青い空白い雲輝く海


 思わず一泳ぎしたくなる素晴らしき太平洋上を、一機の軍用ヘリが飛んでいた。
 それに乗るのは先の戦争をくぐり抜けた歴戦の戦士達・・・・・・・・・・・・ではなく。


 「ミル55D輸送ヘリ!こんな事でもなけりゃ一生乗る機会ないよ!!全く持つべきモノは良い上司と友達って感じ!!!な、シンジ!」
 ビデオカメラでそこらじゅうを撮りまくる眼鏡オタクと、それにすっかり呆れ返ったその友人と上司であった。
 「・・・・・・・・」
 シンジはケンスケの言葉を聞こえないふり。ご丁寧に耳栓までして、ヘリの騒音ともども聞こうとはしなかった。
 「毎日、同じ山の中じゃ息苦しいと思ってね。たまの日曜だからデートに誘ったのよん♪」
 やっぱり、ケンスケの騒ぎを無視してにこやかにミサトがシンジに話しかける。その言葉にトウジが反応した。そんなトウジに少しむくれるイインチョ。
 「えぇ!?それじゃ今日はほんまにミサトさんとデートっすか?
 この帽子、今日のこの日のために買うたんですけど、どうでっしゃろ!?」
 「ふんだ・・・馬鹿みたい」
 何故か言われた当人ではなく、ヒカリがぼそっと呟いた。もっとも彼女はまったくトウジの方を見ておらず、外の景色しか見ていなかったので、それがトウジの帽子に対してのセリフなのか、それともそれ以外の何かに向かっていったセリフなのかはわからなかった。
 ミサトは曖昧な笑みを浮かべてそんなトウジとヒカリを見る。場所が場所なら絶対からかっていただろう。うずうずする心を抑えながら、ミサトは改めてクスリと笑った。
 「えっと・・・なかなか似合うんじゃない?少なくとも洞木さんはそう思ってるんじゃないのぉ?
 ・・・それより、彼ね」
 笑みを消すと目を肉食獣のように細めるミサト。
 その視線の先で相変わらず騒ぎ続けるケンスケ。めっちゃくちゃうるさい。
 とある理由で、と〜っても不機嫌になっている葛城ミサト一尉が目に見えるほどのオーラを噴出させる。そしてそれに呼応するかのように勢いよく立ち上がる青鬼と赤鬼。シンジ達は目をつぶった。
 「凄い!凄い!!すご〜〜〜〜〜〜グバラアッ!!!!

ゲシ!! ゲシ!! ゲシ!!

 「静かにして」
 「綾波、気持ちはわかるけどそのバットどこから出したの?
 それに、とどめのストンピングはちょっとひどいんじゃないかな、アスカ」
 「バット・・・。乙女のたしなみ。碇司令が持っていけって」
 「かまわないわよ。これくらい。今までうるさかったんだし、ちょうど良いわ。まあ、シンジが止めろって言うなら止めるけど。ちょっと、イライラしてね」
 「そ、そうかな・・・。そうだね。どうせケンスケだし。でもアスカ、ちょっと前から調子悪そうだけど大丈夫?」

 はじめは心配そうな顔でレイ達に話しかけたシンジだが、アスカ達の言葉にあっさり納得。ケンスケどころかアスカのことを気にする始末。横にいるトウジも『そやな』とつぶやき、マユミも再び読書を始める。唯一ヒカリだけがおろおろしていたが、アスカ達に逆らえるはずもないし、トウジが気にしてもいないのですぐに落ち着く。ミサトにいたっては満足そうな笑み。一番心配していたのが、パイロットだったりする。このような事もあったがケンスケとシンジ達の友情はその後も続く。でも友達ってなんだろうな、ケンスケ。よく考えた方がいいぞ。

 「で、どこに行くんです?」
 シンジが何事もなかったかのようにミサトに尋ねた。やっぱりこいつ薄情だ。
 「豪華なお船で太平洋クルージングよん♪」

 「おお!空母が5!戦艦4!!大艦隊だ!!!!まさに持つべきものは良い(略)」
 ミサトの声の直後、復活したケンスケの感動の言葉。なんだかんだ言っても一番彼はたくましい。
 血がだらだら流れているがみんな気にしない。マユミにいたっては見てもいない。
 彼の想い人が気にしてもいないことにも気づかず、彼は雲の隙間から国連軍所属太平洋艦隊を見ていた。たしかに波を蹴立てて進むその巨大な艦はケンスケならずとも目を引いた。レイ以外がどれどれと見に行く。それを待ち受けるかのようにケンスケが絶叫。
 「まさにゴ〜ジャス!!さすが国連軍が誇る正規空母オーバー・ザ・レインボー!!!」

 「おっきいなぁ〜」
 「アレが豪華なお船・・・」
 「ふ〜ん。あんなのに未だに頼ってるんだ。ばっかみたい」
 「それにしても、よくこんな老朽艦が浮いていられるものねぇ」
 「いやいや、セカンドインパクト前のビンテージ物じゃないっすか?」
 シンジやアスカ達が率直に自分の感想を述べる。その中でもミサトの感想にケンスケが小馬鹿にしたように返事をした。


<オーバー・ザ・レインボーのブリッジ>

 「ふんっ!いい気なもんだ!!!ブリキのおもちゃを運んできおったぞ・・・ガキの使いが!!」
 空母のブリッジでいかにも海の男といった感じの艦長が双眼鏡でシンジ達の乗るヘリを、そしてヘリのぶら下げているカーゴを見つめていた。忌々しそうに。
 そしてブリッジから少し離れたブリッジデッキから、一人の人物がヘリを見つめていた。おもしろそうに

