新世紀エヴァンゾイド

第九話Bパート
「 Now, all together! 」



作者 アラン・スミシー



ピーーーーン

 「0番、1番、2番、4番、6、7、8、9、10、11番共に汚染区域に隣接。限界です」
 警告音と共にマヤが報告する。それにしても10人以上居るから報告する方もされる方も大変だ。

 「3番と5番のグラフ深度をもう少し下げてみて」
 「了解」

 リツコの指示によりシンジとカヲルがエントリーしているシミュレーション用のプラグが更に沈み込む。
 「3番、5番、共に汚染区域ギリギリです」
 リツコはマヤの報告を真摯な顔で聞いていた。その目はモニターに映る2人のデータ数値に釘付けになっている。決して目を閉じ真面目な顔をしているシンジに見とれているわけではない。はずだ。
 「それで、この数値?たいした物だわ」
 「ハーモニクス、シンクロ率ともにアスカにせまっていますね、シンジ君とカヲル君は」

 ちなみにアスカのシンクロ率がだいたい90%前後、次いでシンジとカヲルが80%と言ったところだ。他はトウジの50%を覗いて65%前後である。

 「これも才能と言うのかしら」
 「まさにゾイドに乗る為に生まれてきた様ですね」
 男性職員がリツコの言葉に続けるように口を開くが、ミサトのどこか険のある言葉に黙り込む。
 「本人がそれを望んでるかどうかはわからないけどね。少なくともシンジ君は喜ばないわ」
 ミサトの言葉に少し困ったような顔をしながらもリツコは口を開いた。
 「もういいわ。今日はこれくらいにしておきましょう」

 『みんな、お疲れさま』


<モニタールーム>

 「シンジ君、良くやったわ」
 「・・・何がですか?」
 モニタールームに入室するといきなりリツコに誉められて、シンジはキョトンとした顔で首を傾げた。
 「ハーモニクスが前回より8も伸びているわ。たいした数字よ」
 「え〜?あんたまた伸びたの?・・・げっ、もう80%になってるじゃない!馬鹿シンジのくせに生意気よ!」
 実験結果を聞いたアスカが非難の声をあげる。もっとも表面だけで聞くと嫌そうだが、注意深く聞けばそうじゃないことに誰でも気が付くだろう。もちろん、リツコやミサトにわからないわけがない。すでにニヤニヤ笑い。
 「あら、10日で8よ。本当、たいしたものだわ」
 「たいしたことないわよ!」
 そう言いながらも、アスカの顔は嬉しそう。
 「あ〜ら、アスカそんなこと言ってるけど、嬉しそうな顔してるじゃない♪そんな顔で言っても説得力ないわよん♪」
 「あ、あんた何言ってんのよ・・・」
 ミサトのからかい口調にアスカはシンジとお互いをちらっと見たあと真っ赤になる。以前に比べるとどこか素直に表情を出すようになったアスカとシンジのやりとりに、何故か一同の背中がかゆくなる。

 (((((いや〜んな感じぃ!!!)))))
 ((不潔よぉ〜〜〜〜!!))

 「わ・・・わしはどないですか?」
 何とか精神の再構築を果たしたトウジがリツコに質問をする。さすがに鈍感の双璧だけあってそれほどダメージを受けていない。ちなみにレイもダメージは受けていなかったが、これはユイとレイコ以外には分からない怒りの視線でアスカを睨んでいたためだ。
 
 「鈍いわね」
 「ええ・・・」

 「なんでっかその鈍いって?わしのシンクロ率は落ち込んでしもうたんですか?」
 「・・・分かんないなら良いわ。鈴原君のシンクロ率は前回とさほど変わっていないわ。他に質問は・・・」
 「僕はどうです?」
 カヲルの質問に、少し嫌そうな顔をしながらもリツコが答える。
 「・・・渚君のシンクロ率はシンジ君とまったく一緒よ。まったく狙ったかのようにね」
 「ふふっ、うれしいよ。シンジ君と一緒だなんて。もしかしたら僕たちには海よりも深い魂の絆があるのかも知れないね・・・。魂の絆、なんて甘美な響きなんだ。そう、僕たちが出会うことは歴史の必然、運命の女神が定めた不変の決まりだったんだ。僕は君に会うために生まれてきたのかもしれない・・・僕たちは磁石のS極とN極のように引きつけあう定めなんだ。そう思わないか?碇シンジく・・・アレ?」

 いつの間にか室内には後始末をしている男性職員とカヲルしか居なかった。くねくね体を動かしながら意味不明の言葉を呟くカヲルはハッキリ言ってお近づきになりたくない。故に誰もあえて話しかけ無いでさっさと部屋を出ていたのだ。
 「ふふ、僕だけ置き去りかい?冷たいねぇ、みんな。
 でもシンジ君、君だけは違うよね?君はきっとあのゲルマンコングに連れ去られただけなんだ。ああ、待っていてくれ、僕の半身。すぐあの赤い野獣の手から解放するよ・・・。
 それはともかくみんなはどこに行ったんです?」
 いきなり話しかけられた職員は一緒に部屋を出なかったことを少し後悔していた。



<ネルフ内大浴場>

 シンジ達は今この大浴場で体に張り付いたLCLを落としている。別にここに来なくても控え室近くには全員収容できるシャワールームもあるのだが、今日のように大人数の時は浴場を使っているのである。発起人は風呂好き、もとい銭湯好きのトウジ。

 「かぁ〜〜〜!気持ちええのぉ!!銭湯は日本人の生んだ文化の極みやな!」
 「まったくだね。男だったら鼻歌を歌わずにはいられない状況だね、これは。ふふんふ、ふんふんふん♪歯磨いたか!?ふふんふ、ふんふんふん♪宿題・・・」

 湯船の中に肩まで浸かってすっかりご機嫌のトウジとその横で鼻歌を歌うケンスケ。軽快にセカンドインパクト以前の歌を自己流にアレンジして歌っている。何故か風呂場なのに眼鏡をかけているため怪しさ倍増。いつの間にか鼻歌にトウジも加わって歌い始めていた。

 「「え○んや〜こ〜らら、どっこ○いせぇのこ〜らら♪」」

 トウジ達から少し離れたところではムサシとケイタが湯船に浸かっている。
 「相変わらずだな、あいつら。みんなで風呂に入る度に歌い始める。・・・それにしてもあの渚って奴、ワケわかんない奴だよなぁ、ケイタ」
 「そうかなぁ、ちょっとワケ分からないこと言うだけで変って事はないんじゃないかなぁ。資料見たけど、頭も良いらしいし、顔も良いし、スポーツも得意みたいだし・・・。格好いいと思うけどなぁ。僕あんな人に憧れるなぁ・・・」
 ムサシの愚痴というか感想に、ケイタが脳が膿んでいるんじゃないかというような返事をする。ムサシは思わず一歩引いた。
 「け、ケイタ・・・。おまえアレが格好いいと思うのか?・・・良い眼科紹介してやろうか?」
 「いらないよ。僕の視力は左右とも2.0だから」
 「そ、そうか・・・。しかしアレに憧れるなんて、やっぱどこかおかしいんじゃないか?」
 「ムサシはカヲル君のことを誤解しているだけだよ。一度話せばカヲルさんのことがもっとよくわかるよ!
 そう言えばさっきは声もかけずに部屋を出たけど・・・カヲルさん怒ってないかな」
 その夢見る少女のような言葉にムサシはさらに距離を取る。
 「ケイタ・・・あいつは男だぞ。いくら女みたいな顔をしていてもあいつは正真正銘の男なんだぞ。分かってるのか?
 ま、まさか・・・」
 「分かってるよ、それくらい。・・・なに急に離れてるのさ。ムサシ、もしかしたら変な想像してるんじゃない?」
 少し怒った顔をするケイタにようやく安心したのかムサシは再び座り直した。その顔は親友を疑ったことに対する罪悪感でいっぱいだ。

 「そ、そうだよな・・・すまない、変な想像しちまって」
 「まったくだよ。それに安心してよ、ムサシ。・・・僕は面食いだから」



 シンジは歌い続けるトウジ達とも、つかみ合いの喧嘩をするムサシ達とも離れた場所で、ひとり湯船に浸かっていた。
 考え事をしていたのだ。彼はカヲルがここに来た10日前からずっと考え込んでいた。カヲルとアスカの関係と、彼がレイとのやりとりについてずっと考えていたのだ。素直に聞きに行くことも考えたのだが、そのたびにアスカが困った顔をするため結局聞けないでいた。
 そんなわけで、他にいい方法を思いつかない彼は、こうしてぼんやりとカヲルのことを考えていた。

