幼なじみの赤の少女が、親の都合でいなくなってしまった後

兄妹は再び悪ガキどもに虐められるようになった。

少女が去った後

そのときから、ともにすごした友人達ともだんだん疎遠になって

両親も仕事が忙しくなり、ほとんど家に帰ってこない。

 

結局二人は自ら己を守って行くしかなかった。

 

幸い碇の家にはガードマンがいる。

両親か誰かの命令が徹底しているのか? 

イジメなど子供達の間の出来事には決して手を出してこないが

それでも、頼み込めば護身術など、様々な技術を教えてくれた。

 

親代わりというのにはほど遠いが

 

 

しかし、ある意味二人づきの護衛こそが二人にもっとも身近な大人達だった。

 

兄は体の弱い妹を守るため

妹は少しでも兄の負担を減らし、兄の力になるため

何かのに取り憑かれたように己を虐め、鍛えた。

 

やがて、同年代どころか大人達とも十分に渡り合えるようになると

自然に立ち振る舞いも代わり、自信もついてきた。

そして、悪ガキどもは相手にもならなくなり

ある時兄妹によって血祭りに上げられ

彼らが懲りて姿を現さなくなった頃

二人は学校生活を怯えることなく、堂々と楽しめるようになっていた。

 

二人に手を出そうというものはおらず

また、近づこうというものもいなかった。

 

寂しさ

それが小学校に通う間、兄妹に付きまとった最たるものだった。

 

 

 


 

 

ふたり

第三話

 

『垣間見える実力』

 

 


 

 

 

 

「さ、いきましょ、レイちゃん、シンジ君」

 

ホームルームが終わると、涼子はすぐに隣の二人に声をかけた。

すでに荷物は完璧なまでにしまわれている。

連絡事項もそっちのけで、さっさと帰る準備をしていたのだから当然といえば当然である。

ちなみに、レイとシンジもすでに帰り支度が済んでいた。

ホームルームの間から、同じように荷物を纏めるよう身振りで合図したのだ。

狩猟の合図とともに立ち上がったのだ。

 

二人は涼子に促されて席を立ち、そのまま教室後方の戸に向かう。

何故、涼子がわざわざそこまで急がなければいけなかったというと・・・・・・・

 

「ちょっと、待ったください。涼子さん」

「出たわね、大作君・・・・・・・・」

 

何時の間にか戸口に回り込んだ神矢大作が、昼休みに引き続きジャージ姿で

三人の行く手を阻むかのごとく立っていた。

・・・・まぁ、実際阻んでいるのだが

 

「で、大作君、いったい何の用事? 私たち急いでるんだけど」

「いえ、涼子さんが今日転校したばかりの二人と連れだって行くので気になりまして」

「「「「「そうそう」」」」」

「・・・・・・・・もう一つ、何時の間にこんなに集まったわけ? 」

 

いつの間にやらクラスメイト全員がレイとシンジ、そして涼子の周り

さらに、廊下の側の窓に鈴なりになっている。

人見知りの激しいレイは思わず隣のレイの袖をつかみ

 

「大丈夫だよ、レイ」

 

シンジはそんなレイを気遣い声をかけ

自分の袖をつかむレイの手に己の手を重ね、握った。

そして、周りを見渡す。

クラスメイト全員

さらに教室の外にその三倍は集まっているようだ。

 

「もちろん、転校生である碇君、碇さんにお近づきになりたい集まったのですよ。涼子さん」

「「「「「そうそう」」」」」

「それで、こんなに集まってきてどうしようってワケ? 」

「それは、校内を案内するとか、まだ不慣れな地元を僕達が案内するとか・・・・」

「「「「そのとおり」」」」」

 

大作が代表なのか?

