「わ、私は山岸マユミです」

 おどおどとそう言って彼女はちょっと笑い、深々とお辞儀した。
 艶やかな黒髪が、フワッとそれにつられて垂れ下がった。
 今の時代に、こんな古風な人がまだいたんだ・・・。
 大人しくて優しそうな女の子。
 ちょっとだけ寂しそうに目が瞬いている。
 その理由を知ったのはずっと後のことだったけど、その時は彼女の瞳を見てると、なぜか悲しかった。

 それが僕が彼女に対して持った最初の印象だった。



「わしの名前は、鈴原トウジっちゅうんや」

 そう言って男臭い笑みを彼は浮かべて握手を求めてきた。
 むやみに元気で暑苦しい奴だ・・・。
 まあ、我慢できる範囲内だけど。
 それに僕がこんなにひねくれていなかったら、きっと友達になれただろう。


 それが僕が彼に対して思ったことだった。








 その日、ふと僕は初めて2人にあったときのことを思いだしていた。
 朝から晩までずっと、2人と会ってから今までのことを思い出し、夜になったら初対面の時のことを夢で見た。
 そして・・・涙が出た。








 どうしようもなく不吉な夢を見た。

 なぜだかはわからない。
 僕は物事に対して期待しない。
 裏を返せば疑いを持つ人間だから占いとか予知、予言なんてモノを信じていない。
 だから、キョウコさん達が言うみたいに予知夢とか正夢とか言ったことは信じない。今も信じてはいない。

 でも、今にして思えば、それは、このことを予言していたとしか思えない・・・。
 もしかしたらゴジュラスが教えてくれたのかも知れない。
 どうしてそう思うのかはわからないけど。

 僕は・・・・・・夢を信じて、漠然とした不安を信じて、不確実でも行動するべきだったのかもしれない。
 そうすればあんなとんでもない事にはならなかったかも・・・。
 母さん達は『もし』とか『かもしれない』とか、すでに起こったことで考え悩むなと僕を叱咤する。
 ミサトさんにいたっては僕を叩いた。いや、殴った。

『あなたがうじうじいつまでも悩んでいたって、彼らは喜ばないわよ!』

 痛かった。
 後で見たら奥歯が折れていた。
 いや、体の痛みより心が痛かった。
 なんだかトウジに思いっきり殴られたときのことを思い出して、後で泣いた。
 ミサトさん達の言葉・・・僕もその通りだと思う。
 すでに起こったことをいつまでも考え悩んでいると、また大切な人たちを守れないだろう。

 でも、そう自分でもわかっていても、一生悔やみ続けるんじゃないかって思う。












 僕は・・・強くなりたい。
 誰も傷つけさせないように、みんなを守れるように、強くなりたい。




























METAL BEAST NEON GENESIS

機獣新世紀
エヴァンゾイド



第三話Aパート
「昼を迎え、また夜を迎え」



作者.アラン・スミシー





「・・・・・・第3使徒サキエル、第4使徒シャムシエル、第5使徒ラミエル、第6使徒ガギエル、第7使徒イスラフェル、第8使徒サンダルフォン、第9使徒マトリエル、第10使徒サハクイエル、第11使徒イロウル」


 ネルフ本部司令室。
 ネルフ総司令の碇ユイが使徒の画像データを見ながらぽつりぽつりと呟いていた。巨大な机にジッと座る彼女の顔は、いつも明るく子供達に接する気の良いお母さんではなく、虚空を見つめる修験者のように厳しい顔だった。
 その眼光の鋭さのためか、普段彼女のそばに張り付きサポートするはずのキョウコとナオコの姿は見えない。
 彼女達ですら今のユイに声をかけることはできないのだ。
 だが、それにも関わらずコツリコツリと靴音をさせながら、ユイの真っ正面に立つ一人の男がいた。

「予定通りですか、ここまでは」

 ユイがちらりと目だけ動かして相手の顔を確認する。

 だらしなく着た元は上等だったよれよれのワイシャツ、後ろで馬の尻尾に結んだ髪、顎に残るそり残された無精ひげ、そしておちゃらけているようで鋭い光をたたえている眼光。

 加持リョウジだった。

「ごく一部の例外を除いてね。老人達の、いいえ私達のシナリオ通りよ」
「人類補完計画。アダム。そしてエヴァ。第2支部の消滅と言い、例外は命取りになりはしませんか」
「何事にも、例外はあるわ。すべて修正可能な範囲の出来事よ」
「・・・なら、いいんですがね」

 ユイの言葉に皮肉な笑みを加持は浮かべる。
 誰のシナリオなんだか・・・時計の針は戻すことができませんよ。
 ユイは自分の意志で行動しているつもりなのかもしれないが、その行動が今は亡き彼女の夫に縛られていることは彼の目にも明らかだ。
 そう加持が考えていると、目つきが気に入らなかったのかそれとも本音か、ユイは厳しい目をする。

「もちろん、あなた達の行動も含めてだけど」
「しかし・・・」

 ほんの僅かだが周囲をおちつかなげに見る加持。何もいないように見えるが、実際の所はどうだろうか。ほぼ間違いなくセキュリティ・システムの10や20は存在しているはずだ。ユイの瞬き一つでそれは動き出すだろう。
 彼の反応に溜飲を下げたのか、ユイは少しばかり笑いを含んだ声で言った。

「有能な人材は無下にはしないわ。あの子達を守ってくれるならね」

(脅かすな)

 シャツを少し湿らせながら加持はそう思った。
 ユイの目に浮かぶ眼光は強く、冷たい。
 だがこのくらいの圧力でおめおめ引き下がるわけには行かない。加持としても、ここは正念場だった。

「・・・どんな強固なダムも、壊れるのはほんの小さな亀裂からと言います」
「それが?」

 今度は何をいわんとしているのか分からず、ユイは少しだけ眉をひそめた。
 加持は少し勢いづく。

「司令が、もしもその亀裂を見つけたとしたら?」

 その言葉に、ユイは何も答えなかった。






<コンフォート17マンション>


 ユイと加持が対峙しているのと同時刻。

 ここ、碇家は家主とは対照的に、実に実に平和だった。
 と、寝ぼけ眼の女性がさも当然のように冷蔵庫を開け、中からアルミ缶をとりだし、無造作にプルを開ける。
 プルから漂う麦芽とホップの香りにちょっと、嬉しそうな顔をした後、おもむろに口を付けると一気に飲む!

「ッン、ッン、ッン・・・ぶはあーっ!!やっぱ朝はビールに限るわね!」

 朝っぱらから缶ビールをあおっている駄目人間。
 もちろんミサトだ。

「・・・朝だけじゃないんじゃないですか」

 テーブルの向かい側でゆっくりと朝食を食べていたシンジが冷たい目をしてミサトを見つめる。もうどうでも良いやって感じもするが、一応家族として一言、言いたかったらしい。
 だがミサトは平気な顔で自分の分の朝食に取りかかった。

(はあ、本当に後3週間でお嫁に行く人なのかな?)

 ジッと目の前に座るアル中を見るシンジ。
 見ているとポロッと、食べ物を落として机を汚してしまっている。

(無理だよ、無理。ミサトさんに主婦なんて絶対に無理だよ)

 同時に加持が普通の家庭を築くことも無理じゃないかとも思う。
 自分はどうなんだとも思うが、シンジから見ても、加持は一所にとどまって落ち着ける人間ではない。そう、危険な臭いと同時に渡り鳥のような気配を感じるのだ。
 はたしてこの2人の結婚生活はうまくいくのか?
 人事・・・・・いや、シンジにとってミサトはもう家族だ。だから、ふと不安になる。

 さすがに不躾で遠慮のない視線が気になったのか、ミサトは軽く、なだめるように手をパタパタさせた。

「んもう、冷たいわね、シンちゃんたら」
「いいですよ。こないだみたいに、スカートが入らなくなったって、大騒ぎするのはミサトさんなんですから。そして、また母さんに『履けないなら頂戴♪あら、ちょっと緩いかしら?』って取られちゃうんですよ」
「・・・・・・・」

 ミサトの顔が引きつると同時に、トースターからミサトの分のパンが出てきた。
 横目に見ながらシンジは、箸をおいて手を合わせる。意外と細かいところで律儀というか爺臭いというか、そんな少年である。

「ごちそうさまでした」

 ちょっと唖然として目でミサトが見つめる中、シンジはさっさと立ち上がると、エプロンをつけて後片付けを始めた。





「ちょっとぉー!!」

 シンジが皿を持って流し台の前に立ったとき、突然風呂場から大きな声が響いた。
 声と同時に、声の主である少女は赤いバスタオルを巻いたままといういささか刺激的すぎる格好で、勢いよくアコーディオンカーテンの向こうから姿を現した。言うまでもないが、チルドレン1○○○なスーパー美少女、アスカである。
 自分の格好を気にもとめず、アスカはジロッとシンジを睨む。

「バカシンジ!!シャンプー切れてるから、買ってきといてって言ったじゃない!」
「脱衣所に買い置きがあるはずだけど」
「あんた、バカ?!この私が、あんな安物を使えるわけないでしょう!!」

 主夫なシンジの淡々とした返事が気にさわったアスカはビシッと指差し(人を指さしてはいけません)、バカバカとどこにそれだけ声の源が入っているのか不思議に思うくらいわめき散らした。

 ちょっと気が短すぎ。
 シンジはまたかと思いながらも、反論したらもっと五月蠅くなることが経験で分かっているのでいつもどおり、無気力な感じで返事をした。

「・・・ごめん」

 だがシンジの思惑とは裏腹に、アスカはその無気力な返事が気にさわったのか、それとも自分の期待していたとおりの返事ではなかったことがむかついたのか、ますます柳眉をひそめて口から泡を飛ばした。

