METAL BEAST NEON GENESIS

機獣新世紀
エヴァンゾイド



第5話Cパート

SILENTNOON



作者.アラン・スミシー












『始める前に、忠告しておいてやろう。あの影・・・、使徒イロウルの中はディラックの海と呼ばれる虚数空間だ。時間の流れもこっちと違う。サードチルドレンを助けたいのなら、急いだ方が良い。助けたときにはリップ・ヴァン・ウィンクルと言うことになっているかもな』
「あんた1人倒すのに、10分もいらないわ!」

 アスカの啖呵に、ナイブスは微かに笑った。

『なら、俺を倒して証明して見せろ』






 ビュン!!

 風を切る音が一同の横をすり抜けた直後、はじき飛ばされたシールドライガーが兵装ビルに激突した。そのあまりに速すぎる速度に、誰も反応することができない。ネルフ最速を誇る、シールドライガーでもだ。

 黒い稲妻。
 それが全員の胸の浮かんだ言葉だった。瞬きする間もなく、すり抜け、切り裂き、破壊する悪意の塊。忌々しいことにすれ違った一瞬、ガン・ギャラッドはウインクした。
 アスカが叫ぶ。

「嘘、速すぎる!」

 一瞬遅れでアスカが振り返ったとき、プラグ内のスピーカーから身を引き裂かれるような悲鳴が聞こえてきた。

『う・・・ぎゃああああああっ!!!』

 胸が悪くなるようなバキバキと装甲が握りつぶされていく音と、装甲の隙間から、粘りのある体液の滴る音が周囲に虚ろに響く。そしてそれに絡む断末魔の悲鳴。皆の心が凍り付いた。

 悲鳴をまるで心地よい音楽のように楽しむガン・ギャラッド。
 翼を広げ、ニヤニヤと笑うその手の中にはカノントータスがいた。
 甲羅を握りつぶされ、その中の生体組織に爪を立てられ、コアを砕かれて。そして、魔竜はピクピクと痙攣するカノントータスを無造作に放り捨てる。ぐちゃりと鈍い音が聞こえた。
 へし折れたエントリープラグから、LCLがこぼれていくのが見えた。

『まず、一つ』













「嘘・・・。いくら中型と言っても、カノントータスの装甲を握りつぶすなんて・・・」
「あいつにとっては、チタン−ニッケル系オリハルコン装甲も濡れたウェハースみたいなものなのよ」

 発令所では最大硬度のオリハルコンが潰されたことにリツコが呆然とし、その横でミサトが厳しい顔をしながらそれを見ていた。















「ケイタ!」

 ムサシが親友の苦悶する声に蒼白になりながら、黒い魔竜に向かって突撃を開始した。それまで四つん這いの体型形態から、格闘戦重視の二足歩行形態に素早く変形する。熊に酷似したゾイド、ベアファイターの有する変形機構である。銃器の使用は著しく制限されるが、スピードを重視した格闘戦性能が数倍上昇する。
 そしてそれにマナも続いた。マナの操る中型ゾイド、アロザウラーも雄叫びを上げた。

 ガン・ギャラッドは新たな獲物を前に、翼を閉じて格闘戦の態勢を取った。敢えて重火器を用いず、格闘戦をするつもりなのだ。


「馬鹿!正面から突っ込んでも、勝てる相手じゃないわ!いったん退いて!」
「おい、ムサシ!霧島!」
「ちっ、あいつら全然聞いてない。仕方ないわ、私達も行くわよ!」
「仕方ないね。シンジ君がどうなったかも気がかりだが今は・・・。ケンスケ君行くよ!」
「わかってる!」

 アスカとケンスケが引き留めようとするが、怒りで目の前が紅くなった2人には聞こえていないようだ。やむなく、アスカ達も一歩遅れて後に続く。

 ガン・ギャラッドとの距離が1kmを切った地点。
 前傾姿勢で猛然と走るアロザウラーの背後で、ベアファイターが両腕を交差させる。交差した腕が揺らぐようにぼやけ始める。

「ムサシ、打ち合わせ通りに行くわよ!」
「わかってる!・・・・くらえっ!」

シュンッ!

 刀を振ったときのような風切り音がした後、ガン・ギャラッドの身体が幾らか傾いだ。
 いきなり何かに突き飛ばされたように衝撃波をくらったのだ。
 続いて二撃目、三撃目が命中する。
 ベア・ファイターに、リツコが追加装備したソニックブラスターの一撃だ。
 威力自体は(他の武器に比べ)そう大したこと無いが、なにぶん目に見えなければレーダーにも映らないため、回避するのは極めて困難な武器だ。装備されたのはだいぶ以前の話だが、使用するのは今回が初めてだったため、その存在を知らなかったナイブスは回避することも、受け止めることもできない。

『何をした!』

 ナイブスが喚くのと同時に、忌々しげにガン・ギャラッドが顔をゆがめた。
 刹那

「もらったわ!」

 姿勢が崩れた隙をついて、アロザウラーがガン・ギャラッドの真上に跳び上がった。そして空中で口を開き、2500℃に達する火炎放射を顔面に浴びせかけた。ガン・ギャラッドは反射的に上空を見上げてしまい、太陽の光をまともに見てしまってわずかにひるんだ。その為、回避動作が遅れてしまう。

『くぉおおおっ!?』

 ガン・ギャラッドとナイブスは頭にゲル状の燃焼剤を吹きかけられ、苦痛のうめきを上げた。
 なんとか火を消そうと頭に手をやるが、べったりと張り付いたゲルはこそぎ取ることもできず、かえって手や肩などに広がっていく。

「ケイタの仇よ!」

 叫びながらアロザウラーは全体重を乗せたショルダータックルを命中させる。
 体重に大きく差のあるはずのガン・ギャラッドの体も大きく揺れた。

「どぅりゃぁーーーーー!!」

 そして追い打ちをかけるように、ブレーキをかけずに滑り込んできたベアファイターの張り手がガン・ギャラッドの横っ面に命中した。反動でベアファイターの身体が元来た方向に跳ね跳ばされるが、大いなる作用・反作用の法則によりガン・ギャラッドもタダではすまない。

ガキィーーン!!