周りの生徒は大作がなにか言うたびに相づちを打っている。

リハーサルをしたわけでもあるまいに、妙に粋がっているその様が結構怖い。

おそらく大作が転校生の碇兄妹の情報を流し、煽って

生徒達、特に部の勧誘が集まるように仕組んだのだろう。

 

「そしてなにより、何かと多いこの大門高校の部や同好会としては二人のような目立つ生徒が是非ともほしいんですよ」

「「「「まったくもって、そのとおり!!!」」」」

 

今度は、主に廊下側の窓に並んだ生徒達が返事をした。

そのあまりに裏表無いあからさまな態度にシンジは困ったような笑みを浮かべ

レイは目を丸くしている。

 

「それで、是非ともこれから皆さんそれぞれに碇兄妹に交渉したいわけです」

「はぁ・・・・・」

「ところで、そんな涼子さんこそ、どうしたんです? 」

「な、なにがよ」

「だって、月曜から金曜まではいつも必ず剣道部の練習に出ていくのに、今日はしっかり帰り支度してしまって・・・・・・」

「そ、それは・・・・・・・」

 

涼子は一瞬、レイとシンジの家に遊びに行こうとしていたことを言いそうになったが

それを伝えたらここにいる生徒全員が二人の家にお邪魔することになりかねない。

涼子が珍しく言い淀むのを大作は見逃さなかった。

と、いうより大作は涼子達が碇兄妹の家に行こうとしていたのを察知して

生徒達をいち早く集め、三人を足止めにするというあざとい行動に出たのだ。

 

まだ、写真の方を諦めていないらしく

なにより昼間水たまりに突っ伏す羽目になったのを恨んでいるのかもしれない。

 

涼子が珍しく言葉を濁し、その面に焦りを浮かべるのを大作は

幼い顔に柔らかで無邪気な様子の笑みを浮かべて見ている。

見栄えはホントウにかわいらしい美少女のような笑みだが

その考えていることを思うとかなり小面憎い。

大作は珍しく涼子追いつめることが出来て、多少浮かれて意地悪になっていた。

 

「さて、涼子さん、どうしたんです? これからどこに向かおうとしてたんです? 」

「そ、それは・・・・・・」

「ねぇ? 涼子さん」

「う・・・・・・」

 

涼子が大作に追いつめられる。

この希有な光景にクラスメイトも集まった生徒達も口を挟まなくなった。

その時

 

「それは涼子さんと友人の結城ひとみさんがボク達の家に遊びに来る予定だったからですよ」

「「シンジ(碇)君!? 」」

 

突然、それまでの涼子と大作の駆け引きを無視したようにはっきり口に出したシンジに

大作と涼子、そしt生徒達も等しく驚愕をめいいっぱい顔に出してシンジを見る。

 

「ちなみに、校内は昼休みに涼子さんと結城さんに案内してもらいました。申し訳ありませんがまた案内してもらいともおもってません」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・(メ)」

「「「「さ、さようで・・・・・・」」」」

 

よどみなく綺麗な声ではっきり告げるシンジと

だまって無表情でじっと睨む(すくなくとも生徒はそう感じる)レイに

かなりの生徒達ががっくりと肩を下げ、あるいは視線を逸らす。

ちなみに、レイは自分に気さくに声をかけてくれた涼子をかなり気に入っており

それを困らせる生徒達、とくに自分に執拗にカメラを向けてきた大作を半ば敵と見なしていた。

視線も自然とキツくもなるのである。

 

「それで、昼間に約束もしましたし、家に二人を案内したいのですが・・・・通してもらえます? 」

「「「「そ、それは・・・・・・・」」」」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「「「「あ、あのぉ・・・・・・・」」」」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(メ)」

 

内心はともかく、なにも反論しそうに無い生徒達の様子を見て

二人は今が引き時と心得て、そのまま教室を出ようとする。

生徒達は未だ諦めてはいないものの、その整った顔に柔らかな笑みを浮かべたまま聞くシンジと

やはりじっと見つめ、しかもはかすかに怒っているかのようなレイに

全員が精神的にひいてしまい、なんとなく腰も引けている。

 

「じゃ、そういうことで」

「ええ・・・・涼子さん・・・行きましょ」

「え? あ、うん」

 