「ごめんじゃないでしょ、ごめんじゃ!
 謝ればすむと思ってるあんたのその事なかれ主義の性格、なんとかしなさいよ!!」
「・・・しょうがないだろ、14年間こうして生きてきたんだから」

 反論しなきゃしないで怒鳴りつけやがる。どないせえちゅうじゃ。と少し彼の友人の口調が映ったシンジは内心思ったが、基本的にアスカの言うとおり事なかれ主義のシンジとしては反論しようと言いかけた言葉を飲み込んだ。
 すこしだけ期待するような目でミサトを見るが、ミサトは観戦モードに入ってビールを飲んでいた。

(駄目だこりゃ)

「そうやってあきらめてるから何も変わらないの!!自分が今の自分自身に満足してる証拠よ!いーい!?
 波風たたないように生きている人間は、そのうち本当の波風に見舞われた時に、何の対処もできなくて慌てるだけなの!!
 わかる?わかってんの、バカシンジ?!!!」

 シンジの意識が自分から飛んでしまったとは知らずに、アスカは猛烈な勢いで説教する。まるでこれを機会に少しぐらい覇気のある人間に変わって欲しいかのようだ。
 ともかくここまで言われたら、普通なら多少前向きの言葉を吐くところだが、シンジの口から出るのはやっぱり謝罪の言葉だけだった。

「・・・あいむそーりー」

 アスカのこめかみに浮かぶ紫の龍。青筋とも言う。

(白人の血が混じってるアスカだからよく目立つわ)

 ビールの最後の一口を名残惜しそうに飲み干しながら、ミサトはこの後の騒動を想像してニヤリとほくそ笑んだ。どうせ痛い目に遭うのはシンジだし、掃除するのもシンジだ。
 ユイ達同様。保護者の自覚無し。

「だーかーらー!!んな、日本語にしか聞こえない英語で言っても変わらないわよ!!
 あんた正真正銘の馬鹿でしょ!!」

 その時だった。
 あまりの興奮と怒りのあまり、ぷるぷる震えながら足を踏み鳴らした結果、アスカのバスタオルが床に落ちた。
 もちろん、全裸だ。
 シンジの顔がちょっと固まった後、少しだけ下を向き、どんどん赤くなっていく。

「あらま、だいた〜ん♪(シンジ君、骨は拾ってあげるわ)」
「いやあああああ〜〜〜〜〜っ!!」


パアン!!


「このドスケベ!!!バカシンジ!!!エッチーーーー ッ!!(見られちゃった、見られちゃったこんな形で見られちゃったーーーー !!!!もうイヤーーー !!!)」

 空気がびりびり震える音と、アスカの悲鳴の後には、その頬にくっきりと手形をつけたシンジが呆然とした顔で立ちつくしていた。ちょっとだけにやけているのが14才の男の子らしかった。










<第壱中学校>


 あれから色々あって、少し疲れた顔をしたシンジが下駄箱まで来たとき、彼の友人であるトウジ、ケンスケそしてイインチョことヒカリが声をかけてきた。
 よどんだシンジと対照的に、彼らの顔は明るくはつらつとしている。

「おはよう、碇君」
「どないしたんや、ほっぺた腫らして?」
「またアスカと夫婦げんかか?」

 ケンスケの茶化した言葉に、ヒカリは少し眉をひそめる。

「まあ(ふ、不潔よ!)」
「そうじゃないよ、ケンスケ。これはただ・・・」

 やっぱり言われたかと、うんざりしながらも口を開きかけたシンジの顔がこわばる。
 なぜなら彼の視界にはもの凄くやなベクトルの笑みを浮かべたアスカが、彼女の愛機みたいにのっしのっしと歩いてきていたからだ。その姿と笑みの恐ろしさは、どうせ無駄と分かっていながら朝の挨拶をする男子生徒達の引きつった顔が、如実に物語っていた。
 また一悶着がありそうなことを予感、いや経験則で分かっているシンジは今日何回目になるか分からないため息をついた。

「私の素肌を覗き見たんで、その罰を受けたの!!」
「なにい、ほんとかシンジ?!」
「うん、まあ、結果的には・・・(覗いたってのは違うと思うけど)」

 アスカの言葉になぜか鼻息荒いケンスケとトウジ。特にケンスケの勢いはもの凄い。
 彼の勢いに押されるように、シンジは頷いてしまう。
 キランとケンスケの眼鏡が不気味に輝いた。

「なんてことを・・・(そうか、覚悟を決めたか。後のこと(女の子)は任せておけ!)」

 ケンスケのガッツポーズに?マークを浮かべながらもアスカはシンジに詰め寄る。家を出る前に言いたいことを言い尽くしたつもりだったが、まだまだ喋り足りないのだ。

「自分の非を認めたのは感心するけど、罪は罪よ!わかってるわね!」
「だから、その・・・」
「この期におよんで、まだ言い訳する気?」

 もはやシンジは蛇に睨まれた蛙である。もっともずいぶんとふてぶてしい蛙の気分だったが。
 と、シンジが蛙の気分がわかったからと言うわけではないだろうが、唐突に奴が現れた。
 もはやマンネリと化した『第9』の鼻歌と共に。

「ふんふんふん・・・♪
 やあ、おはようシンジ君。みんな」
「あ、おはようカヲル君・・・ってなんでここにいるの?」
「なぜって?君らしく無い愚問だね。僕は君がピンチの時はどこからだって駆けつける。そう決めているのさ」
「あ、ありがとう・・・」
「何がありがとうよ、この馬鹿シンジ!!!
 カヲル!!いきなり出てきて何言ってるのかと思えば、あんた馬鹿シンジの味方するのね!?
 このナルシスホモ!!」
「根拠の無いことは言わないで欲しいね!」

 ナルシスホモという言葉に心底嫌そうな顔をするカヲル。多少の自覚はあるようだ。
 どことなく赤みを増したカヲルの視線を真っ向から受け止め、アスカはジロッと20世紀末に話題をさらった某プロ野球チーム監督夫人のように睨み返す。

バチバチッ!!

 下駄箱を中心に火花が散り、うわ〜いと野次馬達が蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。

(こりゃ血を見るな)

 人事みたいに、間に挟まれた当事者のシンジは思った。達観としすぎだ。
 その時、ぼんやりと突っ立つシンジを救うように、トウジが強引に彼を引き寄せた。

「逃げるで、センセ」
「え、でも・・・」
「こんなつまらんことでケガしたくないやろ?」
「そりゃそうだけど・・・2人は僕が原因でケンカしてるんだよ。なのに・・・」
「シンジ、おまえ本気そんなこと言ってるのか?」

 ケンスケが呆れた目を向けた先では、


『惣流脚!!』
『カヲルパンチ!!』
『気功拳!!』
『歌は良いねえ』
『あんた馬鹿あ!?』
『こんなコトできるかい!?』
『ふっ、まさか今宵これを打つことが出きるとは・・・』
『カヲルサイコバリアー!!』
『アスカも渚君も、やめて!!
 ふ、2人とも不潔よ!!』
『魔のウルトラ滅殺技スピニング鳥・・・』
『濡らしたタオルチョップ!!』
『2人とも止めてって言ってるでしょう〜〜〜〜!?
 不潔不潔不潔不潔不潔不潔よぉ〜〜〜〜〜〜!!!!』


『『ぐっはあ〜〜〜〜〜〜!!!?』』


怪獣大戦争が始まって・・・いやちょうど終わっていた。

「うわあ・・・」

 ナイスな大汗を流すシンジ。
 何を見たのかは不明だが、無感動な彼が驚くくらいだからそうとう凄い物なのだろう。たぶん。
 この場にレイとマナ、マユミがいたらどうなっていただろう?
 ふと更に怖い想像をするシンジの肩をトウジとケンスケがぽんぽんと叩いた。

「な?わかったやろ。あのまま間におったら殺されとったで(しかし、イインチョも惣流と因数分解したらカッコでくくれる存在やったとは・・・)」
「そうそう、続きは教室でゆっくり聞かせてもらうからさ。
 ・・・なんでトウジ泣いてるんだ?」
「ほっといてくれ・・・」

 そう、ほっといてやれ。漢だって泣くときはあるさ。

「まあ、おまえがそう言うなら・・・行こうぜ、シンジ」
「うん・・・」

 トウジの涙を不気味に思いながらもケンスケがにこやかにシンジを引っ張り、トウジはまだ後ろを見ようとするシンジの頭を固定すると、逃げるようにその場を離れた。

「2人とも何考えてるのよ!?下駄箱をこんなにして!!
 後で私も委員長だからってだけで一緒に怒られるんだからね!!いい加減にしてよ!!」
「うう、ヒカリもうこんな事しないから許して・・・(あいたたた・・・ベル○ンの赤い雨は反則よぉ・・・)」
「ぼ、僕の顔面は悲しみにつづられている・・・(洞木さんに殴られて腫れ上がっているってことさ。あ、奥歯折れてる。痛いわけだ)」








<ネルフ本部発令所>

同時刻・・・。

「パターンオレンジ、未確認。不規則に点滅を繰り返しています」
「もっと正確な座標をとれる?」

 青葉の報告に、ミサトがより正確な情報を求める。

「これ以上は無理ですね。なにしろ、反応が小さすぎて」

 答えに詰まった青葉を助けるような日向の答えに、ミサトは歯がみした。期待はしていなかったがこうまで情報が少ないと、わかっていても誰かに当たりたくなってくるのだ。それを押し隠すようにミサトは呟いた。

