇進したんだ」
 顔を手で覆いながら、何とも大げさな説明をするケンスケを見て、シンジは何かとても悪いことをしたような気分になっていた。
 「へーえ、知らなかった」
 少しだけ暗い顔をするシンジの後ろに、バスタオルで髪を拭きながらアスカが立つ。その蒼い目はミサトが消えた扉を忌々しげに見つめていた。それも一瞬のこと、くるりとシンジに向き直ると何でも無いかのようにぽつりと呟く。
 「あの大酒のみがいつの間に・・・」
 「ああ、君たちには人を思いやる気持ちはないのだろうか?俺だけだな人の心を持っているのは」
 ため息をつきながらそう呟くケンスケに、何故か言いしれぬ怒りを感じたシンジとアスカはユニゾンして怒鳴り返した。
 「「(ケンスケあんた)にだけは言われたくない(やい)!!!」」



 
 シミュレーション用のプラグに乗り込む子供達をモニターしながら、リツコが呟いた。
 「相変わらず調子良さそうね、シンジ君」
 「そうね、シンクロ率もアスカとほんの数ポイント差。アスカは最近伸び悩んでいるから、この分だと後ちょっとであの子を超えるわね」
 「そうなったら、アスカきっと荒れるわね」
 リツコがコーヒーを一口飲み、大したことでないような言い方をする。実際、彼女にとっては大したことではないのかもしれないが。椅子に深々と腰掛けるリツコの後ろから、ミサトが厳しい眼をしてつぶやいた。
 「そうかもね。いえ、間違いなく荒れるわ。アスカは自分で思っている以上に子供だから。チルドレンの中で最もませているはずのアスカが、最も子供だなんて矛盾してるけど。
 シンクロ率なんて、不確かであやふやな物に価値を求める。自分自身があやふやだから。本当は彼女もわかっているはずよね」
 「リツコ・・・」
 「ふふっ・・・冗談よ。それよりあなたアスカのフォローちゃんとやってるの?
 シンクロ率が伸びるどころか、前より悪くなってるじゃない」
 大胆なことを口走るリツコにさすがのミサトも驚きの声を上げる。リツコはミサトに謝ると、一転して厳しい目をして矛先を変えた。モニターに映るデータが彼女の計算と著しく異なっていたからだ。
 リツコの刺すような視線を受けて、ミサトは言い訳する。
 「一応したつもりだけどね。どっちにしろあの年頃の女の子にはどんな言い方をしたって納得なんかしやしないわよ」
 「あなたは作戦部長であると同時に、子供達のメンタルケアをする義務があるのよ。特にシンジ君とアスカの2人のね。
 例え、あなたがあの子のことを嫌っているとしても・・・」
 情け容赦のないリツコの追求。それは確実に、そして正確にミサトの心をえぐる。
 遂に、ミサトは激高して怒鳴りだした。まるで、心の傷から膿を噴き出させるように。魂を絞るようなヒステリックな声で。
 「わかったわよ!
 でもなんて言えばいいのよ!?
 『あなたの初恋の人でもあり、憧れの人である加持リョウジと私は結婚するから祝福してね♪』とでも言うの?
 それこそ、アスカはきれるわよ。シンジ君が好きとか言ってるけど、本当は違うのよ、あの子は。誰かが側に居ないととても不安でたまらない。そして欲張りで我が儘なのよ。一つしか手に入らない物であったとしても、頭では納得したとしても、心の底では納得しない。いえ、できない。そういう子なのよ・・・」
 ミサトの怒鳴り声に、マヤ以下端末前で座っていた職員達が身を縮める。ほとんどの職員は触らぬ神に・・・とばかりに目を伏せて仕事に集中する振りをする。唯一マヤだけは心では止めないと、と思っていたが2人の出す雰囲気に飲まれ、何も言えずただちらちらと様子をうかがうだけで精一杯だった。
 そんなギスギスした周囲の雰囲気と視線に気づいているのかいないのか、平然としたままリツコが喋り終えたミサトの方を見る。
