ゴゴゴッ


 重苦しい軋み音をたてながら、巨大な扉が外側に向かって開いていく。
 さながら、巨大な竜の顎が開いていくように・・・。
 やがて、外の光が徐々に開いていく扉の隙間から差し込んでいき、画家の仕事のように薄暗かった内部空間が本来の色彩を取り戻す。

 空間は素っ気ない、無機的な様相だった。
 どこまでも堅い、真っ平らな床、岩をレーザーか何かでくりぬいたみたいに真四角な壁と天井、その至る所に何かのランプとケーブルが顔を出している。

 まるで・・・・いや、『まるで』ではない。

 室内は間違いなく格納庫だろう。
 よくよく見れば室内には作業用のキャリアーや、作業員らしき数人の人間?がせわしなく動いていた。





 キランと赤い光が瞬く。
 働いている人間達を後目に、ぽつんと立っている人間がいた。

 逆光になっているため顔は分からないが、光に照らされながら、どうも滑走路らしい場所に直立している。邪魔この上ないが誰も文句を言わない。
 真っ向から光を見ているのに、眩しくないのか平然とした顔をしている。

「帰ってきたか」

 右手を腰に当て、左手を地面に向かって垂らしてポーズを決めていた人物は、太陽に浮かぶシミのような影を見ながら、改めて呟いた。
 その顔にわずかな変化が浮かぶ。

「上手くいったか」






 ふっ、と風に綿毛が飛ばされるように、後ろに下がった。
 その一瞬後に、彼が立っていた場所を凪ぎながら透明な翼を持つ天空の覇者、レドラーが室内に飛び込んできた。
 間に合ったから良かったようなものの、ほんの少しでもタイミングが狂えば胴体切断程度では済まないだろう。だが彼は平然とした表情を変えることなく、格納庫に飛び込んできたレドラーを見ていた。


 翼の角度を若干変えてブレーキをかけ、両足の爪から強力な磁場を発して急制動をかけた。直後、レドラーの身体が激しくぶれ、接地した爪が火花を上げる。
 耳障りな音をたてながら、レドラーは停止した。



シュー、シュー



 冷却による音が、騒々しく格納庫内に響いた。
 翼を一振り二振りして、伸びをした後、レドラーの頭部からぷしゅーと空気の漏れる音がし、次いで後頭部の装甲が開いて、中から鯨が浮上するようにエントリープラグが顔を出した。すぐさま駆け寄る作業員達。

 謎の人物が見ている中、プラグの中からLCLで全身を濡らした新たな人物が姿を現した。
 その腕の中に、気を失っているらしい小柄な人影を抱きながら。

「ふん」





 謎の人物に気がついたのか、レドラーから降りてきた人物はにこやかな笑みを浮かべた。
 笑みを向けられた方はピクリとも表情を変えることなく、正拳突きを捌くように冷静に受け流した。

「待っててくれたんですか?それはどうも」
「別にルヒエルを待っていたわけではない。新たな、12人目の顔を一目見たくて待っていたのだ」
「どうせ、すぐにラジエルがお披露目するのに・・・。せっかちですね〜」

 フンと鼻で笑う。

「おまえはふざけすぎている」
「ひ、酷い!そんな突き放した事言わなくたって・・・。
 私がふざけてると言うより、イプシロンが堅すぎるんですよ」
「その名で呼ぶな。私には、オファニエルと言うラジエルから賜った名前がある」
「わかりましたよ、イプシロン」

 2人の視線が交錯する。
 一瞬、激しい殺気が渦を巻くがすぐに消えた。

 レドラーからかなり遅れて、ほとんど肉と金属の混合物になったガン・ギャラッドが飛び込んできたのだ。
 両手両足、バランスを取るための尾と角を失い、飛ぶために必要な翼もずたずたになり見る影もない有様である。とても最強の魔獣、ドラゴンがモデルとは思えないくらい惨めな姿。
 今まで動けたこと自体、奇跡に思える状態だった。
 裂けた顎部から血を垂れ流しながら、滑走路に激突し、そのまま減速することなく滑っていく。途中、様々な機械や作業員を押しつぶすが止まる気配はない。
 険悪な雰囲気になった2人に向かってそのまま真っ直ぐに。

 ちらりと2人はガン・ギャラッドに一瞥するがその場を動こうとしなかった。
 このままでは、まず間違いなく押しつぶされてしまう。
 何を考えているのか?





