<第一次直上戦跡地>
そう書かれた立て札が立つ巨大なクレーターがあった。場所は第三新東京市の郊外。
使徒と呼ばれる異形の生物兵器と、ゾイドと呼ばれる機械生命体の大決戦が夢や冗談ではない証拠だった。
すでにあの戦いから三日が過ぎていた。
それにも関わらず、未だにクレーター周辺に残された瓦礫や金属片、そして使徒の肉片等が回収されていく。作業が進んでいないのではなく、まだ作業が終わらないくらい酷い被害だったのだ。
地獄同然の大地に、報道陣が腐肉に群がる蠅のように周囲を取り巻いていた。
無意味に広い部屋に6人の人物が居た。かすかに芳香が漂うところから判断すると、ある程度年齢を重ねた女性が多数居ることが分かる。すなわち、
ネルフ総司令、碇ユイ
ネルフ副司令、冬月コウゾウ
ネルフ作戦部顧問、惣流・キョウコ・ツェッペリン
ネルフ技術部顧問、信濃ナオコ(旧姓赤木ナオコ)
ネルフ作戦部部長、葛城ミサト一尉
ネルフ技術部部長、赤木リツコの6人である。
濃い。ひたすら濃いメンバーだが退いてはいけない。
こら、そこ退くな。
とにかく、ただでさえ濃いメンバーが暗い部屋で重苦しい顔をして、ぼそぼそと会話をしていた。
「シンジの、サードチルドレンの目は覚めた?」
いわゆるお誕生日席に座っているユイが率先して口を開いた。いつまでも黙ったままというのも鬱陶しいと思ったのだ。彼女の質問に分厚いカルテを持ったリツコが答える。
「はい、30分前に目を覚ましたとのことです」
「・・・容体は?」
「外傷はありません、少し記憶に混乱が見られる他は、特に異常は認められないとのことです」
「精神汚染等の障害はみられないのね?」
一番の疑問、暴走を起こしたシンジが精神的な傷を負ったかどうか尋ねるユイ。心なしか声が震えていた。
「はい。検査データは全て正常でした」
「レイとレイコの容体は?」
「ファーストチルドレンは右腕に亀裂骨折を起こしていましたが、命に別状はありません。ゼロチルドレンについては・・・」
そこでリツコは言いよどんだ。促すユイ。
「かまわないわ。言ってちょうだい」
「はい。命に別状はないものの意識不明です。ただ、外傷は認められないので、意識を取り戻しさえすれば、すぐにでも退院できます」
「そう。・・・他の子達の様子は?」
「フォースとエイトゥスが軽傷を負っている他は、異常ありません」
「Gはどうなったの?惣流博士」
てきぱきと赤毛で鳶色の目をした女性、惣流キョウコ博士が報告する。その姿だけ見ていると大企業の有能な社長秘書という感じだが、実際は先に述べたように彼女はネルフの大幹部だ。
「頭部に第4レベルの損害を受けています。修理には2週間要します」
「作戦部からの報告は?」
「はい。現在、戦力を補充するため、兵装ビル第31期工事の申請を行いました。また、シクスス、ナインス、テンスのゾイド起動実験を行います。終了予定は15:00です。後、マスコミへの対処は広報部に一任しました」
そこまでミサトが発言すると、ユイが重々しく告げた。
「では、本会議はこれまで」
「ところで葛城さん、今シンジはどこにいるの?」
がらっとユイの口調が変わった。
それまでの雰囲気が一気にふっとぶ大会議室内。ユイだけでなく、キョウコもナオコも、もちろんミサトもどことなくダラッとした雰囲気を身にまとった。女は魔物。そう言われてしょうがないくらい見事な変身だ。
「ええとですね、報告によれば204号病室です。ほわぁ〜(徹夜が続いたから、寝むぅい)」
「なに、それ?」
