終末の果て

 

THE END OF EVANGELION after story

 

 

 

 

 

  例え、50億年たってこの地球も月も太陽すらなくしても残りますわ。

  たった一人でも生きて行けたら・・・

  とてもサビしいけど生きて行けるなら・・・

 

 

 

  彼女の、かつての私の教え子の、言葉が脳裏を過った。

  しばらくして、その言葉に私は応える。

  本心から。

 

  ヒトの生きた証は残るか・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  「副指令、大丈夫ですか?」

  聞いてきたのはオペレータの一人。

  どうやら此処は本部の第二発令所のようだ。

  急に視界に飛び込んできた人工の照明は少々起き抜けの目には辛い。

  「ん・・・ああ、大丈夫だ。

  それより・・・サードインパクトが発生したのではないのか?

  確か私はユイ君を見たような気がしたのだが・・・」

  見回してみると私自身の他にはオペレータの3人しか見当たらない。尤も、最後にはこの3人しかいなかったか。・・・・・・戦自の奴らも無茶をしおる。流石は平和憲法を持った国の軍隊だ。証拠なぞ残さぬか。

  「いえ、副指令。

  私も先輩を見てそれからLCLになったと思ってたんですけど、こうしていますし・・・

  ひょっとしてシンジ君がサードインパクトを未然に防いだんじゃあ・・・」

 

  伊吹君の意見はもっともだった。

  ただ、一度LCLになった以上はサードインパクトを未然に防いだと云えない事も確かな事であったが。

 

  「まあ、こうしていてもしかたありませんよ。

  副指令に指揮をとってもらって、とりあえずは本部施設内に生存者がいないのか確認をとります」

  青葉君はサブマシンガンを片手に立ち上がった。

  弾倉を確認すると、側に転がっている予備のものも確認している。

  「一人で大丈夫か?

  俺も行った方が・・・」

  「いや、日向君と伊吹君にはMAGIの方を見てもらいたい。

  青葉君には私が同行しよう。

  いや、どうせ戦自のやつらは残ってはおるまい。

  心配は無用だ。

  では後は頼む。可能な限り・・・MAGIのデータの方を引き出してくれ。

  この様子だといずれ他の生き残った人員も動き始めるに違いない。そのような動きが逢った場合には此処に来る様に伝えて欲しい。

  最後に何が逢ったのか・・・まさか生き残った人間に隠し立てするわけにもいくまい。

  そして、今後の復興に関しては情報戦が鍵になる。MAGIによる今後の試算を再優先で進行させてくれ。

  無理かも知れないが今週中に政府の方に今後の復興案を提出したい。今は何よりも優位に立つことが大切だ」

 

 

  もっともらしいことを云っているが、修羅場に、ヒトの『死』に直接立ち向かう苦しみを味わうのは少ない方が良い。

  そして隠さねばならないモノ、私と碇が彼等に負わせるわけにはいかない傷は隠し通さねばならないのだ。

  現実は綺麗事だけでは済まされないのだから。

  「はい、副指令。

  一応、ですがどれくらいで戻って来られますか?

  何かあってからでは遅いので」

  「うむ。では遅くとも2時間後には連絡を入れることにする」

  そう私自身云ってから気がついた。

  主要ケーブルはあらかた戦自にやられてしまったかも知れない。

  「じゃあ非常用ケーブルを使って下さい。

  流石にあれは狙われてはいないと思いますので」

  伊吹君は淡々としながら、いや、さっぱりと云った。

  きっと赤木君のことが気になっているのだろう。

  彼女の事は、碇同様に予想がつく事だった。

  しかし敢えて何も話さずにこの場を去った。

  まだ私には彼女に全てを話す自信が、勇気が、なかった。

 

 

 

  第3層まではベークライトを注入してしまった以上、自然とそれよりも下方階層のみに捜索が集中する。

  そして我々は発令所を出たすぐの処から通路を進む。

 

