新世紀エヴァンゾイド 第七話Bパート 「 GAGIEL vs WARDICK 」
作者.アラン・スミシー
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ミサト達が言い合いをしている間も、使徒に対し次々と魚雷が発射されていた。命中を示す水柱があがるが、やはりその進行は止まらない。反対に使徒の体当たりで、また一つ護衛艦が真っ二つにされる。爆発と共にクルーが周囲に飛び散った。
「この程度じゃ、ATフィールドは破れないか・・・」
その人形劇のように非現実的な殺人劇を見ながら、加持がつぶやいた。その声には、犠牲になったクルーへの同情は感じられなかった。
Beeeeeeeee! Beeeeeeeeee! Beeeeeeeeee!
「あれ?バグだ。いったいどうしたんだろう?」
シンジが周囲に響きわたるビープ音と、辺りを飛び交う『Fehler』の文字に驚く。
「思考ノイズです!みんな日本語じゃなくてドイツ語で考えないといけません!」
ドイツで再生が完了したウオディックはドイツ語を基本言語としていた。それにいち早く気づいたマユミが周りに注意する。
「んなこと言われたかてドイツ語なんて知るかい!」
もっともなトウジのつっこみ。半泣きのマユミの横でレイが基本言語を変換する。あまり馬鹿な話をしている暇はないと判断したのだろう、シンジの不安そうな顔で見られてもまったく表情を変えようとしない。それは戦いに臨むときの表情、戦士の顔だった。
「基本言語変更。日本語をベーシックに」
シンジがそんなレイの様子に少しばかりショックを受けている間に、エラー表示とビープ音が消え、神経接続が開始された。次々とシステムが実行されていく中、ヒカリが不安そうに質問をする。
「ねえ、私達ちゃんと起動できるのかしら?」
「大丈夫です・・・たぶん。これだけ人間がいれば一人くらいは起動に成功する・・・はずです」
マユミがまったく自信なさそうに答えた。
ヒカリは本気で帰りたくなった。
「ホーミング魚雷発射!」
ウオディックの背中が開き、中からマグロをスマートにしたような形の魚雷が発射される。それはまっすぐにガギエルに向かうが、命中寸前でATフィールドによって阻まれ爆発を起こす。衝撃波が伝わり、ウオディックの体を揺さぶった。
一方、泡立つの水煙の向こうからエイと鯨を足して割ったようなずんぐりとした体を表すガギエル。その大きさは300mをゆうに越え、ウオディックの武装ではとても歯が立ちそうにない。
「だめだ!ウオディックの武装でもあいつを倒すには貧弱すぎる!」
シンジはつぶやくが、だからといって状況が改善されるわけでもない。どんどん接近するガギエルから逃げるように距離をとるウオディック。
「魚雷の次は、これです!」
距離を充分に取ると、マユミは慌てずに操縦方法をインダクションモードに変更し、気合いの声と共にトリガーのスイッチを入れる。
ウオディックの牙だらけの口が開き、頭部前面の海水が激しく揺らぎだす。その揺らぎはガギエルに向かって放射状に照射された。途中その揺らぎに巻き込まれた護衛艦の残骸が細かいヒビを無数につけると、粉々に破裂する。
ついに揺らぎはガギエルに命中した。
とたんに激しくのたうち、ウオディックから急速に離れていく。
ウオディックの水中用秘密兵器、指向性超音波砲である。堅い金属製の相手はもちろん、生物のような比較的柔らかい物にも衝撃波が深刻なダメージを与える必殺技である。理論上、ある一定以上の硬度を持つ相手で破壊できない物はない武器だ。
「やったで!」
逃げ出すガギエルの後ろ姿を見て歓声を上げるトウジ。だがレイは冷静に状況を判断すると警告の声をあげる。
「まだよ。今のは少し驚いて逃げ出しただけ。すぐにまたやってくるわ」
事実ガギエルは、すでに暴れることを止め、注意深く距離を取りだしていた。ヒカリが叫ぶ。最大の武器が効果無かったのだ。彼女の声には不安が色濃く織り込まれていた。
「じゃあどうするの?綾波さん!このままじゃやられちゃうわ!!」
シンジが眉間に縦皺をを刻みながら、そう言った。きっとミサトなら良い考えを出してくれるだろう、そう信じている声だった。
「・・・一旦退こう。そしてミサトさんの指示を仰ぐんだ」
「なんや、逃げるんか?しかし、そうした方が良さそうやな」
シンジの提案にトウジが少し文句をつけるが、このままではやられかねないことは彼にも明白だった。すぐに同意しなおし、マユミが最終的に判断を下す。
「・・・そうですね。わかりました。
一旦退きます」
マユミの意志に従ってウオディックは浮上を開始した。100m程の深度を数秒で浮上し、その際の減圧も一瞬ですませる。シンジ達は意識しなかったが、ウオディックはそこまで完璧にこなしていた。そしてオーバー・ザ・レインボー近くの海面に浮上すると、すぐさま空母に向かって泳ぎ出した。
そのころガギエルは大きく弧を描くように進路を戻すと、再びウオディックに向かって泳ぎ始めていた。
背中の瘤についている鳥の頭蓋骨のような顔には、先ほどの超音波砲によって無数のヒビが入っている。まったく超音波砲が効いていないわけではなかったのだ。確かに致命傷を与えることは難しいだろうが。それでも苦痛を与えるには充分だ。
絶対やり返す!
