第10話「Sorrowfulness 『Reason4-A』」


エヴァンフォーミュラ最終戦、日本グランプリの第1舞台、鈴鹿サーキット。
ここは世界的に有名なサーキットで、去年アスカがチャンピオンを決めた地でもある。
しかし今年新設された富士岡サーキットは規模、設備共に世界有数のサーキットだった。
世界最高峰の富士岡で早くエヴァンフォーミュラで開催したいと画策するゲンドウは、
既に二年先まで開催が決まってしまっていた鈴鹿の契約を
反故にするわけにもいかないために、ある案を決定した。
『鈴鹿〜富士岡キャノンボール』
これは三重県にある鈴鹿でスタートし、サーキットを10周した後国道1号線に入り、
その後、鈴鹿インターから東名阪道に入る。そのまま名古屋インターから東名に入り、
第1サービスポイントの上郷サービスエリア、第2サービスの浜名湖サービスエリアで
それぞれピット作業をして、富士インターから西富士道路に入り、3km程行くと
富士岡サーキットがある。そのサーキットで20周の周回の後、そこがゴールである。

そして予選と決勝でのスタート地点である鈴鹿サーキットに衝撃が走る。
その光景を見ていたミッシングリング以外のレース関係者は驚きを隠せなかった。
予選開始直後にいきなり出ていったマックスは去年のアスカのコースレコードを
9秒ほど破るタイムを叩き出して、更にフライングラップを続けている。
シンジは彼の走りをモニターで見ていたが、彼のG-EV-Mのシケイン進入時の
ブレーキングを見ると無言でコクピットに腰を下ろした。
(一気に形が変わる変形システム、鋭い反応、アグレッシブな彼の走り・・・)
ベルトがシンジの体にフィットして、各種メータに電源が入り、
EG-Mのオペレートシステムが立ち上ろうとしている時に観客席が湧く。
『1分27秒476』
マックスは更にタイムを更新し、現在2位につける青葉に
約10秒の差をつけるスーパーラップだった。その騒ぎをシンジは無表情で、
まるでそのタイムが出るのが分かっていたかのように黙々と作業をしながら思う。
(明らかに違う・・・マシン、セットアップ、システム、そしてドライバー。
 どうあがいても勝てる相手じゃない。彼を捕まえるのは無理だ・・・)
シンジにとっては彼はどうでも良い存在だった。
いきなり出てきた新人レーサーでチャンピオンシップとは
まるで関係のない位置に彼はいる。
シンジが気にするべき相手は同ポイントで並ぶカヲルであるし、
すぐ後ろ、1ポイント差でレイも控えている。
アスカはもう絶望的な状態ではあるが、まだ可能性は0ではないのでマークは必要。
マックスに優勝をさらわれたとしても、シンジにとってはどうでも良い事だった。
(彼が潰れてくれればそれでよし、そのまま独走になってもカヲル君と綾波さえ
 押さえ込めば僕にチャンピオンが転がり込むんだ。彼は・・・・関係ない)
シンジはここでマックスは無視して走ることを決断し、コアに火を入れて期を待つ。

のどかな田園風景の広がるのどかな藁葺き屋根の家からエキゾーストノートが
響いていた。その音源である古いテレビには、紫のEG-Mが映し出されている。
先ほどからタイムアタックを開始しており、アタック1周目のタイムは、
『1分34秒052』
更にタイムを出そうと次の周回もフライングラップに入っていたマシンを
テレビカメラは先ほどから追っていた。
「あの野郎、こんな気ぃ抜けた走りしおってからに・・・」
テレビに向かいそう呟きながら「せんべい」を食らう
彼はテレビに映るマシンを見て、思わず声を荒げた。
「あかん!」
彼の声がテレビまで届く前に紫のマシンは姿勢を崩し、スプーンカーブで
スピンアウトを喫し、サンドトラップに捕まった紫のマシンのキャノピーが開く。
そこには少し落ち込み加減のシンジ特有の顔が映し出されていた。
シンジの映るテレビのブラウン管にせんべいが炸裂して、
幾つかに分裂しながら畳に落ちた。

