外伝5(捕捉)

それぞれの補完




冬月コウゾウの場合











   「碇、お前もユイ君に会えたのか....」

私が目にしたモノ。
それはかつての教え子。
彼女に対し色々な感情が私の心をゆさぶった。
優秀な教え子に対する愛情?
その突出した才能に対する羨望?
悲劇的な事故とその運命に対する同情?
男としての欲情があったことも否定はできぬ。
あれから10年以上が過ぎたと言うのにいまだに整理されていなかった。
いや、そんなこと、できるわけがなかった。

彼女に連れられて、私は山道を歩いていた。
どこに連れて行こうというのだ。
待てよ、ここは来た事があるな。
そうか...。
これは、私の記憶....。
幸せだったあの頃の記憶...。
そう、あの頃にはまだこの国には季節、『秋』があった。
そんな事を考えながら、定められたセリフを繰り返していた。

「本当かね」
「はい、六分儀さんと、お付き合いさせていただいてます」

そう、あの時私は驚きを隠せなかった。
正直言って、今でも...。

「君が、あの男とならんで歩くとは」
「あら、冬月先生。
 あの人は、とても可愛いヒトなんですよ。
 みんな知らないだけです」
「知らない方が幸せかも知れんな」
「あの人に紹介したこと、ご迷惑でした?」
「いや、面白い男であることは認めるよ。
 好きにはなれんがね」

多少、あの男がわかるようになった今では、わかるような気もする。
あの男は、ただ不器用なだけだと...生きるのが。



暗転



私は家にいた。
家内と話をしていた。
息子はもうすやすやと寝ている。

「まったく、男女の仲というのはわからんよ。
 あんな男のどこがいいんだか」
「あら、あなた。彼女にやきもち焼いてるのね」
「やきもち?私がか?」
「可愛い教え子を、その男に取られてくやしがってるんでしょ」
「君は、あの男を知らないから.....。
 ふっ。そうか、そうかもしれないな」
「本当に、その子とは何もないんでしょうね」
「おいおい、今度は君が、やきもちか?
 よしてくれよ。
 君がいて、こんなに可愛い息子までいるのに。
 そりゃ、ま、彼女もなかなか可愛いがね。
 ウォッホン。いや、そうじゃなくって...」
「フフ」
「そうだ、こんどは家族であそこに行こう。
 お弁当を作って、ピクニックだ」

家族。
幸せだった暮らし。
それも失われた。
セカンドインパクト。
ケイイチ....私の息子。
彼は、その時に、死んだ。
リョウコ....愛していた家内。
彼女も半年後に死んだ。
病に倒れ...薬がなかった。
地獄だった。
今更、思い出したくもない。



暗転



芦ノ湖湖畔。
またしてもまた見覚えのある光景。
湖の畔の木陰で私は話していた。
幼いシンジ君をあやしているユイ君がいた。

「ヒトが神に似せてエヴァを創る、
 これが真の目的かね?」
「はい。
 ヒトはこの星でしか生きられません。
 でも、エヴァは無限に生きていられます。
 その中に宿る人の心と共に」

E計画。
私はいやおうなく引きずり込まれていた。
すべての真相を知らされた以上、仕方がなかった。
ゼーレの陰謀。
使徒。
人類補完計画。
そして、ユイ君の望み。

「たとえ、50億年たって、この地球も、月も、太陽さえなくしても残りますわ。
 たった一人でも生きていけたら。
 とても寂しいけれど、生きていけるなら」
「ヒトの生きた証は、永遠に残るか」

だが、それは未完に終わったな。
『この子には、明るい未来を見せてやりたいんです』
そう言って、君はエヴァの中に消えていった。
それが君の望みだったのか?



暗転



暗闇の中、私は取り残された。
何かがおかしい。
これは、予想されていた計画とは違う。
そうか、ユイ君。
君か。
なぜ、私にこれを見せるのだ。

頭の中で記憶の暴走が始まった。
言葉が次々と現われては消えていく。
光景がフラッシュバックを繰り返す。
なんだ?
何かを探しているのか?
記憶の中から...。
忘れていたモノを...。



そして、最後に残った記憶。
家内の、最後の言葉...。
......。

そう。
何故、私は忘れていたのだろう。

ヒトは、ヒトなのだということを。
嬉しい。楽しい。暖かい。気持ちよい。
ヒトだから、感じられるのだと。
苦しい。つらい。寂しい。気持ち悪い。
これも、ヒトだからこそ。

わからないから、わかりあえる。
わかろうとする。
だから、ヒトなのだ。

だが、大丈夫なのか?
今から...できるのか?



