<碇家、夜> 静かな夜だった。 音をたてることが罪なのではないかと思えるくらいに・・・。 碇家のペットである、温泉ペンギンのペンペンが、欠伸をしながら自分のベッドである冷蔵庫に入っていった。途中、1人の同居人とすれ違い、怪訝な眼差しをするが眠かったのかクワァと一声鳴くだけだった。 ミサトとリツコが仕事で松代に。そしてユイとキョウコ、ナオコ達は仕事があると言ってネルフ本部に。 よって碇家にいるのは、シンジとアスカ、そしておまけとしてペンペンのみ・・・。意外に思えるかもしれないが、シンジとアスカは2人だけで夜を過ごしたことが、これまで無かった。常に、ユイかキョウコ、もしくはミサト、リツコの目があったからだ。 それが今夜に限り、誰もいない。 つまり、ガード兼監視役でもあったミサトはもちろん、他人の目が全くない。 普段と違う雰囲気に2人はとまどう。 「シンジ・・・・」 2人だけの夕食の時の言葉少ななアスカを思いだし、眠れずにいたシンジの部屋に突然アスカがたずねてきたのは日付が変わっていくらもしない時刻だった。いつもの勝ち気な表情ではなく、愁いを帯びた辛そうな彼女は、胸に枕を抱いていた。突然の彼女の来訪と場の雰囲気に、シンジは驚きを隠せない。ただ呆然とした表情でアスカを見つめた。 ドクンと彼の心臓が音をたてる。 「・・・アスカ、一体どうしたの?」 「眠れないの」 それだけ言うとアスカは身を少し起こしただけのシンジの横にふわりと座った。アスカの髪の毛からシャンプーの香りがする・・・。 「ね、眠れないって・・・」 鼓動を悟られないように平静を取り戻そうとするシンジ。それが功をさっしないと見るやシンジはなおも何かを言おうとするが、それよりも早くアスカはシンジに抱きついた。 何も言わないで、今の私達に言葉は不要なの。 心の中でそう言いながら。 息をのんでシンジの動きが止まる。 海の底のような静寂の中、月だけが2人を見ていた。 「シンジ・・・」 「アスカ・・・」 暗闇の中、見つめ合う2人の目だけがキラキラと光を放つ。 そして2人はお互いの名前を呼び合い、情熱的に抱きしめ会い、キスをした後、ゆっくりとベッドに倒れ込んだ。 そして、2人の影が一つに ーーーーー な〜んてこのお話でなってるわけがなかった。 「あぁ〜、いい湯だったなって、どうしたんだアスカは?」 「あ、加持さん早かったですね」 「まあな、それはそうとアスカは?」 湯気をあげながら、さっぱりした表情でリビングに入ってきた加持が、気味悪そうにそう言った。加持を確認したシンジがちょっとだけ目を見張る。意外に浴衣が似合っていたからだ。 もっとも、加持はシンジからそんな風に思われているとも知らず、ただ目の前で不気味なうなり声をあげて、レイとマナ、レイコ、ヒカリを睨み付けるアスカを見つめていた。 アスカの視線はさながら生き物全てを石にするメデューサの眼同然の眼光だったが、お泊まり会ゆえにいつもよりハイテンションのマナとレイコはま〜ったく気にしていなかった。何しろ猿ぐつわを噛ませた上で、布団で簀巻きにされていたからだ。 現役女子中学生の実体を目に、加持の浴衣が少しずるりと垂れ下がる。 「ほっほ〜ぅ、『わ、私・・・初めてだから優しくして・・・』か。アスカって意外とロマンティックなのね〜」 「アスカさんって・・・」 「・・・・これじゃ駄目。捻りがないわ。どこかで見たことあるもの。メジャーは無理。クスクス」 「アスカ、不潔よ!不潔だわ!保護者がいないからってこんな事!!私達、まだ中学生なのよ!!」 顔を両手で覆ってイヤンイヤンする湯上がりのイインチョ。ちなみに女の子達は全員湯上がりだ。ちょっぴり頬が火照って、いつもより大人っぽい。シンジやケンスケ達が一瞬見とれて、ハッとしながら目を逸らすくらいに。 それもみんな簀巻きのアスカによって台無しだったけど。 「ううがぁ〜〜〜〜〜〜!!!(勝手に人の未来日記を読むなあ〜〜〜〜!!!あんた達、マジで殺すわよぉ!!!)」 「はっは〜ん、聞こえません事よ。 アスカもこんな面白い物、無造作に机の上に放り出しておくからいけないんじゃない」 レイコの嘲笑に、マナとレイがうんうん頷く。 今の彼女達には、アスカの唸りは心地よいBGM。 この後のことを考えると、ちょっと涼しくなるが暑いからちょうど良いわ。 ちょっといじめっ子モードになっているみたいだが、普段アスカとケンカしていつも負けている仕返しなのだろうか?ともあれ、レイコはアスカの反応にますます嬉しそうな顔をしながら、日記を声を出しながら読みふけった。 