「し〜んじ、用意出来た?」

「う、うん、、特に無いし・・・用意」

「ふむ、ま、良しとするか」

「?」

「あんたの事だから、短パンにTシャツかと思ったわよ」

「そんな事したら怒るだろ?」

「当然よ」



シンジは、ジーパンにTシャツを着ているだけだが、格別変という分けでは無いようだ。

一方アスカは、珍しく水色のワンピースに白いカーディガンを羽織っている。

只でさえ目立つのに、落ち着いた服を着ると、とても中学生とは思えない程美しかった。

しかし、シンジには特別そういう風には写らなかった様である。

それに気づいたアスカがしっかりと突っ込みを入れる。



「アンタ、女の子と出かけるんだから服ぐらい誉めなさい」

「?」

「なに、キョトンとしてるのよ」

「ゴメン、そういう経験無いから・・・」

「まったく・・・しょうがないわねえ」

「その服・・・似合うよ」



思いもよらず真顔で言われて少し頬を赤らめる。

視線を下に落としたアスカは、小さな声で促す事が精一杯だった。



「出よっか」

「うん、行こう」



駅まで歩く道、アスカは先ほどの誉め言葉を反芻しながら幸せな気分を味わっている。

駅で電車を待っていると、向こうから見知った顔が歩いてくる。

「よ、シンジと惣流じゃ無いか」

「あ、ケンスケ」

「ん、シンジ出歩いて大丈夫なのか?」

「うん、今からアスカと買い物に行こうかと思ってて」

「ふ、、、二人でか?」

「うっさいわねぇ、良いでしょ?たまには」

「い、、、いや、、、良いんだけどさ・・・・」

「なら、何よ、その顔は!」

「シンジ、一つだけ忠告しておくぞ」

「何?」

「持ちきれない時は『これ以上持てません』と言う事も一つの勇気だぞ」

「ぷっ」

「あ、、、アンタねぇ・・・ばっかじゃないの?」

「ははっ冗談だよ」

「ケンスケはどこへ?」

「ん、ちょっとな、買い物がてら新興街に行こうかと思ってね」

「そっか、今日は込んでるだろうね」

「そうだなぁ、生活に最低必要な物は支給されるけど、それ以外の物はあそこに集まってるしな」

「そっか、皆今日買い物なんだー」

「そりゃ、そうだろ惣流」

「しくじったわ・・・平日だと思って甘く見てた・・・」

「良く考えれば、今日は込むよね・・・」

「でも、昨日がピークだったんじゃ無いかな」

「そう?」

「やっぱ分かんないや」

「そっか、ネルフから支給されてるとそういうの分からないんだよね」

「そうだろうなぁ・・・おっと電車が来た」

「結構込んでるね」

「ふむ、俺はもう一本待つから先乗ってくれよ」

「え、何で? 乗れない程は込んでないよ?」

「ん、ちょっと待ち合わせしててな、ここで」

『ケンスケ(相田)が待ち合わせ〜!?』

「お前ら、ハモるなよ・・・」

「女の子? ねぇ、女の子!?」

「ほら、さっさと乗れよ、電車行っちゃうぞ!」

「明日ゆっくり聞かせて貰うよ、じゃ!」

「またな!」



電車のドアが閉まると、ケンスケは本当に嬉しそうに手を振っている。



「アイツ、どこの誰と待ち合わせなんだろ」

「さぁ?」

「ふ〜む、怪しいわね」

「疎開先で・・・何か有ったかな・・・」

「あの相田が!?」

「何が有るか分からないじゃないか」

「ふふっ、まあね」



今の自分たちがこんな風に出かけるなんて、昔のアタシが見たら発狂するわ。

それを考えれば、相田にそういう人が現れてもおかしく無いわね・・・確かに・・・。



「アスカ?」

「ん、何でも無い」

「今日は何を買うの? 必要な物は揃ってるし・・・」

「え? あ、、うん。 服を買いたくてね」

「え〜!? 服買うのに、僕が一緒なの!?」

「たまには付き合いなさいよ」

「だって・・・は、、、恥ずかしいじゃ無いか」

「これを機に、アンタも服に興味が出るかもしれないじゃない」

「良いよ・・・別に・・・」

「む〜・・・観念しなさい!」

「観念ならとっくにしてるけどね・・・」

「ふふっ付いてきにくい物は買わないわよ、安心しなさい」

「そう願うよ・・・」