ミサトの欠伸が混じった報告に、ユイではなく、キョウコの明るかった顔がスゥッと音がするくらいに変化した。表情や笑顔が変化したわけではない。ただ雰囲気というか、気配が劇的に変わったのだ。キョウコとユイ以外の人間の顔が擬音付で引きつる。
「・・・レイとレイコちゃんの病室です(や、やばいわ)」
そう言いながら動物的勘で危険を察知したミサトは慌てて逃げようと、大きく後ろに跳躍した。半ばとばっちりみたいな物だが、キョウコの標的は彼女だ。その顔は使徒と戦うときよりも真剣だった。
だが、キョウコは現役軍人であるミサトよりも速かった。
腕が伸びたとミサトに錯覚を起こさせるくらいのスピードで首が捕まれる。そのままアームボンバーで床の上にねじ伏せられるミサト。目の前で凄惨な笑みを浮かべるキョウコに、ミサトは15年ぶりの恐怖を感じて失禁しそうになった。
「なんですって!?どうして、シンジ君が、あの子達の、部屋に、いるの!?」
首を絞め、一言一句区切りながらミサトに詰め寄るキョウコ。彼女の計画が崩れかねないからもう必死だ。目がマジでとっても怖かったりする。
恐怖と循環の停止であっという間に紫色から土色になるミサトの顔。
さすがに首締めのプロフェッショナルである。ミサトはこのとき知りたくもない川の向こうの存在を知った。
「・・・何でもお見舞いとかで・・・。く、苦しい。手を離してぇ・・・キュッ」
落ちた。
キョウコは意識が無くなったミサトになんか用はないとばかりに放り出すと、昏倒した彼女を踏みつけながら部屋の外に飛び出した。
次いでキョウコという名の紅い風の後を、苦笑しながらユイが追った。
それをあわてて追いかけるナオコ。なんだかんだ言っても彼女は科学者。好奇心旺盛だ。どんな光景が見られるだろうと、とても楽しみにしていた。
「ちょっと待ちなさい、私も行くわー!!」
さらに一瞬後、呆然としていたリツコがあわてて後を追った。
「無様ね」
もちろん、昏倒したミサトにそう声をかけることを忘れない。なぜなら、それが彼女の個性の一部だからだ。
ぴくくっ。
気絶しているはずのミサトのこめかみが引きつる。
そして後には気絶したミサトと、ついに一言も科白がなく泣き崩れる冬月が居るだけだった。
ホント、無様ね。
新世紀エヴァンゾイド
第弐話Aパート
「 黄昏の中で思うこと 」
作者.アラン・スミシー
<204号室>
いまここにシンジは居た。彼の目の前のベッドには、青みがかった銀髪をした少女、綾波レイが横たわっている。腕に怪我をしているらしく、ギブスを当てて包帯がしっかりと巻かれているのが痛々しかった。
そしてその隣のベッドには、レイによく似た少女−双子だから当然かもしれないが−綾波レイコが眠っていた。ただ、レイと違いレイコの髪の色は栗色をしており、さらに肌の色もレイほど白くはない。つまりはユイにこれ以上ないくらいにそっくりだ。
話は少しさかのぼるが、シンジは検査が終わり、暇を持て余していた。
そしてぼぉ〜と廊下に立って外の景色を眺めている彼の横を、一人の少女を乗せた移動寝台が通り過ぎていった。
その少女こそレイだった。
彼女を見たとたん、シンジは心に何か不思議な感覚がわき上がるのを感じた。とても不思議な感覚、いや、感情が。そして近くにいた医師に頼んで彼女の病室まで案内してもらっていた。
理屈ではない何かにせかされるように。
それは何事も自分からしようとしない、普段の彼からはとても考えられない行動だった。自分でも何故こんなコトしたんだろう?彼は自分で自分がわからなくなっていた。
