新世紀エヴァンゾイド
第壱拾参話Bパート
「 THE ANGEL STRAIN 」
作者.アラン・スミシー
− 第4章 今、洗濯の時 −
「ええぇぇ〜〜っ!また脱ぐのぉ〜〜〜!?」
ネルフ本部地下深く、セントラルドグマ近傍の実験室にアスカの大声が響いた。
いつも以上にわめき散らすアスカに対し、リツコが冷静に返事をする。その声はスピーカー越しのせいか、いつも以上に冷たく響いた。
『ここから先は超クリーンルームですからね。シャワーを浴びて、下着を代えるだけでは済まないのよ』
「なんでオートパイロットの実験でこんな事しなくちゃいけないのよ!?」
『時間はただ流れている訳じゃ無いわ。
私達のテクノロジーも日々進化している。新しい結果は常に必要なの。・・・じゃあ、始めるわよ』
「ばばんば、ばんばんばん♪(これぐらいなら大丈夫よね?)」
「お湯・・・熱い物。
暖かくする物・・・碇君(ポッ)」
「あちちちっ!後で覚えてなさいよ、リツコ!この○♂♀!似非金髪の£#★♪!!」
(アスカ・・・居残り決定ね。たぁ〜〜っぷりと訓練させてあげるわ)
「ちょ、ちょっとこの水流、狙ってませんかぁ!?」
(ど、どこに当たってるのかしら?いやん、私不潔!)
「ほおおっ!?なんや、これいい加減にせえよ」
「ふふっ、無粋だね。どうして僕の股間を重点的に洗うんだい、このモップは?でも、そう、そこはぁっ!!」
(あのガキャ・・・どうしていちいち言うことがこうも怪しいのかしら?)
「きゃん、もう、くすぐったいわね〜♪」
「はあ・・・。ここまでしないといけないなんて、私ってそんなに不潔なのかしら?」
「・・・・・・・・ぎゃあああああ!!」
(20℃上昇。カメラは没収。MAGIの目をごまかせると思ったら大間違いよ)
「騎士とは常に清潔であるべき物だから、シャワーを浴びるのはやぶさかでないけど、いい加減にしてくれないかな」
「ああ、眼鏡が曇って何も見えませ〜ん!」
(山岸さん眼鏡をつけたままだったの?やり直しね、あの子)
「えんや〜こ〜らら♪うっ、僕のセリフこれだけ(涙)」
((わかる、わかるぞケイタ君!! by この場に居ないはずのロンゲ&眼鏡オペレーターズ))
「ほら、お望みの姿になったわよ!17回も垢を落とされてね!!!」
色々あって、ようやく姿を現した一同。
皆一様に疲れた顔をしているが、1人アスカだけが両手を腰に当ててふんぞり返っている。不機嫌さを隠そうともしないアスカを無視してリツコは次の指示を与えた。
『では全員、この部屋を抜けてその姿のままエントリープラグに入って頂戴』
「「「ええええぇ〜〜〜っ!!!」」」
アスカとマユミとヒカリが、耳の裏まで赤くしながら監視カメラに向かって叫んだ。年頃の少女(そうでなくても)にとって裸で行動するということは、とても恥ずかしいことだから当然と言えば当然だろう。ちなみにレイはわかってないから無表情、マナはそこら辺結構平気だから落ち着いており、レイコはニタニタ。野郎どもは略。
しかしすでに年頃を突破したリツコは平然と言葉を続ける。
『大丈夫。映像モニターは切ってあるわ。
・・・プライバシーは保護してあるから(だいたい見られても気になるほど大した体でもないでしょう)』
「そういう問題じゃないでしょ!!気持ちの問題よ!!!」
「そうです!アスカさんの言うとおりです!」
なんか聞き捨てならない事を考えながらのリツコの返答にアスカが完熟トマト並に顔を赤くし、先日の一見以来アスカ達と仲良くなり、少し明るくなって物怖じしなくなったマユミが同調したのかリンゴのように赤くなって叫ぶ。でもやっぱりリツコは平然としたまま。そればかりか隣のミサトはニヤニヤ悪魔みたいに笑いながら伝家の宝刀を抜く。
『このテストはプラグスーツの補助無しに、直接肉体からハーモニクスを行うのが主旨なのよ』
『2人とも、命令よ』
「もぉぉ〜〜〜っ!!絶対見ないでよ!!!」
最後にそれだけ言うと、全身紅くしながらアスカが最初の一歩を踏み出した。そのまま振り返りもせずにずんずん歩いていく。長い髪が隠したり隠さなかったりで結構色っぽい。
「あ、アスカ!・・・恥ずかしくないのかしら?
それにしても、やっぱりアスカって大きい。いいなあ、ちょっと分けてくれないかしら」
さっさと歩いていくアスカとレイ、マナの後ろ姿を見送りながら、ヒカリがそれこそ血を吐くように呟いた。何気ない一言のようにも思えるが、彼女の言葉には当事者でないとわからない深く重〜〜い何かが感じられた。
ヒカリの女の情念を感じ取ったのか、チルドレンNo.2(何が?)のマユミが不思議そうにヒカリの顔をのぞき込んだ。
「 ? 洞木さん何言ってるんですか?」
「えっ、わ、私は何も言ってないわ!別にアスカを1カップ下げて私が1カップ大きくなっても良いんじゃないかなとか、みんな平均以上なのに、私だけ平均以下なのは不公平よとか、意外にも一番大きいのはアスカじゃなくて山岸さんなんだ、へえ山岸さん着やせする方なんだどうしてあんなに胸が大きいのか今度聞いてみようかしらとか、やっぱりアスカや霧島さんや綾波さんみたいに髪の毛の色が黒でない人は下も・・・。
ハッ、私何を言って・・・
イヤ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!
私、不潔よおおぉぉぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」
墓穴をショベルカーで掘って、床をごろごろ転がるヒカリ。お下げにしている髪も今は留めていないためざんばら髪となってけっこう怖い。いくら超クリーンルームと言ってもこれでは台無しである。赤外線映像越しながらも、全てを会話だけで理解したリツコは深い深ぁ〜〜〜いため息をついた。
「洞木さん・・・やり直し。
男の子達もね・・・」
「意外ね〜〜。シンちゃんも張り付いてるじゃない。見たいんならそう言えばいくらでも見せてあげたのにん♪」
「シンジ君・・・不潔」
男の子達は仕切の曇ガラスに張り付いて耳をダンボにしていた。14歳(1人15歳)としては至極当然の反応だといえる。だからといって世間は納得しちゃくれないが。
「イインチョまたころがっとるみたいやな。しかし、隙間はないんか!?」
トウジが一部をギンギンにしながら、隙間を探すがネルフは甘くない。その横ではアフロになったケンスケが歯ぎしりをしていた。ヒカリ達の会話を録音できないことがそれほど悔しいらしい。
「くううぅ!カメラがないなんて、いやカメラじゃなくてもテレコだけでも良かったのに!!