 耳が痛くなる金属音の直後、ガン・ギャラッドの身体は横っ飛びにすっ飛び、途中にあったビルに頭から突っ込んだ。特殊金属の壁と骨組みを突き破り、強化コンクリートをうち砕きながら。瓦礫がガン・ギャラッドの上に落下して押しつぶしていく。
 土埃と共にビルが一戸丸々倒壊する映像に、ミサトとアスカ達が息を飲んだ。失礼な話だが、まさかマナ達がここまで強くなっているとは思ってもいなかったのだ。
 リツコが驚きを込めながら呟いた。

「シンクロ率、90%超・・・。あの子達、いつの間にここまで・・・」

 シンジとカヲル、レイ、アスカ以外に90%の大台に乗った子供はまだいない。それまで80前後をうろうろしていたマナとムサシがいきなり90%を越えたことに、戦いのことを一瞬リツコに忘れさせた。

「火事場の馬鹿力ってヤツ?」
「そうとも言うわ」
「・・・倒せたの?」

 ミサトの言葉に、リツコは首を振った。

「反応はまだあるわ。これからよ」
















「・・・・マナ、大丈夫か?」
「ダメ。無茶しすぎたみたい。体中痛い・・・。まともに歩けないかも・・・。
 そっちは?」
「3分保つはずだったが、30秒と保たないとは・・・。唸るだけでうごきゃしねぇ」

 ムサシの質問に、マナはが荒い息をついた。同じくムサシも荒い息をつく。2人の顔にいつもの余裕は見られない。
 ムサシは先のソニックブラスターもそうだが初めて使用するクレッセントモードの反動がきついのだ。
 マナも同様だ。怒りによって一時的にシンクロ率が上昇した結果、限界以上にアロザウラーを酷使してしまったのだ。きちんと調べないとよくわからないが、おそらくかなりの筋組織の断裂があるだろう。ジョイント部分の骨格なども歪んでいるに違いない。
 うーうー唸るだけで一歩も動けない2人のゾイドがそれを証明していた。

「くそ、やっぱりダメだ。補助電源を使用しても動かない。根本的な動力部がいかれたんだ」
「・・・・・これでヤツを倒せてたら良かったんだけど・・・」



 身動きできない2人の目の前で、ゆっくりと瓦礫をどかしながら漆黒の体を起こしていく。いつの間にか火は消えていた。
 その目は怒りと言うより、中型ゾイドが油断していたとは言え、自分を地面にはいつくばらせたことに賞賛を感じているように見えた。

「・・・・・傷一つついてない・・・」
「騎士道大原則・・・・も、こんな状況じゃな」



 なぜか妙に落ち着いたことを言う2人に、魔竜の爪がゆっくりと迫った。

「そうは行くかーーー!!!」




 まさに間一髪。
 プラズマを帯びて放電する爪が2人を捉える寸前、2人の頭を飛び越えながら鋼鉄の巨獣、アイアンコングが殴りかかった。反応できなかったのか、ガン・ギャラッドの側頭部にめり込むように拳が命中する。

バキィーーーン!!!

 アイアンコングの、アスカの必殺の一撃。先のベアファイターの攻撃以上に激しい音が響いた。
 マナが顔を輝かせる。さっきは体重負けを起こしていたが、今度はほぼ互角。体重、拳の硬度、速さ、どれも負ける要因はない。

「アスカやった!・・・・え?」
「・・・ぃ、あああっ!?」

 だが悲鳴をあげたのはアスカの方だった。
 右手を押さえながらのたうつアイアンコングを見下ろして、殊更ゆっくりガン・ギャラッドは指をチッチッと左右に振った。そのあまりに人間的な動作に、ミサト達は息を飲む。シンクロ率、その他の要因もアスカと段違いなことを証明しているからだ。
 何が起こったのかよく分からないと思うので少し説明すると、ガン・ギャラッドはアイアンコングが迫ってくるのを見た途端、そのパンチよりも速い速度で自らの額を拳にぶつけたのだ。

『・・・また俺を殺す気だったのか?』
「ああああ、畜生!」

 砕けた右手を押さえて、アスカが呻く。シンクロ率が限りなく100%に近くなっているため、その反動も並ではない。おそらく、アスカ自身の手の骨も折れているだろう。

『今度死ぬのはそっちだ!』
「あうう・・・・きゃう!」

 ニヤリと笑うと、アイアンコングの腹を蹴り上げる。
 もの凄い衝撃と共に、かるく300mは上空に蹴り上げられ、そして落下するアイアンコング。見た目は軽く蹴ったようにしか見えなかったが、装甲はゆがみ砕け、内蔵を溢れさせてたったの一撃でアイアンコングとアスカは重傷を負った。プラグ内部でアスカが血を吐き、のたうった。

「げふっ!が・・・あ・・ぁぁ・・・・(い、胃が破けた?)」
『・・・・まだ生きているか。しぶといな』

 アイアンコングがまだ微かに痙攣しているのを確認すると、ナイブスは嬉しそうに笑った。そしてゆっくりとガン・ギャラッドを近づけていく。

『さて、名残惜しいがそろそろ宣言どうりに・・・来たか』

 かがみ込んで装甲を剥がそうとしていた、ガン・ギャラッドとナイブスの目が光った。素早く後方に向き直る。

「・・・・いくら君でも、フィールドを中和された状態でこれを喰らえばどうなるかな」

 その間に後方に回り込んでいたカヲルが、全身の火器を解放した。両肩のキャノン砲、両腕の4連速射砲、腰のミサイル、腹部の粒子砲その全てがガン・ギャラッドに襲いかかった。

「俺も忘れるなよ!」

 同じく、右手に回り込んでいたケンスケのシールドライガーが背中の粒子ビームキャノンを二門とも最大出力で発射した。
 カヲル、ケンスケ、そして少し離れた場所でマナとムサシ、かなり後方でヒカリが全力でATフィールドの中和を行った結果、ガン・ギャラッドはフィールド展開できない。そして如何にオリハルコン装甲とは言え、これだけの攻撃をあびたら砕け、融解する。


「おわりだ!」
『確かにフィールド無しならタダではすまないだろう。
 だが貴様ら人間なんかと、一緒にするな!
 ・・・イリス!』
『フィオオーーーー!!!』

 ガン・ギャラッドの雄叫びと同時に、全身を覆っていたATフィールドが一瞬消滅し、次いで両の手のひらに小さな八角形の光が輝いた。
 あまりに強力なATフィールドには、5人がかりの中和も効果がない。
 文字道理、ATフィールドの盾を作ったのだ。

「まさかATフィールドの一点集中!?そんなことまで・・・」
「しかもあれだけの攻撃を全部止めるなんて、イヤすぎる感じ!」
「なんでレーザーやビームまで受け止められるのよ!?」
「ビームコーティングでもしてんのか?卑怯者めぇ!」
「馬鹿な事言ってないで、全員早く離れてっ!!!」
「逃げたくても動けないんだよ!」

























 ヒカリに言われるまでもなく、急いでその場を離れようとしていたカヲルだったが、ナイブスは怒りに燃えた目で彼を追いかけた。

『逃がすか!まずはカヲル、俺を殺した貴様からだ!!』
「くっ、いつまでも過去のことを!好意に値しないね!」

 軽口を叩きながら戦うカヲルだったが、その顔にはいつもの余裕が見られない。

 素早い動きで懐に飛び込んでくるガン・ギャラッドに向かってカヲルは至近距離からキャノン砲を発射した。ギリギリまで見極めて、素早くかがむことでその一撃をかわすと、放電する拳でゴジュラスの顔面を殴りつける。一撃で装甲がひしゃげ、殺しきれなかった衝撃で首の骨が軋んだ。

