NERV
第5話「崩壊」
「葛城さん、このRモードってシャール領域でしたよね?」
「えぇそうよ。RからSモードまではシャールだからそのまま続けて」
「分かりました。Tからはアクィナスに切り替えます」
「よろしくね」
久々にネルフ本部に活気が出ていた。
MAGIが政府の政策を担う事となった為、MAGIの
プログラムを変更する必要がある。
彼らは昨日の連絡があった時から今まで、徹夜作業をしていた。
この頃にはマヤと青葉もネルフへの正式復帰も決まり、
皆が新たな目標に向かい希望を形にしていった。
「でもさすが先輩ですね。
まだ正式決定してない内からこのプログラム作り始めてたなんて」
マヤが尊敬の眼差しでリツコを見ながら言う。それに青葉が相槌を打つ。
「ホントに。凄い楽ですよ。あと2時間もあれば終わりますね」
リツコは彼らに向かい、ふわっとした笑顔を向ける。
「当然でしょう。MAGIの優秀性は万民の認めるものよ。
今の無能な政治家なんかよりよっぽど信頼もあり、能力も遥かに上よ。
断られる理由がないわ」
言葉を返しながらもリツコはなにやらメモを手に取る。
しかし青葉が何か言いたいらしく、作業に戻ったリツコを引き戻すように声をかけた。
「でも、皆が納得しますかね?・・・MAGIを使う事に」
リツコは作業を進めながら口だけ動かす。
「大丈夫よ。今日の内藤さんの演説でネルフは即日解体と発表があるもの。
あとはあちらで何とかしてくれるわ」
リツコの声を聞き、皆複雑な顔をした。
ネルフは解体・・・だがミサトもリツコもこの組織自体がそのまま残るので、
満足ではあった。
今、内藤は演説を終り、一息ついていた。今回の決定には、内部からも少なからず
不満が出た。しかし烏合の衆は内藤の言葉ですぐに納得した。
当然だ。彼らは政治には疎い。元大臣の言葉に反論なぞ出来よう筈も無い。
その他については少なからず口論となった。
しかし彼らはそれなりに政界で生きてきた人間だ。
MAGIを使うのは、この状況下では悪くない。
ただそのMAGIがネルフの物である事が少し引っかかっていた。
しかし表面上でも、そのネルフを解体させる上でなら問題はない、と考えていた。
これで内藤は国家の理解は得たので、即会見を開いた。
内藤はこの会見の後の国民、諸外国の判決を皇居内で待つ。
今の時刻は午後2時20分、MAGIの整備も終わり、皆一息ついていた。
ミサト、リツコ、マヤ、青葉は第三司令室でコーヒー片手に談笑していた。
彼らはテレビをネタにあれこれ雑談に花を咲かせている。
テレビでは、政府の次の発表はあと少しで始まろうとしていると報じている。
恐らくその時にネルフの解体が発表されるのだろう。
彼らはそれを自分の耳で聞きたかったから、眠気を押さえて起きていたし、
お喋りで眠気を吹き飛ばしていた。
「いよいよね。ネルフという名前を聞けるのも、あと僅かね」
ミサトの言葉、後悔はない声。
彼女の言葉の後でピーピーという呼び出し音が響く。
マヤが自分の席へ確認に向かい、皆が怪訝な顔をしながらマヤの反応を待った。
「メールのようです。・・・でも変ですね。ここにメールなんて・・・
幾つものパスコードがあるからコードを知らなければメールなんて
届かない筈なんですが・・・」
とりあえずマヤは差出人の名前を見た。
マヤの顔が「信じられない」との顔に変化。
一同がその変化にきずいたらしく、ミサトがマヤに尋ねる。
「どうしたのマヤ。何か変なメールなわけ。あ、まさかボーイフレンドからかなぁ?」
マヤはミサトをきっと睨み付けると、これを見てください!
と言わんばかりにマヤは皆を呼び寄せた。
それを見た皆が「なあに」といった風にマヤに寄っていき、
同じように差出人を見た。
「!!!!!!!」
全員が凍りついた。そこに書いてあった名前は、
「碇 ゲンドウ」
「そんな!ありえないわ!!」
リツコが口を開く。もっともだ。既に彼は墓地で眠っている。
遺体も彼らは確認しているのだ。
その彼からメールが届く筈が無い。
リツコはマヤに早く見せるようにと急かした。
しかしマヤは冷静にもウイルスチェックをした後に開く。すると・・・
正面のモニターに「サウンドオンリー」の表示が出る。
皆かたずを飲んで次のアクションを待つ。
「私だ・・・」
皆
、驚いた。まぎれも無く碇ゲンドウの声だった。
だが、誰一人として声は上げない。
「これが流れているという事は
ネルフが私の望まぬ方向に進んでしまったのだろう」
皆、訳が分からなかった。声も出ない。
「ここまでご苦労だった。本日をもってネルフは解散する」
皆の頭は混乱しており、冷静な者なぞ一人もいなかった。もう訳が分からない。
その時第三司令室の全てのモニターに
「ALART」の文字とともに、けたたましい警告音が鳴り響いた!
