新世紀エヴァンゾイド

第壱拾参話Cパート
「 THE ANGEL STRAIN II


作者.アラン・スミシー


− 第8章 白刃一閃 −

 戦いが始まった。
 人の心を持った機械獣と神の意志を受け継ぐ御使いとの。

 先陣を切ったのは最速を誇るケンスケのシールドライガーだった。
 目指すのはある意味もっともやっかいな使徒、第伍使徒ラミエル。
 瞬間的に時速250kmまで加速すると、ラミエルの真下に位置しようと瓦礫を飛び越え、あるいは隙間をくぐりながら疾走する。
 「で、でけえ・・・よくシンジこいつに突撃できたな」
 口では恐れを感じているような事を言いながらも、少しもスピードを緩めることもなくラミエル目掛けてひた走らせるケンスケ。迎撃するラミエルの加粒子砲を信じられない敏捷性でかわしていく。爪を大地に突き立て、急ブレーキをかけながら真下にたどり着くと同時に背中の装甲が開き、中から剣呑な輝きを持つ電磁砲が姿を現した。

バシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュッ!

 電磁カタパルトで加速された、セラミックス砲弾がいかれたスタッカートで発射された。
 空気を裂き、音速の8倍の速度で撃ち込まれる弾丸が鏡のような外殻に食い込んでいく。
 空中要塞の異名を持つラミエルといえど、ここまで懐深く似入り込まれては攻撃をATフィールドで防ぐことも、加粒子砲で不遜な攻撃を加えるシールドライガーを撃つこともできない。なんとか移動して攻撃をかわそうと試みるが、目敏いケンスケが逃がすはずもない。
 逃げようとした方向を的確に読まれ、逆にシールドライガーの誘導ミサイルによって逆方向に逃げざるをえないようになる。
 逃げることも戦うこともできず、ラミエルは完全に動きを封じられた射的の的に成り下がってしまった。

 集中砲火によって、底部を文字通り蜂の巣にされたラミエルの高度が段々と下がっていく。どこかに致命的な傷を負ったらしい。
 黒くデコボコに変色した傷を見て、ケンスケの眼鏡が怪しく光った。いらん事を思いついた子供みたいな顔である。
 「相田ケンスケ、いっきま〜す!」

 足を縮めて限界までバネをためると、シールドライガーはラミエル目掛けて跳びかかった。その時どこぞのコロニー出身の新人類みたいな声を出すところが彼らしい。ケンスケのやる気パルスに呼応したのか長大な牙がプラズマを帯びて蜂の羽音のようなハム音をたてる。ボロボロになったラミエルの外殻は攻撃をふさぎ得る壁とはならなかった。かすかな抵抗の後、あっさりと咬み破られてしまう。
 シールドライガーは開いた穴に頭を突っ込んだまましばらくじたばたしていたが、ものの数秒で姿勢を立て直すと加速用のバーニアをふかし、一気にラミエルの体内に潜り込んでいった。
 気味悪い音共にシールドライガーが体内に姿を消した後、傷口から紫色の体液がじょうろの水のようにこぼれ落ちた。
 真下にあった建物が飛沫を浴びて紫色に染まっていく。

バキン!

 突然、鉄板を叩き割るような音を立てて反対側からシールドライガーが顔を出した。

 「ガォオオオオオオオオンッ!!!」

 外殻を牙と爪で引き裂きながら上半身をぬるりと引き出す。全身を紫色に染めてライオン10万頭が一斉に吠える以上の咆吼をあげるシールドライガーに、発令所の人間は息を呑み、別の場所で交戦中だった他の使徒の動きが一瞬止まった。






 「ふぅふっふっふっふ。あの時はよぉくもやってくれたわね。
 シンジと一緒(はぁと)のプラグに入れたことは礼を言っておくけど、とても痛かったから、100倍にして返してあげるわ」
 夢に見そうなくらい酷薄な笑みを浮かべてアスカがシャムシエルに跳びかかった。
 目らしい部分をどことなく迷惑そうにゆがめるシャムシエル。もしかしたら言いがかりだとでも思っているのかもしれない。
 それが事実かどうかはともかく再生シャムシエルは素早く鞭を振るって迎撃した。
 音速を超えて振り回される鞭の猛攻をアイアンコングは素早い動きでかわしていく。かわしながらミサイルをコアに撃ち込んで行くが、再生シャムシエルは前回とひと味違った。
 コアが赤く光ったかと思うと、コアのすぐ上から10本ほどの新たな触手が飛び出てきたのだ。
 
ドン!ドン!ドン!ドン!

 『第四使徒、新たな触手でミサイルを迎撃!全弾打ち落としました!』
 「ちっ、少しはやるようね!」
 一本残らずたたき落とされたミサイルを見て毒づくが、アスカも以前のアスカとはひと味もふた味も違っていた。
 
 「あんたなんかにぃ!もう負けるわけにはいかないのよ!!」
 背中のブースターを最大限にふかして、半ば空中に浮かび上がりながらアイアンコングは突進した。迷いのない突撃にかわせないと悟ったのか、鞭が閃きアイアンコングの全身を抉る。肩の、背中の砲座が切り裂かれ、アイアンコングは武器を失った。
 だがアスカは武器を失ったことや、全身に走る痛みにかまうことなくレバーを握りしめ、距離を詰める。

ビビョル!

 激突寸前、待ち受けていたのか投網のように広がった触手で、アイアンコングの全身がからめ取られた。手、足、胴体。アイアンコングの装甲が塗装ではなく、赤熱による赤色に染まる。
 絶体絶命のピンチ!にもかかわらずアスカは勝利を確信した笑いを浮かべた。

 「アーマーセパレート!」

 全身絡め取られて動けなくなったはずのアイアンコングが、全ての触手を振り切ってシャムシエルの胸元まで飛び込んでいた。何が起こったのかわかっていないシャムシエルが、理不尽な出来事に抗議するかのような泣き声をあげる。

 「シャギャァーーーーーーー!!!!」

 アイアンコングの装甲が全て着脱され、それと共に触手も振りほどかれていたのだ。
 自由を取り戻したアイアンコングは最後の武器を突きつける。
 生体組織を剥き出しにし、そこに振り下ろされる触手に怯むことなく、アイアンコングはコア目掛けてこぶしを突き出した。

 「あんたらの命は軽すぎるのよ!!」

ガキン!グチャグチャグチャ!

