お、何だい、珍しいなぁ、君が俺のところに来るなんてカチャカチャとカップの触れ合う音、それに続いてコーヒーメーカーからドリップされる音がコポコポと狭い室内に響く。ま、座りなよ 今、コーヒーでも入れるからさ
ここはネルフ本部内の休憩室。
発令所で働いている人が利用している、10畳ほどの狭い休憩室だった。
彼―――青葉シゲルは、ここで体を休める事が多くあった。
彼の私物であるコーヒーメーカーなどが置いてある事からも、その利用頻度が伺える。
彼はこの狭い部屋にいるとき、何故か心が安らぐのを感じていた。
決して、ここが好きな訳ではない。
しかしどこか落ち着く自分が、そこにいた。
で、何だい? 何か話があったんだろ?
うん?
なに? なんで俺がギターを弾くようになったかだって?
はははは、難しい事聞くね
そうだな・・・ 色々理由はあるけど、強いて言えば・・・・
やっぱり女の子にモテたかったからかな?
・・・・・ 笑うなよ ギターをやっている奴の9割以上は、間違いなくそうだって
ギターを弾けるのって、カッコいいだろ?
俺もさ、中学生の頃、好きな女の子がいたんだよ
その娘は誰にでも優しくって、頭も良くって、みんなに好かれてたんだ もちろん凄く可愛かったんだぜ?
俺はその娘に何とかして自分の気持ちを伝えたかったんだ
それで、どうしたと思う?
普通の事じゃ駄目だと思ったんだよな だから・・・・
自分でギターを弾いて、弾き語りで告白しようと思ったんだ
そんな面白そうな顔、するなって その当時は真剣だったんだから
少ない貯金をかき集めてさ、楽器屋に走ったんだ
安物しか買えなかったけど、でも俺は凄く嬉しかった
それからはもう、ひたすら練習したよ ただ一曲、これと決めた曲だけをね
指の先の皮がむけてね、風呂に入ると痛いんだ、これが
でも、脇目も振らずに練習したな、あの時は
初めはさ、その娘の事だけ考えてギターを弾いてたんだ
ただ、想いを伝えたい一心でね
でも・・・ 不思議なんだな、そのうちにその娘の事、忘れてたりするんだ
ずっと弾いているうちに、ギターを弾く事だけに集中している自分がいたんだな
そして・・・ 一ヶ月くらい練習したかな とうとう、その娘の前で唄う日が来たんだ
学校が終ってから、近くの公園に来てもらって
もう日も暮れて、他には誰もいない公園で、俺は想いの限りをぶつけたんだ
・・・・
その娘はね、凄く感動してくれた 涙まで流してくれた
でも・・・
俺が待っていた返事は、その娘からは返ってこなかったんだ
その娘はただ一言
ごめんなさい・・・ 私、好きな人がいるの・・・って、小さい声で、でもしっかり言ってくれたんだ
俺はその時、『ああ、この娘を好きになってよかった』って思ったよ 本当に
ホントの事を言うと、凄くショックだった そりゃそうさ 振られたんだからな
でも、正直に言ってくれたその娘に、凄く感謝したよ
俺の目は間違ってなかった、って想った
その日はそのまま別れた
その娘は、別れ際に一度振り返ってこう言ったんだ
今日は素敵な唄をありがとう 青葉くんのギターって、凄く優しいねてね
次の日からまた俺達は今までと同じように、いい友達に戻った
俺はね、その娘の事を好きになって、本当に良かったと思ってるよ
これが俺の、初恋だったんだろうな、きっと
実らなかったけどさ
おっと、ギターの話だったよな
ま、始まりはこんなもんさ がっかりしたかい?
目的を終えたんだから、もう止めてもよかったんだけど・・・ でも止められなかったんだよ
なんでだろうな ギターを弾くとその娘の事、思い出すのにな
・・・やっぱり、好きだったんだよ、ギターが
始まりはこんなもんだけどさ、でも結局ギターが好きになっちゃたんだな
だから今でも、ギターを弾いてるんだよ、俺は
なぁ、シンジ君 これは別にギターに限った事じゃないんだぜ?
きっかけや始まりなんて、どうでもいいんだよ
大切なのは、今自分が何をして、そしてこれからどうするかって事さ
今、そしてこれからが大切なんだよ
シンジ君に今まで何が有ったのかは、俺は知らないし聞くつもりもない
だけどな、シンジ君
生きていれば、いい事って結構あるもんだぜ?
もちろん嫌な事、辛い事も多いさ
でも、そう言う事が有るからこそ、楽しい事がもっと楽しくなるんじゃないかな
俺はそう想うよ
ははは、変な話になっちゃったな
そうだ、葛城さんから聞いたんだけど、シンジ君はチェロを演るんだって?
今度、俺と一緒に演ろうぜ
チェロとギターの組み合わせって、なかなか面白いと思うぞ
あ、俺は一応アコギもガットギターも弾けるからさ、ちょっと演ろうぜ
何だったら、ネルフのみんなを集めてもいいじゃないか
たまには息抜きしないとね
良し、決まった! それじゃ今度、練習しような
この部屋、防音になってるし、他の人はあまり使わないからちょうどいいって
少年はそう言う彼に微笑みを向けると、すっかり冷めきったコーヒーに口を付けた。
そのほろ苦い味は、彼の昔の恋心だろうか
少年は、カップを置く。
ごちそうさまでした
何だ、もうお帰りかい?少年はそう笑うと、軽やかに立ち上がった。
ええ、帰って晩御飯の準備をしなくちゃいけませんから
ははは、相変わらず大変だな でもあんなに可愛い女の子と一つ屋根の下で暮らせるんだから、それもいいか?
・・・どうでしょう?
来たときより幾分、柔らかい表情に変わって。
何かまた、言いたい事があったら来なよ 俺は良く、ここにいるからさそう微笑むと少年は、パタンと扉を閉じて消えていった。
はい、解りました
そして彼は、2杯目のコーヒーをカップに注いだ。
碇シンジ君、か
俺にも、あんな頃があったな・・・・
その味は、程よく苦かった。
さて、青葉的小説という事で、一つ書いてみました。 どうでしょうか?
こういう感じのものは、私も結構好きです。 感想など頂けましたら、幸いです。
ちなみに・・・ アコギというのはアコースティックギター、俗に言うフォークギターのことです。
ガットギターとは、クラシックギターの事ですね。
私は、全然上達しないアコギ弾き、なんですけど(笑)
では、またの機会に。