第11話「RIGING SUN 『Final ReasonC』」


真横で響く振動と音・・・。
それらが僕の意識を再び帰りたくもない現実の世界に引き戻す。
トラックの振動と音が逃げた僕を現実に引き戻したんだ・・・逃げた僕を連れて・・・。
瞼をゆっくりと上げる。

・・・まぶしい。

日の光とともに、街路樹の緑が視界に入る。
これからどうして良いのかわからない・・・。
恐らく・・・もう死ねない・・・。
レースも・・・もうマシンには触りたくない。いや、触れない・・・。
自らの問いに対して無気力な答えしか浮かんでこない問答を繰り返しながら、
少しきつい街路樹の中から体を起こし、アスファルトの上で
白いシャツと黒いズボンに付いた木の葉を払い落とす。

「シンジ!」

そんな僕にいきなり抱きついてくる明るい声の主。この声・・・?!
振り返ると僕の視界にヒョコッと栗色の髪が入る。

「先に行くなんて酷いっ。一緒に学園祭に行こうって約束だったじゃない」

えっ、この声っ?!。
振り返った先には見間違がおうはずもないアスカの姿があった。
信じられない・・・その思いが一瞬支配したが、体は彼女を求め抱き寄せていた。
あたたかい・・・
僕が・・・望んでいた・・・彼女のぬくもり・・・僕が・・・
欲してやま・・・バキッ

いきなり飛んできた拳に僕の視界にある世界が一回りして、アスファルトに沈む。
痛みが走った頬をさすりながら目の前に仁王立ちする彼女に視線を移す。

「いきなり何すんのよ、エッチ!」

罵倒されながら観察すると声や顔は少し幼い。それに僕の中学時代の制服・・・?。
それにここは高速道じゃない・・・ここは・・・見覚えのある中学のときの通学路??。
考えればなんなんだ?。いきなりこんな・・・。
呆然と彼女を見る僕に、彼女は怪訝な表情で赤くなった頬をのぞき込んだ。

「どうしたの黙り込んで?そんなに痛かった?」

思案に暮れる僕を、そのアスカはおかしいと思ったのだろう。
いきなりこんな・・・こんなの変だ・・・
それにアスカ・・・死んだ彼女が目の前に出てくるのはおかしい。
・・・違う
ここは僕の世界とは違う!

「誰だよ・・・」
僕の低く問いただす声に目の前のアスカは少したじろぐ。

「な、何?どうしたのよシンジ・・・急に・・・」
「お前誰だよ!何なんだよ!!」
「・・・どうしたのシンジ・・・変だよ」
「変なのはお前だろ!何者なんだよ!!」
「・・・ひどいよ・・・いきなりそんな・・・」
今にも泣き出しそうなアスカ。いやアスカであるはずがない。
「お前は誰なんだよ?!」
「・・・アスカ・・・惣流アスカラングレー」
「僕のアスカはお前みたいな子供じゃない!」
「・・・なに言ってるの?。・・・私は私なんだから子供とか・・・」
「僕のアスカはグランプリレーサーのアスカだ。
 そこいらの学生のアスカじゃないよ。お前は僕のアスカじゃないっ!」
こんな所にいられない。こんな暇なガキの相手なんかしていられない。
どうして良いのかわからないけど、とりあえず病院に戻りたい。
目の前にいる訳の分からないガキを無視して、僕は人通りのある方へ足を向けた。
「あっ、待ってよ」
後ろから足音と共に僕の耳に入ってくるが、無視する。
「そっち学校じゃないよ。どこ行くの」
足早に歩いても、後ろから足音と声は途絶えない。
「駄目だよ、学校遅れちゃうよ」
後ろからついてくるガキは変わらずの僕の腕に手を滑り込ませて引っ張ってきた。
足を運ぶスピードが鈍り、それは暫くして止まる。
「もぉ、こっちだってば」
さらに力を込めて、彼女は僕をさっきいた方向に引っ張っていこうとする。
「ちょ、ちょっとお嬢ちゃん、誰かと間違えてない?」
「え?」
僕らの足が止まり、目の前の少女は訝しげに僕を見た。
「だから、人間違いしてるよ。僕は君のことなんか知らないし、逢ったことも・・・」
少し優しい口調で切り出す。
「なに言ってんの。いい加減にしないと怒るからね」
彼女の言葉にも怪訝な表情を変えられない。
「あんたシンジでしょ?!碇シンジっ!。いい加減にしてよ!!」
名前まで何で知ってるんだ・・・