 コアは一撃でうち砕かれ、それだけでは勢いが止まらず使徒の体を突き破ってようやく鉄拳は止まった。同時に触手の動きが止まり、光が消える。
 「私に一度見せた攻撃は二度と通用しないわ!」
 力を失い、もたれかかる骸を投げ捨てると、アイアンコングは近くの兵装ビルまで装甲を取り付けるためトコトコ歩いて行った。
 自らの見事な勝利に、髪を掻き上げてアスカはニヤリと笑った。その笑いはどこかの誰かとは似ても似つかぬ、とてもすがすがしい笑いだった。





 空飛ぶ原色の目玉といった外見のサハクィエルは、素早く自分の周りに雷雲をまとい始めた。前回の戦いと違って仲間が居るせいかあまり大きな低気圧をつくろうとはしないが、かわりにもっと凶悪な方法で攻撃を開始することにしたようだ。発令所の監視モニターに空気の帯電率が急速上昇していく様子が映し出されていく。
 「な、なんや?」
 急に空が真っ暗になっていくのを、再生サキエル目掛けてドコドコ走っていたディバイソンが不安そうに空を見上げた。

ドドドーーーーン!!

 真っ黒な雲が紫色に輝き、同時に紫電を地面にまき散らした。

 「なんやそれーーーー!?」

 ディバイソンの狙って下さいとばかりに天を向いてそそり立つ角に雷は落ち、凄まじい電気エネルギーの前に再びトウジは沈黙。気を失う寸前、雷って至近距離から見るとオレンジ色なんだなあとのんきなことを考えていた。

 「南無南無・・・。鈴原君、あなたの犠牲は無駄にしないわ」
 「あ、生きてる、生きてる。問題ないわ♪」
 「そうね。ニヤリ」
 「そうよ。ニヤリ」

 トウジがたおされた時、ちょうどサハクィエルの真上を2体の飛竜、サラマンダーF2が飛んでいた。
 なんか薄情なことを言いながらレイとレイコの操る2機のサラマンダーはサハクィエルの真上から急降下。
 一気に大気の壁を突き破り、ちょうど台風の目に当たる部分からサハクィエルに飛びかかる。
 ギョッとしたように上を向くサハクィエル。迎撃しようにも、攻撃した直後のためすぐには静電気を蓄積することができなかった。

ザシュッ!! × 2

 音速を超える天空の飛竜が交差した後には、十字に切り裂かれ、ろくな活躍もないまま大地に落下するサハクィエルの無惨な骸だけが存在した。綾波姉妹。通称、ネルフ印の剃刀。彼女達を同時に相手にして生きていた者はいない。





 空気が凍り付いていく。そう錯覚するほどに凄まじい緊張感を漂わせているのは、カヲル操るゴジュラス弐号機と再生イスラフェルである。カヲルのゴジュラスは以前襲撃してきたゼーレゴジュラスの残骸をかき集めて作った物で、シンジのゴジュラスが青色をベースにしているのと異なり、灰色を基調にしている。いわば量産機である。武装こそユイの意向かそれともゴジュラス初号機が特別なのか、かなり差を付けられているが、その戦闘能力は非情になりきれないシンジと違って完全に発揮される。
 対する再生イスラフェルは不死身の分身をつくる能力こそ無くしているようだが、オリハルコンをも切り裂くカギ爪、防御装甲を10秒で貫通してしまう粒子光線を備えた戦闘機械である。もちろん分裂した2体のコアを同時に破壊しないと倒すことができない。
 いわばお互いが相手の能力故に手を出す事ができずに睨み合う状態となっていた。

 「なかなかやるね・・・。でもシンジ君を援護しないといけないから、あまり時間をかけるわけにはいかないんだ。
 ・・・悪いけど、一撃で決めさせてもらうよ」
 カヲルがちらりとサブモニターに写るシンジのゴジュラスを見る。
 その時、サンダルフォンの熱線が初号機の肩をかすめ、肩に装備されたビームキャノンを爆発させた。
 爆炎にゴジュラスの頭部が飲み込まれていくのを見て、思わずカヲルの注意がそれた。
 「シンジ君!?」
 カヲルの動揺とともに、弐号機の姿勢が僅かに崩れ隙ができる。

 「「キキッ!」」

 それを見逃すイスラフェルではなかった。
 猿のような奇声をあげると、大きく跳び上がり弐号機の頭上から首を狙って爪を振り下ろした。
 「甘いよ」
 だが必殺の一撃を予想していたカヲルは、流れるような操作で爪をかわすと逆にイスラフェルのコア目掛けて爪を撃ち込んだ。
 右腕はイスラフェル甲へ。
 左腕はイスラフェル乙へ。
 イスラフェルもただかわされまいと足で弐号機の頭を蹴りつける。

ガキィーーーーン!!

 刹那、金属音をあげながらゴジュラスとイスラフェルがすれ違う。
 一瞬だけ時間が止まった。
 イスラフェルの仮面が笑ったかのようにピクリと動く。

バキン!キィーーーン!

 澄んだ音と共に弐号機の肩の装甲がはじけ飛び、同じく頭部装甲に亀裂が走りそこから紫色の血液が吹き出る。

 そして、イスラフェルは、ドドッと前のめりに倒れた。
 コアを2体とも抉られて。

 「ふっ、またつまらない物を取ってしまったね」
 カヲルが不敵に笑う。
 直後、カッと目を見開き、交差させた腕に不気味に光るコアを握りしめた弐号機はグッと力を込めてコアを握りつぶした。

ドカーーーーーン!!!!

