第13話「A’z」
ツリーのランプが消え、規則的な模様が一気に変化する。
トップを張る連中は上々のスタートを切る中で、アスカも最高に近いスタート切った。
それでもアスカの目の前にマックスのマシンが滑り込む。
「くぅ・・・」
そのアスカの目に白いマシンが映る。
「レイ?!違うっ!」
アスカは横に並んだマシンをハッキリと認識。
「コイツは前に出しちゃ駄目!」
彼女の注意はマックスから彼を押さえ込むことに注がれる。
迫る1コーナー、横に並ぶマシンから受けるプレッシャー。
アスカも限界まで粘ってはみた。しかし、サーキットとなれば彼に軍配が上がる。
グレーのマシンがアスカの外から被せるように前に出ていった。
「アイツはシンジの後ろだった筈なのに・・・」
カヲルは本気だった。彼の最大の武器はサーキットでこそ威力を発揮する。
そんな彼だからこそ、後ろでモタモタしてはいられない。
シンクロ率を最大限上げてロケットスタートを成功させ、アスカの前にマシンをつけた。
「まずは第1の作戦、成功だね。後は彼について行くだけだ。
サーキットで稼がないと僕は勝てないからね・・・」
一方シンジもなかなかのスタートを切れた。しかし、上位陣は全員ミスをしなかった。
グリッドのポジション順で1コーナーに侵入してゆく。そう、1人を除いて。
コーナーで速いカヲルはS字でマックスの真後ろにつけた。
だが、カヲルは前を走るマシンを見て変だと思う・・・遅すぎる。
(彼はここまで遅くないはずだ。何かあるのか)
そう思った矢先、マックスはカヲルに道を譲るように黒いマシンが
レコードラインを外れ、カヲルを先に出す。
「どういうつもりなんだ、トラブルでもないだろうに・・・でも、助かるね」
アスカもマックスの態度を見た。
「トラブル?フフン、ざまぁないわね」
彼女の目の前に黒いマシンが迫ってくる。彼女もそのまま抜いていこうとするが・・・。
黒いマシンはアスカの目の前にその車体を割り込ませた。
「!!何?!どういうつもりよ!」
マックスは真後ろに見える赤いマシンを見て含み笑いを浮かべる。
「フフフ・・・今回のレースはあなたとダンスを踊るのが目的・・・まずはご挨拶ですよ」
マックスは少しレコードラインを外しながら走行する。
観衆にしてみれば一風変わったラインをトレースするマックスの走り方は新鮮だった。
しかも要所はきっちりと押さえ、アスカを先に行かせない。
マックスのダンスは観衆とTV観戦者を熱狂させた。
「くそぉ!馬鹿にして!」
アスカはひらりひらりと前を横切るマックスに怒り心頭の面もちで叫ぶ。
それは1週目のスプーンカーブまで続く事になる。
シンジは難儀していた。前を走るのは加持、その前のミサト。
恐ろしく激しいバトルを1周目から演じる2人の間に入り込む余地はなかった。
「・・・参ったな。これじゃどうにもならない」
その時、マヤからの通信がシンジに入る。
『シンジ君、無理しないでいいわ。そのままで行きなさい』
(でも彼らの後ろにいたら無駄な時間がとられてしまう。早く抜かなきゃ・・・)
『ピピーガガー』
いきなり無線が雑音を発しながら途切れた。
そして次の瞬間、スピーカーからはアスカの声が聞こえてきた。
『シンジ、ごめんね。私の分まで頑張ってね』
それだけを残し彼女はスピーカーから去っていった。
なんだ?今のは、と思いながらもシンジの中で、嫌な思いが芽生え始める。
(まさか、な・・・)
アスカの目にスプーンの出口が見えた。
「見てなさいよアベル、次のシケインで吹き飛ばしてやる」
アスカは決断した。彼女も彼のマシンの性能は知っている。
奇跡かトラブルでも起きない限り、勝てないのは分かっていた。
だから決めていた。目の前にいるうちに潰すしかないと。
アスカのマシンはバックストレ−トに入る。
彼女の目から黒いマックスのマシンはどんどん離れていった。
「逃がさないわよ!」
同時にブーストレバーに手を伸ばす。しかしその腕は小刻みに震えていた。
「・・・怖いの、アスカ。
フフ・・・体は正直ね。考えてみればブーストなんかいらないわね・・・」
アスカはブーストレバーから手を離すと、黒いマシンに照準を合わせた。