・・・そうか

「まったく・・・サインが欲しいならそういってよ」
「はぁ?」
「わかったよ。サインしてあげるから紙とペンだしなよ」
さらに訝しげに彼女は僕を見る。全く初めからそう言えばいいのに。
再び、彼女の拳が飛んでくるのを僕は見ることができなかった。
いきなりの痛みに、僕はしばし呆然と彼女を見ると、ふくれっ面で立つ彼女が見えた。
「あんたのサインなんかいらないわよ。バッカじゃないの」
・・・
「じゃぁ用はないだろ!」
全くなんてガキだ。失礼な・・・。
「そっちじゃないって言ってるでしょ!!」
人通りのある通りへ向かおうとした僕を再び引き留める声。
「私はあんたのために言ってるのよ!今日は大切なテストでしょ!」
「僕には関係ないよ!悪いけど急いでるからバイバイ!」
「シンジ!そっちじゃないって!そっちは駄目!」
「いい加減にしろよ!!」
僕は彼女を思い切り振り払った。
彼女も思いきり引っ張っていた僕の腕がいきなり抜けたお陰で尻餅をついていた。
「大人をからかうなよ!僕はお前みたいな暇人じゃないんだ!じゃあな!!」
そう吐き捨てると僕は人通りのある道へ向かうためにガキに背を向け歩き出そうとした。

「・・・シンジ」
消え入りそうな声だったが、耳に入った。だが、言うことはない。

「・・・逃げるの?・・・私から・・・逃げていくの?・・・離れていくの?」

「・・・ニゲルノ?」
振り返る。
「何言ってるんだよ!逃げるもなにもないだろ!」

「逃げるのね!また私から逃げていくのね!!私を捨てて行くんでしょ!!!」

目の前でうずくまるガキが顔を上げたとき、僕は凍りついた。
そこにいたのはミイラのように干からびて茶色くなったガキ・・・アスカ?!

「許さない!そんなの絶対許さないんだから!!」
恐ろしく低い・・・おぞましい声。その声だけで僕の背筋は凍りつく。
「!!」
カラカラの少女が僕に襲いかかってきた。
僕は彼女を支えることが出来ずに倒れ込むと馬乗りになり、
僕の手を押さえつけるカラカラ・・・いや・・・恐ろしい化け物。
骨と皮だけの筈なのに凄い力で押さえ込まれる。
僕の頭はもうパニックだった。

「離せ!離せよ!!化け物!!!」
彼女の茶色く乾燥した目がカサリと動き、僕をにらみ付ける。
激しく攻防する僕と奴との振動で、奴の皮膚がパラパラと顔にかかる。

「化け物?!こんな姿にしたのは誰?!誰なのよ!!アンタじゃない!!
 アンタが逃げたせいで私はこんな姿になったのよ!!!」

恐怖の色が僕の顔に色濃く出る。

「責任、取ってもらうわよ・・・アンタも私と同じになるのよ・・・」

アスカと名乗る化け物は、その目をくりぬいて僕の口に入れようとする。

「やめろ!やめてくれ!やめろぉぉぉぉぉぉ!!!」

「これを体内に入れればあなたも私と同じになるわ。
 これでずっと一緒。私の側で・・・未来永劫、私と一緒に過ごしましょう・・・」

「いやだ!いやだぁ!!お前となんか一緒にいたくない!!!」
しかし凄い力で僕の口はこじ開けられた。

「フフフフフ・・・これで一緒・・・ずっと一緒・・・」

カールのようなカサカサな物が口内に入ってきた。
その物体は僕から全ての水分を吸い取り始める。
自分でも肌から潤いが消えていくのが分かる。同時に肌が割れて痛みが走る。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
僕の乾燥を始めた瞳が霞む。
そこには不気味に微笑んでるように見えるミイラが映し出されていた。
そして視界は・・・暗黒の闇に包まれていった・・・。