 爆発して消えいくイスラフェルに向かって、カヲルはほんの少しだけ寂しそうな目を向けると、
 「待っててくれシンジ君!僕の半身!マイスイートハート!
 そう言って嬉々としながら駆け寄っていった。





 「す、鈴原!大丈夫!?(いや!鈴原死なないで!)」
 全身から心配という、今時の子供には希薄な物を吹き出しながらヒカリ操るゴルヘックスが、落雷を受けて動かなくなったディバイソンの元は駆け寄る。彼女の想いに応えたのかゴルヘックスは限界速度を遙かに超えるスピードでひた走った。元がステゴザウルスだから遅いなんて物じゃないが。まあ理由とその力の原動力はアレだが、相手がそれに気が付いている可能性はオーナインシステム。
 彼女の春は遠い。
 それでも走る彼女を止めるため−−ゴルヘックスは多少の治療能力も持っている−−、新たなる再生使徒が立ちふさがった。
 センサーに写るブラッドパターン反応にヒカリの目が不安そうに揺れる。
 ゴルヘックスは強行偵察が主目的な機体で戦闘が苦手、と言うかまったくできないのだ。ハッキリ言って使徒を相手に勝てるわけがない。
 それでもヒカリは歩を進めた。
 友の、好意を寄せる人の、何より自分のために。
 「みんなを助けなきゃ・・・」
 強い決意を秘めた彼女の前に、ビルの谷間からゆっくりと使徒が姿を現した。
 名前に””を冠する天使、ガギエルが。

 「ちょっとあなた!こんな所に転がってたら通行の迷惑になるじゃない!」

 ムッとした顔でなんかずれた発言をするヒカリ。某ジャージの所に早く行きたいのに、ぐでぇっと魚市場のマグロの様に寝転がるガギエルは、事実迷惑以外の何者でもない。ヒカリの怒りのレッドゾーンが沸々と噴き上がっていく。アスカの影響か?彼女も朱に染まったようだ。
 怒りの矛先たるガギエルは、ヒカリ以上に必死になってアスファルトの上をはいずってきたのだろう。お腹はボロボロにすり切れ、ヒレは乾いてゴムのような有様になっていた。要するにヒカリの怒りに身を震わせながらもどく気配なし。

 「ちょっとどいてよ!どかないと・・・」
 『無茶言わないで・・・』
 ガギエルはそう言ってるみたいにヒレをぱたぱたさせた。
 「あ、そう!?良い度胸ね!・・・ATフィールド中和。各兵装ビルにコンタクト」
 どうしてもどかないと悟ったヒカリがガギエルのATフィールドを中和し、兵装ビルの安全装置を解除していく。顔が隠れてよく分からないが、淡々とした口調で作業を進めていくせいで何故かとても怖い。怒りを向けられているガギエルの内心はいかほどの物かわからないが、せっかく来たのに必死になってその場を離れようとしているのだから、かなり怖いのだろう。

 「システム開放。攻撃開始」

 一斉に飛来するミサイルに、ガギエルが引き裂かれたのはその数秒後のことだった。
 
 「アスカのセリフじゃないけど・・・こんな所にガギエル出すなんて、あなたバカなの?」

 ヒカリの、シンジ達の夫婦喧嘩にする時みたいな突っ込みに、ガギエルの生首が頷くように、揺れて、動いた。





 「・・・・・・・はっ!?なんや、なんや!?なんでワシ宙に浮いとるん・・・ホゲェ〜〜!?」
 空中遊泳をしていたディバイソンが万有引力の法則に従って地面と熱いキッス。当然中に乗っていたトウジも激しく揺さぶられて、鞭打ち症になりかける。もっとも慣性中和装置がなかったら鞭打ちどころではすまなかっただろうが。
 脳が揺さぶられたせいか何が起こったのかまったく理解できていないトウジ。ディバイソンを起こすことも忘れて頭の周りを回るヒヨコを見ながら首を押さえている。

 「なんや、なんや、なんやぁ〜〜〜!?なんでワシ空飛んどったんや!?」
 
 それはトウジの目の前で悠然と歩いてくる緑の巨人が投げ飛ばしたため。
 
 「な、なんやおまえは!?なにするつもりなんや!?」

 彼(彼女?)はサキエル。そしてサキエルはディバイソンを投げ飛ばし、再びトウジにストッパー無しのフリーフォールを体験させるつもり。

 「は、離せ!はなさん・・・は、離したらあかん!離したらぁ〜〜〜〜〜!?」

 離せと言ったり離すなと言ったり忙しいトウジはサキエルのエアプレンスピンで再び空高く舞い上がる。もちろん飛行能力がないから直後垂直落下。300mの高みからヒモ無しバンジー。
 「おっひょぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

ズズズ〜〜〜〜ン!

 本日2度目の墜落でズタボロのディバイソン。
 「お、おのれ、いい加減にせいよ・・・」
 さすがに何度も投げ飛ばされて痛かったのか、トウジが怒りに燃える瞳でサキエルを睨み付けた。本当はすぐ後ろにいて心配そうにするゴルヘックスを確認したからなのだが、彼の鈍感回路は遂にそれに気がつかなかった。彼がその事に気がつくのはだいぶ後の話・・・だから今は語らない。
 ディバイソンに睨み付けられ動きを止めるサキエル。サキエルとしては離せと言われたから離したのかもしれないが、今のトウジは怒りの化身。仮にサキエルが言い訳をしたとしても聞くはずもない。もっとも本当に投げ飛ばしたのだから言い訳もないが。
 「そう言えばおのれは半年前もワシにパチキかましてくれたのぉ!!
 10倍にして返したるわい!!」
 昔の戦いを、その時は為す術もなくやられたことを思い出して怒りに油を注いでいくトウジ。自分がやられたら後ろのヒカリがやられるから、ますますボルテージが上がっていく。
 彼の怒りに反応するように、ディバイソンの角が光り輝いていく。
 「突撃や〜〜〜!!!」
 『んもぉぉぉ〜〜〜〜!!!!』
 横で聞いていると何とも間抜けな鳴き声と共にディバイソンが突撃を開始した。
 鳴き声は間抜けであっても、文字通り大地を揺るがすその走りに、サキエルが驚いたように目をパチクリとさせる。

ギィーーーーーン!!!