 「おお、凄い!凄い!凄い!!凄い!!!凄い!!!!
 凄すぎるっ!!男なら涙を流すべき状況だね!これは!!!
 うおおぉぉおぉ!凄い!!凄い!!凄い!!凄い!!!凄い!!!すっごぉ〜〜い!!!!!」
 空母の甲板でケンスケは狂喜乱舞。それをニヤニヤしながら見る海兵達。まさかこんな所で、ジャパニーズカルチャー「猿まわし」が見られるとは思っていなかったので、とっても嬉しそうだ。やんややんやとはやし立てる。
 シンジ達は、今更ながらケンスケを連れてきたことを後悔していた。

 「ああっ!?待て!待たんかい!」
 他人の振りをして、ケンスケから離れたところを歩いていたトウジに、激しい風が吹き付ける。突風にあおられてトウジの帽子が飛ばされた。それを慌てて追いかけるトウジ。ヒカリがそれを恥ずかしそうに見つめる。マユミは本のページがバラバラとめくられて迷惑そうにしていた。アスカは風にスカートがまくれないよう押さえているが、どういうワケかあまりうまくいかずどんどん不機嫌な顔になっている。
 レイはマイペース。あいかわらず壱中の制服姿だが、他のチルドレンもトウジ以外は制服なのでそんなに違和感なし。トウジはもちろんブラックジャージ。
 ヘリから下りたミサトは背伸びをした。狭いヘリ内にいたため、すっかり強張っているのだ。
 シンジも同様に背伸びをしながらも考え事をしていた。
 (どんな人なんだろう?フィフスチルドレンって)


<同日同時刻・ネルフ本部>

どこかの廊下をリツコとマヤが連れ立って歩いていた。話題は今日ドイツ支部から届くゾイドの強化パーツと、謎のフィフスチルドレンについてである。
 マヤがなにげなくリツコに尋ねた。とても社会人には見えない童顔をほころばせながら。
 「先輩、そういえば今日フィフスチルドレンが到着するんですよね。いったいどんな子なんですか?
 カヲル君て?」




新世紀エヴァンゾイド

第七話Aパート
「 カヲル来日 」



作者.アラン・スミシー



 「あら、マヤは知らなかったかしら?・・・そうね、彼がここにいた頃はまだあなた就職していなかったわね」
 そう言うと、そっと目を閉じ顔に手を当て何かを思い出そうとするリツコ。マヤがわくわくしながら彼女を見守る。
 眉間にしわが刻まれ、頬がぴくぴく引きつり出す。心なしか体も少しふるえだしているようだ。
 「あの、先輩?」
 その尋常ならざる様子に気づき、おそるおそる声をかけるマヤだったが、それは虎の尾を踏むに等しい行為だった。リツコの目が剣呑な光を帯びる。マヤはそれに気づきあわてて逃げようとするが、

 がしっ!

 しっかりと腕を捕まれてしまう。急にがくがくふるえて泣き出すマヤにリツコは優しく、そう慈母のように優しく微笑みかけた。もっともマヤには悪魔の微笑みの方がましに見えただろうが。
 「どうしたの?逃げだそうとするなんて。別にあんなクソガキのことを思い出させたくらいで怒りはしないわ」
 「ひっ、い、いやぁぁぁぁぁーーーーーー!!!」
 泣き叫ぶマヤの腕をつかんだまま自分の研究室、通称”猫館”もしくは”ネルフ本部のマッドサイエンティストの家”に向かうリツコ。暴れ回るマヤのことなんて気にもしない。おもむろに白衣のポケットから注射器を取り出すと、

ぷすっ

 「いやあーーーーーーーー!!実験材料はぁ・・・はうっ!」
 「あんまりうるさくすると注射するわよ。あら、どうしたのマヤ。急におねむしちゃって?」
 別におねむをしたわけではなく薬で黙らせられたのだ。マヤは意識と体の感覚はあるが、目以外は動かない。せめてもの抵抗なのか滝のように涙を流す。
 「そうそう、カヲルのことを聞いていたわね・・・。
 一言で言うなら、変な奴よ。変態って彼のことを言うのね。キング・オブ・変態と言っても過言じゃないわ」
 「あ・・・う・・・・た・・・たしゅ・・・・」
 マヤはリツコの発言は聞いていなかった。途中ですれ違うネルフ職員に助けを求めるが、皆目を伏せてその場を足早に去る。リツコの恐ろしさを知っているのだ。彼女を止められるのは、東方の三賢者ことユイ達のみ。つまりだれも助けられない。それでも助けを求めるマヤを、小気味よさそうに引きずるリツコ。最近の徹夜仕事の疲れも忘れてしまったかのようだ。
 これから起こることに想いを馳せているのか、お肌をつやつやさせながらマヤにこれまでで一番の笑顔を向ける。
 「・・・そんなに怖がらなくても良いわよ。マヤ・・・私の子猫ちゃん」
 その怪しげな言葉でマヤの目に一瞬希望の光がともる。
 (ああ、先輩。私、初めてなんです・・・だから、お願い優しく・・・)
 「実験でたっぷりかわいがってあげるわ」
 すぐに光は消えた。