「ぐっ!」

 よろよろとよろめくゴジュラスを見て、ナイブスはニヤリと笑った。どうすれば最もカヲルを苦しめられるのか思いついたのだ。

『焼け死ね!!』

 限界まで開いたガン・ギャラッドの口から真っ白な液体状のものが噴出した。それは消防車の放水以上に凄まじい勢いで、カヲルのゴジュラスに浴びせかけられた。

「ぐあああぁぁぁ!?」

 たちまちの内に白煙が上がり、装甲が溶解していく。

「なに、あれ!?日向君、急いで水を」

 酸!?
 ミサトは装甲を溶かしていく真っ白な液体を見てそう思い、素早く日向に対火災用に放水設備をもった兵装ビルから放水するように指示を出した。日向は頷き、素早くコンソールに指を走らせるが、ハッとした顔のリツコが慌てて止めた。

「ダメよミサト!!水をかけたら!」
「え?」

 日向の指がキーを押した。


「ぎゃああああああああああ!!!」

 水を浴びせられた途端、カヲルはこれまで以上の苦痛の悲鳴をあげ、ゴジュラスの装甲は溶けていくのではなく、砕け飛んでいく。
 かえって酷い有様になったゴジュラスを前に、ミサトは呆然と呟いた。


「なんで、どうして!?」
「・・・あれは酸じゃなかったのよ。あれは真っ白になるまで熱せられた、液体状の金属だったのよ!」










「ぐああああっ!!」
『良い声だ。それだ。その声を聞きたかった!』

 全身を焼け爛らせ、冷えて固まった金属に全身を束縛されたゴジュラスが弱々しく天を仰いだ。おそらくもう目も見えていないのだろう。ドロドロに溶け、内側からはぜた眼球を垂らしながら、金属の塊になった手足を引きずり、逃げているつもりでガン・ギャラッドの方に近づいていく。カヲルの制御から完全に離れ、ただとにかく逃げようとして。

 しばらくは気持ちよさそうに目を閉じていたが、やがてゴジュラスを見下ろしてナイブスはフンと鼻で笑った。

『・・・・確か、元々は俺達が使うはずだったブラックゴジュラスを流用して作られたんだったか。こんな期待はずれの機体なら、使わないで正解だったな』

 そう呟き、五月蠅そうにケンスケの攻撃を盾ではじくと、ナイブスは右足を持ち上げた。
 それと同じく、ガン・ギャラッドも右足を持ち上げていく。

「ぐ、ぐぐ・・・・・シンジ君・・・みんな・・・・」
『もう死ね』

 振り下ろされる右足。
 かろうじて残った装甲を、生体組織を貫き、右足はゴジュラスのコアをも踏み砕いた。
 ゴジュラス弐号機のコアと共に、カヲルの時間も砕け散った。

















『次はおまえだ。さっきから五月蠅い!』




 ぐるりと向き直ったガン・ギャラッドは今度はケンスケに狙いを絞った。
 翼を広げ、空中に舞い上がると衝撃波をまき散らしながらケンスケに迫る。
 圧倒的な速力差に、逃げても無駄だと悟ったケンスケは、先ほど以上に必死になって連射するが、ナイブスは無造作に盾を使ってはじいていく。

「う、うわ、来るな!こっちに来るな!」

 ケンスケは汗以外のもので全身を冷たくして、震えながらトリガーを押しまくった。

 時間が異様に長く感じる。
 今までこんなに恐ろしいと思ったことはない。
 初めてだった。死がこんなに身近に感じられたのは。
 これまではなんだかんだ言っても、誰かが何とかしてくれるだろうと思っていた。
 だが、文字道理今の彼はたった一人で敵と戦っていた。誰も彼を助けてくれる人間はいない。
 シンジもトウジも、ムサシもケイタもカヲルも。
 アスカもレイもレイコもマナもヒカリもマユミもいない。
 今彼はたった一人。

「・・・・・た、助けてくれ!ミサトさん、早く、早く指示を!」

 わかっていたが返事はない。あっても『逃げて!』という、月並みなものでしかなかっただろう。
 ふと、ケンスケは自分が失禁しているのに気がついた。
 その冷たさが妙に現実的で、その他の部分が非現実的で、ケンスケは夢でも見ているような気分になった。きっと今のこれは夢なんだろう。自分がこんな風に、使徒とか何とかと命を懸けて戦うわけがない。
 目が覚めたら、自分は普通の中学生で、学校に行ってシンジ達と一緒に馬鹿騒ぎをしているんだ。そこに綾波が転校生としてやって来て・・・。



 ああ、神様仏様、助かるのならこれから何でもします。失禁して助かるのなら、何度でもします。だから、助けて下さい・・・。目を覚まさせて下さい。俺は、いや僕は・・・。

 ガン・ギャラッドは、恐怖で一時的な狂気に陥った彼の目前でワニのような大きな口を開け・・・。
















「や、やめろ!やめてくれぇっ!ひ、ひぃぃ!あああ!」
『ははははっ!人の悲鳴は心地良いな!』
「ぎゃああああっ、いやだっ!死にたくない!死にたくない!」


 ケンスケの悲鳴をBGMに、ガン・ギャラッドは尻尾を腹に間に丸めて後ずさりするシールドライガーに飛びかかって押し倒すと、無慈悲にその鼻面に噛みついた。一噛みで顔の前半分がえぐり取られ、鮮血が霧のように周囲を染める。ガン・ギャラッドはマウントポジションを取ると、ぐちゃぐちゃに砕けた顔面めがけて拳を雨霰と打ち付けた。
 拳が当たるたびに、血泡のごぼごぼという音が混じった悲鳴をあげながら、足をじたばたと振り回すシールドライガー。
 展開したエネルギーシールドも役に立たない。
 その必死で無駄な抵抗も、出血量と反比例してどんどん弱くなっていき、数秒後にはケンスケと一緒に完全に動きが停止した。待っていたように首筋に噛みつく。

 動かなくなったシールドライガーの首に噛みついたまま、ガン・ギャラッドは身を起こした。その動きと一緒に、大根を引き抜くように、ブチブチと音をたてて首が千切れていく。
 返り血でぬめる翼を大きく一振りすると、ガン・ギャラッドは勝利の雄叫びを上げ, 舞い上がった。

『キシャァアアアアッ!!』






 脊髄ごと引き抜かれたシールドライガーの首を、まずそうに上空から投げ捨てて、ガン・ギャラッドは雄叫びを上げた。口の中で先ほどかみ砕いたシールドライガーのコアの欠片が鈍く光る。

 眼下には使徒の影と、パイロットが退避して無人のアロザウラーとベアファイター、そして退避命令にまだぐずりながらも、必死になって走るゴルドス、そして戦闘区域に近かったため、まだパイロットが残っているはずのアイアンコングとサラマンダーが見えた。


『なるほど、ラジエルが本気にならないわけだ。こんなにあっさりと片が付くんだからな。
 しかし・・・・・・やりすぎたかも知れない』


 ため息をつきながらナイブスは呟いた。
 決して全滅させるなという、彼の上官に当たる人物の言葉が脳裏に浮かぶ。

『まあ、ゾイドは殺したがパイロットは全滅させたわけでもないし・・・。ん?
 アイアンコングが。アスカ、まだ戦うつもりなのか?』


 驚きに目を丸くしながらナイブスはアイアンコングを見た。
 アイアンコングはよろめきながらも、シールドライガーの側に寄ると、背中のキャノン砲をもぎ取ろうとしている。


『はっははは』

 翼を少し小さくたたみ、じっと目を見据えたまま、ガン・ギャラッドは急降下を行った。
 今度こそとどめを刺すために。




「ふぅ、ぐぅ、ふぶっ・・・こ、こんぢぐじょぉ〜〜!!!」

 LCLを血で赤く染め、口から今もなお血と泡を吐き出しながらアスカは絶叫した。
 強制的に回路を接続したキャノン砲が、轟音と共に粒子ビームを吐き出し、衝撃をアイアンコングに、アスカに伝える。
 アスカはよりいっそうの血を吐き出しながら、それでもトリガーを引き続けた。
 退避しろと命令するミサトや、キョウコ、ユイの言葉も耳に入らない。

(殺す。殺してやる!)