「地下・・・か」
「そのようです。深度は約300メートル」
「パターン、青に変わりました!」
「使徒?」

 突然慌ただしくなった日向と青葉の報告に、ミサトの顔が険しくなる。今本部に待機している子供は一人もいないのだ。何かあったとき、対応はどうしても後手に回ることになるだろう。常時待機しているはずのカヲルも、こんな時に限ってなぜか姿を消している。まさか壱中に行っているなど神ならぬミサトにわかるはずもない。
 ミサトはギリッと歯をかんだ。

「目標ロスト。すべてのセンサーから反応が消えました!」
「観測ヘリからの報告も同じ。目標は、完全に消失!」

 ミサトがチルドレンを学校から呼び出そうと口を開きかけたとき、日向と青葉が揃って目標が消えたことを報告する。呆気にとられる発令所の面々。

「どういうこと?先週からこれで3回目よ」

 遊ばれているような気がして険しい顔のミサトに、リツコがゆっくりと答える。焦りと苛立ちの見えるミサトとは対照的に、こちらは落ち着いた顔だ。

「試しているのかも。私たちの能力を」
「使徒に、そんな戦術的判断ができるっていうの?」
「生存本能と闘争本能のせめぎ合いが人間に戦うための知恵、すなわち戦術というものを与えた。使徒がそれを手に入れてもおかしくないわ。使徒が生き延びたいならね」

 ミサトはリツコの言葉にわかったような、わからないような顔をする。
 いや、どちらかと言うならば使徒にそのような、人間のような判断ができるなどと思いたくない。そう言っているようだった。

(・・・まだまだね)

 内心、落ち着きのないミサトの表情に心配するリツコ。
 まず間違いなくあの反応は使徒の物だろうが、このまま遊ばれたままだとミサトの方が先に参ってしまうだろう。使徒への復讐の為に生きているような彼女はすり切れた縄のような物だ。
 こんな時こそ友人である自分や加持が支えてやらなければならない。
 外面に浮かべた表情とは裏腹に、リツコはそんなセンチメンタルなことを考えていた。
 ミサトがふと思い出したように口を開く。

「弐号機は?」
「機体、問題なし。パイロットが・・・あの変態どこ行ったのかしらね?」

 一応、カヲルがいるところを知っているリツコの呆れ返った返事にミサトは軋るように呟く。
 使徒より先にカヲルを潰す。そう決めた。

「見えない敵とばっくれたカヲルか・・・あの野郎」










 ミサトがカヲルを殺す決意を固めたとも知らず、シンジ達2年A組の面々はカヲルを交えて体育の時間だった。
 年中夏だと、その構成内容もワンパターンなものにならざるを得ないのか、女子は水泳、男子はバスケットボールだ。つまり、シンジが第三新東京市に来た当時と変わっていない。
 シンジ達、チルドレンはケガするわけにもいかないので適当に試合をした後、ぼんやり木陰で涼みながら女子の水着姿を見つめていた。むろん、馬鹿正直に見ていたらすぐばれて制裁を加えられることは明白なので、しっかり準備はしてある。

「まったく、かったるうてやっとられんなあ。水泳やっとる女子がうらやましいで」

 トウジの言葉は爽やかだが、やってることは全然爽やかじゃない。
 グラウンドの端で体育座りをしながら超望遠の双眼鏡で嬢達の姿を舐めるように見つめるトウジ。鼻息は荒く、顔も赤くして興奮しまくっていた。

「はあ〜みんなエエ乳しとんなあ〜」

 特にターゲットを絞っているわけではないが、程良く発育した同級生達を見てトウジは夢心地。双眼鏡を通してぷるぷる揺れる胸や太股に、もう大満足である。1秒たりとて見逃そうとしないトウジの瞳。今だかつて彼がここまで真剣になったことは、結構あったが滅多にないくらい真剣だった。
 トウジの鼻息に、双眼鏡の持ち主であるケンスケが荒い息をつきながら交代を促す。
 遠目に見える、少女達を見て我慢できなくなったらしい。

「と、トウジ早く代われよ・・・(俺のカールツァイスなんだぞ)」
「もうちょっとだけや、もうちょっとだけ・・・おお、惣流水切るためにジャンプしとるわ!!上下にゆっさゆっさとまあ。これで性格さえよければ、ホンマモテモテやのになあ」
「トウジ、マナはどうだ?」
「霧島か?敢えてコメントは控えておくわ。自分の目で確かめえ」

 唐突なムサシの質問に、曖昧な笑みを浮かべてトウジは双眼鏡を渡した。
 むしゃぶりつくように双眼鏡を覗き込むムサシ。
 だがその興奮は急速に落ち着いていったのが謎だ。

「マナ・・・。う〜ん、戦自時代の頃とあまり変わって無いなあ。控えめというか何というか・・・。でもそんなマナが・・・。
 うわ、山岸凄え・・・」

 ムサシの本当にびっくりしたって感じの言葉に、ケンスケがうんうん頷く。
 自分の事ってワケでもないのに、妙にえらそうだ。
 もちろん、何に驚いたのかは謎だ。

「確かにな・・・。胸自体は惣流の方がでかいがトップとアンダーの差は彼女が一番だ。 凄い凄い凄すぎる!!」
「(危ないなあ、もう)みんな、それくらいにしてバスケに戻った方が・・・ほら、カヲル君がまた決めたよ」

 同僚でもあり、学友でもある少女達の成長に涙を流しながら喜ぶ三人。普段なら彼らも喜んで一緒に見るのだが、さすがに心配そうにシンジとケイタが声をかける。だが、親父臭いリピドー全開の彼らが聞く耳を持つわけがねえ。問答無用でシンジの意見を却下する。

「五月蠅い、黙れ。おお、委員長が背伸びしてるぞ!」
「綾波の胸、綾波のお尻、綾波の太股ぉ」
「綾波の妹も無防備やなあ」
「僕知らないよ」

 今までの経験から、ここら辺でいや〜んな事が起こるのだ。
 シンジはちりちりと逆立つうなじの毛に、嵐の前の空気を感じていた。
 逃げよう。
 そう決心すると、後の行動は早かった。
 汚いというかずるいように思えるが、彼とて日々成長しているのだ。命が惜しいだけかも知れないけれど。

「ああ、知らなくて結構。騎士といえど見逃してはならないことはある・・・って、あれ?
 碇とケイタどこ行ったんだ?」
「センセと、ケイタか・・・。
 要領よくなったのう。あそこのコートでドリブルしとる」

 顔色を土気色に変えてシンジ達を見るトウジの言葉は虚ろだ。
 笑顔とお下げが魅力の委員長がニコニコ笑いながら、歩いてきているというのに一体どうしたというのか。
 トウジに追従するように、ムサシと、ケンスケの顔がムンクの叫びのようになる。

「あいつらいつの間に・・・・一蓮托生という言葉を知らないのか?
 デッキブラシ片手にやってくる惣流と霧島と委員長、綾波姉妹か・・・。いやーんな感じ」
「ま、待ってくれマナぁ!!!ほんの出来心なん・・・ぎぃやああああああっ!!!!!」



「なんまんだぶなんまんだぶ。
 ・・・ところで、シンジ君どうする?来週の文化発表会」
「そう言えばそんなのがあったね。文化祭って普通は11月にするもんじゃないの?」
「う〜ん、僕もそう思うけどここは6月はじめに文化祭をする伝統があるらしいから。ま、大変なのは確かだけど、楽しみじゃないの?」
「伝統って、ここができたの、ほんの数年前でしょ?
 ・・・楽しくないのかって言われるとそんなこと無いけど・・・。面倒くさくって・・・。なんだかんだ言って音楽発表もまだしていないしね」
「そうだねぇ。急に訓練が増えたし、なんか警護の人の数まで増えてるし・・・」
「・・・・・・・・・」
「でもこんな時だからこそ、普通の子供みたいにお祭り騒ぎで楽しむのも良いんじゃないかな」
「そうだね・・・」

 めずらしくケイタと話したシンジはそこまで言ってふっと和んだ。
 確かに、こんな時だからこそ普通の子供らしく純粋に楽しむことを考えた方が良いのかも知れない。漠然とした不安にいつまでもこだわっていたら、きっと後悔するだろうから。よくよく考えてみれば、シンジは考え悩むようなことは当面無い。あったとしても考えるのは大人の仕事だろう。子供だからと割り切っているケイタが、妙に大人びて見えた。
 再びメンバーチェンジでコートに入るケイタは、肩の力を必要なだけ抜いている。

(そうだよね。今ぐらいは子供らしくしていた方が良い・・・)

 自分の番が来るまでの僅かな間、木陰に首を回すシンジ。

「堪忍や、堪忍やぁ!!イインチョ、堪忍やぁ!!」
「おぶろぼぁ!!ぎゃふっ!!くりゅあ!なんでだ!?なんで惣流が蹴るんだ!?同じ蹴るんなら山ぎ・・ぼぁっ!!!」
「ノノノ、ノォーーー!!!!マナーーヘルプミーーーー!!!!オッ、ノォ!!!」


(・・・・・・・適当に加減した方が良いだろうけど)

 充分すぎるほどに肩の力を抜いた14才の子供らしさ全開にしたトウジとアスカ達を見て妙に爽やかな笑顔を浮かべた後、シンジは真っ青な抜けるような青空を見上げた。
 キラリと太陽の光に照らされて、1羽の鳥が飛んでいく。
 素晴らしいほどに健やかな天気だった。
















