「森をゆきすぎる夢たち」

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 わたしには緑のゆびがあるなんて

 あなたは信じているみたいだけれど

 ちがうの、もうこの森は死んでしまって

 あなたが見ているのは、死んだ樹々たちの見ている夢

 死んだ草花たちの、尽きせぬ慟哭



 わたしは生き生きと笑っているなんて

 あなたは信じているみたいだけれど

 ちがうの、もうこの私は死んでしまって

 あなたが見ているのは、死んだ私の見ている夢

 焦がれて生きた女の、尽きせぬ回想



 何に焦がれて生きたていたのかって

 問われてもうまく答えられないけど

 きっと「普通に」生きることに憧れていたのだと思う

 普通の少女時代を送りたかった

 ありきたりでいい平凡な結婚とか、育児とか



 アストリッド・リンドグレーンに憧れていたの

 「長靴下のピッピ」を書いた人よ

 いいお母さんとして生きて、がむしゃらに生きて

 お婆さんになってから童話を書いて孫たちに読んでもらうの



 でも、お母さんになれなかったから、お婆さんにもなれないのよね私





   ◇  ◇  ◇





   僕はただ静かに笑っているなんて

   君は信じているみたいだけれど

   ちがうよ、もうこの僕は死んでしまって

   君が見ているのは、死んだ僕の見ている夢

   なにもかも失くした男の、尽きせぬ追憶





 なんですって

 あなたも、もう死んでいるなんて

 では、今目の前に見えているこの全ては

 私の見ている夢なの、それともあなたの見ている夢?



 そんなこと、もうどうでもいい

 死人×死人でどんな計算式の答えが出るかしら

 死人+死人かしら それとも



 どうしてこんな冷え切ったはずの私の頬に

 熱い涙がつたうのかしら

 死んでからはじめてこんなに強く想ったわ

 生きていたかった

 生きて、あなたに巡り会いたかった





  ◇  ◇  ◇





ー 夢から覚めたとき、夢に出てきた二人の男と女の姿は

どこにもなかった。ただ、森は一層蒼さを深くし、

風は一層しずかにさやさやと吹き抜け、

空は青く、雲は白く

そして

私の頬にはあの女と同じように、熱い涙が流れていた ー





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