メインスクリーンに映し出された光景を見るたびに思うことがある。

 少年少女達の痛々しい叫びをスピーカー越しに聞く度に考える事がある。

 身体だけでなく、ココロまで傷ついた子供達の姿をその眼に留める度に苛まれる事がある。




『どうして今オレはここに居るんだろう?』



 そして、
 この記憶に
 行き着いてしまう。


 オレにとって失う事の出来ない大切なもので
 そして悲しい記憶の一欠片。

 オレの生きている理由。



 それは
 夏の仙台の記憶...



























                              青  の  時  代










 彼──青葉シゲル──の少年時代はやはりというべきか当然というべきか、恵まれたものではなかった。

 といっても初めから不幸だった訳ではない。










「ママ、あそびにいってくるね」
「はいはい。気を付けてね。3時までには帰ってくるのよ」
「はーい」












「ほら、シゲル。御飯こぼしちゃ駄目でしょ」
「だって、はしがうまくつかえないんだもん」
「難しいけど慣れていかないとね。隣のユマちゃんに嫌われちゃうわよ」
「ユマはかんけいないよっっ」
「フフ...」

















「遊びに行こうか」
「うん!ぼくプールにいきたい」
「そうか。よし今日は父さんと一緒に行こうな」
「うんっっ!!」










 その時代の子供にしては『彼』は外で遊ぶのが好きな少年だった。
 なにより体を動かすのが好きたったらしい。
 20世紀末のゲーム機全盛時代にあってそれは奇特な存在といっても良いだろう。
 公立の小学校であったが青葉シゲルはその中で一番輝いていた。勉強にスポーツに生活にあらゆる面で『彼』は光っていた。

 しかしそれでも『運命』という呪縛からは結局は逃れられなかった。

 それは所謂セカンド・インパクトと時を同じくするからだ。

 仙台とはいえ全人類に齎された『神罰』は例外なくその鎌首を擡げ、その結果『彼』も例に漏れず精神的にも物質的にも欠けた思春期を送る事になる。
 物質的にはお気に入りだったマウンテンバイクやいつも使っていた釣り道具にバスケットボール、ゲーム機。そして母と妹と幼い弟を。
 そして精神的には愛情を、そしてあの日の輝きを。

 あらゆる人間達が『何か』を失ったかのように
 少年・青葉シゲルも色々なものを、その夏に失ってしまった。






 気が付けば自分の傍にいたのは最も自分から遠い存在だった父親だった。
 仕事人間で家庭を顧みず、そのくせ自分の存在を誇示し続けた父。
 オレ達の存在すら気が付かずにただ働くことだけに生き甲斐を見つけ出していた父。

 ...母を失ってからはさらに拍車を掛けた。
 それはまるで現実から目を背けるように。
 ひたすらに、ただひたすらに働いて働き続けて...











 あっけなく死んだ。





「この度の事は我が社にとっても大変に残念な事になってしまった。君も唯一の肉親を失ってしまってさぞかし傷心の念に駈られている事と思うが、気落ちせずに親御さんの遺志を継いでいって欲しい」
「...はい、分かっています」

 父の上司を名乗る50歳前後の喪服男性から発せられた激励にまるで相槌のような返事をしたものの、実際のところそこで涙を流す事はなかった。
 正直哀しいと思わなかったし、父親の顔を見るのは一体何日ぶりだろうと記憶を遡った末に35日ぶりだと分かって思わず苦笑してしまった。

 なんて家族らしくない家族だろうと。
 そもそも『家族』ってなんだろうと。

「しかしこう立て続けに家族の方々を亡くされてしまうとは...神様がいるとしたら慈悲を持ち合わせていないのか、『既に死んでしまった』かのどちらかだとつくづく思うよ」
「さあ、どうなんでしょう?ただオレは神なんて信じちゃいませんよ。そんな何も知らない『他人』なんかに関わってほしくありませんから」

 『他人』?
 でもこの『父親』というのも所詮は『他人』だよな。

 もしかしたら
 オレに家族なんていなかったのかもしれない。
 いや、いなかったのではない。
 失ってしまったんだ。

 あの夏の日に。
 セカンド・インパクトという神の気紛れに。

「忌むべきはあの『巨大隕石』だな。今になってみればあれさえ落ちなければ『世界の守護者』を気取っていた何処かのバカな軍事大国が誤って新型爆弾を各主要都市に投下することも無かっただろう」
「...そうかも...しれませんね」
「本当に間抜けな話だよ。自分の国を攻撃されたと思い込んで報復に出るなんて。世界の守護者が聞いて呆れる」
「結局のところ彼らも人間だったという事でしょう」
「だがね、そういっても割り切れんものはあるだろう。奥さんが生きていてさえくれれば彼も少しは自制を利かせただろうに」

 ...そういえば、母が生きていた時、たまにではあったが父はオレと遊んでくれることがあった。
 しかし母が死んでしまってからはオレに見向きもせずに一心不乱に働いていた。

 ...それは...もしかしたら...
 オレを養う為?
 オレの自由を確保する為?