<オーバー・ザ・レインボー甲板>

 「きしょっ!止まれ!!止まらんかい!!!」
 甲板の上を風にあおられ転がって行くトウジのタイガース帽子。まるで車輪でもついているかのごとく、宙を飛ぶわけでもなくころころと転がる。トウジはそれを無様に追いかけた。
 さんざんに転がったあげく、趣味の良い革靴のそばで止まった。それをそっと拾い上げる革靴の主。
 帽子が止まったのを見てトウジが喜びながらそこに向かった。
 「どうも、すまんこって。礼を言うときますわ」
 「いや、別にかまわないよ。それより・・・」
 そのままその人物はきょろきょろと辺りを見回す。そして、目的の物を見つけたのか笑みを浮かべると、そこに向かって歩き出した。そう、シンジ達がいるところに向かって。
 無視されたようなトウジがぼうっと見つめる中、ずんずん近づいてくるその人物にシンジ達も気づいた。
 「? 誰だろ。・・・あれ、ミサトさん、どうしたんですか?」
 「・・・・・・・・・・・・・・」
 ミサトは真っ青な顔でその人物を見ていた。彼女がここまで青い顔をするのは、ユイに怒られているときぐらいである。つまり彼女はそれくらい嫌な気分だったのだ。対照的にアスカはその人物を見てうれしそうな顔をした。
 「よう!葛城!相変わらず、りりしいねぇ」
 「な、何であんたがここにいるのよ!?それより、彼は!?フィフスチルドレンはどうしたのよ!?」
 その人物にはアスカに、次いでミサトにアスカの5倍くらい嬉しそうな顔を向けるとミサトの質問に答えた。
 「俺はドイツ支部から、出向命令が出ていてね。それから、フィフス・・・カヲルはな」
 そこでいったん口を閉ざすと真面目な顔をする。ミサトの顔がおふざけから、緊張した戦士の顔になった。
 そしてその人物の口から出てきたのは、そんな雰囲気を台無しにするくらい滑稽な言葉だった。
 「・・・ドイツでつき合っていた女の子に刺されたんだ」
 「・・・・・・・はっ?」
 「幸いすぐにその子を取り押さえたからケガはなかったが、碇司令がそれを聞いてご立腹でね。向こうの女性問題を解決するまで、こっちに来なくて良いって事になったんだ」
 そこまで言うと、彼は男臭い笑みを浮かべて天を振り仰いだ。まるでドイツ時代の暮らしを懐かしんでいるかのように。その横でミサトが甲板にへこみができるくらい足を踏みならしていた。理不尽な怒りに駆られたらしい。
 「あんの馬鹿たれが〜。確かこっちでも修羅場を作ってくれたわよね〜」
 「ま、そういうわけで今回来日するのは俺だけってことなんだ」
 自分たちの頭越しで、一方的に行われる話についていけなかったシンジがミサトに尋ねる。ちょっぴり、アスカの目つきが気になってと言うのは秘密だ。
 「あの、ミサトさん。この人誰なんですか?」
 「ああ、俺かい?俺は加持リョウジ。ネルフ情報部の一尉さ。よろしくな」
 さわやかな笑みを浮かべてそう言った。





新世紀エヴァンゾイド

第七話Aパート
「 カヲル来日 」
あらため
「 加持来日 」



作者.アラン・スミシー


 「おやおや、ボーイスカウト引率のお姉さんかと思っていたが・・・それはどうやらこちらの勘違いだった様だな」
 「ご理解頂けて幸いですわ。艦長」
 ミサトの目以外が真面目な顔写真が張られた証明書を見て、アナクロな艦長が小馬鹿にするようにのたまう。ちなみに、もっととんでもない顔をして写っていたのだが、ユイに見つかり写し直しをさせられたのだ。それでも、この出来なのだからミサトがいかに写真写りが悪いかわかるというもの。
 「いやいや、私の方こそ久しぶりに子供達のお守りが出来て幸せだよ」
 「この度はゾイド強化パーツの輸送援助ありがとうございます。あと、これは緊急時の水中用ゾイドの発進マニュアルです」
 口調こそ穏やかだが、ギスギスした舌戦を繰り返す二人。
 それを困った目で見るシンジと副長。『お互い大変ですね』と目と目で会話する。男同士で見つめ合ってちょっぴりいや〜んな感じ。

