第11話「RIGING SUN 『Final ReasonA』」


レースで走ってきた反対の道。僕が昨日止まった浜名湖サービスエリアを過ぎ、
等間隔で輝くモノを眺めている。
僕の頭の中は彼女との思い出が浮かんでは消える。
初めて会った時の事・・・
モナコでの憂いを秘めた瞳・・・
カナダで殴られた事・・・
カナダの大クラッシュ・・・その後の潤んだ瞳、笑顔・・・
チームスタッフの彼女・・・
おまじない・・・そして初めてのキス・・・

全てが最高の思い出・・・
そしてこれからも・・・その思い出は積み重ねることが出来るんだ・・・。

『・・・なのよ!』

僕の中の記憶が・・・

『ちょっとアンタ!私はタイムアタック中なのよ!』

・・・彼女を甦らせる

『・・・なんですって』

僕の心が・・・

『さっきから君、君って。私には名前があるのよ』

・・・惣流アスカラングレーを作り出す

『シ〜ンジ、お昼食べよ』

僕の願いが・・・

『・・・これはそのおまじない』

心の中で叶う。

『ばか・・・今度はアンタからしてよね・・・』

アスカ・・・

『自分の胸に・・・聞いてみてよ・・・』

ホテルで辛い顔をのぞかせた彼女。
僕の瞼が流れる街灯の中で瞬きした瞬間、暗闇の中に彼女が見えた・・・気がした。
同時に彼女の声が耳に刺さる。

『もう・・・行っていい』

彼女の去りゆく姿を、僕の心が追いかける。
眺めていた街灯にアスカの顔が写り、あの時と同じように僕から遠ざかっていく。

「待って!」

後ろに流れゆく彼女を追って僕は思いきりブレーキを踏みこむ。
もう彼女を逃がしたくなかった。
タイヤがロックし、ベルトを付けてなかったおかげで急制動を起こした僕の車は
制動のかからない僕をステアリングに押しつける。
次の瞬間、僕の目の前から景色が消滅する。
僕はそのまま重くなった意識に従うように、思考を失っていった。














『・・・シンジ』



・・・・・アスカの声、幻覚?



『シンジ、しっかり』


・・・じゃない!

瞼を開ける。そこには動くアスカがいた。

「アスカ!」
立ち上がり、彼女を抱きしめる。
いや、抱きしめようとしたが、僕の体はアスカの原子に触れることなくすり抜けた。
振り向くと彼女はこちらを向き、じっと僕を眺めていた。表情は・・・冷やかだった。
その彼女の紫色に透ける唇が動く。

『私はここにはいない。触ることはできない。私は病院にいるから』

・・・病院にいるのはアスカじゃない!アスカなんかじゃない!

『私よ。今この世に存在する唯一の私』

ちがう!・・・いや・・・ア、アスカ、なぜここに来たの。
楓並木で待ってるって書いてあったのに・・・

『・・・私は死んだの。それをシンジに教えるため。
 ・・・私の事を想ってくれたシンジ。
 優しくしてくれたシンジ。私にとって大切な存在のシンジ・・・
 そんなシンジにマイナスになる想いをきっぱりと断ち切って引きずらせないため・・・
 その事が・・・死んで・・・
 穏やかな大地に立つ私が・・・雑然とする現世で気になる唯一の事・・・』

うそだ!・・・アスカは鈴鹿で待ってるんだ!

『私に触れられなかったでしょ・・・目の前の私には。
      触れられるカラダはシンジも知ってる通り・・・』

・・・・・・・・・・・・・・うそだ

『私の事は忘れて・・・それがシンジの為』

・・・・・・・・・・・・USODA

『元気でね、シンジ・・・』

・・・・・・・・・・・・・・・・・

『・・・さよなら』

・・・・アスカが僕に背を向けて・・・行っちゃう・・・

星がきらめく天空に向かい体をあずける彼女。
彼女が帰ろうとしてるのは地上ではない。
いいのか・・・このままでいいのかよ・・・アスカなんだ・・・彼女はアスカなんだ・・・
僕が追い求めていたのは幻想・・・
鈴鹿で待ってくれてるのは僕が作り出した幻想のアスカ・・・

今、去り行こうとしている彼女がホントのアスカなんだ・・・

彼女が・・・真影のアスカなんだ!

「待って!」

僕は去りゆこうとするアスカに手を伸ばした。
彼女は実体のない霊体なのかは知らないが、
彼女を掴むことが出来ないということはさっきの事から分かっていた。
触れることは出来ないと思ってはいたが、
無意識のうちに手をアスカに伸ばしている自分がいた。

宙に浮かび上がっていたアスカの手のひらが僕の目の高さにあった。
そこに向かい僕の手は伸ばす。

あと3センチ、2センチ、1センチ・・・

!!

