第9話「Leave-taking 『Reason,3-A』」


今日の彼の目覚めは最悪だった。というよりいつ寝たのかも定かではなかった。
寝たという感じのしない朝。堅い床に1枚の毛布にくるまって丸くなるシンジ。
彼はレイが寝静まった頃を見計らって毛布を借りにフロントに向かったところで
見てしまった、アスカと奴の・・・。その姿が今も脳裏から離れない。
ショックだった・・・仲の良い、良く知ってる女の子が
目の前で別の男とキスしていた事が・・・今まで無かったほどの衝撃が彼を襲っていた。
しかもアスカ・・・昨日胸を高鳴らせた女の子が、シンジの知らない奴と重なっていた。
彼には未知の領域『キス』を彼女は知ってる、やった事がある、知らない奴と。
そう思うだけで胸が張り裂けそうな感覚に襲われる。
彼は1人ならその感覚に囚われて発狂していただろう。
それほどに凶悪な感覚が彼を襲う。
だがベッドには昨日の晩からぐっすりと寝ているレイがいる。
彼は頭の中で必死にその感覚を処理しようとする。
彼は黙って耐えるのを止めて、朝靄の中をランニングすることで気分転換を
図ろうとして、準備を開始した。
「・・・どうしたの?まだ4時よ」
レイがベッドから上半身だけ起こし、目を擦りながらシンジに訊ねる。
シンジはレイの寝ているベッドに腰を降ろしながらレイの額に手をあてがった。
「うん、熱はないね。足の方はどう」
レイの足は包帯で巻かれた上からテーピングされていて動かせはしないのだが、
「問題ないわ。痛みはほとんどない」
「そう、良かった。ちょっとジョギングに行ってくるけど、すぐ戻ってくるから」
彼女の瞳が少しだけ悲しみのフィルムに覆われたが、
「なるべく早く・・・帰ってきて」
シンジが頷くのを見たレイはほっと一息ついた後で彼を送り出した。
だが、誰もいなくなった、がらんとした部屋を見渡すと心がざわざわと
体をむしばみ始める。
その感覚に部屋を直視することができなくなったレイは視界をタオルケットで覆い隠し、
自らのぬくもりでその感覚を紛らわそうと体を丸め、ベッドの上で膝を抱えこんだ。


EVIA施設内にマヤはいた。彼女は今日予定されているシンジのテストのために徹夜で
マシンの修復を急いでいた。そして朝日が昇る頃には全ての作業を終え、
自販機が置いてある休憩所で一息ついていた。
『技術開発3課の伊吹研究員、技術開発3課の伊吹研究員、
 至急第2実験室までおいで下さい』
施設内にアナウンスが響きわたった。呼び出しは別段珍しくはないので
マヤは持っていた空き缶を缶入れに入れてから第2実験室に向かった。

その頃、ホテルの自室でベッドに横になるアスカ。
彼女の瞳にはいつもの輝きがなく目もうつろ。
焦点の定まっていない様子で呆然と天井を眺めている。
目と口を半開きにして何も考えていないという状態の彼女がベッドに横になっていた。
昨日のアベルの行動は彼女の唇を奪っただけに留まらず、彼女の心も深く傷つけていた。
アスカは彼の行動に翻弄されて、自らのことを「汚い、汚された」と思い悩み、
先程まではその悲痛な思いが彼女を嘖ませていたが、今は放心状態になっていた。
その時,あの時の光景が脳裏に浮かぶ。アスカのうつろだった目が見開かれる。
(見られた・・・シンジに見られたっ。私が汚された瞬間をシンジに見られた。
 もう駄目、嫌われる。汚れた私をシンジは見て見ぬふりをして足早に去った。
嫌われた。汚い私が嫌われた。私は汚いと背を向けられたんだ!)
アスカはベッドからガバッっと起きあがると同時に自らの口を両手で押さえる。
「ウッ・・・」
アスカは吐き気をもよおす。
彼女はベッドから飛び降りて洗面所に向かうと、勢い良く蛇口から水を流し出した。
『ジャー』
その勢い良く流れ出る水で自らの口を洗い、彼女の心にこびり付いて離れない
汚れを必死で落とそうとするアスカだが、洗っても洗ってもその汚れは
彼女の中では消えなかった。アスカは正面に据え付けられた鏡を見る。
「!!ハッ・・・・・・・・・・アァ・・・・・・・・・・・・」
彼女は悲嘆にくれる。アスカには彼女の唇にアベルの唇の痕がしっかりと見えた。
彼女は更に強く口を洗い始める。彼女に痛みが走るが更に口を洗い続ける。
「落ちない。何で落ちないのよ・・・綺麗にしたいのに・・・何で落ちないのよ・・・」
そう泣き呟き、涙を浮かべながらアスカは何かに取り憑かれたように口を洗い続ける。