一方その光景をピットのモニターで見ていたカヲルは、
一息ため息とも取れる息を吐き出すと、マシンに乗り込もうとする。
グレーのマシンのシートに腰を下ろすカヲルに、声をかける男がいた。
「やあ、カヲル。調子はどうだね」
カヲルはその声を聞いただけで、誰だか分かった。
カヲルは敢えて言葉を返さずにいたが、
彼と、彼が押してきた車椅子が目に入ると流石に目を向けずにはいられなかった。
「織田さん・・・これは・・・」
カヲルは車椅子に座る少女に目線を移しながら、織田に訪ねる。
「彼女にも見せてあげようと思ってね。君の最後の戦いをね」
彼女は相変わらず無表情で、目には輝きもなく、
視線はまっすぐ正面を見据えながら瞬きだけを繰り返していた。
「そうか・・・感謝しますよ」
それだけ言うとキャノピーを閉じ始めたが、カヲルの目線は彼女に注がれていた。
『キュウゥゥゥン フォン』
コアに生命の火が灯ると同時にカヲルはエアジャッキを落とし、ピットを出ていく。
「現実を突きつけられなくても分かってるさ。
 ・・・このレースは僕らにとって最初で最後のチャンスなんだから」
そう呟きながら、彼はタイムアタックをするためにサ−キットに出ていく。
この頃はもう既に予選も終盤の半ばに差しかかり、
トップレーサーが次々と出て行っていた。
チャンピオン候補の一人である惣流アスカラングレーがまず最初に
アタックをしていた。赤いマシンがスプーンカーブに来て、
コース脇に止められていた砂だらけで放置されたシンジのマシンを見る。
「あの馬鹿、こんな大事なレースだってのに・・・」
赤いマシンはコーナーを抜け、バックストレートに入る。
同時にブースターを立ち上げ、一気に加速をするマシンが中間ポイントを通過し、
アスカのマシンのサイドディスプレーに{+4,203}と表示された。
「ここまで差が出るの・・・?。既にこっちは限界なのに・・・」
彼女の目に130Rが迫る。
ブレーキをちょんと踏んで、ギアはそのままでマシンを曲げた。
赤白の縁石が彼女の目に広がり、ギリギリまで縁石幅寄せようとマシンをコントロールする。
「!」
一瞬ひやりと背筋に冷風が吹き付けた。だがタイヤ5分の1だけ路肩に落とした
マシンはそのままほんの少し砂煙を上げるだけで130Rをクリアしていった。
更にその次のシケインのためにギアを1速まで落としてコーナーに侵入、
彼女はホームストレートに入るとまたブースターを使い、コントロールラインを通過、
『1分32秒986』
モニタでタイム表示を見たアスカは一息大きく呼吸をすると遠くに見えるスタンド
を眺め出す。このタイムが、マックスを除いた全員の中で最速のタイムだった。
そして主な決勝のグリッドは以下の通りになった。

1、マックス・ウインザード       2、惣流・アスカ・ラングレー
3、綾波 レイ             4、加持 リョウジ
5、葛城 ミサト            6、碇 シンジ
7、渚 カヲル             8、青葉 シゲル

カヲルは織田とモーターホームでユキを囲んで話をしていた。
「大丈夫なのかね?予選七位で」
その彼の言葉を遮るように、カヲルとしては珍しく、口調も荒く言い返した。
「心配いらないさ。あくまでターゲットはシンジ君だよ。もし今日のように
 見込み違いでも綾波レイなら何とかなるよ」
それを聞いた織田は、にやりと含み笑いを浮かべながら
「そうか。まあ頑張ることだね」
彼は立ち上がって出ていこうとする時にカヲルに向かって口を開いた。
「そうそう、言ってないことがあったな。カヲル、彼女・・・」
そう言うと、目をぱちくりさせているだけのユキを指さす。
「彼女は中枢神経は回復して呼吸と心臓の鼓動を自力で出来てはいるが、
 あと半月もすればそれらの微妙な狂いから、彼女は全ての生体機能が衝突して
 苦しみながら死に至ることになるよ。フフフッ」
その言葉を聞いたカヲルは驚きを隠せずに、愕然と織田を見る。
「そんな・・・馬鹿な!そんな事は聞いてない!」
そんなカヲルの態度、行動を織田は楽しむように眺めると、声を上げて笑い出した。
「ハハハハハ、だから今回がラストチャンスなんだよ。まあ私は彼女のことは
 どうでも良いがね。いや、彼女の苦しむ姿を君が見せてくれるのかな?
 それを君は望まないだろう?君はチャンピオンにならなくてはならない。
 来年はEVIAとZEELEが合併するからこれがEVIA最後のレースだ。
去年のZEELEのチャンピオンのお前がシーズン途中の参戦にも関わらず
 今季のチャンピオンになれば、どちらが格上かは分かるだろう?
 ZEELEのトップはそれを望んでいる。私にとっても、君にとっても
 今回がラストチャンスなんだよ。君が負けたら・・・君は妹を失う。
 私は計画の失敗により、今の地位を失う。
 そういう意味では私と君は共同体だよ・・・運命のね・・・明日は頑張ってくれよ。
 君のため、妹であるユキのため、そして・・・私の為にね・・・フフフッ、ハハハハハハハハハハハハハハハハ」
その彼の言葉にカヲルは露骨に嫌悪感を露わにして、去りゆく織田を凝視していた。

