アスカはふてていた。
 理由は色々あるが、一番の理由は使徒に、見方を変えればトウジに負けたことにある。
 彼女は半ば強迫観念と言ってもよいくらい、一番で、エースでなければいけないと言う思いがあった。いや、今もある。
 それなのに、無様に負けた。自分が見下していたトウジ相手に。トウジを助けられなかった。
 そしてその負け方も、小細工を使われたとか、卑怯な手段を使われたわけでもない(仮に使っていたとしても、言い訳にもならないが)。正々堂々、と言うとおかしいが正面切っての戦いに負けたのだ。

「負けたのよね・・・・。しかもあのバカジャージに」

 ジオフロントを一望できるラウンジで、アスカはソファーにぐでっと座ったままそう呟いた。もう何回目の言葉かわからない。
 向かいのソファーに、難しい顔をして座っているマナも目に入っていないようだ。

(やばいわ。目がブラック・オニクス)

 冗談めかしたような調子に聞こえるが、つきあいが1年を突破したマナには、それが強がりだと言うことがいたいほどわかった。
 すっかり氷が溶けたオレンジジュースのコップを指でもてあそびながら、アスカを慰めるようにこう言った。
 マイナス方向に停滞した雰囲気が苦手なアスカと違い、マナはまだ多少はそう言う状況に耐性がある。いつもと違い主導権を取るマナ。

「負けたって、相手は使徒なんだから鈴原君に負けたワケじゃないじゃない」
「・・・・・・どっちにしろ勝てなかった・・・。
 私が勝てなかった相手に、馬鹿シンジが勝った。
 ははっ、私は負けたのよ」

 だがマナの慰めに、アスカは虚ろな視線のまま自嘲して笑うという、投げやりな返事をした。人の良いマナもその態度にカチンとくるが、それくらいで癇癪を起こすほど気が短いわけでもないので、少し口元が歪んだだけだった。
 まあ、ここまで歪んだことを言われるのはどうかと思うが。

「・・・・・・いつも思っていたんだけど、どうしてアスカさんは勝った負けたにこだわるの?」

 で。

 真摯に心配しているのにその態度はあんまりだろ、友達止めてやろうか!?あなた私達以外に友達いないんでしょうが!

 ともちょっと思ったマナは、長い間聞くに聞けなかった質問を口にした。
 こんな状態なら話してくれるかもとの思いで。決して、むかついたから思わず出てきた質問ではない念のため。

 アスカがマナに疲れたような目を向けた。
 そしてマナの質問にぼんやりした目のまま天井を仰ぐと、ふっと一息ついた。

「・・・・・・わかんない。
 なんでか、一番でないといけないって思うようになってる。ドイツにいた頃から、ずっと一番だったから、一番でないと安心できないのかも・・・」
「ふ〜ん」

 聞きようによっては高飛車なアスカの言葉。
 マナはアスカさんらしいと思いながらも、次の言葉を促す。こうなると徹底的にほじくらないと気が済まない諜報部員なマナ。

「でも、それだけじゃない気がするわ。なんだか思い出せないけど、一番でないといけないって、一番強くないといけないって、いつもいつも・・・。
 何か理由があったはずなのよ。でもどうやっても思い出せない・・・」
「記憶喪失?それとも辛い過去を封印したとか」
「さあね・・・・・・って、なんでよりにもよってあんたと、こんな話しないといけないのよ!?」

 ここまで話したところで、アスカはがばっと身を起こすと、ラウンジ中にいた職員がなんだなんだ?と、顔を向けるぐらいの大声を出して、マナをジロッと睨んだ。その眼は白目が多くなって下方から上方を睨み付ける、いわゆる三白眼というヤツになっている。ついでにその両手はマナの胸ぐらを掴み上げていた。

 よりにもよってマナに秘密を話してしまった。それも薄らぼんやりしている間に、誘導尋問に引っかかって。

 マナの記憶を消さなくては!!
 そんな凶悪なことを考えながら、アスカはマナの首を締め上げた。尤も、手によく力が入らないのか、小刻みに震えている。苦しいと言うより、くすぐったいマナは平気な顔をしている。

 マナはその変わり様に内心くすっと笑うが、表面ではそれを出さないままアスカを見返した。

「やっといつものアスカさんになったわ」

 マナの言葉に、うっかり脱衣所で全裸のシンジを見た時みたいに真っ赤になるアスカ。

「ぐっ・・・・・あんた、何考えてるのよ?」
「別にぃ。あんな薄らぼんやりしたアスカさんじゃ、これからどうするかの相談相手にもならないし」
「悪かったわね、薄らぼんやりして」
「うん、みんなの目の前でスカートめくっても、無反応なアスカさんじゃどうしようもないから」

 ちょっとアスカの顔が引きつる。

(非常識なヤツとは思っていたけど、まさかここまで非常識なヤツとは・・・・。デリカシーに鋼鉄のバリケードが張られているって噂はマジなのね・・・)

「・・・・・露出狂、変態。あんた馬鹿でしょ」
「やーねー。
 スカートめくったのは私だけど、めくったスカートはアスカさんのだから露出狂はアスカさんじゃない。意外に可愛い下着つけてるのね」

 さらっと言ったマナの言葉にアスカはそのまま流そうとしてしまうが、さすがに気づいて微妙に口と目の端をピクピクさせながらマナに詰め寄った。

「ってちょぉっと待てぇい。あんた今なんて・・・」

 いい具合にひきつれるアスカの顔をニヤニヤしながらマナが見る。あのアスカがこんなにうろたえるのを見るのは実に久しぶりだ。アスカほどではないが、ここ最近のことでストレスが溜まりすぎてヤバイ方向に行きそうになっていたのは、マナも同様だったからちょうど良い息抜きだったかもしれない。マユミがいなくなった今、アスカは一番いい玩具なのだ。
 アスカにとっては堪ったものじゃないが。

「それより、問題なのはシンジよ」
「誤魔化すんじゃないわよ!あ、あ、あああ、あんた今なんて言ったかもう一度言ってみなさいよ!!」
「ボイスレコーダーや戦闘記録を見ただけだけど、シンジ、もうダメかも・・・」
「人の話を聞けッ!!」
「アスカさんはどう思う?シンジ、もうゾイドに乗らないって、ここにいたくないって言うかも・・・」
「耳ついてるのか鋼鉄む・・・・・シンジがいなくなる?」
「うん。だってシンジ、ゴジュラスでユイさんに脅しかけたって話だったから・・・」
「そうだったわね。確かに、あの馬鹿もう乗らないって言うかも知れないわ。今まで言わなかったのが不思議なくらいよ」

 自分の言葉に急にしおれたアスカを見て、マナは少しやり過ぎたかなとも思ったが、こんな風に真剣になったアスカでないと相談相手にはできない。と改めて思い返すと、深い深いため息をついた。
 珍しいアスカとマナのユニゾンで。

「「はあっ・・・・・」」
































 一方、アスカ達に心配されていたシンジは、確かに多少落ち込んではいたが、彼女達が心配するほどの落ち込みを見せるでなく、少しやつれた顔でトウジがいる病室に向かって歩を進めていた。
 トウジの意識が戻ったという知らせを聞いたからだ。

 少し息が荒くなる程度の小走りで病室に向かう。
 なにぶん無駄に広いネルフ本部のため、ほぼ中央にある司令室から端にある病院棟に向かうのも結構大変なのだ。
 シンジは身を焼かれるような思いと共に走っている間、ナオコが真面目な声で語ったトウジの様態を繰り返し繰り返し反芻していた。




『フォース・・・、鈴原君は意識を取り戻したわ。精密検査の結果、脳波、意識に異常は見られないわ。ただ首をへし折られたときのフィードバックが大きかったため、神経等に障害が見られる恐れがあるわ。まああっても今は良い薬や治療法がないでもないし・・・。
 で、それ以外は特に心配なし。良かったわね。と言うべきかしら』
『それはつまり大丈夫なんですか、命に別状や一生残るケガとかは・・・』
『さっきも言ったけど、首から下が麻痺する恐れがあるわ。でも、物理的に神経細胞が破損したワケじゃないから、例えそうなったとしても、リハビリすれば大丈夫よ(たぶん)。
 ・・・・・・・とても大変で、誰か支えて上げる人が必要だけど』
『!!』
『シンジ君、ショックなのはわかるわ。でもね、自分を、私達を責めてばかりじゃダメよ。
 言い訳にしか聞こえないでしょうけど、過去を見つめてばかりじゃダメ。
 鈴原君のこれからを見据えなさい。彼にとって、あなたにとって何をどうすれば一番良いのかをよく考えて。
 人間はね、立ち止まってはいけないの。過去を振り返ってばかりじゃいけないの。前を見て、未来に向かって歩き続けなければいけないのよ。・・・・・って、これ他人の言葉の受け売りだけどね』
『ナオコさん・・・・。それって、自分の経験・・・ですか?』
『ま、ね。伊達に女を×○年やってるわけじゃないから。でもね、この言葉ってリツコにも言ってるんだけど、どうもあの子は過去のことにこだわりすぎるのよね。まあこれはミサトちゃんも、キョウコも、副司令も、ユイにも言えることだけど・・・』
『ナオコさんはどうなんですか?』
『うふふ、秘密。で、ちょっとは元気になった?』
『はい・・・・・』
『じゃ、お見舞いにいってきなさい。今ちょうどヒカリちゃんと相田君もいるそうだから。みんなにも色々話したいことがあるでしょう?』