 (渚カヲル・・・フィフスチルドレン。15歳。
 綾波と同じく過去の経歴は抹消済み。ネルフドイツ支部に三年前から出向。以後向こうのゾイドの発掘と起動試験のアドバイザーを務める。それ以前は本部に滞在。現在は加持さんが保護者をしている・・・か。
 僕の知らないドイツ時代のアスカのことを知っている人。綾波と不思議なくらい似ていた・・・。どうしてだろう?そのことを考えるとなんだか胸が苦しくなる。それにカヲル君の目を思い出すと・・・。不思議な瞳だったな。綺麗とか神秘的とかそんな言葉で表せるものじゃなかった。なんて言うか・・・。
 ・・・やめた。ここでこんな事考えていたって答えが出るわけないし、のぼせるだけだ。)

 そこまで考えたところでシンジは風呂から出ようと立ち上がった。けっして筋肉質というわけではないがそこそこ鍛えられた体をしており、なかなかさまになる。少しのぼせたせいか無防備に立ち上がるシンジを見てケンスケはこっそり防水カメラを用意し、ケイタは少し顔を赤くした。トウジとムサシは何故か悔しそうに歯がみしている。もちろん理由は謎だ。

 「シンジ・・・ちょっとは隠せよ。恥ずかしくないのか?まあ、そっちの方がご婦人方は喜ぶんだが」
 「えっ、ごめん」
 考え事をしていた事と、のぼせていたせいで前を少しも隠そうとはしていなかったシンジは、ケンスケの言葉で我に返って赤くなる。そして慌てて隠そうとする。
 だが・・・

 「シンジ君!すばらしいよ君は!
 銭湯は裸の社交場、前を隠さないのが常識なのに隠す輩が多い中、君は実に堂々としているね。好意に値するよ!」


 だが、その前に相変わらずワケの分からないことを言いながら、シンジ以上に堂々と風呂場に入ってきたカヲルによってその動きが止まってしまう。それくらいの衝撃がカヲル以外の人間を直撃した。ちょっとは隠せよ。
 「か、カヲル君・・・。いったいどうしたの、それ・・・?その、恥ずかしくない?」
 「化けもんや・・・。ホンマに15歳なんか?」
 「凄い、凄い、凄すぎる〜!!男だったら涙を流して悔しがる持ち物だね、あれは!!!」 
 「負けた・・・・・・」
 「凄いよ、カヲルさん!」
 皆の感想にますます腰をつきだしてポージングするカヲル。何かをぷるぷる揺すってとっても怪しい。
 「ふふふ・・・。そんなに見ないでくれよ。ああ・・・照れるじゃないか。
 それより、シンジ君に見られているという事実だけで僕は・・・。ああ、君はなんて罪深いんだ。この僕をここまで虜にするなんて・・・。今、僕は身も心も大天使ミカエルの炎以上に高ぶっている。この火照りを沈められるのは、君だけだよ」
 「か、カヲル君・・・君が何を言っているのか、僕には分からないよ。と言うか分かりたくないよ」
 「・・・センセだけやのうてわしらも分からんわ。いったい何なんやこいつは?ドイツ支部には変人しかおらんのやないか?」
 「・・・分からないのかい?以外と初なんだねシンジ君は。好意に値するよ」
 「コウイ?」
 「好きってことさ」
 小指を噛みながら顔を赤らめ、怪しくカヲルは微笑む。その視線はギンギンにある一点を見つめ、その体の一部はこれまたギンギンだったりする。シンジは今の自分の状態を思い、絶望的な気分になった。絶対後ろを見せてはいけない!!シンジはそう決意した。
 「そ、そう、良かったね。それじゃ僕もう出るから・・・。またねカヲル君」 
 身の危険を感じたシンジは急いで脱衣所に向かう。それに無言で続くトウジ達。もちろん、カヲルに後ろは見せない。
 「シンジ君、行ってしまうのかい!?
 残念だな・・・アスカ君のことで話したいことがあったんだけど。もう出るというのならしょうがないね」
 だが急に少しだけ真顔になったカヲルの言葉にシンジの足が止まる。トウジ達も一瞬足を止めるが、さすがにこれを自分たちが聞くわけにはいかないと判断したようだ。すぐに脱衣所に出て、風呂場に残るのはシンジとカヲルの2人だけになった。



 「さあ、これで僕たち以外は誰もいなくなったね。一緒に入ろう。それはとてもとても楽しいことだから・・・」
 にこやかにそう言うとシンジの手を掴んで湯船に引っ張り込む。その表情はとても嬉しそうだ。対照的にシンジの顔は言いしれぬ不安で死人のように青白くなっている。それでもシンジは何とか口を開く。黙っていることに耐えられなくなったからだ。
 そしてそれに答えるカヲル。相変わらず張り付いた笑みを浮かべているが、今は少しばかりまじめな顔になっている。

 「それより、アスカのことで話す事って・・・」
 「そんなに彼女のことが気にかかるのかい?・・・羨ましいね、彼女が。正直妬けてくるよ。
 心配してくれる人間が居る。自分が頼ることができる人間が居る。帰るべき場所、ハウスがあるというのは幸せにつながる」
 「帰る場所・・・僕がアスカの帰る場所?カヲル君何を言ってるの?」
 「彼女だけじゃない。他にも君を頼っている人はたくさん居る。気づいてないのかい?」
 「・・・・・・・・」
 「やれやれ、君らしいと言うべきなのかな?
 それより、話そうか僕と彼女の、いやもう1人との関係を」
 遂に核心に触れてきたカヲルの言葉にシンジの顔がますます青くなっていった。とても温かいお湯に使っているとは思えないくらいに。
 「シンジ君、青い顔をしているけど大丈夫かい?だが君は聞かないといけないよ。彼女のことが好きならね」
 「大丈夫だよ・・・。続けてくれないか、カヲル君」
 カヲルはシンジを心配そうな顔をしてみていたが、ふっと寂しげに笑うとゆっくりと話し始めた。

 「・・・単刀直入に言うと、彼女の不注意のせいで1人のチルドレン候補生が死んでしまったのさ。そしてそのことに僕は無関係じゃない。あのときの彼女を思い出すのは実につらいよ。自分のせいだと泣いて、叫んで、自分を傷つけるとても弱い存在だった」
 「そんな、ことが、あったんだ・・・。アスカにそんなことがあったなんて、信じられない・・・」
 「そう、そんなそぶりをまるで表に現さない彼女は、とても強い・・・。いや、弱いのかな。シンジ君は知ってるかい?彼女はその事でトラウマを持っていることを」
 「ううん、知らなかった・・・。アスカもキョウコさんも教えてくれなかったから。・・・僕はなんだかんだ言ってもアスカのこと、何も知らないんだ。信用されてないのかな」
 「そんなことないさ。ドイツにいた頃はキョウコさんや加持さんが・・・彼女のことを支えていたけど、彼女は1回も笑わなかったそうだよ。無理ないだろうね。死んだのは彼女のたった1人の友達だったから・・・。
 でも、ここでは違うみたいだ。記録は見たよ。彼女が楽しそうに笑ってる姿をね。シンジ君が、みんなが居るおかげかな?」
 そこまで言うとそっとシンジの手に自分の手を重ねる。シンジはとたんにびくっとしてその手を動かす。
 シンジの反応を楽しむように、カヲルはフッと笑った。
 「・・・一時的接触を極端に避けるね君は。恐いのかい?人とふれあうのが。
 それともアスカ君やレイに操でもたてているのかな?」
 カヲルの目と鼻の先に迫った微笑みと、アスカ達の名前が出てきたことでシンジの顔に急速に血が集まる。シンジは自分でもその変化を感じ取っておたおたした。
 「そんな・・・」
 「ふふっ、可愛いよシンジ君は。
 ・・・名残惜しいけど、僕はもう出るよ。あんまりここにいるとのぼせてしまうしね。
 じゃあ、お先。シンジ君」
 カヲルは真っ赤になったシンジを面白そうに見ていたが、それに飽きでもしたのか突然ついと立ち上がると、出口に向かい歩き始めた。
 「待ってよ!結局カヲル君とアスカの関係を聞いて無いじゃないか!」
 シンジの言葉にカヲルは今までと違い、笑みを消した厳しい言葉を返す。
 「それは僕の口からは言えないな。言ったら僕はジオフロントの肥やしにされてしまう。自分でアスカ君に聞くんだね。そこまで君の面倒は見きれないよ」
 それだけ言うと振り返りもせずに脱衣所に消えた。
 後にはカヲルの言葉に困惑したシンジだけが残されていた。



