『いつにないこと』

 KKは不機嫌だった。
 身体は重いし、考え事をしようにも、音を拾おうにも、集中力が続かない。気が散って苛々するし、心無しか頭も痛い。
 身体が悪くて気分が悪いのか、気分が晴れないから体調も悪い気がするだけなのか、そんなことを考えることすら億劫である。
 こういう時はさっさと寝てしまうに限る。そう決め込んで、KKは夕暮れの新宿を歩いていく。幸い明日は休みで、何をしなくてもいい時に何もしたくないのだから、何もしないで寝ればよい。
 布団を敷いて中へ転げ込む所まで思い浮かべながらアパートの階段を昇ったKKは、ドアを開けた瞬間に思わず渋面を寄せて呟いた。
「……ジーザス」
 何でこんな日に限ってやってくるのだ、この男は。派手なサングラスの下、人なつこい目を意地悪く歪めてMZDは笑った。
「お前別にキリスト教じゃねぇだろ、ジーザスって」
「神なんざ信じてねぇから言うんだ、何の用だよ」
 KKの返事は自然不機嫌になる。絶不調の今、MZDが身に纏う極彩色ですら目に痛い。
「近くへ来たから顔見に寄ったんさ」
 返事もせずに手と顔を洗うKKの横へ寄って来たMZDは、KKの顔を見上げてから首を傾げた。
「……KK?」
 何だ、とKKは仏頂面を向ける。その額にぺたりと手のひらが押し当てられた。
「熱あるんじゃね?」
 はぁ、とKKはため息をつく。
「そう思うんなら帰れよ」
 自分の声が不必要に尖るのを感じ、KKは眉間の皺を深くした。だが、当のMZDは気にした様子も無い。
「ば・か・だ・ねー。だるい時のお前って本当に何にもできねぇだろうが。邪魔はしねーからそこ座っとけ」
 勝手知ったる他人の家、とばかりにMZDは押し入れを開ける。
「……おい、何を」
「布団敷いてやってんの。見てわかんね?」
「いや、その位自分で」
 KKが呼び止めると、MZDは音がしそうな程きっかりとKKを振り返り、笑みのない顔で見据えた。
「座れ」
 有無を言わせぬ命令口調に、KKは思わず首を縦に振る。
「よし」
 力強く頷くと、MZDは止めた手を再び動かし始めた。布団を敷き、KKに寝間着を投げ付ける。不得要領のまま渋々KKが着替えると、そのまま影が横抱きに抱き上げ、寝かせる。
 照明の明度を落とし、薄暗くなった部屋で、MZDはKKの枕元に腰を下ろした。
「大丈夫。ここは安全だ。朝までゆっくり眠れ」
「安全でなくたって、ここで寝るさ」もごもごと憎まれ口を叩き、KKはMZDを見上げる。薄闇の中、影と彼の境が曖昧にみえた。
「……そこに、朝までいる気か?」
 返事の前に、掌が降ってきて、KKの頭を撫でる。
「大丈夫だっつってんだろ。いいから寝れ。」
 言う間にもMZDはKKを撫で続ける。いつになく優しい、子に対する母のような仕草に、KKは布団の中で鼻を鳴らした。居心地良く感じそうな自分が、気恥ずかしい。
「子供扱いされる年じゃねぇよ」
「俺から見りゃぁ、誰だって小僧さ」
 妙に大人びた、包容力のある優しさを見せるMZDをKKは見慣れない筈で、落ち着かない筈なのに意識は眠気に呑まれていく。
 あぁ、MZDにはめられてんなぁ。
 眠りに落ちる寸前、KKはぼんやりと思ったのだが、抗う気にはならなかった。疲れているし、帰ったら寝ようとは思っていたことだし、それにだ。
 MZDが慣れないことをするのなら、慣れない程従順になってみるのもいいだろう。
「ぜってー、熱あるんだきっと」
 そんなことを半分寝言で言った気がする。その後は夢の欠片すら見なかった。

「よー、おはよ。具合どうよ?」
 KKは少し首を傾げ、肩を回してみてから答える。昨日の不快感と倦怠感は何だったのか、と思う位には良いように思えた。
「まぁまぁってとこじゃ、ないのかな」
「そーかい、そいつぁGoodだな」
 今度はKKが問う番だ。
「で、お前は何してんの」
「見てわかんない?」
 何をしているように見えるかは、わかる。エプロンをして台所に立っているのであるからして、だがしかし。
「……見た通りな訳?」
 MZDはこくりと頷く。鼻歌混じりのその姿は、慣れない所為か中々シュールに見えた。
「さて、KKが起きて来たから仕上げるかねー朝飯朝飯」
「食えるもん、作れるんだアンタ」
「皮肉言ってんじゃねぇよ食ったこともねぇくせに」
 だって作ったこともないじゃないか、とKKは言いかけて止めにした。彼の影が作るのは見たことがあるし、食べさせられたこともあるけれども。
「これでも昔は『いいお嫁さんになれる』って言われたもんなんだぜ?」
「誰に」
「うちの嫁さんに。ほらできた。皿出せ皿」
 MZDが得意満面に出して来たのはハムとチーズの入ったオムレツにサラダ、トースト。コーヒーも入っているとなれば、気恥ずかしい程正統派の「朝ご飯」というものだ。
 KKの中で、いよいよ不可解な思いが増してくる。普段にないことがこうも重なると、正直怖い。KKは、恐る恐る口を開いた。
「何か、昨日から……優しくない?」
「俺はいつも優しいだろ。」きっぱりと言い放っておいて、MZDはにんまりと意地悪く笑う。「……と言いたい所だが、安心しろ。下心ありだ」
 何を、とKKが問う前に、MZDが胡散臭いこと限り無い笑みを浮かべて身を乗り出す。
「久し振りの休日に何ですが、今日はポップンパーティーがアリマス。」
「それに、出ろと」
「出る前に出かけたい先があるんで一緒来て下さい」
 KKは、わずかに眉を寄せた。
「……要するに、1日丸ごとお前に捧げろってか」
 MZDは大きく頷き、おそらくは可愛いつもりの仕草でKKを見上げる。
「オレ、ひと晩中ずーっと待ってたのよ?」
 KKは苦笑混じりに肩を竦めた。
 MZDが慣れないことをしてまで頼むことだ、どうせロクな場所に連れて行かれはしないだろう。だが、しかし。
 KKは肩を竦めたまま、MZDに笑みかける。慣れない態度をしている神に、らしくない程従順になってみせてもいいだろう。たまには。
「OK神様、今日1日俺の体はあんたのもんだ」
 言い慣れない言葉にまつわりつく気恥ずかしさを、KKは朝食を食べることで誤魔化した。
 まだ熱があるのかもしれないな。
 ひとりごとの言い訳をして、KKはオムレツをコーヒーで流し込む。外はお出かけ日和の晴天だった。


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 5554ヒットニアピンキリ番記念に某S様へ。頂いたお題は「神K:帰宅から出勤まで」でした。ごめん気が付いたら休日出勤になってたというか出勤じゃねぇだろ、これ……。
 半分意図的な曲解ですが、笑って許して下さると嬉しい。申告&リクエストありがとうでした!(05/10/16up)

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