着いた先は、綺麗な駅ビルであるが物資が3ヶ月も無かった為に隅々に寂しさがある。

ケンスケが話していた様に人は確かに多かったが、皆生き生きしていたのが救いだったかもしれない。

皆、分けの分からない状態であの戦争を体験し、そして3ヶ月もの間疎開を強いられていた。

家族を失った者、恋人を失った者、自分の家を失った者。

あの笑顔が一部廃墟になったこの街を復興させる大きな力になるだろう。



「んー、やっぱり・・・」

「どうしたの?」

「あんまり良い服はさすがにまだ来てないわねー」

「そりゃ、そうだよ、服より先に届ける物が一杯有るもの」

「むー」

「ねぇ、まだ見るの?」

「シンジ」

「ん?」

「これ欲しい」

「へ?」

「へ? じゃ無いわよ」

「買ったら?」

「むー」

「何さ?」

「そういう時は、『俺が買うよ』って言うもんでしょ?」

「えぇぇ!?」

「ふふふ」

「ん・・まぁそんなに高い物じゃ無いから良いけど・・・」



シンジが手にしたのは、赤いリボンだった。

リボンを少し上に上げて、アスカの顔と合わせてみせる。



「どう? 似合いそう?」

「ん、ゴメン分からないや」

「よし、じゃあ、私はシンジにこれを買ってあげる」

「え? ハンカチ?」

「そ、私だけ買って貰ったら後で相田とか馬鹿トウジに何言われるか分かんないわ」



二人は3時間程デパートの中を見て廻った。

久しぶりに開放されたという感じで一杯になり、二人は普通の中学生らしい無邪気な笑いを見せた。

ファーストフード店の窓際の席に座ると、忙しそうに歩く沢山の笑顔を見ることが出来た。

「私達が守ったんだよね?」

「そうだね」

「感想は?」

「分からないな」

「え?」

「守ったのも事実だけど、守れなかったのも事実だから」

「それは・・・」

「分かってる。 そういう意味じゃないんだ」

「どう言う事?」

「ん・・・それを事実として受け止めて、これから何をしないといけないのか・・・」

「今、シンジがしているのもその一つ?」

「実験の事?」

「うん」

「そうかもしれないね」

「かも?」

「良く分からないんだ」

「そっか」



「実験を頼まれたとき、正直言って守れなかった人の事なんて考えてなかったんだ」

「・・・・」

「そういうの・・・考え始めたのは本当につい最近だよ」

「あんまり深く考えないほうが良いよ」

「そうだね」



そういうと、シンジは静かに笑った。

笑った横顔が綺麗だとアスカは思った。



「ねえ、シンジ」

「何?」

「引越し・・・どうして?」

「何故引越しするか・・・って事?」

「うん」

「実は・・・」

「・・・・」

「良く分からないんだ」

「・・・へっ!?」

「自分でも、良く分からないんだ」

「何それ!?」

「だから、良く分からないんだよ」

「アンタ自分の事でしょ? 隠さないで教えなさいよ」

「ん・・・」

「ほら、隠してる」

「隠して無いって」

「じゃあ、何故?」

「・・・」

「私には教えられないわけ?」



そう言うと、何故かアスカは少しだけ悲しそうな顔をする。

その顔をシンジはじっと見つめると、静かに口を開く。



「前にさ、ずっと前に、アスカがこう言ったの覚えてる?」

「?」

「『アンタは他人だ』って」

「覚えて・・・無い。ごめん。」

「うん。 そう言ったんだよ。」

「で?」

「それが・・・凄くショックでね」

「で・・・引越しを?」

「ん、自分の中では、それが原因じゃ無いかと思ってた」

「思ってたって?」

「でも、何か違う気がするんだ」

「?」

「それが・・・分からないんだ」

「どういう事?」

「何か理由が有ったと思うんだけど、考えても考えても良く分からないんだ」

「じゃあ、理由は特に無いの?」

「んー・・・そういう事に・・・なるのかな」

「あっきれた」

「まあ、あの家にアスカと二人で暮らすのも問題有ると思うしね」

「何で?」

「だって・・・その・・・」

「えっち」

「そ、、、そうじゃないよ!!」



顔を真っ赤にして抵抗するシンジを見て、噴出してしまうアスカ。

