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「分かったわ」
「浮かない顔ね」
「当たり前じゃない」
「そうは言っても・・・ねぇ」
「奇麗事は言うな・・・でしょ? 分かってるわ」
「今回の件に関しては、少なくとも望まれた事じゃないわ」
「あの子が望んでやったことなんて一つも無いわ」
「・・・・」
女はその部屋を出ると、使い慣れたと思われるオフィスに真っ先に入ると電話を取る。
その顔は真剣そのものである。
プルルルル・・・・
プルルルル・・・・
「はい」
「あ、シンちゃ〜ん?」
「ミサトさん?」
「そうよんっ」
「どうしたんですか?」
「ん〜、今日は仕事で日本に帰って来ててね」
「今、こっちなんですか?」
「そういう事〜」
「それならもっと早くに教えてくれれば良かったのに」
「あら〜・・・今日はお出かけ?」
「トウジとケンスケと映画にでも行こうかって」
「そう、夜は?」
「夜は帰ってきますけど・・・」
「なら、夜行くわん」
「は・・・い」
「よろしくねんっ」
「分かりました、夕飯何が良いですか?」
「ビール」
「それは夕飯じゃ無いですよ・・・それに中学生の一人暮らしの家に有ると思ってるんですか?」
「・・・買ってくわ・・・」
「そうしてください、アスカも呼んどきますね」
「ん、今日はアスカは抜きで・・・」
「どうしてです?」
「ん、ちょっちね〜」
「アスカ、呼びたくないんですか?」
「そういう事じゃ無いのよ、ちょっとシンジ君と二人で話がしたかっただけ」
「良く分からないけど・・・呼ばない方が良いんですね?」
「ま、今回はね」
「分かりました」
「じゃ、また夜にね」
「はい」
ミサトは溜息を一つ付くと、椅子にそり返って天井を睨む。
暫く考え込んだ後、もう一つ溜息を付くとゆっくり立ち上がり元居た部屋に歩き出す。
「シンジ君は捕まえたわ」
「そう」
「やっぱし、ちょっと怖いわね」
「何が?」
「確かめるのが・・・かな」
「まだ、そうと決まったわけじゃ無いのよ?」
「まあね」
「そう言えば、アスカは?」
「ん、今夜は会わないわ」
「また隠す気?」
「そ、アスカにはまだキツすぎるかなってね」
「そうやって大人の都合だけで隠し事するとロクな事にならないわよ?」
「でも、まだ決まったわけじゃ無いでしょ?」
「鈴原君がパイロットに選ばれた時も隠し通して後で散々だったじゃない」
「今回のはあの時の比じゃ無いわ」
「とはいえ・・・ねえ」
「結果が出たら、話すわよ」
「なら、良いけど・・・」
「ところで、加持君とは会えた?」
「今はそれ所じゃ無いでしょ?」
「生きてるのを知ってるって事は会ったって事ね」
「・・・まあね」
「ふふ、今度こそ大事にしてもらいなさい」
「うっさい!」
「しかし、一難去ってまた一難か」
「MAGIの予想は?」
「まだ出てないわ」
「何よそれ」
「ハッキリ言ってデータが少なすぎるのよ」
「に、しても、何か無いわけ?」
「ミサトらしく無いじゃない」
「何がよ」
「別に私は実力行使で、シンジ君を家から無理やり連れ出して検査しても良いわよ」
「・・・」
「ミサト風に言うと、ココロの問題かも知れないし、取りあえずミサトを呼んだんだけど」
「・・・ありがと」
「どういたしまして」
「ま、何か有るなら即刻調べないといけないけどね」
「そうね・・・」
「ま、今考えても仕方無いか、答えは明日の朝までに出すわ」
「ええ」
「ねえリツコ、一つ聞いていい?」
「何よ」
「Nervが軍事と医療と二つに割れたとき、何で軍事に来なかったの?」
「さあ、疲れたからかしらね」
「リツコらしく無いじゃない」
「ふふ、私もそろそろ落ち着きたいのかしらね」
「そう・・・」
「私にそんな資格は無いわよね・・・」
「古い友達として言っておくわ」
「何?」
「生きてる人全員に公平に幸せになる権利が有るのよ」
「・・・」
「いい加減自分の殻から出たらどう?」
「そうね・・・」
「きっかけが無いのも分かるけどね」
「・・・」
「良し! 今度飲みに行こう!」
「何を言い出すかと思ったら・・・」
「お洒落して、ドレス着て、飲みに行こっ」
「遠慮するわ、そんな年じゃ有るまいし」
「だ〜め、絶対連れてくから」
「やれやれ・・・」
その後もミサトとリツコは昔話に花を咲かせ、久しぶりに屈託の無い二人の笑顔がNervに響いた。
思えば、あの戦いが終わって始めての事かも知れなかった。
