冬月コウゾウの場合「碇、お前もユイ君に会えたのか....」 私が目にしたモノ。 それはかつての教え子。 彼女に対し色々な感情が私の心をゆさぶった。 優秀な教え子に対する愛情? その突出した才能に対する羨望? 悲劇的な事故とその運命に対する同情? 男としての欲情があったことも否定はできぬ。 あれから10年以上が過ぎたと言うのにいまだに整理されていなかった。 いや、そんなこと、できるわけがなかった。 彼女に連れられて、私は山道を歩いていた。 どこに連れて行こうというのだ。 待てよ、ここは来た事があるな。 そうか...。 これは、私の記憶....。 幸せだったあの頃の記憶...。 そう、あの頃にはまだこの国には季節、『秋』があった。 そんな事を考えながら、定められたセリフを繰り返していた。 「本当かね」 「はい、六分儀さんと、お付き合いさせていただいてます」 そう、あの時私は驚きを隠せなかった。 正直言って、今でも...。 「君が、あの男とならんで歩くとは」 「あら、冬月先生。 あの人は、とても可愛いヒトなんですよ。 みんな知らないだけです」 「知らない方が幸せかも知れんな」 「あの人に紹介したこと、ご迷惑でした?」 「いや、面白い男であることは認めるよ。 好きにはなれんがね」 多少、あの男がわかるようになった今では、わかるような気もする。 あの男は、ただ不器用なだけだと...生きるのが。
家内と話をしていた。 息子はもうすやすやと寝ている。 「まったく、男女の仲というのはわからんよ。 あんな男のどこがいいんだか」 「あら、あなた。彼女にやきもち焼いてるのね」 「やきもち?私がか?」 「可愛い教え子を、その男に取られてくやしがってるんでしょ」 「君は、あの男を知らないから.....。 ふっ。そうか、そうかもしれないな」 「本当に、その子とは何もないんでしょうね」 「おいおい、今度は君が、やきもちか? よしてくれよ。 君がいて、こんなに可愛い息子までいるのに。 そりゃ、ま、彼女もなかなか可愛いがね。 ウォッホン。いや、そうじゃなくって...」 「フフ」 「そうだ、こんどは家族であそこに行こう。 お弁当を作って、ピクニックだ」 家族。 幸せだった暮らし。 それも失われた。 セカンドインパクト。 ケイイチ....私の息子。 彼は、その時に、死んだ。 リョウコ....愛していた家内。 彼女も半年後に死んだ。 病に倒れ...薬がなかった。 地獄だった。 今更、思い出したくもない。
またしてもまた見覚えのある光景。 湖の畔の木陰で私は話していた。 幼いシンジ君をあやしているユイ君がいた。 「ヒトが神に似せてエヴァを創る、 これが真の目的かね?」 「はい。 ヒトはこの星でしか生きられません。 でも、エヴァは無限に生きていられます。 その中に宿る人の心と共に」 E計画。 私はいやおうなく引きずり込まれていた。 すべての真相を知らされた以上、仕方がなかった。 ゼーレの陰謀。 使徒。 人類補完計画。 そして、ユイ君の望み。 「たとえ、50億年たって、この地球も、月も、太陽さえなくしても残りますわ。 たった一人でも生きていけたら。 とても寂しいけれど、生きていけるなら」 「ヒトの生きた証は、永遠に残るか」 だが、それは未完に終わったな。 『この子には、明るい未来を見せてやりたいんです』 そう言って、君はエヴァの中に消えていった。 それが君の望みだったのか?
