部屋の中では、女性二人がコーヒーを飲みながらいつもの様にコンソールに出力される数値を見ている。



「ふう、いよいよ徹夜がこたえる体になってきたわ」

「何を言ってるんですか、まだまだ大丈夫ですよ」

「私がマヤの年ならねぇ」

「センパイだってまだまだ若いじゃないですか」

「どうせなら、男にそういう事言われたいわ」

「はははは、私じゃ駄目ですか?」

「マヤもそろそろ落ち着く頃かしらね」

「私には、そういう人居ませんから」

「私みたいになって欲しく無いわ、マヤにはね」

「私はセンパイみたいになりたいです」

「仕事の事じゃ無いわよ、女として・・・ね」



「ところで、最近シンジ君も随分落ち着いてるわね」

「そうですね、一人暮らしが上手くいい方向に作用してるんじゃないかと」

「だったら良いんだけどね」

「葛城さんやアスカから離れて、少し何かが変わったんですかね」

「やだわ、シンジ君が大人になるのを見ると自分が年老いていくのが見えちゃって」

「センパイこそ、そろそろ落ち着いたらどうですか?」

「そういう人が居ればね」

「あ、結果出ました、今回も良いですね」

「どれ? そうね、これなら意外と早く実戦投入出来そうね」



そう言うと、マヤが可笑しそうに笑うのでリツコは怪訝な顔をする。



「マヤ?」

「ごめんなさい、『実戦投入』なんて言うもんだから、つい昔を思い出しちゃって」

「そういう事」

「早く、医療に役立つと良いですね」

「ふふ、そうね、何かそう言われたら可笑しくなってきちゃったわ」



検査結果が出たので、シンジが来るまでの間暫くの談笑が続いた。

つい、この間まで『ネルフ作戦本部 作戦執行室』という名前が付いていたこの場所は、今は『人体医療研究室』に変わっている。

この場所で生死を共にしたオペレーター達も大半はバラバラになり、世界各国に散らばっている。

研究室とは言っても、かなり大規模な施設である事に違いは無く、元々Nervの専門である脳医学に加えて素子工学、人体工学、人工知能等多岐分野にまたがっての研究がなされている。