 珍しく大人らしいことを言ったナオコの言葉を思い返しながら、シンジは走り続けた。その時、ふと気がつくと自分のすぐ後ろをてってっと走る誰かの存在に気がつく。
 なんとなくその足音から誰なのか予想がついたシンジは、くるっと首をまわして後ろの誰かを見た。

「あ、シンちゃん。その・・・・元気になった?」
「レイコちゃん・・・。その、心配かけて・・・ゴメンね」

 ぺこっと頭を斜め20度ほど傾けるシンジに、目を丸くするレイコ。
 妙に素直なシンジの様子に、さてはシンジに化けた物の怪かと思ったわけではないが、それくらい驚いた顔をする。彼女はゴジュラスを占拠したときのシンジの様子を自分の目で見ていたため、シンジがこんなにさばさばした顔をできるとは思っても見なかったのだ。
 目をパチパチするレイコに、シンジはちょっと苦笑する。

「あの・・・・シンちゃん、もう良いの?」
「もう良いって?何が?」
「あの、ユイ母さん達との、その、あの・・・・・」

 ちょっとしどろもどろになるレイコ。
 ズバリなんと言えばいいか、言葉が浮かばないのだ。まさか『トウジ君を殺しかけたこと、もう吹っ切れたの?』と聞くわけにもいかない。
 シンジもそんな彼女のとまどいがわかった。確かにそれは聞くに聞けないだろう。結構遠慮がくて屈託がないように思えても、彼女は自分に似て、結構気が弱いことを知っているシンジはただ一言言った。

「もう、いいんだ。母さん達のことは」
「・・・・・・そうだよね、みんな秘密にして、自分たちの思惑だけであんな事して・・・・。許せるわけないよね」

 レイコが誤解して花がしおれるようにしょぼんとするが、シンジは慌てて違う違うと首を振った。

「そうじゃないよ。言い方が悪かったかな・・・。
 気にしないことにしたんだ。母さん達のことを」
「だから・・・、もう許せないんでしょ?」
「・・・・・だからそうじゃなくて、なんて言うかさ。
 母さんは大切な守ることのために戦っている。その過程で、僕達を切り捨てることもある。望んでないことであっても。そのことがわかったんだ。
 そして僕はそうならないように、精一杯の努力をする。決めたんだ。
 そう、逃げちゃダメだ。
 逃げちゃダメなんだ・・・」

 シンジは一欠片の迷い無く、そう言いきった。実際また同じような状況になったらどうなるかわからないが、少なくとも今のシンジは先日のあの時よりも、前向きで大人だった。

(なんだかシンちゃん、格好いい・・・)

 レイコがなんだか一回り大きくなったように見えるシンジの言葉に、ぼ〜っと赤くなる。
 シンジも視線に気づき、更に照れくさくなったのかこっちも赤くなった。
 中学生のカップルがお互い赤い顔をしながら、てってってと廊下を走っているのだから、結構見物である。

(ヤバイ、このままじゃさらし者になってしまう・・・)
(・・・・・嬉しいけど、アスカちゃん達に見つかったら超ヤバイって感じだよね)

 見せ者になりそうで、それは何となくイヤ + 身の危険を感じたシンジは、なんとか気を落ち着かせようとするが、やっぱり上手くいかない。時々すれ違う、他の入院患者や看護婦の姿を過剰に意識して、ますます赤くなっていく。同様にレイコも赤くなる。
 悪循環である。

「よくわからないけど、ユイ母さん達のこと許すことにしたの?」
「・・・・・わかんないよ。
 でも許すとか、許さないとか僕が言えた立場じゃないって事はわかってるんだ」
「え?」

 会話がかみ合ってないことに戸惑うレイコ。落ち着きを取り戻したシンジは構わず言葉を続けた。

「僕は逃げてただけだった・・・。
 母さんは人類のためにトウジを殺す選択をしたけど、少なくとも戦うことを選んだ。
 でも僕は何もしようとしなかった。
 トウジを助ける努力もしなかった。
 なんとなく、ゴジュラスが何とかしてくれるんじゃないかって、根拠もなく思ったんだ。
 なんとかなったよ、なんとかね。
 でも結果・・・。母さんがダミープラグとか言う、怪しげなものを用意していなかったら、もっと酷いことになってたよ。
 母さんを見る目が、以前みたいに戻るかどうかわからないけど、僕は母さんを怒ったり許さないとか言う資格がないんだ」
「シンちゃん・・・」
「前にもそう決心したはずだけど、今度こそ僕は、もう、逃げない。
 また同じようなことが起こったときは、僕は、結果がどうなろうと、みんなを助けるために、戦う。
 あの・・・・・・ちょっと照れるな」

 頭をぼりぼり書くシンジの姿に、レイコはアハハと初めて笑顔を見せた。

「そこで落とさなければ完璧だったのに。
 でもシンちゃんらしいね♪」
「そ、そうなの?僕ってそんななのかな」
「うん。思い詰めた顔してるシンちゃんも格好いいけど、そんな風に照れておたおたしてる方がもっと好き!」

 レイコの大声での『好き!』発言に、通りがかりの看護婦達が好意的な視線を向ける。
 曰く、『初々しいわ〜』とか『ラブラブね〜』って感じ。
 おかげでシンジはますます赤くなり、きょろきょろ周囲を見回して余計に注目を集めてしまう。自爆、もしくは墓穴を掘ったってヤツだ。

「あ、ああ、ああああの、そう言うことはもっと静かに言った方が・・・。
 それよりからかわないでよ」

 シンジのおたつく所が面白いのか、口元をにんまりゆがめてレイコがシンジの顔をしたからのぞき込んだ。文字通り、目と鼻の先に彼女の顔が現れたことで、シンジの心臓はどっくんどっくんと激しく鼓動。
 にゅふふとレイコが会心の笑みを浮かべた。
 今のシンジは彼女のおもちゃ。いくら格好つけても、それは変わらないのだ。

(あああ、シャンプーの匂いが・・・。最近とみに発育が良くなって・・・)

 レイコは場違いなラブでコメな雰囲気に、シンジがフラフラするのを一しきり見つめていたが、やがて急に真剣な顔になるとシンジの両手をキュッと握った。



「あのね、もし、もしだよ。
 もし私が、トウジ君みたいに、シンちゃんと戦うことになったその時は・・・、私と戦える?ううん、私じゃなくても、アスカちゃんだったりお姉ちゃんだったとき・・・。その時も戦える?」



 時間が止まった。


 もちろんだよ。

 彼女の言葉に、シンジはそう答えようとした。だが、答える寸前、レイコのこれ以上ないくらい真剣な瞳を見て、言葉を詰まらせてしまう。
 彼女の瞳は『よく考えて、真剣に、真面目に答えて』と言っていたからだ。
 ふざけたり、その場の雰囲気や勢いにまかせた返事はできない。人の目をよく見きれないシンジにもそれが分かった。
 それがわかったから、いったん呼吸を整え、そしてレイコの茶色の瞳をのぞき込むように、自分の黒い瞳を向けた。もう逃げないと決めた彼の決意を表すように。





「その時になってみないと、本当にどうするかはわからないと思う。
 でも今の気持ちは・・・戦える。きっと、今度は戦える。助けるために戦えるよ。相手が誰であっても・・・。この気持ちは本当だと思うから。
 いや、違う。
 今度は僕達が互いに戦うような事態には、絶対させない。
 僕がこんな事言うと、思い上がってるみたいだけどさ。そんなことにならないように、みんなを守る。だから・・・」
「だから?」
「だから、僕が敵になりそうなときは、みんなが僕を止めてよ。僕を助けて」