男として涙を流して悔しがる状況だね、これは!!」
「ケンスケ、血の涙を流すくらい悔しかったの?(色々貴重な情報ありがとう、洞木さん)」
少し離れたところでは、シンジがぼんやり映るだけのヒカリの姿に妄想をたくましく育てながらも、友人の姿に引きまくっていた。ここら辺は自分の心に素直になれるトウジ達と違ってまだまだ甘い。彼の横ではケイタが器用に天井部分の隙間を探しているムサシに呆れたように突っ込みを入れている。
「ムサシ、みっともないよその格好。騎士は覗きなんて無粋なコトしないんじゃなかったの?」
「ケイタ・・・。騎士である前に俺は男だ。だいたいその格好で言っても説得力まるでないぞ」
どんな格好か不明だが、とにかく一同ガラスに張り付いて一部ギンギンだった。
そして、ネルフチルドレン男子、色事部門リーダーのカヲルは怪しく腰を振りながらただでさえ紅い目を更に紅く輝かせていた。
「そうなのかい!?一番大きいのは、山岸さんなのかい!?中学生なのにすでにCオーバーだって!?
この僕の目をもってしても見抜けないとは・・・そうか!そういうことかリリン!!
それはともかく、シンジ君なかなかだよ。君のその姿勢は・・・。ま、まさか僕を誘っているのかい!?
それならそうと早く言ってくれれば、君だったらキスだって、その先だってOKの三連呼だよ!
君は僕の腕の中で恥ずかしそうに顔を赤らめるんだ。『カヲル君・・・』『シンジ君、僕に任せて』僕はそっと抱きしめた後、君に・・・。そうだ、山岸さんも交えて3Pというのも良いかも知れないね!両方いっぺんにすませられるんだ、合理的だとは思わないか!?シンジく・・・アレ?」
カヲルが我に返ると通路には誰もいなかった。慌ててキョロキョロと辺りを見回すが、ガラスの向こうにも通路のどこにも人影は見えない。
「し、シンジ君・・・?ど、どこに行ったんだい?僕を置いてどこに行ったんだよ!?」
無機的な廊下に独りぼっちという状況に恐れをなしたのか、泣き声をあげてとりあえず通路を進むカヲル。涙でベショベショになりながらも、通路の中程まで来たとき、誰かの声にそっくりなコンピューターの機械音が淡々と響いた。
『
紫外線
消毒開始30秒前。まだこの場に残っている職員は直ちに退避して下さい。て言うか、さっさと退避しないとただじゃすまないわよカヲル』
「そ、それは洒落にならないね!好意に値しないよ!!」
カヲルは真っ青になりながら通路を駆けた。髪を振り乱し、なんかをブラブラさせながらも素晴らしい速度であっと言う間に扉にたどり着く。だが・・・
「あ、開かない!?」
扉は開かなかった。ガンガン叩いて取っ手を引っ張るが反応無し。10秒近くがちゃがちゃしたあげく慌てて振り返ると、元の通路の入り口がやけに小さく見えた。
『・・・15,14,13,12・・・』
「僕を殺す気なのか、あの行かず後家はっ!!!!」
『一気に0!!! 出力120%!!!
あのクソガキをこんがりきつね色にしてやりなさい!!』
『じょ、冗談じゃなかったんですか、先輩・・・?
ヒィッ!!
わ、わ、わかりました!』
マヤの悲鳴と共に、パッと紫色の照明が通路を照らした。カヲルの顔が紫色に染まる。
「わからないでくれ伊吹二尉ぃ!
ああ、本当に灯けた!ぼ、僕はこんな所で滅びる定めなのかい!?
し、シンジ君、僕を助けてよ!!!」
「あれ?声が聞こえたような?」
エレベーターでクリーニングルーム入り口に戻るシンジが不思議そうに顔を上げた。
「気のせいやろ」
「うん、そうだね。それより早くしないとまたリツコさんに怒られちゃうよ」
シンジはそれだけ言うと、慌ててエレベーターから外に出ていった。
彼らはカヲルが妄想している間にリツコにシャワーを浴びなおせと言われてとっとと元来た通路に戻っていたのだが、その際あまりの気味悪さにカヲルに声をかけなかった。実に素晴らしい友情。
それからかなりして、チルドレンは憔悴しきった顔でエントリープラグに乗り込んでいた。あの後更にごたごた(マヤの盗撮事件とか、ミサトの盗撮事件とか、リツコの若い男の子って(ポッ)発言とか)があったのだが、それは別の話だから省略。
「各パイロットエントリーようやく準備完了しました。先輩、痛いですぅ」
「(無視)テストスタート」
何故か頭を押さえて涙目のマヤの最終確認を受け、表面上は真面目に見えるリツコが指示を出した。それと共に、エントリープラグ内部に幾つかのランプがともり、実験室内のモニターにも幾つかの情報が浮かび上がる。
『テストスタートします。オートパイロット記憶開始』
LCLで満たされた巨大な実験室内に、紫色の肉球から4本の触手を生やした物体−−模擬体−−が浮かんでいる。それを観測窓から見つめるミサトとリツコ。彼女たちの見つめる横で気泡が上がり、模擬体を壁につなぎ止めるケーブルに絡まり消えていく。
『シミュレーションプラグを挿入』
『システムを模擬体と接続します』
どこがどこだかわからないが、エントリープラグが差し込まれてぴくんと震える模擬体。何ともグロテスクで、それでいて蠱惑的な光景にリツコ達は顔をしかめた。
「シミュレーションプラグ、MAGIの制御下に入りました(どうして模擬体ってあんな形なのかしら?先輩、いえ碇司令の趣味?)」
「おお、速い速い。MAGI様々だわ。初実験の時、1週間もかかったのが嘘みたいね♪」
凄まじい勢いで文字がスクロールしていくモニターを見てミサトが嬉しそうに声をあげた。早く終わればそれだけ早く家に帰ることができるわけで、その喜びもひとしおである。
「テストは約3時間で終わる予定です」
「あ、そう・・・」
『気分はどう?』
頃合い良しと見たのかリツコが優しくチルドレンと言うかシンジに問いかけた。その証拠に彼女の目は輪郭だけのシンジの通話モニターしか見ていない。マヤが嫉妬のこもった眼差しをしているが綺麗さっぱり無視。
「何か違うわ」
「うん・・・いつもと違う」
彼女が身を乗り出すようにしたため、アップになったリツコの顔にどきどきしながらシンジがレイの意見に同調する。確かに妙な違和感を感じているが、それが何かはわからないようではあったが。うまい言葉が見つからず、もどかしい思いをしながらもじもじするシンジにリツコが満足そうな顔を浮かべる。彼女の予想通りの返事だったからだ。
