Neon Genesis Evangelion SS.
8.オニノセンリツ
葛城さんが僕達を案内した先は、ずいぶんと大きな工場のような場所だった。
天井が高くて、とても広くて。 そして、そこには血の匂いが満ちていた。
「ここ、どこですか?」
「エヴァンゲリオンの格納庫よ」
「エヴァンゲリオン?」
「ネルフの主力兵器で、人類最後の希望たる音使いの巫女とやらを守る無敵の鬼ってトコかしらね」
人類最後の希望・・・音使いの巫女?
「ま、詳しい話しは、司令から聞かされると思うから、今はだまってついてきてねん」
そんなずっと上機嫌のままな葛城さんの後に続いて、僕とカムイさんは黙ったまま歩いてゆく。 そして、見覚えのある角の生えた巨人の顔の前で、僕は父さんに再会したんだ。
「間に合ったか。 ・・・久しぶりだな、シンジ」
「とうさん・・・」
「それに名無君とも久しぶりだ。 ・・・元気なようで安心した」
『勿体ないお言葉です』
どうやら父さんとカムイさんは面識があるようだった。
「・・・ところで、葛城君の様子がおかしいが・・・言霊(ことだま)を使ったのか?」
『必要だと判断しました』
「彼女は現場での指揮官だ。 戦闘開始までに元に戻しておいてくれたまえ」
『・・・はい』
申し訳なさそうに答えたカムイさんを見て、なんとなく僕はイライラするモノを感じていた。
「父さん」
「聞きたいことは色々とあるだろうが、今は時間がない。 この戦いが終わった後でなら、いくらでも無駄話しにつきあってやるから、今は私の指示に従うのだ。 ・・・いいな、シンジ」
そんな父さんの一方的な言葉にムッとなったのは確かだったけれど、一歩踏みだそうした僕の方をカムイさんがそっと押さえてしまったことで、僕は父さんに掴みかかる機会を逃してしまっていた。
「赤木君。 準備のほうは出来ているか?」
「すべて完了しています」
「では、二人に戦闘服を。 あと、シンジには初号機の操縦に関するレクチャーを頼む」
「わかりました」
父さんは僕に背を向けたまま、携帯電話のようなものを取り出すと、どこかと話しを初めてしまう。
「冬月。 葛城君が名無君の言霊を受けたらしい。 ・・・ああ、そうだ。 早急に医療班に連絡してくれ。 大丈夫だ。 記憶の回復は難しいだろうが、回復プログラムに従って処置すれば、30分もあれば現場に復帰できるようになるはずだ。 ・・・心配は無用だ。 言霊の解除には名無君は立ち会うそうだからな。 ・・・わかった、そっちの準備も急がせてくれ」
話しを終えたらしい父さんは、カムイさんに後で人をよこすから、ここで待っていてくれと言い残して歩き出してしまう。 そして、赤木さんは、僕にレクチャーをするための準備があるからといって、広いフロアの端のほうにある端末にむかって歩いていってしまう。
あれよあれよという間に、話しが進んでいってしまっていた。
いつのまにか、僕は父さんの言葉に合意したことになっているらしい・・・。
それなのに、状況というものが未だによく分かっていない僕。
そんな僕の横でなぜだかニコニコしている葛城さん。
そして、カムイさんは、心持ち緊張した顔で、エヴァンゲリオン(なのだと思う)のほうを見上げていた。
「・・・どうしたの?」
『不思議な空気を感じていました』
「不思議な、空気?」
『このモノは、とても大きな力を秘めています。 そして、力以上に大きな凶暴さも秘めているはずです』
「そんなことまで分かるの?」
『それが私の力ですから。 ・・・ですが、それだけではないような気がするのです』
すこしだけ、考えるようにして。
『なにかを守りたい・・・何かを守り抜きたい。 このモノには、そんな様々な想いが込められているような気がします』
「・・・」
そう言われて、僕も巨人のほうを見上げてみた。
「僕には、単純に怖そうなモノにしか見えないよ」
『想いとは、私にとっては旋律です。 無数に絡み合い、複雑な色合いをもつ音となって宿るのです』
「・・・これに、そんな想いがあるっていうの?」
『大きな・・・子供を腕に抱く母親の心のような色合いをもった想いです。
それが、悪しき想いであるはずがないのです』
カムイさんが言うのなら、そうなのかも知れない。
我ながら単純すぎるような気もするけれど、そう思い直していた。
これが人類を守るために作られたっていうのなら・・・これを作るのに関わった大勢の人たちが、みんな願いってやつを込めたってことなるんだと思ったんだ。
それが・・・悪い願いのはずがないんだ。
「・・・手を貸してくれるかな?」
僕は、紫の巨人に語りかける。
これから一緒に戦うことになる、この大きな巨人に。
「僕と一緒に、カムイさんを守ろう」
そんな僕の言葉が聞こえたのかな?