そして、周りの生徒達が何もいってこないのを確認すると

二人は涼子を促して出ようとした・・・・・

が、

 

「まぁ、そう言わずに待ってください」

「・・・・・なにか? 」

 

やはりというか

ショックからもっともはやく立ち直ったものが止めに入った。

笑みまで浮かべて聞いていたその人物、大作が逃がさないぞとばかりに話しかけてきて

シンジは一瞬浮かんだいやそうな表情をい即座に隠し応対する。

レイの方はといえばかなりはっきり嫌悪を顔に出している。

大作がなにかとカメラを自分に向けたがること、そして図々しさ

自分の美貌にさえ無関心なレイには大作が類い希といえるほどの美少年でも大した関係なく

ただ、いやなものはいやなのだ。

 

そして、涼子は捕まったかとばかりにがっくりしていた。

ある予感とともに

 

「まぁ、そういやがらずに話を聞いてください」

「いえ、別にいやがってなどいませんよ。それどころか転校したばかりでこんなに気にかけてもらって恐縮です」

 

二人の真実みのない会話が続く。

 

「そうですか、それは良かった。校内を案内できないのは残念ですが、でも街の紹介もありますよね」

「すみませんが、あらかた街中の設備その他は把握しています」

「へぇ、どうやって? 聞けばこの街は初めてで、しかも来たのは三日前だそうですが」

 

自分の優位を信じているのか

大作の口調の方が多少偉そうで、鷹揚だ。

 

「簡単なことですよ。ハローページやネット等で把握しておきたい店、スーパー、理髪店、そして役場、病院などの重要な公共サービスを調べて、地図でしっかり位置を確認したんですよ」

「でも、実際まわってみないと街の良さというのはわからないものですよ」

「そうですね、でも今日は約束がありますので」

「僕なら本やネットにも出ていない様々な穴場に連れていってあげれますけどねぇ」

「いえ・・・・ですから・・・・」

 

調子に乗った大作は、よいよシンジの話も無視して話を続ける。

と、いうより強引に約束を取り付けようとしているのか?

 

「それに、部活や同好会のほうはせっぱ詰まってますからねぇ。なにせこの高校馬鹿みたいに部や同好会が多いですから部員の少ないいところは生き残りがかかってるんです」

「「「「「まったくもって、そのとおり」」」」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

大作に遅れて忘我から復活した生徒達、とくに部活の勧誘のものが声をそろえる。

もはや、シンジは口を挟まず、あいまいな 笑みを浮かべて大作の一人口上を聞いていた。

 

「ですから、せめてまずは部の紹介だけでもうけてもらえませんか? 」

「・・・・・・・時間の無駄だわ・・・・」

「「「「「・・・・・へ? 」」」」」」

 

突然挟まれた空気を凍らせるような冷たい声に

すでに絶好調に入っていた大作とそれを後押ししていた生徒達が絶句し、聞き返す。

見れば、イが無表情に、そして見るものを凍らせるような永久凍土の視線で睨む。

気が弱いものはそれだけで腰が砕けそうになり、そうでなくとも下がっこおりついたように動かなくなり、わなないた。

 

「さっきからどうして人の話を聞こうとしないの? ワタシ達は今日は涼子さんたちと家に帰るの。街の案内も涼子さんたちにしてもらうわ」

「で、でも・・・・・そしたら、僕達がご一緒しても良いですよね」

 

 見た目より遙かに肝が据わっている大作はレイの冷たい視線にも屈せず何とかすがりつく。

だが・・・・

 

「いやよ」

「ど、どうして・・・? 」

 

レイの返答はこれ異常ないほど素っ気ない。

 

「だって、あなた達、邪魔だもの」

「「「「!?」」」」

 

はっきりと邪魔と言われて、周りのものが思わず目をむく。

明らかにいやな空気が漂い、生徒達の表情が険しいものになっていく。

そして・・・・・

 

「い、いかげんに・・・・」

『まぁ、待ちたまえ』

「「「「「「!!」」」」」

 