 答えはすぐに出た。




 それまで大人しくしていたレドラーと、格納庫の隅で同じくジッとしていた巨大な影が動き出し、強引にガン・ギャラッドを押さえ込んだのだ。

 金属がぶつかる甲高い音が響き、一瞬のうちにくわえられた強烈な圧力により、ガン・ギャラッドの身体が潰れ、ねじれ、止まった。

 ほんの数メートルという距離にまで迫ったガン・ギャラッドの頭を見ながら、ルヒエルと呼ばれた方が深々とため息をついた。

「だらしないですねぇ、彼も。大口を叩いておきながらこれですから・・・」

 別にそれに相槌を打っているつもりではないだろうが、オファニエルと名乗った方も頷く。

「所詮は人間にこだわりすぎる小物だ。しかし・・・・・ネルフがガン・ギャラッドを倒すとは・・・。
 油断したのか?」
「油断はしていたでしょうが、答えはノーです。彼もそこまで弱くはないでしょう。
 ズバリ言うと噂のサードチルドレンが覚醒したんですよ。ま、ついでだから倒しましたけど」

 オファニエルは少し驚いたような顔をしたが、腕を組みながらガン・ギャラッドを見てなるほどと思った。

 確かに、ただ機体を力任せに動かしているだけのラシエルでは、例え中途半端なものであっても覚醒したゾイドには勝てないだろう。如何にダークゾイド最強に近いガン・ギャラッドであってもだ。
 だが、サードチルドレンが覚醒したとはどういうことだ?

 サードチルドレンは真っ先にイロウルに叩き込むはずだったのに、なぜ覚醒したのだと当たり前の疑問をぶつける。
 その質問に、ルヒエルは肩を少しすくめた。

「さあ?私に倒される程度のATフィールドなのに、どうやったらイロウルを内部から倒せるんでしょう?
 まして、覚醒なんて・・・」
「イロウルも油断したのかな?」
「ははは、そうかもしれませんね。
 ・・・・おや、彼もとりあえず無事みたいですね」

 エントリープラグから引きずり出されるナイブス ーーー アスカの旧友であり、今は敵の少年 ーーー を見てルヒエルはのんきに言った。
 それだけ分かれば充分なのか、もう興味がなくなったのか、面白くなさそうにオファニエルは踵を返した。
 その背中にルヒエルが声をかけるが無視する。
 直に全員に召集の合図があるはずだ。こんなところでぐずぐずしているわけにはいかないのだ。
 それに彼はルヒエルが大嫌いだった。



 担架を持ってきた医者らしき連中に腕の中の少女を預けると、ルヒエルは心底疲れたみたいにため息をついた。オファニエルと同じ銀髪を揺らし、赤い目を閉じながら。

「まったく、完全なる戦士ってのは短気ですね」


















































 彼女は嫌な夢を見ていた。
 彼女の大切な人達が傷つき、倒されていくという、とても嫌な夢。

 トクントクンと胸が高鳴る。

 なんとか助けたいと思っても、彼女の翼は彼らに先んじてもぎ取られていた。
 無力な自分がとても悲しく、情けなく、彼女は泣いた。

 とてもとても悲しかったから。
 とてもとてもつらかったから。
 とてもとても自分が情けなくて嫌になったから。

 あの時みたいに、自分自身に絶望し、何もかもが嫌になる。



 そして彼女の目の前の光景は真っ白になった。































(・・・・・・・・・)




(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)






(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あれ?)


 真っ白になったのが周囲の明るさの所為だと気がつき、彼女は目を開けた。
 ずっと闇になれていた目はしばらく何もうつさないで彼女をヤキモキさせるが、やがて目が周囲の明るさになれたのか、ぼんやりと彼女の周りにあるものを写し始めた。

 無機的な真っ白な壁と天井。模様とかいった飾り気のあるものは全くない。
 不思議なことに窓が無く、代わりに換気扇らしき物が天井にある。
 地下?そんなことを考えるが無論答えは出ない。
 自分は何の装飾もない病院のベッドのような、それでいてふかふかと柔らかいベッドに横たわっている。

(ここどこ・・・・?私一体・・・・)

 何があったのか思い出そうとするが、どうしても思い出せない。

 記憶喪失?

 ふとそんな小説のような言葉が浮かぶ。
 でもすぐにそんな考えをうち消した。
 こんな時だからこそ、ふざけた考えを持たず、冷静に状況を判断しないといけない。
 2,3回深呼吸すると彼女は目を閉じてジッと考え込んだ。







(そこはかとなく高貴で可愛くて賢い美少女。
 私♪
 さあ私は誰ですか?)





「綾波レイコ・・・・・・・よね」

 ちょっと自信なさそうにしながら彼女は言った。

「う〜ん、自分が誰かは分かったけど、ここは一体どこだろう?
 ジオフロントの病院じゃないわよね。
 ・・・病院?」

(なんでストレートに病院なんて考えが頭に浮かんだの?)

