a cloudy sky

 

 

1:

 

勤務を終え、ネルフ職員用通用口を出たところ、まるで私の行く手を塞ぐかのよ

うに青いルノーが停まっていた。

 

「伊吹二尉、帰るんでしょ、送るわ。乗っていかない?」

 

車は葛城ミサト三佐のものだった。

ノースリーブの赤いハイネックに黒のミニタイト、といういで立ちが情熱的な印

象を与えるこの女性は、直属ではないが、私の上官にあたる。

私の直属の上司である赤木リツコ先輩とは大学時代からの親友なのだが、いつも

先輩の隣に居る私に話し掛けることは、そう多くはなかった。

そんな彼女が、これは明らかに私を待っていたのだ。

断る理由などないし、彼女をどちらかといえば好いてもいたので、素直に礼を言

い助手席に乗り込むと、彼女は、上へと伸びゆく光のラインの中を、まっすぐに

車を走らせながら話しはじめた。

 

「ちょっと、あなたと話がしたくて・・・ね。」

 

こんな夜更けに、私を待ち伏せしてまで、したい話とは何なのだろう。

おおかた予想はついているのだが、一応、尋ねてみた。

 

「どのようなお話ですか?」

「単刀直入に言うわ・・・・・・ねえマヤ。エヴァって、何?」

 

きた、と思った。

なぜなら、葛城さんの質問は、そのまま私の疑問なのだから。

この頃、強く思う。

赤木先輩は何か、隠してる。

作戦部長で、親友でもある葛城さんにも。

同じ技術一課で、すぐ側で仕事をする私にも。

そう。先輩は私にさえ、エヴァの全てを明かしている訳じゃない。

逆に考えれば、エヴァの秘密は、そうまでして守らなければならないほどに重大

・・・。

 

「葛城さんが普段ご覧になっている私の仕事に、さらに技術的な説明を加える事

はできます。でも、葛城さんが知りたいのは、そういうことじゃありませんよね

?」

「さすがリツコの愛弟子、察しがいいのね。」

「愛弟子だなんて。そんなものじゃ・・・・・・ないです。」

 

謙遜じゃない。

だって先輩は、先輩に憧れてネルフに入って、ずっと隣でE計画を支えてきた私

にさえ、大事なことは何も教えてくれない。

・・・・・・エヴァが、システム上あり得ない現象を何度も起こすのは、どうし

て?

ダミープラグは、どうしてあんなに恐ろしい力を秘めているの?

どうして装甲板が、拘束具なの?

聞きたい事が、山ほどある。

エヴァって・・・・・・何?

 

「・・・悔しい。葛城さんが知りたいことは・・・・・・私の方が、よっぽど知

りたい。」

 

感情が昂ぶり、つい、本心を口にしてしまった。

 

「・・・そう。やっぱりリツコ、あなたにも全部は話さないのね・・・。

ごめん、悪かったわ。変なこと聞いて。」

 

葛城さんは、私の言葉に嘘がないのを感じ取ってくれたらしい。

 

「いいですよ、葛城さん。それより・・・ここ、どこですか?!」

 

フロントグラスの向こうには、私の住む町をとうに通り過ぎたことを示す道路標

識が、堂々と立っていた。

エヴァに秘められているらしい謎に気を取られて、私も葛城さんも、帰り道のこ

となどすっかり忘れてしまっていたようだ。

 

「うっわあー。ここって、マヤのマンション、とっくに通り過ぎてる・・・。

ごめんねえ、すぐ引き返すわ!」

 

葛城さんはかなり強引なUターンをしながら、しきりに私に謝まった。

 

「構いませんけど、ここから家に寄って貰ったら、葛城さんがご自宅に着くの、

1時廻っちゃいますね。

もしよろしかったら、今日は家に泊まっていかれますか?」

「あら、いいの?でもそうさせて貰えると助かるわ。明日早いんだ。」

「あ、アスカ。家に一人で大丈夫ですか?」

 

アスカは弐号機のパイロットで、14歳の女の子だ。

初号機パイロットのシンジ君と同様、葛城さんが保護者として同居している。

葛城さんを家に泊めることにはなんの異存もないが、シンジ君が初号機に溶け込

んでしまっている今、彼女を一人で家に置いておく訳にはいかないだろうと思っ

た。

 

「・・・・・・アスカね、今日はクラスメイトの家に泊まるって。

なんだかあの子、このごろ私の事避けてるの。

シンジ君もいないし、なんか、帰りたくないのよ・・・・・・。」

 

