「私、絶対あんたのこと許さない!!」
 「僕も許されようとは思わないよ」
















新世紀エヴァンゾイド

外伝2
「 少女の孤独 」



作者.アラン・スミシー



 時に西暦2013年。

 ドイツ、ネルフ第三支部。

 ここは表向き、超巨大コングロマリット『ネルフ』のユーロ支社。しかしその裏側は、極秘のうちに想像を絶する機械獣の再生と、その武器の開発、そしてそれらのパイロットを養成する訓練機関。数年のうちに必ず起こる戦争のためにつくられたといっても過言ではない。
 今日も選ばれた複数の子供達、そう、子供達が厳しい訓練を行っていた。訓練内容は教えられる限りの軍事教練や、怪我や急病などの応急処置の仕方、はたまた美味しい料理の仕方や掃除裁縫などで、全くゾイドの操縦に関連したことは教えられていなかった。後半はドイツ支部長の趣味が入っているとはいえ、とてもパイロット養成期間とは思えない内容だった。
 もっともそれには理由がある。
 言い方が悪いが集められたほとんどの子供達はあくまでも予備、補欠なのだ。同時に敵の目を眩ます為の囮でもあった。
 本命の、ゾイドに対して高い共感を持つ子供達は更に地下深くの秘密の場所で、更に厳しい訓練を施されていた。




プシューーーー!!

 エアーというより、圧縮ガスが抜ける音を立てながら大きなトカゲの頭のような物が、首の所から折れ曲がっていく。完全に首が曲がると同時に付け根から真っ白なプラグが飛び出した。プラグが飛び出ると同時に、銀色のディメトロドン型強襲偵察用ゾイド『ゲーター』の目から光が消え、微かにたてていた振動のような音を停止させる。
 ゲーターが動きを止めると同時に、実験管制室にいた数人の人間達から緊張が解けていくのがわかった。武器は取り外してあるし、いつでも拘束用のワイヤーや硬化ベークライトの注入ができるようになっているとはいえ、ゾイドはブラックボックスとオーバーテクノロジーの固まりだ。用心しすぎることはない。その事をうんざりするほど上司であるドイツ支部長に言われ続けていたため、彼らは少しオーバーすぎるくらいに警戒していた。
 「大した物ね。
 アスカ、今日はもう上がって良いわよ」
 「わかったわ」
 少しきつい目をした女性科学者が声をかけると同時にプラグのハッチが開き、中から真紅のプラグスーツを着た少女が姿を現した。
 どこか幼さを感じさせる赤い髪。
 湖のような蒼い瞳。
 まだ肉付きが少し足りないが、将来的にはきっとすごい美少女になることを予感させる整った顔。
 セカンドチルドレン、惣流アスカラングレーである。
 豊かな髪から滴るLCLを備え付けのタオルでざっと拭き取りながら、アスカはふうっとため息をついた。今まで彼女が行ってきたの実験は、実際にゾイドを動かすわけではないが、延々シンクロを続けなければならないのでとても疲れたのだ。
 今日は早く帰りたい。
 アスカがそう思いながら、歩き始めたとき頭上から少し太り気味だが人の良さそうな顔をしたオペレーターが声をかけてきた。
 「お疲れ、アスカ。すまないけどカールを実験室に呼んでくれないかな。今日は彼もいよいよゾイドに乗ることになりそうだからね」
 「ふ〜ん、わかったわ」
 アスカは余計なこと頼まないでよねと思いながらも素直に頷いた。どうせ彼女は一度待機室に戻るし、そこに間違いなくカールことフォースチルドレン、カールビンソンがいることを知っていたからだ。もっとも頷きこそはしたが彼女はできるなら、彼の顔を見たくなかった。





 「カール!実験室に来いってオペレーターの・・・誰か忘れたけど、とにかく呼ばれてるわ。さっさと行って来なさいよ」
 「やあ、アスカ。君の瞳は湖の底の宝石よりも美しいね。そんなことよりどうだい、ちょっと2人でカフェにでも行かないか?」

 覚悟を決めていたとはいえ、アスカはのっけからこんな歯の浮くようなことを言われて蹌踉けそうになった。シャワーを浴びて着替えて、さっぱりした気分も台無しだ。アスカは面倒だがもう一度シャワーを浴び直そうと心に誓った。ちなみに今の彼女の格好は、若草色のサマードレス。ドレスの緑と赤色の髪のコントラストが美しく、幼さの残る彼女の顔立ちにとてもよく似合っていた。これで笑っていたら最高だったのだが、アスカは不機嫌さを隠そうともせずにカールの目を睨み付けている。
 その事に気がついているのかいないのか、カールは整った顔を微笑ませてアスカの手を取り、甲に口づけしようとした。寸前でアスカに払いのけられてしまったが。
 はっきり言って彼女は腹を立てていた。
 彼女の苛立ちを象徴するように、ビシィッと指さして定規で詰めたようにきつい言葉を言うアスカ。

 「あんた少しは人の話聞きなさいよ!
 それにおあいにく様。私これからママの所に行くのよ。だからあんたの戯言につきあってる暇はないわ」
 「おやおや、それは残念だ。じゃあ、君が暇なときならOKということだね?」
 「どこをどう聞いたらそうなるって言うのよ?」
 「・・・まったく君は何が不満なんだい?自分で言うのは何だけど、僕は由緒正しいドイツ貴族の末裔ブラウンシュヴァイク家の人間だ。スポーツもユーロ・フェンシグ大会で1位になった。プロの大人も参加した大会でだ。学問の方もアスカと同じく○×△大学卒業。博士号も目前だ。それにフォースチルドレンに選ばれた。君の横に並んでも決して見劣りすることはないと思うけどね」
 大げさに肩をすくめた後、唐突にアスカの両肩をつかみ、心底嫌そうに逃れようとする彼女の目を見ながらカールはそう言った。
 彼の目は、13歳とは思えないほど軽薄で、他人を見下したような所はあったが少なくとも真剣な光を宿していた。年頃の女の子なら、コロッといったかもしれないがアスカは違う。彼女の心には少なくとも彼の居場所はないようだから。
 「そりゃああんたは才能の塊よ。天才って言葉を使うのが嫌になるくらいのね。
 ・・・だけどね、だから私はあんたのことが嫌いなのよ」
 「どうしてだい?」
 「あんた苦労とか努力とかしたこと無いでしょ?」
 「ああ。そんなのは時間の無駄だ。エジソンは『天才とは1%の霊感と99%の努力である』とか言ってたらしいが、僕に言わせればそれは違う。
 天才とは何もしなくても、誰にも負けないから天才なんだ。
 僕は天才だよ。アスカと同じくね」
 「・・・・・・・・・やっぱ私あんたとは仲良くなれそうにないわ。あんたみたいな奴とはね」
 うんざりと、そしてはっきりとアスカは言った。
 言われたカールは、顔を赤くして詰め寄る。アスカの肩をつかむ手に力が入り、苦痛を感じたアスカの顔がわずかにゆがむ。だがカールはそれに気がつくこともなく、アスカを睨み付けていた。先の言葉通り彼は苦労知らずだから、このようにきついことを、あからさまに侮蔑が混じった言葉を言われること自体、信じられないからだ。
 そのままアスカを押し倒して18禁に移行するかと思われたが、カールは13年間紳士とは何かと言われて成長していた。従ってその寸前で深呼吸を数回して自分を落ち着かせる。
 「・・・・は〜っ、気にさわること言ったみたいだね。
 でも、10年近い昔、数日一緒に遊んだだけの、名前しかわからない奴。今どこで何をしているのかわからないような奴が、未だに気になる?
 ナンセンスだね」
 「どういう意味よ、それ。シンジのこと知らないくせに。
 ・・・確かに私は彼が今どうしてるか知らない。たぶん十中八九、平凡な人生を送っているでしょうね。私のこと忘れてるかもしれない。何一つあんたに勝てるところはないかもしれないけど、それでもどっちか選べといわれたら、いえ世界中の全ての人から選べと言われても、私はシンジを選ぶわ」
 「(も、もしかして今のは惚気なのか?)な、なぜそこまで?」
 少しムキになったアスカの大胆発言に、少しひいてしまうカール。
 一方のアスカは自分がすごいことを言ったことにも気がつかず、顔を赤くして昔を思い出す。もやもやとアスカの心にあの時の光景が甦った。当社比400%増しに美化されて。