別に知り合いというわけじゃない。ゴジュラスのケージで合って、寝台から転げ落ちた彼女を抱き上げて、代わりにゴジュラスに乗って使徒と戦っただけ・・・。充分な気もするが、彼には理由が分からなかった。あるいは人間不信の彼の心が、無意識でわかろうとしなかったのかもしれない。
理由も分からずに彼がレイの病室をたずねてからずっと一緒にいるのだが、もう10分間もお互い口をきかなかった。口が聞けなかったと言うべきかもしれないが。シンジが勇気を振り絞って口を開くと、レイがじっと見つめる。視線が気になるのかシンジは何も言えなくなって下を向いて黙り込む。この繰り返しだった。
チッチッチッチッチッチ・・・
ただ、時計の針が動く音のみが部屋にひびく。
さすがに針の筵に座っているように感じたシンジが口を開いた。沈黙を破るために。
「あの、君は、ゾイドの、パイロット、・・・だよね?」
「そうよ」
使徒と戦うことを決意したときよりも勇気を振り絞って、それでもぼそぼそした声でたずねるシンジ。彼に向かって、淡々とした返事を返すレイ。結構似たものどうしかもしれない。
そのまま、また沈黙する二人。冗談抜きで似たものどうしかもしれない。と言うかお似合いかもしれない。
「あのさ、もしかして、あの鳥みたいな、ギャ●スみたいなゾイドに乗ってたのは、君じゃないかな?」
マニアックなことを言うシンジの言葉に、間髪入れずさきほどと同じ返答を返すレイ。
「そうよ(ギ○オス・・・って何?私知らない)」
「あ、じゃあ、その、ありがとう・・・」
「どうしてそんな事言うの」
きょとんとした顔をしてレイが聞きかえす。シンジが礼を言うのが心底分からないと言った顔だった。目を少し見開いて、不思議そうに首を傾げている。結構、いやかなり可愛い。
「えっと、ほら、僕が駅にいて使徒に踏みつぶされそうになっているところを助けてくれただろう。
だ、だから、そのことで・・・」
話しているうちになぜか赤くなっていく。さらに暖炉の前の蝋燭のように声まで小さくなっていった。
「別に礼を言われる事じゃないわ」
再び二人は沈黙したが、何故か落ち込むシンジにいたたまれなくなったのか、レイの方からポツリと呟いた。
「・・・それにあなたも助けてくれた」
「えっ・・・君を?僕そんな事したかな?」
「・・・覚えてないの?あなたは私をかばってくれた」
「あなたはレイコを、妹も助けてくれたわ。それに、使徒を倒した」
「・・・・・・・・」
「・・・私たち全員を助けてくれた」
それだけ言ってレイはそっぽを向くが、その顔は少し赤くなっていた。何故かそれをシンジに知られたくないと思い、慌てたように布団をかぶって顔を隠す。
「もういいでしょう。お見舞いはもういいから、少し休ませてくれない」
「え、あ、ごめん・・・」
条件反射で謝るシンジ。
「えっと、じゃあ、お大事にね」
まだまだ話したいことはいろいろあったが、シンジはそう言って部屋を出ていった。ちなみに部屋を出てしばらくしてから、シンジは病室のネームプレートからではなく、彼女の名前を直接聞かなかった事を少し後悔していた。これも普段のシンジらしからぬ事だった。
シンジが出ていって数分後。
廊下から叫び声が聞こえてくる。声から正体を判断したレイが冷たい目をした。先ほどまでシンジと会話することで胸に沸き上がった不思議な気持ちが壊されるような気がしたからだ。もっともどうしてそんなことを考えるのかわかっていなかったが。
「・・・ナオコさん!あなた旦那がいるんでしょう、帰らなくていいの!?」
「それよりキョウコ!アスカちゃんケガしてるんでしょう!?お見舞い行かなくていいの?」
「おかまいなく!今アメリカ支部に出張中よ!!
