新世紀エヴァンゾイド

第伍話Bパート
「Rei II



作者.アラン・スミシー



 あたりが夕焼け色に染まる頃、第壱中学校の裏山の斜面が轟音とともに開き始めた。そして中から現れる3体の異形の獣。翼の代わりに盾を左右に一枚づつ取り付けたサラマンダー。失った右手の代わりにポジトロンライフルの一部を取り付けたゴジュラス。ポジトロンライフルの先端部分をかかえるアイアンコング。
 地響きをさせながら進む3体のゾイドに向かって、シンジ達のクラスだけでなく、学校中の人間が声援を送っていた。『ラブラブアスカ様』だとか、『いけいけレイちゃん』とか、まあそんなことが書かれた横断幕や、旗を振っている。あんまりと言えばあんまりな光景にシンジとアスカはめまいを感じた。この街こんな奴らばっか。

 「「「「「「「「「「「「がんばれよ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!」」」」」」」」」」」」」」

 「あんた達避難しないで何やってんのーーーーーーー!!!」

 「「「「「「「「「「「「うわーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」」」」」」」」」」」」」」


 アスカに一喝され蜘蛛の子を散らすように消える生徒達。
 これから壮絶な戦いが起こるとは信じられないくらい平和だった。





 ネルフ本部で青葉と日向が使徒の進行状態を報告する。
 「敵ブレード第17装甲板を突破!!」
 「本部到達まで後3時間55分!!」

 それと同じくして、各地の発電所からの報告が入る。
 「四国及び九州エリアの通電完了」
 「各冷却システムは試運転に入って下さい」
 オペレーターの指示とともに、各地に設置された冷却器や変電装置がいっせいにうなりをあげ始めた。





 二子山山頂付近の作戦本部。
 スポットライトが周囲を真昼のように明るくする中、ミサトはシンジ達を集合させてミーティングを行っていた。とりあえずこの場にいるのは6人。子供達がシンジ、アスカ、レイ。大人がミサト、リツコ、マヤである。
 「いい?これからの説明をよく聞いてね。
 シンジ君はゴジュラスで砲手を担当」
 「はい」
 シンジは緊張に少し青ざめながらも、力強く頷き返した。
 「レイはサラマンダーで防御を担当して」
 「はい・・・」
 レイはいつもと変わらない調子で、頷き返した。
 「これは、シンジ君とゴジュラスのシンクロ率の方が高いからよ。
 今回はより精度の高いオペレーションが必要なの」
 意外に平気そうなシンジに、怪訝な顔をしながらリツコがミサトの後を続ける。
 「シンジ君。
 陽電子は地球の自転、磁場、重力に影響を受け直進しません。
 その誤差を修正するのを忘れないでね」
 「でも、そんなことまだ練習してないですよ」
 ようやく不安そうな声でシンジが答えた。聞いたこともないことをいきなり言われたので、必死にかぶっていた仮面が脱げたかのように、少しおどおどした口調だった。リツコがシンジの彼なりの気の利かせ方に内心クスリと笑いながらも、落ち着かせるため優しく話しかける。
 「大丈夫・・・あなたはテキスト通りにやって最後に真ん中の照準がそろったら撃てばいいのよ。
 後はゴジュラスがやってくれるわ」
 「もし、1発目が外れたら・・・?」
 リツコの言葉に少し落ち着きを取り戻すが、それでもシンジは心配そうにたずねた。
 「2発目を撃つには冷却や再充填等にしばらくかかるわ。その間予想される敵の反撃をかわせなければ・・・アウトね。最終的にはレイの盾に守ってもらうしかないわ。
 つまり、2発目は考えないで一撃で撃破する事だけを考えなさい」
 「・・・ねえ、ミサト。私の仕事は?まさか、ライフルの運搬と組立だけって事は、無いんでしょう?」
 そこまでリツコが話したとき、むっとしながらアスカが聞いた。
 自分のことを無視されてかなり腹を立てているようだ。その押し殺した丁寧な言い方に、怒りのほどが感じられる。少なくともシンジは触らぬ神に祟り無しとばかりに、微妙にアスカと距離を空けた。
 「あ、アスカ?ごめん、ごめん。シンちゃんとの愛の語らいですっかり忘れていたわ。
 ・・・アスカの仕事はねぇ、囮よん♪」
 ミサトのふざけた言い方にアスカの怒り爆発。素早くシンジとレイが退避。リツコはもっと露骨に後ろを向いて走り出した。
 怒髪天をつく赤きキングコングとなったアスカは、逃げ遅れたミサトに詰め寄る。
 「何がシンちゃんとの愛の語らいよ!?しかもこの私の仕事が囮ですってぇ!?
 それこそ、ファーストにやらせればいいじゃない!!」
 「そうは言うけど、レイは再起動させたばっかりで、そんなにシンクロ率が高くないのよ。だから、素早く動き回る必要のある囮は無理なの。その点、アスカもコングを起動させたばっかりだけど、シンクロ率が80%を越えてるでしょう?
 それにこれは碇司令と装流顧問の指示なのよ」
 ミサトは内心ビビリながらも、伝家の宝刀『上官命令』を出した。シンジやトウジ達にこれをしたら逆効果だが、アスカとレイには良く効く必殺技である。アスカは母親の名前を出されて、情けなさそうに愚痴をこぼした。
 「なによ、それぇ・・・・・・・。
 ・・・・分かったわよ。囮でも何でもやってやるわ。
 ファースト!シンジ!今回だけはあんた達に花を持たせてやるけど、それは囮は私じゃないと務まらないからだからね!」
 どうにかこうにか自分を納得させて、ビシッとシンジとレイを指さして宣言するアスカ。わざわざ照明が逆光になるような位置での宣言である。腰に手を当ててとっても偉そう。
 偉そうねぇ、とミサトは思いながらも、アスカがそれほど気にしていないみたいなのでホッとしていた。
 このままではいつまでたっても始まらないと判断したリツコが、隠れていた物陰からは出して、髪を照明で輝かせながら指示を出した。
 その凛とした態度にシンジ達は目を見張る。
 「そろそろ時間よ。三人とも、準備して!」
 「「「はい!」」」





