創作「ファイナル・テスト」

 

「ディア様、少し宜しいでしょうか?」
 夜も大分更けた頃、女王補佐官ディアの部屋を訪れる者があった。
「まあ!アンジェリーク。どうしたのですか?こんな夜更けに…私に何か急用でも?」
「いえ、用と言うことでは…少し寝つけなかったものですので…あの、ご迷惑なら 帰ります。すみませんでした。」
慌てて帰ろうとするアンジェリークをディアは引き留めて言った。
「いいんですよ、今丁度ハーブティを入れようと思っていたのですから、さ、どうぞ」
 部屋に入り、ブルーマロウのハーブティーを入れながらディアは椅子に座っている アンジェリークの様子がおかしいことに気がついた。
 彼女の育成している大陸はもう1人の女王候補ロザリアの育てている大陸よりかなり 発達しており、このまま行けばアンジェリークが次期女王となることはほぼ間違いない 状態にある。普通ならば喜んでいて良いはずなのに今のアンジェリークは青ざめた顔を して何か思い詰めているような感じであった。
「さ、どうぞ。」
 ディアがお茶を前に置いても
「ありがとうございます。」
と、一言だけ言って口もつけずに刻々とその色を変えていくマロウ・ティーを見つめて いるだけであった。暫し沈黙が続いたがディアが何かに気づいたように口を開いた。
「アンジェリーク、あなたは何か私に言いたいことがあるのではないのですか?」
一瞬、ビクッ!と、アンジェリークの身体が震えた。
「あるいは、何か私に聞きたいことがあってここにいらしたのではないのですか?」
 ずっと顔を下に向けていたアンジェリークはややあってからディアの方を向いて 言った。
「ディア様…女王陛下には好きな方はいらっしゃらないのですか?」
 その思いがけない質問にディアが言葉を失っている間に今度はアンジェリークが関を 切ったように話し出した。
「女王陛下は―いえ、女王という存在は誰かを好きになってはいけないのでしょうか? なぜ女王に―」
「アンジェリーク、少し落ち着いて、ゆっくりお話をしましょう。ね?」
 ディアに言われ、アンジェリークは顔を赤らめながら沈黙した。
「アンジェリーク、あなた、どなたか好きな方がいるのね。」
 ディアが優しく尋ねた。
「―はい、おります。」
 やや小さめの声で、しかしきっぱりとアンジェリークは言った。
「それは守護聖の方ですか?相手の方もあなたのその気持ちをご存じなのですか?」
「…ええ、そうです。あの方も私のことを好きだとおっしゃって下さいました。そして 女王となることをロザリアに譲ればこのまま二人共聖地で暮らすことが出来ることも 聞きました…でも、私には今まで育成してきた大陸の民達を、私が女王となる為に今 まで力をかして下さった方々を、そして女王となるために頑張ってきた自分自身を裏 切ることは出来ません。」
「アンジェリーク…」
ディアが問いかけるとアンジェリークは大粒の涙をこぼして続けた。
「裏切ることは出来ない―でも、私はあの方を愛している、愛しているんです!」
泣きながら、叫ぶように言うアンジェリークにディアは優しく言った。
「わかりました。まさかあなたにこの事を話す時が来るとは思ってもおりませんでし たよ。でも、アンジェリーク、あなたならもしかしたら…良いでしょう、教えてさしあ げます。なぜ、女王陛下がお一人でいるのか、女王が1人の男性を愛してはいけない― いえ、愛することが出来ないのか…それは、今から何代もの昔に行われた女王試験の 時に起こったことです―」
 ディアは静かに話し始めた―