 マニュアルを受け取るには受け取ったが、1ページたりとも読もうとせず艦長が叫んだ。これ以上自分たちのなわばりを荒らされたくない、という本心が形を取ったのだろう。もう、自分を隠そうとせず、敵対心剥き出しになっていた。ユイが司令となってネルフはかなりアットホームな組織になったのだが、やはりいろんな所で恨みを買っているようだ。
 「ふん!!大体、この海の上であのブリキのおもちゃを動かす要請なんぞ聞いちゃおらんっ!!!」
 「万一の事態に対する備えと理解して頂けますか」
 「その万一に備えて、我々太平洋艦隊が護衛しておる!いつから国連軍は宅配屋に転職したのかな?」
 「・・・某組織が結成された後だと記憶しておりますが」
 シンジとわずかながらシンクロした副長も、今回の任務をどうやら快く思ってないらしい。艦長の皮肉に馬鹿正直に答えた。ミサトが睨むが知らん顔。さすがに海の男は怖い物知らず。シンジ達は妙なことに感心していた。
 ミサトがことさら自分を押さえて話しかける。顔はニコッと営業スマイルだが、内心の方はどうだろうか。
 「おもちゃの着替えを運ぶのに大層な護衛だよ。太平洋艦隊勢揃いだからな」
 「ゾイドの重要度を考えると足りない位ですが。・・・では、この書類にサインを」
 「まだだ!!」
 艦長の怒鳴り声にミサトの顔が引きつった。妙齢の女性の顔とは思えないくらいに。なんとか平静な顔を取り戻すが、その髪の下はマスクメロンのように青筋が浮きまくっていた。
 「ゾイド強化装備及び同操縦者はいなかったがドイツの第三支部より本艦隊が預かっている!!君等の勝手は許さん!!」
 「では・・・いつ引き渡しを?」
 「新横須賀に陸揚げしてからだ!海の上は我々の管轄だ!!黙って従って貰おう!!」
 とどめとばかりに叫ぶ艦長は気づかなかったが、シンジ達には、目には見えない異様などろどろした物がブリッジ中に漂うのを感じ取れた。
 「解りました。但し、有事の際は我々ネルフの指揮権が最優先である事をお忘れなく。
 それはともかく・・・レイ、アスカ。うるさいからちょっと締めるわよ」
 「はい」
 「わかったわ。ミサト」
 「凄い!すご・・・・・・うわほうぎゃうぉぇうあああああああ!!!
 言い忘れていたが、彼女たちの周りをケンスケがさきほどから『凄い凄い!』と叫びながらビデオ片手に走り回っていた。その騒々しさ故、艦長とのやりとりですっかりいらついていたミサトの逆鱗に触れたケンスケ。きらきら綺麗な液体をまき散らしながら倒れ伏す。でもやっぱりだれも心配しない。ただ、ミサトのストレスが幾分解消されたせいか、見る見るうちにどろどろした雰囲気が消えて無くなる。
 懲りるって事を知らないみたいだ。
 「おとろしいのぉ」
 「まるで・・・みたいだ」
 その光景を見てトウジとシンジがぽつりとつぶやいた。

 ケンスケが殲滅されるのを見た艦長は、ミサトに喧嘩を売ったことをちょっと(いやかなり)後悔していた。


 「おお〜い。そろそろ良いかな、葛城」
 ブリッジ入り口から聞こえたお気楽な声に、ますますムッとした顔をするミサト。せっかくのケンスケの犠牲も無駄になったか。再びどろどろした物が漂い始める。
 そこには後ろで結わえた長い髪、無精ひげ、よれよれのだらしないシャツがトレードマークの加持リョウジが立っていた。
 ぱあっと艦長達の顔が明るくなった。加持を生け贄にしないと、少なくとも加持をだしにミサトをブリッジから追い出さないと自分の命が危ないから必死。
 「か、加持君、君をブリッジに招待した覚えはないぞ!だが、ちょうど良かった!彼女たちの案内をしてくれないかね。いや、是非お願いする」
 「え?ああ、まあはじめからそのつもりですが」
 「そうか!いや頼んだよ加持君」
 いつも喧嘩腰だった艦長の死刑囚の命乞いのような言葉にとまどう加持。怪訝に思いながらも、床を一瞥。そこに転がるぼろクズを確認して冷や汗を流した。
 超一流のスパイでもある彼は、1を聞いて10を知る。全てを理解した彼は心でケンスケの冥福を祈りながら、ミサト達を伴ってブリッジを後にした。彼だって死にたくないから。


 彼らがブリッジから消え去った後、緊張が解けたのか艦長とクルーが深々とため息をついた。ほっとした顔をしながらも、艦長の心の中はいらだちでいっぱいだった。ミサトに恐怖した事実が、彼のプライドを傷つけていたからだ
 「あんな連中が世界を救うというのか!?」
 「時代が変わったのでしょう。議会もあのロボットに期待していると聞いています」
 艦長は落ち着き払った副長の答えを聞き、苦虫を10匹いっぺんに噛んだかのように顔をしかめる。その顔はミサトがもっと弱い立場なら殺しかねないくらいに怒りにあふれていた。その怒りを吐き捨てるように艦長はぼやく。
 「あんなオモチャにか!?馬鹿共め!!そんな金があるならこっちに回せば良い・・・んがぐっく!?」
 「すいませ〜ん。忘れモノしちゃいました。あれ〜?どうかしましたか?そんな驚いた顔をして。
 ・・・あ、みんなを待たせてますので失礼しま〜す」
 途中まで言いかけた艦長は、ぼろクズを拾いに帰ってきたミサトに笑顔で睨まれて喉を詰まらせた。それはもう見事に喉を詰まらせた。さながら日本で最も長期間にわたって続いているアニメの主人公のように。
 「ぐ・・・っぐ・・・っぐぐ・・・ぐっ」
 急に呼吸を止めると赤、青、紫色に顔の色を変える。ミサトはことさらゆっくりとブリッジを後にした。舌でも呑み込んだのか白目をむき意識を失う艦長。氷点下の空気に包まれるブリッジだったが、クルーはミサトが消え去るまで艦長の介抱ができないくらいに怯えていた。





 ラウンジに向かうエレベーター内はギューギューのすし詰め状態。譲り合い精神の欠落した彼らには、数回に分けて乗るという考えが思い浮かばなかった。
 「「ちょっと!!触らないでよ!(シンジ、シンちゃんは別よ♪)」」
 「「「仕方ないだろう!!」」」
 ミサトとアスカの本音を隠した非難の声に、加持とトウジ、ついでにシンジも非難の声をあげる。ボロくずはいまだ沈黙。
 「仕方ないって、何を言ってるのよ鈴原!女の子の体を触っているのよ!・・・せ、責任とんなさいよ」
 「・・・・・・・(碇君。ぽっ)」
 「く、苦しいぃ・・・(苦しいけど、この押しつけられている手。碇君の手・・・ああそんなトコ・・・いけないわ!)」
 なんだか変な妄想を始める三人の少女。
 せまっ苦しいエレベーター内に様々な妄想が充満して、鬱陶しいったらありゃしない。


