新世紀エヴァンゾイド

第六話Bパート
「よくも私の大事な日にやってきたわね!ゼーレの馬鹿野郎!!」




作者.アラン・スミシー




− 第伍幕 『今日は私の・・・』 −


 ユイ達が旧東京に行って帰ってからおよそ一週間、アスカはとてもご機嫌だった。いつものシンジいじめやレイとの喧嘩もどこかうきうきした雰囲気を漂わせ、見ている人間達まで明るい気分にさせた。その理由を知るヒカリ達女性陣はもちろん、鈍感の代名詞たるシンジとトウジも例外ではなく、どこかとまどいながらも明るいアスカにつられて楽しそうにしていた。ユイ達は自分がいない間に遂に一線を越えたのかと、期待半分でやきもきしていた。
 そして彼女のニコニコが最高潮に達したある夜。

 「ええ〜〜〜〜!!!模擬戦闘〜〜〜〜〜〜!!!!!????」

 12月第1金曜日の夜、アスカの声が碇邸にこだました。ここしばらくの仕事がかたづき、珍しく8時前に碇邸に全員がそろい夕飯を食べているときだった。そのいつもより激しい不満の声に、シンジはもちろんユイやキョウコも目をぱちぱち。今日の夕食はアスカの好きなハンバーグ。しかもいつも以上に機嫌がいいため、ここまで拒絶の声で返答されるとは思ってもいなかったユイ達は戸惑いまくった。
 驚いたキョウコがアスカに尋ねる。

 「アスカちゃん。いったい、どうしたの?
 そりゃ、せっかくの土曜日をつぶしてしまって悪いとは思うけど、そんなに嫌がらなくてもいいじゃない。それとも何か予定でもあったの?」
 「っく!・・・もういいわよ!ママの馬鹿!」
 それだけ一気に叫ぶと、アスカは自室に駆け込んだ。キョウコがまったくわかっていなかったことがとても悲しかった。
 「また、天ノ岩戸・・・。シンジ君、お願いね。
 でもいったい何であんなに怒って・・・・、あっ!」
 「どうしたんですか?キョウコさん?何かわかったんですか?」
 脳天気にビールを飲みながらミサトがたずねる。
 アスカが不機嫌だろうと自分には関係ないといった顔をしていた。事実あまり気にしていないようだが。
 『仮にも同居人なんだから、もっと気を使いなさいよ!』とミサトに目で言いながら、疲れた様子でキョウコが答えた。
 「今日は、あの子の14歳の誕生日。でも平日だから明日パーティをしましょう、って先月約束してたのよ。こんな大事なことを忘れているなんて、私ってだめな母親ね」
 「そうだったわね。アスカちゃん楽しみにしてたんだわ。
 今年はシンジもいるし・・・」
 「ど、どうして僕が居ると喜ぶのさ。ワケわかんないこと言わないでよ母さん」
 ユイの意味ありげな視線と、言葉に対し、すさまじいまでに鈍感な返答をするシンジ。
 それを聞いて頭を抱えるユイとキョウコ、ついでに扉の向こうのアスカ。年甲斐もなく狙っているミサトは、彼の鈍感さにうれしくもあり、悲しくもありといったところだった。
 「・・・シンジあなた本気で言ってるの?
 ・・・はあ、もういいわ。アスカちゃんをなだめてきて」
 「な、なんだよ、そんな思いっきり落胆しなくてもいいじゃないか。わかったよ」
 アスカの、レイの気持ちを察しているユイは、心の中でシンジの鈍感さと朴念仁に泣いた。わざとらしく額をもみほぐすユイに、ぶつぶつ言いながらもアスカの部屋に向かうシンジ。それを見送ってユイがキョウコに話しかける。彼女からのちょっとしたバースデイプレゼントの相談のため。
 「・・・明日、アスカちゃんとシンジは本部待機にしましょう。第三新東京市を出なければスキにしていいように」
 「いいの?そうしてくれるならあの子も多少は機嫌が直るだろうし、私としてもうれしいけど。そんなにあの子達甘やかしていいの?」
 「別にかまわないわ。使徒が、ゼーレが攻めてきたってワケじゃないし。模擬戦闘に参加するのは、今まで目立てなかったほかのチルドレンだけで大丈夫でしょう。他は万一の事態に備えて本部待機でいいわ。
 どうせ、相手はへっぽこボスボ○ットよ。うちのエース達を出すまでもないわ。
 それに、せめて今だけでも子供らしいことをさせてあげたいから」
 「・・・そう。でも、別の日にこの埋め直しをしないといけないでしょうね。まったく我が娘ながら・・・」

 ユイの思いやりにあふれた言葉を聞きながら、キョウコはアスカの我が儘に苦笑していた。ちょうどその時、シンジがいつぞやのようにアスカの部屋に引きずり込まれていく。戸が閉まるとともにシンジの悲鳴が聞こえるが、中で何があってるのかは不明だ。
 ただ、押さえにかかるユイとキョウコを振り切り、3分後乱入したミサトの手によって真っ赤な顔をしたシンジが救出されたことをここに追記しておく。本当に何してたんだ?










 「残念だったな、シンジ、惣流。こんなイベントの時に居残りなんて」
 「おまえらの分まで、しっかりいてこましたるわ!ナハハハハ!」
 「アスカ!おみやげ買ってくるからね!それと、がんばってね!」
 「惣流さん、綾波さん。・・・・・碇君。行って来ますね。私、頑張りますから」
 「それじゃあ行ってくるかな。マナにいいトコ見せられないのが残念だぜ」
 「ふぁあ〜〜〜〜。眠いなあ。じゃ、碇君、惣流さん、・・・綾波さん、行ってきます」

 「後半バレバレね」
 何がバレバレなのか知らないが、それだけ言い残すと、普段目立てないチルドレン達は大型輸送機によって旧東京の埋め立て地まで運ばれていった。飛行機雲をつくって飛ぶ輸送機の遙か下方で、シンジ達居残り組が大型輸送機を見送っていた。彼らは輸送機と、その下につるされたゾイドが見えなくなるまで、じっと見つめていた。
 レイは休日にも関わらずあいかわらずの制服姿。レイコはなんだかスチュワーデスの制服のような格好をしている。何か勘違いをしていたらしい。もちろん何をどう勘違いしていたのかは謎だ。ただ、悲しそうに目をウルウルさせながら手旗をふっていた。
 そして、彼女たち以上に謎なのがシンジとアスカの格好だった。
 今日は休日だから私服を着ていても何もおかしな事はないのだが、はっきり言うと決まりすぎていた。シンジの、男の服装などくだくだしく語る気はないからカット。一言で言うならかっこいい。
 ユイとキョウコが見立てた言っておこう。

