カヲルが二人に告げる。
『そこで君たちにお願いがあるんだ。』
『今度僕と出会ったら、僕を殺してくれ。』
沈黙………
カヲルの姿が薄まっていく。もう首から上しか見えない。
「なんで、なんでカヲル君を殺さなければならないの!?」
シンジが叫ぶ。
『僕は、シンジ君に感謝しているんだ。君が僕を殺してくれたおかげで、僕はゼーレの呪
縛を逃れることが出来た。だから僕は世界で一番好きな君にまた会うことが出来たん
だ。』
『でも今度君が会う僕は違う。僕の魂を1/9だけ持つ、EVAを動かすためだけに造られた獣。
彼らがゼーレから教えられたことは、補完計画に必要な破壊だけ。』
『僕は君たちを傷つけたくない。だからお願いだ。今度僕に会ったら僕を殺してくれ。』
一呼吸おいてカヲルは続けた。
『僕はこれからゼーレに与えられた最後の指命を果たしに行く。綾波レイを碇ゲンドウの
マインドコントロールから解き放つ。これはゼーレの指令だからやるんじゃない。補完
計画を彼女が行うにしろ、止めるにしろ、彼女自身の意志で決めてほしいから。』
『だから、君たちも自分自身の意志で人類の運命を決めてほしい。君たちがたとえそれを
望まなくても、EVAに乗ってしまったときに人類の行く末を託されてしまったのだから
………』
そして消えていくカヲル。
シンジもアスカも惚けたように、病室の床に座り込んだ。
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老朽化した高層マンションの一室。
バスタオルを頭からかぶった少女が、なんの飾り気もない部屋の中央で立ちつくす。
彼女の名は綾波レイ。
補完計画の要、そして碇ゲンドウの駒として生を与えられたもの。
彼女は目前に突然現れたものを見つめていた。
それは見覚えがあるもの。
渚カヲルの生首。
それが口を開いた。
『久しぶりだね。』
しかし、レイは全く驚くそぶりを見せない。
「なんの用?」
『君を碇ゲンドウから解放するために来たのさ。』
『君は、碇ゲンドウの補完計画の要だから、彼にとってもっとも大切な駒だから。』
『でも君は彼に従うべきか迷っている。』
『かつては彼に従い、消滅することを欲した。でも今では存在し続けたいと願っている。』
『だから僕は、君に選択できる権利を持ってほしいのさ。僕は死んでやっと自由を得た。
僕と同じ君にそんな目にあってほしくない。』
『もう僕には時間がない。それに君がいやだといっても僕はやるよ。』
カヲルは目を閉じ、意識をこらす。目指すは彼女のA10神経。
レイは、バスタオルを頭にかぶったまま立ちつくすのみ。
いや、カヲルの目をしっかりにらみつけている。その意味するものは拒絶。
カヲルが呟く。
『シンジ君のためにもね。』
はっとするレイ。その瞬間、カヲルの力が額から赤い光となって放出された。
その光はレイの額を確実に捉えた。
バチバチバチ。
レイの頭を赤い光が駆けめぐる。
レイが頭を抱える。バスタオルが落ちてゆくのもかまわず、彼女は頭を振り回し、もがく。
その顔は苦しげにゆがんでいる。しかし、ほどなくばったりとうつぶせに倒れた。
『うまくいったようだね。』
微笑みながら、静かに呟くカヲル。そして彼の首は静かに空気の中に溶け込んでいった。
数分後、意識を取り戻したレイ。
彼女はバスタオルを肩にかけ直し、辺りを見回す。
カヲルはもういない。
そのことを確認して机に向かう。
そこに置いてあった碇ゲンドウのメガネをとり………
幾ばくかのためらいの後、ひびの入ったメガネを握りつぶした!
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夕暮れ。
303号室の床に座り込んでいるアスカとシンジ。
シンジにとって、今起こったことはあまりに衝撃的すぎた。
カヲルの出現、アスカの復活、人類補完計画、綾波レイ、そしてカヲルの消滅。
まして、長い入院生活のために体力をほとんど失っているアスカにとって、思い出すこと
さえ苦痛に値した。
呆然としている二人。
やがてシンジが口を開いた。
「カヲル君、消えちゃったね……」
アスカはなにも答えない、答えられない。
わずかな体力を根こそぎ使ってしまったため、答えを返すのも億劫だった。
かまわずシンジはアスカに話し続ける。
「カヲル君は、僕の親友なのに!僕の恩人なのに!僕はカヲル君に助けられてばかりで、
何にもしてあげることが出来なかった。」
そのまま黙りこくる。
沈黙の時間………
ようやくアスカが口を開いた。ゆっくりと口調を整えながら。
「バカシンジ!」
「えっ。」
「あんたの大好きなカヲル君が…消えちゃった。で…アンタはどうすんの?このまま泣い
て泣いて…泣き続けるわけ!?」
「………」
「私もカヲルには…借りがあるわ。大きいのがね。」
「惣流…アスカ…ラングレーは、借りは必ず返すの。」
「だから、私は…今カヲルと会ったら…彼を殺す!彼がそれを望むなら。」
「そんな……」
「でもね、それまで…私は探すわ。彼を…元に戻す方法を。」
「えっ!?」
激しくしゃべるアスカ。かつての元気だったころのように叫ぶ!
「いい、人間やれば出来るかもしれないけど、やらなきゃ何にも出来ないのよ!」
そして口調をがらりと変え、優しく語りかける。
「シンジ、あなたは私を暗闇から救い出してくれた。たとえカヲルの助力があったとはい
えね。」
「今度はあなたがカヲルを助ける番よ。私の力を借りてね。」
そこまで言うとアスカは力つき、シンジにしがみついた。
「そうだね。」
シンジが静かに、しかし力強く呟いた。
「今度は僕がカヲル君を助ける番だ。どんなことがあっても彼を取り戻してみせる!」
「それでこそ無敵のシンジ様よ!」
「アスカ、だから一緒にいて。」
「わかっているわよ♪」
「じゃあ、結論がでたところで私の復活祝いと景気づけにぱーっとやりましょう!」
「だめだよ!ろくにご飯も食べていなかったから胃が受け付けない。しばらくはお粥だ
よ。」
「全くこういうとこは融通が利かないんだから。」
むくれるアスカ。もちろんシンジが自分の体を気遣ってくれて言っているのは百も承知だ。
はっきり言って、シンジに対する甘えそのもの。
「そういうアスカも全く変わってないんだからさ。」
「けどなるべくアスカの好きそうな、おいしいものをつくるよ♪」
そして二人同時に吹き出し、笑いあう。
それからシンジはアスカ担当の医師に連絡し、彼女の意識が戻ったことを伝えた。
そしてミサトさんにも。
けれどもシンジも、アスカも、カヲルのことは誰にも言わなかった。
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綾波レイ。その赤い目で砕けたメガネを見つめている。
彼女は、自分の中の何かが大きく変わったことを感じ取っていた。
ここまでお付き合い下さいまして本当にありがとうございます。
とりあえず第一話終了ですが、お楽しみ頂ければ幸いです。
第二話は、Childrenを取り巻く大人達について書いてみたいと思います。
こちらのほうもよろしくお願いします。
最後に、本稿を掲載して下さいましたDARU様に深く感謝致します。
by MACA-1
DARU:
こちらこそ、このような辺境の投稿部屋へ作品のご提供、とても感謝しております
カヲルの活躍でチルドレンは救われたけれど・・・果たしてカヲルは復活できるのか?
とても気になりますけど、とりあえずは「アスカ様大復活!」と、素直に喜んでおきます(^^)