その日は朝から変な天気だった。空の半分は真っ青で、もう半分は真っ黒だった。

 (今日傘を持ってきていないけど、雨が降りそうだな・・・。リツコさんの天気予報もはずれることあるんだ。そう言えば最近どっかの小学生と色々怪しげな事していたっけ。何とか言うからくり人形を応用して今度こそ猫型ロボットを完成させるとか何とか・・・)

 シンジはそんなことを思いながら、青空の向こうから徐々にこっちにやってくる黒雲を見つめていた。ちなみにシンジの席は教室の真ん中辺り。よそ見をすれば簡単にばれてしまう位置である。だがシンジは平気で窓の外に広がる青と黒の空を見上げていた。教師を舐めているからではない。
 単に教師も空を見上げながらダブルインパクトの思い出話をしていたからだ。

 「そう、アレはまさに地獄でした・・・」

 いつものインパクト談義が始まり、教室はハチの巣をつついたほどではないが結構な騒ぎになった。別にこの老教師は舐められているわけではない。何しろ彼はかつて鬼の××と呼ばれた猛者。一部情報通の生徒によってその事実は知れ渡っており、面と向かって彼をバカにする生徒はいない。
 まあそれはどうでもいいことで、シンジは眠りの精霊による精神攻撃を受けながら、第11使徒を倒してから今日までの1ヶ月間、特に訓練もスクランブルもない、穏やかで喧噪だらけな日々を思い出していた。





新世紀エヴァンゾイド

外伝4
「 第三新東京市の日常。
あるいはいかにしてみんなは悩むのを止め、つかの間の平和を謳歌するようになったか 」


作者.アラン・スミシー



その1 『レイの場合』



 私は誰?

 私は綾波レイ。血を流さない女。
 赤い土から作られた人間・・・。男と女から作られた人間。
 男と女。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・私は人間なの?

 私は普通と違う存在。人と交わって生きてはいけない存在。でも人と交わらないと生きていくことができない存在。

 矛盾。

 私は人を滅ぼす悪魔でもあり、人を救い導く天使でもある。
 聖と魔二つを併せ持つ、弱く不完全だけど、それ故にこそ強く素晴らしい存在。

 人間。
 私は人間・・・。
 そう私は不完全な存在である人間。

 でもそれは私だけじゃない。
 私の同胞(はらから)であり、他人であるレイコも。
 アスカも霧島さんも、山岸さんも、洞木さんも、鈴原君も、相田君も、ムサシ君と浅利君、葛城三佐も、赤木博士も、キョウコさんも、ナオコさんも加持一尉も副司令もオペレーターの人たちも。・・・とてもイヤだけどフィフスも。











 碇君も。











 それになにより、碇司令・・・お義母さん。












 暖かい・・・。

 これは何?
 これは紅茶。植物の葉を乾燥させたモノにお湯をかけたモノ。暖かい、綺麗な飲み物。
 
 碇君の心を感じる・・・。
 碇君が煎れてくれたお茶。火傷した私の代わりに。
 とてもいい匂いがして、気持ちのいい味がした・・・。

 碇君・・・。
 碇君。
 碇君。
 碇君。
 碇君。
 碇君。
 碇君。
 碇君。
 碇君。
 碇君、碇君、碇君、碇君、碇君・・・・・・・・。




 青色のカップを持ってウットリした顔をするレイ。そのまま微動だにしない彼女をアスカ達が心底気味悪そうに見つめていた。ちなみに場所は綾波家のリビングで時刻は夜。きっかけは放課後、明日は休日で休みだからみんなで集まって色々お話でもしない?と言うことになって、急遽綾波家にチルドレンの誇る美少女達が集まっていたのだ。メンバー構成は言わずとしれたアスカ、マナ、マユミ、ヒカリ、綾波家の主人レイとレイコの6人である。

 『目は口ほどにものを言う』と言うが、言葉通りアスカ達の目ははっきりとライバルであり(除くヒカリ)、友人でもある存在を気味悪がっていることを雄弁に語っていた。

 「ちょっと。いったいレイどうしたっていうのよ?」
 「いつものボォとしているのとは違うのね。なんだか、目を開けて寝てるみたい」

 アスカの言葉に同調してじぃっとレイの顔を覗き込むマナ。もうちょっとでキスできるくらい顔を近づけられたにもかかわらず、レイはやっぱりピクリとも動かない。ただ幸せそうに、カップから立ち上る紅茶の香りを吸い込んでいた。
 レイの無反応ぶりに顔に無数の縦線を入れるアスカ達に向かって、台所からお茶請けの煎餅を取ってきたレイコがぱたぱたと手を振って答えた。

 「ああ〜、気にしないで。お姉ちゃん最近いつもこうだから」
 「いつもこうって、綾波さんになにがあったの?」
 お風呂上がりだからお下げを解いて後ろに流してブラッシングしていたヒカリが質問した。
 「うん。少し前にシンちゃんがお姉ちゃんに紅茶を煎れてあげたことがあったそうなんだけど、それ以来、紅茶の匂いをかぐたびにこうなっちゃうのよね〜。何があったのかな?」
 ヒカリの質問にそう答えると、レイコはレイの隣にぽふっと座った。お気に入りのクッションの柔らかさをお尻の下に感じながら、困ったようなそれでいて可愛いしぐさをする子犬を見るような目で姉を見るレイコ。

 「意外と、可愛いというか面白いところがあるんですね、綾波さん」

 そんな2人の姿にマユミがくすっと笑った。
 マユミの言葉を聞くまでもなく、知らなかったレイの一面を見ることができて今日集まっただけの元は取れたとレイ以外のみんなは思った。ちょっと呆れていたけれど。






その2 『アスカの場合』


 アスカは自分宛に手紙が来ていることに少しばかり驚いていた。それはそうだろう。2016年3月現在、封書を送るいわゆる郵便制度はかなり廃れていたからだ。もっぱら電子メールかその他の電子通信で用件を送ることができる世の中で、紙に何かを書く、そして物質としてそれを目的地まで送るという手間のかかる存在の郵便は、一部の余裕があるか、または電子メールではどうしてもダメだと考える人間以外は使わなかった。
 そんな環境の中であえて届いた一通の封書。
 真っ白な封筒には几帳面な字で、惣流アスカラングレーと定規で引いたようなカタカナで書かれていた。
 差出人名はない。
 とは言え、ちゃんと碇家に届けられたと言うことは、色々とネルフ諜報部と保安部によってチェックされ危険物など無いと言うことを証明している。アスカはその事ははっきりとわかっていたが、どうしてもその封筒を開けることができなかった。予感めいたものがあったからだ。