『そう、予想通りね。アスカ、あなたは?』
「感覚がおかしいのよ。右腕だけはっきりして後はぼやけた感じ」
口下手なシンジ達とは対照的にアスカは的確な答えを返す。
『他のみんなは?』
「ワシは別に変なことありまへんけど」
「両手が変」
「私は脇がこそばゆい感じがしますけど」
「し、しみる!LCLがヤケドにしみる!痛くて何も考えられないよ!は、早く出して・・・」
『うるさいわね。LCLの中にいた方が治りも早いのよ。我慢しなさい。
それより洞木さん、続けて』
「私は、全身ヤスリでこすられたみたいにハッキリして・・・。あと耳がなんだか良く聞こえているみたいと言うか何と言うか・・・」
「右足がハッキリしていて、他がぼやけている感じかな」
「非常に忸怩たる物があるけど、よくわからないな」
「私はアスカさんと逆で左手がハッキリしていて右手が不思議な感じです」
「背中というか・・・、やっぱり背中が変です」
口々に意見を言うチルドレン。その答えにいちいち満足そうに頷くとリツコはにこっと笑った。
『それじゃレイ、右手を動かすイメージを描いてみて』
レイがレバーを握りしめると、模擬体の触手が控えめにぴくっと震える。
『次にアスカ、やってみて』
「OK〜!」
アスカはレイとは対照的に元気良く模擬体の触手を動かし始めた。
順調にテストが進む中、MAGIの状態を示すメインモニターに三つの台形を結んだ図が浮かび上がり、MAGIが審議モードに移行する。
「ジレンマか・・・。作った人間の性格が伺えるわね」
一段落したリツコが誰に言うでもなく呟いた。それを聞きとがめたミサトが不思議そうな顔をする。
「なに言ってるの?作ったのはあんたでしょ?」
「・・・あなた、何も知らないのね」
「リツコが私みたくベラベラと自分の事、話さないからでしょ」
「そうね・・・。って、ちょっとあなた待ちなさいよ。これ作ったのは母さんだって前、話したでしょうが!!あなたの肩の上にあるのは帽子の台!?そんな役に立たない頭、砂糖菓子ととっかえなさいよ!!」
途中までしんみりとしていたが、急にリツコは気がついたように語気を荒くした。
この世界ではナオコは健在である。しかも今も元気にネルフでお勤めしている大幹部。彼女の仕事を知らないと言ったミサトにリツコはキれた。ええもう、おもしろいくらいに。
「そ、そんな怒らなくたって・・・」
「だまらっしゃい!私はシステムアップしただけよ!
まったくきょうび三歳児でも一回言えば理解してくれるわ。それなのにあなたって人は・・・。
無様ね」
リツコのキメゼリフと共にMAGIの審議が終了した。
− 第5章 ENTANGLEMENT OF HEART −
『とにかく第1支部の状況は無事なんだな!?良いんだよ!偵察機の誤差はMAGIに判断させる!』
『5番艇からの情報を送ってくれ!最優先だ!現地ノイズはこちらに!!』
リツコがキれてミサトを泣かしている頃、青葉と日向があわただしく手元の端末を操作しながらアメリカ第1支部からの情報を整理していた。
「消滅!?」
無意味にだだっ広い司令室でユイとキョウコが重苦しい顔をして顔を見合わせる。突然かかってきた守秘回線の電話に、キョウコがめんどくさそうに手を伸ばしたのだが、次の瞬間、死人と見まがうばかりに彼女の顔が青くなった。彼女の耳には最優先でもたらされた情報、すなわちアメリカ第2支部の消滅の報告が破鐘のように響いていた。
「確かに第二支部が消滅したのね!?」
『はい。全て確認しました。消滅です』
電話を震える手で切ると、キョウコは泣きそうな顔をしてユイに向き直る。
「ユイ・・聞いてたわよね」
「ええ。・・・どうして報告がこんなに遅くなったのかしら?消滅からすでに12時間経過してるのよ」
ユイが青い顔をしながら答えた。理由はもちろん支部の消滅報告ではあるがそれだけではなく、彼女の疑問通り、本来なら支部で何かあったとしても最悪でも1時間以内に連絡が付くようになっているはずの情報網が機能しなかったことにある。ネルフのように全世界に広がった組織に置いては情報が非常に大切な意味を持つ。その情報が予定通り迅速に伝えられなかったということは、情報網に致命的な傷があることを意味するのだ。
「たぶん、ゼーレが影響力を使ったのよ。いくらネルフの支部とはいえ第1と第2支部は半分アメリカの機関よ。ゼーレがその気になったら情報伝達を遅らせるくらいなんて事ないんだわ」
「甘かったわね」
ユイが疲れ切ったように嘆息した。頭の片隅では消滅にもゼーレが関わっているだろうと思いながら。
「それより、どうして情報伝達を遅らせたのかしら?それがゼーレの老人達になんのメリットがあるというの?」
「・・・・・・普通に考えるなら時間稼ぎよね。なんの時間稼ぎかはわからないけど。
それより、どうする?」
「どうするって・・・どうしたらいいのよ」
ユイの質問にキョウコは答えることができなかった。自分たちの仲間であり友である女性に、支部の、支部と共に消えた人物のことを伝える方法を。
「まいったわね・・・」
「上の管理部や調査部は大騒ぎ。総務部はパニクってましたよ」
場所が変わって、実験室から会議室に移ったミサトが頭を掻きながら呟いた。その言葉に日向が追随して応える。事が彼女達の手に余ることは明白だからどこか人ごとのような響きがあった。
だがあまり投げやりな態度でいるのもまずいと気を取り直して、目の前で厳しい顔をしているリツコに問い直す。
「で、原因は?」
「とりあえずこれを見て頂戴。静止からの映像よ」
リツコが質問に答えながら右手を少し挙げると、モニターがせり出してきて静止衛星からの映像を最初から映し出す。
『10・・・9・・・8・・・7・・・6・・・5・・・4・・・3・・・2・・・1・・・コンタクト』
コンタクトという言葉と同時に、なんの変哲もなかった直上からの映像が一瞬光った。中心部から紅い光が同心円状に広がっていき、支部の建物を凄まじい勢いで飲み込んでいく。そして全てが紅い光に飲み込まれた。
直後、サンドストームが走り映像が途絶える。
ザザザザザザザザザザーーーー!ブツッ!
