第14話「Kara Kara」
「見えた!」
シンジが喜々と声を上げる。
今まで見ることの叶わなかったグレーのマシンが視界に入ってきた。
そして、その影はどんどん大きくなるのが分かる。
当然カヲルのマシンはアスカにも見えていたが、
うかれることなく彼女は更に気合いを込めてステアバーを握りしめる。
「・・・出来るだけサーキットまでにアイツを離しておかなきゃ・・・」
カヲルの100M程後方にアスカのマシンが迫った時、
アスカはブースターを入れた。一気に追いついて引き離す作戦だ。
「ンッ」
彼女に対しブースターのGと、神経、精神へのプレッシャーが襲いかかる。
その重圧から彼女の視界がかすみ、カヲルのマシンが2重、3重に見える。
だがその現象は、先程から彼女に起こっている現象に毛が生えたほどのもの。
通常時にも、目のかすれはすでに彼女に起こっていた。
だがこれに慣れてしまっている彼女。
それは危険域をオーバーしてしまっている事を意味していた。
カヲルに追いつき、一気に抜き去る3台のマシン。
しかしカヲルもレイの後ろに付こうとする。
「ここで離されるわけにはいかないからね。
富士岡まではもう15km程・・・。
まぁ・・・予定通りといえば、予定通りだけどね。
後は彼らとの差を出来るだけ少なくするだけだよ」
カヲルを抜いた直後にアスカ一行のブースター使用制限が来た。
彼らの巡行スピードが落ち、カヲルでもスリップに付けば、
何とか付いていける速度まで彼らは落ちてきた。
しかしその事はアスカにも分かっていた。だから・・・。
「もう1回・・・いくわよ」
アスカのマシンが再び変形を始める。
流石のレイもアスカの行動が分からなくなった。
「連続でブースターを使うなんて・・・そんな走り方じゃ最後まで持たない」
そして、レイの目前にいるシンジのマシンも変形を始めた。
「碇君まで?」
レイは悩んだ。このままついて行くべきか、ブースターの使用を控えるか。
だが今まで彼女はシンジをペースメーカにしていた。
それはシンジのペース配分を信じ、同時にライバルを牽制するため。
そのシンジがブースターを使ってペースを上げようとしている今、
レイとしてはついていかない訳には行かなかった。
不安を残しながらも、彼女はブースターを入れて彼らの後に続く。
ブースター加速を開始した3台にカヲルはついていこうと
1瞬だけシンクロを上げる。
だが、上げてはみたが彼はすぐに元のクルージングレベルまで戻した。
「ここで無理する必要はない。初めから勝負は富士岡と決まってるからね。
・・・先に行かれてもきっと追いつけるさ」
カヲルは自らのペースを信じて、シンジ達に先行を許す。
彼の目から彼らの姿は徐々に離れて行くが、
逆に近づいてきたマシンもあった。
「走っている彼らを見られたのは久しぶりだな。一気に行くか」
カヲルの背後に迫ってきていたG-EV-Mのブースターが立ち上がる。
コアフィンも派手に開く。
その加速力はカヲルをあっという間に抜き、置き去りにしていった。
「やれやれ・・・彼がボクと一緒に参戦してこなかったのを感謝しなければね」
そしてスピードは更に増して、一気にシンジ達に追いつく。
そこでブースターをカット。
黒いG-EV-Mはレイの後ろにピタリとついた。
「・・・さすがに見えてから追いつくのが早かったわね」
レイはマックスの事をさほどは気にしてはいなかった。
確かに優勝はしたかったが、今回のレースの優先事項からいったら
チャンピオン獲得が1番。シンジとカヲルのマークが最優先だったため、
マックスの事をブロックする気にはならなかったし、
高速道ではマックスのスピードに勝てないことも承知していた。
「どうすんのよ・・・一気に前に出ようともしないで」
そしてアスカも黒い影が集団に追いついたのが分かった。
ここは高速道、抜こうとした所を横から幅寄せして弾き飛ばすわけにもいかない。
加えて今の自らの状態では正確に狙いをつけられる状況とは言えない。