 シンジの迷いのない言葉に、レイコは力強く頷いた。

「うん!
 きっと止める!だから、シンちゃんも私を守ってね!」

 明るい彼女の言葉に、シンジも少し笑った。

「・・・・・約束するよ。君を、みんなを守るよ」
「そんな風に言ってくれるから、シンちゃんって大好き!」


 そしてレイコはシンジに飛びついた。シンジは『うわあ』と情けない声を上げる。いつもと同じ馬鹿騒ぎ。何の偶然か、いつの間にか近くにいたアスカとマナが、怒ったような顔をしながら2人の側に向かってくる。

「このスケベシンジに馬鹿レイコ!あんた達、なにやってん・・の・・よ・・・」
「・・・・あ、シンジ、あの、その、元気になった?」

 アスカは途中まで、凄くむかつくと全身で言いながらシンジに突っかかったが、なぜかその声は途中で小さくなっていった。マナもアスカと同じく、シンジから感じる雰囲気にちょっと戸惑い気味に目をパチパチとさせた。

「あ、アスカ、マナ。心配かけたね」
「う、ううん。べ、別に私はあんたの事なんて心配してなんかいないわよ。へ、変な事言わないでよね(ちょ、ちょおっと待ちなさいよ!なんで私こんなに心臓がドキドキしてるのよっ!!し、シンジ達にばれちゃうじゃない!!)」
「・・・・・・シンジ、そう言えば、背高くなったんだね(・・・格好いい)」

 アスカは本人には決して理解できない(他人から見たら一目瞭然(シンジ除く))理由から、視線を逸らして憎まれ口を叩き、マナはぼや〜とした顔でいつの間にか少しアスカより背が高くなったシンジを見つめていた。
 そんな2人の反応に、シンジは『?』となり、レイコは『む〜』とした顔をする。ラブな時間と空間を壊されてあったまきたらしい。


「それはそうと2人で何してるのか、私とっても気になるんだけど!」
「そうよ、それよ!あんた達抱き合って何してるのよ!?真っ昼間から不潔だわ!!」

 じゃあ、以前白昼堂々とキスしたあんたはなんだと言おうとしたレイコだったが、それを言うとますます場が混乱するのでグッと堪えた。

「えっへっへ〜、シンちゃんは私のためにここに残ることにしたのよ!
 アスカちゃん達は、お呼びじゃないわ♪(あんた達邪魔)」
「ちょ、ちょっといきなり誤解を招くような・・・・・・やっぱりこう・・・。
 ぐぇっ!」

 レイコの一言に、ようやくいつもの調子を取り戻したアスカ達にもみくちゃにされながら、シンジは何か絆のようなものを感じていた。そして、シンジはこの時のレイコ達との会話を長く、長く忘れることがなかった。
 そう、ずっとずっと・・・。

























































<司令室>



 けだるげな顔をしたキョウコがいた。
 少し他人と自分を軽蔑したような顔をしたナオコがいた。
 そして、自己嫌悪と憎悪に押しつぶされそうな顔をしたユイがいた。

 タバコの煙が漂う中、3人の間にあるのは、普段の友情と尊敬ではなく、欺瞞と軽蔑だけだった。




「結果だけ言うわ。
 フォース、鈴原君は全身麻痺。治る見込みはほとんどないわ。文字通り、奇跡でも起きない限り」

 ナオコの淡々とした言葉。シンジに話した内容とは違った事実。
 ユイは黙って次を促した。

「チルドレンとしての活躍は今度絶望的。いえ、普通に日常生活を送ること自体無理ね。
 よって彼のチルドレンとしての登録は現在保留状態。緊急リハビリプログラムや、脳のみの完全サイボーグ手術などのプランがあるけど、ユイ・・・いえ、ネルフ司令の指令があり次第、いずれかを実行します。
 また、ネオチルドレン候補だった鈴原ヤヨイ・・・・。
 彼女は再び、精神を閉ざし、深い自閉状態に移行したわ。快復の見込みは同じくたっていない。前回と同じく、人格プログラムの強制インストールを試したけれど、今度は何の反応も示さなかったわ」

 ユイが感情を感じさせない声で、質問をした。

「それは・・・、つまりダミープラグ計画が頓挫したと言うこと?」
「まだそうとは言い切れないけど、彼女の精神は今回のことでますます傷ついたわ。彼女の心の防壁は、もうMAGIによる浸食でも突破できないわ」
「浸食のレベルを上げたら?」
「怖い事言うのね。これ以上、浸食レベルを上げたら、彼女壊れちゃうわよ?
 いいえ、例え壊れなくても、文字通りプログラムに沿って動くだけの人形になるでしょうね」

 ナオコの棘のある言葉に、ユイは黙って頷き返した。

「使徒による浸食の恐れは?」

「可能性はあるけど、今のところ判断はつかないわ。とりあえず、ブラッドパターン反応他のテストでは何の異常も現れなかった」
「・・・・・可能性はあるのね?」
「ええ」

 何かを考え込むユイとナオコの視線が一瞬交錯した。
 火花が散ったようにも見える。
 すぐ側で見ていたキョウコはそう思った。

「一応、2人は監視をつけて特殊病棟にまわして。名目は適当に考えて頂戴」
「わかったわ。それで、シンジくん達の面会の方はどうするの?特に目立ったケガがないのに、今日から急に病室を変えるなんて、彼でなくても怪しむわよ」
「面会に制限をつけるわ。もしくは面会できる時間があるなら、訓練に時間を使うようにカリキュラムをいじるわ」
「本気?」

 ナオコの問いにユイは頷いた。
 彼女には全く迷いが伺えない。
 そう、彼女はあの時から、迷うことはないのだ。ネルフ司令になると決めたときから・・・。
 これ以上ナオコからの報告がないと判断すると、ユイは次にキョウコを促した。きつく唇を噛んでいたキョウコが、重々しく口を開く。

「ディバイソン、カノンフォート共に完全破壊を確認。
 先のグレートサーベルと同じく、コアを完膚無きまで破壊されていたわ」
「D4他のゾイドに、汚染は?」
「これまで以上の調査を徹底的に行ったけど、使徒の反応、その他の破壊的工作は見られなかった。以上よ」

 キョウコの言葉に、ユイは軽く頷く。一安心と言った感じだ。

「それで、パイロットの見通しは?」

 冷徹に尋ねるユイの姿に、彼女の決意を知っているつもりのキョウコも一瞬言葉を詰まらせ、そして怒りに身を震わせた。
 足音も高くツカツカとユイに詰め寄ると、ナオコが止めようと肩を掴むのも振り切りユイの胸ぐらを掴み上げた。そのまま、血走った目で睨み付ける。

「・・・・あなたの頭それしかないの?子供達が今どんな状態だと・・・」

 だが、ユイの表情は変わらなかった。かすかに悲しそうに揺れた後、逆に渓谷の湖のように静かな目でキョウコを見つめ返した。
 そのまま身動きをせずに、ジッとするユイとキョウコ。
 ナオコが一本タバコを吸い終わったとき、ようやくキョウコはユイを離した。
 キョウコの肩は上下に揺れ、対照的にユイの顔は仮面のように無表情で冷め切っていた。

「・・・・・ごめんなさい。辛いのは、泣きたいのはあなたも同じだって知っているのに・・・」
「良いのよ。あなたの言うとおり、私は最低の女だもの。母としても、女としても、科学者としても・・・」
「それ当てつけ?まあ良いけど。
 それよりもユイ、この場にいるのは私達だけなのよ。別に、そんなに自分を作らなくても良いわよ。私達の前では・・・」

 ふぅっと煙を吐き出しながらナオコが軽い調子で言った。この場の雰囲気がイヤになったのだ。こうなるだろうとは半ば予想していたとしても、予想したからといって気分が良くなるわけではない。もちろん、張りつめた糸のようなユイを心配したという意味合いもあるが。
 ナオコのそんな気持ちが分かったのか、ユイはふぅとため息をつくと、右手で目を覆った。
 最近の彼女の癖である。
 本音を出しているとき、目を見られたくないのだ。


「わかってる・・・。わかってるわ、ナオコさん、キョウコ・・・。
 どうしてこんな事になったのかしら・・・」
「今更ね。
 ゼーレの老人達が裏死海文書を解読したとき、そしてあなたのお父様がゼーレを裏切ったとき、そしてあなたがエヴァを生み出したとき、こうなることは半ばわかっていたはずよ。まあ、当初の思惑とだいぶ異なってしまったことは認めるけど」
「ナオコさんの言うとうりよ。なってしまったものは仕方がないわ。
 それよりも、今はどうするか考えることが先決よ。さっきみたいに、投げやりな考え方じゃなく」