「―その時も二人の少女が女王候補として惑星育成試験を受けておりました。しかし その内の1人の少女が自分の大陸を意図的に死と絶望とが渦巻く地獄の縮図とも言う ような土地に育てたのです。しかも、その少女はそれだけでは飽きたらず時の女王に 恐ろしい呪いまでかけたのです。」
「呪い…?」
 涙を拭きながら恐ろしげに聞くアンジェリークにディアは答えていった。
「ええ、事の次第を問いただすために謁見室に呼ばれたその名前を口にするのも汚らわ しい少女はその場にいた女王に向かいこう言ったのです。『呪われるがよい、女王よ。 私と同じようにお前にも愛する者など存在させるものか!女王となる者に愛する男性が 現れた時には私の作り上げた惑星がこの宇宙を滅ぼしてくれようぞ!呪われるがいい― 未来永劫、女王は唯一人で生きるがいい!』と、こう言ってその少女は隠し持っていた 短剣で自らの喉をついて自害したそうです。」
 シ…ンとした空気がその場に流れた。
「今となっては少女がなぜそのような行為に及んだのか知る術はありませんが、その時 からです。女王となった女性が1人の男性を愛そうとすると今は異次元に封印されて いるはずのその少女が作り上げた惑星から悪しき『黒いサクリア』がこの宇宙の存在 をも脅かすほど侵入するようになったのは―守護聖達と女王陛下がどの様にサクリアを 注いでもそれを防ぐことは出来ず、そのため女王陛下は愛する方を持てなかったのです。 この宇宙を守るため、唯お一人で生きていかねばならなかった…」
「そんな…そんなことがあったなんて…でも、ディア様、本当にどうすることも出来 ないんですか?何かその呪いを解く方法はないのですか?」
 すがりつくような思いで訊くアンジェリークにディアは答えた。
「一つだけ、方法が無いわけではありません。」
 パッ…と希望に輝く顔をしたアンジェリークにディアは重い思いで続けた。
「但し、これはあなたの命に関わることなのですよ、アンジェリーク。その方法とは、 あなたがあの少女が作り上げた惑星に赴き、あなたの持つ『女王のサクリア』を使い かの地を浄化することなのです。そこには守護聖を連れていくことは出来ませんし、 その力すら届きません。又、あの惑星への通路は開くこと自体が危険な為、女王陛下と 守護聖全員のサクリアを持ってしても一回しか、つまり行く時にしか開けないのです。 戻るときにはあなた自身の力で戻ってこなければなリません。アンジェリーク、あなた はそれでも行きますか?」
 アンジェリークはしばらく黙って考えていたがやがてゆっくりと顔を上げて言った。
「はい、ディア様。私、行きます。自分の中の力がどれくらいあるのかわかりません けれど、やってみます。あの方のためにも、私自身のためにも。」
 その顔に浮かんだ決意の様子を見てディアも心を決めて言った。
「わかりました。では私は明日、主星に赴いて女王陛下にこの事をお伝え致しましょ う。ああ、もうこんな時間になってしまいましたね。さ、今日はもう部屋に帰って お休みなさい。」
「はい、ディア様―あ、一つ教えていただけませんか?」
 部屋を出ようとドアの所まで行ってから思い出したようにアンジェリークは尋ねた。
「その、異次元に封印されている惑星の名前は何というのですか?」
「名前ですか?そう言えばまだ教えておりませんでしたね」
ディアはドアの所まで来てアンジェリークに告げた。
「その忌まわしい大陸の名前は無限地獄『ナドラーガ』と言います。」

 翌日、主星の聖地から戻ってきたディアは、明日にもアンジェリークとロザリア、 そして守護聖全員を聖地の次元回廊に集め、ナドラーガへの道を開くことを女王陛下 が決定なさった事、同時にあらぬ騒ぎを防ぐためにもこのことは当日まで内密にする ようにとの陛下の命令をアンジェリークに伝えた。明日と聞いてアンジェリークは あまりに急なので驚いたが、女王陛下の力が日々弱くなってきている事、それにこの ままだとアンジェリークの育成が進んでしまい後数日もすれば女王になってしまうかも しれない…等の理由を考えると急がなければならないのも仕方ない所であった。
「…わかりました。明日、聖地に参ります。その前にディア様に一つお願いがあるの ですが。」
「何でしょうか?アンジェリーク?」
アンジェリークは自分の頭に巻いていたリボンをスッ、と取るとディアに差し出して いった。
「これをあの方に渡していただきたいのです。私がナドラーガに行った後に…」
「あなた自身の手で今夜にでもお渡しになったら良いのではありませんか?」
不思議そうな顔をして尋ねるディアにアンジェリークは静かに顔を横に振って答えた。
「今夜はあの方に会いませんー多分会ってしまったら泣き出してしまうから。ですから ディア様、どうかお願いします。」
「では、これは私がお渡し致しましょう。その時に何か伝言とかありますか?」
「では一言だけ、『今度二人っきりでお会いするときに返して下さい。』と…」
ディアは一つ頷くと確かにその頼みを引き受けたと告げ、リボンを渡す相手の名前を 聞いてからアンジェリークの部屋を後にした。
 ディアがアンジェリークの部屋を去り、夜半になってから彼女の部屋のチャイムを 鳴らす1人の守護聖の姿があったが、アンジェリークは居留守を使いその音には遂に 答えなかった。残念そうに部屋を去っていく最愛の男性の後ろ姿を、アンジェリークは 明かりを消した真っ暗な部屋から窓越しに見送っていた。涙で見えなくなるまで、唯 ひたすらに…