<第三新東京市 市街中心部>

 カヲルとの会話から数日後、シンジはレイコと一緒に買い物に来ていた。
 あの後もシンジは色々考えていたのだが、結局アスカが自分から話すまで待つことにした。それは彼の気の弱さもあるが、それ以上に質問しようとした時の、彼女の辛そうな顔を見ていられないという原因もあった。そして、悶々とした気分で時間をつぶしているとき、レイコが買い物に付き合って欲しいと(つまりデートの)お願いしたのだ。彼としてもその提案は渡りに船だったし、気分転換としてもちょうど良かったので快くOKした。
 そんなわけで今2人は第三新東京市最大の中心街でデートを楽しんでいるのだった。

 「ねえシンちゃん。次はどこにいこっか?」
 「どこに行こうかって・・・。レイコちゃん決めてないの?さっきからこの辺をうろうろするだけで何も買ってないし・・・」

 シンジの少しうんざりした言葉が示すとおり、レイコの寄るところはブティック、アクセサリーショップ、CDショップ、もしくは映画館だったりしてまったく統一性がとれていなかった。というか世間一般で言うところのデートコースなのだが、鈍感シンジにはその事がまーるでわかってなかったりする。当然それが彼女に面白いはずもなく、ますますムキになってシンジを引っ張り回す結果になる。

 「その場ですぐ買うのは大名買いって言って賢くない買い方なのよ♪ユイ母さんもそう言ってたから間違いないわ。だから一番条件の良いお店を見つけるまでしっかり品物を見ないといけないの!」
 「そ、そうなんだ。それにしても立ち寄るお店の統一がとれてないような気がすんだけど・・・。気のせい?」
 「(はあ、シンちゃん気づいてないの〜?これじゃお姉ちゃん達も苦労するわけだわ・・・。なんか私も腹が立ってきたわね〜)気のせいよ!それより、お腹空いたと思わない?あ、ほらあそこにドーナツショップがあるわ!よりましょう♪」

 レイコはシンジの鈍感さに少しばかり不機嫌だったが、甘い物好きの彼女はシンジにおごらせることで我慢することにしたようだ。アスカにたかられ、マナにたかられと最近使ってばかりの彼にはちょっちきついかも知れないが、これも鈍ぅい君のせいだから我慢してくれ。

 「軽食屋に寄るのはこれで、5件目だよ〜。トホホ、財布もつかなぁ・・・(何でそんなに食べれるんだよぉ!)」
 「あんドーナツと、チョコドーナツと、スコーンと・・・。えへへ、楽しみ〜」



 シンジ達がなんだかんだ言ってデートを楽しんでいるとき、海中をネルフ本部に向かって接近している巨大な物体があった。
 「もうすぐ到着ね。待っててね、兄さん・・・」



<再び第三新東京市>

 「うふふふふふふふふふふ・・・・・・・」

 食事の後、レイコは上機嫌でシンジの腕にしがみついている。怪しげな笑いで整った顔をふにゃつかせているから、見ようによっては結構怖い。なぜなら能面とか、鉄仮面とか言われたレイにそっくりの顔がとっても表情豊かにゆがんでいるのだから。
 さしものシンジもそんな彼女に結構引いていたりする。いや、引くと言うより怯えていた。
 なにしろ彼女の、どっかの誰かの様なニヤリ笑いに周囲の人たちが大パニックを起こしているのだ。老人は腰を抜かし、子供は火がついたように泣き叫び、仲睦まじいカップルは慌てて元来た道を引き返す。ついでに鳥は飛び立ち、犬は尻尾を丸めてぎゃんぎゃん吠える。

 彼が怯えるのも無理はない。

 「ね、ねえ、レイコちゃん・・・それ、止めてくれないかな・・・?」
 「ほえ?それってな〜に?シンちゃん」
 シンジの精一杯の懇願にワケが分からない(実際分かっていない)という顔をしてレイコが聞き返す。その少しレイより猫目がちな瞳で見つめられて、シンジは言葉が続けられなくなった。シンジくらい簡単に黙らせることができる小悪魔のように魅力的な目だった。

 「あ、いや、別になんでもないよ。ははは・・・、はあ」
 「へーんなの。それよりあそこのアイスクリーム屋さんが美味しいって・・・あれ?」
 「どうし・・・何あれ?」

 突然レイコが間の抜けた声をあげ、シンジもまた二の句を告げなくなった。
 彼女たちの目の前、数百m離れたビルの間を巨大な箱、いや金属製の鯨が飛んでいた。その全長は軽く200mを越え、周囲に影を落としている。その下でパニックに陥り叫び声をあげている市民達。
 シンジ達が呆然とその空飛ぶ鯨を見守る中、周囲に警戒警報を表すサイレンが鳴り響く。
 その警報に反応するかのように、鯨は口を開き始める。そしてその口の中から無数の小型ゾイドが蜘蛛の子を散らすようにばらまき出され、逃げ遅れた市民に向かって襲いかかっていった。
 悲鳴と怒声が響く中、シンジ達もようやく自分を取り戻して最寄りのシェルターに向かって走り始める。
 
 「も、もしかしてゼーレの攻撃!?だったら早いところ本部に戻らないと!」
 「あ〜ん、もう!せっかくのシンちゃんとのデートだったのにぃ!!」
 「ええっ!?今日の買い物って、デートだったの?」
 「し、シンちゃん・・・鈍感すぎ・・・」

 必死に避難場所に逃げながらものんきな会話をしている2人だった。



<ネルフ本部発令所>

 突然強羅全体防衛線に現れ、戦自とネルフの迎撃をまったく意に介さずに市中心部まで進行した強襲揚陸艦型ゾイド、ホエールカイザーに発令所の面々はパニックに陥っていた。ホエールカイザー自体は輸送艦なので対した攻撃能力を持っているわけではないが、その口からばらまかれる対人殺傷用の小型ゾイドが及ぼすはずの人的損害を考えているのだ。

 「状況は!?」
 「遅いわよ、葛城一尉!」
 「ごめん、リツコ、昼寝してて・・・。
 それよりどうしてこんな所に来るまで気づかなかったの!?」
 「ホエールカイザーが電波妨害・・・いえ、電波吸収及び電波攪乱を行っているため通常のレーダー及びゾイド用のレーダーでは発見できず、絶対防衛線の光学監視装置でようやく発見したために・・・」
 慌てて発令所に転がり込んだミサトの怒鳴り声に青葉が言い訳をする。
 「言い訳はいいから早くこっちのゾイドを出撃させなさい!」
 「りょ、了解!」
 青葉達に怒鳴りつけた後、今度はマヤに向かって質問するミサト。さっき以上に焦った調子だった。
 「市民の避難状況は!?」
 「警報発令が遅かったため、全体の80%ほどしか避難できていません!」
 「急がせて!それからシェルター入り口に防御装置を用意!!あいつが運んできたのは2〜3mサイズの殺人専用のゾイドよ!シェルターにだって入り込むわ!
 それからシンジ君達は到着したの!?」
 「・・・それが、ガードからの連絡が途絶えました。市中心部からの報告を最後に、現在消息不明です」
 「なんですって!?」
 マヤの震える声の報告を聞いてミサトの顔が青くなる。
 彼女もパニックに陥りそうになったとき、発令所最上段から声が響いた。
 「すぐ、加持一尉を呼びなさい!ゴーレムを用意して!シンジを助けにいかせるのよ!」
 遅れていたが、ようやく到着したユイの声だった。
 「碇司令、申し訳ありません。発見が遅れて市内中心部にまで入り込まれました・・・」
 「葛城一尉、あなたこそ言い訳は止めて今できることをなさい!」
 ユイの一喝にミサトは敬礼を帰すと、不敵な顔でメインモニターに向き直った。
 「と言うわけで、アスカ!レイ!用意はいいわね!絶対にあの鯨を三枚に下ろすのよ!!」


 『各機発進準備!』
 『第1ロックボルト外せ!』
 『解除確認!』
 『各アンビリカルブリッジ移動開始』
 『第2ロックボルト外せ!』
 『第1拘束具を除去』
 『同じく第2拘束具を除去』
 『1番から15番までの安全装置を解除』
 『各機内部電源充電完了』