 堰が切れたように、意識を失うまでの記憶が一斉に甦り始めた。
 レイコの瞳孔が開き、心臓が早鐘のようになり始める。
 心の中の深淵をのぞき込むように、彼女は記憶の海を彷徨い始める。







 突然現れた黒い球体、使徒にシンジが呑み込まれたこと。

 みんなで一生懸命助けようとしたとき、突然飛来した真っ黒なゾイドに自分のサラマンダーは背骨を折られて倒されたこと。

 みんなが同じように倒されていったこと。
 みんなは無事なんだろうか?
 特にシンクロ中にコアまで破壊されていたアスカ、カヲル、ケンスケ、ケイタは?
 なにより、使徒に呑み込まれたシンジは?



(みんな、みんなどうなったの?)


 誰かに聞きたい。
 今すぐにでも、みんながどうなったのか知りたい。
 みんなの顔が見たい。
 レイコは自分の肩を抱きながら、小動物のように震えた。
 もう何もかもが彼女の理解の外にあった。
 不安と疑念、恐怖が彼女の心を責めさいなむ。
 壊れそうだ。

「・・・・・・みんな」

 彼女の瞳から、涙が銀の滴のようにこぼれた。






『あら、目が覚めた?』


 ハッと顔を上げるレイコの目前に、いつの間にかにこやかに笑う誰かが立っていた。
 直前まで確かに誰もいなかったのに。

「あ・・・・・あなた、誰?」

 ふふっとそよ風のように笑うと、彼女は優しく落ち着かせるように言った。
 その自然で優しい笑顔に、なぜかレイコの顔が赤くなる。

『そんなに警戒しないで。私はあなたの敵じゃないわ。
 はじめまして、綾波レイコさん。私は渚カオル。書物の天使、ラジエルの名を冠する2番目の子』

「渚・・・カオル。
 ラジエルとか言うのはわからないけど、私・・・あなたに似た人知ってる・・・・」

『たぶん、それは私の兄さんね。カヲルって言う、私に似た素敵な人でしょう?』

「う、うん」

 兄と言う言葉を聞いて、レイコはなるほど、似ているわけだわと納得した。
 なぜなら彼女の目前にいる少女は、観音のようにごく自然にアルカイックスマイルを浮かべた、紅い瞳と銀の髪を持つ、カヲルに瓜二つの透き通るような美少女だったからだ。
 カヲルと違うところがあるとすれば、カヲルと違って少しつり上がった目、レイコはもちろん、アスカですら敗北感で倒れそうになるふっくらとした胸とお尻、それでいてキュッと締まった腰、肩まで伸ばしたさらさらした髪と言ったところだろう。
 カヲルと同じ神秘的な雰囲気を、清楚な水色のワンピースで包んだ彼女は、言葉どおり天使に見えた。思わず同性であるレイコが見惚れるくらいに。

 カオルは、しばらく百面相をしながら考え込むレイコを見て上品にくすくす笑っていたが、やおら彼女に近づくとそっと肩と腰に手をまわしながら妖しく微笑んだ。彼女が腰掛けたベッドが小さく軋む音だけが室内を満たす・・・。

 一見ごく自然な女の子同士のスキンシップのように見えるが、やられた当人であるレイコは鳥肌が全身に立った。
 その反応に、なぜかますます妖しく微笑むカオル。

(な、なにこの人!?いきなり抱きついてきて!?
 カヲルが薔薇で、その妹が百合ってのはちとベタ過ぎ!!)

 露骨にビクッとするレイコの反応に、わざとらしく泣き真似をするカオル。だがレイコがそれに無反応なのを見ると、すぐに真面目な顔をする。
 そろそろからかう時間も終わりだ。

『そんなに怖がらなくても・・・。悲しいわ・・・。
 ま、それはともかく、私達、ゼーレはあなたを歓迎します』

「ゼーレ?ゼーレですって!?
 それじゃここは!?」

 レイの意識が一瞬のうちに覚醒した。

 レイコの狼狽えようと、彼女の感情が滝のように荒れ狂うのを見ながら、カオルはにっこり微笑んだ。
 もうお芝居をする必要がなくなったが、それでもまだ本性は隠しておいた方が良いだろう。その方がきっと面白い。
 そんなことを考えながら、カオルはそっとレイコから身を離した。
 そして彼女の質問に、目は相変わらず彼女に向けたまま、胸を張って朗々と答える。