「フフフフフ・・・。ずっと一緒よ・・・シンジ」

不気味に囁く低い声だけが僕の脳に響く。
しかし、その脳さえも耐えきれずに悲鳴をあげ始めていた。

「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

目を見開くが、暗黒の中では何も見えなかった。
だが、痛みは引いていた。そして、ヤツの重みも僕の体から消えていた。
その時だった。

「いきなり何よ・・・大声上げて・・・」

こ、この声・・・僕は恐怖にひきつる顔でその声がした方向を見た。
僕のすぐ横にいるであろう人影・・・こいつは!

「う、うわぁぁぁぁぁ!!ば、化け物!!!」

「んぶっ!!」

僕は手に握られていた物をヤツにぶつける。
それがが顔にヒットした瞬間、ヤツは奇妙な声を上げた。
僕は寝ていたフワフワの床から滑り落ちるようにヤツから逃げ出そうとする。
だが、もう腰が立たなかった。それでも這ってでも逃げようと手に指令を与えた。

「・・・ちょっとぉ・・・いきなり何よ!それに化け物は酷いんじゃないの。
 私はどこぞのオバンと違って化粧なんかしてないから顔が変わる事は無いじゃない」

え・・・
ヤツはベッドのライトに手を伸ばし、スイッチを入れた。
パァッと部屋全体に淡い光が満ちあふれる。
あ・・・
ヤツ・・・僕の知ってるアスカの姿・・・幼くもない、恐ろしくもないアスカ。
その、思いがけない光景にキョトンとして彼女を見つめる・・・。
信じられない光景であったが・・・信じたくなるほどの穏やかな光景。
・・・求めていた光景。

「・・・さっきからどうしたのよ、ぼーっとして。
 ま、いいからまだ寝なさいよ。あと1時間は寝られるから。
 今日は大事なレースなんだから出来るだけ休んだ方がいいわよ」

そう言うと、彼女は僕に背を向けて再び布団をかぶった。
・・・レース?。・・・今日?。
・・・今までのは夢だったのか?
それにしては・・・でも、そう言われてみれば夢のような体験だった気がする・・・。
でも・・・アスカ・・・アスカなんだよね・・・。
目の前にいるのは
・・・体だけじゃない
・・・魂だけでもない

アスカなんだよね!
全速で駆け寄ると、
僕はベッドの中で背を向けるアスカをそのまま後ろから強く抱きしめた。

「え、何?!ちょっとシンジ!」

この声・・・
アスカだ・・・
この温もり・・・生のあかし・・・
僕が求めた・・・同じ世界のアスカ。
僕は、彼女のパジャマの中に手を潜り込ませ、彼女の腹部を優しくさすった。

「やだっ!ちょっと!」

ない・・・
傷がない・・・
あの全てを奪い去った傷が・・・ない
僕は・・・この時確信した
アスカが生きてるんだと・・・
全ては夢の中の出来事だったのだと・・・
彼女の温もりを確かめるように・・・僕は彼女を抱いていた。


「泣いてるの?・・・シンジ」

シンジはアスカに向かって嗚咽を漏らしていた。
それがアスカにも分かったのだろう。
彼女はシンジの行動をそのまま許すつもりはなかったが、
彼の態度を静観することにした。
シンジの手がアスカを包み、右手は彼女の肌を直に触っていた。
だが、それ以上はシンジからの行動はなかった。

「ねぇ、どうしたの?・・・もう離れてよ」

アスカの顔の、すぐ横にあるシンジの顔。それに向かい彼女は呟いていた。
だが、彼の口からは嗚咽が漏れるばかりで、言葉にはならなかった。

「・・・・・・・・・・・もう・・・いいわ」

彼女はシンジの態度の真意を問いただそうとはせず、
シンジが望む事に・・・シンジの欠けたであろう思いを補填するために、
アスカは残った睡眠時間を彼のために費やすことにした。



