『鬼の霍乱』 KKは自分のアパートの前でふと立ち止まった。彼の部屋は2階であるが、そのドアの前に1人の若者が立っている。 KKは首を傾げた。その影に見覚えがないからではない。むしろ見慣れた、と言った方が正しいその影の主ならば、KKが鍵をかけていないのも知っているし、普段ならKKが居ようが居まいがお構い無しに部屋に上がっているはずだ。……もっとも、最近少々御無沙汰ではあるが。 だから見上げる2階の外廊下で、部屋に入るのを躊躇しているその姿が不思議なのである。 「マコト?」 「あ……Kさん」 KKが階段を昇りながら声を掛けると、振り返った影はやはりマコトだった。 「何やってんだ、鍵なら開いてるぞ」 「うん」 するりと戸を開けて部屋に入るマコトの後に付いてKKも中に帰る。電気を付け、コンビニの袋を下ろした所でKKはまた違和感を感じた。 「マコト?」 KKの声にマコトが顔を上げた。その様子にあぁ、とKKは納得する。いつもより静かで、笑んでみせるタイミングがいつもより遅い。その笑顔に本来あるはずの張りが無い。 鬼の霍乱、と言う。いつも元気なマコトにだって疲れる事もあって当たり前である。この所、マコトはKKを訪ねて来なかったし数分足らずの電話も減って最近声を聞いていない。それだけ忙しくしていたのだろう。息を抜く暇もない程に。 本人が気付いているかいないかはともかく。マコトは負けず嫌いで弱音を吐きたがらないし、強情だから。 「なぁに、Kさん」 名前を呼んだきり、KKが何も言わないのを不審に思ったのか、マコトが口を開く。KKは口元を緩めた。 「飯はもう済んでるのか?」 「ううん……あ、そう言えば、まだ」 そうか、と答えてKKは腰を上げようとするマコトを制した。 「それじゃできたら起こしてやるから寝てろ」 は?とマコトが目を丸くする。 「ちょ、折角久し振りに来たのにいきなり寝ろって」 「時間無いのか?また仕事か?」 「いや、そうじゃないけど」 戸惑うマコトを余所に、KKはさっさと押し入れから布団を引っ張り出した。 「人の家で、話もする前から来るなり寝てるんじゃ」 「俺が客扱いしてないだけだ、気にするな」 「って、Kさーん!」 敷いた布団の上へころりとマコトを転がし、KKは起きようとするマコトの頭から掛け布団を掛けて押し倒す。 「起こすまで出てくるなよ」 マコトの頭上の電気を消し、念を押すKKにまだマコトは何かぶつぶつ言っていたが、不承不承目を閉じた。少し間があって、ぽつりとマコトが言う。 「……Kさん」 「ん?」 「もしかして布団、干したばっか?」 「いい天気だったからな」 KKが答えるとふうん、と少しくぐもった声が返ってきた。背後でごそごそと布団が動く気配がするのは、布団の中で居心地のいい場所を探しているのだろう。やがて、静かな寝息が聞こえはじめる。KKはくすりと笑った。 約2時間後、KKが布団に近寄るとマコトが不意に目を開けた。 「あぁ、すまん。起こしたか?」 マコトは首を横に振るが、起き上がっても眠た気に目元を擦る。寝起きのいいマコトにしては珍しい。 「……ご飯?」 「寝ててもいいぞ」 マコトはまた首を横に振り、布団からずるずると這い出した。 「食べる」 「そうか、温めてくるから少し待ってろ」 「……できたら起こしてくれるって言ったじゃん」 「よく寝てたからな」 卓袱台の前で不服そうに口を尖らせるマコトをKKは軽くあしらって台所に立つ。 「できる一歩前で止めてあるだけだ。文句言うな」 「じゃぁまさかKさんもまだな訳?」 マコトは時計に目をやった。時計の針は9時近くを示している。 「やだな、先に食べてればよかったのに」 KKは振り返りもせずに答えた。 「お前が折角、久し振りに来てるのにか?」 惚けたように目を瞬かせるマコトの目の前にKKは湯気の立つ丼を置き、そして再び台所へと踵を返した。 「Kさん?」 「いいから食ってろ」 「あ、うん」 マコトは箸を取って丼を覗き込む。うどんの上にひき肉と何か色々刻んだものを味噌炒めにしたものがかかっている。汁気は底の方に少なめに。味噌炒めは微かに生姜の匂いと豆板醤の味がした。 「旨いか?」台所から自分の丼と皿を2つ器用に抱えてKKが歩いてきた。 「うん」こくりとマコトが頷く。そうか、とKKはマコトの向かいに腰を下ろした。皿の中には肉野菜炒めと過熱したレタスらしきものが乗っている。 「これは?」 「レタスをちょっと湯がいて適当に味付けただけだ。食ってみな」 もぐもぐと、いつもより寡黙に食事が進んでいく。途中で付けたTVの、やけに明るいスポーツニュースの音声がどこか空々しい。 「Kさん」 マコトに呼ばれてKKは箸を止めて顔を上げる。 「……何か、あったの?」 「別に」KKはずるりとうどんを啜り込んだ。「何でだ?」 「いや、今日Kさん優しいから」 KKは丼を置いて溜め息をついた。 「普段そんなに冷たいか、俺は」苦笑するKKに、マコトは首を傾げる。 「そういう訳じゃないけど、何だろう……何か、変よ?」 「お前がか?」 「けーさんが。」 