 ― そして、一夜あけて聖地の次元回廊の扉の前 ―

「アンジェリークがナドラーガに?!」
ロザリアと守護聖全員が一斉に声を挙げた。アンジェリークと並んで立っているディア がここで初めて今までの経緯を話したのである。
「無茶だよ!アンジェリーク!ナドラーガに1人で行くなんて!」
かつてナドラーガに行ったことがあるマルセルが泣きそうな声で言った。
「冗談じゃねぇ、ジャーダンじゃねぇぞ!何でそんなアブねェ事コイツがしなくちゃ なんねーんだ?!」
やはり以前にナドラーガ行ったことがあるゼフェルが叫ぶとランディも大声で言った。 「そうだよ!何か他に方法があるはずだ!」
「おだまり!辛いのはアンタ達だけじゃあないんだよ!」
オリヴィエが騒ぎ立てる3人を悲痛な面もちで怒鳴りつけた。
「他に方法はないんですよ、ランディ。女王候補が女王となり、なおかつ愛する者と 一緒になるにはこうするしか…」
リュミエールが悲しげに答えた。
「私の持っている知識が役に立たないと言うことがこんなに歯痒く思われる事はあり ませんね、まったく…」
 ルヴァも辛そうに言った。
「お嬢ちゃん…お嬢ちゃんは強いな、俺なんかよりも…な。」
オスカーが伏せ目がちにアンジェリークを見つめていった。
「アンジェリーク!」
突然、ロザリアがアンジェリークの前に来て言った。
「良いこと、必ず帰ってくるのよ!今は確かに少しアンタの大陸より育成が遅れている けれど最終的には私が女王になるのだから、その瞬間をアンタも必ずここで見るのよ! アンタのいない間は私も育成を休んで待っているからね!…不戦勝で女王になるなんて 私のプライドが許さないだけよ!」
言葉とは裏腹に哀願するような調子でそう言うとくるっと後ろを向いて涙声で呟いた。
「なによ…バカな子だとは思っていたけれどここまでバカだったなんて…あともう少し、 もう少しで宇宙を統べる女王になれるって言うのにそんなところに行くなんて…」
「それだけ相手の事も愛しているのだろうな。女王の座と等しいほどに…」
ロザリアの言葉を聞いてクラヴィスが誰にと言うわけでもなく言った。
「今の女王にはそれだけの想いがなかったと言うことか…」
「今、何と申した?クラヴィス。」
その一言を聞きつけたジュリアスがクラヴィスに問い質した。
「―いや、ただの戯れ言だ。気にするな。」
なおも何か言いたそうな顔をしたが、気を取り直してジュリアスはアンジェリークに 向かい厳かに言った。
「では、アンジェリーク、もう一度そなたに聞く。本当にナドラーガに行くのだな?」
「はい、ジュリアス様」
アンジェリークは答えた。
「たとえ―たとえ何が起ころうとも良いのか?」
「はい。皆様のお気持ちは嬉しいのですが、でも、もう決めたんです…大丈夫です、 必ず帰ってきますから。」
ジュリアスの引き留めるような言い方にアンジェリークはにっこりと笑って答えた。
「そうか…ならばもう言うことはない。今から女王陛下のサクリアと我ら守護聖全員 のサクリアの力を集めそなたの為にナドラーガへの道を開くことにする。さあ、その 扉を開けて行くがいい!」
 ジュリアスがそう言うと守護聖達は各々のサクリアを扉に向かい注ぎだした。アン ジェリークはコクンと頷くとナドラーガへ続く次元回廊の扉を開け、その中へ唯一人 歩き出していった…