 シンジを虚無の世界に落とし、マユミを去らせ、トウジに一生ものの傷を負わせた使徒。今もたくさんの仲間を傷つけたゾイド。そしてそれらを操る謎の組織ゼーレ。そのゼーレと戦うため、彼女は多くのものを捨て去った。
 彼女はゼーレに連なるものを許さない。
 例え、今ここで命が尽きることとなったとしても。

「わ、私は・・・・・逃げるわけには・・・・・負けるわけには行かないのよっ!!!」



 雨霰と飛んでくる粒子ビームを錐揉み飛行しながらあっさりとかわし、道路を踏み砕いて前方2km地点に着地したガン・ギャラッドは、無造作に両腕を振りかぶった。左右の手には盾、ATフィールドを凝縮させた盾が橙色の光を放っている。
 そして、その腕を振り下ろすと、盾はフリスビーのようにアスカめがけて飛来した。

シュッ!

 剃刀で紙を切り裂いたような音がした直後、アイアンコングの背後で兵装ビルの一つがが崩れ落ちた。基部を切り裂かれた結果、自重を支えきれなくなったからだ。
 アスカはぼんやりと背後の轟音を聞きながら、なんで急にビームを撃たなくなったのだろうと怪訝に思った。こんちくしょう、私が頑張っているのに、なに急に言うこと聞かなくなってるのよ?
 そんなことを考えながら軽く首をまわすと、アイアンコングの腕がくるくると回転しながら右後方と左後方に落下するのが目に入った。

(え?)

 バランスが取れなくなり、前のめりに崩れたアイアンコングの肩から血が噴水のように噴き出す。

(ええ?)

 そして焼け付くような痛みが彼女の肩に襲いかかってきた。






「いやぁあああああっっっ!!!」

 アスカの悲鳴が響き渡った。
 発令所に、仲間のゾイドのコクピットに、そしてガン・ギャラッドのコクピットにも。

「痛い!痛い!痛いぃぃ!!」

 今までにも訓練で痛い目にあったことは何度もあるし、戦いで重傷を負ったこともある。だがこんなに酷い痛みは初めてだった。苦痛のレベルとしては胃が破れた方が高いが、なぜかこの腕の痛みはそれよりも酷い。

(あああ、痛い痛いよぉ!ママぁ、ママ助けて・・・あたしこんなのイヤぁ!)

「あううう・・・・。なんで。なにがどうなったのよぉ・・・」

 溢れる涙で視界がにじむ。アスカは必死になって通話モニターに目を向けたが、映像はカットされていた。

「ママぁ、ミサトぉ、手が、手が動かないのよ・・・。何とかして・・・」
『アスカ・・・・動かないって、まさか・・・』
「動かないのよぉ!」

 肩を手で押さえようとしても、なぜかだらんとして感覚が全くなく、動かない両手にアスカが悲鳴をあげた。

『痛いか?だが俺はもっと苦しかった。死んで、無理矢理プラントとか言うものを使って身体を再生させられた時・・・・。俺はもっと苦しかったよ。だからもっと苦しめ!』

 さも楽しそうに、ナイブスは笑い声を上げた。
























『あああああ!』

 アスカの、あのアスカの泣き声に発令所の人間は耳を塞ぎたい気持ちに襲われた。シンジ達と馴れ合って精神的に弱くなったところがあったにしても、あのアスカが弱々しく泣いている事実と、真っ赤に染まったLCLに、気の弱い女子オペレーターに至っては、こみ上げる吐き気に堪えきれず俯いている。


 それまで黙って戦いを見守っていたレイだったが、ここに至り顔を普段以上に真っ白にしてユイに詰め寄った。

「司令、私も行きます」
「ダメよ。あなたは現状のまま待機。命令よ」
「でも・・・」
「わかったわね」
「・・・・・・はい」



 だがユイはじろりとレイを一睨みして黙らせる。レイの言葉が、みんなの心配をしてのものだと言うことは重々承知である。レイの気持ちは充分すぎるほど分かる。だが、だからこそレイを戦わせるわけには行かない。
 レイが使用できるゾイドがないと言うこともあるが、ハッキリ言えばレイが戦線に参加しても、他の子供達と同じ目にあうのは想像するまでもないからだ。

(そう・・・。シンジがどうなったかわからない以上、あなたまで失うわけにはいかないのよ・・・)


 何もできず子供達が傷つき倒れていくのを見ているしかない歯がゆさに、ユイは血が出るほど手を握りしめてた。血が一滴、二滴と滴っていく。ユイは立ち上がるとミサトに目を向けた。



「葛城三佐!」
「は、はい!」
「第三新東京市の全兵器の使用を許可します。衛星兵器、気象兵器、重力兵器、どれを使っても構いません。あの化け物の動きを足止めしなさい」

 ミサトは頷きつつも、ユイの言葉に息を飲んだ。
 ここで言う全兵器とは、地表や大気圏内で使用することがハッキリ言ってできないような兵器も指している。しかもその使用には先の陽電子砲を使用した時みたい、各地から強制的に電力を集めたりすることになる。以前の時でさえ、警告があったにもかかわらず事故があったのだ。警告無しで使用すれば、どんなことになるかはミサトにだって考えるまでもないことだった。

「よろしいのですか?あいつを倒せても、第三新東京市は・・・。
 それにシンジ君を呑み込んだ使徒がどうなるかも・・・」
「構いません。今はあのダークゾイドを倒すことが先決です。奴を足止めして子供達を回収したら、N2兵器を使用して地表都市ごと吹きとばしなさい」
「!?・・・・・・ほ、本気ですか?」
「こうでもしないと倒せないわ。早く!」






『ん?』

 ナイブスは突然変わった空気の匂いに、ふと首を傾げた。
 ゾイドはほぼ全て無力化し、自分をどうこうできる可能性のあるものがいるとは思えない。現に目の前でアスカは呻き声を上げてのたうっている。
 だが背筋が少し寒い。

(何かやる気だな)

『イリス。連中何をするつもりだと思う』
『恐らく、惑星上で使うことを躊躇われるような武器を使う気なのだろう』

 ナイブスの問いかけに、ガン・ギャラッドの意識であるイリスは冷静に返事をした。どうやらシンジ達の乗るゾイドと異なり、ハッキリと自分の意識というものを持ち、それが表に現れているらしい。

