春。アメリカはニューオーリアンズ市。 <極楽>という名の街路に面したある街区に、 没落した大農園の娘ブランチが妹ステラを頼ってやってきた。 ブランチはステラの夫・スタンリーとの間で摩擦を起こすが、 スタンリーの親友ミッチと婚約する。 しかし、ブランチはスタンリーによって自らの過去の罪を暴かれ、 ミッチとの婚約は解消する。 しかも、ブランチはステラの出産中にスタンリーによって暴行され、 ついには精神的に崩壊してしまう。 最後にステラは無事出産し、ブランチは精神病院へと入れられる。 |
ブランチ | 「<欲望>という電車に乗って、<墓場>という電車に乗りかえて、 六つ目の角でおりるように言われたのだけどー<極楽>というところで。」 |
まるで、ブランチがこの物語で辿る人生そのものを示しているような台詞です。
他人の「欲望」に身を任せるという意味で、「欲望という電車に乗って」、
過去の夢にすがって生きるようになり、「墓場という電車に乗りかえた」。
そして、(永遠の安息を得るという意味で)精神病院へと連れられていく事は、
極楽へ辿り着くことを暗示しているのではないでしょうか?
現実の苦しみから解放されることを最終目的にする宗教は数多くあります。
「楡の木陰の欲望」という戯曲では逮捕が極楽(解脱)を示していました。
(実際には精神病院に入る事が救いになることは滅多にありません。念のため。)
ブランチ | 「一匹がうなる、別の一匹がなにかを引っつかむーするともう取っ組み合い! (略)でも、ステラーそれから少しは進歩したはずよ! (略)ある人々の胸にあるやさしい感情が芽生えてきた! それを、私たち、育てていかなければ! (略)この暗闇の行進の先頭に高々とかかげ、前進あるのみよ… 絶対、絶対けだものたちとともに落伍してはだめ!」 |
ブランチは欲望に身を任せて暮らすスタンリー達の行いを断罪します。
それを偶然聞いていたスタンリーは、その言葉に心を傷つけられます。
(文明が進歩してきたかどうかはともかく)彼女の言葉は真実を突いています。
それを盗み聞きしていたスタンリーは、彼女に深い憎しみを覚えます。
そして彼女の欠点を探そうとやっきになり、
ついにはブランチ自身が嫌悪する欲望に身を任せていた過去を探しあて、
首尾よく目的を達したのでした。
スタンリーはミッチやステラをブランチに奪われたくなかったのでしょう。
ブランチの主張する美しい心が自分が拠り所にしている二人を目覚めさせ、
(ろくでもないと自分で思っている)自分が取り残される事を恐れたのではないか?
では、なぜ、スタンリーはそうなってしまったのか?
元々ポーランド移民であるスタンリーは、差別と偏見にさらされて生きてきました。
多分、暴力と貧困が蔓延するスラム街で生まれ育ったのでしょう。
もちろん、生まれた地位が低ければ、社会的に成功する事は困難です。
お金がなければ高い教育を受けることができないからです。
つまり、スタンリー自身が、自分に価値を見出す事ができないことに苦しんでいるのです。
それが良い家柄(南部の大地主階級)に対して劣等感(と敵意)を抱く理由なのです。
常時、劣等感に苛まれているからこそ、ブランチの語る真実に耐えられなかった。
しかし、それがただ生まれのせいだから仕方が無いとは言えない。
なんらかの目標を持ち、自分に自信を持って生きていれば、
貧乏と暴力に明け暮れる周りの環境から抜け出せる可能性があったはずです。
(実際に困難を乗り越えて成功している人が沢山いるのだから・・)
ところが、彼は南部のお嬢様であるステラを結婚と暴力と欲望によって支配することで、
つまり<力>を振りかざすことで、自らの劣等感から逃れようとした。
しかし、そのようなスタンリーの行動は、ますます差別される原因を作るだけで、
だからこそブランチにあのような事を言われてしまうのです。
ところで、映画では、このことをもっと直接的に表現しています。
この物語において、スタンリーとステラの関係はただの支配従属関係ではありません。
二人は互いに深く愛し合っているのです。
それ故に、ステラは(まるで自分が彼の母か聖女でもあるかのように)彼の暴力に耐え、許している。
ところが、(映画では)スタンリーがステラの出産中に、ブランチを強姦したことが原因で、
裏切られたステラは二階の隣人宅へと逃げていきます。
映画ではステラが彼の行動を知ったことになっているので、こうなったのです。
(原作はステラが真相を知ったかどうかが曖昧で、彼女のその後もよくわからない)
これは、現代でも平気でまかり通っている卑劣な差別観念が元になっていて、
ブランチが昔買春をしたから彼女が嫌がっていても強姦していいとする卑劣な正当化です。
しかし、過去に何をしていた人であっても、暴力をふるって良いとか、
自分の欲望のはけ口にしていいという理由にはならないはずです。
それに、ブランチはどんなに堕落してもステラの姉です。スタンリーの行為を許せるはずがない。
その上に妻の留守中に平気で別の女性と仲好くしようだなんて、
自分の事を彼が欲望のはけ口としか見なしていないんだ、とステラは感じるのではないでしょうか。
だからこそ、映画では彼の唯一の庇護者であるステラの愛と信頼を失う原因になった。
どんなにスタンリーがステラを愛していても、二人の関係が元に戻る事は永遠に無いでしょう。
彼は自分のプライドを守る為だけに、一番大事な物を失ってしまったのです。
じゃあ、ブランチは清廉潔白でしょうか?
