第弐話 もう一度出会った二人(後編)
written on 1996/8/25
バタン
ミネラルウォーターのビンを冷蔵庫から取り出すと、あたしは、まだ部屋
のあちこちに散らばっている段ボールの箱をまたぎながら、ベランダに向か
った。
本来は第2新東京市へ引っ越すためだった荷物。
その荷物が、そのままこの新しいマンションへと運ばれてきていた。
「悩んだ結果がこれじゃ、ねぇ……」
まだ濡れている髪をタオルで拭きながら、あたしはぐびっとミネラルウォ
ーターをあおる。
それほど経済的に余裕のないあたしが唯一こだわったのは、この眺めのい
い部屋。
街の中心から少し離れた高台にある高級――とまではいかないけど、それ
なりのお値段がするマンション。
お気に入りの風景を眺めるために、あたしはベランダへ出た。
あたしたちが……いえ、あいつとあの娘が守った街。
高層ビルの谷間にとけ込んでいく夕暮れを見つめながら、あたしはヒカリ
の言葉を思い出す。
ぎりぎりまで悩み続けたあたしに残る決心をさせたのは、結局冗談混じり
のヒカリの一言だった。
『碇君って優しすぎるから、他の女の子に迫られたら断れないかもよ』
その時は『そんなの、あたしの知ったこっちゃないわよ』と笑い飛ばした
けど、寮に戻って荷物の片づけられたガランとした部屋を見たとき、涙が出
そうになったのを覚えてる。
一人になることの寂しさ。
このままはっきりしないまま離ればなれになってしまうコトへの不安。
距離が問題なる程度のモノならと、割り切っていたハズなのに。
その時の心境を思い出してあたしは思わず苦笑する。
「はあああああ……つまんない女に成り下がってしまったものね」
でもその一方で、これで良かったのかもしれないと思うあたしもいる。
弐大に行こうとしてたのは、ただ傷つくのが怖くて逃げ出そうとしてただ
けだったのかもしれなくて。
14歳でドイツ最高の大学を卒業したあたしに魅力を感じさせる大学だっ
たわけでもない。
結局理由なんてどうとでも付けられるのよね。
もうくよくよするのはやめたんだから。
だって、今日あいつの顔を見たとき、やっぱり嬉しかったもん。
それでいいじゃない。
また、ここからはじめようよ。
あいつと、
あたしの、
ものがたりを。
夕日に染まる雲を見上げながら、あたしは、今は空の上にいる親友に声を
かけた。
「応援、してくれるよね?」
まるで返事が返ってきたように、心地よい風が、あたしの頬を撫でていっ
た。
<第参話へ続く>
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