*ここではSS未満程度の小ネタを展開するつもりです。
その19:
「…何のつもりなんだろうね、彼は」
手紙と一緒に龍麻から送られて来た、巨大なオレンジ色のかぼちゃを眺めて如月は溜め息を吐いた。
「ハロウィンには日本にいる連中でお前の家襲撃するからヨロシク」
ついでにお前の誕生日も祝ってやるから、と言い訳のように書き加えられたその手紙が届いたのは1週間前の事だ。ハロウィンという行事に馴染みはないが、如月とて知識としては知っている。
「提灯を作って飾れ、という事なんだろうな、やはり」
もう一度溜め息を吐くと、如月は愛用の忍び刀を手に腰を上げた。
ハロウィン当日。秋の日は短く、夕焼けも大分濃くなってハロウィンの百鬼夜行には頃合の空になった。
「ヒースーイッ」
一行の中でいの一番に門内に駆け込んだマリィが、次の瞬間悲鳴を上げた。
「どうしたマリィ?」
龍麻がマリィと入れ違いに店内に飛んで入り、目に入ったものに思わず唸る。
いつもの帳場は電気が落とされて薄暗く、辺りを照らし出すのはかぼちゃの提灯の中に仕込まれた蝋燭の光のみ。そしてその提灯は、帳場に端座する着物姿の、頭のあるべき場所に存在していた。
「かぼちゃ人間…?」
首を傾げる龍麻の後ろからマリィにしがみつかれた村雨が顔を出す。何か見覚えがあるらしく、呆れたように首筋を掻くと、村雨はすいと手を伸ばしてかぼちゃ頭のすぐ下に指を置いた。
見る間に着物の輪郭が崩れ、支えを無くしたかぼちゃが足下にどすりと落ちる。その下によく見ると紙切れが一枚。
「なんやぁ、式神かいな」
龍麻の背後から顔を出す劉の台詞に、村雨が口元を歪めた。
「留守番用に開発中、だとさ」
嬢ちゃん脅かしてどうするよ、なぁ?と村雨は横でむくれているマリィの頭をぽんと叩いた。
「如月、誕生日祝い3割減」
にこやかに龍麻が呟く。ようやっと奥から足音が聞こえた。
万聖節に幸いあれ。
(01/10/27)
その18:
「で、こう…松が1月、2月は梅、桜で3月」
「桜ナラ、4月ジャナイノ?」
「旧暦だからな」
旧暦、という慣れない言葉にマリィは首を傾げた。
「まぁいいさ、そういう決まりだってのだけ覚えときな」
笑う村雨の手元にはいつもの花札が並んでいる。
松、梅、桜、藤、菖蒲、牡丹、萩、芒、菊、紅葉、柳、桐。
鮮やかな12の絵柄とそれに対応する月をひとしきりマリィに教え、村雨は足下に散った手札を1つにまとめた。
「で、まず上から1枚引いて、早い月の方が親。ホレ引いてみな」
真剣な面持ちでマリィが山から1枚引き、村雨が次を引く。
「エート…フジ?ダカラ…4月」札の絵柄を村雨に見せてマリィが確認した。
「覚えがいいじゃねェか、じゃ俺のもわかるな?」ひらりと指を返して見せる札は、松。
「…ムラサメ、ズルイ。」
「ま、焦りなさんなって。役も知らねぇでいきなり勝負する気かい?」
「おーい、人数集まった所でそろそろ行くよ…なんだい、花札習ってんのかマリィ?」
声をかけた龍麻にマリィが明るく笑った。
「ウン!覚えたら一緒ニ遊ンデネ、オニィチャン!」
「ちょっと意外だったな」
旧校舎に潜り始めてしばし、龍麻が呟いた。
「何がですか」
傍らで御門が怪訝そうに龍麻に目を向けながら、易々と最後の化物を無に返す。先程見た事をざっと龍麻が話すと、御門はあぁ、と扇を口元に当てて微笑した。
「子供は子供に懐くと言う事ですよ」
「だーれがガキだって?」
言葉と同時に2人の後頭部に何かが当たった。振り返ると村雨が花札を納めた所だ。
「お前の事に決まっているでしょう」
答える御門は眉1つ動かさない。
「ふーん…で、どこがガキだって?」
「ソウイウコト、言うアタリガ子供ナンジャナイカナァ…」
やや左下の方角から聞こえる声は、可愛らしい少女の声。当然声の主はマリィである。
「…だそうですよ、村雨」
御門が扇を広げる動作に、メフィストの鳴き声が重なった。
村雨と御門、芙蓉が仲間になってまだ間も無い頃の一幕である。
(01/08/27)
その17:
壬生の部屋からは、川沿いである大きな花火大会がよく見える、という。
「つー事で、よろしくな!」
玄関先でにこやかに笑う龍麻を見て、壬生は軽くこめかみを押さえた。
