「いい加減なこと言わないでよ!馬鹿シンジのくせにぃ!!」
「何度も言わせるなよ!加持さんは死んだんだよ!
ミサトさんに聞いたんだ、間違いないよ!!アスカだって聞いたんだろ?!」
「うそ・・・」
第7話「愚笑 Bパート」
「そういえば、最近は落ち着いてるな」
「あぁ、ありがたいよな。あの後立て続けに来られたらと思うとゾッとするよ」
目前のモニタにはエヴァ弐号機のデータが映っていた。
「確かに防ぎようがないな。ここの迎撃システムも使途には無力だったし。
・・・でも3体揃ってるとはいえ、安心できないのが辛いよな」
「次に来る奴がこの前の以上なら・・・な」
そんな青葉と日向の後ろでは、テスト後のミーティングが開かれていた。
今日は久しぶりのパイロットが3人揃ってシンクロテスト、
ほぼ1ヶ月半ぶりにテストを受けたシンジも上々の結果を残していた。
「じゃぁ今日はこれでおしまいよ。お疲れさま」
リツコが隣にいたマヤにファイルを手渡しながら退出しようとしたが、
アスカが彼女を呼び止めると、彼女の手を引いてシンジ達の視界から消えていく。
怪訝な顔で彼女たちを見送ったシンジは
ネルフ本部内で今日アスカに会うことはなかった。
「エヴァのこと?」
廊下を行くリツコに寄り添うように歩みながら、アスカは一回頷く。
「はい。自分が乗ってる機体のテクノロジーを知っておきたいんです」
「そうは言ってもね・・・貴方の機体はトップシークレットの固まり・・・」
「でも知っておきたいんです、お願いします!」
答えは分かっていたといわんばかりにアスカは深々と日本式のお辞儀を深々とした。
「ん〜。でもいきなりなんで知りたくなったの?。今までは興味もなかったでしょ」
リツコはアスカをチラリと見たが、アスカの眼差しはまっすぐ彼女を見つめていた。
「自分が乗る機体の事を何も知らないのでは乗る資格がないと思ったからです。
仕組みを知っておけば、状況変化にもより迅速、適切に対処できますから」
「でも・・・大変よ。それに、それほど大きな効果があるとは限らないわ」
「ほんの少しでもプラスになる事ならやりたいんです」
リツコの足も、いつしか歩みを止めていた。
それほどアスカの目も、言葉も真剣味が溢れていた。
「・・・ま、あなたはパイロットだから・・・でも指令の許可が下りたらよ。
それと、教えるにしても一朝一夕にはいかないわよ。いいわね」
アスカは目を輝かせながら一度頷いたが、
「でも、イチョウイッセイキってなんですか?」
リツコは目に映る少女の姿と声に思わず吹き出してしまった。
「あっ・・・酷い。真剣なんですよ、私」
「フフ、ごめんなさいね。あまりのギャップについ・・・。
お詫びに一朝一夕と軽くエヴァのことを教えてあげるわ」
アスカはそんなリツコの腕に絡みつくと、そのままリツコの部屋へ入っていった。
思えばリツコの部屋に入ったのは初めて。
かわいい置物が机の上にあったのは少々以外だったが、
それ以外はアスカの想像通り、研究者らしい整備された部屋だった。
部屋を物珍しそうに眺めるアスカに適当に座るように言いながら、コーヒーを手渡す。
そして、アスカが腰掛けて落ち着いたのを見るとまず言葉の意味を教えた。
「あ〜」
頷くアスカ。
「もちろんです。そんなすぐに吸収できるとは思ってませんから。
・・・今は出来ることなら何でも試したいんです。
自分にプラスになる可能性が少しでもあるなら・・・」
リツコはそう話すアスカの言葉を聞きながら、棚にあるファイルを手に取り
アスカの前で広げてみせる。
「一応指令には私から話しておくけど、とりあえずこれだけなら問題ないから。
エヴァの装甲と、プラグ関係のメカニズム。とりあえず初歩はこんなモンね」
ファイルを受け取り、パラパラと中を見てみるアスカだったが、表情が一気に曇る。
見たこともない記号、数列、素材ナンバー・・・。
大学出のアスカも、専門的すぎるファイルに閉口した。
「分からないところがあったら私かマヤに聞くと良いわ。出来るだけ協力するわよ」
その時、リツコの部屋のドアがノックも無しに開いた。
アスカの瞳が動き、彼女を視界に捕らえると、手にしていたファイルをパンと閉じる。
「あれ、何してるのアスカ」
リツコが事の顛末を語り始めたが、アスカは腰を上げるとリツコに向かい一礼する。
