『剣を農具に』


844年まで、カリーズ ノアニは20年以上にわたり最愛の第10部隊の先導者として君臨してきた。
ノアニの指揮の下、第10部隊はレスカンザの鎮圧や軍部の反乱という度重なる困難な状況を最小限の死傷者で切り抜け、かつてないほどの優れた軍勢になっていた。

しかし、数々の強敵をことごとく制圧してきた第10部隊が、いまや存在意義の喪失の危機に瀕していた。
忠誠を誓った帝国は滅び、軍内部ではいざこざが絶えない。
52歳のノアニは、その落胆を年報にこう書き記している。
「この世の中で、戦うべき敵がいない兵士ほど惨めな者はいない。
   私はいい。
   もう十分戦い抜いてきたのだから。
   そうしろといわれれば、1ヘクタールほどの土地と1本の鍬、そして1頭のラバさえあれば、私は死ぬまで満足して暮らすだろう。
   しかし、血気盛んな若い部下たちを、いったいどうすればいいのだ?」

年明けの元旦、ノアニは、寒さに凍え行く末を案じる部下達を前に、第10部隊の存続はもはや不可能だと宣言した。
「食料が徐々に減りつつある今、農家の働き手が足りずに兵士が余っている状況こそ、そもそも間違っている。
   諸君が自らの運を活かしたいというのなら、すべての旧習を廃し、長い年月にも荒廃せず耐えぬく力を持った新たな王国を設立する事だ。」

すると即座に、ノアニがエッブの新たな王になるべきだという声が上がった。
しかしノアニは、これを固辞し、新王国にはいずれまた軍隊が必要になるであろうと、そして来るべきその苦難の時には、必ずや自分がまた軍隊を指揮するつもりである事を皆に伝えた。
この頃、帝国の他の地域からは涙の平原での混乱を逃れ、安全な場所を求める難民が既に姿を見せつつあったため、周辺地域では唯一略奪や侵略を逃れたエッブの幸運が各地に伝われば、やがて招かれざる訪問者たちが難民たちの後から続々とやってくることをノアニは予測していたのである。


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