 (・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・見たくないけど、見ないわけにはいかないもんね・・・)

 かなり長い逡巡の後、ゆっくりとアスカは封書の口を開けた。
 



 アスカへ



 そちらはゲンキですか。

 ワタシタチはあれからとくになにもなく、ゲンキです。つたえきくそちらのジョウホウはかぎられてい

て、なにがどうなっているのかよくわかりませんが、たいへんなことがおこっているのですね。こっちで

あったことがかすむくらいに。

 ・・・あのとき、ワタシタチ、いいえ、ワタシはあなたのことをだいぶせめました。トモダチのあなたのこ

とを、くちぎたなくののしりました。いちばんつらかったのはあなただってわかっていたのに。それっき

りあなたとはくちをきくこともなく、それどころかみんなをセンドウして、あなたのことをムシするように、

なかまはずれするようにしました。そしてあなたはニホンにいってしまいました。





 ごめんなさい。



 ほんとうはあなたがわるいんじゃないってことはわかっていました。そして、つらいのはあなたもおな

じだってことも、わかっていました。でも、あのときはカールがしんだのはあなたのせいだとおもわな

ければ、あなたのことをにくまなければ、じぶんがこわれてしまいかねなかったから、あなたのことを

にくみました。いちばんのシンユウだったはずのアスカを。



 アスカ。あなたもそれがわかっていたから、わざとにくまれぐちをきいてみんなのてきいをあつめた

んでしょう?あれからすいちねんたって、おちついたいまではそれがよくわかりました。わかったか

ら、そしてアスカがどんなにつらいかリカイしたから、あやまりたいです。アスカがどんなにやさしいの

か、おもいだしたから。でも、あなたはもうドイツにはいません。だから、こんなかたちでしかあやまる

ことができないけど、ほんとうにごめんなさい。いまさらむしのいいことをいってごめんなさい。わたし

のこときらってくれてもいい。ゆるしてくれなくてもいい。ただ、みんなアスカのことをまっている。いつ

でもアスカのかえるばしょはあるっていいたくて。



 ほんとうはもっといろいろかきたいけど、かいているあいだにあなたのこと、カールのことをおもいだ

してなみだがとまらない。だからそのことでもごめんなさい。



 最後に、アスカ、しなないでね。そしてまたいっしょにいろいろおはなししましょう。たくさんたくさん、

いろんなことを。





P.S.

 にほんごってむずかしいですね。えいごやどいつごだけでなく、にほんごのよみかきができるアスカ

はすごいです。



P.S.2

 そちらにカヲル ナギサというひとはいませんか?アスカにこんなことをきくのは、とてもわるいおも

うけど、アンネローゼとヒルデガルトとエヴァンゼリンとカテローゼと、ユリアンとワルターとルイとミュ

ラーが、カヲルかられんらくがないと、ないていてうっとおしいから。





 「ふん、今更遅いわよ」

 手紙を読み終えたアスカはそう憎々しげに言った。声だけ聞けば、心底腹を立てているように聞こえたかもしれない。だが、くしゃくしゃになった彼女の顔と、所々滲んだ手紙を見れば、彼女がどこまでも意地っ張りなことがわかっただろう。

 「・・・・・・こんな汚い、私より下手な日本語で手紙書いて、あいつ何考えてるのよ・・・」
 堅く堪えるように閉じられたアスカの目から、また一滴涙がこぼれた。
 「何が待ってるよ。今更帰るところがあるよ・・・。何がお話ししましょうよ・・・。ふざけるんじゃないわ・・・」
 アスカは机に突っ伏して声を抑えて泣き出した。
 「もう、遅いわよ・・・。こっちに、ドイツのあなた達よりもっと大事な、大事な友達と、好きな人ができたんだから・・・。遅いのよ・・・。
 だから、そっちには帰るんじゃなくて、遊びに行くことになるよ・・・」
 それからしばらくアスカは押し黙ったままだった。机に顔を伏せたままピクリとも動かず、ジッとしていた。彼女の心に様々な思いが浮かんでは消える。
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・許してあげるわよ、あなたが私を許したってのなら。全部こっちのことが片付いたら、必ずあなたに会いに行くから」
 そう言って顔を上げたアスカの顔はかすかに目が赤くなっていること以外、いつものアスカだった。

 「・・・手紙か・・・。今度書いてみようかな。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・それはそうと、あのクソ馬鹿ナルシス両刀使いが〜〜〜〜〜!!!
 私の友達にてぇだすとはいい度胸ねぇっ!!!!」

 はんなりとした顔から、鬼の顔に激変するアスカの顔。同居人が見たら、恐怖のあまり腰を抜かしただろう。それくらいアスカの怒りは凄まじかった。
 ぐしゃっと手紙を握りつぶし、ハッと気がついて手紙をまっすぐに伸ばす努力をした後、アスカは飛び出した。ドイツの友人多数を毒牙にかけたカヲルを制裁するために。ただ、玄関から外に飛び出す前、ほんの一瞬だけ優しい顔で自分の部屋の扉を見た後、アスカはふっと風のような微笑みを浮かべた。

 (ありがとう、・・・・・・・・)







その3 『シンジの場合』


 その日、シンジは本屋にいた。もちろん本を買うためである。ちょっと雑誌を立ち読みしてから目的の棚まで行く。そこはクラシック、ジャズ、オールディーズ、ロック、ポップス等々音楽関係の本が並んでいる棚だった。決して小さい本屋ではないが、その量は鈍感であまり周囲のことに無反応なシンジでさえも、ちょっと目を丸くするぐらい大量の本があった。

 (いつ来ても凄いなここ。品揃えが良いことは嬉しいけど、どうしてこんなに有るんだろ?全体の4分の1が音楽関係だ・・・)

 疑問に思いながらも、嬉しそうにシンジは本を手に取った。実のところシンジがチェロを習っていることを知ったユイが、密かに手を回したためこの本屋はそこらの楽器店以上にその手の本が豊富だったりする。

 (あったあった。凄いや、バッハの曲が全部ある)

 その手の興味がない人間には何が嬉しいのかさっぱり理解できないが、少なくともシンジは嬉しかった。また新しい曲に挑戦することができるから。以前居たところでは、新しい楽譜を買うだけでも一苦労だったのだ。その高揚した気分がシンジから注意力を奪い、すぐ近くにまで近づいた存在に気がつかせなかった。スッとシンジの背後に立つ小柄な影。