シケインではマックスとはいえスピードが落ちる。この間隔なら余裕で殺れる。
ブーストを使う必要はなかった。
マックスのマシンがアスカの視界から消える。
130R、ここ鈴鹿の最速コーナーをアスカのマシンも彼に続いてクリアする。
そして待ってるのはシケイン。
アスカはハンターのように彼のテールに狙いを定めた。
「アベル!」
黒いテールが迫る恐怖を払うためか、彼女はそう叫びステアリングを握りしめた。
レイは130R進入前にバックモニターにいきなり大写しになったマシンを見た。
「碇君?!・・・ブースター使ったの?」
レイの疑問も当然といえた。
彼ははるか後方にいたと思っていたし、事実そうだった。
シンジは先ほどのアスカの通信でイヤな予感が彼の心に充満していた。
アスカに釘は打っておいたものの、シンジは心配になる。
「早く追いつかなきゃエライ事になる・・・気がする」
レイは130R通過、シンジもすぐ後ろで進入した。
「ここで行けるか」
シンジはレイを抜こうと内側にマシンを振る。
ここのシケインはオーバーテイクポイントに数えられる場所。
「抜かせない。碇君なら・・・なおさら」
彼女も内側にラインを変え、ブロックの体制に入る。
レイの行動を読んでいたシンジはアウトにマシンを滑り込ませていた。
アウトから抜くには適さないシケインなのだが、
シンジは外から被せようと決心していた。後はブレーキングが全てを決める。
そのシンジの目に観衆の変化が見えた。
皆が皆、シケインの方を覗き込み、
立ち上がる者さえいた。
(何だ・・・?)
その頃、黒いキャップを深々とかぶる男が藤岡のゲートにやってきた。
その男は無言でチケットをモギリ係に差し出すと、
彼はそのまま藤岡のスタンドに消えていった。
「まずい!!」
アスカは必死でブレーキをかけた。激しいタイヤスモークが巻き起こる。
だが間に合わなかった。
マシンはオーバースピードからそのまま直進、サンドトラップに突っ込んだ。
「くぅ!」
激しい衝撃が彼女を襲う。
幸い激しい衝撃下でもタイヤは4つとも付いていた。ウイングも吹き飛ばなかった。
「もどんなきゃ!」
アスカはそのままシケインをショートカットしてなんとかコースに復帰できた。
なんたる幸運。マシンにダメージは見あたらないと、ディスプレーに表示されていた。
「よし!行ける!」
その時彼女の横をすり抜ける2台のマシン。
「シンジ?!それにレイ。
シンジ・・・ここまで上がってきてたんだ。
それにしてもアベル・・・とことんムカつく奴ね。
いきなり1周目でピットに入るなんて・・・」
『プーーー』
ピットロードにG-EV-Mが滑り込んできた。当然ピットクルーがマシンに張りつくが、
無線で何の連絡もなしでいきなりのピットインに少々困惑しながらも
新しいタイヤを装着するための作業に入った。
マックスはキャノピーを開くと側にいた執事のビショップに指図する。
「ビショップ、富士岡で飲む為の紅茶を忘れた。いつものヤツを取ってきてくれ」
ピットクルーは呆れた。声も出ない。
しかし、監督はさすがだ。すぐにトリップから抜けだしマックスに意見する。
「何言ってるんだ、紅茶くらいなら私らで運んでやるから早くレースに戻れ」
マックスは彼を無視した。
「ビショップ、聞こえなかったのか?」
「は、はい。かしこまりました」
ビショップのピット裏に慌てて消えていく後ろ姿を追いながら、マックスは思う。
(フン、ちょうどいいハンデさ。楽勝じゃぁ・・・つまらないからね)
現在10週目、このサーキットでのファイナルラップ。
トップはカヲル、もう独走だった。
サーキットで強烈に速い彼は後続のシンジに30秒近い大差をつけていた。
シンジの後方はすぐ後ろにつくレイ、アスカ、
そして10秒遅れて後方にはミサトと加持がいる。
今の時点でマックスは19位、周回遅れとなっている。
ちなみに青葉は3周目に中枢制御系のトラブルでリタイア。
カヲルがサーキットでの周回を終え、デグナーコーナー入口に特別に設けられた
専用通路を通って公道に出る。30秒後にはシンジ達もここから公道に出る事になる。
このままサーキットを後にする一行は国道を走り、鈴鹿のインターから