<昼休み>

 シンジは自分の席でうつろな目をしていた。
 妙に寂しい昼食を食べ終わった後、何もすることがなく暇で暇でしょうがないのだ。
 普段ならテーブルトークゲームなり外に出てバスケやサッカーなり、なにかしら一緒に遊ぶトウジ達は全身打撲と擦傷の治療のため、カヲルを拉致するついでについてきたマッド赤木の手当を保健室で悲鳴をあげながら受けており、この場にいない。
 ケイタはさっさとどこかに消え、カヲルは子牛のようにミサトに引きずられていった。
 それを見送りながら、レイコがドナドナを歌っていたのが夢のようだ。
 アスカとは今朝の笑劇(衝撃?)の事件のこともあって、どうも顔を合わせづらい。
 アスカはもちろん、嫉妬深いレイも怒っているだろう。
 マナとレイコあたりは怒っていないかも知れないが、余計に話をややこしくしかねない。と言うか絶対話をややこしくしてしまうに決まっている。
 思い詰めると何をするかわからないヒカリとマユミは論外。
 結局、シンジは誰とも話さず、何もすることが無く机にベタッと顎をのせて半分眠っていた。その他の生徒はシンジが一人だけでいるという状況に、珍しいこともあるもんだと、希有な表情を浮かべるが敢えて関わりを持とうとはしない。口下手なシンジとは話をしても、あまり会話が長続きしないから。
 だからシンジは一人で、ぼんやりとしていた。

 だが今日は例年にない暑い日だった。
 教室でジッとしているシンジの全身に気持ちの悪い脂混じりの汗が浮かぶ。
 自分のことであっても、知った事じゃないと突っぱねることのできるシンジですら、堪らず目を開けた。目を開けると、かすかに目がしみる。
 見ると教室には彼以外誰もいない。
 なぜか自分が世界に一人っきりな気持ちがして、シンジは無性に怖くなった。







(結構みんな冷たいなあ。どこ行ったんだろ。
 ま、いいさ。他人は他人、僕は僕だ。
 それにしても暑い・・・・・・たまには、図書館にでも行ってみようかな。あそこなら冷房入ってるし・・・)

 あのあと暑さから逃げ、涼を取るためシンジは、図書室へと向かっていた。
 昼休みを半ば過ぎた図書室はなかなか盛況だ。
 シンジ同様、暑さから逃げてきた生徒達もいれば純粋に勉強のために来た生徒もいた。もちろん図書室本来の目的、本を探すために来た生徒も多数いる。
 シンジは一眠りするつもりできたのだが、一度起きると睡魔はどこかに行ってしまっていたので、見知った顔でもないかと鶏のようにきょろきょろする。

(いないな・・・。考えてみれば僕の知り合いって数えるほどしかいないんだよな)

 ならばと、シンジは珍しく本を読む気になった。
 図書室に来て本を読まないと言うのもずいぶんな話の気もするが。

(たまには読書も良いだろうしね)

 そうと決まれば、何か面白い物でもないかなと書庫に入ったシンジは、山と積まれた本を見上げながら、本棚の間をぶらぶら歩く。
 上を見ながら歩く、すなわち前方に注意を払っていない。
 そして、お約束のようにシンジは本を読みながら前から歩いてきた少女とぶつかった。

「わっ」
「きゃ」

 可愛らしい悲鳴の後、少女が持っていた本がドサドサと床に落ちた。

「ごっ、ごめんなさい!」
「大丈夫?」
「はい。あの・・・あ、シンジ君・・・」

 ぶつかったのはマユミだった。

「ああ、僕は平気だけど」
「よかった」

 そう言うとマユミはにっこり笑った。綺麗な、澄んだ空のような微笑みだった。
 今朝の夢のこともあり、どきりとするシンジ。
 マユミはシンジの少し赤くなった顔に、同じく顔を少し赤くしながらも言葉を続ける。

「ほんとにごめんなさい。私、ボーッとしてて」
「・・・・・・・・」

 シンジが困った顔をしたまま、無言だったことに焦ったマユミは慌てて本を拾おうと、かがんだ。シンジの顔を見ていられなかったのだ。シンジが無言だったことを、不注意で粗忽な女の子と思われたと、勝手な想像をしたから。
 急に動いたマユミにハッと意識を取り戻したシンジが慌てて言う。

「手伝うよ」
「あ、いいんです。私のせいですから」
「ううん、一人だと大変そうだから」
「ごめんなさい、本当に」
「いいよ、そんなに謝らなくても」

 と、同じ本に手をのばした二人の指が一瞬、触れる。

「「あっ」」

 2人の顔が赤く染まり、思わずジッと見つめ合う。ヒューヒュー
 すでに不意打ちとその場の勢いでとは言え、キスまでした2人にしては初々しすぎるきらいがあるが、2人は中学生らしく、とまどい、沈黙した。
 そのまま見つめあう2人を切り離したまま、時が過ぎる。
 シンジは何か言おうと、口を開きかけるが気の利いた言葉が何も浮かばない。
 マユミも何か言おうとするが、半開きになった口からは少しだけ上気した息が出るだけだった。

(どうして、こんなに胸がドキドキするの・・・)
(や、山岸さん・・・)

 お互いの目に映る自分が、妙に潤んで見える。
 何も考えられない。
 最初に動いたのはどちらだったか。
 いつの間にか2人は見つめ合ったまま、徐々にその距離を縮めていた。
 心臓が早鐘のようにうち、手のひらにしっとりと汗が滲む。
 触れあったシンジの右手とマユミの左手は、しっかりと握り合っていた。

「んっ・・・」

 カーテンを通した太陽の光が、2人のシルエットだけを写し出す。
 座り込んだ姿勢のまま目を閉じ、上気した顔でキスをする2人はさながら象牙でできた彫刻のようだった。人気が少ないわけではないが、書庫は広く、2人がいるのはかなり奥まったところなので誰もやってこない。


「んふ・・あ」
「んんっ、ふぅ」


 もごもごと口を動かしていたが、やがて2人は唾液の橋を架けつつ唇をはなした。
 そして、潤み、上気した目で互いを見つめ合ったところでハッと2人の意識が覚醒する。
 今更だが、あわてて距離を取る。

「いや、あの、ごめん!どうかしてたんだ!」

 マユミが何か言うより早く、自分のとった行動にとまどい、慌てるシンジは土下座もしかねないくらい恐縮しながらマユミに謝った。
 マユミはまだ座り込み、本を胸に抱えた姿勢でジッとシンジを見つめる。
 さっきまでの幸せそうな表情が消え、どこか悲しそうにシンジには見えて、まだ出続けていた言い訳の言葉が止まる。

「どうして・・・・・謝るような事したんですか?(どうして謝るの?私、謝られるような存在なの?アスカさん達には謝らないのに・・・)」
「えっ、その、あの・・・」
「シンジ君も、他の男の人と同じなんですか?」
「同じかって言われても、よくわからないけど・・・」

 シンジの言い訳にマユミは少し顔をうつむけた。
 涙で潤んだ顔を見られたくなかったからだ。
 これ以上、ここにいると涙がこぼれてしまうだろう。
 さっきまでの幸福だった気分が、一気に奈落の底に落ちてしまった。アスカ達のように、シンジの心を無理矢理ねじ曲げてでも、と考えることができないマユミには先の行動をとった後、もの凄く悪いことをしたみたいに謝られるなど耐えられないのだ。
 以前のキスはいわば不意打ちみたいなもので、お互いの気持ちとかそう言ったことを考慮していない、いわば子供のキスだった。だが今回のは違う。お互い合意の上でのキスだったのだ。例えその場の勢いだったとしても・・・。
 数日前感じたように思えたシンジの心・・・。それも今では気のせいではなかったのかとも思う。もちろん、そうは思いたくないし、あの時感じたシンジの心は間違いなく真実だろう。

 だが、落ち着くまでシンジの顔を見たくない。
 そう思うと、マユミの行動は早かった。

「・・・もう、良いです」
「えっ?あの、ちょっと山岸さん!」

 シンジの制止の言葉にマユミは止まりそうになる足を、無理矢理進める。
 その頑なな背中を見て、シンジは自分がキスではなく、それとは別に何か致命的なミスをしたことを悟り、言葉が出なくなった。
 マユミは無言になったシンジを残し、本棚の角を曲がって消えようとした。

「待ってよ山岸さん!」

 だが、寸前駆け寄ってきたシンジに腕を捕まれた。
 少し赤くなった目をして、シンジを睨むマユミ。
 その怒った表情に気をくじかれながらも、シンジは必死になってマユミをつなぎ止めようとした。このままワケもわからず怒られたままでは、以前の生活の繰り返しだから。もう逃げないと決めたから、シンジはジッとマユミの目を見つめ返した。

「待ってよ、君がどうして怒ってるかわからないんだ・・・。せめてそれだけでも教えてよ・・・」
「怒ってるワケじゃありません。ただ、自分が嫌なんです。碇君の所為じゃないですよ」

 『シンジ君』ではなく『碇君』と呼ばれたことに、シンジの動きが止まり、捕まれていたマユミの手が抜けた。水が指の透き間を流れ落ちるように、何の抵抗もなく。
 シンジが手を握りしめてくれなかったことを、悲しそうにマユミは言葉を続けた。

「碇君・・・・・・・あの、私のこと・・・・やっぱりいいです」
「・・・・・う、うん」

 マユミは自分のことをどう思っているのか、好きなのか、好きではないのか。好きだとしたらそれがアスカやレイ、マナ達と比べるとどっちがより好きなのか聞きたかったが、どうせシンジ自身にもわかりはしないだろう。
 マユミはシンジどこかとまどうような言葉を聞くともう後ろを振り返らなかった。
 少し目が熱かった。まるで火がついたように。