いきなり教室備え付けのスピーカーから声が漏れた。

声もシュチエーションも、シンジやレイはともかく大門高校のものならお馴染みもので

 

「校長、いつからここは校長室と相互に繋がってるんです」

『いや、そうではない。実は2年B組の方がなにやら騒がしいとKファイト実行委員会のメンバーから連絡があって、とりあえずマイクとカメラを持って現場に行ってもらったのだ』

 

大作の質問に校長と名乗る人物が答えると、生徒達が慌てて周りを見渡す。

ちなみに涼子は校長が出た時点でもはやどうにでもなれと匙を投げたらしい。

シンジとレイはこの妙な事態を興味深げに見守る。

すると自分たちと同じ服装で、ただ腕にKファイト実行委員会の腕章をつけた生徒が

たしかにマイクとカメラをそれぞれ持っていた。

そして、教室のテレビの電源が入り、薄暗い部屋の大きなテーブルに肘を付いて手を組んだ

わかる人ならわかる、ゲンドウ・ポーズをかました黒眼鏡の男が映る。

ちなみに、こちらはひげは綺麗に剃っているし・・・・けっこう愛嬌があったりする。

 

『さて、話は聞かせてもらった。それから転校生の碇シンジ君とレイ君には自己紹介がまだだったな。私が当大門高校の校長、藤堂だ。』

「はじめまして、碇シンジです」

「・・・・・・レイよ」

『いや、落ち着きがあって結構、それでどうやら帰るか帰らないでもめているようだが、ここは一つKファイトで白黒つけないかね? 』

「その、先ほどから出てくるKファイトとは? 」

『うむ、それは学内のトラブルを解決するための手段の一つだ。双方合意の上での野試合といったところで、意見の対立が合った場合、当事者達が合意したルールに則って戦う』

「ほう・・・・・」

 

シンジは多少興味を引かれ、いくらか聞くのに熱心になる。

 

『基本的に勝負の方法は挑戦を受けた側が選ぶ。ケンカから格闘から、あるいはスポーツからその方法は生徒の安全に問題が無い限りなんでもありだ』

「それはおもしろいですね」

「そうだろう、そうだろう」

 

シンジの生返事にも気づかず(あるいは気づいても気にせず)

我が意を得たとばかり頷く藤堂

久しぶりのお祭り騒ぎに発展しそうで期待も高まっているのだろう。

 

『それで、とりあえず同好会や部活の勧誘達はかなり必死だ。いかに涼子君が見方とはいえ、その突破は用意ではあるまい』

「そうかもしれませんね」

「そこでだ!! 」

「どこでです? 」

 

シンジの意味不明のツッコミに勢い込んでいた藤堂は思わず頭机にぶつけ

周りは思い切りだらける。

 

『・・・・・意味不明のツッコミをしないように・・・・・ともかくこのままでは埒があかんだろうからKファイトではっきりさせないかね』

「・・・・・・・・・・・」

 

シンジはしばし考え込み。それから隣のレイの目を見た。

レイは静かに頷いてみせる。

 

「良いでしょう、では私が挑戦を受ける側になるので」

『その通りだ、それで勝負の方法は何にする? 』

「・・・・そうですね・・・・・・」

 

シンジは周りの生徒を見渡して、それからまたしばし考え込んだ。

 

「そういえば、この学校格闘系の部活動に随分と力を入れているそうで、でしたらボクとデスマッチをしましょう」

『・・・・ほう・・・・』

 

シンジの答えを聞いた藤堂のグラサンが怪しく光る。

 

「とりあえず、皆さん一人一相手にする時間はありません。何人でもかかってきてください。場所も特にこだわりませんよ、よほど変な場所でないかぎり。武器の使用も認めます」

『いいね、じつにいいよ!! 場所はすぐに私が体育館にリングを用意しよう。Kファイト実行委員は直ちに準備に取りかかってくれたまえ』

「いえ、リングはいりません・・体育館全部を利用させてください。弓道部、アーチェリーは広さがないと困るでしょう?」

『・・・・・そんな不利な条件でいいのかね』

「ええ、ただしこれで負けたら二度と勧誘など来させないでください。そのうちこちらから見にまわりますので」

『いいだろう、私はすぐに実行委員に準備させる』

「よろしく」

 