『ここは私達の前線基地、ゴーメンガースト。一応言っておきますけど、助けは決して来ないわ』

 物言いは丁寧だが、細くなった眼と、言葉に秘められた剣呑な雰囲気にレイコは呑まれる。

「わ、私をどうするつもり!?」

『別にどうこうするつもりはないわ。ただ、私達と友達になって欲しいだけ・・・』


















































METAL BEAST NEON GENESIS

機獣新世紀
エヴァンゾイド



第6話Aパート

「ワイルドカード」



作者.アラン・スミシー










































「はっ!?」

 レイコが目覚めたのとほぼ同時刻。
 静かに、眠れる森の美女のように眠っていたアスカは、突然跳ね起きて騒々しく辺りを見回した。
 ぐるんぐるんと周囲を見渡すたびに、アスカの鼓動がいっそう激しくなる。
 荒い息をつき、つい先ほどまで見ていた暗く生々しい映像の記憶に、危険なまでに鼓動を早くなった。

(私は・・・私は・・・・首を、首を・・・・)

 赤い視界の奥に浮かぶ、記憶・・・。


 内蔵が破れるような蹴りを喰らい、両腕を肩から刎ね飛ばされ、そして首をもぎ取られたあの苦痛と恐怖に満ちた記憶。それは思い出すという作業だけで、アスカの心と体にとてつもない緊張と疲労を感じさせた。

(はあ、はあ、はあ・・・、思い出した・・・。
 ううっ・・・は、吐きそう・・・)

 激しくなる鼓動とこみ上げる嘔吐感にアスカは苦悶するが、必死になって深呼吸をしながら落ち着け落ち着けと激しく念じ続けた。

 自分はもっと強いはずだ。こんな事で・・・。


 やがて、いつもと異なり少々の時間がかかったが、どうにかこうにか落ち着くと、アスカは力無くベッドに倒れ込んだ。
 汗が滝のように流れ、寝間着どころか、下のシーツまでぐっしょりと湿らせていることにアスカは顔をしかめた。ハッキリ言うと気持ちが悪い。
 頭を数回振って意識を幾分かハッキリさせると、アスカは不機嫌なまなこのまま考え込んだ。


(ふう・・・。やぁっと落ち着いたわ。何があったのか、冷静に思い出して、今どういう状況なのか考えなくちゃ・・・)



 まず考えられること。

1.戦いの結果

 最後の記憶は思い出したくもないが、自分が無様に、手も足も出ず負けた。

(・・・・・むかつくわ。自分の不甲斐なさに)

2.自分は負けたのに、なぜ病室にいるのか

 まあ、冷静になって考えれば、自分が負けた後、誰かが敵をやっつけてどうにかしたのだろう。
 だが、一体誰がどうやったのか?
 記憶では自分以外の全てのゾイドが破壊されたはず。
 少なくとも、思い違いではないはずだ。
 では、いったい・・・?





(シンジ?)

 まさか。
 
 まさかとは思うが、その一方でなんとなく、シンジが助けてくれたのではないかと、アスカはそう思う。
 シンジがどうなったかは、ずっと気絶していた彼女はもちろん知らない。
 だがそれでも、アスカはシンジが助けてくれたのだと根拠無く思った。

「そうだ・・・。こうしちゃいられない。すぐに色々なことを確かめなきゃ・・・」

 それだけ言うと、アスカはベッドから降りた。途端にふらっとして、力無くベッドの端に手をついてしまう。
 どれくらい寝たきりだったのだろう?
 1週間?それとも数ヶ月?
 よくわからないが少なくとも、数日は寝たきりだったみたいに身体に力が入らない。
 胃と両肩も少し痛む。
 確か、過剰シンクロ中のダメージによって、少し破けたはず・・・。腕も動かなくなったはずだ。
 本当に切断されたのか、それとも一時的に動かなくなっただけなのか分からないが、今動くという事実でアスカは満足することにした。

 過程はどうあれ、今こうして動けると言うことは、リツコか誰かの超先進的治療を受けたからだろう。
 普段ならわめき散らして文句を言うところだが、今は素直にリツコに感謝した。

(あのマッドにはそのうち礼をするとして、それより・・・)

 自分の身体と、ネルフが無事と分かった今、アスカは無性にシンジに会いたかった。
 用意してあったスリッパを突っかけると、アスカは様子を見てやって来た看護婦を押しのけて、弾のように廊下に飛び出した。

「嫌な予感がするわ・・・」



 こんな時にと言う気もするが、脳裏に、水色と茶色と黒い髪に囲まれる彼の姿でも見えたのかも知れない。





































 飾り気のない、髪の毛に合わせた水色のワンピースを着たレイが、廊下をとぼとぼと歩いていた。
 その表情はいつもの鉄面皮と違い、一つの感情を浮かべていた。
 それはユイ以外でレイのことを知る人間が、初めて眼にするであろう。

 悲しみと後悔

 およそレイが今まで浮かべたことがない表情。
 シンジ達と一緒に過ごすようになって、よく分からないながらも、とまどいや嫉妬、怒りという感情を浮かべることはあっても、これほどまでに深い悲しみを浮かべたことはなかった。

 半身の喪失。

 口下手な彼女にも、そうとしか形容ができない喪失感。ナイフでハムを切り分けるように、失われてしまった彼女の妹。

 もちろん、レイコは本当の意味での半身ではない。
 それどころか、実際は双子ですらないのだ。いや、同じ種族、存在でもない。

 確かに、同じモノから同時に生まれ落ちたと言うことは事実なのだが。




 レイにとって、本当の半身とは別の存在。
 別の場所で眠っている。

 だが、それならばこの胸にわだかまる思いは何なのだろう?

