邂逅 第伍話

 

 これは、新世紀エヴァンゲリオンのもう1つの局面を描いた物語。

 ひょっとしたら有り得たかもしれない、もう1つの物語。

 

 

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          新世紀エヴァンゲリオン外伝

 

              『邂逅』

 

 

             第伍話「魂」

 

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                *

 

「ん〜、やっと終わった〜」

 ユキは伸びをし、青空の入道雲を眺めた。蒸し暑く、蝉がうるさく鳴き

不快指数が鰻上りな日であるが、気分は爽やかだった。

「井波君はどうだった?」

「まあ、補習は受けずに済むかなーってレベルじゃない?」

 司に代わって恵子が応えた。その一言に司はムッとなって恵子を睨んだ。

「人の努力も知らずにお前は…」

「期末考査1週間前になってばたばたするのが努力なの?勉強ってのはね、

 日々の努力の積み重ねなのよっ」

「はいはい…」

 司はうるさそうにそっぽを向いた。その2人をユキはくすくす笑いなが

ら見ていた。

「ねえ、後1週間ね」

「そうね」

 1週間。1週間後には夏期休暇に入る。

「海、楽しいものになるといいね」

「それは大丈夫。このアホがいる限り退屈しないわよ」

「誰がアホや、誰が!」

 司は怒鳴るが、ユキと恵子はただ笑うだけであった。

 

 セカンドインパクトによって気候が変わり、日本から四季が姿を消した。

年中真夏日となってしまった日本だが、7月末…即ち夏休みが近付くにつ

れ、気温は更に上昇する。アスファルトの道路からは陽炎がたちのぼり、

服はたちまち汗で体に張り付いてしまう。ある国では冬が異常に長い為、

夏期休暇より冬期休暇の方を長く取っているという。本来なら日本も気候

の変化に伴って夏期休暇を長く取るべきなのだが、日本政府はそれを容認

しなかった。よって人々は、短い夏を如何に充実した物にするか思案し始

める。

 ユキ達の計画は半月も前から決まっていた。彼らの行き先は、香良洲…

セカンドインパクトによって水位が上昇し地形の変わった所の多い現在で

は、インパクト前の状態をほぼ保っている数少ない場所である。インパク

トの影響で、かつて人の手によって汚されていた大地は洗い流され、海は

かつてないほど綺麗になっていた。ある科学者は、落下した隕石は人に対

する神の鉄槌であり、インパクトは汚れきった大地への神からの贈り物だ

と揶揄した。

 

                *

 

『同日午後5時13分、第14使徒がジオフロントに侵入。目標は弐号機

 の中距離射撃、零号機のN2爆弾攻撃を物ともせず、同両機を完全に大

 破させた。

  午後5時32分、使徒はネルフ本部に侵入。第一発令所に侵入するが

 初号機の奇襲によって目標はジオフロント地表部分に押し戻される。5

 番リニアレールより射出された目標に対し、初号機の攻撃は確実に効果

 をあげていた。だが、すぐに内部電源が切れ活動限界を迎える。おそら

 く、激しい戦闘による電力の大量消費が、活動限界の短縮を招いたと思

 われる。

  その状況下における、初号機の3度目の再起動。初号機は圧倒的な力

 で目標を粉砕、更に捕食を始めた。E計画責任者・赤木リツコ博士はこ

 の事実を“S2機関の吸収”と“彼女の目覚め”と称し…』

 

 そこまで書いて、ミサトは最後の部分をバックスペースで削除した。

 葛城ミサトは、先の参号機の侵食事故、第14使徒の本部侵入及びエヴ

ァ初号機の暴走事故、サードチルドレンのサルベージに関する報告書をま

とめていた。ここの所立て続けに様々な事件が起こり、書かねばならない

報告書が山のように溜まっていた。もっとも、彼女が負傷して動けなかっ

た時、部下の日向マコトが各事件に関する情報をまとめておいてくれたの

で、それほど大変な作業ではなかったが。

 そのミサトの前に諜報部員が現われたのは、シンジのサルベージから4

日後のことであった。

「拉致された?副司令が!?」

 特務機関ネルフ副司令・冬月コウゾウが拉致されたという報告が葛城ミ

サトの元に入った。諜報部のガードがありながら諜報部そのものをまいて

冬月を拉致した者、そしてそれだけのことが出来る力を持った者……

「加持リョウジ、この事件の主犯と目される人物です」

 黒服の諜報部員は淡々と告げた。

「で、私の所へ来たのね。まあ、加持君と私の関係を考えれば当然でしょ

 うけど」

「御理解が早くて助かります」

 ミサトは懐からネルフのIDカードと銃を取り出し、机上に置いた。

(加持君が?でも、加持君には動機がない……動機?)