巨人の顔が、ゆっくりと上下に動いたんだ。
「・・・そんな・・・まだエントリーもしていないのに」
赤木さんの驚く声が聞こえていたけれど、なぜだか僕はあまり驚くことがなかった。
それどころか、妙に納得してしまっていたのかも知れない。 だから、こう考えていたんだと思う。
大丈夫。 コイツは信用していいって。
僕をきっと裏切らない。 きっと力を貸してくれるって。
それは、赤木さんやカムイさんに確認するまでもなく、僕にも理解できていた。
9.ゲキレイ
シンクロ率87.67%。
それが僕の初搭乗時の記録で、世界新記録となる数字だったらしい。
「良い数字だわ」
「どうも」
最初、LCLとかいうのを飲み込むのがすごく苦しかったけどね・・・。 でも、それさえ終わってしまえば、あとは何の問題もなかったように思う。
それまで狭い場所に閉じ込められているような圧迫感があったのに、今はもう感じてない。
それは多分、エントリープラグとかいう、僕が今乗っている筒の内側がスクリーンみたいになって回りが見えるようになったのも大きいんだと思うのだけど・・・。
「赤木さん」
「なに?」
「なんか感覚っていうか・・・体のあちこちが引っ張られるような感触があるんですけど」
「おそらくは、フィードバックでしょうね」
「フィードバック?」
「アナタがエヴァと問題なくシンクロしている証拠のようなものよ。 今現在、エヴァは体の色々な箇所を拘束具で固定されているの。 そのせいで、アナタも圧迫感のようなものを感じてしまってるんでしょうね」
つまり・・・。
「それって、このエヴァが感じている感覚を、僕も感じてるってことですか?」
「ええ。 シンクロするということは、擬似的にせよパイロットと機体が一体化している状態のことを指すの。 つまり、アナタは機体の損傷を痛みとして感じとることになるわ」
それって、もっとわかりやすく言うと・・・。
「もしも、機体が完全に壊れるような大きなダメージを受けると、僕も瀕死の重傷を負うか・・・最悪、死ぬことになるってことですか?」
「痛みは擬似的なものよ。 実際に、アナタの体が傷つくことはないわ。 もっとも、それによって意識を失うことはあるかもしれないけれど・・・。 でも、死ぬほどの痛みは感じないで済むはずよ」
はず・・・ねぇ。
「正直に言うと、あなたほどの高いシンクロ率をもったパイロットは初めてなのよ。 これまでの実験に参加してもらっていたパイロットのシンクロ率は平均45程度・・・アナタの半分程度だったわ。 だから、その子で大丈夫だったからアナタも大丈夫だとは、正直言えないわね。 でも、そのフィードバックのレベルは、こちらでもいつも監視してるし、同調率を低下させる操作をすることで、アナタに跳ね返ってくる痛みを軽減できるから安心して」
まあ、それなら・・・大丈夫、なのかな。
「・・・ただ・・・」
「ただ、なんですか?」
「フィードバックのレベルをあまり下げすぎると、機体との同調率が低下してしまうの」
「シンクロ率ってやつですか?」
「そうね。 エヴァは十分なシンクロ率がないと上手く機体を操作できなるなる問題があるのは説明したわね? だから、よほど酷い事にならない限り、フィードバックの数字を下げることは出来ないと思うわ」
「・・・」
僕の乗る、この機体が生き物なんだってことは既に聞いていた。
人造人間って呼ばれるくらいに機械的な部分が少なくて、体のほとんどの部分が筋肉とか骨とかの・・・生き物としてのパーツのままなんだって。
そんな巨大な生き物の体に、機械のパーツを色々と埋め込んであるんだって聞いている。
僕が擬似的に繋がることで、一つの生き物・・・生物兵器って存在になるんだって。