今のガギエルは、そう言っているように見えた。
実際、急速に浮上するガギエルのヒビの入った仮面は、見る人によっては怒り狂っているかのように見えただろう。
そうこうするうちに、海上に銀色の塊が浮かび上がった。ウオディックが浮上したのだ。
ウオディックに向かって、完全にマイクを奪い取ったミサトが指示を出した。そのすぐ下の海面が不気味に黒く染まっていくのが見えたため、ミサトの顔には焦りが見えた。
「山岸さん!今からアスカがシンカーでそっちに向かうわ。何とか海上で洞木さんをシンカーに乗り換えさせて!」
「わかりました!」
海上で待機するウオディックの横に、よたよたとシンカーが着水する。このエイ型ゾイド『シンカー』は銀色のボディとその独特の形状が特徴の水中戦闘用ゾイドである。主な武装は水陸両方で使える魚雷と、大気中で使用するためのパルスライフルである。
しかし、最も特徴的なことは、その左右の鰭の下に取り付けられたジェットエンジンである。
シンカーはこの強力なジェットの力によって、低空に限定されるが飛行能力を有しているのである。これにより、素早く空中→水中または水中→空中へと戦場を変えることができる。
しかし、今は本来のパイロットではないアスカの操縦だったため、ほとんどシンクロできておらず、本来の能力の数分の1程度しか能力を発揮できないようだ。
バシャーーーン!
ヒカリの操縦だったら、実に静かな着水なのだが、あいにく慣れないアスカでは巨大な水柱をおまけに付けての着水となった。海面を激しく揺らし、一緒に揺れるシンカーのコクピットからエントリープラグが飛び出した。刹那ハッチが開き、中から髪の毛をLCLで濡らしたアスカが顔を出す。シンジ達が、ケンスケのカバンごとプラグスーツを持っていったため、彼女は制服姿のまま乗っていた。濡れた制服が張り付いて、ちょっとエッチ。
「ヒカリ!早く来て!」
「わかってるわ!アスカ!」
アスカと同じく、エントリープラグからヒカリが飛び出し、ウオディックとシンカーの上を危なっかしく移動する。先のシンカーの着水の揺れで、その足取りは危なっかしかった。
空母から見ているミサトは、すぐ下まで浮上したガギエルの影に、やきもきしながら足を踏みならした。何もできない自分への腹立たしさと、迫り来る影への恐怖に身を引きちぎらんばかりに。
それでもどうにかこうにかヒカリがシンカーの鰭の上に飛び乗ったとき、ガギエルが海面に顔を出し、チルドレン達に向かってつっこんできた。
「ヒカリ!早く!」
「イインチョ!何しとんのや、早うせい!!」
「洞木さん!!」
口々に悲鳴が上がる。刻一刻と接近するガギエルに比べて、ヒカリの移動速度はとても遅く感じられた。
そして、ヒカリがようやくシンカーのエントリープラグに乗り込んだとき、ガギエルが大口を開けてウオディックとシンカーに飛びかかった。そのウオディックを一飲みにできそうなほど大きな口の奥にコアが赤く光る。
「くちぃ!!?」
「使徒だからねえ」
「何のんきなこと言うとんのや!?シンジは!?」
凄まじい水音と共にその口が閉じられる。
ミサトの顔に緊張が走る。艦長もブリッジにあがってきた加持もその顔は真剣である。
ガギエルの起こした水柱の消えた後、辺りには静寂が漂っている。ミサトが心配そうに口を開いた。
「みんなは・・・」
それに答える者もなく、ブリッジにいる人間は一様に胃をかきむしられたような暗い顔になった。だが、ミサトがうなだれかけたその時、スピーカーからアスカの元気のいい声が響きわたった。
「・・・危なかった。後少し飛ぶのが遅かったら、呑み込まれていたわね」
「ごめんねアスカ。驚かせて」
「アスカ!洞木さん!無事なのね!?」
ミサトがかじりつくようにマイクに向かって問いかける。
「私達は無事よ!でも、シンジ達がどうなったかはわからないわ!ミサト達の方から確認できないの!?」
アスカの問いの直後、少し控えめな声で通信が入った。マユミである。
「・・・私達は大丈夫です、アスカさん!」
「山岸さん達も無事なのね!?良かった!
