『宴席の掟』 忘年会、新人は全員参加である。そして1人1芸を見せることが恒例となる。 「頭の痛いとこではあるな‥‥。」 嶋本は手を洗いながら眉間の皺を深くして、ため息をついた。 石井は器用であるから心配はない。大羽は経験が豊富なのか、何をさせても危な気ない。タカミツは機転の利く方ではないが、愛嬌で乗り切れるだろう。 問題は、神林である。 場の空気は基本的に読めない。これと言った趣味も芸もない。不器用だと言う自覚すらないのではなかろうか。宴会芸に最も向かないタイプと言える。しかも今は自分の部下だ。見るのも怖くて座を外してきたようなものである。 「まー、心配したとこでしゃぁないか」 そろそろ戻ろうか、と思った時だ。 ばたばた、がんっ! 慌ただしく駆け込んできたのは高嶺であった。小脇に神林を抱えているのが見て取れる。 「何や、どないした」 「詳しい話は後。悪いけど水汲んで」 嶋本は渡された空のビールピッチャーを濯いで水を溜める。大体の予想はついた気がした。 「神林何やってん、宴会芸」 神林の背を擦ってやる高嶺に問えば、簡潔な答えが返ってくる。 「シュノーケルイッキ」 はぁぁ、と嶋本は首を振った。 「自殺行為やな」 「す‥‥すいません」 青い顔の涙声で神林がしきりに謝っている。 「いいから、吐けるだけ吐いちゃって」 「ビールでなら、何度かやったこともあるし、大丈夫って、思っ‥‥たんですけ、ど」 「喋らんと、とっとと吐け」 嶋本は呆れたように言って、半分程水の溜まったピッチャーを高嶺に渡した。 「焼酎渡されちゃったのが不運だったよね」 神林に水を飲ませ、高嶺は嶋本を振り返る。 「一ノ宮さん、ボトルで取ってたでしょう?半分位は残ってたんじゃないかな」 「止めたれや!神林も受けるなそんなもん!」 「だって、俺、他にできる芸、ないですし‥‥」 「誰かに相談するなり他の連中に混ぜてもらうなり、手はあるやろうが!阿呆!」 「まぁまぁ」と高嶺がなだめにかかる。 「ちゃんと全部飲み切ったもん。頑張ったよね神林君」 「いや、そういう問題とも違う‥‥」 ため息を飲み込むように、嶋本はこめかみを押えた。 「高嶺、俺は先戻るけど、神林を頼むな。それ以上飲まそうとする奴いたら止めたって」 「了解です」 席に戻る道程、ふと嶋本の頭に真田の顔が浮かんだ。そう言えば、あの人の宴会芸と言うものも想像がつかない。 まさか、という気がするのだが。 嶋本は首を振り、急いでその想像を打ち消した。 余談。 忘年会場に戻った兵悟を待っていたのは石井の憎まれ口だった。 「なーんね、みっともなか。飲めもせんもんばカッコ張って飲むからそがんことになるったい!」 隅っこで寝かされ、返事をしない兵悟を覗き込むようにして更に言う。 「兵悟君はD−T君な上に酒も弱かとねー。そがんこつで九州男児ば名乗れるとや?」 「メグル君に言われる筋合いはないよ」 意外な程しっかりと、はっきりした声で兵悟が口答えをした。 「メグル君なんて」 体を起こし、酒の入った視線で、真直ぐに石井を見据える。 「メグル君なんて、カルピスサワーで酔えるくせに!」 大きな声ではっきりと言い終わると、兵悟はまたぱたりと寝てしまう。 「ほっほーう」 石井は背後でいくつもの目が光るのを感じた。食べ量飲み量も自慢の内、という集団の中で、しかも宴会の最中に、新人が下戸だと知れるのがどういうことか。 「‥‥で、四隊の新人君はまさか先輩の酒が飲めないってことはないよねーぇ?」 「そういや真田を目指してるんだって?ならこの位飲めなきゃ嘘だよなぁ?」 「とりあえず、空けとけ」 方々からあっという間にグラスとジョッキが差し出される。逃げ場はない。 「大丈夫、俺達プロだし。救命士だってそこら辺にいるし」 先輩の笑顔がいっそ鬼だ。 「兵悟君、こいはわざとね‥‥?」 二度と心配なんぞしてやらん! 石井は引きつった顔で兵悟を睨み、とりあえずの1杯目を飲み干した。 −−−−−−−−−
真夏に忘年会ネタ。季節が反対じゃんよ、自分。 酒量はテケトーに決めたので、実地には移さん方がえぇと思います。というかそもそもイッキ自体やるべきこっちゃないですよ、もったいない! えーと、兵悟もメグルも好きですよ。九州語は全然自信がありませんが。 4巻競技会前夜フードファイトの、「カルピスサワーで撃沈する『らいこう』潜水班」が好きです。「酔うたぁ‥‥」「眠かあ‥‥」下津浦班長、大好きだ。(06/07/04up) BACK |