 シンジはシンジで、心のどこかにピキリと亀裂が走る音を聞いたような気がしていた。
 これから起こることの予兆のように・・・。



















「地震データを照合!パターン青、使徒と確認!」
「警戒中の観測機、1135より入電。目標の移動速度、約70」


「総員、第一種戦闘配置!」

 カヲルをお仕置きし終えたミサトがすっきりした表情で高らかに宣言した。宣言に従い、最高に高まっていた発令所の空気がよりいっそう緊張する。


「映像、入ります!」

 モニターに映し出されたのは、針で構成された円盤が縦に無数に並んでいるというワケの分からない姿の使徒だった。無数にとげの生えたガラスの丸ノコギリの固まり、あるいは針で簑を作った蓑虫と言えばいいかもしれない。
 これまで現れた使徒は第5使徒という例外もあるが、大抵目的に応じた形をしており、生物学的に著しくおかしな形状の存在はいなかった。第5使徒とて、加速粒子砲を武器としているのなら形状としてはおかしくない。
 だがこの使徒は・・・。
 どす黒い体の中心部をふよふよと上下している、コアらしき物も、下端から伸びた複数本の腕も、全てが生理的な嫌悪感を呼び起こす。何より生物らしい気配が感じられない。触るととても心も体も痛そうな感じがした。
 ミサトは気持ち悪さを押し隠すように、日向に質問をした。
 いずれにしろ、使徒は全て倒さなければならないのだ。
 それが彼女のレゾンデートル。

「目標の能力は?」
「各部スケール以外は不明」
「さんざん地下に潜んでいたのに、今になって出てきた理由は何?」
「こちらの手の内が読めたのか・・・」

 言いあぐねた日向に代わり、リツコが答える。その目は真剣だ。使徒と、彼女の知っている情報との食い違いが彼女の心を惑わせる。しかしリツコは内心の葛藤と思考を一切外に漏らすことなく、じっと使徒の姿を見つめ続けた。

「あるいはより具体的な情報がほしいのか・・・」

 受けて応えたミサトが、ちらりと後方を見た後、日向に目を戻した。
 ちょっとドキンとする日向。

「碇指令は?」
「あ、迎撃は葛城三佐に一任すると」
「ゾイド各機、出撃準備!」
「G弐号機はすぐに出られます。その他の機体の発進準備完了は、370秒後!」

 ミサトのちょっと焦りの混じった質問にマヤが報告する。
 その報告にミサトは胸をなで下ろした。何しろ調子に乗ってカヲルをいたぶりすぎたのだ。何かあってカヲルが出撃できませんでしたとか、そんなことになったら減棒・・・の余地はないので、ただ働きになることは間違いない。

「カヲル以外の、パイロットは?」
「すでに待機しています」
「目標、第一次防衛線突破!」

 青葉の報告に、一同の目がチルドレンからメインモニターに写る使徒に向けられた。
 毎度おなじみの税金の無駄遣い、兵装ビルやミサイルサイロから発射されるミサイルが使徒を攻撃するが、無論ダメージは全くない。まるで炎をシャワーのお湯か何かのようにかき分けかき分け、使徒は進撃を続けた。

(もはや、強羅絶対防衛線の意味が全くないわね)

 ミサトはそう思いながら、なぜかふっと軽く笑った。
 だが使徒の進撃もここまでよ!
 軽くオペレーター達に目を向けて、発進準備を促す。
 その後、通話回線をケージで待機しているチルドレン達に変更した。
 全員が着替え終わり、プラグに乗り込んでいる。どのゾイドもチルドレンと心をつなぎ、その魂に呼応するようにかすかな身じろぎとうなり声を出し続けていた。

「目標の能力は不明のまま。
 強羅絶対防衛線までひきつけて、通常火器との連携で攻撃を開始。
 以後の行動、および敵の能力への対処は、その場での判断に委ねる。いいわね?」

『そんなの作戦でも何でもないじゃない!』
『アスカさんが言うとおり、毎度の事ながら大雑把よね』
『はは、仕方ないんじゃないかな』

「ちょっとあなた達、それどういう意味よ?」

 言いたい放題言われたミサトが、ちょっと眉音をひそめながら言う。多少は自覚があるらしいが、アスカ達はミサトの抗議を綺麗さっぱり無視した。

『そのまんまの意味よ。それより・・・』
『・・・フォーメーションは?』

 耳に音楽のイヤホンを付けなおしたアスカに続き、レイの冷静な質問が重なる。なぜかこの2人はユニゾンしていた。

「そうねえ・・・」

 レイの言葉を受け考え込むミサトに、やっぱりと思うと同時に、勘弁してよと思うチルドレン達。
 先に考えておいて下さいよ。
 シンジあたりは切実にそう思った。
 なんとなく、なんとなくだがミサトが何も考えていないときは、自分が出撃することが多い。そして大抵酷い目にあって、いったん下げられて、その隙に誰かが大怪我をしているからだ。ハッキリ言うと、シンジはミサトの作戦を信頼していない。
 シンジはモニターに映るミサトの目をじっとみつめていた。

「・・・初号機をリーダーとしたブルーストライクチームのみの出撃とします」

 ブルーストライクチーム・・・。
 すなわち、ゴジュラス両機(シンジとカヲル)、グレートサーベル(マユミ)、シールドライガー(ケンスケ)によって構成されたチームである。高速機動型ゾイドのグレートサーベルと、シールドライガーが相手を攪乱し、ゴジュラスが敵に突撃して倒すという短期決戦型パワーチーム。
 ちなみにアイアンコング(カヲル)、サラマンダー両機(レイとレイコ)、ディバイソン(トウジ)、ゴルヘックス(ヒカリ)の万能型チームがゴールドストライクチーム、ウルトラザウルス単体(マナ、ムサシ、ケイタ)で構成されるアイアン・メイデンチームというものもある。尤も、敵に合わせてゾイドを替えることもあるのでこのチーム分けも厳密なものというわけではない。


『うっそー!ミサト、あんた何考えてるのよ!?私の出番は!?』
『各個撃破される気?兵力の分散は、愚の骨頂!』

 ともあれ出番無しと言われたアスカとマナが叫んだ。もちろん集合させられたのに出番が無くて怒っているわけではない。彼女達もパターンというか、何というかミサトの作戦基準を理解しだしたのだ。他の(シンジ以外の)チルドレンも不信感というソースをたっぷりとまぶした視線をミサトに向ける。
 ミサトはなんでこんなにムキになって抗議されるのか、わからないと言う顔をしながらも、勤めて冷静に ーーー 傍目から見たら失敗しているが ーーー 理由を告げた。

「使徒の能力は不明のまま。最悪の場合を想定して、その他のゾイドは本部で待機。
 ・・・と言う事よ」

 一応、筋は通っている。それにミサトは上司だ。
 仮とはいえネルフが軍隊の形を取っている以上、部下である彼女達は抗議はできても最終決定には従わなくてはならない。従う以上、作戦を成功するよう努力しなければならないのだ。それが例えどんなに・・・・・な作戦であったとしても。
 黙り込むアスカを心地よく思いながら、ミサトはシンジの通話モニターを見つめた。

「いいわね、シンジ君(イヤって言っても、行ってもらうけどね)」

『自信はないですけど・・・やってみます。みんなは?』
『ふふん、僕はいつでもシンジ君と一緒だよ』
『任せといて下さい!腕が鳴るなあ』
『・・・・大丈夫です』

「いい返事だわ」


 喰らい顔をしてマユミがシンジに視線を向けようとしないことを、ちょっと疑問に思いながらも、ミサトはメインモニターに視線を戻し、厳しい、大人の軍人の声で日向に現状を尋ねた。
 依然使徒はミサイルや、劣化ウラン砲弾、メーサー砲の攻撃を無視して第三新東京市に迫ってきている。

「目標は?」
「進行速度、変わらず。270秒後に強羅絶対防衛線に到達します!」
「あなた達がごちゃごちゃ言い争っている間に、すでに発進準備は整っているわ」

 ミサトが何か言う前に、少し皮肉を交えた口調でリツコが伝えた。
 先手を取られて、少し目を白黒させるミサトを滑稽に思いながらリツコは考える。

 確かに、科学者であるリツコの目から見てもミサトの作戦はアレに思えた。
 だが現実は、ミサトの作戦はいつもうまくいっている。信じられないが。
 なにより、MAGIがいつもいつもその作戦を指示しているのだ。例え、ナオコがキョウコが反対したときであっても。
 そしてユイはどういうわけかミサトの作戦に口を挟まない。
 どんな理由でその無謀とも思える作戦行動に反対しないのか。

 リツコがそんなことに思いをはせている間に、ミサトは高らかと叫んだ。

「発進!!」









(久しぶりのカタパル・・・ト!)

 カタパルトに移動していたゴジュラス初号機がもの凄い力で押し上げられ、中に乗っていたシンジがGに顔をゆがめる。いつまでたっても慣れることのない、不快な衝撃。だがそれ故に戦いに赴いていることが実感できる衝撃。

(ぐ、ぐぐぅ・・・)

ガッシャーン!