 「加持君だけでなく、シンジ君も好きじゃないけど、側に居ないと自分の物でないと気が済まないってこと?」
 「そうよ」
 「80点。まだまだあなたは人を見る目がないわね」
 「どうしてよ?どこが違うのよ?」
 ミサトのアスカの評価にリツコが鼻でフッと笑う。
 その悠然とした態度にミサトはムッとしてくってかかった。周囲に緊張が走るが、リツコは悠然としたまま言い返す。できの悪い生徒を諭す先生のように。
 「本当に好きなのよ、シンジ君のこと。経歴見たでしょう?彼とアスカの縁は相当深いわよ」
 「アスカがシンジ君の幼なじみで許嫁だったって事?
 じゃあ、何でアスカは加持にベタベタつきまとうのよ。
 ドイツであの子を助けたから?
 何もできないくせに、大学出たことに価値を求めるあの子に別の価値を教えたから?
 シンジ君のこと好きだって言うなら、暴力なんてふるわないでしょう!
 だいたいアスカの加持を見る眼の光、普通じゃないわよ!」
 「嫉妬?
 ちょっと、そんな怖い目をしないでよ」
 リツコの『嫉妬』という言葉に反応して、ミサトの目に宿る凶悪な光。さすがにリツコもやばいと思ったのか、手をパタパタ振ってミサトを落ち着かせようとする。何しろ、ミサトは1人でこの部屋に居る人間を皆殺しにできるくらい強いのだから。そして、彼女は人生の大イベントを間近に控えてとてもナーバスになっている。本当に殺しこそはしないだろうが、下手したら大暴れをして怪我人が出るかもしれない。そして、第一目標はリツコだ。
 リツコの必死の努力の甲斐があったのか、ミサトの目つきが少し大人しくなる。それでもまだまだ危険な目つきだが。
 「・・・あなたがシンジ君にベタベタつきまとっていたとき、アスカやレイはそんな目であなたを見ていたのね」
 「何よそれ?
 そりゃ、一時はシンジ君を本気で落とそうかなって考えたこともあるけど、今は違うわよ。
 シンジ君は私の・・・弟みたいなものよ。あっ!?」
 リツコの言いたいことに気が付き、驚きの声を上げる。彼女にとってはその考えはまさに青天の霹靂だろう。憑き物がとれたかのような目でリツコの方を見る。そんな彼女に、リツコは手に持っているコーヒーよりも暖かい笑顔を向ける。
 「気がついた?」
 「アスカは・・・加持君に男じゃなくて、兄を・・・見ていた?」
 「たぶんね。そんな物よ、ブラコンの女の子の感情って。
 シンジ君に暴力をふるうのは、さっきも言ったとおりアスカが幼いからよ。好きだから、気を引きたいから意地悪をする。小学一年生の恋愛ね。まったく不器用なんだから・・・。
 とにかくアスカは、あなたのライバルじゃないわ。だから、もっと優しくしてやりなさい。シンジ君のお姉さんなんでしょう?」
 先ほどのまでの緊張が解け一同がほっとため息をつく中、リツコの言葉を聞いているのかいないのか、ミサトが頭をかいてモニターのアスカとシンジを見る。
 「悪いコト、しちゃったかな・・・。私・・・今まで上辺だけでしか付き合ってこなかった」
 「これからは優しくしてやる事ね」
 「・・・・・・そうするわ。
 でも、どうしたの?今日のリツコ、偉く饒舌でお節介じゃない。別に冷血とまでは言わないけどさ、あなたらしくないわよ」
 ようやくいつもの調子を取り戻し、軽い口調で話しかけるミサトにコーヒーを一口、二口飲みミサトの方を見ようともしないでリツコは返事をする。
 「御祝儀がわりよ。新しい妹と仲が悪いままじゃ、何かと問題があるでしょう?」
 「リツコ・・・ありがと」
 「ふふ・・・。友達思いの友人に、海より深く感謝なさい」
 ミサトのしおらしい感謝に、優しげだがどこか寂しそうな笑いを浮かべるとマイクに向かって話しかけた。
 『みんな、お疲れさま』



