人の温かみを失えば、
その場所から動けなくなる事を、少年は知っている。
少年は、明日も歩くための何かを探している。
少女は、少年に与えるモノを探している。
もう一人の少女は、もう此処には居ない
少女、少年 <第十四話>
ベッドが軋む。
薄暗い部屋の中に、その音とシーツのこすれる音が響いている。
蛍光塗料の塗られたシンプルなアナログ時計の針が、12時を少し回った場所を指し示
している。
レイが切なげな表情を浮かべ、隠すことのない嬌声をあげている。
僕は一生懸命に腰を打ち付ける。
見えない何かが、僕たちを貪ろうとしている。
ちりちりと赤い空気が舞う。
やがてレイが体を大きく仰け反らす。
僕は構うことなくひたすらに行為を続ける。
甲高くレイの声が響く。
何事か懇願するレイを無視して、僕は果てることなくそれを続ける。
レイが爪を立てる。
その痛みさえも鈍い快感の様に感じる。
僕はさらにその行為を早く、そして強く繰り返す。
レイが首を大きく振り、酷く引きつった声で、淫猥な叫びをあげる。
僕は微かな優越感を感じながら、自らの終わりを求め彷徨い始める。
溶けるように二人の体液が混じり、それは生臭い霧のように立ちこめていく。
やがて僕は、レイを壊す恐怖を感じる。
自らが上り詰めれば上り詰めるほど、果てない欲火がレイを焼き尽くしていくような錯
覚に陥る。
そして僕が終わる。
際限なく放たれる体液、壊れて崩れるレイの抜け殻。
こぽっと音をさせて、僕は自らを引きずり出す。
収まりきらなかったそれが、やがてレイの中から溢れて、ゆっくりとこぼれ落ちてシー
ツのシミになった。
荒い息をつきながら、撲はレイに重なり合うようにベッドに倒れ込んだ。
レイは遠い目をしたまま、ぴくりとも動かないでいる。
寝てしまったのだろうか?
小さく揺れるジェット機の振動が、眠れなかった昨日の夜の分を与えたのだろう。
ここはどこだろう?
シンジ。
と小さく声に出す。
あの部屋。
あの懐かしい14の自分。
ミサトが居る。
大きな声で何事かを笑っている。
シンジが真っ赤な顔でうつむき加減に、何かを言い返している。
私が居る。
指をさす。
自信を顔いっぱいに浮かべて、シンジを怒鳴りつける。
ミサトがにんまりと笑いながら、今度は私に何か一言投げつける。
私の顔が真っ赤になる。
一生懸命何かを言葉にするが、その端々をミサトがつつく。
私がキッと目を見開いて、大声でシンジを怒鳴りつける。
ミサトが楽しそうに缶ビールをあおる。
音のない喧噪に、景色が融ける。
ベランダから夕焼けが見える。
私が立ってる。
シンジが私に声をかける。
夕食がテーブルに並んでいる。
いい匂いがする。
ペンペンが魚をくわえて走っている。
ミサトが嬉しそうに缶ビールをあおる。
シンジが優しく私に声をかける。
私は心にもない事を口にする。
シンジが困った顔をする。
とても食事がおいしい。
ミサトが私をからかう。
私とシンジは顔を真っ赤にしてうつむく。
シンジが、言い訳をする。
暖かいミサトの笑い声が響く。
光が緩やかな波になってはじける。
ヒカリが居る。
鈴原が居る。
相田が居る。
マヤが居る。
青葉が居る。
日向が居る。
指令が居る。
副指令が居る。
赤城博士が居る。
ミサトが居る。
加持さんが居る。
シンジが居る。
そして、ファーストが居る。
皆が私を見ている。
語りかけるように、皆が笑う。
私が泣く。
何故だろう。
何故泣くのだろう?
暗闇に私が居る。
シンジがベットで体を起こす。
ふるえる私をシンジが抱く。
何度も何度も泣く。
私の言葉が自分自身を切り付ける。
シンジの肌が切れる。
私が叫ぶ。
シンジが微笑む。
血が伝う。
二人を、赤い色が覆う。
泣く。
ずっと、ずっと、泣く。
誰かが私に声をかける。
搭乗員の女性が、私に毛布を手渡した。
買い物袋が、ゆっくりとした足並みに同調して揺れる。
暖かい風が頬を伝う。
夕闇にとけ込もうとする街の色は、朱から蒼へと移り変わる。
一人で歩くこの街は何時も不安で、何時も何もない空虚な自分自身を思い起こさせる。
その痛みが心に響くと、得も言われぬ不安がゆっくりと足下にからまりつく。
横断歩道を渡るために階段を登ろうとすると、セピア色の儚い夢が目の前で弾ける。
小さな驚きが言葉になって零れるが、それは街の喧噪が飲み込んでいく。
幼く苦い思い出は、突然始まる。
そして、ゆっくりと目をつぶれば、それは一瞬で消えて無くなる。
まるで自分のようだ、と思う。
横断歩道を越えて近道をするために小さな路地に入る。
誰も居ない世界へと歩を進めると、小さくなっていく大通りの喧噪が遙か遠くに感じる。
その世界が零す赤茶けて煤けた空気だけが、くるぶしの当たりまで積み重なるように淀
みを作っている。
これも自分なのだ、と思う。
顔を上げると、眩暈がするほどの過去の欠片が舞う。
それは体中の至る所に絡みつき、私の動きを奪い去ろうとする。
果てしない後悔と懺悔の中に身を浸すと、遙か遠くに感じた自分自身との距離が詰まる。
私は誰、と後ろからやってくる自分が私の背に問う。
私は振り向かず足早に路地を抜けていく。
私の気配が私を追ってくる。
この小さな私は誰?
何を恐れているの?
代わりは最後まで代わりなの?
言わないで、
言葉にしないで、
何も見せないで、
音のない絶叫が腐食したコンクリートに弾けて、自分自身を打ち付ける。
数多の願いをそぎ落とすように、見え隠れする現実が私を叩く。
そして私を追い越すように、赤茶けた私の影が走り抜けていく。
この道を抜けると、私には彼が待っている。