その研究機関名は今を持ってまだ『Nerv』の名を継承している。

現在のNerv研究機関長は冬月 コウゾウその人である。



「こんにちわ」

「あ、シンジ君、今日はいつもより早いわね」



振り返ったマヤはシンジの顔を見てびっくりする。



「し、シンジ君! どうしたのその顔?」

「あ、これですか、どうも昨日の夜コップを割ってしまって、切っちゃったらしいんです」

「らしいって?」

「僕、覚えてないんですけど、多分寝ぼけて・・・」

「そう・・・大丈夫?」

「はい、朝起きたらコップが4つも割れてて、割れたままになっててびっくりしました」

「シンジ君、こっち来て」

「リツコさん、こんにちわ」



リツコは棚から救急箱を持ってくると、適当に貼られたガーゼを取って消毒し、手当てをする。

傷口はさほど深くないが頬の部分に4箇所も有る。



「ふふふ」

「な・・・んですか?」

「硬くなってるなと思って」

「はは・・・やっぱり女の人に触られたりするの苦手で・・・」

「あら、緊張して貰って私は嬉しいわよ」

「あ、、いや、そういうんじゃ無くて、その・・・」

「ふふふ、変わらないわねえ、シンジ君も」

「そう・・・ですね」

「しかし、傷は深く無いけどこれだけ傷が出来てて覚えてないって言うのもね」

「恥ずかしいです・・・」

「夢遊の気が有るのかしら?」

「な・・・無いですよ・・・多分・・・」

「良し、終わり」

「ありがとうございます」



「しかし、この傷どうしようかしらね」

「実験ですか?」

「ええ、LCLの中だと少し痛いかも知れないけど良いかしら?」

「はい、構いません」

「そう、悪いわね、じゃ実験始めましょうか」



「マヤ?」

「はい」

「数値は?」

「2.4443で安定してます」

「ふむ、室内温度を2度上げてみて」

「はい」



「落ち着いてますね」

「そうね・・・」

「何か気になることでも?」

「ちょっと・・・ね」

「何ですか?」

「・・・」

「センパイ・・・」

「今夜も徹夜するわよ」



そう言って、リツコは微笑む。

それを受けて、マヤも微笑んだ。



「はい、センパイ」



コンソールから目を離さずにコーヒーを飲んでいると、後ろから懐かしい男の声がする。



「よっ」

「加持君?」

「あぁ、驚かせてすまん」

「再就職おめでとう」

「こりゃ、どうも」

「え? 加持さん、またNervに??」

「君に会うためにね・・・」



そう言うと、加持はマヤの顎に手を添える・・・



「懲りないわねえ、そのうち殺されるわよ」

「はは、そうだな」

「もう、加持さんからかわないで下さいよ」

「ドイツに行く前に挨拶だけしとこうと思ってな」

「ミサトによろしく言っといて」

「ああ、シンジ君の調子はどうだい?」

「いつも通り落ち着いているわ」

「そうか・・・」

「シンジ君なら、後少しで出てくるわよ」

「いや、彼とは昨日話したんだ」

「そう」

「葛城を安心させてやってくれ・・・って言われたよ」

「ふふ、シンジ君も大人になったものね」

「普通の14歳じゃ経験出来ない事を山ほどしてきたからな」

「そうね・・・」

「しかし、シンジ君も変わったな」

「そう?」

「ああ、まさか全てが終わった後まだLCLに漬かってるとは思わなかったよ」

「そうね、罪の意識が強いからかしら」

「違うさ」

「じゃ、何だと思うの?」

「さあな、ただ、罪の意識とは違うと思うな」

「勘?」

「はは、それに近いな」



「そう言えば」

「なんだい?」

「友達としての忠告・・・聞かなかったわね?」

「ああ、スマン」

「悪いと思ってないでしょう」

「はは、そう言うなって」

「良く生きてたわね」

「ま、死ななかったのは只の運だけどな」

「もう、良いの?」

「ああ、もう、良いんだ」

「なら、日本に居る理由は無いわね」

「そう・・・だな」

「あっちでスイカでも育てるさ」

「ドイツは寒いのよ?」

「はは、誰もドイツに行くなんて言って無いぜ?」

「行くんでしょ?」

「バレバレ・・・か」

「今度泣かせたら、きっとシンジ君があなたを殺すわ」

「真摯に受け止めておくよ」

「あなたの真摯はアテにならないのが実証済みでしょ?」

「今度は大丈夫さ」

「理由は?」

「無い・・・な」

「ふふ、ま、頑張って」

「さて、と、副指令に挨拶したら行くよ」

「元気で」

「ああ、リっちゃんも元気でな」



加持はスーツの上着をだらしなく肩にかけると、振り返らずに出て行った。

それを見送るリツコも振り返らずにコーヒーを飲む。



「行っちゃいましたね・・・」

「そうね、ま、会おうと思えばすぐ会えるけどね」

「やっぱり、ミサトさんの所に帰るんですね」

「あら、引き止めるべきだった?」

「そ、、そんなんじゃ無いですよ!」

「はい、はい」

「もう、センパイったら・・・」



「シンジ君、終わったわ、上がって良いわよ」

「はい」



着替えて入ってきたシンジにコーヒーを渡すと、にっこりと微笑む。



「今回のデータは役に立ちそうですか?」

「一回のデータは役に立たないけど、それが積み重なると結果になるのよ」

「そう・・・ですね、気長にやるしか無いですね」

「そうね、ところで、シンジ君」

「はい」

「最近、やけに眠かったりしない?」

「そうなんです、何か分かりますか?」

「やっぱり・・・」

「不安とか、そういうのは無いんですけども・・・」

「朝は起きれる?」

「朝は習慣なので起きますけど、昼頃から猛烈に眠気が来ます」