 テストが終了した時にはすっかり暗くなっていた。
 街灯が暗闇を照らす中をミサトのアルビーヌ・ルノーが走っている。乗員は運転手のミサト他3名。シンジとアスカ、レイコである。
 カーラジオが流れるのみの張りつめるような沈黙の中、4人が4人とも押し黙っていた。
 普段なら、服がどうとか、明日暇〜?とかぺちゃくちゃ小鳥のように話す組み合わせなのだが、何故か車内の空気は重く誰も口を開こうとはしない。
 原因はアスカ。
 穴を穿てとばかりにミサトの後頭部を睨み付けている。その殺気すらこもっている視線と雰囲気に、レイコとシンジはもちろん、アスカに優しくしてやろうと誓ったはずのミサトも何も言えなくなっていた。
 (所詮、私とアスカは水と油なのかしら・・・? にしても、凄い殺気ね。本気で私を狙ってる)
 ともすれば、その殺気に反応してしまいそうになるミサト。
 遂には堪りかねて一言言ってやろうと決意しかけた時、おずおずとシンジが話しかけてきた。その場の雰囲気に耐えられず、少しでも空気が軽くなるようにと。彼としてはなけなしの勇気を振り絞って。

 「あの、昇進おめでとうございます」
 彼の一言で、空気が変わる。アスカの視線は変わらずミサトの後頭部だったが、その意識はシンジの方に向き、空気が軽くなった。
 「ありがとう。でも正直、あんまりうれしくないのよね」
 違った意味での感謝も込めてミサトがシンジに返事する。
 「それわかります。僕もなんだか昇進したみたいだけど、あまり嬉しくありませんし」
 言い忘れていたが、シンジもネルフに来てそろそろ数ヶ月。便宜上階級がないのは何かと不便と言うことで、シンジも階級をもらっていたのだが、ミサトと同じく彼も昇進していたのだ。階級は三尉。ついでに言えばレイコとアスカも階級があがり、現在一尉扱いになっている。もう少し補足すれば、シンジとレイ、レイコ、アスカ以外のチルドレンは全員が二尉扱いである。シンジはネルフに登録されるのが遅かったため、そしてアスカ達は籍を置いていた期間が長いためである。

 「えっ、なんで〜?ミサトさんといい、シンちゃんといい、何が不満なの?」
 ともあれシンジの嬉しくない発言に、レイコが驚きの声をあげる。場の雰囲気が軽くなって一番感謝しているのは彼女かも知れない。彼女は他人を目の前にしての沈黙がとてつもなく苦痛なサ○マみたいな少女だから。
 「それは・・・・・・よく分からないけど、軍隊に居るみたいで、なんかやだなって」
 「そう?・・・・・・そうかもしれない。
 ユイ母さん前言ってたから・・・こんなコトさせてゴメンねって」
 レイコの声から、力が失われ場が再び暗くなる。
 「でも!悪いことだけじゃないのよ!なんと来月からの私達のお小遣い、壱万円増えるんだよ!!乙女の夢、ミラクルパフェが余裕でお代わりできるのよ!!」
 だが、不死鳥のように明るさを取り戻すレイコ。にぱっとした笑いを浮かべながら心底嬉しそうにお小遣いが増えたと強調する。

 小遣いが増える!
 すなわち、食べ物がたくさん買える、買い食いができる!
 ミラクルパフェ!(アイス総量750g&トッピングの山:3000円)

 彼女にとって他人と話すことと食べることはすなわち、生きるということ。自然言葉に力がこもる。
 拳を振り上げ力説し、パフェを想像してにへら〜とした顔で涎を垂らすレイコに、アスカはミサトを睨むのも忘れ、呆れ返ってお得意のフレーズを口にする。
 「あ、あんたバカ〜?」
 「何言ってるのよ!アスカだって嬉しいくせに!これで、シンちゃんとのデートで資金に困ることも減るはずだからね!!」
 「あんたね・・・何で、私がバカシンジとデートなんて・・・」
 「また意地はるの?もっと素直にならないとお姉ちゃんに取られちゃうわよ♪
 ううん、お姉ちゃんだけじゃなくてマナやマユミちゃんも居るから大変よ」
 「何言ってるのよ・・・あんた?」
 「だから、意地はってないで素直になりなさいって言ってるの!!」
 そこまで言ってピシッと指さすレイコに、アスカは呆然と固まる。
 「意地って・・・別に意地なんか」
 「そうやって自分を誤魔化すのが意地って言うの!!逃げた獲物を追ってると、目の前の大物逃すわよ!!」
 「逃げた獲物・・・目の前の大物・・・・・・。
 ぷっ!
 く、くくくく・・・。
 はは、あはははははっ!あはははははははははははははははははっ」