 一方のアスカは生地が薄い夏用の少し大人びたワンピースを着ている。若草色をしたその服は彼女の髪と見事なコントラストをしめし、彼女の若々しい美しさを150%引き出している。その他にとっておきの顔が写るくらいにぴかぴかの可愛い靴をはき、頭にいつもの髪止めの他に女の子らしい麦藁帽子をかぶっていた。また母親から借りたバックをもち、ほんのわずかに化粧をした顔は、すれ違ったら10人中10人は振り向くような美しさを持っていた。そして、かすかに漂うラベンダーの香りはシンジですら今日のアスカは何かが違うと思わせ、真っ赤にさせた。
 はっきり言うとデートでもするかのような格好だった。


 「シンジ・・・。ちょっと、買い物につき合ってくれない?」
 にこやかにそしてどこかうれしそうに恥ずかしそうにアスカがシンジに話しかける。シンジの妖怪アンテナが反応した。今のアスカが、あまりにも彼の知っているアスカと異なっていたからだ。
 「えっ、でも僕たちは待機任務だよ。本部に居なきゃ・・・。
 それに買い物ったってどうせ荷物持ちにする気だろう?いやだよ、そんなの」
 言い逃れて逃げようとするシンジの返答に、アスカのこめかみが引きつるが死角になったシンジは気づかない。レイコはアスカ達の格好を見てからかってやろうと、邪魔してやろうとしていたが、アスカの様子に気づき早々と退散した。
 (私、まだ死にたくないもん。ごめんね、シンちゃん。アスカちゃんから助け出せない私を許して)
 レイはシンジとアスカがじゃれあう(プロレス技をかけられる)のをじっと見ていたが、ユイから『今日だけは邪魔しないでね』と言われていたため、じっとアスカとシンジを睨み付けると同じくその場を去った。
 (碇君・・・今日だけ、2号機パイロット、今日だけ)
 アスカはそれを会心の笑みで見送ると、
 「し〜んじ♪もう一度聞くわ。一緒に買い物行くわよね?」
 シンジはその笑顔の裏にある何かにおびえて『嫌だ』と答えられなかった。



− 第六幕 『みんな!シゴキが嫌なら勝ちなさい!!』 −


 「いいわね。鈴原君、相田君、洞木さん、山岸さん、ムサシ君、ケイタ君!相手はあの不格好な木偶人形よ!
 戦闘前にあなた達に言うことは一つ。絶対勝ちなさい!今日中に家に帰りたかったらね。
 たとえ勝っても一人でもやられた人が居たら全員、居残りでせっか・・・、特訓してもらうから!!」
 仮設本部でいきなりのミサトの声が響いた。その後ろでうんうんうなずくリツコ。
 ミサトとリツコ以外の額からタラリと汗が流れ落ちる。チルドレン達は戦う前から戦意を失った。
 固まるチルドレンを見て、リツコがミサトに『言い過ぎよ』窘めながら、後を追って言葉を続ける。滅多に見られない優しい顔で。
 「みんな、ミサトはああ言ってるけど、無理しなくてもいいわよ。少なくとも私の実験につき合いたい人が居るならね」
 言ってることは全然優しくなかった。
 チルドレン達はプラグスーツに着替え、集合した早々こんな事を言われて困っていた。
 余談だがスーツの色はトウジが黒、ケンスケが濃い緑、ヒカリが薄い桃色、マユミが黄緑色、ムサシが灰色、ケイタが黄色である。ここには居ないがレイコはレイとお揃いの白、マナはオレンジ色である。すくなくともこの世界では。
 (なあ、ケンスケ。なんかミサトはんごっつぅ機嫌悪うないか?)
 (トウジもそう思うか?ありゃ何かがあったな。早く言えば八つ当たりだよ、これは。あのロボットに対する憎しみだけではこうはいかないね)
 (・・・それよりリツコさんの方が怖くない?いきなり実験だなんて)
 (怖い。・・・碇君)
 (マナ、君はケガしていて本当に運が良かった・・・)
 (どうしてたかだか模擬戦闘でこんなにムキになってるんだろう?)
 チルドレンの疑問の答えは、ミサトはシンジが今日一日中アスカとデートをするため、リツコは時田を叩きのめす機会がすぐ目の前まで迫っているためここまでテンションが高くなっているのだった。もちろんそれだけではなく、万一負けたときのユイ達のお仕置きが怖いというのもあるのだが。想像してミサトは真っ青になり、ちょっと変な趣味を持つリツコは頬を染めた。それを見たチルドレンは改めてひいた。
 作戦前にチルドレンを緊張させる作戦部部長と技術部部長。
 ネルフの未来は暗いのかも知れない。



<一時間後>

 旧東京。戦争という区画整理で真っ平らになったその一角。
 およそ2500m離れてネルフのゾイドとJAシリーズ、通称J戦隊JR(ジェットレンジャー)が睨み合っていた。
 戦いの舞台は壊れたビルを利用して市街戦ができるようになっており、全員倒されるか、もしくは陣地に攻め込まれるかで勝敗を決めるようになっている。審判は公正をきするため、わざわざ国連の職員を連れてきていた。
 ネルフ側陣地ではすでに作戦も決まり、戦闘開始を今か今かと待っていたが、JAサイドは未だに作戦伝達中だった。
 興奮で少し甲高くなった声で、時田シロウがJA操縦士に向かって指示を出す。
 「いいか!JAはあの黒いサイみたいな奴を止めるんだ!JTは陣地にこもって近づく奴らに砲撃してくれ!JCは移動しながら間接攻撃!敵の遠距離攻撃タイプを第一目標にするんだ。JASはあのゴリラみたいな奴を相手にしてくれ。倒したら、玉砕覚悟で陣地につっこんで少しでも攪乱するんだ。JALは索敵。JACは臨機応変に対応してくれ」 
 テレビゲームの筐体みたいな装置に腰掛けているオペレーター達はその指示をいい加減に聞き流していた。いい加減聞き飽きたのだ。先ほどからすでに同じ事しか言わなくなっており、技術者としてはともかく上司としてはいまいち尊敬に値しないと思われているからだ。
 「そろそろ時間です」
 冷静な声で審判が時田に告げる。休日に呼び出されたのでちょっと不機嫌そうだ。
 今、決戦の火蓋が切って落とされた!