 おなじみの発進前のアナウンスが響く中、アスカは愛用の機体アイアンコングの中で唇を噛みしめていた。
 シンジとレイコが2人だけで買い物に行っていた、すなわち自分の目をかすめてデートをしていたという事と、その2人が消息不明だという事実に彼女はこれまでになく焦っていた。

 「イライラするわね・・・早くしてよ!そうしないとシンジ達が・・・」
 「心配かい?あの2人が」
 ゴジュラスからの通信ウインドウが開き、カヲルが話しかけてくる。そのいつもと変わらない笑いを浮かべたカヲルを見て、アスカの怒りのボルテージがどんどん上がっていった。
 「当たり前でしょ。・・・それより何であんたがシンジのゴジュラスに乗ってんのよ!?」
 彼女の言葉どおり、カヲルの乗っているゾイドはシンジの専用機のはずのゴジュラスだった。
 「僕にはまだ専用機といえる機体がないからね。それにせっかくの機体を遊ばせておくよりはいいだろう?」
 「確かにその通りだけど・・・。あんたにそれが動かせるの?Gはシンジ以外じゃ動かないのよ」
 アスカの心配そうな言葉にカヲルは軽く笑った後、自信満々に答える。
 「・・・あまり僕を見くびらないで欲しいな。動かせるさ。
 それより・・・このエントリープラグはシンジ君の匂いがするね。ああ、最高だよ・・・僕の体は歓喜に震えているよ」
 恍惚の笑みを浮かべながら体を震わせるカヲル。
 「あんた馬鹿〜〜〜〜!?ミサトーーー!!!今すぐカヲルのプラグを交換しなさいよ!!シンジが呼吸したLCLにあいつが浸かってんのよ!!」
 「・・・確かに交換したいけど時間がないの!私としてもひっ〜じょうにむかつくけどそのまま発進してもらうわ。我慢して、アスカ。これは碇司令の指示なのよ」
 ミサトの碇司令云々という言葉を聞いて、渋々アスカは口を閉じた。しかし、相変わらずカヲルを凄まじい目で睨み付けたままだが。
 「(私でさえ1回しか入ったことのないプラグにぃ!後で絶対殺してやるぅ!!!)・・・分かったわよ」

 「それじゃ、全機発進!!」


 ミサトの号令と共に地上に射出されるネルフの新型ゾイド達。
 地上に出るとその真新しい装甲を日の光で輝かせながら、最終拘束具からその体を解放する。

 「みんないいわね?アスカとレイ、カヲル君はホエールカイザーを攻撃して。ゾイドは発進してしまった後だけど、アレを無事に返すわけにはいかないから。相田君と鈴原君、山岸さんは小型ゾイドの殲滅。旧タイプのゾイドとはいえ注意してね。残りのみんなは各シェルター入り口で対人殺傷用ゾイドの迎撃を担当して。最悪入り口を壊してでも中に進入させては駄目よ!」
 「分かりました」
 ヒカリがリーダーらしく返事をする。その返事を満足そうに聞いた後ミサトは作戦開始の命令を下す。

 「各機散開作戦開始よ!」


 まずアイアンコングがホエールカイザーとの間合いを詰めていく。相手の出方を見るつもりなのだが、相手の方は高度100m辺りを浮遊しているだけでろくな反応をしない。アスカはその事に不審を抱きつつもどんどん接近する。
 「・・・援護するわ」
 まるで反応がないならばとレイ操るサラマンダーF2が、ホエールカイザーの頭上で停止しつつバルカン砲を発射する。戦車砲以上の威力の大砲を、機関銃のように撃ちまくる凄まじい攻撃によってホエールカイザーの装甲がどんどん傷つけられていく。
 そしてホエールカイザーは推進機関でも壊されたのか煙を噴き上げながら、どんどん高度を下げる。
 「後お願い」
 「やるじゃない、レイ。次は私の番ね!」
 レイの言葉にアスカが嬉々として答える。
 手を伸ばせば捕まえることができるくらいの高度まで降下したホエールカイザーに向かってアイアンコングの全武装の照準を向ける。両肩と両腕に装備されているミサイルポッドとレーザー砲が不気味な光を放つ。

 「でえぇぇぇぇぇぇぇぇぇいっ!!」

 威勢のいいかけ声と共にその全てが発射され、ホエールカイザーとアイアンコングとの間に煙の橋を架ける。
 底部に全段命中し、その装甲を突き破られてホエールカイザーが煙を吐きながら墜落する。そして地面に衝突後、凄まじい炎をあげながら大爆発を起こす。

 「いよっしゃぁ!!」
 「やれやれ、僕の出番はなかったみたいだね」
 あっさりと破壊されたホエールカイザーを見てミサトは歓声をあげ、カヲルはほっと息を付く。
 「それにしても、やけにあっさりとしていましたね」
 「所詮輸送艦なんてそんなものよ。輸送が終わったんならさっさと帰ればいいのに、こんな所をいつまでもうろついているから撃墜されるのよ。ゼーレは戦術の基本も分かってないんじゃないかしら」
 日向の言葉にミサトが小馬鹿に呟く一方、アスカは胸を張ってカヲルに話しかける。
 「どう、カヲル?私達がいればあんたなんかいらないのよ。さっさとドイツに帰ったら?」
 「・・・シンジ君と一緒という条件なら考えておくよ。それより、次の目標はどこですか、葛城一尉?」
 「それじゃ鈴原君の援護を各自任意判断でやってちょうだい。アスカ、レイ、よくやったわ」
 「へへーん。当然でしょ!」
 アスカが得意そうに言って背を向けたときだった。レイが何かに気づいたのか警告の声をあげる。
 「アスカ、まだ!」
 「ええっ、嘘ぉ!?・・・きゃあ!!!」
 慌てて振り向くアイアンコングめがけて、炎の中から飛び出した一体の大型ゾイドが跳び蹴りを浴びせる。アイアンコングはその攻撃をかわしきれず、まともに食らって無様に地面を転がり兵装ビルに激突する。
 呆気にとられたレイとカヲルが見守る中そのゾイドは空中で一回転して姿勢を整えると、猫のように四つん這いで地面に着地した。

 長い尻尾、体に比べると大きな足、巨大なカギ爪、背中に並んではえている背鰭、そして涎を垂らす人間の様な、トカゲの様な凶暴な頭。ギラギラ輝く銀色の装甲。その姿を見たレイとカヲルの動きが止まる。同じく発令所の人間も声を発することができなかった。

 「嘘・・・どうしてこいつが」
 「たぶん、ゼーレの老人達もどこかの遺跡から見つけたのよ。それにしてもここ以外に大型ゾイドが眠る遺跡が残っていたなんて・・・。読みが甘かったわ!」
 メインモニターに映るそのゾイドの姿を見て、ユイは血が出るくらいに唇を噛みしめる。キョウコの呟きに答えるように机を拳で叩く。まるでそうすれば相手が消えてしまうかのように。


 そのゾイドはゴジュラスだった。


 「やれやれ、こいつを持ち出すなんて、ゼーレのお偉方も本気だね。・・・レイ、アスカ君気をつけるんだ。これ1体だけじゃないみたいだ」
 「わかってるわ」
 レイの呟きに答えるように、炎の中から新たに2体のゴジュラスと、巨大な帆のような背鰭を持った赤いゾイドが姿を現した。ゴジュラスは目を鈍く光らせながら前に進み、赤いトカゲの様なゾイド、ディメトロドンは少し離れたところで停止した。
 「これは真剣にならないといけないな。2人とも大丈夫かい?」
 「大丈夫よ。あの野郎、よくもやってくれたわね〜。10倍にして返してやるわ!!
 私はこんな所であんたなんかに負けるわけにはいかないのよ!」
 「私も・・・」
 これまでにない、使徒以上の強敵を前にしてアスカ達のアドレナリンが急速に分泌される。それぞれの相手を無言で決めた後、じわじわと間合いを取っていく。そして、緊張がこれ以上ないくらいに高まった瞬間、自分の相手めがけて突進した。
 3体のゴジュラスは雄叫びをあげて迎え撃つ。
 今ここに大型ゾイド同士の戦いが始まった。



 アスカ達の戦場から離れたところではトウジ達が激戦を繰り広げていた。
 肉食恐竜型ゾイド、ゴドスとサソリ型ゾイド、ガイサックの群が大通りを埋め尽くしていた。接近するトウジ達のゾイドに気が付くと、わらわらとまるで映画のゾンビのように向かってくる
 大きさこそはトウジ達のゾイドの半分くらいしかないが、何しろその数が多い。