 呆けた顔をしてレイコに言われるままだったが、『逃げた獲物を・・・』の件を聞くと急に吹き出し、運転中の車内だというのに声をあげて笑い出した。身をよじり、涙を流し、くすぐられたみたいに大笑いするアスカにシンジとミサトは夢でも見ているかのような顔をする。
 そして、レイコは胸を張ってえっへんとアスカの方を見ていた。世話が焼ける、とでも言うように。
 「あははは・・・あんた見てると、ホントに自分が馬鹿らしくなるわ。片意地はって、空回りばっかりして・・・。
 そうね。あなたの言うとおりよ。もう少し素直になるか・・・」
 ようやく落ち着いたのか、涙を指でこすりながらアスカがレイコに向き直る。そして、一瞬だけミサトに視線を向け、次いでシンジの方をじっと見つめた後、外の景色に視線を転じた。再び車内に沈黙が戻ったが、先ほどまでのギスギスした雰囲気は完全に消し飛び、何とも和やかぁな物になっていた。
 (リツコに続いて、今度はレイコに助けられたわね・・・・・・。なんかアスカも納得したみたいだし・・・。
 私の出る幕無し・・・か。
 でも、もともとこの子達の色恋沙汰に私が口を挟む必要なんて無いのよね〜)




 色々あって次の日。
 場所は碇家リビング。
 頭の上には『祝! 昇進おめでとう!!ミサトさん!!』と書かれたでっかい垂れ幕と、色とりどりのモール。
 出席者は子供が、シンジ、アスカ、レイコ、やっぱりジャージのトウジ、ケンスケ、マナ、マユミ、ヒカリ、ムサシとケイタ。そして、大人がミサト。
 まあつまりはミサトを交えた子供達の飲み会である。

 「「「「「「「「「「おめでとうございます」」」」」」」」」」

 お祝いの言葉を言う子供達。そこそこ広い部屋とはいえ、10人以上の人間が一所に居るわけだから結構壮観である。全員一斉にグラスをかちゃかちゃ打ちつけ合い、お子さまだからジュースを飲む。
 ミサトがぐぅ〜っとジョッキ一杯のビールを空ける。
 「ありがとう♪」
 少しはにかみながら、礼を言うミサト。シンジ達以外の人間が居るのに相変わらずのラフな格好をしていて、熱いパトスを持つトウジ以下数名にはかなり目の毒だったりする。トウジにいたっては身を乗り出してさりげな〜く胸元をちらちら覗く。実に男(漢ではない)らしい行動である。
 そんなトウジの視線を誤解したのか、それとも分かっていながらの大人の余裕なのかおっ気楽にミサトがトウジに話しかける。先のビールの影響か少しばかりテンションが高い。
 「しっかり飲んでる!?鈴原くん?」
 「もちろんですわ!しっかりやらせてもらっとります!!」
 ミサトに話しかけられて嬉しいのか、赤い顔をしながらトウジが返事をした。身を乗り出してたずねるミサトの胸に赤くなった顔をごまかすかのように、ぐいっとジュースを流し込む。
 「いい飲みっぷりね、どんどんいきなさい!!」
 「まかせとい・・・それビールですけど、ええんですか?」
 「男が細かいことを気にするもんじゃあないわよ!!」
 無理矢理トウジのコップにビールをなみなみと注ぐミサト。彼女の頭には青少年保護育成という言葉はないらしい。とんでもない不良中年である。ともあれトウジの顔が初めてのアルコールと、すぐそばのミサトの香りにこれ以上ないくらいに赤くなる。しばらく黄色く泡立つ液体を前に目をぱちぱちさせていたが意を決したのか、コップを右手に持つと左手は腰に当てて目は斜め上方30°を見る。
 「鈴原トウジ、いっきまーす!!・・・・・・・・・ぷはっ」
 「およよ!まだまだいけそうね!」
 一息に飲み干すトウジ。苦しいのか、青い顔をしている彼にミサトがビール瓶片手ににじり寄る。その目は邪悪な光で輝いていた。そう、いい玩具(ネズミ)を見つけたときのネコのように。その顔を見てシンジがそっとその場を離れた。トウジを見捨てたとも、逃げたとも言う。
 (あ〜あ、ミサトさんいつの間にかできあがってるよ・・・。今日は母さん仕事で居ないから、止める人も居ないし・・・。逃げる準備をしよう)
 「企画立案はこの相田ケンスケ、相田ケンスケ・・・誰も聞いちゃいねえよ」