 信号、街灯、ビル明かり、広告塔、そしてシェルターのライトさえも消え、第三新東京市が完全な闇につつまれる。その第三新東京市で生まれた闇は、夜という色に日本というキャンパスを染めていく。やがて日本全土は完全な闇に包まれた。
 星灯りだけが照らす中、暗闇が広がっていくのを碇家でペンペンと猫達が見つめていた。3匹と1羽はシンジ達の無事を祈るかのように、じっと天空の月を見つめていた。

 街の灯りが消え、都会では見る事の出来ない自然の光、月、満天の星が全てを幻想的な光で優しく包んでいく。
 シンジ達はゾイドの移動型昇降機のタラップの上で待機していた。彼らの姿は月の光に照らし出され、天使が舞い降りたかのように錯覚させる。

 (明かりが全部消えた。・・・作戦が始まる)

 覚悟を決めたつもりだったが、やはりシンジの足は震えていた。押さえつけようと躍起になりながら、戦闘開始直前の緊張を紛らわせため、シンジは前から思っていたことを口にした。
 「ねえ、綾波。綾波はどうしてゾイドに乗るの」
 シンジの質問に少し考え込んでからレイが答える。
 「・・・・絆だから」
 「絆?」
 「そう、絆・・・」
 「母さんとの?」
 「みんなとの・・・。
 私にはこれに乗るほか、なんにもないモノ・・・。
 もしゾイドに乗ることをやめてしまったら、私にはなんにもなくなってしまう。
 それは死んでいるのと同じだわ」
 意外なことを聞けた。シンジはそう思った。もっと奇天烈なことを言うんじゃないかと思っていたが、レイの言葉は不思議と彼女らしい物と思えた。そして、彼女の言葉を自分に当てはめて考え始める。
 「死んでいるのと同じか・・・。じゃあ、僕はここに来る前はそうだったのかな。何もかも嫌で、無気力で、言われたことには黙って従って、表面的にはいい子を装ってしまう。
 ここに来るまでの僕は生きてるふりをしていただけかも知れない・・・」