<第三新東京市ジオシティー>

 そのころシンジとアスカは第三新東京市最大の繁華街ジオシティーにいた。使徒迎撃区画とは別に都市計画に沿って造られたジオシティーには、デパート、駅、遊園地、グルメパーク、映画館となんでもそろっていた。まさにデートや買い物をするにはうってつけの場所である。
 はじめシンジはアスカの荷物持ちをさせられるのではないかと思い、あまり楽しそうではなかったがアスカがかわいい服や装身具を見つけるたびに、

 「シンジ、これ似合うかな?」 とか 「この指輪・・・。シンジはどう思う?」

 と、可愛いことを聞き、特に大きな物を買わずシンジを荷物持ちにしなかったので、そのうちシンジも純粋にアスカとのデートを楽しむようになっていた。まあお約束だが、シンジはそれでもデートとは思っていなかったが。そのうち刺されるな。
 アスカはそんなシンジの鈍感さにムカッとしながらも、ここは素直にシンジと2人でお買い物を楽しむことにした。お互い真っ赤になりながら腕を組んだり、赤くなりながら食べかけのアイスを交換したりと、まあそういったことをした。
 普段の二人ならそううまくはいかないが、今日は違う。なぜなら鈍感なシンジをその気にさせる方法として、アスカは昨夜寝る前にユイ達に対策を教わっていた。そんなことを知らないシンジには、いつも勝ち気で元気な兄妹みたいに思っている少女が、まったく違って見えた。化粧のためか少し大人びて奇妙な色気を感じさせる横顔にポ〜ッと見とれたり、時々見せるしおらしいしぐさにどぎまぎしていた。

 (アスカって綺麗なんだな。みんなが騒ぐのもよくわかるや。どうして今まで気づかなかったんだろう?
 ・・・違うな。気づかなかったんじゃなくて、気づかない振りをしてたんだ。たぶん。
 たぶん僕はアスカとの今までの関係が崩れてしまうのが怖いんだ。関係が崩れてアスカが僕から離れていくのが怖いんだ。
 だから、逃げた。アスカのことを幼なじみみたいに、兄妹みたいに思っていた。思いこもうとしてたんだ。本当は違うのに。自分の心を偽っていた。心が傷つくのが怖いから。
 でも、・・・いまわかった。僕はアスカのことが好きなんだ。兄妹としてではなく、仲の良い友達としてでもなく、一人の女の子として。僕はアスカが好きなんだ。
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 すると僕は綾波のこともアスカのことも、マナのことも好きで、あと山岸さんも少し気になる二股、いや四股男って事? さ、最低だ・・・俺って)

 いろいろと自分の心と向き合って忙しいシンジの様子に、さすがに浮かれていたアスカも気がついた。まあ普通気づく。
 真剣な顔をして自分の右手を見つめていたかと思えば、じっとアスカの横顔を見つめ、真理を見つけた哲学者のような晴れ晴れとした顔をしたり、極めつけは顔に無数の縦線を入れて落ち込んだりしていたのだ。それもほんの1分ほどの間に。
 周りの人間は『まだ若いのに・・・』とか、『あんなに可愛い顔をしているのに・・・』といった視線で彼を見ていた。
 「ちょっとシンジ!なにこんなトコで一人芝居をやってんのよ!?恥ずかしいじゃない!」
 周囲の視線が羨望から同情に変わった瞬間、慌ててシンジの腕をつかむと、アスカはその場を離れた。目指すは今回のデートの目玉。映画館である。上映品目はもちろん恋愛映画だ。アスカは映画とその後のジオタワー展望台で一気に勝負をつける気なのだ。
 (レイ、レイコ・・・は違うかも、そしてマナ、おそらくマユミ。可能性ゼロだけどついでにミサト・・・。悪いけどこれで一気に片を付けさせてもらうわ。もう負けられないのよ、私は!!
 さすがに鈍感シンジでも、ここまですればその気になるはずよ。そして展望台に昇ったその後は、あんな事や、こんな事・・・。 きゃーーー!私ったらなんて事を考えてるのよ!いやんいやん!って、ヒカリじゃないんだから。まあ、そこまでするのはまだ早いにしても、あの時の約束を改めてさせるくらいはしないと、ね。あの時の約束・・・。シンジが覚えていればこんな苦労することもなかったのに・・・。
 覚悟しなさいよ!絶対あんたと一緒にメンデルスゾーンを聞くんだからね!!)

 シンジ危うし!このまま人生の墓場までの予約切符をもらうのか!?



− 第七幕 『今度こそ俺が主役だ。By.ケンスケ』 −


 試合開始の合図とともに、ネルフのゾイド達がいっせいに戦場に散る。先ほど作戦はすでに決めたと書いたが、彼らには特に作戦というモノはなく、オフェンスは敵陣地を目指し、ディフェンスは敵の迎撃をするといったことしか決めていなかった。それで十分勝てるとミサト達は踏んでいたのだ。
 オフェンスがトウジ、ケンスケ、ムサシ。ディフェンスがマユミとケイタ。リーダーがヒカリである。

 「それじゃ、先鋒は俺に任せてくれよな!」
 そういうとケンスケの乗る白い狼型ゾイド、コマンドウルフは戦場を駆け抜ける。その宣言からものの数秒で時速200km以上の速度で突っ走った。超高速強襲型ゾイドの名に恥じない見事な走りっぷりである。一陣の風となった彼が目指すは敵本陣。そしてそこに陣取る下半身がキャタピラになっていて、両肩に大砲を積んだJAことJTである。
 そのあまりの速度に慌てたJA達は次々と模擬砲弾を打ち込んでくるが、初速の遅い模擬弾はコマンドウルフにかすりもしない。むなしく大地にペイントをつけるのみ。その機動力、本物の狼とまったく同じ動きに時田達は驚愕した。
 (こ、これがゾイドか・・・。彼女たちの自信もうなずける。だが!)
 「弾幕を張るんだ!そうすればいくらあいつでも簡単には近づけない!JTはあいつだけを狙うんだ!」
 時田の指示に従い、JTが両腕のガトリングガンから雨のように弾を撃ちだした。その凄まじい勢いに、さすがのコマンドウルフも近づけない。かわす自信がないことはないが、ペイントが僅かでもついたら、即負けというルールだから無理はできない。ケンスケはため息をつくと弾から身を守る遮蔽物に逃げ込み、様子を見ることにした。
 「ちぇ。さすがに一人じゃ無理か。ATフィールドを使っちゃいけないからなぁ。いくらハンデといっても少しきつすぎるよ。ま、ここはトウジ達に期待するか」





 「なんやケンスケの奴、止まってもうたで。しゃあないな。行くでムサシ。イインチョ」
 トウジの乗った黒いサイ型ゾイド、ブラックライモスが進撃を開始した。その重戦車のような外観からは、とても想像のつかないなめらかな動きで、ケンスケとは反対方向に迂回して敵陣を目指す。
 本来なら、装甲の下にある重火器ですぐにも辺りを火の海にするところだが、今回は模擬砲弾を詰めた大砲が一門あるだけである。よってその進撃は、トウジのそれとは思えないほど大人しいものとなった。
 「しっかし、武器がこれだけいうんは頼りないなあ。
 お、ムサシの奴いきなり接近戦をやる気みたいやな。こらおもろいわ」
 そんな脳天気なことを言っている彼の前にノーマルタイプのJAが迫る。そして、ムサシの乗るゴリラ型ゾイド、ハンマーロックの前にJA2号機こと、JASが立ちふさがった。その身長差はおよそ倍。果たして、トウジとムサシの運命は?