 「・・・8年前。私はひとりぼっちだったわ。
 あのころの私は日本に住んでいたんだけど、髪の毛の色が、目の色が違うって周りに相手にされなくて。一言で言うといじめられていたわ。もちろん、砂をかけたり髪を引っ張ったりした奴は後でしめてやったけど。ったく、鼻血が出るくらい殴ったり、ジャングルジムから突き落としたくらいで親を引っぱり出すんだから、あいつらタチ悪かったわ。ああ、今思い出しても腹が立つ。
 な〜にが、『お宅のお子さまのような暴力性の強い子は、いくら紹介状があっても当園ではお預かりすることができません』よ!ママにあんな嫌みなこと言うなんてホント腹立つわ、あの園長!!!あんなとこ、こっちから言われなくてもやめてやるわよ!!!!
 ・・・でも、私が幼稚園に行っていたのはママの仕事が忙しくてあまり私にかまえないから。それからの私はひとりぼっちで、心の透き間は洞窟みたいだった・・・。
 そんな時よ。シンジにあったのは・・・。
 コラ、どこに行こうってのよ?ちゃんと聞きなさいよ」
 「お願いだから、もう勘弁してくれ・・・」
 アスカが目を閉じてトリップしている隙に逃げ出そうとしたカールだったがあっさり捕まった。解放してくれるようアスカに頼むが、アスカは聞いちゃいなかった。
 「どこまで話したかしら・・・。そうそう、あの日、ユイおばさまがシンジをジオフロントまで連れてきてたの。仕事をするところを見せてやりたいとか言って・・・。ここは託児所じゃないって白髪のおじさんは渋い顔してたっけ。
 それはともかく。一目見てわかったわ。
 シンジは私の永遠の人だって・・・。きゃっ(ハアト)
 語尾にハートをつけた上、真っ赤な顔をしてもじもじしてしゃべりまくるアスカに、カールはこれ以上ないくらいひいた。今更ながら踏んではいけない虎の尾を踏んだことに気がついても後の祭り。
 「シンジは大胆だったわ。私の顔を一目見るなり、『綺麗な髪だね。それにお空みたいなお目目だ。ねえ、名前なんて言うの?』って聞いたの。びっくりしたわ。私にそんな親しげに、悪意を持たず話しかけてくる子供がいるなんて、信じられなくて。
 そしてちょっぴり強引に私の手を握って、ジオフロントの森で一緒に遊んだの。それから私達は毎日のように一緒だったわ。
 縄跳びや探検ごっこ、ユイおばさまや、おばさまにつきまとってるヒゲのおっさん、化粧の濃い白衣のおばさん、さっき言った白髪のおじさん達を交えて鬼ごっこ、三角ベース、かくれんぼ。楽しかった・・・。
 でも、でも運命は残酷だったわ。
 とんでもない事故があってユイおばさまが重傷を負ったの。はじめは死んだとか言われたけど、今現在日本でしっかり生きてるから、まあそれくらいすごい事故だったのよ。そんなこともあってジオフロントは子供は立入禁止になったわ。邪魔だってね。
 ・・・シンジはユイおばさまの事故を目撃したせいで、一時的な記憶喪失になるし、私の方もプロジェクト見直しとかのせいでママは急遽ドイツに行かないといけなくなったのよ。もちろん私も一緒。
 シンジと別れてドイツになんか行きたくなかったわ。
 でも、ママと離ればなれになるわけにはいかなかったから。
 ・・・・・・そして、お別れの日。
 シンジは泣きながら、一緒にいたいって、私のこと好きだって言ったの。母さんだけじゃなくて、私もいなくなっちゃ嫌だって」
 そこまで言って、その時のことを思い出したのかアスカの顔がフニャッとにやける。
 「そしてね、お別れしても私のこと一生忘れないって、大人になったら結婚しようって言ってくれたの〜〜〜!!!
 クネクネからだをくねらせ、側にいたカールに重度の精神汚染をかけるアスカ。石化して固まるカールを無視して、あげくの果てには部屋中を転がりまくる。
 「そして、私達は初めてのキス〜〜〜!!!
 鼻息がこそばゆかったし、とても恥ずかしかったけど、とにかくラングレー家の家訓に乗っ取って私達は婚約したのよ〜〜〜!!!」
 アスカは溶けるんじゃないかと思うくらい顔を、全身を赤くして悶えまくった。
 そんなアスカに土下座してカールは謝罪した。
 プライドの塊の彼だったが、この状況から逃げられるのならこれが土下座ではなくて相手の靴をなめる行為だったとしても、たぶんやっただろう。
 「すまない。許してくれ。紳士にあるまじき行為だった。これこのとうり謝る。だからもう勘弁してくれ。
 そのシンジなる少年がどんな人物か知らないが、彼には深い同情・・・じゃない、嫉妬を覚える。君にそこまで愛されるなんて」
 「何であんた青い顔してるのよ?それにあんた額から血が出てるわよ。
 何を許して欲しいのかわからないけど、とにかく許すから顔を上げなさいよ。みっともないわね」
 「・・・ふっ、これは僕としたことが。まあ、そのシンジ君は東洋人とは思えないくらい魅力的な人物だということはよ〜〜〜〜くわかった。だから、もう惚気なくて良いよ」
 「・・・・・・ちょっと引っかかるけど、私のことは諦めたのね?」

 アスカは髪を掻き上げながらそう言った。それは答えが分かり切っている質問だったが、彼女としてはわずかばかり期待している質問でもあった。
 数瞬後、
 「それとこれとは別さ」
 これまた血が出るほど床に額をこすりつけたせいで乱れた金髪をかき上げ、ポーズを決めながら彼はそう言った。
 アスカのさっきまでの上機嫌が見る見るうちに消えていく。アスカは吐き捨てるように言った。
 「遊びなら迷惑なだけよ」
 「遊びだなんて、僕は本気だよ。アスカ、君はこれまで僕が出会った中でも最高の女性だ」
 「例え、あんたが本気だったとしてもあんたの実家が許さないでしょ。私はあんたの父親曰く、黄色い猿の血が4分の1混じってるのよ」
 「う・・・。まあ、恋に障害はつきものさ。溝が大きいほど、達成したときの果実は美味しいんだ」
 アスカは言外に『あんた親に逆らえないお坊ちゃんでしょ』と含みを持たせながら言ったが、はっはっはと、ちょっぴり冷や汗を流しながらだがカールはそう言って笑って受け流した。
 「・・・ったく、あんたと話してホント無駄な時間を使っちゃったわ」
 アスカは時計を見てそう言うと、心底うんざりした顔をして部屋から出ていった。

 (あいつも選民思想に人種偏見と、女癖の悪さと、人を見下すところと、自己中心的なところと、独占欲が強いところがなければ、友達くらいにはなってあげても良かったんだけどね。
 あのままだと、ただの鼻持ちならない嫌な奴だからあれだけど)





 アスカの消えた後、カールは不機嫌そうに椅子を蹴り倒した。
 「・・・この僕が声をかけているのに!普通なら泣いて喜んで、僕にすがりつくはずなんだ!今まではそうだった!
 少なくとも、誰も僕のことを無視できなかった。
 それなのに・・・アスカだけは・・・」
 カールは一気にそう言いきると、倒れていなかった椅子に座り込む。
 そのまま荒い息を落ち着けるように深く息をし、アスカの肩をつかんでいた自分の両手を見つめる。彼の目はいつの間にか激情に猛り狂うわがままな目ではなく、純粋な驚きを含んだ目になっていた。
 「まさか・・・本気になるなんて。この僕が・・・」
 今まで年齢不相応にプレイボーイとして浮き名を流し、本気にさせても本気になったことのない彼にとって、彼のことを意識に欠片も残さないアスカの存在は驚異の一言だった。やるせない顔をしていたカールだったが目を閉じてアスカが自分の彼女になっているところを想像する。そして、数ヶ月前に知った子供がしちゃいけないことをしているところを想像して、少し頬を赤くし、体の一部を膨張させた。
 「・・・上から79,54,80か?さすがに加持一尉みたいに見ただけでわかるほどじゃないからな。それでなくても成長期だからまだまだ大きくなる可能性大だ。・・・って、違うだろ!?
 こんな不埒なことを考えてどうする、俺!?
 アスカをどうやってモノにするか考えろよ、俺!!
 方法1!スポーツで勝つ!
 ・・・駄目だぁ!そんなことで落とせるならこんな苦労はしない!
 方法2!学問!!
 だからこんな事で落とせないって言ってるだろ!!そもそも何の分野でだ!?
 方法3!ふと見せる優しさ!
 ・・・例え本当だとしても変に勘ぐられるだけだぁ!!!
 方法4!・・・・・・・・・・・・・・やはり、ゾイドの操縦で勝つしかないか?」

 ひとしきり一人で騒いだ後、しばらくカールは身動き一つしないで椅子に腰をかけていたが、やがてノロノロと立ち上がり実験室に向かった。完全に遅刻だし、こんなに動揺していてはろくな事にはならないだろうが、それでも彼は歩いていった。ゾイドに乗ってゾイドと心をつなぐために。
 それが彼とアスカをつなぐ唯一の共通項だから。





 アスカはカールと別れた後、会う人会う人に愛想良く挨拶しながらある地点に向かった歩いていた。
 単純に場所だけ言うなら、そこはドイツ支部ビルの最上階。
 そこが何かというなら、表向きは支社長室。
 本当は支部長室である。
 さっきまでの不機嫌さを、一歩ごとに放り捨てながらアスカは元気よくノッカーに手をかけた。