 先の戦い以来、ずっとレイは考え込んでいた。

 眼からこぼれた熱い液体は、涙は何なのだろう?

 あの日、家に帰っても文字通りたった一人という事実を実感したとき、彼女の瞳からこぼれ落ちた銀の滴。
 明かりも点けないまま、部屋の真ん中でただ涙を流しながら呟いた。
 心が、胸が無性に痛くて、身体が震えて。

「私・・・・・泣いているの?」




 いくら考えても、論理的に物事を考えることしかできない彼女には答えなんてではしない。
 それこそ、100年考えたってわかりはしない。

 いつもなら相談に乗ってくれるはずの、ユイやリツコも、先の戦いの処理に忙殺されており、とても彼女の相手ができる様子はなかった。もしかしたら、何かを考えていて会わないだけという可能性もあったけれど。

 ユイ達の都合を、頭ではわかっていても、変わってしまったレイにはそれがとても薄情で、悲しいことに思えた。


 そして、彼女のもう一つの心のよりどころ。

 『さよなら』なんて、悲しい事言うなよ・・・。


 シンジに至っては、顔を見るどころか生死すら分からない。
 もしかしたら・・・・。
 ふと、そんな怖いことを考えてしまう。


(碇君・・・・。助けて・・・)

 ピシリ。
 ガラスに蜘蛛の巣のようなヒビが入るように、レイの心に亀裂が走った。

(人の心・・・。こんな想いをするなら・・・・いっそ、持たない方が良かった・・・・)


 温もりを知った今、それを失うことがとても苦しい。
 理屈ではなく、今のレイは悲しいという感情を、理解していた。

(山岸さん、鈴原君、レイコ、ユイ母さん、碇君・・・・。みんな、みんないなくなっていく・・・。
 どうして?
 どうしてみんな私を1人に戻そうとするの?)




















「・・・・・・・何やっての、あんた?」

 そのレイにとっては憎らしいが、それでいて聞けなくなるととても悲しい声が耳に入った瞬間、弾けるようにレイは顔を上げた。

 彼女の前に、いつもとかわらず、胸を張って偉そうなアスカがいた。
 長時間寝ていたので少し顔がむくみ、やつれて見えるが間違いなくアスカだった。
 少し疑わしそうにレイは眼を細めた。
 確かにアスカのケガはあらかた治ったという話だったが、それでもこんなにはやく目を覚ますとは思えない。

 そう、きっとアスカは本当に・・・・・・なのね。
















 こいつ、また絞め殺されかねないこと考えてるわね。

 アスカは意味深なレイの視線に、ちょっと顔をしかめたがすぐに気を取り直すと改めて質問を繰り返した。

「どうしたのよ?
 あんたこんなところで突っ立って・・・」

 レイはいつもと全く変わらないアスカの態度、物言いにしばらくきょとんとした。
 やがて起きながら夢を見てしまったわけでなく、本当にアスカが目の前にいることに気がつくと、疲れたように呟いた。なんとなく気が抜けたのだ。

「アスカ・・・。生きてたの」
「勝手に殺すんじゃないわ。おあいにく様ね。
 それより話戻すけど、あんたこんなところで何してんのよ?」

 ちょっとこめかみがひくひくするが、それをあっちに置いてアスカはレイにたずねた。
 レイは無表情のまま聞いた。

「・・・・・・・・わからない。どうして私ここにいるの?」
「ちょっと、レイ?」
「どうしてアスカがここにいるの?」
「いたら悪い?
 顔色悪いけど、あんた大丈夫なの?ちゃんと寝てるの?食べてる?
 あんたのお守役のレイコは何してるのよ?」










 ぴくんとレイの眉が動いた。

 レイコと言う言葉を耳にしたとき。
 アスカという、ケンカ友達にして親友の言葉に。
 そしてアスカのいつもと変わらない、自信にあふれた高慢で、それでいて他者に優しい顔を前にして。
 ポロリと、何かたがが外れたような感じだった。



「う・・・・・、ううっ・・・・・」
「な、ちょっとレイ!あなた・・・」


 げげげっ!
 ちょっと、ちょっとなんでいきなり泣き始めるのよ!?
 私何かまずい事言ったっけー!?
 私ぎもーん!

