第18話「瞳に映るE」


シンジのマシンが徐々にカヲルのマシンに追いついてくる。
「馬鹿な・・・綾波レイだけなら分かる・・・。
 何でシンジ君までが追いついてこれるんだ! うっ!!」
三台がトルネードバンクに入り、強烈なGが彼らを襲う。
レイのマシンから見てもシンジのマシンは徐々に前に動いていく。
赤いライトが不気味に輝くと、コクピット内でくったりとシートに体を預ける少女の
マシンはバンクの外側一杯までマシンを寄せていった。
「綾波・・・レイ。何を・・・」
徐々に迫るシンジのマシン。アウトに振って不気味なレイ。
「仕方ない・・・もうボクはこれ以上シンクロを上げられない・・・。
 もう、機械的に頼るしかないっ」
彼もシンクロパターンを最大に変える。
そして、今まで使うことの無かったエレクトリックシステムまで使う。
それらの効果により、カヲルのマシンはシンジを離せないまでも、
同等のスピードまで上がる。
「よし!これなら・・・!」
そう言いかけた時、彼に今まで体験したことのない感覚が襲いかかった。
「な、何だ!!。この感覚は・・・体がぼやけて・・・。
 Gで内蔵が吸い込まれるような・・・?!」
彼らの目にバンクの出口が見えた。
「これがマシンに乗り移られる感覚なのか・・・だがここでやめられないんだ」
カヲルはアクセルを緩めることはしなかった。
その感覚は体にどんどん浸透してゆく。浸透するにしたがい彼に激痛が走った。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
その声を聞いていた彼女は座り続けていたイスから身を乗り出した。
その光景に愕然とする織田ユウイチは腰を抜かしたかのようにその場にへたり込む。
「馬鹿な・・・。こんな事・・・こんな非科学的なことがあるわけない!
 ・・・あってたまるか」
ユキは立ち上がった後、モニターをジッと眺めていた。
耳に付けられたインカムからはカヲルの断末魔の声がずっと響いていた。
彼女は頬を伝わる涙を振り落としながら、
彼女にとってはモニターの存在しかない真っ白な空間に言葉にもならない声で叫んだ。
だがその声はカヲルには届かず、彼はただアクセルを踏み込み、
体の感覚が麻痺していく中でゴールラインを目指した。

「これ以上は駄目だ!後はマシンを信じて突っ走るしかない!!」
極限のGの中で、カヲルのマシンがほぼ横にあるのを見たシンジ。
しかしもうシンジに術はない。後はアクセルを踏み込むことだけ。
そのシンジを下に見て、
赤いライトを湛えるマシンがバンクの終わりまでの距離を測り始める。
計算通りの所で、赤いライトがクイッと方向を変えた。
同時に今まで温存していたパワーを一気にかけ。その力でバンクを一気に駆け下りる。
レイのマシンがバンクの一番下に降り着いたときバンクが終わり、
最後のホームストレートの一番内に入り込んだ白のマシンは
バンクの下りを加速に利用していた白いEG−Mは限界で走るシンジ達に一気に並びかけ、
抜き去っていく。
後ろを追随していたレイだけに、カヲルとシンジもその行動に気づいてはいたが、
あまりに常識を逸した行動に彼らは自分のラインを行くことしかできなかった。
『ビビビビッ』
シンジのマシンのブースター使用期限を知らせるブザーが鳴った。
同時に斜め前を走るレイのマシンがブースターを切ったのを
見て取ったシンジとカヲルは思わず叫んだ。
「構うもんか!このまま行け!!」
「よし!まだチャンスはある!」
マヤもこの時はシンジに任せた。
シンジの目にも、
カヲルの目にも、
ブースターを切った白いレイのマシンがどんどん迫ってくるのが分かる。
「届け!届け!!届けぇぇっ!!!」


三つのコアノートが重なってピットウォールにもたれ掛かるアスカに近づいてくる。
アスカは思わず彼の勝利を祈った。神の存在なぞ信じない彼女だったが、
この時ばかりは無形の神に頼ってしまった。
その彼女の前を、三つのコアノートは重なって通過する。
重なり合って目の前を通過したマシンの正式着順まではとても分からなかった。
「誰、誰が勝ったの!!」

