それは、後に伝説となった。
それは、六分儀老人が亡くなる前日の深夜2時。
丁度、見回りに来た看護婦は、老人のベッドの傍らに、月に照らされた少女を見た。
青いシャギーのかかったショートな髪。白い肌。制服。
そして看護婦は確かに少女の瞳が赤かったのを覚えている。
余りに意外な光景にしばし看護婦は呆然と見詰めていると、不意に少女は掻き消えてしまった。
不思議と恐い気はしなかったという。
*********
「碇くん。」
(綾波。
久しぶりだね。)
「元気そうね、とは言えないわね。」
(ああ、もうかなりポンコツだからね。)
「・・・・。」
月の光は少女を透って老人の手を照らしていた。
血管が青く浮き上がっている手を。
それは繊細な手。
苦労の跡を残すものの、にも関わらず心の繊細さを映しているような手。
「ご苦労様。
あなたは、その心と手で生きたのね。
・・・・
どう?。満足?。」
(・・・・・・・・・・・・・・・・、どうだろう。
結局分からなかった。
そんな事を考えるのが無意味だったのかもしれない。
出会う人すべてをいとおしく思うこと。
それは実行できたと思う。
いや、それだけしか出来なかったのかな。
・・・・
刑務所に居たときに腱切られちゃってたからチェロも弾けなくなったし、
役立たずになっちゃってね。
だから、僕の出来ることは可哀相な人を可哀相と思ってあげるだけだったんだ。
・・・・
でもそれだけでよかったんだ。)
「・・・・」
少女は少しかなしげな顔をした。
「わたしは、貴方にそこまで苦しんで欲しくはなかった・・・・。
もっと幸福な人生を歩んで欲しかった・・・・・・・・。
きっと私の方がわがままだったのね。」
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
違う!。
違う!。僕は嘘を付いている!。
それだけでよかったなんて嘘だ!。
アスカには会えなかった!!。
僕はあいたかったのに!。
僕はアスカに会いたかったのに!!!。
・・・・・・・・・・・・僕は何も出来なかった!!!!。)
「知っていた......。
.....あなたたちのこと。」
(...........
ごめん。綾波。
でも綾波はどうしていたの?。
)
「わたしは、ずっと居たわ。
私はこの世界のあちこちに居るの。
いつもあなたたちを見ていたわ。」
老人は少し安心したように見えた。
(そうか。
そうだったよね。)
「碇君。」
(なに。)
「もう一度、貴方の人生を生きて、っていったらどうする?。」
(なにをいってるんだ.....。
・・・・・・
でも、・・・・・・・・・・でも、生きたい!
いいことはあんまりなかったけれど、もう一度みんなに会いたいから・・・・・・・・
それだけが本当の気持ちだったから。)
「惨い事聞いて、ごめんなさい。
でも、その言葉が聞きたかったの。」
(そう・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。)
老人は眠りに就いた。
老人の顔は少しだけ幸せそうに見えた。