 (どうして、僕はこんな事を話してるんだろう?綾波が僕と似ているから?・・・たぶん違うと思う)

 シンジが自分の過去と、今の会話を思い起こして沈黙するのを面白くなさそうに見つめる青い瞳。
 不快感を隠そうともせずに勢いよく立ち上がると、瞳の主は怒ったように声を張り上げた。2人だけの会話に腹を立てたと言うこともあるし、あまりにも辛気くさい話をしたことに対する怒り、それに何より、独りよがりすぎると思えた言葉に憤慨して。
 「なーにを辛気くさいことを話してんのよあんた達は!?何が、私には何もないよ!死んでいるのと同じよ!!
 笑わせるんじゃないわ!
 ファースト!ゾイドに乗ることをやめたら、おばさまやあの馬鹿レイコがあんたのこと見捨てるって言うの!?」
 二人の会話に無性にイライラを感じたアスカがレイをどなりつける。その声は本気で怒っている者だけが感じさせるなにかに震えていた。
 甘えてるんじゃない!!あんた達より不幸な奴はもっといる!!不幸自慢なんかするな!!  2人にはアスカがそう言ってるように思えた。

 「たぶん、あの2人は見捨てない・・・」
 「じゃあ、何もないなんて言わないでよ!あんたのこと必要としている人がちゃんといるじゃない!!」
 アスカの剣幕に驚いたような顔をしてレイが答えた。まさか彼女がそんな自分を励ますようなことを言うとは思わなかったのだ。アスカは自分のことを蛇蠍のように嫌っていると、そう思っていたからだ。
 その考えは間違ってはいない。事実、彼女はレイのことを嫌っている。誰よりも、何よりも。
 だがそれ故に気弱なレイなど見たくなかった。
 聞かれたら否定するだろうが、自分と対局的な存在のレイを、色々な面でアスカはライバルと見なしていた。ライバルが落ち込む姿などアスカは見たくない。自分の価値を否定されたような気がするから。もっともこれまた本人は否定するだろうが、本当のところ、アスカはとても優しいのだ。余裕を持つ者の優しさではなく、純粋に優しいのだ。ただ、その表現方法がシンジ達に負けず劣らず下手くそだから誤解を受けるのだが。
 「ごめんなさい・・・」
 「何謝ってんのよ。言っとくけどね、あんたのこと必要にしている奴は他にもいるわよ。そこの馬鹿シンジも、ミサト達も、ヒカリ達も、みんなみんな、ゾイドパイロットじゃないあんたのことを必要としてるわ!それを何よ・・自分に何もないとか、死んでいるとか・・・」

 アスカの声が詰まったのを聞いて、シンジは不安になった。アスカが泣くんじゃないかと不安に。第四使徒の一件があってから、シンジは自分が苦しむより、他人が泣いたり苦しんだりするのを見る方が辛くなっていた。
 シンジはアスカの意識を逸らそうと、話題をアスカに変えた。実にわざとらしいと、彼自身もそう思ったが幸いアスカはそう思わなかった。
 「ねえ、アスカは何でゾイドに乗るの?怖くないの?」
 「・・・怖いわよ。最近は特にね。」
 「へえ、意外だな。アスカのことだからもっと違うこと言うのかと思った・・・。
 たとえば、自分の力を世に示すためとか。」
 ハッキリと怖いと言葉を放つアスカに、シンジは驚きの目を向ける。
 「確かに、そういう風にも思っているわ。でも、それだけじゃない。
 独房に閉じこめられている間、ずっと考えてた・・・。
 私が死んだら、みんなどうするのかなって。
 はじめは私のこと嘆き悲しんで、あなたのことを忘れないとか言って、しばらくしたら忘れてしまう。そして、私がいたという証拠はお墓の石だけ・・・。それもいつかは消えてしまう。
 そんなのヤダって、思った。
 それに、私が死んだらママ独りぼっちになっちゃう。だから、私は死にたくない。
 そんなこと考えていたら、とても怖くなった。
 でも、死にたくないから私はゾイドに乗るの。ママを、みんなを守るために。
 そう、もう私の力不足で、私ができることをしないせいで、誰かが死ぬのを見るのは、もう、イヤなの」
 「強いんだね、アスカは」
 シンジの言葉にアスカはニコッと笑った。月の光に髪を輝かせながら、くるっとシンジに向き直る。
 「ふふん。当然でしょ♪私を誰だと思っているの!?スーパー美少女戦士、惣流アスカラングレーよ!
 おっと、そろそろ時間ね。いくわよ、馬鹿シンジ!」
 アスカのかけ声とともに、シンジ達はそれぞれのエントリープラグへと向かった。
 「碇君」
 その時、プラグに入りかけたシンジの背中に向かってレイが声をかけてきた。シンジが振り返ると、レイはポツリと呟いた。
 「あなたは死なないわ。私が守るもの」
 固まったシンジに目もくれず、それだけ言うとレイはさっさと自分のプラグへと入り込んだ。
 「さようなら」





