「わあ〜〜〜い・・・」
 元気良く笑いながら1人の少年が青葉の前を駆け抜けていく。
 それを横目で見ながら青葉は缶コーヒーを一息に飲み干した。バンドの帰りなのかネルフの制服でなく私服姿で、ギターを肩にかついでいる。

 「これじゃ毎回のクリーニング代も馬鹿にならないわね。はい、半分持ってあげるわ」
 「ありがとうございます先輩。でも先輩は良いですよ・・・。シンジ君が全部家事をやってくれますから。はあ〜、せめて洗濯する時間ぐらいあったら(でも本当はシンジ君が家にいてくれたら。・・・掃除洗濯、それだけじゃなくてあんな事やこんな事を・・・)」
 コインランドリーの乾燥機の中から大量の服を取り出しながら、少し楽しげにリツコが呟く。
 そのリツコに合いの手を入れるマヤは、洗濯物を取り出すのを手伝ってもらいながらも、少しすねた声を出していた。自分以上に家に帰っていないはずのリツコが、いつも洗濯された服を着ていることを少し(?)羨ましく思っているのだ。
 今の2人の格好はリツコが白衣の下に着ている、ブラウスとタイトのミニスカート。いつも白衣で隠れている足がさらされてとてもセクシー。大人の色気ムンムンだ!
 一方のマヤもいつもの制服ではなく私服姿。なんだかとっても新鮮だ。
 まあ、青葉もマヤも出勤前だから私服姿だからと言って変なことはないのだが。ただとってもまぶしく見えるだけ。
 「マヤちゃんは家に帰れるだけ、まだマシだよ・・・。でも羨ましいっすね、シンジ君みたいな良く気の付く子がお隣さんで・・・」
 胸に大量の洗濯物を抱える2人に向かって少し疲れた声で青葉が口を開く。
 「あ、青葉君もそう思う?本当シンジ君って気がきくのよ〜♪
 ほんと、あのがさつな司令の息子だなんて信じられないわ。とかくこの世は・・・」
 
ピルルルルルルル♪

 「はいっ?・・・えええっ!?どうして今の・・・ああっ、待って下さい!」
 突然携帯にかかってきた電話を取るリツコだったが、相手に何か絶望的なことを言われたのか、先ほどまでの嬉々とした顔が一転してくら〜い顔になっている。まるで壱話の頃のシンジのように。
 電話の相手に見当が付いた青葉とマヤはとてつもなく青い顔をしていた。下手に上司の悪口も言えない職場はかなりきついかも。 



 トホホな顔のまま洗濯物を手提げ袋に入れて電車に乗り込む3人。
 車内にはほとんどまったく人の姿がなかったが、ただ1人彼女らの良く知っている人物が居た。
 「あら、副司令。おはようございます」
 「「おはようございます!!」」
 おっとりと言うリツコに比べ、後ろの2人は元気良く気合いの入った挨拶をする。それに読みかけの新聞から顔を上げもせず返事をする冬月。
 「・・・ああ、おはよう」
 「今日はお早いですね」
 リツコは了解も取らずにその横に座る。マヤと青葉はなぜか立ったまま。
 「ユイ君の代わりに上の街だよ」
 「ああ、今日は評議会の定例でしたね」
 「くだらん仕事だ・・・。ユイ君もこんな仕事を押しつけないで欲しいものだ。昔はああじゃなかった。もっとお淑やかで、他人の痛みの分かる女性だった。それが、それが・・・あの男の、あの男のせいでぇ!!!!!
 「「はうっ」」
 何かを思いだしたのか憤怒の形相も凄まじく新聞を握りつぶす冬月。いったい何を思いだしたのだろうか?知りたくもないが。ともあれ温厚な顔がひっくり返したように変化するのを見てマヤは意識が半分飛び、青葉はギターを取り落とす。
 「副司令、副司令」
 リツコが顔を見ないようにつっこみを入れる。
 「何が可愛い・・・んっ?あ、すまんね。こほん!まったく、MAGIがいなかったらお手上げだよ。
 おや、どうしたのかね2人とも?倒れるほどきついのなら遠慮せずに座りたまえ。しかし若い者がそんなすぐ倒れるようではいかんな。いざという時困るぞ。
 ぬお!?何故新聞がこんな事に?」
 ぼけた事を言う冬月に、リツコがどもりながら話しかける。
 「そ、そう言えば、市議選が近いですよね。上は・・・」
 「市議会は形骸にすぎんよ。ここの施政は事実上MAGIがやっとるんだからな」
 MAGIという言葉に、ようやく落ち着いたマヤが声をあげる。なんだかとっても嬉しそう。なぜ?
 「MAGI。3台のスーパーコンピューターがですか?」
 「3系統のコンピューターによる多数決だ。きちんと民主主義の基本に則ったシステムだ」
 「議会はその決定に従うだけですか?」
 「最も無駄の少ない効率的な政治だよ」
 「さすがは科学の街、まさに科学万能の時代ですね!」
 「古臭い科白」
 素直に座っている青葉がぼそっと呟く。いまだ腰が抜けているせいかまったく力のない声だ。
 青葉の言葉が聞こえたのか聞こえなかったのか、くしゃくしゃの新聞から目をそらして冬月が口を開いた。わずかに目を合わせてリツコが答える。
 「そういえばUの実験だったかな、そっちは」
 「ええ、本日10:30より、起動試験の予定です」
 「朗報を期待しとるよ」



<ネルフ起動実験室>

 リツコ主導の元、起動試験が行われている。
 彼女たちの居る実験制御室の窓からは、小山のように巨大なゾイドの姿が見える。ろくに照明もついていない薄暗さに加え、光の加減のせいかシルエットしかうつらない。だが、かろうじて長い首と尾を持っていることが伺い知れた。その巨大さは尋常なものではなく、高さが50mはあるはずの実験室天井ぎりぎりまで頭が迫っている。これが動くのだとしたらさぞ壮観だろう。だが今は不気味な振動音を響かせるのみで動き出す気配はなかった。

 リツコは窓の外の光景から、ふっと目をそらすと目の前のモニターを見つめた。
 しばらく実験を進めていたリツコの瞳が突然赤い光を写す。
 警告音と警告の光が室内を埋め尽くす中、リツコの声が凛と響く。
 「実験中断、回路を切って!」
 「回路切り替え」
 「電源回復します」
 マヤがコンソールを操作すると共に謎の巨大ゾイドの起動音が静かになり、更に警告音も消え、周囲に静けさが戻ってくる。
 「問題はやはりここね」
 マヤの肩越しにモニターを見ながらリツコが呟いた。
 「はい。変換効率が理論値より0.008%も低いのが気になります。
 ギリギリの計測誤差の範囲内ですが、どうしますか?」
 「もう一度同じ設定で、相互変換を0.01だけ下げてやってみましょう」
 「了解」
 「では再起動実験、始めるわよ」