 「ほら、イッキ!イッキ!!イッキぃーっ!!!!」
 「・・・・・・・ぶへっ!
 あかん、もう飲めまへん・・・一杯ですわ、堪忍して下さい・・・」
 「わっかいんだから、これくらいでへこたれちゃダメよん♪
 ほら、もっと飲んで飲んで!!
 ペンペン!!冷蔵庫に入ってるブツ、どんどん持ってこいやぁ!!!」
 「クワ〜〜〜(人使いの荒いご主人だ)」
 とことこ歩くペンペンの横では、ヒカリが拳を握って少し潤む目で2人を見つめていた。
 (鈴原・・・やっぱり胸の大きい人がいいの?私じゃダメなの?
 違うわ、これは嫉妬じゃないわ!そう、委員長として注意するだけ、2人の邪魔をするためじゃないわ!!)
 「不潔!不潔よ2人とも!!中学生なのに、まだお昼なのに!!お酒なんか飲んで!!」
 「あっら〜〜洞木さんごみんごみん。鈴原くん独占しちゃってごみんね〜。
 このミサトお姉さんとしたことが、うっかりしてたわ。はい、返すわよ♪」
 18番で叫ぶヒカリだったが、にんまりと笑うミサトに酩酊状態のトウジを突き出されてあわててその体を抱き留める。結果、なかば意識が飛んだようなトウジに抱きつく格好になり、真っ赤になる。
 「えっ、そんな、ちょっと、別にそんなことで怒ったワケじゃ・・・あの、ミサトさん」
 「じゃあ、ごゆっくり〜(若いっていいわね〜)」
 口では否定しながらも、優しくさり気なく、ちゃっかりとトウジを抱きしめるヒカリ。かすかに酒臭く、意識が半ば飛んでいるためその体は重かったが彼女にはそれがなぜか嬉しかった。
 「イインチョ、もう堪忍や・・・・・・許してくれ・・・」
 「鈴原・・・」
 夢でも週番しろと怒られているのか、思わず寝言を言うトウジとそれを女の子座りで抱き留めるヒカリにミサトはチェシャ猫のような笑いを浮かべた後2人から離れていった。2人の邪魔をしないために。


 そのころ別の一角では・・・。
 「回る、回る世界が回る〜。シンちゃんが2人、3人、いっぱい〜。これならみんなで仲良く1人ずつ〜〜〜〜」
 「きゃははははは!ムサシ、あんた私のことが好きなんだって!?ムサシのくせに生意気よ!!
 戦自に居たときから、何かってえとストーカーみたいにつきまとって!!
 こうしてやる!えい!えい!」

ゲシッ!ゲシッ!ゲシッ!

 レイコが酒に酔って目を回し、マナが少しやばい目つきでムサシに蹴りを入れていた。
 その無慈悲で、手加減全くなしの蹴りにムサシは頭を抱えて許しをこう。
 大柄な体をできるかぎり縮めて許しを込む彼の姿は浦島太郎のウミガメ。
 彼は泣き上戸だった。
 「ヒック、痛い!マナいじめないでよ。僕痛いのヤダよ」
 彼の言葉に全く耳を貸そうとしない、いつもと全く違うマナ。彼女には少しSのケがあるのかもしれない。
 「こら、ムサシ!てめえいつもいつも人のこといいように使いやがって生意気なんだよっ!!焼き入れてやるっ!!」
 マナとムサシのじゃれ合う姿に嫉妬したのか、ケイタが狂暴な目つきで乱入してくる。どうも何か鬱屈と貯まっていた物が酒で解放されたらしい。
 「ケイタも止めてよぅ、謝るよぉ、借りたお金も返すよぉ」
 「甘えてんじゃねえ!!てめえも影は薄いが、俺は科白ひとつなくて最も影の薄い名前のある14歳と言われてるんだぞ!!!!
 今日はたっぷりと可愛がってやるぜ!!!」
 「止めてよぉ!!ズボン脱がさないでよぉ!・・・って、何しやがるケイタぁ!!」
 なぜかムサシの服を剥いていくケイタ。もちろん下半身からである。
 途中で正気に返るムサシをタイソンばりの一撃で沈黙させると、再び彼を剥きにかかるケイタ。目が血走りとてつもなくやばい気がするが、マナは止めるどころか興味津々でケイタとムサシを見ている。
 「うるせえ!おめえは寝てろ!!マナ、手伝ってくれ!!」
 「おっけー♪」
 喜々としてケイタを手伝うマナ。何かを期待しているのか、とってもうれしそう。
 「止めろ、ケイターーー、マナーーー!!ぶっ飛ばすぞぉーーー!!
 ああ、本当に止めてくれえ!!」
 「きゃはっ、ムサシのってそうなんだ〜。可愛い♪
 マナに他意は全くなかったが、この一言でムサシは絶望という深い海へと沈んでいった。さらばムサシ。


