第10話「Sorrowfulness 『Reason4-D』」
・・・
・・・・・・・
・・・私の体の形が・・・
・・・周りの空気に溶け出していくよう・・・
・・・気持ちいい・・・
・・・心を・・・
・・・私の心を・・・
・・・隔てて遮るように張っていたモノが・・・
・・・消えたような・・・
・・・穏やかなこの気持ち・・・
・・・凄く・・・
『・・・・・・・・・アスカ』
・・・私の名前?・・・
・・・アスカ・・・
・・・付けられたモノ・・・
・・・この声・・・
・・・聞き覚えがある声・・・
『・・・・・・アスカ』
・・・心地よい声・・・
・・・誰?・・・
『・・・会いたかった、アスカ』
・・・私を包み込むようにかぶさる・・・
・・・声の主・・・
・・・温かい・・・
・・・とても温かい声の主・・・
・・・暗かった空間にゆらゆらと灯るほのかな光・・・
・・・マ・マ・・・?
・・・ゆっくりと流動する空気が頷いてくれた・・・
・・・どうして・・・
・・・私に優しく語りかける温かい光・・・
『・・・今までごめんね、アスカ・・・』
・・・温かい・・気持ち・・・
『・・・寂しかったでしょう・・・辛かったでしょう・・・』
・・・凄く私に温かいぬくもり・・・
『・・・もう離さないわ・・・私のかわいいアスカ・・・』
マ・マ・の・・アイ?・・私に向かってる?
・・ママの愛が・・私に向いてるの?・・・・・・・・
ママ・・どうして・・私を殴ったの?・・蹴飛ばしたの?
・・私が側にいたのに・・
どうして人形を蹴飛ばさないで・・私を蹴飛ばしたの?・・なんで私の方を殴ったの?
『あの時はアスカ・・・あなたを愛していたのよ・・・でも私は知っての通り・・・
・・・だから人形をアスカ・・・あなたと思っていたのよ・・・
あの行為も・・・あなたを守りたかっただけ・・・
結果、アスカに辛くあたっちゃったわね・・・
ごめんなさい・・・アスカ・・・ごめんなさい・・・』
・・・ついてない・・・嘘
・・・偽りのない本当の気持ち
・・・ママの言葉は愛に満ち溢れている
ママ・・・
『許して・・・アスカ・・・許して・・・』
温かい光から漏れる優しく、切ない声
そんなこと言わないで・・・
許すも何も・・・
【アスカ】は私を包む込むモノに身を預ける・・・ママへの気持ちをこめて・・・
『・・・ありがとうアスカ・・・さ、行きましょう
・・・私達の新たな生活の場へ・・・』
ママと一緒・・・これから暮らせるの?・・・ママと一緒に・・・
『えぇ、ずっと一緒よ・・・もう離さないから』
ずっと・・・一緒・・・・・・ママ・・・・・・・・・・・・・・
『じゃぁ・・・行きましょう・・・アスカ・・・』
・・・うん・・・
いつも通りにトルネードバンクを全開で抜ける。
目の前には黒い雲がまだ立ちこめていた。
『ビビビビビ』
ブースターが使用時間をオーバーした音。だが一刻も早く現場に行きたかった。
コントロールラインを通過して小さくだが現場が見えてくる。
瞳に反射した映像は先ほどとまるで変わらない状況だ。
激しく燃えさかる炎を囲んで何もしていない人たち・・・
「どうして?!どうして誰も火を消そうとしないんだよ!!!
アスカが!アスカが死んじゃうじゃないか!!!!!」
『ブシュゥゥゥン』
コアがとまった?!
