「ミサトさん、今日もアスカが面会に来てますよ」

「今日で三日目・・・か」

「そう・・・ですね」

「ふぅ〜、そろそろ限界かしらね」

「どうしますか」

「取り合えず、会ってみるわ」

「分かりました」

「あ、マヤちゃん」

「はい」

「結果・・・出たら報告お願い」

「・・・はい」



エレベーターを出て右に歩くと、すぐに自動販売機コーナーが有る。

その自動販売機の前の長椅子にアスカは座って待っていた。

どうやら、マヤがここで待つように言って正面入り口は通した様だ。



「アスカ」

「ミサト・・・隠し事は無しにしましょ」

「ええ、取り合えずあっちの部屋に行きましょ」



ミサトが連れて行ったのは、広めの会議室だった。



「OK、まず・・・」

「待って!」

「何?」

「・・・何でも無い、続けて」

「シンジ君の事・・・よね?」

「・・・」

「実はね、私もまだ分からないの」

「っ・・・」

「アスカ?」

「アンタねぇ、いい加減にして貰える?」

「ちょっ、アスカ」

「隠し事無しって言ったわよね?」

「まず、隠し事はしてないわ」

「そんな分け無いでしょ!」

「私が知ってるのは状況だけ」

「状況って?」

「アスカ・・・」

「何よ」

「まだ、結果が出てないの」

「何のよ!! いい加減にしてよ!!」

「だから、何にも無いかも知れないし、今の段階では何も言えないの・・・」

「ちょっと!」

「言いたくないんじゃ無い、何も確証が無いのよ・・・」

「ミサト!」

「何?」

「アンタにはその状況が有るから通じてるかも知れないけど、私は何の事かも分からないわ」

「そうね・・・」

「ま、近いうちに全部分かるわ」

「くっ」

「それからちゃんと話すわよ」

「駄目」

「駄目・・・って言われても・・・」

「シンジに何か有ったわけね」

「アスカ・・・あなたがシンちゃんの事どう思ってるかは知ってるわ」

「・・・」

「だから、気持ちは凄く分かるんだけどね・・・」

「だったら、ちゃんと説明してよ!!」

「でも、本当に何も分からないの」

「分からないって、何が分からないのよ!」

「・・・」

「順を追って、話してよ」

「・・・良いわ」

「まず、何故日本に居るわけ?」

「リツコに呼ばれたの」

「何故?」

「シンジ君の様子がおかしいって・・・」

「何よ、それ」

「それしか聞かずに取り合えず日本に来たわ」

「・・・」

「で、あの夜シンジ君の家に泊まったの」

「何で泊まる分け?」

「シンジ君が眠くて仕方無いって言ったのを聞いてね、リツコが調べたの」

「何を?」

「シンジ君の部屋に隠しカメラ・・・付けてね」

「プライバシーも何も有ったもんじゃ無いわね」

「悪いとは思ったと思うけど・・・」

「で?」

「そうしたら、夜中にシンジ君が奇怪な動きをしてたみたいなの」

「・・・」

「で、それを調べる為に私は日本に来て、あの部屋に泊まったわ」

「何か有った?」

「アスカから電話が有った直後に、シンジ君が部屋から出てきたの」

「・・・」

「明らかにおかしかった」

「どんな風に?」

「呼んでも返事は無いし、肩を揺すっても何も反応が無いの」

「それで・・・」

「ここに連れてきたわ」

「・・・」

「それ以来検査はしてるけど、まだ結果は・・・」

「・・・」

「それが、私の知ってる全部よ」



アスカは暫く考え込んだ後、アスカは俯いたままポツリと言葉を漏らす。



「だから、止めとけって言ったのに・・・馬鹿シンジ・・・」

「何をよ・・・」

「アンタ馬鹿ぁ? 実験の事に決まってるじゃない!」

「実験とは関係無いかも知れないじゃない」

「どう考えたって実験の可能性が高いわ!」

「・・・」

「ほんっと馬鹿よね!」

「アスカ・・・」