「この馬鹿たれ!この大事な時に何やってるの?!」
アスカがようやく帰ってきたシンジを彼のピットで捕まえて文句を吐く。
「仕方ないだろ、突っ込みすぎたんだ。タイムを出そうとした結果さ」
そんなシンジの答えは彼女を満足させてはくれなかった。
なぜなら彼女は彼のコンセントレーションが低かった事を走りから悟っていた。
明らかに集中力に欠けた彼の走りは彼女にとっては見ていて腹立たしかった。が、
「そ、まぁ過ぎたことはいいわ。それに今日はまだ予選だしね。
 でもシンジ、今日みたいな走りしてたら明日のゴールラインは見られないわよ」
アスカなりの忠告。これ以上核心に迫る言葉を吐くことは避けたかったし、
集中力に関しては他人がどうこう言っても直る物ではないことくらい彼女にも分かっている。
そのアスカの言葉を着替えながら、無言で聞いていたシンジが口を開く。
「今日はどうするの?また僕の部屋に泊まるの?」
「そうよ。だって私はホテルの部屋とってないもの」
「でも・・・レース前なのに」
言葉を濁しながらも着替えをこなしているシンジの視界にアスカの
栗色の髪の毛がひょいと入った。それに気づいたシンジが正面に栗毛が見えるようにする。
彼女は彼の顔をのぞき込みながらにこやかに話し出した。
「シンジってレース前は一人になりたいタイプ?それならおじさんの所に行くけど」
おじさんとは副会長、オーナーを兼任する冬月の事である。
シンジの事を気遣いながら、宿泊場所まで提示したアスカに対しシンジは
「いや僕は平気だけどアスカは平気なの?
 レース前に僕なんかと一緒にいて集中力が・・・」
彼女は皆まで言うなとばかりにシンジの鼻をつまむ。
「・・・んあ・・・」
奇声を発し、言葉を止めたのを確認した後でアスカが話し始めた。
「私はね。アンタと一緒にいる方がリラックス出来るからレースには効果的なの」
そう言うとシンジの鼻から手を離す。シンジはそんな彼女に微笑み返し、
「僕も同じ。アスカと一緒に寝ると凄く落ち着くんだ」
アスカは少し頬を染めながら、照れ隠しなのか、すぐ側にいたシンジを蹴り飛ばして、
「い、いいから早く着替えなさいよ!置いてくわよ!」
そう言うと、シンジの更衣室から出ていって、応接間にあるコーヒーメーカーから
1杯のコーヒーを注ぐと、ソファーに座って飲み始める。

「ン・・・・・」
モーターホームの裏手で重なり合う2つの影。
しばしの駆け引きの後で、男の方から離れる。
深くため息を吐く女性に、男は声をかける。
「今日は俺の勝ちだな、葛城」
その女性は、少し乱れたシャツを直しながら
「・・・・まったく・・・昔から相変わらずね・・・
 何か賭けてる時は強いんだから・・・」
「それは、お互い様だろ」
密着しながら話す二人だが、男がポケットから指輪を取り出した。
「今日の賞品、きちんと用意しておいたんだけどな。
 葛城のリクエスト通りのNeilのリング」
そう言って、男は指輪を指に付けるために彼女の手を取りながら、続ける。
「どうだい葛城?明日の決勝でも賭をしないか?」
そう言いながら、男は彼女の左手の薬指に指輪を差し込んだ。
「え・・・・・」
「明日、俺が勝ったら・・・一緒に家族農園をやらないか?」
彼の顔は本気だった。彼女は自らの顔が熱くなるのを感じながらも、
「じゃ、じゃぁ・・・私が・・・勝ったら・・・」
男は間髪入れずに答える。
「このリングを・・・葛城にプレゼントするよ」
彼女にもこれの意味することが分かった。
「・・・分かったわ。その賭け・・・乗った・・・」
それだけ言うと二人はお互いの意図する思いを理解しあい、今一度唇を重ね合わせる。

