Neon Genesis Evangelion SS.
ナナシカムイ write by 雪乃丞




11.イカリ

 目が覚めたとき、僕は白いベッドの上にいた。

「目が覚めたか」

 そんな僕のベッドの横に居たのは父さんだった。

「とうさん」
「なんだ?」
「使徒は、どうなったの?」
「忘れたのか?」
「・・・消えたんだ」

 使徒も、カムイさんも。

「やはり覚えていたか」
「ねえ、父さん」
「・・・」
「碇の血って何なの? 僕が命綱って、どういうことだったの?」
「碇家が旧家・・・それも、とても古い歴史をもった家なのは知ってるか?」
「叔父さんから、聞いたことはあるよ」
「我が一族は、古来より、とある一族と深い関係にあった」
「・・・カムイさんの一族?」
「そうだが、厳密にいえば違う」
「・・・」
「神威と名乗る、名を持たない巫女に代々、我が一族の者は力を貸してきたのだそうだ」
「わからないよ」
「シンジ。 お前は、これまでに二回、名無君の力を使う現場に立ち会ったはずだ。 一度目は、N2爆雷の衝撃波をかわした時、そして、先日の戦いの時も」

 使徒と、カムイさんが消えてしまったとき。

「だが、二度とも、お前は彼女に関する記憶を失うことがなかった」
「・・・うん」
「今目が覚めたばかりのお前が知ってるはずもないが・・・。 今の本部で、名無君のことを覚えているのは、私とお前の二人だけだ」
「・・・」
「これが、碇の血がもつ力であり・・・呪いのようなものなのだろう」

 忘れないこと。 ただ、忘れないこと。 それだけ。

「こんなことに、どんな意味があるのさ?」
「一つは、彼女のような特殊な力をもつ存在が、そのが力を使ったとき、後始末をしたり手伝ったりすることだ。 すこし想像してみれば分かるだろうが、一般人の立ち入りが禁止されているような場所で、目の前にいきなり知らない人間が現れればどうなる?」

 それは・・・捕まってしまうかも。

「立ち入り禁止の場所に踏み込むということは、今の時代なら拘束や尋問程度で済むかも知れない。 だが、昔は斬り殺されても文句はいえない行為だった。 そんなとき、碇の一族の者が身元を保証したり、場合によっては逃亡を手助けしてきたのだ。 運良く消滅を免れても、周囲の誰も覚えていないのだからな。 ・・・そういった協力者が不可欠だったのだろう」

 僕や父さんは、そんなことしか出来ないってこと?

「それだけしか、出来ないの?」
「私たちに出来ることは、おそらくは、それだけなのだろうな。 ・・・だが、それでも、ただ忘れてしまうよりはマシなのだろう。 ただ、そこに居て欲しい。 自分たちが居たことを忘れないで欲しい。 それが、歴代の神威達の願いだったそうだからな。 無論、そのこと自体に意味が全くないわけではないのだ。 すぐ側に、自分が存在していたことを忘れることなく、記憶している者が居てくれるということは、少しでも消滅の可能性を減らすことが出来るそうだからな」

 でも・・・それでも、カムイさんは消えてしまったんだよ・・・。

「なんでさ?」
「・・・」
「なんで、僕だけで勝てそうだったのに、カムイさんが・・・」
「ただ、殺すだけではダメなのだ」
「・・・」
「記憶とは世界との接点なのだ。 だからこそ、忘れることが必要になる。 肉体を滅ぼし、魂を封じ、そして人の記憶からも消す。 そうやって、こちら側の世界との接点を完全に断つことでしか、やつらを、この世界から完全に追放する手段が存在しないのだろう」