そういうユイだって、まだ仕事があるんでしょう!公私の区別はきっちり付けておかないと周りに示しがつかないわよ!!」
「母さん達、ちょっとうるさいわよ!ここは病院なんだからもっと静かにしてよ!!」
はっきり言って4人ともうるさい。ここがネルフの病院じゃなかったら、厳重注意されているところである。
そして、その叫び声は204号室前に来るとぴたりと止まった。
どよどよした雰囲気が扉の向こうから伝わってくる。少なくともレイにはそう思えた。
なだれ込むように病室に入ってくる4人。もう医者は注意することも諦めたのか、何も言ってこない。
はじめはニコニコしていたがシンジがいないことに気づくと、あっという間に普段の顔に戻った。
「レイ。シンジはどこ?」
”今日の晩御飯何が良い?”そう尋ねるときみたいに軽い調子でユイがレイに尋ねた。ごそごそと布団から顔を出しながら、レイが真面目な顔をして答える。
「彼なら、少し前に部屋を出ていきました」
「どこに行ったか知らない?」
「いいえ、聞いていません。もしかして、聞いておいた方が良かったでしょうか?碇司令」
「別にいいわ。・・・それより、今は別に仕事中じゃないのよ。司令なんて呼ばなくてもいいわ」
「・・・すみません、碇司令。いえ、あの・・・」
ユイの少し怒った声に見る見るうちに小さくなってうなだれるレイ。上目遣いでユイの顔を見つめた後、とてもとても小さな声で、真っ赤になりながらレイは『お母さん』と言った。
それを苦笑しながらも優しい目をして見つめるユイ達。
「まだ慣れてないのね・・・。いいわ、ゆっくりやりましょう」
「・・・わかりました」
「まったく、もっと女の子らしくしゃべれないの?それじゃもてないわよ」
「すみません。でも、まだよくわからなくて・・・」
すまなそうにうつむくレイを、ユイはぎゅっと抱きしめた。ついで、レイコの頭をなでる。
レイははじめは驚いた顔をしていたがすぐに目を閉じ、頭をユイに預ける。それはレイがユイ以外には見せない、心の底から安心しきった甘える女の子の顔。目を閉じ、抱きしめられてじっとしているレイと、気持ちよさそうに眠るレイコを見ながらユイがクスッと笑った。
「もういいの?そう・・・まったく不器用な子ね。そこがまた可愛いんだけど・・・。
それじゃ早く良くなるのよ。
・・・シンジもやってきたことだし、今夜歓迎パーティをするから」
「はい」
優しいユイの言葉を聞いてレイはうれしそうだった。
心なしかレイコも笑っているように見える。
彼女達にいとおしげな眼差しを充分すぎるほど向けた後、お待たせとユイが振り向いた先にはもうキョウコもナオコもリツコもいなかった。ただ開け放たれた扉が、どこからか吹く気持ちの良い風に揺られてキィ、キィとかすかな音を立てていた。
「・・・レイ」
「はい」
「キョウコ達は?」
「先ほど、こっそり部屋を出ていきました」
「そう、ありがとう。・・・そうだ、シンジを見てどう思ったかしら?
できたら教えてくれない?」
額をもみほぐしながらユイがいたずらを思いついた子供みたいな顔で尋ねた。 レイは額に指を当てて首を少し傾げて考えた後、ぽつりと言った。
「・・・不思議な感じがしました。・・・とても不思議な」
その答えを聞くと、ユイはにっこり笑って部屋を出ていった。
レイはそれを見送るとかすかに微笑んで、レイコをちらっと見た後、眠りについた。
シンジは学生服に着替えなおし、病院の屋上にいた。
ぼんやりと景色を眺めながら、時々思い出したように空に目を向けていた。
少しばかり意味不明の行動だが、彼の心の内は様々な疑念で覆われていた。その疑念を整理するために、あまり人が来そうにない場所を選んで考え事をしていた。
母親のこと、機械生命体のこと、レイのこと、そして先の戦闘のこと・・・。
(・・・そうだ、途中で気を失ったからよくわからないけど、どうなったんだろう?
今、ここにこうしているんだから、勝ったのかな?・・・勝ったんだろうな。
でもどうやって・・・)
そこまで考えると、フッとため息をついて景色を眺め、レイのことを考えて少し顔を赤らめ、ぶるぶると頭を振ってレイのことを考えないようにして、戦いのことを考える。その繰り返しだった。
そんな時間の無駄をしながらシンジが昼間にも関わらずたそがれていると、いきなり後ろから声がかかった。
「え〜と、あなたもしかして碇司令の息子さん?」
驚いたようにシンジが振り向くと、そこには体中に包帯を巻き、松葉杖をついたおさげ髪とそばかすが印象的な女の子と、額に包帯を巻いた赤色が混ざった金髪と、青い瞳を持った実に、そうとっても勝ち気そうな美少女が立っていた。何故か金髪の少女の方を見たシンジは体がビクリと硬直するのを感じた。蛇の前に跳び出た蛙みたいに。
「そうだけど、君たち誰?」
自分でも訳のわからない感情、そう、恐怖を感じながらシンジが恐る恐る尋ね返した。もちろん視線はお下げ髪の子じゃなくて、金髪の少女の方に固定されていた。
「誰ってご挨拶ねぇ、サードチルドレン」
なぜかムッとしながら金髪の少女が言った。
どうでもいいが、腕を組み、足を肩幅に開いて胸を反らしているのでとても偉そうである。まさに天上天下唯我独尊。
彼女のその言い方と態度にやっぱりまだびくつきながらも、少しだけムッとするシンジ。少しなところが彼らしいが。
精一杯の勇気で半目になって少女をにらんでいた。
シンジの態度をフンと鼻で笑った後、少女は話しを続けた。
「まあいいわ。自己紹介といきましょ。
私は惣流・アスカ・ラングレー。
ゾイドのエースパイロット、ネルフの誇るセカンドチルドレンよ!
