死者の道 第二話

 

「盗まれたのは、」

 

 

「まいったなぁ、、」

ギターを抱えた青葉シゲルは、キーボードに囲まれた日向マコトにつぶやいた。

「アスカちゃんが連絡不通になるのは、今回が始めてではないだろ。」

「でも、明日にはアレンジ決めして、ヴォーカルだけでも録らないとまにあわないぞ。もうすぐドラマに入ってしまうんだろ。」

シゲルは譜面の上にコードを書き込みながら話す。

「明日までに僕らで決めておけば大丈夫さ。どうせ、決めるのは彼女ではないよ。」

マコトは打ち込みのデータをコンピューターに入れている。

「そう言う言い方はよせよ、彼女がかわいそうだろ。」

「でも事実じゃないか。作られた才能に真実を求めても無駄な事だよ。」

「だから俺達みたいな、プロデューサーの言われたとおりに演奏できるスタジオ屋が生活できるんだけどな。」少し、寂しそうに話す。

「さ、早いとこカラオケ作って終りにしようぜ。明日までにオケができてないとプロデューサーうるさいぜ。」マコトはあえてその内容には返事をしない。

「あぁ、そうだな。」

二人共わかっていた。自分のやりたい音楽と現実の違いを、作られた才能と本能の違いを。

 

 

 

                                                 

「変なものに追っかけられた?」

「そう、それで一応アスカの自宅まで僕が送ったんだけど、」

「ちょっと待った。なんでシンちゃんがその場にいたわけ。」

レイは明らかに不機嫌だ。

「ぐ、偶然だよ、、、本当に、、」本当だが、加持と密会していたシンジはどこかあせって答える。

「本当に、、、まさか、あの高慢な女と密会していたんじゃないでしょうね。」

「ち、違うよ、大体そうでもなければ家に連れてこないよ。」

「ふぅ〜ん、、、じゃあなんで連れてきたのよ。家まで送ったんでしょ。」

レイは不機嫌で、疑い深くなっている。

「うん、でもアスカの自宅のドアにね、、、、、、」少しシンジの表情が真剣になる。

「どうしたの、」レイも少し表情が変わる。

「落書きがしてあったんだよ、赤いスプレーで。」

「え、」レイも真剣な表情に変わる。

「わ・る・い・ひ・と・た・ち、ってね。」

 

 

アスカはレイとの言い合いをしていた時の勢いはなく、体を震わせながらシャワーを浴びていた。

(あの時感じた見えない足音、そして、ドアの落書き、、、、、どうしたの、、私は、、、、、)

シンジはレイに赤いスプレーと言ったが、実際はそんなものではなかった。血、いや、血の色よりもっと黒い液体だが、何故か血にみえた。怒りのままに生き物を壁にぶつけ、潰し、その生き物の血で書いたような文字だった。見ただけで恐怖を覚えた。恐怖はアスカを現実から超現実へと導く。黒い赤の世界に引きずり込まれそうな瞬間をシンジが救った。シンジはとにかくその場からアスカを連れ去ることにした。犯人がまだ側にいるかもしれない、そう、思えたからだった。放心状態のアスカを強引にバイクに乗せ、走り出した。

(何かが、起こっているの、、、、いや、、、、単なるストーカーの嫌がらせよ、きっと、、、、)

自分の中の恐怖を認められないアスカはシャワーの蛇口を閉め、元の勢いを取り戻して出て行く。

アスカは他人に見せられないのだ、自分の弱さを、、、、

 

 

「一応さっき、マヤさんに電話しといたから。」シンジはコーヒーを入れながらアスカに話す。

「そう、、、」アスカは膝をかかえて床に直に座ってテレビを見ている。

「直ぐに調べて、引越しの手続きするって、あと、落ち着いたら電話くれったさ。」

「そう、、、」アスカの返事はあいまいなもので、明らかに来た時の勢いはなくなっていた。

自分の中の恐怖心を押え込み、普通の表情を保つには、他の感情も一緒に押え込む必要があった。

そんなアスカの気持ちが解るシンジは、アスカにコーヒーを渡すと黙って同じように座っていた。

ただ深夜のテレビ番組が流れるだけで、空間は何も動かせないような雰囲気につつまれていた。

ただ、たまに動くアスカの足の指が床に擦れる音だけが響く。

そんな二人を見ているレイは普段と違うアスカが気になっていた。

(あんな自信過剰の女でも、こうなる事もあるのね、、、)