何かがおかしい。 これは、予想されていた計画とは違う。 そうか、ユイ君。 君か。 なぜ、私にこれを見せるのだ。 頭の中で記憶の暴走が始まった。 言葉が次々と現われては消えていく。 光景がフラッシュバックを繰り返す。 なんだ? 何かを探しているのか? 記憶の中から...。 忘れていたモノを...。 そして、最後に残った記憶。 家内の、最後の言葉...。 ......。 そう。 何故、私は忘れていたのだろう。 ヒトは、ヒトなのだということを。 嬉しい。楽しい。暖かい。気持ちよい。 ヒトだから、感じられるのだと。 苦しい。つらい。寂しい。気持ち悪い。 これも、ヒトだからこそ。 わからないから、わかりあえる。 わかろうとする。 だから、ヒトなのだ。 だが、大丈夫なのか? 今から...できるのか? 光が灯り、彼女の姿が浮かび上がった。 「心配ないですよ、先生。 全ての生命には、復元しようとする力がある。 生きていこうとする心がある。 生きていこうとさえ思えば、何処だって天国になりますわ。 だって、生きているんですもの」 そう、そうだな、ユイ君。 『ヒトは、生きていこうとする処にその存在がある』 それを忘れてはいけない。 そうだったな。 そして、それから、心の融合が始まった。 人類補完計画、その最終ステージだ。 人々の心が、私の中に流れ込んでくる。 私の心も、外に向かって流れ出した。 新しい世界。 18番目の使徒、リリン? 人類が一つになって? 私は...私はそれを拒絶した。 拒絶できた....と思う。 正直言って、自信は無い。 気がつくと、私はそこに立っていた。 LCLの湖のほとりに。 伊吹マヤの場合「先輩...先輩...先輩!」 私が目にしたモノ。 それは尊敬する先輩の姿でした。 奇麗で、優しくって、それで...あの...。 「マヤ、どうしたの?」 いつもの口調で私に話してくれる先輩。 ここは...どこ? 「ここは...私の中。 ATフィールドが消滅してヒトがヒトの形を失いつつあるの。 だから、私はあなたと一つになれたの」 ATフィールドが.....? 「そう。リリス...綾波レイの発するアンチATフィールドの効果。 これから人類は一つになるの」 一つに....、人類が? 私と....先輩も? 「そう。もうすぐ始まるわ。 さあ、マヤ。 こっちを見て」 先輩! 私はそこで見た。 碇司令と寝ている先輩の姿を。 憎しみ? 抱かれてるのに? レイを見つめる先輩の目を。 嫉妬? マギを操る先輩の心。 メルキオール...尊敬? バルタザール...羨望? カスパー.....嫉妬? 幼いレイの首を閉めているナオコさんの顔。 殺意? 司令とナオコさんのキス。それを見ている先輩。 嫌悪? 見てはいけないものを見ている気がした。 「目を背けないで。 これが、私の真実。 本当の赤木リツコよ」 ウソ!ウソ!ウソ!ウソ! 「汚れてる?不潔? そうかもしれないわね。 でも、これが、真実の私」 違う!違う!違う!違う! 「違わないわ! 逃げちゃダメ。 ヒトの心を良く見つめなさい」 イヤ!イヤ!イヤ!イヤ! 「マヤ、あなたも人間なのよ。 隠そうとしちゃだめ。 総てを受け入れるのよ。 綺麗ごとだけではヒトは生きていけないわ。 あなただってそうでしょ。 あなたのお父さんも、お母さんも、 お祖父さんも、お祖母さんも、みんな、みんなそうなのよ。 だからあなたは生きているのよ。 ヒトとして。 素直になりなさい。 総てを受け入れなさい。 そしてその中から見つけるのよ。 素晴らしいモノを。 泥にまみれても輝きを失わないモノを」 何? ミサトさん。 友情? 加持さん。 信頼? ...私。 愛情! 「それだけ?」 いえ、まだ...ある...何か...。 碇司令.....愛! ナオコさん...愛! レイ.....母性...愛? 「よくわかったわね、マヤ」 先輩は、私に優しく微笑んでくれた。 「もう大丈夫ね」 ハイ、先輩。 わたしは応えた。 先輩にだけ見せるとっておきの笑顔を向けて。 そして、それから、心の融合が始まった。 人類補完計画、その最終ステージ。 人々の心が、私の中に流れ込んでくる。 私の心も、外に向かって流れ出した。 新しい世界。汚れ無き世界。 だけど....。 これは、ヒトじゃない。 ヒトは汚れてもいいんだ。 心の輝きを失わなければ。 いえ、それも...少し違う。 それは汚れて見えるだけ。 