暫くの談笑の後、入り口のドアが開いたかと思った瞬間、もう一つの懐かしい声がする。
「あっ! ミサトさん!!」
「あら〜日向君、久しぶり〜」
「いつ帰ったんですか?」
「ん〜、さっきよん」
「そうですかー、ドイツでしたよね?」
「ええ、あの後ドイツは戒厳令が出たからね、出向してた」
「これからは日本ですか?」
「トンボ帰りよ」
「そうですかー・・・残念」
「まぁまぁ」
そう言って、ミサトはマコトの頭を撫でる。
「マコト君は今どこに?」
「B棟でシステム管理してます」
「そっか、B棟も原型を留めてないものね」
「でも、随分復旧しましたよ」
「頑張ってるんだ」
「当たり前ですよ、旧Nervのオペレータ達は凄腕揃いだって皆に言わせるんです」
「ははは、そう言えば青葉君は?」
「シゲルの奴は、今教官ですよ」
「教官!?」
「ええ、もう現場はコリゴリだって」
「何の教官を?」
「情報基礎理論です」
「へえ・・・先生ねえ・・・」
「それが、ヤバイんですよ・・・」
「何が?」
「んん・・・女癖が・・・」
「プッ・・・」
「加持君みたいになるわよ・・・きっと」
リツコが突っ込みを入れる
「そうそう、加持さんみたいな感じになってますね・・・」
「・・・」
「っと、済みません、加持さんの事は禁句ですよね・・・」
「ああ、良いの、良いの」
「でも・・・」
「日向君、加持君ね、生きてたの」
「本当ですか、リツコさん」
「ね、ミサト?」
「まぁね、まったくしぶといわ・・・」
「で、今加持さんはどこに?」
「ドイツよ」
「そうですか・・・やっぱりミサトさんと・・・」
「んー、ま、隠してもアレだし、言うけど、結婚することになってね」
「なにー!!!」
「あんた、昨日の今日でしょ・・・」
「にゃは・・・ま、善は急げって・・・ほら・・・」
「あなた達再会して1時間で結婚決めたの?」
「ま、そういう事・・・かな」
「あきれた・・・」
「だって、1時間しか時間無かったんだもん」
「そういう事じゃ無いっすよ・・・」
「・・・」
「でも、まあ、ミサトさんが幸せになれれば俺は良いです」
「ありがと」
「結婚式は?」
「しないんじゃないかな、意味無いし」
「そうですか、一度日本に二人で帰ってきてくださいよ」
「ま、暇が出来たらね」
「約束ですよ!」
「はい、はい」
「っと、油売ってるわけにもいかないので、報告して帰ります」
「ほい」
「B棟 東側の部分、クリーンルームへの改修終了しました」
「予定より早かったわね」
「これ、報告書です」
「はい、ご苦労様」
「では、失礼します」
「まったねん」
マコトはもう一度笑顔を見せると、敬礼して部屋を出て行った。
もう、この場所では敬礼をする者は誰一人居なくなっていた。
医療施設なので、当然と言えば当然だが昔とは人も大幅に変わっていて、文化も違う物になっていた。
マコトは昔を懐かしんで、敬礼したのだろう。
その後、ミサトは考えていた、何故マコトがここに来たのかを。
その辺の推理にかけては、もしかしたらMAGIよりも早く正確かも知れない・・・。
「リツコ」
「何?」
「何で教えてくれなかったわけ?」
「何を?」
「すっとぼけないの」
「・・・」
「へっへへ〜 当たり?」
「そんなんじゃ無いわ」
「じゃ、どんなのよ」
「別になんでも無いんだって」
「あっそ、へ〜、で、この電子化された世の中で 『わざわざ』 B棟から書類届けに来るわけ」
「・・・」
「ま、良いけどね〜 メールサーバー壊れちゃったのかしら〜」
ミサトの精神攻撃が始まる。
それに観念したのか、諦めたのか、リツコが口を開く。
「本当にそんなんじゃ無いって」
「嫌なの?」
「何が?」
「まだ、すっとぼけるの?」
「嫌じゃ無いんだけど・・・」
「じゃ、何よ、年上じゃなきゃ嫌?」
「自信・・・無いのよね」
「何の?」
「色々」
「まったく、飲みに行こうなんて言った私が馬鹿みたいだわ」
「ふぅ・・・」
「いい子よ、マコト君」
「良い子だけどね」
「恋愛はロジックじゃ無いんでしょ?」
「使うところ間違ってない?」
「まぁ、良いじゃないの、時間は有限なんだし効率よく使わないとね」
「また、滅茶苦茶な論理の展開ね」
「うっさいわねえ、友達として背中を押してあげてるんじゃないの」
「ま、なる様になるわ」
「なる様になったら、教えてね」
「あなたにだけは言いたく無いわ・・・」
「そう言わずにさ〜」
「そろそろ時間よ?」
