NERV
第2話「無力」


ミサトは足取りも重くビルの谷間をとぼとぼと歩いて行く。

しかもこの炎天下の中、ミサトは汗も拭かずに黙々と歩いていき、ある喫茶店に入った。

そこはまるで別世界の様な涼しさで彼女を迎えいれてくれた。
彼女はしばらく立ちどまり、その心地よさをしばらく感じた後、持っていた
ハンカチで体中の汗を拭うと、一番奥の窓際の席に腰掛けた。

アイスコーヒーを注文し、持っていた書類に目を通しはじめた。前の彼女なら
こんな不用意なことはしなかったろう。いやさして重要な書類ではない様だ。
なぜなら店員がテーブルの上に置いてあった書類の上に、アイスコーヒーを
置いても、見向きもしないからだ。しかし何と不教育なことか。
ちなみにこれは作者の実体験でもある。

ちょうどミサトの汗も引き、書類を半分ほど見終わると、一人の女性が
入ってきた。そしてさまよう目線がミサトを見つけると、ミサトに歩み寄った。

「葛城さん、早かったですね。
 正直私が一番最初に喫茶店についちゃうと思って
 どう時間を潰そうかと悩んでいたんですが・・・」

そう言いながら、ブックカバーのかかった文庫本をミサトに見せた彼女は伊吹 マヤ、
もう説明は不要だろう。彼女も汗だくであった。
ミサトは目の前の書類を片づけ始め、
マヤは彼女がテーブルに空けたスペースの前に腰を下ろすと、
ミサトと同じアイスコーヒーを注文した。

「その様子じゃ、そっちもだめだった?」

ミサトの声を聞いたマヤは、少し表情を曇らせる。

「じゃあ、葛城さんの方も・・・」

と寂しげな声で、ミサトに返した。
ミサトは背もたれに体重をかけるように深く腰掛け、

「ぜーんぜん駄目よ。
 連中ときたら、私の顔を見ただけで逃げるように何処かに行っちゃうんだもの」

と言いながら、外に目線を移した。

「私も似たようなものです。もっとも葛城さんと違い、
 話は聞いてくれましたが1分も話さないうちにさようなら、でしたが・・・」

それを聞いたミサトはコーヒーを不機嫌そうに一気に飲み干し、
テーブルに少し強く戻すと、有線の音楽が流れる店内に音が響いた。

「まったく。ネルフだからってどいつもこいつも哀れみの目でみくさって・・・
 あまつさえ会ってもくれないのに延々と待たせるなんて・・・くっそおおおおお」

この時のミサトの顔については敢えて触れずにおこう・・・
怒りを表面に出すミサトを微笑ましく思いながらも、
マヤは彼女の目線を追うように視線を道行く人に合わせた。

「もう議員の全員に、政府からの圧力がかかってる様です。しかも手回しの
 いいことに、市民会の各自治体すべてにも根回しが行き届いていて、
 説得は不可能な状態です・・・」

ミサトは外に流れていた視線をマヤに戻すと語尾も荒く言い返す。

「なんで私達が目の敵にされなきゃなんないのよ!
 他にも税金のムダ使いしてるトコは一杯あるのに」

それを聞いたマヤは思い当たる節があるらしく、一枚の写真をテーブルの上に置いた。

「これって・・・」

写真を手に取り、眺めていたミサトに向かいコクリと頷く。

「お分かりでしょうが現首相、万田総理です。
 どうやら首相は個人的な恨みがネルフにあるようです。
 いまは万田首相の独裁政権らしいですから風当たりが強くなっても当然ですね・・・」
 
その言葉にミサトは、周りを省みずに大声を発した。

「なんで?感謝されこそすれ、恨まれる筋合いじゃないわ!」

言い終わる前に身を乗り出してキッとマヤを凝視した。
実際ミサトにはJAの炉心融解を食い止めた自負があったから、出た言葉である。

「さあ・・・これはわたしにも、分からないのですが・・・
 あ、良く知りませんが、ジェットアローンのときにネルフが何かしたらしく、
 それを今も根に持ってるとかいないとか・・・」

と言うとマヤは下を向いてしまった。疲れもあるだろうが、マヤ自身、
心に期するものがあるのだろう。
それに、怖い顔でミサトが迫ってくればマヤでも萎縮するというものだろう。

