瀧本労働衛生コンサルタント事務所(大阪)

石綿被害者に国賠提訴呼びかけへ 厚労省が異例の対応


  アスベスト(石綿)工場の元労働者が深刻な健康被害を受けた問題で、厚生
労働省は、国家賠償の対象になりうる被害者らに対し、国賠訴訟を起こすよう
個別に促す方針を固めた。3年前に国の責任を認めた最高裁判決が出た後も
なかなか進まない被害者の救済を急ぐため。こうした方針を2日に発表する。

  国家賠償の対象になりうるが、訴訟を起こしていない被害者や遺族は2千人
以上にのぼるとみられる。厚労省は、必要な手続きを記したリーフレットを順次
郵送。それに従って裁判を起こせば、積極的に和解手続きを進めて賠償金を支
払う方針だ。健康被害を受けた労働者の救済に向け、国が被害者に国賠訴訟
を促す通知を送るのは極めて異例。

  最高裁は2014年10月、大阪・泉南地域のアスベスト工場の元労働者らが
起こした集団訴訟で、健康被害の原因は国にもあると認め、元労働者や遺族
計82人の救済を命じた。これを受け、当時の塩崎恭久厚労相が原告と和解を
進める方針を決定。判決で国が対策を怠ったと認定された1958〜71年にア
スベスト工場で働き、労災を認定されたり、じん肺法に基づいて健康被害が認
められたりした元労働者や遺族が裁判を起こした場合、順次、和解手続きを進
めてきた。

  ただ、裁判を起こさないと賠償金が支払われないため、救済は思うように進
んでいない。被害者の支援団体によると、最高裁判決が出た後に各地で起こさ
れた訴訟で和解が成立したのは約80人にとどまるという。

  損害賠償の請求権には時効があるが、必要な手続きを知らない被害者が多
いとみられるため、支援団体や一部野党が、対象の被害者を特定して個別に
知らせるなどの対策をとるよう求めていた。厚労省の方針はこうした声に応えた
ものだ。塩崎元厚労相は今年5月の参院厚労委員会で、要請に応じる方針を
示していた。

■賠償額の決定、裁判所頼み

  救済対象の被害者に賠償金を支払うために訴訟手続きを経るのは、国の方
から賠償金を支払う制度がないためだ。アスベスト工場で働いていた期間の長
さや健康被害の程度に応じて賠償額を決めるには、和解で賠償金が支払われ
た被害者と同様に、裁判を起こしてもらう必要がある――。厚労省はそう判断し
ているとみられる。

  14年の最高裁判決は、工場内から粉じんを取り除く装置の設置を義務づけ
るのが遅れたなどとして、国に責任があると認めた。厚労省によると、工場での
被害の救済を求める訴訟は、今年8月時点で28件が終結した。だが、対象に
なりうる人のうち、賠償金の支払いを受けた被害者はまだ一部に過ぎない。

  国が責任を認めたのは工場労働者だけ。建設現場で被災した労働者が国
や製造企業の責任を追及する訴訟も15件起こされており、原告は800人を超
す。国の責任を認める地裁判決が相次いでいるが、国は争う姿勢を変えていな
い。アスベスト被害の全面解決にはほど遠い。

  建設関係の訴訟でも国の責任が確定すれば、今回と同様の対応を迫られ、
対象者が膨らむ可能性が高い。被害者の支援団体は、救済のための基金を設
立するなど訴訟に頼らない迅速な救済策の整備を求めている。(編集委員・沢
路毅彦、米谷陽一)

(朝日新聞 2017年10月1日)


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