 『只今より、0時00分00秒をお知らせします』
 アナウンスとともに14式装甲指揮車の時計が午前0時00分00秒を刺す。

 「作戦スタートです!!」
 「シンジ君!!日本中のエネルギー、あなたに預けるわ!!!」
 「はい」
 緊張に満ちた顔でシンジが答えた。
 そのすぐ横ではレイが待機し、そこから数百m離れた場所では、肩にミサイルポッドを担いだアスカのアイアンコングが待機していた。

 『第一次接続開始』
 『第1から第803間区まで送電開始』

 「ヤシマ作戦スタート!!」
 ミサトの号令とともに、使徒と人類の、お互いの未来をかけた決戦の火蓋が切られた。

 「電圧上昇中。加圧域へ」
 ミサトから日向、日向から各担当へと指示が伝わり、それに伴い各地の電力がゴジュラスに集中していく。
 ゴジュラスの右腕に取り付けられたライフルの砲身が熱を帯び始める。陽炎が発生し、ゴジュラス周辺の光景が歪み始めた。
 「全冷却システム、出力最大へ」
 「温度安定。問題なし」
 「陽電子流入、順調!!」
 冷却器がフル可動し、周囲との温度差によって一部で湯気があがり、一部では凍り付いていく。

 「第二次接続!!」
 第一次接続で集められた電力がさらに絞り込まれる。抵抗をできる限り減らす為の極太の電線が、それでも発生する高熱によって焦げ臭い臭いをあげ始める。
 「全加速器運転開始」
 「強制収束器作動!!」

 『全電力、二子山造設変電所へ、第三次接続問題なし』
 ユイとキョウコ、ナオコが居るネルフ本部発令所にも作戦の進行状況が伝えられる。
 彼女たちは、あわてず落ち着いているように見えるが、その目は恐怖に満ちており、現場の緊張とは対照的に、やっぱりなんかずれたことを考えていた。
 (シンジ、レイ。死なないで!まだ私は母親らしいことを何もしていないのよ。だから、お願い・・・。無事帰ってきて)
 (アスカちゃん!絶対帰ってくるのよ!私にシンジ君の子供を抱かせるまで絶対に死んではだめよ!)
 (まったく、この親バカコンビは・・・)

 「最終安全装置解除!!」
 「撃鉄、起こせ!!」
 森の中に手足の関節を伸ばし、さらに関節の自由度を増やしたゴジュラスが腹這いになってポジトロンライフルを構えている。指の自由度が跳ね上がって実に器用になった腕を操作しながら、日向の指示とともに撃鉄を上げる。とたんにライフルの表示が『安:空』から『火:実装』に切り替わった。
 同時にゴジュラスのエントリープラグでは狙撃用ヘッドギアディスプレイが下りてきて、シンジの頭部に覆いかぶさっていく。