赤木さんは、僕に、そう説明してくれていた。
「赤木さん」
「なにかしら?」
「僕は、勝てるでしょうか?」
正直、不安が大きい。
エヴァは僕を認めている。 自らの意思で、僕がエヴァと一つになることを許しているし、手を貸そうという意思ももっているんだと思う。
赤木さんも、そう言っていたけれど・・・。 でも・・・それでも、不安だった。
僕は、この機体が一度は、あの使徒という名前らしい黒い怪物に負けるところをみてしまっていたから。
「この機体って、一度は負けているんですよね?」
「ええ。 ほどんど有効なダメージを与えることができないままに、その機体は負けたわ」
「・・・僕なら勝てるっていう根拠というか・・・なにか確信できるようなモノはあるんですか?」
「そうね・・・」
少しだけ間をあけて、赤木さんは僕に教えてくれた。
「ATフィールドの説明をしたのを覚えているかしら?」
「はい。 覚えています」
「これは予測でしかないのだけど、アナタなら、その機体を使ってATフィールドを張れる可能性が高いわ」
「・・・これまでは、ATフィールドを使っていなかったんですか?」
「使えていなかったのよ。 おそらくはパイロットの資質の問題か、機体との相性・・・もしくは、単純なシンクロ率の問題でしょうね」
「僕なら、使えるんですか?」
「試してみないと分からないわ。 でも、私は使えると判断したの。 それだけは忘れないで」
「・・・はい」
ATフィールド。 相手を・・・敵を拒絶する、心の壁。
使徒とエヴァンゲリオンの両方がもっている、絶対の防壁。
これを敵もつかっているせいで、普通のミサイルとかが効果を上げることが出来ていなかったらしい。
「コツとかってないんですか?」
「私はエンジニアであってパイロットではないから、そういった分野では具体的なアドバイスらしいことは出来ないわね。 でも、ヒントを出すくらいなら出来るかも知れないわ」
「お願いします」
この際、この機体に詳しそうな人に何でも良いからヒントを貰っておくべきだろう。
「使徒を憎みなさい。 アナタにも大事な人の一人や二人はいるでしょう? そういった人を傷つけ、苦しめるだけでなく、この星の全ての人間を殺そうとしているのが、あの怪物なのよ」
「・・・」
アレを倒せない限り、人は滅びることになる。 僕は、そう聞いていた。
「それに、名無さんを助けたいのなら、アナタはあの生き物を動けなくなるまで痛めつける必要があるわ。 相手が生き物だなんてこと忘れてしまいなさい。 あれは私たちネルフの敵・・・人類の敵でしかない化け物なんだとでも割り切って、思い切り痛めつけてやるのね。 ・・・できれば、死ぬ寸前くらいまで痛めつけてくれるとありがたいわ」
死にそうになるまで痛めつけろって・・・。 正直、できるかどうか分からない。
「・・・僕に、それをやれっていうんですね」
「できなければ、私達は負けるわ。 そして、最初に、彼女が死ぬことになるわね」
つまり、カムイさんが。
「私たちがアナタに望むことは、そう多くないわ」
「・・・勝つことですか?」
「負けないことよ。 とにかく時間を稼いでちょうだい。 できれば、敵を痛めつけてくれると助かるわ」
それだけカムイさんの仕事がやりやすくなるってことなんだと思う。
「カムイさんの場所は、分かるんですか?」
「アナタの目に見える位置に、周辺の地図を表示させて、彼女の位置を常に赤いマーカーで表示しておくから、それを見ながら戦いなさい。 ・・・言わなくても分かると思うけれど・・・」
分かってますよ。 その位置に、あの化け物を近づけるなってことですよね?
