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その花火を無言のままで見つめる少年と少女。
少女の手は少年の手を握り、花火の光が闇に広がる度にその白い肌を綺麗な色に染めた。
「綺麗ね・・・」
「うん・・・」
「花火、見れて良かったね」
「うん・・・」
「うん、うんってそれしか言えない分けぇ?」
「そ、、そんな事言っても、、、」
「はぁあ、そんなんだから暗いって言われるのよ」
「く、暗いって言ってるの、アスカだけなんだけど・・・」
「・・・」
「ねえ、アスカ」
「ん?」
「やっぱりリツコさんの言う通り、Nervに入院しようかと思ってるんだ」
「何でよ?」
「だって・・・夜の間の自分がどんな人間か分からないし・・・」
「だ〜いじょうぶよ、静かにしてるってミサトが言ってたじゃん」
「そうだけど・・・」
「ま、変な事しようとしたら、黙らすけど」
「黙らすって・・・」
「・・・ぷっ」
「冗談になって無いよ・・・」
「ま、平気なんじゃ無い?」
「・・・だけど、それが凄く怖いんだ」
「ま・・・あね」
夜の闇を次々と明るく染める花火を二人はじっと見つめ、無言で最後の花火を打ち終わるまで見続けていた。
最後の花火が宇宙に消えるとアナウンスが辺りに流れ、その夜の綺麗な夢物語に終止符を打った。
帰りの駅へと向かう道、ふいにアスカが声を掛ける。
「ね、シンジ」
「ん?」
「やっぱり、家にいなよ」
「・・・」
「シンジは・・・家族だし」
「・・・うん」
「ねっ?」
「ミサトさんにも相談してみるよ」
「べっつに良いのに、相談なんて」
「そうは行かないだろ?」
「まったく、あんたって変な所律儀よね〜」
「日本人だからね」
「はい、はい」
「明日さ」
「うん?」
「パーティやるって言ってたじゃない」
「うん」
「やっぱり・・・」
「嫌?」
「嫌って言うんじゃ・・・無いんだけど」
「だけど?」
「もうちょっと後にしたいなって」
「後ってそんなに日が無いじゃない」
「そうなんだけど・・・」
「もー煮え切らない男ねぇ・・・」
「うるさいなぁ」
「で、いつが良いわけよ」
「取り合えず、明日は学校へ行くよ」
「え〜・・・」
「駄目、絶対に行く」
「はぁあ・・・」
「で、取り合えずトウジなんかと話をして」
「して?」
「で・・・」
「その後?」
「その後、一応Nervへ行くよ」
「なんで?」
「Nervの人たちにも挨拶しておきたいし・・・」
「うん・・・」
「やるなら、その後かな」
「じゃあ、明日の夜でも良いじゃない」
「そ、、そうだね・・・」
「はぁあ・・・あんたって本当にお馬鹿ね・・・」
「馬鹿って言うなよ・・・」
急にアスカは立ち止まると、あらぬ方向を見てバツが悪そうにしている。
「アスカ?」
「アタシさ」
「うん?」
「気・・・使わないよ」
「え?」
「気を使って、言葉とか選んだりとかしたく無いの」
「・・・」
「面倒だとかそう言うんじゃ無くて・・・」
「分かってる」
「・・・うん」
「アスカに気を使われたら、それこそ落ち込んじゃうし・・・多分」
「だから、シンジもアタシに気を使わないで欲しいの」
「・・・」
「ね?」
「うん」
「良し! ちょっと怖かったんだ、言葉選ばずに話すの」
「はは、何となくそんな気がしてたよ」
「シンジにしては、良く気づいたじゃない」
「・・・まあね・・・」
「な〜に、顔が引きつってるのよ?」
「・・・はは・・・」
「シンジの事・・・嫌いとかそういうんじゃ無いからね」
「・・・分かってるよ、ありがとうアスカ」
そう言うとアスカはやっと緊張感を解いた様な顔になって、また歩き始めた。
暫く歩き、駅が見えてきた所でアスカは思い立ったようにシンジの腕を引っ張った。
「あ、、アスカ?」
「良いこと思いついた!」
「な、、、何さ」
「写真撮ろう!」
「へ?」