そして周囲の生徒が慌ただしく動き始める。

格闘系の部はすぐに自分たちの部から選りすぐりの部員を集め

文化系の部は格闘系の部に自分たちの売り込みを頼み込む。

ことの一方の当事者である大作はことが動き始めた以上ここにいる意味はないと

さっさとKファイト実行委員としての仕事にうつる。

 

 

あとには、ことの当事者ではない涼子と

なにやら楽しそうなシンジ

そして、どこか不満そうなレイが残された。

 

「ちょっと!? あんなとんでもない約束してよかたの? ここの学校の生徒、やる人は結構強いのよ」

「大丈夫ですよ、涼子さん」

「そう・・・シンジは負けない・・・・」

 

対するシンジは飄々としていて

レイはシンジへの信頼か自信たっぷりである。

そんな兄妹の様子に涼子は少々拗ねたのか? 頬を膨らませる。

普段のハンサムといって良いかっこうよさとは反対の、実にかわいらしい様子である。

 

「もう! どうなっても知らないんだから!! 」

「まぁまぁ、それよりどのぐらいで準備出来ると思います? 」

「大作君達も言ってたけど、ウチにはかなりの数の部があるから、部室や部員の勧誘でもめ事は度々あるの」

「–––––その度にKファイトが行われているから、自然と準備も早くなる? 」

「そう、おまけに体育館からものと人をどかすだけだもの、すぐよ」

 

涼子はもうふっきたのか、ごく普通に説明してくれて

シンジはこのなかなか特徴的な彼女との会話を楽しんでいた。

 

「––––なら、早く行きましょう。涼子さん・・・案内して」

「え? ええ」

 

その様子をずっと見ていたレイが、急に口を挟み

涼子は二人を体育館に案内し始めた。

 

 

涼子が先頭にたって案内し

レイとシンジがその後を付いて、廊下を体育館に向けて歩いていた。

 

「ねぇ、レイ・・・さっき、もしかして、妬いた? 」

「な、なにを言うのよ・・・」

「レイは可愛いね」

「–––バカ」

「あのさぁ」

「「な、なに? 」」

 

シンジとレイがなにやら意味不明な会話をしていて

そして、レイがなにやら頬を赤く染めたとき

そのとき丁度、涼子が後ろに振り向いて声をかけ

兄妹は少々慌てた。

涼子はそんあ二人の様子に首を傾げる。

 

「どうしたの、涼子さん? 」

「そう! その『涼子さん』っていうの止めて」

「はい? 」

 

レイが表情を引き締めて改めて聞くと

涼子の返してきた、予想とは全く違う問いにレイは面食らう。

 

「その『涼子さん』ってよばれると、なんかこそばゆいのよね。同い年なんだし、『涼子』でいいわ」

「・・・・わかったわ・・・涼子、じゃぁ私も『レイ』でい、」

 

レイは『涼子』と呼ぶことをあっさり承知したのだが

その時ほんの少し頬を染めて嬉しそうでさえ合ったのだが

 

「ダメ! レイちゃんはレイちゃん!! 」

「それは少し恥ずかしいの・・・・」

「それでもレイちゃん!!!!」

「・・・・わかったの」

 

『レイちゃん』と呼ばれるのはさすがに慣れず、顔を真っ赤にして恥ずかしがったが

しかし涼子は認めず、更に『レイちゃん』と連呼し

結局レイも認めるしかなかった。

 

 

「ねぇ、シンジ・・・・涼子・・・似てない? 」

「そうだね、でも涼子のほうがずっと素直だよ」

「そう? 」

「そう」

 

何故か『暴れん坊将軍』のメインテーマの節を口ずさみながら

嬉しそうに前を行く涼子の後ろ姿を眺めつつ付いていきながら

レイとシンジはそんなことを話していた。

 