「…龍麻、花火は6時からだけど」
現在時刻は午前10時である。
「買い出し行くのに付き合ってもらいたくてさ。入るよな、後4人」龍麻の問いに壬生は後ろを振り返って首を傾げた。
「花火が見えない人も出ると思うけどね」
「ま、その辺は早い者勝ちって事で。見えなくても構やしねぇ、て奴もいるだろうし」
壬生が怪訝な面持ちで龍麻を見る。花火を見るのが目的じゃないのか。
龍麻は何処吹く風で「ビールは1ケースで足るかなー、暑いしなー」と呟きながら踵を返して歩き出した。慌てて財布を掴み、鍵をかけて壬生が追う。
絶好の晴天下、蝉の声が一段と暑苦しい。
「集まって飲むだけなら普段と変わらないんじゃないのかな」
ぽつりと壬生が呟いた。
「それが何か悪いかよ?」
壬生は考えるように手の中の荷物に視線を落とした。ビールに枝豆、トマトに豆腐。龍麻の持つ荷物にはポテトチップに徳用焼肉セット3kg。
「……それも、そうだね」
「だろ」
何だか、それでいい気がした。
結果、花火が始まる頃にはほぼ全員出来上がっていたのである。
いつも通りの話。
(01/07/22)
その16:
夜半、枕元で携帯が鳴った。村雨は鬱陶しそうに髪をかきあげると、番号表示を見た。ため息を1つつく。
「…ンだよ先生」
電話の向こうが賑やかで、村雨は龍麻が麻雀に行くと言っていたのを思い出した。
「うわ、マジで寝てたのかお前」
笑いの混じる声は明らかに酔っぱらいのそれで。
「だから明日は早いんだって言ったじゃねぇか」傍らの時計が指す時間は午前3時半を過ぎている。
「で、何の用だよ?」
その言葉が終わるか終わらないかの内に、龍麻が盛大に声を張り上げた。
「1つ年食っておめでとーー!!じゃな」
がちゃん、ぷー、ぷー、ぷー。
あっという間に電話は切れた。 耳鳴りがようやっと納まった頃、再び電話が鳴る。
「そういや村雨、明日早いって言ってなかったか?」
村雨は返事をする気力もなく布団に倒れ伏した。
ロクな1年にならないような、気がした。
(01/07/07)
その15:
雨紋の部屋に遊びに来ている龍麻が本棚の一点で目を止めた。
「なぁ、これ見ていいか?」
龍麻が雨紋に掲げてみせたのは1冊のアルバム。
「恥ずかしいけどいッスよ」
雨紋はそう言うと麦茶の瓶を片手に階下へ降りて行った。許可が出たところで龍麻は有り難くアルバムを開く。
適当にばさり、と開いたページに貼られていたのはどうやら遠足の記念写真らしい。どこか大きな公園の芝生の上に、母親達と一緒に並ぶ揃いのスモックは一目で解る幼稚園児。
龍麻の手は、そこで止まった。
程なく軽い足音と共に雨紋が帰ってきた。
「あ、それオレ様が4つの時の遠足。どれがオレ様だかわかるかい龍麻サン?」
開いたページを覗き込んで雨紋が楽しそうに言う。
「これ…か?」
「あ、すげぇ。さすが龍麻サン」
例え龍麻でなくてもわかる、はずだ。
指差した先は金髪でこそないものの、茶色がかった明るい色の髪の少年。問題はその髪型で。
「ところでお前、その髪…クセ毛?」
「え、何でわかるンすか?」
写真の中の少年は、目の前の雨紋と同じヘアスタイルで笑っていたのである。
(01/07/02)
その14:
「ジャァ、来週ネ!約束ダヨ祇孔!」
帰り際に振り返るマリィの声に、村雨が縁側から手を挙げる。
「何だ、何か約束したのかい?」
「まぁな」
如月と将棋を続けながら村雨は口元を歪めた。
「嬢ちゃんのガッコが創立記念日だっていうからよ…と」
将棋盤が乾いた音を立てる。如月はあぁ、と頷いた。
「そう言えばそう聞いた。どこか、いくのかい?」
「ん、ちょっとな」
盤上から目を離さずに村雨は続けた。
「東京デズニーランド。」
如月は口元が引きつるのを感じた。駒を取り落とさなかったのがいっそ不思議な位だ。
「手が止まってんぜ、若旦那」
言われて慌てて駒を進める。
「何だよ、俺がウラヤスオオネズミと写真撮っちゃぁそんなにおかしいかよ」
言いながら村雨は手を進め、如月の番だと促した。
「……いや、別に…そう言わない訳ではないが…」
既に自分の日本語が怪しくなっている事に如月は気付いていない。
「旦那にも買って来てやろうか?ネズミ帽子とチュロス」
「慎んで辞退させて頂くよ」