『追いつめすぎたか。・・・・で、危ないか?』
『まともにあびれば私でもな。だが準備には少し時間がかかるはず。その前にあの区画にある、あの衛星通信リンクを持った兵装ビルを破壊してしまえば、一時的とは言え使えなくなるはずだ』
『あれをやるのか?』
『そうだ。時間もあまり無い。ドラゴンガンを最大出力』













 ミサト達が特殊コードを打ち込み、秘密兵器の封印を解いていく中、ガン・ギャラッドはおかしな事を始めた。
 ゆっくりと地面に四つん這いになると、翼を広げ始めたのだ。

「リツコ?」
「・・・・・なにかしら?」

 やがて粘土のように翼がぐにゃりとねじ曲がっていく。蝙蝠の羽のようだった形が、人間の手のように形を変えていく。
 遂には不細工な人間の手のような形に変化すると、その指に当たる部分を地面に打ち込んだ。それも相当に深く。



 ミサトが酸っぱくなった口を唾でしめらせながら言った。

「・・・・・なんかイヤな予感が・・・・。リツコ、封印解除作業急いで」




 翼を杭のように打ち終えたことを確認すると、今度は胴体に変化が起こった。脇腹を止めていた装甲が左右に開き、脈打つ生体組織を露出させると共に、その姿勢が2足歩行する生き物のそれから、4足歩行する生き物に変わっていく。同時に首を亀のように縮め、後ろ足を踏ん張り、手から前足に変わったモノを地面に同じように食い込ませる。








「ベアファイターの変形機構?いや、それよりももっと複雑な・・・」

 ユイが考え込むような顔をした。
 ユイが見ている前で、なおも変形していく魔獣。胴体と頭が展開した装甲に保護されていき、背中に生えていた巨大な角がぐるりと旋回していく。
 その変形が半ば終了した姿を見たとき、ユイは何かに似ていることに気がついた。

(あの形・・・。昔、映画で見た砲台そっくり・・・)

 ユイがハッとした顔をすると同時に、ミサト達もハッとした顔をする。それが何か気がついたのだ。そしてその射線上にあるものにも。たくさんの兵装ビルと、マナ達が脱出したアロザウラーとベアファイター。そして、ようやく回収用のゲートにたどり着いたヒカリの乗るゴルドス。





「あああ!洞木さん、ATフィールドを展開して!」
「え?」

 ミサトの声に、ヒカリが涙で潤んだ目を後に向けた。
 その時、魔獣・・・・いや、魔銃となったガン・ギャラッドは彼の持つ最大の武器、ドラゴンガンを発射した。


 ガン・ギャラッドの背中に生えた角・・・・空洞になっている内部に強力なATフィールドを展開し、フィールド内で反物質と常物質の反応、すなわち対消滅を起こさせる。
 発生した強力なエネルギーは無秩序に荒れ狂うが、ATフィールドによって完全に押さえ込まれる。そして全エネルギーはATフィールドの一点に開けられた隙間から、真っ直ぐに位相を揃えられ、ビームとして発射される。
 対消滅を利用して発射する爆発レーザー。
 かつてナオコが冗談で考案した武器である。
 当時は反物質を封じ込める手段などあるはずもなく、冗談で済ませていた。だがゼーレは、彼女自身が忘れていたことを忘れず、ATフィールドという神の力によって実現させたのだ。悪魔の牙として。



 目に見えない閃光が走った。直撃した兵装ビルが一瞬のうちに蒸発し、衝撃波がアロザウラーとベアファイターを粉々にうち砕く。そのまま閃光は山の一角を削り取り、空の彼方へと消えていった。途中、ゴルドスを破壊して。





































「ヒカリ・・・。畜生、畜生、よくもよくも・・・・・」
『あっはっはっは。こんなに愉快なのは初めてだ!』

 アスカは焦土と化した街と、閃光の中に消えたゴルドスの姿にブルブル震えながら立ち上がった。アスカは血を吐き、動かない腕の重さに顔をしかめながらも、もって生まれた闘争本能と怒りによって、先ほどの恐慌から立ち直っていた。
 今は自分がどうなったのかよく分かっている。
 それでも彼女は立ち上がった。

 この身がどうなっても良い。
 だけど、差し違えてでもあいつを・・・!!
 みんな、私に力を貸してっ!!

「こんちくしょーーーーーっ!!!!」



 無謀とも思えるアスカの突撃にミサトが叫んだ。

「シンクロカット、急いで!!」




『キシャーーーッ!!』

 一声鳴くと、再び変形したガン・ギャラッドは飛び上がった。飛び上がったと言っても、わずかに20mほどの地点にである。その地点で空中制止したまま、ゆっくりと翼を変形させていく。



























『死ね』























 次の瞬間、2体のゾイドが立っていた通りが爆発した。
 かろうじて残っていたビルは倒れ砕け、道路はめくり上がって土埃を巻き上げ、急激に変化した気圧は瞬間的に竜巻を発生させた。その轟音はアスカの最後の悲鳴をかき消した。







 破壊されたモニターの光景と、スピーカーが壊れるほどの轟音に耳を押さえながら、ミサトががなりたてた。耳鳴りが激しく、音がよく聞こえない。


「アスカは!?」
「ギリギリ間に合いました!生きてます!」

 とりあえず日向の報告を聞いて、少しだけホッとするミサトだったがいきなり何も見えなくなったモニターや、戦いがどうなったのか疑問を口にする。もう何もかもが目まぐるしく、彼女の理解の外にあるかのようだ。



「どうなったの!?」
「あ、あのゾイド、地表付近で音速突破して、すれ違いざまにアイアンコングの首をもいでいったのよ!!」

 MAGIにかろうじて記録された、戦闘記録を見てリツコが叫んだ。

「衝撃波!?」
「それもすこぶる強力なウルトラショックウェーブよ。ビルとビルが共鳴現象まで起こして、おまけに竜巻まで発生してるわ!!」
「なんて無茶を・・・。そうだ加持君は!?」

 戦いの当事者であるアスカと、すぐ近くで危険を覚悟で子供達の救助を行っている加持達に思いを向けるミサト。
 モニターは消えたままで、ミサトの呟きに応える声はなかった。















 ぽいっと後ろ足に掴んでいたアイアンコングの頭を投げ捨て、スピードを緩めるため、翼を広げるとガン・ギャラッドは大きく空中で弧を描いた。眼下には綺麗さっぱり何もなくなった通りと、その真ん中に倒れた、両腕と頭がないアイアンコングが横たわっている。
 アスカがどうなったかまではわからないが、コアは確実に破壊されただろう。
 寂しそうにナイブスは笑った。

『手間をかけさせてくれたがこれで終わった』
『格好を付けている場合ではない。そろそろタイムリミットだ。帰る時間と合わせてもほとんどない。急げ』
『わかっている』

 そんなことを言いながら、ナイブスとイリス・・・2人はアイアンコングの側に舞い降りた。
 2人の受けた指令。
 それはネルフのチルドレンの1人をさらうこと。
 どうしても自分たちに12人目が生まれないのなら、すでにいるところから持ってくれば良いという、乱暴な発想から始められた計画。

 まだピクピク痙攣するアイアンコングをケリ転がし、腹這いにする。そして装甲に手をかけると、歯をペンチで引き抜くように強引にめくり取っていく。

『驚いた。まだ生きている』
『そうか・・・・』

 解体途中で心底驚いた声を上げるイリスと、それに対し複雑な返事をするナイブス。

 やがて爪は生体組織をえぐり、内部骨格をむしり、コアを露出させ、コアを砕いて内部のエントリープラグを引っぱり出した。
 爪楊枝のように玩びながら、ナイブスは呟いた。

『さて・・・。ラジエルはゼロかファースト、もしくはカヲルを回収しろと言っていたな・・・』
『ゼロはともかく、フィフスが生きているとは思えん。それに最優先指令、サードをディラックの海に落とすことは成功したのだ。もう時間がない。急ぐぞ。別にセカンドでかまわんだろう』
『ああ、そう・・・!?』

 言いかけてナイブスはハッと目を

『なんだ、この気配は!?イロウルが苦しんでいる!』
























ドドッ!!
ドガガガガガガガガッ!!