 トウジ操るディバイソンがゴドスを踏みにじり、背中の突撃砲がガイサックを粉みじんに破壊する。

 ケンスケ操るシールドライガーが、素早く走り回りゼーレゾイドをその牙にかける。

 マユミ操るサーベルタイガーが腹部に取り付けられた波動砲を、背中に取り付けられたバルカン砲を乱射する。

 彼らの攻撃は凄まじく、たちまちの内にゼーレゾイドの群は蹴散らされた。周囲に残骸が飛び散る。だが、決して苦戦するワケではないが何しろその数が多い。
 ちりも積もれば山となると言う言葉どおりに、徐々に傷つき動きが鈍くなっていく。
 「まずいです・・・。いくら何でも数が多すぎます!」
 マユミが絶望の声をあげた。









 「シンちゃん・・・もう行ったかな?」
 「黙ってて!まだ気配がする」
 「・・・うん」

 どことも知れない暗がりの中、シンジとレイコは抱き合って身を潜めていた。
 彼らのいる隣の部屋ではがちゃがちゃと重苦しい金属音を立てながら、対人殺傷用ゾイド、クラブラスターとグラップラーが蠢いていた。前者はカニ型、後者はカブトムシ型で、共に近接戦闘用のブレードと、連射型ショットガンを装備し、生物の出す熱反応、二酸化炭素等を探知して地の果てまで人間を追いつめる恐るべき殺戮兵器である。
 そんなゾイドに囲まれながらも彼らが未だ無事なのは、彼らがデパートの大型冷蔵庫の中に隠れているからである。さしものゾイドも厚い鉄の扉の向こうに居るシンジ達の体温を関知することはできないでいた。

 シンジ達は、あの後急いで逃げ出したが、予想以上にゾイドの進撃速度が速く逃げ切れなかった。
 そして追いつめられ半ば観念したとき、ネルフのガードが現れシンジ達をとりあえず手近な避難場所、デパートに連れ込んだのだ。そして彼らはゾイドを少しでも止めようとその前に立ちふさがったのだが、いくらその道のプロとはいえ生身の人間が勝てるはずがなかった。たちまちの内に八つ裂きにされ、無惨な死体をさらした。
 それでも彼らは最後の力を振り絞り、ゾイドの目をごまかすためシンジ達を冷蔵庫に避難させる事に成功したのだった。
 
 「私達、ここで死ぬのかな・・・。やだな、まだ食べたいものがいっぱい、いっぱいあったのに・・・」
 もう30分以上冷蔵庫にいるせいで、体温を奪われたレイコがぽつりと呟いた。その声はまるで元気がなく、いつもの明るさがまったくない。
 「そんなこと言うなよ!死ぬだなんて・・・。僕たちは死なないよ。きっと助かる」
 そんな彼女を叱咤するシンジ。彼もまた寒さに震え、その声には力がない。だがその目には相変わらず生きる意志が溢れており、彼がまったく諦めていないことを示していた。
 「そんな気休め言わないでよ・・・。きっと私達もガードの人みたいに殺されちゃうんだ・・・」
 「馬鹿なこと言うなよ!それじゃあ、あの人達のしたことは、みんな無駄だって、犬死にだって言うのか!?
 そんなこと言うなよ。諦めたら、助かるものも助からなくなるから・・・」
 普段温厚で、怒るということが滅多にないシンジの怒鳴り声にレイコは驚き、うなだれた。シンジの胸に頭を預けながら苦笑いをする。
 「ご、ごめんなさい。ふふ、そうよね、こんな事で諦めたらお姉ちゃんやお母さんに怒られちゃうよね。
 ・・・でも、どうするの?このままここにいたって凍えちゃうだけよ」
 「そうだね・・・。一旦ここを出よう。ここの隣にコンテナがあったと思う。何とか連中の隙をついてそこに逃げ込もう」
 「大丈夫かな?」
 「そう信じよう。それじゃあ、・・・3、2、1、行くよ」

 音がしなくなったのを確認した後、シンジのかけ声と共に扉を開けて2人は外に飛び出した。
 彼らの目の前に広がっていたのは、無人の部屋ではなかった。
 八つ裂きにされたガードの死体と、その亡骸をマントのように身にまとい、物音一つたてないでじっとしていたクラブラスターの一群だった。
 その無機的な単眼がシンジ達を確認して、キュウと縮まる。
 いい獲物を見つけたとでも言うように。
 シンジは一瞬の硬直から立ち直ると、レイコを背後の扉の中へと突き飛ばした。そして自分はクラブラスター達の目の前に躍り出て注意を引こうとその体を殴りつける。
 「くそっ!音をたてないで待ち伏せているなんて。
 レイコちゃん、僕がこいつらの注意を引くから急いで扉を閉めるんだ!」
 クラブラスター達はその場に硬直してほとんど動かないレイコよりも、激しく動き回るシンジの方に殺到した。その体を引き裂くために。
 「そんなことできないよぉ!!シンちゃん!シンちゃん!やだぁっ!!!」
 レイコはいったんは逃げようとするが、シンジが取り囲まれるのを見ると慌てて引き返し、泣き声をあげる。そして泣きながら落ちている瓦礫や何かの道具、果ては自分のバッグや靴までも投げつけ始めた。
 別にそれがダメージを与えるわけではないが、クラブラスター達はレイコを邪魔者だと認識した。
 数体がシンジからレイコの方へと矛先をかえる。
 「いいから逃げてよ!頼むから!!」
 肩口をブレードで切られながらもシンジは叫ぶが、レイコは逃げようとしない。
 「やだぁっ!シンちゃんを殺さないでぇっ!!!誰か、誰か助けてよっ!!」







 アイアンコングがゼーレゴジュラスの腕を掴み、ぐるぐると振り回す。
 そのゴジュラスは何とか腕をもぎはなそうとするがコングの驚異的な握力により振りほどくことができない。
 「ぬうぁぁぁぁぁぁっ!!!」
 アスカは雄叫びをあげながら思いっきり兵装ビルめがけて叩きつける。

ズズゥ〜〜ン!!

 地響きと共にゴジュラスは兵装ビルの瓦礫に埋もれる。
 「・・・やったの?」

バシュゥーーーーン!!!

 アスカの言葉をあざ笑うかのように、ゴジュラスはATフィールドで瓦礫を吹き飛ばし、土煙をバックに勢いよく立ち上がった。
 そして全身傷だらけでいたるところから体液を垂れ流しながらも再び攻撃を開始する。
 「まだ動けるの!?しぶとすぎるわよ!!」
 アスカは突進の勢いを止めようと肩に装備されたレーザー砲を発射した。
 レーザーはゴジュラスの頭、胸、いたるところに命中し装甲とその奥の生体組織を破壊していく。
 だがゴジュラスは傷つく事もいとわず突進の勢いをゆるめない。
 頭からコングにぶち当たると、お返しとばかりに兵装ビルへと押しつけ、その頭に噛みついた。
 「いったぁぁぁぁい!!なんて事すんのよ、こいつはっーーーー!?」


 アスカが戦っている横では、サラマンダーが同じくゴジュラスと戦っていた。
 素早くその周囲を跳びまわり的確に急所へと攻撃を加えていく。
 バルカン砲を撃ち、口から数千度の火炎を吐き、ミサイルや爆雷を投下する。
 たちまちの内に装甲が吹き飛び、生体部品を露出させるゼーレゴジュラス。
 空中を高速で飛び回るサラマンダーを攻撃する手段を持たないゴジュラスでは、ハッキリ言って相手にならない。だが、ゼーレゴジュラスはとんでもない方法で反撃を開始した。
 自らの右腕をもぎ取ると思いっきりサラマンダー目がけて投げつけたのだ。
 「!?・・・ああっ!!」
 さすがのレイもこの攻撃は予想できず、カギ爪の直撃を食らう。
 ATフィールドを展開しようにもお互いに中和しあっていたためにそれもできず、バランスを崩して地面へと叩きつけられる。
 更に追い打ちとばかりに兵装ビルを押し倒して、下敷きにしようとするゼーレゴジュラス。サラマンダーの上に何百トンもある瓦礫が雨のように降りかかる。

 「やばいっ!日向君、ミサイルスタンバイ!!」
 「了解!」

 ミサトの命令と共に、近くの兵装ビルからミサイルの弾頭が姿を現した。そのまま照準を斜めに傾ぐ兵装ビルに向ける。
 「発射!!」

ドドドカーーーン!!!!