「・・・それじゃあ、あとはミサトに任せるわ」
「葛城さんに?」
「戦闘の指揮は彼女の担当なの。 ああ見えても、指揮の腕は確かなのよ」
その言葉を最後に、赤木さんの声は途絶えて、代わりに葛城さんの声が聞こえてくる。
「遅くなってご免なさい。 私の声、分かるわね?」
「はい。 それより大丈夫なんですか?」
「え? 大丈夫よ。 こうみえても結構鍛えてあって、頑丈なんだから」
そういう問題じゃないような気がするのだけど・・・。
「とにかく、こっちの心配はいらないから、アナタは全力で使徒を迎え撃ちなさい。 いいわね?」
「はい」
「オーケー。 それなら、リツコからも説明があったと思うけど、一応作戦の確認をしとくわ。 アナタから見て左上の位置に地図が表示されているわね?」
「あります」
「使徒の進行してくる方角からして、地図上の赤いラインのどこかで接触することになるでしょうね。 だから、まずはA地点。 ここに、アナタだけを射出するわ。 これは、あとから地上に上がる名無さんの安全を確保するためよ。 そして、頃合いを見て、この位置・・・地図の上に、赤い丸が表示されているのは分かる?」
「わかります。 赤く点滅していますよね?」
「そうね。 その位置が、名無さんの待機位置で、使徒を最終的に迎撃するポイントになるわ」
「・・・」
「アナタには、そのポイントを背後に置く形で使徒と向かい合って貰います。 いちおう、名無さんを地上に出すまでは、そのポイントも変更が可能だけど、彼女の役割と地上での安全性とかを考えたら、どうしても場所の変更には時間がかかることになるわ。 だから、できるだけ赤い丸のビルに被害が及ばないように注意して欲しいの」
正直、難しいお願いだと思う。 だけど・・・カムイさんが、あんな化け物の攻撃の直撃を受けたらどうなるかなんて考えるまでもないし、ビルが崩れたりなんかしたら、死んでしまう。 それを考えると、絶対に攻撃を後ろに逸らしたりしたらダメなんだってことは僕にも理解できていた。
「死ぬ気になって頑張ります」
「ダメよ! そんなまなっちょろい覚悟じゃぁ!」
「・・・」
「いい? 絶対に、生きて帰ってきなさい! ・・・ホントは、アナタも名無さんも、二人一緒に無事に帰ってくるのがベストだけどね。 でも、それが出来なかったとしても絶対に死なないこと。 どれだけ窮地に追い込まれても、絶対に諦めないって約束しなさい!」
・・・そう、だよね。 最初から死ぬ気じゃ、ダメなんだ。
「はい。 絶対に、カムイさんを守り抜いて、生きて帰ってきます」
「ん〜。 い〜返事だわ〜。 それでこそ男の子よね〜」
・・・この軽いトコさえなかったら、かっこいい人なんだろうけどね。
「それじゃ、最後に司令からの言葉よ」
父さんの?
「・・・シンジ。 これから言うことをよく覚えておくのだ」
「・・・」
「名無君は、お前をパートナーとして選んだ。 碇の血と名をもつお前なら、自分を"こちら側"につなぎ止めることが出来るかもしれないと考えたのだろう。 そのことを、決して忘れるな。 彼女が生きて帰ってこれるかどうかは、全て・・・お前の心次第だ」
僕の、ココロ?
「具体的にどうしろって指示はないの?」
「ないな。 ・・・だが、しいて挙げれば、彼女と過ごした時間を決して忘れないことだろう。 短いとはいえ、お前は彼女の側で過ごし、その言葉や思想、表情や覚悟などを聞いているはずだ」
「・・・うん」
「彼女と過ごした時間の記憶を忘れるな。 碇の血は、神威を世界につなぎ止める鎖であり、唯一の命綱だ。 それを忘れることなく、その手を決して緩めるな。 彼女の消滅を、その手で繋ぎ止めてみせろ」
カムイさんが生き残れるかどうかは、すべて僕次第ってことなのかも知れない。
漠然とだけど・・・そう、感じた。
「頑張ってこい。 ・・・以上だ」
地上に射出されるまでの数分間、僕は、父さんの言葉をひたすら反芻していた。
10.カムイ
すごい衝撃だった。
とんでもないスピードで地上に打ち上げられて、地表で急停止。
機体を固定してる拘束具が軋みを上げて歪みそうになっているのまで感じる。
そして、その直後に開放感。
これまで腕すらも動かせなかった体が、急に自由になったことを、僕は感覚として理解していた。
機体との一体化。
その言葉の意味は、実感として理解出来た。
うまく言葉では表現は出来ないのだけど、まるで自分の体を動かすようにして機体を動かすことが出来るというのは、感触や感覚で理解出来ていたんだと思う。