 「アスカ!そろそろよ。あいつの気を引いて!」
 「OK!待ってましたぁ!!!」
 ライフルの発射準備がある程度進んだところで、ミサトがアスカに指示を出す。その指示を聞いて、それまで地面に寝そべっていたアイアンコングが体を起こし、あらためてミサイルの照準を使徒に向けた。照準が電子音をあげながら、使徒の中心に重なった。
 次の瞬間、
 「gehen!」
 かけ声とともに使徒に向かってミサイルを打ち出された。煙の尾を引いて使徒に向かうミサイルだったが、全てATフィールドによって阻まれてしまう。使徒から十数メートル離れたところで爆発が上がり、煙が使徒の体を覆い隠していく。
 「ちぇっ、やっぱり効果なしか。とっとっとっ、急いで移動しないと」
 素早くミサイルポッドを放り出して移動するアイアンコング。
 一瞬遅れて使徒の体がまばゆく輝いた。
 その直後、加粒子がアイアンコングが一瞬前にいたところに打ち込まれ、大爆発を起こす。電磁防御が施された指揮車ののモニターに僅かばかりとはいえ、ノイズが走り衝撃波によって車体が浮いた。
 遠く離れた地点の指揮車ですらその有様だったのだ。至近距離にいたアイアンコングは爆風に巻き込まれないように、身を伏せていた。電磁波で一時的にレーダーが使えなくなったので、不用意に動かないでいたのだが、そのあまりにもすさまじい破壊力にアスカの顔が青ざめる。
 「こりゃあ、いつまでも逃げ切れないわね。うまくやんなさいよ、シンジ」


 『地球自転誤差修正プラス0.0009』
 ゴジュラスのモニターの照準が徐々に真ん中に合わさっていく。シンジのこめかみから汗が流れ、LCLに溶け込んだ。
 『電圧発射点まで、あと0.2』
 変圧器は火花を散らし、冷却器は轟音と熱気を吹き上げ、導線の各所からは発熱により煙が立ち上る。
 『第七次最終接続。全エネルギーポジトロンライフルへ』
 『発射まで後10秒』
 『9・・・8・・・7・・・』

 そこまでカウントが進んだとき、それまでアイアンコングを狙って攻撃していた使徒の様子が変化する。アイアンコングを完全に無視すると、それまでと違って十分なエネルギーを蓄えようとするかのように周円部を加速させていく。もうアイアンコングからの攻撃は防ぐに任せて完全に無視していた。
 マヤがそれに気づき、あわててミサトに報告する。予想以上に賢い使徒の行動に、ミサトは歯がみした。
 (くっ、気づかれたか!
 しかし、奴より先に撃てば・・・まだ勝機はあるわ!!)
 動揺を必死に押し隠しながらミサトは、照準が使徒に重なるのを待つ。ミサト達には1秒が1時間にも、一生のようにも感じられた。
 そして、じれったいほどゆっくりと動いていた照準がついに重なる。

 「撃てっ!!」

 ミサトの指示の一瞬後、シンジがライフルの発射トリガーを押した。

 すさまじい衝撃を辺りにまき散らしながら、陽電子がライフルから打ち出される。
 それと同時に使徒からも加粒子が打ち出された。敵味方共に凄まじい電子の奔流をまき散らし、全ての監視装置を完全に使えなくした。
 日本中の電気が変換された陽電子の渦は、真っ直ぐ使徒のコアを目指して突き進む。
 使徒の荷電粒子は空気をイオン化しながら、ゴジュラスを過去形にかえるため突き進む。
 二つのすさまじいエネルギーの奔流はすれ違いざまに、互いに干渉しあいグルッと螺旋を描いて的を外れた。

ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・

 光線は双方ともに目標から少し離れたところに着弾した。すさまじい爆発とそれに伴う光の柱が天にのびる。衝撃波が竜巻のように吹き荒れ、空気を揺さぶり、大地に怨嗟の呪詛を吐かせた。

 「きゃあ!」

 爆発の衝撃に指揮車両は大きく揺さぶられ、ガラスが割れ、すさまじい電磁波によってモニターにノイズが混じった。
 その衝撃に、手すりをつかみ損ねたリツコが転んでかわいらしい悲鳴をあげた。