如月の答えには殺気に近しい気合いが込められている。それを気にする風もなく村雨は相槌を打ち、ぱちりと駒を進めた。
「王手」
如月は慌てて盤上を睨むが、打開策は見つからない。
「く…。…待った。」
「待つもんかい。」村雨がにやりと笑った。
勝負には平常心が大事である、らしい。
(01/06/29)
その13:
弁当箱の蓋を開けた龍麻は顔を引きつらせた。
弁当箱の主体は小さめに作った空揚げ。サラダ菜を下に敷いてポテトサラダにうずらのゆで卵、添えてあるリンゴは当然の様にウサギ型に剥いてあり、芸の細かい事にご飯の片隅にはさくらでんぶでハートまで描いてある。
一言で形容すれば「可愛らしい」。そう、漫画に出てくる女の子のお弁当のように可愛らしい。
「何だよひーちゃんも隅におけないねぇ、誰がくれたんだ?」
「…そんな色気のある話じゃねぇ」
蓋を開けたまま無表情で呟く龍麻の背中をばしばしと叩いて京一は笑みを浮かべた。
「心配するなって、美里にゃ黙っていてやるからさ」
だから、違うのだ。と抗弁しても最早無駄な事を龍麻は知っていた。
「で?誰にもらったんだよ、小蒔やアン子じゃなさそーだしよ」
「…村雨。」
「まーた冗談キッツい事を」
笑う京一をよそに、龍麻は無言で弁当を食べはじめた。
前の晩、新宿で麻雀をした。今朝は新宿で用があると言うから新宿に住む龍麻が村雨を泊めたのだ。昨夜朝飯と弁当作りを賭けた花札に勝利したのは幸運だったと思ったのだが。
(やけに楽しそうに笑ってたのはこういう事か……!)
食べるのが恥ずかしい事この上ない。
「なぁ、ひーちゃん本当は誰にもらったんだよ?誰にも言わねぇからよ」
言わぬが花 、という言葉もある。
好奇心を露にして寄ってくる京一をもう一度睨み、龍麻は黙々と食べ続けた。
(01/03/25--*06/29改稿)
その12:
「ほらよ、嬢ちゃん」
「スゴーイ、アレ取ってキタノ?」
村雨からマリィに手渡されたのは一抱えもありそうな、巨大な熊のぬいぐるみだった。ゲームセンターのUFOキャッチャーの景品である。先日マリィが財布の中身をせっせと注ぎ込んでいたのを村雨が見ていたものらしい。
「大した手間じゃねぇよ」
礼を言うマリィに村雨はひらひらと手を振った。
「嬢ちゃんには一月前チョコもらってるしな」
言われてみればホワイトデーらしく、ぬいぐるみは可愛らしくラッピングされている。
「もしかして君が包んだのか?」
口を挟んだのは如月である。そこのゲームセンターでは頼めば別料金で包んでくれるのだ、と横からマリィが説明した。
「すると村雨、君は歌舞伎町のゲームセンターからここまでそれを抱えて電車に乗ったのか…?」
「悪いかよ」
悪くはない。確かに悪くはないが。
UFOキャッチャーに興じる博徒。ぬいぐるみを抱えて北区まで電車に乗る博徒。
「…笑ってしまう程似合わないな。」
「眉間にシワ刻んで言うセリフかそれが」
庭の鹿威しが澄んだ音を立て、メフィストがニャァと鳴いた。のどかな春の一幕である。
(01/03/21)
その11:
「あ、ちょっと待った醍醐」
戦闘終了後、白虎の変生を解こうとした醍醐を龍麻が呼び止めた。
「やー、ちょっと見せて欲しくてな?」
何事かと問う暇もなく寄ってきた龍麻は醍醐の手首を掴み、手相を見るようにくるりとその手を裏返した。そしてふむ、と呟くなり小蒔を呼ぶ。
「龍麻…一体」何だと醍醐が聞き終わる前に小蒔が歓声を上げた。
「カッワイー!ね、醍醐クン触っていい?」
小蒔が指差すのは醍醐の手のひら。そこには愛らしい桃色の、猫によく似た形の、肉球が付いていた。
「な、やっぱ虎な以上はネコ科だもんな」
龍麻も小蒔と一緒になって醍醐の手のひらをつついている。何だ何だと寄ってくる人数が段々増えて、醍醐は困惑したまま立ち尽くすのみであった。
(01/03/10)
その10:
飯食いに行こうぜ、と言い出したのは村雨だった。応じたのは壬生、如月、龍麻…いずれも一人暮らし、ないしはそれに近い状況下にある仲間である。
「ま、ウチ帰って作んのめんどくさいしな」
龍麻の言葉に、如月が何かに気が付いた様に顔を上げた。
「村雨、君は自宅生じゃなかったか?」
「いや、最近家帰っても俺の分ねぇし」