 地上に姿を現すと同時に強引にその運動エネルギーがゼロにされ、カタパルト、拘束具、ゴジュラス自身の体が軋みをあげる。山の斜面に作られた射出口からゴジュラス初号機が姿を現した。少し遅れてその他のゾイド達もそう遠くないところに姿を現した。
 体に走る僅かばかりの苦痛に怒りをたぎらせたのか、ゴジュラスはシンジの意志とは関係なく一声叫んだ。

「ガアアアアァッ!!」


 その叫びに怖じけづいたかのように使徒は、進行を止め、山すそに姿を隠すようにしてゴジュラスに近づこうとしない。
 

『気をつけて、シンジ君。すでに敵は1000メートル圏内よ!』

「・・・どういうことだ?攻撃してこないじゃないか。どうすればいいんだ」

 ミサトの言葉に、シンジはとまどった。気をつけても何も、相手はゴジュラスから逃げようとしているのだ。今までの訓練内容に、逃げる相手との戦い方なんて無かった。故にこそ、シンジはとまどってしまったのだ。
 だが迷っていても仕方がない。何かしないことには敵の能力も、何もかもわからない。

「・・・ケンスケ、山岸さん」
「了解」
「やってみます」

 シンジの目の合図に頷き返し、ライオン型ゾイド『シールドライガーMk−2』と剣歯虎型ゾイド『グレートサーベル』が使徒に向かって走り始めた。走り込みながら、シールドライガーの背中に装備された主砲が微かな唸りをあげ始める。
 その少し後ろを走っていたグレートサーベルの背中から銀色に輝く2枚のガルウイングが勢いよく飛び出した。同時にその目が真っ赤に染まる。

「・・・ぃけっ!」

 距離が500mほどに縮まったと同時にシールドライガーは主砲を発射した。空気が引き裂かれる音が響き、紫がかった赤い色の光線が使徒に命中した。轟音と共に爆発の光が使徒を飲み尽くす!

「やった!やったのか?俺が使徒を倒したのか!?」

 初の大金星(?)にケンスケの顔がぱぁっと明るくなる。
 だが、その喜びはもちろん間違いだ。

「まだだ、ケンスケ!逃げて!」
「なに?うわっ!」

 シンジの警告にケンスケが反応するより早くシールドライガーは飛び跳ねた。一瞬遅れて、光の牙がシールドライガーがいたところを焼き尽くす。急激な熱変化による膨張爆発が、シールドライガーの体を叩いた。
 ケンスケが空中で姿勢を制御しながら、光線が飛んできた方向に目を向けると、使徒がまるでバッタかノミのようにぴょんぴょん飛び跳ねながら、最上部の色が異なっている部分から光線をうち続けていた。巨大な使徒のその姿は、何ともシュールで漫画のようだった。


「調子に・・・乗るな!!」

 その光線を右に左に、懸命に避けつつ、両肩のキャノン砲とゴジュラスの身長ほどもある新兵器、複合重バルカン砲で応戦するシンジとカヲル。キャノン砲の出す断続的な轟音と、バルカン砲の出す連続的な轟音が遠く第三新東京市の家屋を揺るがした。
 だがパレットガンの十数倍の威力を誇る新兵器も、旧都庁を一撃で瓦礫と化すキャノン砲も当たらなければ意味がない。

「かすりもしないか・・・。信じがたい運動能力だね」

 薄ら笑いを浮かべながら人事みたいに呟くカヲル。と、その顔が驚きで一瞬固まった。
 空に舞い上がって様子を見ていたグレートサーベルが急降下してきたのだ。
 上空の影に気づき、逃げようとした使徒の動きを封じるため、上空からミサイルを使徒の周囲を囲むように打ち込む。爆風が使徒を囲み、炎の檻が使徒を封じ込めた。急降下するグレートサーベル内部のマユミはスピードに顔を引きつらせながらも、その目は真っ直ぐに使徒を捕らえていた。

ガキィン!

 金属と金属を打ち合わせたときのような、軽く、澄んだ音が響く。
 全体重を重力+ジェットの加速で打ち付け、動きの止まった使徒の体に、そのままグレートサーベルは噛みついた。使徒に食い込むその長大な牙が赤熱化し、ギリギリと黒板に爪を立てたような音が響いた。同時に後足の爪が長く伸び、使徒の体をひっかいた。
 シンジ達の顔が真っ青になる。

ギキキキィ〜〜〜〜〜〜ッ!

「「「うぎゃあああああっっ!!!」」」

 もちろん直接的なダメージになるわけではないが、その精神的嫌悪をどうしようもなくいや増す音に、シンジ達はもの凄く苦しそうな顔をして、いや実際に苦しいのだろうが、縦線で顔を真っ黒にしてプラグ内でのたうち回った。
 大慌てでマイクを切って被害から逃れたミサトの目には、気のせいかゾイドも苦しそうに見えた。
 動きが鈍ったゾイドを横目に、マユミは冷や汗を流しながらも、噛みつくことを止めさせなかった。今ここで離したら、また使徒は距離を取り、シンジ達を攻撃するだろう。そんなことを許すわけにはいかない。
 そんなマユミの想いに応えるかのように、グレートサーベルの瞳が緑色に輝く!
 瞬間、それまでの抵抗が嘘のように、あっさりと使徒の光線射出口が噛みつぶされた。使徒の体が激しく揺れたかと思うと、積み木を崩すように崩れ始める。
 同時に口の中に感じる苦い味と倒したという安堵感に、さすがのマユミもレバーを握る力が失せた。愚かだと言わざるを得ない行動だった。
 その隙を逃さず使徒の体から無数の針が伸びた。
 もちろん組み付いていたグレートサーベルはかわすことができない。ほとんどはオリハルコン装甲にはじかれたが、数本が特に柔らかい箇所、脇腹に突き刺さり、グレートサーベルが苦鳴をあげた。だが使徒の攻撃はそれだけでは終わらない。

 使徒の体を構成する、円盤状のカッター。
 その中でも最大の直径を誇るものがぐるぐると回転を始めたのだ!
 回転ブレードが当たる咽の部分、そこからまず甲高い音と共に火花が散り、一瞬遅れて柔らかいものを切り裂く鈍い音と共に紫色の体液が噴水のように吹き上がった。

「うぐっ!?い、いやあ〜〜〜〜〜!!」

 マユミは悲鳴をあげながら、よたよたと使徒から距離を取る。瞬間的にシンクロを下げたとは言え、致命傷に代わりはない。使徒という支えが無くなったグレートサーベルの体がどさりと崩れ落ち、何か誤作動でもあったのか、後頭部の装甲が開きエントリープラグが強制射出された。
 使徒が一瞬動きを止め、何だこれ?という感じでプラグに目らしき物を向ける。
 そして、腕をそろそろとエントリープラグに伸ばした。

「だだだだっ!どわーーーー!!」

 奇声を上げながらケンスケが使徒に体当たりした。先のグレートサーベルのようにされる恐れがあるというのに、全く躊躇することなく、真っ正面からだ。2体は絡まり、勢いよく山の斜面を転がり落ちていく。
 その隙にシンジはエントリープラグを拾い上げた。

「山岸さん!山岸さん!大丈夫!?」
「う・・・シンジ君?だ、大丈夫です・・・」

 とりあえずその返事を聞いて、ほっとため息をシンジはついた。

『シンジ君落ち着いてる場合じゃないわ!プラグをシェルターの近くへ!後は回収班に任せなさい!
 それと新しい武器を用意したわ!』

 ミサトに従い、大慌てで最寄りのシェルターまでプラグを運ぶゴジュラス。できる限り揺れないように慎重にそっと地面に置くと、シンジはミサトの言う格納庫から先のバルカン砲以上に巨大な、2連装バルカン砲を取り出した。しかも両手に一丁づつ、計二丁。

「う、ウイングガンダ・・・」

『シンジ君、早く目標を!』

 危険な言葉を言いかけたシンジを黙らせるミサト。発令所の面々もほっと一安心。

「は、はい!」

 シンジは急いで、使徒に銃口を向けた。
 見ると、シールドライガーは腹部から紫色の鮮血を滴らせながらも、使徒に攻撃をし続けて注意を引いている。だがこのままではグレートサーベル同様致命傷を負いかねない。いや、致命傷をおして戦っているのかもしれない。

 自分が不甲斐ないばっかりに!
 このままだと、カヲルも、待機しているみんなも重傷を負い、もしかしたら死んでしまう。
 皆が血塗れで倒れ伏している光景が目に浮かび、そして・・・。



「うあああああああっ!!!!!」


 狂ったような叫びをあげながら、シンジは銃を連射した。
 今度はかわすことができす、次々と命中した弾丸が使徒の体を砕いていく。さすがにオリハルコン製の弾丸である。
 弾が切れても、引き金を引き続けるシンジの横をすり抜けながら、カヲルの乗ったクリーム色のゴジュラスが宙を舞った。その手に握るソニックグレイブが日光を反射する。

 もはやボロボロに崩れ、身動き一つしない使徒の体を、グレイブの先端が貫き通した。そしてそのまま真下に切り下ろす。どこに口があるのかわからないが、金切り声をあげる使徒。
 ゆっくり、くずれるように体が倒れ・・・そして、カヲルを巻き込んで爆発した。
 すかさずATフィールドを張り、爆風を利用しながら安全圏に飛び出したカヲルのゴジュラスに、発令所の人間達もほっとため息をついた。
 爆発跡に立つ弐号機、少し離れたところで傷口を舐めるシールドライガー、うめき声を上げながらも動いているグレートサーベル、ようやく正気を取り戻した初号機。彼らの頭上に観測ヘリが飛んできた。


 ゾイド1機小破、1機中破という被害はあったものの、意外なほどあっさりした勝利だった。
















「イヤやあ、高いのはイヤや〜!」
「我慢しなさい鈴原!男でしょ!」
「イヤや、イヤや、イヤや〜!こんなとこ人のおる場所やないで〜!」
「いい加減だまんなさい!」
「あひっ!おはっ!げふっ!」




 ジオフロント天井都市の一角、床下にネルフ本部が見える、考えようによっては空恐ろしい場所でミサトは満面の笑みを浮かべながら、殊勲賞である3人と待機していた全員をねぎらっていた。何か高所にトラウマでもあるのか、錯乱したトウジの叫びが耳にイタイ。ちなみにマユミは軽傷だったものの、負傷箇所が急所だったので医務室におり、ここにはいない。

「よくやってくれたわ」

 トウジの叫びと、それを黙らせるため戦闘モードに入ったヒカリの声をバックミュージックに、出撃できなかったアスカは黙ってミサトのねぎらいを聞いていた。
 ミサトの無謀とも思える作戦に反対したが、結果としてミサトの作戦が正しかったからだ。確かに、あの素早い使徒に数による攻撃を行っても、捕らえきれず、かえって同士討ちの危険を恐れて実力を引き出すことはできなかっただろう。出撃に選んだゾイドの組み合わせも申し分なかった。少なくともアスカやマナ達のチームより問題は少ない。

(どうして無茶に思えるのに、いつも正しい・・・少なくともうまくいくのかしら?)