あんたの先輩、ってわけ。
そして、この子が・・・」
金髪の少女アスカの言葉が終わる前におさげの少女が口を開いた。これ以上彼女に話を続けさせたらやばいと、勘ではなく経験で判断したらしい。ホント、気苦労が耐えない女の子だ。そんな彼女に幸あれ♪
「あ、私は洞木ヒカリ。
セブンスチルドレンよ。
半人前だけどチルドレンのリーダーを務めさせてもらってるわ。よろしくね」
お下げの少女、ヒカリはそう言ってニコリと笑った。決して美人というわけではない彼女だが、万人が気分良くなるようなとびっきりの笑顔を。だが、そう言われたシンジはそれに気づいていなかった。かなり失礼な奴である。いや、状況が状況だったら、彼も無視なんかしないで愛想笑いの一つくらいしただろうが。
何故聞いていなかったかと言えば、アスカに見とれていたというより、寒気というか何かを感じていたからである。
(き、きれいな子だな。すっげー性格悪そうだけど。
あのレイって女の子とどっちが可愛いだろう・・・?う〜ん、甲乙つけがたい。
いや、それよりどこかであったことでもあるのかな?
なんか見覚えがあるような気がする・・・。
でも、こんなきれいで元気な子だったら忘れることはないと思うんだけれども・・・。それより早く思い出さないと、とってもまずい。命に関わる気がする。)
そんなことをシンジが考えて返事をしなかったので、アスカの機嫌が一気に悪くなっていく。ヒカリが無視されたように(実際無視したのだが)見えたこともあって、機嫌の悪くなり方も凄まじい。
ものすごい勢いでシンジに詰め寄ると、
「あんたねぇ!聞こえたらちゃんと返事しなさいよ!!それともその耳は飾りなの!?ちょっと、聞いてるの!?」
とシンジの耳のそばでわめき立てた。
さすがに驚いたシンジは
「うわぁ!」
と叫んでドスンとしりもち。シンジのオーバーアクションにアスカは一瞬驚いた顔をするが、すぐにマシンガン並の勢いでまくし立てていく。
「なによ、これくらいで驚いて倒れたりして、あんた馬鹿ぁ?」
初対面の相手に馬鹿とまで言われて、さすがに温厚なシンジもカチンときた。あまり日に焼けていない顔がムッと赤くなり、目と鼻の先で睨み付けるアスカが、びくんと跳び上がりそうな声で怒鳴り返した。
「なんだよ、いきなり耳元で叫ぶ方が悪いんだろう?それにいきなりなんだよ、馬鹿って!
だいたい、馬鹿って言う方が馬鹿なんだよ!」
感情の爆発という、これまたシンジらしからぬ行いだが、シンジは不思議だとは思わなかった。人間不信で自分を包み隠すのを是としているシンジだが、彼女に対しては本音が剥き出しになった。もっとも、彼がその理由に気がつくのはずっと後のことだ。
・・・それはともかくシンジの言うことが正論だったからか、その他にも理由があるのか、たちまち真っ赤になって怒りだすアスカ。
赤鬼とは彼女のことを言うのかもしれない。
「なんですってぇ〜!?言うにことかいてこの私のことを馬鹿って言ったわね!!」
ばちん!!