 「私が私じゃないみたい・・・。体がとっても熱い・・・今ならなんだってできる気がする・・・。
 シンジさん、いえ、シンジ君!!抱いてっ!!」
 「うわあああああああ!?」
 別の一角では、マユミが熱に浮かされた目をしてシンジに迫っていた。
 ミサトからは逃げられた彼だが、恋する乙女(そう乙女だっ!)のマユミからは逃げられなかったらしい。と言うより、まさか彼女がという思いが彼にはあったようだ。
 甘い。
 「シンジくぅん」
 シンジに抱きつき、熱い息を吐きながらゆっくりと上着を脱ぎ出すマユミ。
 シンジは嬉しい反面、突然の成り行きにパニック状態。でも泡食いながらもしっかりしなだれかかるマユミを支えているから、かなり素質があるのかもしれない。ともあれ、目の前の白い肌と以外に豊かな膨らみに期待半分、その後待ち受ける地獄への恐れ半分のシンジ。あわてて周囲に視線を巡らし、助けを求める。
 「山岸さん脱がないで、抱きつかないで!
 ・・・ちょっと、ケンスケもカメラ構えてないで止めてよ!」
 「うるさい!今俺は急がしいんだ!!!邪魔す・・・待ってろシンジ!今助ける!!(合法的に半裸の山岸さんに抱きつける!!)」
 「山岸さん下着まで脱いだらやばいよ!ああ、胸を押しつけないで!・・・ケンスケ、早く!」
 「任せろ、山岸さん今行くよ!!」
 血走る目をしながら、ケンスケが飛ぶ!

むに。もみもみ

 「ふっ、もう大丈夫だシンジ」
 言葉だけ聞いてるとアレだが、ケンスケの態勢はとんでもなくアレだった。子供達をほほえましい目(?)で見ていたミサトが思わず目を剥くくらいにアレだった。
 「・・・・・・きゃあーーーーーーー!!!
 相田君のケダモノぉっ!!!」

バキッ!メシャグシャ!!ボスッ!!

 「我が生涯に一片の悔いなーーーしっ!!!」
 殴り飛ばされながらも彼の顔はとても穏やかで満足そうだった。まさに本懐を成し遂げたとしか言いようのない男の顔。

 『相田ケンスケ』

 逝く。


 「拳王じゃないんだから・・・」
 「私汚されてしまいました・・・だからシンジ君が綺麗にして・・・」
 実に中学生らしからぬ事を口走りながら再び迫るマユミ。シンジ大ピンチっ!・・・なのか?
 「お願い・・・あうっ!?」
 途中まで言いかけて突然彼女は声を上げて倒れた。
 「や、山岸さん・・・ひぃっ!」
 その背後に立つのは赤い顔をして、マユミ以上にトロンとした目つきの、アスカだった。手になぜか、タオルを巻いた瓶を持っているのが意味不明だが、とにかくにこにこ笑いながらアスカが立っていた。
 シンジのうなじの毛が一斉に逆立った。

 「シンジ〜、私酔っちゃった〜」
 「そ、そう良かったね・・・」
 「良くない!
 ヒック・・・シンジ、私のこと・・・嫌い?」
 「えっ・・・」
 思わずドキリとするシンジ。マユミに迫られたときとは違った意味で赤くなり、アスカの顔が見られなくなる。
 「嫌いなの?」
 「そ、そんなこと無いよ!だから、そんな悲しい顔しないでよ(あれ、僕何を言って・・・?)」
 無意識のうちにアスカの体を抱き留める。
 いつの間にかリビングから喧噪が消えていた。
 静けさが支配するリビングの中に、ぽつりとした、だがはっきりとしたアスカの言葉が漂う。
 「・・・じゃあ、好き?」