・・・マヤさんだな。
だが惰性でマシンは走っていく。もうアスカはすぐそこにいた。
僕は1コーナーのアスファルト部分で速度を落とし
100km/h程でサンドトラップにマシンを突っ込ませる。
サンドトラップに突っ込ませた際の激しい衝撃でフロントノーズが吹き飛んだ。
お陰でアスカのマシンの側で、戦い終えて傷だらけになった僕のマシンは止まった。
キャノピー開閉ボタンを押し込み、心だけが先に彼女の元に走り寄る。
だが先ほどの衝撃からかキャノピーがほんの少ししか開かない。
何かに引っかかっているのか、モーター音だけが空しく響いていた。
今の僕はキャノピーが開くのを待ってはいられなかった。
少し開いた隙間から這い出るようにコクピットから出る。
「うっ・・・」
外界は凄い熱気だった。だが僕の目の前にアスカがいる、この炎の中に・・・。
その思いだけが、肌が焼けるかと思わせる程の熱気の中を歩いて寄って行こうとさせる。
しかし側に寄れば寄るほどその炎が激しく燃えさかり、
熱気で空気が揺れている。モウモウと巻き上がる黒煙は、僕の視界から青空を消す。
「アスカ!」
僕はプラグスーツは着ているが、顔はむき出しだった。顔が焼けるほど熱い。
でもアスカを助けなきゃという思いが、僕を一歩一歩、炎のプレッシャーに
抵抗しながら彼女に近づかせて行った。
その時、後ろからいきなり引き戻された。
ズルズルと引きずられながら、アスカから離されていく。
「危ないぞ!今はまだ危険だ!!」
僕は側にいたマーシャルに引き戻されていのだが、そんな言葉に苛立ちが爆発する。
「何言ってんだよ!中にアスカがいるんだろ!なんで助けようとしないんだよ!!」
「とにかく任せて!今から消火作業に入るところだから!!」
「離せよ!離してくれよ!!アスカを・・・アスカを助けなきゃ!!」
僕はそいつの持ってきた消化器を奪い取ると、
アスカのマシンに噴射するため近づいていった。
目の前で炎が燃えさかり、消化器のホースを炎に向けて、勢い良くレバーを押し込む。
白い消火剤が勢い良く吹き出し、ホースが僕の手を押す。
暴れるホースを握りしめ、消火剤を火に浴びせ続ける。
他の連中も消防車を持ってきて科学消火剤を散布し始めた。
僕は必死で炎にホースを向けていた。だが一向に炎の勢いは衰えを見せない。
次第に僕はあせり出す。
アスカが苦しんでいるかもしれないのに何も出来ないのか?してやれないのかよ?!
そして、暴れていたホースが止まる。
その時、風に揺られて炎が僕に襲いかかってきた。
「うわっ!」
その炎は僕の逃げ遅れた左手を焼く。
「くっ・・・」
ジンジンと左手に痛みが走る。
アスカから少し離れた僕の目には先程と勢いが変わらない。
・・・いや、むしろ勢いを増して天を焦がす炎が見えた。
「アスカ!アスカァ!」
思わず叫んでいた。アスカを呼ぶ事で彼女が出てくるのではないかと・・・期待した。
だがその叫びは、空しく炎にかき消されていく。
体から力が抜ける・・・アスカに・・・
何もしてやれないのか・・・助けられもしないのか・・・
こんな火すら消してやれないのかよ?!こんな火すら・・・
「ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
無力な僕・・・アスカの力にもなれない・・・僕・・・
何もできない僕は・・・
業火の前で小さく体を抱え、砂を握り締めてただ号泣することしかできなかった。
・・・・・・・・?!!・・・待って
・・・ママが行こうとしている所にシンジはいるの?
空気が・・・緩やかに流れていた空気が止まる
『・・・いないわよ、彼は』
・・・どうして?
『私達と彼が住む国は・・・開いてないから』
じゃぁ・・・これでさよならなの・・・?
『・・・そうよ』
・・・どうしても?
『二度と・・・会えることはないわ』
・・・・シンジ・・・いないんだったら・・・ママとは行けないよ・・・
『・・・アスカは私よりシンジ君の方が好きなの?』
・・・ママの優しく問いかける声・・・・・でも・・・・・
・・・・・・ごめんなさい・・・今一番大切なのは・・・シンジなの
『・・・分かったわ・・・あなたは強い娘だものね。あなたに時間をあげる・・・』
・・・時間って?・・・ママ?
『フシュウゥゥゥン』
はあっ!!
・・・・・・何?この音?キャノピーが開こうとしてる音?うっ!