「な!何なの!これは!」
ミサトが声を張り上げて叫んだ。
マヤが素早くキーボードを叩こうとした。しかしいくら叩いても反応が無い!
「だ、だめです!キーの反応がまるでありません!!」
それと平行して行動していた青葉も、首を横に振った。
「何がどうなってるの?ありえないわ!。
ここの端末がプロテクトされたとでもいうの!」
リツコにしても今のこの状況は信じられない。ありえない話なのだ。
もはや理解出来ない状況が目の前で現実に起こっていた。
その時MAGIカスパーの領域が赤く変化を開始する!
「カスパーよりバルタザール、メルキオールへ自立自爆を提訴します」
というアナウンスが流れる。
同時に審議中のランプがともり、3台のMAGIが審議を開始する。
「そんな・・・」
皆が皆、血の気がひいていくのがわかる。
マヤも青葉も何とかしようとするがキーボードが死んでいる今、どうする事も出来ない。
しかしMAGIの選んだ道は・・・
バルタザール「否決」 メルキオール「否決」
とのアナウンスが流れる。ミサトはこれに「ほっ」としつつ、
「どうするの!このままじゃ大変な事になるわ!何か方法はないの!」
リツコは動揺しつつも、この状況を自分なりに推理した、出た答えは
「ここの端末が使えない以上はどうしようもないわ。
MAGIに司令をだせるのはここだけなのよ」
リツコは傍らにあった通信機のスイッチを押した。反応はない。
「こんな物までプロテクトされてるのよ。何も出来ないわ・・・」
リツコは口には出さなかったが、もし本当に碇司令がこの一連の事をしているのなら
私達には防ぎようがない、と思っていた。更に彼がネルフの消滅を願うのなら、
それをあまんじて受けいれよう、とも思っていた。
ミサトにすればこんな事、冗談ではない。今までの苦労が水泡に帰してしまうのだ。
「何とかしなさいよ!あなたMAGIの技術責任者でしょう!」
そんなミサトだからそう言ったのだろう。しかしリツコは答えなかった。
いや答えようがなかった。
彼女にしても、お手上げなのだ。この一連の事を仕掛けた人間は内部事情に詳しすぎる。
全てにおいて完璧な防御壁が張ってあり、どのような
物も受け付けない。実際マヤが携帯電話とノートパソコンで外部からの進入を
試みたが、逆にこちらがハックを受け、失敗に終っていた。そうこうするうちに
今度はバルタザールが動く。
「バルタザールからカスパー、メルキオールへ自立自爆を提訴します」
こうなってはもうミサトも覚悟を決めた。
マヤに向かい、上の人間を避難させるように言うと今度の結果を待った。
カスパー「可決」 メルキオール「否決」
なんとかメルキオールだけは残った。ふたりともこの時ばかりは神に感謝する。
MAGIは基本的には資本主義原則の多数決により、決議しているが
自爆提訴に関しては3台のMAGI全ての承認が必要なようにプログラム変更されていた。
したがって今回も辛うじて難は逃れたが、もう後はない。
ここに至っても、対抗手段はない。
ミサトは物理的にMAGIを破壊しようとしたが、
今のネルフにそのような事が出来るだけの爆薬すらなかった。
そうこうするうちに、最後に残るメルキオールが最後の提訴を始めた。
「メルキオールからカスパー、バルタザールへ自立自爆を提訴します」
これの結果は解っている。ミサトは既にマヤ、青葉を避難させ、リツコと2人で
この結果を待っていた。結果は・・・
カスパー「可決」 バルタザール「可決」
わかり切った結果だった。ミサトは肩を落としたが、リツコは無表情だった。
「MAGIメルキオール・カスパー・バルタザールにより自立自爆が決議されました
自立自爆実行まであと15分です」
アナウンスを聞いた後、2人は避難を開始した。
もはや自爆回避の方策は無い。
15分とMAGIが言ったのは碇ゲンドウの思いやりであろう。
