『神様の仕事』

 彼を見たKKは、思わず立ちすくんだ。男はゆっくり振り返るとKKに気がついたようで、片手を上げた。
「よォ、今帰り?」
「あ……あぁ」
 呆然としたKKは、ただそれだけを返す。確かに今、KKは仕事帰りである。
 ただし、あまり表向きにできない方の。
 殺人請負業の仕事上がりに、いみじくも「神様」を自称する男に会いたいと思う人間もそうはいないだろう。KKの動揺をよそに、神様──MZDは先程まで見ていた方角へ視線を戻す。そして言った。
「ちょっと待っててな、一緒帰ろ」
「俺、急ぐんだけど」
「知ってら」
 MZDが見ている方角に、KKが今狙撃した部屋がある。それに気付いてKKは、身を強張らせた。
「すぐ済むからよ、ちょっとこっち来な。見つかりたくねぇんだろ?」
「……。」
 KKは一瞬戸惑い、それからMZDの横へ寄る。
 気圧が変わったような僅かな違和感があり、夜の街らしい喧噪が聞こえなくなった。音だけでなく、人も同じである。狭い道の真中で、通る人は自分達をすり抜けて行く。どうなっているのかはわからないが、確かにヒトには見つからないだろう。
 自分達のいる空間だけが、世界から切り取られているようだ。
 熱心に空を見つめるMZDにつられて、KKもその方角へ顔を向けた。
 と、不意にMZDの口元が綻ぶ。何か呟いたようだが、KKの耳には聞こえない。

 彼が嬉しそうに見上げるのは、KKが銃弾を撃ち込んだ部屋。窓から明るい夜に透けるように、何か白いものが現れた。
 白く、薄く、ほの明るく透けた、女性の姿に見える。女はこちらの方、正確にはMZDに向けて笑いかけると天空に上り、消えた。

「お前にも見えたか?」
 MZDの声にKKは我に返る。見るとMZDは人の悪そうな笑みを一層深くしていて、上機嫌と知れた。
「さ、黙って俺様の後について来い」
 くるりと踵を返して歩き出すMZDの背を数歩、見送ってKKは慌てて後を追った。
「なぁ」
「お?」
「あれ、何」
 追い付いたKKが問うとMZDは立ち止まり、KKの顔を見つめた。
「『あれ』はねぇだろうよ」
 MZDは不服げに口を尖らせ、しかし即座に元の上機嫌な表情に変えて続ける。 「まぁ、知らねぇだろーからしょうがねぇか」
 MZDは得意げに笑った。
「俺の女房だよ」
「は?」
 KKは思わず聞き返した。
「何だよ、女房居たのとか言うなよ?この指輪は伊達や酔狂でしてんのとは──」
「いや、それは知ってる」
 左手をひらつかせて薬指の指輪を誇示するのを遮り、KKは言った。
「あんたのかみさんが何であんなところに?」
「美人だろ」
 確かに、美人だった。MZDが自慢するのも無理はない、と頷いてからKKは気がついた。
「答えになってねぇよ」
「あー」
 MZDは照れたようにも、困ったようにも見えた。彼女の消えた方角へ一度目をやり、笑う。
「あいつは言うなれば死と破壊の女神だからな」
「……そりゃ、初耳だ」
「当たり前だ、初めて言うんだから」
 KKは感じたままの疑問を口にした。
「あんた以外に『神様』っていたんだ?」
 神や仏を特に信じている訳ではないが、神様の仕事に分担があるとも思っていなかった。
「まぁ、うん」
 MZDはサングラスを外し、レンズを拭う。
「元はと言えば2人で作ってたんだ、この世界。でも2人揃って創り続けると収拾がつかないんだな。で、創る方と壊す方に別れる事にした、と」
 KKは目の動きで続きを促した。
「ほんとを言えば、始めるより終わらせる方がしんどいんだがな……」
 普段を思えば意外な程しんみりと、MZDは続ける。仄かに自嘲の響きすら感じる笑顔は、MZDの年齢をいつもよりずっと高く見せていた。
「でもあいつが言う訳よ。俺にゃ壊す方は無理だって。自分が作って愛したものを壊し続けて、作ったものに恨まれる仕事に耐えられる筈がないってな」
 MZDはKKに視点を戻して肩を竦め、皮肉と言うよりは困ったように笑う。
「好き放題散らかして、好きなもんの中で踊り狂ってる方が、俺には似合いだって」
 KKは相槌にしか見えないように気を付けて、頷いた。さして長いとは言えないつきあいだが、正論だろうと思う。
「だから俺様は創り、あいつは壊す。2人でひとりなのよ俺達は。」
 湿っぽい話はこれでおしまい、と言わんばかりの明るい声で言うMZDにKKは所在なく相槌を打った。
 微かな違和感がある。
 先程、女を見たMZDはやけに嬉し気だった。愛しの女房、といつも言っていたから当然夫婦一緒に住んでいるものだと思っていたのだが。
「普段会えねぇ、のか?」
 KKの問いにMZDは頷いた。
「住んでる次元っていうか時空っていうかな、違うのよ」
「じゃぁ、さっきのは」
「人が死んだろ?」
 神様はにまりと笑い、それきりKKに背を向けて歩き出した。
「俺の世界からあいつの世界に、そん時だけ道が繋がるんでね」
 KKから見えるMZDは背中だけで、彼がどんな顔をしているのかは伺えない。
「だから運が良けりゃ、あいつに会えら」
「……」
 KKは何を言っていいのかわからないから、MZDの後ろを黙って歩く。沈黙の意味を酌んでか、MZDは苦笑を浮かべて振り向いた。
「まぁ一応手紙だのメールだの電話だの、ってことはいつもしてんだが」
「そうなのか」
 MZDは背後に佇む影を親指で指す。
「こいつがな、届けてくれる」
 異形の影ははにかむように頷いた。
「そっか」
 KKは何故かほっとして、頷き返す。
「抱き締めたりすんのは無理だけどな」
 MZDは伸び伸びと深呼吸をした。
「でも、この時だけは同じ空間に立っていられるんだ」
「嬉しそうだな」
「嬉しいからな」
 MZDはてらいもなく笑う。
「あれだ、明日への活力って奴?あいつの顔見ると、あいつが持って行き甲斐のあるもん創んなきゃって気になる。」
 KKは目を細めてMZDを眺めていたが、ふと思い至って鼻白んだ。
「じゃ何か、この世はみんな手前のかみさんへのプレゼントか」
「あー?何言ってんだお前」
 不本意げなMZDの顔が、KKの目の前へ寄せられる。
「その前に俺が散々遊ぶ為にあるんだよ、決まってんだろうが」
 KKの鼻先に挨拶程度に唇を落とし、MZDは笑った。
「さてとお時間お有りなら、アリバイ工作に付き合うぜ?」
「今から飲みに付き合えと」
 普段なら、「仕事」上がりにまして神様と酒を飲みに行く気分になることはないのだが。
「言うなればあれだ、感謝のしるしって奴だ」
 これは神様の「仕事上がり」でもあるのだ、きっと。KKは、MZDの誘いを承諾した。
 2人の周りには、いつの間にか夜の街の喧噪と、人通りとが戻っている。


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 許すというより感謝、という神様も面白いんじゃないのかなーなんて。ひねくれた作り方をしてみました。別に歓迎してる訳でもないだろうとは思いますが。ちょっと冗長……かな。
 神様は、勿論自分が散々遊べないようなものを、愛しの女房に贈る気はこれっぱかりもないはずです。最後のプレゼントは多分自分。(05/05/28up)

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