  「こりゃあ・・・酷い」

  青葉君が口元を手で押さえながら云った。

  私自身、年の功で辛うじて体面を保っていられる程度だ。

  セカンドインパクト時の混乱を除けば、こんな惨状を目の当たりにする事はなかっただろう。歳を取ると嫌な記憶ばかり増えるものだ。

 

  通路一面に散らばった服。

  ネルフの本部職員に支給されている制服が辺り一面、通路のリノリウムを覆い隠している。

  ひとつとしてまともな状態にないのは、戦自の職務への忠誠心とでも捕らえれば良いのか。

 

  肩から先が失われたもの。

  胸から下の部分が遥かに離れたところに転がっているもの。

  無数の弾痕によりただの布切れと化しているもの。

  原色を止めないほどに炭化したもの。形がしっかりと残っているだけに生々しい印象を受ける。

  衣服の状態から惨状は容易に想像がつく。

 

  体組織はやはりLCLに還元されたのであろうか。

  毒々しい赤い色と苦痛に満ちているであろう彼等の顔を見ないですむのは不幸中の幸いと云うべきだろう。

 

  「マヤちゃんを連れて来なくてよかったな・・・」

  彼はそう呟くと真直ぐ前を見つめ直した。

  決然とした面もち。

 

  しかし、流石に彼にもドグマの方に入ってもらうわけにはいかない。

  あそこへきっと碇と赤木博士は行ったのだろうが、あのようなことがあった以上はまず生きてはおるまい。

  彼等の最期がどうであったのか・・・想像に難くはないが、碇はきっとユイ君に会えたのだろう。そのことだけが彼の安らぎであり、全てを犠牲にしてきた代償であったのだから・・・・・・

  見た者全てに責任を追わせるような真似は出来ない以上、あちらの方は私が個人的に始末をつけるしかなさそうだ。特殊工作員が残っていれば良いのだが・・・・・・あそこの施設は赤木博士以外には彼等しか触れていない。

  「まったく・・・厄介事ばかり私に押し付けおって」

  誰が聞くでもない独白は、通路の向こうへ消えていった。

 

  今我々が向かっているのは生存者がいるとしたら一番可能性の高いであろう部署。

  諜報0課。

  非公式の部署であるが故に部屋の位置も限られた人間しか知らない。

  MAGIの内部資料にすら載っていないと云う念の入り具合だから戦自にも攻撃はされていないはずだ。

 

 

  半ば瓦礫に埋もれるようにしてその扉は存在した。

  もともと一般区画ではなく一定階級以上しか入れない特殊指定区だったことや、端の小さな休憩室に置いてある自販機の影に扉が設置されていたことなどが幸いしたようだ。

  「副指令、カード貸してもらえますか?

  俺のカードじゃ此処は開かなくて」

  此処の電源はまだ生きているらしい。『Locked』と橙色の文字が薄暗がりに浮かび上がる。

  私は無言で頷くとカードをリーダーに通した。

 

 

 

 

 

 

 

   THE END OF EVANGELION

 

       The story after conclusion

 

         Episode:0'  匣の中の失楽

 

 

 

 

 

 

 

  「なあ、マヤちゃん。

  他のやつらどうなったと思う?」

 

  日向さんの声が隣から聞こえるけど、私は敢えて聞こえない振りをした。

  その間にも私の手元から、もちろん隣のコンソロールからもキータッチの音は絶えることがない。

  さっきからの検索で分かったことと云えばMAGI自身には大した損害はないこと、外部への交信は正常にできる『らしい』こと。

  少なくとも衛星につなげたことからそれくらいの推測は可能。

  ただ、外部からの応答が全くないのは・・・これもやっぱり予想の範疇だったけど。衛星に繋げたって他の端末が受信出来ない様な状態だったら応答出来ないんだから。

  復興計画をたてる前に被害状況の正確な把握が必要になってくる。

  外部センサの生き残りが少ないのが気になるけど、今は世界規模での被害探索に持てる力を注いでいる。

 

 

  「副指令達・・・遅いですね」

  ようやく手を止めた私の方を彼はゆっくりと見る。

  モニタの時計をチェックするとあれから2時間少々経っていることが分かる。

  「非常用回線がやられてたかな?さっき見た感じでは『異常なし』だったけど・・事故診断そのものにエラーが走ってるのかな?