首を動かして、周囲を見渡してみる。
僕のまわりは高いビルなどで囲まれていて、周囲は全くと言っていいほどに見通せなかった。
だからという訳でもないのだけど、今度は、そのまま空を見上げてみる。
すると、そこには黒に近い群青色が広がっていた。
『・・・満月、か。 もう、夜になってたんだ・・・』
いつのまにか、街は夜になっていた。
正直、こんなに時間が過ぎてるだなんて思わなかった。
それくらい慌しくて忙しい数時間だったんだと思う。
・・・暗い街。 街の街灯などは点灯したままになっていたけれど、そこには当然のように誰もいない。
みんな避難していて、とても静かで・・・。
「・・・使徒は?」
「まだ、その通りにまで侵攻していないわ。 その間に体とか動かして感覚を掴んでおきなさい」
「はい」
指示されたとおりに、腕や足を動かしてみる。
右腕、左腕、右足、左足、首・・・よし、全部動く。 指も問題なさそうだった。
「いけそう?」
「大丈夫だと思います」
「そう。 ・・・そろそろ、見えてくるわよ」
ゆっくりとした足音が聞こえてくる。
足の裏を伝わって感じる、徐々に大きくなっていく地面から伝わってくる細かな振動が、アイツの接近を僕に教えてくれている。 無人の街。 そこに取り残された灯りだけが、夜の中に浮かび上がるようにして佇む、あの黒い怪物を照らし出していた。
使徒。 神様の使い。 カムイさんの敵で、僕の敵。
ゆっくりと赤い玉を光らせて、少しだけ明るさが明るくなったり暗くなったりして。
その胸のあたりにある、顔なんだと思う白い仮面の目を光らせた。
「くるわよ!」
咄嗟に手を目の前で交差させるようにして衝撃に備える。
光が迫る。 叩きつけられる。
拒絶しろ。 あの光を。 あの力を。
「シンジ君!」
あ、頭が・・・くらくらする。
気がついたら、僕は吹き飛ばされていた。
・・・なんて力だ。 あの瞬間、たしかに拒絶する力を感じたのに。
それなのに、僕は耐えきれずに吹き飛ばされていた。 でも、痛みはほとんど無い。 ただ、吹き飛ばされただけらしい。 そのせいか、ダメージは、それほど受けてはいない様だった。
「だいじょうぶ、いけます」
僕が脳震盪を起こしているせいか、足は奇妙に安定感を失っていた。
それでも、なんとか機体を立ち上がらせて、正面に向かい合う。
・・・地図をチェック。 だいぶ、後ろに吹き飛ばされている。
もう一回、同じ事になると、赤い丸のビルを巻き込んでしまいそうだった。
もう、これ以上はさがっちゃダメだ。
「いきます!」
僕は、足を軽く踏みしめて足場を確認すると、肩から突っ込む姿勢のままにタックルを仕掛ける。
今度は、こっちの番だった。
まともに体当たりを喰らって、背後に吹き飛んでいく使徒。
遠くにあるビルをなぎ倒しながら、めり込んで、突き抜けていく。
・・・いける。 パワーだけなら、こっちも負けてない。
「なんとかフィールドを中和して。 使える支援兵器、全部使ってサポートするわ」
「フィールドを中和・・・」
心の壁で、相手の心の壁を浸食する。
それができれば、アイツを守ってる壁は消える。
僕の知ってる、唯一の方法。 アイツに勝つための絶対条件。
「やってみます」
それからは必死だった。
ゆらゆらと揺れながら立ち上がる使徒に、再度タックルを仕掛ける。
衝突する壁。 拒絶する心同士のせめぎ合い。
赤く広がり、ゆらめく、波紋。
八角形の小さな壁の集合に見えるフィールドが揺らめき、僕を跳ね返そうとする。
接触部分が赤く燃え上がり、ビリビリと震えて・・・次の瞬間に、崩れ去った。
「くっ」
間髪入れずに突き出される右手。
手のひらから、光が伸びる。
かわしきれない。 肩に突き刺さる。
「うぁああぁっ」
痛み。 激痛。 焼き付くのが分かる。
・・・熱くて、痛い。 動きが止まる。
強ばる体。 つかみ取られる。
腕が・・・痛い。 握りつぶされ・・・。
べきょ。
「!!?」
声にならない。 悲鳴もあげられない。
「気をしっかりもって! アナタの腕じゃないのよ!」
「あああああ!」
おもわず蹴っていた。 蹴ってしまったんだと思う。
痛みから逃げようとして、必死に。 めり込んだ。 妙に、柔らかい。
つかみ取られていた腕が引っ張られて、肩から痛みの原因が抜けていくのを感じた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