コンコン♪

 『あらアスカちゃん。どうぞ、司令なら在室しているわ』
 「しっつれいしま〜す♪」

 秘書の声がインターホン越しに聞こえ、聞こえると同時にアスカは扉を開いた。
 何か決まりでもあるのか、意味無く広い執務室。その奥まった所のこれまた意味無く大きな机。天井と床に描かれた不思議な模様。子供の頃は、訳の分からない絵だと思っていたが、今はそれがセフィロトの樹だとしっている。
 微かに赤い証明が照らす中、机の上にたくさんの書類を広げてキョウコが座っていた。年齢を感じさせない大きな瞳をアスカに向けると、キョウコはニッコリと笑った。
 「あら、アスカちゃん。今日はもう良いの?」
 「うん♪もうゲーターは完全に私の僕よ!」
 「し、僕って・・・。普通、友達とか仲間とか言わない?」
 アスカのしもべ発言にちょっぴり汗を流すキョウコ。今更だが、教育間違ったかしらと思っていたりする。キョウコの内心の葛藤をよそに、アスカは胸を張ってえっへんと答えた。しばらく前にユイから送ってもらったバ○ル◆世のビデオの影響のせいかしら?キョウコはちょっぴり不安になった。しかし、とんでもないモノで情操教育をしているキョウコさんである。
 「だって、私の命令に従って動くんだから、僕でいいと思ったんだけど・・・。顔も何となく□プ□スに似てるし」
 「それは止めなさい。誤解を受けるから」
 「そうなの?」
 「そうよ。・・・まあそれはともかくとして、一緒に帰ろうって言いに来たんでしょ?」
 「う、うん・・・。駄目なの?」
 アスカは上目遣いの甘えた目でキョウコを見るが、キョウコは心底すまなそうに頭を振った。
 「ごめんなさい。今日も仕事がたまってるの・・・」
 キョウコの言葉通り、机の上には第七使徒戦直後のミサトの机並に書類がのっていた。
 「少しママ働き過ぎよ。少しは休まないと・・・」
 「でも、休んだらそれだけ日本に行くのが遅くなるわよ。良いの?シンジ君に会うのがそれだけ遅くなるわよ」
 それは困る。でもママと一緒にいられないのも嫌だ。
 そんなアンビバレンツな思いにかられてアスカは心の底でのたうちながらも、表面は少し拗ねた顔をしてソファーに勢いよく腰を下ろした。その時の勢いが強くてスカートがめくれるが、アスカは気にもしなかった。かえってキョウコがはしたないといった顔をするのを小気味良いと思ったりした。
 「うう〜っ、ママの意地悪」
 「睨んだって駄目よ。わかってちょうだい。あなたも子供じゃないんだから」
 「・・・加持さんはまだ子供だって言ってたけど」
 「そうなの?まあ、そうゆう微妙な年頃なのよ、あなたは」
 「・・・・・・・大人ってずるい。私も大人になったらそんな風になっちゃうのかな?」
 「ずるいかどうかはともかく、あなたなら大丈夫よ。きっと素敵なレディになるわ」
 キョウコはそう言って、机から離れ、ソファーに座るアスカの横に腰掛けた。ビクッとするアスカの頭にちょんと手をのせると優しくなでる。アスカは驚いた顔をしていたが、久しぶりの母の抱擁におとなしく甘えることにした。キョウコも力を抜いて猫みたいに甘えてくるアスカを軽く抱きしめてやる。
 「本当、甘えんぼね・・・。シンジ君にもそうやって甘えるのかしら?」
 「ねえ、ママ。ママはシンジがどうしているか知ってるんでしょ?教えてくれないかな・・・」
 「・・・アスカがいい子にしていたらね(ごめんなさい、アスカ。・・・シンジ君は・・・)」
 「・・・・・・ママ・・・・どこにも行かないでね。いい子になるから、これからもっと頑張るから、だから私を見て・・・」
 アスカはそう言いながら、いつの間にか母の腕の中で眠っていた。
 キョウコはアスカの不安そうに揺れる瞼を優しくなでた後、アスカを起こさないようにそっと上着を掛けてやった。

 (だいぶ不安定になってる・・・。またアレをしないといけないの?
 真実を知ったら、きっとアスカとシンジ君は私達のことを許してくれないでしょうね・・・)





 次の日、アスカは街を一人で歩いていた。
 いくらチルドレンと言っても年がら年中訓練をしているわけではない。特にアスカは一仕事を追えたばかりだったので、かなり長期間に渡ってお休みを貰うことができた。もっとも休みを貰ったからといっても、特に何かする予定があるわけでもない。キョウコは今日も仕事。友達といえる相手は数が少なく、しかも予定が空いている友達にいたっては皆無だった。電話をかけたときの友達のすまなさそうな、断りの言葉を思い出し、アスカは腹立たしげに地面を蹴った。

 (ちぇっ、休みをもらえたのは良いけど、平日にくれなくても良いじゃない・・・。はあ、退屈〜)

 休みをもらえて嬉しい反面、する事が無く退屈で暇をもてあそぶことに対する苦痛でアスカはどんどん不機嫌になっていった。抜けるように青い空も、心地よく肌をなぶる風も、キョウコが選んでくれたレモン色のワンピースも、彼女の心をなだめることはできない。

 (退屈退屈退屈退屈退屈退屈!!!!
 まだカールのスカタンをからかっていた方がましよ!!!ママは仕事、ヒルダにアンネローゼにエヴァ、カリン、エルフリーデは平日だから学校、だからといって家にいてもしょうがないし・・・)
 ギリギリな名前ばかりだが、とにかく友人達の顔を思い浮かべてぶつくさぶつくさ。

 「フンフンフンフンフンフンフンフン、フンフンフンフンフ〜フフン♪」

 (ママと一緒だったときはあんなに楽しかったショッピングも、一人じゃつまんない・・・)
 謎の歌声が聞こえてくるが、凶暴な目をして鬱屈した思いをためるアスカには全く聞こえない。彼女の周囲ではあまりにもけったいな光景に、ざわざわと野次馬達が集まっていた。

 「歌は良いね」

 (しかも、声をかけてくる馬鹿がいっぱい。そりゃ私があまりにも魅力的だからって事はわかるわ、でも私まだ12歳よ。大学卒業間近だけど、年齢的にはまだ小学生なのよ。なのに声をかけるロリコンがい〜っぱい。この国も長くないわね)
 街の広場、その中心にある天使像の上に腰掛けていたとてつもなく怪しい謎の人物は、アスカが近くまで来たことを確認すると鼻歌を止め、真紅の瞳を興味深げに彼女に向けた。アスカに向けられていた周囲の目つきが、羨望から哀れみに変わる。

 (((おいおい、彼女もアレの知り合いか?可愛いのに勿体ない・・・))



 「歌は心を潤してくれる。リリンの生み出した文化の極みだよ。・・・そう思わないかい?」

 (なんか聞こえるけど、たぶんの気のせいね)
 少年はアスカが下を通るのにタイミングを合わせるように向きなった。
 今まで上を向いていたためわからなかった少年の顔を見て、周囲の野次馬(特に女性)からほうっとため息が出るが、アスカは気がつきもしない。完全に無視してとことこ広場を横切っていく。

 「ちょっと、無視しないでくれないか?」

 (なんかさっきからうるさいわね。今の私は不機嫌なのよ)
 少年は慌てて天使像から飛び降り、アスカの背後からすがるように声をかけるがやっぱりアスカは無視。もとい聞こえていない。

 「頼むから聞いてよ!お願いだからぁ!!!」

 「ふわっ!?な、なによあんた!?」
 アスカが驚きの声を上げた。
 さすがに前にいきなり回り込んで泣きながら、声をかければいくら鈍くても気がつく。アスカは今頃になって先ほどまでの意味不明の言葉がの自分に向かってかけられていたことと、喋っていたのが目の前の少年であることに気がついた。相手を確認したアスカの目が、わずかながら見開かれた。
 アスカから見ても綺麗な少年だった。
 微かに金属的な光沢を持った銀髪、昔写真で見たファーストチルドレンとは色合いの違う紅い瞳、何故か港町というわけでもないのにセーラー服を着たかなりの美少年だった。そして、マスコットのように右肩の上には真っ黒な猫が器用に乗っかっていた。猫のビロードのような毛皮が光を反射し、彼の顔に何ともいえない玄妙な輝きをうつす。実に絵になる少年だった。涙と鼻水で顔中べしょべしょになっていなければ。猫も迷惑そうに尻尾を立てていた。