「これお借りしますね。それでは失礼します」
そのままミサトに視線を向けずにすれ違おうとしたが、ミサトの声がそれを阻む。
「あ、アスカ。明日のテストは9時だからね」
真横にいるミサトのこめかみに視線を移す。
「分かりました。8時半にはケージへ入りますので」
そして、最敬礼をするとリツコの部屋から出ていった。
アスカの態度にミサトは首を傾げる。
「・・・どうしたのかしら?」
「ん?、いつも通りでしょ」
少し疲れた表情を浮かべ、アスカは自宅の玄関に紙袋を3つ投げ置いた。
パンパンに膨らんだ大きな紙袋が床を揺らすが、彼女は大して気にせず
張った腕を伸ばした後で靴を脱ぎ、紙袋の一つを手にして部屋へと向かう。
くらい部屋に明かりを灯し、テーブルの横に紙袋を置くと残りの袋を取りに玄関へ向かう。
廊下に出たところで、目が合った。
2つの紙袋を携えた少年と。
「あ・・・おかえり・・・遅かったね」
おどおどする少年が差し出す紙袋をアスカは奪うように取り上げると、
そのまま部屋の扉を勢い良く閉める。
全てを物語る音にシンジはその場を離れるしかなかった。
いつもと変わらない風景。
変わらないベッドの感触。
変化ない周りの人の態度。
だが、彼女の心はガチャついていた。
眠ったが最後、彼女の中で渦巻く言葉が支配する。
今まで無かった感覚に、赤い瞳は先ほどから暗闇に露呈していた。
何を言われたのか、話の内容も覚えてはいない。
だが、体の芯からくる震えが彼女を戸惑わせた。
なぜ震えているのかも分からずに右手のひらを眺める。
映る手のひらを閉じてみようと試みた。
意志通りに指がたたまれ、手は握られたが意志に反して小刻みに震えは残る。
再び開き始めた手のひらに、朝日の光が照らされた。
透き通るような白い肌が、皮を通して赤みがかったように見えるのを
じっと見ていた彼女の唇から吐息と共に流れ出す。
「・・・どうして」
同じ朝日がアスカの部屋のカーテンを照らし始める。
その頃にはさすがに目が重くなってきたので、先ほどまで捲り続けていた書物を閉じる。
視線は横のベッドへ移り、そのまま崩れるように身を横たえると
一分と経たずに彼女は寝息をたて始めた。
「あ、ちょっちアスカだけ残ってくれる?。えぇ、あなた達はもういいわ」
ミサトはテストが終わった後で、アスカのみを自室に招き入れた。
そこにはリツコとマヤも姿を見せた。
そして、リツコはテレグラフをアスカの前に差し出した。
アスカは目の前に出されただけのグラフで、なぜ呼び出されたか分かった。
教えを請うてから、2週間の間に覚えた知識。
「あなたなら見ただけで分かるわね?。このグラフの意味・・・」
アスカは何も答えない。黙ったまま、グラフの線を追っていた。
リツコは黙ったままのアスカの態度を受け、言葉を続ける。
「今までにない波形よね?。私達もエヴァの方に問題があると信じてたから
細部まで調べたの。でも・・・問題は見つからなかった」
リツコも口を閉ざし、ミサトとマヤも見守ったまま、沈黙。
「・・・シンクロ率。私の問題ということですか?」
「残念だけど、そうとしか考えられないわ」
アスカは3人を上目から見渡す。
リツコ以外はアスカを見てはいなかった。
「私は・・・手なんか抜いてません。いつだって一生懸命にや・・・」
アスカが身を乗り出すように反論しようとするのをリツコが手を振って制する。
「分かってるわ。けどこの数値は事実なのよ」
「・・・」
「とりあえず、あなたに知らせておこうと思っただけ。
深く考えることはないわ。次からは少し意識して乗ってみて」
「・・・はい」
すでに集光ミラーからの光も落ち、ネルフ本部の街頭が光を放つ中、
青いルノーがその街頭の中を走り抜けていた。
そんな中、流れる街頭にアスカの顔を思い浮かべたのか、リツコが口を開いた。
「流石に落ち込んでたわね」
「仕方ないわ・・・シンクロ率が落ちてると言われたら・・・。
それに最近はテストに精を出してたから尚更ね・・・」
ステアリングを動かしながらミサトはため息を付く。
「でも流石に頭脳は大したものよ。
ここ2週間彼女に色々教えたけど、吸収力は凄いわ。
あと3ヶ月教え込めばマヤもたじたじね」
「・・・でももしかしたらシンクロ低下はそれが原因じゃないの?