 このままでは危ないと必殺のレーザースピアを打ち出す。装甲が打ち抜かれるがディバイソンの、トウジの走りはいっこうにゆるむ気配がない。
 「効かん!効かん!効か〜〜〜ん!!!」
 体液を垂れ流しにして効いていないとはとても思えないが、トウジがそう言っているのだからたぶん効いていないのだろう。
 「ワシの右手が光って唸る。おまえを倒せと輝き叫ぶぅ〜〜〜!!!」
 プラグ内部で妙なポーズを取りながら喉も裂けよと雄叫びをあげるトウジ。彼の声と共に右手じゃなくて角の輝きがひときわ激しくなった。
 ますます目をパチパチさせるサキエル。
 「くらえ!必殺、シャァイニィングホーーーン!!!!!!!」

 下手に攻撃をしたせいでよけることもできずにシャイニングフィンガーじゃなくてシャイニングホーン、次いで突撃砲の斉射をくらったサキエルは爆散した。こんなアホな技でやられるなんて、あと世界が違う・・・。
 消えながらサキエルはそう思ったとか思わなかったとか。

 「ワシを怒らせるからそんな目にあうんや!文句があるんやったらまたかかってこいや!今度はかかと落としを決めてやるわい!!」
 どっかの空手家みたいなことを言いながらトウジは悠然と立つイロウルに視線を向けた。





 サーベルタイガーが咆吼をあげる。背中から電磁砲を出し、わらわらと向かってくる触手を次々とうち砕いていく。
 「・・・キリがないですね」
 マユミが触手の主であるマトリエルを睨み付けた。
 再生マトリエルは以前と違って新たな技を身につけていた。すなわち、クラゲのような毒の触手を。その姿はどこから見ても円盤生物アブ○ーバ。

 その触手で接近戦を挑もうとするサーベルタイガーを絡め取ろうと、無数の触手を繰り出すマトリエル。接近されたらろくな防御力がないから必死だ。
 素早く電磁砲でそれを迎撃するマユミ。
 心なしか顔が青ざめている。触手に何か嫌なイメージでもあるのかも知れないが、こちらもなんか必死だ。
 さっきも言ったがATフィールドを中和されたマトリエルには、防御力などほとんどない。あっと言う間に触手はうち砕かれるが、それ以上の速さで再生していく触手に、マユミは手詰まり状態。
 だが電磁砲の残弾も残り僅かとなっていた。補充しようにも触手の攻撃はかなり厳しく、その暇はとてもありそうにない。

 「仕方ないです。一か八か、接近戦をしないと」
 きらりとマユミの目が光った。

 「行きます!」

 脇腹に装備されたミサイルを撃ちだし、爆発で穴を空けるとその穴へ猛然と走り出す。ブースターによって瞬間的に加速され、時速240kmを越えるサーベルタイガー。今彼女は風になった。
 触手を高速で走りながら正確にうち砕き、猛然とマトリエル目掛けて突き進む。
 もう誰にも今の彼女は止められない。
 あまりのスピードにマトリエルの触手は3秒遅れて空を捕らえるのみ。
 「これなら・・・きゃっ!?」

 マユミの悲鳴と共に前のめりに倒れ、サーベルタイガーは地面を転がった。
 切断され、地面に転がっていた触手が動き出し、サーベルタイガーの足に絡みついたのだ。
 慌てて牙で噛み裂き、自由を取り戻すがその一瞬の隙を見逃すマトリエルではなかった。
 次々と触手が動きの止まったサーベルタイガーに絡みついていき、分泌される溶解液が装甲を溶かし、内側の生体組織を焼いていく。

 「い、いやああああ!ああ、痛い!痛い!」

 シンクロしているマユミが苦痛の悲鳴をあげた。
 それが聞こえているのか、ますます嬉しそうに締めつけていくマトリエル。

 「い、痛い!やめて離してぇ!くぅ!」

 むろん離すはずもなく、ズルズルと自分の真下に引きずり込む。同時に溶解液をだらだらと流し、道路に大穴を穿っていく。このままサーベルタイガーをどろどろに溶かしてしまうつもりなのだろう。嬉しそうにたぐっていくスピードが増していった。それを目に留めた他のゾイドが助けようと慌てて駆け寄るが、とても間に合いそうにない。グタッと脱力したサーベルタイガーはマトリエルの真下にまで引きずり込まれた。マユミも気絶したのか今は声も出さない。
 
 「かかりましたね!」

 その時サーベルタイガーの目がカッと光った。
 気絶していたはずのマユミも目を開き、苦痛を堪えながらもマトリエルのコアを睨み付けた。
 サーベルタイガーのカギ爪が数倍に伸び、名前の由来となった剣歯がクワガタの顎のようにガタガタ動き、プラズマを帯びて輝き始める。

キィーンッ!!!

 剣撃のような音の一瞬後、全ての触手を切り裂き、自由を取り戻したサーベルタイガーがマトリエルの外殻に牙をたてた。
 瞬時に装甲を切り裂かれ、溶解液と体液が混ざった物を吹き出す。
 マトリエルの体がぐらりと崩れた。

 「おかえしです!」

 マユミは汚れたことで顔をしかめながらも、腹部に装備された波動砲を傷口に向けた。

ューーーーン!!!

 中心部に大穴を開けてマトリエルは十字の光になった。





 雪辱戦を挑むシンジと再生サンダルフォンの戦いはいきなり激しい物となった。
 サンダルフォンは熱線を撃ちまくり、シンジはビーム砲や速射砲を撃ちまくる。
 流れ弾は一撃で兵装ビルを、ジオフロントの装甲防御を粉砕し、第三新東京市に大きな傷を付けていく。

ドカン!バシュッ!ドドドン!バシュバシュッ!