 (ミスった・・・!!)
 第三新東京市の一角を焦土と化した爆発を見ながら、シンジの心は絶望にとらわれていった。


 「敵ボーリングマシン、ジオフロント内へ侵入!!!」
 ちょうどその時、22層全ての装甲板を突き破り、ついに使徒のシールドがジオフロントに到達した。そしてそのままネルフ本部めがけて突き進む。ネルフ本部、双子山の指揮車両ともに警報が鳴り響く。


 「来たわね!鈴原!相田君!山岸さん!綾波さん!ムサシ君!浅利君!総攻撃よ!!」
 万一を考え、ジオフロントで待機していたほかのチルドレンがドリルブレードに対して攻撃を開始した。
 リーダーのヒカリの号令とともに、対空砲やミサイルが使徒のブレードに炸裂した!
 炎が吹き荒れ、天井都市の一部が吹き飛ぶすさまじい爆発が起こる。
 だが、ATフィールドにより守られたブレードは傷も付かない。そのままぐんぐんと降下していく。
 「上ではアスカ達が頑張ってるのよ!!負けられないのよ!私たちは!!」
 全員あきらめない。決してあきらめない。あきらめたら、すべてが終わってしまうから。


 そしてここにも諦めない戦士達がいた。
 「第二射!!急いで!!!」
 警報に負けないくらいの大声でミサトが叫ぶ。
 撃鉄が引かれ、陽炎をまとった使用済みヒューズがチャンバーから飛び出し、新しいヒューズが装填される。

 「ヒューズ交換!」
 「再充填開始!!」
 「銃身冷却開始!!」
 日向達が少しでも速くなれとばかりに声を張り上げる。みんな必死だった。
 そんなミサト達をあざ笑うかのように、使徒中央部のスリットが輝き始める。
 「目標に再び高エネルギー反応!!」

 (まずい!!早すぎる!!)

 再び使徒から加粒子砲が発射される。まっすぐゴジュラスに向かって。
 「うわああああああああああ!!!!」
 自分に迫り来る光を見たシンジが恐怖の悲鳴をあげた。無駄だとわかっていながらも、手で頭をかばう。
 「シンジ君!!」
 ミサトが溶け崩れるゴジュラスを、シンジを想像して身を切るような悲鳴をあげた。様々な後悔がミサトの心に去来し、謝っても謝りきれない思いが、シンジに向けられる。
 死を逃れようとあがくシンジに飛来する光線。全ての思いをうち砕く光線がゴジュラスを照らした。
 だが、
 光線は命中しなかった。
 いつまでたっても身を焼く炎が訪れないことに恐る恐るシンジが目を開くと、彼の眼前には逆光の中、飛竜が盾を構えて立っていた。
 使徒の加粒子砲を、装備した盾によって阻み、拡散させるサラマンダー。
 拡散した加粒子と、盾に命中して発生した衝撃波によって周囲の木々がなぎ倒される。
 「綾波っ!」
 だが使徒の加粒子砲のすさまじいまでの破壊の力の前に、見る見るうちに盾が溶けていく。

 「大丈夫、こんな事もあろうかと盾は左右に一枚ずつ。合計で2枚あるわ!合計34秒、次のライフル発射時間まで充分持つわ!!」
 シンジとミサトは、溶けていく盾を目の前にして焦りの色を隠せないがリツコは自信満々に答えた。
 直後、使徒の中心部の輝きがよりいっそう強さを増し、ミサト達の心により深い不安を巻き起こす。
 それでもリツコは落ち着いていたが、次のマヤの報告で一気に慌てだした。

 「目標のエネルギー増大!!!出力、6割増!!」
 「なんですって!?」
 たちまちの内に1枚目の盾はどろどろに溶け、2枚目の盾も先ほど以上のペースで溶けだしていく。
 「盾がもたないっ!」
 珍しくリツコが焦った声を上げた。予想外のことにパニックになって、何ら有効な手段を思いつかない。
 「まだなの!?」
 「後10秒!」
 日向の報告は、永遠と答えたも同然だった。