答える葛城さんは、なんだかとても淋しそうに見えた。

 

「じゃあ決まりですね。家、来てくださいね。散らかってますけど。」

「ありがと、マヤ。」

葛城さんはほんの少し微笑んだ。

 

久しぶりに、同性のお客さまが、うちに来る。

緊迫した毎日の中、ほかのオペレーターの女の子とお喋りを楽しむゆとりさえな

かった私には、そのことがちょっと嬉しく思えた。

 

2:

 

私も葛城さんも、今日は仕事が立て込み食事をする暇がなかったので、私達は、

私の部屋で遅い夕食を食べた。

フリージングしておいたご飯・じゃこ・高菜漬を炒めて、胡椒と醤油で軽く味を

付けただけの炒飯を、葛城さんはとてもおいしそうに食べてくれた。

 

「おいし〜い!なんかいいなあ。こういう家庭の味、っての、久しぶりなのよね

・・・・・・今、シンジ君、居ないから。」

「・・・・・・そうですか・・・。」

 

葛城さんの家では、家事は殆ど、シンジ君がしていたらしい。

そのシンジ君がいないんじゃ、こんなものでも、おいしいのかな・・・。

葛城さんの料理、まずいって先輩も言っていたし・・・。

私は少ししんみりとしていた。

それなのに、葛城さんはなぜか、いたずらっぽい笑顔で私を見ていた。

 

「あなたいい奥さんになるわ。こ・の・ひ・と・の。」

 

彼女は目の高さで、指で影絵のきつねのような形を作っている。

なにかしら・・・と思い、形良く整えられた爪の先をよく見ると、そこには、長

さ30センチほどの、くせのないまっすぐな髪の毛が一本、あった。

うわあ!

・・・・・・忙しくて、掃除機をかける時間などなかったにせよ・・・不覚。

私は思わず、口に手をあて、赤面してしまう。

 

「ふーん。彼、ここに来てるんだあ。

あなたたち、いっつの間に、そういう仲になっちゃったのかなあ?

おねーさんに全部話しなさいよお、この、このっ。」

 

葛城さんは不敵な笑みを浮かべていた。

この髪の毛が、私の同僚で・・・彼、の青葉シゲルのものであると知っているの

だ。

・・・クーラー効いてるのに、なんだか急に暑くなってきちゃった。

でも、からかわれっぱなしは、ちょっと悔しい。

 

「わかりました、全部白状しますよ。その前に、これ、飲みますか?」

 

私は棚からワインの瓶を取り出して見せた。葛城さんはいただくわ、とうなずい

た。

 

「シュバルツェカッツ・・・黒猫・・・ドイツの白ね?」

「ええ。加持さんが教えてくれたんですよ、おいしいって。」

「なあに!?

あいつってばまーだ性懲りも無く、あなたにちょっかい出してるわけ?!」

 

葛城さん、声がちょっとこわい。

でも、よし。予想通りの反応。

 

「すみません葛城さん、嘘です。

これ、もともと好きなんです。飲みやすいし、ラベルもかわいいし。」

「・・・・・・え?!」

「葛城さん、すっごくムキになってました。

やっぱり加持さんとお付きあいしてるっていう噂、本当なんですね?」

 

しまった、という顔をしている彼女に、今度は私がフフッ、と余裕を見せて微笑

みかえした。

 

「マヤ、あなたもなかなかやってくれるじゃないの。」

「どういたしまして。」

 

今だけは。

私達は、上司と部下ではないみたいに・・・・・・部屋でひそひそ内緒話をする

女の子同士になって、笑いあっていた。

 

3:

 

さらに夜も更け、午前2時。

あれから私達は、いろいろなお喋りをした。

でも仕事がらみの話は一切、しなかった。

私は、葛城さんが私の入浴中に、部屋の奥のコンピューターから情報を引き出そ

うとした形跡があるのに気付いていたから・・・もっともプロテクトはかけてあ

るし、それも外部からのハッキングや部外者の侵入に備えてのもので、葛城さん

に隠さなければならないことなど、ありはしないのだが・・・。

葛城さんは、だから私よりもなおのこと、仕事の話はできなかったのだろう。

・・・私は気付かないふりを通した。

こんなことまでしてエヴァのことを知りたいという、彼女を突き動かす動機・・

・何かはわからないがそれを、なぜか許せてしまったからだ。

 