光が灯り、彼女の姿が浮かび上がった。

「心配ないですよ、先生。
 全ての生命には、復元しようとする力がある。
 生きていこうとする心がある。
 生きていこうとさえ思えば、何処だって天国になりますわ。
 だって、生きているんですもの」

そう、そうだな、ユイ君。
『ヒトは、生きていこうとする処にその存在がある』
それを忘れてはいけない。 そうだったな。



そして、それから、心の融合が始まった。
人類補完計画、その最終ステージだ。
人々の心が、私の中に流れ込んでくる。
私の心も、外に向かって流れ出した。
新しい世界。
18番目の使徒、リリン?
人類が一つになって?



私は...私はそれを拒絶した。
拒絶できた....と思う。
正直言って、自信は無い。

気がつくと、私はそこに立っていた。
LCLの湖のほとりに。







本文に戻る





伊吹マヤの場合











   「先輩...先輩...先輩!」

私が目にしたモノ。
それは尊敬する先輩の姿でした。
奇麗で、優しくって、それで...あの...。

「マヤ、どうしたの?」

いつもの口調で私に話してくれる先輩。
ここは...どこ?

「ここは...私の中。
 ATフィールドが消滅してヒトがヒトの形を失いつつあるの。
 だから、私はあなたと一つになれたの」

ATフィールドが.....?

「そう。リリス...綾波レイの発するアンチATフィールドの効果。
 これから人類は一つになるの」

一つに....、人類が?
私と....先輩も?

「そう。もうすぐ始まるわ。
 さあ、マヤ。
 こっちを見て」

先輩!
私はそこで見た。

碇司令と寝ている先輩の姿を。
 憎しみ?  抱かれてるのに?
レイを見つめる先輩の目を。
 嫉妬?
マギを操る先輩の心。
 メルキオール...尊敬?
 バルタザール...羨望?
 カスパー.....嫉妬?
幼いレイの首を閉めているナオコさんの顔。
 殺意?
司令とナオコさんのキス。それを見ている先輩。
 嫌悪?

見てはいけないものを見ている気がした。

「目を背けないで。
 これが、私の真実。
 本当の赤木リツコよ」

ウソ!ウソ!ウソ!ウソ!

「汚れてる?不潔?
 そうかもしれないわね。
 でも、これが、真実の私」

違う!違う!違う!違う!

「違わないわ!
 逃げちゃダメ。
 ヒトの心を良く見つめなさい」

イヤ!イヤ!イヤ!イヤ!

「マヤ、あなたも人間なのよ。
 隠そうとしちゃだめ。
 総てを受け入れるのよ。
 綺麗ごとだけではヒトは生きていけないわ。
 あなただってそうでしょ。
 あなたのお父さんも、お母さんも、
 お祖父さんも、お祖母さんも、みんな、みんなそうなのよ。
 だからあなたは生きているのよ。
 ヒトとして。
 素直になりなさい。
 総てを受け入れなさい。
 そしてその中から見つけるのよ。
 素晴らしいモノを。
 泥にまみれても輝きを失わないモノを」

何?

ミサトさん。
 友情?
加持さん。
 信頼?
...私。
 愛情!

「それだけ?」

いえ、まだ...ある...何か...。

碇司令.....愛!
ナオコさん...愛!
レイ.....母性...愛?

「よくわかったわね、マヤ」

先輩は、私に優しく微笑んでくれた。

「もう大丈夫ね」

ハイ、先輩。
わたしは応えた。
先輩にだけ見せるとっておきの笑顔を向けて。



そして、それから、心の融合が始まった。
人類補完計画、その最終ステージ。
人々の心が、私の中に流れ込んでくる。
私の心も、外に向かって流れ出した。
新しい世界。汚れ無き世界。
だけど....。
これは、ヒトじゃない。
ヒトは汚れてもいいんだ。
心の輝きを失わなければ。
いえ、それも...少し違う。
それは汚れて見えるだけ。
そう、汚れは関係無い。
心の輝き...それがヒトなのよ。