―アンジェリークがナドラーガに向かってから1週間後の聖地・次元回廊の扉前にて―

「やはりここでしたか。」
扉の前で佇んでいる所を突然後ろから声をかけられてその守護聖は慌てて振り返った。 するとそこには手に何か持った女王補佐官ディアがいた。
「最近執務室にいないから多分ここだと思っていたのですよ。」
微笑みながらディアはアンジェリークの最愛の男性のもとに近づいていった。そして、 手に持っていたアンジェリークのリボンを彼に手渡した。
「これは…?」
問いかける守護聖にディアはアンジェリークがそのリボンをディアに託した時の事と、 頼まれていた伝言を伝えた。
「今度二人っきりで会うときに返して欲しい…」
そう呟くと彼はそのリボンをギュッ…と握りしめた。アンジェリークがどんな気持ちで そのリボンをディアに預けたのか、最悪の場合そのリボンを形見にでも…と思ったので あろう。それを思うとたまらなかった。
「信じましょう、アンジェリークを、彼女の中の力を、そして、そのリボンをアンジェ リークに返す事が出来る日が来ることを…」
小さく頷き、ディアとその守護聖が扉の前から去ろうとしたその時―!
 ドォォォン!!
凄まじい音と爆風が次元回廊の扉の向こうから響き、扉が吹き飛ばされた。
「きゃあっ!」
「!!」
ディアと守護聖がその爆風によって吹き飛ばされたが、幸いなことに二人とも大した 怪我はなく、すぐ起きあがると扉の方を見た。
「い、一体何があったのでしょう?扉が吹き飛ばされるなんて―あ!あれは?!」
今はもう見る影もない扉の残骸の向こうに倒れている人の人影が見えた。
「―あれは、まさか、アンジェリーク?!」
ディアが言うより早く守護聖が回廊の中に飛び込んでいった。そして、そこで彼が見た ものは全身ボロボロになり、気を失って倒れているアンジェリークであった―!
「アンジェリーク!!」
必死になって最愛の女性の名前を呼びかけるとアンジェリークはうっすらと目を開けて 答えた。
「…ここは…どこ?」
守護聖は何も言わずただアンジェリークをその腕の中に抱きしめていた。
「アンジェリーク、ここは聖地ですよ、あなたはナドラーガから帰ってきたのですよ!
ああ、ナドラーガの『黒いサクリア』がすっかり消えている…遂にナドラーガを浄化 したのですね!それにしても何というひどい怪我…今すぐお医者様を呼んできますから 待っていて下さいね。むやみに動かしてはいけませんよ…誰か?誰かいますか?!」
そう言うとディアは慌てて人を呼びに行った。
「かえっ…て…きたのですか?わたしは…あなた…の元へ…」
ただただ頷いている最愛の守護聖の腕の中でアンジェリークはそう呟くと又気を失った。 遠くから大勢の人がやってくる気配を感じながら…

 女王候補アンジェリーク、ナドラーガを浄化し聖地に戻る!
この報せは瞬く間に聖地と飛行都市に伝えられ、当然の事ながら現女王にもディアが 報告していた。
「…そう、アンジェリークがナドラーガを…」
「はい、陛下。医師の話によるとナドラーガで負った怪我が酷かったので今の所はごく 限られた者しか面会は出来ないそうですが、まだ若いのでそれもすぐに良くなるだろう との事でした。」
「そう…」
ディアの報告を聞き、暫しの沈黙の後に女王は言った。
「あの日―クラヴィスに返事をする為に森の湖で待ち合わせの約束をした日に私は前の 女王陛下からナドラーガにまつわる話を聞いたわ。そして、私はその時にナドラーガへ は行かずに、女王としてのみ生きていくことを決め、あの湖には遂に行かなかった…」
「ええ、そうでしたわね、陛下。『次期女王に指名して下さった女王陛下の御期待を 裏切ることは出来ない!』そう言って陛下は一晩中私の部屋でお泣きになっておられ ましたわ。」
 ディアが昔を思い出すように話した。
「そう、女王陛下のご期待に背いてはいけない―そう思っていた…でも本当は、私は 女王になるという大義名分の中に逃げていただけだったのかもしれない…」
「陛下…」
ヴェールを目深に被った女王の表情はよく伺うことは出来なかったが、ディアは女王が 泣いているような気がした。
「ディア、アンジェリークに伝えてもらえる?『ありがとう』と…歴代女王を代表して 礼を言わせてもらう、と…」
「承知いたしました、女王陛下。」
そう言って部屋から引き下がろうとしたディアは扉の前で女王の方を振り返り言った。
「陛下、アンジェリークの身体が良くなり次第、彼女の女王就任式が執り行われます。 それが終わり、聖地を去ったら私と一緒に旅行でもしませんか?スモルニィ女学園の 頃のようにお互いをまた名前で呼び合いながら。ただの女性として…」
「ただの女性として…」
ややあってから、女王も微笑みながら答えた。
「そうね、それも良いかもしれないわね。そして、今度は逃げないわ。私自身から…」

