「卵焼きの問題」「学校をさぼって他所の学校に来てるのも妙な感じだけど」
壬生が牛乳の紙パックを潰しながら呟いた。拳武館高校の制服に身を包んだ彼が佇むのは真神学園の屋上である。時刻は昼休みの少し前で、他校の生徒が校内に紛れている事に気がつく者もいない。普段は旧校舎での鍛練は放課後にするのだが、今日は午前中に潜る事になったのだ。
「わりーな、サボらせちまって」龍麻がコロッケパンの残りを口に放り込みながら苦笑した。
「でも京一の補習が終わるまで待ってらんねーもん」
うるせぇ、と京一が龍麻を睨み付けた。
「同じ位休んでるくせに何でひーちゃんは補習無しなんだよ。理不尽だぜ」
「そりゃお前、頭の出来の違いだな」
「さらりと返すんじゃねぇぇ!」
ぶん、と京一が振り回した木刀を避けて龍麻が距離を取る。しかし反撃に出る前にふと一点に目を向けた龍麻は進む向きを変え、村雨の前で足を止めた。視線はその弁当箱に注がれている。
「何だい先生。」
「いや、うまそーな卵焼きだなーと思って」
村雨はため息をついた後、黙って龍麻に弁当箱を差し出した。嬉しそうに残り少ない卵焼きを摘み取った龍麻が、もぐもぐとそれを食べ終わって、しばし。
「なぁ村雨」
「もうねぇよ」空の弁当箱を示す村雨に、見りゃわかる、と龍麻は首を振った。問題はその後だ。
「嫁に来る気、ない?」
場の空気が完全に凍ったと言っていい。
「日本語で話せや先生」苦笑しながら村雨がさっさと弁当箱を鞄の中へ片付ける。
「見なよダンナの引きっぷり」村雨が親指で指した方向では如月が忍び刀に手をかけながら硬直していた。ちなみに醍醐は石と化し、京一は木刀を抱いてフェンス際まで後退している。壬生はと言えば口元を押さえ、肩を震わせ必死に笑いを堪えているようだった。
「要するに、あんた卵焼きが好きなんだな?」
村雨の言葉に龍麻が力強く頷いた。
「んで俺に作れっつーんだな?」
「お前、話の分かりが速いから好き。」
「自分で作れよこんなもん…」
「できたらこんな事頼まない。」龍麻の目が真剣味を帯びてくる。
「葵の姐さんにでも頼めばいいだろうに」
葵と小蒔は現在授業中でこの場にいない。瞬時、龍麻の動きが止まった。
「…葵の卵焼きはすげー旨いんだけどさ。だけど!」
ぐっと拳に力を入れる程白熱する事か、卵焼きが。
「俺はだし巻きでない卵焼きも好きなんだ!」
「そーかい…」げんなりと肩を落とす村雨を責める者はいなかろう。
「じゃ、おふくろさんに作ってもらうんだな、俺帰るからよ」
「だからそうそう作ってもらえたらお前に頼んだりしねぇってばー!」
すたすた去って行く村雨の背中を追って龍麻が消えた。
「俺…ひーちゃんの頭って時々ついていけねぇ…」
がっくりと腰を落とす京一の肩を醍醐が叩いて慰める。
「お前だけじゃないさ」
吹き抜ける初冬の風は空の高みを吹き抜けて行った。