レイにはいつも当たれる相手だった。どんな感情をぶつけてもはじき返す相手、嫌いではないのだが感情を隠さずにいられる、不思議な相手。

(でも、好きになれないのよね、この女は、)

その女がシンジの横に座っている。そして、なぜか気に入らない、自分がいる。

「単に、少しおかしい奴が悪戯しただけよ、そんなに気にする事無いわよ。」

「そうだと、、いいんだけどね、、、、、」アスカは照準の定まらない瞳で答える。

「なんか、心当りないの?最近変な電話がかかってきていたとか、」

「私の電話番号はマヤしか知らないわ。連絡は全部マヤを通してから私に入るようになってるの。」

「じゃあ、変な奴が家のまわりをうろついていたとか、」

「私のマンションのビルは最新のセキュリティーシステムがはいっていて、うろつく奴や住人以外の人が入ろうとするとすぐに警備員に通報されるようになっているわ、たとえ身内でもね。」

「はぁ、、、最近怨まれるような事したりとかは、」

「そんなのあたりまえよ、怨まれるなんてこの世界じゃ、、、、、」

アスカは唇をかみしめ、指に力をいれていた。

「友達とかは、」

「、、、、、」

「え、なに?」アスカの消えそうな返事を聞き取れず聞き返すレイ。

「いないっていったのよ!!」

いきなり表情を変え叫びにも似たような声でレイに答える。

「な、、」いきなりの態度に驚くレイ。

「私には、友達なんかいないっていったのよ!」

レイは驚きの表情で何も言えずにいた。

押さえていた感情をはじき出すように、必要以上の叫びを込めながらアスカは話す。

「生まれた時から、大人の世界にいたわ、学校にもいかず、汚い大人の世界で生きる術を身に付けながら、私は戦ってきたのよ!だから、、、、」

「だから、」今まで黙っていたシンジが聞き返す。

「だから、、、」アスカはレイを睨み付ける。

「誰からの同情も、哀れみもいらないのよ、、、、、誰も知らなくていいのよ、本当の私の事なんて、、、」

レイもアスカを睨み付けている。

言葉が続かないアスカをどんな感情で自分は見つめているのだろう、とレイは思う。

冷たい感情、どこか冷めている自分。

「誰も、知らなくていいのよ。私の胸の奥は、、、、」

そのままアスカは黙って下を向く。

レイはなぜ自分がこんなに冷めているのか不思議だった。

(やっぱり、私はこの女のことが嫌いなのかしら、違う、違う、違う、、、、、、)

浮かんでは消える感情を一つ一つ消していく。

テレビは水着の女の子と、司会の男が訳もなく騒いでいた。

 

 

 

                                                

ミサトとマヤは警察と一緒にアスカのマンションにいた。

マヤは忙しそうに警察と話しながら、事務所、関係者に連絡を取っている。

「マスコミはシャットアウトできたの、」

「はい、今のところ情報漏れは確認していません。」

「そう、、、」マンションの廊下で腕組をしているミサトはドアの文字をもう一度見直した。

(悪い人達、か、、、いったい誰がこんなことを、)

ミサトは数時間まえにアスカの不安を聞いた。アスカらしからぬ不安を。彼女の過去をよく知るミサトには、彼女の不安を、彼女の才能を否定も肯定もしなかった。悩んでいる、とは思っていたが、普段のアスカならばきっと自分の力で打ち勝てると思っていた。

だが、そこにきてこの事件だ。あの時一緒の席について、ゆっくりと話しをきいてやればよかったと今更ながら後悔していた。

「葛城さん、ちょっといいですか。」

マヤが話し掛ける。

マヤは優秀なマネージャーだ。だが、ミサトの様な切れ者といった感じではなく、本人のもつ優しさ、素直さでタレントを支えてきた。だから、こういった事件があるとミサトに頼ってしまう。

「今、警察の人から説明があったんですけど、、、」

「状況報告?」

「えぇ、、まず、不信人物はアスカが外出してから帰宅するまで誰もいなかったそうです。それに、不信な郵便物、電話も記録されていません。」

「そう、、、、、謎ってことね、、、、、」

「はい、、、、、」

二人はあらためてドアの文字を見つめる。

「それから、」

「なに、」

「この文字の原料なんですけど、」

「分析できたの、」

「えぇ、木の実などをつぶしたものに動物性血液を混入したものらしいそうです。」

「そんなもので書かれているわけ?」

「はい、もっと詳しい結果は更なる分析をしないと解らないそうですが、」

「木の実と動物の血か、、、、、」

(単なるイタズラじゃないってことなの、、、、、)

