『レルラン衛兵の日誌』


1017年スレブの月3日
ホバート卿に仕え始める。
衛兵の話では、ホバート卿はこれまで50年にわたってこのあたりを治めてこられた領主らしい。
王家の血筋らしいが、外見からはわからない。
女王のいとこか何かだろう。
中肉中背で、濃い色の髪と目、申し分なく立派なお召し物だ。
また、皆がいうようにホバート卿はこっちが何もしなくても突然怒り出すことがあるから、何事も慎重に振舞うようにと、忠告してくれる者がいた。
今のところ、ホバート卿は魅力的なお人のように見える。

1017年スレブの月18日
今日は新たに掘り起こしたトンネルの中でのろのろと作業をした。
ホバート卿は、地下要塞のようなものを建設するとおっしゃっている。
穴掘り作業なんて契約に入っていないと訴えてはみたが、卿は笑っているだけだ。
あまり不満を言ってはいけない。
卿ご自身も地下へお越しになって、白いフロック コートが泥まみれになるまで、俺たちと同じように働いておられるのだから。
でも、俺は炭鉱夫じゃない、戦士だ。
同僚達たちはこの作業もそう長くは続きっこないと思っているらしく、ホバート卿があと何日で飽きるかっていう賭けが流行っているが、俺にはなんともわからない。
卿のご決意はかなり固いように見えるのだが…。
とっぴな行動が多いホバート卿に10年来お仕えしているエルバート ノーランの話では、これまでにも少なくとも年に2回はこんなような事を始めるらしい。
そのうち何1つとして完成させたことはないらしいが。
彼のいうとおりだろう。
俺も、今はもう使われていない部屋に、見たこともないような奇妙きてれつな機械が埃をかぶったままになっているのを見たことがあるからな。

1017年フォスの月1日
尋常じゃない速さで作業が進んでいる。
あのご婦人がやってきてからは、みんな賭けもやめた。
ホバート卿が、あのエキゾチックな褐色の肌の異国のご婦人に求愛していたのは知っていたが。
1度か2度、チラリと見かけたことがある。
美しいというよりも、冷たい雰囲気が印象的だった。
ホバート卿が花嫁を見つけ、その花嫁が地下の宮殿に住みたいと言い張っていることはみんな知っている。
これまで卿がやり始めては放り出してきた数々の未完の事業のなかで、唯一この地下要塞だけが完成に近づいているのは、そういうわけだったのだ。
昨日、レディー サタールが、蜘蛛と獣を引き連れてやってきて、華々しく迎え入れられた。
あの蜘蛛と獣は、レディー サタールいわく「ペット」なんだそうだ。
あのペット達が引っ掻く音や跳ねる音が今も耳を離れない。
蜘蛛がペットだとは!
どうも嫌な予感がする。
あのご婦人は普通の人間ではない。
あれほど冷たい人間は…いるまい。

1018年マナーズの月9日
だれにも邪魔されずに日誌を書けるのは、実に数ヶ月ぶりだ。
要塞は完成し、蜘蛛どもが要塞の壁を引っ掻いている。
あの蜘蛛どもを「白き聖母」と呼ぶようにサタール婦人からお達しがあった。
蜘蛛どもは絹のような糸を吐き出し始めている。
ホバート卿はこれまで以上に奇妙に振る舞うようになった。
まるで別の世界の何かに気を取られているみたいに、話の途中で言葉が途切れることがよくある。
卿の体そのものも変わり始めた。
肌の色は黒くなり、まるで魂が抜けてしまったようだ。
卿と婦人は、あのドワーフの狂信者、魔術師アンバーディープに何かと相談を持ちかけている。
あの3人は、何らかの理由で農民たちを恐れているようだ。
この前の試みの弱点がどうのこうのとか、すべてがそれにかかっているとか。
なぜこんなに秘密だらけなのだろう?
アンバーディープの魔法のおかげで鉱山の急襲は成功したし、日没までには魔法の品も完成して、いにしえの地下聖堂内に安全に保管されるとか言っていた。
いったいどういう意味なんだろう?
俺にはさっぱり意味が分からない。
とにかく俺たちは、外側の扉にかんぬきを掛け、何者も行き来できないようにするよう命じられた。

1019年スモスの月30日
俺は暗闇に生きている。
卿と婦人はどこかへ消えてしまった。
側近連中だけが外界へ出る手段を握っているが、連中はときどき外側のドームの周りをこそこそとうろついている愚かな農民を中へ連れ込むだけだ。
白き聖母たちがまた腹を空かせているようだ。
やつらはいつも腹を空かせている。
やつらに仕えていた者はもはや…生き残っていない。
婦人とその召使の野蛮な者たちだけは、やつらの毒にやられなかった。
不運な俺たち人間は、苦しい死を迎えた後、邪悪な者として復活させられるのだ。
俺の手は皺だらけで乾いている。
あの魔法の品が見つかり、あの扉が再び開かれることがあれば、人類の命運も尽きるだろう。


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