私は、常夜灯のオレンジ色の光の中で、私のベッドの下に布団を敷いて眠る、葛

城さんを見ていた。

ショートにしている私と違い、シーツの上にゆるいウェーブを描く、背中まで届

く長い髪。

きれいだな、と思った。

私の髪型は自分には似合っていると思うし、わりと気に入っている。

短いからこそ、青葉さんが大きな手でグシャグシャってしてくれて、それがこの

ごろとても好きなのだけれど。

私は葛城さんに、私には無い、大人の女の人だけが持つ香りのようなものを感じ

て、しばらく目が離せなかった。

・・・加持さんとベッドにいるときもその髪は、シーツの上で、こんなふうにき

れいな波をつくるのかな・・・・・・。

 

「・・・・・・葛城さん。まだ起きてますか?」

「ん・・・なあに?マヤ。」

「葛城さん、加持さんとは、たくさん・・・・・・されたんですか?」

「やあね、どうしたのよ、急に。」

「私ね、ほんとのこと言うと、ついこの前が初めてだったんですよね。」

「・・・・・・そう。・・・よかった?」

 

・・・肯定したかったが・・・なんて答えたらよいか分からず、うん、とうなず

いた。

 

「・・・よかったわね、マヤ。それはね、とても幸せなことなのよ・・・。

そういう幸せはね、あなたと彼と、二人でなくちゃ味わえないもの。

一人では無理なのよ、どんなに完全であっても。

不完全であろうと、自分が自分で、相手が相手でなくてはね。

ヒトは己が不完全であるからこそ、他者とのかかわりを求めるわ。

そこからは憎しみや悲しみも生まれはするけど、愛もまた、生まれる。

そうやって生きてきて、これからも生き続けたい。

もしかしたら子孫を残して、そしていつか死んでゆきたいわ。

私は、私としてね。

・・・・・・・変なこと言ってるわね、私。

もう寝るわ・・・マヤも明日早いんでしょ?・・・おやすみなさい・・・。」

 

正直、葛城さんの言ったこと、よくわからなかった。

本当はもっと、聞いてみたいことがたくさんあった。

ちゃんとした大人の女の人にしか聞けないこと。

もし私に姉がいたなら、教えてもらいたかったこと。

なのに、この言葉が妙にひっかかって・・・。

その理由を・・・この言葉の重みを・・・後に私は、この部屋の灯かりのような

オレンジ色をした海の中で思い出す事になるのだが、このときはまだ知らなかっ

た。

・・・・・・解き明かそうとしているうちに、私もいつのまにか、眠りに就いて

しまっていた。

 

4:

 

「きのうはありがと、マヤ。

もしなにか分かったら、教えてくれると助かるわ。じゃ。」

 

朝、葛城さんは昨晩と同じ職員用通用口で私を車から下ろすと、いつもの三佐ら

しい凛とした顔つきに戻って私に小声でこう言い残し、駐車場へと走り去った。

ちょうどその時出勤していらした赤木先輩が、この様子を見ていた。

 

「おはようございます、先輩。」

「おはよう、マヤ。ミサトと出勤なんて珍しいわね。」

「ええ。きのう葛城さん、私の部屋に泊まっていかれたんです。

ちょっとお話ししていたら遅くなっちゃったものですから。」

「・・・・・・そう。

そろそろサルベージ計画の要綱が完成するわ。

今日も着替えたらすぐ、私の部屋にきて頂戴。詳しい事はそのときにね。」

「わかりました。」

 

私達は更衣室への曲がり角で別れた。

話しているとき、先輩の眉が一瞬、訝しげに動いたのを私は見逃さなかった。

・・・・・・大丈夫ですよ、先輩。

私は先輩を裏切るような真似はしませんから。

・・・そもそも先輩は、他言されては困るようなことは、教えてくれないわけで

すし。

先輩にだって、秘密を持たなければならない理由が、きっとおありなんですよね

・・・・・・そう思いたかった。

 

ロッカーから、薄いグレイッシュ・ベージュの制服を取り出す。

 

・・・まるで今朝の曇り空みたいな色だわ・・・。

 

今までこんなふうに連想したこと、無かった。

そう、今は朝。

パジャマパーティみたいな夜は、もう終わった。

この服にぐらつきそうになる心を包んで、自分にできる仕事をするしかない、朝

なのだ。

それが、世界や人類を救うことに繋がるのだと信じて・・・。

でも。

私の胸には、もう小さな疑惑が棲んでいる。

それはキーを叩く手を止めた瞬間などのふとした拍子に、浮かんではすぐに消え

ていく。

 

お願い。

だれか答えを教えて欲しい。

 

・・・・・・私はほんとうに、正しい事をしているのかしら?・・・・・・

 

END

 

 

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