  それより、疲れない?ちょっと休憩にしよう」

  日向さんは手をコンソロールから離すとリクライニングに持たれかかった。

  本当なら何かに集中していないと不安に襲われてしまいそうだったけど、私の体は彼の提案を呑むことを切望していた。

 

  発令所のコーヒーメーカは壊されていたから下から予備を持ってくる。

  コーヒーのいれ方は先輩に教わった。ネルフに勤め始めた頃に。

  豆を蒸気に当てて、ちょっと寝かせておいてからお湯を注ぐ。

  どうでも良いことかも知れないけど、そんなちょっとした仕種ひとつひとつに先輩の顔を思い出してしまう。

 

 

  「先輩・・・」

 

  先輩はMAGIの自立防御をしてからドグマに行く、とだけ残して行ってしまった。

  さっき見た管理者コードは私のIDになっていた。

  それだけでも・・・・・・何があったのか分かる。

  裏ではMAGIが自爆シーケンスを発動させようとしていた。

  もっとも・・・・・・CASPERに否決されていたみたいだったけど。

  知りたくないのに、それでも最悪の事態が頭にこびり着いて離れない。

 

  「先輩・・・どうして・・・」

  滴り落ちた涙が過熱されているホットプレートに落ちて、味気ない音を立てて蒸発した。

 

  その小さな音もしばらく続いて、やがてなくなった。

 

 

  「日向さん、コーヒーいれたのでどうぞ」

  さっきは自分から休憩にするとか云っていた彼だったけど、今もまた検索をしていた。

  もちろん、MAGIのセンサは戦自に大半の部分を破壊されてしまっているけど、電算室を経由しない下層部のセンサは大半がまだ生きている。

  センサそのものを壊したのではなくてセンサをつなぐケーブルが切れているみたい。

  少しでも早い計算処理のためには今現在使える計算機を全て投入したい。

  その為にも彼には本部施設内の被害探索にあたってもらっていた。

 

  ディスプレイを見ると専ら緊急用エレベータ付近のデータに集中している。

  今のMAGIにできることはそこに人がいるかいないか確かめることと被害状況の確認くらい。なのにどうして・・・と声に出しそうになった。

  数瞬後に食い入るようにディスプレイを見ている彼の意図が分って、コンソロール横にカップを置くと私も席に戻った。

 

  どうしてさっき彼が休憩にしようと云ったのか、その理由が解って何だか嬉しかった。

  今まで先輩のことをゆっくり考えてなんかられなかったし・・・

  自分のことで頭がいっぱいで他人のことまで考えてられないような自分が恥ずかしくなって、それから日向さんを見直したりした。

 

 

  Pi

  端末に回線が繋がっているマークが表示される。

  私はヘッドセットを頭に押し当てた。戦自の銃弾が擦ったみたいでバンドの部分が引きちぎれてしまっている。マイクは・・・大丈夫、まだ生きているみたい。

 

  「はい、発令所です」

  『伊吹君かね?

  連絡が遅くなって申し訳ない。

  生存者なんだが、予想以上に多く生き残ってくれたようだ。

  本部職員でも技術課や諜報部の方は殆ど残っている。

  彼等はこれから地上へ出てパイロットを探すらしい。

  バックアップを頼みたいのだが・・・今のMAGIでどのくらいまで可能かね?』

  日向さんはスピーカからの声を聞くと同時にコンソロールを叩いていた。

  ディスプレイの大半を占める大きなウィンドウが表示され、システムの稼動状況を示すグラフが大きく波をうっている。普段は綺麗なサインカーヴを描いているはずの稼動指数が直線的になってしまって、これではMAGI本来の性能がだせていない。単なる計算機としてしか働けない。

 