違う。
この世界は、違う。



私は...私はそれを拒絶した。
拒絶できた....と思う。
あまり自信は無いけれど。

気がつくと、私はそこに立っていた。
LCLの湖のほとりに。







本文に戻る





日向マコト場合











   「葛城三佐.....」

僕が目にしたモノ。
それは密かな感情をいだく上司の姿だった。

「ミサト...さん?」

思い切って、口に出した。
彼女を名前で呼ぶのは、これが、二度目。

「日向君。
 ゴメンなさい。
 こんなことに巻き込んでしまって」
「何を言うんですか。
 いいんですよ、僕は。
 ...あなたと一緒なら」

それは、僕の本心。
嘘偽らざる真実の想い。

「なら、なおさら謝らないとね。
 ゴメンなさい。
 悪いけど、アナタの気持ちに応えられないの...私は。
 利用するだけ利用して...ズルい女ね。
「それでも、いいんです。
 僕は...満足です」

それも、僕の本心。
かなえられない願い。
でも、それで...いい。
彼女が幸せならば...。

「私、どうしてもアイツの事、忘れられないの。
 失くしてから、気付いたの。
 アイツの事、こんなにも、愛していたんだって。
 いつもそうなの。
 いつも失くしてから気付くの。
 バカな女ね」
「ミサトさん...」

僕は...情けなかった。
自分が。
彼女に対し、何一つできない自分が。
僕では...ダメだった。
彼女を支えることは...できなかった。
加持さん...。
あなたは凄い人だったんですね。

「ってメソメソしてても始まらないわね。
 待っていても扉は開いてくれないわ。
 電話がかかって来ないなら、こっちからかけてやらないとね」
「ミサトさん!?」

そこにいたのは、いつもの葛城三佐だった。
元気で明るい作戦部長。僕の上司だ。
ちょっちガサつでズボラなとこもあるけどね。
ああ、いい加減で、無謀。これも忘れてはいけないな。

「なんか言った?」
「えっ?」
「全部聞こえてんのよ。あなたの思った事。
 えん、日向二尉殿」
「えっ、えっ?」
「ATフィールドが弱くなって、個体がその姿を保てなくなりつつあるの。
 っと、時間があまり無いわね。
 要するに、サードインパクトよ」
「サードインパクト...。
 やっぱり。もう始まったんだ」
「いいえ、まだよ。
 もう少し時間があるわ。
 だからこうして様子を見にきたの」
「えっ」
「恋人にはなってあげられないけれど....
 可愛い可愛い部下だもんね。
 誇りを持ちなさい。
 あなたは私の四番目に大切な男なんだから」
「はぁ」

四番目か。
一番は加持さんとして、二番目は....シンジ君...かな?
三番めは...誰なんだ?

「お父さんよ、お父さん」

ああ、そうか。
ミサトさん、って実はファザコンだったんですね。

「うっさいわね。結構気にしてんだから、言わないでよ」

おまけに、シンジ君。ショタコンもですか。

「うっさい!
 ...なんてね。
 バカやってられるのもこれが最後、かしら」

ミサトさん....。

「いい、日向君。
 チャンスは一度しかないわ。
 しっかりやるのよ」

何を?

「心の中をじっと見つめて。
 そこに何かがある筈よ」

心の底...?
何か....?

「大切なものが....。
 忘れてはならない何かが....」

何か...あった。
暖かい...気持ちいい...何か。
何だ、これ。
何ですか、ミサトさん。

「私には教えることはできないわ。
 あなたがそれを見つけるの。
 いい、それを、大事にしてね。
 忘れないで。
 そうすれば....」

後半は聞いていなかった。
それに夢中だったからだ。
それは、心の中ではじけて、小さな珠になって拡がった。
これは....思い出。
僕の....想い。

父さん、母さん。兄貴、亜由美....。
先生、クラスメート、近所の子...。
シゲル、マヤちゃん、チルドレン、ミサトさん、加持さん、ネルフの仲間...。
そして、小さな淡い光のきれいな珠。
これは...えーっと...エミちゃんか...。

これは...僕の想い。
そして...僕への想い。
僕が与えた愛情。
僕が受けた愛情。
なんとなく、そうわかった。



「どう、そっちの様子は」
「あ、リツコ。
 早かったわね。もういいの、マヤのほうは」
「ええ。もう大丈夫よ、あの子なら」
「こっちもね、ホラ。
 これならもうOKね」
「そのようね」
「ねえ、青葉君は?」
「もうだめね。時間が無いもの。
 彼には自力で頑張ってもらうしかないわ」
「そう....」

そして彼女は僕のほうを振り返った。

「じゃあね。その想い、しっかり育てんのよ〜ん」
「何言ってるのよ。あおってどうするの」
「あら、私は彼のためを思ってねぇ...ちょっと、リツコ。
 放しなさい、放しなさいってば....」

そういって、二人は消えていった。

やっぱりこの二人。親友なんだな。
俺と青葉は、どうかな。
五年後...十年後は...。
だめだな。想像できないか。
あいつ、50になっても髪伸ばしたまんまかな?