「・・・酷いわね」
映像が消え、前以上の静寂が戻った室内でミサトが声をもらした。そのうめきに重ねるようにマヤが被害状況を報告する。
「ゾイド生体部品、装備。ならびに半径89キロ以内の関連研究施設は全て消滅しました」
「数千の人間も道連れにね」
リツコがマヤの報告を補足する。その顔は先ほどまでの柔らかさが無くなり、努めて冷徹な科学者の顔になっていた。
「タイムスケジュールから推測して・・・。ドイツで修復した使徒のS2機関とゾイドの融合実験と思われます」
「予想される原因は材質の強度不足から設計初期段階のミスまで32768通りです」
青葉が予測される原因を、マヤが僅かな情報からMAGIが予想した原因結果数を報告した。
「妨害工作の可能性も有るわね」
ミサトは腕を組んで考え込んだ。何しろゼーレは、使徒を操る謎の組織。それくらいは平気でやるだろうと彼女は考えているから、自然その目が厳しくなる。
「ミサトそれ当たりよ。これを見て」
リツコはミサトの直感に内心舌を巻きながらも、マヤに指示して映像を変化させる。映像が支部消滅前の状態に戻り、更に拡大率が小さくなってより広い範囲が映った映像に切り替わる。
「リツコ?」
「マヤ、G−9エリアを拡大して」
「はい。拡大・・・何これ!?」
一足先に携帯モニターを見たマヤが驚愕の声をあげる。彼女が拡大したG−9エリアには、かなり荒い映像で鮮明とは言い難かったがハッキリそれとわかる物が写っていた。震えるマヤの操作によってその映像が改めてモニターに映し出されたとき、その場にいたリツコ以外の人間がうめき声を上げた。
「ひと?」
「違うわ。これこそ、私達がゾイドを発掘する以前に見つ・・・開発した、人が人に似せて創りあげた物。
人造人間エヴァンゲリオン。その4号機よ」
日向の反射で出てきた言葉にリツコが応えた。
全員の目が一度リツコに集まり、再び映像に戻る。
そこには銀色の鎧を着込んだ妙なプロポーションをした人型をした物が浮かんでいた。すぐ側に写っている岩から判断した大きさはおよそ50メートル。触手状の翼をはやした異形。左右に指先をそろえて伸ばした手と、きちんと揃えられて伸ばされた足が胴体に比べて異様に長く、身長の半分はあった。それがミサトには蜘蛛を連想させて知らずに鳥肌を立たせる。
「人造人間エヴァンゲリオン。
噂でだけ聞いていたけど・・・。これが、そうなのね」
「ええ。7年前まではこれで使徒を迎撃する予定だったそうよ」
「どうして止めたの?」
「7年前に、ジオフロントの土中深くから多数のゾイドの化石が見つかったわ。発見、そして調査からまもなく当時のネルフ司令・・・が行方不明になったわ。そしてユイさんがネルフ司令になったの」
そこで一旦喋るのを止めるとリツコはミサトの様子をうかがった。
ミサトは言葉も出さずにただ耳を傾けている。彼女にとっての真実を聞くために。
「ユイ司令は、エヴァの建造計画の停止及び封印を指示したらしいわ。結果、すでに完成していた零号機、初号機はジオフロント・セントラルドグマ最下層に即時封印。あらかた完成していた弐号機はドイツ支部にて封印。脊髄だけ完成していた参号機と四号機はそれぞれアメリカで研究サンプルとして保存された。
・・・はずだったんだけど、私達の目を盗んで完成させていたのね。
それがおそらく使徒に乗っ取られた・・・」
そこまで言ってリツコは顎に手を当て、支部の総責任者である人物の顔を思い浮かべた。有能で、清廉潔白。何かをたくらむような人物ではなかった。そのはずだった。だが、事は支部の消滅を引き起こしている。彼が、彼女の義理の父親が関係していないはずもない。リツコはゼーレが行った陰謀の根の深さと、この事を知った母、ナオコの反応を考えて暗澹たる気持ちになった。
「・・・リツコ、まだ何か隠してることあるでしょ?これどう見たってセカンドインパクトを起こした使徒じゃない」
それからしばらくして−−実際には十数秒後−−ミサトが口を開いた。彼女の暗紫色の髪がかすかに揺らぎ、彼女の疑問と恐れを周囲に感じさせた。
「そうか、あなたはあの時その場にいたのよね。
・・・似てるけど違うわ。アダムに、使徒に対抗するために創られたから似てるのよ。いわば必然の偶然ね」
「つまり、このエヴァとか言うのは使徒を元に創られたって言うこと?」
「当たり。エヴァは第壱使徒のコピー。だから使徒はエヴァに引き寄せられると母さんは言っていたわ」
リツコの言葉はまるで『今日の夕飯何する?』と言っているみたいな感じだったが、それがかえって事実の重大さを感じさせた。無意識のうちにミサトはリツコに詰め寄り、モニターに依然写るエヴァ・・・イロウルの姿を指さした。
「じゃあ、使徒がここを狙ってやってくるのはその零号機とか初号機、エヴァがあるからなの?それとも、それ以外に理由があるの?」
「よく分からないけど、たぶんそんな所ね。
・・・碇司令は知っているみたいだけど」
「ユイさんは、碇司令は何を隠しているのよ!?あなた知っているんでしょ!」
押し問答の末にミサトはリツコを追いつめた。その目はギラギラと光り、リツコの親友ではなく同僚であることを明確に告げていた。今の彼女は15年前の真実の欠片が目の前にあることを感じ、止まれなくなっていた。肩を掴む手の力に誤魔化しきれないと悟ったのか、リツコは力を抜くとゆっくりとミサトの手を払った。ミサトを落ち着かせるように、何より自分の心に整理をつけるように。
「・・・別に碇司令は隠しているわけじゃないわ。ただ私がミサトに知って欲しくなかったから黙っていたの。
まあ、私も知ったのはごく最近になってからなんだけどね」
「・・・・・・・・」
「良い?これから話すことはいずれ碇司令からみんなに伝えられると思うけど、今のところ他言無用の機密事項よ。無用な混乱はなるべく避けた方が良いから。マヤ、日向君、青葉君。覚悟があるならこの場に残って」
リツコの言葉を聞いても誰もこの場を離れなかった。
人は南極で神様を見つけた。
人は狂喜した。色々な願い事を叶えてもらえると思ったから。
でも、神様は深い深い眠りについていた。
だから人は起こそうとした。そして自分たちをより高次の存在に変えてもらおうとした。
でも、神様は消えてしまった。