妙に呼吸が乱れる。 体の中を粘度の高い何かが循環してるのを感じる。
・・・気持ち悪い。 吐きそうだ。
「し・・・使徒は?」
痛みから解放されて数秒。
ようやく、僕は周囲の様子を観察できるだけの余裕を取り戻していた。
そんな僕の目に映る、奇妙に歪んでみえる体。
おなかのあたりが陥没して、体全体が歪んでしまっている。
そして、痛がっているように体をよじって苦悶していた。
そこに空からミサイルが命中する。
吹き飛ぶ黒い肉。 吹き出す血。
ミサイルは、容赦なくアイツの腕を、背中を、足を傷つけていた。
腕を振り回し、少しでも受け止めようとしているけど・・・でも、それは、痛みのせいか、滅茶苦茶に腕を振り回してるようにしか見えなかった。
「・・・痛み、感じるんだ?」
条件は同じ。 僕も痛いけど、アイツも痛い。 ・・・それなら、我慢比べだ。
「あああああ!」
動きの鈍い右手を盾にして、一気に突っ込む。
白い仮面に腕を叩きつけて、押し倒す。
殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る・・・。
「もういいわ! シンジ君、もういいわ!」
「・・・」
「あとは名無さんに任せなさい」
「・・・」
「シンジ君、聞こえないの!?」
「・・・」
なにか聞こえる。 聞こえるけど、意味は分からない。
必死に、必死に、腕を叩きつける。
何度も、何度も、何度も、何度も。
ただ、必死に殴っていた。
赤い色を。 あの赤い色を消すんだ。
これが消えれば、たぶん勝てる。 勝てるんだ。
これさえ壊せば、もう痛くなくなるんだ。
『もう十分です。 あとは、こちらにお任せ下さい』
必死だった僕の頭が妙にクリアになったような気がする。
・・・痛い。
気がつくと、僕は、黒い怪物の上に馬乗りになっていた。
・・・右手、手首、へんな向き? 左手も、見るも無惨なほどに壊れていた。
いつのまに、こんな風になっていたんだろう?
『離れて下さい。 これより、我が神威の名をもって、その存在を封殺します』
僕は、指示されるままに、立ち上がって、横に動く。
遠くに・・・地図の上で赤い丸が書かれているビルの屋上にカムイさんが見えた。
真っ白な・・・僕の着てるのに似た、真っ白なプラグスーツのようなものを着て、ビルの屋上でカムイさんは踊っていた。 手に長い・・・とても長い棒のようなものを持って、ゆらゆらと、くるくると舞う。 その動きはひどくゆっくりとしているように見えるのに、棒の先端は凄いスピードで回っている様に見えた。
「・・・綺麗だ」
月の光が、その屋上を明るく照らす。
ただ、無心に舞い、何かを絡めとろうとしてる。
それが、なんとなく、わかった。
「・・・なんでだろう」
これは、涙?
なぜ、僕は泣いているのだろう?
なぜ、こんなに悲しいのだろう?
・・・私の力は、忘却です。
思い出す。 これは、カムイさんの言葉。
・・・この力をもってすれば、どのような存在でも、世界から消し去ることが出来ます。
カムイさんは、あの怪物を消そうとしている。
それは分かっている。
僕が、散々痛めつけて、動けなくなった、あの怪物を・・・どうにかして、消そうとしてるんだと思う。
それなのに、なんで、僕は泣いているんだろう?
僕は・・・守り抜いたじゃないか。
ああやって、カムイさんも勝つために・・・消すために踊ってるんじゃないの?
それなのに、なんで、こんなに悲しいのだろう?
『108の始まりの音をもって、汝が身と魂、心をも封じん。
永遠の眠りを受け入れよ。
我が名は神威。
汝が共に・・・忘却の地へと赴く者。
神の威を退け、忘却の彼方へ封づる者なり』
あっ。
回転していた棒が奇妙な楕円を描き、ゆっくりと空を示したとき。
カムイさんの周囲が奇妙に歪んで見えた。
シャン!
『封殺!』
・・・消えてゆく。
カムイさんが。
あの死にかけた怪物も。
「きえる・・・」
消えていく・・・。
まるで、最初から居なかったみたいに。
街が・・・静かになった。
「・・・くる」
なにか分からないけど、くる!
「うあぁああぁぁあぁ!」
次の瞬間、僕は、ソレにおしつぶされていた。
to be continue next part.
ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。
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