宗教と催眠術の関係

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 催眠術は、古代から宗教家によって使われてきた。 古代の宗教家は、催眠術を使って幻覚を起こし、まぼろしの 奇跡を起こし、信者を増やし、宗教を拡大させていった。

「宗教と催眠術」 宗教と催眠術は、実は深い関係にあります。催眠状態で得られる深いくつろぎは、宗教でいう無我の境地と似たものですし、心の安らぎという点でどちらも共通するものがあります。しかし、それだけではありません。宗教の中には催眠またはそれに類似する技術を使って信者の心を不安にさせるものもあります。また、全く宗教の看板を出してなくても中身は催眠を利用した宗教であるものも存在します。我々は不安になるために宗教をするのではないのです。

「布教」 普通布教といえば、宗教家が自分の宗派について述べ、その話を聞いて納得すればその宗派に帰依する事だと思います。納得しなければその宗派とは合わないのですから無理に信じる必要はないはずです。実際にはその家に伝わる宗派に帰依しているが、特に宗教活動をしていない、という人がほとんどでしょう。 しかし一部の宗教では、布教というのは信者を増やす事で、そのためには一般の人を無理に信者にしてもいいというところもあります。そのような宗教では信者を増やす手段として催眠の技術を使っているようです。

「超能力」 そのような宗教では、大体現世利益を掲げ、教祖が存在し、教祖への絶対的な帰依が必要とされます。教祖は奇跡を起こしたり悩みを即座に解決したりして自分の力量を誇示します。その時催眠の技術が使われます。 自分には超能力があるとか、修行して超能力を身に付けようなどと主張します。 そしてその宗教だけが絶対的なものだとして他の宗教を攻撃する場合が多いようです。

「神秘体験」 また神秘体験も宗教上でよく取り上げられますが、催眠を勉強された方なら 催眠状態で神秘体験を経験出来ることがお解りいただけると思います。 催眠と明言せずに催眠状態を作り出しその中で神秘的な体験をさせる。 そしてその体験は自分の超能力で導いたものだと教祖本人も信じている。 このような神秘体験なら催眠状態、催眠様状態で体験しうるのです。

「偽物の宗教」 何も宗教を責めているのではありません。多かれ少なかれ宗教家は、本人が認識していないにしろ催眠の技術を利用して信者の心を平安に導くのです。私が責めたいのは宗教を隠れみのにする一部の悪意ある人たちです。信者の心の平安よりも自分たちの利益を優先するような宗教は、偽物の宗教です。信者の不安を増大し、 その不安に付け込んで強引に帰依させる、そんなやり方は宗教のやり方ではありません。

「逆もある」 逆に、催眠術を使えば超能力が身につくとか、催眠術で予言をするとか前世を調べるとかいう人もいるようです。 そしてその中心となる人物は、教祖と同じで絶対的な存在になる可能性があります。宗教ではありませんが、カルトな宗教と同じにになりかねません。

「自己催眠」 では、宗教と催眠の接点とはなんでしょうか。催眠状態で得られる深いくつろぎは、坐禅やヨガ、瞑想メディテーションと共通するものがあります。 このくつろぎの中で、自己を見つめ、素直な気持ちになり、自然との一体感を味わう。そして気持ちいい状態になる。 そして自然、環境、他人、ありとあらゆる物に感謝の気持ちを持つ。この場合、他者催眠より自己催眠のほうが効果的でしょう。 勿論、催眠状態と無我の境地とは異なるものですが、心理的に似ているのです。

「現世利益」 催眠は、自分の悩みや自己改革にダイレクトに応用できます。「ああなりたい」「こうしたい」という希望は、かなえやすいのです。 願望の実現のため、催眠は大いに利用できるでしょう。 しかしそういった欲望を離れ、ただ気持ちのいい状態でいる。これが坐禅やヨガの本質です。自己催眠でただ気持ちいい状態でいられれば、 それは心の健康にとても効果的でしょう。

「強要の有無」 つまり、本当に強い自分になりたいのであれば 何らかの支えが必要でしょう。宗教でも構わないし、自分だけを信じてもいい。ただしその支えは、他人に強要できるものではありません。 宗教でも、催眠でも、他人に強要されるものではないのです。自分が気持ちいいからと言って他人もそうだとは限りませんから。

「信じるだけでは救われない」 宗教についてよく言われる言葉に、信じるものは救われる、というものがあります。 これは、ただ単に神や仏を信じるものは救われやすいという意味ではありません。 いつのまにか、狂信的になって自分の欲望までわからなくなったり、また救われた気になったり、 自分では正しい行動をとっていても他人から見れば間違った行動であったり。 自分の本当の心の健康は、自分で管理するしかないのです。そのためには普段から心に気を使わなくてはなりません。

「ストレス」 ストレスを解消する事が、心の健康ではありません。我慢すること、他人の意見を素直になって聞けること、やりたくないことでもやらなくてはならないことはきちんとすること、 やってはいけないことはしないこと、どれも重要な事柄です。そして、ストレスも溜まります。ストレスは、溜めすぎてはいけませんが、少し位溜まっても平気でいられる タフな心を持ってないと。

「催眠」 催眠は、宗教ではありません。しかし、宗教と無縁ではありません。宗教を隠れみのに実際は催眠で他人を操り、教祖または幹部の都合のいいように 信者を導く。こうなるとこれは催眠ではなく、洗脳です。しかし催眠状態は、ただ催眠状態であるだけでも心の健康に役立ちます。 強い自分への第一歩です。

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