「ふむふむ『そしてシンジは感動に目を輝かせ・・・』・・・・ここまで来るとファンタジー小説なみに現実感無いわね」 「マナちゃんナイスな例えよ!うんうん・・・・・・アスカって・・・にやり」 「うがぁ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!(現実感無くて悪かったわね、マナぁっ!!!レイコぉっ、何よそのにやり笑いわぁあああああっ!!!!)」 シンジはどうやら自分が主演らしいラブラブかゆいかゆい小説に絶句していたが、やれやれと肩をすくめながら加持を見た。 「気にしない方が良いですよ・・・。 なんでも、妄想日記とかをマナに見つけられたとかで。 今それの朗読会をしていたんです」 「そ、そうか・・・(か、変わったなアスカ)」 自分がドイツで一緒にいた少女は、いつも張りつめ心の底から笑ったり怒ったりといった、感情を爆発させる行為をしなかった。それが今目の前で友人達と一緒に、なってこれ以上ないくらい感情を表に出している。 加持はアスカの姿に寂しさを感じたが、同時に肩の荷が下りていくのを感じていた。なんだか急に照明まで明るくなったように感じる。ひとしきり心の中で頷いた後、加持はシンジ達に向き直った。 いつの間にか枕投げを始めた美少女達とは対照的に、渋いというか何というか、テーブルトークRPGをしているシンジ達。ケイタをマスター(兼NPCの盗賊)に、僧侶のシンジ、戦士のムサシ、魔法使いのケンスケ、エルフのカヲルでダンジョン探検。 そう言えば、俺も昔よくやったなあ。 加持は年相応の少年らしいシンジ達の姿に、ふと懐かしいものを感じたのかニヤリと男臭く笑った。このまま好きにさせてやりたいが、それではミサト達の代わりの保護者としてこの場に来た意味が全くない。 「あんまり夜更かししないようにな」 シンジがコクンと頷く。 明日は平日で学校に行く日だから、そろそろ寝ないと起きるのがきついかもしれない。 「はい。ってケンスケなんで1ゾロなんて振るんだよ?」 「ふふ、了解したよ。まったくだね、ゴブリン2体しか眠らないじゃないか。期待値は9だって言うのに」 「そうします。なんだよケンスケ、つかえねえなぁ」 「了解。って全部俺の所為なのかぁ!?」 「わかりましたぁ。もうちょっと眠ると思って多めに出したんだよねぇ。まずいかも」 加持の忠告に、シンジとカヲル、ケンスケ、ムサシ、ケイタが返事をした。
METAL BEAST NEON GENESIS
機獣新世紀 エヴァンゾイド 第4話Bパート 「Dream of sulky beast」
作者.アラン・スミシー
<松代> 松代の実験場地下深く。 国際組織だけあり、日本語、英語、ドイツ語と世界数カ国の言葉で様々なアナウンスが行われる、特別実験施設。たくさんの作業員達が、今現在が昼間であるかのように働いている。 作業員の1人が、チラと視線を上に上げてそれを見た。 全翼機で輸送されてきた野牛型ゾイド『カノンフォート』 そのアメリカバッファローに似た体躯を蒼い装甲で包み、骨が飛び出していると錯覚を起こしてしまいそうな、粒子砲の砲身が背中から顔を出していた。 そしてそのすぐ横でかすかな唸りをあげて目を光らせている『ディバイソン』 カノンフォートと同じく、野牛型ゾイド。 装備されている武器こそ、実体弾ばかりでATフィールドに対する攻撃能力は一歩劣っているが、カノンフォートを一回り上回る身体を持ち、その突撃能力はカノンフォートを超えている。そしてカノンフォートよりずっと前に起動したことで、ある程度の自意識を持ったゾイドでもある。自意識と言っても、外部からの刺激に少しばかり反応を返すだけで、普通に言う生物のような自意識とは異なっている。 ネルフが誇る突撃型ゾイド二体を前に、リツコがふうとため息をついた。艶を失った髪の毛と、目の下に浮かぶ隈が痛々しい。 朝からずっと作業を続け、ようやく明日の実験に間に合いそうなめどがついたのだが、その過酷な作業は確実に彼女から若さを削り取っていっていた。 「余計なお世話よ!!」 「おわぁっ!?い、いきなりどうしたのよリツコ? びっくりするじゃない」 いきなり真横で叫び声をあげた親友に、ミサトがビクッとしながら尋ねる。 目を剥いて叫ぶリツコの剣幕に心臓がバコバコいっていた。 彼女もよくわからないながらもリツコにつき合って今の今まで一緒にいたのだが、やはり潤いを無くした肌が痛々しい。 