 同じ頃、アンジェリークの部屋に見舞いにやってきた者の姿があった。彼女に面会が 許されているごく少数のうちの1人―彼女のリボンを持っている守護聖であった。今日 はそのリボンを返しに来たのであった。
「約束通り二人っきりの時に返して下さるのですね。」
アンジェリークは微笑みながらベッドの上に起きあがり、彼が優しくそのリボンを頭に 巻いていくのを目を閉じて感じながらアンジェリークは言った。
「…わたし、会ったんです。」
彼が「?」と言う顔をしているのを知ってか知らずかアンジェリークは続けていった。
「会ったんです。ナドラーガであの地を作り上げた昔の女王候補だった少女に…」

 アンジェリークが足を踏み入れたナドラーガは一面の荒野であった。そして、生き とし生ける者を呪う思念が渦巻いている、まさに地獄のような世界であった。多くの 亡霊達がいたが多くはアンジェリークの持つ「女王のサクリア」に怯えて近づいては 来なかったし、また、襲ってきても彼女のサクリアによって浄化されていった。しかし どんなに亡霊達を浄化させても一向にこの地に渦巻く憎しみの念は消えることがなく、 さすがのアンジェリークも疲れがピークに達していた時であった。一際強い憎悪の念が 前方から感じられたのだ。ふと顔を上げるとそこにはアンジェリークとほぼ同い年と 見られる少女が無数の亡霊達を従えて立っていた。
 ― そこに在る女王のサクリアを持つ者よ ―
その少女は言葉にならない言葉でアンジェリークに話しかけてきた。
 ― 呪われるがいい!女王となることを呪うがいい! ―
少女がそう言うのと同時に無数の亡霊がアンジェリークめがけて襲ってきた。
「私、『もうダメだっ!』って思いました。でも、その少女が私に話しかけて来た時に 感じた凄まじい憎悪の中に微かではあったんですが、なにかこう、底知れぬ悲しみが 在ることを感じたんです。それで、思い切って彼女の目の前まで突進していったん です―」
アンジェリークは最後の力を振り絞って亡霊どもを浄化しながら少女の前まで行き、 彼女の身体に触れた。
「そう、彼女の身体に触れた時、その悲しみが何だったのか、彼女がなぜナドラーガを 作り上げたのか、その訳が私の中に―かつて同じ女王のサクリアを持っていた者だった からかも知れませんが―流れ込んできたのです。」
 ―それは悲劇であった。彼女は女王候補に選ばれたが為に婚約者と別れなければなら なかったのだ。しかも、不幸な偶然が重なりその婚約者が殺されてしまい、彼女はその 復讐をするために与えられた大陸に亡き恋人の名を付けて、呪われた地を作り上げたの だった。自分を女王候補に選んだ女王に復讐するために…
「それを知ったとき、私は彼女を抱きしめていました。私は彼女がした行為は許せま せんでした。でも、『彼女がなぜそうしたのか―そうせずには居られなかったのか』は 理解できたんです。だから思わずあの少女に抱きついてしまったんです。『もういいよ、 もうわかったよ、可哀想にね…』って。そうしたら、突然彼女の姿が消えて、全ての 亡者も凄い光に包まれて―気が付いたらあなたの腕の中に居たんです。あの少女に、 あの地に本当に必要だったのはサクリアでも何でもなく、自分の思いを、悲しみを わかってくれる人だったのかも知れませんね…。」
 アンジェリークはそう言うと黙って耳を傾けていた彼の方を見て真剣な顔で言った。
「彼女を見て思ったんです。私ももしあなたが突然いなくなったりしたら彼女のように 一つの世界を、いえ、この宇宙をも滅ぼすかもしれない…って。」
ドキッとしている守護聖の顔を見て、クスッと笑ってアンジェリークは言った。
「だから、あなたはずっと私のそばにいて下さいね。いつまでも、どこででも、…」

 Fin.

※ Dedicated to 「サラディナーサ」 by 河惣 益巳 from 白泉社
「スターダスト★ストーリー」 by 柿崎 普美 from 集英社
  

アンジェリークのお部屋にもどる。