「父さん、何か言ってよ、答えてよ!!」
シンジ君の叫ぶ声。しかし、無情にも彼の叫びは父親の元へは届かなかった。
彼の願いは意識と共に刈り取られた。
その光景を見ていて俺は。
無性に海が見たくなった。
潮風
(Earth's Cry Heaven'sSmile)
気付くと俺は何時の間にかバイクに跨って日本海へと向かっていた。
おもいきりスロットルを開ける。
頭まで、脳髄まで持っていかれそうな疾走感。
全てを吹き飛ばしたかった。
吹き飛ばして欲しかった。
自分たちの身を守るために、14歳の少年を、少女を、死地に赴かせる − その事にやりきれない思いを抱いたとしても、自分にはどうする事も出来ない。
所詮俺はしがないオペレーターさ。俺に何が出来る?
そもそも、彼らを死地に送り出すのは昨日今日に始まった事じゃあない。
俺はここ数ヶ月ずっと死地に向かう彼らを送り出してきたんだ。
自分の手が汚れていない訳はない。
− ナノニナニモシテイナイ −
自分で何をする訳でもないのに彼らの身を案じている振りをするなんて、俺もヤキが回っちまったもんだ。そんな大人にだけはならないつもりでいたのにな。
日本海沿岸に辿り着くと風が強くなった。冷たい風に身が引き締まる。
行き先は特に決まっていないが、常にどこかを、何かを探して走っているような、そんな感じでおれは走り続ける。つまり、いつもと同じ走りだ。そして、何を見つけるでもなくどこに辿り着くでもなく、そのまま帰途に就くのもいつものこと。
しかし、その日は違った。日本海側に出てから1時間ほど走った後で、何故か俺の目の中に真っ先に飛び込んできて離れない光景があった。
−− その時見た光景は、実は特になんてことも無い光景だった。特徴だけ聞けば何処にでもそんな所はある、と皆が思うだろう。
俺もそう思う。
だが、その時は何故か俺の目にその場所が真っ先に飛び込んできたんだ。
なんというか、うまく言えないが……その場所が俺を待っていたような、そんな感じだった −−
鉛色の空に、黒とも見える深い碧をたたえた海。
そして、厳然と垂直に切り立ち海面に突き刺さった崖。まるで海との融合を拒むかのごとく。
そこには、全てをなぎ倒さんばかりの潮風が吹き荒れていた。その音はびゅうびゅう、というような生易しいものではなく、ごうごう、と唸りをあげていた。話した本人の耳にすら声が届かないほどに、その風の声は大音声だった。
そんな中、崖の上にぽつんと生えている一本の木。
まだそれほど大きくはないその木は青年期と呼べるかもしれなかった。常にこの風に晒されているのだろう、木は大きく海の方に傾いではいたが、しかし、その木は地面にしっかりと根を張り、傾ぎながらも己の志す方向にまっすぐに伸びていた。
崖は岩石質らしく土が崖の表層にしかないためなのだろう、その木の根はところどころ土の上にまで張り出していた。木自体は若いのだろうが、根はもともと土の中にあるものが空気に晒されたせいか、節くれだち、ねじくれ、ごつごつとしていた。
岩石質な崖の上に、必死にしがみつく木。その光景は妙に不安定なような、それでいてどこか安定したような、不思議なものだった。
どこにでもありそうな光景。だが、なぜか俺はその木から目が離せなかった。いつの間にか俺はバイクを止めてその光景に引き込まれていた。
そうか、そうだよな。
俺はその木を見ながらひとりごちた。
俺は一体何を気にしていたんだろう?
「いま在る」それ以上に価値のあることなんて有るのか?
出てきた結果は自分で責任を取る、それ以外に必要なことなんて有るのか?
「………だな」
俺は一人呟く。その声は俺自身の耳にすら届かなかったが、それで良かった。
偽善的と言われようが何と言われようが構わない。俺は俺の思った事を言ってやるし、やってやるさ。
それでいいじゃないか。
少しだけ何かが吹っ切れた気がした。
今度、シンジ君と音楽の話でもしてみようか。彼も楽器をやってるみたいだし、俺のギターと彼のチェロで共演なんてのも悪くないかもしれないな。
だが今は。
今だけは。
もう少し、この荒れ狂う風の中に身を委ねていたい。
なぜかそう思った。
<了>