そして、それから、心の融合が始まった。
人類補完計画、その最終ステージだ。
人々の心が、僕の中に流れ込んでくる。
僕の心も、外に向かって流れ出した。
新しい世界。
いいのか、マコト?
これが僕の望む世界なのか?
違う。
何か、違う。
これじゃいけない。
この珠を守らなきゃ。
大切にしなきゃ。
この光は、僕の想い、なんだから。
僕への想い、なんだから。



僕は...僕はそれを拒絶した。
拒絶できた....と思う。
正直言って、自信は無い。

気がつくと、僕はそこに立っていた。
LCLの湖のほとりに。







本文に戻る





青葉シゲルの場合











   「はぁ、はぁ、はぁあああーーー」

俺が目にしたモノ。
綾波レイ。
いつも一人でいた少女。
独りぼっちの少女。
その中には....俺がいた。

「あなた誰?」

それは、俺に語りかけてきた。

「青葉...シゲル」
「これは何?」
「これは...俺。俺の身体」
「これは何?」
「これは...俺。俺の心。俺の魂」
「そう。寂しいのね」
「寂しい?」
「そう。一人でいるのがつらいのね」
「つらい?」
「だから、まぎらわす。
 ヒトと交わって、一人じゃないと思いたいから」

そう、そうかもしれない。

「寂しいでしょ」

そう、そうかもしれない。

「つらいでしょ」

そう、そうかもしれない。

「一つになりたい?」

えっ。

「心も身体も一つになりたい?」

そうか....。
君も....同じなんだね、レイ。
君も....寂しかったんだ。
君も....つらかったんだ。
一人でいるのが。

俺と同じか....。
愛が...欲しかったんだね。

頭の中を、思い出がよぎる。

「このバカ息子が!とっとと出て行け!」
オヤジ...。あんな奴でもオヤジはオヤジだ。
叱ってくれたのは...結局この一回だけだった。
俺は中学卒業と同時に家を出た。

「フン。だからいやしい女の子供は....」
ノリヨさん。
やめろ。そんな目で、俺と母さんを見るな!
妾の子?うるさい。あっちいけ!

「アンタ。結構イイ線いってるよ」
最初の女性。バイト先のパブのママ。
貧乏学生の俺を拾ってくれた、優しい、悲しいヒト。
大学の入学金まで貸してくれた。

「シゲルさん...」
メイドのハルナ。俺の初恋の女性。
彼女は、今、どこでどうしてるのか。
駆け落ちしようとして、それが見つかって...。

「シゲル君」
あれっ?誰だっけ。そうだ、半年ほど同棲していたっけ、大学時代に。
名前は...たしか...ユキ。
いつも寂しそうにしてるって?俺が?

「シゲル」
マコト...。お坊ちゃん育ちの苦労知らず。
だが、いい奴。憎めない奴だ。
おれは羨ましかったんだぜ。その真っ直ぐな性格が。

「シゲル...。幸せにね....」
母さん...。
いっちゃいやだ、母さん。
死なないで、母さん。



そう....。
ヒトは同じなんだ。
ヒトは寂しいんだ。
ヒトはつらいんだ。
一人でいるのが。
一人でいるから。

俺は、レイに手をのばした。
そしてそっと優しく抱いてあげた。

「暖かい」

これが、ヒトなんだよ。
レイ。
君も、わかっているんだろ、レイ。

だから、ヒトなんだ。
満たされないから。
満たされたいから。
だから、交じりあうんだ。
だから、交じりあえるんだ。

今までは、わからなかった。
今は、わかる。いや、わかった気がする。
それが、ヒトなんだ。



そして、それから、心の融合が始まった。
人類補完計画、その最終ステージだ。
人々の心が、俺の中に流れ込んでくる。
俺の心も、外に向かって流れ出した。
新しい世界。
だけど...何か違う。
言葉ではうまく言えない。
だけど...違う。
これは俺の求めているモノじゃない。



俺は...俺はそれを拒絶した。
拒絶できた....と思う。
自信は無いが、多分...。

気がつくと、俺はそこに立っていた。
LCLの湖のほとりに。








本文に戻る