 ...それは解からない。
 総てはあの遺言書を開いてからだ。

 それまでは......






 なんとも味気の無い葬式だった。
 父の遺影を抱え込みながらオレはどこか地に足が付いていないような、現実感を喪失したままその場に立ち尽くしていた。

「これから君はどうする気なんだい?」
「大学は出ようと思ってます。今やっている研究に惹かれているのも事実ですし、ここで止めてしまったらきっと後悔すると思いますから」
「そうか。大学に2年も在籍していることだし卒業した方が君の将来にも良いと私も思うよ。そういう事だったら私もできる限りの事を協力させてもらうよ」

 そう言いながら父の上司はオレに握手を求めてきた。大した期待なんてしていなかったがとりあえずそれに応えた。

 もちろんオレの考え通りにその人は二度とオレの前に姿を現さなかった、それも当然だとオレは割り切って考えた。オレみたいな得体の知れないヤツなんかに投資なんて出来ないだろうから。

 けどその事が逆にオレの負担を軽くした。
 誰の気兼ねも無く、オレの好きな事を好きなようにやって行ける。

 それだけがオレの支えだった。




 ただ、葬儀屋に金を払い総てに片がついたと思って玄関のとを開け放った瞬間...

 それまであったはずの『人の気配』がその場からまったく消え失せたことに気付いてしまった。

 母や妹達がいなくなった時から感じ始めていた家の硬質感。
 台所にも居間にも寝室にも玄関にも、あらゆる場所からわずかばかりに残っていた柔らかさと温もりがその一切の姿を消失させてしまっていたのだ。
 そうして、オレは気付いてしまった。


 オレは取り残されてしまったのだと。


 ふとテーブルに取り残されたように置いてある白い封筒に目をやる。
 父が残した遺言書だ。
 気だるそうに手を伸ばし、ゆっくりと封を開ける。
 三枚の便箋には、父の...最近は見ることの無くなった父の字がびっしりと埋め尽くされている。

『...実子・シゲルに全財産を贈与する。動産・金壱億伍千萬円、株券東洋銀行株伍千株、日本建設株七千株、不動産・仙台市郊外壱百坪...』

 こんな、こんなオレの為に父は...
 その身を削って色々なものを遺してくれた。

 でも、オレが欲しかったのは...
 それじゃなかったんだよ、オヤジ...

 その瞬間喪失感と自暴自棄が混濁したようなモノがオレの全身総てを包み、やるせなさがその肉体のうちを支配した。

「ちくしょう...」

「ちくしょう」

「ちくしょうっっ!!」

 なんてことだ。
 オレだけが、このオレだけが置いていかれてしまった。
 母にも妹にも弟にも、あまつさえ父親にも...あの父親にさえオレは見捨てられてしまったのか?
 どうして、どうしておれだけが...

「ちくしょう!!!!!」

 思わずテーブルをひっくり返し、本棚を引き倒した。それはまるで性質の悪い不良のように。
 締め切った屋内にはテーブルの上にあったガラス食器の破片と文庫の束と埃で包まれていった。

 そしてまた、空しさだけが後に残った。























「...ちくしょう...」


 この日、初めてオレは声を出して泣いた。





 それからは荒んだ生活を過ごした。
 大学も休みがちになり連日連夜酒を飲んで、総てを委ねるように泥酔した。

「もう止めておけよ体に悪いって」

「うるせぇ、ほっとけってんだ」

「そうは言うけどこうも毎日飲んでたらいつか死んじまうぞ」

「...うるせえって言ってんだろ...」

「だけどさ、シゲル...」

「うるせえよっ!!」

「...どうなっても知らねえぞ」

「...構わねえさ。どうせオレは捨てられたんだから」

「?」






「そうさ...オレは見捨てられたんだ...」






 友人の忠告も無視してただ一人周りのものを振り回し続けて、そして自分を追いつめてく。
 それで良いと思っていた。

 オレはオヤジの期待には応えられない。
 オヤジの心をオレは解かろうとさえしなかった。
 こんなオレは...もう...

 酒をのみ、家に帰って眠り、そしてまた夜の街に繰り出す...
 そんな自堕落な繰り返し。

 そしてその度に自分に幻滅していく。

 まるで出口の無い迷宮のよう...















 そんな、ある日の仙台の朝。
 ふと目を覚ますと...







 隣に一人の娘が穏やかな寝顔を湛えながらオレに寄り添っていた。

「な...なんなんだ?」

 その時のオレには何が起こったのか、まるで解からなかった。
 それが運命の出逢いだとも知らずに...








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