 凄まじい轟音が響いたかと思うと、サラマンダーに命中寸前の兵装ビルが粉々に砕け散る。
 何とか直撃こそは避けられたものの、それでもかなりの量の瓦礫がサラマンダー目がけて降り注ぐ。
 「レイ、大丈夫!?」
 「大丈夫です。右の翼をやられましたが、いけます」
 土煙の中、急いでその身を起こすサラマンダーだったがその体は激しく傷つき、体液をいたるところから垂れ流していた。
 そして満身創痍のサラマンダーへゆっくりとゴジュラスが近づいていく。
 自らの体液で汚れたその顔は、笑っているように見えた。


 「遅いよ」
 カヲルは最初から接近戦を避けてゼーレゴジュラスの周りをブースター全開にして走り回っていた。
 特にネルフのゴジュラスのように強化されているわけではないゼーレゴジュラスでは、その動きに付いていくことができず、のろのろとカヲルの後を追いかけるので精一杯だった。
 そしてカヲルはその隙をついて背後から、または跳び上がって頭上から、兵装ビルの死角から攻撃を加えていく。その動きはとても初めて乗るゾイドとは思えないくらいに優雅なものだった。
 「完全には壊さないよ。回収して僕の機体にするんだからね。それにしてもしぶとすぎる。そんなにしつこいのは好意に値しないよ」
 軽口を叩きながらも、両肩に担いだ大口径キャノン砲の狙いをゼーレゴジュラスの首筋に定める。

ドゴーーンッ!!!

 絶対確実に命中するはずの背後からの一撃だったが、ゼーレゴジュラスは素早く身をかがめ、その一撃をかわした。
 外れた砲弾がゴジュラスの頭をかすめながらその向こうの兵装ビルを粉砕する。
 「今の一撃をかわすなんて・・・。信じられないよ。間違いなく、彼らは好意に値しないね」


 兵装ビルが三人の戦いによって積み木のおもちゃのように崩されていくのを発令所のミサト達は呆然と見つめていた。何とか被害の少ないところへとおびき寄せてと指示を出しても、ゼーレゴジュラスはその誘いには乗らず、市中心部へと足を進めるのだ。よって戦いの舞台は自然とビルの密集する市の中心部となり、被害はどんどん拡大していく。
 「いくら何でも、被害が大きすぎるわ。ユイ、どうするの?これ以上やられたら都市機能の維持に支障が発生するわ」
 財政担当係でもあるナオコが質問をするが、ユイは黙して答えない。
 ナオコの質問を無視してミサトに指示を出す。
 「葛城一尉、鈴原君達に援護を要請できない?」


 「どちくしょう〜!なんちゅう数や!キリがないで!!!」
 「山岸さん、後ろだっ!!」
 「えっ、どこです!?ああっ、相田君こそ後ろにいます!!」


 「駄目です。敵小型ゾイドの数は軽く100体を越えています。鈴原君達がその迎撃を止める訳にはいきません」
 ユイの質問にミサトは極めて事務的な返事をする。
 「なら、洞木さん達はどうなの?」


 「あっちからもこっちからもどんどん来る〜!いい加減にして〜!!」
 「ひるむなっ!!一体でもシェルターに入れたらとんでもないことになるぞ!!」
 「数が多すぎる!4番ゲートは破壊してムサシの援護に向かうよ!!」
 「浅利君、ムサシ君より霧島さんの援護をして!あっちの方が数が多いわ!


 「今彼女たちが動いたらクラブラスター達がシェルターに進入してしまいます。そんなことになったら・・・。
 結局アスカ達に期待するしかありません」
 ミサトの報告を聞いたユイは悔しそうにモニターを睨み付けた。







 「やだぁっ!シンちゃんを殺さないでぇっ!!!誰か、誰か助けてよっ!!」

 レイコが悲鳴をあげる中、ゆっくりとクラブラスターはそのハサミを振り下ろした。彼女の命を絶つために。
 「レイコ!!」
 シンジが彼女を助けようと飛び出すが、とても間に合わない。

グシャッ!

 鈍い音を立てて辺りに紫色の鮮血が飛び散った。
 「助けるって・・・守るって言ったのに・・・。守れなかった・・・ちくしょう、ちくしょう・・・ちくしょう!
 守るって・・・えっ、紫色?・・・レイコ!?」
 数瞬後、慌てて顔を上げたシンジの目の前には叩きつぶされ、ぴくぴく足をひくつかせるクラブラスター、返り血を浴び呆然とするレイコ、そして窮屈そうに身をかがめた真っ白な巨人、いやゾイドの姿が目に入った。
 そのゾイドは体高およそ3mほど、全身を昆虫の様な真っ白な外骨格で覆われたゴリラといった外観だった。

プシューーーーーッ!

 シンジが見つめる中、そのゾイドの各部から蒸気が吹き上がり、頭がゆっくり後方へと折れ曲がる。
 そして折れ曲がった首の隙間から、ひとりの男が顔を出した。
 「よっ、間一髪だったな」

 「加持さん!!どうしてここに?」
 その男はプラグスーツとは違う戦闘服を着込んだ加持だった。シンジの質問ににやけた笑いを浮かべながら、飄々と返事をする。
 「おやおや、ご挨拶だな。いい男ってのは誰かのピンチにはタイミング良く現れるものなんだぞ。
 ま、冗談はこれくらいにして急いで乗るんだ。外に出るぞ。もうすぐここも戦場になる」
 「わ、分かりました・・・。レイコちゃん行くよ・・・どうしたの?腰が抜けたかい?」
 レイコはシンジの言葉に応えようともせずに、その場にへたり座りこんでいた。シンジが立ち上がらせようと手を引っ張るが動こうとしない。その目には恐怖とは違う別の感情が浮かんでいたが、シンジも加持も気づかなかった。
 「しょうがない。シンジ君、彼女を抱えてゴーレムの背中に乗ってくれ。もう時間がない」
 「・・・わかりました加持さん」
 シンジはレイコを抱えると、ゴーレムの背中の駕籠状になっているところに腰掛ける。それを確認すると加持は再びゴーレムに乗り込んだ。
 「しっかり捕まってるんだ。いくぞ」
 加持が壁を突き破って部屋の外に出ると、いたるところでクラブラスターやグラップラーが叩きつぶされており、その残骸の横にはこれまたゴーレムが待機していた。そのゴーレムは加持の乗るゴーレムを確認すると敬礼をする。
 「加持隊長!ここら辺のクラブラスターは壊滅したもようです!」
 「報告は後でいい。それより撤収するぞ。筑波二尉、総員撤収命令を出しておいてくれ。俺は一足先に彼らを連れて本部に向かう」
 「了解しました!」
 「それじゃあ、シンジ君急いで本部に戻るぞ。筑波、後は任せた」
 加持操るゴーレムは凄まじいスピードでデパートの外に飛び出した。そのままネルフ本部へ最短距離で走り出す。
 シンジは振動で舌を噛みそうになりながらも、助かったことを肌で感じてほっと息を付いた。





 「くっ、あああああ!!!」
 アイアンコングの頭を噛まれ、アスカが苦痛の声をあげる。何とか振りほどこうとするが、ゴジュラスはがっちりと食らいついており引き剥がすことができない。
 「離しなさいよ〜!!」
 もちろんそんなことを叫んだ所で離すわけがない。ますます調子に乗って噛みついてくる。

メキッ!

 その圧力に負けて、ついにコングの装甲に亀裂が走った。
 「こんちくしょうーーー!!!!」
 アスカは一瞬の逡巡の後、肩に取り付けられていたレーザー砲を右手に持ち直し、その銃口をゴジュラスの口の隙間にねじり込む。

 「グゥオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」

 キュゴッ!!!!