 「ちょっと、泣いていないで答えなさいよ(ハンサムだけど、やばいわねこいつ)」
 「うっ、うっ、うっ、良かった、やっと気がついてくれた。僕はここにいても良いんだ」
 「・・・・・・訳わかんないわね、こいつは。用がないなら私行くから・・・」
 今度は歓喜の涙を流す少年を無視・・・関わってはいけないと野生の勘で判断・・・してアスカは再びとことこと歩き始めた。ちょっと早足。周囲の野次馬の視線が突き刺さって居づらくなったという理由だったりするが。
 「うっうっうっ、シュレディンガー良かったよ。あれ?惣流さん?ああ、あんなところに!
 だから!無視しないでくれ!!惣流アスカラングレーさん!」
 「ふわっ!?またあんたなの?それよりどうして私の名前を知ってるのよ?ストーカー?」
 再び正面に回り込まれて目をパチパチしてびっくりするアスカ。しかも今度は逃がさないとばかりに少年はアスカの手をつかんだ。シンジ以外の男には触られたくないアスカの目が剣呑な光を帯びる。殺気を感じた猫は全身の毛を逆立ててすっ飛んで逃げ出したが、少年は膝をガクガクさせながらもとりあえず気にしない。アスカの目を見ないようにしながら言葉を続けた。
 「・・・い、いきなり失礼だね。まあ、知らない者は無いさ。・・・失礼だが、君は自分の立場をもう少しは知った方が良いと思うよ?」
 「悪かったわね。で、ストーカーさんの正体は何なのよ?」
 「僕はカヲル、『渚カヲル』君と同じく仕組まれた子供さ」
 ようやく自分の名前を少年は言った。
 『渚カヲル』
 アスカの今まで聞いた中にそんな名前は存在しない。アスカは不審に目を光らせ、疑問に思ったことを口にする。
 「仕組まれた子供?何の事よ?」
 カヲルはその質問に答えず、かすかに肩をすくめるとアスカの手を離した。同時に猫が再びカヲルの元に戻ってきて彼の体を伝って、再び肩に乗る。よくしつけてあるわね。名前はやっぱりジジって言うのかしら?アスカはそんなことを思ったが口には出さなかった。賢明な選択である。
 「おっと言い過ぎた。話しても良いけど、ここは人が多すぎる。どこか静かな場所でお茶でも飲みながら話さないか?」
 「・・・・・・なんだかんだワケわからないこと言って結局ナンパ?」
 いろいろ訳の分からないこと言う奴だとアスカは思っていたが、彼の目的が結局ナンパらしいと判断して、くるりと背中を向けた。
 「そうとも言うね。おっと、帰らないで欲しいな。それより聞きたくないかい?
 君の愛しのシンジ君について」
 カヲルはアスカの反応を予想していたとでも言うように、全く動じず、それどころかアスカの方が動じる言葉を言った。すなわち、彼女と彼女の母親、そしてほんのわずかな人間しか知らない彼女の想い人の名前を。アスカはくるりとカヲルに向き直ると掴みかからんばかりにカヲルに迫った。
 予想通りの反応にカヲルの顔が作ったモノでない笑いを帯びる。ニヤリと。
 「あんたシンジのこと知ってるの!?」
 「ふふっ、もちろん・・・ぐえっ!!」
 「さあ、教えなさい!話しなさい!今なら私が感謝してあげるわ!!この私が感謝するって言ってるのよ!!!おとなしくシンジについて話しなさいよ!!!」
 訂正。本当に掴みかかった。
 のどを締め上げ、真っ赤な顔をしてカヲルの首を前後にかっくんかっくん揺するアスカ。カヲルの視界がだんだん赤色に染まってきた。

 (く、苦しい!まさかここまで凶暴だったとは・・・。1mgも好意に値しないね。い、意識が・・・)

 ぐたっ。
 あっさりカヲルは落ちた。
 直後、だらんとしたカヲルに気がついたアスカはカヲルの手から手を離した。
 どさりと音を立てて石畳の上に崩れ落ちるカヲル。アスカのこめかみにちょっぴり焦りの汗が浮かんだ。
 「ありゃ?死んじゃった。
 ・・・しょうがないわ、どこか適当な場所に運んで蘇生させないと・・・。何で私がこんな事しなきゃいけないのよ!?」
 「ナーーー
 薄情にも逃げ出したくせに、猫が『あんさん、そりゃ自分の胸に聞いて見なされ』とでも言っているかのように、一声ないた。







 先ほどの広場からそう遠くない、公園。
 カヲルは少し青い顔をしながらベンチに横たわっていた。すぐ横にはアスカがさすがに心配そうな顔をして立っており、彼女の足には黒猫が甘えるように体をこすりつけていた。結構いい性格の猫のようだ。目を覚ましたカヲルは喉をさすりながら、裏切り者と言った目を猫に向け、ついて恨めしそうな目をアスカに向けた。もっともここまで来る間アスカにずるずると引きずられて、体中擦り傷だらけになっていたのだから無理ないのかもしれない。
 「き、君は僕を殺す気なのかい?君みたいに凶暴なリリンは好意に値しないよ」
 起きてそうそうにこの一言だから、実はカヲルも結構いい性格のようだ。
 「蘇生して第一声がそれ?良い度胸ねぇ。
 もっともあんたに好意を持たれなくても構わないけど」
 「念のため聞いておくけど、どうしてだい?」
 「世界中全てを敵に回しても、シンジとママさえ味方になってくれれば私はそれで良いの(ハアト)」
 先日に続いて、惚気モードになるアスカ。真っ赤な顔をしてふるふる体を揺する。もちろん両の手はほっぺたに当てられて、火照った体の放熱版になっている。そんなアスカの姿に、さすがのカヲルも三歩ほど後退した。
 「そ、そうなのかい。それじゃ僕はこの辺で・・・」
 「ちょっと待ちなさいよ。シンジの何をあんた知ってるのよ?ほら教えなさい」
 後ろを向いた瞬間、カヲルの首根っこは捕まれてしまった。がっちりと固定された指は白磁のようなカヲルの肌に食い込み、全く逃げる隙無し。カヲルは恋する女の子の行動力に少しばかり呆れ返りながらも、肩をすくめた。逃げようとはしたが、どっちにしろこの話をするつもりで、危険を冒してまでアスカの前に姿を現したのだ。秘密にしておく必要など無い。ほんの一瞬の間にカヲルはそう判断すると、首を捕まれたままくるりと体の向きを変えた。
 「やれやれ、しょうがないね。
 それじゃ、彼の何を知りたいんだい?」
 「まずは、あいつが元気かどうかね。それから格好良くなったかとか、今も私のこと覚えているかどうかとか・・・」
 予想外に強いカヲルの力に腕をふりほどかれたアスカは、ちょっと驚きながらも質問を口にする。それに張り付いた笑みのまま答えるカヲル。いつの間にか、体中にあった擦り傷は消えていた。
 「シンジ君は元気だよ。格好良くなったかかどうかは、人それぞれが判断することだからそれは保留するよ。僕から見たら少しばかり内向的なところが気になるけど、実に好意に値するよ。女の子と見間違いかねないくらいの美少年だしね」
 「で、肝心の私のこと覚えているかどうかは?」
 「知らないよ。そんなこと興味もないから」
 カヲルは心底から意外なことを聞くねといった感じでそう言った。事実彼にとってはどうでも良いことだった。だがアスカにとっては、もっとも大事なことだから、2人の心は水平線ですれ違い。
 「んな!?それどういう意味よ!?
 いいえ、それより何であんたがそんなこと知ってるのよ!?」
 「それは秘密・・・グブワッ!!!」
 皮肉な笑みで受け流そうとするカヲルだが、アスカには通用しなかった。問答無用で、人中にアスカの指を立てた拳が命中!あまりの激痛にカヲルはじたばた地面を転がりまくった。その体を踏みつけて動きを止めると、鳩尾めがけてニードロップ!!風圧でスカートがめくれて、内側のショーツを見たカヲルだったが、見物料にしては高すぎると思っていた。胃からこみ上げる熱いモノを感じ真っ青な顔のカヲルを、アスカは無理矢理引き起こした。
 これ以上つまらないこと言ってると・・・・・・問答無用で殺すわよ。
 アスカの目は本気でそう言っていた。
 「ふざけたこと言ってんじゃないわよ!!」
 「君は『北風と太陽』の話を知らないのかい?こんなことされた僕が話すわけないと思わないか?」
 「もっと酷い目に遭うのと、さっさと話して解放されるのとどっちが良い?選ばせてあげるわ」
 「・・・・・・是非話させてもらうよ。
 何故こんなこと知っているのかといえば、僕はネルフの結構偉い人物の家にやっかいになっているのさ。その人はいわゆる諜報部門とか言う、まあスパイみたいなこともやっている人でね。重要な情報はきちんと秘匿しているけど、どうでもいい情報はダミーと混ぜて目に付くところに置いているんだ」
 「ふ〜ん。その情報にシンジのことがあったってわけね」
 「写真と近況がね。君のこともあったよ」
 カヲルは頷きながら、周囲に注意を向けた。いつの間にかさっきのカヲルの絶叫で人が集まってきている。可能性は低いがこの中に彼への刺客が混じっているかもしれない。カヲルはやれやれと肩をすくめた。そろそろ話は終わりだね。信じられないくらい酷い目にあったけど、まあ楽しかったよ。カヲルは考え込んでうつむくアスカの顔を見ながらそう思った。先ほどまでの皮肉な笑みではなく、純粋に楽しそうな笑みを浮かべると、そろそろとアスカから距離を取り始めた。1mほど距離が開いた時、ふと思い出したようにアスカが顔を上げた。
 「私の何が書いてあったのか気になるけど、それはまあ置いといて・・・。
 あんた何が目的なのよ?私にこんな事話して、なんか利益でもあるの?」
 「利益ならあるさ」
 カヲルの肩にぴょんと猫が飛び乗った。それと同時にカヲルは後ろ向きのまま歩き始める。
 「なによ?」
 「おもしろいからさ」
 「はあ?」
 「今は小さくても、種はじきに大きくなるモノだよ。いつかはきっと巨木になる。
 それじゃあ、また会おう。惣流さん」
 「あ、ちょっと待ちなさいよ!」
 アスカは思いだしたように追いかけるが、カヲルには追いつけない。じりじりと距離が開く。カヲルは後ろ向きのまま走っているにも関わらず。