この時ミサトはハッと思い当たる節があった。
(そうか!あの時のJA実験失敗のプログラムを走らせたのはネルフ・・・
 そして全てを仕切り・・・そしてそれを実行したのは恐らく・・・
 だから首相がネルフに恨みを・・・あれ以降は日重工衰退の一途だった。
 あの時プロジェクト責任者が当時内務省長官だった彼・・・)

いまミサトはあの時の不可解な出来事を全て理解した。
だが怒りは不思議とわいてこなかった。
ただリツコに対して、「なぜ話してくれなかったの」と思っただけだった。

ミサトもこの事ででがっくり来たのか、
疲れが出たのか乗り出した体を再び背もたれ預けた後は口を開こうとしなかった。
しばらく二人は無言のまま店内の有線の音楽と、
涼しい空気の心地よさを味わっていた。
彼女たちの汗が引いた頃、
【カランコロン】
喫茶店に人が入ってきた。

「あら、どうしたの2人とも。浮かない顔ね」

入ってきたのは赤木リツコ、現在、MAGIの技術研究員である。
リツコはマヤの隣りに腰を下ろす。マヤやミサトが入ってきたときとは違い、
涼しい顔をし、汗もかいていない彼女はホットコーヒーを注文した。
それを見てミサトは不機嫌な様子で言った。

「あたりまえでしょ。にこりともできない状況よ!」

どうやらリツコがホットを注文したことにも
多少の怒りがあったようだ。
そしてもう我慢出来ないといった感じで店員を呼び寄せる。

「店員さん!ビールある?」

それを聞いたリツコは少し笑みを浮かべながら

「おやめなさい、みっともない。あなたはネルフの長官でしょ。
 勤務中にビールなんか飲んじゃ駄目よ」

それを聞いたミサトは外に視線を送り、投げやりな口調で、

「ふん何が長官よ。そんなものあと2日の肩書きよ!
 これからは第二東京清掃運搬室、通称ネルフの室長よ!やってらんないわ!!」
さらにミサトは口調も荒くたたみかける。
「あんただって、そのネルフの副室長なのよ!なんとも思わないの!!」

とミサトは今にも泣き出しそうな顔で、リツコに問いかける。

「今までのネルフは無くなるわ。でもやれることは全て試したでしょ。
 今だって駄目もとで議員の説得に行ったんでしょう?もう悔いはないわ」

確かに彼女達と元ネルフオペレーターは出来うる全てを模索し、行動を起こした。
しかし、ネルフという組織自体がこの時、国民全ての記憶から薄れかかっていた。
国民にとってはどうでも良い、政府にとっては疎ましい機関のネルフ・・・
協力者がいるはずもなく、ミサト達の行動はすべて徒労に終わっていた。

「私達はこの2日間、やれるだけの事はしました・・・
 私だって!このネルフが無くなる・・・」

そう言うとマヤは言葉を詰まらせると下を向いてしまった。
手で覆われた顔から、僅かながら嗚咽が漏れる。
正直、2人も泣きたい気分だった。この思い出の一杯詰まった
ネルフをネルフ本部を離れたくない。本心からそう思ってるから・・・
だが、責任者の自分が弱い部分は見せられない。沈黙で感情を抑えていた。
しばらくの沈黙のあと、リツコがぽつりと口を開いた。

「ネルフ本部で皆が待ってるわ・・・最後に皆でワイワイやりましょう」

「そうね・・・ここで飲むより皆と飲んだ方が楽しいわね・・・」

そう言うとミサトは立ち上がりながら

「マヤ、大丈夫?」

とまだうつむいているマヤに声を掛けた。

「・・・・・・・・ハイ・・・・・・」

か細い声で返事があり、ハンカチで2、3回顔を拭った後
立ち上がった。明らかに目が腫れている。マヤの顔を横目で見たリツコは

「マヤ、顔洗ってきたら。それにミサト、私はコーヒーも飲んでないのよ
 本部に行くのは、ちょっと待ちなさい」

そういうと、手を付けていなかったコーヒーを飲みだした。
ミサトはリツコの言う通りにして席に戻った。

「もうすこし休んでからいくから、マヤそうしたら」

ミサトの言葉を受けたマヤは何も言わずに化粧室に向かった。
コーヒーをゆっくりと飲むリツコの顔を見てミサトは少し微笑んだ。

「何よ、気持ち悪いわね」

ミサトは外の景色に視線を移すと

「・・・別に」

とだけ答えると、道行く人々を穏やかな瞳が眺めていた。


第3話に続く

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