新世紀エヴァンゾイド

第壱拾壱話Aパート
「 静止した闇の中で 」



作者 アラン・スミシー



 廊下を1人の男が全力疾走。
 目指すは目の前にある扉、エレベーター。
 一回ぐらい遅らせてもそう時間が変わるわけではないが、とにかくその男、違いが分かるナイスガイこと加持リョウジは全力で走っていた。
 だが、彼の脚力を持ってしても間に合いそうにはない。
 「お〜い!ちょい待ってくれぇ!」
 彼の必死の呼びかけが聞こえたのだろう、エレベーター内の人物は優しく【開】のボタンを押して彼を待ってあげることにしたようだ。
 「おっ、さんきゅ・・・葛城ぃ!?おっと、用事を思い出した、じゃまたな葛城一尉ぃ!!!」
 扉に手をかけたところで、彼はエレベーター内の人物の正体に気が付いた。慌てて後ろを向くと、神の領域に匹敵するスピードで走り出す。
 「待ちなさいよ。か・じ・くん♪」
 「んなああああ!?ど、どうしてそこに居るんだ!?加速装置でもついてんのか!?」
 だがミサトは彼以上に速かった。加持が振り向いたときにはすでに彼の目の前に立っていた。本当、どうやったんだろう?
 にこにこ笑いながら、加持の体をエレベーターという魔窟の顎へと押し込んでいく。今の彼女は大神官、そして加持は生け贄の子羊。
 「逃げなくても良いじゃない♪別にシンジ君に余計な事を教えたことはもう怒ってないわ。
 そ・れ・よ・り♪」
 「な、なんのようなんだ?葛城・・・」
 「そんなに怯えなくても良いじゃない♪ちょっち、これにハンコを押して欲しいだけよん♪」
 「・・・なんだそんな事、ってそれ婚姻届じゃないか!!!!?」
 加持が大慌てになるのも宜なるかな。
 ミサトの手にはすでに名前と彼女のハンコが押してある婚姻届が握られていた。後は加持がハンコを押して市役所に提出するのみの状態である。加持が真っ青な顔で震えているのとは対照的に、ミサトの顔はにこにこにこにこと心の底から嬉しそうに笑っている。
 「あ〜ら逃げようったってそうはいかないわ。じっくり話しあいましょ♪りょ・う・じ。
 8年前に言えなかったことを言ってくれるまで、逃がさないわよん」

(8年前俺を振ったのは葛城じゃないか・・・。
 だいたい何で急に結婚を迫って来るんだ・・・。
 30になったからか?リッちゃんと喧嘩でもしたのか?
 それともどうあがいてもシンジ君を捕まえられないと悟ったからか?)

 エレベーターは彼の言葉を呑み込んでいった。






 「うわあ、埃まみれだ・・・。結構良い状態なのに、どうしてこんな所に放りっぱなしなんだ?」
 独り言を言いながらシンジはひとつの楽器を棚の奥から引っ張りだしていた。
 場所は第壱中学校音楽室。
 今日は何かあったのか、昼を少し過ぎただけだというのに、校内にはほとんど人の気配がない。部活も中止にでもなったのか、音楽室にも彼以外誰もいなかった。
 「ふう・・・」
 埃を吸い込まないようにしながら、ため息を付いてようやくひとつの楽器ケースを引っぱり出す。
 その正体は、

 チェロ。

 「久しぶりだけど、うまくできるかな・・・」
 今まで多くの人の手が触れてきたのであろう少し汚れそれを、慣れた様子で手に取ると深々と椅子に座り、ゆっくりと弓を弦に当てる。

 無伴奏チェロ組曲第1番 Prelude

 音楽室にアンニュイな秋空のような音色が鳴り響いていく。時に弱く、時に強く、はかなく心の中の何かを揺さぶる音の芸術。
 シンジは第三新東京市に来てから起こったことを思い出すように、ゆっくりゆっくり、銀の滴のような音を紡ぎだしていった。空気に無限色の音色が混じり、演奏を続けているうちに彼は全てのことを忘れた。





かたんっ

 彼が曲を弾き終わり、余韻にひたっていると突然後ろで何かを倒す音が聞こえてきた。
 彼があわてて振り向いた先には、鞄を取り落とした1人の少女がいた。
 綾波 レイ。

 「・・・綾波。
 どうしてここに?」
 「・・・週番。ゴミ捨てに行ったら音が聞こえてきたわ。今日は部活がない日。
 音をたどってここに。
 碇君、どうしてここにいるの?」
 「僕?今日の音楽でさ、先生に言われて準備室から譜面台を取り出しただろ?その時見つけたんだ、これ。
 どうしてかな。何でか分からないけど無性に弾きたくなったんだ、チェロ。
 だから先生に少しだけ弾かせてくれってね」
 少し照れくさそうに言うとシンジはチェロをかたずけ始める。
 寂しげに笑うシンジに鼓動が速くなるのを感じながらも、レイは口を開いた。そうしないといけないとでも言うように。
 「もういいの?」
 「うん。もう一通り弾いたしね。・・・もしかして聞きたい?」

・・・こくん

 レイは少しシンジの言葉の意味を確かめるように首を傾げていたが、不意にこくんとうなずいた。自分でもどうして頷いたのか分からない。音楽が好きなわけでもなかったのに、どうして頷いてしまったのか。レイは自分で自分が分からなくなった。そしてそれが少し不安だった。不安だったから、原因であるシンジを黙って見つめていた。そうすれば答えが分かるとでも言うように。
 「わかったよ」
 顔をほのかに赤くしてうつむくレイを見ていると、シンジは不思議と又チェロを弾きたくなった。再び弓を手に取ると、すっと前を見据える。
 「じゃあ、弾くよ」
 レイが頷き返すと同時に、再び室内にはチェロの柔らかな音色が響き始めた。


( 『音楽』空気の振動。音の羅列。
 『音』人の意志を伝えるもの。時としてうるさいもの。
 音の羅列。綺麗な音。心の声。
 碇君の心。
 この音は碇君の心。
 初めての気持ち。
 とても心地いい気持ち。
 碇君の心を感じる。
 鼓動が速くなる。
 これはなに?
 これはなに?
 胸が苦しい。
 とても変。体が溶けていく感じ。私が分からなくなる。
 でもそれが嫌じゃない。
 ・・・碇君)


 シンジが奏でるチェロの音を聞きながらレイの心は不思議なほど安らいでいた。
 目を閉じ、風になびく柳の枝のように腕を動かすシンジから目を離すことができなかった。
 チェロを弾いているときの彼はアスカやレイに詰め寄られて困っている時や、使徒と戦っている時の彼とはまったく違っていた。使徒の存在しない世界のシンジ。レイはこのシンジこそが本当のシンジなのではないかと思った。そして、彼の音楽を黙って聞いている自分こそが本当の自分なのではないかと。
 もちろん、現実はそうではないことは分かっていた。それでもレイはその考えがとても気に入った。
 そして彼がついに曲を弾き終えたとき、レイは自分でも思ってもいなかったことをした。