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あの、シンジ君ですか?」
 「えっ?」

 唐突にシンジは背後から声をかけられた。弱々しいと言うより、儚く、自信のなさそうなおとなしい声。シンジにはその声に心当たりがあったから、慌てて振り向いた。振り向いたシンジの視線の先には、一人の見知った少女がいた。艶やかな黒髪、線の細い整った顎、優しげな目とその目を大きく魅力的に見せる趣味の良い縁なし眼鏡。シンジのクラスメートにして同僚であり、なおかつ節操のない彼が他数名と同じくとても気になる女の子、山岸マユミだった。
 シンジが振り向いたことと、人違いじゃなかったことにマユミの顔がぱあっと嬉しそうな微笑みを浮かべた。なぜかどぎまぎするシンジ。
 「よかった。人違いじゃなかった。あの、シンジ君いったい何を読んでるんですか?」
 「・・・はっ、ああこれね。チェロの楽譜だよ(いけない、いけない。見とれてた・・・)」
 「チェロ・・・ですか。シンジ君、チェロが弾けるんですね」
 意外というか、ピッタリというか、シンジのチェロを演奏する姿を想像してマユミは目を輝かせた。素直に感動するマユミのまっすぐな視線に、なんだかとっても照れくさくなって控えめな返事をするシンジ。
 「うん、弾けるって言われると恥ずかしいけど、5才の頃から続けていたから、まあ少しぐらいならね」
 「すごいんですね」
 「そんなこと無いよ。それより、山岸さんこそどうしてここに?
 ・・・・・・・って、本を探しに来たんだよね」
 「くすっ、変なシンジ君。私も楽譜を探しに来たんです。私の場合はチェロじゃなくてピアノですけど」
 マユミも恥ずかしそうに、持っていたショパンの楽譜をシンジに見せた。
 「山岸さんこそ凄いよ。あんなに鍵盤がたくさんあるピアノが弾けるんだから」
 「そんな恥ずかしいですよ。私はそんなにうまくありませんよ。でもなんだか嬉しいです。自分と同じ趣味の人がいるなんて・・・」
 語尾がかすれ、恥ずかしそうにマユミはうつむいた。ずいぶん久しぶりに、アスカ達の妨害もなく、こんなに長くシンジと話せたからかもしれない。そんなマユミを見て、シンジはふと想像した。マユミがピアノを弾いているところを。
 「・・・一度聴いてみたいな」
 「えっ?」
 「今度・・・来週か再来週の日曜日に、ジオフロントのどこか適当な場所で演奏会でもしない?母さんに話せば、結構こういうこと好きな人だから、喜んで準備してくれると思うんだ」
 「ユイおばさまに・・・。シンジ君だけじゃなくて、ユイおばさまもですか?」
 「うん、母さんも。・・・母さんだけじゃなくてキョウコさんや、ミサトさん、リツコさん、青葉さんや日向さん、マヤさん達、世話になってる人たちを呼んでさ。あ、安心してよ。僕もチェロを弾くから」
 「・・・・・・・・そ、そんなにたくさんの人の前でですか?(は、恥ずかしい・・・)」
 大勢の前で演奏するところを想像して、マユミは実際に演奏しているわけでもないのに赤くなった。失敗したところでも想像したのかもしれない。とはいえ、なんだかんだ言ってもマユミはやる気になっているのかも。

 (い、意外と大胆なこと考えるんですね、シンジ君。今までシンジ君みたいな男の子いなかったからかしら?なんだか大きく見える。初めてあったときは私より少し大きいくらいだったのに・・・)

 「どうしたの?あっ、そうだ!綾波も最近ビオラの練習をしているんだけど、綾波も誘おうよ」
 「綾波さん?綾波さんって、ビオラを演奏するんですか?意外・・・ううん、なんだかピッタリだと思います。あ、それなら霧島さん達も呼びませんか?マナさん、戦自にいたとき鼓笛隊の人にフルートを教えてもらったって言ってましたよ。浅利君とムサシさんも何か吹けたはずです」
 「へえ、マナ、フルートが吹けるんだ。僕と、山岸さんとマナと、綾波とケイタ君にムサシ・・・。
 ・・・・いっそのことみんなで演奏会をしよう。チルドレンみんなで」

 そして2人は決定したわけでもないのに、演奏会について色々話した。
 曲目、誰と誰を呼ぶのか、どこがもっとも演奏に適しているのか、どんな作曲家が、どんな曲が好きなのか・・・。2人は本屋から出た後も、空が夕焼けで染まるまで色々と話していた。2人ともそれがデートとは気がついていなかったが、気がつく必要もなかった。ただ、一緒にいるという事実だけで充分だった。






  ーーー 結局、演奏会はできなかったが、シンジはこの時のことを、決して忘れなかった。
 それは14才だった、少年と少女だった彼と彼女の、そしてみんなとの大切な思い出。彼と彼の友達がもっとも輝き、辛く苦しい思いをした時。だからこそ、シンジは忘れなかった。







その4 『トウジの場合』


キーンコーンカーンコーン♪

 壱中にほとんど全ての生徒教職員が秒単位で待ちこがれる、授業終了を報告する鐘が鳴り響いた。と同時に、椅子を半ば蹴倒すようにして元気良く立ち上がるジャージ、もといトウジ。

 「ほなセンセ、ケンスケ、ガッコも終わったことやしさっそくゲーセンでも行こか」
 「おっ、いいねぇ」
 「まあ、いいけどさ。他のみんなは?」
 ケンスケとシンジはすぐに賛成した。2人の後に続いて、ムサシとケイタもトウジの机に近づいてくる。
 「騎士として漢として、反対する理由はない。もちろんOKだ」
 「行こう、行こう!最近射撃を全然してなかったから、ちょうど良いよ」
 「よっしゃ!反対意見もないことやし、さっそく・・・」

 そう言ってトウジはニコニコ笑いながら教室を出ようとした。その時だった!
 突然トウジの真横から、にゅっと腕が伸びたのだ!
 細く白い腕はトウジの左耳をもの凄い握力で掴むと、見た目はごく軽く、だがやられているトウジにとってはペンチで絞るようにひねった。トウジの顔が固まる。目を見開き、口を馬鹿にみたいに半開きにする。そして、その口から凄まじい絶叫が上がった。絶叫を聞いてフンと鼻息を出す、腕の主。目撃したシンジ達の顔色が見た目にもはっきり青くなった。