彼女はマックスの行動を傍観するしかなかった。
一方シンジは焦っていた。
ここまで自分がマックスの前で走っていたことは予想外の良い展開である。
だが、流石に後ろに迫ってこられると焦りが出てくる。
「抜かれたら・・・もう追いつけないんじゃないのか・・・」
その時、マックスが動いた。一気にアクセルを踏み込んで彼らを抜きにかかった。
「先に出しちゃ駄目だ!」
シンジはマックスの進路を塞ごうと、アスカのスリップから抜け出そうとした。
しかし・・・マックスの加速力は凄まじかった。
シンジが動く前に彼の横に来ていた。
「くっ!なんて加速力なんだよ!」
マックスは3人を横目で見ながら、悠々と脇を通過していく。
「負けられないんだ・・・アベルにだけは絶対負けられないんだ!」
シンジはマックスの後を追うために、ブースターに手をかけた。
「仕方ないわよね・・・次元が違うもの・・・
でも、シンジにチャンピオンだけは・・・」
黒いG-EV-Mをただ眺めるだけしか出来なかったアスカ。
そんなアスカのバックモニターを横切る影。影は同時にブースターをかけた。
「・・・何?何やってるの・・・?」
横に並びかけたシンジのマシンがブースターをかけているのが
ようやくアスカに分かった。そして、レイもそれに続いていた。
「シンジ・・・何であんなヤツを・・・」
シンジは何とかマックスに追いつくことは出来たが、抜くことは出来なかった。
「あいつ・・・まさか・・・勝とうとしてるの?・・・マックスに・・・?」
アスカにしてみれば彼の今の行動は、レイやカヲルへの戦略とは見えなかった。
彼女のぼやける視界にシンジのEG-Mが鮮明とはいえない画像で浮かぶ。
2つにも、3つにも見える紫のEG-Mがシンジの想いを代弁してアスカに伝える。
そして、次にシンジの顔が浮かんできた。その顔は、鮮明にアスカの脳裏に描かれた。
同時に全てを受け入れてくれ、
優しく包んでくれたシンジが自分の為に走ってくれてると思った時、
プレッシャーから光を失いかけていた彼女の瞳が、軟らかい光を湛えていた。
「・・・ばかなんだから・・・まったく・・・」
必死に迫ってくる紫のマシンを見たマックス。
「フン、いい根性だ。だが・・・」
マックスは今まで以上にシンクロを上げる。EG-Mでいう所のシンクロモードである。
速いマシンが更に性能を上げ、シンジ達を引き離しにかかる。
「駄目だ、ついていけない。やっぱり違いすぎる・・・」
グングン離されていくシンジにもう術はなかった。
それにまだ10km程、高速道が残っている。
ブースターを使ってみてもブースターが切れればまたおいていかれる。
ここでブースターを使い過ぎるわけにもいかなかった。
「でも負けるわけにはいかないんだ。・・・アスカがやったことを
・・・今度は僕が・・・やってやる」
シンジはここで決断した。マックスを、ぶつけて止めるしかないと。
マックスはトップでインターを通過した。
富士インターを出て、西富士道路を3km程行った所に富士岡サーキットがある。
そして10秒後にシンジとレイが走ってくる。それに少し遅れてアスカが続いていた。
アスカの目に料金所のゲートが見えた。
幾つかあるゲートは全て開放されていたのだが、
アスカの焦点が定まらぬ目には全て閉まっているようにしか見えなかった
料金所のゲートが壁のように一面に並んでいる。
「開いてるんだ。これは私の目の錯覚なんだから」
彼女はシンジとレイが速度も落とすことなく料金所に向かっていることからも
その考えは正しいと思った。
「速度を落とそうか・・・でも落としたからって・・・」
恐怖心からそう呟くアスカ。
この速度で衝突すればただでは済まないことくらい分かっている。
「前のレイについていく。それが一番ね」
しかし、そのレイのマシンは少し先を走行しており、同じラインを
トレースできるかは疑問だった。
しかもアスカの目の中にレイのマシンは3台いた。
真ん中に移るマシンにターゲットを絞ったとき、シンジ達がゲートを通過した。
「嘘っ!」