 勝ったのだ、少し冷や冷やするところはあったが、全員無事だったのだ。それで良いはずなのに、なぜかアスカは結果としていつも正しいミサトの作戦に、不思議と納得することができなかった。それがなぜかまではわからなかったが。
 と、ぼんやり考え事をしていたアスカの耳に、ミサトの聞き捨てならない言葉が飛び込んできた。

「とりあえず、一件落着っていきたいとこだけど・・・」
「だけどって、まだなんかあんの?」
「カヲルの警戒待機命令は解除されていないの」
「だって、使徒はもうやっつけちゃったじゃない」
「碇指令の命令なのよ」
「ふ〜ん、カヲルも大変ねえ。ま、私達には関係のないことだけど〜」

 アスカが隣のレイ、レイコをのぞきこんで嫌味っぽく言った。同じく、マナも仲間に加わる。

「「「ね〜♪」」」
「・・・・・(ニヤリ)」

「・・・くっ(好意に値しないね!)」

 笑い顔のまま器用に顔をしかめるカヲル。それを見て、ますますアスカ達は面白そうなニヤリ笑いを浮かべた。

「あの、僕は・・・」

 手に着いた汚れをハンカチで拭いてるヒカリと、眠ってしまったトウジ、ニヤニヤ笑いを続けているアスカ達を横目に少しばかり『女の子って・・・』と思いながら、シンジが遠慮がちに声を出した。どっちにしろ、今更学校に戻っても授業は終わっている。だったら別にカヲルと待機任務に就いていたとしても、問題ない。そう思っての発言だったが、ミサトはあっさり却下した。
 美少女達の視線が怖かったのと、カヲルが嬉しそうな顔をしたからだが。

「うっ、シンジ君今日はもう良いわ。明日からはまた学校に戻っていいわよ」
「・・・じゃあカヲル君、がんばって」
「心配してくれるんだね。嬉しいよ。僕の心は歓喜に打ち震えている。そう、これは温かく・・・」

 戯言を言い始めたカヲルから視線を、ミサトに戻すシンジ。
 カヲル君こうなると長いからなあ
 と考えていた。

「ともかく、カヲル以外のみんなはあしたから普通の生活に戻って。カヲルは碇指令の命令により警戒待機。いいわね」

 まだぶつぶつ妖しいことを言い募るカヲルを無視して、ミサトがそうまとめた。

「「「「「「「「「はい」」」」」」」」」
「ああ、ああ!僕の半身!アンドロギュノスの片割れ!今こそ一つに!兄貴って呼んでくれぇ!」

 元気よく返事する一同。
 無論、カヲルは妖しいことを言った瞬間レイ、アスカ、マナ、ミサトの4アタックに沈黙。トドメにレイコのフットスタンプ!壁にピシャッと赤いものが飛んだ。
 それを合図に、ふっと空気が和む。
 途端にアスカが胸を誇示するように、大きく伸びをした。

「あ〜、なんだか拍子抜けね。使徒も意外にあっけなかったし」

 アスカ何もしてないでしょと思いながら、ミサトが笑いかける。

「今日はもう遅いわ。部屋でゆっくり休むのね」
「言われなくても、そうするわよ」
「そうね、そうした方が良いわ。あとは・・・」

 退出するチルドレンを見送りながら、ふと顎に手を当て、ミサトは少し考えるような顔をした。シンジがトウジを引きずりながら、急に真顔になったミサトを振り返った。

「どうしたんですか、ミサトさん」
「ううん、アスカの言うようにあっけなさすぎる使徒が、ちょっち気になっただけ」
「私達の戦闘能力がそれだけ向上してるってことよ!」

 さりげなく、シンジと歩調を合わせていたアスカが得意そうに言った。

「・・・そうね」

 ミサトは冷やかすことも忘れ、厳しい表情を張り付かせたまま相槌を打った。
















 それから、まもなく。
 ミサトはリツコと2人で、長い長い発令所まで一直線に続くエスカレーターに乗っていた。2人は無言だったが、ミサトが思いだしたように口を開く。

「・・・で、アメリカ支部が放棄したアレ・・・どうするの?」
「ここで引き取ることになったわ。米国政府も第1支部までは失いたくないみたいね」

 少し小馬鹿にしたように、リツコが言った。
 それを受け、ミサトが呆れ返ったように、リツコに顔を向ける。

「D4はあっちが建造権を主張して強引に再生作業していたんじゃない。
 ・・・今さら危ないとこだけうちに押しつけるなんてむしのいい話ね」
「あの惨劇の後じゃ誰だって弱気になるわよ」

 あの惨劇・・・・・・・。
 すでに1ヶ月以上前の話になるが、アメリカ、ネバダ州にあったネルフ第2支部消滅事件である。原因をミサト達はよく知っているが、使徒は第三新東京市だけ襲うわけではないと言う事実から生じる混乱を避けるため、米国には消滅原因はコアの暴走と伝えてあるのだ。無論、知っているものは知っているが、浮き足だった支部の人間が理論上ゴジュラス初号機をも上回るエネルギーを持つゾイドの保持に難色を示すのも無理はない。

 いずれにしろ、最終作業は、アレの取り付けはここで行わないといけないんだから、渡りに船よ。
 リツコはそっと心の中で思った。

「でもパイロットがいないわよ。起動試験はどうするの?例のダミーなんとか?」
「これから決めるわ・・・」





















<深夜・シンジの部屋>

 シンジは色気も素っ気もない、質素な室内でベッドに寝転がりながらぼんやりと今日あったことを考え込んでいた。彼の脳裏に情景が浮かび、消え、そしてまた新たな情景が浮かぶ。

(・・・なんでだろう、目が冴えて眠れない。
 なんでだろう・・・今日の戦いが、忘れられないのかな・・・)

 あっさりと倒された使徒を思いだす。不気味な黒い、針鼠のような使徒を。
 アスカの言うように、自分たちの能力が向上しているのならそう問題はない。かえって安心してしかるべき事だ。しかしながら、素直にそう思うことができない。彼が全てに対し懐疑的で、悲観的だからというワケだけでは説明が付かない、妙な引っかかり。野生の勘と言った方が近いかも知れないその感情は、シンジを夢の世界から遠ざけ続けた。
 目が冴えていつまでも眠れない。
 だから余計なことを考え続けるシンジ。

(違う、そんなんじゃない。僕はただ・・・)

『そうやってあきらめてるから何も変わらないの!!自分が今の自分自身に満足してる証拠よ!』

 アスカに今朝言われた言葉が映像付きで脳裏に浮かぶ。
 ついでにその時の痛みと情けなさを思い出し、少し顔をしかめた。

(僕は、本当に今の自分に満足してるのかな・・・)

『ごめんじゃないでしょ!
 謝ればすむと思ってる、あんたのその事なかれ主義の性格、なんとかしなさいよ!』


 他人に何がわかる・・・。
 そうも思うが、確かにアスカの言っていることは真実の一端をついている。
 だからといって、どうなるものでもない。
 シンジはアスカのことを意識の底から閉め出した。










 アスカにかわって、マユミのことが脳裏に浮かんだ。

『本当にごめんなさい。私、ボーッとしてて』

 図書館でぶつかった時、なぜかひたすら謝り続ける彼女。
 よほど周囲の物事が怖いのだろうか。
 その後、その場の雰囲気に流され、キスをした。
 結局、その後の自分の無神経な言葉で彼女を傷つけてしまった。
 あの時、『シンジ君』ではなく『碇君』と呼ばれたことが無性に悲しく、自分が情けなく感じた。
 どうしてあの時引き留められなかったのだろう?
 理由はわかっている。

(・・・山岸さん、僕に似ているのかもしれない・・・。
 自分が悪いと思うから、謝ってるだけだ。そう、似てるなんてものじゃない。僕と同じなんだ・・・。
 だから、アスカは嫌いなんだろうな)

 街の明かりが一つ消えた。
 空に星が流れた。
 マユミをお見舞いしたときの、アスカの態度を思い出す。
 うっすらと咽に痣の残るマユミを、本気でアスカは気遣っていた。ついでにケンスケのことも。

(自信のない人間が嫌いなんだろうな。
 ・・・僕だって、自信を持ちたいさ。だれかが誉めてくれるようなことがあれば、それができるかもしれない。
 でも、それは所詮、自分の価値を他の人に委ねているだけだ)

 シンジは、天井の蛍光灯をみつめながら考えた。
 ただ謝ったシンジのことを、マユミは許してくれた。その口調も柔らかくなり、『碇君』ではなく『シンジ君』と呼んでくれた。にっこりと笑ってくれた。
 だが本当のところはどうなのだろう?

