【未来に生きる希望】

<第二話:大人達の思惑>

Bパート>

 シンジは病室を出た後、小走りして先を行くミサトに追いついた。

 ミサトがシンジに気づき、振り向く。

「アスカずいぶん元気になったじゃない!シンちゃんもアスカを毎日見舞ってた甲斐があったてもんね!」

「しかも、思いっきりラブラブモード!いや〜、当てられる当てられる。」

(これでぜ〜ったいにシンちゃんの顔は真っ赤だわ。)

 だが、ミサトの意志に反してシンジはちょっと顔をうつむき加減にしていたが、すぐにミサトの目をまっすぐに見上げた。決然たる視線で。

  

  

「ミサトさん、相談したいことがあります!誰にも訊かれないところで!」

 ちょっと間をおき、ミサトはぼける。

「どういうこと?ははーん、ひょっとして恋の悩み?」

 シンジのあまりに真剣すぎる眼差しを解きほぐそうとしたミサトだが、かえってシンジの切迫感は増したようだ。

「茶化さないで下さい!僕は真剣な話をしてるんです!!」

 さすがにミサトもシンジの気迫を見逃すわけにはいかなかった。

「じゃあこちらに行きましょう。」

 表情も声色も真剣なものに変え、肯くミサト。軍人としての本能が表に現れたようだ。そして足早に歩き出す。

 シンジも肯き、その後に続いた。

  

  

  

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「ここらでいいわね。」

 ミサトが立ち止まるまで、二人はかなりの距離を歩いた。

 第14使徒、ゼルエルの撃滅後、放棄された地区。ミサトはそこにシンジを連れていった。

 床には、ゼルエルのレーザーで穿たれた大穴が開いている

「で、相談ってなに?」

 真剣な表情で尋ねるミサト。もう頼りになるお姉さんどころではない。完璧に軍人としてのスタイル。ミサトが本気になったときの証拠。そして、シンジにとって怖いミサトさん。でも、シンジはもう逃げない。アスカのためにも、カヲルのためにも、もう逃げることは出来ない!
「現在製作中のEVAが、ネルフに攻めてきます。」

 シンジは、アスカが復活した過程を含め、カヲルから聞いたことを全てミサトに話した。最初は半信半疑だったミサトも、話が進んで行くにつれて真剣に耳を傾けていった。

  

カヲルの存在。

アスカの復活。

使徒とレイの存在理由。

そして人類補完計画。

  

 シンジが全てを話し終えた。

 ミサトは、さすがにこの話を全て信じきれない。しかし、現在のネルフへの不満、疑問が胸に残る。不要になったはずのEVAを用いた訓練。使徒を全て倒したにもかかわらず未だ始まらない人類補完計画。人間によってアダムから造られた人、綾波レイの存在。加持が遺した資料に記されたものと、シンジがカヲルから教えられたものとが奇妙に一致する。さらに、シンジが嘘をつくような子でないのはよく知っている上、すぐには直る見込みのなかったアスカが実際に復活している。そして、カヲルが第十七使徒タブリスというのも判明している。つまり、シンジが確実に嘘をついてる、もしくはだまされているという証拠が全くない。逆に、シンジの言っていることが全て正しいという証拠もないが…。ミサトは考えてみて、決定的なことに気がついた。

(もう少し情報がほしいわね)

「…リツコに問いただしてみるか…。」

「何か言いました、ミサトさん?」

「あぁ、独り言、気にしないで。とりあえず、その件に関してはじっくり調べてみるわ。話が大きすぎて、裏がとれないとなにも動けないし…。それでもやれることはきっちりやっておかないと、いざというときに後悔するわ。アスカがEVAに乗れるようになったら、より実戦向けの訓練を行いましょう。」

 シンジはそれで納得するしかなかった。大人で頼りになるのはミサトさんだけ。加持さんがいれば、と痛切に思うが、死んだ人を惜しむより生きてる人が大事だと思う。そして、自分自身で出来ることをやるべきだとも。だから、

「お願いします、ミサトさん。僕に出来ることは、何でもやりますから!」

 そう、シンジはアスカが復活する前に比べて随分前向きになった、少なくともミサトにはそう見えた。そしてそんなシンジを応援してやりたいと思う。そしてこの子達に未来を残してやることが、大人達の義務だとも。だから、ミサトはシンジにこう答えた。

「無茶はしないでね。それは私たち大人の仕事だから。」

(そう言いながら、あなた達をEVAに乗せて戦わせているのも私たちなんだけどね…)

 最後の部分は口には出さなかった。代わりに

「だから、アスカのことはよろしくね!戻ってきたらまた一緒にやりましょっ!!」

「ええ!!」

 シンジも明るく笑いながら、大きな声で肯いた。

 そして久しぶりにミサトのマンションに戻り、腕によりをかけてアスカのためにお粥を、ミサトのために香草ソースをかけたビーフステーキを作った。

  

  

  

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 ミサトは、シンジと別れてすぐにリツコの元に向かった。

 独房の中でリツコは独り、悄然と座っている。ミサトは合い鍵で中に入り込む。そして立ったまま、座り込んでいるリツコに言葉を投げおろす。
「久しぶりね、リツコ。気分はどう?」