 一見互角に見えるその戦いも実際の所はシンジが圧倒的に不利だった。
 なぜならシンジの攻撃は全くマトリエルには効いてはいないからだ。前回同様、ミサイルは命中寸前で高温によって爆発を起こし、レーザー光線は空気の断層にはじかれてあさっての方向へ飛んでいく。ビーム砲も同様である。
 それに反してサンダルフォンの熱線はゴジュラスの装甲を飴のように熔かしていく。威力こそは以前よりかなり落ちているが、代わりに連射が可能になっているようだ。
 「くそっ!近寄ることもできない!
 でも、このまま逃げてるだけじゃ街が・・・」
 シンジが背後で爆発を起こしている街並みを見て、下唇を噛んだ。
 住民は避難しているとはいえ、彼らの生活を壊したことにはかわりがない。それを思うシンジの心が重く沈む。
 
 「ピィアアアアアアアアアアアッ!!!」

 独特の発射音と共に飛来した熱線がゴジュラスの頭をかすめた。
 直撃こそはしなかったが、肩のビームキャノンに命中し爆発と空気が膨張するときのエネルギーが棍棒で殴ったかのような衝撃をゴジュラスに、シンクロしているシンジに伝える。

 (しまった!)

 瞬間的に意識が飛んだシンジ。遠慮するようなことを言いながら駆け寄るカヲルのゴジュラスも目に入らない。
 ぐらりとゴジュラスの体も姿勢が崩れ、次の熱線をかわせる状態ではなくなった。
 絶体絶命のシンジだったが、彼の心は懐かしい何かに触れていた。




 『起きろ。シンジ、マイマスター』
 「う〜ん、後5分」
 『いつまで寝ぼけてる。おまえには失望・・起きたな?
 ・・・・・・久しぶりだな。我が主よ』

 その声で意志が覚醒したシンジは周囲を見回した。
 真っ暗な空間に裸で浮いている自分をおぼろげながら認識する。
 光など無いはずなのに、自分の姿が確認できるワケの分からない空間。
 精神の世界。
 そのことに気が付いたシンジは、寝起きのように頭をぽりぽりとかきながら目の前の何もない空間を見つめた。
 「あ、ひさしぶり。ヴェルギリウス・・・また来ちゃったよ。
 ・・・ねえ、ここに来たって事は、また暴走するのかな?」
 『暴走したら奴を倒せるかもしれないが、街は凄まじいことになるだろうな。赤木博士が調子に乗って色々装備を取り付けたからな』
 「やばいよそれ。でも、このままじゃあいつを倒すなんてできそうにないし・・・」
 赤木博士が何をしたのかは知らないが、決して愉快なことではないと思ったシンジは顔が青くなった。
 街が紅蓮の炎で包まれ、地獄のような世界が広がる・・・。
 リツコが効いたら悶絶しそうな失礼なことを考えるシンジに、面白そうに笑いながら声、ゴジュラスの意志『ヴェルギリウス』は語りかけた。
 『自分より周囲のことが気にかかる、か。
 優しいな、我が主は』

 「はは、マナみたいな事言うね。もっとも笑ってる場合じゃないけど、どうしようか?」
 『滅多にできることではないが・・・ここは我が主の意志の力、信念に賭けよう。汝が強い信念を持っているのなら、我はこれより暴走ではなく半覚醒状態となる。今の数倍の力を発揮できるだろう』
 「でも僕の意志が弱いと、暴走を起こす・・・ってことかな?」
 『その通りだ。そうする、我が主?
 逃げ回って時間を稼ぎ、隙を見て倒すのか?
 それとも、自分を信じてみるか?』


 二者択一の問い。
 にやりと笑うシンジの答えは決まっていた。


 (かわしてばかりじゃ倒せない。それに被害が無駄に広がる。・・・・・・・・・だから、逃げちゃダメだ!)
 「そう!逃げちゃ、ダメだ!!」

 覚悟を決めたシンジが絶叫した。
 呼応したゴジュラスの目が光り、装甲が内側からの力で膨れ上がる。
 『ウオオオオオオオ!!!!!』

 シンジとゴジュラスが完全なシンクロを果たした。
 竜巻のような勢いでATフィールドが展開され、ゴジュラスの装甲が光り輝く。カギ爪が伸び、背鰭が音を立てながら伸びていく。シンジの思いを反映するかのように。
 「これ以上街を、みんなの心を壊させない!傷つけさせない!
 本当なら使徒と戦いたくない。でも、ここまで街を壊したおまえを、使徒を、僕は使徒を許さない!!
 みんなを守るために、僕はおまえを倒す!」

 光り輝くゴジュラスに熱線が命中するが、まったく傷を付けることができない。
 暴走寸前の力を発揮したゴジュラスに、再生サンダルフォンが勝てる道理があるわけない。

 『グゥオオオオオオオオオオオン!!!!!』

 第三新東京市にゴジュラスの勝利の雄叫びが響きわたった。



− 第9章 U出撃 −

 メインモニターに再生使徒の全てが爆発する映像が映し出される。
 「やったわ!」
 ミサトがゴジュラスの雄叫びに重ねるようにガッツポーズを決め、日向と青葉は飛び上がって歓声を上げる。
 加持は男臭い笑みを浮かべながら、黙ってモニターを見つめていた。カヲルのゴジュラスがシンジのゴジュラスに抱きついて殴り飛ばされているがあえて無視する。

 「よぉし、みんなよくやったわ!
 次は敵の首魁、壱拾壱使徒だけよ!さっきみたいなことがないように、距離を取って凹突陣形で包囲!実弾兵器は煙で見えなくなるから、ビーム兵器メインで攻撃よ!」

 「「「「「「「「「了解!!!」」」」」」」」」

 今までの激しい戦いで平地になった市中心部に、素早く散っていくゾイド達。腕を組んで悠然と構えるイロウルを素早く包囲していく。
 そして包囲は完全に完了した。
 確認したミサトが号令をかける。

 「(余裕のつもり?再生使徒なんて前座に過ぎないと言うこと?)攻撃開始!!」

 雨霰と降り注ぐ光の雨。どれも一撃で戦車を粉みじんにできる必殺の一撃である。だが、イロウルは相変わらずよけようとしなかった。

パキーーーーーーン!!!