「こないだ、実験の理由を聞いたら『分かんない』とか言っちゃって!」

「アスカ!」

「馬鹿みたい・・・」



アスカは泣いていた・・・

蒼い瞳から次々と涙が零れ、頬を濡らした。



「私達の仕事は終わったのよ・・・」

「・・・」

「終わったのに・・・まだアイツは何かしようとしてる・・・」

「アスカ、もう止めましょ」

「ミサト・・・」

「何?」

「今回の結果がどう出ても、もう実験は止めさせて・・・」

「分かった・・・」







「さ、結果はいつ出るか分からないしここに居てもアレだから家に帰んなさい」

「・・・分かった」

「大丈夫! 結果が出たらちゃんと報告するわ」

「・・・例え、最悪の結果でもね」



アスカは涙を拭おうともせずに真っ直ぐにミサトを見ると、凛とした表情を見せる。

その意思の強さに驚いてミサトは声が出なかった・・・。



「・・・」

「約束して」

「分かったわ、どんな結果が出てもちゃんと報告するから」

「・・・帰るね」



アスカを玄関まで見送ると、足早にリツコ達の居る実験室へと向かう。

部屋に入ってみると、先ほどまで居たはずのリツコが居ない。



「マヤちゃん、リツコは?」

「センパイなら、さっき出て行きました」

「そっ」

「結果、出たみたいです」

「・・・そう」

「私もまだ知らないんですけど・・・」

「リツコが知ってるわけね?」

「ええ、確認してくる・・・って言って出て行ったのですぐに戻ると思いますけど」

「確認? 誰に?」

「多分MAGIだと思います」

「なるほどね」



MAGIへのアクセスはNervの中と言えども限られた場所にあるコンソールからしか出来ない。

その為、MAGIとやり取りする為にはその場所へ行かねばならなかった。

ここまで来て、ジタバタしても始まらないと腹を括ったミサトはその場で大人しく待つ事にした。



暫くすると、いつもの様に白衣を身に纏ったリツコが部屋入って来た。

手にはいくつかの書類が握られている。



「何か分かった?」

「ええ、まだ予想の域を越えないけどね」

「そう・・・」

「でも、何が起こっていたかは分かったわ」

「で・・・何?」

「多重人格・・・が一番近いかしら」

「シンジ君が?」

「ええ、但し普通の物とはちょっと違うわね」

「どんな風に?」

「記憶の共有量が圧倒的に少ないの」

「つまり?」

「性格が別・・・と言うよりは、まったく違う人間と言うほうが近いわね」

「どういう事?」

「彼・・・新しい方のシンジ君は言葉ぐらいしか共有してる記憶が無いわ」

「普通そうじゃ無いの?」

「ケースによるけど、大概は友達の名前や顔は引き継がれる物だけど、彼にはそれが無いの」

「・・・原因は?」

「断定出来ないけど・・・LCLね」

「実験で・・・って事?」

「多分それより前ね」

「エヴァに乗ってる頃からって事?」

「そうなるわ」

「じゃ、アスカも!」

「アスカは大丈夫」

「なんで?」

「分からない、抗体が有るみたい・・・としか言えないわね」

「先天的に?」

「そう、生まれ持った物ね」

「・・・」



リツコは眼鏡を外すと、大きく溜息を付くと椅子に座った。

後ろからマヤが心配そうな顔をしている・・・。

突然の事態にミサトも声を失っている。

戦時中ならともかく、平和が訪れたこの時に、この事実はショックだった。

暫くの沈黙の後、ミサトが言葉を続ける。



「眠い理由は?」

「今、シンジ君には二人の人格が居るの」

「で?」

「その二人が交代しながら1日という時間を過ごしているわ」

「・・・」

「ところが、後から作られた人格の方が活動時間を延ばしてきている」

「人格が入れ替わるタイミングは睡眠・・・って事?」

「そう、だからシンジ君は一日に何度も寝てる」