・・・ならすぐに作戦を開始するわよ!洞木さん達は直ちに使徒に攻撃開始!少なくともオテロから2kmは引き離して。山岸さんはオテロからユニットを回収。直ちに装着して待機。
いいわね!?」
「「「「「「了解!!」」」」」」
空中を飛んでいたシンカーが上空からガギエルの位置を確認する。そして急角度で海中に没すると、そのまま間髪入れずに魚雷で攻撃を掛けた。その攻撃はたいしてガギエルには被害を与えなかったが、ガギエルの気を引くには十分だった。
シンカーに向けて進路を変えると、ものすごい勢いでつっこんでくる。口を大きく開き、映画の人喰い鮫も真っ青な勢いである。
素早くその攻撃をかわすと、シンカーはひらりひらりと攻撃を加え、オテロの沈んだ位置から遠く離れたところへとガギエルを引き離す。
作戦の第一段階は成功したようだ。
そのころ、マユミ操るウオディックは、沈んだオテロの貨物室から一個のコンテナをつつきだしていた。
鋼鉄製の隔壁を噛み裂き、中のコンテナを手のようなヒレで掻きだすウオディック。少し手間取ったが、どうにかこうにかコンテナを無事引っぱり出すことに成功した。
「これがウオディック用のユニットですね」
コンテナに書かれている番号を確認すると、ロックを解除する。マユミの入力した音波コードに反応し、コンテナが勢いよく開く。コンテナ内部の空気が勢いよく吹き出し、泡が一瞬マユミ達の視界をふさいだ。視界が回復したとき、彼女たちの目の前には、ボディボードから腕がはえたような機械部品があった。
「これがARMSユニット・・・」
「・・・ツイ○ビーみたいやな」
トウジがそれをつけた時のウオディックの姿を想像して危険なことを口走った。ミサトが冷や汗を流しながら警告する。
「鈴原君、余計なこと言わないように。
とにかく、それを装備すれば、ウオディックのような腕を持たないゾイドでもマニュピレーター操作ができるようになるわ。一応ゴジュラスの腕とほぼ同じ構造をしているから腕の操作はシンジ君が担当して」
ミサトの言葉通り、その腕はゴジュラスのそれに似ていた。違いと言えば、ゴジュラスと違って五本指で、より器用そうなことぐらいである。つまりは、人間そっくり。
素早く装備し、シンクロさせるとシンジは再びミサトに質問をした。これからどうするか、作戦の詰めの部分をまだ聞いていないからだ。
「わかりました。それでこれからどうするんですか?」
「とりあえずその場で待機していて。追って指示を与えるわ」
そこまで言うとミサトは真面目な顔をして艦長に向き直る。
「艦長」
「な、なんだ!?」
「ご協力をお願いします」
シンジのかけ声と共に、ウオディックが高周波振動ナイフことプログナイフをガギエルの鼻先に突き立てる。柄まで通れと差し込まれたナイフは、刃が全て潜り込み、海水を赤く染めた。
痛みで暴れ回るガギエル。いきなり口を開くとウオディックに噛みついた。
ガギエルの動きを封じていたワイヤーもついにちぎれ去る。アスカとヒカリが警告の叫びをあげる前に、ウオディックの前半分はガギエルに呑み込まれた。
「シンジ!」「鈴原!」
「行くぞぉ、輝ぅ!!」
そのころ空母のカタパルトの上では、いかにも荒くれヤンキーといった男が髑髏マークが不気味に輝く愛機と共に発進しようとしていた。
そして彼に従うのはどう見ても20歳前と言った感じの青年達だった。
「作戦は先ほど聞いたとおりだ!!質問はないかぁ!?」
返事がないことを確認すると、男は言葉を続ける。
「それでは行くぞぉ!!スカル小隊発進!!!」
軽快な音楽を奏でるかのように、4機の最新鋭戦闘機は大空に向かって飛び立った。
彼が誰かは深く詮索してはいけない。
「使徒の口は?」
「まだ開かん」
そうしている間にも使徒と戦艦の距離は縮まっていく。
ガギエルの口腔内で、シンジ達は身動き一つできずに苦痛の声をあげていた。
「つつつ・・・シンクロを少し落とさないと・・・」
「ダメよ、碇君。シンクロ率を落としたら、口をこじ開けるなんてできないわ」
「ちゅうことは、このままやるしかないってことやな・・・」
シンジは、素早くナイフを手放しガギエルの顎に手をかけるとこじ開けようとする。だが、がっちりと閉じられたその口は、なかなか開こうとしない。口をこじ開けることができないまま、どんどん水面に接近するガギエル。ガギエルが水面に顔を出すということは、オーバー・ザ・レインボーが沈められるということなのだ。ミサト達も、シンジ達も焦り始める。
「だめだ」
シンジの言葉にマユミが泣きそうな声で返事をする。
「もう時間がありません!」
「泣いとる暇無いで!こうなりゃ一か八かや!!」
「・・・・・・・・・」
トウジの励ましと、レイのまっすぐな視線にシンジがうなずき返し、マユミの目をのぞき込む。真っ赤な顔をしながらシンジの手にマユミが手を重ねる。そしてその上から更に重ねられる他二人の手。
「碇君・・・」
「なに?」
「・・・とにかく考えを集中させて」
「分かってる」
ウオディックがその腕を突っ張り、使徒の口を開けようとする。凄まじいまでの力が掛かるがいっこうにその口は開こうとしない。必死に念じ始めるシンジ達。
(開け、開け、開け、開け・・・開け!)