「へ? じゃ無いわよ、しゃ・し・ん、知らないの?」
「知らないわけ無いだろ?」
「ね、撮ろっ!」
「カメラ無いじゃない・・・」
「じゃじゃ〜ん!」
「・・・」
「こないだヒカリの家に遊び行ったとき、インスタントカメラ買ったんだ」
「ほんっと、用意良いね・・・」
「でしょ〜?」
「あ〜・・・でも後一枚しか撮れないや・・・」
「じゃあアスカを撮ってあげるよ」
「アンタって・・・馬鹿を通り越して大馬鹿ね・・・」
「何が?」
「一人で写ってどうすんのよ」
「じゃあ二人で?」
「あったり前じゃない!」
「じゃ、誰かに撮ってもらおうか?」
「そうね、カップルが良いわ」
「何で?」
「アンタ馬鹿ぁ? その方が頼みやすいじゃない」
「そういう物?」
「はぁあ・・・おこちゃまねぇ・・・」
「う・・・うるさいなぁ・・・」
「あの人達に頼もっと」
そう言うと、アスカは歩いているカップルに声を賭け、何か話している。
そんな様子を恥ずかしそうに見ているシンジ。
少しすると、カップルと一緒にアスカが帰ってきた。
「やっ、君らを撮れば良いのかな?」
「お願いしま〜す」
「じゃ、どこをバックに撮れば良いのかな?」
「えーと・・・夜だし、どこをバックにしてても同じかな?」
『そういう見えない所が大事なんでしょ、気持ちの問題よ』とブツブツと言いながら、アスカが手を引っ張りポジションを決める。
「ここでお願いします」
「おっけー、じゃ、撮るよ」
カメラを持った男がファインダーを覗き込むと、アスカがシンジの腕に自分の腕をからめる。
それを確認したかの様に、男がもう一度掛け声を掛けるとカメラは一瞬眩い光を放ち、写真が撮られた。
アスカはお礼を言うと、嬉しそうにカメラを持って走ってくる。
「どんな写真になったかな!」
「イキナリ、腕絡めて来てびっくりしたよ」
「嬉しいでしょ?」
「べ、、別に〜」
アスカはくるりとシンジの前に滑り込むと下から顔を覗き込む。
「嬉しい癖に」
「そ、そんな事無いよ」
「の、割には嫌がらなかったじゃない」
「嫌って分けでも無いし・・・」
「やっぱり、嬉しいんじゃない」
そう言うとシンジはそっぽを向いた。
アスカはそんなシンジを見て小さく笑うと、シンジの手を引き帰り道を歩き始めた。
「おかえり〜」
シンジとアスカが居間へと入ると、だらしなく寝転んだままミサトがテレビを見ていた。
「デェトはどうだった〜?」
「楽しかったわよね?」
「え、うん、楽しかった」
「にひひひひー」
「やらしい笑いしないでよ」
「まぁ、良いじゃないの」
「ところで、ミサト」
「うん?」
「何でここにアンタが居るわけよ?」
「へ?」
キョトンとしているミサトを傍目に見ながらお茶を入れようと台所に歩き始めたシンジに声を掛ける。
「シンジー」
「何ー?」
「お風呂、沸かして〜」
「分かったー」
シンジが居間から姿を消すのを見届けた後、ゆっくりミサトに向き直る。
少しだけ顔が赤い。
「アンタ、今日夜勤でしょ?」
「ほへ?」
バツが悪そうに、あらぬ方向に視線が泳ぐアスカ。
「夜勤・・・行って欲しいんだけど・・・」
ミサトは少しの間真顔でアスカの顔を見た後、その顔に少しシワを作りながらも笑顔を見せた。
「・・・・ま、仕方無いっか」
「・・・」
「本当はそういうのって早いと思うんだけどねー」
「・・・お願い・・・」
「じゃ、『夜勤』の仕度してくるわー」
「・・・ミサト」
「ん?」
「サンキュ」
一つの決意をしたアスカを見て、ミサトはアスカに近づくとその手でアスカを抱きしめた。
無言のまま何秒か抱き合った後、ミサトはゆっくりとアスカを離した。
「アスカ、頑張ってね」
「うん」
「はぁあ・・・リツコの家にでも行くかな〜・・・」
「ふふ、加持さん居ないしね」
「ったく、必要な時にこそ居ないのは昔から変わらないのよね」
「ははっ」
「あー、一つ言い忘れた」
「何?」
