『最初の音』
何度目かの溜息をついて、スギは炬燵の上へ突っ伏した。炬燵の上のノートには走り書きの譜面が落書きしてあるが、それらは落書きの域を出る事はなく。かと言って僕の方に何か手持ちのメロディラインがある訳では無く。今は次のアルバムに向けて新曲を作っている最中。 要するに、僕らは完璧に煮詰まっているのである。 「レオー、面白い話ないー?」 「スギ、何か書けそうー?」 ほぼ同時に言って、同時に溜息をつく。 「あったら苦労しないって」 こんな台詞を綺麗にハモってたって仕方がないのに。胃がもたれるのはきっとコーヒーの飲み過ぎだ。 「……何か店屋物でも取ろうか」 そう言うとスギはのそのそと炬燵から這い出して蕎麦屋のメニューを引っぱりだした。 「天丼にしよ。レオどーする?」 また胃に来るようなものを。 「僕はいいや、何か買ってくる」 炬燵から出ると、やはり少し寒い。外の空気も吸いたいし、煙草も切れたから、とコートを着る。気ぃつけてね、とノートを眺めながら相棒はやる気なく手を振った。 あと1曲、なのだ。 それぞれアイデアは出し、1人で作って来た曲の取捨選択をして、並べてみたらどうしてもあと1曲欲しいと言う事になって。没にした曲から敗者復活を捜せば話はもっと楽な筈なんだけど。 「駄目。それ混ぜるとやっぱりアルバムの構成、崩れちゃうから」 頑としてスギは言い張っている。それを押して反論する程の曲も、確かに無い。だからこそ削った歌だ。ほう、と息を吐くと夜の空気に白く曇る。 スギの仕事ぶりは波がある。書ける時は3分で大体のメロディーが書けるという本人の言は、嘘では無い。その代わり書けない時は何時間粘ってもちっとも進まない。事実この1曲の為に昨日からほぼ徹夜で考えているのに、使いものになりそうなフレーズ1つ完成しない。 コンビニで雑誌を立ち読みし、チョコレートを少しとおにぎり、煙草を買って出る。夜としてはまだ早い時間帯だが帰り道の公園には誰もいない。僕は煙草の封を切った。スギは煙草はあまり吸わないし、焦って帰る事もないだろう。スギが無駄口も聞かず外へも出たがらず、動かない割に天丼なんてヘビーなものが食べたいなんていう時は、恐ろしくテンションが下がっている時だから。 風邪でも引かなきゃいいけど。 部屋へ帰ると、スギは炬燵に頬杖を付いて空になった丼の縁を所在な気に叩いていた。 「進んだ?」 スギは苦笑して、首を横に振った。やっぱり。 がさがさと袋から買ったものを出していると、スギの手がひょいと横から伸びる。普段吸わない癖に時々吸いたくなるらしく、その度に僕の煙草を持って行こうとするのだ。僕はその手をぱしりと叩いた。断わりぐらいは入れようね、スギ。 「煙草1本分けて下さいついでに火も貸してくれるとうれしーです」 ちっとも嬉しく無さそうにスギが言う。 「自分で買いに行けよ」 なんて言いながら煙草とライターを押し出してやる僕も人がいいと、時々思う。 「なーんだろ。気分、悪いんだよねぇ」 煙草に火をつけ、天井に煙を吐き出してスギは言った。 「食べ過ぎじゃないの?」 スギは僕をじろりと見て、違うよ、と不機嫌にまた煙を吐く。 「何かできかけてる気はするんだけどさ、その端っこが見えなくって」 出かかってる最初の音がいつまでも出ないのだ、と言う。ちなみにその感覚がどれ程気持ち悪いかと言うと 「便秘」 だそうだ。 「僕まだご飯食べてるんだけどね」 「他に例えようもないし」 そう言うスギの額に付き合い半分に手刀を当て、僕は2個目のおむすびのフィルムを切った。スギは半分も吸わない煙草を灰皿に擦り付け、ころりと寝転がる。 「いっそさぁ、今日はもう寝ちゃったら?」 「んー……」端切れの悪い返事をして、スギは体を起こした。「でもさ、あんまり日にゆとりもないし。もう少し頑張ってみる」 「昨日もそう言って寝てないんだろ?風呂入って布団で寝なよ」 昨日は僕が布団、スギが炬燵。だから今日は逆。スギは存外素直に頷いて炬燵から出て風呂場へ歩いて行く。 「じゃ、ごめんレオ後よろしくー」 「ん、お休み」 後少しなんだけどとぶつぶつ言いながら、スギは布団のある隣の部屋へ消えた。僕も寝る事にして、目を閉じる。 スギのテンションは、上がるのも下がるのも伝染するから、怖い。 夜半。頭の横を何かが通って行く気配で目が覚めた。 「……?」 眠い目を擦って起き上がると、「あ」とか言う声がする。 「悪い、起こしたー?」 ちっとも悪いと思っていないような声の主は言わずとも知れている。頭の真横を走られりゃぁ起きますよ、えぇ。大体「起こした?」とか言いつつ次の瞬間には電気付けるとこから考えて、 「どうせ起こすつもりだったんだろ?」 「んー、まぁね?でも寝かせといてあげよっかなとは思ったんだから」 「思っただけか」 「うん、そう。結果的に」 言いながらスギはノートへ何か書き付けている。あぁ、炬燵の上のノート取りに来たから足音が、と思ってから気が付いた。 「曲、できたの?」 聞いてみると、キッチンで鉛筆を走らせる相棒は、得意げに笑った。 「きましたよー、よーやっとエンジンかかってきましたよー」 上機嫌に、やけにリズミカルに、スギは言う。 「いや今ならもう1本アルバム作れって言われても可能だね」 「あーはいはい、後1曲書ければいいんだからね?」 嬉しそうに調子に乗るスギに軽く相槌を打ち、僕はコーヒーを入れる事にした。 「コーヒーよりはー、煎茶がいーぃなー」 「はいはい」 振り向きもせずに言うスギに、僕も振り返らずに返す。そうだ、いい加減胃が荒れてるんだったよ。入れた煎茶はスギの前に置き、僕は湯飲みを抱えてスギの横へ立つ。 時々短くフレーズを口ずさみ、次は音を少し変えて試し、そうしてスギは一気に主旋律を仕上げていく。その横で聞こえるメロディーをどう展開させるか、僕はお茶をすすりながらぼんやりと考えた。 「も少しでできるから」 「うん」 イメージを明確な音の記号に変換する間ももどかしい、そんな勢いでスギは譜面を書く。早く歌いたくて聞かせたくて仕方がない、らしい。形にならない音は共有できないから。 「よし骨格できた」 ぽい、と僕にノートを手渡してスギはにまっと笑った。 「まず、見てくれる?」 スギのテンションは、上がるのも下がるのも伝染するから。 だから今ならフルスピードでもう1作アルバムを作れと言われても確かにできる、気がするのだ。 僕が小さく口ずさむ音を、スギは指でリズムを刻みながら聞いている。詞もまだつかない荒削りの音は、冷えた空気を含んでほんの少し暖かく聞こえた。 −−−−−−−−−
リサイクル4段目。2002年12月20日の制作です。
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最初はレオの話になるはずでした。まぁよくある事、ですよなぁあははは。誤魔化せませんか。そうか。 しかし何ですか、こう……前もどっかでこういうの書いたなと思うと芸風の狭さが身に染みて痛いのです。アタタ。 |