「ぃやかましいっ!!」 「あなたもどうしたのよ?」 「いや、なんか無性に腹が立ったって言うか」 砂糖に群がる蟻のように作業していた、一般作業員達の視線を一心に浴びて、さすがにばつが悪くなったのか2人はこそこそと通路の影に逃げ込んだ。これからする会話を、万に一つ、聞かれたくなかったという理由もあったが、 「作業は順調、これだと即実戦も可能だわ」 くわえたタバコに火をつけながらリツコがそう言った。疲れ切った瞳が揺れる。 「そう、それで?」 リツコが吐き出す煙を目で追いながらミサトが、気のない返事をした。そんなことを聞きたいわけではないからだ。リツコもその事は十分わかっていたが、あえてミサトにあわせなかった。そこまでする義理はない。 いつもそうだ。初めて会ったときからそうだった。 親友だが、いつもどこか線を引いていた。 そんなことを人事のように考えながら、煙を吸い込むリツコ。肺にたまった煙が無性にしみた。 「素っ気ないのね。この実験が上手くいけば、彼女は目覚めるわ。あんな偽りの記憶で呼び覚ましたわけでなくね。そしてこれを足がかりに他のゾイドもね。まあ、その為に彼女の記憶をいじったことが気に入らないのはわかるけど・・・」 ちょうどリツコの言葉が終わったとき、作業のステージが一段上がったのか、カノンフォートの目に光が灯った。作業員達の間から歓声が上がった。作業に一段落ついて、一休みするめどがついたからだ。 だがミサト達の気は晴れない。 まだ彼女達には仕事が残っているという理由もあるが、カノンフォートの目が恐ろしかったからだ。あの目はまるで・・・。 睨まれている?ミサトはふと、身震いしながらそう思った。目が光ったのは作業によるモノだとわかっていても、リツコの言葉に反応したように思えてならなかった。もともと、彼女はこの計画にあまり乗り気ではない。尤も、技術部門の人間でない彼女が反対したとしても、何がどう変わるわけではないけれど。 変わるわけではないけれど・・・。 でもミサトは思う。自分はあくまで反対するべきだったのではないかと・・・。 「ゾイドを十数体独占か。その気になれば世界を滅ぼせるわね」 「ゼーレみたいに?」 「リツコ、寒い冗談ね。私は世界の支配なんて面倒なことはしたくないわ」 まだお互い冗談を言う余裕はあるらしい。 リツコは紫煙を吐き出しながら、別の話題を口にした。 「それで、実験のことみんなに話したの?」 「実験が終わったらね」 「呆れた。・・・・・まあ、いいわ。その方が良いかもしれないし」 リツコはもう少し何か言いたそうだったが、半分眠そうな目になってジッと二体のゾイドを見るミサトに少し笑いかけただけだった。 <深夜・碇家> リビングに静かな寝息が響いていた。 さすがに、シンジの部屋に5人以上はきつい。と言うわけで、加持を含めた男どもリビングに布団を広げて寝ていた。始めのうちはくだらないことをわやくちゃ喋っていたが、そのうち、1人、また1人と眠りの精霊に捕まっていく。 ちなみに女の子達はレイ達の部屋である。 すでに話すことも尽き、静かな寝息だけが周囲を支配していた。 明かりが消された室内を、高く昇った月が照らしたとき、ゆっくりとシンジは目を開けた。 「・・・・・・加持さん、もう寝ましたか?」 「・・・いや、まだだ」 加持はかすかに身じろぎした。そしてシンジの言葉がよく聞こえるように、姿勢を変えた。シンジが言葉を続ける。彼が何を言いたいのかまるで予想はつかないが、真面目に聞かないといけないと判断したからだ。 無言で促す加持の背中に押されるように、シンジはぼそぼそと言葉を続ける。 「僕は、ここに来るまでずっと1人でした・・・」 「ああ、知ってる」 「でもここに来てから、僕は1人じゃなくなりました。母さんが、ミサトさんが、アスカが、綾波が、マナがカヲル君達が、みんながいてくれます」 1人足りなくなった事を思い出し、ほんの少し顔を歪ませるシンジ。彼から流れてくる雰囲気がわかったのだろう、加持は何も言わず背中でシンジの言葉を促した。心を落ち着けたシンジは数秒間の沈黙の後、再び語り始めた。 「僕は、初めて居場所を見つけた・・・・、そう思いました。だけど、結局・・・。 僕の力が足りなかったから、僕が弱かったから山岸さんはここを離れました」 「・・・・・・・・・」 「次は、アスカかも、綾波かもしれない・・・。いや、今度は死んじゃうかもしれない・・・」 「そんなことないさ。君は良くやってる。彼女のことは確かに不幸な出来事だったが、結局の所彼女は死んだワケじゃない。