『ビデオテープ』 新人隊の研修も終わりに近付いてきたある日の事。 「うわ、懐かし!まだあったんですかこのビデオ」 嶋本が持っているのは1本のビデオテープである。 「ちょい借りてえぇですか」 やけに楽しそうな様子を見れば、自然その内容に興味が沸く。 「何ですか、それ?」 「おう、えぇとこに来たな。お前らも見るか」 神林が尋ねると、嶋本は上機嫌に新人隊を手招いた。 ミーティング室のビデオにテープを入れ、再生ボタンを押す。写し出されるのは巡視船の甲板、後ろにヘリの音がする。飛んでいるヘリから巡視船の狭い甲板に降りる、スライドリペリング降下訓練の様子であった。 高度なテクニックであるだけに、修得までに幾多の失敗を繰り返すのが常である。その数々の失敗の中から厳選した映像を集めたビデオも、訓練を始める前に見せられた。 「こないだ見た『珍プレー特集』ですか?」 「の、元になるやっちゃな。まー見とき」 画面ではまた1人、新人隊の制服に身を包んだ青年が降下してくるところだった。着地する足下が乱れ、派手に転倒して甲板の設備にぶつかる。 「あ、これや」 嶋本はビデオを巻き戻す。 「誰やと思う」 「?」 問われた神林達は、画面をじっくり見た。言われてみれば、見覚えがある気がする。新人らしい細身の体ではあるが、長身でバランスの取れた体つきと、鍛えられた体に漂う緊張感。 「あ。」 「お、わかるか神林」 「これ、真田さんですか?」 「そうや」 嶋本の返答とどっちが早いか、石井が悲鳴を上げる。 「嘘やー!真田隊長はあがんみっともなか失敗ばする人じゃなか!」 「阿呆ぬかせ、これ初降下やぞ。お前ら自分の記憶と比べてみぃ。」 嶋本は再びビデオを巻き戻す。と、背後のドアが開いた。当の真田が顔を出す。 「嶋本」 「あ、はい。ここ使うんですか?」 嶋本は素早くビデオを止めて画面を消す。 「いや、そういう訳じゃない。これを見ようと思ってな。」 真田の手には1本のビデオテープがある。 「ついでだから皆も見て行くといい」 「何です?これ」 いぶかりながら、嶋本はビデオを入れ替え、再生ボタンを押す。写し出されるのは巡視船の甲板、聞こえるのはヘリの音。前のテープと同じく、スライドリペリング降下訓練の記録であるようだ。 上空のヘリから1人、降下してくる。 「………!」 新人隊の間に緊張が走った。聞かれるまでもなく誰だかわかる小柄な体つき。テレビ画面の中で見ると嶋本の体は一層小さく、どこかおもちゃのようですらある。 嶋本の失敗ばかりを集めたものであるのは、すぐに知れた。 舷側に突っ込む、海に落ちる、甲板の設備に激突する。 NG画像としては大変に面白いのだが。 (笑ったら殺される……!) ひとり笑えば全員に、嶋本の鉄拳が飛んでくるに違いない。新人隊のヒヨコたちは、ぷるぷると肩を震わせながら耐えた。 沸き上がる笑いを耐えるのは、中々に辛い。 画面の中では嶋本が、今度は綺麗に着地を決めた。素早く索から離脱して上に合図を送る。 ほ、と一瞬気を抜いたのが悪かった。 ガッツポーズで喜ぶ新人嶋本が、教官に蹴り飛ばされるシーンに耐えられる根性など、どのヒヨコにも残っていなかった。 「……ぶっ……」 最初に吹き出したのは、大羽だったか石井だったか。 「笑うなぁー!!」 言うが早いか嶋本は後ろ回し蹴りでまずは2人をなぎ倒し、着地した足を入れ替えて残る2人を刈り倒す。やっと真田から取り上げたリモコンでビデオを止め、嶋本は声を張り上げた。 「誰ですかこんな阿呆なビデオ作って持っとるよなボケナスは!」 「五十嵐機長だが」 ぴた、と嶋本の動きが止まる。そして顔が青くなる。 「嶋本がそう言っていたと伝えておこう」 真田の言葉に、嶋本はがっくりとうなだれた。 「俺が悪かったです堪忍して下さい」 「よし」 相変わらず、五十嵐機長に対する嶋本の姿勢は絶対服従であり、2人の間に過去何があったのかは、謎である。 −−−−−−−−−
いじ スライドリペリング降下は考えれば考える程どえらい高等技術と思いますので、こんなこともあるといいなぁと。 もとはと言えばコンビニコミックスの2冊目、巻末オマケの部分に「男ばかりの職場だとかわいいものに弱くなると女性機長が言っておられました」と書いてあったのを見て、あぁ嶋本さんとかと思ったのが最初です。可愛いと軍曹がほぼイコール、大丈夫か私。でも機長なりに可愛がってるんだと思うよ……あれは……。小動物。 ……隊長は、偶々ビデオを借りてたんじゃなしに、ダッシュで航空基地まで行って借りてきた位の阿呆加減でいいと思います。(06/02/28up) BACK |