自分が目標にしていたレイのマシンがゲートと重なり、消えた。
同時に視界にあった他の三台もゲートと重なっていた。
「駄目っ!!」
アスカは思いっきりブレーキに指示を送る。
あまり整備されていない道路であったのか左リアタイヤが砂に乗って、
時計方向にスピンを開始した。立て直すためにはブレーキを離さなければならないが、
そうなれば料金所に激突してしまうだろう。
アスカは目をつぶってブレーキをかけ続けた。
軽いタイヤの音とともにマシンは料金所の目の前で停止。
「ふぅ・・・」
安堵の息を吐き出しながらアスカは料金所を眺める。
目のぶれはマシンが停止している状態の時は全くといっていいほど感じられなかった。
「よし、これなら」
彼女のマシンはその場でスピンターンをして料金所を通過していった。
しかし、走り出せば彼女の目は再び不協和音を立て始める。
「こんな大事なときなのに・・・しっかりしなさいよ・・・アスカ」
彼女は自分の目の不甲斐なさに怒りすら覚え、それでもマシンを転がし続けた。
その頃、すでにマックスのマシンは富士岡に入っていた。
富士岡サーキットを20周した先がゴール。
今まで走ってきた埃で汚れたハードタイプのタイヤでは、タイムロスは必定。
よって、ほとんどのチームは1周目でまずピットに入ることになる。
マックスにしても例外ではなかった。
富士岡に入った1周目にマックスはピットに入った。
それと時を同じくして、シンジとレイも同時に富士岡サーキットに入ってきた。
マックスがピットにマシンを止めて、いつものようにキャノピーを開く。
「ようやくこの紅茶が飲める。ビショップ、頼むぞ」
マックスは、鈴鹿で受け取った紅茶を執事に手渡す。執事はその場で茶を入れ始めた。
その裏では、
「おい、俺にも水を持ってきてくれ」
「監督、どうしたんですか?」
「ちょっと胃が痛む。胃薬を飲みたいんだ・・・」
マックスが紅茶に舌鼓を打っているときに、シンジの一行がピットに入ってきた。
彼らは所定の位置にマシンを止め、メカニックマンが黙々と作業を進める。
2人のマシンはさしたるトラブルもなく、通常のピットインを済ませた。
マヤにしても、日向にしても、もうドライバーになにも言うことはない。
ピット前の司令所でただ作業を眺めていた。
そして作業が終わり、勢い良くマシンがピットから出ていく時、
彼らはマックスがピットに止まったままであることが分かった。
そのまま横をすり抜けるシンジとレイ。
「アイツ、紅茶なんか飲んで・・・」
「余裕って事、馬鹿にされたものね」
マックスは小さくなる彼らを見ながら、バックモニターに写った赤いマシンを見る。
アスカはシンジ達と入れ替わりでピットに入ってきていた。
「ここで力の差を見せつけてあげますよ、フロイラインアスカ・・・
そして、君は僕の手に・・・フフフフッ」
ピットに止まったアスカはキャノピーを開けて、用意させていた目薬をさす。
少しでも目を治そうとした彼女だったが、大した効果は得ることが出来なかった。
冬月はそんな状態で走るアスカを止めようと思っていた。
こんな状態では走ってもたかが知れている。
だが、アスカの鋭い視線はまだ前を見据えている。
アスカは他人の干渉を許さない凄まじいオーラに包まれていた。
そんなアスカに、彼は声をかけることすら出来なかった。
アスカは呆然と立ちつくす冬月には目もくれずにキャノピーを閉じた。
「まだ私は仕事が残っている。アイツらを押さえ込まなきゃね」
アスカの目にはピットに止まっているマックスと、
今、アスカの横を走り抜けたカヲルが写っていた。
「・・・レイには勝ちなさいよ。・・・あとは私が何とかしてやるから」
カヲルがマックスのすぐ後ろでマシンを止めた。
彼のピットはマックスの隣だ。G-EV-Mの黒いマシンが間近で見られた。
「フフ、余裕だね。それだけ自信があるって事かな」
そのカヲルの目にマックスが執事にカップを手渡す姿が見て取れた。
そして、アスカのマシンがカヲルの横を通過すると、マックスのマシンも
