Fragments dedicated to "Neon Genesis Evangelion"

旅のはじまり、旅の終わり

 

Chapter 2


 

 

ロシア連邦共和国
モスクワ郊外 ジュ−コフスキ−空軍基地



 フリーゼンハーンは朽ちかけた格納庫の手前でホンダを停めた。この格納庫は旧世紀に建てられたもので、国連軍が新造の滑走路の両脇を挾むように新しく置いた格納庫の列の後ろに位置している。そのおかげでカクテルライトの光が届かず、外観もひどいもので、歩哨の兵士も恐がって近寄らない。いってみればここは軍用機の墓場だった。防水シ−トを掛けられた機体を赤い防眩灯がぼんやりと照らし、光の輪郭のなかに遺棄されたSu-24D戦闘爆撃機の残骸や整備工具、交換部品の山が浮き出ている。


 上下を錆に侵食されたドアを入ると、金属粉と古い燃料が酸化していく臭いが鼻を衝いた。内部は残骸とスクラップの山で、廃棄処分されたエンジンを脇に寄せて中央に整備スペ−スが確保されていた。それらのがらくたを騒々しくどけていくと、来訪者に気が付いた数人の人間が振り向いた。

 彼らは荷物を手にした加持を見て慇懃に敬礼した。フリーゼンハーンは部下たちを認めるとずかずかと大股で機体に歩み寄り、向き直った。
「この」彼は機体を拳で打った。「MIG-33でサンクトペテルブルクを抜き、一旦バレンツ海に出てからハンメルフェスト沖でわがほうの空中給油機と会合。その後、スカンジナヴィア半島を中央山脈沿いに南下、ドイツに脱出して頂きます」

「事前のブリ−フィングでは、陸路ポ−ランドへの枝道に要員を配置しておくという事だったんだがね」
「実はスケジュ−ルに少々修正事項が加えられまして。撤退を早めるようにとの命令がきておりまして、急ぎこの機体を調達しました。遠回りをするのは守りの堅いポ−ランド回廊上空を避けるのと、ノルウェ−にドイツ支部の連中が警戒網を張っているからだそうです」

「簡単に言ってくれるもんだな。北に抜けるといっても、ロスケの根城、ムルマンスクが目と鼻の先じゃないか。秘密作戦を一貫出来るとは思えないが」
「その点は問題ありません。昨日から今に至る間、派手に花火を打ち上げましたから。まあ、我々の作戦遂行能力を当てにしてくださって結構ですよ」
「この戦闘機なら何も空中給油の必要はないと思うんだが………………」
「実は」中尉は声をひそめた。「本作戦は計画修正後も限定指定を解除されておりません。本来、我々がここに居ること自体越権行為なんです。ブリュッセルは作戦計画の存在をモスコ−に知らせておりませんので、彼らはわれわれの行動を国連軍指揮下よりの離脱とみなし、追撃するでしょう。その際、当然ながら空戦が予想されます。上層部は問題が発生すれば、随時モスコ−の指揮系統に介入すると約束してくれましたが信用できません。そういう予想にたって準備を進めていますから」
「やれやれ、身内で殺し合いか。やりきれんな」
「追撃機がいるとして、攻撃を仕掛けるとすれば海岸線までの無人地帯上空以外にはありません。そこを超音速で逃げ切れば大丈夫でしょう」


「兵装は?」
 中尉は翼の下に並んだメンテナンスフリ−の格納ケ−スを指差した。どれも古く傷ついていて、ステンシルで印された保管期限はとうに過ぎ去っている。
「AA-10<アラモ>空対空ミサイル二基とAA-11<ア−チャ−>二基、それと機関砲。ここの火器担当からもっとちょろまかしてやるつもりだったんですが、奴さんの倉庫にまともに作動するブツがなかったのです。建て前上はあのケ−ス、半永久的に持つように設計されているんですが」中尉は肩をすくめた。「まあ、優秀なミサイルですから、真っすぐ飛ぶことは飛ぶでしょうがね。ところであなたはどこで飛ぶ訓練を受けたんです?」    
「むかし、中東のドバイで勤務した時にセコハンのミラ−ジュで。それを空母に降ろそうって言うんだからな。途中で墜ちても責任は持てないね」