 突然、激しい地響きと共に使徒、イロウルの影に亀裂が走った。亀裂の隙間から赤い光が漏れ、ただ事ではない何かが起こったことを臭わせる。

「な、何が起こったの?」

 かろうじて予備のカメラを起動し、映像を回復させたミサトはそれだけを呟いた。



 ガン・ギャラッドも呆然と見守る中、地響きと亀裂はよりいっそう大きくなり、波がうねるように大地が揺れた。


「状況は!?」

 今まで我関せずとばかりに、隣の戦いを静観していた使徒の突然の変化。ミサトはこれが何を意味するのか不安に焦りながらも、震える声でたずねた。

「わかりません!」
「全てのメーターが振り切られています!!」

 だが、なんとなく予想していたが日向とマヤの報告は役に立たない。
 すぐに後方で同じように呆けた顔をしているリツコに目を向けると、自分の考えを口にする。

「まさかシンジ君が!?」
「あり得ないわ!奴の話が本当だとしたら、物理兵器しか持ってないゴジュラスが、虚数空間を突破できるわけないのよ!」












 皆が何も言わず呆然と見つめる中、シマシマ模様だったイロウルに変化が現れた。
 ブルブルッと震えると、模様が消え、真っ黒な球体へと変化する。
 直後、イロウルが内側から何かに押されるようにぷっくりと膨れ、次の瞬間、影を突き破って真っ赤に染まった腕が現れた。
 同時に傷口から人間の血のように真っ赤な液体が噴水のように噴き出す。

 見ていた全ての人間達は息を飲むことしかできない。

「・・・・・ウォォォォォ」

 うなり声が聞こえ始め、突き出た腕を中心にして徐々に使徒は強引に引き裂かれていく。
 気持ちの悪い音をたてながら、大きく開いた傷口からゴジュラス初号機の頭が出てきた。

「・・・・・ウオォォォォォ」

 続いて胎児が生まれ落ちるように上半身が現れ、それが合図であったように、亀裂が使徒全体に広がってゆく。亀裂から使徒のピンク色の肉片が顔をのぞかせた。

「ウオオオォォォォンッ!!!」

 全身を使徒の血で真っ赤に染め、空に向かって一際大きな雄叫びをあげるゴジュラス。ミサト達へ戦慄した。

「何てものを・・・。
 何てものを復活させたの?私達は・・・いいえ、ユイさんは・・・」

 血の海という表現でも追いつかない光景に、リツコは怯え、極秘事項をうっかり口にし、隣でミサトは怪訝な顔をしながらも、眼前の光景に目を奪われていた。











「グゥオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!」

 遂に使徒を完全に引き裂き、極端な前傾姿勢のまま焦土と化した大地に舞い降りるゴジュラス。
 血の雨と使徒の肉片が降り注ぐ中、ゴジュラスは黙ってうなり声を上げ続けていた。
 眼前に立ちつくす、ガン・ギャラッドを睨みながら。




『・・・・・・ま、まさかイロウルを倒すとは』
『ナイブス。奴の力は未知数だ。ゴジュラスごときに後ろを向けるのは不本意だが、時間も迫っているためやむをえん。撤退するぞ』
『そうは行かない。碇シンジ、奴を生かしたままこの場を離れるだと・・・・。
 できるか!』


 ナイブスの絶叫と同時に、背中の角がゴジュラスに向けられた。
 射線が重なると同時に、角に装備されたもう一つの武器、荷電粒子砲が火を吹く。
 灼熱の熱線がゴジュラスに迫った。
 ナイブスはゴジュラスがシンジと共に焼け崩れる光景を想像して、笑みを浮かべた。



『!?
 受け止めただと!』


 しかし彼の予想を裏切って、ゴジュラスは必殺の光線を、右腕で受け止めていた。不思議なことに、荷電粒子の塊はまるで食べられているかのようにゆっくりと輝きを小さくしていき、遂には消滅してしまう。

『おのれぇっ!!』

 続けて2撃目、3撃目と連射するがそのことごとくを受け止め、消滅させていくゴジュラス。


『そんな馬鹿な!こんなことがあって・・・。イリス、なぜ撃たない!』
『砲身が熱を持ちすぎた。冷却せねばこれ以上の使用はできない』
『くそっ、ならばこの牙と爪で!』

 銃が使えないと判断すると、ガン・ギャラッドは接近戦に切り替えた。翼を小さく、小さ折り畳み、アスカのエントリープラグを放り捨てると、ライオンが獲物に飛びかかるようにゴジュラスめがけて飛びかかった。
 ミサト達が絶叫する。

「シンジ君、逃げてっ!」

 次の瞬間、ゴジュラスの目がよりいっそう蒼く輝き、右腕が真っ白な炎を上げた。陽炎がゴジュラスの周囲空間を揺らめかせ、その姿を恐ろしげに浮かび上がらせていく。
 そして炎は右腕を包み込むと、槍のように先端を尖らせた。

『しまっ・・・』

 先のドラゴンガンに負けないほどの轟音と共に、ガン・ギャラッドの左腕が脇腹の一部と一緒に粉々に砕け、蒸発していった。ゴジュラスが真っ赤に燃えた右腕で殴りつけたのだ。


 ミサトがかつて見たゴジュラスの技に歓声を上げる。

「確か、亀型使徒を倒した必殺技、バーニングハンド!」
「ミサト、違うわ。あれはバーニングハンドなんて生やさしいものじゃない。
 更に一歩進化した技・・・・『バニシング・ソード』よ!」

 発令所にわっと歓声が上がった。
















『ぐぅおわぁぁぁ〜〜〜!!
 お、おのれよくも!
 よくもやってくれたな、サードチルドレン!!』


「それはこっちのセリフだ」

 ナイブスの苦痛の絶叫に、人が変わったような冷たい声でシンジが応えた。まさか返事があるとは思ってもいなかったナイブスは、その一言に動きを止める。

『・・・・・意識がある、暴走じゃない・・・のか?』
「暴走じゃない。僕は自分の意識をちゃんと持っている。自分が何をしているのかもよく分かった上で、君と戦っている」
『完全ではないが・・・・覚醒したようだな』