ぱちぱちぱち

 「ありがとう」
 「碇君。
 ・・・・・・・それ・・・・・・」
 彼女の機械のような、それでいて彼女の想いの詰まった拍手を聞き、シンジは呆気にとられていた。そのまま赤い顔をして彼に、そしてチェロに真紅の瞳を向けるレイを黙って見つめていた。1分、2分・・・そのまましばらくキョトンとした目をしていたが、彼女が何を言いたいのかじきにわかったのか笑いながら口を開く。
 「綾波もやってみる?(なんだか綾波が綾波じゃないみたいだ)」
 はにかみながらそう言うシンジにレイの顔はますます赤くなる。そしてシンジにはそんな彼女がとてもまぶしく見えた。
 「いいの?」
 「もちろん。でも、まずはチェロよりあれの方が良いんじゃないかな。ちょっと待って取ってくるから」
 そう言って彼が準備室から持ってきたのは、小さなチェロ、ではなくビオラだった。
 「本当はバイオリンの方が良いんだけど、ケースに鍵がかかっていたからしょうがないね」
 「・・・そう、別に良いわ」
 「それじゃ、まずはこう持って・・・」
 シンジはレイにビオラを持たせると、背中からレイを抱きしめるように手を伸ばした。顎の位置、左手の指、そして弓を持った右腕の形を優しく指導する。レイの腕にシンジの手が重ねられた。
 「い、碇君?(なにをするの?)」
 その傍目から見たら、後ろから抱きしめているようにしか見えない状態にレイの頭はパニックに陥った。顔を赤くしながら、もじもじし、後ろのシンジの顔を自分の肩越しに見つめる。だが、彼にはレイがますます赤くなっている理由がまったくわかっていなかった。不思議そうな顔をしながら体を密着させる。
 「ちょっと、じっとしててよ。左手はもっとゆったりとした感じにして、右手の肘はもっと高い位置にして・・・」
 そのまま逃げ腰になっているレイの両の手に腕を重ねると、ゆっくりと弓を弦に押し当てる。
 「ここを押さえながら、こう弓を引くとCの音だよ」
 ♪〜
 「Cの音・・・」
 「そして、D,A,F・・・」

 ♪〜♪〜♪♪〜♪ 

 自分の持った小さな箱から、信じられないほど高く澄んだ音が出る。レイの目が驚きに見開かれた。そして今の音を出したのが自分であることに、戸惑いを感じていた。
 「これが、音楽・・・。私が弾いたの?」
 「そうだよ。少し遅いかも知れないけど、綾波ならきっと上手になれるよ」
 シンジはレイの顔をのぞき込みながら、優しくそう言った。
 シンジの誘導のおかげではあるが、ビオラから澄んだ高い音が響くのを目を見開きながらレイは聞き入っていた。


(私は血を流さない女。
 人でない人。
 私にあるものは『命』、『心』 ・・・・・・だけ。
 私は何も生まないはずの女。
 でも、音を、音楽を生んだ。
 私は変われるの?
 碇君のせい?)


 簡単なエチュードをシンジと手を重ねながら弾き終わったとき、レイはスッと腕を降ろした。頭をうつむけたため、髪の毛がシンジの鼻をくすぐる。そのまま身動き一つしない彼女にシンジが少し心配そうな声を出した。
 「綾波?どうしたの、黙り込んで」
 無言で彼の手から逃れると、レイは少しだけ、ほんの少しだけ笑顔を見せた。誰もがハッとする、物語から抜け出してきたような、天使の微笑みを。
 「碇君・・・もっと・・・教えてくれる?」
 「・・・・・・・もちろんだよ。綾波が望むなら」
 「そう・・・ありがとう」



<第三新東京市 某所>

 『はい。しばらくお待ちください』
 受付の女性の声の後しばらく音楽が流れていたが数瞬後、突然音楽が止まった。
 『なにか用?ここにはあまり電話しないでって言ったでしょ?』
 「ごめん、ママ」
 『別に良いわよ。でもこれからは気をつけてよ。
 それで、どうしたの?』

 「あのね、今日学校で進路相談の面接があることを父兄に報告しときなさいって言われたの」
 『そう。もうそんな時期なのね・・・いつなの?』
 「来週の火曜日」
 『わかったわ。なんとか暇をつくって行くから。期待して・・・Za!』
 言葉の途中で雑音と共に電話が切れる。
 「ママ?
 ・・・切れちゃった」
 「どうしたのアスカ?」
 「・・・切れちゃったの。どうしたのかしら?
 シンジもレイもあの馬鹿(レイコ)も家にいないし・・・。
 まさか、私をほっといて2人だけで・・・もし、そうなら」
 そう言いながら目が険悪になっていくアスカに冷や汗だらだらのイインチョ。しかし慣れているのかすぐにフォローにまわる。慣れているところが涙を誘う。
 「ちょっとアスカ!きっと碇君は鈴原とどこか言ったか本部に行ったかのどちらかよ!
 だから、ね。元気だして!いつものアスカに戻ってよ!」
 「本当!?本当にあの2人は一緒にいないのね!?」
 「た、たぶん・・・」
 「そうとなったら、一応連絡はすんだし、シンジを探しに行きましょ!!私は街を探すから、ヒカリは本部に行って」
 元気良く言い放つアスカにヒカリは少し困った顔をする。
 「わ、私も?(今日はこれから用事が・・・)」
 「私達友達でしょ?」
 「わかったわよ〜。(ふえ〜〜ん)」



<同時刻 エレベーター内部>

 いきなり明かりが消え、停止するエレベーター。
 たとえ頭の上で使徒が暴れても明かりが消えることの無いネルフで起きた停電に、ミサトに首を絞められながらも必死にハンコを押すのを拒絶する加持がハッと目を上げる。今までのおちゃらけが少し消え、どことなく真剣な眼差しになっている。
 その横顔を見ながら、少しだけポッと乙女のように頬を染めるミサト。加持の全身に冷や汗が流れた。
 「あら?」
 「停電か?(こ、こんな時に?)」
 「まっさか〜。あり得ないわ(もう、こんな時にぃ!暗いとハンコがずれちゃうじゃない!)」
 三十路に入り焦りまくるミサトをよそに、明かりは復活せず非常灯がともる。
 「変ね。事故かしら?」
 「赤木が実験でもミスったのか?」
 「赤木?あんたまさか、リツコにまで手を出してたんじゃないでしょうね!?」
 「ご、誤解というか考えすぎだぞ、葛城!」



