「初夏の森で」

¨・¨∵:*:∵¨・.*.・¨∵:*:∵¨・¨

***


 

 そう、あれから

 僕は森の中を一人、歩くようになった



 町の俯瞰図、鳥のさえずり、遠くに響く学校のチャイム

 咲きほころびる白い野茨の花

 ひっそりとした湧水池に木々は影を落とし

 こずえの先の青空を、まだ若い夏雲が往き過ぎていく



 そして、あれから

 僕は泉のほとりに舟を浮かべるようになった

 小花を乗せた笹舟はくるくると軽やかに水面を舞い

 せせらぎに捲かれて見えなくなる



 舟はやがて

 小蟹や鮒たちの棲む国に辿り着く

 泉水の吹き出す暗く冷たくひそやかな夢の眠る国に



 かつて、僕の心を満たしていた

 優しい気持ち、激しい思い、熱い衝動

 受け取る人がもういない今は

 流れるままの涙のように、すべて森に返してしまおう

 これは、僕だけの秘密の儀式

 日の暮れるのすら忘れて森の懐に抱かれる



 藍色の蝙蝠傘をさして君が突然木立の間から現われた

 と、思ったら薄墨の空に顔をだしたまあるい黄色い月だった
  






***

¨・¨∵:*:∵¨・.*.・¨∵:*:∵¨・¨