次の瞬間シンジの頬に見事な平手打ちを食らわせると、アスカはヒカリの手を引っ張って屋上を降りていった。
「行こっ!ヒカリ!まったくおばさまの息子だっていうからせっかく挨拶してやったてぇのに。とんでもないやつね!
まったく、噂のサードチルドレンて言うから少し期待したけど、こんなさえない失礼なやつだとは思わなかったわ!」
「・・・碇君、たたいた彼女も悪いけど、今のはあなたが悪いと思うわ。
あのアスカがせっかく話してるのに無視するから・・・」
頬の紅葉をなでさするシンジの耳には、ヒカリの最後の言葉だけが残っていた。
場所が変わってシンジがミサトと共に歩いている。
結局、彼はあの後ナオコとキョウコの襲撃(お見舞い)があったため、ネルフ職員によって病院からネルフ本部につれてこられ(避難させられ)たのだった。
本部で震えながら、キョウコさんとナオコさんってショタなのかな?と不穏なことを考えて震えているとき、首をさすりながら不機嫌に歩くミサトに合ったのだった。
現在は彼の今後のことをいろいろと話しているところである。
彼は今、一見明るそうに見える。
だが実際は、キョウコはともかくナオコにベタベタされたことと、ユイがお見舞いに来てくれなかった事で、彼の心は暗く深く沈んでいた。
もっともこれは誤解である。ユイは見舞いに来なかったのではなく、病院内をぶらつくシンジにあえなかっただけだ。つまりシンジの落ち着きのなさが悪かったといえるのだが、もちろん彼はそのことを知らない。とにかく要領の悪い少年だ。
「それでね、シンジ君。君にはこれからもここ第三新東京市にいてもらうわ。
これからも、またいつ使徒が攻めてくるかわからないからね」
ミサトが何故か急に上機嫌になってシンジに話しかけてきているが、彼はそれを聞いているのかいないのか、ぼんやりとしていた。もちろんユイのことを考えていたのだ。
無視されている事にもかまわず続けるミサト。
「学校はこの第壱中学校にもう転校届けを出してあるわ。こんな事をさせてるのは悪いけど、やはり学生の本分は勉強だからね。それから、この中学校にはあなたと同じチルドレンが通っているわ。一応全員が同じクラスよ」
学校と言う言葉に、ようやくビクリとシンジが反応した。先ほど会ったアスカという少女が制服を着ていたことを思い出したのだ。
(あの、アスカって女の子も同じクラスって事か・・・。
やだな、あんな事があったてのに、ほとんど毎日嫌でも顔を合わせないといけないなんて)
本当はそれどころではなかったりするが、神ならぬ彼が知る由もなかったが。
「本当なら今日、他のチルドレン達を紹介したいところなんだけどもう学校に行ってる子もいれば、入院してる子もいるから、紹介は明日学校が終わってからになるわ」
相変わらず反応をしないシンジ。
「それで、シンジ君の住居についてなんだけど・・・」
その言葉にシンジがいきなり反応する。
「ど、どうなったんですか?僕はどこに住むことになったんです?」
先ほどまでのさめた表情は消え、どこか期待しているような、恐れているような顔になった。
普段クールをよそおっている者ほど、それが崩されたときの反応は大きい。
それはシンジにも当てはまることであった。今の彼と1分前の彼を見て同じ人間だと瞬間的にわかる人間は少ないだろう。それだけ仮面が剥がれた彼の反応は激しかった。
その変わりように一瞬驚くミサト。
だが、すぐにニコニコ笑い、シンジを落ち着かせるように背中をポンッと叩いた。
「どこに住みたい?
碇
シンジ君。
あなたが希望するなら一人暮らしもできるし、誰か気に入った人と一緒に暮らしてもいいわ。ガールフレンドと一緒とかね♪
もちろん、お母さんと一緒に暮らすこともできるわよ。
て、まあそれが普通なんだけどね」
「・・・母さんはなんて言ってるんですか?どうせ・・・どうせ僕とは一緒に住めないって言ってるんでしょう。
忙しいとか、何とか理由を付けて・・・。
そうだよ、どうせ一緒にいてもお互いぎくしゃくするだけなんだ・・・。
僕はいらない子だから、一人でいた方がいいんだ」
シンジをからかうつもりだったミサトだが、あまりに暗いシンジの返答に慌ててフォローする。元の所に帰るとか言われたら、洒落にならない事態が待っているからだ。想像したミサトの心臓が16ビートでリズムを刻んだ。
「そ、そんなシンジ君、考え過ぎよ。
そんなに無理しないで素直になった方がいいわよ」
「無理なんかしていません!!