<同時刻 起動実験室>

 照明に続き、次々とコンソールやモニターの明かりが消えていき部屋が闇に包まれる。わずかに非常灯の赤い光がともる中、マヤの報告が虚ろに響く。
 「主電源ストップ。電圧、ゼロです」
 スタッフが全員、まるで打ち合わせでもしていたかのようにリツコに視線を集中させる。普段から彼女はいったい何をやっているんだろう?とっても疑問だ。
 「わ、私じゃないわよ」
 ボタンに手をかけこめかみに汗を浮かべながらリツコが弁解する。
 だが誰もそれを信じてはいないようだ。刺すような視線が次々と彼女の体を貫通していく。
 (ああ、皆の視線が私に集中している・・・見てっ!私を見て!じゃなくて、いったいどうしたのかしら?
 あの猫型ロボットなら、先月試したし、まさかあれかしら・・・?)
 凄まじいくらいに思い当たることのあるリツコさんだった。
 そのまま黙り込むリツコに向かってナオコが詰め寄る。彼女の目はリツコに対する疑惑で満ちあふれていた。
 「リッちゃん・・・何をしたの?」
 「な、何もしてないわ!本当よ!」
 「・・・リッちゃん、見苦しいわよ」
 リツコの必死の言葉に耳も貸さず、彼女に詰め寄るナオコ。まったく、ビタ一信用していない。
 「母さん、信じてくれないの?」
 「・・・・・・・・・」
 そのまま無言で見つめるナオコに、リツコは急に机に突っ伏して泣き始めた。
 「・・・ごめんなさい!私がやりました!!
 しょうがないじゃない!だって、ネコ型ロボットの制作は科学者が一度は思う常識なのよ〜!!
 沈黙という名の天使が舞い降りた。

10秒

20秒

30秒





62秒


 「冗談はこれくらいにして、本当に知らないの?」
 ふっと目をそらしてナオコが呟いた。さほど動じていないらしい。さすがに母は偉大だ。
 それに答えるリツコ。
 「知らないわよ。今度ばかりは私のせいじゃないわ」
 「じゃあ、前のはあなたのせいなのね?」
 「はっ!?誘導尋問なんて、母さん汚いわ!」
 「リッちゃん・・・無様ね」
 (いつから、技術部は寄席になったんだろ?)
 2人の漫才を見ながらマヤはふとそう思った。



<エレベーター内部>

だきっ!

 「葛城落ちつけぇ!すぐに予備電源に切り替わる!!だから、やめろ〜!!り、理性が・・・」
 「暗くなったからって逃げられると思ったら大間違いよん♪ほ〜らほらほら、我慢できなくなってきたんじゃな〜い?
 でも今手を出したら了解と受け取るからね♪」



<ネルフ本部発令所>

 発令所では突然起こった謎の停電に上から下まで大騒ぎに陥っていた。
 常に光と電子音に満たされた電子の要塞は完全に沈黙し、代わりに大声で呼び合う人間の声だけがこだまする空間となり果てていた。
 「ダメです!予備回線つながりません!」
 「バカな!生き残ってる回線は!?」
 青葉の報告に冬月が怒鳴り返す。後ろで目を光らせる2人がよほど怖いのか、必死だ。
 「全部で1.2%、2567番からの旧回線だけです!」
 冬月の言葉に応えて、女子オペレーターが手でメガホンをつくりながら言い返した。その報告に間髪入れずに冬月が指示を出す。不手際があったら後でねちねちいじめられるから、必死だ。
 「生き残った電源は全てMAGIとセントラルドグマの維持に回せ!」
 「全館の生命維持に支障が生じますが・・・」
 「かまわん、最優先だ!」
 必死だ。




 「綾波、ここはもっと強く・・・」
 「・・・こう?」
 「そうそう。巧いよ。初めてするなんて思えないよ。綾波、こういうのの素質があったんだね」
 「・・・な、何を言うのよ(ポッ)」
 「ほら、指が止まってるよ。続けて・・・」
 「わかったわ。こう?」
 「そう!本当綾波上手だね」

 音声だけだとひたすら怪しげだが、2人は別に 【検閲削除】 をしているわけではない。
 2人っきりでビオラの練習をしているのだ。
 シンジがレイを後ろから抱きすくめるようにして教えているのは先程述べたが、2人は未だにその姿勢だった。確かにそうやって教えることはあるが、普通はここまで密着しないし、レイは女でシンジは男である。もちろんシンジにはなんら他意は無くのんきな顔をしているが、これも父方から受け継がれた遺伝子のなせるワザなのだろうか?レイはレイで真っ赤になりながらもとても嬉しそう。
 ラブラブな2人。
 知らない人が、いや知っている人が見ても中学生の恋人同士が仲良く練習しているようにしか見えないだろう(少し行き過ぎだが)。彼らのことを名前でしか知らなかった見まわりの教師もつい声をかけそびれてしまってほったらかし。停電になったことを言うのも忘れ、とっとと消える。そのため彼らはおやつの時間になっても練習していた。

 (少しお腹空いたな・・・。あっ、そう言えば今日は午後からネルフに行かないといけないし、進路相談のことを母さんに言わないといけないんだった。まっ、いいか。何かあったら連絡が来るだろうし、連絡は後で言っても良いんだし、それに・・・綾波も嬉しそうだから)

 (碇君と私は一つになってるのね。
 昨日のドラマでは確かそうだったわ。男の人と女の人が『一つになりましょう』って言ってから抱き合ったから。
 嬉しい・・・。私嬉しいのね。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 でもこれは違う・・・。違うと思う・・・。これは一つになっていない。
 後で碇しれ、お母さんかレイコに聞かないと・・・)

 ネルフ本部が大変なことになっていると知らずに、幸せな時を過ごす2人。
 だが、2人は知らない。
 彼と彼女を引き離す存在が迫ってきていることを。




<ジオフロント入り口>

 ジオフロント入り口に向かって複数の人影が歩いていた。
 優しげな顔と言うか気弱そうでのんびりとした顔の少年。浅利ケイタ。
 浅黒い肌でシンが通った目をした少年。ムサシ・リー・ストラスバーグ。
 そして彼らのリーダーらしい、茶色の髪の明るい美少女。壱中を三分する美少女の1人、霧島マナ。
 彼女らは駅に到着したと同時に、動きを止めた電車についていろいろと話していた。何しろ駅に着いたにもかかわらず、扉が開かなかったためこじ開けなければならなかったのだ。もちろんマナは横であれしろこれしろと言うだけで、実際力をふるったのは男2人だったが。
 「しっかし急に電車も止まるし何があったんだろうな」
 「わかんないよ。でもそう心配しなくても良いんじゃないかな。何かあったらすぐ警報が出るよ」
 「ケイタの言うとうりよ。ムサシも小さいことでおたおたするのやめたら?」
 「そうは言うけど、あれ結構きつかったんだぞ」
 思い出したのか、心底嫌そうな顔をするムサシ。ケイタは相変わらず眠そうな顔をしてそれを聞いている。
 「鍛え方が足りないんじゃないの?確かに戦自の訓練は常軌を逸してたけど、だからと言ってネルフの訓練をことごとくサボるから力が無くなるのよ」
 マナはムサシをからかうようにスカートをヒラヒラさせて歩いていたが、ゲートにたどり着くと抜く手も見せずにカードをチェックにくぐらせる。
 だが、当然のようにゲートは反応しない。それがさも当然のように。
 「あれ?」
 「どうしたの、マナ?」
 カードとゲートをキョトキョトと見るマナに不振な声をあげるケイタ。
 「なに、これ?全然反応しないじゃない」
 「そんな馬鹿なことあるか。ちょっとマナどいてなよ。・・・あれ?」
 「ムサシもダメなの?ケイタは?」
 「僕もダメだよ。壊れてるのかなぁ」
 「私達のカードが?それともゲートの機械全部が?いくら何でもそんなことあるわけ無いわ。
 となると、本部で何かあったみたいね」
 目を細めてマナは1人つぶやいた。