 「いたたたたっ!痛いっ!!いた、痛いがな!」
 「す〜ず〜は〜ら〜!!!!あなた週番でなおかつ掃除当番のくせに掃除サボるつもり!!」
 「堪忍やイインチョ、ちょっとした出来心なんや〜〜!あたたた、しゃ、しゃれにならんて!」
 「・・・ははは。じゃあ僕たち先に行くから。いつものところで、まあ、6時くらいかな。それまで待ってるよ」
 さっさとシンジは逃げた。その後に続く友情あつい男達。
 「は、薄情もん・・・。ワシらの友情はぁ、そんなもんくわぁっ!!!イインチョ、ちょっとは手加減やぁっ!!」
 「さよなら碇君♪ ほら、鈴原さっさと花瓶の水を換えてきなさいよ!!」
 「じゃあな、委員長、トウジ」
 「さよなら相田君。あんまり寄り道しちゃダメよ」
 「はっはっは、レディの頼みとあらば聞かないわけにはいかないな。この騎士に任せといてくれ。騎士道大原則に従ってなるべく善処する」
 「・・・前後で矛盾したことが書いてある大原則なんだよね。前惣流さんの頼みを断らなかったっけ?
 それはともかく、委員長さよなら」
 「何のんきなことをっ!!!うおおおおっっ、ヘルプミ〜やっ!!」
 最後にムサシとケイタが教室から出ていった。みんな怒れるイインチョに関わったらどうなるか良く知っているからだ。それ以上に、彼女が何を狙っているかも良く知っていた。知らないのは、シンジとトウジの2人ぐらいである。
 そんな男どもの心がわかっているわけではないだろうが、ヒカリはにこやかに笑った。
 「さよなら、ムサシ君、浅利君」


 「ケイタ、おまえは誤解している。惣流は女じゃない。野獣だ」
 「なんだかムサシのことがわからなくなってきたよ。マナは良くて、どうして惣流さんはダメなの?どっちも同じタイプだと思うけど」
 「・・・・なんですってぇ!?誰が野獣よ!!」
 「うわっ!惣流!?」
 「あらら♪ムサシもダメねぇ。それはそうと、ケイタ私がどうしたの?」
 「うん、話せば長くなるんだけど・・・」
 「・・・先、行くから・・・」
 「ああん、マナさん綾波さん待って下さいよ!」
 「ふふっ、誰も僕を誘ってくれないんだね。いくらクラスが、学年が違うとはいえ寂しいよ・・・」
 「はいはい、それはいいから。行くんならさっさとしてよね」
 「冷たいね、レイコ君は・・・」


 そんな愉快なことを喋りながら、トウジとヒカリの友人達は先に教室から出ていった。みんなの姿が消えた後、急にヒカリは手を離した。解放されたトウジが耳を押さえながら、床に転がる。トウジは恨めしそうにヒカリを見上げたが、何も言えなかった。ヒカリの顔がいつもと違っていたからだ。少し乱れた髪を直すこともせず、頬を真っ赤にして、少し潤んだ目で自分を見る委員長、いやヒカリ。トウジでなくとも声を失うだろう。なぜか、シンジ達チルドレン以外の生徒達も教室から消えた。

 見つめ合う2人を残して、音をなくす教室。ただ、時計の秒針がカチカチと時を刻んでいく。

 トウジは何も言えなかった。ただ、潤んで熱い目を向けるヒカリをジッと見つめていた。
 ヒカリは何も言わなかった。待ちに待った、自分の望んだシチュエーションになったにも関わらず。

 どれくらい時間が過ぎたのだろう?
 1時間?それともほんの数分?
 2人にはわからなかったし、わかる必要はなかった。ただ目の前にお互いが居るという事実だけで充分だった。

 「な、なあイインチョ・・・。そ、掃除するから・・・その、なあ、なんちゅうか」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・う、うん。私も手伝うから・・・。碇君達を待たせたらいけないから・・・」
 「すまんな」
 「ううん、いい」

 時が動き出し、2人はがたごとと掃除を始めた。いつもサボるトウジへの罰として、彼以外の掃除当番達はエスケープしている。2人だけで、机を動かし、床をはわいていく。その間2人は終始無言で、お互いのことをちらちらと意識しあっていた。

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・終わったわ。ありがとなイインチョ」
 「う、うん。終わったね・・・(勇気を、勇気を出すのよ、ヒカリ!)」
 深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、一ヶ月前のトウジの週番からずっと計画し、考えていたことを実行に移そうとするヒカリ。アスカが羨ましい。私もあんな風に好きな人と一緒に家に帰ることができたら・・・。ヒカリは死ぬほど恥ずかしかったが、それ以上にトウジと一緒にいたいという想いの方が強かった。意を決してヒカリは口を開いた。
 「あの、鈴原・・・一緒に・・・」

 ヒカリの一世一代の決心。だが運命の女神は残酷だった。女神と言うだけあって嫉妬深いのかもしれない。
 勇気を出して一言、たった一言を言おうとしていたヒカリ。

ガタタッ!!!

 「うわっ!!」
 「きゃっ!!」
 「馬鹿、押すな!!」

 扉が傾きはずれる音と共に、悲鳴をあげて数人の男女が教室に転がり込んできた。
 その見知った顔を見て、トウジとヒカリの2人は固まってしまう。

 「えっ?えっ?ええええーーーーーっ!!!?」
 「な、なんやおのれら!?」

 「はははっ、ヒカリおっそーーい♪あんまり遅いからマナを誘って迎えに・・・・ははは、は、は・・・もしかして怒ってる?」
 「トウジ、そこで『ワシ、イインチョのこと好きやで』くらい・・・。ばっちりビデオに収めて・・・。すまん、謝るから拳を固めてぷるぷる震えないでくれ」
 あははと冷や汗を流して謝るアスカとケンスケ。他多数。

 2人は悟った。自分たちは道化だったことを。

 「いやーーーーーーーーーー!!!!
 アスカと霧島さんの馬鹿ーーーー!!!!頑張ってとか色々言ってたのに、本当はただ私のことを見せ物に、笑いものにする気だったのね!!不潔よーーーー!!!」