 アスカは眼を白黒させる。
 まさか自分の言ったことが、こんな結果を引き起こすとは思ってもいなかった。
 そして初めて見るレイの気弱な姿に、心の底から驚いた。
 とまどうアスカをよそに、レイは表情を全く変えることなく、生理現象のように涙を流しながら、しゃくり上げた。


「うくっ・・・・・うううっ・・・・・・」
「・・・・レイ・・・・」
「あああっ、ひっく、うっく・・・・」






 しばらく驚きで硬直していたアスカだったが、彼女なりに悟ったのか何も言わず、そっとレイの肩に手を乗せた。彼女のできる限りの優しさで。
 レイはビクッとしたが、何も言わずそのまま泣き続けた。
 そして、アスカは目の前でしゃくり上げるレイの肩を、そっと優しく抱きしめた。







「何があったのか知らないけどさ・・・・。
 泣くんじゃないわよ(まさか、冷血女・・・じゃないわね、レイが泣くなんて・・・)」
「・・・・どうして、あなたが、そう言う事、言うの?」
「良いでしょ、別に。・・・ママの受け売りだけど、辛いとき、苦しいときこそ、泣いちゃダメなのよ」

 まだしゃくっていたが、素直に軽く一度うなずくと、レイは普段以上に赤くなった兎みたいな目を、そっと閉じ、アスカの胸に傾けた。

 どうせなら初めてこういうコトする相手はシンジが良かったな〜。

 そんなことを思いながらも、アスカはレイを拒絶しなかった。ただちょっと照れ笑い。
 そして複雑な顔をしながら、アスカはポンと軽くその頭に手を置いた。本気で照れたのかも知れない。















































 場所が変わって。
 病院の待合室のソファーに座ると、風船が空気を吐き出すようにアスカは呻いた。
 ようやく落ち着いたレイが、隣にふわりと腰掛ける。

「まさか・・・。そこまで凄いことになってたなんて・・・」

 アスカの独り言に、ほとんど口を付けてないコーラの入った紙コップを机に置くと、レイは小さな声で呟いた。

「・・・・相田君、洞木さん、浅利君は結構怪我が酷くて、まだ入院してる・・・」

 生きてたんだ・・・。
 とりあえず、その事実にホッとするアスカ。

「マナは?」
「霧島さんとムサシ君はなんとか脱出したわ。
 今、ウルトラザウルス改の起動訓練をしてる。
 ・・・・・霧島さん・・・・・泣いてた」

 あのマナが人前で泣いた!?
 それも相手は心をさらけ出したことのあるシンジではなく、レイの見てる前で!?
 信じられないとばかりに首を振るアスカ。
 確かにあのやられ方ではただですむまいと思っていたが、それにしても・・・。
 いつの間にかジュースがたっぷり残った紙コップを握りつぶし、溢れたジュースが手を濡らしたが、そんなことにも気づかない。

「カヲルは?」

 ちょっと震えながらアスカはたずねた。アスカの記憶では、カヲルはコアを確実に砕かれていた。その時、アスカはプラグが破壊されるのを眼にしていた。
 レイは少し顔を暗くし、淡々と呟く。

「重傷のはずだった・・・」
「はず?じゃあ、今は・・・」
「わからない。伊吹二尉に聞いたけど、知らないって・・・。
 面会謝絶だったから様子も分からない」
「そんな・・・」

 最悪の予想に、アスカは顔を青くした。
 例え普段はシンジをつけねらう怪しいキザ男、女たらしのナルシストと呼んで敵視していても、仲間は仲間だ。それも彼女達にとってただの仲間ではないのだから。どうなったか分からないとなると、さすがに気になるなんてものじゃない。
 アスカは吐きそうなくらい気分が悪くなる。

 少し震えるアスカを意外そうにレイは見ていたが、やがてアスカが2番目に聞きたいであろうことを口にした。

「そして・・・・・・碇君は・・・・」

 ぴくんとアスカの肩がはね上がった。

「碇君は・・・・・使徒を、敵を倒して私達を、私達を助けてくれた・・・・・。
 でも・・・」
「でも・・・・・?」

 本当は聞きたくない。

 唐突だが、アスカには予知能力なんてない。
 それなのに、彼女には分かってしまう。分かってしまった。
 レイがこれから何を言おうとしているのか。



 レイは顔を引きつらせるアスカの予想通りのことを口にし、うなだれた。

「でも、その後、レイコを助けようとして、碇君は・・・・」

 アスカの蒼い目が最大限に見開かれる。

「どうなったのよ・・・・」
「限界以上のシンクロ。スピリットライドしているとき、コアを・・・」
「スピリットライド・・・・・?
 あの馬鹿シンジがスピリットライドですって!?」