 「だめです!開きません!」
 「嫌だ〜!暗いのは嫌だーー!!」
 実験室内に閉じこめられた形のリツコ達は何とか外に出ようと四苦八苦していた。部屋にいた男性職員が総出で扉を開けようとしたが、テロ対策が万全に施されている扉はびくともしない。何しろユイとナオコの発明・発案によるマイクロ鋼製で、バズーカ砲の直壁を食らっても傷一つつかないのだ。いくら10人近い人間が作業をしたとしても、どうかなるはずもない。
 「調子に乗って強固な扉にし過ぎたみたいね。傷一つつかないわ。こうなると何もかも電気仕掛けにするのも考え物ね」
 職員が必死になって扉を開けようとする様を見てナオコが苦笑する。それを横目にリツコはつかつかと扉の前に立った。
 「ちょっとどいて」
 一声かけて男性職員を押しのける。そして距離を少し取ると片膝をついて左手を扉にむける。何をするつもりなのか?

ギィーーーーーーーーン!

 突然リツコの左腕が輝いたかと思うと、ひとすじの光線が発射された!!

 「そんな、重戦車の突進を跳ね返す扉が真っ赤に溶けて!?」
 「まさか!?原子砲でもへこますのがやっとの扉が!?」
 職員達が驚きの声をあげる。

バオンッ!!!!

 「さ、行くわよ。
 なによみんな固まって。出たかったんでしょ?もっと嬉しそうな顔をしたらどうなの」
 リツコが手にした円筒状の物をそっと懐にしまい込んだ。扉には大穴が開き無惨な鉄屑とかしている。
 それを呆然とした目で見る職員達。
 何事も無かったかのようにその穴をくぐって外に出るリツコに向かって、1人の勇気ある職員が話しかける。余談だがその時彼は、『俺はおっちょこちょいの三枚目だな』と思っていたらしい。
 「あ、赤木博士・・・それ、なんですか?」
 「なにって、ただの精神銃じゃない。見てわからないの?」
 「(わかりません)いえ、どうしてそのような物を持っているのか聞きたいのですけど・・・」
 職員の質問を待ってましたとばかりに、リツコは胸を張り、腰に手をあて高々と吠える。
 「ふっ、『こんな事もあろうかと』思って、用意していたに決まってるじゃない!」

 ((((やばいよ、この人!!))))

 こんな殺人兵器を常に持ち歩いていると宣言したリツコに、マヤとナオコ以外の背中にセメントのようにどろりと汗がしたたり落ちる。心の中で盛大にネルフに就職したことを後悔しているが後の祭り。
 「先輩、ステキです!!」
 「リッちゃん、立派になったわね。母さん嬉しいわ」
 恐怖に固まる彼らの後ろでは、マヤが黄色い声をあげ、ナオコはそっと目頭を拭っていた。彼女たちに任せて本当にネルフは大丈夫なのか?
 「2人とも押さえて押さえて。とにかく、発令所に急ぎましょう。7分たっても復旧しないなんて・・・」



 「ただ事じゃないわ」
 さすがに加持を締め上げることをやめ、何も反応しないエレベーターのボタンを連打しながらミサトが呟く。
 「ここの電源は?」
 「正、副、予備の三系統。それが同時に落ちるなんて考えられないわ!」
 ミサトの言葉を聞き、少し考え込むような顔をして加持が上を見上げる。何を考えているのか、その視線は非常扉を向いている。
 「となると・・・」



 「やはり、ブレーカーは落ちたと言うより、落とされたと考えるべきね」
 司令席に座り、冬月が蝋燭に火をつけるのを見ながらユイは呟いた。その落ち着いた声にキョウコは形のいい眉をつり上げ、揶揄するような口調で話しかける。
 「原因が何であっても、こんな時に使徒が現れたら大変よ。どうするの?」
 「子供達を呼びましょう。冬月先生、何とか連絡をつけてください」
 「わ、私がかね?」
 「もちろんですわ」
 どもる冬月にユイは力一杯答えた。
 冬月コウゾウ、ネルフ副司令。だがその実体はユイのパシリだった。





 「ちょっと、こういう奴知らない?」
 「知らないなぁ。それより彼女かわいいね。これから2人で・・・ごふっ!!
 「なら邪魔!!!」
 「俺の車でドライ・・・あべしっ!!
 「うるさい!!!」
 シンジの場所を聞きながら街中を制服のまま疾走する赤い閃光、アスカ。
 だが、彼女の必死の努力もむなしくシンジの居場所はようとして知れない。何しろ彼は今だ学校にいて外に出ていないのだから、知れる方がおかしいのだが。そして群がってくるナンパ男達に彼女の怒りは臨界点。
 ボイリング・デスとなった彼女の前に立ちはだかる者には『死』、あるのみ。