だいたい何でそんなことミサトさんが気にするんです!?
ミサトさんには関係ないじゃないですか!!」
ミサトのお節介を心底鬱陶しいと思ったシンジはかんしゃくを起こして強く言ったが、その言葉にミサトはキれた。ミサトはシンジの、ユイの何より自分の身の安全のために懇切丁寧、シンジを説得したというのにシンジの返答がこれだったのだから無理ないだろう。
こめかみには血管が浮かび上がり、不思議な色合いの髪の毛はオーラを纏っているかのように逆立ち、隠しようもないほど唇の端が引きつった。まさに震えるぞハート!状態。
よほど頭にきたらしい。その般若の顔を、シンジは使徒より怖いと思った。
「暗い・・・暗すぎる・・・!
よっしゃあ!その性格、私がなおしてやるわ!!」
そして、いきなり携帯電話を取り出しどこかに電話をした。
当然顔は笑って額に青筋である。
笑いながら怒れる女、葛城ミサト。今の彼女に敵はいない。
(やばい!もしかしたら素直に母さんと一緒に住む、って言えば良かったかも・・・)
さっきまでひねたことを言っていたが、シンジはなんだかんだ言っても母親と一緒に住みたかった。どんな結果になるにせよ、良かれ悪しかれ結論が出るのだから。
父がいなくなった今、たった一人の本当の肉親。
さめたことを言ってはいたがシンジは母であるユイとの絆を求めていたのである。ただコミニュケーションが絶対的に下手くそだったが。
シンジが反発しながら望む、ユイとの同居。その道は断たれたかに見えた。
シンジの前で青筋を浮かべて電話をするミサトと言う名の魔物によって。
魔物に捕まりたくないシンジは、顔に無数の縦線を入れて救ってくれる勇者を捜したがそんなもんいるわけない。
そうこうしているうちに、ミサトの携帯がどこかにつながる。
「あ、もしもしリツコ? うん、あたし♪
シンジ君ねぇ、あたしのマンションで一緒に住むことになったからぁ。
だーいじょうぶだってェ、子供に手ェ出すほど飢えてないから。
じゃ、上の許可をとっといてね。
じゃねー♪」
『もしもし、ミサト!?あなたなにを言っているの?さっぱり、わけ・・・』
一方的に言いたいことだけを言うとミサトは電話を切った。
今夜のことを考えて、受話器の向こう側からの声など聞いちゃいねぇ。人とのコミニュケーションが下手なのはシンジだけではないらしい。ミサトも形は違えど、ど下手くそ。人の事言えなかったりする。葛城ミサト29歳。自分に都合の悪いことは簡単に忘れてしまえる女。
(このままなし崩し的に同居に持ち込んで・・・。もう今夜いただいちゃおうかしら)
そんな教育委員会が黙ってはいないことを48種類も考え、ミサトは心の中でニヘラッと笑った。次いでシンジに向き直り、ニコッと笑うと先ほどの18禁な考えをかけらも出さずにシンジの腕をひっつかみ、
「上司の言うことは聞きなさい!」
それだけ言って強引にシンジを車まで引きずっていった。拉致したともいう。
「それじゃ今夜はあなたの歓迎会よ♪」
ミサトはそう言うとコンビニで大量のレトルト食品を買い込み始める。シンジにはレトルトはともかくウナギの干物や、マムシドリンクを買っているのが恐ろしく感じられてしょうがなかった。
(この人、レトルト食品で歓迎会をするつもりなのかよ?それ以前に、どうしてそんなの買ってるんだよ?いったい僕をどうする気なんだよぉ・・・)
あきれながら、身の危険を感じながら手伝うシンジ。何かしていないと不安で押し潰されそうだったからだ。
今のシンジのミサトを見る目には、不信感でいっぱい。猛獣を見る眼になっていた。
そしてミサトの車は丘の上の高級住宅地を目指して走り出す。
あたりが夕暮れに包まれる頃、シンジ達の目の前に巨大な高級マンションが見えてきた。世間一般の人達には白亜の殿堂に見える建物だったが、シンジには墓場に見えた。
(うううっ、こ、怖い。母さん、父さん、僕を助けてよ。でもミサトさんって、美人だから初めてとしては良いかも・・・あれ?)