 理由はすぐに分かった。
 全ての光線がはじかれたのだ。調教力なATフィールドによって。肉眼で確認できると言ったレベルを超えたATフィールドにミサトは戦慄を覚えた。
 対策を考えようと日向に、これまでに得られたデータをたずねようとするが、さすがにイロウルはそこまで待ってやるほどお人好しではない。

 「ふ、再び使徒の質量が増大!新たな分身が生まれ出てきます!」
 「予想総数・・・さ、三十強!」

 けたたましく情報を吐き出すモニターを見て日向と青葉が悲鳴を上げた。
 イロウルの体表面から再び第参使徒の腕が、第七使徒の顔が、第五使徒の体がもこもこと顔を出したのだ。さしもの加持の笑いも凍り付く。
 「クソ、インチキなんてモンじゃないわね、あいつは!!
 洞木さん、指揮権をあなたに委譲するわ!現場単位で対策をたてて、各個迎撃!時間を稼いで!」
 『了解しました!でも、そういつまでも持ちそうにありません!』
 「まってて!すぐに霧島さん達をあげるわ!それまで持ちこたえて!・・・・・・リツコ!!」
 一気にヒカリに指示を与えると、振り返ってリツコの名前を呼ぶミサト。焦り故か、声は震えいつもの自信が感じられない。
 ミサトの焦りを敏感に感じ取ったのだろう、端末を操作するリツコの手のスピードが視認できないくらいに速くなった。同じくナオコ達の速度も跳ね上がった。

 「わかってる。すぐ霧島さん達をUで出撃させるわ。
 こいつをかたずけたらね!」
 そう言いながらそれぞれ9割以上色が塗り替えられたMAGIの状態図を睨み付ける。凄まじい速度でMAGIに進入を果たしたイロウル。考えてみれば理系は理系でも生物系らしいユイとキョウコがコンピューターであまり役に立つとは思えない。すでにユイ担当のメルキオールは完全に乗っ取られ、キョウコ担当のバルタザールもほんの数ブロックを残して同様。乗っ取られるのも時間の問題であった。
 リツコ達は完全にこのウイルスが使徒であることを認識していた。

 (いつもいつも人間がやられてばかりだと思ったら大間違いよ)

 「きた!バルタザールが乗っ取られました!!地上の戦闘激化!」
 青葉の報告はどっちも深刻な状況悪化を示していた。
 『人工頭脳より自律自爆が決議されました』
 2対1。
 数を上回ったとたんにMAGIは審議中だった自爆を決議した。発令所に緊張が走る。
 「始まったの!?」
 ミサトがメインモニターから審議モニターに目を向け直し、ナオコのサポートに回っていたユイとキョウコの顔がこれ以上ないくらいに青くなって、キータッチのスピードが人外になる。
 『自爆装置は三者一致後の02秒で行われます。自爆範囲はジオイド深度マイナス280、マイナス140、ゼロフロアーです。
 特例582発動下の為、人工知能以外によるキャンセルは出来ません』

 「バルタザール、更にカスパーに侵入!!」
 日向の報告と同時に、カスパーの状態図が変化する。水が染み込むようにどんどん状態を表すブロック図が青から赤色に変化していく。
 「押されているぞ!!」
 「何て速度だ・・・」
 一応居た冬月が、シンジ達のモニターからリツコ達のサポートに回った青葉の側でうめき声を上げた。
 『自爆装置作動まで、後20秒』
 「いかん!!」
 「カスパー!!18秒後に乗っ取られます!!」


 「リツコ!!急いでっ!!!」
 ナオコが叫ぶ。負けるわけにはいかないからだ。以前ならともかく、今の彼女には守らないといけない、守りたい物がたくさんあるから。
 『自爆装置作動まで、後10秒』
 ナオコの声とは対照的にリツコの顔はクールで焦りがまるでなかった。
 「大丈夫。・・・1秒近くも余裕が有るわ。そうでしょ、母さん」
 「確実をきすため、余裕を2秒にしなさい!」
 「まかせて!2.1秒余裕をつくるわ!」
 自分の理解を超えた親子の会話に絶句するミサト。シンジ達の戦いよりも、こっちの戦いの方に声も出ない。
 『9秒・・・8秒・・・7秒・・・』
 カスパーは半分以上乗っ取られている。
 「ゼロはマイナスじゃないわ・・・」
 絶句するミサトと言うより、自分に言い聞かせるようにリツコは呟いた。焦りか、それとも暑いのかリツコのこめかみに汗がにじむ。
 『6秒・・・4秒・・・3秒・・・』
 ほとんど全てのブロックが赤に変わる。それに比例するようにリツコ達のキータッチが早くなった。
 「マヤ、母さん!!」
 「いけます!!」
 「OKよ、リッちゃん!」
 『2・・・1・・・』
 ほんの数ブロック。
 「押して!!!」
 一気に全てのプログラムを終え、マヤに合図を出すリツコ。横ではユイ達もリツコの合図に頷いた。
 「はい!!!」
 それと同時にマヤが、ユイが、キョウコが、ナオコが一斉にプログラムをスタートさせた。





 「グォオオオオオオオオオオッ!?」

 再生使徒をぼろぼろ生み出していたイロウルが突然頭を抱えて苦しみだした。
 ビクン!ビクン!と身を捩り、折れそうなくらいに背骨を折り曲げる。余計な力が掛かった肩や胸から装甲がはじけ飛び、生体組織が露出する。
 涎を垂れ流すイロウルに、アスカが驚きの声をあげた。
 「ど、どうしたのよ!?」
 「わかりません。でも、苦しんでいるのは分かります」

 MAGIに進入していた分身が殲滅された苦しみを味わってのたうっているのだが、アスカやマユミ達に分かるはずがない。
 それに分かっていたとしても彼女たちは、生まれ落ちた再生使徒との戦いで忙しく、かまっている暇はなかったのだが。
 リツコ達の活躍のせいか、使徒は産み落とせなくなったイロウルだがすでに産み落とした使徒は三十あまり。今度はガギエルを産み落とすと言った馬鹿なことはしておらず、シンジ達を苦戦させたらしい強い使徒をメインで産み落としていた。