マヤは第2実験室のドアを開けて中に入っていった。独特の臭いが充満したその実験室
には誰もいなかった。マヤは奥の準備室に行こうとした時に、その部屋のドアが開き
中から見慣れたゲンドウとリツコが顔を出す。
「ご苦労、伊吹主任」
マヤにしたらこんな所に何故会長であるゲンドウがいるのか不思議であったし、
ゲンドウがマヤに用があるというのも変な感じだった。
「今回は他でもない、君に頼みたい事がある」


既に日は真上近くまで昇り、日の光がホテルの部屋を照らす中でシンジとレイは
移動を開始する。レイはまだ自力で立つことは出来なかったので車椅子を
使っての移動となっていたのだが、今までと同じ3階であったので比較的簡単に
移動が出来た。そこで2人は少し早い昼食を食べていた。
楽しい会話という程の物ではなかったが、レイはいつもより口数が多い。
シンジにしてもそんなレイの態度はとても嬉しい。
「どう綾波、美味しかった?」
レイがフォークを置いて水を口に含むのを見て、シンジは訊ねる。
「うん。・・・碇君はどう?」
彼女の頬はさっきから少しだけ染まっていた。
彼女なりにシンジと少しでもコミュニケーションを取ろうとした結果、
普段自分から会話という形では聞き返す習慣がないだけに恥ずかしかったのだろう。
「ホントに美味しかったよ。特にこのスープが何というかその・・・」
レイは話しているシンジを眺める。今は本当に平和だった。穏やかで何も憂いのない
生活がこんなに心地の良いものとは思わなかった。今にして思えば全てが酷く凄惨な
日々、それは何も2年前以前の生活のみならず、今までは天国と感じた2年前から
つい最近までの生活すら今では嫌な感じだった。走ることに追われ、負けることに
恐怖を抱き、何時見限られるとも知れない緊張状態が否応なく続く生活。
そして今までボロボロになるまで走り続けた結果、ボロ雑巾のように捨てられ、
最後の屍まで利用されるのが運命と知ったとき、彼女はどう思ったのか。
それはここにいるという事実が教えてくれる。
『プルルルル プルルルル』
シンジは何度鳴らしても応答のないアスカの部屋への電話を再度かけてみたが、
どうも出る様子は無い。シンジにとってはその事は不安にさせるに十分だった。
(いないのか?またアイツとどっか行ってるのか?
 ・・・そうだよな・・・キスする程の間柄なんだもんな。
 暇なら会ってるさ・・・もしかしたらあの後からずっと一緒とか・・・)
シンジは受話器を置いて少し思案に暮れる。
(アスカにとって僕って何なんだ。この前は好きだって・・・いや・・・
 口に出しては言ってなかった。じゃあ僕にキスを求めた彼女は?
 アレは嘘の涙だったのかよ・・・そうは見えなかった。どう思ってるんだアスカ、
 僕のことをどう思ってるのか分からないよ・・・アスカ・・・)
「くん・・・かりくん・・・碇君」
その時にレイがシンジを呼んでいたのを気づかなかった。シンジがレイに振り向くと
「どうしたの。ボーッとして」