 中尉は地べたに置かれたコンテナを見てひどく陰惨な笑みを浮かべてみせた。
「それは、耐核仕様のケ−スですな。その箱は、直上の熱核爆発、一平方センチ当り200キログラムの圧力に耐えるように出来ています。見た目の割に重いでしょう?中にポリマ−が入っているんですよ。爆発に巻き込まれたときに瞬間的に蒸発し、超高熱から中身を守るという謎解きです。つまり、あなたは信用されていないということです。ノルウェ−に展開中の味方も、我々の支援が半分、我々がしくじった時に墜落現場から誰よりも早く荷物を回収するのが半分って所でしょう。結局、ただの運び屋だ───────いくらでも替えはきく。あなたも、私もね」




ジュ−コフスキ−空軍基地 



 彼らは格納庫の正面のシャッタ−をこじ開け、機体を半分外へ引き出した。どこをどうやって調達したのか、古い高圧電源車が横付けされていた。加持はヘルメットに酸素マスクが合わず、結局中尉のものと交換する羽目になった。

「いいですか、あと二分経ったら、下の連中がエンジンを動かします。ミグは短距離離発着が出来ますから、そこの誘導路を左に折れたエプロンが滑走路代りに使えます。前の格納庫の陰を出たら後は丸見えなんですからね、途中で立往生なんて事態はごめんですよ」      
「不吉なことを言うね、君は」
「一応、注意を喚起しておかないと後で私が軍法会議送りになっちまいます。よほど大事なものが入ってるんでしょうね?」
「それは言えないんだ、中尉」


 電源車のコンプレッサ−がびっくりするほど大きな音を立てて点火栓に高圧電流を送り込む。一回、二回、三回…………………。「動かないぞ!」
 何回目かの強振で双発エンジンが唸り出した。加持はスロットルをあやしながら機体を前に進め、ミグは強い光のなかに飛び出した。


 ラジオで慌てふためいた管制官が喚いている。
「この野郎が言うには、離陸を中止しろとさ」
「いやあ、なにしろ我々は不正規兵ですからねえ。ああいう嵩にきた奴は虫が好きませんな。行っちまいましょう」
「ゴ−!!」
 対気速度が225ノットに達したところで加持は操縦桿を引き、アフタ−バ−ナ−を2秒間だけ点火した。機体が空中に浮き、ミグは管制塔を掠めその反対側へと飛び去った。




ドイツ連邦共和国
ウエストファ−レン近郊




 アウトバ−ン脇の薄汚れた駐車場に停車している一輛のTV中継車の中では、情報の分析を担当する民間人と数人の下士官、それと一人の国連軍准将が、にわかに活発になってきたロシア上空を飛び交う通信群を見守っていた。下士官が衛星通信の内容をプリントアウトした用紙を准将に手渡した。


 ――――ジュ−コフスキ−空軍基地所属のMIG-29M/33一機が指揮下を離脱、北方に逃走。目的不明なれども、空域の防空軍は警戒線を設定、これを追撃されたし。     


「何処から始めましょうか?」
「国連軍の奴らは厄介だな。連中、平時でも何かとこちらと角突き合わせたがるから、まして不祥事ともなれば尚更だ。防空軍の指揮系統から始めよう」


 ジュ−コフスキ−では、混乱が輪をかけて広がっていた。整備クル−を装ったフリーゼンハーンの部下たちが、置土産に時限装置つきの赤外線フレア−をバラ撒いていったのだ。効果はてきめんだった。整備を終えた機体が猛烈に発熱するマグネシウムとテトラフルオロエチレンの混合弾頭に触れ、外板を焼き切られて次々にスクラップと化していく。

「そこいらのごろつき共や反政府勢力の仕業ではありません。これは訓練を受けた人間の手口です。相応の支援があると見るべきでしょう」司令部で情報担当を務める少佐が断言した。
「貴様、よく平然としていられるな!?丸裸だぞ!」航空団の大佐は怒り狂っていた。彼はここに急ぐ途中で、地上に飛行可能な戦術戦闘機が存在しなくなった事を知らされたばかりだった。基地司令官が大佐を制した。
「とにかく、追撃しなきゃいかん。防空軍の奴らは何と言ってる?」
「国連軍部内の問題に付き、防空軍は協力致しかねる、捜索活動その他は全て貴軍内部にて対処されるよう――――――と、素っ気ない返事です」
「ヨ−ロッパの連中に助けでも求めるか……………」
「とにかく、給油区画までやられなかったのは僥倖だ。あそこに時限爆弾でも投げ込まれた日には、目も当てられん――――――」