シンジとアスカはホテルに帰るために駐車場に向かい、楽しそうに談笑しながら
歩いていた。今ではもう恋人同士と言ってもいいくらいの彼らだが、
ベタベタ、イチャイチャとくっつくのではなく、
二人で手だけをつないで並んで歩きながら話していた。
シンジにしても、アスカにしてもその方が全然良かったし、楽しくもあった。
「やぁ、ヘルイカリにフロイラインアスカ。仲がよろしいことで」
シンジとアスカはその声の方向を見た。金髪の奇麗な髪、モデルのように整った顔、
そして純白のレーシングスーツの上からマントを羽織り、
顔の半分は隠れるであろう黒いゴーグルが付けられていた。
彼の名前はマックス・ウインザード、
予選でトップになった男で一躍ヒーローになった男であるが、
シンジ達にすればイヤな奴だったし、ゴーグルを取れば彼はアベルの顔を持つ。
むしろアベルの顔の方が、彼らにはイヤな顔であることには違いない。
「なんか用?私たちはもう帰るんだけど」
機嫌悪そうにそう言うアスカを無視しながら、彼はシンジに向かい話しかける。
「初めましてかな、ヘルイカリ。君が観葉植物と戯れている時に一度お会いしたがね」
マックスは、はじめにシンジに対して軽い牽制の意を込めて口を開き、本題に入る。
「どうやら彼女は君の事をたいそう気に入ってるようだが、君はどうなんだ?」
シンジは、はじめのマックスの言葉で完全に萎縮してしまう。
実際シンジにはアスカのデート相手をのぞき見たという負い目があった。
これ以上突っ込まれてアスカにその事が知られたら嫌われるかも・・・。
そう思うだけで心が萎縮する。その上でのこの難解な問いには口を開けなかった。
シンジは考えてみればアスカに好きと言ったことが無かった。
その事が余計に彼の口を重くさせていた。
心では何度でも言えるセリフ・・・しかし彼はその言葉を口に出すことは出来なかった。
「ちょっと、変な事聞かないでよ。シンジ困ってるじゃない」
見かねたアスカが助けを出したが、マックスは彼女を無視して更に続けた。
「君は彼女をどう思ってるんだ?二択だよ。好きか、嫌いか」
この問いならシンジは間髪入れずに答えられる。そう感じた。
なぜならシンジには分からなかった。アスカをどの位、どれほど好きなのか。
しかしシンジの「好き」のベクトルの向きのみを聞かれたこの問いには
答えることは容易だった。
「アスカのことは好きだよ。だからこうして一緒にいる」
アスカにしてみればこの答えは彼女を感激させるに十分だった。
今まで感じることしか出来ずにいたシンジの想いが口を通して出てきたのだから。
「そうか、僕も彼女のことを気に入っていてね。君には手を引いてもらいたい」
アスカは文句を言ってやろうとしたが、シンジが先に口を開く。
「アスカの事は・・・好きだから手なんか引けないよ。
 君の方こそ彼女にちょっかいは止めてくれよ。嫌がってるよ・・・アスカは」
シンジにすればこの前のこの男のアスカに対する仕打ちを知っているから
殴ってやりたい、アスカがどんなに傷ついたかきつく言ってやりたかったが、
萎縮させられていた彼にはこれが精一杯だった。
それを聞いていたアスカは何も言わずに少し目を潤ませていた。
「そうか、ならいい方法がある。明日の決勝で先にゴールした方が彼女を取る。
 これでどうだ?ヘルイカリ」
そう言いながらマックスはゴーグルの奥の瞳をアスカに向ける。
それがアスカも分かった。が、アスカは今のシンジを信頼していた。
彼女は口を開こうとはせずに、シンジの言葉を待つ。
「断るよ。アスカは物じゃない。こんな事で貰う貰わないの問題じゃない」
シンジは彼女と繋いでいた手を強く握ると、アスカを引いてその場を去ろうとした。
「逃げるのか・・・まあ君なんかじゃ僕には勝てないだろうから、賢明な判断だよ」
その挑発的なマックスの言葉にアスカは半分切れかかったが、繋いでいたシンジの
手を握ることでこらえた。それをシンジはアスカが反論しろと言いたいと受け取る。
「そうだね、確かに勝てないよ」
そんな彼の言葉に、アスカは驚きの面もちで隣にいたシンジを見る。
「君のマシンは速いし、僕には逆立ちしても勝てない」
アスカはその時初めて、なぜシンジが集中できていなかったのか分かった。
「だから、負けると分かっている賭には同意できない」
それだけ言うと、落ち込むアスカの腕を取ってその場から去ろうと足を踏み出した。
去りゆく二人を目で追いながら、マックスは一人微笑む。
「なるほど・・・どうやら彼女は彼には話していないようだな。
 彼女の口から言うか・・・言わないのか。
 ま、もう勝負は見えたけど。
 明日が楽しみですよ、フロイラインアスカ・・・」