指先に伝わった感覚・・・
冷たい大気が循環して・・・
・・・一カ所に集まったような感じ。
カタチは紛れもない・・・アスカの手だ。
何度も握ったことのある彼女の手だ。

『・・・?!』

アスカは背伸びして手を掴んだ僕に初めて・・・この時初めて表情を見せてくれた。
悲しそうな目だった。同時に驚いたような目とも取れる瞳。
僕としても以外だった。なぜ掴めたのか・・・。
アスカが 僕を想う気持ちと、僕がアスカを慕う気持ち。
・・・それが合わさって奇跡が起きたのだと・・・勝手に思いこむ。

・・・どこ行くんだよ。なんで行っちゃうんだよ。もう離したくないんだ。

彼女の目からポロポロとこぼれ出したモノが大気に変わってゆく。
そして・・・ほんの少し声を震わす彼女・・・それだけで僕の心は切なさで一杯になった。

『私の手・・・冷たいでしょ?。
 ・・・現実も分かってる?。
 ・・・だったら分かるでしょ・・・』

冷たい・・・吹雪の風を肌で受け続けたような冷たさ・・・。
分かってる。アスカが死んだことくらい。
そして、幻想に囚われる僕を心配して、君がここにいることも・・・。
でも・・・彼女は僕の前にいるんだ。
そして僕に話しかけてくれている。
ここにいるじゃないか・・・今ここにいるじゃないか。
なんでまた離れなくちゃならないんだよ・・・

アスカも感じてるはずだよ、僕の手の暖かさを・・・
感じてるはずさ・・・2人が違う体だって事を・・・。

『・・・』

だったら暖まりなよ。僕の腕の中で・・・僕の側で・・・

僕が握っていたアスカの手がピクリと動いた。
それと平行して彼女は目を閉じ、涙を吸い取るように1回だけ深呼吸をしながら
ゆっくりと瞼を上げる。そしてアスカはうつろな瞳で僕を眺める。

『駄目。私がその胸に飛び込んだら、あなたは死んでしまう。
 あなたの生気を私が奪って』

かまわないさ・・・一緒にいられるなら

『・・・』

沈黙の彼女を強引に僕の方に引き寄せた。
彼女の浮き上がる力が弱まっていたのか、僕に対する抵抗力が弱まっていたのか・・・
アスカは僕の腕の中に簡単に滑り込んできた。
驚き、離れようと僕の胸を押すアスカの唇を半ば強引に奪う。

・・・冷たい吐息が僕の体の中を駆けめぐる。
今までと違い、氷とキスしているような感じ。
でも・・・紛れもなくアスカだった。唇が教えてくれる。
固まって、引き剥がそうとしていた彼女だったが、次第に力が抜けていくのが分かる。
そして、彼女と接している体に冷たさを通り越してジンジンと痛みが現れてくる。

暫しの沈黙。体の苦痛を代償にして、僕は彼女と幸福な時間を共有する。

生命活動を止めた彼女を・・・
ただ絶望の中で眺めていただけの僕には得られることは出来なかったであろう幸福。

僕の唇から離れた彼女は、僕の瞳を透けている潤んだ瞳で凝視している。

『・・・離して。死んじゃうわよ・・・こんな事して』

彼女の目は悲しそうに見えた。彼女が嘘を付いていないのは僕にも分かる。
彼女から受ける死へのカウントダウンは体が教えてくれた。
だが・・・僕はアスカと一緒にいられるならこのままZEROまで行ってもよかった。

いや・・・彼女がこっちに来られないなら僕の方から行きたかった。

離れたいの?僕の腕の中から離れたいの?
僕の事嫌いになったのかな・・・
だったら迷惑かもしれないけど・・・僕はアスカをもう離したくないんだ!
少しでも一緒にいたい・・・死んでも構わないから一秒でも長くアスカとこうしていたい!

嫌いなのかと彼女に対して思いかけてみても、答えは聞くまでもない。
それはアスカの力が萎えている事からも分かる。
僕は彼女が言葉を発する前に再び口を合わせる。
アスカからはもう力による抵抗は無かった。
彼女の事だ・・・嫌いって言うに決まっている。
今までの彼女の態度は偽りのモノ。
彼女の気持ちは僕と同じ・・・
一方的な世界の条理に引き裂かれてしまった・・・
その僕とアスカが・・・お互いの存在を求め合わないわけが無いじゃないか。
僕への思いやりで現れた彼女と、自らの想いに揺れる腕の中の彼女。
素直になってアスカ・・・自分の気持ちに・・・。

そして、一緒に行こう・・・。


ばか・・・

僕の思考に直接突き刺さる声。やさしい・・・
けど・・・心に鋭く響き渡る声。

同時に彼女の腕が氷のマフラーに変わり、僕の首に巻き付く。

この瞬間から、彼女のブレスは凍える風から暖かく包み込む春風に変わる。
でも、これも幻想。
彼女の気持ちの変化が、彼女の変わらぬブレスを違う物と思わせているに過ぎない。
でも僕にとってはその変化が欲しかった。
たとえ幻想でもその風の中で酔っていたかった。