 突然、いくつかのディスプレイがホワイト・ノイズに塗りつぶされた。

 電子戦か……………言わんこっちゃない。もどかしげに少佐は操作卓を指で弾いた。
 正面のスクリーンに投影された戦術マップ上には、ジューコフスキーから伸びたミグの飛行ルートが緑色の輝く軌跡を描いているのが見てとれるが、それがモスクワの北方200キロでぷっつりと跡絶えた。電子の海の彼方に没した戦闘機がその中に存在すると推測される、ゆっくりと移動する円がそれに代わっている。やがて、この円は北極圏全体を呑み込むだろう。
 何度目かの遠い爆発音が建物を叩き、オレンジの炎がそこにいた人々の表情を照らしだした。

「上の連中は何機いる?」
「ミラ−とマクダガットがおります。今、降りてきました」
 手前の誘導路で二機のF-22Aがタクシ−している。
「彼らに追撃させよう。給油が終わりしだい出せ」
 七分後、ミグが離陸してから十六分後、二機の追撃機が飛び立った。その任務は、捜索及び攻撃――――――。


 上昇を終えたMIG-33は高度40000フィ−トの法定高度に駆け上がっていた。加持の耳のイヤホンからは不快なバズ音が絶え間なく流れだしていた。無数の地対空ミサイルが彼らに向けられ、ヘッド・アップ・ディスプレイ(HUD)に現われた数百のブリップは、数百の対空レ−ダ−が空を探していることを教えてくれている。

「攻撃してこないな。レ−ダ−照射だけだ」
「だから言ったでしょう、信用してくださいと。きっと謀略が成功したんでしょう」  
「追撃機は別だ。この高度だと、見つけてくださいと言ってるのと同じだぞ。奴らは来る。絶対にな」

 加持はアフタ−バ−ナ−を点火した。エンジン後部のリング状のパイプから熱い排気の中に大量のジェット燃料が噴射され、造波抵抗に打ち勝った分の推力が機体にくわわった。四十秒後、彼らのミグは毎時950ノット、この高度の音速の1・7倍に達し、さらに速度を増しながらバレンツ海へと突進していた。




ウエストファ−レン近郊



 官民合同の奇妙なチ−ムを乗せたTV中継車は外見こそ老朽化して見えるが、それはこの車に興味を持つ者の目をあざむくためでもある。その中身はエレクトロニクスで武装され、各種任務の要求に応えるべく1500万ドルの金が、フランクフルトの経営不振に陥った地方放送局から二束三文でネルフの手に渡ってからというもの注ぎ込まれている。

 彼らはユ−ラシア大陸上空の低軌道上を回るテレビ衛星から地上を眺めていた。高性能カメラが下界の情景を撮影し、符号化された映像は指向性ブル−・レ−ザ−通信システムを使って彼らの頭上にあるパラボラアンテナに届けられ、再びアナログ化される。ディスプレイの右上に”リアルタイム”と表示された一つの映像が、ジュ−コフスキ−空軍基地がほぼ無力化された様子を伝えていた。


「二機です」
 オペレ−タ−は不安材料として伝えたが、准将はまったく別の意見だった。
「わずかに二機、と言うべきだな。あの連中に戦う気があれば、やってやれないことはない数字だ」
「ミグに警告しますか?」
「いや、まだ大丈夫。距離は五百キロは離れている。いくらF-22の足が速いといっても、発見するまで二時間はかかる。それから攻撃ポジションに着くまでにまた一苦労だ。戦闘になったところで、今度はあちらさんが燃料の残りを気にしだすようになる。そう無理な追跡はできんさ」
「では、空中給油地点は予定どおりですか?」
「そうだ。いずれにせよノルウェ−上空まで何とか飛んできてくれれば上出来だ。北緯59度線から南へ入ってしまえば何も問題はない」
「はい……………」