 次の瞬間、凄まじい爆発音と共にゴジュラスの頭が吹き飛んだ!
 下顎から上の部分を完全に消失し、噴水のように体液を噴き上げている。
 そして、ふらふらとするゴジュラスを押しのけてアイアンコングが立ち上がった。こちらもまた頭部に深刻なダメージを受けてはいたが、ゴジュラスに比べればずいぶんとましである。しっかりと立ち上がると、レイと戦っているゴジュラスの方へと向き直る。
 「あいたたた、目がチカチカするぅ。
 ったく、手間やかせんじゃないわよ。待ってなさいよ、レイ。すぐ助ける・・・そんな、まだ生きてる!?」
 フラフラしながらもレイの元へと向かおうとしたコングに向かってゴジュラスが跳びかかってきた。空中で一回転しながら尻尾をコングの脳天目がけて振り下ろす。
 アスカは驚きながらもその攻撃を紙一重でかわすが、完全に恐慌状態に陥っていた。
 「・・・頭を失ったのにまだ動けるの?いくら何でも不死身の相手に勝てるわけないじゃない!!」
 ズリズリと後退していくコング。何とか反撃に移ろうとするが、鋭い攻撃を繰り出すゴジュラスの前にそれもできない。ただむなしく装甲を削られていく。
 「いったいこいつらなんなのよ!?何で死なないのよ!?」


 レイは翼をやられて飛べなくなりながらも、華麗なバックステップで攻撃をかわし続けていた。そしてかわしながら、アスカに攻撃を繰り返すゴジュラスを観察していた。奇妙な違和感を感じていたのだ。

 (頭がなくなったのに動いている・・・。それは別に不思議じゃない。じゃあ何で私は違和感を感じるの?
 どうして?
 どうして?
 アレが動いているから?そう、動いているから。でもコアを破壊されない限りゾイドは死なない。動いても不思議はない。
 ならどうして違和感を・・・?
 わからない・・・。
 わからない?目も耳も鼻もなくて相手の位置が分からないはずなのに、どうしてあのゴジュラスは正確に攻撃ができるの?)


 「葛城一尉。どうしてあのゴジュラスはセンサーの大半を無くしたのに戦えるんですか?」
 自分の違和感の原因に気づいたレイがミサトに質問をする。
 「えっ?言われてみればそうね。・・・リツコ分かる?」
 「急に言われても・・・。待って、もしかしたらあの装置を完成させているとすれば!!
 わかったわ。みんな聞きなさい!ゴジュラスを操っている奴が居るわ。そいつを倒せばゴジュラスも止まるはずよ」
 さすがにリツコには思い当たることがあったのか、レイ達に大声で返事をする。
 「操っている本体・・・どれ?」
 「ええっ?そんな奴、どこにいるのよ!?そんな奴が居るなら早く何とかしなさいよ!」
 アスカとレイが周囲を見回す。
 「君には落ち着きというものがないのかい?
 そんなことが分からないなんて、まったく愚かだね。
 あのディメトロドンが敵の本体だよ。さあ、そうと分かればアレを早く破壊しよう」
 カヲルに凶悪な視線を向けた後、アスカは素早く発令所との通信回線を開いた。
 「あんた後で覚悟しなさいよ。
 ・・・私が足止めするからさっさとあいつを破壊しなさい!!ミサト、ハイアットを出して!できる限り無傷で捕らえろって言われたけど、そうも言ってられないからね!!」
 「わかったわ。日向君!」
 「了解!・・・ハイパーライトニング、第166番兵装ビルに用意しました!」
 コングのすぐ隣にある兵装ビルの外壁がスライドし、中から巨大なゾイド用ショットガン、ハイパーライトニング、通称ハイアットが出てきた。
 素早くそれを手に取ると、慣れた動きで薬室に弾を送り込み、ゴジュラスめがけて乱射した。

ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ!

 「グォウッ!グォウッ!グォウッ!!グゥオオオオオッ!!!!」

 装甲が吹き飛び、その下側の生体組織が露出し、直径が5mはありそうな穴が穿たれていく。
 さしものゴジュラスも、その凄まじい攻撃の前には足が止まる。
 その隙に攻撃の矛先をディメトロドンへと変更するレイとカヲル。
 なおも追いすがるゴジュラスを強引に振り払うと、ミサイルを、レーザーを、バルカン砲をディメトロドンめがけて発射した。

キィーーーーーン!!!!

 ディメトロドンは目の前に特大のATフィールドを展開した!

 「そう来ると思っていたよ!レイ!!」
 「・・・ATフィールド全開」


 だが、2人の全力ATフィールドによってたちまちの内にフィールドを中和される。
 黒幕だったとはいえ、ディメトロドンはあくまで電波攪乱や情報伝達を主な仕事とする戦闘が苦手なゾイドである。完全な戦闘用ゾイドのフルアタックに耐えられるはずもなく、轟音と共に爆発し、紅蓮の炎をあげた。



 『あ〜あ、やられちゃった。まあいつかはばれると思っていたけど、結構相手にも賢いのが居るみたいね。兄さんかしら?
 まあ、誰であったとしてもなかなか楽しませてくれたわね。
 ・・・あら?なーんだどっちにしろそろそろタイムリミットだったみたいね。ちょうどいいわ。引き上げるか・・・』



 「フゥオオオオオォォォォォ・・・・・・・」

ドカン!ドカン!ドカン!

 ディメトロドンが爆発した直後、口から大量の泡を吹きながらゴジュラスが倒れ込んだ。ピクピク尻尾の先を痙攣させていたが、ため息のような鳴き声をあげると、やがて静かになる。
 同じくトウジ達と戦っていたゴドス達が、シェルターに進入しようとしていた小型ゾイド達が動きを止める。

 「やったの!?」
 「そうみたいだね。動かなくなったよ。
 ・・・せっかく倒したけど、このゴジュラスは僕用の機体にできるのかな?」
 「待って・・・アレ」

 アスカとカヲルはゴジュラスを囲んでのんきな会話をしていたが、突然のレイの警告の声に視線をディメトロドンの残骸へ向けた。
 皆がいぶかしげに見守る中、炎の中から翼を広げた中型ゾイドが飛び出してきた。
 翼のはえたトカゲのような姿をした赤いゾイドは、グルッと大きく空中に円を描いた後、アスカ達の頭上で静止する。

 「ウォォォォォーーーーーン!」

 そのまましばらく睨み合っていたが、そのゾイドは一声鰐のような鳴き声をあげると南の空へと飛び去っていった。


 「とりあえず、勝ったわね」
 ミサトが脱力して椅子に座り込みながらそう呟いた。
 「お疲れさま。市街をうろついていたゼーレゾイドは一体残らず活動停止したわ。ゴジュラスにいたっては細胞がアポトーシスを起こしているそうよ」
 ミサトにコーヒーカップを渡しながらリツコが話しかける。
 「そう。・・・市民に被害はどれくらい出たの?」
 「まだ詳しい報告は来ていないけど、100人は下らないそうよ」
 ミサトの質問に辛そうにリツコが答える。
 「辛いわね・・・。そうだ、シンジ君達は無事なの?」
 「あまり心配して無いみたいね。それだけ加持君のことを信頼してるのかしら?」
 「馬鹿なこと言ってないで、教えてよ」
 「はいはい。シンジ君もレイコも無事よ」
 「よかった・・・」
 背もたれに寄りかかり足の先まで力を抜くミサト。
 「いつまでも話してないで、チルドレンの回収と被害報告を急ぎなさい」
 2人の頭上からキョウコが少し怒ったような声で話しかけてきた。

 「「了解」」


<ネルフ本部医療室>

 ネルフ本部の医療室で、レイコは毛布をかぶりながらシンジと向かい合って座っていた。
 その目は冷たくシンジの方を見つめ、一言も口をきこうとはしない。
 シンジは彼女が何故怒っているのか見当も付かず、ただ困惑して彼女の視線を受け止めていた。
 「ねえ、レイコちゃん。どうして怒ってるのさ?理由ぐらい教えてよ・・・」
 だがレイコはその質問に答えようとはしない。相変わらず怒りのこもった視線でシンジを見つめていた。
 その沈黙に耐えられず、シンジが部屋を出ようと立ち上がったとき、ようやく彼女は口を開いた。
 「どうしてあの時シンちゃん、私を突き飛ばしたの?」
 「えっ・・・あの時って、君を守るために決まってるじゃないか」
 「じゃあ、どうしてその後、囮になろうとしたの?何で一緒に逃げようとしなかったの?」
 「だから君を守るために・・・」
 「余計なお世話よ!そんな事されたって・・・」
 シンジの困惑した返事にレイコは立ち上がって怒鳴り返した。
 「そうやってシンちゃんは私を守って死んで満足かも知れないけど、残された私はどうなるの?一生その事が重しになっちゃうよ。そんなの酷いよ。自分を犠牲にして私を助けないでよ・・・。2人一緒に助かる努力をしてよ・・・。ひとりになるのはもうイヤ・・・。一緒に生きようよ・・・。ひっく、ひっく、ううっ・・・うえーん」
 そのまま幼女のように泣き出すレイコにシンジはかける言葉が見つからなかった。ただ落ち着かせようと当たり障りのない言葉をかける。
 「レイコちゃん。ゴメン、僕が馬鹿だった。もっと考えて行動すればよかったんだ。謝るから、だから、もう泣かないでよ」
 「馬鹿っ・・・シンちゃんの馬鹿ぁ・・・ううっ」
 シンジに抱きつき、その胸に頭を預けながら大泣きするレイコ。
 シンジがそんなレイコを見ながら困った顔をしていると、突然背後から声をかけられた。
 「まったくだわ」
 「レイコの言う通りよ!馬鹿シンジ、あんた本当に馬鹿シンジだわ」
 「アスカ、綾波、みんな・・・」
 シンジが振り返った先にはアスカとレイだけでなく、その他全てのチルドレンが勢揃いしていた。