 アスカの叫びは、病院中に響き渡るくらい場違いに大きかった。



 アスカとレイ、そしてかつて大人達の口からも出てきた言葉、スピリットライド。
 それは人間としての限界を超えたシンクロの事である。
 アスカ達はただ言葉として、凄いシンクロレベルという意味でしか知らないが、真実はもっと大きい。
 スピリットライドとは、通常のシンクロを遙かに超えた次元でゾイドと乗り手が一体化することだ。

 それまでのように、乗り手が動かしたい動作を考えることで、それに合わせてゾイドが動くのではなく、乗り手がゾイドの目を通して物を見、耳で音を聞き、体の表面で空気の流れと空間電位を正確に感じ取る。
 この状態になると、モニターを見ることも、スピーカーを通して音を聞くこともない。
 取り付けられた武器も撃つと考えただけで発射することができ、より高速で正確な攻撃が可能となる。
 それより何より通常のシンクロと異なるところは、ゾイドの性能を本来のものの、何十倍にも引き出すことだ。
 その力は凄まじく、たった一体のゾイドで国を滅ぼすことも可能だと言われている。

 スピリットライドしたゴジュラス一体で、五十のレッドホーンを千の人間と共に皆殺しにした兵士や、スピリットライドしたサーベルタイガーで、ウルトラザウルス数体と相打ちになった兵士、スピリットライドしたゾイド同士の地形を変える激しい戦闘記録が、わずかではあるが遺跡の資料として残されている。

 アスカはかつて見た記録を思い出しながら、シンジがどうなったのか考えた。
 記録が確かなら、ただではすまないはずだ。
 スピリットライドは確かに凄まじい力を発揮させるが、逆に傷を負った場合、そっくりそのまま痛みだけでなく、傷まで乗り手に反映される・・・。腕を折られれば同じ部分が折られ、切断されれば同じく切断される。それも同じどころか数倍に増幅された苦痛と共に。
 また、本来人間が持たない部分(翼、尻尾)を傷つけられた場合も、何らかの形で異常が現れる。
 スピリットライドとは、魂それ自体をゾイドに宿らせる諸刃の剣なのだ。




「アスカ・・・・」
「なんでも・・・ない。大丈夫よ」

 アスカの背中を熱くて冷たいモノが登ったり降りたりし、彼女の頭の中に騒々しい鐘の音を響かせる。
 レイの声がどこか遠くから聞こえてくるようで、自分を中心にぐるぐる空間が回っているような気がした。

(コアを・・・、コアを砕かれた?普通の時でも、危ないって言うのに、よりにもよってスピリットライド中に?)

「それで・・・・シンジは・・・」
「わからない。
 司令は、生きているって言ってる。でも、顔を見ることもできないから」
「面会謝絶って事?」
「どこにいるかも分からない。教えても、会わせてもくれない」
「そう・・・・なんだ」

 貧血にも似ためまいを感じながら、少し堅いソファーに寄りかかると、アスカはぼんやりと天井を見上げた。
 胸にぽっかりと穴が開いたような気分だった。

 シンジがどうなったか気になる。
 だがそれ以上に、現実感の無さが精神を虚ろにしていた。

 傷一つつけることができなかったゾイドを倒したシンジ。
 そのシンジが倒された。それもレイの言葉を信じるなら赤子の手をひねるようにあっさりと。
 心が麻痺するというのは、こう言うことを言うのだろう。
 戦闘の時よりも、もっと心が冷えていく。
 自分たちが今までやって来たことは、いったい何だったんだろう?
 大学での勉強、訓練、中学生らしい生活。

 確かに自分はここにいる。
 だのに、この現実感の無さ、希薄さは何だろう?



 そしてアスカは、一番聞きたかったことを口にした。
 やけくそ気味に、投げやりで。

 レイは数回またたきした後、何でも無いかのようにぽつりと答えた。

「さらわれた」










 数分間、それっきり静かだった。
 場所が場所なので他に人がおらず、自分たちの鼓動が聞こえるほどの静寂。
 鬱血した血のように、心に重苦しいモノが溜まっていった。



「そ」

 やがてアスカはそれだけ言うと、口を閉じた。

 また静かになる。レイは身じろぎもせず、じっと手の中の紙コップを見つめている。
 少し離れたところにある、壁時計の秒針の音がやけに耳についた。
 コーラの氷がすっかり溶け、気泡がほとんどなくなった頃、再びアスカは口を開いた。