ミサトの心を恐怖とは違うなにかが占めていった。

 

                                               

アスカはリビングで布団に包まって必死に感情を押え込んでいた。

レイは自分の部屋にもどってベットの上でさっきの自分の感情は何だったのか考えていた。

シンジも自分の部屋でギターを弾きながら、今日の出来事を、長い夜の出来事を思い出していた。

3人が様々な気持ちで夜を過ごしていく。

これから起こる出来事を予感しながら、、、、、。

 

 

 

2017年。ダイオキシンが人類を壊滅状態に追い込んだ1999年から18年が経っていた。2000年に生まれた子供たちの60%が奇形児、もしくは未熟児だった。

世界の人々はやっと、地球が人間を否定し始めたことを初めて認識した。

だが、もはや手後れだった。 

海水汚染、異常気象、空気汚染による紫外線の増加、そして、環境ホルモンを破壊し、発癌性の高いダイオキシンの以上発生。全て人間の創り出した文化が原因で起きてきた事だ。人類は人間の欲望を満たす文化によって、人類の終わり、いや、地球という生命体を終わりにしようとしていた。

ダイオキシンによるガンは通常の細胞破壊とは違い即効性の高い腫瘍をつくり、次々と命を奪う。食物連鎖は途絶え、科学工場でつくられた食物のみが食卓に並ぶことにより、人間の本来の感情をコントロールする力を無くしていく。そして、世紀末を叫ぶ、大量殺人、無差別テロ、子供の虐待など世界中が心を無くし、生き延びる目的、生命の尊さをなくしていた。そして、誰もが世界の終わりを感じていた。

だが、人類の終わりを神は許さなかった。

ある、研究機関がガン特効薬を開発した。ヒマラヤ山脈に咲く、小さな葵い花が持つ成分が人類を救ったのだった。インドの北にあるダラム・ラサの研究機関が小さな葵い花から発見した成分は当時世界で最も権威のあった「シュラウド農作物研究所」に送られ、更なる研究の結果、1日に100万人死亡する地獄をすくった。だが、オゾンの破壊は修復できぬ為現在世界人口分布図は大きくかわっていた。それに伴い、国も大きく変わっていた。

 

日本はアメリカの州の一つとなり、そして、世界中に様々な人種が散らばっていった。

そんな世界が落ち着いてきた2017年、JAPANN州、TOKYO区にシンジ達が存在していた。

 

 

 

 

                                                 

アスカは何時の間にか眠っていた。

目が覚めるとレイが台所で朝食をとっていた。

「お、おはよう、」

アスカはとりあえず朝の挨拶をする。だが、レイは振り向きもしない。

(なによ、無視するわけ、、、)

アスカはレイを無視して鞄から携帯電話を取り出し、マヤに連絡をつける。

「もしもし、、そう、私、、、、、、うん、もう大丈夫、、、、、、、大丈夫よ、ちゃんと仕事はできるわ、、、そう、

とりあえず車を回してくれる、、、そうね、2時ぐらいに、、、、じゃあ、よろしく、、、、うん、後で聞くわ、

それじゃあ。」携帯電話をしまうと、レイの方へ歩いていく。

レイは相変わらずアスカを無視したまま食続けている。それでもレイの前に座りかってにコーヒーを飲みはじめるアスカ。

「シンジは?」

「なれなれしくシンジなんて言わないでよ。」

「シンジだって私の事呼び捨てにしているわ、」

「学校よ、」レイがアスカの方を見て簡単に答えた。

「は?、、学校!!!」アスカは驚いて答える。

「そうよ、学校よ。あんた、学校もしらないの。」

「知ってるわよ!あいつ、あんな格好して学校なんかいってるの。」

「そう、カオルもね。」

アスカはいつもTシャツとボロボロのジーンズに、刺青の入った腕、ボサボサの髪のシンジしか知らない為どう考えても学校という言葉を彼から連想はできなかった。

「あの不良がねぇ、、、」

「シンちゃんは不良じゃないわ、それに、あんた、2時までここにいるつもりなの。」

「そうよ、なんか文句あるの。」

アスカはさも当然といった感じで答える。

「ここはあたしの家なのよ!!なんで、あんたなんかと昼過ぎまでいなくちゃいけないのよ!!」

「しょうがないでしょ!あんた、私にあのマンションの戻れって言うの!」

レイもさすがにそこまでは言えなかった。あやうく、知り合いのとこにでも、と言いそうになったが、昨日のこともあり、それは言えなかった。

(友達なんか、、、、、、)

