『日常茶飯事』

 神出鬼没という言葉がある。
「KーKー。」
 唐突に背後に現れたMZDの、唇がうなじに触れる寸前にKKはモップの柄で彼の額を突いた。
「あァん、あともう3cm……。」
 ずるずるとその場にへたり込むMZDを無視して去ろうとしたKKは、危うく転びそうになる。見れば足首をしっかりと影が捕まえていた。
「何の用だよ」
 体勢を立て直し、モップを持つ手を放すとモップは影越しの地面を叩き、軽く跳ね返って手に戻る。影はにまりとKKを見上げ、するすると主の足下へ戻っていった。
「MZD?」
 問いかけに答えが無いのを訝しんでKKが振り返ると、MZDはしゃがみこんで地面をつついている。
 絵に描いたような「いじけてます」のポーズ。
 わざとらしい。KKは踵を返した。
「用がねぇんなら、俺はこれで」
 3歩進む前に再び足首を掴まれる。今度は掴まれるだけではなく、後ろに引かれた。昼の新宿、人通りは少なくない。
「……あの、なぁ」
 通りすがりの女子高生の一団があげるけたたましい笑声を背に起き上がった、KKの声に怒気がにじむ。
「真っ昼間の大道で何させやがる!」
「んだよ軽いジョークじゃねぇか」
 KKが振り下ろしたモップを片手で受け、MZDは腰を上げた。アーハン?とアメリカンな首の竦め方が尚更勘に触る。
「な・ん・の・よ・う・だ、っつってんだよ」
「や、飯食いに行こうと思ってよ。もう上がりだろ?今日。予定もねぇはずだな?」
 何で知ってる、と今更聞く気力も無く、KKはがっくりと肩を落とした。
「まだタイムカード押してねぇっつの……。」
「うわっ、遅ッ!」
 顔をしかめるMZDに構わず、KKは手にした掃除用具をひらつかせる。
「これ持ったまま飯食いに行けってか?」
「じゃ送ってやっからさっさと済ませて来い、ほら。」
 神を名乗る男はぱちりと指を鳴らした。
「わ、ちょっ……」
 ちょっと待て、と言い終わる前に影がKKを包み、その場から消えた。

「それで、どこ行きてぇのよ……?」
 会社から出て来たKKは、歩道のガード柵に腰掛けるMZDにげんなりと聞いた。
「んー」
「考えてねぇとか言うなよ」
 MZDは皮肉に笑う。
「ケーキの食い放題とかどうよ?」
「男2人でか」
 真顔でKKが問うと、「そうだなぁ」MZDは考える様子を見せてから、言った。
「アルトでも連れてくか」
「連れてってどうすんだよ」
 アルトは美少女だがアンドロイドである。アンドロイドは普通、ケーキは食べない。MZDは再び考えてから言う。
「ししゃも」
「あいつ女か」
「違うけど」
 そもそも猫だ。
「じゃ意味ねぇじゃん」
「ねぇよ?」
 MZDは口の端をつり上げる。
「ま、間を取ってファミレスでも行くか」
 どことどこの間だ、とKKは文句を言いながらMZDの後についていく。どうせ逆らうだけ無駄なのだろう。