 カヲルは完全にアスカ前から姿を消すと、人気のない裏通りにはいっていった。
 彼から少し離れたところをつかず離れずで着いてくる気配が複数。いずれも洒落にならない殺気を身に纏っている。
 唐突にカヲルは立ち止まると、着いてきているだろう影に向かって凄惨な言葉を発した。それは先ほどまでアスカとドツキ漫才をやっていた少年が発した言葉とは、とても信じられないくらい、重く、冷たく、鋭い言葉だった。

 「ここまで来れば人目を気にする必要はないね。遊んであげるよ。坊や達・・・」

 カヲルの肩にいた猫、シュレディンガーが全身の毛を逆立てて牙を剥き出しにした。



 数分後、血の匂いの立ちこめる薄暗い裏通りにカヲルは立っていた。彼の周りに人だった物がいくつか転がっている。その中心でカヲルは両手をポケットに入れたまま悠然と立ちつくしていた。
 「派手にやったな・・・」
 ふと気がつくと、カヲルのすぐ後ろにはよれよれのシャツを着た無精ひげの男が立っていた。カヲルに欠片ほどの気配も察知させなかった男。
 彼の名は加持リョウジと言う。と殺場のような空間に恐れることもなく入り込む加持に向かって、どこか感心したようにカヲルは声をかけた。
 「加持さん。いけませんでしたか?」
 「いや・・・。君が派手に暴れてくれたおかげで、お姫様に張り付いていた監視の方も片づいた」
 「そうですか。それは良かった。
 ・・・それより、着替えはありますか?返り血を浴びてしまって・・・。こんな姿のまま帰ったら、わかっていてもキョウコさんは卒倒してしまいかねませんから」
 言葉通りカヲルの体は真っ赤に染まっていて、彼の足下では毛皮に付いた血をシュレディンガーが舐め取っていた。気の弱い人間なら気を失いかねない猟奇的な光景にひるむことなく、加持は鞄に入っていた着替えとタオルをカヲルに渡した。渡しながら納得できないといった風に声をかける。
 「辛くないのか君は?フィフスチルドレンとして表にでられないことが。こんな塗れ仕事の手伝いをやらされて・・・」
 「僕でないとできない仕事です。こればかりは、アスカ君にも、日本にいる綾波レイにもね。手を血に染めるのは僕一人で十分です。それにいずれは僕も表の世界に出ることはできます。辛いことなんてありませんよ。
 ・・・感謝しているんですよ。僕の正体を知っても抹殺せず、それどころか保護してくれたユイさんやキョウコさん達には」
 「その恩返しなのか?これが・・・。冗談じゃないな、まったく」
 加持は吐き捨てるようにそう言った。それはカヲルにこんな辛い定めを負わせた神に対する呪詛だったのかもしれない。



 「アスカ!先日男と一緒にいたってのは本当なのかい!?」
 アスカがゾイドから降りて、タラップに足をかけた瞬間、カールはでっかい声でそう言った。アスカの顔が恥ずかしさで少しゆがむ。
 「な、何であんたがそんなこと・・・」
 「やっぱり本当だったのか!昨日、ラインハルトが公園で男と話している君を見たって言ってたんだ!」

 (あいつ、学校さぼって遊んでいやがったのね。学校にちくって退学にさせてやるわよ)

 アスカはそんなことを思ったが、表面には出さなかった。そんなの彼女のキャラクターじゃないし。
 「げっ、アレ見られたの?」
 「どうしてだい!?アスカは誰の物にもならないと信じていたからこそ、撃墜されまくってもおとなしく引き下がっていたのに!!」
 「人を物扱いしないでよ。それに何か誤解しているみたいだけど、アレはデートなんかじゃないわよ」
 信じないだろうなあと思いながらも、アスカは一応言い訳した。言った直後に何で言い訳しないといけないんだろうと自分で自分に腹を立てた。理由を言えば、彼女はなんだかんだ言ってもカールのことは好きではないが、嫌いでもない。つまり、友達と思っているのだ。つまり友達に尾を引くような不快な思いをさせたくない。もっとも彼女自身はそれに気がつくことはなかったが。
 ちょっとムッとした顔をするアスカに、何かを感じたのかカールはますますいきり立って声をだす。照れていると誤解したのだが、一度そう思うともう止まらない。
 「言い訳するなんて、アスカらしくない!ラインハルトだけじゃなくて、ジークフリードも見ていたんだ!2人ともアレはデートだったって言ってたぞ!!」
 2人がどんな奴らか知らないが、アレがデートに見えたのなら、彼らには目玉ではなくガラス玉がついているらしい。
 「ああ、もううるさいわね〜。そんなに言うなら、今度あんたともデートしてやるわよ」
 面倒くさくなったアスカは投げやりにそう言った。言いながら別に一回ぐらいデートしたって構わないかなとアスカは判断した。いい加減、カールをあしらうのもめんどくさいし。

 (別に今現在シンジとつき合っているわけでもないから、浮気にはならないわよね?)

 投げやりな言葉だとはいえ、アスカの言葉にカールは嬉しそうな顔をした。間違いなく、千里の道も一歩からと思っているのだろう。
 「本当かい!?いやあ、言ってみるものだね」
 「ただし」
 カールとは対照的に仏頂面で、あさっての方を向いたまま口を開くアスカ。
 そんなアスカをまじまじとカールは凝視した。どんな条件を付けられるのか、ちょっと不安に思いながら。
 「ただし?」
 「あんたが、なんか一つでも私に勝ったらね」
 「身長・・・」
 「あんたバカァ?この場合そういうのは除外するに決まってるでしょ!!」
 「ということは、アレかな?たとえば、ゾイドの操縦で勝ってみろって事なのかい?」
 「・・・・・・まあそんなところね。何をもって勝った負けたって判断するかはあんたに任せるけど、つまらないことで勝ったからデートしてくれって言ってきたら、殺すわよ」
 「わかってるさ。アスカが今までできなかったことを僕ができれば、僕の勝ちと認めてくれるね?」
 「ま、ね。何をするつもりなのかは知らないけど。精々がんばんなさいね」

 アスカはそれだけ言うと手をヒラヒラ振りながら、待機所まで歩いていった。この時、アスカは自分の言った言葉がとんでもないことを引き起こすなどとは思ってもいなかった。そして、これが生きたカールを見る最後の瞬間だとは。



 管制室から、ゾイドケージにいるカールに向かってアナウンスがかけられる。
 管制室にほんのわずかな一瞥を投げかけた後、カールは視線を目の前に鎮座する金属の塊を見上げた。白色と黒色の超金属でつくられた象。その名をエレファンタスと言った。その見た目は象と言うには少しばかり痩せぽっちで、はなはだ頼りなく感じられる。事実兵員輸送や都市の占領を目的としてつくられた機械生命体だ。純粋に戦闘を目的として造られた機体と違い、装甲は薄く武器も貧弱、代わりと言っては何だが、制御は簡単な機体だった。

 (こんな練習用の機体じゃ駄目だ・・・)

 『それじゃあ、カール。エレファンタスの起動実験は準備できてるよ』
 「・・・エレファンタスではなく、ゴドスに騎乗することを希望します」
 『いきなりどうしたのよ?』
 カールの言葉に、起動実験主任の科学者が驚きの声を上げた。それを無視して、カールは言葉を続ける。彼の目はケージの奥に固定された一体のゾイドにジッと注がれていた。
 「いえ、今日の僕は絶好調です。例え肉食恐竜型ゾイドであっても起動できるような気がします」
 『気がするって、そんな曖昧な答えでいきなり予定を変えることはできないよ』
 男のオペレーターがそう声をかけるが、やはりカールは無視した。

 (アスカが唯一起動までしかできず、制御に失敗したゾイド。これを制御できれば、アスカに勝ったといえる!そうなれば・・・)

 そんな少しゆがんだ思いを抱いてるとはまるで感じさせずに、カールは言った。実際彼は自分が思っていることが、ゆがんでいるとは欠片も思ってはいなかった。言っている間に、彼の心はほんのわずかばかり残っていた不安を拭い去り、大胆不敵な根拠のない絶対的な自信で満たされ始めていた。同時に先ほどアスカに言われた言葉、『精々がんばんなさい』が木霊していた。
 その時わき起こった思いを振り払うように、カールはきっと目を見据えた。
 「いえ、大丈夫。この僕にできないはずがない」
 『そうね・・・。物は試しね。カールの予定を変更して、ゴドスの起動実験にするわ。ヨーク君、準備して』
 『そ、そんな惣流司令に怒られますよ。ホーネット博士、考え直して下さい』
 『大丈夫よ。司令の娘のアスカにだって起動(までは)できたんだから。カールなら起動だけじゃなくて、完全な制御もできるわよ』
 惣流司令とキョウコの名前が出たとたん、主任科学者ことホーネットの目にきつい光が宿った。彼女は自分より若いのに、ドイツ支部の司令をし、なおかつ世界的に名を知られた科学者であるキョウコのことを、嫉妬していたのだ。オペレーターのヨークは自分の失策を悟りながらも、なおもか細い抵抗をする。
 『しかし・・・』
 『責任は私が取るわ。カール、ゴドスがどれかは分かるわね?』
 「・・・・・・・わかります。肉食恐竜型ゾイド。・・・これです」
 カールは黒に近い灰色の装甲を持つ、機械生命体の前まで来ると不敵にその光をともさない目を見つめた。
 『そう、それよ。あなたならできるわ』











 その頃、アスカは本部ビル摩天楼にあるカフェでキョウコと一緒にお茶を楽しんではいなかった。何故楽しんではいなかったのかというと、彼女の目の前には、にやにや笑いを顔に浮かべたカヲルがいたからだ。ついでに心底すまなさそうな顔をした加持もいた。

 (加持さんはともかく、何でこいつがここにいるの?ママや加持さんとどんな関係があるのよ?だいたいあんた何者なのよ?)