 『ヴァーミリオン小隊は予定通り発艦。スカル小隊は第七デッキに上がって下さい』
 一通り見物を終えた9人は、ラウンジで休憩していた。何しろ空母だからちょっとした町以上の広さがあるのだ。一周するだけで良い運動になる。ネルフで訓練をしているのだから、それくらいで足が棒になることはなかったが、とりあえずお昼も近かったので艦内放送をBGMにお茶を飲む事にしたようだ。ようやく復活できたケンスケも、さすがに懲りたのかおとなしく席についていた。
 加持と向かい合ってミサトが座り、シンジの両隣にすったもんだのあげくアスカとレイが座っている。他はまあ各自で補完すること。ただ、誰もが(ケンスケですら)納得のいく席だと言っておこう。もちろんテーブル下では加持がミサトに足でちょっかいをかけて迎撃されている。
 頃合い良しと見たのか、一口コーヒーを飲むと、加持がミサトに本格的な攻撃をかけ始めた。
 「今・・・つき合っている奴・・・いるの?」
 「それが・・・あなたに関係ある訳?」
 その攻撃を仏頂面で受け止めるミサト。ギロっと加持を睨むと黙り込む。強がってはいるが内心ではシンジが加持の言葉にどう反応するかヒヤヒヤしていた。勢い乱暴な口調になる。
 「あれ、つれないなぁ・・・」
 だが、加持は口調は残念そうに、顔はそれほど大したことじゃないといった風に軽く受け流す。それどころかカウンターでミサトに猛攻を加える。
 「君は葛城と同居しているんだって?」
 「えっ!?あ、はい」
 突然、話をシンジに振りミサト達の注目をあらためて集める。その一部の無駄もない攻撃にミサトはたじたじである。ここら辺がネルフナンバー1の女コマシと、上辺でしか人間とつき合ってこなかったミサトの差であろう。この攻撃でボディががら空きになったミサトに、加持は容赦なくとどめの一撃を加える。
 「彼女の寝相の悪さ・・・なおってる?」
 「「「「「ええぇ〜〜〜〜っ!?」」」」」
 「な、な、な、な、な、なに言ってんのよ!あんたは〜〜〜〜〜!!!!」
 その言葉にショックを受け、固まるアスカ、トウジ、ケンスケ、マユミ、ヒカリ。いつもと違ってヒカリとマユミまでいや〜んなポーズで固まっている。結構珍しい光景かも知れない。ちなみにシンジは訳が分からずぽかんとし、レイはやっぱり無表情。周りの反応に不思議そうな目を向けていた。
 加持の爆弾発言にミサトは真っ赤な顔。間髪入れずに怒鳴りつけるがまるで迫力がなかった。先ほど艦長をつぶした彼女だが、加持が相手ではまだまだ勝負にならない。加持は余裕綽々、怒鳴り声など聞こえていないかのようにシンジと会話を続ける。
 「ええ、いつも朝起こす時大変で・・・。まあ、アスカに比べればましですけど、時々抱きついて来るんですよ」
 「「「「「「「ええええええええええぇっ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!」」」」」」」
 さらりとN2爆弾発言。加持もミサトもついでにレイもいや〜んなポーズ。アスカはレイにニヤリとした目を向けながら真っ赤っか。
 シンジ以外の全員が塩の柱と化したかと思えたが、N2爆弾並の衝撃から真っ先に立ち直ったのはレイだった。
 「碇君・・・」
 地の底から響くような声でシンジの名を呼び、血の涙を流しているのかと錯覚しそうな目で2人を睨み付ける。
 「(そ、そんな目で見ないでよぉ!僕が何をしたって言うんだ!?)あ、綾波?」
 「な、なによファースト、なんか文句でもあるの?」
 第五使徒戦以来、妙に積極的なレイにアスカはちょっとたじたじ。レイの言葉を一蹴するが、どこか勢いがなかった。
 レイはアスカを、氷の眼差しで睨み付けながらシンジのすぐ隣へ移動する。その姿、物腰はシンジを守ろうとするかのように優しげで、アスカに対しては刺々しかった。
 「碇君をいじめないで、セカンドチルドレン」
 「だ、誰がいじめてるって言うのよ!?言いがかりはよしなさいよ!」
 「大丈夫、碇君は私が守るわ。だって、碇君は私に一緒に生きようって言ったもの・・・(ポッ)」
 「あ、あ、綾波?」
 頬をポッと染め、シンジに艶っぽい表情を向けるレイ。シンジは始めてみるレイの優しい表情に、胸がどきどきしていた。見つめあう2人の顔は、微速度撮影をしているみたいに赤くなる。もちろんアスカにはそれが面白いはずもない。
 「あんたバカぁ!?シンジがそんなことあんたに言うわけ無いじゃない!仮に言ったとしても、それは言葉のあやよ!」
 「碇君・・・違うの?」
 「え・・・あの、その・・・」
 いつもと違って、不安を滲みださせているレイの眼差しに、シンジの心はますますどきどき。ついでに横のアスカの睨み付けるような視線に、違う意味でどきどき。ミサトやトウジに助けを求めるが、2人はいまだに固まっていた。
 孤立無援、助け無し。

 (逃げちゃダメだ、逃げちゃ・・、逃げたい、逃げたい、逃げたい。うう、僕はなんて不幸なんだよぉ)