いつでも、会おうと思えば会えるんだ。 もっと自分に自信を持った方が良いぞ」 「そんなこと・・・・」 シンジはいつの間にか間接が白くなるまで掛け布団の端を握りしめていた。脳裏に浮かぶのは楽しかったことと、その楽しかったことが崩壊していく悪夢。幸せを知ってしまったシンジは、それを失うことが一番恐ろしかったのかもしれない。 かつて自分もそうだったことを思い出し、加持は心の中でため息をついた。 (なんて言ってやるか・・・) ミサト達に頼りになるお兄さんとして悩み事を聞いてやってくれと頼まれたとは言え、少しばかり割に合わない。加持はシンジの言葉にそう思った。もっと脳天気に過ごしているように見えるケンスケ達だって、この分だと相当深いところで悩んでいるだろう。なまじそれが分かるだけに、加持はこれからの作業を思ってちょっとげんなりとした。 (・・・・よし、吉と出るか凶と出るか・・・) 方針が決まった。と言うか決めた。 心の中でニヤリと笑いながら、加持はまじめな顔をする。暗闇だから見えるワケじゃないが、まあ気分の問題だ。 もちろん考えている内容は全然真面目じゃない。どうも悪巧みというか何というか、内面がフィアンセと似てきている加持であった。 「アスカのことをどう思う?」 「騒がしいけど、いないと寂しい・・・っていきなり何聞いてるんですか?」 加持の質問があんまりにも真面目な声だったからか、つい本心を言ってしまい、直後正気になって赤面して声を出してしまうシンジ。まあ確かにどう思うと聞かれたからどうだといえるわけがないが。 ともかく叫んだ後、自分の声が思ったより大きかったことにシンジは肝を冷やした。右に左にきょろきょろしながらケンスケ達が目を覚ますんじゃないかと、声を低くしながら加持ににじり寄る。これ以上加持に変なことを言われないように、もとい墓穴を掘ってしまってそれをケンスケ達に聞かれないように。 だがシンジ、今更遅いぞ! ケンスケ達はしっかり寝たふりだ! こんな時に寝てたまるかっ!!! シンジが近寄ってくる衣擦れの音と、ケンスケ達の気配が変わったことに加持はニヤリと笑いながら、シンジに向き直った。すでに悪巧み完了。当方に迎撃の用意あり!である。 「レイは・・・どうだ?」 「いや、どうだって言われても・・・・」 「嫌いか?」 「いえそんなこと・・・」 「マナは?こう言っては何だが、かなりダメっぽいがいい子だと思うぞ」 「ええ、天然って奴ですよね。かなりダメだと思います。可愛いけど・・・。ってそうじゃなくて」 丸め込まれるシンジ。 考えてみれば、今までこういう話をする相手がいなかったからかシンジは思いの外饒舌になっているようにも見える。 「ヒカリちゃんもかなり良い線行ってると思うが」 「・・・・・・そうですね、家庭的で優しくてよく気がついて。でもアスカが言うには男の趣味最悪らしいですけど。妄想癖もあるようだし」 「レイコちゃんなんか、暇さえあればいつも君にべったりだろう?」 「まあ・・・。こう、背中に飛びついて来るんですけど、その時胸を押しつけてきて、そのなんて言うか」 シンジの赤面しながらの告白(自爆とも言う)に、加持は男臭い、兄貴ぃ!な笑いを浮かべた。 「これだけの美少女達に囲まれた今の生活、君は何が不満なんだ?」 「不満なんてそんな。ちょっと視線をかえればキョウコさんやミサトさんやリツコさんやマヤさん・・・山岸さんがいなくなったのは惜しいけど、ってあの加持さん?」 本音を言うシンジに加持は心の中で頷いた。結果がどうなるか想像すると寒くなるが、とりあえずシンジを元気づけることはできたようだ。後は何をどうするにせよ、シンジの問題だ。 「(俺の後を継ぐ素質充分だ。でもミサトとリッちゃんは俺のだぞ)みんなを守りたいんだろう?」 「はい・・・」 「はじめに言っておくがそれは傲慢な思いだ」 「傲慢・・・ですか」 「1人の人間にできる事なんて、そんなに多くない。例え異能な力を持っていたとしてもだ」 加持の言葉をただ黙って聞くシンジ。言いたいことは色々あったが、黙って他人の言うことを聞くのが彼の処世術。加持は少し間をおいた後、言葉を続ける。 「君はもっと他人に頼っても良いんじゃないかな。 そんなにみんなのことを信じられないのかい?」 「信じるとか信じないとか、そんなのじゃなくて・・・」 「君はそう言うがな、何のための仲間なんだい?」 一瞬、動きが止まった。 仲間。 友達と言い換えてみても良いだろう。 