 アスカはそんなことを考えながら、刺すような目をカヲルに向け、ついでキョウコに、そして少し冷や汗を流す加持へと視線を向けたが、キョウコは屋内なのにかぶっている帽子で視線を隠し、加持はちょっとだけビクッとした目をした後、わざとらしく寝たふり。カヲルは大胆に胸元を大きく開けたカッターシャツを着て、膝に抱いているシュレディンガーと一緒にいかれた笑いを浮かべていた。

 「ちょっと、いい加減にしてよママ。何でこいつがここにいるの?」
 いつまでも黙りを決め込む3人にアスカはとってもご機嫌斜めになった。ビシッと人差し指をカヲルに突きつけ、説明を求める。
 「どこから聞きたい?終わりから?それとも最後?」
 「最初から」
 「話せば長い事よ。昔々、地球がまだ熱くドロドロして混沌としていた時・・・」
 「・・・簡潔にお願い」

 白磁のティーカップがアスカの腕の中でミシリと軋んだ音をたてた。

 たらりと右のこめかみから冷や汗を流した後、キョウコは誤魔化しきれないと悟った。ついでに『ゴルゴより怖い子ね〜』そんなことを考えていたのは秘密だ。加持が『やれやれ大変ですね、司令も』と心の中で思いながら、見守る中、あっさりとキョウコはカヲルと自分の関わりを告白した。 

 「私が彼の保護者なのよ」
 「へっ?」

 その言葉にアスカは間抜けな声を出した後、固まった。ついでその言葉の意味をとまどった顔で考え、そこから導き出される答えにぼんやりした顔をした後、ゆっくりゼンマイ人形のようにきりきりとカヲルの方に顔を向けた。キョウコは予想通り・・・本当は予想より遙かに激しいアスカの反応にちょっととまどい。『作戦は失敗だったな』キョウコ達のガードを担当しているヒゲの軍人はそう呟いた。
 アスカの七面相におやおやと思いながら、カヲルはニヤニヤとチェシャ猫のような笑いを浮かべていた。

 (う・・・うそ?ママの被保護者って事は・・・)

 「ママ!」
 ばんっ!!!

 カップがひっくり返るくらいの勢いで、机に両手をたたきつけるアスカ。彼女の目は血走り、興奮していることが伺える。いきなり激変した愛娘の態度にキョウコは思いっきり腰が引けたが、かろうじて踏みとどまった。なにしろ今は不安定なアスカに、カヲルという重大事を何とか認識させないといけないのだ。彼女も必死になろうというもの。万全を期すために、アスカが慕っている加持を呼び、アスカの機嫌が良くなるように数日前からアスカのスケジュールも調整して望んでいるのだ。ここで逃げるわけにはいかないわ。キョウコは不退転の覚悟を決めた。





 カールが急遽用意されたプラグに入り、そのプラグ内部がLCLで満たされていく。
 『主電源接続』
 『全回路動力伝達』
 『初期コンタクト問題なし』




 「いつの間に、どこの男と寝たのっ!?」

 次にアスカの口から出てきた言葉に加持と一緒に盛大にずっこけた。上品な格好ではしたなくずっこけるのだから、2人揃って威厳ゼロ。2人の毛穴という毛穴から、滝のように汗が流れる。
 「ちょ、ちょっとアスカ!?話が飛躍しすぎよ。しかも下品だわ!」
 「司令そんな問題ではないと思いますが・・・」
 「全くリリンは愉快だね。一部を除いて好意に値するよ。もちろん一部とは君のことさ」
 カヲルは関係ないと言わんばかりに片手で目を隠しながら天を仰ぐ。当事者のくせに良い度胸だ。この時、キョウコはかすかながらもカヲルに対して殺意を抱いた。誰のためにやってると思っているのよ。そう思いながら。
 「あなたは黙ってなさい、カヲル。話が益々混乱してややこしくなるでしょう」
 キョウコが茶々を入れるカヲルを睨むが、誤解して目が曇ったアスカには、それが優しい視線を向けたように見えた。
 「何のよどみもなく、名前で呼んでる・・・。やっぱりこいつは私の弟、もしくは兄なの!?冗談じゃないわ、こんな奴!」
 「僕が君と兄妹? ふっ、冗談も休み休み言って欲しいね。この僕が君と血が繋がっているように見えるのかい?だとしたら眼科に行くべきだ。意外に君は眼鏡が似合うかもしれないよ」
 カヲルがとてつもなくおもしろい冗談だね!とばかりに肩をすくめ、鼻で笑う。膝の上に座るシュレディンガーも追随するようにニャーと鳴いた。それはそれとして結構アスカに眼鏡って似合うのかもしれない。
 正体不明のカヲルのその態度にアスカは、益々声を荒げた。ちなみにキョウコと加持は固まっていた。
 「じゃあ、あんたは何者なのよ!?
 ま、まさか昔、助けてもらったのに、恩知らずにも乗っ取りをたくらむディオ・ブ凸凹ドーみたいなことを考えてるんじゃ・・・」
 「ふ、古いね君も・・・。君が生まれる遙か以前に終了した話じゃないか」
 「あんたこそ何で知ってるのよ」
 アスカのディープなセリフにさすがのカヲルもちょっとだけ汗を流した。しかしカヲルもなんだかんだ言って知っているのだから、人の事は言えない。それにしても何故カヲルはジ○ジ○を知っているのだろう?(しかも第一部)謎だ。アスカが知っている理由もついで言えば謎だ。




 カールがハッと気がついたとき、彼は何もない空間に裸で浮かんでいた。

 「な、なんだここは!?いきなり変なところに!?」
 『聞け!』
 「!? 誰だ!!」
 『我こそはミルタの森に住まうタルタロスの分身がひとり。汝、我の主君に足るべき者か試練を受けよ!』

 精神空間のただ中で、カールはとまどい、恐怖に震えた。ここに存在する全ての物は魂の産物。物質世界の価値観が通用しない世界だ。カールは自分の心の虚飾がはぎ取られたことを感じ、恐怖におののいた。目には見えないが、すぐ近くに存在する圧倒的な悪意に身悶えした。彼は今更ながら、分不相応なことを、決して起こしてはいけない、ふれてはいけない存在を呼び起こしたことを悟った。
 そして、ゴドスの意志はカールに襲いかかっていった。
 心を逆に支配される寸前、カールの心に浮かんだのは狭い部屋でむせび泣く幼い頃の自分だった。

 『汝は我が主君の資格を有せず!自らを知らぬ愚者に報いを!!!』




 「もうそれくらいにしたらどうだ2人とも。話がさっきから全く進んでいないぞ(水と油だな。この2人は・・・)」
 「ご、ごめんなさい。あれ?何で加持さんそんなに疲れた顔をしてるの?ママまで・・・」
 2人の会話が平行線でずれまくることに、業を煮やした加持が横やり、もといフォローを入れる。さっきから2人はずっと言い合いを続けているのだから、横で聞いている加持にとってはたまらない。いきおい加持の言葉はちょっとだけきついモノだった。
 『加持さ〜ん♪』なアスカは即静かになり、加持にいろんな意味で恩のあるカヲルも、ふっと笑った後口を閉じる。キョウコもやれやれと、ハンカチで額を拭った。シュレディンガーだけがつまらなさそうに目を閉じてカヲルの膝の上で丸くなった。
 「はあ、どうしてたった一言言うだけなのにこんなに疲れないといけないだ?
 手っ取り早く言うぞ。アスカ、トラバース法って知ってるか?」
 キョウコの質問にこくんとうなずくアスカ。
 「・・・セカンドインパクトで親を失った子供、子を失った親が多数いたからその対策として全世界規模で行われた最初の国連法でしょ?」
 アスカの言葉にうなずき、加持の言葉を引き継いでキョウコが言葉を続けた。
 「そう。カヲルはそのトラバース法で家に成人するまでの間すむことにな・・・」
 「いやよ!男なんかと一つ屋根の下で暮らさないといけないなんて!襲われたらどうするつもりなのよ!?」
 キョウコの言葉を遮ってアスカは叫んだ。






