咲かなかったさくらへ



桜が咲く季節は遠く過ぎた。
しかし、つい最近あるところでさくらが蕾を付け、そして咲くことなく消えていった。
少し、そのさくらの事を話そう。



不思議なさくらだった。
特筆すべき程美しい訳ではない。
だが、どこか惹かれるさくらだった。
一体どこが魅力なのか、それすら分からない。
だが、確かにその魅力はあったのだ。
そのようなさくらに私が魅入られるのは、それほど時間を要しなかった。
そのさくらは、少し、弱弱しかった。
押してしまうとそのまま倒れそうな、そんなさくらだった。
「雨風から守ってやらなければ。」、そんな事を思わせるさくら。
咲いても、守り続けようと思った。
そんな事が許される立場じゃなかったが、それでも守らずにはいられなかった。



咲かなかった。
呆然と立ち尽くす私の前、さくらは、遠く、消えてしまった。
ほんの短い間だった。
そのさくらを見る事が許された時間は、ほんのわずかにすぎなかった。
忽然と私の目前から消えてしまった。



もう、そのさくらは、探しても、どこにもない。
どこに行ったのかも分からない。
でも、確実にいる場所がある。
目を閉じれば私の目の前で、華を咲かせている。
私の心の中に、今も住んでいる。



華を探そう。
そのさくらに負けないくらい、きれいな、見事な華を。
そのさくらとの思い出はそっとしまって。

咲かなかったさくらへ。



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