体を横にして暗闇の中を見るようになってから、もう、どれぐらい経っただろうか。

背中に感じるヒトの暖かさと、耳元で聞こえる一定の間隔で出される吐息に身を任せている。

アスカは小さな声で確かめる。



「シンジ?」

「・・・」

「寝ちゃったか」



寝ている事を確認してから、するりと寝返りを打ち、反対を向くとシンジが優しい寝顔を見せている。

アスカはそのままシンジの額に長いキスをすると、名残惜しそうな目を残してベッドを出た。

誰に言うわけでも無く、アスカが言う。



「お風呂・・・入ってくるねっ」



風呂場に入ると、何故か顔が綻んでしまう。

結局、一つになれなかったとは言えシンジに気持ちを伝えることが出来た事に本人は満足しているのだろう。

体を洗い、髪の毛を上に結えると、湯船に口まで漬かると鼻から息を飲み込み、口からブクブクと空気を出すいつもの癖をいつもより長くしていた。

暫くの間、今までの事、これからの事を湯船の中で考えると、途端に不安が襲いアスカは勢い良く立ち上がると風呂場を後にした。



風呂場を後にして、居間に戻ると付けっぱなしのテレビがやけに明るく光っている。

電気を付けて時計を見ると、1:00を指していた。



「後、一時間かぁ・・・」



2時には戻ると言われたミサトの言葉が頭をよぎった。

髪を結えていたゴムを外して首を振ると、綺麗な髪がフワフワと舞いいつもの位置に落ち着いた。

アスカは一つ大きく伸びをすると、シンジの眠る自分の部屋へと入っていく。



明るい居間から暗い自分の部屋に入った為、殆ど何も見えないまま感覚だけでベッドまで歩くと始めて異変に気が付いた。

寝ているはずのシンジが居ないのである。

アスカは直ぐに電気をつけたが、そこに居るはずのシンジは居なくなっていた。



「あの、馬鹿」



アスカは慌てて部屋を出ると、シンジの部屋へと向かう。

案の定、シンジは自分の部屋に居た。

しかし、様子がおかしい。



「シンジ?」

「・・・」

「あなたが、もう一人のシンジね?」

「・・・」



シンジは音のする方向を見る・・・と言う感じでゆっくりと振り返った。

振り返ったシンジに表情は無く、その目も何かを捉えているわけでは無さそうだった。



「シンジ、おいで」



そう言うと、アスカは両手を広げてシンジを受け止めるポーズを取る。

それを見たのか、見ないのか、シンジはゆっくりとアスカに向かって歩みを進め、アスカの前で立ち止まる。

アスカは、表情の無いシンジを間近で見ると、優しくシンジの手を握りゆっくり手を引いた。

シンジは引かれるままにアスカに続いて歩き、元居たアスカの部屋へと戻って行く。



「まったく、裸のままウロウロしてる時にミサトが帰ってきたら、何言われるか分かったもんじゃないわ」



少し顔を赤らめたまま、アスカは自分のベッドへシンジを寝かせると、電気を消して自分もシンジの横に体を並べる。

横に居るシンジの表情は月明かりに照らされていた。

その表情を横からじっと見つめていると、シンジはアスカの方を向いた。



「なに?」

「・・・」



ゴソゴソと布団の中で何かを探しているようだ。

アスカは、そんなシンジを優しく見つめている。

シンジはアスカの手を見つけて優しく握ると、初めて安心した様な表情を浮かべた。



「手を握りたいの?」

「・・・」



シンジはそんなアスカの問いが聞こえないかの様に、アスカの手を優しく包んで見つめている。

アスカは真っ直ぐに自分の手を見詰めるシンジを愛しそうな眼差しで見ると、そのままシンジの頭を残った左手で撫でる。

暫くすると、シンジはアスカの手を離し、アスカの着ているパジャマに興味を持ったようだ。

赤いアスカのパジャマの端を興味深そうに触っている。



そんな様子を見ていると、アスカは自分の知っているシンジとは明らかに違う人なんだと改めて思った。

それに気づくと、途端に悲しさが体を包み、体がその悲しみを押さえきれなくなった時、アスカの目に涙が浮かぶ。



アスカが優しくシンジの頭を抱くと、シンジは一瞬抵抗したが直ぐにパジャマのボタンを痛がっている事を理解し、アスカはシンジと同じ様に裸になるともう一度優しくその体を包み込んだ。