アスカはマヤに向かってそう訪ねるが、返答はない。
というよりまだ電光掲示板に最終リザルトは出ていなかった。
シーンと静まり返るサーキット。
その彼女の耳に突然大観衆の声が聞こえた。
地響きがするほどの大歓声に混じり聞こえてきた声が、
彼女に電光掲示板より先に結果を知らせていた。

「いよぉぉっし!やったぞレイちゃん!!」
(日向さんの声?!)
「凄いぞ!ワールドチャンピオンだ!!」
少し先のピットからだった。
追うように視線を向けると勝利したピットクルーが大騒ぎしている様が映った。
一方のアスカがいるピットは静まり返っている。

アスカにも、その意味が分かった。
「アスカ、シンジ君はよくやったわ。二位でも立派よ」
「そや、アイツはほんまにようやったで。立派なもんや」
マヤと、トウジの声。二人ともアスカと同じく、彼の走りに満足していた。
それを感じ取ったアスカは、自分が誉められる以上に嬉しく感じる。
「・・・そうね。あの臆病者がここまで出来たんだもの。上出来よ」
その時、シンジからの通信が入った。
『マヤさん・・・すいません。勝てませんでした』
落胆で声が沈むシンジに、マヤはどうぞとばかりに手をアスカに向けた。
それを受けて、アスカの方はさも関心が薄そうな顔を作ってからインカムを握る。
『あ〜あ、負けちゃった。負け犬〜。
 あんたのために私のマシン潰してまでサポートしたのにたのにどーしてくれんのよ』
恨めしそうな声に、シンジの方も声のトーンは落ちる一方だった。
『アスカ?・・・あ、ごめん・・・』
そんなシンジに軽く吹き出しながら、こう続けた。
『・・・フフ、じょーだん。あのね、見ていても頑張ってるのが分かったよ。
 だがら胸を張って帰ってきなさいよ。
 二位のトロフィーでも立派だよ。結果じゃない何かをシンジはくれたもん。
 凄く嬉しいよ。それにアベルにも勝ったんだから・・・ね』
『そうか・・・アベルには勝ってるんだよね』
『そう、それだけでも喜ばしい事じゃない。だから帰ってくるときは笑顔でね』
アスカの明るい声。これだけ聞いてるだけでもシンジの心が晴れてゆく。
『でも初めてだな・・・こんな気持ち。
 今までやってきてホントに良かったよ。ありがとアスカ。
 そして目標もできたし』
『えっ?』
『来年こそはチャンピオンになる!
 そして今度こそアスカに一番大きいトロフィーをプレゼントするよ』
『・・・ばか・・・。
 馬鹿!来年のトロフィーは私の物よ。あんたはまた2位のトロフィーね』
『えぇ?!じゃあまた2位のトロフィーしかアスカに見せられないじゃないか』
アスカはシンジの声、会話を楽しむだけで、凄く幸せな気分に浸れた。
暫しの間、無線には二人の笑い声だけが流れていた。
『じゃ・・・今年だけは表彰台での晴れ姿、下でしっかり見てるからね』
そう言った後でアスカの方から無線を切った。

「シンジ君の所には行かないの?たぶん顔見たがってるわよ」
マヤの言葉にアスカはうつむきながら首を横に振った。
マヤにしてもその行動の意図は分かった。もちろんトウジも。
「なら、ワシも行くのはやめとくわ。マヤさんだけ行ってもらおか」
「・・・そうね、その方がいいかもね」
マヤはシンジを迎えに表彰台の裏手にあるマシンの収納場所に、
トウジとアスカは表彰台の正面にそれぞれ向かった。