 「やあ、アスカ君。奇遇だね。所で副司令から・・・」
 「シンジに余計な事言う前に死ねっ!!」
 がふっ!!
 そうとも知らず彼女に話しかけてきた命知らず、もといカヲル。掌底の一撃で2mはふっとばされて直後落下。アスファルトと望まぬ抱擁を交わす。
 血反吐を吐きながら、地面と激突した時さすがのアスカも彼に気づいた。
 「なんだカヲルじゃないの。いきなり話しかけてくるからナンパ男かと思ったわ。どうしたのよ、そんなところで寝転がって?」
 「き、君には慎みや注意力という物がないのかい?いきなり顔も見ず・・・いやハッキリ僕と認識してたね・・・。
 恐怖に値するよ。怖いってことさ・・・」
 まるで悪いことをしたと思っていないアスカにカヲルは笑顔のままで恐怖する。彼でなかったら下手したら死んでいたのだから無理も無いだろう。
 「はあ〜〜〜?相変わらずワケわかんないこと言って、それよりあんたシンジ知らない?どこにもいないのよ」
 カヲルの耳やら鼻やらから流れてくる赤い物を無視してとりあえずお決まりの質問をするアスカ。それに笑顔(血塗れ)で答えるカヲル。もしかしたら笑顔しかできないのかもしれない。
 「残念ながら知らないよ。それより君は街中停電になっている事も知らないみたいだね」
 「停電?そう言えば、信号がついてないし警官が誘導してるわね。
 でも、それがどうかしたの?」
 「不測の事態に備えて、急いで本部に集合するように指令が出たのさ。さっき駅で副司令が息も絶え絶えにそう言ってたよ。まあお願いされたから、僕が連絡を引き継いだんだけど、君を見つけたから後はシンジ君とレイだけだね」
 「ふ〜ん、ワケわかんないわね・・・。
 そっか、シンジは本部にいないんだ。となると・・・」
 何かに閃いたかのようにアスカは走り始めた。後ろで何か言ってるカヲルのことを0.1秒で忘れるとその閃きの地めがけて全力疾走。後ろなんか見もしない。即断即決、それが彼女だ。
 「だから、本部に緊急で召集命令が・・・。
 行ってしまったよ。まったく彼女はせわしないね。まあ、何かあっても僕たちだけで大丈夫だろうけどね」



ゾクッ!

 「碇君・・・どうしたの?」
 「いや、ちょっと寒気がして・・・(ううう、何故かここにいたら危ないような気がする)」 



<戦自・府中・総括総隊司令部総合警戒管制室>

 『測敵レーダーに正体不明の反応有り!予想上陸地点は旧熱海方面!』
 戦自の本拠地に興奮に満ちた声が響く。
 「恐らく、8番目の奴だ」
 何故か一般に知れ渡った情報では使徒は8番目だった。
 「ああ、使徒だろう」
 「どうします?」
 オペレーターの質問を聞きながら、正面の巨大モニターを見つめる3人の将校達。緊急事態にも関わらず、彼らの態度は至極落ち着いた物だ。だが、それは使徒に対して余裕を持っているからではないようだ。
 「一応、警報シフトにしておけ。下手にちょっかい出してもやられるだけだ。いまいましいがな」
 「どうせまた奴の目的地は第三新東京市だ」
 「そうだな・・・ま、俺達がする事は何も無いさ。今回もネルフの連中が勝手に倒してくれるさ」



 海の中から、針金のような足のみを突き出して進む謎の物体。第九使徒『マトリエル』
 波間をゆっくりと進んでいたが、ついに海岸へその姿を現した。皿を二枚重ねたような円盤状の体から、四本の細長い足をのばし、蜘蛛のような姿をしている。



 「私をさんざん走り回らせて・・・馬鹿シンジのくせに生意気よ!!」
 とかなんとか良いながら彼女は壱中にどんどん近づいていた。



 『使徒は依然進行中!』
 「第三新東京市は?」
 『沈黙を守っています』
 「一体ネルフの連中は何をやっとるんだ!」
 ネルフになんの反応もないことに、将校の1人は苛立った声をあげてタバコをもみ消した。




 「タラップなんて前時代的な物を使うはめになるなんてね・・・」
 吹き抜けの上方を見上げながら、心底嫌そうにナオコが呟いている。なにしろ遙か上方がかすかに明るくなっているのが見えるのみなのだ。その高さは相当な物がある。だが、ここを登らなければ発令所にはいけない。
 「しょうがないわね。行くわよ、リッ・・・何してるの?」
 覚悟を決めて登りかけたナオコが見た物は、白衣の中をごそごそあさり、時々にやりと笑うリツコさんだった。その姿に、いつまで立っても浮いた話し一つ無いのも無理はないと確信したナオコ。この直後、彼女は見合い話を大量に持ち込むようになるのだが、それらがことごとく失敗するのはまた別の話だ。

 「ふっふっふ。任せて母さん!『こんな事もあろうかと』、これを用意しておいたわ!(ああ、一日に2回も言えるなんて!)」

てけててん♪

 「ガスジェットぉ♪
 この携帯型飛行機械があれば、いちいちタラップなんて使う必要ないわ。最大時速90km以上のスピードで3分間の飛行が可能よ!」
 「さすが先輩!備えあれば憂いなしですね!」
 「ロスオリンピックで使われた奴の改良型ね」
 怪しげな効果音と共にこれまた怪しげな道具を白衣の中から取り出すリツコ。いったい彼女の白衣の中はどうなっているのだろう?
 「秘密よ」
 「先輩、急に何を言ってるんですか?」
 「良いから行くわよ。ほら、母さんも急いで」
 「わかってるわよ。・・・もっと親を気遣ってよね」





 ジオフロントゲートで2人の人影がとことこと歩いている。しばらく無言で歩いていたが、ふと自分たちの前方にいる存在に気がついたようだ。少し小走りになってそちらに進む。
 「鈴原、相田君!」
 「おっ、イインチョに山岸やないか」
 彼女たちより先に来ていた、トウジとケンスケだった。かなり歩いたのだろう、汗をかいていかにも暑そうだ。男臭さを増した2人にマユミは三歩引き、ヒカリは少し顔を赤らめる。
 「鈴原も連絡があったの?(い、いつもより男らしいわ)」
 「そうや。イインチョ達もか?(な、なんやイインチョ、熱でもあるんか?)」
 「うん・・・副司令が汗だくになってハアハア言いながら話しかけてくるんだもん。ビックリしちゃったわ」
 その時ヒカリが『不潔よぉ〜〜〜〜〜!!!!!』と叫んで騒いだ為、彼は通りすがりの警官に捕まっている。後に身元引受人としてユイを指名したが、彼女はそれを綺麗さっぱり無視したため、後日青葉が迎えに行ったのは別の話だ。
 話を戻す。
 様子がおかしいヒカリにちょっと腰を引きながらも疑問を口にするトウジ。
 「せやけどなんかおかしいで」
 「おかしいって?」
 ヒカリの質問に、やっと科白が言えると喜色満面のケンスケが答える。
 「なにも動かないんだ。呼ばれて来てもこれじゃ入れないだろ?困っちゃうよな、まったく」
 「ええっ!?・・・本当、動かないわ」
 ケンスケの言葉を聞いて、彼女たちも施設を操作しようとするが反応はない。
 「これも動きませんね」
 「どの施設も動かないわね。おかしいわ」
 「下で何かあったってことですか?」
 マユミの言葉にヒカリが眉をひそめる。そして考え込むヒカリにマユミは心配そうに話しかけた。完全に彼女のことを頼りにしているようだ。ハッキリ言ってケンスケはアウトオブ眼中。泣くなケンスケ。どこかで良いことあるさ。
 「そう考えるのが自然じゃない?」
 「・・・とにかくネルフ本部へ連絡してみます」