 ナオコが頷く。

「そうね。
 子供達は次々と欠け、ゾイドも失われていっている。すでに死海文書と実際の歴史はかなり異なっているわ。老人達が引きつけを起こさんばかりに。そして私達に残された時間は残り少ない・・・」
「わかってるわ。シンジも戦うって決めたのに、私は泣いてなんか居られないもの」

 その言葉に、ちょっとだけキョウコは笑った。だいぶ気分の入れ替えが早い気がするが、それでなくてはユイの相方はつとまらないのかもしれない。

「ふふっ、そうでないとユイとは言えないわ。
 で、実際の所どうするの?」
「パイロットの選定の方は当面停止して。昨日の今日じゃ、あの子達も納得できないでしょう」
「そうね。とりあえず、故障していたゾイドの修理に全力を尽くすわ。幸い、レイのサラマンダー1号機以外は大したことないし。
 あと・・・・・鈴原君・・・・何とか手をつくしてみるから」
「お願い・・・。
 もう、あんな辛い思いをしたくないから。子供達を犠牲にしないといけないなんて、そんな思いは・・・。
 私達は、あの子達の笑顔を守るために、ここにいるはずだから・・・」

 ユイの言葉にキョウコも、ナオコも頷き返した。
 3人ともやつれ、憔悴した顔だったが、覚悟を改めて決めなおした今は、妙に輝いて見えた。






























 ケンスケはぼんやりとシンジの背中を見ていた。
 意識の戻ったトウジと向かい合い、既に30分近く無言のままのシンジを。
 心の奥底にうずく微かな感情を気にしながら、いったい何を考えているのだろうと、のんきにトウジとシンジを交互に見つめていた。

(なんとも対照的だよな)

 多少人間的に成長しても、基本的にネガティブなものの考え方をしていたシンジの思考がいきなり変わるわけはない。
 それは目の前で、何の前振りもなく、ゴメンとトウジに言い、頭を下げ続けるシンジを見ればわかることだった。

(シンジの気持ちも分かるけど、これじゃトウジもますます意固地になるだけだ。第一、トウジは言葉では吹っ切れたようなことを言っていても、実際にはそんなわけないんだぜ。
 荒れるかもな・・・。
 それにしても人付き合いのへったくそなヤツ)

 もちろん、ケンスケから見ればシンジもトウジも似たようなものだ。
 冷静に2人を見ながら、妙に冷めたことを考えるケンスケだった。




 シンジはトウジに謝りたかったのだが、トウジとしては謝られるつもりはない。ゾイドに乗ると決めたのは彼自身の意志だ。そして妹の意識が戻る可能性があるからと、妹を新たなチルドレン候補に加えることを了解したのも、彼自身の意志だったのだ。もちろん、了解したと言っても納得しているわけではないが。

 とにかく、トウジはシンジに謝られても迷惑だとしか感じなかった。
 自分が、情けなく思えてくる。
 妹を結局守りきれなかった自分自身が。
 看病に疲れ、周囲に甘えたくなった自分が。
 妹を邪魔だと、一瞬でも思った自分が。








「ちゅうわけや。確かに、なんや身体がよう動かへんし、妹のことも気がかりや。
 せやけど、全部が全部シンジの所為やない。
 使徒に良いようにされたワシも悪いし、注意の足りんかったユイさん達も悪い。
 結局、みんな少しずつ悪かったんや。運悪く、それがいっぺんに重なった。
 だから謝られても筋違いで、迷惑なだけや」
「でも・・・・、でもやっぱり僕が一番悪かったと思う」
「くどいやっちゃな。頼むから、もう何も言わんといてくれ・・・。本当におまえのこと許せんようになる。
 いや、いつかは気にしなくなりたいんや。また前みたいに戻りたいんや・・・・。
 せやのに、シンジがそんなやったら、マジでむかつくんや」
「ゴメン・・・」

 頭ではわかっていても、どうしてもまず謝罪の言葉が出る。
 例え相手が悪くても、100%自分に責任がないといえるのか?
 そんな風に考え、今まで生きてきたシンジの条件反射。多少は改善されたとは言っても、そう簡単には治らない。
 難しいものだ。

 ケンスケは2人を見ながら思った。

 この2人はもう、友達といえる関係には二度となれないかもしれない。いや、きっとなれないだろう。人付き合いが上手いと言うより、要領が良い彼の、6感とも言うべき先読みでケンスケは思った。
 だが、もし、この2人がお互いを認め会えたら、その時こそ親友同士になるかもしれない。

(こんな時にケンカとは、平和だね〜。
 そう言えばこんな時こそワケわからないことを言うはずのあいつ・・・、カヲルはどこ行ったんだろ?)


 ケンスケが改めて周囲を見回しても、その場にいるのは自分とシンジ、トウジ、ヒカリ、ムサシとケイタだけ。ちなみに、マナとアスカとレイコは腕を負傷したレイの見舞いに行っていて、この場にいない。

 本来ならカヲルがいたであろう、シンジの隣の空間が妙に目にしみるようだった。
































 そのころ、カヲルはいつもと変わらぬ不思議な笑みを浮かべながら、じっとシンジのゴジュラスを見ていた。彼の眼下で職員、作業員達が作業している。

(ダミープラグ・・・・・か。僕が知っているそれとは違うね・・・。
 それにしてもあんな使い方があったとは、全くリリンは僕らの想像を超えたことをしてくれる)







 先の戦い、シンジは使徒によって死ぬ寸前まで追いやられた。
 シンジはトウジを傷つけたくない。だから戦わないと言う、タダひたすらに後ろ向きな考えから、全くの無抵抗だった。
 だが、まさに意識を失う瞬間、シンジはトウジを傷つけたくないという思いよりも強く、死にたくないと思った。
 その彼が最も強く願った心に反応し、ゴジュラスは勝手に起動した。彼を守るために。
 結果、ゴジュラスは目の前で危害を加えている相手、使徒の生命反応がゼロになるまで攻撃を加えることとなる。そしてその圧倒的な攻撃は、使徒を殲滅した後も、まだ残っていた生命反応であるトウジ達にも向けられた。ゴジュラスは躊躇することなくエントリープラグを手に掛け、そして・・・。


 しかし、まさに破壊される瞬間、ユイが起動させたダミープラグからの命令が最初の命令とぶつかり合った。
 結果は似たようなものであっても、最初の暴走とダミープラグからの暴走命令は意味が異なる。


 『シンジを守る為、敵を倒す』と『目の前の敵を倒す』


 この2つの命令の重複に加え、シンジとダミープラグのパーソナルパターンの違いにより、ゴジュラスのコンバットシステムはフリーズし、ゴジュラスは動きを止めたのだった。




(でも、なんなんだろうね。あの時のゴジュラスの呟きは・・・。
 始まりであるαゾイド、初号機だからこその呟きなのかな。僕のもてる、全ての力を使って集めた情報でも、ゴジュラスのコアは普通と違うことしかわからない。
 僕にもわからないことがあるんだなんて、これだからリリンと暮らすのは面白いよ)


 おそらく、シンジしか聞いていなかったはずのゴジュラスの呟きをなぜかカヲルは知っていた。彼は一体、何者なのだろう?今は答える術を持たない。いつか語られるときも来るだろう。



 やがて、カヲルの紅い瞳が宝石のように瞬いた。
 ゴジュラスの頭部コクピット、ネルフによって化石から復元される以前からあったコクピットを見通すように。そこは厳重に封印され、頭部貫通という重傷を負ったときでも、決して開けられることのないブラックボックス。
 閃光防御かそれとも他の理由か、黒く塗りつぶされたキャノピーは全く見通すことはできない。ただ内側で鈍く光るゴジュラスの目と、微かに見える黒い固まりのようなものが、確認できただけだ。


(僕の思っているとおりなら、ダミープラグに宿らされた魂の正体は彼女で、ゴジュラスは・・・・・だね)


 カヲルはなおもしばらく見ていたが、やがてふうとため息をつくと頭を上方に傾けた。

「面白くなってきたよ。でも、ここまで死海文書と異なったことが起こるとなると、ゼーレの爺共ももうなりふり構ってこないだろうな。
 ・・・・・・・そうなったら、やっぱり死ぬかな?」

 自問自答した後、カヲルはまたフフッと軽く笑った。
 とんでもないことを考えていても、彼から笑いが絶えることはないのだろう。


「どうせ死ぬなら、思う存分足掻いて、シンジ君を守って死にたいね」


















METAL BEAST NEON GENESIS

機獣新世紀
エヴァンゾイド



第5話Bパート

「闇からの訪問者」



作者.アラン・スミシー













 影がするすると伸びた。
 晴れた夏の日にしても、不自然なまでに暗い色の影が。



ビィー!!
   ビィー!!
      ビィー!!