 (早く!まだなのか!? 早く!!)
 シンジは焦る心を抑えるように、右の掌を開いたり閉じたりした。
 だが、彼の心の叫びもむなしく、ついにサラマンダーの左右の盾が完全に溶け去る。サラマンダーの全身が加粒子にさらけ出された。
 それにかまわずサラマンダーはその場で自らの体を盾にゴジュラスを守る。
 続いて、横から飛び込んできたアイアンコングもまた、ゴジュラスの盾になる。
 たちまちその装甲が飴のように溶けていく。

 「綾波!アスカ!!」

 シンジの叫びとともに照準が使徒と重なり、シンジのシンクロ率が急上昇する。
 瞬間的に95%を超えるシンクロ率。ゴジュラスの目が青く輝く!瞬間使徒の砲撃がやんだ。エネルギーを使い果たしたのではない。使徒は悟ったのだ。自分が遙かに格上の相手に喧嘩を売ったことに。そして、矛を収めたからと言って笑って許してくれるほど優しい相手ではないことに。

 「今よ!撃って!!」
 ミサトのかけ声よりも早くシンジはポジトロンライフルの引き金を引いた。それとともに使徒に向けて陽電子の奔流が発射される。

 ドグワオオオオオオォォォ!!!!!!!

 空を切り裂く陽電子の光はすさまじい轟音とともにATフィールドごと使徒の中心を打ち抜き、使徒の生命の源であるコアを貫いた。

 「いよっしゃぁ!!」
 発令所、及び指揮車内部に歓声が上がる。
 煙と炎を噴き上げながらゆっくりと落下してゆく使徒。
 そして、時を同じくしてネルフ本部直上に迫っていたドリルブレードのATフィールドが、ヒカリのど根性によって完全に中和された。すかさず一斉攻撃によって粉砕されるブレード。砕けた破片は雨のようにジオフロントに降り注いだ。

 「敵ブレード本部直上にて停止!完全に破壊しました!!」
 日向の報告に、改めて指揮車に、発令所に歓声が響きわたった。使徒を倒したのだ!、と。
 本当は使徒は陽電子を防ぐことができた。まだまだ本気ではなかったのだ。だが、あえて陽電子で倒されることを選んだ。そうしなければ、きっとゴジュラスに引き裂かれていたから。いつわりの体だけでなく、魂までも。いわば自殺だったのだが、そんなことはミサト達にわかるはずも、わかる必要もなかった。ただ、活動を停止したゴジュラスだけがそれを知っていた。





 体の装甲を焼けただらせた2体のゾイドが倒れる。シンジのゴジュラスは素早く右腕に取り付けられたライフルを離脱させると、迷わず2体のゾイドの元へと向かった。そのまま、2体の装甲を引き剥がしてエントリープラグを強引に抜き取る。高熱が腕に伝わるが、そんなことはまったく気にしなかった。
 そして、プラグを優しく地面に置くと、自らもゴジュラスのエントリープラグから飛び出た。
 まずアスカのエントリープラグのハッチを開こうとすると、内側から勝手に開きアスカが顔を出した。興奮しているのか、それともLCLの熱によって火照っているのか、赤い顔をしたアスカにシンジが駆け寄る。
 アスカはシンジが自分を助けに来たことに一瞬うれしそうな顔をするが、まだレイがプラグから出てきていないことを確認すると、いきなりシンジを怒鳴りつけた。
 「・・・ファーストはどうしたのよ!?
 私よりファーストの方があの光線を長く浴びていたのよ!!私は大丈夫だから、早く助けにいきなさいよ!!」