「……」
 KKは運ばれて来た物体から目を逸らした。長ったらしい名前に見合うだけの、立派なサイズのチョコレートパフェである。甘いものは嫌いではない。むしろ好きな方だ。だが。
「何よ?」
 呆れた様子で和定食を突ついているKKに、MZDはサングラスの奥の目を眇める。このアイスクリームとホイップクリームとチョコレートソース、諸々の甘味の山を頼んだのはMZDだ。
「や……よく食うなーって……」
 KKは呆れた様子を隠さずに呟く。ケーキの食べ放題という案も、満更冗談だけではなかったのかもしれない。スムージーと一緒にフレンチトーストを食べた後ケーキを2種類頼み、その上がこのパフェである。見ているだけで胸焼けがしそうだ。KKは呟きを付け足した。
「むしろ化けもんだなーって……」
「とんでもねぇ、あたしゃ神様だよォ」
 KKは黙って箸を置いた。ドリフか。しかも古い。
「『少年』はふつーそんなネタ知らねぇと思うがな」
「『永遠の』が抜けてんぜ、小僧」
「へいへい、失礼しました」KKは肩を竦め、そして何でもないように話を向ける。
「何か、あったのか」
 MZDの動きが一瞬止まった。KKは灰皿を引き寄せ、机の上に置きっぱなした煙草から1本取る。皿の上にはまだ食べ残しがあるが、食べる気は失せた。MZDは珍しくバツが悪そうに、KKの顔を上目遣いで見て、言った。
「……わかるか?」
 KKは無言で頷く。MZDは元来陽気にテンションの高い男だが、今日は少々度が過ぎる。
「っか、俺もまだまだだなぁ」
 苦笑いを浮かべてMZDは匙をくわえたまま何か考えていた。パフェ用の長い匙の柄が、ひょこひょこと揺れる。程なく考え事の結末はついたらしく、MZDは匙をパフェの中へ突っ込んだ。
「ひとがひとり、死んだだけなんだけどね。昨日」
 KKはぴくりと身を強張らせた。
「あ、いやいやお前の仕事のアレじゃなくってよ」
 KKの考えを読んだかのようにMZDは手を振って否定する。昨日のKKの仕事も結局知ってるのか、と思うとそれはそれでげんなりする。KKは煙草に火をつけた。MZDはパフェの中に突っ込んだ匙をこね繰り回している。行儀が悪いというより、どこか上の空だ。
 沈黙することしばし。
「……まぁ、いんだけどよ」
 ぱくりと匙を口に運んでMZDが口を開く。
「次辺り呼ぼうと思ってた奴にさ、交渉しに行ったら事故ってて。あー、でもやっぱ惜しかったなぁ。」
「ふぅん」
 KKは煙を吐いた。慰めの言葉のひとつでも言えればいいのかもしれないが、今は自分が何を言っても白々しくしか響かないだろうと思う。だから、何も言わなかった。MZDはもくもくと溶けかかったアイスクリームを平らげにかかる。
「なんつか、やっぱあんまり見てぇもんじゃねぇな」
「そんなにひでかったか」
 MZDは頷いた。サングラスの下は伺えない。
「高速だからな」
「あぁ」KKは淡々と返す。特に知り合いのものなら尚更無惨に思えるだろう。
「どうにもならんの、そういう時」
 MZDは小さく頷いた。そか、とだけ返してKKは煙を吐く。予想はしていた答えだ。何とかできるならしているだろう。
「もうちっと早けりゃぁな、あいつに取られねーで済んだかもしんねぇけどな」
「誰に」
「そのうちわからァ。くっそ先にやられた悔しー」
 MZDはざくざくとパフェに匙を突き刺している。不機嫌とはいえ子供のような仕草にKKは苦笑した。この様子ならたいした落ち込みでもなさそうだ。

「なぁ、いっこ聞いていいか」
 店を出てからKKは聞いてみた。
「あん?」
「何で俺だったんだ?」
 仕事の上がる昼過ぎまでKKを待たなくても、MZDの交友範囲ならいつだって付き合わせられる相手がいるだろうに。それこそもっと、慰め上手も聞き上手もいるだろうに。
「ん」MZDは鼻の頭を掻いた。「何でかねぇ……」
 じっとKKをみつめて、MZDは突如手を打った。
「わかった」
「何」
「俺、慰めて欲しい訳じゃないんだわ。お前なら俺が何してても気にしちゃいねぇと思ったからだ」
 びし、とMZDはKKに指を突き付けた。
「……そうか?」
 KKは腑に落ちぬ顔で突き付けられた指を払い除ける。
「じゃぁ予想が外れて気の毒したな?」
 彼の様子を気にしなかった訳ではない。決して。
「んーにゃぁ?」MZDはにんまりと笑う。
「俺としちゃぁむしろボーナスよ?」
 皮肉な、けれど上機嫌な笑顔を満面に浮かべて彼の神は言い。
「案外気にしてくれてうれしいぜ、KK?」
 思わず一歩引いたKKを容易く捕まえ、その唇に接吻した。

「…〜〜にしやがるこの助平野郎ッ!」
 派手に殴り倒す音が辺りに響く。
 なべて世は、こともなし。


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 111ヒット記念粗品、「369」の藍様へ。
 何か所々微妙に消化不良を起こしている予感がするのですが(そんなものを差し上げるな)神ケ。ぬいぐるみに語りかけるようにKKに語ろうとする自棄食いMZDでした。
 MZD書けて楽しかったです、申告&リクありがとうございました!(04/08/7up)

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