思えば2週間前からよ。アスカのシンクロが落ち始めたのって・・・」
「反論させてもらうけど、
加持君のことを知ったのも2週間前なのよ、ミサト・・・」
リツコの言葉が脳裏から離れないまま、
ミサトは見慣れた廊下を通り、リビングへ・・・。
誰もいない、真っ暗な中に手を伸ばし電灯のスイッチを入れる。
手に持たれていた箱をテーブルの上に置くと、奥へと歩みを進めた。
ドアの前に立つと2回ノック。
「シンジく〜ん。いる?」
中からの返事を待たずにドアを開ける。代わり映えしない室内が写る。
「ピザ買ってきたんだけど、食べる?」
「あ、はい・・・」
ベッドからむくりと起きるのを見てからミサトが続けた。
「アスカはいるの?」
「部屋にいると思いますよ」
「そぉ、ご飯は?」
「食べてきたみたいです。最近は家で食べませんから」
「シンジ君は?」
「僕は・・・済ませました」
「じゃぁアスカにも声をかけてみるから、先に行ってて」
ミサトは少し表情を曇らせるとアスカの部屋に向かう。
再びノックをすると、中から応答の声が聞こえた。
「アスカ?。私だけど、ちょっといいかしら」
中からの応答を待ってから、ミサトはドアを開いた。
中央に置かれたテーブルの上には分厚い本が積まれ、
辺りにはファイルやらルーズリーフが散乱する中にアスカの姿が見える。
アスカは立ち上がることなく、ミサトを迎えた。
「何でしょうか?」
「え?あ、ピザ買ってきたんだけど、一緒に食べないかなと思って」
アスカは一瞬視線を斜め横に落とす。
「もう食事は済ませましたから」
アスカはそれだけ言うと、積まれた本の中から一冊を手にとって、目を通し始める。
「でもせっかく買ってきたんだし、息抜きでもしたら」
「お気持ちは嬉しいですが、私にも食事のサイクルがありますから」
ドアを閉めて、物音一つしない室内に思いを巡らすミサト。
(2週間前から・・・か)
ふらりと歩いてきたにしては、少し足が痛み出した。
目の前をずっと見据えながら、景色が変わるのを待ってどれくらい歩いただろう。
最初は近代的な建物の廊下、次が天井は青くない道路。
そして次は天井に空がない緑の中を歩いていた。
少し斜度があるお陰で、彼女の目の前には緑の壁が広がるように見える。
大きくはない丘だが、彼女の力だけで上るには十分だった。
1歩ずつ歩みを進めると、壁は姿を変え、彼方の黒い壁を映し出しはじめた。
そして、その景色は今自分が歩いてきた街へと変化する。
緑の中に腰を沈め、360度に広がる街を眺め出す。
全てが人が作り出した物。その上に、自然が作り出した世界と空間がある。
しばらくその場から下界を眺めていた彼女の耳に彼方からの羽ばたきが聞こえた。
その音の方を眺めると、人の作り出した羽が写る。
今では珍しい回転する羽を持つ飛行物体は彼女の斜め上空に位置取ると同時に
彼女のポケットから電子音が響いた。
「・・・はい」
『そろそろ時間だ、レイ』
同時に彼女の目の前に梯子が投げおろされる。
ヘリのクルーが彼女を収容するとヘリは本部方面へ姿を消していった。
「早くなったわね」
時計とカーテンに注ぐ日の光を見比べながら、
長時間座っていたお陰で少し堅くなった体を伸ばしながら、アスカは立ち上がる。
流石に重くなっていた目を癒やそうかと洗面所へ向かうために歩を進めた。
ガラリと扉を開け、疲れから足を床に擦るように歩んだ足にこつんと衝撃が走った。
少しぼやける視線を下に向ける。
だがその光景は、アスカの呆け始めた頭を繊細な世界に引き戻し、一気に血を上らせた。
そこに写るのはトレーの上に置かれたおにぎりが2つ。
触ってみたが、少し暖かかった。
今日、ミサトは本部で宿直。
こんな事をするのは一人しかいない。
別にどちらがこのおにぎりを持ってきたとしても、
この行動の対応は同じだったろう。
その日の朝、アスカは7時半に家を出た。
誰もいないリビングのテーブルの上に
フォークを2本突き刺したおにぎりを置いて。