それに続くように動き出した。
その光景を見て、カヲルは口元を少しだけ緩ませていた。
「彼女が動いてくれると、ありがたいんだけどね」
カヲルは出ていく前にピットの中を覗いた。一人の男が車椅子を引いている。
「待ってろ、このレース・・・勝機はある」
トップグループのピットインが終わった頃、サーキットに入ってくる3人の男。
三人ともグレーのスーツに身を包み、手にはトランシーバーを持っていた。
「ピットにいるのだろうな」
「はい、情報では」
それを聞いた一行は、ヒットに向かい歩を進めた。
現在富士岡サーキットでの3周目。
順位は、
1、シンジ 2,レイ 3,アスカ 4、マックス 5,カヲル 6,加持
となっている。
1位と2位は接近し、13秒差で3位と4位も接近しており
4位と5位の差は4秒だった。6位ははるか彼方と言っておこう。
シンジとレイは、さしたるバトルはなかった。お互い後ろが気になるからか、
ペースを落とさないことを心がけていた。彼らは淡々と周回を重ねる。
今、もっとも熱くやりあってるのがアスカとマックスだった。
アスカはコーナーフィールドではマックスに抜かれるほどの隙はない。
ここはテストで何度も走ったコース。しかも今朝になってセッティングも変えた。
マシンがコーナーに対し吸いつくように走ってくれる。
マックスのマシンでもなかなか抜く機会は訪れなかった。
最もオーバーテイクされやすいストレートではブースターを使って、
エアロモードのG-EV-Mをギリギリで押さえ込めていた。
ディアブルコーナーでゴーグルに赤いマシンのテールが反射する。
「フフ、やりますね。フロイラインアスカ。こうでなくては面白くない」
イリュージョンストレートに入り、アスカのマシンはブースターをかける。
同時にマックスもエアロモードに変える。だが、ブースターは使っていない。
それでもブースター加速するアスカのマシンを捕らえて離さない。
「くぅ・・・ブースターでも互角だなんて」
マックスはアスカとのバトルを楽しんでいた。
ブースターをかけなければ直線はほぼ互角。
接近戦をやれる事は皆無だっただけに、レースの楽しさを味わえていた。
1コーナーが迫る。アスカはブロックラインを取る。
マックスは外から被せようとマシンをアウトに寄せた。
彼は知る由もなかった。彼の後ろで1人の男の目が光っていたことを。
アスカはマックスを、マックスはアスカに注意が行っていた。
アウトから彼女に被せたマックスだったが、アスカは辛うじて押さえた。
しかし、アスカはインコースから進入したために
1コーナー出口でアウトに膨らんでいった。
「よし、行ける!」
カヲルは言葉と同時にシンクロを大幅に上げた。
それと同時にダウンフォースも最大まで上げて、空いたスペースめがけて一気に加速。
「なにっ!」
マックスは不意を付かれた。
お互いにバトル状態で、彼はカヲルのラインを塞ぐことは出来なかった。
今下手にステアリングを切り増しすれば、スピンの可能性が高い。
マックスは並びかけたグレーのマシンを眺めることしかできなかった。
「譲れないのよ!こんな所で!!」
アスカは危険覚悟でダウンフォースを最大に上げて
カヲルの進路を塞ごうとタイヤを切り増しした。
アスカのマシンはそのアスカの意志を受けてかきゅっとマシンが方向を変えた。
2コーナーに先に入ったのはアスカ。
続いてカヲル、マックスの順で通過してゆく。
前を走るアスカのマシンを眺めながら、カヲルは関心と同時に、驚いていた。
彼には他のマシンの状態も、ドライバーの状態も手に取るように分かる。
もちろん、アスカがどんな状態で走っているのかも先刻承知だった。
だからこそ、2台まとめて抜けると踏んでアタックした。
だが、アスカの執念がそれを阻んだ。
「大した物だ、彼女とは走ったことはなかったが、
尊敬に値するほどのレーサーだね。
あの状態でここまで出来る・・・。
君をここまで突き動かすものは一体なんなんだい・・・?」