「夜中はもう一人のシンジ君の時間って事ね」

「そして、寝てるはずの夜にもう一人のシンジ君が起きてるから、シンジ君はいつも眠い・・・」

「・・・」

「・・・そして、もうすぐ活動時間の長さは逆転するわ」

「それが続くと・・・」

「私達の知ってるシンジ君は眠ったまま起きなくなるわ」

「・・・」

「どれぐらいで、その状態に?」

「MAGIの予想では、後12日」

「12日!?」

「ええ」

「何でそんなになるまで分からなかったのよ!」

「・・・」

「シンジ君に教えた?」



リツコは俯いたまま首を横に振る。

ミサトはリツコの目を見ると、過去何度も経験してきたある種の予感を覚えた。

何か隠していると・・・。



「リツコ」

「何?」

「まだ話す事・・・有るでしょ?」

「・・・」

「今回は何が何でも聞くわよ」



すると、横から恐る恐るマヤが口を挟んできた。



「あの・・・センパイは何も隠して無いと思います・・・」



マヤを一目も見ずにまっすぐとリツコを見たままミサトが言い放つ。



「つまり、マヤちゃんにも隠してるって事よ」

「・・・センパイ・・・」



沈黙が空間を支配する。

傍から見ているとリツコとミサトはまるで睨みあっている様だ。

事実・・・睨みあっているのだが・・・。

リツコはもう一度眼鏡を掛けると前で手を組み、静かに俯いた。



「私はね・・・ずっと前から知ってたわ」

「やっぱり・・・」

「その可能性が有ることを・・・そしてその傾向が現れていた事も」

「アスカにその可能性が無い事も・・・でしょ?」

「ええ・・・」

「じゃあ、実験と言うのは・・・」

「芽生え始めていた人格を押さえる為の物よ」

「・・・シンジ君には何て?」

「何も・・・実験の話を持っていったら何も言わずに協力してくれたわ」

「そういう子よね・・・」

「・・・」

「だから、余裕を持って電話してきたわけだ」

「・・・」

「おかしいと思ったのよね、普通だったら直ぐにシンジ君を確保するはずだわ」

「・・・」

「で、直る見込みは?」

「今の所は・・・無いわ」

「無いわって、何とかなさいよ!!」

「正直言って、こんなに早く進行するとは思わなかったの」

「くっ」

「治療方法が分かるまで実験という名目で誤魔化すつもりだったけど・・・」

「あんまりよ!!」



ミサトの発した言葉は半ば悲鳴に近かった。

そう、シンジがエヴァに取り込まれてしまった時の様に。



「ご免なさい、まだ治療方法は分からないの・・・」

「私に謝ってどうするのよ!!」

「・・・」

「取り合えず・・・シンジ君は連れて帰るわよ」

「今日は駄目」

「何でよ」

「シンジ君の活動時間を調べた方が良いでしょ・・・」

「・・・何時から何時までがシンジ君か・・・って事?」

「ええ」

「・・・そうね、欲しいわ」

「だから・・・明日帰すわ」

「分かった」



ミサトはそう言うと、すぐに後ろを向いて歩き始めた。

それを追いかけるようにリツコが呟く。



「だから・・・私には人を愛したり愛されたりする資格が無いって言ったじゃない・・・」



ミサトは立ち止まると、振り返らずに一言だけ声をかける。



「それと、これとは別問題よ」





ミサトが家に帰ると、夜も1時を過ぎようとしているのにアスカはソファに座って待っていた。

何をしているわけでも無く、ただ、ひたすら待っていたに違いない。

ミサトはその姿を見て、どうし様も無く悲しくなる。

声を掛けれずに居ると、アスカの方が振り返った。



「ミサト?」

「ただいま、アスカ」

「・・・どうだった?」

「あのね、アスカ・・・」




次回 遠の一瞬



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