彼はミサト達が安全にネルフ本部から逃げ切れるだけの時間を与えたのだ。
「リツコ!私は部屋に用事があるから先に逃げてて!」
ミサトは言い終わるより早く自分の部屋に走っていった。
リツコにしても自分の部屋に色々と置いてある物があるので、
彼女も自分の部屋に急いだ。・・・これがお互いの顔を見た最後の時だった。
その頃1台の車がネルフ本部に向かっていた。乗っているのは、加持リョウジ。
彼は1度死にかけたが、碇ゲンドウに命を助けられていた。
そして彼にある依頼をされた。
その依頼とは、今のネルフの状況を見れば解ってもらえるだろう。
その判断は、加持に任されていた。それだけ碇ゲンドウは彼を評価していた。
彼はその依頼を受け、潜伏していたのだ。
そして今、彼はその役目を終え、ある人の所に向かっていた。
先に部屋についたのはリツコだった。彼女には1つだけ持っていきたい物があった。
それはDiskだった。ノートパソコンにいつも入れていたあのDisk。
彼女はノートパソコンを立ち上げ、Diskを取りだそうとした。その時、点滅
いているあるマークが目に入った。そのマークはメールが届いている、という
お知らせのマークだった。差出人は同じく「碇ゲンドウ」と書いてあった。
ミサトは今部屋についた。彼女は部屋につくなり「あの」棚に向かい扉を開けた。
5つの袋を1つずつ取り出すと、脇に抱えてゆく。
時間はないので急いで出て行こうとした。
その時1つの袋が脇からこぼれた。
そして中の赤いインターフェースへッドセットが転がり落ちた。
ミサトは足を止めて、その光景を見た。
からからと空回りする焼けただれた赤いヘッドセット。
「アスカ・・・・・」
ミサトはゆっくりとそれを拾い上げると、焼け爛れた、
原形を辛うじてとどめている「それ」を握り締めた。
そしてミサトはうずくまり、床にポタリ、ポタリと涙が落ちる。
そして全ての「袋」から中の物を取り出し、それらを思い切り抱き締めた。
「・・・そう・・よね・・・私の居場所は・・もう・・ここだけよね・・
ここが無くなるのなら・・私も・・・」
そのままミサトは床に座り込み、壁に頭をつけて目を閉じる。
彼女の耳には本部の警告音が、心地よく聞こえていた。
リツコは「碇ゲンドウ」からのメールが届いているのに気がついた。
しかし彼女はそれを見るのが恐かった。
何が書かれているのか非常に気になったが恐かった。
彼女自身、何故恐いのか。それすらもわからない。
だが彼女は、おそるおそるそのメールを開く。
手は震えている。
彼女のこんな姿は滅多に見れるものではない。
それだけ恐かったのだ、そのメールが。
何と書いてあったのだろう。
彼女の脅えは嘘のように消え、目には涙が溢れ出してくる。
それを隠すように両手で顔を覆い隠し、傍らの椅子に座った。
短い沈黙の後、彼女の目には涙が溜まっていたが、顔は、かすかに微笑んでいた。
そしてリツコは昔を懐かしむ様に、Diskの写真を画面に映し出していた。
懐かしい声が聞こえてくる・・・
「ミサトさん、何してるんです。こんな所で」
「シンジ君ね・・・」
「・・・葛城さん・・・、何してるの・・・」
「レイ・・・」
「ミサト、何してんのよ。こんな所で・・・」
「アスカ・・・」
「葛城さん、どうしたんです。こんな所で・」
「日向君・・・」
皆が迎えに来てくれた・・・ミサトはそう思った。
ミサトは早く皆の所に行こうと走り出す。
だが走っても走っても彼らは逃げていく。一定の距離を保ったまま・・・
「駄目ですよ、ミサトさんはまだ来ては・・」
「・・・・まだ駄目よ・・・・・・・・・・」
「ミサトはこちらに来るべき人間じゃ無いわ」
「葛城さんはまだこちらに来てはいけません」
ミサトは皆が言っている事を聞いて「何故?もう私の生きる意味が無いのよ!
