Fragments dedicated to "Neon Genesis Evangelion"
旅のはじまり、旅の終わり
Chapter 3
ノルウェ−山中
「お!」後ろで赤外線センサ−を覗いていた兵士が声を上げた。
「見えました!」
彼らは北緯59度線上、半島を円弧状に横切るかたちで展開した部隊の一部である。運んできたトレ−ラ−の横には、白くNERVとあるのが薄闇のなかに浮かび上がる。
「追撃機はあるか?」
「二機です」
ミグが彼らの真上を通過した一分後、二つの機影が現われ、衝撃波を残して行き過ぎていった。
「命令内容を復唱してみろ」
「北緯59度線より南方において、追撃機があるようならば、最接近の部隊はその装備兵器を使用し、各自最善と思われる方策を用いてその脅威を可能なかぎり減ずべし、です」
「補足事項無し────それなら、おのずと俺たちが取ることの出来る方策とやらは限られてくる」指揮官はトレ−ラ−の運転席に駆け戻り、得られた情報をミサイルに記憶させた。助手席の上に置かれた野戦色のブリ−フケ−スを開け、中のプラスチック・カバ−を掌でぶち破ってボタンを押した。
「発射!」
トレ−ラ−後部の四本の発射管が立てられ、発射チュ−ブに不活性ガスが充満して、上の覆いが破裂した。SA-12「ジャイアント」地対空ミサイルは、ガスの圧力で三十メ−トル上昇してからロケットモ−タ−に点火した。ミサイル頭部のレ−ダ−・シーカーが作動を始め、二秒後にはその速度は音速の10倍を超えた。
四発のミサイルの狙いが後方を飛ぶマクダガットの機に定められた。
地上では、ネルフ・ドイツ支部に所属する兵士たちが発射したミサイルの行方を追っていた。二つはF-22から反射してくるレ−ダ−波を捉えきれずに支離滅裂な方向へ飛び去った。しかしもう二基は、ステルス機から返ってくる僅かな反射波を拾って直進している。
「よ−し………………」指揮官は呟いた。SA-12から逃れる術はない。
F-22がどれだけ速く飛べたとしても、回避は不可能だった。もともとジャイアントは弾道弾迎撃用に開発されたミサイルである。ミサイルは九秒で戦闘機との間を詰め、一基はF-22の後尾から自動的に放出された急速展開型チャフにおびき寄せられて爆発したが、最後の生き残りはマクダガット機の後方100フィートに迫り、重量250ポンドの弾頭が半径百メ−トルの球状に破片を飛び散らせた。
「マクダガット、回避!ブレイク、ブレイク!………………」大尉は旋回しながら、火球の中に黒い戦闘機のシルエットが一瞬見えた後、それが飲み込まれるのを見て、その中で一人の人間が死んだことを知った。大尉は激しい機動を行いながら呆然としていたが、HUDの白い、ぎらぎらした赤外線イメ−ジが急速にしぼんでいくと、自分の身体が冷たく収縮するのを感じた。彼のうちに充満した、熱いような、奇妙な冷たさが、これ以上ないほど明確な目的へと彼を向き直らせた。いまや、ひとつの殲滅的なフレーズさえも必要とされはしない。
ノルウェ−の山中では、兵士たちが戦果の評価に入っていた。
「F-22一撃墜。こりゃ大したもんだぞ」
「一機残りましたがね・・・」
「なに、その程度なら、空の連中がなんとかしてくれる。撤収するぞ」
「そうですね。南に墜落しましたから、我々としては東に抜けて、スウェ−デンへ撤退がいいでしょう。地元の警察の検問に引っ掛かったら厄介です。とっととずらかりましょう」
「そうだな」
彼らは帰還すれば、目立たない大きさで、トレ−ラ−の腹に小さな星を描き込むだろう。
ウエストファ−レンのTV中継車の中では、准将が泡を食っていた。
「一体何がどうなってる!? モスクワは攻撃中止命令を出しているんだぞ。誰だ、現地部隊への伝達を怠った奴は!」