「夜2時ぐらいには帰ってくるわよ」
「へ?」
声を少し落としてミサトが続ける。
「そこは守ってよ、流石にもう一人のシンちゃんと二人きりっていうのは・・・ね」
「でも・・・」
「それとも、監視されたい?」
「馬鹿! したらコロスわよ」
「ははは、しないわよ」
「どうだかっ!」
「まったく、いく当ても無くプラプラと4時間も彷徨う身にもなってよ・・・」
「ははっ、感謝してるって」
「じゃ、仕度してくるわ・・・」
「あれ、ミサトさん?」
「あっと、今日は夜勤なのよね」
「そうなんですか」
「うん、日本に帰って来たら来たで仕事が有るのよねー・・・」
「そうですか・・・」
「じゃ、行ってくるわん」
ミサトがチラリとアスカを見ると、アスカは真っ赤な顔をして俯いてしまった。
その様子が可笑しかったのか、ニヤニヤしながら部屋を出て行く。
そして、その様子を更に変だと思いつつシンジが見送るという不思議な光景で有った。
ミサトを送り出し、居間に戻るとアスカがいつもの様に寝そべってTVを見ていた。
「アスカ」
「何?」
「ミサトさん、夜勤だって」
「知ってるわよ、さっき聞いたもの」
「うん・・・」
「・・・・」
何か言いたそうにしているシンジを見ると、アスカが意地悪く言う。
「アンタ、言いたい事が有るならハッキリ言いなさいよね」
「うん」
「うん、じゃ無しに」
「うん・・・っと、ちょっと不安だなと思って」
「何が?」
アスカは相変わらずTVを見たままだ。
「アスカと二人っきりって事だろ?」
「それが?」
「・・・」
「だーいじょうぶよ、例え夜のシンジが変だからって所詮シンジでしょ?」
「そういう言い方って無いと思うけど・・・」
「アンタがスポーツでもやってれば、ちょっとはヤバイかもって思うかも知れないけどね」
「うん・・・」
「運動不足、闘争本能無し、その上馬鹿ときてる、だーいじょうぶよ」
「ちょっとは酷い事言ってるって思ってる?」
「あはははは、思ってない」
「やっぱり・・・」
「まぁまぁ、良いじゃないの」
TVがCMに入ると、アスカは勢い良く跳ね起きた。
シンジがびっくりしていると、アスカは笑ったまま言葉を続ける。
「ね、シンジ」
「ん?」
「キスしよっか」
「・・・えぇぇええ!」
「何よ、そのリアクション」
「だって・・・」
「初めてじゃ有るまいし」
「こないだだって、そう言ってキ・・・キスしてあの後、うがいしてたじゃないさ!」
「ま、ね」
「興味でするもんじゃないとかって」
「な〜に、シンちゃん、怖いの?」
「怖いわけ無いだろ!」
「どうだかっ!」
「あ・・・アスカこそ本気じゃ無いくせに」
「ぬぁんですって!」
「そう言えば、僕が嫌がるとでも思ったんだろ?」
「そんな事無いわよ!」
「どうだかっ!」
二人は言い合いながら間を詰め、何時の間にか、鼻先がくっつくぐらい傍に寄っている。
暫し無言のまま睨み合うと、アスカが突然シンジの頭を両手で抱え、キスをした。
「んっ・・・」
二度目のキスの終わりは、ゆっくりと、勿体無さそうにお互いの唇を離して終わった。
口を離した後も、二人はお互いを見つめ、シンジの首の後ろをアスカの両手がしっかり抱いている。
もう一度アスカが短くキスをすると、少し震えるその口から言葉が続く。
「シンジ・・・」
「・・・ん?」
「しよっか」
「・・・え?」
「えっち」
何を言われているかを考えているシンジを置いて、力いっぱいシンジの手を引っ張る。
「ちょ、アスカ、どこ行くんだよ」
「・・・」
アスカは勢い良く自分の部屋に入ると、やっとその力を緩めシンジと向き合う。
アスカが全身で優しくシンジに抱きつくと、シンジは意識もせずにアスカの背中を抱いた。
「ね、シンジ」
「何さ」
「知ってた?」
「何を?」
「アタシがシンジの事、好きだったって」
「し・・・知らないよ」
「・・・そう、鈍感ね」
「だって、いつも僕をからかってるじゃないか」