彼女はシンジが動きを見せなかった事に少々不安になったのかそう訊ねて来る。
「いや、僕今日はテストで出かけるっていったろ?だからアスカに綾波の事見ていて
 貰おうと思って電話してみたんだけどいないみたいなんだ」
「そう、私なら大丈夫。杖があれば何とかトイレくらいは行けるし」
「でもやっぱり綾波一人にはできないし・・・・・・行くの止めようか、テスト」
レイはそのシンジの言葉に嬉しくもあり、悲しくもあった。
「そういう考え方は困る。私は碇君の負担になりたくないもの」
それだけ言うとレイは杖を使ってベッドから立ち上がろうとする。
「な、どうしたんだよ急に。トイレなら僕が」
その行動に驚いたシンジはレイに走り寄って彼女を支える、支えられるレイは呟く。
「そんな重荷になるくらいならここから出ていく」
彼女の眼は本気だった。実際出て行かんばかりの勢いだった。
「分かったよ。でも綾波・・・本当に一人で大丈夫なの?」
レイは杖を手に持ってシンジの前でトイレまで歩いて見せるとシンジの方に向き直り、
「どう?大丈夫でしょう」
彼女は再び歩いてシンジの側まで歩いて来たがちょっとバランスを崩した。
「あっ・・・」
ガクッとレイの体が下がるのを見たシンジはとっさにレイの側に走り寄る。
レイはシンジを勢い余って押し倒した、というより彼がクッションになって彼女を
守ったと言った方が正しいだろう。
「大丈夫だった」
シンジは彼女の重みを感じながら彼女を気づかう。
「うん」
そう言うレイに彼は手を差し伸べ、レイも彼の手に自らの手のひらを重ね合わせた。
その上でシンジはレイの手を押して彼女の上体を起こしながら自らも起きあがり、
繋いだ手はそのままに、シンジは先に立ち上がり、しゃがんだレイを抱きかかえた。
「・・・・・」
レイの頬がかすかに染まる。
シンジはそのままレイをベッドに寝かせた。彼女は高鳴る胸の感じに戸惑いながらも、
自然に、ごく自然な彼女の顔を彼に向け、礼を述べる。
「・・・ありがとう、碇君」
(はっ!・・・・・)
レイの顔を見てシンジは昨日の寝顔を見ていたときと同じ感覚に襲われる。
(アスカとは違うけど・・・何なんだこの感じ・・・愛おしく感じ、
 その上で守ってやりたいような感じ・・・不思議な感覚)
シンジはレイの自然な表情にしばし見とれていたが、レイが2度ほど瞬きをした後に
我に返る。彼女はじっとシンジを見ていた。その事を彼も解った。
「・・・じゃあ行ってくるけど・・・大丈夫?ホントに?」
「・・・うん・・・でも出来れば早くに戻ってきて」
「分かった。急いで帰ってくるから」
そしてシンジはレイとの別れを済ますと、大きめのバックを持って出入り口に
歩いていったが、思い出したように足を止めるとレイに訊ねる。
「あ、おみやげ何が良い?」
「いらない。その分早く帰ってきて」
「そう。じゃあ行ってくるね」
レイは彼を送り出すと、彼に向けていた少し熱い視線を窓から見える景色に移した。