 

 

自分の家のガードに護身術を習いはじめてより半年

それまで兄妹は一度も自分たちを虐める悪ガキ達に鍛えた技を使ったことがなかった。

二人は底なしに優しかったから

あるいは他人を傷つけるのが怖かったから

 

だから、なんとか相変わらず妹をかばう兄は、悪ガキどもの拙い攻撃を止め

石や棒など、止めきれないものは少しでもダメージが吸う無いようずらして受けた。

そうやって、半年の間は我慢していた。

 

ある雨の日

妹が悪ガキどもが振り回した気の棒がかすって

よけ切れなかった妹の額がかすかに切れて血がにじんだとき

兄は悪ガキどもが気絶するまで叩きのめした。

けっして急所をねらわず、あまり外傷も作らず

ただ徹底的に痛みを、恐怖を与え続け

逃げまどい、最後に疲れ切って悪ガキどもが気絶するまで

そして雨の降りしきる中、彼らを放置した。

 

結局、外傷がほとんどなかったこと

悪ガキどもが、それなりに教師達から、さらに父兄の間でも目を付けられていたこと

それらの理由から兄妹に表立ったおとがめはなかった。

 

それから、二人にちょっかいをだすものはいなくなった。

そして、滅多に話しかけるものも

 

 

 

『ようこそ、碇シンジ君! Kファイト実行委員会は君を待っていたよ』

『まっていたのは挑戦者達が主では?』

 

体育館に入るなり、シンジ達は体育館の巨大なスピーカーから流れるそんな声に迎えられた。

見渡せば、体育館の壁際も、そして観客席のようにぐるりと周りを囲んだ二回部分も

おそらく観客(野次馬)の生徒達で埋まっており

そして正面の、卒業式なら校長が卒業証書を手渡すだろう場所には長椅子がおかれ

あの怪しいグラサン・黒服校長とそしてかわいらしい女子生徒が解説のように

–––––いや実際解説なのだろう、座っていた。

そこかしこに照明とカメラを用意した、Kファイト実行委員会の腕章をつけた生徒達がいる。

 

「随分とお祭り好きな校風なんですねぇ」

「ま、まぁね」

 

シンジが曖昧な笑みを浮かべながら

周りを興味深げに見回しながら言うのに、涼子は顔を引きつらせながらも答えていた。

(転校生という、ちょっと前まで部外者だった人が隣にいると・・・・・・)

涼子は自分がこの学校の校風に随分と慣らされていたことに少し憮然としていた。

––––––実際にはならされていると言うより知らないウチに

そう、知らないウチに校風を広めている一人なのだが・・・・・自覚が無いのだからしょうがない。

 

ちなみに涼子自身、剣道部最強の剣客としてこのKファイト出場を頼まれていたが

さすがにそれを受けたいと思うほど戦いに飢えているのでも

もちろん血に飢えてるわけでも・・・・・・・

多分無かった。

多分

 

ちなみに対戦者であろう生徒達は広く開いた体育館の中央のスペースに集まっており

そお服装から、柔道、合気道、空手、キックボクシング、ボクシング等々

直接攻撃が主で、さらに剣道、長刀、弓道、アーチェリー達が申し訳ないほどいた。

人数も少ないので、おそらく彼らが部の代表なのだろう。

中には、サッカー、野球、陸上等々

ちょっと格闘とは無縁の生徒達も何人か出ていた。

そして、文化系の部員が見られ無い以上、おそらく運動系の生徒にゆだねたものと思われた。

 

「おもったより挑戦者が少ないみたいですけど、これだけで良いんですか? 」

 

シンジはまっすぐ体育館中央に向かうと

それら部の代表の生徒達を前に訝しげに聞く。

 

そのまったく自然な様子に最初は何を言ったのかわからなかった生徒達だが

さすがに自分たちがまったく相手にされてないように感じた代表の部員達はすぐに気づき

憮然としたり、あるいは息巻いたり・・・すくなくとも苦々しい顔つきになる。

そして、観客の生徒達は、その人を食った態度に唖然としていた。

 