「夜間のことです。国連軍機同士の空中衝突とか、誤爆とか、マスコミ向けのごまかしは利きます。モスクワの連中ですが、まずは最優先で遺憾の意を伝え、その後格式ばった外交ル−トで謝罪というのが筋でしょう。まあ嘘はつこうと思えばいくらでもつけるものですよ」いや、一つの嘘を糊塗するためには、たくさんの嘘がしぜん必要になるのだ、と言い替えたほうが適切かもしれないな。いずれにせよ、それはこの男の仕事だ。
「私の責任は、免れない……………。例えモスクワが収まったとしても、来年度の予算配分の時に空母の一隻分くらいは持っていかれるぞ。取引の代償にな…………」
「どうですかここらで、ジブラルタルかディエゴ・ガルシア辺りで悠悠自適の長期バカンスに入るってのは。大丈夫、二三年で帰ってこれますよ」
「........。」
「要は心の持ちようですよ、准将閣下」
オペレ−タ−がミグに迫る危険を告げた。
「F-22先頭機、増速」
もはや事態は彼らの手を離れた次元、第一次世界大戦以来変わらず全世界で繰り広げられてきた次元にあった。二機の戦闘機が、主として予期せぬファクタ−から格闘戦に入ろうとしており、モスクワ、ブリュッセル、ウエストファ−レンのさまざまな立場にある人々が、彼らなりのさまざまな期待を持ちながら、北極圏上空で起こったささやかな事件、その行き着く先を見さだめようとする…………………。
大尉はモスクワに向けて通告した。
「地対空ミサイルに攻撃を受けた。マクダガットが殺られた。これを敵対とみなし、本機は自衛行動を開始する。異議がそちらにあるか?ないな?ないに決まってる!以上」
彼は衛星通信を切り、敵にミサイルをお見舞いするために機を加速させた。
「どう思う?」
「何がですか?」
「フルクラムとス−パ−スタ−の格闘戦。どちらが有利だと思う?」
「忌憚の無い意見を言わせて頂きますが、ほぼ互角か、フルクラムの方が優勢です。特にドイツで製造されたM型に関しては、外見が似ているだけで、オリジナルのミグとは別物といってもいいほどです。今はミラ−が頭を抑えているから別ですが、格闘戦で物をいう低速域での機動性は完全に奴の方が上です。もし”アクティブ・スカイフラッシュ”でも向こう側が装備しているとなると、ことです」
「そうか」
モスクワ、ジュ−コフスキ−の男たちは、それっきり沈黙した。彼らが唯一、この小競り合いを止めさせる力を持っていたにも関わらずそれをしなかったのは、この格闘戦を見てみたいという好奇心が良心に打ち勝ったからかもしれなかった。
「敵が加速!」大尉が叫んだ。「やられる!」
「問題ない。回避しつつ、高速ヨ−ヨ−で正面を向く」
フリーゼンハーンの警告が終わらないうちに、二つのAIM-120Cがマッハ4の速度でミグに向かった。
加持はミサイルが後方2500メ−トルまで突進してきたのを見て強引に旋回し、蹴出しの中にチャフを大量に残して降下した。一発はそこで爆発し、もう一発は目標を見失って虚空に飛んでいった。彼らの脳味噌が頭蓋のなかで跳ね回るままに亀裂を走らせた世界から、透明な成層圏の方へ。
「シザ−ズ戦法です」テレヴィ衛星からの映像を少佐が論評した。
「ハサミの二つの刃が開いたり、閉じたりするように、互いに最小半径での旋回と切り返しを繰り返し、最終的に後方に付かれた方が負け─────これです」少佐は表情一つ変えずに、首の前に手のひらを鋭く、横に滑らせてみせた。
ミグは7Gの連続旋回をしていた。加持の周囲は昼間のように明るく、サ−クルの中を時々目標が通過しても、右手が弛緩して力が入らない。
さあ───────。
白く輝く与圧ゲージが致死的なあたりで楽しげに踊り、耐Gスーツに仕込まれた空気チューブの細帯がぎりぎりと太腿を締め上げている。
思い出せ───────。
三年前。中米。エルサルバドル。
彼は空にいた。ただし、狩りたてる側に立って。
青白い排気炎がレーダー照準の中に見え隠れしている。彼がトリガーを引くと、足元に振動が走り、緑色の機関砲弾が熱気を帯びた夜空に走った。海面で燃える機体が砕け、驚いた夜光虫の大群が光のざわめきを四方に踊らせた。
それだけのことだ───────。