友人によれば、
彼女がミッチを自分の利益の為に騙して利用しようとしたことも確かだ、とのこと。
それに、道義的には彼女の行為は許されるものではないでしょう。
(ミッチと婚約していながら郵便配達人を誘惑したりしている所等は特に)
スタンリー側に立ってみれば、悪人を成敗したつもりなのかもしれません。
(現実には、同じ穴のムジナの足をひっぱっているだけなんだけど)
それに、友人によれば、ミッチとブランチが結婚したとしても、
ブランチの求める平穏と安心が得られるとは限らないのだそうです。
確かに、ミッチはブランチに上流階級の生活をさせる資金はない。
自分の身に辛い事があるたびに欲望に走るようでは家庭を崩壊させてしまうだけでしょうし。
だから、ただスタンリーを悪者にして責めたてて潔癖な自分に満足したり、
ブランチを可哀想だと言いながら優越感に浸るためにこの本を読むべきではありません。
ブランチ | 「私はいつも見ず知らずのかたのご親切にすがって生きてきましたの。」 |
ブランチは滅び行く大農園を一人で背負わされ、その重荷と孤独感に耐えかねてしまいました。
救いを求めた末に、彼女は、多くの男性の慰みものになるという意味で、
「見ず知らずのかたのご親切に」すがったのです。
にもかかわらず、ブランチの最後の台詞は、私たちに揺るぎない勇気や威厳すら感じさせる。
自らの罪を認め、それでも誇りを失わずに<生き>ようとするからです。
(夢の世界に生きる事しか<生きる>手段がなかった事は不幸なことですが)
彼女の深い孤独感とそれを埋めるために欲望に走った不幸は、彼女だけの問題ではありません。
未来永劫、人間社会が続く限り、何度でも起こりうる普遍的な問題なのです。
だからこそ、家出少年少女やひきこもり、ニート、繁華街にたむろする若者の姿を、
「現代の問題として」特集することは、無益な事だと私は思うのです。
ところで、話は全く変わりますが、
現代では、精神的な病が大きくクローズアップされています。
そのわりに、相変わらず精神的な病については差別と偏見につきまとわれています。
未だに病を抱えている人を差別し、嘲笑の対象にする愚かな人たちが沢山います。
しかし、そういうことをする人たちは、いざ、自分が窮地に立った時に、
周りに自分を利用しようとするだけの人間しかいないことに気づくでしょう。
誰でも、ふとしたことで、病気になったり障害者になるものです。
そうなってから気づくのでは、遅いのです。
それに気が付いてくれる人が、もっと多ければ・・そう願わずにはおれません。
最後に、この物語を読んで深く感じた事は、周囲の環境の大切さです。
スタンリーやブランチがこのような悲劇に見舞われる前に、
心からの同情を示して彼らの相談にのってくれる人がいたなら、と思わずにはいられないのです。
心からの同情と人間存在に対する深い愛情をもって自分の相談にのってくれる人、
そして窮地に陥った時助けてくれる人は、一番信頼すべき存在です。
だから、もしそういう親や友人たちに囲まれているならば、その人はとても幸福な人です。
でも、親や、周りの人たちがそのような善良な人間ではなかったり、
すれ違いが信頼すべき人たちから私たちを遠ざける事もあります。
それらの不幸なすれ違いや挫折の体験から、多くの人たちが劣等感に苦しみます。
欲望に身を任せる事や、暴力で弱者を征服する事で、
自らの惨めな境遇や孤独感を埋めようとしてしまう人が大勢います。
しかし、集団の暴力(嘲笑やバッシング、非難、イジメ)で弱いものをねじ伏せたとしても、
食べ物や酒やタバコ、ゲーム等の娯楽や性行為などを過剰に求めて自分の姿を見ないふりをしても、
矮小な自分が偉大な人間になれるわけではないということも真実です。
だから、そういう人たちはいつまでも劣等感に苦しめられなければならない。
それに、そういう人たちの仲間入りをして傷をなめあっても自分を損なうだけです。
だから考えるのです。自分を救うのは、自分を信頼し努力を続ける事だけだ、と。
たとえ何をやってもうまくいかなくても、孤独感に苛まれても、
虐められ、辱められ、世間の笑い者にされても、
常に前に向かって進んでいく事なくしては、状況は何も変わらない・・・
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