 4000キロ彼方では、一機のミグが夜空を切り裂いて飛んでいた。真円にちかい月が機体を照らし、捜索者の発見を助けている。ふたりは余裕が出てくると空腹を覚え、何も食物を持ってこなかったことを激しく後悔した。増槽はとっくに空になっていた。
「来ないな。追っかけの連中」
「そうですねえ…………まあ、哨戒の連中が呼び戻されるまでにせいぜい十五、六分。その間こちらは超音速で飛んで四百五十から五百キロは離してやりました。それとF-22の速度から逆算して、毎時百五十キロは詰められますから、あと80分かそこいらですか」   
 彼らの前方に海岸線が見えてきた。加持が右を向くと、地平線の彼方が明るく輝いている。この付近では唯一の人工物だった。
「ムルマンスク。北半球最大の軍事基地です。国連軍北方艦隊の根拠地ですよ」やがて機は左に折れ、海岸線に沿って北上した。二十分後、彼らは第一参照点バボゼロ湖の上空を通過し、605ノットの速度でラップランド地方の上空を横断して、フィンランドとの国境を飛び越えた。




F−22編隊



 F-22A「ス−パ−スタ−」を操るヘンリ−・ミラ−大尉はミグの後方350キロを時速685ノットで飛ばしていた。僚機のマクダガット中尉機も彼の後方2000フィ−トに付いてきている。この機体は世界で唯一、アフタ−バ−ナ−を使わずに超音速を出すことができ、そのために各国の競合する機体より時速にして百キロは確実に速く飛べる。それを可能にしたのが彼の後でさえずっている強力なPW社製F-119エンジン。推力対重量比一・五を達成してくれる。

「本当にこっちでいいんですかね?」
「こっちじゃなきゃどっちへ逃げる?ウラル山脈の方へでも逃げるか。それとも、セヴァスト−ポリを抜いてイランにでも逃げるか?」大尉は中尉を黙らせてから、自分の正しさを再確認するかのように囁いた。
「こっちで間違いない、コ−スも、速度も間違いない、奴ら、多分ノルウェ−かスウェ−デンに降りるつもりだろう。着陸されたら手も足も出ないぞ。その前に発見し、撃墜しろとの命令だ。ブリュッセルに越権行為だと非難されるかもしれんが、フェイルセイフ・ラインの向こう側だろうが何だろうが、必ず墜とすんだ」


 ミグはそのまま飛び続け、スカンジナヴィア半島の北半分を削り取るように横切っていた。彼らは今、月光を反映して黒々とした金属のようなノルウェ−海が、陸地と分離するその彼方に港町ハンメルフェストの灯火を見ているところだった。
 その前方三十キロでは、アイスランドのキエブラヴィ−ク空軍基地から呼び寄せられたKC-10空中給油機が誘導ビ−コンを出しはじめていた。ほどなく彼らは会合し、給油プロ−ブが延ばされた。二分で給油は終わった。空中給油機はそのまま基地に帰投せず、─────所属基地を誤魔化すためだ─────スウェ−デンの国境上空を南下した。


「あれは何だ?」HUDに映し出された赤外線映像の一角に輝点が現われている。一秒も経たないうちにALQ-222コンピュ−タ−に記憶されたライブラリ−がKC-10空中給油機の固有デ−タを呼び出した。


 彼らの機首に装備された百万燭光のライトが点灯された。
「こちらはジュ−コフスキ−基地所属のF-22。そちらの所属、原隊名を告げられたい」    
「我々は特殊任務を遂行中だ」
 とりつく島もない。ミラ−は本来垂直尾翼に印されているはずのその機の所属基地名と機体番号が黒く塗り潰されているのを見ながら、質問を変えた。
「こちらは現在、指揮下を離脱、逃走した航空機を捜索中。何か知っていることはないか?」
「イエスでも、ノウでもないな。それは言えない」
「君たちはそいつに給油したのか?」
「何も話すことはない」
 やりとりの間、彼はこのKC-10がミグに給油したのだという確信を深めていた。ここで給油したとなると、フランスまでだって飛んでいくことが出来るぞ。何処だ。何処に下りる?目的は何だ?奴らはこの近くにいるはずだ。ならば……………。F-22に搭載されたAPG-94レ−ダ−がエネルギ−最大で発振された。そして、微弱なシグナル、その空中に浮いている金属性の何かを示す程度の反射がレ−ダ−・スコ−プ上に現われた。攻撃コンピュ−タ−が”MIG-33、距離55キロ”という答えを吐き出した。


「九時に追撃機!F-22二機。距離55キロ」後部座席でフリ−ゼンハ−ンが怒鳴った。「つかまった!」
「落ち着け。ぶっちぎってやる。ミリタリ−・パワ−!」加持はスロットルを一杯に前進させ、エンジン出力を最大に上げた。機体が勢い付いて、音速を超えた。