(だからかな・・・いつも僕は自分のことや、まわりのことばかり気にしてる。本当に相手のことを思って謝ってない。・・・考えるのは、自分のことだけだ。自分に自信がない。まわりの様子が気になる。だから、つい謝ってしまうのかもしれない。
 ・・・人のために、素直に謝りたい。そのためにまず、自分に自信を持ちたい。もっと、強い自分になりたい。こんな僕にでも、なにかできることがあるはずだから・・・)

 寝返りをうったシンジの心に、再びマユミの影のある、少し寂しそうな微笑みが浮かぶ。
 本当に自分は彼女に許して貰えたのだろうか。
 かえって愛想を尽かされたのではないだろうか?
 もしそうだとしたら・・・。
 シンジは筋が浮かぶくらいぎゅっと手を握りしめた。

(僕は、強くなりたいのかもしれない。自分の好きな自分になれるくらい・・・・・・)












 薄暗い巨大な空間に、ユイとキョウコ、ナオコ、そしてリツコの4人がいた。
 微かな湿り気を伴った風が、4人の頬をくすぐる。
 4人はじっと天井からぶら下げられたシンジ達の使うエントリープラグとは色違いのプラグを見つめていた。

「試作されたダミープラグです。これにより、強制的にゾイドを暴走状態にできます。
 ただ、人の心はエンジェル・ハートで代用は出来ますが、魂のデジタル化は出来ません。あくまでフェイク、擬似的な物です。パイロットの思考と経験を真似する、ただの機械です」

 そのエントリープラグには『YUI/DUMMY・PLUG/−00−』と、何度か書き直された上から刻印されていた。プラグを見つめるユイの瞳が鈍く光る。

「信号パターンをゾイドに送りこみ・・・。ゾイドが、暴走しさえすればそれで良いわ・・・」


 やがてユイはプラグを見つめたままそう言った。
 リツコはなおも言葉を続ける。
 不完全な、極めて危険なものを使用しようとすることに、今だ躊躇があるのだ。

「まだ問題が残っていますが・・・」
「構まないわ。いざというとき、ゾイドが動けばそれで良いわ・・・」
「・・・しかし」
「初号機にはデータを入れておいて」

 ユイはじろりとリツコを睨み、そして顔を背けた。もう会話する気もないようだ。
 彼女の白衣に包まれた背中はそう言っていた。
 長い逡巡の後、リツコは頷く。
 周りのキョウコと、ナオコもこればっかりはリツコの味方とはなりえない。
 目を向けても、居心地悪そうに目を背けるだけだ。
 それに自分が命令拒否しても、時間がかかるがナオコとキョウコが代わりをしてしまうだろう。だとしたら、完全を期すため努力しなければならない。

「・・・・・・はい」

 リツコは少し力無く応えた。
 彼女の言葉を確認するように、ユイは軽く頷く。そして室内のライトが一斉に消された。
 直後!

「ちょっと!加持君タイミング早すぎるわよ!まだ私達外に・・あ痛ぁ!?」
「きゃっ、ユイうろうろしないでよ!今私の足踏んだでしょ!?」
「あの、司令。下手に歩くと冷却液の中に・・・」
「きぃい!なんでこんな所に、柵があるのよ!?」

 しばらくぎゃーぎゃー言っていたが、やがて『ツル、ぼちゃん!』という愉快な擬音の後、急にユイとキョウコは静かになった。真っ暗な所為でお互いの顔は見えないが、リツコとナオコは何がどうなったか理解し、冷や汗を流しながらため息をついた。

「「すっごい無様ね」」










<翌日・通学路>

 昨日深夜、大人達が謎の会話をしていたことなど知るはずもなく。  昨日のこともあり、まだアスカとは顔を合わせづらいシンジはアスカがシャワーを浴びている間にさっさと家を出ていた。またあんな事があったら、今度は頬に痣をつける程度ではすまないだろう。そう判断してのことだ。
 一人、黙々とまだ誰も生徒がいない通学路を歩いていくと、本屋から出てくるマユミの姿が見えた。
 どきりと、胸が鳴りシンジの足が止まる。
 視線を感じたマユミもシンジに気付き、足を止めた。
 まだ角度の浅い朝日を浴び、小鳥の鳴き声の中2人は無言で立ちつくした。
 やがて、シンジは勇気を出して口を開く。
 黙っていても何も解決しないのだから。
 強くなりたいと思ったから。

「あ、あの・・・。山岸さん。朝から本を買ってたの?」
「はい。きのう、図書室で借りた本、みんな読んじゃったから・・・」

 そこまで言って俯き、言葉が出なくなるマユミ。
 何となくお互い顔を合わせづらい。
 シンジはかえってマユミの目を見ないですむようになったことを感謝しながら、言葉を続けた。

「いつも本を読んでる。・・・本が、好きなんだね」
「だって、いろんなことを教えてくれるから」

 そう言うと恥ずかしそうに頬を染め、マユミはにっこりと笑った。
 その後、当たり障りのない話 ーーー 昨日のことに関係しないこと ーーー を話ながら2人は一緒に歩き始めた。

「あの、シンジ君は本を読んだりしないんですか?」
「うん、よく読むよ」
「よかった」
「どうして?」
「だって、同じ趣味の人がいると思うだけで、楽しくなるじゃないですか」
「・・・そうだね」

 マユミはまたにっこりと笑う。
 嫌われるのが嫌いな彼女は、ある意味シンジと同じで、すぐ他人を許すことができた。
 第一いつまでも許さなかったら、シンジといつまでたっても会話することができない。
 シンジは知らなかったが、マユミはなんだかんだ言ってもシンジと一緒にいられて嬉しいのだ。それに今日は珍しく色々お話ししている。確かに、昨日のことはショックだった。だがその後、シンジは謝った。たぶん、よくわかっていないのに謝ったというものだろうがマユミは許してあげることにした。それに戦闘で負傷したとき、助けてくれた。それでおあいこにしょう。
 マユミはそう思うことにした。

 マユミが許してくれたとはまさか思っていないシンジは、頭をかきながら、真っ赤な顔をした。使徒と戦うのとは、方向が違うが、それに匹敵するくらい勇気をかき集める。

「あ、あのさ・・・」
「はい」
「あの・・・昨日色々考えたんだ。
 それで、僕が、馬鹿だった。無神経だった。あんなに人から嫌われたくないって思ってるのに、その僕があんな無神経なこと言って・・・。山岸さんの気持ち知ってるのに・・・」
「・・・・・・・」
「だから、ごめん」

 マユミは少し驚いた顔をしていたが、やがてシンジが真っ赤な顔をして、しかも微かに震えていることに気がついた。寒さに震える、もしくは恐怖におののく幼子のようなシンジを見ていると、なんだか自分の方が悪者のような気がして、マユミは言葉が出なくなった。ただ、じっと歩くことを止め、シンジの横顔を見つめていた。シンジも視線を感じながら、ジッとしている。
 かすかに風が吹いて2人の髪の毛を揺らした。





 それは時間にしてほんの数分もないくらいだったが、2人には途方もなく長い時間に感じられた。
 沈黙に耐えられなくなったのか、シンジはまだ顔を紅潮させたままゆっくり呻くように呟いた。

「そう・・・だよね。今更、いや、今になって急にこんな事言われても、山岸さん困るだけだよね」

 鬱病の人間のようなセリフに、マユミは慌ててシンジの言葉を遮った。このままではまた誤解が生じてややこしいことになるから、それは彼女としても一生懸命の言葉だった。

「・・・そんなこと、ありませんよ。ううん。謝らなくても良かったのに・・・・・・・でも、私の気持ちを知っていてくれてる。・・・それだけで嬉しいです」
「許してくれるの?」

 パッと明るい顔で、2人は見つめ合った。
 心によどんでいた、不快な汚泥が流れ去ったように爽快な気分。

「最初から、私達の間に許さなきゃいけない事なんて無いですよ。それより、早く行きましょう」
「あ、そうだね」















 どこかで誰かが目を開けた。








 誰かはジッとそれを見つめた。







 そしてどうすべきか考えた。






 そして







 知識・・・単なる情報の集まりの中から、最も自分に適した手段を選択した。














 それから学校に着くまでの間なごやかに話し、微笑みあっていると、突然マユミが立ち止まった。いきなり会話を止めると、シンジのことを忘れたようにジッと自分のお腹を見つめたのだ。

「どうしたの?」

 シンジの声をよそに、マユミは真っ青な顔で自分の腹部を押さえた。
 うずく。
 何かがうずく。
 誰かに見られている、何かが入り込んでくる。
 何かが中で動いている。
 何かが脈動している。
 不思議な自分が今まで感じたことのない、痛みと快感がない交ぜになった感覚だった。

「・・・私が、私じゃないみたい。何これ。なんなの?」
「大丈夫?」

 ぐるぐると世界が回り、自分がどこにいるのかもわからなくなっていたマユミは、シンジの心配そうな声で我に返った。
 同時に、不思議な感覚も消える。そんなこと初めからなかったように。
 怪訝な顔をするシンジに、マユミは慌てて返事をした。

「えっ、あ、いえ、なんでもないから」
「・・・そう」

 シンジはまだ心配そうな顔をしていたが、マユミは何も言わなかった。


Bパートに続く




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