 しどろもどろになったシンジが、いつまでたっても答えようとしないので、レイは顔をうつむけ、力無く呟いた。
 「ダメなのね。私・・・」
 肩を震わせながらくすんくすんと啜り泣くレイ。顔は隠れてよく分からなかいが、机にぽたりと滴が落ちる。シンジは自分が、今更ながら最低野郎だと思った。

 (最低だ、俺って・・・。綾波の心を弄ぶなんて・・・。逃げたいとか思うなんて。許してくれるかどうかわからないけど、綾波に謝らないといけない。
 それより何より、泣き止ませないと・・・)

 シンジは慌てて、レイの両肩にそっと手をのせると、落ち着かせるようにゆっくりと話しかけた。
 「ごめん、綾波。・・・泣かないでよ。嫌いじゃない。綾波のこと、嫌いじゃないよ」
 「本当?」
 「う、うん」
 「ありがとう、感謝の言葉。碇君への感謝の言葉」
 シンジの優しい言葉と、困ったような微笑みに、感極まったのか、レイはシンジに抱きついた。シンジは驚いた顔をするが、そっと抱きしめ返す。2人の身長はあまり変わらないので、レイはシンジの胸ではなく首に顔を埋めたような形だった。いつの間にかヒカリ達は現世に復帰して、初々しい恋人達を見守っていた。

ガタンッ!

 突然椅子が倒れる音がし、全員の視線がそこに集中した。
 視線の先では、アスカが椅子が倒れるほど勢い良く立ち上がって、涙を浮かべながらじっと2人を、いやシンジだけを睨み付けていた。
 「シンジ・・・私にあんなコトしたのに・・・私を弄んだだけなの?」
 「あああああ、アスカ!?弄ぶって、人聞きの悪い事言わないでよ!」
 「私にき、キス・・・したのは事実じゃない。そ、それもあんたの方から。・・・なのに、ファーストを選ぶって言うの?
 ・・・だったら、弄ぶって言葉以外に、言いようが無いじゃない!!」
 「ご、誤解だよ!僕はアスカを弄ぶつもりなんか無いよ!」
 「嘘よ!今だって、ファーストに・・・。
 バカよ、私。シンジはいつまでもあの時の約束を覚えていてくれるって、バカみたいに信じて・・・。大バカよ・・・」
 再び俯くアスカ。机にぽたぽたっと、滴がこぼれた。
 「そんな悲しい事言うなよ!そんな悲しいこと・・・。
 この前・・・買い物したとき、結局言えなかったけど、僕・・・」
 「(もらったぁ!)あの時?」
 「僕はアスカのこと・・・(ちょ、ちょっと待て!僕は何言ってるんだよ!!で、でもアスカの涙を見たら・・・)」
 シンジが決定的なことを言う寸前にレイが割り込む。彼女の目はやはりうるうるしていた。
 「碇君・・・」
 「綾波・・・」
 シンジがレイになびこうとした瞬間、アスカが割り込んできた。
 「シンジ・・・」
 「アスカ・・・」
 やっぱりアスカの目もうるうるしていた。
 まさに前門の虎、後門の狼。どっちに逃げても捕まってしまう絶体絶命のピンチ。今更ながらシンジは罠にはまったことを悟った。
 シンジの瞳が不安そうに揺れる。どっちに喰われるにしろとっても美味しそうだ。ああ、でも世界はとっても広いから!とゲンドウ譲りな外道な事を考えていると、意外なところから救いの手がさしのべられた。
 「待って下さい!あの、2人とも、今ポケットに入れた物を見せて下さい」
 マユミが先のアスカに負けないくらい勢い良く立ち上がって、ビシッと2人のポケットを指さした。
 普段内気な彼女は、別人かと思うほど元気が良かった。そう、今回のヒロインはアスカでもレイでもなく、彼女だ。当然、彼女には人外の2人以上に活躍してもらわないといけない。これくらい元気を出すのは当たり前なのだ。
 「「ちっ」」
 2人とも、それまでの悲しげな表情を一変させて激しく舌打ちをする。そのあまりの変わりように全員ひいた。
 視線が集まり、誤魔化しきれないと悟った2人が渋々と机にだした物は、
 「め、目薬?」
 しかもおそろい。販売は来月からの(株)ネルフ製薬の新製品。
 ミサト達はそれを見て、2人の行動にユイが絡んでいることをハッキリ悟った。
 2人のやり口がそっくりだったのも当然である。軍師が同じだったのだから。

 (か、母さん、僕は母さんのおもちゃでしかないの?アスカはともかく、綾波まで焚き付けて何をたくらんでるんだよぉ・・・)