そのまま、そこに向かうのかと思ったがミサトは、
「ちょっと、寄り道するわよん♪」
といってそのまま丘の上の展望台に方向転換。期待半分、恐怖半分だったシンジは拍子抜けしながらもいつものクールさというか、ひねくれ根性を回復させていた。
「なんですか、ここ。
僕、こんなトコでピクニックなんかしたくないですよ」
「か〜〜〜〜も〜〜〜〜〜
いちいちかわいくない子ね、いいから黙ってついてらっしゃい!」
展望台に着いたミサトはしばらく腕時計を見つめていたが、急につぶやいた。
「そろそろね」
その声とともに低い地鳴りのような音と、サイレンが響きわたる。
街が変形を始めたのだ。要塞都市から、通常状態へ。
シンジ達の目の前で、地面から高層ビルまでもがはえてくる。
さしものシンジもその光景には心を奪われた。年齢相応の14歳の少年らしく。
「すごい・・・ビルが地面からはえていく!?」
ついに完全にその全容をあらわした都市に、夕日が美しくかかった。その光景を、シンジは心の底から綺麗だと思った。
「これぞ地球防衛隊ネルフ要塞都市−−−−−通称、第三新東京市。
これが私たちの街よ。
そして、あなたが守った街」
誇らしげに語るミサトの髪を風がなぶっていく。
「そんな立派なもんじゃないですよ。
僕があれに乗ったのは、人類を救うためでも、あの子を、綾波を守るためでもないんです」
オレンジ色のミサトをまぶしそうに見つめた後、シンジはそう辛そうに答えた。
一方ミサトは、
(わかってるわ、私を守るために乗ったのよね。もう、かわいいわ〜〜〜〜♪
・・・こういう辛そうな顔もまたいいわね。でも、もうレイ達の名前を知ってるなんて、結構プレイボーイなのねぇ、シンジ君て)
と、表情とはまったく違うことを考えていた。とどのつまり2人の心はすれ違いまくっていた。
こんな人を作戦部長という要職につけていいのだろうか?
本心を完全に隠してミサトは続ける。
「わかってるわ。理由はどうあれあなたは立派によくやった。
自信をもちなさい」
ミサトの言葉を聞きシンジの顔がゆがみ、熱いものが頬をつたった。
彼の心は砂漠のように渇いていた。その渇ききった心にミサトの言葉が雨のように染みわたっていく。歯止めが切れた、彼にはもう自分を押しとどめることができなかった。
彼の頬から、滴がこぼれ落ちた。
様子がおかしいと思って振り返ったミサトの前で、シンジは、声を出さずに泣きだしていた。
「シンジ君? あらら・・・ちょっと、あたし・・・なんか悪いこと言った?」
何かあったのか、それとも機嫌を損ねてしまったのかとミサトはあわてて問いただした。もっとも、その途中でシンジの目を見て全てを悟ったが。
(生意気そうにしてたけど、そっか・・・、この子まだ14歳の中学生だもんね。
・・・よし、今夜はお姉さんが慰めてあげるわ。だから、・・・泣かないで)
シンジはしゃくり上げながら手で涙をこするが、いっこうに涙はおさまらない。
「なんでもないんです。
ミサトさん、僕は、僕は・・・」
それ以上彼は言葉を続けることができなかった。涙が、感情が溢れて。
彼はたった一つだけ望んでいたことがあった。
ただ母に一言ほめてもらいたかった。会って話をしたかった。
ミサトが複雑な感情を宿した目でシンジを見つめる中、シンジの静かに泣く声があたりに静かに響く。それは、母を、家族を求めてやまない子供の泣き声。
夕日はそんな彼をただ優しく包んでいた。
Bパートに続く
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