 派手に警報が鳴り響いた。
 先日の使徒襲来から、1週間とおかずに鳴る警報に、ネルフの全職員達の間に緊張が走った。街1つを生物汚染で住めなくしてしまった忌まわしい記憶が呼び起こされていく。中、まだ包帯が痛々しい姿のミサト達が、慌てながら発令所に駆け込んできた。
 既に待機して、関係各所から来る情報を整理、またはそれに対する返事を出していた日向達がくるりと向き直る。

 彼らの目に映るミサトの姿は、左手を折ったのか吊っており、頭にも包帯を巻いて痛々しい。しかしながら、ミサトの目に光る強い意志を感じ、何も言わずに自分たちの作戦指揮官を迎え入れた。
 例え作戦は無茶なものばかりであっても、実際彼女がいれば士気が上がる。
 尤も、リツコにとっては遅刻は遅刻だが。

「・・・またまた遅いわよ」
「ゴメン!」

 同じく頭に包帯を巻いた姿のリツコは、再度遅刻したミサトをジロッと睨んだ後すぐに視線をモニターに戻した。黒い、全てを飲み込むように黒い、風船の様なだんだら縞模様の使徒の姿を。

「どうなってるの。富士の電波観察所は!?」
『探知していません!直上にいきなり現れました!』

 ミサトに向かって、青葉が振り返って報告する。続いて、日向が次の情報を伝えた。

『パターン・オレンジ!ATフィールド反応なし!』


 パターン・オレンジ。
 すなわち、使徒特有の反応であるブラッドパターンが異なっているという報告に、まずリツコとミサトは計測ミスを想像し、次にあれは使徒以外の何者なのかという想像をした。

「どういう事?」
「新種の使徒?」

 大声で聞き返しながらも、ミサトとリツコは冷静に考えた。計測誤差の可能性はまず無い。なぜなら、彼らだってアレが使徒じゃないと言われて、素直に「はいそうですか」と信じたわけがない。日向達は何度も計測をやり直したはずだ。アレが使徒でないわけがない。
 となると・・・。

 考え込むミサト達をよそに、マヤがMAGIからの返答を報告した。少し悲鳴がかった声で。

『MAGIは判断を保留しています!!』
『西区の住民避難、あと5分かかります!』
『目標は微速進行中。毎時2.5キロ!』

 使徒かもしれない妙な物体に、奇妙なデジャビュというか違和感のようなものを感じながらも、ミサトは既にケージで待機しているパイロット達との通話回線を開いた。
 悩むのは後だ。

「みんな聞こえる?」
「「「「「はい!」」」」」

 少し足並みが揃わなかったが、それでも全員から返事が聞けたことに、ミサトは少しだけ満足そうな顔をする。そう、まだ少し迷った顔をしていたが、シンジもゴジュラスに乗り込んでいた。

(・・・・・・あんな不安定な状態で、アレに乗って戦う・・・か。なにもかも無事に済めばいいけど)


「目標のデータは送った通り、今はそれだけしか分からないわ」
「どうするんですか?」

 全てを見透かしているようなカヲルのいつもと変わらない質問に、ミサトは少しだけ考えた後、すぐに口を開いた。

「慎重に接近して反応をうかがい、可能であれば市街地外へ誘導を行う。先行する機体を残りが援護」

 コクンと頷く子供達。

「先行するのは・・・」

 ミサトが先行、つまり偵察という様子見を決めようと口を開いたとき、おずおずと、だが真っ直ぐに挙手するものがいた。目の端にその動きを捉えたミサトは、半ば条件反射で通話スイッチをオンにした。
 そしてま〜たアスカか。そう思いながらミサトが、『それじゃあお願い』と言おうとした。だがその動作は途中で止まってしまう。

「それじゃ・・・シンジ君?」
「はい」

 アスカだろうと思った相手はシンジだった。

「シンジ君、いいの?先行って言葉の意味わかってる?」
「それくらいわかっています。だから、お願いします・・・」

 暗い、不安になりそうな色をしているが、それでも真っ直ぐな眼差しのシンジ。
 ミサトは息を呑んだ。
 彼の目の奥に、シンジの決意を読みとったからだ。

(そう。それがあなたの決断ってワケなのね。でも・・・)

 だがシンジの純粋な鉄のような決意は、反面危険なものでもある。堅い、純粋な鉄がもろいのと同じように。
 ミサトは頭を左右に振った後、少しため息をついた。
 だからと言って、シンジに先行させては行けないと言う理由はない。
 もちろん、機動性のあるゾイドのパイロットであるレイコか、アスカ、ケンスケにさせるべきかもしれないが、レイコはお世辞にも操縦が上手いとは言えず、アスカとケンスケ当人もゾイドもまだ怪我が完治したわけではない。

(迷うこともできないわね)

 ミサトは肩をすくめてチラッと後方のいつものポーズのユイ達を見た。
 なぜかキョウコとナオコの姿が無く、ユイと冬月しか姿が見えなかったが、少なくともユイはいつもと変わっているようには見えない。
 ミサトはユイ達のことを記憶から消して、視線を正面に戻した。

 世の中の仕組みがわかったわ。神様はこうやってどんどんこっちの選択肢という手札を削っていくのね。



「あの・・・・ダメですか?」

 考え込むミサトに不安になったのか、どこかまだ気弱そうにシンジが聞き返した。

「・・・・・いいえ、頼むわね。期待してるわよ、シンジ君」

























 足音を響かせながら、各ゾイドが使徒を囲むように散開していく。
 使徒の正面方向から、シンジのゴジュラスとアスカのアイアンコングがおよそ500mの間隔を開けながら、ゆっくりゆっくりと近づいていく。
 更に使徒の両翼を囲むように、向かって右からケンスケのシールドライガーとムサシのベアファイターが、左からレイコのサラマンダーとマナのアロザウラーが歩きながら距離を詰めていく。そして、後方から相対速度を合わせて近づくカヲルのゴジュラス。
 その他、距離をかなり空けてヒカリの乗るゴルドスがレールガンの照準を、ケイタのカノントータスが突撃砲の照準を使徒に向けていた。

 使徒はそんなことに気づいているのかいないのか、それこそ気球が風にながされるように一定の速度を保ったまま、正確に第三新東京市中心部に向かって進行していた。

「反応は?」
「やはり、オレンジのままです」

 1分ごとに聞き直すリツコと、答えるマヤの横でミサトは厳しい顔をしていた。ケガで欠けているレイと、トウジ達の穴はあったが既に玄人顔負けの動きをするゾイド達。本来なら、誉めるか喜ぶべきなのだが、どうも気になってしょうがないのだ。
 使徒 ーーー もうミサトはあの縞々の球体を使徒と断定していた ーーー が何のアクションを見せないことに。



 やがて、いち早く定していたポイントに到達したシンジが、声を潜めながら今回の補助パートナーであるアスカと回線を繋いだ。もう、使徒との距離は1キロを切っている。

「アスカ・・・、そっちは?」
「そんなに速く移動出来るワケないでしょ!!」

 アスカが怒ったように返答し、これまたアイアンコングも怒ったようにナックルをつきながら道路を走り抜けた。アスカと使徒との距離はまだ3キロほどはあるだろう。背丈はゴジュラスより若干低いが、横幅があるアイアンコングはビルにかすらないようにして通り抜けることが苦手なのだ。
 使徒を正面から止めるでなく、ただ包囲してゆっくり距離を詰めるという地味な作戦に不満があったアスカが、シンジの言葉になおさら腹が立ったのかふくれっ面をする。
 あまり速く移動するわけにもいかないので、移動補助機関であるブースターやジェットエンジン等を使えないのも不満の1つだ。
 他の機体も似たようなものだったりする。
 レイコのサラマンダーは歩くという、ほとんどする必要のない行動に四苦八苦し、ヒカリとケイタは距離を微妙に保ちながら移動することに同じく四苦八苦していた。さほど苦労がないのはシンジとカヲル、ムサシとケンスケだろう。


 自分だけ所定位置に達したシンジは、自分が焦っていることにも気づかず、右手を無意識に開いたり閉じたりを繰り返した。

(まだか・・・・)

 チラッとレーダーと補助モニターを見るが、他のゾイドは所定位置に到達していない。まだ少しかかりそうだ。

(・・・・・・こっちで足止めしてやる!)