一方のカヲルはゴールした直後にそのままマシンを停止させていた。
「ゴホゴホ・・・」
せき込む度に少量の血を吐き出すカヲル。
彼は荒く息を吐き出しながらシートベルトを外す。
後頭部をヘッドレストに押しつけて、シートに体を預けるカヲルは口惜しそうに呟く。
「負けた・・・。
 これで、全てが終わった・・・すまない・・・勝てなかった・・・」
天を仰ぎながら若干血の混じった涙を流す。
その彼のキャノピーを叩く一人の少女。
カヲルが彼女を見た瞬間、瞳の瞳孔が開く。
そしてその光景は、無意識のうちにキャノピー開閉ボタンに指を運ばせるのに十分だった。
キャノピーが開くと同時に彼に被さってくるその少女。
彼女の頬を伝う涙がカヲルの頬にも流れ移り、彼の頬を濡らす。
凄く暖かい・・・カヲルは暫しの時を、その暖かい感覚の時に身を預けた。
そしてカヲルは手を伸ばし、彼女の髪を撫でた。やさしく、噛みしめるように。
「どうして・・・何で。僕は負けたのに・・・。
 どうしてユキはこうして僕の前にいるんだい」
カヲルの問いだったが、彼女はずっと泣き続けていた。
話そうとしても声にならない彼女が、必死で喉の嘆きを止めようとしながら話し始めた。
「・・・わか・・・らないの」
「ただ、お兄ちゃんの走る姿、
 私の為にずっとあの人の言いなりになってたのは知ってた。
 意識はあったの・・・でも体が私の体じゃないみたいに動かなかったの。
 それが今日まで・・・お兄ちゃんを目の前にしても、
 何も言えない自分が悔しくて・・・
 でも今日の・・・お兄ちゃんが苦しんでる姿を見たら・・・もう・・・たまらなくて」
これ以上は言葉が続かなかった。
カヲルの姿を見つめるだけでユキの目から涙があふれる。
今の2人には言葉はいらなかった。
お互いの存在を確かめるように、今一度彼の胸にユキは包まれていた。


レイのマシンはイリュージョンストレートに来た。
今までのコーナーを全開で駆け抜けてきた白いマシンは
イリュージョンストレートでもブースターを立ち上げ、ストレートを駆け抜ける。
『どうしたんだ?レイちゃん。もうレースは終わってるんだよ』
日向の呼びかけにも、レイからの応答はなかった。
「おい、そっちはどうだ」
日向は同じくコンタクトを試みていたメカニックに訊ねるが
彼らは首を横に振るだけだった。
「どうしたんだ?一体・・・」
ホームストレート上に止まったマシンから、カヲルはユキの力を借りて立ち上がった。
彼に対して観衆の惜しみない拍手が送られる中、ブースターをカットして
ホームストレートを駆け抜ける白いマシンが写と同時にカヲルの目の前を通過する。
1コーナーに向かう白いマシンを目で追う彼ら。
「どうしたんだ・・・?何故彼女はピットに入らないんだ・・・」
カヲルの言葉に、ユキは首を傾げて白いマシンが消えた方を眺めていた。


シンジのマシンが表彰台の裏に着くとキャノピーを開け、
ベルトを外してマシンから降りる。
長い間走ってきたお陰でかなり汚れたEG-Mを見つめるシンジ。
(・・・ご苦労様)
シンジが心の中でそう呟いた後、
「お疲れさま、はい」
マヤがシンジに向けタオルとドリンクボトルを手渡した。
シンジはタオルで顔を拭きながらマヤに訊ねる。
「あれ、アスカはどうしました?それにトウジも」
「アスカ達は表彰式を見るのに良いところを取りたいからって。
 先に表彰台の下に行ってシンジ君を待ってるわ」
「そうですか・・・一目顔を見たかったんだけど・・・そういうことなら仕方ないですね」
「ふ〜ん、ホントは見るだけじゃなくて抱き上げたいんじゃないの?」
「ち、違いますよ」
そう言いながらドリンクをぐいっと飲み干すシンジから、
マヤは視線を斜めに落とすことしかできなかった。
シンジはドリンクボトルを口から離し、マシンの格納場所を眺める。
「でも、カヲル君はともかく綾波はどうしたんだろう・・・」