天蓋が白く霞み、視界が黒色に縁どられていく。
「....!.....!.....!」
咳込むような中尉の悲鳴が遠くで聞こえる。「しょ、正面だ!」それに合わせるようにのろのろとトグルに指を重ね、発射──────────。
距離千メ−トルで放たれたAA-11「アーチャー」は、二秒で目標に到達した。一基のミサイルがス−パ−スタ−の下腹部に潜り込み、光学近接信管が作動した。
加持は、すぐ目の前でF-22にミサイルが音もなく近寄っていき、爆発で機体を構成する複合材や金属部品が弾け飛び、燃えて落ちていくのをうっとりとした目付きで眺めた。そのままフルクラムはするすると敵機の正面へ飛んでいき、ロ−ルを一回打ってから水平飛行へ――――――――戦場ではあるまじき事─――――――――入った。
ミラーは、二つのエンジンから潤滑油のほとんどが失われ、油温が急激に上がっていることを告げるおびただしい赤の警告を見た。大尉は妙に静謐な心持ちで、おれは死ぬのかなと考えた。前方を見ると、一機の戦闘機が双発、双尾翼の尾部を見せて浮いている。
思い知れ。彼は発射ボタンに触れる自分の手を見つめた。二つが重なりあったそのとき、大尉の乗機は四散した。
ミグが回避する余裕はなかった。AIM-120Cは安全距離ぎりぎりで発射され、それが炸裂するまで彼らに与えられた時間は一秒にも満たなかった。それでも、機に備わった防衛システムは忠実に反応し、絶え間なくチャフの薄片を吐き出した。あと150フィートのところまでミサイルが迫ったとき、アルミニウム・マイラ−の雲の中で爆裂破砕性弾頭が反応して空中に大量の破片を撒き散らし、その一部と爆風とが彼らのところまで送り込まれた。
「うわっ!」機体が強烈に叩かれ、キャノピ−に破片がバラバラと当たって、喰い込んだ。加持は飛び上がり、なぜ射たれたんだ、奴はいなくなったのに、とまだはっきりしない頭で考えた。彼の前に置かれた画面の一つが、左のエンジンが異物を吸い込んだことを教えていた。後部座席でフリ−ゼンハ−ンが怒鳴っている。
「大丈夫ですか!畜生、いったいどうして」
彼は汗の中で泳いでいた。脂でぬるぬるしたケブラ−製のグローブが滑る。加持は、邪魔な手袋を口で銜えて剥ぎ取り、そのまま脇へ放って、素手でスティックを握った。
「何処をやられた!」
「左エンジン。閉鎖してください!」
弾頭の破片がノズルの中に侵入し、チタン合金で作られたタ−ビン・ブレ−ドの何枚かを損傷させて渦巻く高温の細かいチリに変化させていた。
ドイツ連邦共和国
ウエストファ−レン近郊
「勝負は二勝一敗といったところか………」
「どういう意味です?」
「モスクワの連中に付け入られる隙を見せたのは、こちらの失態で一敗。ノルウェ−上空で空戦に勝ったのが一勝。そして何より、荷物の輸送をスケジュ−ル通りに成功させた。これでまた一勝。まあ、全体から見ればそうは悪くは無かったさ」
「いずれにせよ、あなたの夏のバカンスの予定は変わりませんよ」
「ぬけぬけと物を言う。私の後任者がやってくるまでに、その悪い癖を直しておけ」
ドイツ連邦共和国
ヴィルヘルムスハーフェン軍港
空母「オ−ヴァ・ザ・レインボウ」艦上
「オ−ヴァ・ザ・レインボウ」(基準排水量102000トン)。アメリカ海軍、ニミッツ級原子力空母の最終番艦である。
他の多くの僚艦のようにセカンドインパクト時に沈まなかったことから「強運のフネ」という仇名を奉られてはいるものの、口さがない水兵たちからは「博物館行き寸前のヴィンテ−ジ物」と蔑まれ、そこで勤務する者には同情の視線が向けられる。今回のネルフの委託による輸送作戦の旗艦にこの空母が選ばれたのも、積極的な理由があるというよりはむしろ当てこすりと言ったほうが正確かもしれない。その艦橋はいま、当直員と戦闘幕僚とで溢れ、この艦のアメリカ海軍在籍時代を知る人間ならば涙しそうな混雑ぶりを見せている。
「来ました!右舷前方」
「応急対策班、直ちに甲板へ!」