 いきなりハンマーロックはJASの前に飛び出した。前に後ろに跳び回る、その本物のゴリラ以上に素早い動きにJASは完全に翻弄されてしまう。銃で狙いをつけることも、捕まえることもできない。ムサシがフンと小馬鹿にするように笑った。
 「まったくとろくさいロボットだな。ホントなら今日はマナのトコにお見舞いに行く予定だったんだが。
 ・・・人の恋路を邪魔したんだ。馬ならぬゴリラに握りつぶされて死んでくれ」
 ムサシの一方的な宣言とともに、素早くJASの背後に回り込んだハンマーロックはその膝をつかんだ。

メリッ!! * 2
 
 つかんだかと思った瞬間、驚異的な握力によってその膝が握りつぶされる。たちまち地響きを立てて倒れ込むJAS。JASは完全に起きあがれない。膝の破損にも関わらずに働くオートバランスによってじたばたもがいている。
 ハンマーロック、ムサシはうっとうしそうにその腕をつかむと、肩からもぎ取った。まず、右、次に左、とまるで虫の足をもぎ取るように。そして、文字道理だるまのようになったJASに模擬弾をありったけ打ち込む。

ドガガガガガガガ!!!

 爆発こそしなかったものの、JASのボディは模擬弾によって真っ青に塗装された上、デコボコになっていた。それを満足そうに見るムサシ。
 「騎士道大原則ひとぉつ!敵に容赦はするな!完膚無きまで叩きつぶせ!!」 





 ムサシがJASと接敵する少し前、トウジのブラックライモスはJAめがけて突撃を開始した。土埃を噴き上げながらつっこんでくるブラックライモスに向かってJAが、そして後方にいた遠距離攻撃型JA、JCが砲撃を開始する。その砲撃は凄まじく、とてもブラックライモスにはかわせそうになかったが、トウジは驚くべき方法でその砲撃を回避した。
 ブラックライモスの側面に取り付けられたブースターを一気にふかし、直角に曲がったのだ。それは戦車や車では不可能な動き、すなわち普通の常識を持ったJAのオペレーターにはまったく予測できない動きだった。むなしく地面を削る砲弾を横目に、ブラックライモスは頭からJAの胸に飛び込んでいった。
 ブラックライモスの鼻先に取り付けられたドリル状の角が根本までめり込む! 
 原子炉が暴走しかねない状態に陥り、JAのコンピュータはたちまち原子炉停止信号を送った。たちまちその活動を停止するJA。倒れ込んだJAから装甲を引き裂くように角を引き抜くと、ブラックライモスは進撃を再開した。

 JA側陣地では、戦闘開始からわずか5分ほどの間に2台のJAを倒されたことに激しく混乱していた。彼らの予想ではゾイドはここまで強い兵器ではなかったのだ。焦った時田は、ヒステリックに叫び、オペレーターをいらつかせた。彼はそんなに短気でも、無能な人物でもなかったのだが、予測を越えた事態にパニックに陥っていたのだ。
 「接近戦はするな!JALのレーダーで敵を補足して遠距離からの間接射撃で対抗するんだ!」
 その指示に従って、頭に巨大な笠のように大型レーダーをかぶったJA、JALは戦場に散っているゾイドを補足しようとする。だが・・・。
 「・・・だめです!反応がありません!!」
 オペレーターが叫ぶ。
 慌ててモニターをのぞき込む時田。その目が驚愕に開かれた。
 彼の目には広大な戦場を表すモニターと、JAの位置を示すマーカーだけが映っていた。ゾイドを示す光点はまったく映っていない。
 「そんな馬鹿な!ゾイドはステルス装備なのか!?まさか信じられん!!」





 ネルフ側陣地。ラミエル線に使用された14式装甲指揮車内には、ミサトとリツコ、そして数人のオペレーター達が居た。
 ちょうど時田が驚愕の声をあげたとき、リツコがニヤリとほくそ笑んだ。
 「今頃気づいたみたいね。ゾイドを構成する金属、オリハルコンは電波吸収能力を持っていることに。ゾイドの位置を補足したかったら、もっと別の種類のレーダーがいるのよ!」
 インカムをつけているがどうやらJA側の会話を盗聴をしていたようだ。情報がだだ漏れという時点で、JA側には勝ち目が99%無くなったと言っていいだろう。・・・それはインチキでは?
 だが、そんなつっこみを入れる者が居るわけなく、まったく気にせずミサトは指示をとばす。
 「今度はこっちの索敵能力と遠距離射撃能力を見せつけてやる番よ。洞木さん、よろしくね」


 「任せて下さい!索敵開始します!」
 戦場のちょうど真ん中あたりにいたヒカリは、白と紫のコントラストが美しいステゴサウルス型ゾイド、ゴルヘックスのレーダーを作動させた。たちまちJA、ゾイドの位置、空気状態、周囲の動体反応、それどころか数キロ離れた時田達の身体状態をも正確に捉える。脈拍、血圧、ついでにだれそれは頭部に異様な発汗がある、カツラね?といったことまで。そしてそれらの情報はモニターに映すのではなく、直接ヒカリの頭の中に送り込まれた。この通常のレーダーとあまりにも違いすぎるシステムによって、ヒカリは生き残りのJAの位置と最も効率の良い射撃角度、方向等を瞬時に割り出し、後方に控えていたケイタとマユミに伝えた。
 「・・・というわけで、後は任せたわよ」
 「わかりました。洞木さん。じゃあ、私はJALを撃つから浅利君はJCの方をお願いしてもいいかしら?」
 「了解」
 それまでピクリとも動かなかったケイタのカタツムリ型ゾイド、マルダーが移動を開始した。首を前に後ろにフニフニと伸ばしながら進む。あまりにも本物そっくりな移動の仕方に、監視モニターでまじまじと見たマヤはさぶいぼが出た。
 マルダーは移動能力こそゾイド中最低ランクだが、その厚い装甲と強力な遠距離兵器等により、恐るべき移動トーチカとしての役割を持つ。その銀色の装甲を輝かせながら射撃位置まで移動すると、殻の渦巻きに当たる部分が内側からぱっくりと開いた。中から模擬弾を詰めたカノン砲が出てくる。
 「・・・発射!」
 たいして狙いを付けた様子もなく無造作に打ち出される模擬砲弾。
 その砲弾は大きく空中に弧を描くと、トウジやムサシ達の頭を飛び越え、ちょうど移動したばかりのJCの右肩の砲身に飛び込んだ。砲弾は火薬が詰まっているわけではない。とはいえ、多少は爆発するように造られているのだ。爆発はJCの砲弾と連鎖爆発を起こした。内側から爆発を起こすJC。そのまま前のめりに倒れ込むと動かなくなった。
 いつも目立たず控えめなケイタだが、彼はチルドレンで1番射撃がうまかった。さりげなく、その腕前を披露する。
 「命中確認!そういえば、アレって原子力で動いてるんだっけ。・・・まずかったかな?」