ドクン

 シンジの鼓動が速く、そして強くなった。
 それほど今のアスカの問いは彼には衝撃的だった。マユミに迫られたとき以上に速くなる彼の鼓動。赤くなる顔。興奮で小刻みに震える彼の指先。何かを言おうとするが、ぱくぱくと開くだけで何も言えない彼の口。
 「(しまった!また罠に、罠にはめられたっ!!!逃げなきゃダメだ、逃げなきゃダメだ!)・・・・・・・」
 「どうして何も言ってくれないの?
 嫌いなんだ・・・。加持さんみたいに私のこと見捨てるんだ・・・」
 シンジの胸にすがりながら、そっと彼の目を見上げるアスカ。シンジの脈拍が遂に分で180を越える。
 そっと、泣き出しそうなアスカを包み込むように抱きしめる。
 「(アスカ本当は酔っていないだろ!!可愛すぎる!!その上目遣いは犯罪的だ!!
 いつもなら、ここでマナ達が止めにはいるのに・・・。ああ!?ミサトさんがマナと山岸さんを押さえ込んでる!
 レイコちゃんは・・・沈没してる)
見捨てるなんて・・・そんなコトしないよ」
 「本当?私と一緒にいて・・・1人にしないで(ちっ、これだけやっても好きの一言を出さないなんて・・・。でも、これで決まりよ!!)
 「1人になんかしない。一緒にいるよ。だから、泣かないで・・・(ふっ、どうせ僕がアスカに勝てるわけないんだ。ゴメン、綾波)」 
 「シンジ・・・好きよ(もらったーーーー!!!)
 「ぼ・・・」

ピンポーン♪

 「あっ、誰か来た(た、助かった・・・)
 ホッとした顔をしながら、ものすごいスピードで玄関に向かうシンジ。
 数瞬後、取り残されたアスカ他一同から、空気が抜けたように緊張が消える。
 「・・・・・・・(後、一歩の所だったのにぃっ!!!!おのれ謎の来訪者、この恨みはらさでおくべきかぁっ!!!!)」
 「惜しかったわね〜アスカ♪」
 「うるさいわね!」
 ちゃかすように言うミサトに、アスカが怒鳴り返したとき、加持とリツコが揃って部屋に入ってきた。
 「よ、葛城ぃって、いきなりこれか。掃除が大変だな」
 「今朝ご飯食べたときは綺麗だったわよね・・・。それがもうこれ?
 ・・・シンジ君も大変ね」
 2人の言葉通り、リビングは1時間前とは別世界と化していた。
 「もう、慣れてますから・・・」
 「そ、そうか。・・・アスカ、何で睨むんだ?」
 フッと自嘲気味に笑うシンジにひきながら、同時に睨み付けるアスカの視線に歯茎がガタガタになりそうな加持。
 「まだ、あの事でへそ曲げてるのか?そんな事じゃせっかくの可愛い顔が台無しだぞ」
 アスカの怒りの原因を自分とミサトの婚約にあると誤解した加持が、あわててフォローする。もちろんそれは彼の勘違いなのでかえってアスカの怒りのボルテージが上がる。
 「フンだ!」
 「おいおい、本当にどうしたんだよ」
 後ろを向いて、むくれるアスカ。こうなったら彼女を沈めることができる人物はこの世に3人しか居ない。1人は彼女の母。もう1人は彼女の義母(予定)。そして最後の1人は部屋の隅に逃げ出していた。
 少し困った顔をする加持を見て突然ミサトが料理を口に含んだまま馬鹿笑いをあげた。ハッキリ言って汚い。
 「ぎゃはははは、違うわよ加持ぃ!
 アスカ、せっかくシンちゃんとラブラブだったのに、あんたに邪魔されてご立腹なのよ!!!
 しっかし、見物だったわよ〜」
 アンコウのような大口をあげて笑うミサトを見て、加持の背中に文字通り後悔の汗が流れる。
 「・・・葛城、酔ってるのか?」
 「私は酔ってなんかいないわよ〜〜〜!!!
 ヒック、よ〜しのってきたっ!!
 一番、葛城ミサト!!脱ぎま〜す!!!」
 「馬鹿な真似は止めろ葛城ぃっ!!!!」
 「なによH!触らないでよ!!」
 「て、こら止めろ!!ああ、見るな!俺以外の人間が見るんじゃない!!!」
 暴れるミサトに抱きついて、下から餓狼の様に目を血走らせるケンスケ、ケイタ(酔ってる)、トウジの視線を遮る加持。思わず本音を漏らすところが結構可愛いかもしれない。
 「無様ね」
 「くわ〜」
 「「「にゃにゃあ」」」


