WEB詩集『昭和の森の子どもたち』


  
 



   「電子魚群の棲息域」



 午前一時を過ぎ

 暗い海の時間が私を支配し始めた

 月は高く照っている

 爪先から溶けていく

 気づくと尾鰭に変わりはじめている

 今から泳いでいくその海域は 安全ですか?



 姿の見えない貴方と

 側線の超音波の感知だけでさぐり 合うのは

 月の砂浜に産み落とされた

 ウミガメの卵にも似た言いしれぬ情動の断片

 それはいつか孵化するための永遠の記念日を待ち続ける

 全宇宙の惑星の孤独でもあるのです



 この燐光を放つ海で涙を流しながら交わした

 約束の狂おしい口づけ



 絡み合った藻の群れに巻き取られて眠る

 深い潮流の奥で点滅する紅いサイン

 私の胸鰭がはるか南の海流を掴む

 明日流れ着く浜辺は 安全ですか?












 ここへ帰っておいでと 謂われたから

 約束の地をめざす 電子魚群の一匹として 

 GPSは「クローズド」ID番号も貴方しか知らないのだから

 死骸で流れ着いたら埋葬してください

 いとしい半分 貝殻の隠れ家で待つ君







   







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