もう伊利市長には期待しない

 この11月18日(日)に「第1回坂戸市民チャリティマラソン」が開かれるという。昨年までは、大会名に「市民」の二文字はなく「毎日」がついていた。たった二文字ではあるが、その差は大きい。交通事情や予算削減を理由に20回続いた人気あるマラソン大会を一方的に中止して、参加資格は坂戸市民だけの閉ざされた大会として催そうとしている。町の運動会とどこが違うのかと言いたくなるような魅力に乏しいマラソン大会だ。伊利市長になって新しく実施された坂戸市民まつり(9月1−2日)では、12万人もの人を呼んだ(主催者発表)。聞くところによると、このために1千万円を 大きく越える予算が投じられたという。

 マラソンが良くて祭りが悪いとは言わない。市民への行政サービスとしての見直しはあってしかるべきだ。しかし、投じられた費用がそれだけ大きいのだから、切り替えに際しては、市民に問い、コンセンサスを得るステップがあってもよいのではなかったか。「始めに坂戸毎日マラソン中止ありき」の後味の悪い方針変更であった。

 坂戸毎日マラソン中止反対を求めていた私たちランナーにとってもよい経験になったと思う。それは、「上から決められた大会に参加するだけでは、つまらない」ということだ。私たちランナーが出たいと思う大会、実現させたい大会は何なのか。もし、そういう大会がなければ作ればよいではないか、ということである。もう、伊利市長には期待しない。

 私はマラソン大会について、常々思っていることがある。ボストンマラソンやニューヨークシティマラソン、また先ごろ高橋尚子選手が世界最高記録を出したベルリンマラソンなどのように、海外にはトップアスリートが出場する国際大会に市民ランナーも一緒に参加できる大会がいくつもある。それらはほとんどが大都市の街中を走るのである。日本には伝統のある国際マラソン大会は数多くあるが、いずれもトップアスリートのみで、一般市民はただ観戦するのみである。

 アメリカやドイツができて、どうして日本にできないのだろうか。そんなに日本の都市の交通事情が悪いのだろうか。やろうとしないだけではないか。道路はクルマのためだけにあるのではない。これも構造改革の一つだと思う(ね、小泉さん!)。福岡の街並みを世界のトップランナーと一緒に走れたらどんなに楽しいだろうか。大阪の御堂筋をオリンピックの代表権をかけて国内から集まった女子選手たちに混じって、一般の市民ランナーが肩を並べて走れたら、ランニングの夢は無限に膨らむにちがいない。それは市民ランナーの夢にすぎないのだろうか。

 坂戸市では、一市長の独断で市民マラソンが中止を余儀なくされたが、私たちはけっしてあきらめない。坂戸毎日マラソンを取り戻すことから、本来の市民マラソンを作りたい。その意味では、谷中さんの提唱する「坂戸毎日マラソンを勝手に走るかい」に賛同し、推進していきたいと考える。11月18日には坂戸毎日マラソンコースを走り、ランナーにとっての市民マラソンとは何かを考えませんか。ランニングを愛好するみなさん 。

                        森脇 康行  平成13年10月14日

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