 だからって・・・自分もろとも消すなんて。

「仕方なかったのだ。 あれは、紛いなりにも神の眷属だ。 その魂は不滅であり、例え肉体を完全に失おうと・・・いつの日か必ず蘇る。 使徒とは、そういった存在なのだ」

 でも・・・。

「その無限に繰り返されることになるサイクルを断ち切る方法は、たった一つしかないのだ。 今回は、お前がエヴァを予想以上に上手く使えたお陰で、神威に頼らなくとも勝てたのだろう。 ・・・だが、次の復活の日に、お前と同じことが出来る者がいる保障はない。 加えて言うなら、エヴァは永遠に維持できるような安い代物ではない。 1世紀もメンテナンスし続ければ、世界は文明の崩壊を迎えるだろう。 ・・・今回で終わりするのだ。 そのために、エヴァは作り出され、神威もまた・・・命を捨てるのだ」

 父さんの目に、僅かに涙がにじんでいた。

「この戦いが終われば平和な時代がやってくる。 そう信じることが出来たから、彼女は戦えた。 そう、信じているからこそ死ねたのだ」

 それが、カムイさんのやったことなの?

「シンジ」
「・・・」
「お前は、この苦しみを耐えることができるか?」
「・・・くるしみって?」
「私たちは、神威が己の身を犠牲にして神を封じたことを記憶している。 そして、きっと生涯、忘れることは出来ないだろう。 朝に目覚め、家族に挨拶し、学校や職場に出かけ、友人達と共に過ごしてる平和な時間の中でさえ、お前は、彼女のことを覚えているのだ。 そして、自分を責めることになる。 体一つで強大な神のしもべを封殺してみせた、あの気高い巫女のことを忘れられず、なぜ彼女が犠牲にならなければならなかったのかを永遠に自分に問い続けるのだ。 そんな答えのない問いに、お前は生涯縛られることになる。 ・・・そのことに耐えられるか?」

 ・・・死ぬまで忘れられないと思う。 きっと・・・。

「耐えるよ。 自分のことを忘れないでほしいって・・・カムイさんは、そう言ってたから」
「・・・そうか」
「でも・・・でも、一つだけ・・・一つだけ、教えてよ」
「・・・」
「なんで、彼女が、こんな役目をしなくちゃいけないのさ!? まだ・・・まだ、17歳だったんだ! まだ子供なんだ! それなのに・・・なんで、死なないといけないのさ!!」

 僕は、父さんの服を掴んで、泣きながら叫んでいた。

「それが神威なのだ」

 父さんの答えは、仕方ない、だったのかもしれない。





12.カムイ

 僕は、これまで16の使徒を倒してきた。
 使徒が一つ消えていく度に。
 神威さんが居なくなるたびに。
 新しい神威と名乗る女の人が、僕と父さんに会いに来る。

 最初は17才のカムイさん。
 次は、24才のカムイさん。
 15才、18才、23才・・・10才の子もいたよ。
 その子達の名前は、全員・・・名無神威といった。

 神威は、自分の名を捨てて、神様を封じる巫女の名を継承するんだって教えて貰った。
 だから名の無い巫女、神威なんだって。
 そんな人たちは、神様の脅威から人を守る役目のために居るんだって聞いた。
 たぶん、それまでの人生の全部を役目のために犠牲にしてきたのかも知れないね。
 そんな子達は、みんな揃いも揃って盲目で、とても色の白い人だった。

 生まれたときから洞窟のような一切、光のない場所で生活して、耳を目の代わりにして・・・。
 そうやって世界の底の部分で未だに流れ続けている根元となる音を掴めた者が神威になれるんだって。
 僕がソレを知ったのは、だいぶ後になってからのことだった。
 それを教えてくれた神威さんは、誇らしげに微笑んでいたと思う。

「神様って、いるのかな?」

 僕は、ある時、聞いてみたことがあるんだ。
 無慈悲で、こんな可哀想なことを黙ってみてるヤツに腹がたっていたのかも知れない。

『いると思います』

 神威となった子は、いつも声が綺麗で泣きたくなるほどに真っ直ぐで・・・。
 汚れってものをなにも知らないような、そんな純朴で真っ白な子達だった。
 だけど、それだけに悲しい人たちだった。
 楽しいことも、普通ってことも知らない。
 だから・・・こんなに白い人なんだって。 僕は、そう感じていた。