 『シンクロ率・・・!?数値がめちゃくちゃだ!』
 『そ、そんな・・・。回路を切断!プラグを緊急射出!』
 『駄目だ!反応がない!』






 我を忘れて叫ぶ予想通りのアスカの姿に、キョウコは心の中でため息をついた。わかっていたとは言え、アスカがこの言葉を受け入れなかったのは彼女にとってきついことだった。それでも一応フォローはしておくキョウコ。カヲルに同居は難しくなったわと、目で訴えた後アスカに向き直った。
 「カヲルはそんなことしないわよ。たぶん・・・」
 「たぶん!?」
 心に渦巻く拒絶の嵐の影響もあって、凶暴な目をカヲルに向けるアスカ。視線で人を傷つけることができたなら、きっとカヲルの眉間には穴が空いていた。気にせずカヲルは涼しい顔で、お茶に口を付けた。
 「・・・キョウコさん、それフォローになってませんよ。まあ、僕から保証しても君は納得しないと思うけど、大丈夫だよ。僕だって命は惜しいからね」
 「それどーいう意味よ!?」
 「そのまんまの意味さ。わからないのかい?君はもう少し落ち着いて考えることを学ぶべきだね」
 「良い度胸ねぇ・・・。私にそんなことを言って許されるのはママと、加持さんと、お義母様(ユイおばさま)とし、し、シンジだけなんだから・・・」
 はじめはきつぅい言葉だったが、お義母様あたりからフリーフォールも真っ青な勢いで声が小さくなっていく。いつの間にかアスカは全身を真っ赤に染めて、押し黙っていた。その姿を見て、心を落ち着かせるようにキョウコはハーブティーを口に含む。直後、カヲルのと違ってすっかり冷え切っていたためいや〜な顔をした。
 「(これだけ前後で全然違うセリフなんて初めてだよ。意外だね、彼女にこんな可愛らしいところがあるなんて。それとも、これこそキョウコさんが言った、決して許してくれないことの結果か・・・)それはすまなかったね。それより君は誤解しているよ」
 「誤解?」
 「僕はあくまでキョウコさんには保護者になってもらっうだけで、実際に住むのは君たちの家じゃないよ」
 本当はそうなる予定だったのだが、このぶんでは絶対無理だと判断したカヲルは自分の意志で話を先に進めることにした。同居はしないとはっきり口に出したのだ。キョウコが驚いた顔をするが、あえて無視する。別にカヲルは無理してまで同居をしたいわけではない。あくまで、他人と一緒に暮らすことに対して漠然とした憧れを持っていたにすぎないのだ。だから、彼はあっさりと同居を諦めた。

 「(どうせ同居するなら、シンジ君か、僕と同じ存在である彼女と一緒の方が良いからね)・・・納得したかい?」
 「あ、なんだそうだったの。だったら早くそう言えばいいじゃない。なにぐずぐずしてたのよ」

 (((ぐずぐずしてたのは、アスカ(ちゃん、くん)のせいだろ!?)))
 (にゃーーーーん)

 とたんに人懐っこい笑顔を向け、はにかむように笑うアスカに向かって、3人と一匹は心の中でこれ以上ないくらい力のこもった突っ込みを入れた。





 「フォオオオオオオオォォォン!!!」
 慌てふためく人の技をあざ笑うかのように、ゴドスは雄叫びをあげてケージに強烈な敵意をばらまいた。まともに浴びたら、愧死してしまいかねない強烈な意識の乱流が更に喧噪を激しくした。おびえた他の草食獣型ゾイドが、誰が乗っているわけでもないのに、勝手に動き、ゴドスから逃げようと少しでも離れようと出口に突進したのだ。
 ケージの扉が大破し、緊急用の防護隔壁も全て突き破られ、無惨にこじ開けられた大穴からゴドスが姿を現したのはその数分後だった。



 「ゴドスが暴走!?ゴドスは仮とはいえ封印処置されていたはずよ!どうして起動・・・、カールが!?」
 突然の警報に、急いで司令室に駆け込んだキョウコは電話の向こうから伝わってくる情報に絶句した。青ざめたキョウコの顔を心配そうにアスカが見上げる。
 「ママ、カールがどうしたの?」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・カールが勝手にゴドスを起動させて、暴走したらしいの。おかげでケージにいた他のゾイド達まで暴走したらしいわ。第5区画は大混乱よ」
 「・・・あの馬鹿!自分の限界を知らないくせに、無茶するからよ!」
 「アスカ、カールを止めて。このままだとゴドスは重要区画に侵入するわ。最悪、原子力発電施設を破壊されたらとんでもないことになるわ」
 キョウコはゆっくりと受話器を戻すと、厳しい目をアスカに向けて指令を出した。すでに先ほどまでの和やかな雰囲気は一掃されていた。加持はさすがに総司令の片腕だと感心し、アスカは優しい母親が、自分の上司になったことを悟った。
 「わかったわ。必ず止める。そしてあの馬鹿を絶対に助ける」
 「・・・お願いね」

 敬礼をした後ゲーターがいる第4ケージまで走っていくアスカ。
 彼女の後ろ姿を見ながら、キョウコはふっと視線を胸元で組んだ腕に向けた。アスカがしようとしていることが、ほとんど望みのないことだと分かっている。まず間違いなくアスカは戦いをする以上、決して避けては通れない物事に直面するだろう。子供が直面するにはあまりに重い物事に。そしてアスカはきっとそれをやり遂げるだろう。だがその時、アスカの心がどうなるかはキョウコには分からない。最悪、完膚無きまでに壊れてしまう。
 「・・・・・・カヲル」
 「わかっています」
 「第4ケージにゲルダーがあるわ。加持君が場所を知ってる。アスカはきっと耐えられない。だからといってあなたにこんな事を頼むなんて、本当は許されることではないけど、でも、でも・・・」
 「不思議な存在だね。自分より他人の痛みが気にかかるリリンがいる。自分が死んでも、他人を助けようとする。どうしてなのか僕にはわからなかった」
 「・・・・・・・・・・・・」
 「でも、今はわかる気がする」
 「・・・カヲル、ごめんなさい」
 カヲルは返事をせず、ゆっくりと加持の後を追って部屋から退出した。一度も後ろを振り返らなかった。2人が出ていった後、キョウコはいつも被っていた仮面を剥ぎ取り、ゆっくりと肩をふるわせてすすり泣いた。






 ゴドスは発電施設ではなく、そことは全くの反対方向にある、爆発物実験施設に移動していた。そこで逃げ出した小型ゾイドのうち一体を捕食していたのだ。ステゴザウルス型ゾイド『ゴルゴドス』の首をむしり取り、あふれ出る血を啜りながら、肉を咀嚼するゴドス。濃厚な血の臭いが溢れる。ゴルゴドスの尻尾がぶるぶるとメトロノームのように小刻みに震え、足が信じられない力でケージの床に打ち付けられる。だがゴドスはいっこうに気にすることなく、肉を食らい続けた。
 アスカ操るゲーターがゴドスの元に到達したのはその時だった。






 「いい加減にしなさいよ〜!!カールのくせに!!」
 そう言いながらアスカは凄まじい動体視力によって、時速300km以上の速度で投げつけられるゴルゴドスの骨を目で見た後回避した。アスカの避けようとする意志に反応して、ゲーターの横腹に装着されたホバークラフトが凄まじい勢いでエアーを噴出させる。ゲーターが移動した直後、元いた場所に背骨がつきささった。
 「・・・駄目か。やっぱりカールの意識は、心はもう・・・」
 アスカの顔が暗くなる。だが、すぐにアスカはきっとした目を向けると、一度つけたガトリング砲の照準を外した。諦めるわけにはいかないからだ。ここでアスカが諦めたら、カールは決して助からない。アスカは自分が泣きそうになったことに気づかず、いや敢えて無視した。

 「目を覚ましなさいよ!!この私が言ってるのよ!!」
 「ギャオオオオオオオンッ!!!!」

 ゴドスはアスカの言葉をあざ笑うかのように雄叫びをあげた。
 片方は相手を殺す気だが、片方は相手を傷つける意志はない。今のところアスカのずば抜けた戦闘センスと操縦技術によって互角だったが、この均衡が崩れるのはそう遠くない。アスカの額に汗が浮かび、すぐにLCLと混ざって消えた。

















 数分後。永遠に続くかと思われた爆発音と激突音がとだえた。
 静寂が支配する室内の中心部。
 そこで、ゴドスの両腕がギリギリとゲーターの首を締め上げていた。
 激しい戦いの末、ゲーターの背鰭はむしり取られ、右前足の骨は折れている。シンクロしているアスカは苦痛に身悶えしながらも、必死になって呼びかけを続けた。
 「目を覚ましなさいよ・・・」

 ギリギリギリギリッ・・・・!