 加持は2つの肩書きを持っている。1つはネルフ所属加持リョウジ、

もう1つは日本政府特殊監査部所属加持リョウジ。加持はネルフ所属とし

てドイツ支部にいた傍ら、日本政府のスパイとしてネルフの動向を探るべ

く活動をしていた。ネルフでこのことを知っているのは、ミサトと副司令、

そして司令・碇ゲンドウの3人だけだった。

 加持には副司令を拉致する動機がない。そんなことをしても、加持自身

には何のメリットもないだろう。だがそれが、加持のバックボーンの命令

だとしたら……

「ゼーレ…か」

 ミサトはぽつりと呟いた。

 

 西暦2000年、全ては始まった。

 南極で起こった大爆発によって南極大陸は融解し、水位の上昇、天変地

異、経済の崩壊、民族紛争を引き起こし人類はその数を半分にまで激減さ

せた。この南極で起こった大爆発が、“セカンドインパクト”と呼ばれる

大災害である。

 一般人には、セカンドインパクトは大質量隕石の落下が原因だと報告さ

れている。だが、本当の原因は別のところにあった。

 謎の生命体……後に、第1の“使徒”と呼称される光の巨人・アダムと

人類が接触したが為に起こったのだ。

 アダムとの接触から15年後、人類の前に再び“使徒”が現われた。使

徒の持つ“ATフィールド”と呼ばれる力は人類の持つありとあらゆる兵

器を無効化した。

 この使徒から人類を守る為に作られたのが、“汎用人型決戦兵器・人造

人間エヴァンゲリオン”である。エヴァの運用、及び使徒の殲滅は、全て

“特務機関ネルフ”によってなされている。

 

「そのネルフを裏で操る組織、ゼーレ…」

 ミサトは、巨大なネルフマークが鈍く光るだけの暗い部屋に拘束されて

いた。どれぐらいここにいるのか、それもあまり分からない。暗いところ

はまだ苦手だったが、それによって色々と考えを巡らすことが出来た。

 碇ゲンドウとゼーレが進める人類補完計画。それが如何なる物なのか、

ミサトには想像がつかなかった。分かっているのは、計画遂行に使徒が邪

魔なこと、ネルフはその使徒を排除する為に存在すること、計画にはエヴ

ァが大きく関係していることだけだった。

『初号機に傷を付けるな…』

『初号機に退避命令だ!』

 戦略自衛隊が作ったロボット兵器の暴走事件のことを、ミサトは思い出

した。普段冷静沈着なゲンドウが、あれほど語調を強くしたのは珍しい。

純粋に人の作ったロボット兵器の攻撃でエヴァが傷付くとは思えなかった。

だが、ゲンドウはアスカやレイをそのままに初号機に退避命令を出した。

そしてN2爆雷投下直前、シンジが死ぬかもしれなかったあの状況下で、

初号機だけを回収させた事実。

「そんなに大事なのかしら……初号機が。何か秘密でもあるというの?」

 確かに初号機は、他のエヴァとは違う所がある。それはシンジが来た時

から感じていた。プラグ未挿入時の突然の起動、第一次直上会戦での暴走、

エネルギーゼロでの再起動、使徒を捕食しS2機関を吸収した事実。そし

て、リツコがそれを“彼女の目覚め”と称した理由……

 ミサトには、分からないことが多すぎた。

 

                *

 