 ミサト達は心臓がバクバクしていた。

 ケイタがJCを倒したのを横目で確認しながら、マユミの乗るブラキオサウルス型ゾイド、ブラキオスが背中に収納されている大型ビームキャノン、・・・の代わりに取り付けられたカノン砲を展開する。ブラキオスはケイタのマルダーと同じく遠距離から援護射撃を行うことを目的としている。マルダーほど重装甲ではないが、マルダー以上の機動力とビーム兵器を備えたスナイパーである。
 「お願い。当たって!」
 マユミの祈りを込めた声とともに砲弾は発射された。彼女はケイタほど射撃が得意ではない。だが、ブラキオスの生体コンピュータは彼女をバックアップし、正確にJALに向けて砲弾をとばした。

ドキャッ!!

 その砲弾はJALのレーダーに命中した。レーダーにその衝撃で大きなヒビが入る。そして模擬弾があげる紫色の煙とともに地面に倒れ込むJAL。まだ動くことはできるが、模擬弾が命中したため、ル−ルによりこれ以上の活動は禁止される。
 無事にその砲弾が命中したことで、マユミはほっと息をついた。


 どうでも良いが(良くない)、トウジ達は原子炉内蔵ロボットを相手にしていることを覚えているのだろうか?





 すぐ近くにいたJALが倒されたことで、JTは一時的にケンスケに対する砲撃を中止した。砲身が熱を持っていたということもあったのだが、その一瞬の隙を逃さず、コマンドウルフはJTに飛びかかった。300m以上の距離をものの数秒で詰めると、慌てて捕まえようとしたJACの腕をすり抜け、JTの頭に噛みついた。常に高温のプラズマを発生させているその牙はやすやすとJTのメインカメラを頭部ごと噛みさく。
 そのままJTを踏み台にすると大きくジャンプし、JA側の陣地に到達した。
 ケンスケの喜びの声が全ての陣地にこだました。
 「やった! 相田ケンスケ、敵陣地を占拠しました!」
 その直後に陣地に飛び込むトウジとムサシのゾイド。
 「結局ケンスケに先こされてもうたな。まあ、ええわい」
 それにミサトが声をかける。少し厳しいことを言っているが、その声音はとても柔らかだった。
 「お見事。でも、この程度の相手に6分以上も時間をかけているわ。まだまだ訓練が必要ね。
 ともあれ、みんなよくやったわ。本部に帰ったらご褒美あげるから、期待していいわよん♪」
 ミサトとチルドレンが和気藹々と話している横で、リツコが時田にとても嫌みな顔で話しかけた。モニター越しとはいえ、その笑顔の裏の毒気に時田は倒れそうになる。なまじ綺麗な分だけ時田にはつらかった。彼に変な趣味があったらその限りではないだろうが。
 「時田さん。わかりましたか?あなた方のJAは所詮使徒や敵ゾイドにとってはおもちゃも同然だと言うことが」
 「・・・わかりました。今は素直に負けを認めましょう。
 いや、それにしてもたいしたモノですな、ネルフのゾイドは、いや子供達は」
 はじめは苦虫をかみつぶしていたような顔をしていたが、途中でさっぱりした顔で返答をした。その潔さにリツコはほんの少し驚くが、少しだけ笑うと言葉を続ける。
 「ええ。ネルフではなく、この子達が居る限り世界は決して滅びません」
 そこまでリツコが言ったとき、本部で監視業務を続けていた青葉から緊急回線がつながった。

 「現在、東京湾沖合より多数の未確認飛行物体がそちらに接近しています。海中から突然現れました!
 ・・・・パターン確認!ブラッドパターン、銀!!ゾイドです!
 青の反応はありません!使徒はいないもようです!」

 「「なんですって!?」」
 ミサトとリツコの声は珍しく焦っていた。今この場にいるゾイドは模擬弾ばかりを積んでいて、実弾が全くないのだ。このままではいかに精強を誇るネルフのゾイドとはいえ、勝てるわけがない。先ほどまでの凱旋の雰囲気も消し飛び緊張が辺りを支配する。
 ほんの数秒ほど爪を噛んで考え込んでいたミサトは、素早く日向に指示を出した。
 「日向君!すぐシンジ君をこっちによこして!洞木さん、聞いてのとおりよ!今すぐJAを一カ所に集めて、その周囲で防御円陣を組んで!ATフィールドを全開にして援軍が来るまで持ちこたえさせて!」
 「・・・わかりました!鈴原、ムサシ君!急いで!」
 返す刀で時田達にも連絡を入れ、破壊されたJAを適当な位置に運ばせる。まだ動くJAの協力もありほんの数分で移動が完了した。
 「後は、シンジ君達を待つばかりか・・・。しかしなんつータイミングの悪さで!」
 地団駄踏んで悔しがるミサトに、リツコがコーヒーを持ってきて話しかけた。
 「落ち着きなさいミサト。シンジ君はAV型装備であと32分で到着予定よ。それより、私達も早くシェルターに避難しないと危ないわよ」
 「あの子達だけ危険な目に遭わせて、避難しないといけないなんてね。ホント、時々自分が嫌になるわ。
 ・・・ところで、AV型装備ってなに?聞いたこともないんだけど」
 ミサトの質問にニヤリとするリツコ。
 「よく聞いてくれたわ。AV型装備とは大型ゾイドに取り付け可能な強化装甲システムよ。移動速度等は68%落ち込むけど、防御力は32%、攻撃力に至っては188%も増加するわ。つい最近開発に成功した追加装備よ!」
 リツコの目はこんな事態にも関わらずあっちを向いていた。あきれながらミサトが答える。
 「ま〜た、作戦部に黙ってそんな物開発して・・・。いったいどういうつもりなのよ。また『こんなこともあろうかと』なんて言う気じゃないでしょうね?」
 「ぐっ・・・。い、いや〜ねぇ。そ、そんなわけないでしょ?ミサトったら、おもしろいこと言うんだから」
 そのまま、ホホホと乾いた笑いをするリツコ。だが、その様子を見たミサトは先ほど自分が言った通りのことを考えていたなと確信した。