東名阪道に入ることになっていた。
一方ピットのスタッフは自らのチームのマシンを見送った後で、
ピットでも移動作業を始める。と言ってもすでに機材はそれぞれの
サービスポイントと富士岡に輸送済みなのでクルーのみが移動すればいいだけである。
マヤも、日向もそれぞれのドライバーを送り出した後、チーム専用のジェットヘリで
次のサービスポイントである上郷サービスエリアに向かった。
そして鈴鹿インターにカヲルが入った。そのアドバンテージは更に広がっていた。
「でもここまでだ、富士岡までは詰められるだろう。
でも高速道で抜かれなければ、このレースは僕の物だね」
ここまでピッチリ張りつめていた彼はシンクロ率をすこし下げ、
ペースが落ちないように気をつけながらクルージング&クーリングを始めた。
それから40秒後、シンジのグループが高速に入る。
それぞれのディスプレーにカヲルとの差がでる。
「40秒・・・追いつくのか・・・でもアベルは、はるか後方、
それだけが現状の救いかな」
「追いつかないと。でも碇君にペースを任せた方が安心」
そして、アスカは後ろでシンジの走りを見ていた。
かなり飛ばしているのが彼女の視界からも見て取れる。
「シンジもやる気ね。じゃぁ・・・」
アスカはブースターレバーに手をかける。
「行くわよシンジ、ついてきてよ!ラベンダーウイング!」
いきなり変形を始めたアスカのマシンを見たレイは驚いた。
「惣流さん?!こんな所でブースターを使うの?碇君は?!」
レイは見た。シンジのマシンも変形を始めたのを。
「・・・遅れるわけには」
レイも渋々ながらブースターをかけたが、アスカには抜かれた。
「タイミングが遅かった」
アスカがそのままシンジも抜き去った時に28秒のブースター使用期限が終わる。
3人の隊列が変わっただけで、アスカ-シンジ-レイと数珠繋ぎになって高速道を走る。
「とにかく、出来るだけペースを上げなきゃ。
たぶんストレートはシンジの方が速い。
このマシンのギヤは最高速タイプなのにね・・・。
これも才能の差かな・・・才能のない私は・・・無理するしかないか」
そう呟きながら、アスカはシンクロモードの封印を剥ぎ取った。
そしてBモードに固定されていたダイアルを、最高のDまで上げる。
「んっ・・・」
その瞬間、マシンは加速し、スピードも徐々に上がっていく。
しかし平行して、アスカの体にも今までの4倍のプレッシャーが襲いかかる。
「・・・大丈夫・・・今の私なら・・・このプレッシャーにも耐えられる」
アスカは後ろを見る。スリップストリームに入るシンジのマシンが視界に写った。
「・・・ついてきなさいよ」
シンジはアスカの作る空気のトンネルの中で、余裕をもって走ることが出来ていた。
そして単独では発揮し得ないスピードで高速道を走り抜ける。
そしてそれにレイも便乗していた。
彼らにかかるべきプレッシャーをアスカが肩代わりしているとも知らずに、
シンジもレイも、彼女の後ろで置いていかれない事だけを考えて走っていた。
上郷サービスエリアが近づく。トップは依然カヲル、しかし差は縮まってきていた。
そして黒い陰がシンジから見えた。
「そんな!アイツは1分以上遅れていたはずなのに」
シンジの目からもその陰が近づいてくるのがわかった。
それに1分以上あった差がまさか第1サービスまでで無くなるとは思ってもなかった。
「・・・勝てるのかよ・・・あんな奴に・・・」
アスカはマックスも気になったが、それよりシンジの動向が気になっていた。
彼女はこのサービスを通過するつもりだ。
だがシンジがどうするのかはわからない。
この高速道はアスカが彼を引っ張ろうと決意していただけに
ここで離れる訳には行かない。
「またラジオを使おうか・・・いや、あまり使うのはまずいわね」
アスカはどうするか考える。彼女の頭が次々と案を浮かべる。
しかしこれといった策が浮かばないまま、
サービスエリアまであと2キロを示す表示板が見えた。
「仕方ない、ここを通過する事を示すのに一番いい方法はこれしかないか・・・決めた!」
アスカはブースターに手をかける。
「シンジがついてきたらそのまま突っ走る。遅れたらピットに入る。行くわよ」
