日録(抄)(アップツーデートな更新にこころがけておりますが、素人の悲しさで、そのぶん推敲不足で勘違いや、

変な文章、不適切な表現があるかもしれません。お気づきの節はそっとお教えください。よろしくお願いします。

なお、無断転載はご遠慮下さい)

2001年12月5日  モーツァルト没後210年にあたって( 死因トンカツ説について)

(1)今日 12月5日は、モーツァルトの没後210年となります。

ちょうど10年前、狂乱の200周年フィーバーが消え去った今、あらためてあの騒ぎは何だったのかとの思いを感じます。

先日、日本モーツァルト協会及び日本モーツァルト愛好会の古参メンバーであるK氏から

19991年のモーツァルト・フィーバーの資料の整理をご依頼され、目下作業中です。

整理完了次第、HPにアップしようと思っております。

 さて、今年 モーツァルトを巡って話題になったのは、未発表の楽譜の発見と新死因説の発表でしょう。

前者はあらためて取り上げることとして、今日は命日にちなんで、新死因説いわゆる<死因トンカツ説>についての

情報を整理してみたいと思います。

 そもそもの発端は、今年 6月   日の朝日紙ほかが伝えた記事です。

概要は上記のとおり……

アメリカの音楽ファン(?)の医師が、内科学会で発表したところによると、

最晩年のモーツァルトの手紙にあるモーツァルトが豚カツを食べたとの記述をもとに、

当時流行していた寄生虫病との関連つけると,伝えられる病状と符合することが判明した。

即ち、モーツァルトの死因は、生煮えの豚カツを食べたことが原因による寄生虫病によるものだ、

という説です。

 くだんの医師の専門が、寄生虫病ということで、自分の得意分野に無理やりたぐり寄せた感もある。

たった1通の手紙をたてに、しかもその真実性の確証はない、

少なくとも、当時の寄生虫患者のどのくらいの者が豚カツ乃至豚肉を摂取していたのか?

そのへんのデータがなければ、話にならないくらいは、素人考えでも思いつく。

伝えられる限りでは、そのへんの言及もなく、そういう意味では、数ある死因説の一つに数えるには足りない気がする。

詳しい続報を待ちたいものであります。

          
              


 (2)上記のモトネタと思われるAP通信の記事を、モーツァルト研究家 野口秀夫氏から入手したので(後掲)、その一部を試訳してみました。

(試訳に際し、多くの示唆と助言を頂いた野口氏と川原誠一郎氏に感謝申し上げます)  

*****

(もう)リューマチ熱説や 腎臓病・心臓病・肺炎さらに毒殺説のことなど お忘れなさい。

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの命を奪ったのは、ポーク・カツレツだった
のかもしれないのだから。


 最新の学説によると、1791年12月5日ウィーンでの作曲家の時ならぬ死の犯人は
トリキノシス=旋毛虫症 のようだというのだ。
 この病気は旋毛虫の寄生した豚肉をよく火を通さずに食べることが原因でおきる。
この病気であることでモーツァルトの(終末の)症状のすべて、
すなわち高熱、発疹、手足の痛みと腫張等が説明できる。
と、シアトルのPSVAメディカル・センターのジャン・V・ハーシュマン博士は、主張している。

ハーシュマンは、1999年に出版された伝記(1)に紹介されている
モーツァルトが発病の44日前に 妻にあてた手紙の中で次のように
書いているのが、確たる証拠だ と述べている。

 「何のにおいだ? −中略― なんてうまいんだ。君の健康を祝って食べている(2)」
とモーツァルトは書いている。

ハーシュマンは言う、「50日の潜伏期間内であったことから、もし彼の終末の病気が、
旋毛虫症trichinosisであるのが確かであるなら、モーツァルトは無意識の内に、
彼の死因を的確に 豚肉の切身だと もらしていたことになる」

 医学的な文献や歴史上の記録、そしてモーツァルトの伝記の記述をベースとした
彼の8ページにわたる論文は、6月11日付の 内科学会誌に発表された。
 モーツァルトは発病して15日後に死んだ。
主治医は死因をあいまいな病名である『急性粟粒(ぞくりゅう)疹熱』とした。
検死は行われなかった。

 伝えられるところでは、妻コンスタンツェは彼の死後、モーツァルト自身は毒を盛られたと
考えていたと述べた。
やがて彼のライバル作曲家であるサリエリを含む敵がその(彼を殺した)犯人であるとの噂が
広まった。
その時以来現在にいたるまで、(モーツァルトの死因に関心を持つ)医療関係者たち(3)は
大きな過ちを犯してきた。

 感染症の専門家であるハーシュマンは、モーツァルトの症状は、当時ウィーンに
蔓延していた(正体不明の)伝染病の症状と一致すると述べている。

 旋毛虫症trichinosisはヨ−ロッパ各地で猛威を振るい死者を出したが、
1800年代に至るまで原因が究明されることはなかった。
   (原因が究明されたのは、やっと1800年代になってからのことだった)
(この)寄生虫に効く薬(特効薬)が開発されてから後、(治療が容易になり)
死に至ることは稀となった。

***********

<訳注>
(1)1999年に英語圏で出版された伝記が何を指すのか不詳だが、
  この手紙自体は新発見というものではなく、つい先日邦訳が発売された
  書簡全集最終巻にも、もちろん収録されている。 (原著は1971年に出版されている)
   この全集は仏訳・邦訳は出たが、英訳はまだということなので、
  ハーシュマン自身はその伝記で確認したということか。

(2)肝心の部分が引用されていない、不親切の見本のような引用の仕方である。
 手紙の原文では中略の箇所が『ドン・プリームスが豚のカツレツを持ってきた』となっている。
 手紙本文の訳は白水社書簡全集版の海老澤・高橋訳を引用した。
 
(健康を『祝って』、というのは 『祈って』の誤植ではないかとの指摘もあるがここでは、
出版された書籍からの引用としてこのままにさせて頂く)

(3)(モーツァルトの死因に関心を持つ)医療関係者とは、かのK・ベーアや
   J・B・デービーズ等モーツァルトの死に関する著作をあらわした専門家をも
  指すのであろうか? ハーシュマンの何たる自信!
 