「そうだけど・・・ね」
シンジはいつもと違う甘えた声を出すアスカの姿に驚きを隠せなかった。
こういう状況だと、人間はこうも変わる物かとアスカという人間の不思議さを知った気がした。
「ねえ」
「うん?」
「どんな感じ?」
「え?」
「こうやって、抱きしめられる感じは」
「わ・・・分からないよ」
「嬉しい癖に」
昼間言われた言葉と同じ言葉とは思えないくらいトゲの無い柔らかい言い方だった。
アスカの髪の匂いがシンジを捕らえて、心地よい安心感に包まれていた・・・。
その安心感に浸っていると、急にアスカが抱きつきながらシンジの背中に回り込み、
そのまま前のめりにシンジを押し倒す。
前から落ちたその先は、アスカのベッド。
うつ伏せになったまま、シンジは後ろからアスカに抱きつかれていた。
「アスカ?」
「・・・電気、消すね」
「ちょ、ちょっと待って」
「駄目・・・」
シンジの言葉を聞き入れず、そのままアスカは電気を消した。
電気を消した後シンジが仰向けに振り返ると、月明かりに照らされたアスカは顔の輪郭だけが光を反射し、いつもよりも優しく、そしていつもよりも凛とした表情を浮かべる。
暗闇の中二人は見つめあい、アスカはそのまま服を脱ぎ始める。
その様子をシンジは止める事も出来ず、ただ見つめる事しか出来なかった。
アスカは脱いでは服を折りたたみ、その場に服を重ねていく。
何回か、同じ行為が繰り返されると、アスカは暗闇の中で俯き、手を胸に当てた。
「シンジ」
「・・・」
「私だって初めてなのよ」
「・・・アスカ」
「だから怖いの」
「なら・・・」
「でも、シンジと一つになりたいの」
「・・・」
言い終わるとアスカはベッドに滑り込む。
流石のシンジもアスカが何も身に付けていないことは、直ぐに分かった。
アスカがそのままシンジに抱きつくと、もう一度唇を優しく重ねる。
「シンジ、一つになろっ」
そう言われた瞬間、シンジは夢から覚める様に目を一瞬見開くと、アスカをきつく抱きしめた。
「アスカっ」
「・・・」
「駄目だよ、やっぱり」
「何でよ!」
「僕は、もうすぐ居なくなっちゃう人間なんだ」
「だから、時間が無いんじゃない!」
「だけど・・・だけど・・・駄目だよ・・・」
シンジの言葉の最後は弱々しく空気に溶けて消えた。
「僕が、もうすぐ居なくならないのなら、きっとアスカと一つになったと思う」
「・・・」
「でも、駄目なんだよ・・・」
「何が駄目なの?」
「そんな自分が許せない」
「してしまう事が?」
「してしまった事実を忘れてしまう自分が・・・だよ」
「・・・」
「だから・・・駄目なんだよ・・・」
重い沈黙が暫くの間空間を支配する。
やり場の無い思いが空気を更に重くしていた・・・。
「なら・・・」
「え?」
「待ってるよ」
「何を?」
「・・・治るのを」
「でも・・・」
「治るかどうか分からない・・・って言うんでしょ?」
「うん」
「だから・・・」
「だから?」
「ぜぇったい治ってね!」
「アスカ・・・」
「治らなかったら、他の人にあげちゃうぞ」
その言葉を聞いて、シンジは泣かずに居られなかった。
強く愛されているという感覚が全身を包んで、人知れぬ愛情を受けた気がした。
アスカの言葉は強くシンジの涙腺を刺激し、次から次へと涙を落とした。
アスカはシンジの頬にキスをして涙を吸い取ると、かすかに笑って耳元で囁く。
「何だか、私一人で裸になって馬鹿みたい」
そう言って、アスカはシンジに背を向ける。
シンジはアスカの背中を優しく撫でると、ベッドの中で服を脱ぎ始める。
「シンジ?」
「体は重ねられなくても、気持ちは重なると思うから・・・」
「・・・ありがと・・・」
後ろの方で流れるTVの音を、どこか遠くの方に聞きながら二人は裸のまま抱き合っていた。
何も言わず・・・
何も語らず・・・
ただ、ひたすら互いの事を想っていた・・・。