 「だめだ!非常電話もつながらない」
 エレベータの中の非常電話を置きながら、加持が言う。その視線は彼の横顔をじっと見つめるミサトに向けられている。恐怖に濁った目で。
 「私達が死んだらネズミのいい餌ね・・・」
 「ま、まだそういう事を言うのは早すぎると思うんだが俺は・・・」
 ミサトの言葉を必死になってかわそうとする加持。何しろここで負けたら彼のハーレムは消えて無くなり、彼は極太の鎖でがんじがらめにされるのだ。必死にもなろうという物だろう。
 彼の言葉が聞こえてはいないのかぼそぼそ呟き続けるミサト。
 「いいの・・・でも・・・」
 くるっと加持に背を向ける。
 「でも、せめて死ぬ前に一度で良いから花嫁衣装を着たかったな・・・」
 まるで十代の女の子のような口調のミサト。肩が小さく震えている。その後ろ姿を恐怖に震えながら見つめる加持。
 怪訝に思いながらもいつもとあまりにも違う彼女に思わず、優しい言葉を言いそうになるのを必死にこらえる。
 
(い、意外と可愛いなこいつ・・・って、そうじゃない!こいつは葛城の作戦だ。落ち着け、俺!でも、このまま捕まるのも・・・。どうせいつかは捕まるつもりなんだし・・・いやいや・・・だが・・・)
 そのまましばらく無言の2人だったが、突然ミサトが声を張り上げ加持にせまる。
 「何であんたそこで黙ってるのよ!?
 あんたの次の科白は『結婚式でもやるか?』でしょうが!!
 この私にあんな恥ずかしいことを言わせて返事すらしないなんていい度胸ね!!」

(あ、危なかった・・・しかしよく耐えたな、俺!偉いぞ、俺!)
 ミサトに首を絞められながらも、加持は先の攻撃をかわしきったことを誇りに思っていた。



 「ダメです!77号線もつながりません!!」
 青葉がここにいない冬月でなく、ユイに報告する。77号線とは最後の通信回線であると同時にもっとも優先される回線で、これが使えないと言うことはネルフは全ての回線を立たれ、完全に外部と連絡を取ることができないことを示している。更に連絡用のモノレールも電源が切れた今活動することはできず、ジオフロントは完全に孤立した。
 「通信による連絡は無理という事ね・・・それにしても暑いわね」
 その報告をいつものポーズで聞いていたユイは淡々と呟いた。だが、最後の一言あたりで緊張感が少し薄れる。
 「どうしたの、ユイ?」
 「うふふふふふ・・・良いこと思いついたわ」
 キョウコの質問にも答えず、いたずらっ子のようにニヤリとした笑いを浮かべた。




 「だめだ。連絡がつかない」
 携帯電話片手にケンスケがヒカリに呼びかける。
 「こっちもだめです。有線の非常回線も切れてます」
 ケンスケと反対側にある公衆電話から顔を上げてマユミがヒカリに言う。
 「どないするんや、イインチョ?」
 その横に騎士よろしく突っ立っていたトウジがヒカリに話しかけた。
 しばらく考えた後ヒカリは鞄からカードを取り出した。小さい紙にびっしりと情報が書かれたそれを見て慌ててケンスケとマユミも自分のカバンから取り出す。トウジはぼさっとしたまま。
 「なんや、それ?」
 「と、トウジ、緊急時のマニュアルだよ。ネルフに来たときユイさんから手渡されただろ?」
 「ん、あーあれか。すっかと忘れとったわ」
 そのまま『せやったせやった』と言いながらいっこうにカードを取り出そうとしないトウジ。まず間違いなくカードを持っていない。
 そんな彼を少し呆れた目で見ながらヒカリは一同を見回した。
 「とにかくネルフ本部に行きましょう」
 「そうですね。あの・・・行動開始の前にグループのリーダーを決めた方が良いんじゃないですか?」
 ヒカリの言葉を受け、マユミが控えめに発言する。少しおどおどした声だがそこがまた可愛くて、思わずトウジは『男やったら守ってやらなあかんな』と思ってたりする。それを敏感に察知するイインチョ。ぎろっとマユミに鋭い視線を向けて彼女を沈黙させた後、口を開く。
 「そうね・・・誰にする?」
 「この相田!相田ケンスケにお任せを!!!」
 ヒカリの言葉に間髪入れずに挙手するケンスケ。妙に張り切っているが原因は・・・身の程知らずめ。
 「ま、いいんじゃない?」
 「そうやな。しっかりたのむで」
 とりあえず反対する理由もないし、本人はやる気満々なので賛成するヒカリとトウジ。マユミは先のヒカリの一睨みのせいもあり沈黙したままだが、どこかケンスケをリーダーにするのは不安そうだ。そんな彼女の心も知らず元気よく声をあげるケンスケ。
 「任せとけ!サバイバルで鍛えた俺の実力を見せてやるよ!
 じゃあ、行くぞ!!」
 「相田君、こっち第7ルートから下に入れます」
 勢いよく振り返ったケンスケと反対方向の扉を指差してマユミが言った。
 「リーダー解任やな」
 「そうね」
 遠くローマ法王の心臓の音が聞こえそうなほどの沈黙の後、ヒカリとトウジが宣告した。
 10秒ともたない電撃解任。ここまで早いと何も言う言葉が見つからない。
 シンジの居ない今、彼のヒエラルキーは最低のようだ。もっともシンジのヒエラルキーは場合によっては最高になるからやはり最下級の存在は彼かも知れない。
 「し、しかしドアが動かないんじゃ・・・手動ドア・・・」
 それでも何とか自分の行動を正当化しようとするが、扉の横についている巨大なハンドルを見て固まる。
 「鈴原・・・」
 「みなまで言うな。ワシに任せとかんかい!・・・なんやもう開いとるで」
 トウジがハンドルに鼻息荒く手をかけるが、扉はすでに開いていた。すでに大口を開けている扉に全員の目が集まる。
 不審に思いながらも扉をくぐったヒカリは、廊下の中央に目に付くようにおいてあったメモを拾い上げた。
 「霧島さん達が先に行ってるみたいね。追いつけるかしら?」



 その頃マナ達鋼鉄の三人組は・・・
 「こ、ここはどこだーーーーーー!!!?マナーーー、ケイターーーー暗いよ怖いよ狭いよーーーーー!!!!」
 「「うるさい!!」」
 迷っていた。



ガシャン!

