「憧れの忍者屋敷」
 廊下の奥で激しい音がした。この家の主、如月翡翠はその音の場所に赴き、眉を潜めた。いかなる仕掛けか、縄で縛り上げられて宙に浮いているのは雨紋である。
「人の家で仕掛けを探して遊ぶのは止したまえと言っただろう、雨紋」
「でもやっぱりこういう所に罠が仕掛けてあるンだな、さすが忍者だぜ如月サン!」
 釣り下げられたままの雨紋は妙に嬉し気である。如月はこめかみを押さえた。
「全く。懲りない様なら別に料金を貰うよ」
 如月の言葉に雨紋が眉を下げる。
「ゲ、勘弁して下さいよー、オレ様今月ライブで金無いッスよ」
「なら今後気をつける事だね」
 雨紋を下ろしてやるべく一歩如月が踏み出したその時である。
 がたん。
 物音と共に如月の体が宙に浮いた。
「…不覚ッ…」
 仕掛けを二重にしておいたのを、すっかり忘れていたのである。

「如月サン、縄抜けとかできないンすか?」
「抜けられる様な罠を仕掛けても意味はないだろう」
 この状態で自慢になる話では決して無い。
「じゃぁどーするンすか?」
 如月が黙っている内に表の方から足音が聞こえた。やがて、ひょいと現場を覗き込んだのは村雨である。呆れたように瞬きした後に息を吐き、頭を掻いて、村雨が口を開いた。
「自分で仕掛けた罠に自分でかかってどーすんだよ若旦那」
「五月蝿い見てないでさっさとこれを切れ!」
 ざばっ。村雨の頭上から水の塊が落ちた。村雨はゆっくりと水の滴る髪を掻き上げて如月を睨む。
「…それが人にものを頼む態度かてめぇ」
 その手にひらめくのは目に艶やかな松・梅・桜に赤短の呪符。炎の勢いに弾かれて如月の下がった縄が大きく揺れ、…そしてぽとりと蛙が1匹落ちて来た。
 村雨の武器、花札・第六天…追加効果は、呪詛。
「如月サン、それって計算してたのか?」
 未だ縄の中で疑問半分感嘆半分の雨紋に、如月はどうやら胸を張っているらしいが如何せん蛙姿なので分かりにくい。
「同じ手は勧められないよ。君は打たれ強い方では無いしね」
「お前さんにだけは言われたくねぇ台詞だな、そりゃ」
 村雨のツッコミに蛙はふいと横を向いた。
「それに雨紋はライブ前で金が無い。その雨紋にものを売り付けるのは僕としても気が引ける」
 大麻の1つ位おごってやれというツッコミが無意味である事は、仲間の全員が知っている。
「いくらオレ様でも300円位は持ってるンだけどね…」
 雨紋の声に、蛙が考え込む様に一切の動きを止めた。
「そこで悩んでんじゃねぇよ商売人」村雨が爪先で如月をつっ突いた。
「待ってな、今何か刃物探して来てやるから」

 村雨の姿が廊下の向こうに消えると、如月が雨紋を見上げた。
「そろそろ腕が辛いんじゃないか?大丈夫か」
「まだ何とか大丈夫ッス」
 そうか、と如月は頷いた。「…そろそろ呪詛が解けてもいい頃合なんだが」ひどくきまり悪気な声に、雨紋は吹き出しそうになるのをかろうじて堪える。
「雨紋」
「何スか」
 再び足下からの声に、雨紋は如月の方へ目を向けた。
「後でここの仕掛けを直さなければいけないんだが、手伝う気はあるかい?」
 え、と言ったきり雨紋が絶句した。所謂忍術とは趣が違うが、それが雨紋の知らない忍者の知識である事には間違いない。これまで如月が絶対見せたり教えたりしてくれなかった事の1つである。
「いいのかい如月サン?」
 恐る恐る聞き返す雨紋に如月がこくりと頷いた。
「仕組みを知っておけば少しは罠にかかりにくくなるだろう?仕掛けを探される度にかかられていたのでは店の仕事に差し支えるしね。」
 そして不意に首を上げて「聞いているのか、雨紋?」と問うた。正直、雨紋の耳には話の半分も聞こえてはいなかったに違いない。それが証拠に彼の口から出た言葉はこうである。
「ありがとう如月サン!オレ様の弟子入りを認めてくれるンだな!?」
 何かが切れる音がした。
「こ…の、馬鹿者ー!」
 切れたついでに呪詛の効果も切れた如月が一気に大量の水を宙に呼び出し、その勢い諸共盛大に雨紋に叩き付ける。
「しばらく頭を冷やすがいい!」
 足音も荒々しく如月は去って行った。雨紋が忍者に近付く日はまだ遠い。


終わり。(01/8/22)
ミBACK
*8000HIT記念にはづきさんにさしあげたブツです。
だって今月ロクな更新してなくて寂しいんですもの…(爆)