シンジが今まで求めて止まなかったモノ。 加持の言葉を聞いて、シンジは今頃になって気がついた。 自分が一番欲しかった人の温もりは、もう手に入れていたことを。 命を投げ捨てるようにがむしゃらにならなくても、自分のすぐ側にあることを。 変わったようでいて、その実、自分の心はトウジに殴られたときとあまり変わっていなかったことに今更ながら気がついていた。そしてそれがどんなにトウジ達を、仲間の期待を、心を裏切る行動だったかを。 (そう・・・か。もう僕は手に入れていたんだ。それに気がつかなかったから・・・) まだ迷いや不安はあったが、シンジの目の奥深くには、強い意志の光が宿っていた。 まだ不安な部分はあるが、こんな所か。 加持はシンジを前にそう判断した。 「(仕上げだな)最後に人生の先輩として一言言っておこう。 彼女というのは、遥か彼方の女と書く、女性は向こう岸の存在だよ」 「向こう岸・・・。あのそれが今までの話と何の関係があるんですか?」 「直にわかるさ。とにかく男が女の事を、いや人が他人を理解するなんて決してできない。 ・・・だから面白いんだな人生は」 シンジの目には、加持の背中がなんだか大きく見えた。彼はその背中に兄を見たのかもしれない。 <次の日> 昼休みになっても、トウジはいなかった。 昨日、突然の早退以来姿が見えない。 「まだ来てないよね、アスカ」 トウジの姿を探し、きょろきょろしていたヒカリだったが、さすがに諦めたのだろう。肩を傍目から見てもがっくり落としながら机に腰掛けてぼうっと遠くを見ているアスカの所に近づいていった。 足音に気がついたアスカがヒカリに身体ごと向き直って、その目を見る。 見据えられてヒカリの動きがぴくんと止まった。 「鈴原がいなくて残念だったわね」 うぶな反応を見せるヒカリを前に、意地悪アスカはそう言って冷やかしてやろうかと一瞬思ったが、そこまでしたらやりすぎて泣いちゃうかもしれない。そう思い直して曖昧な笑いを浮かべた。悪になりきれないいじめっ子アスカちゃん。 何しろ人のことをからかえる立場じゃないし。 「そうみたいね。最近ママ達が何かしているみたいだし、それ絡みのことなら今日は来ないかも」 「今日こそはと思ったのに・・・。食べる?」 ヒカリはそうよねえと相槌を打ちながら、弁当箱をアスカに渡した。 昨日お泊まり会の時、無責任に応援するアスカ達の後押し(不幸の種)で遂に作って持ってきた彼女の愛情一杯のお弁当である。 ヒカリはごく当たり前に捨てるのはもったいなさ過ぎると思ったからだが、食えと突きつけられたアスカはそのあまりの大きさに微妙な引きつりを顔に浮かべていた。 (ヒカリ・・・あなた私をなんだと思ってるの?食べられるわけないでしょ、こんなポリバケツサイズ) アスカ達がマナとレイ達を交えて、お話中になった頃・・・。 シンジとケンスケ、ムサシとケイタ達が屋上の柵にもたれてぼんやりと遠くのビル群とその背後の山を眺めていた。一言もなく無言で時を過ごす彼らの頭の上で、飛行機が青空を切り裂いていた。 そのまま彼らは石像になるまで身動き一つしないのではないかと思われたが、昼休みも半ば以上過ぎた時、ケンスケが力無く喋り始めた。 「D4と愉快な仲間達って、もう日本に到着したんだろ?」 「昨日着いたみたいだね〜」 影が薄いという特長を生かして、ネルフ内部の噂を集めていたケイタが応えた。・・・・・やな特徴だな。 風が運んできたケイタの言葉に、ピクリとケンスケの耳が動く。 「最新鋭ゾイドか。誰が乗るのかな」 「さあ・・・」 「あんまり興味ないよ。僕乗るの下手だし」 「愉快な仲間達?」 シンジとケイタの返事にケンスケがちょっと考え込み、ムサシがなぜか唖然とした顔をしながら自分の疑問を口に出した。 「トウジのやつかな。今日休みだしな・・・」 「まさか・・・・・・と言いきれない。 そうかもね」 ケンスケの疑念を一言の元にうち消そうとしたシンジだったが、途中で言葉を反転させた。確かにトウジはこの所ネルフの特別任務とかで欠席や早引けが多い。普通に考えるならまず間違いなくなんらかの新型ゾイドのテストを手伝っている、翻ってそのゾイドのパイロットになると考えた方が普通である。 だが、なぜか心に引っかかる。 「おい、愉快な仲間達って何だ?その他のゾイドじゃないのか?カノンフォートとかガンブラスターとか・・・」 「うるさい、黙っててよ」 詰め寄ってきたムサシを一言で切り捨てると、シンジは考え込んだ。 トウジがパイロットに選ばれる。