Neon Genesis Evangelion SS.
ナナシカムイ 〜 last episode 〜 |
write by 雪乃丞 |
僕の名前は、碇シンジ。
僕は世界を救った人間として有名らしい。
なぜ、有名なのに他人事のように言うのかというと・・・その記憶がないから。
どうやら最後の戦いの中で大怪我をして、そのせいで記憶がなくなってしまったらしいんだ。
だから、僕が世界を救ったんだなんて言われても、今ひとつ実感がない。
ただ、僕の体のあちらこちらに残ったものすごく大きな傷跡が、その事件が本当にあったんだってことを僕に教えてくれている。
もっとも・・・それでも、まだ実感というものは沸かないんだけどね。
「シンジ、明日の予定は開いてるな?」
「うん。 特に予定とか入れてないよ」
父さんが、そう話しを切り出したのは、恒例になりつつある家族の時間の中でのことだった。
まあ、家族の時間っていっても僕が趣味でやってる食事を父さんに振る舞うだけなんだけどさ。 でも、いつも忙しい父さんと一緒に過ごす時間も殆どないことだし、こうして話しをするには良い機会なんだよね。
だから、僕は、この時間を大事にしていたし、父さんも出来るだけスケジュールを会わせてくれていた。
「なら、墓参りにいくから用意しておけ」
「墓参り? 誰の?」
もしかして母さんの墓参りにいくのかな?
「これまで忙しかったせいで、なかなか報告にいけなかったからな」
多分、父さんは、ネルフが戦争に勝ったんだってことを報告にいくんだろうね。
ちなみに戦争っていっても、それは人間を相手に戦ったってことじゃなかった。
使徒って名前をつけられた巨大な怪獣と人類の代表であるネルフが戦っていたらしいんだ。
・・・もっとも、その戦いで主役だったのは僕だったらしいのだけど。
そのことを、僕は覚えていないんだよね・・・。
「ねえ、父さん」
「なんだ?」
「なぜ、僕は記憶がなくなったのかな?」
「何度も説明したと思うが?」
「そうだけど、どうも納得できないっていうか・・・」
なんで、そんなことになったのか、未だにわからないんだ。
「死にかけたんだぞ? 一時は完全に心臓も停止した。 それなのに何とか助かったのだ。 その代償として記憶をなくしただけで、後遺症らしい後遺症が残らなかったことを感謝こそすれ・・・」
はいはい、もう何回も聞いたからね。
そんなに繰り返さなくても分かっているんだよ。
僕が、こんなことを言うのは贅沢なんだってことが。
それにネルフの人たちが一生懸命、僕のことを助けようとしたから、今でも、こうして僕が生きていられるってことも分かってるよ。
そうでなくちゃ、これほど大きな怪我をしたのに生きていられるはずがないだろうしね。
「ゴメン。 僕の失言だったよ」
「・・・分かれば良い。 それよりも、学校のほうはどうだ?」
「いまいち居心地が悪いかな。 使徒との戦争って、まだ完全に情報が公開されていないから、みんな、あの戦争がどんな風だったのかとか聞きたがるんだよ。 だけど、僕はそれをぜんぜん覚えてないから、何も話せないんだよね。 それをイマイチ信じてもらえなかったんだ」
たぶん、僕が口止めされてるんだろうって、しつこく聞いてくるんだよね・・・。
僕は本当に知らないのに。
そんな周囲の詮索に嫌気がさした僕は、仕方なしに説明したんだ。
死にそうな大怪我・・・まあ、実際に一度は心臓もとまったらしいんだけど、それでも、まあ、なんとか助かった程の大怪我をして、ソレで記憶がなくなったんだって。
ついでに、傷跡も見せたよ。
上半身だけだけどね。
「そしたら、今度は、同情っていうかカワイソ〜って感じでチヤホヤされちゃってさ。 ・・・体育の時間とかでも、先生が見学していいんだぞ?なんて言いだすし、柄の悪いヤツからは、あんまいい気になるなよとか因縁つけられるし。 ・・・どうしろっていうんだろうね?」
ほんと、まいっちゃうよ。
「まあ、それも仕方がないことだろう。 お前が、偽名で通うことを嫌った結果なのだ。 大人しく、受け入れるのだな」
「まあ、そうなんだけどね」
天使とかいう生き物との戦争が終わって、ようやく3年。
世界は少しずつだけど、元の姿を取り戻せそうになっている。
たぶん、良いことなんだろうね。
ちなみに、僕はまだチルドレンという役職についたまま、ネルフの実験とかに付き合っている。
支部のほうの話しになるけど、新しいパイロットも増えたんだ。
あの子・・・アスカって子だったけど、すごく可愛かったなぁ。
「ところで父さん、聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ?」
「ドイツ支部のパイロットの子が来日するってホントなの?」
「ああ、その予定になっているな」
「そうかぁ・・・なんか楽しみだなぁ」
可愛い子だったから、出来れば仲良くなりたいって思ったんだ。
