『普通の奇跡』

「……おい」
 扉を開けた途端、KKは顔をしかめた。ここはKKの部屋で、部屋主であるKKは今帰って来た所だ。
「何してやがる、手前ェ」
「見りゃわかるだろうが」
 平然と返すのは、青い髪の和服の青年。床の上には盛大に散らばる和紙の山。書き損じの反古の上で、どこから入って来たのか猫が1匹昼寝をしていた。
 青年の名は六、侍であり書家である。今ひと仕事終えたところであるらしいのが見て取れた。
「片付けろ!」
 KKは手にしたコンビニ袋を六の横面に向けて叩き付けた。中身に缶ビールが入っているだけあって、袋の描く軌跡は安定している。しかし六はその袋を平然とつかみ取り、悠然と煙草をくゆらす。
 あぁもう、とぶつぶつ言いながらKKは物置き代わりの事務用ロッカーからゴミ袋を引っぱり出した。自分の方にやってくるヒトの気配を察してか、猫は飛び起きて紙ゴミの上から逃げる。その後を遠慮なく、KKはゴミ袋へ詰め込んだ。
「大ッ体留守してる他人の家で仕事広げたりするか普通!」
「普通なんて言葉がお前の辞書に載っているとも思えないがな」
 KKは反古をゴミ袋に突っ込む手を止めて、六を睨み据えた。
「じゃぁお前の辞書にはどうなんだよ」
「無用に決まっている」
 ぷはー。煙を吐く口元が得意げに引き上げられている。上機嫌の六に、KKの眉間の皺が一層深くなった。別に取り分けられた、署名入りの、明らかに反古ではない紙にKKの視線が動く。
「……これはゴミじゃねぇぞ」
 六はその数枚の紙を雑誌に挟んで傍のずた袋へ放り込んだ。
「俺には同じに見えるがな」
 鼻で笑うKKに、六は同じ表情で返す。
「見る目のねぇ奴ぁこれだから」
「欲しかぁねぇもんよ、見る目なんて」
 KKはゴミ袋の中へ、部屋のくずかごの中身も一緒くたに放り込んで回りながら、続けた。
「俺ぁ普通の男なんでね。普通の感性で普通に暮らしていけりゃいいの」
 六は唇だけねじ曲げて、笑う。
 KKの「普通」なところなど、どこにある。
 まず普通の人間は暗殺業などに就かない。そして作る音が普通なら、あの騒々しい自称・神に拾われたりしない。更に言えば普通の殺人業者ならあんな人目に立つステージになど出ないし、平凡で平和な日常にこだわったりもするまい。
 いや、と六は考え直す。多分「正業」「裏稼業」「音楽」「平和な日常」と、それぞれを切り離して考えれば、おそらくは普通なのだ。
 ただ、組み合わせ方がおかしいのである。「いつ」「誰が」「どこで」「何をしたか」という文章の部品を作り、無作為に組み合わせることで、意味の通らない文章を作る遊びがある。あれと同じだ。

 奇跡のようなバランスの上にのみ、普通ではありえない普通の男が成立する。

 猫が三和土でにゃぁんと鳴いた。出て行きたいらしい。KKはゴミ袋を横に置き、戸を開けてやっている。後であの袋を捨てに行かされるのは六だ。そういうことになっている。
 KKは流しで手を洗いながら、六を振り返った。
「六、しばらくうち来んな。俺いねぇし」
「別にいいだろ、お前が留守してたって鍵の在り処ぐらい知ってら」
「違くて」
 KKはもどかしげに首筋に手をやった。
「留守中に何かあったら嫌だから言ってんのな」
 知っている。と六は思ったが答えなかった。
 別に何のへまをしなくても、居所が知れることはあるのだ。特に、相手が血眼になって探している可能性の強い時には。KKは仕事をした後は家を空けがちになる。
「心配することもねぇだろ」
 六は灰皿を引き寄せて、灰を落とした。こちらは承知で来ているのだ。万一があったとしても家違いだと答えて帰ればよし、問答無用となってもただで殺されてやるつもりはない。
「お前の心配はしてねぇけどよ」
 KKは口籠った。
「自分の部屋で余計な汚れの掃除までしたかねぇの、俺は。」
「それは、あれか」六は耳の後ろを掻いて、言った。「そこに付いた墨の跡も入るのか」
 KKが帰ってくる前のこと。あまり綺麗についてしまったので、そこだけ拭き取らずに残しておいた猫の足跡がひとつ。
「当たり前だボケ」
 ぺし、と六の髪をはたくだけの掌と、ビールの缶がひとつ落ちて来た。
「後でお前が掃除しとけ。それと」ぱきん、と缶の開く音が響く。「留守番御苦労」
「別に。仕事のついででいるだけだ」
 六もビールのプルトップを引いた。

 奇跡のようなバランスの上にのみ存在する、普通ではありえない普通の生活。
 六がこの部屋に望むのは、ごく普通の奇跡なのだ。


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 1500ヒット記念粗品、「solitary eden」のアキバ ジン様へ。
 頂いたお題は「端から見るといちゃついてる六K」という大変素敵なものだったのですが、ご覧の通り、端からも何も全開でいちゃついているだけの六Kになってしまった訳で……。ご、ごめんなさい腕不足、でした。ごふっ。(04/11/17up)

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