それはトウジもチルドレンなのだからおかしな事ではない。いや疑う自分の方こそおかしい。 では何が心に引っかかっているのか? (そう、魚の骨みたいに引っかかるこれは・・・・) トウジは彼の友人である。カヲルがいなかったら一番の友人、親友と言っても良い。 この疑念の理由は彼が何も話さないからだろうか? あるいは話せないのだろうか。 唐突にシンジの胸に浮かぶ過去の記憶。トウジが一番大事に思っている事物。 風が前髪をなぶりながら吹き去ったとき、シンジはとある事を思い出した。 (聞いたことがある。トウジの母親はゾイドに殺されたって・・・。そして妹さんも・・・) かつてトウジ自身から聞いたことが胸をよぎる。 彼自身パイロットであるが、彼はゾイドを憎んでいると言っても良いかもしれない。いや、間違いなく彼はゼーレゾイドもネルフのゾイドも憎んでいるだろう。もっともそれをおくびにも出したことはないから、シンジの杞憂かもしれないが。 そういうわけでトウジがシンジ達との会話の話題にゾイドのことを出さないのはおかしな事ではない。むしろおかしいのは・・・。 (母さん達? ・・・・そうだ。おかしいのは母さんだ。 なんでトウジが新型のパイロットに選ばれたことを、秘密にしておかないといけないんだ?) おかしいのは何もかも秘密なまま事を進める大人達の方だろう。 別にトウジがパイロットに選ばれた事をチルドレンであるシンジ達に話しても守秘義務には全く触れない。 同時に同じ考えに至ったのか、ケンスケとケイタもハッとした顔をする。 秘密でも何でもないことのはずなのにミサトも、リツコも、彼の母親さえも何も言おうとしない。加持は多少何かを知っているみたいだが、話してくれはしないだろう。何となく昨日の会話からそれがシンジ達には分かっていた。 既に中学生を戦いに巻き込んだことに深い嫌悪と罪悪感を感じ、どこか壊れているんじゃないかと思われるミサト達がシンジに話さない、話せないことがあるのだ。そしてそれにトウジが関係している。 そういえば、トウジの妹はどうなったのだろうか。最後にお見舞いにいってから随分経った。彼女はどうなったのだろう? 初めて見たときのトウジの妹、ヤヨイは寝たきりの病院生活のためかすっかりやせ細り、日に当たらないため真っ白になっていて、生きているのか死んでいるのかわからない状態だった。 そのはかなさに、シンジはトウジが妹の為なら命もかけると言った言葉の意味が分かったような気がしていた。 もしかしたら彼女にも関係あることかもしれない。彼の予感は滅多に当たったことはないが、今シンジの胸に浮かぶ予感は何があっても絶対に外れて欲しかった。いつの間にか震えて冷や汗を流すシンジに、ケンスケが心配そうに声をかけるが、それすらも耳に入らない。 トウジが最近全く笑わなくなったことと、妹のことを話題にしなくなったことを思い出しながら、シンジはミサト達が、おそらくトウジもいるであろう松代の方を見つめた。 暗い影が空をよぎる。 その時、風の匂いが変わったようにシンジは思った。 <松代> 「最終ステージ。いよいよだわ」 もつれるように目にかかる前髪をはらおうともせず、リツコはマイクに向かって話しかけた。映像こそ映っていないが、彼女の会話の相手は鈴原トウジその人である。 ちょっとした間の後、トウジの声がスピーカーから聞こえてきた。 『・・・・・起動させます』 その力のない、不安を隠せない声に端末やモニターが並ぶ特別指揮車にいた面々は次の言葉が出てこず、黙り込んでしまう。トウジは大人達の反応に気がついているのかいないのか、淡々と言葉を続けた。一刻も早く全てのことを終わらせたいと言うように。 「大丈夫なんでしょうね?今更ダメでしたでは済むまないのよ」 リツコ達技術者から少し離れたところで腕を組んでいたミサトが、恫喝するような厳しい声でリツコを詰問した。彼女の目にはリツコと・・・・トウジの乗るディバイソンの姿が映っていた。そしてディバイソンの横でかすかにうなり声をあげるカノンフォートの姿を。 次々と両ゾイド同士がケーブルで繋がれていくのを横目に、ため息をつきながらリツコが振り返った。 今更ミサトに言われるまでもない。 人の記憶を命をもてあそび、ここまで準備を進めてきたのだ。失敗があってはならないと言う思いが一番強いのはリツコなのだ。 「まかせて。今の彼女は記憶操作も解けて完全な心神喪失状態よ。つまり真っ白な紙。心がないと言っても良いわね。 そして・・・今までの実験から、そう言う状態の子にはゾイドからの精神汚染の影響がないことが確認されている。