瀧本労働衛生コンサルタント事務所(大阪)
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2012年6月、21歳の会社員女性が自宅マンションの屋上から飛び降り、命
を絶った。かつて長時間過重労働による心臓疾患などで急死する中高年が多 かった過労死問題は近年、若者が精神的に苦しみ、死に追い込まれる「過労 自死」が増え、深刻化している。
名古屋市北区で暮らしていた女性は高校卒業後、市内の青果会社に正社
員として入社。母親(52)によると、約3年にわたり先輩社員2人から暴言など を繰り返されたという。飛び降りたのは出勤の直前だった。
前夜、自宅で職場からの電話を終えた女性は、黙ったまま体を震わせ、泣き
続けた。心配する母親に小さくうなずくだけの女性は、自室に戻り、しばらく出ら れなかった。先輩から「てめぇー」「うっとうしい」などと継続的に攻撃されてき た、と母親には伝えていた。ただ、一緒にカラオケや買い物に行くほど仲がよ かっただけに、心配をかけないよう、「大丈夫」と平静を装っていた。
動物が大好きで、トリマーになる夢に向けて専門学校の学費をためていた女
性は、母親にとって真面目で手のかからない自慢の娘だった。自死後、労働基 準監督署から「自殺と業務とに相当な因果関係が認められる」と労災認定され た。
暴言を浴びせ続けられ、自死直前にはうつ病を発症し、心理的負荷は強かっ
たと判断されたが、会社から謝罪が一度もないとして母親は怒る。14年春、同 社と先輩2人に謝罪と損害賠償を求める訴訟を名古屋地裁に起こした。
遺族からは笑顔が消えた。ささいなことでも気持ちが不安定になった。そん
な時、同じ境遇の遺族らに相談すると心が和らいだ。娘が悩んでいた時、相談 できる存在を知っていればと悔やんだ。「命より大事な仕事なんてない。娘のよ うな犠牲者が出ない社会になってほしい」。母親は遺族会に入り、力になりたい と全国の遺族の相談に乗る活動を始めている。
過労死など労働問題の悩み相談はNPO法人「愛知健康センター」(052・8
83・6966)へ。
■家族の訴え、国動かす
1980年代後半、長時間過重労働による過労死が社会問題化した。世界的
にも知られ、英国の辞書に「KAROSHI」が新たに掲載されたほどだった。
立ち上がったのは被害者遺族たちだ。「名古屋過労死を考える家族の会」が
89年、全国初の遺族会として発足し、91年には全国組織「全国過労死を考え る家族の会」が結成された。
労働環境改善を国や企業に訴え続け、90年代後半、ほとんど労災とされず
にきた過労自死の認定基準緩和につながった。昨年11月には「過労死等防止 対策推進法」が施行され、国は毎年11月を「過労死等防止啓発月間」とし、過 労死や過労自死のない社会を目指すとうたった。
それでも危機感は薄まらない。「罰則など強制力のない法律では企業側は変
わらない」と問題提起するのは、名古屋で家族の会の代表を務める鈴木美穂さ ん(63)。若者の過労自死が急増する近年の傾向を特に懸念している。
厚生労働省によると、昨年度に全国で認定された過労死は121件。ここ5年
は120件前後で推移している。一方、過労自死(未遂を含む)は昨年度99件と 過去最多になり、10年前の倍以上に急増。99件のうち、20〜30代が42件と 半分近くを占める。鈴木代表は「昔と比べ、企業に若者を育てる意識が欠け、 パワハラにつながっている。派遣社員など弱い立場の若者も犠牲になってい る」と指摘する。(寺本大蔵)
(朝日新聞 2015年12月4日)
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