「・・・驚いたよ。まさか君が自力で動けるようになるとはね」
ピット裏まで歩いてきたカヲルとユキを待っていたのは織田ユウイチだった。
「しかし惜しかったね、カヲル・・・。お陰で私もこれから大変だよ・・・」
ユキとカヲルは彼を睨み付けながら、表彰式に向かおうと歩き出したが
「だが、約束は約束。彼女は返してもらうよ」
その言葉にカヲルの足が止まる。当然寄り添うユキの足も。
「馬鹿を言わないでくれ。もうあなたの力を借りるまでもない、
 ユキはこの通り元に戻った。約束も何もないよ」
「そう言うと思ったよ・・・カヲル・・・」
織田は懐から拳銃を取り出す。
「君は負けた。約束では彼女の命は無いことになっているのだよ。
 まったく理解不能だが彼女は元に戻った。
 ・・・まぁこの際そんな事はどうでも良いよ。
 彼女の命はコレを使えば手っ取り早く奪えるからね」
カヲルはユキを自分の後ろに隠す。
「織田さん・・・あなたはどこまで腐ってるんだ」
「よく言う・・・お前は契約不履行なんだ。
 その上彼女を連れていこうとは・・・。
 君の方がよほど常識を逸脱してないかね」

「契約通り、彼女はもらっていくよ。私と共に地獄までね。
 ・・・君がどかないんだったら君にも容赦はしないよ。
 道ずれは多いほど良いからね・・・クククククク」
織田ユウイチは銃のトリガーに力を込めた瞬間、
興奮さめやらぬサーキットに一発の銃声が鳴り響いた。
だが、その音は観衆の声、コアノートにかき消され、気づく者は皆無だった。
「・・・くっ」
織田が右手を自らの左手で押さえ、寄ってくる人影を見る。
「織田・・・ユウイチだな」
グレーのスーツに身を包む3人の男達は懐から紙を取り出す。
3人の内の1人は、銃口から煙の上る銃を懐にしまった。
「彼女のことについて聞きたいことがある。これが連盟発行の逮捕状だ」
ユキを示しながら織田の目の前に逮捕状を突きつける。
「同時にここ日本では銃の所持は禁止されている。
 この容疑を否認しても、銃所持については言い逃れできない」
後ろで黙って聞いていた2人の男が織田の両側に回り、腕を取る。
「な、何をするんだ!私は次期EVIA会長いや、ZEELEの一員なんだぞ!
 こんな事してただで済むと思っているのか!」
叫き散らす織田だが、隊長格の男は一言。
「連れて行け」
脇を固めた二人は、彼の指令を受け、抵抗する織田を力ずくで連れていった。
「カ、カヲル!ユキ!!いつか見ていろ!必ずお前達の前にまた現れるからな!
 その時こそ、その時こそなぁ、ハハハハハハハ」
笑い声と共に、彼はカヲル達の視界から消えて行くのを
目で追っていたカヲル達に、先ほどの男が声をかけた。
「お騒がせしたね」
「いえ、助かりました。ありがとう」
カヲルの言葉に、厳しい顔を緩める彼。
「もしかしたら君たちに証言を頼むかもしれないが、その時は協力をお願いしたい」
「もちろん喜んで」
カヲルの返答に、ユキは浮かない顔だった。
男は一礼した後、先に行った仲間を追っていった。
彼が消えたのを見届けてから、ユキは一言だけ呟く。
「私・・・もう関わりたくない。
 ・・・これからは前と同じように羊達とのんびり過ごしたい」
「僕もそれだけが願いさ・・・。一緒に帰ろう、あの穏やかな生活の場に。
 これからの生活を守るためにも、出来ることがあれば協力しよう」
カヲルの穏やかな顔を見つめながら、ユキは1回だけ頷いた。
そんな彼女のセミロングの髪をカヲルは優しく撫でると、
彼女もまた涙がうっすらと浮かぶ瞳で彼を見つめると、優しく微笑み返した。
「・・・ようやく見られるね。表彰台のお兄ちゃんの笑顔」
カヲル達は表彰台に向けて再び歩を進める。
それは、彼女達が久しく求めた幸福に向かって歩き始めた最初の一歩だったのかもしれない。



ここら辺はベタベタなのでとても恥ずかしいですな。(^^;)


第19話に続く
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