防御担当士官がインタ−コムに怒鳴ると、たちまち艦内が騒然として、飛行甲板の黒い装甲板の上に数百人の人間が姿を現わした。空母が七千人以上の人間、新聞印刷所から結婚式場までを内包した巨大な浮かぶ都市だということは、テクノロジ−の陰で看過されがちな要素ではある。
「赤外線フレア−、上げろ。目印代わりだ」
「了解」
「着艦誘導灯、点灯」
「了解」
「よく聞いて下さいよ、着艦のチャンスは一回きりです!再挑戦はおそらく無理………無理だ。良くて海上着水。悪けりゃ、上昇途中に失速して墜落です!」
「了解……………」
「分かってるんですかっ!」
「分かってる!」
月光が空母の飛行甲板を照らしている。その両舷に軍艦の自衛用フレア−が上がった。それは空中に長大な尾を曳きながら、ゆっくりと海上へ落ちていった。
「着艦誘導灯、出ました!」
ミグは”制御された墜落”と呼び慣わされる空母への着艦の最終アプロ−チに入っていた。
「おいおい、あれで降りられるのかよ」
一人のパイロットがソフト・ドリンクの紙コップを握り潰しながら冷笑した。
「フラップ、上げ二!違う。今度は上げ過ぎだ。下げて!」
エンジンが反応しない!加持の唇から、誰にとも知れない呪咀が漏れだした。「畜生‥‥」
「脚を降ろすぞ!」
「よ−そろ−、よ−そろ−…………」
「!?着艦フックが出ないぞ!」
「何だって?」
ミグは着艦フックが出ないまま、空母の甲板を斜めに裁ち切るように、滑るように飛んだ。そしてアレスティング・ワイヤ−を捕えきれずに、突風に煽られてバランスを崩し、翼端を擦りながら甲板に立てられた衝突防止用バリヤ−へと突っ込んだ。機体に残っていた80ノットの速度が機首を潰し、機体を倒して二回転半させた挙げ句に両の主翼を折った。火は出なかった。
加持が気が付くと、直径1フィ−トのホ−スが彼らに向けられ、消火剤が浴びせられていた。風防が奇跡的に開き、その瞬間、コックピットは泡のバスタブと化した。後席の中尉はヘルメットの隙間からピンク色の泡を吹きだしていて意識が無い。加持はシ−トベルトをナイフで切って、横転した機体から這い出した。
「くそ、手荒い歓迎だな。ここは何処だ」
「大変結構な着艦でした。空母”オ−ヴァ・ザ・レインボウ”にようこそ!」
五分後、加持は空母のアイランドに通され、中尉は艦内の病院で手当てを受けていた。
艦長は不機嫌だった。
「随分と派手にやってくれたな。見ろ、あれを!」彼は外を指差した。飛行甲板には水兵が群がり、残骸の後片付けを進めていた。「君らは、本当にどうしようもないボ−イスカウトどもの集まりだ!」
「申し訳ありません。空母への着艦は初期計画内に含まれておりませんでしたので」
加持はにやりと笑いを含みながらその責め句を受け流した。
「甲板の掃除代は、あとでシンヨコスカに着いた時に請求してやるぞ──―――――たっぷりと利子をつけてな」
「了解です」
「ひどい格好だな。きみは誰だ?」確かにひどい格好だった。艦長の、トレンチコ−トを着て街を徘徊するスパイのイメ−ジには似ても似つかない。
「空母戦闘群のギャラリだ」
「初めまして、提督。輸送作戦の指揮をお願いに上がりました」
「云われなくとも、判っとるよ。君たちはいつも突然だ」
中将は湾の北の海上に浮かぶ民間船を指差した。それはRo/Ro船、かさばる貨物を積むために設計された大型コンテナ船の一種で、積載物の大きさを問わない船体構造に特徴がある。
「あいつに合わせなくちゃいかん。おかしなものを積んだおかげで十八ノットきりしか出ないからな。日本まで二ヵ月は覚悟してもらうぞ」
その船は加持の注文に応えて、ドイツ支部の連中が、ハノ−ヴァ−の海運会社から借り上げてきたものだった。彼は、思わず微笑した。巨人と玩具か………………。
「支援はどれほど貰えましょうか?」
「イギリスから、トラファルガ−級攻撃型原潜が二隻。それから、ジブラルタルで空母「サラトガ」と巡洋艦「バンカ−・ヒル」、「オブライエン」、露艦「G・ゴルシュコフ」と会合する」