 かなり冷淡な口調で尋ねるミサト。シンジと対したときとはまるで別人。

 でもどこかにリツコを思いやる気持ちが残っていた。
 リツコはうつむいたまま、思いっきり投げやりな口調でミサトに応える。。最早私の人生は終わったと言わんばかりに。

「見ればわかるでしょう。最悪よ。」

「で、今日は何の用。言っとくけど私は常に監視されてるわよ。」

 躊躇なく尋ねるミサト。

「かまわないわ。まだ私に利用価値があるから殺されはしないわよ、あなたとおなじにね。」

「第十七使徒の渚カヲル、そしてファーストチルドレンの綾波レイ。彼らはいったい何者なの?人類補完計画にどんな役割を与えられているの?」

 その言葉を聞き終えたリツコは、うつむいていた頭をさらに横に向けた。

「私になにを言わせるつもり?」

「真実を教えて欲しいだけ。私は子供達に未来を残してあげたいの。彼らにだけは生き残って欲しいの、ただそれだけ。」

………

 沈黙の時間。それからリツコは重い唇を開き、ミサトに言った。

「私には言えないわ。」

「知りたいのなら、貴方自身の手で調べなさい。」

 そして立ち上がる。いや、立ち上がりかけたがそこでよろめいた。そう、ミサトに向かって。そしてミサトにぶつかった瞬間、ミサトのポケットに何かを滑り込ませた。それからもう一度ミサトに小さくささやいた。

「そのカードでマギのガードをかいくぐれるわ。パスワードは私の母さん。」

 ミサトはなにもなかったようにリツコを受け止め、独房を後にした。

(ありがとう)

 感謝の声は誰にも聞こえなかった。

  

  

  

 ミサトが去った後、リツコは心の中で自問していた。

『私は、人類補完計画を完成させたいのかしら、それとも壊したいのかしら。母さん、…そしてあの人の作り上げたものを…。』

 そして小さく口に出して呟く。

「結局、私は自分のことは、自分で決められないのね。ミサトと違って………」
  

  

  

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 その夜、ミサトはシンジがアスカの見舞いに行った後、シンジの食事を久しぶりに堪能した。それからネルフへ向かった。目指すはマギシステム。使う武器は、己の頭脳、加持の遺した資料、そしてリツコのくれたPCカード。彼女はガードの目をまき、そしてくぐり抜け、ネルフへとたどり着いた。彼女は、まず最初に加持が見いだした警戒システム上の盲点を突破、誰もいない旧発令所に忍び込む。続いてかつてマギシステムがおいてあった場所に移動、そして暗い空洞の中、ディスプレイの明かりを頼りに残されたマギの端末にケーブルを繋ぐ。そして、これまでは直接携帯端末に接続していたケーブルを、リツコからもらったPCカードを媒介にして携帯端末に接続する。ケーブルを介し、マギシステムと接続を開始する。最後に今まで現れなかった「PASS WORD」の項目。そこに「AKAGI NAOKO」と打ち込んだ。

………

 それから数秒が何事もなく過ぎ去る。ミサトがパスワードの打ち間違えを危惧した瞬間、ディスプレイに、

『GATE OPEN』

の文字が現れ、続いて、

『TRANSMITTING DATA』

の文字が点滅しながら巨大な情報を彼女の携帯端末に送り込んだ。

 ガード、そしてシステム管理者の目におびえながら、拷問に等しい10分間をミサトは愛用の拳銃を持ちながら耐え抜き、そして帰宅後一睡もせずにもたらされた情報の解析を始めた。

  

  

  

 朝、シンジが食事の支度を始めだした。

 ミサトも気がついたがあえて無視を決め込み、データの解析に当たる。その情報は、ミサトの想像を、いやシンジから伝えられたものを遙かに越えた巨大なものだった。しかもまだ解析途上である。気は焦るが、ミサトの情報解析能力、特にコンピューター操作ではリツコにはおろか加持にも大きく劣る。その点を自覚していたミサトは、だからこそ時間をかける必要を知っていた。だから急かされる気持ちを抑え、ゆっくり確実に解析を進める。

(なんとか今日の夕方には全て解析することが出来そうね)

 得られたデータの解析に全知全能を傾けているミサトには、シンジの呼ぶ声も当然耳に入らない。そのうち、シンジがミサトを朝食に呼ぶ声も消える。

………

 ようやくめどがついたころには、シンジの作った朝御飯はすっかり冷めていた。

  

(……なんてこったい!)

  

  

  

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 ミサトの解析作業は思ったより順調に進んだ。既に加持、シンジからいくらか情報を入手していたことが効いている。しかし、解析が進むにつれてミサトの心は重く、沈んでいった。

(なんて計画なの!?)

(これでは、人類補完計画というより人類改造計画、いえ人類滅亡計画と言ったほうが正しいわね)

(加持の情報も、シンジ君の教えてくれたことにも嘘はなかった)
(碇ユイ、碇指令の妻、そしてシンジ君のお母さん。彼女がネルフの補完計画のキーパーソンとはね。でもこのことをシンジ君に話すべきかしら?)

(レイは、この計画でもっともつらい役割を担っているのね。このときまで死ぬことも出来ず、補完計画の後は用済みとなり、消去されるだけの存在なんて)

ミサトの心の中に怒りが、嫌悪感が止めどもなく沸き上がる。

(未来を選ぶのは子供達の権利の筈なのに…。私は私の意志でこの計画を叩きつぶすわ。私に出来るあらゆる手段を使って!シンジ君、アスカ、そしてレイのためにも!せめてそれだけが私に出来る贖罪!)


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