『まぁ、君がどれだけの実力をもつか知らないが・・・・・・』

『多分しっかりと調べてるでしょう、この怪しげで実際怪しい格闘マニアの校長は』

『君、前々から思っていたんだが、私にキツ過ぎるのではないかね?』

『まぁ、こんなこと言っている怪しい黒服オヤジはほっよきましょう! とにかく少なくともウチの格闘系の部員達はけっこうな実力を持っています。』

『・・・・まぁいい・・・・・ともかく剣道、弓道は武器を所持している。南雲君でも無い限りかなり厳しいのではないかね』

 

漫才だか説明だかわからないような藤堂と女の子の答えに

さすがのシンジも少し唖然としてしまった。

が、気を取り直して見た目には裏表のない、綺麗で無邪気な笑みを浮かべる。

大作のそれより数段仮面は厚く、しかも見栄えが良かった。

 

「まぁ、その方が早く済んで良いですけどね。今日は約束もありますし」

 

相変わらず今度ははっきりとわかるくらい相手にされてない部員達は憤り

そして目の前まで来たシンジを思い切り睨み付けた。

 

『それは戦ってからわかることだよ』

 

そして、舞台は整った。

 

 

 

『さぁ、よいよKファイトが始まって以来異例中の異例! 碇シンジ一人に対し、我が大門高校が誇る運動部のエース達による、武器使用無制限のデスマッチが始まろうとしています』

ウオォォォォォォォォ–––––––––––––––

キャァ––––––––––––

解説の女子生徒のハキハキとした明瞭なアナウンスが響き渡り

乗りのいい生徒達が完成をあげる。

 

ちなみに結構黄色い声が混じっているのは、やはりシンジが絶しといって良い

しかも相銀の髪と紅の瞳という人間離れした美貌の持ち主だからであろう。

 

『挑戦者達は、空手部の古賀、現主将の石崎のような、強者が揃っております。データはありませんが、どれだけ碇シンジが強くともこれだけでかなり苦しいでしょう! 』

『しかも、碇君は武器の使用を止めなかった。剣道部や長刀等、かなり苦戦すると思われる』

『そんな、本来なら絶望的な状況を自ら作り出した碇シンジ、しかし彼は自信たっぷりな様子ですね。解説の怪しい校長さん』

『君、前々から思っていたがやはり私にケンカ売ってないかね? ともかく彼は愚かとは対象に位置する人物だ。その自信もなにかの裏付けがあるだろう』

『と、こんな結局何もわかっていないような解説者はほほっときましょう! それではスタートです』

 

カァ––––––ン!!

 

オーソドックなゴングとともに、戦いは始まった。

 

 

 

 

そしてシンジは当然といった様子で横に並ぶレイと

まだ唖然としたままの涼子

さらに体育館に入ったときに涼子とレイが見つけた結城瞳ひとみとともに悠々と出ていった。

 

生徒達は言葉を発することなく、出ていくシンジ達を見送る。

シンジ達が出ていった後、体育館にしばし静寂に満たされる。

 

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・信じられない』

 

藤堂の、珍しく弱々しい声がスピーカーから漏れる。

生徒達の中にも声を発するものは一人もいない。

みんな一様に唖然としている。

目の前で起きたことが信じられないのだ。

唯一、自身を保っているのは当然のことと認識しているレイだけであろう。

あるいは慶一郎なら比較的すんなりと受け入れたかもしれないが

鬼塚家の主夫でもある彼は、買い物をして今日の夕餉のず準備をするべく

早々に群からの払い下げのジープで帰っていたのだ。

 

『なんと・・・・・・・開始よりたった三分で、挑戦者達が全滅です・・・・・・』

『なにかあるとは思っていたが、まさかここまでとは・・・・』

『とりあえず、カメラが試合の様子をとっていましたので、見てみましょう』

 