  不安定すぎる・・・

  ただでさえハッキングを受けてから自立防御システムのまま使っていたのもあるだろうけど、CASPERの調子が著しく低下している。それに先輩のプロテクトの影響もあると思うけど・・・

 

  「日向さん、どれくらいいけますか?」

  「・・・これだと衛星からのデータしか使えないし、それも分解能そのものがかなり落ちているからなんとも言えないけど・・・

  副指令、光学探査はカメラの破損のため不可能ですが赤外線と・・・若しくはエヴァそのものなら検索出来そうです」

 

  エヴァそのものって・・・

  アスカの弐号機はエヴァシリーズにやられちゃったし、初号機は・・・?

  MAGIのディスプレイにも弐号機と初号機は所在不明の表示が点滅している。

 

  『分かった。

  じゃあMAGIを通してデータを彼等の端末に送ってくれ。

  それから、私たちは発令所に一度戻ることにする。

 

  他に・・・誰か生存者は確認出来たかね?

  私たちは第3特殊地区の方を主に探してきたんだが』

 

  彼は唇をかみしめながら私の方に目配せをする。

  日向さんの縋る様な瞳に、私は応える事が出来ない。

 

 

  現実は・・・甘くなかった。

  今まで使徒との戦いに幾度も確立の壁を乗り越えた事はあったけど、今度の壁はどうしても乗り越えられそうにない。

 

  黙って、私は首を横に振った。そうするしかなかった。

 

  「いいえ、その他の地区においては、今のところ生存者の確認は出来ていません」

 

  ヘッドセットを通して二人しかいない発令所に響いた声が最後の望みまで断ち切ったような気がした。

 

 

 

 

  マヤちゃんがいれてくれたコーヒーに手をつけながら視線はディスプレイに釘付けだった。

  葛城三佐がどうなったのかは・・・予想がついた。

  『あと、よろしく』

  最後に直接聞いた彼女の声が脳裏に甦る。

  知らず知らずのうちにコンソロールを叩く手に力が入る。

  消音キーボードから悲鳴があがっていたが、気にすることも出来ない。

 

  MAGIが衛星を開いた状態で地球の全範囲を検索している。

  そのサーチと同時進行で、施設内の状況を見ているけど・・・

 

  ケージにもベークライトが注入されていて、その他のメインバイパスも稼動率0.08%

  データ通信ケーブルもあらかた切断されて僅かにセントラルドグマの周辺を確認出来るのみ。

  徹底された破壊活動。

  非人間の極み。

  使徒の方がよっぽど良いな、確かにこの現状を見せられたら。意図的にこちら側を壁際に追い詰めておいて撃つ様な残酷さ。

  

 

 

 

  プシュッ

  軽い音を立ててドアが開いた。

  「どうだね、作業は進行しているかね?」

  副指令が戻ってきたらしい。

  「はい。

  今日向さんが施設内の残りの部署に関してもチェックをいれています。

  あと、青葉さんは?」

  マヤちゃんが副指令にもコーヒーを渡しながら尋ねる。

  「ああ・・・

  彼は技術部の方を総動員して施設の主要部分だけでも片付けをするとか云っていた。

  特に今現在使える分の電算センターだけでも確保しておきたいからな。電力供給の方も非常用電源ではあるが何とかなるだろう。

  そのうち何か連絡があるのを待つしかないな」

 

  副指令の言葉が終わるか終わらないかのうちに再びMAGIの端末に通信が入った。

 

  『こちら諜報部。

  初号機及び弐号機パイロットの生存を確認しました。

  衰弱している様子ですが、命に別状はない模様です。

  このまま彼等を収容して一時帰還します』

 

  発令所で三者三様の安堵の吐息が放たれた。

 

 

 

to be continued the first chapter

 

 

 


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  またソースにも幾らか書き込みがあるのでよろしければ御覧下さい。

’99 May 20 初稿完成

’99 Aug 10 改訂第三稿完成

’00 Mar 15 改訂第四稿完成




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