 このままでは逃がしてしまう!
 そう判断したシンジは、ミサト達が制止する間も与えず行動に移った。
 右手を真っ直ぐに伸ばし、右手に固定装備された4連装パレットライフルを使徒に向けた。そして照準が使徒の中心に重なった瞬間、トリガーを引いた。

 4門の銃口から火柱と共に、特別製のオリハルコン弾が撃ち出される。初速は秒速10kmを越える実弾破壊兵器だ。
 一瞬後、空気を裂き、唸りをあげながら銃弾が使徒に命中する。










「消えた!?」

 だが、銃弾が吸い込まれた瞬間、その姿が忽然と消えた。それも残像すら残さない、消えたと言うよりもそこにいたことが嘘のような消失で。

 リツコが思わず叫んだ瞬間、それまでストでも起こしていたように沈黙していたセンサーの1つがピーッとけたたましい音をたてた。
 すぐ近くにいて、その音にビクッとしたミサトが、間髪入れずに日向に尋ねた。


「なにっ!?」
「パターン青!使徒発見!初号機の直下です!!」

 興奮した口調で、日向は最悪の答えを口にした。






「影が!?」

 突然足下に現れた底なし沼のような黒い影。それは比喩や例えではなく、言葉道理にずぶずぶと初号機の身体を飲み込んでいく。
 思ってもいなかった事態に、シンジはパニックに陥ったのか馬鹿みたいになって右手の4連砲を、両肩のビームキャノンを、腰部のミサイルを影に向かって撃ちまくった。

バルルルルルルルッッッ!!!
バキィンッ!!バキィンッ!!
ドシュドシュドシュッ!

 空気を引き裂く、三通りの音をたてて至近距離で発射された銃弾はむなしく影に吸い込まれた。まるで水に映った月を切るように何の手応えもなく。それでもシンジは気が狂ったように引き金を引き続けた。

「なんだ!?なんだ!?なんだよこれ!?」

 そうこうしている内に、ゴジュラスはくるぶしから膝元までが沈んでしまう。もう、立つことにも精神を使わないと一気に転んでしまいそうになっている。
 すでに弾が切れた銃のトリガーを引き続けていたシンジが、その時ハッと上を見上げた。

「・・・・・・・・・あ、あ、ああ」

 現実感のない、圧倒的な恐怖がシンジから言葉を奪った。
 彼の頭上には、いつの間にか使徒が浮かんでいた。静かに、悪意に満ちて。
 シンジの顔が恐怖にひきつれた。

「うわあああーーーーっ!!!」














『シンジ君、逃げて!シンジ君!
 みんな、作戦中止!ゴジュラスの救出を最優先とします!!』

 シンジの危機を見て取ったミサトは、直ちに作戦遂行を断念。間をおかず、散開包囲をしようとしていた各ゾイドに指示を与えなおした。
 その間にもシンジのゴジュラスは気が狂ったように尻尾や手足を振り回し、ずぶずぶと無慈悲に沈んでいく。

「ああああ、うわあああああっ!!!
 なにが、なにがどうなってんだ!?」

 横から見ていて滑稽なくらい、声を上げてうろたえるシンジ。
 そして彼が暴れれば暴れるほど、彼と彼を乗せたゴジュラスの身体はどんどん沈んでいく。
 くるぶしから、膝、腰、腹、胸・・・・・・。
 迫り来る死の予感に、シンジは外聞も何もなく、ただひたすらに声を張り上げた。そうしないと気でも狂ってしまうのではないかと思うくらいに。

「助けて、助けてよ!!
 カヲル君!!ミサトさん、リツコさん、綾波ぃ、レイコちゃん、アスカ、マナッ、山岸さん、トウジ、ケンスケ!!
 洞木さん!ムサシ、ケイタ君!キョウコさん、ナオコさん!
 どうなってるんだよ!?どうすればいいのか、早く教えてよ!!
 誰でも良いから早く助けて!!
 さっきから体中が痛いんだよ!!
 ・・・・・母さ・・・」

 そしてゴジュラスは頭まで呑み込まれてしまった。既に姿は欠片も見えない。
 突然雑音と共に、通信を途絶したゴジュラス。

「し、シン・・・」

 そう言いかけたのは誰だったか。
 あっけなく失われたゴジュラスの姿に、声を出すこともできず、全員はただシンジが消え去った影の中心を見つめていた。

ズドン!!

 突然の轟音に、ぼんやりしていたアスカ達はビクッとする。
 音は使徒の中から聞こえてきたようだ。

 次の瞬間、ゴジュラスの尻尾が影からつきだした。そして先端部から緊急用のワイヤーを射出する。シンジがかろうじて思い出して操作した、緊急システムである。
 この操作をすることにより、ゴジュラスの尾部に装備されたワイヤーが射出される。このワイヤーは先端に強力なクローを装備したものであり、このような場合最寄りのなにかをがっちりと掴み位置を教える機能を持つ。それだけでなく、通信ブイとしての機能も備えているため、遭難した場合自分の現在位置を教える機能も持っている。
 文字通り、どこともしれない空間に呑み込まれた、シンジの、ゴジュラスの最後のあがきであった。
 だがはなはだ頼りなく感じられても、それでもそれはシンジがあの影のなかでまだ生きている証拠。

 シンジは生きている。まだ無事だ。

 凍り付いていた全員の時間が、一斉に動き始めた。



「生きてる・・・?
 って、あの馬鹿!こんな時だけ先走って、結局私達に余計な手間取らせたら意味無いじゃない!!」

「なんだか、ヤバイって感じだよ!ミサトさん、私飛びます!!」
「クッ、距離が離れすぎてる。でもシンジ君のためにも、光の速さで僕は行くよ!!」
「カヲルさん、こんな時にふざけないで!!
 もう!アロザウラーじゃどうしようもないわ!アスカさん急いで!」

「・・・・・トウジのことがあったからって、無茶するからだ」
「あああ、アスカ、綾波さん!早くしないと!」
「クソッ!ベアファイターも同じくこれ以上近づけない!!」
「同右。中型の僕らじゃダメだ。やっぱりウルトラじゃないとゴジュラスの体重を支えきれないよ」


 ミサトの指示に従い、それまで慎重な行動をしていたゾイド達が一斉に動く。
 アスカのアイアンコングはバーニアを全開にして、ビルを飛び越え、はたまた小さなビルを押しつぶしながらシンジめがけて突き進み、レイコのサラマンダーF2は金属をかきむしるような鳴き声を上げて、飛び立った。カヲルのゴジュラスはホバリングしながら、滑るようにしてシンジの元に向かい、ケンスケのシールドライガーはビルの壁面に爪を立てて張り付き、そのまま忍者のようにビルからビルへと飛び移りながら救出に向かった。

 アスカ達が救出に向かっている間、ミサトの方も手をこまねいて見ていたわけではない。

「プラグ射出信号送って!」

 最悪でもシンジだけでも救出しないといけない。
 色んな意味で、それは最重要項目である。

「ダメです!受け付けません!」

 だが、もの凄いスピードで端末を操作したマヤが、半ば泣いているような声を上げてミサトとリツコを振り仰いだ。

「G初号機、通信途絶!何もモニター出来ません!」
「なんですって!?」
「使徒が・・・・何らかのジャミングをしているって事?」

 慌てるミサトの横で、冷めたように冷静なリツコ。
 ミサトは唇を噛んで、ほんの少し考え込んだ顔をしたが、すぐに救出に向かっているアスカ達に檄を飛ばした。それしかできる事がなかったからだが、こうなるとただ指揮するだけというのは、結構つらい仕事かもしれない。自分は科学者で良かったとミサトを見ながらリツコは思った。


「みんな!救出、急いで!」







「サラマンダー、攻撃します!」

 少しでも使徒の注意を引こうと、上空を旋回していたサラマンダーが急降下して使徒に狙いを定めた。翼のターレットが回転し、そこに装備されたレーザーファランクスが使徒に照準を合わせる。