「どうすんの、あんた?」

 のろのろとレイが首を傾けた。アスカが何を言おうとしているのかわからない。

「あの馬鹿がさらわれたのは分かったけどさ。あんたはそれでどうしたいわけ?」
「助けたい・・・。だって、あの子きっと酷い目にあってる」

 ふ〜ん。
 アスカはレイの言葉を受け流すと、また天井を見上げた。居心地が悪いのか決まり悪そうに、レイがアスカを見る。その視線を横目で見つめ返すと、アスカはため息をついた。
 まるで、レイを自分一人では何も考えられない幼児か何かのように見ながら。もしかしたら、本当にそう思ったのかも知れないけれど。


「具体的にどうする気?なんか良い考えある?」
「・・・・・・・・ひとつだけ」
「あるの?」

 まさか、返事が、それも肯定的な返事があるとは思っていなかったので、アスカはソファーが軋むくらい勢いよく身を起こした。
 アスカが堕ちる苦のを待って、レイは口を開いた。

「セントラルドグマ・・・」
「なにそれ?」
「ジオフロント最下層・・・。そこに、幾つかの悪魔が眠ってる・・・。
 起動するには、人が乗るのは危険すぎて、封印されたゾイドが・・・。
 それを・・・」

 自分の知らないことを話されて、ちょっと顔をしかめたが、アスカはレイの言葉に真剣にうなずいた。
 何にせよ、まだ自分たちの手にはカードが残されているのだ。
 それはスペードのAかも知れないし、クラブの2かも、ジョーカーかも知れない。
 それでも。どんなカードか分からないけれど、できることがある。その事実だけで、希望という灯火をともすのことは充分だった。
 我知らず、アスカはレイに詰め寄った。

「そのゾイドなら・・・・・何とかなるっての?」
「なる・・・はず。だって、南極から持ち帰ったモノだもの」
「なるほど・・・」
「それに、第二支部から送られてきたD4・・・、マッドサンダーがあるわ。最低2人必要で、起動が難しいどころではないそうだけど、それでも・・・・手段はあるの」

 いきなりアスカは立ち上がった。
 急な動きにお腹が痛くなるが、顔もしかめず、レイに向き直る。

「だったら、今が行動の時ね!」

 レイは目にゴミでも入ったみたいに何度も瞬きをした。
 かまわず、アスカは胸を張る。

「あいつらに対抗する手段が、馬鹿レイコを助ける手段があるのなら!
 こんなところで愚痴を言ってる暇はないわ!
 今すぐ、ママ達を捕まえて、その危険すぎるゾイドを起動させるように説得するのよ!!」
「ほん・・・き?」
「本気!こんな時まで冗談言うわけないでしょ!
 私はね、助けるって決めたのよ!もう、誰も傷つけさせないともね!
 それに、シンジばっかり良い格好させてたまるもんですか!
 あいつが私達を助けたって言うなら、今度は私達の番よ!あいつがノコノコ姿を現したしたときには、全部片づけ終わらせて、『おっそ〜い』って笑ってやるんだから!」

 ちょっと恥ずかしかったのか少し赤くなるアスカ。
 横にいるのがレイでなく、マナだったら何と言うことか。

「なにより、私は負けたままなんて我慢できないのよ!!マユミにも、鈴原にも、ゼーレにも、シンジにも負けてばっかり!
 この屈辱は、今度こそ利息付きで千倍にして返してやるんだから!!」
「でも、無事起動できる確率は、赤木博士が40までに結婚できる確率よりも低いって、司令が・・・・」

 さりげなく失礼なことを言うレイだったが、アスカは聞いていなかった。
 そう、逆にアスカの方が色々聞かないといけないことが、やらなければいけないことがあるのだ。
 話の腰を折ったり、やる気をそぐような冷静な意見なんて聞きたくない。

「ぐだぐだ言ってないで、どうすればいいか分からないときは、とにかくやってみるものなのよ!
 やらないで後悔するより、やって後悔したほうが良いとか、無理が通れば道理が引っ込むって言うでしょ!」
「言わないわ」
「あげあし取るな!とにかく、なんとしてでもママ達を捕まえて、色々聞いて決めないといけないことがあるの!シンジのことも、今後のことも!」

 それだけ言うと、アスカはレイの手を掴んだ。

「だからあんたも、(ユイおばさまが)会ってくれないって諦めてないで、無理矢理にでも会う方法を考えなさい!」
「・・・・無理だわ。例え起動できても、ゼーレの本拠地がどこか分からないのに・・・」
「やる前から無理とか言ってたら、本当にできないわよ!!あんたが諦めてどうすんの!?
 あの馬鹿のたった一人の身内でしょうが!」

 驚いたのか、人形のようにコクンとレイは頷いた。
 それを確認すると、アスカは視線を遠くに向けた。


(行くわよ、アスカ!)






Bパートに続く



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