そう思うとなんとなくアスカが哀れに思えてきた。だが、哀れみや同情なんかは何の役にも立たないと思っているレイは、そんな思いを否定した。

「まぁ、行くとこがないのは自分のせいなんだけどね、、、、、」

アスカが、寂しそうに言う。

「同情なんかしないよ。」

「当然よ、私を誰だと思っているのよ、」アスカは笑顔を無理やりつくって答える。

「さぁてと、シャワー借りるわよ、」

そう言って、コーヒーを飲み干してバスルームへ消えていく。

レイはそんなアスカを見つつ昨夜の自分の感情を思い出していた。

(きっと、、あの時あんなに心が冷たくなったのは、自分の嫌いな姿をアイツに見たからなんだろう。本当は寂しくて、同情して欲しいくせに、、、、。そんな嫌いな自分をアイツがみせたからだ、、、、だから、冷たくなったんだ、、、、きっと、)

 

 

「ちょっと、シャツかなんか貸してよ、」

アスカは下着姿でタオルを首からぶら下げてバスルームから出てくる。

「まったく、図々しいわね。」そう言いながらもレイはシャツを投げ渡す。

アスカは髪を拭きながら、シャツを着てリビングの方へ歩いていく。

レイは朝食をとり終え掃除の体制に入っていた。

「何か食べるものないの?」

そう言って冷蔵庫を開けて勝手に漁りだす。

レイはもう呆れて何も言わない。その代わりCDをかける。

「たくさんCDあるんだ、」そう言って今度はCDを漁りはじめるアスカ。

「あんた食べるか、見るかどっちかにしなさいよ。それにその辺のCDは全部シンちゃんのよ、勝手にいじらないでよ。」

「ふぅ〜ん、ジャズばっかりじゃない、くらいわねぇ」

「シンちゃんの部屋に他のジャンルのCDはしまってあるの。」

そういって掃除を進めるレイ。フローリングのリビングはホコリが目立ちやすいため、雑きんで直に拭き取っていく。そして、クッションなどのホコリをはたいて外に出していく。

「はっ、、、、、、、、っくしゅん」

アスカがくしゃみをする。しかも一発ではなく、連続で、なかなか止まらない。レイは可笑しそうに見ていたが、なかなか止まらないアスカにティッシュペーパーの箱をなげつけた。アスカは受け取ると、鼻をかみ、しばらくは涙目でレイを見ていたが、直ぐにまたくしゃみを連続でする。

「あんた、何者、、、、、、」レイにはアスカが可笑しくてしょうがないといった感じだった。

「う、うるさいわね、、、あんたがホコリを立てるからよ!まったく、少し、、、、っくしゅん、、、、はっ、、はっ、、、くしゅん、、、、」ティッシュで顔を押さえながらくしゃみをまた連発する。

「アレルギーなの?」レイがニヤニヤしながら意地悪そうな目で言う。

「たまに出るのよ、アレルギーが、、、っくしゅん、、」

「まぁね、私達の年代は何かしらアレルギーを持ってるもんね、、、、」

20世紀後半の環境破壊は今も大きく人間に影響を与えている。2000年以降生まれた子供たち、たとえ健康に生まれた子供でも、何らかのアレルギー障害を持って生まれている。アレルギーならまだしも指が5本ある子、しっぽがある子などもいる。

「そういうあんたはなんか持っているの?」

「私は、、、、、特に無いわ、、、、」何故か少し暗い感じで答える。

「そう、、」アスカはそんな事は気にせずに涙目を拭いている。

「ねえ、薬ない?」

「え、、なっ、なに」レイは少し考え事していた為、聞いていなかった。

「何か薬ない、って聞いたの。」アスカが鼻をティッシュで押さえながら聞く。

「薬といっても、うちにあるのは、LSDとかSPEEDとかならあるけれど、、、、、」

「なんでそんなものあんのよ!!!」

「え、い、いや、、ミサトが必要な薬だといって、置いてったんだけど、、、、、」

「必要ない!!犯罪よあんた!見つかったら刑務所行きよ!」

「いやぁ、、今更刑務所ぐらいじゃ、私は別に、、」

「とにかく!!絶対に使っちゃだめよ!」

「は、はい、、」アスカの剣幕にレイもたじろく。

実は単に精神安定剤だと知るのは、数ヶ月後だった。

 

