| 
          瀧本労働衛生コンサルタント事務所(大阪)  
            福井労働基準監督署は21日、発がん性物質「オルト・トルイジン」を扱う三星 (みつぼし)化学工業(東京)の福井工場(福井市)で働いて、膀胱(ぼうこう)が んを発症した男性7人について労災を認定した。専門家による厚生労働省の検 討会が、工場での業務が発症の有力な原因となった可能性が高いと判断し た。厚労省によると、オルト・トルイジンによる健康被害での労災認定は初め て。 
            7人は、同工場で化学製品の製造を担当していた40〜70代の従業員と元 従業員。厚労省の調査によると、7人はオルト・トルイジンに素手で触ったり、夏 場に半袖で業務をしたりしていた。皮膚から体内に取り込まれたと推察される という。業務期間は5人が10年以上、2人が10年未満だった。 
            従業員に膀胱がんの発症が相次いだことから、厚労省が昨年から同工場の 調査を開始。今年6月に医学や労働衛生工学などの専門家6人で構成する検 討会を作り、オルト・トルイジンと発症の因果関係について調べていた。 
            検討会はこの日まとめた報告書で、オルト・トルイジンにさらされる業務に10 年以上従事した人で、発症までの潜伏期間が10年以上あった場合は「業務が 有力な原因となった可能性が高い」と指摘した。従事した期間や潜伏期間が1 0年未満の場合は、作業内容や発症時の年齢などを総合的に勘案する必要が あるとした。 
            そのうえで、検討会は7人の作業状況を検討。いずれも業務と発症の間に因 果関係がある可能性が高いと認めた。 
            厚労省によると、これまでに国内でオルト・トルイジンの使用が確認された事 業場は59カ所。今回労災認定された7人を含め10事業場で計24人が膀胱が んを発症しており、男性2人が労災申請している。(河合達郎) 
          ■「今回の認定は一歩」 
            「ようやく被害が認められた」。労災認定された田中康博さん(57)=福井県 坂井市=は感慨深げに語った。 
            田中さんは1997年3月、三星化学工業の福井工場で働き始めた。工場で は、染料や顔料のもとをつくる工程で「芳香族アミン」と総称される複数の化学 物質を使用。そのなかでも、特にオルト・トルイジンの使用量が多かった。 
            会社側からは有害性について聞かされず、田中さんらはオルト・トルイジンが 含まれた有機溶剤でゴム手袋を洗ったり、直接触ったりしていた。夏場は半袖 で作業にあたる人もいた。 
            2014年2月、ベテラン従業員が膀胱がんを患ったことが判明。退職者や同 僚も発症した。「職場で膀胱がんが多発している」。田中さんは15年9月、個人 で加入していた大阪の労働組合に相談。約2カ月後、田中さんも膀胱がんと診 断され、同年12月に同僚らとともに労災を申請した。厚労省の調査で膀胱が んの発症者がほかの化学メーカーでもいることも分かった。 
            約6万種類あるとされる化学物質。12年には大阪の印刷会社で胆管がんの 多発が明らかになったが、規制が強められたのは、その原因物質だけ。オル ト・トルイジンの規制レベルは引き上げられなかった。 
            「今回の認定は一歩にすぎない」。今年6月に結成された「職業がんをなくす 患者と家族の会」の代表を務める田中さんは今後も、化学物質の規制強化を 国に求めていくつもりだ。問題が起きてから動く「後追い行政」の被害者をなくす ために。(下地毅) 
                                 ◇ 
            〈オルト・トルイジン〉 染料や顔料、接着剤などの原料に使われる化学物 質。世界保健機関(WHO)の傘下の「国際がん研究機関」(IARC)が「ヒトに対 して発がん性がある」に分類している。今年の11月に労働安全衛生法の「特 定化学物質」に指定され、来月1日から洗浄設備や保護着の充実などが事業 者に義務づけられる。 
          (朝日新聞 2016年12月21日) 
  |