「S2機関を自ら取り込み、絶対的存在となったエヴァンゲリオン初号機」

「それは理論上無限に稼動する半永久機関を手に入れたのと同義だ」

「絶対的存在を手にしてよいのは神だけだ」

「人はその分を超えてはならん」

「我々に具象化された神は不要なのだよ」

「ましてあの男、碇ゲンドウの息子を神の子とするわけにはいかんよ」

 椅子に拘束された冬月を取り囲む、巨大なモノリス群。天井に描かれた

7つの目……ヤーヴェの目。裏組織ゼーレの紋章であった。

「神の子、ですか。シンジ君が」

 冬月は言った。

「初号機には碇ユイの魂が宿っているようだからな。適切な表現ではない

 かね?」

「彼女に力を持たせるのはあまりに危険すぎるよ」

「彼女はあまり我々の計画に乗り気ではなかったからな」

「肝心要の部分で邪魔をされては困る」

「だが、エヴァは彼女の意志だけでは動かん」

 焦りと苛立ちを見せる他のメンバーに対し、議長キール=ローレンツは

淡々とした口調でそう言った。

「サードチルドレンの意志による部分が大きい。エヴァとシンクロしてい

 るのは彼だ。彼の意志が無い限り、エヴァは動かんよ」

「プラグ未挿入時の起動の件は、どう説明するつもりだ?」

「あれは極めてイレギュラーな出来事だ。今後同じ事が起こる可能性は極

 めて低い」

「だが危険因子であることに変わりはない」

「手はある。だが、まずは全ての使徒を消してもらわねば、我々の計画自

 体が水泡に帰してしまう」

「もうしばらく、チルドレンとネルフに働いてもらうしかあるまい。我々

 人類の為にもね、冬月先生」

 モノリスは口々に喋った。

 冬月は老人達の声を、しかめ面をして聞いていた。

(碇が聞いたら、どんな顔をするかな……)

 

 薄暗い執務室。天井に描かれた、巨大な生命の樹“セフィロトの樹”だ

けが鈍く光っている。

「冬月が拉致されたそうだな」

 男・碇ゲンドウは何時もの態勢……いわゆる“ゲンドウスタイル”で、

目の前に立つ金髪の女性にそう言った。女性…E計画責任者・赤木リツコ

は、はいと短く答えた。

「赤木博士、君はどう思う?」

「おそらく、ゼーレが…」

「それは分かっている。問題は、誰が冬月をゼーレの命令で拉致したかと

 いうことだ。諜報部は何と言っているか知っているか?」

「加持リョウジ。彼がこの事件の主犯だと確信しているようです」

「そうだ。赤木博士、君はどう思う?」

 リツコは一瞬逡巡したが、はっきりとした声でこう言った。

「…残念ですが、現時点では判断し兼ねます」

 そうかとゲンドウは言うと、リツコに下がるよう命じた。リツコは一礼

しゲンドウに背を向けた。

「赤木博士」

「はい」

「しばらくは本部待機だ。また後で呼ぶ」

「……はい」

 リツコは振り向かず、そのまま執務室を後にした。

 

                *

 

(セカンドインパクトの発端になった、南極に現われたアダム。人に下さ

 れた神の鉄槌か………いえ、むしろ、アダムより人が生み出したエヴァ

 シリーズこそが、人に下された鉄槌なのかもしれない)

 人にとって未知のブラックボックスの大きすぎるエヴァ。人に御するこ

との出来る物かどうかも怪しい。ミサトは、先の初号機の暴走事件を思い

出した。使徒を捕食し、シンジを溶かした初号機。人の束縛を自力で解き、

本能のまま暴れまわったエヴァ。

「人は滅ぼされるかもしれない……使徒ではなく、あのエヴァに」

 ミサトは暗闇の中で、そんなことを考えていた。だが、何を考えても彼

女には明らかに情報が不足していた。偽りのない本当の情報が。

(リツコはおそらく碇司令とグルだわ。私に何か隠してる。素直に喋って

 くれるとは思えないし…)

「加持君なら……」

 加持から渡されたマイクロチップ。あれには、加持が掻き集めた情報が

詰まっている。あれを解析すれば、きっと何かが分かる。ミサトはそう確

信していた。だが同時に、加持がそんな大事な物を自分に託した理由も、

ミサトには痛いほど分かっていた。

 

 

「そろそろ行くか……」

 第3新東京市郊外の公衆電話。男は受話器を置き、“UN NERV”

と描かれたカードを懐にしまった。代わりに銃を取り出し、弾を確認する。

「葛城…すまない」

 

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                               続く

 

<後書き>

 ども、淵野明です。『邂逅』第伍話、お届けいたします。

 よーやく出て来ました、ミサトさん達主メンバー!ファンの方、お待た

せいたしました!今回は前回より1ヶ月以上時間が進んでいます(シンジ

君がサルベージされた後だし)。まあ、これからは順番に時間を追うこと

になると思いますが……。

 ちょっとエヴァの謎について触れて有ります。最近、私はTV画面、

及びパンフレット等の設定資料から得られる情報だけでエヴァの謎を解こ

うと頑張っています(聖書の類は参考にしていません。一応、目は通しま

したが)。今回はまあ、私が解き明かした部分の一部を御披露という感じ

です(単なるこじつけだったりして……)。ま、REVIVAL OF EVANGELIONを

見たら、今考えてることよりもう少し変わると思いますが(^_^;)。

 

 ではでは、第六話をお楽しみに!

 

                   ★淵野明(t-ak@kcn.or.jp)★



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