 空気が瞬間的に膨張爆発する音が響き、無数の青白い光がサラマンダーの翼から発射された。

「当たれ!・・・・・・って、嘘!?」

 だが必殺のレーザーが使徒に命中したのとほぼ同時に、再び使徒の姿がかき消すように消えた。そして、使徒の向こう側にあったビルに見事な大穴を幾つも開ける。


「そんな、どこ!?」

 忍者みたいな使徒の行動に、レイコが目をまん丸に見開いた。







「また消えた・・・」
「みんな、気をつけて!」

 マヤが呆然と呟き、ミサトは使徒の攻撃を予想して、各機に注意を促した。この状況に、声1つ出さずにいるユイ達を不審に満ちた思いで観察しながら。






「影!?」

 ワイヤーアンカーを掴もうとしていたアスカの足下が、突然真っ黒に色を変えた。
 自分に攻撃に来る可能性も考慮していたアスカは、すぐさまワイヤーから手を離すと、すぐ近くのビルに飛びついた。

「・・・いやぁぁ〜〜〜っ!!」

 だが安心する間もなく、アイアンコングが張り付いていたビルがゆっくりと傾き、沈み始めた。別にアイアンコングの重さに耐えられなかったわけではない。使徒の不思議な黒い影が、ビルすらも飲み込み始めたのだ。
 慌ててビルの外壁に拳を打ち込み、そこを手がかりにしながら、アイアンコングはビルクライミングを行った。

 安全な地点まで飛び渡るための、平らな足場を求めて屋上まで上ったアスカは、そこで眼前の光景にこれだけをようやく呟いた。

「ま、街が・・・」


 黒い影の海。

 虚無としか呼べない、黒い影がビルを柱のように建てながら圧倒的な量感を伴って広がっていた。

 次々と踏ん張りを失ったビルを飲み込んでいく。
 中心部付近に今だかろうじてもがくゴジュラスの尻尾を捉えた、アリ地獄のような使徒。
 アスカは、いや彼女だけでなく、この光景を見た全ての者は口の中がからからに乾くのを感じた。

 辺り一面に広がった使徒の影に、すぐ側まで来ていたケンスケ達はどうすることもできずに立ち止まるほか無かった。





『レイコ、なんとかワイヤーだけでも掴んで。他は後退』

 皆が茫然としている中、ミサトは絞り出すようにそれだけ言った。先ほど姿を一瞬現した尻尾も、今は再び沈んでしまっている。

「他は後退って、シンジはまだあの中に!」

 アスカがするより早くマナが抗議するがミサトは聞く耳もたない。

『飛行能力のないあなた達じゃ、シンジ君の二の舞になるだけよ。
 ・・・・聞こえたわね、レイコ』
「は、はい・・・・」

 俯いて身体を振るわせるミサトに、何も言えなくなったレイコは無言でワイヤーを掴むためにビルの間に降下した。その様子を口惜しそうにアスカ達が見つめる。
 使徒の影に触れないように、慎重に飛びながら、サラマンダーがビルに突き刺さったワイヤーを掴んだ。ワイヤがービルから引き抜かれていく。

『レイコ、どう?』

 ワイヤーを後ろ足で掴み、アスカ達のいるところに向かうレイコに向かってミサトが尋ねた。

「・・・・手応えがある!向こうから引っ張ってる!」
「本当!?よし、レイコ!すぐにワイヤーを貸しなさい!すぐにあの馬鹿をつり上げてやるわ!!」
「そうよ!釣りなら任せて!!」

 レイコの言葉に、ミサトはかすかに肩から力を抜き、アスカ達は歓声を上げた。まだどうなるかわからないが、シンジ回収の見通しが立ったことは全員を奮い立たせるに十分だった。

(とりあえず、シンジ君を回収してからあいつの対策を考えなくちゃ。
 シンジ君さえ無事なら、後はN2使うなりなんなりして・・・)
































 ゴウッと風を巻きながらそれは雲を突き抜けた。いや、風が追いつけない速度で。
 雲の下には、大海原と、傷ついた大地が見える。そしてそれをもっと拡大すると、緑に囲まれて銀色の光を放つ要塞都市、第三新東京市があるはずだ。
 ニヤリとそれは笑った。
 航空機のように大きく、真っ平らだった翼を、突如粘土細工のように蝙蝠のような形状に変形させると、地面に対して水平だった頭を垂直にした。
 そのまま真下に急降下する。
































「!?
 パターン・・・・黒?
 突然なにかがあらわれました!」

 レイコが回収したワイヤーを全員で引っ張るゾイドを見ていたミサトの横で、青葉が戸惑った声を上げた。
 初めて見るセンサーとそれを分析したMAGIからの報告に、非情に困っているようだ。
 ミサトは普段冷静すぎるほど冷静なはずの彼の態度に、非情にイヤなものを感じながらも、彼に顔を向けた。

「なにか?何かなんて曖昧な報告してどうするの?もっと正確な情報を伝えなさい」
「は、はい!
 第三新東京市直上、高度30000に突然反応が現れました!依然、接近中!」
「新手の使徒!?」
「いえ、反応は初めて見るタイプ、黒です!使徒ではありません!」
「なによそれ!?リツコ?」

 青葉の報告にミサトも戸惑ってリツコに視線を向けるが、リツコは肩をすくめて力無くそう言った。

「わからないわ。私だってそんなの聞いたことないもの。青葉君、それは今どうしてるの?」
「はい、今までどんなレーダーやセンサーにも反応していなかったようですが・・・・。今も速度12000で、いえ加速しました!現在・・・・マッハ3.7?」

ガタンッ!!

 青葉がそこまで言ったとき、大げさなまでに大きな音が発令所最上段から聞こえてきた。
 全員の目がそこに集中する。

「司令?」
「一体何が・・・。司令は何か知っているの?」

 ミサト達の視線にも気づかず、ユイは蒼白な顔をしながら立ち上がっていた。




「来たの?そんな、もう来たの?」
「ユイ、まずいわ。みんなは今シンジ君を救出中で手が放せないわ」
「・・・・・・くっ、葛城三佐!救出作業中止!!全員を今すぐBエリアまで後退させて迎撃準備!!」
「はっ、しかし今中断したらシンジ君が!」

 驚いたような目をしながらミサトが抗議するが、ユイは人が違ったような顔で激しく言った。まるですぐ後ろに魔物が迫っているホラー映画の登場人物のようだ。

「命令よ!!!早くしなさい!!!」
「しかし!
 だいいち、あの子達が納得しません!」
「このままだとシンジだけじゃなく、あの子達も殺されるわ!!急いで!!」

 言い合うミサトとユイの横で、青葉が叫んだ。

「来ます!!」

「しまった、間に合わなかった・・・」

 ユイはそれだけを苦々しく言った。



















 身動きをしない使徒を警戒しながら、綱引きのように一同がワイヤーを引っ張るのを、レイコは手近なビルに留まりながら見ていた。こう言うとき、手がない自分の機体がもどかしいといつも思う。
 眼下では妙にハイテンションになったマナの指揮の元、腕のあるゾイドが一斉にワイヤーを引っ張っている。
 ちょっとアレはついていけないかな?

「・・・・・母さん達、何騒いでるんだろ?雑音が入ってよく聞こえない・・・。
 ねえ、アスカ。母さん達が言ってることわかる?」
『・・・・ザザッ・・・・あ〜、聞こえ・・・・ザザッ・・・・』
「変なの。急に聞こえなくなっちゃった・・・。なんだろ、もの凄く怖い・・・。なんでだろ・・・」

 突然、胃を締め付けるような猛烈な不安感に襲われ、レイコは身を胎児のように縮めた。順調に進んでいるシンジ救出作戦も、ゆっくりした深呼吸でも、嘔吐感を伴ったこの恐怖は全く揺らがない。

(なんで?なんで急に・・・。こんな怖かったの・・・・あの時以来だ・・・)

 かつてシンジと一緒に殺されかけた記憶が甦る・・・。
 あの時自分とシンジは助かったが、影から警護していたSPは全滅して目の前で内臓をぶちまけられた。

(・・・・・・・・・・あれ?)

 その時レイコは微かに耳鳴りがしたような気がした。

(なに?通信は・・・・途絶したまま・・・母さん達何か騒いでる・・・・・!?)

 キーーンと言う音は今ではハッキリと耳に入っている。そして彼女は気づいた。

「上ッ!?」

ガシィーーーン!!

 ようやく耳鳴りの原因が上空から飛来していたことに気がつき、頭を上げるが既に遅すぎた。モニターが真っ黒な影で覆い尽くされる。

『遅い』

 金属同士がうち合わされる甲高い音の後、猛烈な痛みを後頭部に感じ、レイコは意識が断ち切られそうになった。

「くぅ!!なに!?」

 なんとか気絶するのだけは堪えるとレイコはきっと視線を正面に向けた。先ほどの一撃でどこかセンサーがイカレでもしたのか細かい部分はわからないが、敵はまだ自分の首を掴んでいるらしい。

(こ、このぉ!)