解説の女子生徒が言うと、壇上の彼女たちの背後にスクリーン用の白幕が垂れ下がり

そこに映写機で先ほどの試合の映像が映し出される。

 

『まず、最初に前に出たのが、これが我が校ではいつも切り込み隊の役割を果たしてもらう空手部の風間君・・・・・相手をなめているのか隙だらけだね』

『そこへ・・・これです!!いきなりかすんで見えるほどの早さで脇を抜けた碇が横に立って後頭部に手刀をたたき込みます。』

『そして、風間君はあっけなくダウン、焦った石崎君と古賀君が前に出るものの・・・・・』

『すかさず懐に入り込んだ碇が・・・・これも早い! 一瞬で懐に入り込んで、それぞれ人中、こめかみに掌打をたたき込んでます!! 』

 

実に素早い、まさに風のようにシンジはさっと三人の間をすり抜け

そして三人は為すすべもなく倒れた。

 

『さすがに彼の危険性を理解した柔道部の面々が彼を取り押さえにかかるが、これも襟もつかませずに一撃で昏倒させて、あとは浮き足だったメンバーを同じように素早く各個撃破・・・・』

『相撲の生徒には徹底的に顔だけねらってますね。贅肉のお腹とかさわりたくなかったのでしょうか? 』

『そして後はリーチも何も関係ない。みんな見事に一撃だ。剣道部の竹刀も木刀も、旧津部の矢も絣もしない』

『これは、新たなニューヒーローの誕生でしょうか?』

 

三人が去った後

体育館では物好きな生徒やいちぶ教諭達が、シンジについてああでもない講でもないと

らちもない論争、はてまたうわさ話

そして、これからの展開まで話していた。

 

『これを静馬君が知ったら・・・・楽しみだねぇ』

 

藤堂が面白がっていった言葉は、生徒達のざわめきをいっそう大きくしただけだった。

 

ちなみに、哀れな部の代表の生徒達が解放されたのは、それから三十分も経ってからである。

 

 

 

「・・・・すごいわねぇ」

「そうですか? 」

「そうよ!!」

「そう・・・」

 

まだ先ほどの興奮が冷めやらない涼子は

帰り道の間しきりに感心したり頷いたりと忙しい。

レイは彼女にとっては当然の結果

ただ、涼子の様子を不思議そうに見ていて

シンジといえば相変わらず何を考えているのかわからない。

 

「今度、私とも対戦してくれる? 」

「良いですけど、どんなルールで? 」

「私は剣客のつもりだから木刀のしよは可能、あらゆる攻撃が有効と言うことで」

 

涼子が心底期待した、やる気満々の

楽しみでしょうがないと言わんばかりのキラキラしためで熱心に頼み込む。

 

「・・・・ボクを木刀で撃ち殺さないでくださいよ」

「そう・・・シンジを虐めたらダメ」

「ね、だから真剣は使わないからぁ」

「ダメ」

「ね! 私の剣の修行につき合ってよ」

「ダメったらダメ」

 

なかなかあきらめの悪い涼子

それに律儀にこたえるレイ

困ったように左右にせわしなく目を往復させる、間に挟まれたひとみ

 

そんな三人を少し離れて見ていたシンジは

柔らかな、こころからにじみ出るような笑みを浮かべていた。

 

「・・・・・・・楽しい生活になるかな・・・・・・・・・」

 

夕焼けにそまった

しかし雲のないゆっくりと赤から藍に変わりゆく空を眺めがら

シンジは呟いた。

 

 

 

(つづく)

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

櫻です。

今回は随分と長くなりました。

シンジ君

いきなり目立ってますね。

予定を繰り上げて、転校初日でやっちゃいました。

これからも、格闘は話に大いに関わってくるでしょう。

それから、連絡なのですが、現在私は実家にいます。

13日までこっちにいるので、紹介されたアドレスはそれまで返事はありません。

感想など送ってくれた方、もうしわけありません。

もし送ってくださるのなら、e183club@lime.ocn.ne.jpにお願いします。

それでは次回で

 

 




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