「初夏の森で」
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そう、あれから
僕は森の中を一人、歩くようになった
町の俯瞰図、鳥のさえずり、遠くに響く学校のチャイム
咲きほころびる白い野茨の花
ひっそりとした湧水池に木々は影を落とし
こずえの先の青空を、まだ若い夏雲が往き過ぎていく
そして、あれから
僕は泉のほとりに舟を浮かべるようになった
小花を乗せた笹舟はくるくると軽やかに水面を舞い
せせらぎに捲かれて見えなくなる
舟はやがて
小蟹や鮒たちの棲む国に辿り着く
泉水の吹き出す暗く冷たくひそやかな夢の眠る国に
かつて、僕の心を満たしていた
優しい気持ち、激しい思い、熱い衝動
受け取る人がもういない今は
流れるままの涙のように、すべて森に返してしまおう
これは、僕だけの秘密の儀式
日の暮れるのすら忘れて森の懐に抱かれる
藍色の蝙蝠傘をさして君が突然木立の間から現われた
と、思ったら薄墨の空に顔をだしたまあるい黄色い月だった
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