ただし起動ができても心を繋いでも動いたりしないけど」 「そんなことはここ数日の会議で散々聞かされたわ。私が言いたいのは、本当に鈴原君もヤヨイちゃんも無事なのかって事よ」 「・・・・・100%の保証はできないわ。ただ全て上手くいけばカノンフォートは彼女によって起動された後、ディバイソンの意志に反応してダミープラグで動作する。そしてその時の心理的接触によって彼女は意識を取り戻すはずよ。刷り込まれたニセの記憶によらずね」 「成功の確率は?それに鈴原君に影響を与える確率も。 リツコ、あなた遂に今日になっても確率を応えてくれなかったわね」 ミサトの棘のある言葉に、リツコは一瞬つまり白衣を翻しながらミサトを睨んだ。ミサトもその眼をにらみ返す。 痛いほどの緊張感が特別指揮車に充満した。 「そうね。でもあなたも最終的にはこの計画に賛成したはずよ。ダミープラグ計画に」 リツコの言葉にミサトは凍った。 (そう、私は賛成した。父さんの敵をとる力が増えるのなら、それにこしたことはないから) 彼女の心を焼く復讐心が、この年端もいかない新たな子供に人殺しという業を背負わせるかもしれない計画に賛同させた。それはどんなに取り繕とうとしても誤魔化しようのない真実。 (・・・・今更。外道になったら、とことんまで堕ちるってだけよ) 「私は私の知らないところで勝手なことをされたくないだけ。上手くいけばみんな喜ぶってのなら、反対する理由はないわ」 フンと鼻で笑った後、リツコはすぐ隣の席に座っておろおろしていたオペレーターに視線を向けた。冷徹な視線にそのオペレーターはすくみ上がる。 「フェイズ1開始。急いで」 数分後、ディバイソンに続きカノンフォートにエントリープラグが挿入された。同時に特別指揮車からの外部操作によって中のパイロットと強制的にシンクロが行われた。 オペレーターが震える指でゆっくりと実行キーを押す。 誰かがゴクリとつばを飲み込む音がやたらと大きく聞こえた。 一瞬、時が止まったように世界が静まり返った。 ミサトもリツコも声を出さない。 『・・・・カノンフォート起動』 報告担当のオペレーターの言葉に、一同の方からほっと力が抜けていった。 とりあえず第1段階までは成功したと言えるからだ。 『パイロット様態に変化無し。シンクロ率・・・・21%』 「問題ないわ。それだけあれば充分にカノンフォートを操れる。 鈴原君、打ち合わせ通りあなたの意志を伝えるわ。落ち着いてゆっくりと呼びかけて」 『あいつは無事なんですか?』 リツコの言葉にトウジが質問を返した。 予想したとおりの彼の質問に、リツコはかすかに笑いながら応えた。 「大丈夫よ。眠れる森のお姫様はすこぶる元気よ。 さあ、あなたは安心してカノンフォートを動かして。 ヤヨイちゃんに呼びかけるのよ」 LCLの中、トウジはコクンと頷いた。 モニターに映るカノンフォートの目を見つめながらゆっくりと意識を集中させていく。 まずは自身のイメージをディバイソンと重ね、次いでディバイソンを経由しながら自分の魂がカノンフォートに伝って行くところを想像する。 (ヤヨイ・・・目を覚ますんや) そして妹の名前を呼びながら、彼女が目を覚ますことを一心に祈り続けた。 夕焼けの光の中、リノリウムの床の上をトウジは歩いていた。 横にはしっかりと彼の手を掴む、小柄な人影。 少しバランスが取りにくいのか、危なっかしい歩きからだったが、その人影はトウジにくっつくようにして一生懸命歩いていた。 その人影が何かを話しかける。 トウジは笑って応える。 また、人影が話しかける。 またトウジは笑って応える。 見るものを和ませる幸せな光景。 事実、看護婦達はようやく訪れたこの平和な光景に、目を細め、あるいは目頭を拭っている。 トウジが願って止まない事。 再び妹が笑い、歩き、彼の友達や彼女自身の友達達と一緒に遊ぶ姿。 彼はその光景を見るためなら、妹が幸せになってくれるのなら自分の幸せになる権利を全て放棄する覚悟だった。 その為にネルフに入ってチルドレンになった。 他の候補者達が様々な理由で脱落していく中、彼は必死にしがみついて耐えた。 妹の治療のため、そして何より復讐のために。 (ヤヨイ・・・・。おまえのためなら兄ちゃんは何だってしたる) トウジの想いが極限まで高まったその時。 ドクンと何かが脈打った。 『目を覚まさせて欲しいか?』 (な、なんや!?なんやここは!?) ハッと気がついたとき、トウジは何もない無の空間に浮かんでいた。 