 「なんやいくらなんでも多すぎるで!」
 「鈴原、後ろ!碇君・・・は我を忘れてるからアスカ!2時方向に第八使徒よ!気をつけて!」
 「「オオオオオオォォ!!!!」」
 ヒカリの指摘通り、シンジは半覚醒状態で、近寄る存在が敵だろうと味方だろうとお構いなしで攻撃していた。自然敵中に孤立して戦うことになるが、今の彼は無敵状態。アスカが相手をするはずの第八使徒に、自分の胴体より太い兵装ビルを棍棒代わりにして殴りつける。
 その圧倒的な強さを見てケンスケがブルッと身を震わせた。

 「化け物だなあいつは・・・」
 どこか冗談めかして言っているようだが、その目は暗く、何かを思い詰めていることが感じられた。

 (エースはシンジか・・・。俺がどんなに頑張ってもあいつには勝てないのか・・・)

 ケンスケが自分でも意識できないくらいの嫉妬のこもった眼差しで、暴れるゴジュラスを見た。それは見つめると言うより、睨むと形容した方が良いような視線だった。
 ケンスケの意識がシンジに僅かに移った瞬間、それまでケンスケと戦っていたサキエルがシールドライガーを押さえ込んだ。
 「しまった!」
 自分のミスを呪いながら、必死に逃れようとするケンスケ。サキエルは逃すまいとしっかり足で胴体を押さえ込むと、サーベルタイガーの首の後ろの装甲を引き剥がした。装甲のすぐ下には、エントリープラグが白く光っていた。サキエルの仮面がピクリと動く。
 ヒカリが悲鳴をあげた。

 「鈴原!相田君が危ないわ!!」
 「なにしとんのや、ケンスケッ!」
 「あのバカ眼鏡がッ!戦場でボサボサッとするからよ!」
 今まさにレーザースピアを撃ち出そうとするサキエルに、一同が止めようと飛びかかった。
 だが、サキエルの動作は一瞬、彼らは目の前の相手を振りきらないといけない。とても間に合いそうになかった。
 恐怖と後悔で嘔吐を感じるケンスケの脳裏に様々なことが浮かび上がる。生まれてからこれまでのこと、母親が死んだときのこと、ネルフに誘われて嬉しかったこと・・・。

 (ちくしょう!こ、こんな所で、俺は・・・)


 サキエルの手が光った。


 そして、奇跡が起きた。
 『みんな、避けて!』

ギィーーーーーーーーン!!!!!!

 空気が瞬間的に膨張するとき特有の、堅く澄んだ音を立てながら光の塊が飛来した。ヒカリが突然の空気状態の変化についていけず、悲鳴をあげる。光はシンジ達の目の前を通り抜け、ケンスケを押さえ込んでいるサキエルに突き刺さった。

ドッバーーーーン!!!!

 「!? ・・・・・す、凄い」
 ようやく落ち着きを取り戻したシンジが呆然と呟く。
 光線はATフィールドごと再生使徒を打ち抜いた。サキエルだけでなく、その後ろにいた全ての使徒を。
 たったの一撃で、全ての再生使徒が爆発し、無数の十字の光が噴き上がった。




 「間に合ったみたいね!」
 マナがプラグの内側でほっと息をついた。彼女の視線は爆散する使徒達と、開放されてよろめきながら仲間の元に向かうシールドライガーが写っていた。
 「まだだよ。まだ大将が残ってるよ」
 「わかってるわよ!いちいちケイタも細かいわね。
 ムサシ、射線変更!時計回りに6°回転!」
 「はいはい。細かいお姫様だな、マナは」

 ムサシの操縦に従い、シンジ達の後方3kmにいた小山、超巨大ゾイドはゆっくりと歩き始めた。
 オーバーテクノロジーの産物、重力制御システムによって自重を半分以下にしているがそれでもその体重は道路にはきついようだ。前足を持ち上げただけで、他の足にかかる圧力が増して、数センチめり込む。そして振り下ろされた前足は、アスファルトに巨大な穴を穿った。破片が飛び散り、圧力で発生した熱がアスファルトを溶かす。
 巨大な樽状の胴体から伸びた長い尻尾と、70m以上の高みから周囲を見下ろす首。そして体を支える頑丈な四肢。そして全身からハリネズミのように飛び出した無数の砲塔。
 古代、地球上に存在していた最大の陸上動物、雷竜に酷似していることからその名前が付けられたネルフの究極のゾイド。

 「フォオオオオオオオオオオォォォォン・・・」

 ウルトラザウルスが咆吼をあげた。
 決して恐怖を感じさせるたぐいではないが、強者が持つ絶対的な何かを持つ鳴き声だった。その声に使徒の、シンジ達の、発令所の面々の動きが止まった。

 「ケイタ、主砲の再使用を許可するわ。残らず殲滅するのよ!」
 「了解!」
 動きが止まった使徒を睨み付けてマナが命令する。
 その巨大さと使用目的(空母)の性質上、操縦するのに複数の乗員を必要とするが、その戦闘能力は絶大である。

 「射線合わせ良し!方向確認良し!発射姿勢に移行!」
 操縦担当のムサシの声と共に、ウルトラザウルスは腹部が地面にくっつくくらいに腰を落とす。首を縮めて足を踏ん張り、主砲発射の衝撃に備える。
 「了解!最終安全装置解除!」
 各砲塔管制と射撃担当のケイタの声と共に、ウルトラザウルスの左右側面に2門づつ、計4門取り付けられた直径70cm超の主砲、ウルトラキャノンが高さと僅かなずれを修正していく。それと同時にケイタがかぶった狙撃用ヘッドギアモニターに映る使徒と、照準をあらわす三角と丸のマークが重なっていった。
 そして遂にイロウルと照準が完全に重なった。ケイタがニヤリと笑みを浮かべる。

 「発射準備完了!」

 ウルトラザウルスの各部に点灯していたランプや、目の光が消え、代わりに主砲周辺に刻まれたスリットからまばゆい光が溢れだした。エネルギーが収束した光が、主砲口で光り始める。

 「撃てッ!」

 マナの叫びと共に、ケイタはトリガーを押した。

ギィーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!