どれくらいの時間が流れたのかは分からない。
抱いて、抱かれている2人の体内時計は、正確な時を刻んではいなかった。
もう何時間もこうしているようにも思えるし、わずかな時間とも思える。

既にシンジの嗚咽はとまり、アスカはシンジの腕に包まれながら目を閉じていた。
だが、眠ってないことは、瞼が震えていることからも分かる。
彼の息がアスカの耳元をくすぐる。
その風に乗って静寂に包まれたこの空間に、
小さな声を絞り出すように話す彼の声がアスカに聞こえてきた。

「・・・アスカ」

「・・・ん?」

「ごめん・・・」

「なんで・・・謝るの?」

「僕は・・・自分のことしか頭になかった。
 アスカが必死に・・・僕の為に色々してくれてたのに・・・
 僕は何もしてあげなかった。
 しまいにはアスカのピンチなのに自分のことだけ考えて・・・アスカを殺してしまった」
彼女はシンジの言葉を聞き捨てならなかった。勝手に殺されてはたまらない。

「な、何言ってんのよ。私はここに・・・」
反論する途中、シンジが変だった理由アスカに分かった気がした。
いや、アスカも彼の体験したことを知っているような気がしていた。

「自分がかわいくない人間なんていないよ・・・シンジの考えが普通だよ・・・。
 人間なんて所詮は自分だけ良ければいいって思ってるんだから・・・」

「僕は・・・もう少しでアスカを失うところだった・・・
 その危機を・・・夢が教えてくれた・・・アスカの大切さと一緒に・・・」

「・・・」

「僕は・・・夢の中でアスカを失った。
 その時初めて・・・腹が立つだろうけど初めて・・・
 アスカの存在が僕にとって大きく、かけがいのないものだと分かった。
 僕もアスカの後を追って死のうと思ったほどだった・・・
 けど・・・最後まで・・・
 最後まで僕は自分を捨て去ることが出来なかった・・・
 アスカを裏切って・・・死の恐怖から逃げたんだ・・・
 詫びのしようがないよ・・・
 アスカの為に身を犠牲に出来る最後の機会でも・・・
 アスカに対して何もしてやれなかったんだ・・・自分かわいさで」
アスカはそんなシンジの言葉を受け、彼女を包むシンジの腕を払うと
そのまま向き直りシンジの胸の中に体を滑らせ、
腕を彼の背中に這わせながら震える声で囁く。

「・・・・・・シンジは私に何もしてないなんて・・・そんな事ない。
 シンジは私に色んな物をくれた。今の私がこうして生活できるのもシンジのお陰・・・。
 もし・・・あの時病院に来てくれなかったら・・・
 もし・・・アベルにキスされたとき、私を心配してくれなかったら・・・
 どうなってたか・・・
 それだけでも十分・・・私はシンジに感謝してる。
 それに、一番大切な・・・シンジには人を敬愛する事を教えてもらった。
 今までの私には欲しくても得られなかった感情を・・・シンジはくれた。
 愛を忘れた、捨てた私にそのすばらしさを教えてくれた。
 そして、今・・・シンジから愛される幸せを・・・生まれて初めてもらった。
 それだけで十分だよ・・・十分シンジは私を大切にしてくれてる・・・。
 だから謝らないでよ。自分を責めないでよ。
 ・・・そんなシンジを見ている私も辛くなるから・・・ね」
そんなアスカの切なさで溢れる声、瞳を見るにつれてシンジは涙でふやけた顔を
笑顔に変える。アスカもシンジに大して上目で微笑みかけた。

「・・・ありがとう。でもこれからはアスカの為に走るよ。
 今日のレースは絶対アベ#$%’*@」
アスカはシンジの口を自らの口で塞いだ。
暫しの沈黙・・・
動いていたのは時と、彼らの背中を這う指のみ。
そして彼女は自分から、甘美な彼の唇から離れた。