− 第八幕 『誰か僕を助けてよ・・・』 −


 アスカとシンジはジオタワーの展望台にいた。
 なぜか二人以外に人がおらず、円形の展望スペースは不思議な静けさと寂しさを漂わせていた。その少し敬遠したくなるような雰囲気も、アスカにとっては好都合だった。それほど違和感無くシンジにすり寄れるからだ。シンジもまたその寂しさが嫌になっており、アスカが手を組んできても抗議しなかった。それどころか無意識のうちにきゅっと力を込める。
 (・・・暖かい。アスカの腕って、柔らかくて暖かいや)
 (シンジの腕って、細くて頼りなく見えるけど、結構大きくて堅いんだ。やっぱりシンジも男の子なんだ)
 時間は三時を少し過ぎたくらいで、黄昏時のような幻想的な光景ではない。だが、十分に美しい第三新東京市の街並みが二人の心を和ませていた。
 そのまま10分過ぎても動かずに景色を眺めていた二人だった。が、2人の顔は、いつの間にかお互いのことを強く意識しだして真っ赤になっていた。二人の心臓が激しく音を立てる。はじめはそれが心地よかったが、いつまでも続くと苦痛になるもの。耐えきれなくなって、展望台に着いてからずっと黙っていたアスカが初めてシンジに話しかけた。
 「ねえ、シンジ。綺麗ね。・・・第三新東京市。私達が守った、私達が暮らす街。
 シンジはどう思う?この街のこと」
 「なんだかミサトさんみたいな事言うね。・・・そうだな。よくわかんないや。でも僕はこの眺めが好きだよ」
 ミサトの名前が出て少し不機嫌になったが、その邪念がまったく感じられないシンジの返事を聞き、かすかな微笑みを浮かべる顔を見て、アスカは少し見とれてしまう。そんなアスカを少し不思議そうに見るシンジ。
 顔を赤くしながら見つめ合う二人だったが、急にアスカが立ち上がってシンジの顔をのぞき込んだ。シンジはアスカの顔が目の前30cm以内の距離に入り硬直する。
 「ど、どうしたの、ア、ア、ア、アスカ。そ、そんなに顔近づけたりして・・・」
 「黙って。ねえ、シンジ。私のこと・・・」
 そこまで言ってアスカは黙り込んだ。顔はこれ以上ないくらい赤くし、心臓はシンジに聞こえるほどの音を立てていた。
 (が、がんばるのよ。アスカ。おばさまが言っていたでしょ。とにかく素直になればうまくいくって。そうすればこの鈍感馬鹿を確実に・・・。で、でも、胸が苦しい。心が張り裂けそうなくらいに・・・。いいえ!ひるんじゃダメ!このままじゃ、ファーストに負けちゃうのよ!それだけは絶対にイヤ!
 ・・・・・アスカ、行くわよ)
 (ど、ど、どうしたんだよアスカは!?顔をこんなに赤くして心臓が僕に聞こえるくらいの音を立てさせて・・・。
 ま、まさか・・・病気?だったら大変だ。早く医者に見せないと)
 アスカの様子をすっかり勘違いした鈍感シンジはできる限り優しく、丁寧にアスカに話しかける。
 「アスカ、大丈夫?そんなに顔を赤くして、気分でも悪いの?もしそうならすぐに帰って休まないと・・・」
 彼女はその返事に少し失望を感じながらも、優しさをうれしく思っていた。少しかぶりを振るとあらためて彼の目を見据える。
 「違うわ。病気なんかじゃないの。私・・・私、シンジのこと・・・す・・・す・・・」
 そこまで言って再び黙り込むアスカ。さすがのシンジもアスカが何を言わんとしているのか気づいた。
 (アスカ。・・・これってやっぱり、アレかな?アレなのかな?ま、まさか、アスカが僕のことを・・・。そういえば、前にもキスしそうになったし決して僕のこと嫌いなワケじゃないだろうとは思っていたけど、まさか、本当に・・・。
 ああ!そんなこと考えている間にアスカがどんどん僕に顔を近づけてきている!・・・うわあ、目を閉じないでよ!手を腰にまわさないでよ!・・・あれ?アスカは全然動いてないのに、どんどん顔が近づいてきている?ち、近づいているのは僕の顔じゃないか!ああ、勝手に手がアスカの腰にまわされている!と、止まらない!
 ご、ごめん綾波!これはどうしようもないんだ!仕方なかったんだ!だってアスカが可愛かったから!)




「「ん・・・」」





 そんなこと考えている間に、二人はキスをしていた。それは本当に唇をあわせるだけのお子さまなキスだったが、キスをしたという事実だけで二人には十分だった。目を閉じていた彼らは目を開いている時以上に相手の存在を感じていた。
 「んんっ、ふ・・・」
 「うっん・・・」
 それに少しだけ興奮して、少し強く求める。
 (アスカの唇って、さっき食べたストロベリーアイスの味がする・・・)
 (シンジの唇って、さっき食べたバニラのにおいがする)

 およそ10秒間のキスの後、真っ赤な顔をしてそっと唇をはなす。潤んだ目をしながらシンジを見つめるアスカはそっと彼に抱きついた後、ぽつりと彼の耳につぶやいた。
 「・・・シンジ、別に気にしなくてもいいわ。誕生プレゼントの礼よ。
 だからキスしたからって調子に乗るんじゃないわよ」
 アスカは自分の意地張りにあきれながらも、秋空のようにすがすがしさ感じていた。自分にはまだ早いのではないかと、そう思い始めていた。
 (やっぱり私には素直になるなんて無理なのかな。
 まあ、いいわ。やっぱりこんなのフェアじゃないしね。これでファーストとはフィフティーフィフティー・・・かな?)
 そんなアスカと対照的にシンジは動揺しまくっていた。それこそ後ろから脅かされたら心臓が止まるくらいに。

 「ア、アスカ・・・。その・・・」
 「なによ。ちょっとした冗談よ。それとも責任とってくれるの?・・・・・・・・って、ちょっとシンジ?どうしたのよ!?いくら何でも気絶するなんてあんまりじゃない!ねえ、ちょっと、起きなさいよ!!キスだけで終わりなんて冗談じゃないわ!!」
 責任という言葉を聞いたシンジはどこかに旅立つ。
 『本番はこれから!』といった顔をしたアスカに首をかっくんかっくん揺さぶられながら、シンジはレイとマナに睨み付けられる夢を見ていた。たぶん『なぜキスした!?』という心の声が聞こえていることだろう。
 ネルフ諜報部の人間がシンジを迎えに来たのはその時だった。
 その何とも奇妙な光景に驚きもせず、二人組の黒服はアスカに手短に説明をする。
 「碇軍曹は直ちに旧東京まで行ってもらいます。  惣流二尉は本部待機です。三分後に迎えが来ます。ここでしばらく待機して下さい。  それでは、そういうことです。じゃ!」
 じゃ!とさわやかに言いながら黒服はアスカの前から姿を消した。そのとき、捕獲された宇宙人よろしく、気絶したシンジを連れ去っていった。
 後にはそのあまりの手際の良さに呆然とするアスカと、黒服による立ち入り規制が解除されて展望台に入ってくる他のカップルの姿だけがあった。なぜシンジだけが連れ去られたかと言えば、ミサトとマヤの手回しによるものだったりする。要するにアスカは一人だけ本部待機になったのだ。後日このことと、諜報部の人間に全部覗かれていたことに気づいたアスカが暴れ回り、一時的にミサトとマヤが姿を消してネルフの仕事が滞ったがそれはまた別の話である。