「そう、昼寝は?」

「帰ってきて、夕方過ぎぐらいに一度寝ちゃいます」

「毎日?」

「ほぼ・・・」

「うーん、夜更かしは?」

「してない・・・です」

「何時ごろ寝てる?」

「12時には寝るようにしてるんですけど」

「なるほど・・・」

「変・・・ですよね?」

「うーん、何とも言えないけどね」

「リツコさんは何故分かったんですか?」

「目の下にクマが出来てるわよ」

「あっ・・・なるほど・・・」

「眠いなと思ったのはいつぐらいから?」

「2ヶ月ぐらい前でしょうか」

「眠さはあまり変わらない?」

「いや、最初はあんまり気にならなかったんですけど・・・」

「最近は特に酷い?」

「はい・・・」

「ま、夜ちゃんと寝ることね」

「寝てるつもりなんですけどね・・・」

「今度の実験の時、まだ直ってなかったら睡眠薬を出すわ」

「うーん、そこまで酷くないと思いますけど・・・」



そう言って、シンジは頭を掻く。



「ふふ、若いうちは寝付けないものよ」

「そんな物でしょうか・・・」

「気にするとかえって寝れないから、気にしないでね」

「はい、あんまり気にしてませんから」

「よし、じゃ、今日は終わりね、お疲れ様」

「お疲れ様でした」



シンジが帰った後、リツコは真剣な顔になりコンソールを弾く。

それを見たマヤが不安そうな顔で尋ねる。



「センパイ」

「何?」

「今日の徹夜って、もしかしてシンジ君の・・・」

「・・・」

「やっぱり変ですか?」

「・・・分からない」

「何か思い当たる事でも有るんですか?」

「ちょっと・・・ね」

「何ですか?」

「ふふ、ま、杞憂だと良いんだけどね」

「そうですか・・・」

「疲れたなら帰っても良いわよ」

「あ、いや、居ますよ! もちろん!」

「そう・・・助かるわ」



尊敬しているリツコの口から思いも拠らない声がかかりマヤは嬉しかった。

少し、リツコに近づいた・・・そんな気がした。



「10時・・・ですね」

「嫌な事だけど・・・これも仕事か」



そう言ってリツコはモニタの電源を入れる。

そこには、シンジの家の部屋という部屋に取り付けられたと思われる隠しカメラの映像が並んでいた。

いくら、戦争が終わったとは言え、シンジの身が安全である理由はどこにも無かった。

もちろん、本人は意識する事は無いが。

旧保安部は解散したが、その中核は未だ機能している。

現在はSGS(Secure Guard System)と呼ばれる特殊組織となって、シンジやアスカ、リツコ、マヤに至るまで影で護衛をしている。

SGSへの特権はリツコを含むごく数名が持っており、A級の権利を持ってこの組織に直接指令を出す事が認められている。

未だ、使用した事は無いが・・・。

シンジの部屋に取り付けられた隠しカメラの所在を知っていたのも、それを見ることが出来るのも、赤城 リツコの特権である。

無論、この映像が外に流出する事は無い。

その映像を見て、マヤの顔が歪む。



「やはり、有ったんですね」

「ええ」

「当然、私の部屋にも有るわけですよね」

「ま、そういう事になるわね」

「・・・」

「それは、私達が直接MAGIに触れる事が許された特権との引換券だと思って頂戴」

「分かってます」

「シンジ君たちには悪いけどね」

「彼らはその存在を知らないから、まだ良いです」

「そうね、知らぬが花・・・よね」

「はい」

「これも、仕事よ」

「分かってます・・・頭では」

「割り切れない?」

「・・・大丈夫です」

「マヤの気持ちも分かるけどね、私だって良い気分じゃ無いわ」

「・・・」

「唯一の救いは、映像は保存されてない事ぐらいかしらね」

「変わりませんよ・・・こうやって覗いてたら」

「ま、そうだけどね」



そう言って、リツコはマヤから視線を外すと、コンソールへ目を落とす。

わずかにマヤは肩を震わせたが、すぐに凛とした顔つきになるとリツコと同じコンソールへと目を落とした。



その後、シンジはアスカと電話をし、風呂に入るとTVを見ながら頭を乾かしごく普通の生活をしている。

12時を少し超えたところで、話通りベッドへ潜るとすぐに眠りに落ちていった。



「やっぱり、12時ぐらいには寝てる様ですね」

「そうね・・・朝まで寝ててくれると良いんだけど」



監視作業とは言え、相手はシンジである。

昼の実験データをまとめる作業をしながら、時々横目でモニタを見るぐらいだろうか。

格別変化が無いまま時間だけが過ぎていく。

そして、夜2:00を越えた頃・・・



「センパイ!!」

「・・・やっぱり」

「一体・・・これ・・・」

「電話、貸して」

「・・・」



マヤは聞こえていないのか、モニタを見続けている。



「マヤ?」

「は・・・い」



リツコはマヤから電話を受け取ると、書類をパラパラとめくり、電話をかける。

リツコが番号を押し終わると、モニタの中に有るシンジの部屋の電話が鳴る。

暫く鳴らした後電話を切ると、リツコはもう一度モニタを見ると今度は慣れた手つきで電話のボタンを押す。



「ミサト?」

「私、今からすぐ日本に帰ってきて」

「理由? こっち来たら話すわ」

「そう、今すぐ飛んで」

「分かった、じゃ明日」



リツコは眼鏡を外して一つ大きな溜息を付くと、椅子に座って天井を眺める。



「杞憂なら良かったけど・・・」




次回 スカを呼ばない理由



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