「敵も増速しました」マクダガットが苦々しげに呟いた。「大尉。これ以上加速すると、燃料が…………帰れなくなります!」
「元の基地に帰る必要が何処にある?いざとなればオスロ、真っすぐいけばジュトランド半島までは持つ。嫌な顔はされるだろうが、ヨ−ロッパに降りてしまえばいい」
「正気ですか!?」
 彼は思い出した。大尉が、これまで世界の紛争地域を点々としてきて、四個の撃墜マ−クを機体に印していることを。そして気付いた。かれの上官が、今夜五機目を墜としてエ−スになろうとしていることを。




ジュ−コフスキ−



「追撃中のF-22二機が、ノルウェ−、ハンメルフェスト沖で目標を発見の模様」
「よくやった!」
 航空団の大佐はガッツポーズを構え、指揮所が歓声に満たされた。
「空中給油機の支援がありました」少佐は冷静だった。そういう彼を、上官は不機嫌な目付きで睨み付けた。
「だからどうした?これは我々の問題だ。ブリュッセルの連中に頭でも下げろと、きさまは言うのか」




ウエストファ−レン近郊



 向かいの道路に止められた自家用車の中では、今さっきまで合成麻薬を吸引していた連中が盛り上がっていたが、夜の到来とともにすっかり静まって、ずらっと並んだ車はどれも、ぎしぎしと音を立てて、右へ、左へと……………………。
 楽しんでやがる。外で煙草を吸っていた軍曹は吸い殻を投げ捨てて低く罵った。


「発見されたようです」
「敵が発射位置に付くまで何分だ?」

「ミグが回避行動を取らないものとして、約、六分です!」
 オペレ−タ−が准将のほうを向いた。
「この通信状態ですと、基地に繋がるまで最悪だと五分はかかります」
 准将は決断した。
「モスクワの国連軍司令部へ、最優先衛星通信を行なう。西部ヨ−ロッパ駐留軍の正式な要請だ。後で抗議が来るだろうがな、それはこのことに片がついてから考えればいい」   
「了解!」通信はまずブリュッセルに送られ、ネルフの出向士官に承認されてからモスクワに中継された。




ジュ−コフスキ−



「西部ヨ−ロッパ駐留国連軍司令部からの正式要請です」
「読みます────本文。ジュ−コフスキ−所属のF-22Aが追撃中のMIG-29M/33は依然として国連軍の指揮管制下にあり、攻撃を中止されたし。以上」
「何だと?冗談じゃない。一体どういうつもりで、ヨ−ロッパの連中がしゃしゃり出てくる。重大な協定違反だ!」
「出所は正式、ル−トも正式です。私は、この要請に可及的すみやかに応じることが問題の早期解決につながると考えます。ミラ−の編隊に、攻撃中止を」司令官は、猜疑とも嫌悪ともつかない顔つきで少佐を見た。少佐は、意地の悪い笑いを浮かべてだめを押した。
「いざとなれば、この文書を言質にとってヨ−ロッパの連中に責任をなすりつけてやれます。もともと、我々の部内の問題を、彼らが肩代わりしてくれるというのです。攻撃中止命令を」
「お前とは、絶対にポ−カ−をやるまいという気になったよ」

 三十秒後、攻撃中止命令を乗せた電波が飛んだ。


 二機のF-22はミグの後方35キロに迫っていた。大尉は自機の両翼パイロンに装備された二基のAIM-120C「アムラ−ム」空対空ミサイルを発火準備状態にした。HUDにはミグを示す捕捉マ−クが出ていて、その下にロックオンしたことを意味して”QY”とあるのがが見える。マスタ−・ア−ム・スイッチを入れ、スロットルの兵器発射ボタンに親指を伸ばす………………。
「何!?」中尉の耳に、大尉の声はとてつもなく大きく響いた。
「攻撃を中止しろだと!そんな馬鹿な!」


 ミグは二機の追撃機を後方に従えたまま、高度を11000フィ−トに落として飛び続けた。あと二百キロで、北緯59度線、駐留軍の管理境界線である通称“フェイルセイフ・ライン”を超えることになる。十二分後、彼らは味方の覆域に入った。

 

 

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