創作「ガールフレンド」

 


 「新女王陛下万歳!」 
 「新女王陛下に栄光あれ!」
 外では新女王誕生を祝う民の声が響いていた。その声に応えるためにもうす ぐバルコニーに出てくるはずである新女王と新女王補佐官を見るためであろう、 宮殿内には人影はほとんどなかったが、その誰もいない宮殿の長い廊下をただ一 人歩いている者がいた。「前」女王補佐官ディアである。
 やがて彼女はある部屋の前のドアの所にきて立ち止まった。これからこの部 屋の中にいる者に今まで自分がずっと隠してきた秘密を打ち明けるためである。
「もしこのことを知ったら…」
 ディアは暫くドアの前でこれから話す内容を相手が知った時のことを思い浮 かべた。もしこの事実を知ったなら、
おそらく今まで築き上げてきたお互いの関係も一瞬の内に壊れてしまうだろう 。そして、きっと相手は自分に対して深い憎しみと恨みの想いを抱くことになる だろう。
 しかし、たとえどんな結末になろうともこの事を話さなければ、自分は死ぬ まで―いや、死んでからも魂の安息を得ることは出来ないだろう。と、言うこと をディアは知っていた。そして、この事を話すことが出来るのは今しか―自分が 聖地を去る時しかなかったのだ。ディアは震える手でドアをノックして中にいる 者に言った。
「陛下ーいえ、アンジェリーク、いらっしゃいますか?」

「ディア、もう『陛下』はよしてって言ってるでしょ?それからその敬語も 。」
 部屋の中から「前」女王アンジェリークの声がした。
「どうぞ―ドアは開いてるわ。」
「では失礼します。」
 ディアが部屋の中に入った時、アンジェリークは部屋の窓の所から外を見て いた。
「長かったのかしら?短かったのかしら?私たちがこの聖地にいた時間は…。 でも、それも今日で終わりね。今日私とあなたは聖地を出ていくのだから―」
「アンジェリーク…」
 何かを言おうとしているディアには気づかず、アンジェリークは続けた。
「でもね、ディア、一つだけ約束して。たとえこの聖地を出ていっても私とあ なたはいつまでも友人だと言うことを、あのスモルニィ女学院の頃から変わらな い親友だと言うことを―」
「…違う!違うのよ!アンジェリーク!」
「ディア?!」
 突然叫んだディアに驚いてアンジェリークは振り返って彼女を見た。ディア は今までアンジェリークが見たことのない苦しそうな顔をしていた。
「違うのよ…アンジェリーク。私は…私は今まであなたに嘘をついて、騙して いたのよ。そう、あの日―あなたがクラヴィスと森の湖で待ち合わせの約束をし たあの日、女王陛下から呼び出しを受けてあなたが湖に行くことが出来なくなっ てジュリアスに伝言を頼んだということを知った時、私は…私は、森の湖に行こ うとしているジュリアスの後を追って彼に言ったのよ。『アンジェリークは女王 になるつもりだから、クラヴィス様にこれ以上彼女と親しくしないよう伝えて下 さい。』って!…だって、だって私―私もクラヴィスのことを好きだったから! !」

「ディア…」
 アンジェリークが話しかけるのにも気づかずディアはその場に泣き崩れなが ら告白を続けた。
「…好きだったのよ。ずっと、ずっと―初めてあなたとこの聖地に来た時から クラヴィスのことが…でも、クラヴィスはあなたのことしか見ていなくて、だか らあの時ジュリアスにああ言えば彼のことだからきっとクラヴィスにあなたのこ とを諦めるように言ってくれるだろうと思って嘘をついて、あなたとクラヴィス の仲を引き裂いたのよ!この聖地に女王補佐官として残ったのもあなたの頼みだ からではなく、いつかはクラヴィスが私を見てくれるかもしれないと思ったから …私は、私は今までずっとあなたを裏切っていたのよ…」
床の上で泣き伏しているディアの元にアンジェリークはゆっくりと近づいて、 彼女を見下ろして言った。「―ディア、私があなたのその想いに気が付かなかっ たと思う?」
「―!!―」
 ディアは驚いてアンジェリークの顔を見上げた。
「あなたの目がいつもクラヴィスを追っていたことに私が気が付かなかったと 思う?私とあなたはスモルニィの頃からの親友同士でしょ?」
「それではあの日の事も―あの時私がジュリアスに嘘を教えたことも知ってい たの?」
ディアが恐る恐る尋ねるとアンジェリークは顔を横に振って静かに応えた。
「いいえ、さすがにそこまでは知らなかったわ。でもね、あなたがジュリアス に言ったことは嘘ではないのよ。あの日、たとえあなたがジュリアスにそう言わ なくても私は自分の意志で女王としての道を選んだ事をクラヴィスに告げるつも りだったのだから―」
「でも、でももしかしたらあなたとクラヴィスは―」
 なおもそう言うディアを見つめてアンジェリークは言った。
「私はね、ディア。自分の選択した生き方に後悔はしていないわ。」
 ディアの目を見つめてハッキリとそう言いきるアンジェリークを見てディア はなぜアンジェリークが女王となり、自分が女王とはなれなかったのか、そして 、なぜクラヴィスが自分ではなくアンジェリークを選んだのか、と言うことを改 めて思い知らされたような気がした。
「アンジェリーク…」
 ディアがそう言った時であった。
「新女王陛下ロザリア様万歳!」
「新女王補佐官アンジェリーク様にも祝福あれ!」
 外の方からわぁっ!と、一際高い歓声と共に民の声が響いてきた。
「新しい女王と女王補佐官がバルコニーに出てきたようね。」
 アンジェリークはふっ…と遠くを見るような目で窓の外を見て言った。
「クラヴィス…彼もきっとあの時の自分の選択を後悔はしていないでしょうね 。」
 ディアもアンジェリークと同じように窓の方を見た。そこからはバルコニー の方を直接見ることは出来なかったが、二人には新女王と新女王補佐官、そして 、その補佐官の婚約者である黒髪で長身の男性が静かに微笑みながら彼女の後ろ に影のように寄り添っているのが感じられた。
「…私達、二人とも初恋は実らなかったけれど、まだまだこれからきっと色々 な出会いがあると思うのよ。だからね、ディア―」
 アンジェリークはディアの手を取って彼女を立たせて言った。
「さっき言ったこと―これからも今まで通り私の相談に乗ってくれる親友でい ると約束してくれるわね?」
 ディアは泣きながらただ静かに頷いた。それを見てアンジェリークが茶目っ 気たっぷりに―そう、女子高生の時のように言った。
「もし今度もまた同じ男性を好きになったとしても、隠し事なんか無しにして ね!隠したって私にはわかってしまうんだし、きっとその時だってまた私の方が 勝つんだから!」
 その言い方を聞いてディアも泣き笑いの顔で言った。
「まあ!いいえ、今度こそ私の方が勝ってみせるわよ!アンジェリーク。」

 ―そして、二人はお互いの顔を見合わせて笑いあった。そこにいるのは、 かつての女王と女王補佐官ではなく、少し大人になったただの仲のいい女友達同 士であった―  

Fin.