NEONGENESIS
GRAND PRIX
EVANFORMULA
第6話Aパート「死神の咆哮」
薄暗い林の中で灯篭の道が続いていた。その光はぼんやりと石畳の道を照らして
光のガイドラインとして、訪問客を案内していた。
その灯篭には
「鈴原家」
と中心に書かれていた。
その奥で通夜が行われており、寺の中の祭壇には幼い少女の遺形が置かれていた。
そして・・・次の日悲しみに包まれた葬儀が終わり、トウジは妹の墓前で塔婆に書かれた
この世のトウジの全てだった妹の戒名をただじっと眺めていた。
「・・・鈴原・・・」
洞木ヒカリ、トウジのチームの監督がトウジに声をかける。
トウジは彼女を無視したまま、墓石に水をかけた。
ヒカリは彼を慰めようと思っていたが・・・いい言葉が浮かばなかった。
あまりにトウジが、あのトウジが沈んでいる。
この世にはもう希望がないように目には光が感じられない。
そんなトウジを見たヒカリは言葉ではなく、行動でしか想いを伝えられなかった。
トウジに対してヒカリはただ彼を後ろから抱きしめる以外は出来なかった。
「鈴原・・・」
トウジはヒカリに背をむけたまま、墓石に水をかけ続けている。
そして・・・長い沈黙の後に、ヒカリの涙がトウジの背中を濡らす。
トウジにもヒカリが泣いているのがわかった。
「・・・なに泣いてるんや・・・」
トウジのその言葉にヒカリは泣声ながらもしっかりとした口調で返す。
「私・・・鈴原の気持ちは痛い程分かる・・・
私だってノゾミやコダマお姉ちゃんがこんな風になっちゃったら・・・」
ヒカリは声を少し詰まらせた後で、小さい声ながら声を上げて泣き出した。
しかしトウジはそんなヒカリを引き剥がした。
「・・・鈴原?」
「お前に・・・お前なんかに何が分かるんや・・・。
ワシの事を・・・何が分かるっていうんや」
ヒカリはトウジが真剣な眼差しでそう言ってきた事が、[お前]と言われた事に
悲しくなった。いつものトウジがこういうキツイ事を言う時の目は凄く優しい目だが、
今回は・・・。ヒカリにはそれが分かった。
彼女は一瞬泣き崩れそうになる自分を必死に押さえる。
「ワシにとってはコイツが・・・妹が全てやったんや・・・それが今・・・
ここの下にいるんや・・・ワシの足元に。
・・・そんなワシの気持ちが分かるっていうんか?。え?!」
ヒカリは涙を浮かべてただ聞くことしか出来ずにいた。
「いや・・・もうお前は監督じゃあらへんかったな・・・」
そう言うとヒカリの脇を摺り抜けて行こうとした。ヒカリはトウジの言葉の意味を
理解した。それにこうなるかもしれないとは、正直思っていた。
「鈴原・・・もう乗らないの?グランプリには出ないつもりなの?」
トウジはヒカリに背を向けたままで一言、
「もう・・・レースに出る理由があらへん。ワシのマシンは誰かにやってくれ」
「そんな・・・じゃあ私は?・・・私の気持ちはどう・・・鈴原がいなくなったら・・・」
その問いにトウジは答えずにヒカリの前から消えていった。
これが彼の答えであるとヒカリは受け取り、
今まで堪えていた力が抜け落ちて彼の妹が眠る大地にへたり込んだ。
ヒカリは今晩、一晩中枕を濡らす事となる。
「トウジ君」
トウジが自宅に入ろうとした時、リツコに声をかけられた。
「何や。アンタかいな。こんな所で何か用でもあるんか」
「届け物があるのよ。あなたの妹さんからね」
リツコは手紙をトウジに差し出した。
「妹から・・・ワシに」
トウジは封をゆっくりと開けると、中に入っていた手紙を読みはじめた。
そして・・・
[バキッ!!]
リツコは玄関先の植木に飛ばされて茂みの中に突っ込んだ。
「ええか!今回の事はこれで勘弁したる!言っとくがな!
