『encounter』 ヘッドホンから流れる曲を口ずさみながら歩く。不夜城新宿とは言え人影の見えない深夜、今日は新月、空は快晴で雲ひとつ無い。 ニッキーが歩きながら腰でリズムを取るのにつれて、提げたずた袋から小さく金属のこすれ合う音がする。 言わずもがな、上機嫌だ。 ニッキーはガード下、ブロック塀、あらゆる場所をキャンバスとするグラフィティアーティストである。袋の中で音を立てるスプレー缶はその証し、身にまとう派手なツナギは実用も兼ねたものだ。新宿はニッキーが慣れ親しんだ活動場所からは少し離れているのだが、ここしばらく出張する事に決めている。 実にいい壁なのだ。大きさも手頃、深夜には人影も絶える。そして何よりいつ行っても綺麗に白紙なのである。どれだけ盛大に賑々しく色を載せて行っても、次に見ると無機質な打ちっぱなしの壁に戻っている。 壁面に載せた色が汚れる暇も無く、綺麗さっぱり洗い流されているという状況は、大変にニッキーの創作意欲を掻き立てた。消され続けることへの挑戦、という考えも無い訳ではないが、ニッキーは自分の描いたものがぐずぐずと中途半端な落書きで汚れたり、いつ描いたかも忘れたような過去の遺物がいつまでも残っているのを嫌う。それに比べれば、いっそ消し続けている相手に感謝のキッスを贈りたい程である。 壁は今日も無愛想にニッキーの到着を待っていた。上手い具合に人気は無い。ニッキーは鼻歌混じりにスプレー缶を取り出し、鼻歌のリズムに合わせてくるりと缶を回転させた。来る途中で今日何を描くかは大体決めている。 スプレーは扱うのにコツが要るが、ペンキと刷毛で描くより荷物は軽く、万一見つかっても撤収する時間がかからない。慣れれば線の強弱、広い範囲のべた塗りもグラデーションも意のままだ。よほどシャープな線が欲しければガムテープと新聞でマスキングすればいい。 赤、ピンク、ネオンカラーのブルーとグリーン、引き立てる白、引き締める黒。次々塗られる色が毒々しく、派手に存在を主張する。 派手なのがいい。主張を激しくするのがいい。うんといやらしく、滾る躍動を溢れさせるような画面を盛大に描いてみせたい。 ニッキーはスプレーを吹き続け、辺りに溶剤の甘い匂いが漂いだす。 「……ふぅ」 模様に紛れるようにわざと崩した字体で自分の名を記し、ニッキーは壁から一歩離れて仕上がりを見た。まず、いい出来だと思う。 「ふーん、ニッキーつーのか、お前」 突然声がして、ニッキーは背筋が引き攣る程驚いた。いつだって逃げ出す準備は万全のグラフィティアーティストだから周囲には常に気を配っている。確かに今の今まで誰もいなかった。 派手なサングラスに帽子、ハーフパンツの足をぶらつかせながら、謎の小男は笑う。 「なぁるほどねぇ。こいつぁ派手だわ。アイツが文句を言う訳だ」 口も挟めず呆然としているニッキーの隣で、男はひとりで何か納得して頷いている。 「いやね、ここを掃除してる奴がぶーぶー言ってたのよ。毎晩毎晩サカったガキのナニみたいな絵ー描いてんのがいる、ってな。うん成程ねぇ、面白いわ」 そう言うと、今度はニッキーの様子をしげしげと眺めだした。 「なぁ、ニッキー。お前絵描きな上に実はかなりの音楽好きと見た。どうよ?」 「ハ?」 ニッキーには状況がさっぱりつかめない。音楽は好きだが何がどう関係してそうなるのかわからない。しかし男はやはり気にする様子も無く。 「好きならこいつをプレゼントだ」 どこから取り出したのか、男は紙片をひらつかせた。チケットのようだ。 「気が乗ったらおいで、アーチストとして御招待」 勢いに飲まれるように、紙片を受け取った。名前は知っている、何度かは客として行ったイベントの名が記されていた。 「あぁ、言い遅れたがオレの名はMZD。カミサマと呼んでくれても構わねーぜ」 MZDはニッキーを見上げて笑う。 「待ってるからよ、ニッキー」 そして現れた時と同様、あっという間に姿を消した。 「誰が……何だって?」 ニッキーは呟き、らしくもなく突っ立っている。途方に暮れる、というのも生まれて始めてかもしれない。 紙片にはイベントの名前とライブハウスの名前だけが印字されている。署名の隣、冗談のように押してある「神」の三文判がいっそ笑えた。 「カミサマ、ねぇ」 チケットに日付が無いのは勝手な日に来いと言う事だろう。今から押し掛けて、ステージで何をしろというのかとっくり聞いてやろう。ニッキーはポケットに紙片をしまい込み、誰もいない夜道を歩き出した。 いい気分だった。 −−−−−−−−−
初書きニッキーです。某所のニッキーがあんまり可愛くかっこよかったので、書いてみたくなったのです。 の割に喋ってるのは一方的にMZDですが。こっそり裏にKKの存在が見え隠れしてますが。……ニキK? もう少し色々調べて書いた方がよかった気もあぁぁ。(04/07/17up) BACK |