 「ちょ、ちょっとヒカリ?見せ物とか、不潔とかそんな大げさな・・・」
 「・・・やっぱり、アスカさんじゃなくてマユミと綾波さんについていけば良かったかしら?」
 イヤンイヤンするヒカリに違った意味で冷や汗を流すアスカとマナ。アスカ達の横ではトウジが拳をふるわせていた。
 「ケンスケ、シンジ、ムサシ、ケイタ!!ワシはおまえらを殴らないかん!殴らんと気がすまんのや!!ワシだけならともかく、イインチョを泣かせるとは・・・。歯ぁ食いしばれよ!!」
 「お、落ち着けトウジ!って、ああ!?シンジ、ムサシ、ケイタ逃げるなっ!!!」
 「「「(ごめん×2、すまん)ケンスケ、(僕×2、俺)は卑怯で、臆病で、弱虫で・・・」」」
 「卑怯ものーーー!!!
 ああっ!?トウジ、この間委員長の写真売っただろ!?あんなおとなしいのじゃなくて、更衣室で着替え中の写真を売る、イヤあげるから!!」
 さっさと自分を突き飛ばして、逃走する友人の姿と怒髪天をつくトウジの姿に墓穴を掘るケンスケ。教室の空気がかわった。逆立つうなじに身の危険を感じて、ヒカリをなだめることを忘れて逃亡するクォーター少女と鋼鉄のガールフレンド。ケンスケは今日が自分の命日であることを悟った。
 「それこそ、おまえを殴って写真を回収せなあかん!!!・・・・ってイインチョ!?」
 「いやあああああああああっ!!!!!!
 相田君不潔よ〜〜〜〜〜!!!!!!!
 私の着替えの写真なんて、いつの間に撮ったのよーーーー!?」

 トウジは当社比150%増しでフンフン鼻息荒くケンスケに掴みかかる。何が彼を突き動かしているのかは謎だ。だが彼よりももっと速く、そして力強くケンスケに掴みかかり左右の掌底、くるっと一回転して右後ろ回し蹴り、鼻血を出しながら壁にぶつかり動きを止めたケンスケの鳩尾に全体重を乗せた膝蹴りをたたき込み、彼が胃の内容物を吐く前に顎に気を込めた右掌底をたたき込むヒカリ。全てが終わったとき、教室には母親と再会しているケンスケと、泣き崩れるヒカリ、少し青い顔をしながらも恐る恐るヒカリの肩に手を置くトウジだけがいた。

 「イインチョ、こんな時なんて言えばええかわからんけど、もう泣くなや・・・」
 「ひっく、ひっく・・だって、私、着替えを見られたって、裸を見られちゃったのよ・・・」
 「安心せえ。ケンスケなら死んどるし、写真ならこうして回収したやないか」
 「でも、でも・・・」
 まだ涙を流すヒカリの姿に、トウジは胸がきゅんとなるのを感じた。守ったらないかん。おなごを守るのは男のつとめやさかい。そう思ったら、ヒカリの肩に掛けるトウジの腕に力が入った。自然にぎゅっとヒカリの肩を抱きしめるトウジ。
 「鈴原!?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・鈴原・・・」
 驚きながらも、素直に身を任せるヒカリ。いつの間にかヒカリは泣くのを止めていた。はにかみながら目の前のトウジの顔をじっと見つめる。トウジも初めて見るヒカリの顔に、息をすることを忘れてしまった。
 やがて、秒針が一回転してから、2人はゆっくりと立ち上がった。お互いを見る顔はやっぱり赤く、恥ずかしそうだったがケンスケ達が乱入する以前と比べると、ずっと自然だった。図らずもアスカ達は2人のキューピッドになっていたのかもしれない。

 「な、なあイインチョ。そろそろ帰らんか?」
 「うん」

 そして2人は教室から出ていった。明日アスカ達にどんな仕返しをしてやろうかと、笑いながら・・・。

 (まあ、結果オーライだったから・・・今度アスカたちに餡蜜おごってあげよ)
 (まあ、イインチョの意外なところも見られたことやし・・・。シンジ達殴るのは勘弁したろ。なんや、可愛かったな・・・)







 「置き去りかよ・・・・・恨むぞ、シンジぃ・・・・」
 一人、ケンスケが教室でそう呟いた後、再び母親と会いにあっちの世界に旅立っていった。







その5 『カヲルの場合』


 「ここしばらく、相田君のセリフじゃないけど・・・・・・・平和だね」

 薄暗い室内。ピッタリしたズボンと、上半身にワイシャツをボタンを留めずに着ただけの格好のカヲルがそう呟いた。だらしなく見えるが、真っ白で整った顔のカヲルがそうすると実に様になっていた。
 カヲルはかすかに笑うと眼下に見える朝焼けに染まる第三新東京市を見ながら、軽くグラスを傾ける。血のように赤く、そして何とも言えない芳醇な香りのワインがカヲルの喉をかけ下る。

 「・・・・・・・・・・・・・・・だが、死海文書の記述通りならそろそろだ。この平和が終わるのも。
 また、血と爆炎の戦いが始まる」

 しばしウットリとワインを味わっていたカヲルだったが、次の瞬間にはいつものアルカイックスマイルを消し、厳しい表情で昇る朝日を見ていた。

 「・・・・・・・・・・・・・・・老人達は何を考えている?そして、彼女たちは・・・」

 カヲルの脳裏に浮かぶ、11人のゼーレの老人達。そのなかでもバイザーをつけた一人の老人の姿が浮かび上がる。そして、もう一人の人物の姿が。その人物はカヲルの記憶の中ではいつも泣いていた。カヲルは一気にグラスを空けると、今彼女はどうしているだろうと想いをはせた。

 「きっと彼女たちは死海文書の記述をねじ曲げた行動に出るだろうな。僕たちを殺して、予言という束縛から自由になるために・・・」

 誰にも見せたことのない厳しい表情で、カヲルはそう呟いた。
 自分はたぶん死ぬだろう。だが、それでみんなを守れるのならそう悪くはない。






その6 『マナの場合』


2月10日

 今日とっても凄い事があったの♪なんと、あの堅物の委員長、洞木さんが大胆にも教室でジャージ馬
鹿の鈴原君に告白するって言うの。いつ死ぬかわからないからって、不吉なことを言うのは勘弁して欲
しいけど、それでも洞木さんの気持ちよくわかるから、みんな協力してあげることになったわ。あのノリ
の悪い綾波さんもマユミも協力することになったし、これは絶対に成功させてあげなくっちゃ!
でも、どうせならバレンタインに告白すればいいのに。無理かな?