その時たくさんの人たちが死んでしまった。ある意味、エデンの環境はそれで回復した。
多すぎる人間が減ったから。環境汚染による絶滅は回避された。
本来ならそれで人は満足するべきだった。
でも人は神様の仲間になることを諦めなかった。
不遜にも自分たちで新しい神様を創って、神様の仲間入りをしようとした。
神様の複製を創った。
人の行いに神様は怒った。
そして、人を作り直すことを決めた。そのために使徒を差し向けることにした。全ての人を元に戻すために。
人は予言書を見つけて自分たちの運命に気づいた。人は滅びたくなかった。
だから、神と、その御使いと戦うことを決意した。
そのために創った。神の体から生まれた複製、人造人間エヴァンゲリオンを。
「なんで昔話風なの?」
「MAGIにもこんな風に記録されているのよ。それにまだ続きがあるわ」
人が神の分身を創っているとき、神の卵から悪魔の骨が見つかった。
悪魔はかつて神の御使いと戦い、世界を引き裂いた。
その最後の戦いの場が神の卵。白と黒の神の卵。
そこには神の僕と悪魔の亡骸が無数に眠っていた。
黒の卵は戦の場。
悪魔と御使いの眠る場所。
白の卵は最後の聖地。
神が眠る聖地。悪魔神と最初の使徒が眠る聖地。
人知を越えた戦いがあったことを知った人は、今度は喜びではなく恐れを感じた。
何も見なかったことにして、悪魔の骨を埋め戻そうと考えた。でも1人の男はそれを是としなかった。
彼には求めてやまない物があった。それを奪ったのは神。
だから、悪魔を起こそうとした。それを取り戻すために。
悪魔は快くそれを取り戻した。おまけつきで。
彼の命を絶った後。
やがて人は神と戦うには神の力よりも、悪魔の力を借りた方がよいのではないかと思うようになった。
それは事実だった。悪魔は神を滅ぼすために生まれた存在だから。
そのために創った。神と同じ力を持ち、神々を滅ぼすための獣、機械生命体ゾイドを。
「以前母さんがあなた達に話した事とだぶっている所があるけど、これが私の知っていることの全てよ。これ以上のことは私の権限じゃ見ることができなかったわ」
けっして短くもない話を終え、リツコは改めて一同の顔を見回した。皆すぐには何も言えず、1分後ようやくといった感じでミサトが口を開いた。
「つまり・・・。ゾイドが見つかる以前、司令・・・前司令達は使徒の力で使徒を倒そうとしていたのね」
「そうなるわね。でもこの記録を見る限り、それだけが目的じゃないようだけど」
「なんだか・・・。まあいいわ。
とりあえず、このエヴァとやらに対する対策を立てましょう」
ミサトは興奮したことで乱れた髪をさっとなでつけると、明るい声でそう言った。
(考えるのはこの新たなる使徒を倒してから。使徒、ゾイド、エヴァ、そしてネルフの秘密を知るのは)
「そうね。マヤ、オートパイロットのテストはあとどれくらいで終わりそう?」
「後1時間はかかります」
「青葉君、その後のエヴァ・・・使徒の位置は?」
「不明です。しかし、使徒の狙いがここなら、少なくとも今日中には到達するかと」
リツコの質問に答える青葉の携帯端末には、使徒を完全に見失っていることが書かれていた。
「ならこのまま作業を続けて。使徒が出たらそのまま即出撃をさせるから、子供達は現状待機」
「了解」
日向が元気良く返事をして、ミサトの指示を伝えるために部屋を出る。その後に続く青葉とマヤ。
3人を見送った後、ミサトは、ゆっくりとタバコに手を伸ばすリツコに向き直った。
「それからリツコ・・・」
「なに?」
「念のためUの起動準備をしておいて。たぶん、あいつは、使徒は強いわ。今までのどの使徒よりも」
「わかっ・・・」
ミサトの最後の言葉に目を見開きながらも、リツコが了解の返事をしようとしたときだった。
発令所、いやネルフ本部全施設中に警報が鳴り響いた。
− 第6章 COUNTER ATTACK −
「どうしたの!?」
慌てて発令所に転がり込んだミサトとリツコはその動きが思わず止まった。
メインモニターいっぱいに、白銀の巨人、エヴァンゲリオン四号機が映っていたのだ。周囲に蠅のように戦自の戦闘機をまとわりつかせて、ゆっくりと一歩一歩地面を踏みしめるように歩いている。背景から推察できる場所は強羅絶対防衛線付近。あまりにも早いその侵攻速度と神出鬼没さに、ミサトは声も出なかった。つぅっと汗がこめかみを流れる。
「い、いつのまに・・・」
「それが・・・突然伊豆沖の海中から姿を現したかと思うと、マッハ3を超える速度でここまで飛来した模様です」
日向は緊迫した声で報告するが、ミサトの返事はどこか変だった。
「水陸両用とはね。しかも空まで飛べる。ガ○ラみたいな使徒ね」
「はっ?あの、葛城さん何を言ってるんすか?」
青葉がワケが分からないと言った顔でフリーズしている日向の代わりに尋ねるが、何故か答えたのは髪の毛と目をキラキラ輝かせたリツコだった。
どうも作者共々シリアスに耐えられなくなってきたらしい。
「あら、当たり前すぎるわねミサト。ここはゲッター○ボくらい・・・」
「先輩、やっぱり水陸空で活動可能と言えばゴジ○ですよ!ゴジヘドでは空を飛んだんですよ!!」
「さすがはマヤね。でもそれを言うなら、メカゴジ○を忘れてはいけないわよ。初代メカゴジ○はゴジ○の皮をかぶって現れたわ。更に戦いの舞台は沖縄!つまり、メカゴジ○は水陸空で活動できるのよ。そうでないといけないのよ!」
「先輩こそ凄いです!それは盲点でした!」
「ねえ、ねえ、大巨獣ガッ○も三界で活動できるんじゃなかったかしら?」
「そうよ!やるわねミサト。あとどんなのがいたかしら・・・」
「あ、そうだ。『遊星より愛をこめて』のロストフィルムがあるんですけど、今度シンジ君達を呼んでみんなで見てみませんか!?」
「あなた達いい加減にしなさい!」
「「「はいっ!」」」
ぺちゃくちゃマニアックな会話をする3人に、さすがにユイがイライラした声で注意する。一見職務怠慢に苛ついているように見えるが、実際は自分も会話に参加したいなあという、微妙な年代。昭和五十年代生まれの碇ユイ。実はゲンドウとのデートの時、怪獣映画を好んで見ていたのは秘密だ。
(ほらミサトのせいで怒られた。いきなりガメ●とか言うからよ)
(なに言ってんのよ!リツコこそ、ノリノリだったじゃないの!)