 

 

シンジは授業を受けていた。といっても生物哲学などさっぱり解らなかった。

黒人の先生はいいテンポで授業を進める。だがシンジは英語と数学の授業以外はついていけなかった。

(アスカとレイ、仲良くやっているかなぁ、、、)

一応心配はしているがシンジにとっては、目の前のヒトゲノムの組み替え、クローンについての授業の方が重要だった。今度赤点のをとったら間違いなく退学になるからだった。この学校は単位制で科目選択は自由だったが、成績に関してはシビアだった。その反面服装などに決まりはなかった。もっとも、アメリカの州の一つになった時点でほとんどの学校が単位制になったのだが、、。

「新たな世界に生物が進むには、新たな道徳観を持つ必要がある。DNAの組み替えによるクローンが必ずしも悪いとは言えない。生物進化は常に生物実験が伴う。つまり道徳の輪郭を変えない限り進化はない、人間の生命を救う為には他の生物の価値を捨てることになる。人類の文化を正当化する事はできないが、否定もできない、なぜなら生命は存在する事に意義があるのか、消える事に意義があるのかは生命の存在確証が無い限りはどちらも価値のある行為であると判断できるからである。今の道徳感では全ての生物が、生命が大切と考えられている。だが、もし生命の生産が単にDNA、ヒトゲノムの組み合わせでできていて、生命の終わりと始まりを技術として人間が持てたとしたら、、、、、、、、、、」

(この先生、きっと数ヶ月後にはいないだろうなぁ、、)

シンジは先生の話からして、危ない世界の話のような気がしていた。だが、この先生の話は何故かシンジには面白かった。特に生命と道徳観についてはいつもあらゆる方面からの見解を話してくれた。西洋哲学、東洋哲学、宗教、民族意識、神話などさまざまな価値観で生命の話をするこの授業がシンジは好きだったが、単位の事を考えるとなかなか辛いものがあった。

 

「シンジ君」

カオルが授業が終わるとシンジのもとにやってきた。

「ご飯にしようよ、」

彼の笑顔はなぜかシンジを落ち着かせる。シンジは一度真剣に考えてみようと思ったが、理由がわかってしまったら面白くないかもしれないので、考えない事にした。

「昨夜は大変だったんだ、」

「うん、でもアスカとも話できたし、加地さんとも、、、、、ぁ、」

「やっぱり加地さんに会っていたんだ。」

「、、ごめん、隠すつもりはなかったんだけど、、、」

「いや、知っていたからべつにいいよ。」

「え、」シンジは食堂のテーブルにトレーを置いた。

「なんとなく、人嫌いなシンジ君が喜ぶ事といえば、加持さんの音楽を聴きに行くぐらいだからねぇ、解っていたのさ。」カオルも昼食のトレーをテーブルの上においてシンジの対面に座る。

「なんだ、、知っていたんだ、、、、」

「多分レイも気がついていたんじゃないかなぁ、」

「何でもお見通しか、、、僕には、プライベートはないんだね、、、、、」

シンジは目を細めて少し嫌みを込めていう。

「いやいや、君が心を僕たちに隠さないからさ、」

カオルは笑いながら答える。

「ところで、さっきミサトさんと話したんだけど、」

「うん、何か解った。」シンジは昨日の事だと思う。

「いや、アスカちゃんの事じゃなくて、今日の仕事の事なんだけど、」

「あぁ、ビデオ撮りのこと?」

「そう、今日のプロモ撮りイメージどうりに出来そうだって、」

「ふぅ〜ん、、、」シンジはあまり興味無さそうに返事をする。

「大丈夫だよ、レイがついているから。」

「いや、アスカを心配しているんじゃなくて、、、」シンジの表情が真剣になっていく。

「あの文字が気になってるのかい?」

「うん、もし、嫌がらせならもっとアスカを中傷した事を書くと思うんだ、それに変質者なら、性的な表現をするとおもうんだよ、、、、でも、あれってなんなんだろうと思ってさぁ」