私も皆とまた楽しくやりたいのに何故行ってはいけないの!」
と言いたかったが声が出ない。
いくら大声をだしても声が出ない。ただ空気が出るだけ・・・
「だって、ミサトさんにはまだ居場所が・・」
「・・・・残ってるもの・・・・・・・・・」
「こちらに来たら、後悔するわよ。ミサト!」
「ほら、もうすぐそこに幸せがありますよ!」
ミサトは居場所はここしかない!ここ意外にはもう私の存在意義がない!皆との
想い出を捨ててまで生きたくない!と言いたかった。けど声にならない。
「ミサトさんを必要としている人は・・・・」
「・・・・まだいるわ・・・・・・・・・・」
「悔しいけどミサト!ほら、もうそこに・・」
「あなたを必要としてる人が・・・・・・・」
ミサトの部屋にその静寂を破る声が響き渡る。
「葛城!葛城!!」
ミサトは思う・・・懐かしい声・・・それに凄く落ち着く声・・・
ミサトはその声に引き戻されるように、自分の目をゆっくりと開けた。
そこには見慣れた無精髭を伸ばした男がいた。
ミサトはすぐにそれが加持であると分かった。
ミサトは信じられなかった。加持が生きていたことに。
だが、呆然とするミサトを現実に引き戻すように加持の切羽つまった声が頭に響く。
「何してるんだ!もう時間が無い!早く逃げるぞ!」
そう言うと、ミサトの手をとり、逃げようとした。
しかしミサトはその手を払う。
「あなただけ・・・逃げて。私はここに残るわ・・・」
加持はミサトの気持ちが分からないでもなかった。
実際ミサトがそうするであろうと思ったからこそ、ここに来ていた。
加持はそんなミサトが大事そうに抱えている
「彼ら」の遺品をミサトから強引に取り上げると、床に叩き付る。
「!」
加持は次の瞬間、それを思いっきり足で踏み付けた。
ミサトはそれを見て加持に掴み掛かり激怒した。
「な!何てことすんのよ!!それは皆の大切な・・・」
と言っている途中に加持はミサトの口を塞いだ。そしてすぐに離れて彼女の目を睨み付ける。
、
「こんな物に何があるんだ。今の葛城は過去の出来事に魂を引かれているだけだ」
ミサトは床に落ちた物を見つめた。
「これが・・・私の全てなのよ・・・私の存在理由なのよ。・・・でももう終わり」
ミサトは床の物を拾おうとした。それを見た加持はミサトを思いっきり抱きしめた。
「俺の為に生きてくれ!それじゃ駄目か!」
加持はそう言うとミサトを見る。目の前には呆然としたミサトがいた。
ミサトはこの言葉を心の中では待っていたのかもしれない。学生の頃からずっと・・・
加持はミサトの手を引いて、再び逃げようとした。もう時間が無い。
これでもミサトが逃げようとしないのなら、力ずくでも、と考えていた。
ミサトの反応は・・・
「ま、待って。せめてこの遺品だけは持って行かせて!」
加持は正直「ほっ」とする。だが・・・
「まだそんな事いってるのか。こんな物を大事に持っているからネルフがこんな
風になったんだ。ネルフは世界を救う為だけに存在していたんだ。碇司令なら世界を
平和にした段階でネルフを解体させていたぞ。葛城、過去に縛られていてはこの先
お前自身が駄目になるぞ。もう過去は捨てろ。
これからは未来を見つめて生きよう、この俺と一緒に・・・・・」
加持とミサトはかなりネルフ本部から離れた小高い丘まで非難していた。
シェルターへ行ってもよかったが、自分の目で最後を見ておきたかった。
「そろそろだな」
加持が言う。すると第三新東京市の中心で光があがり、周りへと広がっていく。
あの時と同じ。シンジ、レイ、アスカを飲み込んだ光と。違うのは、
ネルフ本部自体が消滅するという事だけ。
ミサトは光が消え、廃墟となった第3新東京市を日が暮れるまでずっと見ていた。
加持は横で何も言わずにずっとミサトの顔を見つめていた。
そのころ、皇居内の置かれた会見室に内藤が姿を見せた。
カメラと報道記者の見守る中、会見席についた内藤は、
ゆっくりと部屋全体を見回す。
今や日本のトップである彼に注がれる眼差しは期待にあふれている。
内藤は束になった数本のマイクを握り、熱を帯びた口調で演説を始める。
今、日本政府は事故により壊滅的打撃を被りました。
元首相の万田以下の議員を多数失い、国会議事堂も今では廃屋同然です。
だが、我らは今ある現実を受け止め、進まねばなりません!。
これ以上の混乱を避けるため、我々はよりよき方策を模索していました。
皆様方は早いところ新たな議員の補充を、と考えているかもしれません。
しかし、そのようなことは混乱を助長させるに過ぎないのです。
そこで浮上してきたのはかねてから実験で使ってきたコンピューター・・・。
以前から第3新東京市での信任も厚いMAGIを日本政府に導入する計画は考えられていました。
・・・ここで正式に発表したいと思います。
早ければ一両日中にMAGIを日本政府の政策、及び各官庁のラインに接続し、
全ての最終決定権をMAGIに委任します。
すでに諸外国から好意的な反応もあり、当面はMAGIをメインに政策進行をしていきます。
MAGIの政策介入がこの席で正式に発表された。
内藤は記者達の反応に満足そうな表情を浮かべる。
当然、マイクを握る手にも力が入ってくる。
コンピューターを政策に導入することに難色を示す方も少なからずいるでしょう。
しかしMAGIは皆さんがご存じの通り、第3新東京市での信任度は80%を超えています。
内藤の後ろにすっと秘書が近寄り、彼の前に一枚の紙を差しだした。
これだけ信頼されているMAGIを・・・
内藤の視線がレポートの上を横切ると同時に言葉が止まり、
握りしめていたマイクが彼の心情を表すように、床に落ちる。
その際激しいハウリングが起きたが、内藤は呆然としたまま。
束ねられたマイクがバラバラに床に転がる様を、彼は言葉もなく呆然と眺めていた。