(アレは、マヤがゴ□ラとか言うから・・・)
(先輩、酷いです!私のせいにするなんて!)
(マヤ、責任転嫁は・・・キョウコさんが睨んでる。ほら仕事仕事)
「(3人とも古いっす!年がばれるっす!)使徒はまもなく、強羅絶対防衛線を突破します!」
「戦自の攻撃、効果無し!使徒の進行速度、依然変化無し!(な、何を言っているのかわからない)」
実はナンパにたまに役立つからとその手の知識がそこそこ豊富な青葉とその手の知識が皆無な日向が、心の中で突っ込みを入れながら忘れられていた使徒の報告をする。心なしか使徒の姿は寂しそうに見えた。
「わかったわ。テスト中止!日向君、直ちに発進準備させて!」
「りょうか・・・いい!?
良いんですか?シンジ君達はまだ裸なんですよ!」
「・・・あ、そっか。司令・・・良いですか?シンちゃん達オールヌードで出撃しますけど・・・」
日向の突っ込みに手をぽんと叩き、恐る恐る、実はどきどきわくわくしながらミサトがユイに質問をした。
とっても期待をしているのだが、それをまったく顔に表さないところがリツコ共々立派だ。微妙に口の端が引きつってるが。
(シンジの裸が私以外の人達に見られる?それはちょっと勿体ないわね。でも、合法的にじっくり確かめるチャンスだし・・・。さすがに中学生にもなると一緒にお風呂になんか入ってくれないものね。母さん悲しいわ。アスカちゃんやレイの育ち具合も確認してみたいし・・・。う〜〜〜ん。あ、ダメダメ。アスカちゃんやレイの裸も一般公開される恐れがあるわ。それはさすがにまずいでしょ。女として、科学者として、母親としてとても興味あるけど・・・)
「不許可」
「「「「「「ちっ」」」」」」
「何でキョウコまで舌打ち・・・ナオコ!?」
異様に多い舌打ちにタラリと汗を流しながらユイが振り返ると、不満げな顔のキョウコと、その後ろで同じく不満げな顔のナオコが目に入った。目が僅かに赤くなっている以外は紫色の口紅も、リツコより丈が少し短い白衣も、そして真っ直ぐ伸ばした背筋もいつもと変わらないナオコが。
ユイの視線を追って気が付いたキョウコが、ビクッとしながらも恐る恐る話しかける。
「ナオコ・・・もう、良いの?」
「大丈夫よ。今さっき気がついたけど、あの人からのメールが来ていたわ。
慌ててたのね、誤字だらけの短い手紙が。
ゴメンって書いてあったわ。ゼーレに好いように操られていたから、私達に嘘をついたから、ゴメンって・・・」
そこまで言うと、上を向いて何かを堪えるナオコ。
何かを言おうとしていたユイ達も、何も言うことができずに伸ばしかけた手を所在なさげに降ろした。
「あそこまで一生懸命謝られると、怒る気も無くなったわ」
どこか影を背負っているが、さばさばした感じで言うナオコ。まだ完全に割り切れてはいないが、彼女は前を向いて戦う決意をしていた。ナオコの目を見てそれを感じたユイが、感動したように話しかける。自分の時とはだいぶ形が違うとはいえ、同じく最愛の人を失ってもなお、真っ直ぐ歩くナオコに。
「あなたも・・・強いのね」
「あなた達こそ。最愛の人を失っても、同じ思いをする人が居ないようにと、これ以上最愛の人を失わないようにと自分を犠牲にできる。本当は泣いてしまいたいけど、今泣くワケにはいかないから私はここにいることができるわ。今更おかしいかも知れないけど」
「そんなこと・・・そんなことないわ」
「ありがとう。なんだか元気が出てきたわ。初めてかもしれないわね。ユイにそう言ってもらうのは。
それより、手伝って」
もう出てこないと思っていた涙がほろりとこぼれたことに、自分でも少し驚きながらもナオコは自分の用事を口にした。ユイとキョウコ、ネルフが誇る大頭脳でないと無理なことを。
「手伝うって、何を?」
「メールと一緒に怪しげなコンピューターウイルスが侵入してきたのよ。今はロジックモードを変換して処理速度を落とすことで、対処しているけど、直にMAGIを乗っ取ってしまうわ」
とんでもないことをさらりと言ってのけるナオコ。どうもこれは癖らしい。
つきあいの長いユイ達はわかっていても、やはり慣れないのかどっと疲れた顔をする。それに気が付いているのかいないのか、ナオコは2人を促した。
「私がカスパーへの侵攻を阻止するから、ユイはメルキオール、キョウコはバルタザールを担当して。対処方法は自己進化プログラムによってウイルスを自壊させること。バックアップにリツコと伊吹二尉をよこすわ。お願いね」
そこまで言うと2人の返事も聞かずに、ナオコは個人用昇降機でMAGI本体のあるフロアーへ降りていった。
「リッちゃん、伊吹二尉!手伝って!」
(いつまでも泣いてばかりはいられないわ。私は私のできることをやるまでよ。そうでしょ、あなた)
MAGIの本体をせり上がらせて、その内部に入り込みながらナオコはフッと寂しそうに笑った。
− 第7章 再生 −
ナオコ達がウイルス−−実はイロウル−−と戦いを開始した頃、シンジ達チルドレンは大急ぎでプラグスーツに着替えて自分のゾイドに乗り込んでいた。MAGIの機能がウイルスのせいでほとんど使えなくなっていたため、その出撃には予想以上に時間がかかり、全員が出撃を終えたときには使徒イロウルは第三新東京市中心部に迫っていた。
攻撃を加えるVTOLや、戦車の攻撃が霧雨のように思えるほど悠然とイロウルは歩いている。その気になれば兵装ビルを破壊する事も簡単なのに、わざわざ障害物を迂回し、道なりに市中心部を目指す。その流れるような歩き方にシンジはアドレナリンが急速に分泌されていくのを感じた。
お互いにきっかけがつかめないのか、遂に500mほど間隔をあけて睨み合う使徒とチルドレン。
改めてその姿を確認したアスカが、驚きの声をあげる。いつものふてぶてしい笑いが消え、どこかとまどっているような顔になっている。