<旧東京都心部>

 「シャギャーーー!!」

 円陣を組んでATフィールドを張るネルフのゾイドにラプター型の小型ゾイド、マーダが飛びかかる。
 足の先についたレーザーメスで、ゴルヘックスの首筋を切断するために。
 だが、空中に現れた光の壁によって音をたててはじき返された。それにもめげず、空からミサイルを投下する始祖鳥型ゾイド、シュトルヒ。そのミサイルもやはりはじき返される。
 しばらくそんな無益な攻撃を繰り返していたゼーレゾイドだったが、唐突に攻撃を止めて一カ所に集まり始めた。
 攻撃が通じないことに勢いづくネルフ側とは対照的に、ゼーレゾイドは一カ所に集まり不気味にトウジ達を睨み付けている。
 「いくら数が多いと言ったって、ATフィールドがある限りこっちには手も足も出ないようね。後はシンジ君が到着するのを待つばかりね」
 シェルターからその戦いの様子をモニターしていたリツコがつぶやく。はじめは少し緊張していたが、敵ゾイドが全て小型で、しかもあいかわらず連携行動もできない出来損ないのダミープラグだということに気づき、今ではすっかり余裕を持っていた。
 「確かに大丈夫そうだけど、なんか嫌な予感がするのよね〜」
 ミサトが厳しい目をしながらモニターを見る。しきりにシンジの到着までの時間を気にしている。
 「考えすぎよミサト。ゼーレゾイド、さっきから全然動こうとしていないじゃない。こんな事態にどう対処すればいいのかプログラムされていない証拠よ」
 コーヒー片手にリツコがそういった直後、数台のマーダが前に出てきてゆっくりとトウジ達に近づいた。リツコ達が怪訝な顔をした瞬間、マーダ達の目の前にATフィールドが現れ、トウジ達のフィードと接触して輝きだした。
 「敵ゾイド、ATフィールドを発生させました!位相空間を中和!浸食していきます!」
 マヤが携帯型パソコンの情報をせっぱ詰まった声で読み上げる。
 「ゼーレも遊んでいたわけじゃなかったのね。いつの間にかATフィールドを発生させることができるダミープラグの開発に成功していたんだわ。・・・ということは、いったい何人の子供を実験に使ったの!?」
 リツコが唇をかみしめながら時計を見る。シンジの到着まで後15分。
 「ダメです!フィールド、完全に中和されました!敵ゾイド攻撃を再開します!」
 マヤの言葉が終わる前にATフィールドの隙間から飛びかかるゼーレゾイド。
 ヒカリの指示に従いそれを迎撃するネルフゾイド。
 「鈴原、7時方向に突撃!その直後すぐに戻って壁を造って!相田君は飛びかかってきたマーダを空中で迎撃!ムサシ君はその隙をついて接近してきた奴を捕まえて!その他のみんなはこの場に残って、フィールドの維持!わかったわね!」
 「「「「「了解!」」」」」
 ヒカリの言葉道理に飛びかかってきたマーダを、空中で迎撃して噛み裂くコマンドウルフ。突撃によってまとめて2台のマーダを押しつぶすブラックライモス。その腕にとらえて引き裂くハンマーロック。それ以外のゾイドは必死になってATフィールドを展開する。また、まだ動けるJAも戦いに加わるが、まったく対抗できていない。それでも必死になって戦うトウジとJA達。
 だが100体以上の大群に押され、ついに爆弾を抱えた特攻型マーダがJAにとりついた。
 その刹那!
 爆音とともに発射されたバルカン砲によってマーダはJAから吹き飛ばされ、遠く離れたところで爆発する。

 「綾波レイコ!ただいまサラマンダー2号機で到着しました〜♪危機一髪って感じが超やばいって感じよね〜」
 脳天気な声に力が抜けていきそうになりながらも、トウジ達は頭上を見上げた。キラン!太陽の光を浴びて、青い機体が美しく光る。彼らの頭上には巨大な青い飛竜、大型翼手竜型ゾイド、サラマンダーが浮かんでいた。
 「レイコ!起動に間に合ったのね!」
 リツコが喜びの声をあげ、それとともにシェルター内の人間が歓声を上げた。
 「ついさっき、シンクロ率40%で起動に成功したの。土壇場で成功するなんて、私ってヒーローみたい。
 それはともかく、よくもみんなをいじめてくれたわね。このゼロチルドレン綾波レイコが極楽に逝かせてあげるわ!」

 一方的なレイコの宣言とともに、サラマンダーが攻撃を開始した。高高度から戦車砲並の威力がある機銃を発射する。中途半端な強度しかないATフィールドごと打ち抜かれて爆発するマーダ。何とか、迎撃しようとするがあいにくマーダには対空装備がない。為すすべもなくうち倒されていく。
 マーダの代わりにシュトルヒがサラマンダーを撃ち落とそうとその周囲を飛び回る。素早く背後や下方からビームやミサイルを撃つが、全てサラマンダーの強力なATフィールドによって阻まれた。それどころかサラマンダーが発射したミサイルによって、一度に5,6機のシュトルヒが打ち落とされ、その剃刀のような翼によってすれ違いざまに真っ二つにされる。その圧倒的なまでの戦闘力に再び歓声が上がるが、ミサト達の目は厳しい。
 「まずい。いくら何でも数が多すぎる。いくらレイコが頑張っていても、これじゃいつかはJAが破壊されるのは避けられないわ。そんなことになればここら一帯が放射能汚染されるわ。洞木さん達も限界のようね」
 その言葉道理、地上のゾイド達は傷つき、押されていた。もういつ特攻型マーダによってJAが破壊されるかわからなくなっている。サラマンダーも空中のシュトルヒを相手にすることが忙しく、ほとんど援護ができない。
 「くっそー!いくら何でも数が多すぎる!ケイタ!模擬砲弾でも何でもいいから打ちまくれ!少しでも相手を攪乱するんだ!」
 ムサシの言葉に応えるように、弾を打ち出すマルダー、ブラキオス。その弾は正確にマーダをうち倒すが、そのマーダはすぐに起きあがると攻撃を再開する。やはり模擬砲弾では効果がない。それどころか、模擬弾から出る煙のせいで、一瞬視界が隠れてしまった。