突然に自体に今まで自分が何をしていたかも忘れておたおたする彼の耳に、男なのか女のなのかわからない、不思議な声が聞こえてきた。 『答えろ。妹の目を覚まさせて欲しいか?』 (だ、誰や自分?ここはなんなんや?) 『自分? ・・・・おまえは鈴原トウジであろう?』 ちょっと戸惑ったような感じで声が返事をした。 トウジの顔にちょっとだけ縦線が入る。 (いや、そう言う意味やのうて。まあええ。ここはどこや?おまえは誰や?) 『ここは魂の座。わかりやすく言うなら魂のみが存在する世界。そして私は霧、霞の天使バルディエル』 (ようわからん。結局自分は何者や?) 『私が何かなどどうでも良いことだ。 それより最初の問いに答えろ。 妹の目を覚まさせて欲しいか?』 暗闇の中、トウジは目を見開いた。 今までどんな医者でも匙を投げた妹の病気。精神の崩壊。 だがこの声の存在はそれを治してくれると言う。 眉唾物の言葉だが、その言葉はまず間違いなく真実だろう。トウジはそう思った。 (ほんまに、妹の、ヤヨイの目を覚まさせられるんか?) 『天使は嘘をつかない。もとい、つけない』 (やったら・・・・・・・・頼む!あいつが目を覚まして幸せになれるのなら、ワイはどうなってもエエ!!だから・・・) 『よかろう、契約成立だ。おまえの妹の目を覚まさせてやる。それも今すぐに』 トクンと何かが脈打った瞬間、なぜか管制室のリツコ達の声が聞こえてきた。 「・・・・!?被験者の脳波に変化が現れました!」 「うまくいったの?まさか本当に上手くいくなんて・・・。 それで彼女の様態は?」 「現在の状況に戸惑って、パニック状態になっているようですが・・・。大丈夫、全て正常です。 彼女は完璧に目覚めています」 その言葉を聞いた瞬間、ぽろりと決して泣かないと決めたトウジの瞳から涙がこぼれた。 (おおきに、おおきに・・・) トウジの涙混じりの感謝の言葉。 それに対し謎の声の主、バルディエルは小馬鹿にするようにこう言った。 『代わりに、おまえの魂と鎧を貰うぞ。なに安心しろ。すぐにおまえの友と妹もそっちに行く』 突然のヤヨイの覚醒という事態に、少し混乱のあった特別指揮車内のリツコ達であったが、それよりも急に静かになったディバイソンに意識を奪われていた。ただならぬ雰囲気を漂わせるディバイソンを前に、カノンフォートからヤヨイを出す命令を出すこともできず、ただじっと禍々しい空気を噴き出す漆黒の魔牛に視線を向けていた。 「鈴原君、返事しなさい」 突然一切の通信を途絶したトウジに、リツコが震える声で呼びかける。 リツコの言葉にやはり沈黙を持って応えるトウジ。その場にいた全員の背中に熱くて同時に冷たい汗がだらだらと流れ出た。 「リツコ、どうなってるの? ヤヨイちゃんが目覚めて、鈴原君から連絡が途絶えた・・・これは何を意味しているの?」 「わからない、わからないのよ」 今まで聞いたことがないような親友の頼りない言葉に、ミサトが今まさに掴みかかろうとしたその時、オペレーターが叫び声をあげた。 『ディバイソン起動!』 一瞬のうちに神経接続率が、起動ボーダーラインを突破した。 ディバイソンの眼がゾイドの暴走状態を示す紅い光を放つ。 鼻から高温の蒸気を噴きだし、前足で地面を削るディバイソン。 警報が鳴った。 全ての数値が以上を示し、あるいは計測不可能と答えをはじき出していく。 「実験中止!回路切断!」 蒼い顔をしながらもリツコが叫んだ。 素早く目の前のボタンを叩くオペレーター。ゾイドコアを取り外し、代わりのエネルギーをディバイソンに供給していたアンビリカルケーブルが排除された。 背中の爆発に驚いたようにディバイソンが歯を剥き、身体に絡まるケーブルを引きちぎっていく。 「・・・体内に、高エネルギー反応!」 「まさか!」 止まらないといけないのに止まらず暴れ狂うディバイソンの姿を見て、リツコが最悪の考えに至って叫び声をあげた。考えられないことではない。相手がかつてエヴァと呼ばれる巨人に取り付いたのと同じ、細菌のように寄生タイプの存在だったら。 「使徒!?」 そのとうりだ。 そう言っているみたいにディバイソンの装甲の隙間から、のたうつ白いミミズのような触腕が幾本も飛び出した。 そして抜け落ちた臼歯の後から、肉食獣のそれのような乱杭歯を無数に飛び出させ、ディバイソンは絶叫した。いや、それは咆吼だった。 『ア・・・ア・・・・アォオオオォォォォォ!!!!』 そして辺りは真っ白な光に包まれた。 Cパートに続く |