大真面目にダメ押しするマコトに、KKは苦笑で心中の溜め息を表わした。どうやら本気で自覚症状がないらしい。感覚が麻痺しているか、それとも疲れたと認めたくないか。重症だな、これは。 「変なのはお前の方だ。理由までは知らん、自分で考えろ」 「そう、かなぁ」 首を傾げるマコトにKKは力強く頷いて見せる。それきり再び訪れる沈黙に、TVの無意味にハイテンションな笑い声が響く。KKはスイッチを切った。 「変、ね……うん、変か」 やがてマコトが独り言のように呟いた。KKが目で問い掛けるとマコトは力なく笑う。 「いや……今日新宿で仕事だったのよ。TVの。だから済んだら絶対Kさんのとこに行って、久し振りに遊んで、ってずーっと楽しみにしてたんだけど」 マコトは溜め息をついた。そして笑う、というより泣きそうな顔で口元を歪める。 「いざ仕事終わって、Kさんのとこにも来て……これからだって言うのに、変だよねぇ」 肩を落とし、マコトは益々泣きそうな笑顔を深めて行く。 「全然頭、動かないなんておかしいよねぇ」 KKは煙草に火を付けた。紫煙を目で追いながら、言うべき言葉を宙に探す。 「マコト、俺の使ってる銃な、旧式だけどしっかりした作りの割といいもんでね」 淡々と喋り出したKKに、マコトは顔を上げた。 「でもいい銃だからって放っておいたらダメになる。使わない時はちゃんと弾を抜いて、丁寧に手入れして、だからよく動く。」 KKは視線をマコトへ移した。要領を得ない、といった面持ちのマコトに、淡く苦笑を浮かべる。普段のマコトなら、ここまで言えば解りそうなものなのに。 「本当にいい銃なら手間のかかる整備だって楽しいもんさ」 言葉を次ぎながら、微かにだけれど腹が立つ。マコトを雑に使いっぱなして放っておいた馬鹿は一体誰なんだ。KKはギリ、と煙草を灰皿に押し付けた。 「……たまには、手入れ位させろ。お前はその……手入れのし甲斐はある、えー何だ、」 段々小声になるKKの、その頬が微かに赤い。「まだ言わないとわからんか?」 マコトは自分の表情が柔らかくなるのを感じた。 「だっせぇなぁ……あぁもう、かっこわるー」 盛大な溜め息と共に吐き出されるマコトの台詞に、KKがちら、とすくいあげるような上目遣いでマコトを見上げた。 「一番イイとこ見せたい人にさぁ、気ばっかり使わせてどーすんだろ、俺」 マコトは掌を目元に当てて体を反らした。口元は笑っているが、覆った目元は泣きそうになっているに違い無い。しばらくそのまま黙っていたマコトが、やがてぽつりと口を開く。 「……ちょっとだけ…ちょっとだけ、甘えてても、いいかな……」 無表情にぽつ、ぽつと。KKはこくりと頷いた。 「ずっと、目が回る程忙しかったんだろ?」 穏やかで抑揚を抑えたKKの声に、今度はマコトが頷く。 「お前はタフだし、しっかり者で、よく気も回る。けどな」 KKは卓袱台をずらして回り込み、マコトとの距離を縮めた。 「1人で抱え過ぎなくて、いい」 銃に手入れが要るように、気を緩める暇もあっていい。KKはマコトの背中をぽん、とはたいた。 「お疲れさん」 「……うん」 小さい声で、それでもはっきりとマコトが答える。 「やっぱ、すこーししんどかった」 「よくやってるよ、お前は」 だから今はもっとわがままを言っていい。隣から頭を抱え込むKKの腕の中で、マコトは笑って目を閉じた。 「Kさん」 「何だ?」 「もう少し、布団借りてていい?」 小さい、それでも確かにいつもの調子を取り戻しつつある声で、マコトが言った。 「何なら寝付けるまで添い寝してやってもいいぞ」 冗談めかした笑いを浮かべるKKに、マコトが笑う。 「なぁに、ホントどうしたのKさん、大サービスじゃん」 「10年に1度の大安売りというだろう」 「竿竹屋じゃないんだからさ」マコトは布団に潜り込んだ。 「でも10年1度なら、お願いしようかな?」 布団の縁から顔の上半分を出して目で笑うマコトを、KKは布団の上からぽふぽふと叩いた。 「無理しないで、とっとと寝ろ」 「無理なんかしてないけど、さ」マコトはころりと寝返りを打つ。「……でも、そこに居てくれると嬉しい」 「あぁ」 KKは布団の横から手を入れて、マコトの手を握った。 「今日のKさん、ホント過保護」 「そうか」 引こうとするKKの手をマコトが慌てて握りしめる。 「ちょっとの間でいいから」 布団の中、背中を向けるマコトの表情は読めない。KKは返事代わりにただ手を握り返す。 「もう寝ろ」 空いた手を伸ばして電気を消した。 翌朝、体力気力ともに復活したマコトに押し倒されそうになる事を、KKはまだ知らない。 −−−−−−−−−
コピー誌「人生は上々だ」から自分に優しいリサイクル。再版予定もないからよいかと言い訳。古い割に気に入っていたりするし、案外うちのマコケの根っこのひとつかもしれません。 KKはマコトが嫌いではなく、友達としてはむしろ大事なのですが、問題はマコトが友達以上の仲に発展させたいと願っている所にあるのです。ある意味傍目には目も当てられないラブラブバカップルとも言います。(04/07/7up) BACK |