シンジは早歩きでアスカを引っ張って歩いていた。
「待って、シンジ」
しかしシンジは止まらない。
「・・・待ってって!」
アスカはシンジの手を振り払うと、シンジに強く握られていた手首をさする。
「あ、ごめんアスカ。・・・痛かった?」
アスカはシンジのことを見据えると、シンジの左肩をムンズと掴む。
「なんで賭けを受けなかったわけ?チャンスじゃない。
 そうすれば私はあいつにまとわり付かれないで済むのに」
そして
「それに勝てないって何?始めから勝負捨ててるわけ?」
更に
「そんなんだからスピンしたのよ。勝とうって気がないわけ?なさけないわね・・・」
そんな肩を握る力に力が入るアスカに対して、シンジは彼女の手をはたき落とす。
「勝てるわけないだろ!アスカにしたって予選の1周で何秒離されてるんだよ!
 それに、アイツは関係ないだろ!チャンピオン争いに関係ない奴の相手なんか
 してられるもんか!僕の頭の中はカヲル君と綾波のことで一杯なんだよ!」
そう彼女に対して怒鳴り散らすシンジをアスカは悲しみで溢れる目線を投げかける。
シンジにもその事が分かったのだろう。
「・・・ごめん、怒鳴ったりして・・・。
 でも、彼には勝てないよ・・・レベルが違うんだ・・・」
謝りながら肩を落とすシンジから目線をそらした彼女の視線は宙をさまよい、
ある結論に至るとはるか彼方の山々を見つめる。
「・・・行きましょ」
彼女はシンジの横を通過する際にボソリと呟く。
「私はシンジが拒絶した賭をアベルと交わしてるのよ」
「えっ・・・」
彼女に振り返るシンジに、アスカは続ける。
「シンジが負けたら、アイツと寝ることになってるわ。
 もちろんシンジと違って添い寝なんかじゃない、男と女の・・・・・ね」
そう言うと、シンジを置いてスタスタと歩を進めてゆく。
「ま、待てよアスカ!」
シンジは歩いていくアスカの腕を再び握ると、強引にこちらに向かせた。
「冗談だろ、そんな事・・・」
アスカはシンジの事をじっと見つめながら、
「ホントよ、もう賭けは成立してるわ」
彼はアスカの両肩を少し強く握りしめる。
「なんで・・・?。なんでそんな賭けしたのさ。そんな馬鹿な賭け、断ってきなよ」
彼女はシンジから目はそらさない。
「あの時は、シンジなら勝てると思ったからね。
 でもこの話は聞かなかった事にして。もうシンジには関係ないから」
「なんでさ。僕が負けたらアスカはあいつと・・・」
シンジは言葉を止めた。口には出したくなかった。
「そうだけど・・・シンジには関係なくするから。というより私がアイツに負けたら、
 という条件に変えてくれるように明日にでも頼んでみるわよっ!」
それだけ言うと再びアスカはシンジの手を振り払って歩き出す。
その決意を秘めた瞳は、シンジすら近寄るのに躊躇したほどだった。


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