 こくりと人間のようにゴジュラスは頷いた。

「・・・あの影の中はこっちと時間の流れが異なっていた。そっちじゃ10分足らずの時間しか経過してないけど、僕の方では24時間以上が経過した。その間、死の恐怖にずっと怯えていた。諦めがついたかと思えば、狂ったように暴れもしたし、よどんだLCLに涙を流して怖がった。
 それだけじゃない。
 意図的なのか、それともそう言う仕組みなのか、みんなが君と戦う光景が見えた。カヲル君が、ケンスケが、アスカが、マナが、レイコちゃんが、洞木さんが、ムサシ君やケイタ君が倒されていくのが見えた。それも目をつぶっていても瞼の裏に映像が映し出されて」
『それで?』

 苦痛を堪えながら、ナイブスはシンジの言葉を促した。

「その時わかったよ。
 トウジや山岸さんの時には出なかった、出せなかった答えが」

 いったんシンジは言葉を切った。

「僕は悪魔にだってなれる。そのことがわかった。
 人類とかそんなたいそれた事じゃない。
 みんなを守るため、悪魔になる。
 その為になら、例え相手が同じ人間であっても、自分自身であっても、全世界が相手でも、戦う。戦ってやる。
 ゴジュラスを認める。自分の中の醜い自分と向き合う。
 あんな光景は、あんな思いはもうたくさんだ!
 おまえ達が天使だって言うなら、僕は悪魔になってやる」

 シンと静まり返った。
 数秒間の完全な沈黙を破り、乾いた笑いを上げながらナイブスは言った。

『吹っ切れたか。人を殺す覚悟ができたか。
 立派だよ、サードチルドレン。
 ・・・だが、少し遅かったな』

 ちらりと周囲に目を向け、自分がしたことを満足げに見る。

 崩れたビル、焼けた街路、コアを砕かれ完全に死んでしまったゾイド群。あそこまで破壊されれば、パイロット達もタダではすまない。
 しかも彼の敵だけでなく、自らの左腕も壊れている。

(満足だ・・・)

 そう、彼は満足だった。
 例えこの場でシンジに倒されてしまったとしても、彼の心底求めるもの、破壊を充分すぎるほど堪能したのだ。シンジの大切なもの達も破壊した。壊して壊して壊しまくった。

 『人間などみんな死んでしまえ!』

 傷つきながらも、再びガン・ギャラッドはゴジュラスに飛びかかった。
 格下の相手に傷つけられたことで口から泡を飛ばし、目の中心に暗い光を浮かべて狂犬のように。

「無駄だ!」

 それに対し、ゴジュラスはシンジの言葉と同時に跳び上がると、目にも留まらぬ速さで回転しながら、ガン・ギャラッドの右肩に噛みついた。
 ぞぶりと鈍い音をたてながら牙が食い込み、ねじ切られるように右腕ごとガン・ギャラッドの肉が食いちぎられる。そのままガン・ギャラッドの後方に着地すると、雄株を奪うようにゴジュラスは雄叫びを上げた。




『ぎぃやあああっ!!』
「さっきのはケイタ君の分!そしてこれはカヲル君の分だ!」

 先ほどまでの姿が嘘のように、鮮血をまき散らして情けない姿で地面にはいつくばるガン・ギャラッド。すぐさま尻尾を掴むと、ゴジュラスは力任せに引っ張り始めた。カギ爪がめりこんでいき、外骨格が軋み、生体組織がびきびきと音をたて、骨が伸び始める。

『止めてくれっ!!』
「おまえは止めなかったじゃないか!・・・・ケンスケの分!!」

 悲鳴が上がる中、根本から引きちぎられた尻尾が、トカゲのそれのように激しく暴れた。使徒の他にガン・ギャラッドの血液に自身を赤く染めてゴジュラスは、背中の角を掴む。
 普段の彼ではとてもできないような、想像もつかないような残酷な考えに支配されたまま、シンジは腕に力を込めていく。今のシンジはゴジュラスの目で物を見、ゴジュラスの耳で物を聞き、ゴジュラスの身体で空気を感じている。
 どこまでが自分で、どこまでがゴジュラスなのかわからない不思議な感覚。
 ただわかることは、今のシンジには情け容赦がないと言うことだけ。

 角の外殻が砕け、すきまから血とは異なる体液が溢れた。ナイブスでなく、イリスが声にならない悲鳴をあげる。

『あああ、それだけは!』
「角が一番大事らしいな!だったらこれがマナの分だ!」

 歯を抜く様に一息で引っこ抜き、千切れた角を放り捨てると、右足を掴んで引きちぎる。

「ムサシ君の分!」

 左足膝を踏みつぶす。

「洞木さんの分!」

 翼を障子を破くように引き裂く。

「レイコちゃんの分!」


 ぴくぴくと芋虫のように痙攣するガン・ギャラッドの咽を掴み引き起こすと、ゴジュラスは、シンジはその顎に両手をかけた。右腕を上顎に、左腕を下顎に。

『ま、まさか貴様!』

 何をしようとしているのか気がついて、身を捩って暴れるが、がっちりと掴んだゴジュラスはその手を離さない。手も足も出ないナイブスが身を捩って、泣き声を上げた。

『や、やめれげげげががが・・・ぐぎゃるががが・・・・!!!』

 口が引き裂かれていくごとに、シンクロしていたナイブスが悲鳴をあげる。

「そしてこれが、アスカの分だ!」

 ビリビリビリーーーッ!!

 布か紙を引き裂くような音をたてて、ガン・ギャラッドの顎が引き裂かれた。傷口から内臓と血があふれ出し、使徒の分と合わせて文字道理の血の海を作る。


『ぎゃあああああああっっ!!!!!』


 断末魔の悲鳴が、鐘の音のように遠く響いた。

























 投げ捨てたガン・ギャラッドを見下ろし、荒い息をついていたシンジに、ミサトが恐る恐る話しかけた。どう見てもゴジュラスは暴走したときのような力を発揮しているのだが、完全にシンジが制御しているように見える。
 そう言ったことなど、色々聞きたいことをグッと胸の内に押さえ込みながら、ミサトは言葉を続けた。

「し、シンジ君・・・・・」
「・・・ミサトさん。みんなは・・・・どうなったんですか?」
「あ、アスカ達なら、今加持君達が救助に向かっているわ。霧島さんとムサシ君、ケイタ君の保護をこっちで確認してるわ。アスカ達はまだ確認できてないけど・・・」
「そう・・・・・ですか・・・・」
「大丈夫よ!みんな、生きてる!生きてるわよ!!」

 ミサトの元気づけようとする言葉に、シンジは力無く返事をする。

「今ちょっと電波障害で加持と連絡つかないけど、絶対無事よ!だから、そんな辛そうにしないで!」
「・・・・・・・・・」
「シンジ君、返事をして!あなたがみんなの無事を信じないでどうするのよ!?」