「フン。 楽観視はしないほうがいいぞ?」
「なんでさ?」
「話しを聞いた限りでは、お前は、敵視されるだろうからな」
そう言いながらみそ汁をすする父さんの浮かべた笑みが憎たらしいのなんのって。
「どうして、そういうことを言うかなぁ」
「仕方あるまい? あの子にしてみれば、お前は最後に超えるべき壁なのだからな」
「使徒もいなくなったのに、今更エヴァのことで競い合ってどうするんだよ・・・」
少しだけ呆れてしまう。
そもそもエヴァだって、あと何年かしたら解体されるだろうって話になってるのに。
「価値観というのは人それぞれだ。 お前のようにチルドレンという立場に価値をほどんと見出していない者もいれば、あの子のように、チルドレンであることを誇っている者もいる。 それに、お前はどうにも自覚がないように見えるが、世界を救った英雄は他でもない、お前なのだぞ? そのことで完全な差をつけられたと思っても仕方ないだろう」
いくら弐号機の建造が遅れたほとんどの原因が、僕が初号機を何度も壊して、その修理代で組織のあちこちに無理がきていたせいだっていっても、その責任まで問われるのはお門違いだって気がする。
「そんなの言いがかりじゃないか」
「向こうにとっては、正論だ。 少なくとも、お前には実力を振るう機会が与えられ、向こうには与えられなかった。 それだけでも妬む理由には十分だろう」
まあ、そうなんだけどね・・・。
「まあ、上手くやることだ。 パイロット同士が仲良くなるのは喜ばしいことだからな」
「人事だと思って・・・」
「人事だからな」
このクソ親父・・・。
「ところで、シンジ」
「なにさ?」
「レイから聞いたが、最近、夜にうなされているそうだな」
「え?」
なんで、それを父さんが知ってるんだろう。
「どうなんだ?」
「それは・・・たぶん、本当だと思うよ。 でも、悪夢の内容までは覚えていないんだ」
「そうか」
ただ、すごく・・・。
なんといえばいいのか分からないほどに胸が痛くなる夢なんだ。
傷痕が痛むわけじゃなくて・・・たぶん、心が痛いんだと思う。
こんなこといっても、なかなか理解してもらえなんだけどね。
「一度カウンセリングを受けてみろ。 これはお前の上司としての命令だ」
「・・・了解」
「エヴァの操縦はメンタル面の影響・・・とくに無意識下の深層意識の影響が大きい。 心のケアは、パイロットの職務のうちだ」
「分かってるよ」
「それなら良い。 ・・・ところで」
箸をおいて、父さんはいつものポーズをとる。
「父として、ひとつだけ聞いておきたいことがある」
「・・・なにさ?」
こういうとき、父さんは本当にロクでもないことを言い出す。 今回も、そうに決まってる。
「なぜ、レイがお前が寝ているときの様子まで知っているのだ?」
ほら、ね。
終戦記念日。
それは使徒との戦いが終わった日のことだった。
世界的に祝日に認定されつつある今日という日に、父さんが僕をつれて訪れたのは、街から車で何十分もかけてようやくつくような遠い場所に作られた共同墓地の一角だった。
「ナナシ・・・カムイ?」
ずらりと並んだ、墓標。
その数は20個近くあった。
ただ、その墓標は少しだけ変だった。
全部が全部・・・同じ名前だったんだ。
「かつての戦いの中で、この名をもった女性達が大勢、犠牲になった」
「・・・そうなんだ」
「お前は忘れてしまったが、彼女達の犠牲なしには恒久的な勝利はなかった」
「・・・」
「これまでロクに報告らしいことが出来ていなかったからな」
そういうと、父さんは地面に膝立ちになって、ゆっくりと話し出したんだ。
「ありがとう。 君達のお陰で、なんとか平和な時間がやってきそうだ」
その言葉に、僕はなぜだか胸の奥に痛みを感じていた。
「ねえ、父さん」
「なんだ?」
「神様って・・・いるのかな?」
なぜか分からないけど、僕は、そう聞いていた。
「どうだろうな。 ・・・居て欲しいような気もするし、居ない方がいいような気もするな」
「どっちなのさ?」
口元に苦笑が浮かぶ。
「私は、神とかいうヤツがいたら、そいつに一発かますことを我慢できそうにないからな」
「・・・神様が憎いの?」
「どうしようもない理不尽さをもった運命とかいう代物を前にしたとき、人には神を憎むくらいしか出来ないのかもしれんな」
どうにも答えになっていないような気がする。
「この人たちのお陰で、僕は勝てたの?」
「そうなるのだろうな。 そういう意味では、この子達こそ、本当の意味での世界を救った者達なのだろう」
「そのことを、父さんは覚えているんだね」
「そうだな」
「・・・みんな、知らないらしいよ」
「そうらしいな」
なにしろ、僕が世界を救ったってみんな本気で信じているみたいだし。
父さんだけだよ。
だが、それだけが真実ではないのだ〜なんていいだすのは。
・・・でも、それを聞くと、妙に安心してしまうのは何故なんだろう?