ワシが女を殴るのはよっぽどの事やからな!それだけは肝に銘じておけや!!」
トウジはリツコを気遣うこともなく、そのまま足早に家に入っていった。
某研究所内、カヲルと40代後半の男が話している。
「カヲル、お前ほどの男がこの為体はなんだ」
「申し訳ありません。・・・何分思ったより全員手強いものですから」
「まあ、過ぎた事はいい。最終的にチャンピオンになれればよしとする」
「はい。広いお心に感謝します。織田さん」
「だがもしチャンピオンを逃すような事があれば君の妹はどうなるか分からんからな」
「・・・分かってます」
「頑張るのだな。妹の為にも」
そう言うと織田は隣の自分の研究室に戻った。
カヲルは鉄製のドアが閉まる音を聞きながら左手に付けたブレスレットを眺めていた。
(負けられない、負けられないんだ・・・ユキの為にも・・・絶対に・・・・・)
EVIA研究施設内、ターミナルドグマでマシンの整備が進められていた。
プロトEG−Mはそれぞれ別個に特別室で整備をされていた。
トウジのマシンは整備も終わり車庫に並べられていた。
アスカのマシンはコアの修復は終わっていたが、神経回路がまだ全部生えきって
なかった。現にこの作業が一番時間がかかるので、まだLCLに漬かったままだった。
シンジのマシンは既にトラブルは直り、問題点の無いマシンがトウジのマシンの
隣に置かれていた。
そしてレイのマシンは他のダミータイプマシンと並べられていた。
コードが全てのマシンから伸び、あるカプセルに繋がっている。
そのカプセルにはレイが入っていた。そしてしばらくすると一番端のEG-Mの
コアが輝き出したと思った瞬間、隣のマシンのコアも同じように輝きだす。
その光はターミナルドグマに置いてあったEG-M全てに移り、全てのコアが光輝く。
その光景を見て、マヤとリツコは、話し始めていた。
「終わったみたいですね」
「そうね。後はレイのマシンにレイのパーソナルを移植すれば終わりね」
『レイ、終わったわよ』
レイを包んでいたLCLが排出されてシャッターが開く。
『次はレイのマシンよ。準備して』
レイは立ち上がるとそのまま自分のマシンに乗ってシートに置いてあったリングを
頭にかぶった。目を閉じてコアにいる人格との対話を楽しむかのように穏やかな顔で
時の流れに身を預けた。
「先輩、そのアザってもしかして・・・」
マヤはリツコの顔にアザがあるのを先ほどから気にしていたが、
今になってようやく口にできていた。聞いて良いものか迷っての事だったが・・・
「えぇトウジ君にね・・・でもこれぐらいで私のした事が許されるとは思ってないわ。
私はこのグランプリの為に妹さんを道具にしたんだからね・・・」
「先輩は・・・悪くないと思います。トウジ君だって分かってくれると思います。
あのままもし治療を・・・」
マヤは言うのはやめた。悲しすぎるから、言いたくはなかった。
「乗ってくれるかしらね・・・妹さんの魂が込められたマシンに・・・」
「どうでしょうか・・・何とも言えません・・・」
第6戦 サンマリノGP イモラサーキット
シーズンも、もう後2戦となりチャンピオン争いが混沌としている中で、
グランプリサーカスは最高潮の緊張感に満ち溢れていた。
カヲルも、レイも、チャンピオン争いに残るためにここでは負けたくはない所。
気合いのノリは、見るからにあった。
そしてチャンピオンに一番近い男、碇シンジは・・・。
「シ〜ンジ!!ほら笑って笑って!!」
アスカと楽しそうに写真を撮っていた・・・。
「もういいだろ、マヤさんに明後日の事で相談があるんだけど・・・」
「またあの女ぁ〜?!私にも少しは相談しなさいよ、
外見はこんなにキュートだけど、列記としたグランプリレーサーなのよ」
「じゃぁ聞くけど僕の好みとこのコースにあったライドハイトコントロール
(簡単に言うと車高の高さ調整装置)の基本セッティング数値をはじき出せる?」
「えっ・・・ま、まぁ、そういうのはあのオタク女に聞いた方が詳しいわよ。
私も知らない訳じゃないのよ。でも彼女の仕事取っちゃったらかわいそうだしね」
「じゃぁ、行っても良いかい?マヤさんの所」
「う、うん・・・デモ・・・じゃぁ私も行っても良いでしょ。チームスタッフなんだし」
「エッ・・・それは・・・ねぇ
・・・やっぱり当事者だけの方がいいかも・・・なんて・・・」
シンジはマヤと実はあれ以来会ってなかったので誤解を解きたかったのだが、
アスカがいては余計に状況が悪化しそうな感じがしていた。
「良いのよ!!さ、行くわよ。ピットにいるわよねマヤさん」
(もう・・・運を天に任せるしかないのか・・・なんて無力なんだ、僕は・・・)
『ピー』
ピットにマシンが戻ってきた音。
それを聞くヒカリはいつになくソワソワしている。
戻ってきたマシン。黒いマシン。
そのマシンはピットの中に頭からマシンを突っ込むと、キャノピーを開いた。
キャノピーが開くと同時にヒカリはコクピットに顔を入れる。
「どう、鈴原・・・調子は・・・問題ない?」
それを聞いたトウジは無言でマシンを降りると、
整備に持って行かれるマシンを眺めた。
「調子が悪いわけがないやろ。あのマシンには・・・」
トウジは言葉を切って近くにあった椅子に腰掛けると、ドリンクを飲みだした。
「でも、なんでまた乗る気になったの?
