「へぇ、おまえさんが噂の新研究員かい?」
その男は食堂で本を読みながら昼食をとっていたエルンストの目の前にぬっと現れて唐突に言った。
(ああ…またか。)
エルンストはうんざりとした表情で、目の前の自分より年上の男を見た。つい先日、若干12歳という若さで王立研究
員の一員になった時から何人もの先輩にあたる研究員が、好奇心剥き出しで―その中の何名かは「年下の子供」を
見下した態度で、あからさまに嘲笑の笑みを浮かべ―エルンストの所にやってきた。
今、目の前に来た男もどうせその類だろうと思い、よそよそしい声で男の質問に答えた。
「ええ、そうですが、ご覧の通り今は食事中ですので邪魔をされたく―」
「じゃ、あんたが食い終わるまで待ってるわ。」
―!!エルンストは一瞬この男の顔を見つめてしまった。今までの連中ならばこういう言い方をすれば大概は引き
下がって帰っていったのに、この男は自分が食事を終えるまで待つというのだ。
「―私に何か特別な用件でもあるのですか?」
「いいや、別に。ただ何となくあんたと話がしてみたくってな。」
「でも私は食事が終わったらすぐ研究室に戻って研究の続きをしなければなりませんが…」
「なぁに、構わないさ。歩きながらでも話はできるしな。」
「…どうぞご勝手に。」
エルンストはそう言うと再び本の上に目を戻した。が、目の前にいる男のことが気になって、内容はうわの空であった。
(変な―変な奴、そして、強引で図々しい奴!)
それが、エルンストのその男に対する第一印象であった―。
やがて、暫くするとエルンストの優秀さは他の研究員にも知られるところとなり、もう誰も彼に対して馬鹿にするよう
な態度はとらなくなっていた。しかし今度は逆に彼に対してお世辞を言う者などが現れて再びエルンストをうんざりと
させた。が、そのような人々の中でも唯一人だけ出会った時と同じ態度で彼に接してくる者がいた―あの「強引で図々し
い変な奴」であった。あの男だけはあの時とまるで変わりなくエルンストの所にちょくちょく遊びに来ては他愛もない話を
したり、時には休みの日にも研究室に押し掛けてきて彼を外に連れ出したりした。
「君はどうして休日まで研究室に来て僕の研究の邪魔をするんだ!」
エルンストが男に向かって言うと彼はしれっとしてこう言った。「俺に言わせりゃ休日なのに研究室に来て仕事をしている
方がおかしいと思うがね。こんないい天気の日には特にね―てなわけで、今日は街に行ってみようか。」
そう彼に言われるとなぜかエルンストは言い返すことが出来ずに、強引で図々しい変な奴のあとを渋々ついていく事に
なるのだった。
そんなある日―
あの男がエルンストの所にぱったりと来なくなってしまったのだ。最初は「これで研究がはかどる!」と喜んでいたの
だが、5日経ち、1週間経ち、10日が過ぎる頃になるとなぜか思うように研究がはかどらなくなっていた。その原因が、
あの男が来ないことが気に掛かっていたからだと気が付いたのは彼がエルンストの所に来なくなってから2週間が過ぎ
てからであった。
意を決して、エルンストは彼がいる研究室に自分から初めて尋ねに行った。
「ああ、彼なら入院してますよ。」
あの男と同じ研究室の同僚はエルンストにそう答えた。
「風邪をこじらせて肺炎になってしまってね。王立病院に緊急で運び込まれたんですよ。一時は危ないところまで行った
んですが、今は持ち直して―あ!エルンストさん、もうお帰りですか?貴方の今回の研究テーマに付いて是非お伺い
したいことが―」
話しかける研究員を無視してエルンストは部屋を飛び出していた。そして、その足でまっすぐ王立病院へと向かった。
受付で彼の名前を言い、教えてもらった病室に入ったエルンストが見たものはいつもの図々しい元気な彼ではなく、
痩せて青ざめた顔をした一人の病人であった。
彼は部屋に飛び込んできたエルンストを見るとひどく驚いて言った。
「なんだ!エルンストじゃないか?!どうしたんだ?こんな所に来るなんて!」
「な・『なんだ!』っ…て、たった今、君の研究室で君のことを聞いたから…」
ああ、成る程…と、彼は言ってベッドから起きあがりエルンストの方を見ていった。
「なぁに、大したことないと思ってたんだがな。ま、丁度いい休暇になったかな?それよりそっちも俺が邪魔しに行かな
かったから研究も進んだんだろうな。今回の入院もおまえさんが研究中なのに遊びに行った罰があたったのかも…な。」
「君は…君は何て強引で図々しいんだ!」
突然エルンストが叫んだ!
「はあ?!」
何のことを言っているのかわからない男に向かってエルンストは言った。
「僕の研究が君が遊びに来たくらいで妨げられると思っているんですか?!お生憎様だけどそんなことはありえま
せんよ。嘘だと思うなら退院してから毎日でも僕の研究室に来てみればいいでしょう!!」
一息にそう言ったエルンストの顔をみて男は一言
「…それはこれからも遊びに行ってもいいって事かな?」
と、聞き返した。エルンストはちょっと照れくさそうな顔をして答えた。
「…まあ、少しは気分転換にもなりますしね。」
「ほほー、そーかそーか。じゃあさっさと体を治してここから出ていかないとな!」
ニヤっと笑って言う男の顔を見てエルンストもほっとしたのか、思わず笑ってしまいそれから暫くの間、病室には笑い
声があふれていた。
―こうして、エルンストは「強引で図々しい」生涯の友を得たのであった―