提督は困惑したような表情を浮かべた。
「イ−ジス巡洋艦を二隻も要求するとは、君らのボスはどうかしてるとしか思えんな。それでなくても、空母五、戦艦四をあんなオモチャの護衛に付けるというのは、少々過保護とは思わないか」
「備えあれば憂いなし、って言葉がありますよ」
「まあ、依頼されたからには運び屋だろうが何だろうが、引き受けてやるさ……………だがそれにしても喜望峰回りの輸送作戦とは、WW2からこのかた、絶えて無い話だな」
「わたくしはそれに関して、秘密を明かす権限を与えられておりません、提督」
会話が一瞬、途切れた。
「一つ、お聞きしてよろしいですか?」
「何だ?」
「提督はアメリカ海軍出身で?」
「ん?いや私はロイヤル・ネイヴィ−だよ。幹部候補生の時、初めて乗ったのは懐かしの”インヴィンシブル”だった」
加持はコンテナを下げ、M−16自動小銃を携行した海兵隊員に連れられて船室に案内された。荷物を部屋に置き、再び外に出ると、通路のななめ向かいに”MISS LANGLEY”とある一室が彼の目に留まった。そこへ向かって一歩を踏みだそうとしたが、どこかぎこちないその所作は、飛行服に付いた怪我人の血が、泡と汗とで大量の血糊になって身体にまとわりつく嫌な感触を彼にたっぷりと舐めさせた。中学生のとき、初めてのデートもこんなだったかな。加持は「らしくもない」といわんばかりに苦笑いを浮かべ、踵を返して、中尉を見舞うために艦内病院へと向かった。
目覚めたときには、空母は外洋に出ていた。甲板では緑のTシャツを着た補給クル−が忙しく立ち働き、デッキにはSu-27K「フランカ−」戦闘機が機首を揃えていた。夜の痕跡はもう跡形もなかった。
加持はロシア国内の混乱を伝えるUSAツデー紙を開いた。航行するフネの上で、風を持った新聞を読むことはできなかった。
回転翼の羽音が近付いてきて、風圧が誰にも感じられるほどになった。振り向くと、全身にチュ−ブを差し込まれたフリ−ゼンハ−ン中尉が、シェルブ−ル基地から飛来したMH-53G「ス−パ−・スタリオン」輸送ヘリコプタ−に収容されるところだった。彼は、ヘリコプタ−が中尉を再び寒い国へと連れ去るのを見送った。
加持は、潮とジェット燃料のまじりあった匂いにむせかえりそうになりながら、読まないうちに用無しになってしまった新聞を両手でくしゃくしゃに丸め、屑入れに叩き込んだ。強烈な日光が、あたかもそこにあるすべての事物に隠された秘密があるかのように、そしてそれらをあまさず暴き出そうとするかのように飛行甲板を容赦なく照らす。いずれあの勝ち気な少女──────惣流・アスカ・ラングレーが、彼を見つけ出すだろう。そのとき、加速していくスホーイのむこうに、空母には似つかわしくない、けれども加持にとっては馴染みぶかい鮮やかな色彩が揺れ動いた。加持は彼女の方へ、光のなかに歩みでた。
(end)
はじめまして、Yulyと申します。
もともとのはじまりは「加持は普段はおちゃらけているけど、ホントのところ、裏ではどんなことをやってるんだろう?」という疑問からです。96年の夏ごろにはほぼ現在の形になっていたのですが「妙な代物を書いてしまった」という思いから、長いこと公にするのをためらっていました。今回、CREATORS GUILDさんのご好意に甘えさせていただくことになりました。この場をお借りして、DARU様に深く御礼申し上げます。
気付かれた方もいらっしゃるかもしれませんが、このショートストーリーは、大石英司氏の傑作「B1爆撃機を追え」から着想を得ています(引用したような部分はありません)。また「旅のはじまり、旅の終わり」というタイトルは、トム・クランシー「レッド・ストーム作戦発動」の一章から頂きました。個人的には、井坂清氏の翻訳がお気に入りですね。
僕の次回作は、もう少しオーソドックスなものになると思います。
では、そのときまで。
yuly@msf.biglobe.ne.jp