「rival」
 龍麻は困惑していた。
 原因は、旧校舎特訓に呼んだ面々の内、2人…裏密ミサと御門晴明である。現在2人の位置は龍麻の背後数メートル。それでもそこから漂う異様な気配が、振り返るまでもなく感じ取れた。
 それは険悪とは言い切れないが、友好的とも受け取り難い、一種の緊張感である。
(…人選、誤ったかなぁ)
 間合いの内までやって来た、犬っぽい見かけの妖怪を一気に吹き飛ばしながら龍麻は考えた。同じ仲間の内とは言え、色々と相性の合う合わないがあるのを龍麻は知っている。馬が合わないという領域を超えて、険悪な仲にならないよう、間を取り持つのも龍麻の役目ではある。
(ま、聞いてみるのが早いかね)
 龍麻はそっと2人を振り返った。

 次の日の放課後、龍麻は霊研の部室に足を踏み入れた。
「ミサちゃんいるかーい?」
 返答が無い事に首を傾げながら、龍麻は更に歩を進める。暗幕のはり巡らされた室内はほの暗く、書籍や水晶玉、その他龍麻には使い道がよく解らない道具やアイテムの類があちこちに置かれていた。それぞれの配置は全体に乱雑で、その様子自体がまたオカルトな印象を与えているが、不思議と悪い感じはしない。
 そう言えばこの部屋を落ち着いて見るのは、初めてかもしれないな、と龍麻は思った。
「部屋は、人を表わす…か」
「なァに〜〜?」
 龍麻がびくりと振り向くと、開けっ放しにしていたドアから裏密が入ってくる所だった。軽く手を上げて挨拶すると、裏密はゆっくりと口角を持ち上げていつもの笑みを浮かべる。
「ひーちゃんがいるなんて、珍しいこと〜もあるの〜ね〜」
「ん、ちょっと聞きたい事があってさ」
 裏密は考えるように小首を傾げた。
「なぁに〜?」
「あのさ」裏密には、むしろ率直に切り出した方がいい。「もしかしてミサちゃん、御門、嫌い?」
 龍麻の問いに、裏密は再びにーっと笑みを作る。
「嫌〜い〜」
 ひどく楽し気に聞こえるのは何故だろう。
「そっか。じゃぁ、今度から御門がいる時は呼ばない方がいいかな?」
 そう言った龍麻を、しかし裏密はじーっと見つめて、言った。
「それ〜は、ちょっと違う〜。」
 今度は、龍麻が小首を傾げる番だった。
「ひーちゃん、今時間ある〜?」
 龍麻が頷くと、裏密は口元を綻ばせ、手前の椅子を指差した。
「なら座って〜」
 そして自分も机を挟んで向かい側の席に座る。何だか占ってもらいに来た気分だね、と龍麻が言うと裏密は独特の声を上げて笑った。

「で、それで…御門の話だけど」
 龍麻が促すと、裏密は考えをまとめるように少し黙った。
「ひーちゃんは〜『渾沌』の話を知ってる〜?」
 龍麻は頷いた。中国の古話である。
 ある所に渾沌という、目も口も鼻も耳もない神がいた。この神が、ある時訪れた2人の神を手厚くもてなし、感謝した2人の神は、お礼をしようと考えた。相談の結果、渾沌に目と口と、耳と鼻と、そしてそれに附随する楽しみを与えるのが良いだろう、と言う事になり、そして彼等はそれを実行に移した。渾沌の体に各器官に見立てた、7つの穴を開けたのである。
 すると、渾沌は死んでしまった。そういう話だ。
「ミサちゃんはね〜、渾沌が好きなのよ〜」
 でもね〜、と裏密は続けた。
「御門く〜んはミサちゃんが折角作ったカオスを〜、全〜部理論と法則で片付けちゃうの〜」
 あぁ、そうかと龍麻は頷いた。裏密が好む世界を、御門は全て破壊してしまうのだ。しかも悪気なく。
「だから、御門くんは、嫌い〜〜」
 成程ねぇ、と呟く龍麻に、裏密はにまーっと笑った。
「嫌い、だから〜」
 言いながら、裏密は常に持ち歩いている人形を胸に抱き寄せる。
「御門く〜んが対処し切れない程〜のカオスを作るのが〜ミサちゃんの夢〜」
 人形に頬擦りしながら、裏密はひどく嬉しそうに笑った。そうなった時の御門を想像して、龍麻も何となくおかしくなって、笑った。
 自分の手に余る様な不可解なものを目にした時、御門はきっと嬉しがるに決まっている。その全てを0と1とに分け切るまでは、その不可解なものは御門に与えられたパズルなのだから。
 そして問題が解かれるまでに、裏密はまた新しく問題を作り直すのだろう。恐らくは、嬉々として。

 対極の位置にあるが故に、御門と裏密はよく似ているのだ。

 御門が来る時には裏密も呼ぶ、という約束をして、龍麻は霊研を後にした。来る時に考えていた事とは逆の結果に、龍麻は淡い笑みを浮かべる。安堵と、昨日とは違う原因の微かな不安と。
「好敵手…ね」
 もしあの2人が本気で術を交える事になったら、相当手に負えない事態になりそうな気がするが、その時はその時に任せる事にしよう。
 秋深く、校舎は既に黄昏の中に照らされている。逢魔ヶ時、大禍時などと称される、昼にも夜にも分けられない渾沌の時間だ。
 ふと、御門ならこの時間も昼と夜とに分けられるのかもしれないな、と龍麻は思った。そして御門と力を互角としている裏密なら、昼を夜に変えるかもしれない。
 校門の手前から龍麻は霊研を振り返る。陽光の最後の照り返しが窓ガラスに輝いていた。

終わり。(01/8/6)
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