 喧噪から少し離れたところで、シンジとリツコが隣り合って座っていた。
 リツコはちらちらと視線を向けるシンジをほほえましく思いながらも、それが数十回に及んでいい加減ウンザリしてきたとき、ようやくシンジが口を開いた。
 「あの、リツコさん・・・」
 「何?」
 「昇進って、ミサトさんが認められたと言うことですよね?」
 「そうね・・・それで、何が聞きたいの?
 そんなことが聞きたいんじゃないでしょう?」
 すっとタバコを吹かし、煙を吸い込むリツコ。吐き出した煙が空気を霞ませる。
 その流れるような、絵画のように優雅な動きにシンジが一瞬だけぼんやりするが、すぐに質問を口にする。
 「ミサトさん、いえ、リツコさんも加持さんもどうしてネルフに入ったんですか?」
 「私は、母さんがもうネルフの幹部だったこともあるし・・・誘われていたから大学卒業して即就職。
 加持君は卒業後色々あってネルフに入ったわ。理由は知らないけど、案外ミサトを追いかけたのかもしれないわね。
 ミサトはね・・・自分で聞きなさい。私からは言えないわ」
 シンジの質問をほんの少し驚いた顔をしながらも、きちんと答えるリツコ。その目はミサトが彼を見るときと同じく、弟を見る姉のように優しげだった。
 「そうですか・・・有り難うございます」
 「どういたしまして」
 「あ、そうだ。今日のパーティー、綾波とカヲル君も誘ったんですけどレイコちゃんしか来なかったし、カヲル君に至っては電話にも出てくれないんですよ。レイコちゃんに聞いても教えてくれないし、何か知りませんか?」
 最後のシンジの質問に、眉根を少ししかめながらリツコが煙を吐き出した。ずぼらな彼女の親友に対して少し怒っているようだ。
 「まったく、ミサトは言ってなかったのね。あの2人は碇指令と南極に行っているわ」
 「えっ?」
 さらりととんでもない事を言うリツコに、シンジは自分の耳を疑った。



 目の前に赤い海が広がっていた。
 無数の塩の柱が天空に向かって屹立し、原始的記憶を呼び覚まされそうになるほど幻想的でおぞましい世界。
 地獄。

 その中を空母を中心にした7隻の戦艦が進んでいく。
 そのすぐ上を付き従うように、金色の翼を輝かせたサラマンダーが飛び、空母甲板上のカバーで覆われた巨大な棒状の物体のすぐ側にはクリーム色に塗装されたゴジュラスが周囲を警戒するように睥睨していた。レイとカヲルが乗るゾイドである。
 彼らに守られてガラス張りのブリッジでユイとキョウコが話している。
 「いかなる生命の存在も許さない死の世界、南極」
 キョウコの言葉を証明するように、あたりには彼女たち以外に動く物は何もなかった。
 「いえ、地獄と言うべきかしら?」
 「でも私たち人類はこうしてここに立っているわ。生物として生きたまま・・・」
 「科学と、あの子達の力で守られているからね」
 「人の力よ。科学もあの子達も」
 ユイのどこか、白々しい物言いにキョウコが少し大きな声を出す。
 「その傲慢が15年前の悲劇、セカンド・インパクトを引き起こしたのよ!あなた、ゲンドウさんと同じくあの子達を道具にするつもりなの!?」
 言いながら、視線を窓の外に向けるキョウコ。
 「結果、この有り様よ。与えられた罰にしてはあまりに大きすぎるわ。まさに死海よ」
 「こんな、こんな世界・・・私は望んでいないわ。それはあの人だってきっとそう・・・」
 「ごめんなさい、ユイ。大きな声出しちゃって・・・。
 一番辛いのはあなたなのにね・・・」
 キョウコが慌てて慰めるようにそう言い、ユイが厳しい目で外のサラマンダーとゴジュラスに目をやった。

 『報告します。ネルフ本部より入電。インド洋上空衛星軌道上に使徒発見』
 使徒発見の報告がなされたのはまさにその時だった。


Bパートに続く

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