 レイコは少し朦朧としながらも、目の前の黒い何かを思いっきり突っついた。突っつきと言っても、厚さ10cmの鉄板を易々と貫くサラマンダーの嘴である。相手が何であれ、タダではすまない一撃だ。
 だがその黒い何か。漆黒の装甲を持った巨大なゾイドは避けようともしない。
 まともに嘴が黒いゾイドの腹部に命中した。先ほど以上に甲高い音が第三新東京市に響き渡った。




「嘘ッ!?そんな、まさか!?」

 レイコが驚愕に目を見開いた。
 モニターに映るサラマンダーの嘴・・・砕けたのはサラマンダーの方だった。

『科人ごときが・・・』
「え・・・、回線に割り込みって、人が乗ってるの!?」

 黒いゾイドからの通信割り込みにレイコは引きつった声を上げた。

 目の前のゾイドには人が乗っている。今までと違い、自分たちと同じく人間が乗っていることに驚いたのだ。彼女はとある理由からシンジ達以上にユイ達が行おうとしている計画を深く知っている。それ故、敵ゾイドに人が乗っていることが何を意味するのか、それがよくわかっていた。

 レイコの眼前で、黒いゾイドは翼を広げた。それはサラマンダーのような鳥に似た形状ではなく、先端がギザギザに尖った、悪魔のような翼だった。

(悪魔・・・?蝙蝠みたいな羽・・・、違う!これは竜の羽!!)

「ガン・ギャラッド!?」
『正解だ!』

 レイコが相手の名前に気がつき、声を上げると同時に黒いゾイド、ダークゾイドのガン・ギャラッドはサラマンダーを無造作に地面に叩きつけた。
 無造作な動作だったが、サラマンダーの身体は地面にめり込み、次いで勢いがそれでも殺しきれなかったのか、バウンドして転がった。力無く横たわるサラマンダーの真下に、紫色の体液が池を作っていく。







 サラマンダーがボロ屑のように倒されるのをアスカ達は呆然としながら見ていた。
 全ては数秒の間に起こったこと。彼女達にはあまりに突然すぎて、何が起こったのかさっぱりわからなかったのだ。だがわからない中たった1つわかったことがある。

 こいつは敵だ。
 それも最悪の。

ニヤリ

 ゴジュラスの尻尾が姿を現したところで動きを止めていたアスカ達を見て、黒いゾイドは笑った。本当の生物のように、口元をゆがめ、目をつり上げて。

キュン!!

 一瞬の隙をつき、黒いゾイドは右手から閃光を放った。いつの間にか、右肘から粒子砲の銃口が飛び出している。
 アスカ達の横をすり抜けた閃光は、ワイヤーを切断し、そのまま背後の兵装ビルを貫通していた。
 アスカ達は慌ててワイヤーを掴もうとするが、それよりも早くずるずるとワイヤーは影に呑み込まれていった。

 ワイヤーが消えてしまったとき、目の前が真っ暗になっていく。
 比喩でなく、アスカ達はそう感じた。
 深い絶望、喪失感と無力感から来る悲しみ。そして深い怒りと憎悪。
 アスカは涙をにじませながら、血走った鬼気迫る目を黒いゾイドに向けた。
 殺意のこもった視線を面白そうに受け流しながら、黒いゾイドはゆっくりと背筋を伸ばしていく。嘲るように。






「あんた何者よ!?」

 アスカは生まれて初めての、絶対的な恐怖とそれを上回る激しい怒りを感じながらそれだけ啖呵を切った。

「そうよ!!私にはわかる!あなた今までみたいに無人じゃないでしょ!!
 絶対、絶対許さないから!」


 マナも同じく黒いゾイドを睨む。
 ケンスケ達もアスカに習って素早く散開して黒いゾイドを取り囲んだ。

「・・・・・・は、はは・・・。すげぇな、惣流のヤツ・・・。アレを相手にあそこまで言えるのかよ・・・・」
「・・・・・へ、へんだな。震えがとまら、止まらない・・・」
「・・・・・・あああ、勝手に頭を縮めて!そんな、ゾイドが命令に従わないなんて・・・」
「ゾイドの戦闘システムが、停止?まさか、本能で怖がってるの?相手は、一体なのに・・・そこまでとんでもないの?」


「まさかこれが来るとはね・・・・。ゼーレの老人達も本気だね。
 なんとか僕の精神力が上回っているから、コンバットシステムはフリーズしていないけど・・・」


 カヲルのゴジュラスが真後ろに回ったのを確認して、黒いゾイドのパイロットは皮肉な調子で言った。

『俺が誰かって?
 ・・・・・俺の名前はミリオンズ・ナイブス。ゼーレエンジェルの11。嵐の天使『ラシエル』の称号を持つゼーレの子だ』

「ゼーレの・・・子?」

 身動き1つせず、いやできずアスカはそれだけ呟いた。
 恐怖の所為もあるが、自己紹介する相手の声が、なぜか妙に懐かしい感じの声だったのだ。

『詳しいことは、そこにいるオリジナル・・・・もといフィフスチルドレンに尋ねるんだな。ま、生きていたらの話だが』
「くっ・・・。私達がそう簡単にやられると思わないことね。そっちがいくら強くたって、こっちは7人いるのよ」
『人間ごときがいくらいたって、俺と、虹の精霊イリスの名を冠する俺のゾイドに勝てるものか。君だってそう感じているんだろ、アスカ?』

 人が蟻を見るような目でアスカ達を見渡した後、面白がるようにナイブスと名乗ったパイロットは言った。
 アスカの目が大きく広がる。
 未だノイズ混じりの通話モニターを見ると、やはりカヲルの顔にも驚きが浮かんでいた。

 間違いない!

「あんた・・・・・まさか・・・・。でもあんたは間違いなくあの時死んだはず・・・」

 その言葉に、フルフェイスのヘルメットの中で彼はニヤリと笑った。アスカがかつて良く知っていた人物と同じ笑いを。

『声は以前とそう変わらないらしい。
 それにしても意外だね。覚えていてくれたか。
 ・・・・・・当たりだよ。久しぶりだな、アスカ。そしてカヲル』

「カール!そんな!?
 私は確かにあの時あんたの死体を・・・・あれ?」

 突然の記憶の空白に、アスカはめまいのようなものを感じて言葉を止めた。

(変だ。記憶が・・・私は確かに、あの時、あの時・・・・。あの時?)

『ふん。詳しくは覚えていまい。なにしろ君は精神操作を受けているらしいからな』

 ナイブス ーー カール ーー の言葉にアスカは戸惑ったような顔をした。聞き慣れない、精神操作という言葉から感じる嫌悪感と、それを自分が受けているという言葉に、納得できないものを感じながら。

『・・・・・そんなことはどうでもいい。俺は俺の仕事を果たすだけだ』

 考え込むアスカと笑みを絶やさず睨み付けるカヲルを一瞥した後、彼は吐き捨てるように言った。
 突然和やかだった態度を一変させ、同時に物質的な質量を伴った殺気を向けるカール・・・いやナイブス。

「俺の仕事?あんたなにを・・・」
『鈍いな君も。ゾイドの仕事と言ったら破壊に決まっているだろうが』
「そ、そんな事させるもんですかっ!!」

 アスカの言葉に反応したように、黒いゾイド ーー ガン・ギャラッド ーー は相手を威嚇するように翼を広げて背中の角を垂直に伸ばし、腕のカギ爪を広げて前傾姿勢をとった。
 パイロットであるナイブスも深紅の瞳を輝かせ、耳まで裂けた口を開けた。

『能書きはここまでだ。
 アスカ、カヲル。会いたかった・・・。俺を殺した君たちに。
 ・・・・アスカ。
 君は両手両足を切断して動けなくしてから、死ぬまで犯してやる。
 ・・・・カヲル。
 君は寸刻みに生きたまま刻んだ後、全部食ってやる・・・。必ずだ』








「キィエエエエエエエエエェェェェ・・・・・」

 そしてガン・ギャラッドは無力な大人達と恐怖に震える子供達が呆然と見守る中、空間を引き裂くような鳴き声を上げた。

 数秒でサラマンダーを撃破し、姿を見せただけで弱いゾイドを動けなくする最悪の魔銃、ダークゾイド、ガン・ギャラッド。
 立ち向かうアスカ達に、はたして勝ち目はあるのだろうか?
 そして使徒に呑み込まれたシンジの運命は?

 今、悪夢のような戦いが始まった。



Cパートに続く



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