こういう所はまったく変わる事は無いらしい。

もう、2分ぐらいアレだコレだと理由を一生懸命付けてるシンジを、時々からかいながらジュースを飲み干すと、アスカは突然シンジの話を遮った。



「もう、良いよ。分かったから」

「だから、そんな変な理由で言ったんじゃ無いんだよ・・・」

「分かったって」

「本当に?」

「ふふ、シンジがそんな風に考えるなんて、最初から思ってないって」

「だ・・だったらもっと早くに・・・」

「だって、楽しいんだもん」

「僕をからかってて楽しい?」

「あははは、生きがいだね」

「最悪だ・・・」



夕暮れの中、乾いた道路をいつもよりもゆっくり歩く。

地球の環境は少しずつ回復しているとリツコさんがTVで言っていたのを思い出す。

時間はかかるけども、10年後には雪が降るぐらいになるだろうと。

しかし、シンジには一つだけ引っかかっていた事がある。

そのTV放送の中で、只の一回も『使徒』という言葉が出なかった事。

使徒はNervの中で、軍隊の中で、歴史の中で、時間の中で、その存在を隠蔽されてしまった。

その事が何故か少しだけ悲しかった。



その悲しそうな姿に気づいたアスカが声をかける。



「シンジ?」

「ねえ、アスカ」

「なに?」

「使徒って・・・何だったんだろうね」

「うーん」

「はは、ゴメン、そんなの分からないよね」

「試練ね」

「試練?」

「はっきり言って、データが無いから私には何者なのかは詳しく知らないわ」

「うん」

「だから、私なりの解釈しか出来ないんだけど」

「うん」

「それは、私達、チルドレンに対する試練だったわ」

「試練・・・」

「乗り越えられたのかな」

「分からない」

「いつか分かるのかな」

「わからない・・・」

「そうだね・・・」





「・・・・でもね」

「うん?」

「使徒が居なかったら、今のアタシは無いわ」

「それは・・・どういう意味で?」

「色々な意味で、私は変わったわ」

「使徒と戦って?」



アンタと出会ったからよ!
と言いたいが、口には出せない。



「シンジは自分が変わったと思う事は無い?」

「うーん、分からないな・・・」

「きっと・・・シンジも変わったよ」

「そう?」

「人との交わりってそういう物でしょ?」

「それは、アスカとかトウジとかと知り合いになって・・・という事?」

「そう」



ピンッという様な跳ねた音と共に、歩いている道路の両側に立っている電柱のライトが一斉に付く。

二人の姿は電灯の光を浴びて影を作り、その影の一つが突然小刻みに震え出す。



「何がおかしいのさ?」

「だって、真剣な顔してるんだもん」

「悪かったね」

「あはは、怒らないの」

「怒ってないよ」

「ねえ、シンジ」

「何さ」

「答えをすぐに出そうとするのは、良くない事かもしれないよ」

「え?」

「『答えは出す物じゃ無い、出る物だ』」

「・・・・加持さん?」

「そ」

「そっか」

「それを言われた時には、私は答えを『出す』事に精一杯だったから理解出来なかったんだけどね」



そう言うと、アスカは小さく舌を出して笑った。



「今は分かるの?」

「何となく・・・ね」

「そっか」



暫く無言で歩を進める二人。

シンジは、誰かと一緒に居て安心するという感覚に少し戸惑っていたかもしれない。

ミサトさんと一緒に居るときとは違う安心感。

同年代だから感じる事が出来る物なのかもしれない。

もしくは・・・チルドレンという名の絆なのかも知れない。



「ア・・・スカ」

「ん?」

「ハンカチありがとう」

「どういたしまして」

「ははっ」

「こちらこそ、リボンありがとう」

「どういたしまして」



そう言うと、シンジは手をお腹の前で曲げてお辞儀をした。

まるで、昔の西洋人がお礼をする様に。

二人はもう一度声をあげて笑うと、もうすぐ出て行ってしまうあの家に帰っていった。

短い間の二人の家に・・・




次回  会



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