 凄まじい閃光と爆音がウルトラザウルスからまき散らされた。反作用に、ウルトラザウルス自身転びそうになるが、重力制御を切って自重を増してそれに対抗する。
 「うわああああぁぁっ!?」
 目の前を通り過ぎる光線にシンジが悲鳴をあげて、飛び退いた。

 「クォオオオオオォォォ・・・・」

 4本の光線はあきらめに似た声をあげる使徒の胴体に命中した。
 光線はATフィールドを突き抜け、使徒の装甲も突き破り、使徒本体に命中したところで直進することを止め、エネルギーの奔流をまき散らした。
 餓狼のように貪欲な光の球にイロウルの体が飲み込まれていく。
 装甲が消し飛び、その下の生体組織が剥き出しになっていく。
 やがて、生体組織も徐々に黒ずみながら縮んでいき、肉という服を削り取られていくイロウル。腕が消し飛び、胸のすぐ下にあった巨大な紅い球が剥き出しになっていく。

 (あれは・・・使徒のコア?)

 消滅しつつあるイロウルをモニターで見ながら、ミサトはほんのわずかな間写ったコアを見て疑問に眉をしかめるが、それも一瞬のこと。
 「空間のエネルギーが飽和状態に達しました!爆発します!!」

ドカーーーーーーーーーーン!!!

 日向の報告と同時に十字架状の光の柱が噴き上がり、周囲の全てを飲み込んだ。



− 終章 あるいは −

 「終わったわね・・・」
 爆発したイロウルを見ながらキョウコがユイに話しかけた。彼女の鳶色の目は、勝利の喜びに沸くオペレーターや、ミサト達とは違い、どこか暗く重い何かを感じさせた。
 「ええ、エヴァが出てきて・・・それを私達が倒した。老人達の予定もだいぶ進んだという事ね。
 もう、後戻りはできないわ」
 ユイが手を組んだ姿勢でポツリと呟く。それがキョウコに言っているのか、それともただの独り言なのか、それは分からないが、とても強い決意と恐れを感じさせる、そんな呟きだった。
 キョウコが次々と帰投していくゾイドを見ながらそっとユイの肩に手をのせた。キョウコの顔を見ようともせず、ユイは言葉を続ける。
 「私達は・・・勝てるのかしら?」
 「勝てるじゃないわ。勝つか負けるかよ」
 それまで黙っていたナオコがどこかいさめるような調子で言い、ユイが大きく頷いた。
 「子供達の未来のためにも・・・。そして何より、人のために」
 3人の目には危ないところで、ケンスケを助けたマナ達に駆け寄る整備員や、ケージに駆けつけた職員達、そしてシンジ達の姿が写っている。

 「・・・でも、今だけはすなおに勝利を喜びましょう。暗いこと、悲しいことを考えずに」
 フッと笑った後、キョウコはそう言ってユイ達を促した。
 




 ケージの一角ではシンジ達が胴上げされて歓声をあげていた。
 薄氷を踏むような戦いを見事勝ち抜いた彼らに対する誉め言葉。自分たちを、人類を守った彼らに対する、大人達の精一杯の感謝の気持ち。

 シンジは初めてされる胴上げに少し酔いそうになりながらも、素直に嬉しいと感じていた。
 頑張れば、みんなを助ければ喜んでもらえる。

 (僕はここに居ても良いんだ・・・)

 今まで心のどこかに引っかかっていた疑念が消え去っていく。

 (嬉しい、嬉しいんだ・・・)

 周りでは、アスカが少し迷惑そうに、レイが困惑しながら、マナが笑いながら胴上げされているのが目に入った。

 「ちゃんとやりなさいよ!落としたら殺すわよ!」
 「胴上げ、感謝の気持ち。お腹が変。これはなに?これはなに?これはなに?」
 「胴上げっておもしろいわね。戦自じゃこんなコトしてもらったことないもんね♪」

 (みんな無事だ。良かった。みんなを守れたんだ。ありがとう・・・)

 ようやく胴上げから解放されたシンジは、笑いながらこっちを見ているミサト、リツコ、加持、オペレーター達と目が合い、シンジは照れくさそうに笑った。

 「きゃあああ!?た、高すぎです!」
 「ふふん、これがリリンの歓喜の表し方かい?おもしろいよ、お腹が特にね」

 彼の背後では胴上げ第2弾として、マユミやカヲル達が胴上げされている。高くて悲鳴をあげたり、面白がった声を出す仲間を見てシンジは自分の居場所を見つけたような気がした。

 「・・・シンジ、良くやったわ」
 そしてユイの優しい笑顔と言葉に、シンジはとびっきりの笑顔を見せた。
 「母さん・・・」



 シンジはケージから外に出るとき、ほんの一瞬だけゴジュラスに目を向けた。
 その時ほんの一瞬だが確かにゴジュラスから見つめ返された。少なくともシンジはそう思った。
 ゾクリと身を震わせた後、シンジはそそくさとケージを後にした。先に出たアスカやユイ達が呼んでいたから、自然早足になりながら。

 (気絶していたとき、懐かしい夢を見た気がする・・・。
 ゾイドってなんだろう?使徒って、なんだろう?そして、何故か知っている言葉、エヴァってなんだろう?)


第壱部完



第壱拾参話完

Vol 1.00 1999/03/06

Vol 1.01 1999/03/13



後書き

これをもちまして、新世紀エヴァンゾイド第壱部は終了します。
第弐部をいつになったら書き始めるかはわかりませんが、そんなに遠いことではないでしょう。たぶん。
それにしても長かった。軽い気持ちで書き始めたら、ああっという間に1メガ弱。本当に小説が一冊書けるくらい書いた計算になります。途中で、もうイヤだ!と何度も思いましたが、感想メールが来る度にズルズルと止めることもできずに続きました。
本当に、感想は良い糧になります。
予告と言うほどでもないですが、これ以後の話はかなりオリジナルになります。そう言うのが嫌いな人はリクエスト下さい。多少は変える余地がありますから。
・・・長ったらしくなるのもイヤですから、それではこの辺で。


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