 「すまないけど聞かせてもらったよ。シンジ君、我が身を犠牲にして人を助ける美談というのはよく聞くけど、僕に言わせればそれは見殺しにするのと五十歩百歩だよ。自己犠牲の精神は立派だけど、残されたもののことを考えるべきだね」

 「そうやで、シンジ。わしらはゼーレの連中と相打ち覚悟で戦っとるんとちゃうで。玉砕覚悟で戦っとるワケやないで。生き残って、守るものがあるから戦っとるんや!」

 「それって最低だぜ。俺のお袋もそうだったよ。残された親父が、俺がどんなに落ち込んだか、おまえにも見せてやりたいよ」

 「碇君、あなたにはレイコさんだけでなくアスカや綾波さんや、お母さんもいるのよ。みんなを残して死んじゃだめよ。それに死んじゃったら責任とれないのよ。碇君がそんな考えじゃ、アスカ達が可哀相よ・・・」

 「シンジ・・・ユイおばさまはもうおじさんを亡くしてるのよ。またその悲しみを味あわせるつもりなの?私達に、私にそんな悲しい思いをさせるの?だめよ、そんなの・・・」

 「シンジさん。私達変なこと言ってますか?言ってませんよね?私、もうイヤなんです。あんな悲しい思いをするのは・・・」

 「俺はおまえが嫌いだから、別にいなくなってもかまわないけどな」
 「ムサシ、あなた何言ってるのよ!?」
 ムサシはシンジと目線を合わせないようにして淡々と呟いた。その物言いにマナは思わず声をあげる。
 「・・・勝ち逃げはするなよ。それも死んで勝ち逃げなんてのは最悪だ」
 それだけ言うと、シンジの顔も見ないで部屋を出ていった。

 「あっ、ムサシどこいくんだよ?
 ・・・・・・でもムサシの気持ち、僕わかるよ。僕たちみんなはゼーレを倒して世界に平和を取り戻すって目的のために集まったんだけど、今更誰か1人でも欠けるなんて我慢できないよ。だって僕たち、仲間、ううん、兄弟みたいなものだと思うから・・・」



 「みんな・・・ゴメンよ。僕はここに来るまで誰にも必要とされていないと思っていたから、自分の価値が分からなかったから、みんなが僕のことを気にかけてくれるなんて信じていなかったから、どうしても自分の命を軽く考えてしまうんだ・・・。ゴメン、みんな」
 今更ながら、レイコが、みんなが何故怒っていたかがわかってシンジはこれ以上ないくらいにうなだれた。その自閉症にでもなったかのような落ち込みかたにアスカが慌ててフォローする。
 「わかればいいのよ。それに少し前までの私じゃそんなこと言えた義理でもなかったしね」
 そう言って頭を照れくさそうにかいていたが、レイと目を合わせると急に酷薄そうな笑みを浮かべてシンジの胸ぐらを掴みあげた。
 「・・・それより、聞きたいことがあるわ。
 シンジ、あんた私に黙ってレイコとデートしてたわね?ネタはあがってんのよ!!きりきり白状しなさい!」
 「そう。先週は霧島さんと。先々月にはアスカと。まだ私とは一回もない。不公平」
 さき程までのシリアスでハートフルな雰囲気を100億光年の彼方に吹き飛ばし、シンジに詰め寄るアスカとレイ。

 「そ、そんないままで真面目な話をしてたんだから、最後までそのノリを続けてもいいだろう!?」
 もっともな事を言うシンジに、空気が凍り付きそうなくらいの殺気を放ちながら詰め寄るヒカリとレイコ以外の女性達。ハッキリ言って第三使徒戦以上のピンチ。
 「うるさいっ!!それとこれとは話が別なのよ!!」
 「碇君・・・どこで何をしてたの?」
 「アスカ、綾波、マナ、山岸さん、頼むからそんな怖い目で見ないでよぉ!!レイコちゃんからも何か言ってよ」
 「シンちゃん、あの時私を抱きしめた後、レイコちゃんじゃなくてレイコって名前で呼んでくれたのに・・・。どうして今更『ちゃん』づけで呼ぶの?」
 シンジの必死の懇願にウルウルと目を潤ませながら、まるで弄ばれた深窓の令嬢のような言い方で返事をするレイコ。芝居っ気たっぷりだが、鈍感シンジや怒り爆発のアスカ達にわかるわけがない。文字通り火に油を注ぐ結果になっている。
 「あんたいつの間に、レイコとそんな関係になってるのよ〜!?」
 「ご、誤解だよ!!アスカ離してよ〜!!」
 「この女の敵!!エッチ!!馬鹿っ!!変態っ!!もう信じらんな〜〜〜〜い!!!」
 「碇君。あなたこれから死ぬわ。私が制裁するもの・・・。
 これはなに?これが青筋・・・私、怒ってるの?そう怒っているのね」
 「自由っていいわよね。でもシンジ、あなた少し自由すぎるわ!!少しはその女たらしな所どうにかしなさいよぉ!!」
 「酷いです!シンジさん酷いです!!あの時私に覆い被さってきたのに、今度はレイコさんとまで・・・。これは夢です!幻覚です!幻聴です!!シンジさん、そうですよね!?だから今私が間接をきめているのは幻です!!!」

 シンジがズタボロにされるのを尻目に、レイコは心の中で舌を出していた。

 (ちょっと可哀相だけど、私にあんな思いさせたんだし、お仕置きにはちょうどいいわよね♪
 それにこんな酷い目に遭うのだって、シンちゃんが鈍感でハッキリしないからいけないのよ。自業自得。私は悪くないわ。
 ・・・・・・たぶん)

 「シンジ君、僕を許してくれ・・・。君を助けられないこの僕を・・・。だって僕は彼女たちより弱くて、臆病で、ナルシーで、ハンサムで、金持ちで、頭が良くて、性格も最高で・・・」
 「・・・あんたちょっとこっち来なさい」
 「まったくリリンは野蛮だね。恐怖に値するよ。恐ろしいって事さ・・・ぐっはぁ!!」

 「まったく相変わらずやなセンセは。しかし酷いでぇこれは。渚、耳からなんか流し取るぞ」
 「スプラッターはいや〜んな感じぃ!」
 「不潔よみんな。・・・あら、レイコさんは参加しなくてもいいの?」
 「別にいいもん。・・・どっちにしろ私じゃお姉ちゃん達にはかなわないんだし。
 それにシンちゃん、たまには痛い目にあった方が良いよ」
 「えっ?もしかしたら今言ったこと・・・冗談?ちょっ、ちょっとアスカストップ!!」
 「僕にも何か喋らせてよ〜」



 部屋の外からなんだかんだ言いながらも和気藹々としている子供達を見守る複数の目。
 「様子がおかしいって聞いてきたけど・・・。大丈夫みたいね」
 「アスカちゃんも、あんなに元気になって。シンジ君のおかげね」
 「それにしてもシンジったら・・・どうしてあんなに鈍感なの?
 まったく変なところばっかりあの人に似るんだから・・・」
 ネルフトップの三人が好きかって言っていた。
 ユイはしばらくシンジ達を見つめていたが、誰に言うでもなくそっと呟いた。

 「みんなありがとう。シンジだけだったらきっと潰れていたわ。だから・・・これからもシンジを助けてあげて・・・。  何はともあれチルドレンが12人揃ったわ。ゼーレ、勝負はこれからよ!」



第九話完

Vol.1.00 1998/12/20

Vol.1.02 1999/03/20


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