『私たちが封じてきたモノは、基本的に人にとって害となる存在ですが・・・。 アレは、神様や、その眷属などではないのだと思います』

 もしかすると、そう思いたくないだけなのかも知れない。 そう悪戯っぽく笑っていた子もいたよ。

「じゃあ、神様ってなにさ?」
『絶望に溺れそうになったとき、少しだけ手を貸してくれる存在。 私は、そう考えています』

 なんで、こんなに良い子なのに、死なないといけないんだろうね?



 同じ名前が何個も並んだお墓の前で、僕は聞いてみた。

「・・・父さん」
「なんだ?」
「神様にあえたとして、まず何をする?」
「そうだな。 ・・・とりあえず、すましたツラに一発かましてやるだろうな」
「・・・そうだね。 僕も、そうすると思うよ」

 神様なんて、大嫌いだ。



『はじめまして、名無神威と申します』

 19人目。 これが最後の名無神威。 もう、名無神威になれるような素質のある子は残っていないと聞いていた。 これまで、僕の力が足りなかったばかりに犠牲になった人達と、神様の御使いとかいうふざけた怪獣どもと一緒に消えていった人達・・・18人の名無神威の後にあらわれる最後の一人。 その子は、まだ10歳にもなっていないような・・・ひどく怯えた様子を見せる子だった。

「たぶん、あの子は死ぬことを怖がってる」
「・・・そうだな」
「それなのに、なんで来るのさ。 なんで、死のうとするのさ!」
「それが神威となった者の役目だからだろう」

 この戦いが終われば平和な時代がやってくる。
 そう信じることが出来るから、彼女達は戦ってきた。
 そう、信じているからこそ犠牲になってきた。

「・・・そんな役目なんて・・・」

 クソ食らえだって・・・そう言いたかったのに。

「・・・くそっ!」
「分かっているのだろう? これまで、私達は18人の神威を見送ってきた。 その者達の願いは、この戦いを最後にすることだった。 そんな彼女達の願いを・・・あの気高い覚悟を無下にしてはならん」

 わかってるさ! そんなことは! でも・・・でも、なんで・・・。

「・・・とうさん」
「・・・」
「僕のこと、殴ってくれないかな」
「・・・」
「どうしても・・・涙が止まらないだ」

 変えようのない運命だっていうのなら。
 せめて、あの子達の前では微笑んであげたいのに。
 どんなに辛くても、それを感じ取らせてはいけないのに。

「耐えてみせるって・・・約束したのに」

 せめて、ここにいる間だけでも・・・ほんの短い時間だけでも、普通の生活というものを体験させてあげたいのに。 それなのに、僕の目はいつまでも涙を流している。
 そんな自分が・・・どうしようとなく、情けなくて、憎たらしいんだ。

「好きなだけ泣いていけ。 すきなだけ愚痴を言うが良い。 最後の時に微笑めるように、憤りと憎しみはまとめて敵にぶつけてやればいい。 私達が彼女達に報いることが出来るのは、おそらくは、それだけだ」

 もうすぐ最後の使徒はあらわれる。
 それを封じる役目を持った巫女はすでにいる。
 彼女たちの存在を・・・その生き様を見届けるための碇も、ここに、こうして二人とも揃ってる。

「君のことを、絶対に守り抜いてみせる」

 僕は初めて出会った神威さんにそう言った。 でも、その誓いは、もう何度も破ってしまっていた。
 もちろん、今でも、その気持ちに嘘はない。 だけど、守り抜くことが出来るかどうかは分からない。
 だから、僕は、4人目の神威さんから、こう言うことにしていた。

「君のことを・・・僕は決して忘れないよ」

 それが、僕の役目だから。

 最後の戦いの幕が、上がろうとしていた。



fin.





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