「おっと、さて・・・と、行くか・・・」
「ここで、見てるわ」
「分かった」
「本当に、一人でいい?」
「ええ」
「じゃ、頑張って、何か有ったら電話するわ」
「分かった」
「はーい」
「やっほ〜」
「こんばんわ・・・」
「久しぶりね、シンジ君」
「は・・・い」
「元気だった?」
「はい、ミサトさんの方は?」
「ばっちり、元気だったわよ」
「と、取り合えず上がってください」
「お邪魔しま〜す」
ミサトがソファに座ると、シンジは用意しておいたツマミを出して来た。
「サンキュー」
「いえいえ、久しぶりですね、こういうの」
「とは言ってもねぇ、ビール買って来るの忘れちゃった」
「そうですか・・・ビール、無いですよ」
「ま、今日の所は我慢しますか」
「ミサトさん」
「なぁに?」
「アスカに会わずに、僕の所へ来る分けは何ですか?」
「え? あ、まあ、たまにはね」
「・・・」
「アスカとは明日会うわよ」
「そうですか」
「な〜に〜、久しぶりに会ったのに、嬉しく無いの?」
「いや、そ、、そんな事無いですよ」
その後二人は、夕飯を食べながら色々な事を話した。
実験の事、学校の事、ドイツの事、久しぶりに会った事も有ってあっという間に時間が流れる。
「さて、と、もう11時半か」
「今日はどうするんです?」
「ん、ここ泊まってって良い?」
「ええ、予備の布団出しますね」
「ありがと」
シンジは布団を敷きながら呟く。
「ふぁぁ・・・眠い・・・」
「やっぱし、リツコから睡眠薬貰って睡眠時間を調整したら?」
「んー、薬に頼るのって好きじゃ無いんだよな」
「ま、良いけど、今日は寝ましょ」
「じゃ、今日は寝ますね、お休みなさい」
「お休み〜」
先ほどシンジの部屋を見に行ったが熟睡している様子だった。
夜明けまで何も起こらずに過ぎて欲しいのか、
それとも、シンジの未知の姿を確認したいのか・・・。
プルルルル・・・・
プルルルル・・・・
リツコ・・・
「はい、もしもし」
「ミサト?」
「あ、、、アスカ!?」
「何でミサトがそこに居るのよ?」
「んー、ちょっち・・・ね」
「はぁ?」
「はは、シンジ君ならもう寝たわよ」
「アンタ、また何か変な事考えてるでしょ」
「何も考えて無いって」
「嘘」
「嘘じゃ無いわよ」
「今からそっち行くわ」
「って、アスカ、もう夜だし危ないわよ」
「どうせ、保安部が影に居るんでしょ? 平気よ」
「来た事黙ってて悪かったけど、何も無いから・・・」
「アンタのその慌て様、どう考えてもおかしいわ」
「慌てて無いって」
「とにかく、行くわ」
「駄目」
「どうせ、ロクでも無いことに違い無いわ、切るね」
「ア、アス・・・」
電話が切れたその直後、シンジの部屋のドアが開いた。
中からシンジが出てくるが、様子がおかしい。
フラフラと2歩、3歩歩いたかと思うと床に座り込んでしまった。
「くっ、こんな時に」
ミサトはすぐに電話を取ると、リツコへと電話をかける。
「リツコ、見てたでしょ」
「そう、アスカ捕獲して」
「今来られちゃマズイわ」
「分かった、よろしく」
「ええ、家にくぎ付けにしといて」
「どうせ、怪しいのはバレてるわ、構わないから」
「じゃ」
電話を切り、部屋の電気を付けると改めてシンジの異変が目に留まる。
まるで焦点が定まっていないシンジは、首を傾げたまま天井を見つめている。
話し掛けても反応は無く、肩を揺すっても、手を引っ張っても何も変化が無い。
突然目覚めた様に立ち上がったり、歩いたりはするもののミサトの姿はその視界に入って居ない様に一人フラフラと歩いてはまた座ってしまう。
何も見えていないのか、テーブルや椅子にぶつかってもお構いなしに歩いている。
食器棚へ向かいフラフラと歩いていくシンジを前から抱きついて止めようとする。
一瞬、前へ出ようとする力に押されるが、すぐにその場に崩れた。
うつ伏せになったシンジの頭を膝に抱えて座るミサト。
「シンジ君・・・」
シンジは仰向けになると、ミサトを視界に捕らえた様だ。
ミサトの手を探し、両手でミサトの右手を優しく包んだ。
シンジは初めて人と触れ合う様に、優しい目つきで両手で握ったミサトの手を見つめている。
「あ、リツコ?」
「うん、落ち着いてる」
「取り合えず、そっちに連れて行った方が良いかな」
「そうね、迎えよろしく」
携帯電話を切り、もう一度シンジの頭を左手で撫でるとシンジは静かに目を閉じた。
「シンジ君、何が起きているの・・・」