・・・あっ別に言いたくなかったらいいのよ・・・」
まだ彼女はトウジと目を一回も合わせてなかった。
それにトウジの考えている事が・・・トウジの事すべてが彼女には分からなくなっていた。
ヒカリには今のトウジは別人の様に感じられていた。
「妹の願いやからな。ワシと一緒に走るっていうんは」
「願い?妹さんの?・・・でも・・・」
「ヒカリにだけはきちんと言っておこか」
予選結果
1、カヲル 2、シンジ 3、トウジ 4、レイ 5、ミサト 6、加持 7、日向
カヲルは今回もトップを譲る事はなかったが、差はほとんど無かった。
もうトップ4台はほぼ力関係は同じだった。そして時は流れて・・・
=第6戦 イタリアGP イモラサーキット 決勝100周=
「シンジ君、分かってるわね。とにかく序盤はマシンを温存すること、いいわね」
「はい。大丈夫です」
「もし後ろからあの馬鹿や爆弾女がオーバーテイクしようとしてきたら
前に出していいからね」
「分かってるよ、アスカは黙って見ててよ」
それだけ言うとシンジはキャノピーを閉め始めた。
「シンジ(君)頑張ってね」
マヤとアスカはシンクロしてシンジにエールを送った。
その瞬間、2人の間で火花が散ったかは定かではない、が
睨み合ったのは事実。だが、カメラが狙っていたのを彼女達は知っていた。
だから今回はお互いに感情的にはならないようにと密約を交わしていた。
カヲルも既にハッチを閉めて目を閉じていた。そして薄く目を開ける。
(もう僕には後がない。スタートから君達に合わせて・・・最後までトップは譲らない)
レイもカヲルと同様外界から遮断されたコクピットでスタートを待っていた。
『そろそろだスタートだ、レイ・・・しっかりな』
それを聞いたレイはゆっくりと目を開く。
『はい』
そしてコアに火が入る。
レイはゆっくりとマシンを動かし始め、フォーメーションラップが始まった。
そしてグリッドに並ぶ各マシン。
黒いマシン、トウジのマシンも同様に並んだ。
「行くか・・・これからは兄ちゃんと一緒や。死ぬ時も一緒やからな。
もうお前一人であっちには行かせへん。まずはあの前の2台・・・
お前への灯籠の火を2つ追加したる。待ってろや。
仲間を出来るだけ増やしてお前の元に行ってやるからな」
トウジはそう決意すると腕に巻かれた喪章を握りしめた。
「これがワシとお前のラストダンスや」
ツリーにランプが灯る。トウジはリツコからの贈り物のスイッチを入れる。
赤から青に変わった瞬間、カヲルは本気でスタートを切った。
が、トウジのマシンのトラクションコントロールが動き出すと、
カヲルに負けない加速をした。シンジも悪いスタートでは無かった。
各マシンはタンブレロからビルニューブを回った所で、
「まずは碇シンジ、お前からや!!」
そう叫ぶと横にいたシンジのマシンのサイドポンツーン(横のラジエターがある所)
に自らのタイヤを軽く当てる。
ちなみにマシンスピードはトップスピードに近かった。
「な、こんな序盤でなんでこんな事を?!」
「死んでこい!!悪く思うなや!!」
トウジはいきなりその体制でブレーキをかけた。
「!」
驚く間もなかった。シンジのリヤタイヤがトウジのフロントタイヤに乗り上げて
ダウンフォースを一気に無くしたマシンは宙に舞い上がった。
「シンジィ!!」
モニターを見ていたアスカの叫びがピットに響きわたり、
彼女の叫びの残響音が消えゆく中、遙か彼方のエキゾーストノートだけがピット内に流れていた。
次回予告
シンジを葬ったトウジのターゲットはカヲル、トウジは完走なんてするつもりはない。
本気で飛ばすトウジに追いつかれたカヲルは・・・
死神の鎌はカヲルの喉元に突き立てられた。
次回「死神の咆哮 Bパート」