(3) ドン・プリームスの正体    <補追 解説>
 

上記をメールで知人たちにお送りしたところ、読者から

問題の手紙に登場するくだんの豚カツをモーツァルトのところに持ちこんだ人物、
ドン・プリームスとは何者かとのお問い合わせを頂きましたので調べてみました。

 ドン・プリームスとは『優等生の男』という意味の仇名・通称で書簡全集では
本名はヨゼフ・ダイナー、モーツァルト行きつけのレストラン、銀蛇亭の家令と訳されている。 
(岩波版は、モーツァルトの使い走りをした給仕 としている)                   

書簡全集の原編者は慎重に 『〜と思われる』と断定を避けているが、
出版後30年を経て異論も出てないようだからもはや断定してもさしつかえないと思われる。
岩波版・柴田訳では後述のダイナー報告の訳文冒頭に通称プリームスと併記紹介しているくらい。

 ダイナーといえば、モーツァルト・ファンご存知の、薪が買えなくて寒さをダンスで
ごまかすモーツァルト夫妻という晩年赤貧説を裏付けるエピソードの証言者として有名。
 他にも数少ない葬儀列席者であり、葬儀当日が暴風であったという証言、いわゆる
ダイナー報告の当人である。

 プリームスすなわちダイナーは、本件豚カツ以外にも、その数日後のレターでは
蝶鮫のフライという当時流行の珍味の差入をもってきてくれたと記述されている。

 本件を前述のダンスのエピソードに加えて、レストランの料理の余りもの(残飯)
を届けてもらって糊口をしのいだと解釈するならば、まぎれもない赤貧説の証明となるが、                       一方、珍味を出前してもらえるような常連、上得意先と考えるなら、
赤貧説など19世紀の研究者が、でっち上げたフィクションであるとの反証になる。        

 また、岩波版訳注は、死の2ヶ月前のモーツァルトが、連日豚カツや蝶鮫のフライを
堪能するほどの健啖な食欲を示していることに注目している。
  たしかに書簡の通りなら、毒殺説や年初からの体調不良説の根拠はうすらぎ
(長期間砒素をもられて衰弱したものに健啖な食欲などあるわけがない!)
寄生虫説=急性の病気 の信憑性が勢いづいてくる。
 ここで、問題となるのは、礒山教授が著書で述べられておられる ように

 手紙は信じうるか?(手紙に書かれたことはすべて真実なのか?)

という命題である。

 これを、療養先の妻に心配をかけまいとしたモーツァルトの手紙の上での気配りと
解釈すれば、

実際には食べていなかった 

= つまり、それ以前から既に病身だったかもしれない!!
= 食べていないのであれば死因であるはずがない 

との解釈も成り立つ。
ことほど、手紙の解釈は難しい。
 
さて、諸兄は如何お考えになりますか?

資料 @モーツァルト書簡全集 第Y巻(海老澤 敏、高橋英郎共訳)白水社
   Aモーツァルトの手紙 下巻(柴田治三郎編訳)岩波書店
   Bモーツァルト 二つの顔 (礒山 雅)講談社 pp.49-50

 


> CHICAGO (AP) -- Forget rheumatic fever, kidney stones, heart disease,
 pneumonia and even poisoning. What may have really killed Wolfgang Amadeus
 Mozart were pork cutlets.
 The latest theory about the composer's untimely death on Dec. 5, 1791, at
 age 35 in Vienna suggests the culprit was likely trichinosis.
 
 The illness is usually caused by eating undercooked pork infested by the
 worm, and could explain all of Mozart's symptoms, which included fever,
 rash, limb pain and swelling, says Dr. Jan. V. Hirschmann of Puget Sound
 Veterans Affairs Medical Center in Seattle.
  Hirschmann offers as damning evidence an innocuous little letter Mozart
 wrote to his wife 44 days before his illness began, as documented in a 1999
 biography.
  "What do I smell? ... pork cutlets! Che Gusto (What a delicious taste). I
 eat to your health," Mozart wrote.
 "If his final illness was indeed trichinosis, whose incubation period is up
 to 50 days, Mozart may have unwittingly disclosed the precise cause of his
 death -- those very pork chops," Hirschmann said.
  His eight-page report, based on an examination of medical literature,
 historical documents and Mozart biographies, is published in the June 11
 issue of Archives of Internal Medicine.
   Mozart died 15 days after he became ill. His doctors offered only a vague
 cause of death -- "severe miliary fever" -- and no autopsy was performed.
 His wife, Constanze, reportedly said after his death that Mozart thought he
 was being poisoned, and rumors circulated that his enemies, including rival
 composer Antonio Salieri, may have done him in.
  Since then, medical theorists have largely discounted foul play.
  Hirschmann, an infectious disease specialist, said Mozart's symptoms did
 match those of an unspecified epidemic disease going around Vienna at the
 time. Trichinosis wasn't identified until the 1800s, when there were several
 deadly outbreaks in Europe.
 
 Drugs since have been developed that can kill the worms and treat the
 symptoms, and fatal cases now are rare.
  Hirschmann noted that complications of trichinosis can include pneumonia and
 heart problems -- culprits listed in other Mozart theories, which Hirschmann
 says don't adequately explain all the features of Mozart's
 illness.(以下 略)
 
  
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