 ミサトが返事もしなくなったシンジにおろおろしながらそこまで言ったとき、ユイがぽつりと、だがはっきりと言った。

「生きてるわよ。だって、アスカはキョウコの娘だし、カヲルはカヲルだし、レイコは・・・私の娘だもの」

 全然根拠のない言葉だったが、シンジは少しだけ頷く。

「そうだね。生きてるよ・・・」
「・・・聞いちゃった?」
「・・・・・あらかた全部。母さん達が何をしたか、そして今何をしようとしているのか。だいたい全部ね・・・」

 自分の頭の上で、自分の全くわからないことを話すシンジとユイに、ミサトとオペレーター達はおちつかなげにきょろきょろした。幾分事情を知っていそうなリツコは、さっさと距離を空けている。話すつもりはまったく無いと、全身で言いながら。

「そう。シンジはどうするの?やっぱり私達を、止める?」
「それで何もかも片づくならね。でも、そうじゃないから・・・」
「・・・・・・ごめんね」

 そこまでユイが言ったとき、雑音と共にアスカ達の救助に向かった加持達の部隊から通信が入ってきた。ミサトがちょっとだけ嬉しそうな顔をしていると、電波障害がまだ残っているのか雑音混じりの声が聞こえてきた。
 声はこう言っていた。

『・・・・・・任務・・・・・失・・・。な・・・・死・・・多・・・・。
 ・・・・ゾ・・・・』


 何を言っているのか、全く要領を得ない言葉だったが。ミサトのうなじの毛が一斉に逆立つ。
 恐ろしい考えに今にも倒れそうになりながらも、ユイに向かって目を向ける。
 ユイも気がついたのか、蒼白の顔をミサトに向けた。

 ここまで暴れたガン・ギャラッド自身が囮だとしたら。




 ミサトがそこまで考えた瞬間、爆音と共にまだかろうじて残っていた兵装ビルの谷間から、一機のゾイドが舞い上がった。全員の視線が集まる中、優美に空中で円を描くと、そのゾイドはゴジュラスの目の前で空中停止した。
 透明な、半月形の翼を持つ飛行ゾイド。
 赤い血の色をしたボディを、太陽に光に輝かせたそのゾイドの名前は、レドラー。
 ドラゴン型ゾイド、レドラー。

「いつの間にここまで・・・」
『あなた達が馬鹿騒ぎをしている間にですよ』








 首をぐにゃっと曲げて、ガン・ギャラッドを見下ろしながらレドラーのパイロットが少し呆れたように呟いた。


『案の定、ナイブスはやられたみたいですね、せっかくの機体を使いこなせてないみたいでしたし・・・』
「・・・・・あなたは?」
『あ、失礼しました。私はゼロスと言います。ゼーレエンジェルの5。風の天使『ルヒエル』の名を関するゼーレの子。
 初めまして、ネルフの皆さん』


 ユイの質問に、場違いなくらい朗らかにレドラーに乗った相手は答えた。
 何とも言いようのない空気が流れていく中、シンジとレドラーのパイロットはにらみ合う。
 痛いほどの緊張が空気を張りつめさせていく。




 その時、何かに気がついたのか、レイが小走りになってモニターを見つめた。震える瞳でじっと赤いレドラーを見つめる。

(感じる・・・。何かを感じる・・・。あれは・・・)


 とてもいやな感じの他に、とても彼女にとって身近な何か・・・。



 助けて・・・。


 次の瞬間、レイはガクガク震えながら通話機にしがみついた。ユイ達が少し戸惑った顔をする。
 普段のレイからはとても考えられないほどの取り乱しかたに。

「い、碇君!あの中には、あの中には、あの子がいるの!」
「綾波・・・。あの子って、誰?」
「まさかレイコが!?」

 シンジはレイが何を言っているのかわからなかったが、代わりにユイが言葉を漏らした。
 レイの様子から彼女も気づいたのだ。
 あの赤いレドラーにはレイコが捕まっていることに。

『さすがに気づきました?
 悪いんですけど、それがラジエルの希望なのものでして』


 にぃっとレドラーの目の端が歪む。

「ゼーレは、あなた達はレイコをさらって、一体どうするつもり、何をするつもりなの!?」
『それは秘密です』
「くっ!
 シンジ!急いで!」

 ゼロスと名乗るレドラーのパイロットの言葉に、初めてユイが悲鳴をあげた。突き動かされるようにゴジュラスが雄叫びを上げる。

 突進するゴジュラスを前にして、軽く舌打ちをすると、レドラーは大きく翼を広げて舞い上がろうとした。わずかに早く、ゴジュラスが飛びかかる。『捉えた!』シンジはそう確信したが、ゴジュラスの爪がレドラーの身体を捕まえる寸前、動きが止まった。その隙にレドラーは手の届かないくらい上空に舞い上がる。

「なんだ!?」

 慌ててシンジは視線を下に向けた。直後、驚きに目を丸くする。
 ゴジュラスの足には倒したはずのガン・ギャラッドの翼がタコかイカの触手のように絡みついていた。
 シンジの顔が見えてでもいるのか、血の泡を噴きながら、ガン・ギャラッドが笑った。

「ま、まだ生きていたのか!」

 口から吐き出した火炎で羽を焼き払い、視線を戻すシンジだったが、彼の眼前にはレドラーが、その尻尾からつきだしたブレードが迫っていた。

キィーーン





 剣撃のような澄んだ音が響く。
 レドラーはゴジュラスを残してそのまま空高く飛び上がっていった。
 皆が何が起こったのかわからず、声もなくゴジュラスを見つめていると、ガン・ギャラッドが、かろうじて残った翼を広げてよたよたと舞い上がっていく。だがシンジは、ゴジュラスは一言も発することなく、身動きひとつしない。

『これもお仕事なんです。それではまた』

 名残惜しそうに上空を旋回していたが、そう言い捨ててレドラーが空の彼方に消えた。遅れてガン・ギャラッドも同じ方向に飛んでいく。
 逃げられてしまったことで呆然としていた意識が戻ったのか、ミサトが凍り付いた舌を何とか解凍して声をかける。だが、シンジは返事一つしない。

「し、シンジ君!?シンジ君、シンジ君!?」

 ごはっ

 そんな音をたてながら、ゴジュラスの脳天から胸元にかけて一筋の線ができた。
 ユイ達が声も出せずに見ている間に、その線はどんどん大きく、黒く広がっていく。やがて線から紫色をした体液が噴出し、ゴジュラスがため息をつくような声をあげる。

「はぁぁ・・・・・・・・・」


 そして頭から胴体の中程まで両断されたゴジュラスは、力無く、崩れ落ちた。
 ズズンと地響きを立てながら、体液で沼のようになった地面に倒れ込むゴジュラス。その目からは輝きが失せ、命があるとは思えない。

 倒れたゴジュラスの切断面からのぞくコアは、砕けていた。




















 救助に来た人間達の喧噪で騒がしい中、出血と疲労で混濁した意識のまま、シンジはずっと考えていた。
 後日、それがとんでもない結果を生むことになるが、今は語るべき時ではない。
 ただシンジは考え続けていた。





(結局・・・・・・守れなかった・・・・・・。僕は・・・・・無力だ・・・。悔しいよ・・・。
 力が欲しい・・・。あいつらに負けないだけの、力が・・・。みんなを守る力が・・・)








第五話完





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