「悪い人達か、、、」カオルも考え込む。

「それに、、、」、「それに?」カオルが聞き返す。

「あれを見た時、なぜか一瞬違う空間にいるような気がしたんだ、、、、、」

「違う空間?」興味深そうに聞き返す。

「そう、なんて言うのか、強烈な臭いがして視覚にあの文字だけが焼き付いて、、、、、あの赤い文字に引き込まれそうになって、、、、、、気がついたらアスカを連れてバイクに乗せるところだったんだ。」

「初めに見たのはアスカちゃんかい?」

「いや、アスカのマンションまで送っていって、その後部屋の入り口まで一緒に行ったんだ。そうしたら、あの文字がドアに、、、」シンジはなぜか思い出せない記憶の部分がある事に気がついた。

「そうか、二人同時にか、、、、アスカちゃんも同じ感覚に捕われたのかなぁ。」

「多分、そんな様な事いってたけど、詳しくは聞けなかったんだ。」

「レイがいたんじゃねぇ」カオルにはその時の光景が目に浮かんでいるようだった。

「でも、昨日はアスカ興奮していて、それに、ひどく脅えていて、、、」

「心配なのかい?」真剣なシンジに対してカオルは笑みを浮かべている。

「そういうわけではないけれど、、、」少しむっとして答える。

「大丈夫だよ、レイもいるし、」

「そうだね、」そう言ってシンジは昼食を口に運ぶ。

「まだ、彼らも実行できないさ、、、、、、」

カオルの言葉は誰にも聞こえないものだった。

 

 

 

                                               

「まったく、全部使うことないでしょ。」

「なによ、レイだっておいしいって言って食べてたじゃない。」

二人は食料を買いに商店街を歩いていた。

「だからって、あんだけの料理を作るのにどうしてあんな量の材料をつかうわけ?」

そういってレイはいつものスーパーに向かって歩く。

レイは腕の刺青を隠さずピンクの小さめのTシャツに穴の空いたジーンズ、ウエスタンブーツにゴーグルサングラスそして青く染めた髪の毛といった姿で商店街を歩く。

「あんた、そんな格好でいつも買い物しているの?」

「なによ、文句あるの。あんただって充分怪しいじゃないの。」

アスカはレイから借りた白シャツを黒のタンクトップの上に羽織るように着ている。ストレートジーンズとスニーカーは昨日と同じものだが、

「マスクに帽子で、犯罪者みたいじゃない。」

アスカは結局くしゃみが止まらず、薬も無い為、携帯していたマスクをつけていた。それに帽子を被っているので余計に目立つ。一応髪の毛は上げて帽子の中にまとめている。

「しょうがないでしょ、アレルギーがでるとくしゃみ止まらないのよ。」

言うそばからアスカはくしゃみをする。

「マスクしててもだめなの。」

「しないよりまし、、、」苦しそうに歩く。

「薬買ってくれば、あたしあのスーパーにいるから。」そういって先のスーパーを指さす。

「うん、、そうする。」返事をするアスカはかなり鼻声になっていた。

そう言って2人は別れた。

 

 

アスカは薬を買ってスーパーに向かおうとした。だがスーパーの手前のペットショップでハムスターを見つけ、立ち止まった。

(まだ、こんな小動物売ってるんだ。)