 アスカの叱咤をうけながら彼女の状態を確認するシンジ。大丈夫そうだと判断すると素早くレイのプラグへと駆け寄る。
 「綾波!大丈夫か!?」
 アスカの言葉通り、レイのプラグは加粒子砲の高熱によって、とても素手でさわれる状態ではなかった。だが、シンジはそんなことにまるでかまわず、ハッチのハンドルに手をかけると強引にこじ開ける。
 「ううううう!くううううぅうっ・・・」
 プラグスーツごしとはいえ、その高熱はシンジの掌を焼き、煙を立ち上らせる。シンジは気にもしなかった。
 今のシンジには手の痛みなど関係なかった。レイを助けたい、彼女を死なせたくない。それだけを考えていた。

 「くぁあああっ!!」

 シンジの叫びと共にハッチは開き、中から蒸気とともにLCLが吹き出してくる。LCLがシンジの顔にかかり、軽い火傷を負わせる。
 「綾波!!」
 レイはプラグ内に目を閉じて横たわっていた。シンジの心に嫌な予感が走る。
 「綾波っ、おい!」
 あわててその肩をつかんで軽く揺さぶると、彼女はゆっくりと目を開けた。

 「碇・・・君」
 驚いたようにシンジを見つめるレイ。彼女の返答に、シンジの緊張が切れて涙が流れ出す。
 「よかった・・・。生きてて。よかった」
 そんなシンジを不思議そうな目をしてレイが見つめる。
 「また泣いてる・・・。昨日も眠りながら泣いていたわ。
 何がそんなに悲しいの?」
 「馬鹿・・・違うよ。綾波が生きてたから、うれしくて泣いてるんじゃないか・・・」
 シンジは嬉しかった。人を助けられたから。初めて自分自身の生きる意味を、価値を見いだしたような気がしたから。そう思うともう彼の涙は止まらなかった。
 「うれしくて・・・。うれしいときにも涙が出るのね・・・。
 ごめんなさい。こんな時どんな顔をすればいいかわからないの・・・」
 そんな質問、いや自らにつぶやくレイに向かってシンジはうれしそうな、それでいて悲しそうな笑みを浮かべてささやきかける。
 「笑えばいいと思うよ・・・」
 そのシンジの柔らかくそれでいて陶器のような顔を見た瞬間、レイの心の中の何かが砕けた。
 彼女のよく知っている、最も信頼する人物の顔とシンジの顔が重なる。見開かれる彼女の赤い瞳。

 (碇司令!?・・・ううん、母さん)

 「立てる?」
 そう言って差し出されるシンジの手をつかみ、レイはゆっくりと立ち上がる。そして、シンジの顔を見つめながら、優しく微笑んだ。その微笑みは月の光に照らされ、シンジの目には月の女神の微笑みのように見えた。その笑顔が見られただけで、シンジは心の苦痛も体の苦痛も全てを忘れることができるような気がした。
 そのままぼーっとしてその顔を見つめるシンジに怪訝な顔を浮かべるレイ。もう笑顔は浮かんでいなかったが、とても優しい目をしている。
 「どうしたの?」
 その言葉にシンジは慌ててレイに肩を貸し、プラグから外に出る手助けをする。
 そしてレイの肩を抱いたままゆっくりと話しかける。
 「綾波・・・。もう別れ際に『さよなら』なんて悲しいこと言うなよ。
 ・・・今僕たちは戦うことしかできないけど、生きてさえいれば、いつかきっと、生きてて良かったって思うときが来るよ。
 だから、一緒に生きよう・・・」
 そのシンジの言葉はレイに言ったモノではなかったのかもしれない。自分に向けて言った言葉だったのかもしれない。そんなシンジをレイは今まで誰にも見せたことの無いような目をしてみていた。

 「ふん。今のところは貸しにしといてやるわ。でも、ファースト。あんたにだけは絶対に負けない!!すぐに取り返してやるから」
 そんな二人をアスカが寂しそうに見つめていた。

 「3人とも!無事なの!?」
 遠くの方から、ミサト達の声が聞こえてくる。

 彼らの頭上で、月が命がけの戦いに勝利した少年少女達を、母親が幼子を抱くように優しく照らしていた。
 せめて今だけでも、子供達に祝福を。


第伍話完


Vol 1.00 1998/11/13

Vol 1.02 1999/03/20


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