唇を離す。
彼女から離れた時、唇の感覚は無きに等しかった。
腰に回していた腕も、冷たく固まった。

アスカ・・・

彼女の切なく輝く瞳を見ながらアスカに思いを巡らす。
目の前の彼女は、いつものアスカ、僕のアスカに変わっていた。

『私だって・・・ワタシだって・・・シンジと一緒にいたいんだから!
 側にずっといて欲しいんだから!』

このままずっとアスカと抱き合ってればずっと一緒にいられるんだろ?
僕を君の世界に連れていって・・・

『でも・・・・・・』

多分これが暖かい僕と冷たい君が交わす最後のキス。
アスカも分かっている筈、キスを交わせばずっと一緒にいられるって事が。
分かってるからこそ、今まで拒んできた。
けれど・・・

僕はもうアスカなしでは生きられないし、君なしの世界なんて考えられない。
アスカがいる世界なら・・・どこだって構わない。一緒に行きたいんだ。

『・・・もう何も言わない・・・シンジが決めて』

アスカは目を閉じ、僕に全てを委ねる。
僕は命と決別の口づけを交わすため、愛を込めてアスカの唇を目指した。

だが、そのキスは天が許さなかった。
暗い天空が光り、一筋の光の道がアスカを包み込む。
うかつだった。僕は彼女に気を取られ過ぎていた。
天空に、輝き伸びる道に気づかずに彼女をその光の道に奪い取られてしまう。
あっという間の出来事。

アスカ!

彼女は光の中でパクパクと口を動かしていた。だが何を言っているのかは分からない。

【言った筈よ。
 あなたのエナジーはまだ弱い。
 長く下界にいればエナジーが大地に吸い取られ、尽きてしまえばあなた自身が大地に
 取り込まる。そして死ぬことも許されずに未来永劫その場所で苦しむ事になるのよ。
 その苦しみに対する怨念が下界の民に迷惑を与えると。もう限界よ】

どこからともなく聞こえる声。
全ての思考を飲み込むような絶対的な声。
そして、その声を媒体に今まで聞こえなかったアスカの声が耳に入る。
光中のアスカは天空を見上げて叫んでいた。
アスカの口も同じような動きを見せている事から察するに、彼女の声に間違いない。

『分かってるわ!もう私のエナジーが切れることくらい!そして、これが最後になることも!
 たとえ大地に取り込まれて、結果永遠に苦しむことになっても・・・
 大地に身を売っても構わない。
 私はシンジと一緒にいたい・・・大切なシンジ・・・ずっと側にいたい・・・。
 でもここでシンジと離れちゃったら・・・もう2度と会う事が出来ない・・・。
 シンジと一緒にいたい・・・でも・・・それが叶わないなら・・・
 私は最後までシンジの胸の中にいたい・・・1秒でも長く一緒にいたい!
 その思い出があれば、苦しみだって耐えられる。
 だから戻して!シンジの側に!!今すぐ返してっ!!!』

・・・・・絶・・・・・
アスカがそんな事を・・・そんな覚悟だったなんて・・・想像もしなかった。
僕の凍えた体が熱くなる。同時に目頭も急激に熱くなってくる。
強いよ・・・アスカは強すぎるよ・・・
僕のために・・・そこまで自分を犠牲に出来るなんて・・・
それに引き替え僕はなんてちっぽけな男なんだ。
一緒にいたいから死にたい・・・それが2人の為・・・アスカの為・・・
死ねばずっと一緒にいられるから・・・それが分かってるから死にたいなんて言えた。
死の先に何があるか分からなかったら・・・死なんて口に出せなかった。
それなのにアスカは死してなお、僕のことを考えて・・・果てにはこんな・・・・・
その身を永遠にゴーストの姿に変えてまで一秒でも長く僕と一緒にいたいなんて・・・
僕の命一つを犠牲にしただけでアスカの為に自分を犠牲にして行動しているって・・・
アスカへの「愛」なんだって・・・
そんな狭っくい視野で自己満足していた僕は・・・
自分で自分が恥ずかしいよ・・・

【アスカの気持ち・・・分かったわね?シンジ君】

『シンジ?!』

アスカは自分の声が僕に聞こえているのがわからなかったみたいだ。

『そう・・・聞いちゃったんだ・・・』

寂しそうだった。それもそうだろう・・・もう僕がアスカを抱くことはないと・・・
彼女なら悟ってるだろう。

でも僕は本当にアスカといたいんだ。一緒に過ごしたいんだ・・・永遠に。

【・・・本気ですか?】

・・・はい。

【魂になることになりますよ。後悔しませんね】

もちろんです。

『シンジやめて!そんなこと駄目よ!絶対駄目!!』

アスカ・・・君に比べて僕は弱いけど、命を捨てることくらいなら出来るよ。
その後に君が待ってるって・・・
・・・死の後に・・・新たな世界と幸せが待ってるって分かってるんだから。
僕でも・・・弱い僕でもこの命を捨てることくらいは出来る。

『・・・・・B・A・K・A』

【一度だけチャンスを与えます。どちらを選ぶかは・・・あなたですよ】

はい・・・


第11戦Bパートに続く

EVANFORMULAへ