2月14日

 今日はバレンタイン。戦自にいた頃はチョコって口にするだけでもいけなかったけど、ネルフじゃ最高
級のカカオ豆に、最高の調理器具に一流のシェフの指導までして貰えるんだから。ホントユイおばさま
には感謝しなくっちゃ。絶対にユイおばさまの娘になって、恩返しするの(ハート)
 それはともかく、シンジって凄い人気なのね。アスカさんやレイコさんといったアグレッシブな人は言う
に及ばず、あのマユミや、綾波さんまで碇君にチョコをあげるんだから。そればかりかクラスの他の女
子、別のクラスの女子からも!しかもみんな程度の差こそあれ、手作り!シンジもシンジで律儀に全部
受け取るし。お返しのこと考えているのかな?
 とにかく、私も負けていられないわ!!


2月21日

 今日は空から使徒が降ってきたわ。私は妨害してくる敵ゾイドの迎撃が任務だったけど、ムサシの馬
鹿が先走って危うく防衛網を突破される所だったの。幸い、ペンペンとにゃん太達のおかげで何とかな
ったけど、ムサシの能なしは後で折檻ね。
・ ・・・そんなに手作りチョコをあげなかったのが寂しかったのかな?シンジになんかライバル意識剥き
出しにして・・・。
 ケイタも使徒にとどめを刺す大活躍だったけど、腕を折っちゃうし・・・。勝つには勝ったけど、ほんとう
に大変な一日だったわ。


3月3日

 ケイタと綾波さんの骨折も無事治った。一週間ちょっとで完全骨折が治るんだから、今更ながらネルフ
って怖いところだって実感したわ。ネルフって言うより、リツコさんがかしら?目が逝ってるもんね。あの
アスカさんも苦手みたいだし・・・。
 雛祭りをマユミの家でしたけど、シンジが酒乱だなんて思わなかったわ。まさか甘酒で酔って暴れるだ
なんて・・・・。某所で有名な性格ハンテン茸でも食べたのかしら?アスカさんは調子に乗っていたけど、
もうシンジにはお酒を飲ませないようにしよう。


3月5日

 新型ゾイドの起動試験で疲れたから、今日はお休み。


3月6日

 今日、エヴァとか、イロウルとか言う変な使徒が来た。
 私と、ムサシ、ケイタの三人で操縦するウルトラザウルスで無事殲滅することができたけど、あれから
ユイおばさまたちの様子がおかしくなっちゃった。あと、綾波さん達と渚君も。勝つには勝ったけど、み
んな怪我だらけだしなんか釈然としない一日だった。


3月10日

 今日は鈴原君が週番の日。
 もの凄く期待していたけど、後ちょっとってところでアスカさんが体重をかけすぎてばれちゃった。アス
カさんじゃなくて、ケイタか相田君だったかしら?どちらにしろ、洞木さんは泣き出したし、鈴原君はもの
凄く怒ってた。反省。明日謝っておこう。


3月11日

 変だった。洞木さんと鈴原君、妙に仲が良かった。昨日は慌てて相田君を生け贄にして逃げ出したけ
ど、何かあったに違いないわ。真っ赤な顔をしてお弁当を鈴原君に渡す、洞木さん。ちょっとだけ羨まし
かった。


3月14日

 ホワイトデー。
 シンジは手作りのマドレーヌと、結構高価なイヤリングをプレゼントしてくれた。もちろん、バレンタイン
のお返しだけど、私は手作りのチョコケーキをあげただけなのに、こんなにして貰ってなんだかとっても、
うれしい♪
・ ・・あとで、アスカさんや綾波さん、マユミや、洞木さんにも私に勝るとも劣らないお返しをしたってわ
かったけど、あんまり悔しくない。だって、私はそんなシンジの優しいところ、裏を返せば優柔不断で
節操のないところも含めて好きになったんだから。
 どちらかと言えばムサシのお返しの方が大変だった。市販品のお返しに、あんなに高価なドレスはち
ょっと・・・。対照的にケイタは普通にマシュマロ。誰か本命の人にあげる練習の産物って感じだったけど、
とてもケイタらしかった。ここは影ながら応援してあげよう。でも、ケイタが好きな人って誰だろ?




 「お待たせ〜、ってマユミ!?あなたなに勝手に人の日記見てるのよ!?」

びくうっ!

 そんな擬音を出して一瞬固まるマユミとヒカリ。キリキリと人形のように振り返り、マナと目が合うとあははと力無く笑う。一方のマナもマユミ達に負けず劣らす固まっていた。お茶の用意をして自室に戻ると、机に座って何かを読んでいるらしいマユミとヒカリ。彼女達が何を読んでいるのか一瞬のうちに悟ったのだ。

 「えっ、あっ、これは机の上に広げてあったから、つい読んじゃっただけで、勝手に見たワケじゃないですよ。だって私本が好きだし」
 「普段覗くのは嫌いとか、不潔とか言ってるくせに、覗くなんて酷いわ!」
 「ごめんなさい、マナさん怒らないで下さい〜」
 「そうよ、霧島さん落ち着いて!この間鈴原とのことを覗いたの、許してあげるから!」
 「それとこれとは話が別よ〜〜!!」





3月24日

 今日、マユミと洞木さんが遊びに来た。マユミはなんか演奏会でもしないかと言ってたけど・・・。いい
意見だと思うから、その事には賛成したわ。私も久しぶりにフルートを吹いてみたいし。シンジ、なんて
言ってくれるかな?
 対照的に洞木さんは、・・・・・・・・・・単に惚気に来ていただけだった。
 普段アスカさんに惚気ていたけど、今日はさっさと帰ってしまったからって。さすがにアスカさんも耐え
られなかったらしい。私も耐えられそうにないわ。日記を覗かれたことと合わせて、なんだか洞木さんの
ことが嫌いになってしまいそう。
 最近、使徒が来ないから結構暇な時間があってたくさん日記を書くことができた。願わくば、ずっとこ
んな平和な日々が続きますように。







その7 『ヒカリの場合』

 「「行ってきます」」
 「ああ、コダマもヒカリも気をつけて」
 第三新東京市郊外にある一軒の木造家屋から2人の女性が朝の光の中に姿を現した。一人は黒髪を長く伸ばし、後ろで縛った活発そうな女性。一人はまだそばかすが残る優しそうな顔と、お下げにした髪の毛が特徴的な、女性と言うより少女。少し早足で歩く2人。ヒカリは言わずとしれた壱中の制服、コダマはチェックのスカートが特徴の壱高の制服を着ていた。