 電話をしていた将校は、受話器を叩きつけると腰をうち下ろすように椅子に降ろす。
 「統幕会議め!こんな時だけ現場に頼りおって!!」
 彼の剣幕に同僚の将校が恐る恐るといった感じで話しかける。
 「政府は何と言っている?」
 「ふん!第二東京の連中か?逃げ支度だそうだ」
 『使徒は依然健在。侵攻中!』
 しかめ面をする彼らの上にオペレーターが更にいらつかせる報告をする。
 「とにかくネルフの連中と連絡を取るんだ」
 「・・・しかし、どうやって?」
 「直接行くんだよ」



 第三新東京市めがけてスピーカー全開のセスナが飛来した。
 『こちらは第三管区航空自衛隊です。ただいま、正体不明の物体が本地点に対し移動中です。住民の皆様は速やかに指定のシェルターへ避難してください』
 夜勤のため午後から出勤の日向の上を爆音とアナウンスと共に飛び越えていく。その放送を聞いて大慌てで周囲を見回す日向。
 「やばい! 急いで本部に知らせなきゃ!
 でも、どうやって・・・」
 努力の甲斐あって彼の目に一台の選挙カーが目に入った。日向の目がうれしそうに輝く。
 『こういった非常時にも動じない、高橋、高橋覗をよろしくお願いします』
 「お〜ラッキ〜〜♪」



 エレベーター内では加持が汗でどろどろになったワイシャツの胸元に手で風を送っていた。相変わらずにやけた顔だが、場所は密閉された狭いエレベーター内部。その表情にもどこか無理がある。
 「それにつけても、暑いな・・・」
 「空調も止まってるからね。加持君、暑いなら上着くらい脱いだらどう?」
 「いくら何でも・・・葛城ぃ!?」
 ミサトの方を振り返った加持は驚きの声をあげる。すでに彼女は下着だけ残して上を脱いでいた。エレベーター内部にミサトの女の香りが充満し、かなりすり切れた加持の理性という名の糸を浸食する。もういつ切れてもおかしくはないが、加持は目をつぶり耳をふさいで必死に抵抗。
 「今さら恥ずかしがることもないでしょう?」
 そのまま背中から加持に抱きつくミサト。そして、背中越しに甘い言葉を囁きかける。
 「いいのよ・・・。加持君なら・・・」
 男として涙を流すべきシチュエーションにまさに理性という名の堤防は決壊寸前。だが、これは罠、デッドエンドだということもわかっている理性は最後の抵抗をする。
 (食べちゃダメだ。食べちゃダメだ。食べちゃダメだ。今食べたら完全に捕まってしまう。だから、食べちゃダメだ・・・。しかし美味しそうだな・・・。いつ電源が回復して人が来るかわからないと言うシチュエーションも、かなり燃える物がある・・・。もちろん、こんな事やあんな事も、この前できなかったあれも・・・クックックッ)
 どうやら理性と欲望の勝負は欲望の勝利が確実のようだ。



 空気がよどんできた発令所内部はかなり気温が上昇していた。さすがのマヤも胸のボタンを二つ外してうちわで扇いでいる。ナオコは化粧が崩れたのか速攻で化粧室に避難していた。いったい何しに発令所まで来たのだろう?それはともかくとしてあまりの不快さにリツコまで愚痴をこぼす。
 「まずいわね。空気もよどんできたわ。はあ、これが科学の粋をこらした施設とは・・・」
 「でも、さすがは碇司令と惣流顧問。この暑さにも動じ・・・・・・」
 途中まで言いかけて上を仰いだマヤの言葉が途中で止まる。マヤが硬直したことに驚きリツコも慌ててユイ達の方に視線を向けた。そして彼女の目に入った光景にリツコは我を忘れて叫んだ。それほど発令所最上段の光景は凄まじい物だった。
 「・・・・・・・いいいいいいいいい、碇司令!いったい何をやってるんですか!?
 「水浴び♪」

 ユイとキョウコはどこからか持ち込んだビニールプールで水浴びをしていた。
 何故かすでに居るレイコとお揃いの水着まで着て、完全にこの不快な状況を楽しんでいる。そのあんまりと言えばあんまりな光景に、リツコの怒りのレッドゲージは限界まで振り切れ、こめかみの血管からふき上がる。
 「し、司令がそんな遊んでいたら示しがつきません!!いい加減にして下さい!!」
 リツコの怒鳴り声にてへっと舌を出して謝るユイ。
 「でも、汗まみれになって司令席に何も言わずに座っているのって、結構きついのよ。それより、リッちゃんも着替えたら?みんなの分のビニールプールも用意してあるわ」
 見ると、下層の廊下ではすでに幾人かの職員が水浴びをしている。コンピューターを扱わないといけない職員達もそれを羨ましそうに見ながら、制服を脱ぎ捨てもっと過ごしやすい服装に着替えていた。風紀の乱れもここに極まれり。
 「リッちゃんは端末を操作しないといけないから、プールはダメだけど着替えならあるわ。遠慮しないで着替えて。
 ・・・それにしてもみんな遅いわね。シンジ達はどうしたのかしら?」
 水着片手に楽しげに言うユイにリツコはついに切れた。

 「もうイヤ!もうイヤ!
 何で私はこんなアットホームな組織に入ったのよぉぉぉぉぉっ!?」


 (類は友を呼ぶ・・・って事は俺もかぁ?)
 青葉はそう思ったが賢明にも口には出さなかった。



 その頃噂のシンジ達はと言うと・・・
 「こぉの馬鹿シンジぃーーーーーーーー!!!!!!」
 「うわああぁぁ、ご、誤解だよ〜〜〜。
 アスカ落ち着いてよ!後生だからさぁ!!」
 情けなくも地面にはいつくばっていた。シンジは怒髪天のアスカに詰め寄られて必死にごまかしているが彼女の怒りはまったく治まらない。どうやら決定的な光景を見られたらしく、シンジは真っ青、アスカは真っ赤、そしてレイは桃色に頬を染めている。
 「うるさい!レイを背中から抱きしめておいて何が誤解よ!!浮気者!!エッチ!馬鹿!!変態!!もう信じらんない!!」
 「あ、あれはビオラを教えていただけで、アスカが考えていたようなことじゃないよ〜〜」
 「じゃあ、あんたはレイとは何もやましい事は無かったって言うのね!?」
 「そうだよ。誓ってもいい!」
 ようやく少し治まったアスカに、シンジも少し元気を回復する。実際やましい事はしていない(つもり)だからその口調も少し震えながらも自信にあふれている。その口調に少し引きながらも、アスカは今だ嬉しそうにシンジを見つめるレイに視線を向ける。
 「レイ!どうなの!?」
 「碇君、とても優しくしてくれたわポッ)」
 レイは正直に事実を告白した。その言葉にシンジは青色というか黒い顔をし、アスカは本当に髪の毛が逆立った。
 「し、し、し、し、シ〜〜〜〜ン〜〜〜〜ジィ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!
 「綾波、なんて事言うんだよぉ!?」
 「・・・優しく音楽を教えてくれたの」
 後から言葉を付け足すレイ。

 (綾波・・・その言葉、ちょっぴり遅いよ・・・。母さん、僕は一足早くおばあちゃんと父さんの所に行きます。親不孝を許して下さい・・・)

 顔面へのニーリフト、後ろに回ってのジャーマンスープレックス、引き起こしてからとどめのスティングスクリュードライバーで意識を失いながらシンジは思った。



Bパートに続く

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