シンジはテストに行く前にアスカの部屋に寄っていた。二度ほどノックをしたのだが
中からの応答は無かった。三回目のノックをシンジは終えた後で、思う。
(いないか・・・やっぱり今日もデートに行ってるんだろうな・・・
 ・・・・・・・・・・・・それとも昨日から・・・)
その思いに至り、居たたまれなくなったシンジはアスカの部屋から離れようとしたが、
「・・・誰・・・・」
消え入るような声が聞こえる。だが間違いなくアスカだった。
「あ・・・・・いたんだアスカ。僕だけど」
シンジはあえて自分の名前を言わなかった。だがアスカはドアを開けずに
「何か・・・用・・・?」
何故顔を見せてくれないのかシンジには分からなかったが、
アスカにすれば見たくない。シンジと面と向かって普通に話せる自信がなかった。
でもアスカが部屋にいたことで彼の気分が少し楽になったのは事実だった。
あの男と会ってないと思えることだけでシンジの心は多少だが軽くなる。
もしかしたら僕という表現がまずかったのかと思い、
「あの、アスカ。僕だよ、碇シンジ」
確認のために一応名前を名のる。
「・・・分かってるわよ。用がないなら帰って」
シンジはそっけないアスカの態度に正直戸惑う。シンジには理由が見つからない。
なんでこんな態度を彼女が取るのか理解に苦しむ。
ただ一つ・・・彼女があの男とつき合い初めてシンジのことを相手にしなくなったと
いうこと位しか頭には浮かばなかった。
「開けてくれないかな。ちょっと頼みがあるんだ。
 ・・・アスカの顔を見ながら話したいんだけど、駄目・・・かな」
シンジにも彼女の心が理解できなかった。だからこんなに弱気になる。
アスカは悩んだ。
(シンジが私の顔を見たいと言ってくれてる。本来ならそれはとても嬉しいこと。
 それに昨日の事はシンジ・・・もしかして見てない?気づかなかった?
 シンジの態度からは私を避けているようには感じられない。
 今まで通り接してくれてる。だとしたら・・・)
アスカはあの時に目が合わなかった事に一縷の望みをかけて、
シンジに対面する決意を固める。
『ガチャッ』
アスカは鍵を解除してドアを開ける。
「・・・入っていいわよ」
シンジはノブを掴んでドアを引くと、後ろ向きに立っているアスカの後ろ姿を見た。
アスカは面と向かってはシンジと冷静に話す自信がなかったから、ドアが開いた時点で
後ろに振り向いていた。彼が何を言ってくるのかドキドキしながら言葉を待つ。
「さっきから電話かけてたんだけど、どっか行ってたの?」
アスカは淡々とした口調でシンジの問いに答える。
「・・・いたわよ。ただ寝てたから」
「そ、そう。今日は彼と遊びに行かなかったんだ。あ、これから行くの?
 そういえば昨日遅かったもんね」
シンジとっては何気ない一言のようにみえるが、彼が聞きたかった事を無意識の内に
口にしていた。やんわりと、じわりとアスカに昨日のことを問いただそうと
思ったのだろう、彼の頭脳がそうさせた。
アスカが、抱いていた両肘を強く握りしめる、思い切り。
「・・・で、用って何よ・・・」
アスカは声を震わせながらシンジにそう言った。
「あのさ、今日はデート行かないの?」
シンジはそれだけしか言わなかった。シンジの中でアスカの想いが
見えてこなかった結果、レイのことは後回しになっていた。
アスカにとっては思い出したくもない、嫌な問い。アスカも事の次第を分かってきた。
(やはり見られていたっ。シンジのこの態度は・・・)
同時に今まで薄れていた強烈な吐き気が再び彼女を襲ってきた。
「ウッ・・・・・・・・・」
アスカは必死に両手で口を押さえた。その後で洗面所に走り込む。
「ア、アスカ?どうしたんだよ」
シンジもアスカを追いかけて洗面台に入る。
「!!・・・」
(何だよ・・・これ・・・)
間取りはシンジの部屋と同じに見えるアスカの部屋の浴室を見て驚く。
赤く染まった3本の歯ブラシがシンジの足下に転がり、置かれていたタオルも
赤くなった部分がある。洗面台の鏡は割れていて、破片が床に散乱していた。
そしてアスカは洗面台で水を勢い良く出して何かしていた。
シンジは思わず息を呑む。そんなシンジにアスカは息も途切れ途切れに呟いた。