シンジはアスカの胸の中に顔を埋め、心地よさそうに息をしている。

暫くシンジを抱きしめたままシンジの頭を撫でていると、部屋の向こうで声がする。



「アスカ〜?」

「げっ」

「入って良い〜?」

「駄目に決まってるでしょ!」

「あら・・・そう・・・」



アスカの声にびっくりしたのか、シンジは目を白黒させながらアスカの元を離れるとフラフラと部屋を出ようとする。



「シンジ!」

「・・・」



アスカの声にミサトは何か有ったと思い、勢い良くアスカの部屋の扉を開ける・・・。



「・・・」

「・・・」

「あんった、馬鹿ぁ!?」



アスカの投げた枕は、見事にミサトに命中した。



居間のソファーで、アスカがシンジを後ろから抱きながらミサトに文句を言い始めてもう30分は経っただろうか・・・。



「まったく、最悪だわ・・・」

「まぁまぁ、ほら、暗くて良く見えなかったしさぁ」

「そういう問題じゃ無い!」

「大声出すとシンちゃん怖がるわよ?」

「むー・・・」



やっとアスカのテンションに慣れたのか、シンジは時折少しジタバタするが大人しくアスカに抱かれたまま座っている。



「どう? シンちゃんは」

「やっぱり、別人なんだなって思った」

「・・・そうね」

「シンジはずっとこのままなの?」

「精神的な意味で?」

「そう」

「そんな事は無いと思うわ」

「じゃあ成長するんだ」

「そりゃ、そうでしょ」

「そっか・・・」

「いったん記憶がリセットされただけだからね・・・」

「じゃあ、いつかは喋ったり笑ったりするのかしら?」

「と、思うけど」

「そっか・・・」



「今でも多分言葉は理解してると思うし、普通の赤ん坊よりは全然進みが速いと思うけどね」

「・・・」

「でも、今のままじゃアスカは恋人ってよりもお母さんになっちゃうわね」

「くっ・・・笑い事じゃ無い!」

「大声出さないの」

「むー・・・」

「問題は・・・」

「問題?」

「どこでシンちゃんを成長させるかだわね・・・」

「何言ってんのよ、ここに決まってるジャン」

「・・・」

「行く所無いでしょ?」

「実はね、アスカ」

「嫌よ」

「まだ、何も言って無いじゃない」

「どっか連れてく気でしょ?」

「・・・」

「そんなのって酷いじゃない!」

「そうは言ってもね・・・」



アスカがシンジの頭を撫でると、シンジは気持ち良さそうに目を閉じる。

そんな姿を見ると、二人は余計に悲しくなってしまう。

ここに居るシンジはシンジでは無く、シンジの形をした別の人間なのだから・・・。



「で、どこ連れてく気だったわけ?」

「アメリカ」

「何で?」

「Nervは元々脳神経が専門だけど、研究機関としてはアメリカが本部なのよね」

「ドイツじゃ無かったの?」

「第二支部が消滅した後アメリカに移ったのよ」

「・・・」

「シンちゃんが元に戻る可能性は0じゃ無いし、可能性が一番高い所に連れてくのが良いと思うの」

「でも!」

「それに、ここに居るのって多分色々な意味で、本人は嫌なんじゃ無いかなと思ってね」

「何でよ!」

「アスカには見られたく無いと思うしね・・・今のシンちゃん」

「・・・」

「ま、シンちゃんに選んで貰おうよ」

「・・・」



アスカは暫くシンジの頭を撫でながら、考え込んで居る。

そんなアスカをミサトは不安な目つきで見守った。



暫くの沈黙の後、アスカは悲しそうな表情を見せるとゆっくりと立ち上がる。

ゆっくりと、シンジの方を振り返ると優しくその手を掴んだ。



「シンジ、行こっ」

「あ、アスカ?」

「シンジに選ばせたら行くって言うに決まってるジャン・・・」



シンジの手を引くアスカの表情は後ろから見ているミサトには見えなかったが、多分、泣いていた・・・。

結局その後、朝までアスカとシンジは部屋から出てくる事は無かった。



「シンジー!」

「・・・ぅ・・ん」

「寝ぼけてないで、起きろ!」

「う・・・ん・・・」

「きー! 遅刻しちゃうでしょ!」