『ゴホッゴホン!』
咳き込んだ私はとっさに口を手で押さえた。
咳と一緒に出てきた赤い物を見たとき、今、自らに起こっていることを理解した。
腹部に違和感があり、私は視線を落とす。
そして・・・夢とも現実とも取れる現状を理解する。
・・・痛みはすでに感じていなかった。
「・・・こういうことなの・・・ママが私を迎えに来たのは・・・」
とりあえず、キャノピーを開けようと元々赤かったレーシングスーツを
さらに赤く染めたグローブをボタンに伸ばした。
『シュウゥゥゥゥゥ』
先程アスカのマシンからいきなり緊急用の消火剤が散布されはじめた。
流石にマシン内部からの消火活動であるので、炎は一気にその活動を弱めていく。
『バシュゥゥゥゥ』
そしてそれに輪をかけるようにキャノピーが開き出す。
その光景を見たときは、今まで悲観に暮れる涙であった僕の頬を伝わる物が、
喜びを表す涙に変わっていた。
アスカが・・・生きてる!
僕にとってはこれだけで十分だった。チャンピオンも、名誉も何もいらない。
ただ一人の女性だけが側にいてくれたら、それだけで満足と感じる自分がいた。
もうアスカ無しの人生なんて考えられない程、彼女の存在は大きかった。
中のLCLが炎にとどめを刺すようにあふれ出した。
もうあの消せなかった炎は、所々で焚き火が燃えてる感じほどに弱まっていた。
もうその時には僕の足はアスカに向かって動きだす。
走り寄りはじめてすぐアスカの顔が見えた。
あの炎の中にいたとは思えない程に、変わらない彼女の顔が。
僕はLCLに感謝した・・・アスカを火から守ってくれたLCLに。
「アスカ!」
僕の問いかけに、アスカは少し目を細めながらも微笑んでくれた。
僕は彼女のコクピットに貼りついた。彼女の無事な姿を確認したかった、が・・・・
「・・・あ、アスカ?!」
僕は目を疑った。
目の前にある光景は・・・一体・・・?。
アスカはキャノピーを朱に染まったグローブで指した。
その先にはキャノピーが1カ所だけ割れているのが見えた。
まさかあそこから・・・これが・・・・・・。
「・・・ツイてないな・・・こんなの・・・」
「喋らない方がいい!今ドクターが来るから」
しかしアスカは軽く首を横に振ると、僕に向かってにこやかに話しだす。
でも瞳は彼女の状態を如実に表していた。
「シンジ・・・チャンプ・・・かく・・とく、した?」
僕は・・・彼女の問いに答えることは出来なかった。
彼女もその意味を理解したのだろう。
「そっか・・・残念だったね・・・」
「でも・・・アスカは勝ったよ。マックスに勝ったんだ。それに優勝者はアスカさ」
「これから表彰式だよ、アスカの。だからしっかりして。もう喋らないでいいから」
アスカは霞んだ瞳で僕を見る。
「私は・・・シンジに感謝してる・・・
シンジに会えなかったら・・・全てを憎んだまま・・・」
アスカは僕に向かって震える手を伸ばしてくる。
「私は・・・シンジに会って・・・生まれてきて良かったって・・・初めて思ったの」
僕は彼女の手を両手で握りしめる。
「シンジ・・・今までありがと・・・」
僕の目の涙は・・・いつの間にか悲愁の涙に変わっていた。
「・・・そんな事言うなよ・・・それじゃ別れの言葉じゃないか!!」
アスカの目に涙が溜まってくるのが僕にも分かった。
僕はその涙を見たとき泣き崩れそうになった。
そんな僕を彼女の声が支えてくれた。
「・・・シンジ、わたしのこと・・・すき・・・?」
僕の答えを聞いたあと・・・
アスカは微笑みながら涙を一粒だけ頬に落とした。
僕はアスカの最後の涙が・・・
幸甚の涙であったのだと・・・
願わずにはいられなかった・・・・・・・。
=最終戦 日本GP 決勝リザルト=
1、惣流 アスカ ラングレー
2、マックス ウインザード
3、渚 カヲル
4、碇 シンジ
5、綾波 レイ
6、葛城 ミサト
7、加持 リョウジ
=ワールドチャンピオンシップ 最終結果=
1、渚カヲル 26P 6、葛城ミサト 11P
2、碇シンジ 24P 7、アルベルト
トンマ 7P
3、惣流 アスカ
ラングレー 23P 加持リョウジ 7P
4、綾波レイ 22P
5、鈴原トウジ 14P
6、葛城ミサト 11P
7、加持リョウジ 7P
8、マックス ウインザード 6P
9、日向マコト 1P
アルベルト トンマ 1P