 2人は無言で歩いていたが、やがてコダマがヒカリの方を思い詰めた表情で見た。
 「ねえ、ヒカリ・・・」
 「なに、コダマお姉ちゃん」
 「ノゾミ・・・どうしてた?」
 絞り出すようなコダマの言葉に、ヒカリの足が一瞬だけ止まった。震える目でコダマを見るが、コダマはうつむいたまま、黙々と足を進める。まるでヒカリが居ないとでもいうように。
 「・・・元気そうだったよ。そうやって聞くって事は、気になっているんでしょ?どうして自分でお見舞いにいかないの?」
 「ノゾミが怪我したのは私のせいだから。・・・・・・・・ごめん、今度いくわ。あの子が許してくれるかどうかわからないけど・・・」
 「お姉ちゃん・・・」

 数分後、右に行けば壱中、左に行けば壱高という大通りに面した交差点まで来たとき、唐突にコダマは口を開いた。
 「それじゃあ、ここまでね。ヒカリ・・・・数日前のあなた、何があったか知らないけどとても明るい顔をしていたわ」
 「お姉ちゃん?」
 「いつも、そうやって笑ってなさいね。そんな張りつめた顔は年上のコダマお姉さまか、お父さんに任せておけばいいんだから」
 そう言ってようやくコダマはニッコリと笑った。ヒカリもつられて、かすかに微笑む。
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん」
 「そうそう、多少うるさくてもあんたは『不潔よ〜〜〜』って元気があった方がらしいから」
 「そうかしら?私、今の自分は作った自分って気がするの・・・」
 「・・・・・・考え過ぎよ。確かに昔のあなたは私やお母さんに甘えてばかりで、頼りなかった子で、今は率先して何でも自分でやる頼りがいのある、かわいげのない娘になっちゃったけど。
 あなたはあなたよ」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 「しっかりね。もう行くわ。トモミやミノリが待ってるから」
 「あ、お姉ちゃん・・・・・・・・・・・・・・・ありがとう」
 ヒカリは友達の方に駆けていくコダマの背中に向かってそう呟いた。その声は小さすぎて、距離がありすぎて聞こえたはずもないが、なぜかヒカリはきっと聞こえたと確信していた。







その8 『ケンスケの場合』


 「おおっ!!凄い、あれは国連軍が誇る強襲揚陸艦、ダイダロス!」
 奇声を上げながら、港をカメラ片手に走り回る一人の少年。
 「凄い、凄い、凄すぎる〜〜〜〜!!!
 うおっ!?あれは最新鋭戦闘機VF−1!!もう、実戦配備されているのか!!くぅ〜〜、学校サボって見に来た甲斐があったってものだよ!!」
 周囲の人たちは露骨に迷惑そうな、気の毒そうな視線を向けるが、カメラと一体化した彼はそんなことわからない。ただどん欲に戦闘機や軍艦の姿をフィルムに焼き付けていく。
 「ふぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっっ!!!!!
 あれは新生太平洋艦隊旗艦、SDF−1マク■ス!!!今日は大吉を10回引いたくらいラッキーだよ!!
 凄すぎるぅ〜〜〜〜!!!」

 ケンスケに悩みはなさそうだった。







その9 『ムサシの場合』


 「騎士道大原則ひとぉ〜〜つ!!!」
 そう叫びながら色黒の少年は、対面で悠然と構える男に向かって殴りかかっていった。中学生の技とは思えないくらい鋭い一撃をスッとかわすと、男はすれ違いざまにぽんと少年の後頭部を軽く叩いた。それだけで少年は力が抜けたようになり、もんどりうって畳の上を転がった。荒い息をつく少年に向かって、どこか疲れたように声をかける男。
 「なあ、ムサシ君。いちいち叫ぶのはやめにしないか?後いい加減休憩してくれ、こっちももういい年なんだから」
 男は加持だった。
 今は週に一回ある格闘訓練日である。講師の加持は疲れた表情で飽くなき元気を見せるムサシを羨ましそうに見ていた。ミサトに吸い取られても、これなら補給がおっつくのにと思っていたのは絶対に子供達には秘密だ。
 「イヤ、まだだ!騎士とは決して諦めないもの!例え相手が自分より強くても、守る者のためには何度でも立ち上がる〜〜〜!!!」
 そんな加持の内心をよそに、ムサシはぐっと拳を固めながら立ち上がった。うんざりする加持。が・・・。

ばたん!

 「ああ、ムサシ〜〜〜!!」
 「やれやれ、限界を知らないというのは滑稽だね。いや、騎士はそれ自体が滑稽なものだったね」
 立ち上がったところでムサシは倒れた。
 心配の声を上げるケイタと、対照的に皮肉な笑みを浮かべながら、やれやれと肩をすくめるカヲル。他のチルドレンは加持の容赦ない訓練にすっかりグロッキーになっていてほとんど頓着していない。介抱され、医務室につれて行かれるムサシを見ながら加持は横目でムサシがムキになる原因を盗み見た。原因の一人は少しだけ心配そうにしていたが、すぐに友人達との会話に戻っていった。そしてもう一人の原因はどうしてあんなにムキになるんだろうと鈍感キングの名に恥じない鈍感さで、ムサシが消えた扉の方をジッと見つめていた。
 「はあ、みんな休憩だ。体を冷やさない程度に休んでいいぞ」
 加持はそう言いながら、心の中でムサシにエールを送っていた。その方が見ていておもしろいからだ。最近ミサト化してきたなと冷や汗をかきながらも、加持はシンジとムサシがマナを挟んでどんな酒の肴を作ってくれるんだろうと思った。

 (ま、どちらもしっかりな)







その10 『ケイタの場合』


 ある日曜の午前中。ネルフ(上級)職員宿舎でむにゃむにゃとシャツと短パンだけで眠るケイタ。もちろん布団の上で大の字である。一緒に暮らしている人間でもいれば、だらしないと注意しそうだが、彼は一人暮らし。彼にそんな注意をする者は居ない。彼の両親は彼がまだ子供の頃に死んでしまったのだ。それから彼は戦自に拾われるまで、ずっと一人だった。普通ならぐれるか何かしそうだが、ムサシとマナという2人の友人のおかげで彼は健やかな心を持ったまま真面目に成長していた。やがて、ネルフにスカウトされシンジ達新しい友人もできた。
 彼の趣味はあやとりと昼寝。二つを比べたら、昼寝の方が大好きな爺臭い少年である。爺臭いというより、のんびりしすぎていると言えなくもない。ここら辺はシンジに似ているかもしれない。