「ど、どこかで見たことあるような・・・気のせいかしら?」
「アスカも?僕も何となくだけど、見たことあるような気が・・・」
アスカの驚きにシンジも同調した。奇妙なデジャブを感じて固まってしまうシンジとアスカ。
そして、2人に負けないくらいに厳しい顔で、レイとレイコはイロウルを睨み付けていた。
「・・・あれ、エヴァだよ・・・どうしよう、お姉ちゃん?」
「・・・・・・・」
「強そうですね」
マユミが素早く側面に回り込みながら、初見の感想を口にする。それに同じく、対面方向に回り込んでいるケンスケが楽観的な返事をした。
「ま、なんにせよ今回は敵ゾイドの支援もない。つまりは一体をこの人数で袋叩きさ。余裕で勝てるんじゃないかな」
「相田って楽天的ねぇ。ま、あんたらしいけど。
でもその意見には賛成だわ。シンジ、カヲル、一気に行くわよ」
「了解」
「わかってるよ」
いつまでも睨み合っていられないと気を取り直したアスカが、正面からイロウルと向き合う。その背後から、シンジとカヲルの操るゴジュラスが儀仗兵のように付き従った。
全員が予定の位置に到達したことを確認したヒカリが、全員分の通話モニターを開き、聖徳太子も真っ青な情報処理能力を見せつけて最終的な作戦確認をする。
「相田君と山岸さんもさっき決めたとおりにね。動きが止まったところを鈴原、お願いね」
「まかしとけイインチョ。よってたかっててのは男らしゅうない気がするんやけど、イインチョの決めたことや。しっかり決めたるわい!だからイインチョは怪我せんようにそこでしっかりワシの勇姿を見とってくれ!!」
「す、鈴原・・・?」
「な、なんやイインチョ!?顔真っ赤やで」
「うんもう!知らない!」
いい加減にしろ!俺のことを無視するな、このガキども!
そう叫んでいると錯覚しそうなくらいの勢いでイロウルは攻撃を開始した。
「使徒の体温、上昇しています!」
錯覚じゃないかもしれない・・・。
とにかく使徒は体温を急上昇させながら、陸上のクラウチングスタートのような姿勢をとったかと思うと、そのまま矢のように凄まじい勢いで前に飛び出した。右腕の指先をスッと伸ばし、槍の穂先のように狙いを定める。
その線上にいるのは、
「かかってきなさい!」
戦いの申し子、天才少女アスカがアイアンコングに両手を広げさせて待ちかまえていた。彼女の意志に呼応するかのようにアイアンコングの目が彼女の髪の毛のように赤く光った。
シュン!
風切り音と共にイロウルの豪碗がアイアンコングの胸を突き破ろうと突き出される。だが、アイアンコングはそれを素早くバク転をしながらかわすと、人のそれよりも、猿のそれにそっくりな足でもってがっちりと捕まえた。慌ててイロウルは引き離そうとするが、実は手より強い握力を有するアイアンコングの足の力の前には、それもむなしい努力だった。
「シンジ!」
「わかってる!」
「僕には声もかけてくれないのかい?寂しいねぇ」
それとほぼ同時にアイアンコングの後ろに控えていたはずのシンジ操るゴジュラス初号機がイロウルの左手を万力のような腕でがっちりと掴んだ。その横を素早くすり抜けながら、カヲル操るゴジュラス弐号機がイロウルを羽交い締めにする。
「相田ケンスケ、ただいま参上!」
「きゃあ、血が出てる!」
動きが止まったところで、ケンスケ操るシールドライガーがイロウルの左足に牙を突き立てる。ほぼ同時にマユミ操るサーベルタイガーが右足に食らいつきイロウルから吹き出る赤色の血液で顔を汚した。ちょっと怯むがそれでもはなさない。
「とどめや!」
五体がかりで動きを封じられたイロウル目がけて、トウジ操るディバイソンが正面から突進した。
ディバイソンの角が日の光を浴びて、不気味に輝く。
突撃してくるディバイソンを見て慌てたように激しく身を揺さぶるイロウル。だが、がっちりとホールドされており、まったくその場から動くことができない。第2支部を消滅させたイロウルも為すすべもなく倒される、誰もがそう思ったときだった。
ガキンッ!
金属同士がぶつかり合うような音を立てて、ディバイソンの突撃が止まった。
コアが貫かれたのではない。
イロウルの脇腹から飛び出した腕に角を捕まれ、受け止められたのだ。
「なんや、こいつ腕がはえてきよっ・・・うおおおおぉぉっ!?」
「ウゥォォオオオオオオオオオン!!!」
口を止める拘束具を引きちぎり、不気味なうなり声をあげると驚愕するトウジをよそに、凄まじい力でディバイソンを遠くに見える兵装ビルまで叩きつけるイロウル。軽く1km以上投げ飛ばされ、背中から兵装ビルにぶつかって、崩れいくビルの瓦礫に埋もれるディバイソンに誰もが息を呑んだ。
「ぬわぁんてインチキ!」
「あ、あの腕は第参使徒の腕です!」
「使徒の質量が増大していきます!更に体温上昇!」
予想外の行動をとる使徒にミサトは理不尽な怒りの声をあげて怒鳴るが、イロウルは聞こえているかのように再び雄叫びをあげる。次いで新たな腕でいまだ牙を埋め込むシールドライガーとサーベルタイガーの頭をがっちりと掴んだ。亀裂音と共に、いきなり凄まじい力で締め付けてくる3本指の腕に、マユミは冷たい汗が流れるのを感じた。かつてのゴジュラスのように頭を打ち抜かれるのではないかという恐怖が彼女の心を締め付ける。
「冗談ですよね!?・・・・きゃああああ!」
「やまぎ・・のおおおおおお!」
幸いそうはならなかったが悲鳴と共に、ディバイソンの後を追って投げ飛ばされる2体の野獣。ディバイソンに比べて遙かに軽いため、ディバイソンより彼方まで投げ飛ばされていく。
牙が引き抜かれたイロウルの足の血が止まり、見る見るうちに傷口がふさがっていく。傷が完全に止まると、イロウルの目が不気味に光った。視線があってしまったアスカが思わず、身を引こうとするがそれは一歩遅かった。
「やば・・・」
ドゴーーーーーーーーーーー!!!!