そう、汚れは関係無い。 心の輝き...それがヒトなのよ。 違う。 この世界は、違う。 私は...私はそれを拒絶した。 拒絶できた....と思う。 あまり自信は無いけれど。 気がつくと、私はそこに立っていた。 LCLの湖のほとりに。 日向マコト場合「葛城三佐.....」 僕が目にしたモノ。 それは密かな感情をいだく上司の姿だった。 「ミサト...さん?」 思い切って、口に出した。 彼女を名前で呼ぶのは、これが、二度目。 「日向君。 ゴメンなさい。 こんなことに巻き込んでしまって」 「何を言うんですか。 いいんですよ、僕は。 ...あなたと一緒なら」 それは、僕の本心。 嘘偽らざる真実の想い。 「なら、なおさら謝らないとね。 ゴメンなさい。 悪いけど、アナタの気持ちに応えられないの...私は。 利用するだけ利用して...ズルい女ね。 「それでも、いいんです。 僕は...満足です」 それも、僕の本心。 かなえられない願い。 でも、それで...いい。 彼女が幸せならば...。 「私、どうしてもアイツの事、忘れられないの。 失くしてから、気付いたの。 アイツの事、こんなにも、愛していたんだって。 いつもそうなの。 いつも失くしてから気付くの。 バカな女ね」 「ミサトさん...」 僕は...情けなかった。 自分が。 彼女に対し、何一つできない自分が。 僕では...ダメだった。 彼女を支えることは...できなかった。 加持さん...。 あなたは凄い人だったんですね。 「ってメソメソしてても始まらないわね。 待っていても扉は開いてくれないわ。 電話がかかって来ないなら、こっちからかけてやらないとね」 「ミサトさん!?」 そこにいたのは、いつもの葛城三佐だった。 元気で明るい作戦部長。僕の上司だ。 ちょっちガサつでズボラなとこもあるけどね。 ああ、いい加減で、無謀。これも忘れてはいけないな。 「なんか言った?」 「えっ?」 「全部聞こえてんのよ。あなたの思った事。 えん、日向二尉殿」 「えっ、えっ?」 「ATフィールドが弱くなって、個体がその姿を保てなくなりつつあるの。 っと、時間があまり無いわね。 要するに、サードインパクトよ」 「サードインパクト...。 やっぱり。もう始まったんだ」 「いいえ、まだよ。 もう少し時間があるわ。 だからこうして様子を見にきたの」 「えっ」 「恋人にはなってあげられないけれど.... 可愛い可愛い部下だもんね。 誇りを持ちなさい。 あなたは私の四番目に大切な男なんだから」 「はぁ」 四番目か。 一番は加持さんとして、二番目は....シンジ君...かな? 三番めは...誰なんだ? 「お父さんよ、お父さん」 ああ、そうか。 ミサトさん、って実はファザコンだったんですね。 「うっさいわね。結構気にしてんだから、言わないでよ」 おまけに、シンジ君。ショタコンもですか。 「うっさい! ...なんてね。 バカやってられるのもこれが最後、かしら」 ミサトさん....。 「いい、日向君。 チャンスは一度しかないわ。 しっかりやるのよ」 何を? 「心の中をじっと見つめて。 そこに何かがある筈よ」 心の底...? 何か....? 「大切なものが....。 忘れてはならない何かが....」 何か...あった。 暖かい...気持ちいい...何か。 何だ、これ。 何ですか、ミサトさん。 「私には教えることはできないわ。 あなたがそれを見つけるの。 いい、それを、大事にしてね。 忘れないで。 そうすれば....」 後半は聞いていなかった。 それに夢中だったからだ。 それは、心の中ではじけて、小さな珠になって拡がった。 これは....思い出。 僕の....想い。 父さん、母さん。兄貴、亜由美....。 先生、クラスメート、近所の子...。 シゲル、マヤちゃん、チルドレン、ミサトさん、加持さん、ネルフの仲間...。 そして、小さな淡い光のきれいな珠。 これは...えーっと...エミちゃんか...。 これは...僕の想い。 そして...僕への想い。 僕が与えた愛情。 僕が受けた愛情。 なんとなく、そうわかった。 「どう、そっちの様子は」 「あ、リツコ。 早かったわね。もういいの、マヤのほうは」 「ええ。もう大丈夫よ、あの子なら」 「こっちもね、ホラ。 これならもうOKね」 「そのようね」 「ねえ、青葉君は?」 「もうだめね。時間が無いもの。 