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ、そうだ。今日はみんなで釣りに行くんだった。起きなきゃ」
 少し面倒くさそうにもぞもぞしながらケイタは起きた。ふわ〜と一回大きなあくびをした後、ノロノロと着替える。着替え終わると、鞄と釣り具を用意しながら、だれに言う出なく独り言を呟いた。
 「最近、遊んでばっかりだ・・・。でも、こんな生活、戦自の頃は考えられないや。今の方が命の危険は多いし、訓練はきつくて危ないことばかりだけど、少なくとも守りたい人ができたし、楽しいや」
 靴をはきおえ、扉を開けながらケイタは思った。

 (昔は生きることは辛いことだったけど、今はこんなに楽しい。ずっと、ずっと今のままならいいのに)

 そしてそれが決してかなわないこともよくわかっていた、人はそうして出会いと別れ、悲しいこと楽しいことを経験しながら大人になっていくのだから。







その11 『マユミの場合』


 閑静な住宅地。その中心近くにあるかなり大きな木造一戸建ての民家にマユミはいた。彼女は少し震えながら目の前の椅子に座る大きな背中を見ていた。彼女の存在に気がついているはずなのに、その人物は机に広げられた書類だけを見て何も言おうとしない。マユミは自信なさそうに、数回口をぱくぱくした後、意を決して話しかけた。
 「あの・・・お父さん」
 「なんだ?」
 その素っ気ない口調にビクッとするマユミ。逃げ出したい気持ちを抑えながら、用件を口にする。いつになっても決して慣れることのない父親との会話。それは慣れるとかそう言うものではないことが彼女にはわかっていた。だからこそ、いつまでも彼女は父親が苦手なのかもしれない。
 「・・・・今日、友達と約束していて、少し出かけていいですか?」
 「いつ帰る?」
 「・・・6時までには帰ります」
 「そうか。好きにしなさい」
 「はい。・・・・・・じゃあ、行ってきます」
 「ああ。いってらっしゃい」
 父の言葉とともにマユミは父の私室を出たが、出る直前マユミは振り返って父の方を見た。しかし、やはり彼女の父、山岸リョウジは机の上の書類から目を上げようともしていなかった。

 自分は父に愛されていないのかもしれない。あの人、お母さんの娘だから。
 みんなと約束した場所に向かうバスの中、マユミは暗い思いに捕らわれていた。彼女の心に浮かぶ、幼い頃の光景。真っ赤な光。光を反射するぬめった包丁。血溜まりの中に倒れる女性、彼女の母親。いつも優しく歌を歌ってくれた母親。幼いながらもマユミは二度と母が歌を歌ってくれることはないと悟っていた。
 そして、彼女の目の前、母の向こうで包丁を持つ、彼女の父。
 そこでいつも彼女の記憶は途切れる。あの後どうなったんだろう?どうしてあんな事が起こったんだろう?それは彼女が知りたいと同時に、知りたくもない真実だった。

 『次は駅西口です。お降りのお客様は・・・』

 「あっ、いけない」
 物思いに耽っていたマユミは慌てて、チャイムを押した。急ブレーキと共に停車するバス。
 遠ざかっていくバスを見ながらマユミは思った。

 (過去は過去、あんな風に通り過ぎて行くだけ。今の私は大丈夫。だって、みんながいるから。綾波さん、アスカさん、マナさん、洞木さん、レイコさん、鈴原君、渚さん、相田君、ムサシさん、浅利君。みんながいるから。そして、私に似ている人・・・シンジ君。似てるから思ったの。シンジ君が変わったように、シンジ君が頑張るみたいに私も変われるんじゃないかって・・・。もしかしたらってずっと思っていた。これが、恋なんだ・・・。人を好きになることなんだわ。シンジ君が、みんなが居てくれるなら、私はきっと大丈夫)

 「マユミ、おっそーーい!」
 「あ・・・・・ごめんなさいアスカさん」
 謝りながらも、アスカ達が待っているところまで走るマユミの顔は笑っていた。まだまだ不安なところはあったけれども。








おまけ 『大人達の場合』


 「あら?副司令、ユイはどこに行ったんですか?」
 発令所にナオコが姿を現したのは昼過ぎだった。だがそこには副司令の冬月と、数人のオペレーターしかおらず、彼女の求める相手は影も形もなかった。発令所最上段に畳と机を持ち込んでお茶を啜る冬月は、引きつるナオコに返事をした。
 「ああ、ナオコ君か。ユイ君ならケージに行ったよ。ついでにキョウコ君も閉鎖区域に行ったそうだよ」
 「どうしてそんなところ・・・・・・・・・そうか、そう言うこと・・・」
 「ああ。今の内に色々と話しておきたいこともあるんだろう。使徒が来ない今の内に・・・」
 そう言ってお茶を啜る冬月。
 「・・・・・・そう、ですか・・・」
 「ところで、葛城三佐はどうしたのかね?昼過ぎから姿が見えないが?」
 「葛城三佐は加持一尉と共にリッちゃ・・・赤木博士を拘束しに、ラボに向かいました。容疑は施設の私的使用と、それによる多大な電力の横領です」
 こめかみをもみほぐしながらナオコは言った。彼女の顔は身内の恥をさらすと言うより、自分もかつてやったことを自分の娘もやっていることに対する、言いしれぬ疲労を感じさせた。
 「まさか、昼前あった2秒間の停電というのは・・・」
 「赤木博士が猫型ロボットの起動に使用した電力のせいです」
 「ま、また恥をかかせおって・・・」


 とりあえず、今日も第三新東京市は平和だった。




・・・・・・・・ねえ、作者。
私は?お姉ちゃんはあって私のお話はないの?

・・・・・・・・すまん、忘れていた。

というわけで後書きです。
今回は書き方を変えて、一人一人の日常生活の一部をレポートするという形にしました。いろいろありますが、彼らはまだ中学生。そのふだんの生活を一部とはいえ書いてみたくなったことと、トウジやアスカみたいに一人一人の長い話を書く気力がなかったからです。
今回は割と気に入っています。
まあ、話がいい加減なものが多いですし、蛇足な話ばかりですが。
ちなみに、コダマの学友の元ネタがわかった人。たぶん間違っていないはずです。つまり、壱高の制服はアレと一緒というわけですね。想像してニヤリとしましょう。

とりあえず、外伝はこれでいったん終了します。次からは本編を再開する予定です。
それでは!


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