「見たんでしょ・・・昨日の玄関での事・・・」
シンジは昨日のキスのことを言ってるのだと分かった。
分からない・・・・・・何を目的にそんな事を言い出すのかが分からない。
どうしてそんな事を聞くのか分からない。
それにこの浴室の状況・・・どうみても異常だった。
「そんな事より何やってるんだよ。ガラスの破片が危ないよ」
そんなシンジにアスカは彼の胸ぐらを思いきりつかんで壁に押し当て、彼に詰め寄る。
「聞いてるのは私よ!どうなの?!見たの!見なかったの!」
「あ・・・・」
シンジはアスカの顔を見て言葉を失った。真っ赤な目、口も赤く腫れていて、
赤いタートルネックのセーターは水に濡れてびっしょりだった。
そんなシンジを壁に押し続けるアスカ。しかし目には涙がうっすらと溜まってきた。
「どうなのよ、シンジ・・・そんな事ってだけで・・片づけないでよ・・・」
シンジはそんなアスカに正直に話そうと思った。が、目線は宙を彷徨う。
「うん・・・アスカと彼のキス・・・見たよ」
アスカは瞬間凄く悲しそうな顔をして、目線を足下に落とす。
「でも、見ようと思って見たんじゃないよ」
彼女は足下に転がっていた歯ブラシを手にとって、
「たまたまなんだ、フロントに用があったから」
洗面台の前まで行くと歯磨き粉を手にとり、
「だから覗こうとした訳じゃないんだ」
血で赤く染まった歯ブラシで自らの口を磨き始めると彼女の目から涙がこぼれ落ちる。
シンジは明らかに認識ミスをしていた。
そんなアスカの側面に回り、シンジは誤解を解こうとする。
「アスカ・・・ごめ・・・」
しかし彼女の姿を見て、シンジは驚倒する。そんな思いは吹っ飛んだ。
「何やってるんだよ!アスカ!」
彼はその言葉と共に、激しく動かしていた彼女の右手を掴んで止めた。
彼女のボロボロになった歯茎から流れ出た血が、歯磨き粉の泡を染めていた。
シンジも一目見てそれが分かった。
それに涙と苦悶に満ちた表情、彼はとっさに手を出していた。
「離してよ!」
アスカはシンジの手を強引に振り払う。
「洗うのよ!汚れた口を洗うのよ!」
そう叫ぶと彼によって口の中から出された歯ブラシを再び突っ込む。
シンジはその光景に目をしかめる。この行動の理由が分からないが、
止めずにはいられない。再びアスカの腕を握る。力のこもったアスカの腕を。
彼女も振りほどこうとするが、シンジは本気で掴んで離さなかった。
「離して!洗わなきゃ・・・汚れた口を洗わなきゃ・・・」
アスカは酷く感情的になっていた。
彼はもう頭の中で言葉を処理せずに、ダイレクトに口に出す。
「何が汚れてるんだよ。どうしてアスカはそう思うんだよ」
そんなシンジの言葉にアスカは全身でもって抵抗を始める。
「あんな・・・あんな奴に・・・・・
 シンジだって見たでしょ!私は汚れたのよ!汚されたのよ!
 シンジだって逃げたじゃない!汚い女と思って相手にしたくなかったんでしょ!」
シンジは必死でアスカを押さえ込む。その結果アスカの両腕をガッチリ掴んで
彼女を壁に追いつめていた。彼女はシンジを睨み付ける。
「落ちないのよ!もう落ちないのよ!汚れた唇は・・・もう・・綺麗にならな・・・
 
 ・・・んっ・・・」
小さな音と共に2人の唇が重なった。
アスカは目を見開いた。彼は目を閉じている。優しい顔・・・そう思った。
ほんの少しアスカの身体から力が取れる。
(シンジの唇の感触が伝わる。そこから流れてくる・・・シンジの優しい想いが・・・
 ・・・心が流れてくる・・・これが本当の・・・)
『からん』
力の抜けた彼女の手から歯ブラシが滑り落ちた。
この頃にはもうアスカの力は完全に抜け、いつしか瞼をそっと閉じていた。
シンジは力の失せた彼女の腕を感じた。
彼女の腕を掴んでいた両手を細い腕の上を滑らせるように手のひらに移動させ、
彼女の指に自らの指を絡ませる。
互いの指がもつれあい、相手の愛撫を感じながら絡みあう。
アスカは指からも伝わるシンジの暖かさを幸せそうに感じ入っていた。
(・・・・シンジ・・・・・・・・・・・)
暫しの沈黙の時が幸せに満ち溢れる彼らに訪れる。


第9戦Bパートに続く

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