「うわああああ!!」
「きゃあああああ!」
「シンジ君になんてことをぉぉぉぉ!?」
次の瞬間、イロウルはシンジ達の張るATフィールドを消し飛ばし、なおかつ両手を拘束していたゴジュラス達を周囲のビルごと吹き飛ばす程強力なATフィールドを展開した。ビルの谷間が瓦礫の大地と化し、次々に兵装ビルに、もしくは後方で待機していたゾイドにぶつかって活動を止めるゴジュラス達。彼らにあざ笑うかのような目を向けると、歌声と共に、ビクビクッとその体を痙攣させるイロウル。
ミサトは謎の行動をリツコに尋ねようとしたが、リツコは必死になってMAGIに侵入したウイルスと戦っているため答えようがなかった。もっとも答える必要もなかったが。
1分もしない内にイロウルの体が不気味な光を放ち始め、影が形を帯びるように次々と肉の塊がこぼれだしたのだ。どうやっているのか装甲から直接すり抜けるように肉塊が噴き上がる。肉の塊だったのはほんの一瞬のことで、どの塊も地面に転がり落ちた瞬間に形を変え、どこから質量を得ているのか不明だが水をスポンジに含ませたときのように膨れ上がっていく。
依然健在だったレイ達も攻撃の手を休め、使徒の行動に注目する。もっとも攻撃しようにも、肉眼でハッキリ確認できるほどのATフィールド相手では何もできなかっただろうが。
やがて、市中心部にはイロウルを中心とした空間には10体の異形が立っていた。
「・・・・・・・」
言葉を紬だそうとするがパクパクむなしく口を動かすだけのミサト。
彼女の眼には、かつて倒したはずの使徒が映っていた。
「だ、第参から第壱拾までの各使徒が・・・壱拾壱使徒から生まれました・・・。質量増大停止」
青葉の呆然とした報告を聞いている者は誰もいない。
剛胆なミサトもまさか前日に自分が冗談で言ったことが本当になるとは思ってもおらず、沈黙したゾイド達の様子をたずねることも忘れて、ただモニターに見入っていた。
「葛城さん、どうします!?」
悠然と倒れ伏したゾイドに歩み寄る使徒達。
対策をたずねる日向の問いにミサトは答えられない。
「葛城さん!」
再度の日向の問いにのろのろとミサトは後ろを振り返るが、リツコとユイ達は忙しくMAGI内部でウイルスと戦っている。助言はない。
ミサトは急に力が抜けていくのを感じた。本当の意味で独りぼっちになったような気がしたからだ。
ミサトのは自分を抱きしめて、蒼白になった顔を強張らせる。
15年前のあの日から、彼女は一人っきりになることを恐れていた。
理屈ではない、生理的に彼女には耐えられないのだ。この場合、指示を待つ日向達は彼女が頼ることができる相手ではない。彼女にとって対等か格上の相手が側に居ないと、ミサトはダメなのだ。
(どうすれば・・・どうすればいいのよ?あの子達に特攻でもしろって言うの?)
彼女が遂に泣き言を言おうとしたとき、厳しい声が背後からかけられた。
「葛城・・・いや、ミサト」
「加持、くん?」
いつの間にかミサトの背後には加持が立っていた。
いつもと変わらない飄々とした格好だが、顔と雰囲気は一変していた。滅多に見ることのできない真剣な加持に、なにより彼自身の出現にミサトの体から力が抜けていく。
しかし加持の口から漏れたのはミサトが期待していたような甘い言葉ではなかった。
「いい加減甘ったれた考えは止めろ、葛城。
今おまえがそんな自信を失ってどうするんだ?シンジ君やアスカ達はおまえよりもっと心細い思いをしながら戦っているんだぞ。
だから、ここで諦めるな。諦めたら、全てがうまくいかなくなる」
「だって、リツコも・・・司令も・・・」
「リッちゃんや司令がなんだって言うんだ!
彼女達には彼女達にできることがあるからそれをしてるんだ。
だから、おまえも自分にできることをしろ。自分で考え、自分で決めろ。後悔しないようにな」
「わかったわ。
・・・・・・でも、この戦いが終わるまで、色々アドバイスしてくれないかしら?
やっぱり、1人ってのは心細くって・・・」
「塩らしい事言うじゃないか。葛城らしくないぞ?」
ニコッと男臭い笑みを浮かべて、加持はミサトの横に並んだ。ミサトの顔がフッとゆるむ。
それを見た日向は憮然としながらも、妙にさばさばした気分になっていくのを感じていた。
「あいたたたた・・・やってくれるわね。
シンジ、無事?」
「なんとか・・・」
瓦礫から身を起こしながらアスカがシンジに尋ねた。彼の安否を確認すると、改めて目の前に並ぶ使徒達に目を向ける。使徒達は全員が起きあがるのを待っているのか、少しだけ距離を置いたところで静止していた。
「再生怪人はお約束とはいえ、まさか今までの全部を登場させるとは・・・」
「本当だ・・・。第五使徒も、第壱拾使徒もいる。どうする?」
「どうするって、戦うに決まってるでしょ?
・・・・ちょうど良いことに人数分しっかりいるじゃない。
シンジ、私は4番目とやるから。あなたは適当なの相手して」
「大丈夫なの?前アスカあいつに酷い目にあったじゃないか」
アスカが勝手に戦う相手を決めて、ズイッと前に進むのをシンジが心配そうに止める。真剣な眼差しにアスカは胸がきゅんとなるのを感じながらも、表面は平然としながら返事をする。
「だ、だからよ。一応勝ったとはいえ、アレはあんたと私の2人がかりみたいなものだったじゃない。やっぱりタイマンで勝たないと私の気が済まないのよね」
「そ、そう・・・言っても聞かないだろうし、それじゃ僕は第八使徒かな」
シンジがかつて為すすべも無くやられた、溶岩の化身をゴジュラスの目を通して睨み付ける。
「(い、良い顔してるじゃない。シンジのくせに・・・)私達以外も戦う相手が決まったみたいね。・・・シンジ、行くわよ」
アスカのかけ声と共に、第2ラウンドが始まった。
戦うのは神と悪魔の代理人。
お互いの未来を書けて、今、戦う。
全ての使徒を生み出す最凶の使徒を相手に、シンジ達は勝てるのか!?
Cパートに続く
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