アスカのマシンが変形を始めたのを見たシンジ。
「え!あと1キロくらいしかないのに何でブースターを?!」
その後で今までは中央を走っていた彼女のマシンが
中央分離帯の方に一車線分寄っていく。
「通過するつもりなのか?・・・そういえば夢の中でもアスカは・・・どうする」
その頃、すぐ後ろにいたレイもアスカの態度をシンジと同様に捕らえていた。
コクピットの右側にあるキーボードを右手一本で叩くレイ。
レイが調べていた検索結果が正面のモニターに出る。
「エネルギーは何とかなる。あとはタイヤが・・・持つかわからない」
レイはシンジのタイヤが自分と同じだと知っている。彼の出方を待つことにした。
その頃、カヲルは上郷に入っていた。黙々と作業は続く。
新しいタイヤがはめられ、エネルギーチャージが終わる。
画面に映し出されていた【WAIT】の文字が【GO】に変わった。
さあ行こう!とした時、彼の無線が声を運んできた。
『カヲル、後続の3台はサービスを通過したぞ!』
一瞬だけ彼の顔に焦りの表情が写る。しかし、すぐにポーカーフェィスの彼に戻った。
『では、タイヤをハードに替えてくれ。このまま富士岡まで行く』
メカニックは仮設ピットからタイヤを出してきて
慌ただしく彼のマシンに付け換え始める。
「ハハ、楽しませてくれるね・・・シンジ君」
そしてカヲルの作業が終わりに近づいた頃、マックスが入ってきた。
ほとんどマックスと入れ替わりで上郷サービスポイントを出ていくカヲル。
マックスは所定の位置にマシンを止め、キャノピーを開くと一言。
「ビショップ、ティータイムだ」
監督は、もう何も言わなかった。
すでに上郷サービスエリアも通過して、
トップ集団は浜名湖サービスの手前まで来ていた。
現在トップはアスカ、以下シンジ、レイ、マックス、カヲル、ミサト、加持
となっている。マックスとカヲルは今さっき順位が入れ替わったところだった。
『アスカ、どうする?浜名湖も通過するのか?』
チームのオーナーである冬月からの通信が入る。
しかし、アスカからの応答はなかった。
『おい、聞いてるのか。アスカ?』
再度の通信でようやくアスカが声を上げる。その声は消え入りそうだった。
『もうタイヤが限界・・・鈴鹿で無理しすぎたからバイブレーションが出てる・・・。
だから次で入るわ・・・シンジも次では入らないと駄目だろうから』
冬月は、少々アスカの態度がおかしかった事に気づいてはいたが、
何も言うことなくピットクルーに作業の準備をさせた。
そしてシンジとレイはタイヤに爆弾を抱えた状態での走行で先程から緊張状態にある。
額にも汗がにじみ、喉を潤わすためにドリンクを頻繁に口のなかに運ぶ。
そしてタイヤは悲鳴を上げることなくサービスポイントの入り口に差し掛かった。
隊列は変わらずにそのままピットに入る。
アスカもシンジもレイも所定の位置にマシンを止める事が出来た。
2人は一息、安堵のため息を吐いた。一方、アスカの方は・・・。
『アスカ、キャノピーを開けろ。変だぞ』
アスカからは一言。
『普通よ・・・』
だが、普通の状態の声でないのは冬月にも分かるほどだった。
『大体ペースが早過ぎるぞ、何をしてるんだ』
冬月には分かっている。アスカのマシンがシンクロを上げていることくらい。
だが、敢えて聞いていた。
『セッティングが決まったんじゃないの・・・』
とぼけた彼女のセリフに、冬月は言葉を荒げる。
『何言ってる!今すぐパターンBに戻せ!死にたいのか』
アスカはその冬月の言葉に対しては無言だった。
そして3人のマシンの作業が順調に進んでいる時に、マックスが入ってくる。
3人の横を通過する黒いG-EV-M。
そして、グレーのEG-Mはそのままサービスを通過していった。
3人のマシンのエアジャッキが下がる。アスカのマシンが一番最初に動いた。
『待て!アスカ!!』
冬月の言葉を振り切るかのように赤いマシンは加速していく。
『おじさん・・・最後まで私の思う通りにやらせて・・・お願いだから』
アスカの声・・・冬月には並々ならぬ決意が感じられた。
同時に、ここで止めることは出来ないと、彼は悟っていた。
『・・・勝手にしろ』
『・・・ありがとう』