(開いて、開いて、開いて、開いて・・・開け!)
(開け、開け、開け、開け・・・開け!)
(開くんや、開くんや、開くんや、開くんや・・・開け!)
4人の考えることが、完全に一致した!
ウオディックはその目を光らせながら、使徒の口を無理矢理こじ開けていく。ARMSユニットが膨れ上がり軋みをあげる。そして、海面に出ると同時に一気にその口を開ききった。その巨体が空母に迫る。
次の瞬間、口をこじ開けられたままの使徒目掛けて、4機の戦闘機が太陽をバックに急降下してきた。
「イーーヤッホォーーーー!!」
戦闘機隊長の歓声と共に発射されたミサイルが、納豆のように尾を引きながら使徒の口に向かって、その奥のコアに向かって突き刺さる。
命中と同時に醜く膨れ上がる使徒の腹部。そして次の瞬間大爆発を起こしとてつもなく巨大な水柱を噴き上げた。歓声をあげる戦闘機隊長。ミサト達も歓声をあげた。
「見たか、輝ぅ!!!・・・ぬぉ!?いかん!!」
数瞬後、その爆発で吹き飛ばされたウオディックが甲板上に頭から墜落した。
「シンジ君!」
くにゃっと力無く横たわるウオディックに向かって、ミサトが、そしてシンカーから駆け下りたアスカ達が走り出していた。
「・・・鈴原君、どいて」
「な、なんや何がいったいどうなって・・・!?
ゥォオオ!?す、すまん綾波!!別にワザとこんなコトしたわけやないんや!信じてえな!」
突然、トウジの声が響きわたった。レイの冷たく重い声に、心底怯えたように必死で謝り続けている。
そのすぐ脇では、マユミがこれ以上ないくらい恥ずかしそうにシンジに向かって、声をかけていた。その声は蚊の羽音の方が大きいのではないかと思うくらい小さく、か細い声だったが、何故かシンジにはよぉく聞こえた。
「い・・・碇君・・・あの、その、そんなトコ・・・(ああ、もうお嫁にいけない・・・)」
「う、うわああああ!!ご、ごめん!山岸さん!!触るつもりじゃ、のっかるつもりじゃなかったんだ!!思いっきり揺れたからこうなっちゃたんだ!!
だから誤解しないで!!動かないで!触らないで!!」
「シンジ君!!!!あんた達何やってんのよ!?」
「すーずーはーらー!!!不潔!不潔よ!!綾波さんとそんな関係だったなんて!!!」
「シンジの浮気者!!
エッチ!馬鹿!変態!!もう信じらんなーい!!あんたどこに顔埋めてんのよぉ!!」
先の爆発と墜落によりシンジ達の乗るエントリープラグはしっちゃかめっちゃかになっていた。どんなことになっていたのかはわからないが、当分シンジとトウジはアスカとヒカリ達に頭が上がらないだろう。とにかくその何とも微笑ましい光景に、辺りに戦士達の笑い声が響いた。
「すっごく無様ね。シンジ君」
<ネルフ本部司令室>
赤い夕日のような光に染められている部屋にユイ、キョウコ、ナオコ、加持の4人がいた。冬月ははぶんちょ。
「いやはや、波乱に満ちた船旅でしたよ。やはりコレのせいですか・・・」
軽い口調で加持はそう言うとトランクのふたを開ける。その中に入っている物をユイに示しながら言葉を続ける。
「既にここまで復元されています。硬化ベークライトで固めてありますが、生きています。間違いなく。
あの計画の要ですね?」
トランクの中には人間の胎児のような物がベークライトに包まれて保管されていた。そのベークライトには文字が書いてある。オリジナルと・・・。
口の端をわずかにゆがめると、ユイが皆に、いや自分自身に言い聞かせるようにつぶやいた。
「そう、最初の人間アダムよ」
第七話完