アスカは檻の中で必死に動き回るハムスターを眺めていた。

「生き物はすきかね。」

いきなりアスカは背後から話し掛けられた。驚いて後ろを振り向くとそこには一人の男が立っていた。

日中とはいえ昨日あんなことがあっただけに、アスカは体を強張らせた。

「だ、誰なの、」アスカのマスクで覆われた表情は目だけしか露出していないが、明らかに脅えていた。

「いや、すまない、すまない、驚かせるつもりは無かったんだが、こんな綺麗な子を見るのは久しぶりなもんで、」そう言ってアスカに一歩近ずく。

「どうして、、、、」

「いや、マスクをして帽子を被っていても解るもんだよ。本当の美をもった子はね。」

そう言う男の目がアスカと合う。アスカはなぜかこの男から視線を外せなかった。

「生き物は好きかね。」

「別に。」アスカはマスクの下で小さくつぶやいた。

「それはいかんなぁ、君のような綺麗な子が」

「あんたに関係ないでしょ。」アスカは敵意を表す。

「この生き物は生命を与えられている。しかし、短い命だ。ハムスターは2,3年ほどしか生きない。はかない人生だと思うかい。」

「私には関係ないことよ。」アスカはさらに敵意を込める。

「おやおや、同じ生命なのにかい?君の命とこのハムスターの命の違いは何処にあるんだい。」

アスカはなぜ自分が逃げないのか不思議だった。

「時と恐怖だよ、」

「え、」

「君は死に恐怖を覚える。ハムスターは恐怖という感情を持っていない。時間からくる死の恐怖に苦しまずにすむハムスターの方が幸せかもしれないなぁ、、」

「そんな事どうでもいい事よ、」アスカはなぜか背中に冷たいものを感じていた。

「どうでもよくはない事だ、特に君にはね、、」

「どういう事よ」

何故か、周囲は静かだった。いや、静かというよりは何も無い空間に二人だけ浮いているような感覚に襲われていた。男はアスカに近寄る。

「君は恐怖を感じる、他の人間より多くの恐怖を。恐怖だけではない。その分あらゆる本質を感じとる能力がある。悲しみ、喜び、うれしさ、絶望、あらゆる物事の本質を感じ取れる人間なのさ。そして、真実を他人に知らしめる能力がある。つまり、我々からしてみると君のその青い瞳はつぶしたいほど美しいものなんだよ。」

アスカにはこの男がなにを言っているのか解らなかった。だが、この場から何とか逃げなくてはいけない、そう心が警告していた。

「死の恐怖を持っているからこそ、人間でいられるんだ。もし、死が恐ろしいものでなくなったら、人類は、、、」

男の手がアスカの顔に近ずく。アスカの目が大きく見開く。呼吸が止まる、体がうごかない、

「死の恐怖を取り除く、君の瞳は人類の文化にとっては存在してはいけないものなんだよ、そう、人類にとって、君は悪い人間なんだよ。」

アスカは自分が立っている感覚がない事に気がつく。

「現象界とよばれる全ての物事に、人間は先入観を持って接する。そして物事に自分の判断基準で価値を見出す。つまり、真実は人間によって全て違う。しかし一つだけ全ての人間に共通した現象と認識がある。それは、死だ。死は誰もが経験するが誰も理解できない。客観的に観測できないからだ。ゆえにとてつもない恐怖を感じる。しかし、君達はその恐怖を無くす存在、人間として存在してはいけない物質なんだ、、」

アスカの顔を覆うように男の手が迫る。

マスクの下で声を出そうとするが、意識がはっきりとしない。

何かいやな臭いが脳が感知する。

「悪い人達なんだよ、君も、レイ君も、シンジ君も、存在は消さなくてはならないほど、、、、、」

アスカは叫んだ、なにを叫んだのかわからないが。

そして男の手を振り払い重力の無い空間を走り出そうとした。

その瞬間、何かにぶつかった。

「痛いわねぇ!!!」

気がつくとレイが目の前に倒れていた。

 

 

                                                 

「どうやら接触が始まったようです。」

赤い布をまとった女性がくらい部屋でつぶやく。

「そうか、、、」

同じく赤い布をまとった男がつぶやく様に答える。

色付きの眼鏡をかけ顎ひげをたくわえた男は、静かに外の風景を見る。

4月と言えどもまだ雪で覆われた世界を見つめる瞳は、深く眠る世界の果てまで見通すような瞳だった。

「そろそろ我々も下界に降りなくてはいかんという事か、なぁ、碇。」

少し歳を取っている感のある細身の男が話しかける。

「あぁ」

「加持君の報告では最初の標的はアスカ君だそうじゃないか。」

「あぁ、」

「大丈夫なのかね。シンジ君も大切だが、アスカ君がいなくてもこの世界は潰れるのだぞ。」

「彼等はまだ接触している段階だ。今のところは問題ない。」

そういってまたヒマラヤ山脈の雪をみつめる。その後ろ姿を見詰める初老の男は不安を感じていた。

(この雪がなくなる頃には、全てが終わっていてくれるのであろうか、、、、、)

碇、と呼ばれた男は、これから起こる出来事に何を感じているのだろうか、、、、

 

遠くの世界の小さな出来事を誰もが感じる事が出来る、そんな気がする雪景色だった、、、、

 

第三話へ続く



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