第七話 「もう、独りじゃない」(Dパート)

written on 1996/12/8





 楽しい会話とともに食事は終わった。

 シンジは後かたづけをしながら、TVを観ているアスカの笑い声に耳を傾
けていた。
 もちろんもてなしてくれたお礼だと言って、シンジが強引にアスカからこ
の場を奪ったのだ。

 アスカはすっかりくつろいで、ごろりと横になったままTVを見ている。
 その様子を見つめるシンジの瞼に一瞬懐かしい光景が浮かび、ふとあたり
をぐるっと見回した。
 思った通り、昔と同じ銘柄の紅茶が棚に収まっていた。

 シンジは慣れた手つきで食後のミルクティーを作ると、リビングへ向かっ
た。


「うわぁ! さんきゅ!」

 アスカは紅茶の香りを深く吸い込むと口を付けた。

「おいしい!!」

 シンジがにっこりと微笑む。

「なんか懐かしいわねー。
 昔は、いっつもこうやってシンジにお茶を入れさせてたっけ」

「そうだったね」

「ありがと……って、あの頃は一度も言えなかったなぁ」

 アスカがテーブルにひじを突いてシンジを見つめる。
 お酒のせいか頬を赤く染めてじーっと見つめてくるアスカに、シンジの胸
の鼓動が高まったのは間違いない。

「料理もできるし、後かたづけも文句言わずにやってくれる。
 スポーツは全国レベル、勉強もそこそこ。ちょっと要領悪いけどね。
 昔に較べたらシンジもいい男になったじゃない」

 アスカは満足そうに笑うと、ちょっと意地悪い言い方で、

「あたしの友達にも人気あるわよぉ」

 と、意味深につぶやいた。

「だと嬉しいんだけどね」

 いたって平凡な返事。
 期待していた反応が返ってこず、アスカは少し眉をつり上げた。

「高校の頃から随分もててたって噂だしね」

 今度は明らかにトゲを含んだ口調だ。

「そ、そんなことないって」

「正直に言ったらぁ? 今なら許してあげるわよ」

「だから、別に・・・そういうのはなかったよ」

「怒らないから」

「ほんとだってば」

「いいからキリキリ白状しなさい」

「しつこいなー。ホントにそんなことないって」

「ああんっ!? 何言ってるのよ。
 高校ん時の話、あたし色々知ってるんだから!」

「そ、そう………かな。でも、全部断ってたんだって」

 アスカの勢いに押されて急に声の調子が落ちるシンジ。
 ここぞとばかりにアスカがたたみかける。

「え〜っ? は、は〜ん。さてはあんた、ホモなんじゃないの」

「何バカなこと言ってんだよ!
 そんなこと言うならアスカだって、何通もラブレターもらってたんだろ」

「あ、あたしも一度だってOKしたことなんかないわよ!」

「僕もだよ!」

 いつの間にか、二人はテーブルの上で鼻を突き合わさんばかりに接近して
いた。
 そのことに気づいて二人は慌てて離れる。
 
 二人ともあらぬ所を見つめながら、

「そ、それって、そーゆーこと……だって、
 お、思っていいの……かな……なんて」

 はははとひきつった笑い浮かべるシンジ。

「そ、そーゆーことよっ」

 アスカは顔を真っ赤にしている。

「…………」
 
 沈黙に耐えきれずアスカがマグカップに手を伸ばした。

「もう一杯もらうわよ」

「あ、僕がやるよ!」

 シンジの伸ばした手がアスカの手に触れる。

「あ……」

 一瞬だけ二人は目を合わせると、また慌てて手を戻して視線をはずす。

「…………」

 またまた非常に気まずい沈黙が訪れた。
 二人とも何を言えばいいのか、次の言葉が出てこなかった。

 そもそもこんな状況に陥ること自体、ほとんど初めてだと言っても良い二
人である。

「…………」

 シンジは緊張のあまりあらぬところに目を彷徨わせたりする内に、壁に掛
けられた時計が視界に入った。すでに時刻は11時を回っていた。

「そ、そろそろ、帰らなきゃ……」

 思わず言葉が出てしまうシンジ。

「あ……もうこんな時間なの」

 これまた思わず反応してしまうアスカ。

 ぎくしゃくと立ち上がり、荷物を持って玄関に向かうシンジの後をアスカ
が追う。玄関先までそれ以上の言葉はなかった。


 シンジが靴を履きながら言った。

「じゃ、またね。今日はありがとう」

「……うん」

 そしてドアを開けて出ていこうとしたシンジの背中に、アスカの小さな声
が被さった。

「送ってく……」

「え……っと。でも、もう遅いし……」

「……下までよ」

「あ、そ、そうだね」

「ほら、さっさと行って」

「う、うん」

 アスカはうつむきながらシンジの背中を押すと、ドアの外に出た。

<Eパートへ続く>



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