 「しまった!」
 一瞬の隙をつかれてコマンドウルフが押し倒され、ケンスケが声をあげた。そしてコマンドウルフの抜けた隙間に向かって、マーダ達が殺到する。ハンマーロックが腕を伸ばして掴もうとするが、遅かった。マーダは秘密兵器、アフターバーナーによって瞬間的に時速500kmに加速したのだ。全てを振り切り、そのままJAに飛びかかるマーダ。トウジ達の善戦もここまでかと思われた。
 だが救いの神は意外なところから現れる。
 ヒカリが未確認飛行物体に気がついた。サラマンダーでもシュトルヒでもない。ハッとした顔でヒカリが空を見上げる。
 飛行機雲を残して、大型輸送機が飛び去っていく。
 そして、大洋の中心が黒くかげっていた。
 「あれは・・・まさか!?」
 瞬間、空から巨大な鉄の塊が降ってきた!そのままマーダを踏みつぶし、辺りにその血液をまき散らす。

 空から降ってきた鉄の塊、それは体中をすっぽりと覆うような装甲、というか鎧を身につけたゴジュラスだった。そののっぺりとした鯨のような装甲は太陽の光を受け、青く輝いていた。鎧をまとったゴジュラスは、冗談抜きで立ち上がった鯨といった外観だった。こんな時でもなければ思わず失笑してしまいそうな姿だったが、その場にいるすべての人間には、まさに闘神が降臨したかのかと錯覚した。
 ゴジュラスは足下のマーダの残骸をあらためて踏みにじると、雄叫びをあげる。その雄叫びを聞いたマーダ達がおびえたように動きを止めた。だが、自分たちが圧倒的に数が多いことに元気づけられたのか、ゴジュラスの周囲を取り囲む。そのまま睨み合うゴジュラスとマーダ。
 「今よ、シンジ君!オールアタックと指示を出して!」
 「え、・・・はい!」
 マーダが一カ所に固まったのを見てリツコが叫んだ。ミサトは嫌な予感がしたが止める暇も気力もなかった。そしてシンジが答えた瞬間、

 ゴジュラスは爆発した。




 「「「「「「え?」」」」」」」



 いや正確に言うならば爆発したと見まがうばかりにミサイルを発射したのだ。腕、足、肩、胸、背中、尻尾。体中に取り付けられた装甲は同時にミサイルポッドでもあったのだ。その全てから一度に発射された100本以上のミサイルはマーダのみならず、空中のシュトルヒに向かって飛んでいく。
 凄まじい爆発音と共に一度に吹き飛ばされる100体以上のゼーレゾイド。衝撃波が吹き荒れ、上空のサラマンダーも一瞬姿勢を崩した。
 その花火のような現実感のない光景にチルドレンもミサトも、撃った当人のシンジも固まっている。煙が風でかき消された後には一体もゼーレゾイドは残っていなかった。


 「・・・リツコ。なに、あれ?」
 ミサトが文字通り焼け野原となった、広場を見ながら力を振り絞るようにそうたずねた。ともすれば投げやりになりそうな自分を支えるように。
 「何って、AV型装備よ。さっき言ったでしょう?」
 「いや、それはわかっているんだけど・・・。なんていうか・・・」
 「じゃあいいじゃない。それにしても、アレじゃダメね。一度しか撃てないし、一度撃ったら装甲は吹き飛ぶし。ゴジュラスも少し傷ついてるみたいね。まだまだ改良の余地があるわ」
 リツコののほほんとした物言いに、ミサトは彼女と距離を置くことを誓った。これ以上こいつと親友だと、バカに、いや不条理を不条理と思わない社会不適合者になると、実に失礼なことを思いながら。
 「あ、そう。勝手にやって。
 ・・・最後に一つだけいいかしら?AV型装備って、なんの略なの?」
 「わからないの?AV型装備はアーマード・バルキ・・・」
 「ストップ!やっぱいいわ」
 「そう?変なミサト。それより早く帰りましょう。これからまたいろいろ忙しくなるわよ」
 「わかってるわよ(このマッド)」



− 終幕 『私は負けない』 −


 東京開戦の後、ネルフは生き残ったJACを時田達から勝負に勝ったんだからと強引に譲り受け、第三新東京市に引き返していった。時田達ははじめは抗議していたが、結局JAはゾイドの、使徒に敵しえないことがわかったので比較的あっさりと譲渡に同意した。しかし、JACを発電器代わりに使うと知ったら、きっと嫌な顔をして反対しただろう。
 トウジ達は久しぶりに目立ててうれしかったのか、帰った後大騒ぎをしていた。
 そして、アスカとシンジは特に何も変わらなかった。周りからからかわれたりしても、アスカはいつもどうり怒ってシンジに八つ当たりをし、シンジは苦笑しながらもアスカをなだめていた。誰が見てもいつもと変わらないようだが、彼らの同居人達と隣人にはその変化がはっきりと感じ取れた。

 (あらあら、アスカちゃんたら、シンジと何かあったわね。どこまでいったのかしら?まさか行き着くトコまで行ったんじゃないでしょうね。まだ私おばあちゃんにはなりたくないんだけどな〜。それにレイはどうするのかしら。まだまだ前途多難ね二人とも)

 (シンジ君。アスカちゃんと何があったか知らないけど、責任とってね。とりあえず、四年後には私にワーグナーを聞かせてね)

 (シンちゃん。なんか変。・・・ううぅ、アスカ〜!誕生日にかこつけてシンちゃんに手を出すなんて汚いわよ〜!フェアじゃない〜!でも、まだまだ何とかなりそうね。これで勝ったと思うなよぉ♪)

 (・・・碇君。辛いの?それともうれしいの?わからない・・・。なんだかとても変な感じがする。
 碇君がセカンドと喧嘩しているのを見るだけで胸が苦しくなる。これはなに?前はそうじゃなかったのに・・・。
 セカンドが私を見る。なんだかとっても嫌な目つき・・・。思わず叩きたくなる。
 碇君が私を見る。思わず抱きつきたくなる。どうして?
 碇司令・・・教えてくれない。大人になったらわかるとしか言ってくれない。
 でも何となくわかる。まだ、あの二人には隙間がある。
 前、セカンドが言っていた言葉。
 『私は負けられない』今なら私にもわかる。
 私はあなたに負けない。セカンドチルドレン)



第六話完


Vol.1.01 1998/12/08

Vol 1.03 1999/03/20


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