 シンジはユイが何を考えているか分からず、天井を見上げて涙を滝のように流した。
 そんなシンジに、脂汗だらだらで笑いかける加持。
 「あ、あ、あ、相変わらずか司令は・・・碇シンジ君」
 「あれ・・・どうして僕の名前を?」
 「そりゃ知っているさ。この世界じゃ君は有名だからね。なんの訓練もなしにゴジュラスを実戦で動かしたサードチルドレン」
 「いえ、そんな・・・。偶然です。ただの」
 加持の必殺『頼りになるお兄さんのまなざし&言葉』攻撃!!
 本来女の子用の技のはずなのにモジモジして何故か顔を赤くするシンジ。そのいや〜んな雰囲気にアスカ、レイ、マユミがさらに不機嫌になり、ムッとした目でシンジと加持を睨む。女の子と争って負けるならまだしも、男と争って負けたら再起不能になるのは目に見えているから、自然、目に力がこもる。
 「ぐ、偶然も実力のうちさ。才能なんだよ、君の」
 三人娘の眼力にビビリながらも、優しげな表情を崩さず話を続ける加持。ある意味天晴れ。
 そのまま、シンジと三人娘を交えて世間話を始めた。『今回はここまで。とりあえず、先制の一撃はこんな物だろう』加持の顔はそう言っているみたいだった。
 お約束だがその横では、イインチョが
 「不潔よーー!!綾波さんもアスカも、不潔だわーー!!!もう、もうそんな関係だなんてーーーー!!!しかも2人いっぺんだなんて、不道徳よーーーー!!!
 ね、ねえ、アスカ・・・。やっぱり初めてってのは痛いの?だって、鈴原ってそういうこと気が利きそうにないし・・・」
 と叫んでいやんいやん。
 「シンジ、ワシはおまえを殴らないかん!殴らんと気がすまんのや!!」
 「まったくだね!これは男として、リンチに値する状況だね!!」
 トウジとケンスケは血の涙を流しながらワケのわからないことを言っていた。

 「あ、悪夢だわ・・・(碇司令はアスカ達の味方なのね・・・ぐすん)」



 空母の甲板上で加持が潮風に吹かれていた。そのそばにはきらきらと日の光に輝く髪を持った少女、アスカが立っていた。服を潮風になびかせながら、ここに来るまでの不機嫌さも忘れてにこにこしながら加持と話をしていた。
 「加〜持さん♪」
 「ん、何だ?アスカ?」
 「何だとは何よ〜♪」
 加持のつれない言葉にアスカは頬を膨らませる。だが本気でむくれているわけではないのか、相変わらず楽しそうにしている。加持もそれをわかっているのだろう、飄々としながらおそらくアスカが最も聞いてほしがっているだろう事を口にする。
 「これはすまん、すまん。・・・それにしても久しぶりだな。もう三年以上にもなるか・・・。元気にしていたみたいだな。それにだいぶ背も伸びた。・・・大きくなったな、アスカ」
 「本当久しぶり!それに背だけじゃなくて他の所もちゃ〜んと女の子らしくなっているわよ♪」
 そう言って恥ずかしそうにアスカは笑った。ちょっぴりドキンとする加持。必死になって俺はロリコンじゃないと自分に言い聞かせている。
 「そうか、そいつはうれしいな。・・・それより変わったなアスカ。明るくなったよ。前は惣流博士の前以外では笑ったりすることもなかったのにな。もしかして、彼のせいかな?」
 「な、何でシンジのせいで私が変わらなきゃならないのよ!あんなつまんない奴!!!」
 「(別にシンジ君とは言ってないんだが)・・・アスカ、本当にそう思っているのか?」
 諭すように加持が言う。不思議とアスカは加持の前では素直になる。
 「・・・・・・・・・・・・・・。
 ううん。そんなこと無い・・・。あいつは精一杯頑張ってると思う。考えなしの私をかばっていつも無理するし・・・」
 それだけ言うとアスカはうつむいた。加持はそんなしおらしいアスカを少しばかり新鮮に思いながらも、ここまでアスカを変えたシンジのことを考えていた。
 (あのアスカがね・・・碇シンジ・・・やはりただの中学生ではなく、あのヒゲ眼鏡の息子だけあると言うことか・・・。
 しっかし、どうしてあのヒゲ眼鏡があんなにもてたんだ?司令は言うに及ばず、赤木博士・・・おっと今は信濃博士か・・・それにリッちゃんもにくからず思っていたというし。おまけにドイツ支部だけでなく世界中の支部に愛人がいたとかいないとか・・・。それがばれて司令に消されたという噂もあるが・・・とにかく俺も負けてられないな)

 ゲンドウ&加持。
 この二人が落とした女性の数は軽く3桁に達するという。まさに女の敵と言えよう。





 どことも知れないエスカレーターの上にシンジ、レイ、トウジ、ケンスケ、マユミ、イインチョがいた。周囲の目から隠れるようにこそこそしている。
 事の発端はケンスケの『新型水中用ゾイドを見にいかないか?』発言である。ミサトの過去を知り血の涙を流すトウジが賛成し、発言力の弱いシンジが無理矢理つき合わされる(ちなみにシンジの誤解はあっさりとけた)。シンジが行くならとレイとマユミがそれに同意し、さらに委員長としてとかなんとか言いながらヒカリが仲間に加わる。アスカは加持と久しぶりにとばかりに会話をしており、ミサトは未だ頭を抱えてぶつぶつ言っていたので、彼女たちはこのメンバーに加わってはいない。
 「ケンスケ、ここまで来たけどここからどうやってあの輸送艦まで行くのさ。いくら何でも泳げないよ」
 エスカレーターを登り切り、フライトデッキ近くまで到着したシンジが口を開く。彼の言葉ももっともである。彼らのいるところから確かにオテロは見えるが、間には海がある。そしてシンジ達は生身。とても行けそうになかった。
 だがケンスケはシンジの指摘に自信満々に答えた。
 「シンジ知らないのか?僕たちをここに運んできたミルがぶら下げていたカーゴには、シンカーを積んである。そして、ここにはシンカー専属パイロットの委員長がいる。
 ・・・もうわかっただろう?」
 眼鏡を怪しく光らせながら言うケンスケ。シンジはそれを不気味に思いながらおどおどと返事をする。
 「・・・どういうこと?」
 「本気で言ってるのか!?イインチョにシンカーを動かしてもらって向こうに行こうって言ってるんだよ!!」
 「ええ!?でも、そんなミサトさんから許可をもらっていないし、それにシンカーは1人乗りだよ!いったいどうしようってのさ!?」
 「だから許可をもらわないで行くんだよ!それに1人乗りって言っても、無理すれば3人ぐらい乗れるだろ!」
 「そんな無茶だよ!だいたいプラグスーツなしで乗る気なのかよ、ケンスケは!?」
 「無茶は承知!
 それにプラグスーツなら心配するな!ここに全員のプラグスーツを持ってきてある!!だから安心して着替えてくれ!!」
 いきなりどこに入れておいたのか、鞄の中からシンジやトウジのは言うに及ばず、レイやマユミ達のプラグスーツまで引っぱり出す。そして、どうだ!といわんばかりの顔をするケンスケ。そんな彼の背後に立つ三人の少女、いや鬼。