「なんで、みんな知らないのに父さんだけが知ってるの?」
「本物の救世主とは、そういうものだ」
そうかもしれない。
父さんの立場くらいでないと、本当のことなんて知らなくて当然なのかもしれないし。
「正義の味方ってやつ?」
「かもしれん」
世界の英雄、人知れずココに眠る・・・か。 なんかカッコイイかも。
「全ての十字架はここに残されてる。 ・・・今は、それでいい」
どこか疲れたような父さんは、自分の胸を押さえながら、そういっていた。
「すべては、心の中にあるってこと?」
「記憶だな。 魂ともいえるだろう」
「・・・それって、つらくないの?」
「自分で選んだ道だ。 後悔はない」
「・・・強いね」
これだけの人が犠牲になったことを、父さんはきっと忘れることはないんだろうね。
「どんな人だったの?」
「名無君か?」
「えと・・・この人たち」
全員名前が同じだから、どういって良いのか分からなかった。
「そうだな・・・一言でいえば、誇り高い女性だったな」
「女の人だったんだ?」
「ああ。 揃いも揃って・・・全員が潔いほどに・・・」
言葉にならない言葉が聞こえたような気がした。
とても悲しい想いというものが、そこに見えたような気がした。
僕は、いま、幸せだと思う。
死にかけたことはあったにせよ、結局は死なずにすんだし、将来に不安も感じていない。
彼女だって出来たし、日々も楽しくやっていけているような気がしてる。
ただ・・・なぜだろう?
とても、心が痛くなる瞬間があるんだ。
空を見上げながら、僕はなぜだか聞いていた。
「父さん。 僕はとても悪いことをしているんじゃないかな?」
忘れてはいけないことを、僕は忘れてしまっているんじゃないかって気がしたんだ。
「お前は、最初に交わした誓いを守りきれなかったことを最後の戦いまで悔やみ続けていた。 だが、その誓いは、最後の最後で、これ以上ないほどに見事な形で成し遂げられたのだ。 そのことを、お前は誇りに思って良い。 きっと、彼女達も、今のお前を責めはしないだろう」
誓いを果たした。
その言葉を聞いたとき、僕の頬はなぜだか熱いものを感じでいた。
涙?
「僕は・・・」
なぜ、泣いているのだろう?
「僕は・・・」
なぜ、こんなに心が痛いのだろう?
「なぜ僕は・・・忘れてしまったんだろう」
それが、どうしようもないほどに悔しかった。
「お前は、もう十分に戦った。 十分に苦しみ、十分に苦悩したのだ。 私は、お前が記憶をなくしたことを喜びこそすれ、悲しんではいない。 それは、彼女達にしたところで同じだろう」
父さんは、僕に教えてくれたんだ。
「幸せになってみせてくれ。 シンジ。 それだけが、最高の供養になるのだと信じるのだ」
僕は、空を見上げながら、大きく一つ頷いていた。
全てを忘れてしまった僕だけど。
それでも、僕は覚えておきたい。
「もう、忘れない。 僕には沢山の恩人がいたんだって。 その人の名前は・・・」
ナナシカムイ。
「絶対に、忘れないよ」
それだけが、今の僕にもできることだと思うから。
そんな僕に、父さんは、うれしそうに頷いていた。
fin.
ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。
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