彼には自力で頑張ってもらうしかないわ」 「そう....」 そして彼女は僕のほうを振り返った。 「じゃあね。その想い、しっかり育てんのよ〜ん」 「何言ってるのよ。あおってどうするの」 「あら、私は彼のためを思ってねぇ...ちょっと、リツコ。 放しなさい、放しなさいってば....」 そういって、二人は消えていった。 やっぱりこの二人。親友なんだな。 俺と青葉は、どうかな。 五年後...十年後は...。 だめだな。想像できないか。 あいつ、50になっても髪伸ばしたまんまかな? そして、それから、心の融合が始まった。 人類補完計画、その最終ステージだ。 人々の心が、僕の中に流れ込んでくる。 僕の心も、外に向かって流れ出した。 新しい世界。 いいのか、マコト? これが僕の望む世界なのか? 違う。 何か、違う。 これじゃいけない。 この珠を守らなきゃ。 大切にしなきゃ。 この光は、僕の想い、なんだから。 僕への想い、なんだから。 僕は...僕はそれを拒絶した。 拒絶できた....と思う。 正直言って、自信は無い。 気がつくと、僕はそこに立っていた。 LCLの湖のほとりに。 青葉シゲルの場合「はぁ、はぁ、はぁあああーーー」 俺が目にしたモノ。 綾波レイ。 いつも一人でいた少女。 独りぼっちの少女。 その中には....俺がいた。 「あなた誰?」 それは、俺に語りかけてきた。 「青葉...シゲル」 「これは何?」 「これは...俺。俺の身体」 「これは何?」 「これは...俺。俺の心。俺の魂」 「そう。寂しいのね」 「寂しい?」 「そう。一人でいるのがつらいのね」 「つらい?」 「だから、まぎらわす。 ヒトと交わって、一人じゃないと思いたいから」 そう、そうかもしれない。 「寂しいでしょ」 そう、そうかもしれない。 「つらいでしょ」 そう、そうかもしれない。 「一つになりたい?」 えっ。 「心も身体も一つになりたい?」 そうか....。 君も....同じなんだね、レイ。 君も....寂しかったんだ。 君も....つらかったんだ。 一人でいるのが。 俺と同じか....。 愛が...欲しかったんだね。 頭の中を、思い出がよぎる。 「このバカ息子が!とっとと出て行け!」 オヤジ...。あんな奴でもオヤジはオヤジだ。 叱ってくれたのは...結局この一回だけだった。 俺は中学卒業と同時に家を出た。 「フン。だからいやしい女の子供は....」 ノリヨさん。 やめろ。そんな目で、俺と母さんを見るな! 妾の子?うるさい。あっちいけ! 「アンタ。結構イイ線いってるよ」 最初の女性。バイト先のパブのママ。 貧乏学生の俺を拾ってくれた、優しい、悲しいヒト。 大学の入学金まで貸してくれた。 「シゲルさん...」 メイドのハルナ。俺の初恋の女性。 彼女は、今、どこでどうしてるのか。 駆け落ちしようとして、それが見つかって...。 「シゲル君」 あれっ?誰だっけ。そうだ、半年ほど同棲していたっけ、大学時代に。 名前は...たしか...ユキ。 いつも寂しそうにしてるって?俺が? 「シゲル」 マコト...。お坊ちゃん育ちの苦労知らず。 だが、いい奴。憎めない奴だ。 おれは羨ましかったんだぜ。その真っ直ぐな性格が。 「シゲル...。幸せにね....」 母さん...。 いっちゃいやだ、母さん。 死なないで、母さん。 そう....。 ヒトは同じなんだ。 ヒトは寂しいんだ。 ヒトはつらいんだ。 一人でいるのが。 一人でいるから。 俺は、レイに手をのばした。 そしてそっと優しく抱いてあげた。 「暖かい」 これが、ヒトなんだよ。 レイ。 君も、わかっているんだろ、レイ。 だから、ヒトなんだ。 満たされないから。 満たされたいから。 だから、交じりあうんだ。 だから、交じりあえるんだ。 今までは、わからなかった。 今は、わかる。いや、わかった気がする。 それが、ヒトなんだ。 そして、それから、心の融合が始まった。 人類補完計画、その最終ステージだ。 人々の心が、俺の中に流れ込んでくる。 俺の心も、外に向かって流れ出した。 新しい世界。 だけど...何か違う。 言葉ではうまく言えない。 だけど...違う。 これは俺の求めているモノじゃない。 俺は...俺はそれを拒絶した。 拒絶できた....と思う。 自信は無いが、多分...。 気がつくと、俺はそこに立っていた。 LCLの湖のほとりに。 |