 「ど、どうして相田君が私達のプラグスーツを持っているんですかーーーー!?」
 受け身のとれないひねりを加えた一本背負いでケンスケを甲板にたたきつけるマユミ。脳天から甲板に叩きつけられたケンスケから、赤い飛沫が飛ぶ。シンジは目をつぶった。

 「いやーーーーーーーー!!!相田君!!不潔!不潔!不潔なんてもんじゃないわーーーーーー!!!」
 アスカ直伝のサッカーボールキックがケンスケの顔面を襲う。柔らかい物が砕ける様な音がし、近くにいた水兵が悪魔でも見たような顔をして逃げていった。トウジは耳を塞いで聞かないことにした。

 「・・・・・・・・変態」
 頭と言わず手と言わずバットの乱撃がケンスケに降りかかる。シンジ達の服に赤い点々ができたが、全員無視した。

 「グボハァ!! は、話せばわかる!だから、待ってくれ!!うわああトウジ、シンジ!助けてくれーーーー!!」
 もちろん助けるわけがない。血の制裁が始まった。


 結局、シンジ達は大騒ぎの末、近くに待機していた連絡用のヘリに乗ってオテロまで行くことにした。ヒカリが代表としていきなりなお願いをしたが、子供好きのヘリのパイロットは快く聞いてくれ、彼らはあっという間にオテロに到着した。
 「なんや、簡単にここまで来れたのぉ。あないにこそこそしてたのが馬鹿らしいくらいや」
 空母に帰還するヘリを見上げながら、トウジがそう呟いた。それが色々準備だけしたあげく、それがなんにも役に立たなかったケンスケへの追悼の言葉のようにシンジは思った。

 「それはともかく、怖い顔してるんですね。
 ウオディックって」
 マユミが率直な感想で見る水中用ゾイド、ウオディック。見た目は金属の鱗を持つ魚と言っていい。オコゼのような凶悪な顔をしており、鯨と同じくらいの大きさのボディには、いくつもの水中兵器を搭載している。さらに背中には巨大なレーザー兵器を背負っている。鈍そうな格好だが、その戦闘能力は水中用ゾイド最強といわれている。
 シンジはすぐ後ろでじっと後頭部を見つめるレイに、内心冷や汗を掻きながらも、アスカも誘えば良かったかなと思っていた。もちろん、他意はない。最近の彼は、衛星のように2人の少女が張り付くのが当たり前のようになっていた。普段は少し鬱陶しいと、他人に殺されそうなことを考えている彼だったが、いざいないとなると寂しさを感じ、自分の体の一部を置き忘れたような気分になっていた。
 「銀色なんだ、ウオディックって・・・。そういえば、誰がこれの専属パイロットになるのかな?」
 シンジがぼけぼけ〜とした感想を述べていると、レイがそれに答える。シンジとまともに話せて、嬉しそうだ。なにしろ今はライバルであるアスカがいないからシンジを独占状態。嬉しさのあまり頬をポポッと染めた。でも彼女は忘れている、今回のヒロインが誰かを。
 「まだ決まってはいないわ。本部に到着してから調べるらしいから」
 「ふ〜ん。綾波ってよく知っているね」
 「・・・何を言うのよ(ポッ)」 
 頬を染めて恥ずかしそうにするレイに、『か、可愛い』と思いながらも、何故こんな所で赤くなるのかわからずにちょっと混乱するシンジ。
 「ねっ、みんなそろそろ戻らない?」
 ヒカリが見飽きたのか、それともシンジとレイのいや〜んな会話にかゆくなったのかそう提案をしたときだった。

ドーーーーーーーーン!!!!

 突然の衝撃が走り、オテロが激しく揺さぶられる。さりげなくヒカリはトウジにしがみつき、マユミは可愛い悲鳴をあげてシンジに抱きついた。海という広大な世界にいるせいか、いつもと比べて積極的なマユミちゃん。先を越されたレイは悔しそうにマユミを睨む。
 「す、水中衝撃波!?まさか!」
 乙女達の無言の争いに気づかず、いや気づいているからこそいきなり叫ぶとシンジはケイジの外に飛び出し、身を乗り出して海を見た。あのままあそこにいたら、巻き込まれると動物的直感で判断した、彼の一世一代の走りだった。碇シンジ、やるときはきちんとやる。
 一番に飛び出した彼の視線の先には、盛大な水しぶきをあげて沈む護衛艦と、不気味なシルエットを浮かべる使徒、第六使徒ガギエルの姿が見えた。
 「どうしよう!?ミサトさんの所に戻らなきゃ・・・。」
 シンジが心配そうにつぶやく後ろで、マユミが思い詰めた顔をしていた。
 「どうしよう・・・これって、チャンスなのかしら?」



Bパートに続く



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