「ふぁぁ、今何時?」

「もうすぐ7時半」

「・・・っ!!」



慌てて飛び起きたシンジは裸だった・・・。



「・・・」

「・・・」



「・・・!」



「うわぁぁっぁ」

「しょ、、食卓で待ってるね・・・」

「う・・・うん・・・」



着替えをしようと周りを見ると、そこはアスカの部屋。

どうやら、ここでそのまま寝てしまったようだ。

そして、着替えが無い事に気づく。



「アスカー!」

「何〜?」

「着替え、無いんだけど・・・」

「あー・・・洗濯機に入れちゃったよ・・・」

「どうすれば良いのさ!」

「良いじゃん、ミサトまだ起きてないしそのまま部屋に行けば」

「うう・・・なんでこんな事に・・・」



そう言いながら、情けない格好でひょこひょこと小走りに自分の部屋に帰っていくシンジだった。

自分の部屋に入り、小さな鏡を覗き込むと目にクマが出来ている。

やはり、夜中に起きている様だ。

さっきまで裸だった事を考えると、夜中に何をしでかしたのか恐ろしくなって着替えが終わるとすぐに食卓へと向かう。



「あ、アスカ」

「何よ」

「って、コレ・・・」

「文句言ったらコロス」

「い、、いや、文句なんて言わないよ、凄いじゃないか」



そこに並べられていたのは、アスカの作った朝食だった。

パンにコーヒー、少し大きめに刻まれたサラダと卵焼きだった。



「ま、見様見真似でやってみたけど案外出来る物ね」

「いや、十分だよ、びっくりした」

「そう?」

「うん」

「サラダ・・・かなり幅が有るんだけどね」

「そりゃ、練習しないと駄目だけど、でも良いんじゃない?」

「よし、食べよっ」



二人で朝食を食べ始めてから気が付いたが、アスカの目の下にもクマが出来ている。

きっと、アスカも起きていたのだろう。



「ね、アスカ」

「何?」

「夕べなんだけど・・・」

「うん?」

「何か有った?」

「ああ、初めて会ったわ、もう一人のシンジに」

「・・・そっか」

「な〜に心配してるのよ」

「いや、起きたとき裸だったから・・・」



パンを急ぎ目に口に入れながらアスカが続ける。



「まったく、たーいへんだったんだから」

「え!!」

「ミサトがあの後帰ってきてね」

「そうなんだ、夜勤は?」

「2時ぐらいかな、帰ってきたのよね」

「うん」

「私、シンジが寝ちゃった後お風呂入ってね」

「うん」

「出てきたらシンジが居ないじゃない」

「うん」

「結局、シンジの部屋に居たんだけど、シンジは裸でさぁ」

「・・・」

「それは良いんだけど」

「良くないけど・・・」

「私の部屋に連れて行って」

「うん」

「そしたら、ミサトが帰ってきてさ」

「うん」

「開けていいって聞くから、駄目!って言ったら」

「・・・」

「その声に驚いちゃって、シンジがフラフラと歩き出しちゃって」

「・・・うん」

「私もうっかり、シンジ!って声出しちゃったもんだから」

「・・・」

「ミサトがドア開けちゃってね」

「・・・良い、続きは想像できる・・・」

「・・・」

「・・・」

「だ〜いじょうぶよ〜、暗かったし」

「・・・うう・・・」

「ま、良いじゃん・・・はは・・・」

「良くないじゃん・・・」

「良いから食べちゃお」

「じゃあ、ミサトさんアスカの部屋で僕が裸で寝てたの知ってるんだ」

「そりゃそーでしょ」

「何でそんなに落ち着いてるんだよ」

「・・・ぷっ・・・あははははは」

「何がおかしいんだよ・・・」



この期に及んで、まだミサトとアスカがグルだった事に気づかない鈍感なシンジであった。

その直後にトウジとケンスケがチャイムを鳴らす。



「シンジ〜今日は行けるか〜?」

「あ、行くー」

「ほな、待ってるわ」

「今行くよ」



インターフォンを切ると、アスカをと一緒に久しぶりの登校となった。

最後の別れを告げに・・・


次回 こに居た証



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