「・・・変な気は起こさないで。
 今回のレースの目的はシンジはチャンピオン、私は優勝なんだから」
シンジはアスカの思いを受け、というよりはアスカが突然キスをしてきたことに
動揺していた。その為、離れた後アスカに対しシンジは2度ほど頷いていた。

「そう、それがお互いの為よ。
 シンジの相手はアベルではない、レイとあの不気味なヤツだけだからね」
アスカは彼に対し、にっこりと微笑んだ。・・・その瞳に彼は言葉を失った。
ましてや彼の腕の中にその主は居た。
シンジは改めてアスカの魅力に触れ、胸の高鳴りは頂点に達していた。
「アスカ・・・」
そう呟く頃には彼の視線は青い瞳に吸い込まれていた。
彼女はまっすぐに注がれる視線に少し頬を染めて彼の瞳を直視できずに
視線を外すと、瞳を閉じて体の力をすうっと抜いた。
彼はアスカの背に回されていた腕に力を込め、ぎゅっと彼女を抱きしめた。
もう・・・離したくない思いが彼をそうさせた。
「このまま・・・朝までこのまま・・・いいかな?」
シンジの言葉に、紅潮した頬の主は少し意外そうに彼の瞳を見つめた。
だが潤む瞳の奥に浮かぶ笑顔に彼らしさが浮かんだ。
アスカはそのまま瞳を閉じると、彼の背中に回されていた腕に力を込め、一度だけ頷いた。

名古屋ヒルトンホテルのスイートルームの一室に
眼下の名古屋市内を見渡しながら、タバコを吹かしているガウン姿のゲンドウがいた。
「ここからの眺めは悪くないのだが、毎年ここからの景色を見ると思うことがある」
ベッドにあった山がモゾモゾと動き、そこから伸びた手がシガレットセットを掴んだ。
「自然の景色があるわけでもない・・・人工の光も途絶えがちのここで・・・?」
部屋に光が一つ点る。
「ああ、ここでなければ見えない物があるのでな」
光が動き、彼の側まで来て光を強くする。
光の主は無言で窓からの景色を眺めてみる。
「どれですの?。あなたが魅せられる景色というのは」
ゲンドウは一点を見つめたまま、口を動かす。
「レイはどうしている」
この言葉を聞くと、光の主は事務的な口調に変わった。
「レイはサーキットホテルです。ドライバーは皆そこに・・・」
彼女は最後まで言葉を発することなく口をふさがれた。
そして、しばしの後にゲンドウが離れ際に指を景色に指した。
「あのデパートだよ、いつも考えさせられるネオンというのは」
彼女の視界にも紫色の大きな明かりが目に入る。
だが彼女には安っぽい、下品なライトアップとしか見えなかった。
黙っている彼女に彼は口元をゆるませる。
「何であんな物が・・・と思うのも無理はない。
 私も君と同感だ。愚かなんだよ、あれが。・・・笑みを浮かべるほど。
 あれを見る度、愚かしいと思う。・・・私も相応にな。
 今年だけは・・・あのネオンが無くなっていればいいと思っていた・・・」
彼の横顔を見つめながら彼女は呟く。
「聞かなければ良かったですわ・・・
 私もあのネオンをこれから平静で見られませんもの」
彼女は自分のスーツまで歩みを進め、ポケットから布を取り出すと
彼の元に再び歩み寄った。
「まだ、そう決まったわけではありませんわ」
言葉と共に差し出されたハンカチに視線を移すが、
必要ないと言うように彼女に押し返すと、彼はバスルームに消えていった。
スイートの広い空間には彼女のみが残り、彼女は再びたばこに火を灯すと、
一瞬窓の外に視線を移した後でブラインドを閉めた。


次回予告

すべてのドライバーの想いを乗せ、
最終戦、日本グランプリは鈴鹿の杜で幕を開ける。

次回第12話「それぞれの想い」


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