 ゴドスは返答として腕に力を込めていった。
 ゲーターの流線型の装甲に亀裂が入り、その口から緑色の体液があふれ出る。
 「あんた私を、殺す気なの・・・」
 『アスカ!カールはもう・・・。このままじゃあなたまで死んじゃうわ!』
 発令所からのキョウコの言葉にも耳を貸さず、アスカはカールへと呼びかけを続けた。確かにこの状態で、ガトリング砲を撃てば、ゴドスの頭部は吹き飛び、アスカは易々と勝利を手にすることができるだろう。いや、アスカがはじめから戦うつもりだったら、とっくの昔にゴドスは残骸とかして床に倒れ伏していただろう。
 「私はカールを助けるって、ママに約束したのよ・・・」
 現実にはアスカはカールの救出を諦めることがなかった。キョウコの予想は外れていた。アスカは彼女が思っていた以上に優しく、そして非情にはなれなかったのだ。
 「いい加減気がつきなさいよ。あんた私に勝ったのよ。約束通りデートしてやるわよ・・・」
 アスカの精一杯の言葉。
 ゴドスには何の変化もなかった。
 そしてアスカは、意識を失った。

 (ごめんなさい、ママ。・・・約束守れなくて。でも、友達を殺したくない。わかってくれるよね・・・)

 『アスカ・・・』
 キョウコはスクリーンに映るゲーターの苦悶の様子と、スピーカーから聞こえるアスカの声を聞きながら、力無く呟いた。そして、ほんの少しだけためらった後、新しい通話モニターに向かって口を開いた。
 『カヲ・・・いえ、フィフス。ゴドスを破壊して・・・』
 『了解』
 トリケラトプス型ゾイド『ゲルダー』の頭部に装備されたビーム砲が虹色の光をゴドスの頭部に命中させ、パイロット共々この世から消し去ったのはその直後だった。





 「私、絶対あんたのこと許さない!!」
 アスカはエントリープラグから助け出された直後、ゲルダーに向かって殴りかかっていった。もちろん、生身の人間がどうこうしたからといってオリハルコンで包まれたゾイドがどうこうなるワケはない。アスカにもそれは分かっていたが、それでも彼女はそうしないワケにはいかなかったのだ。
 カヲルはプラグ内で、そんなアスカの顔をジッと見つめていた。

 「僕も許されようとは思わないよ」
 「フィフス!あんた何様のつもり!!出てきなさい!殺してやるから!」
 カヲルの言葉に、アスカはいきり立ってゲルダーの装甲を叩いた。プラグスーツがあるとはいえ、彼女の腕は傷つき鈍い痛みに包まれたが、それでもアスカは止めなかった。

 「ふざ・・・けるんじゃ・・・・・・ないわよ・・・絶対に許さない。私は、あんたを、フィフスを許さない。  ・・・でも、一番許せないのは私自身・・・私があいつを助けられたら、私が操縦をミスしなければ、それより何よりあいつが無茶をしかねないことに気がついていたら・・・」

 どさっ

 そこまで言ってアスカは貧血でも起こしたのか倒れた。ボロボロになった床に、彼女の赤い髪がふわりと広がった。
 「私が悪いのよ・・・。私がぁ・・・」
 床に倒れたまま、うつろな目でぶつぶつ呟き続けるアスカにキョウコは息をのんだ。非情に危険な状態だった。
 「アスカ!?(そんな、まだ早すぎる!)」
 「いかん!救護班!」
 加持の先導で実験室にやってきた救護班に運ばれるつぶやき続けるアスカと、無惨なカールの亡骸を見ながら、キョウコは必死に叫びだしたくなる心を抑えていた。その場は何とか押さえることができたが、彼女は誰かに支えて貰いたかった。そして彼女は決心をした。自分のため、何よりアスカを殺さないため、すぐにでも日本に行こうと。

























 「ねえ、ママ。こっちの準備できたわ」
 「わかったわ」
 荷物をダンボール箱に詰め終わり、少し疲れた顔をするアスカをまぶしそうに見つめながら、キョウコはほんの数ヶ月前のことを思い出していた。アスカは突然現れ、カールごとゴドスを吹き飛ばしたフィフスチルドレンを深く憎悪した。そうしなければ、自分が無力な役立たずと思いかねないから。その正体が、戸籍上兄妹となったカヲルとは知らずに。

 (アスカ、ごめんなさい・・・。あなたを助けるためとはいえ、またあんな事をして・・・)

 「日本か・・・」
 家具が片づけられ、妙にだだっ広くなった部屋に大の字になって寝転がりながら、アスカはそう呟いた。少しだけ寂しそうな目をするアスカに向かって、キョウコは優しく話しかける。
 「アスカ、行きたくないの?」
 「カールが死んだことと向き合うことができないで、逃げるみたいだし。あんまり行きたくない・・・。」
 「アスカ、あなたがそんな辛い思いをする必要ないのよ。何度も言うけれど、カールが死んだことはあなたのせいじゃないわ」
 「ありがとう、ママ。そう言ってくれて・・・。
 でもやっぱり私のせいだと思う。もう少しあいつに優しくしてあげれば、カールは無茶をしなかったんじゃないかって、たぶん私は思い続けると思うわ」
 アスカはそう言うと、手で顔の上半分を隠した。涙をキョウコに見られたくなかったからかもしれない。アスカは自分が思っていた以上にカールのことを気にかけていたことに、好意を寄せていたことに気がついた。それを今頃になって、カールが死んでから気がついたことで、アスカの心は締め付けられるように苦しくなった。心の痛みを表すように、体を小さくするアスカ。そんなアスカを見ながら、キョウコは思った。この子は一生、カールのことを負い目として心に背負い続けるのかしら?と。そして改めて思った。この子を救うために、日本に行こうと。

 (アスカは変わったわ。一見、以前とは変わりないように見える。実際記憶に差違があるわけでもないし、人格が変わったわけでもないわ。でも、私にはわかる。アスカはあの時以前のアスカとは違うアスカだって。神様、もし本当にいるのなら、あなたはなんて無慈悲なのかしら。私が罰を受けるのは構わない。でも、どうしてアスカや、カヲルや、カールやそのほかの子供達にあんな過酷な運命を背負わせるの?)

 「カールのこともそうだけど、せっかくできた友達と離ればなれになるのは辛いかな。ねえ、ママ。私、日本に行ったら嫌われないかな」
 「どうしてそんなこと聞くの?」
 キョウコは話の流れが変わったことに、少しほっとしながらアスカの顔を覗き込んだ。アスカは少しだけビクッとしたが、そのまま言葉を続けた。とにかく自分の思いを吐き出したかったからだ。
 「だって・・・私自分でもわかってる。嫌な女だって。きっと友達なんかできないわ」
 「できるわよ。アスカなら・・・」
 「そう・・・って、どうしたの?怖い顔して・・・」
 「な、なんでもないわ。ちょっと考え事してて・・・」

 (神が黙して語らないなら・・・)

 「そういえば、ママ。日本には総司令・・・ユイおばさまがいるのよね。それでね、確か、私がほんの小さな子供だった頃、一緒に遊んだ奴。そいつ確かおばさまの息子だったわよね?シンジって言ったかしら。私のこと、昔した約束のこと覚えてるかな?」

 (・・・本当に、私達がアスカとシンジ君にしたことは正しかったのかしら?)

 「どうかしらね・・・」
 「今思うに、いくら子供の頃のこととはいえ、よくあんな事・・・したものね」
 アスカは少しだけ懐かしむような顔をした。それはカールが死んでから初めてアスカが浮かべた笑顔だった。アスカは今ようやくカールのことを吹っ切れたのかもしれない。






後書き

こ、これまた暗い。
それはともかく、外伝2話目です。結構質問に多かった、アスカとカヲルの過去のお話です。別に昔アスカとカヲルはできていたわけではありません。
ところで、レイコはまだリナレイと本編レイを同時に出したいから作ったキャラで、オリキャラとは完全に言い切れないけど、これに出てきたカールビンソン・ブラウンシュヴァイク君は完全にオリキャラです。う〜〜む、こうして読み返してみると、ひでぇ扱いだな彼。アスカには結局最後の最後までつれなくされるし、タルタロスに心を陵辱されて操り人形にされてしまうし、とどめにカヲルに殺されてしまうし。
で、話を変えますと、アスカ達はこの直後日本に行き、その数ヶ月後第三使徒が、そしてシンジが第三新東京市にやってくることになります。だいたい時期的には、外伝1とほぼ同じ、第1話の1年前と言ったところです。何で、そんなにシンジが来るのが遅くなったのかと言えば、ユイさんが巻き込みたくないと最後まで渋っていたからです。こうして考えると、優しいのかエゴバリバリなのかわからない人ですね、ユイさんって。(あくまでこの作品においてです)
ちなみにもう一人の当事者であるカヲルは加持の家にやっかいになるのですが、加持にいらん事をいろいろ教えられた結果、凄まじいばかりの遊び人となってしまいます。曰く、こんなにも楽しいことがあるのか。リリンの体には秘密が溢れている。
さいてー。
シュレディンガーは日本に来る直前、仲の(いろんな意味で)良かった女の子の家に預けることになります。今のところ再登場の予定はありませんが、もしかしたらまた出るかも。

あとアスカの性格が最初と最後で違いますが(シンジにラブラブだったのに、いきなり変わるところです)、その理由は今は秘密です。第2部をご期待下さい。
しかし、秘密を解くつもりで書いた話なのに、かえって秘密を増やしてしまった気がする。どうするナリか、吾輩は。
いかんナリ、コロスケ語が出てしまったナリ。これ以上ここにいると、某所のノリで暴走してしまうナリよ。
と言うわけでこれまで!さよなら〜〜♪
次の話(外伝3)も乞うご期待!ナリ

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