あっさりと村雨が答えるのに、如月の眉が寄る。
「外食ばかりしていると栄養のバランスがだな…」
言いさした時、背後で扇を閉じる音がした。
「では今日はお前の分はいらない、とマサキに伝えておきましょう」
御門の後を受けて芙蓉が無表情に続ける。
「久方ぶりに静かな夕餉でございますね、晴明様」
龍麻は半ば呆れて口を開いた。
「村雨ぇ、お前普段どこで飯食ってんだよ」
「どこって…マサキんとこ」
外食…と言えなくもないが、何かが激しく間違っている気がする。
如月は頭痛を抑えるべくこめかみに指を当てた。
(01/02/22)
その8:
今日は壬生の家に珍しく客がいる。
「やー、お前んとこって俺ん家から結構近いんだな」
部屋の中を見渡して笑うのは龍麻だ。何でも実家はここから自転車で来られる距離にあるらしい。
「あ、そうそう。これ、土産な」
ちゃぶ台の上にビニール袋が置かれる。湯飲みに茶を注ぐ手を休めて壬生が中を覗くと、大振りの柿がいくつか。無造作に入っている様子から買ってきたものではない事が一目で知れた。
「これ、君の家の?」
「いや、うちの5軒先の庭先から。」
にっこりと笑う龍麻。動きの止まる壬生に、どうした?と首を傾げている。
「…ちゃんと、断ってきたかい?」目眩を感じながら問うた壬生に、答えは一言。
「んな訳あるかい」
ひどくあっさりとしたその言葉に、壬生は額を抑えて立ち上がった。
「返してきなさい。」
手を腰に当て、お母さんの構えである。
「でもよ。」いつ持ってきたのか龍麻の手には包丁が握られている。
「もう切って皮剥いちゃった」
極めてにこやかに笑うと、龍麻はその一切れを壬生に突き出した。
「取りあえず食ってからにしよう」
「…しかし」
「断っちゃぁ来なかったがここの柿はフリーパスだ」
「何でまた」壬生は取りあえず差し出されたままの柿を受け取った。
「ガキの頃にそこの爺さんをおだてて以来、取っても怒られなくなった」
龍麻はにんまりと意地悪く笑った。
「…事にしとけ」
「しとけって龍麻」
壬生はため息をついた。そして手の中でぬるつく柿を口に入れる。甘く、十分に汁気の有る、いい柿だ。
「うまいだろ?毎年鴉と競争なんだぜ、ここの柿は」
「まぁね…」
龍麻がひどく嬉しそうなものだから、すっかり怒る気が失せてしまった。
壬生は腰を落ろし、半ば自棄のようにもう一切れを口にする。何だか妙に懐かしい味で、壬生は微かに苦笑した。
(01/02/07 ---*02/22改稿)
その7:
「戦闘の後の銭湯てのもいいもんだなー」
「ひーちゃん爺むせぇ」
龍麻の隣で京一がツッコむ声が湯気に霞む。今日は旧校舎帰りに銭湯に来ているのだ。開いたばかりの銭湯に、他の客はまだいない。
「にしてもよぉ、ちょっと熱いんじゃねぇか?」蛇口に手を延ばす京一を止めたのは如月だった。
「この程度で熱いとは言わないと思うけどね?」
江戸っ子好みの43度、と言う言葉が京一の頭をかすめていく。
「さすが如月サン!これも忍者の修行なンだな!」
ざばっと湯舟から顔を上げたのは雨紋…の声だが。
「…そっか、髪下ろした雨紋て、そういう感じなんだ。」
龍麻の呟き通り、一見別人である。ひっでぇなぁ、と髪を後ろに掻き上げて雨紋が苦笑した。
「それより如月サン!どの位息止められるか比べっこしないか?」
「雨紋。公共の場でそういうふざけた事は慎むべきだ。相変わらず勘違いをしているようだがそもそも忍術と言うものは……」
説教モードに入ると如月の話は長くなる。龍麻は体を洗おうと湯舟から上がった。その時だ。
「そう言えば如月サン!さっきの技なンだけどさ」
龍麻の視界の隅で、一瞬火花が散った気がした。
「馬鹿野郎こんなとこで電気出す奴があるかー!!」
龍麻が叫んだ時にはすでに遅く、湯舟の中は感電した仲間がぷかぷかと浮いていた。最もダメージを受けたのが如月であるのは言うまでもなく、雨紋はしばらく骨董店にすら上げてもらえなかったのである。
(01/02/04)
その6:
夜半、目を覚ました如月は、妙な気配に気が付いた。
今日は新年会からの流れで、この家にも10人ばかりの仲間が泊まっている。だから他人の気配がするのは当たり前の事だ、がしかし。
(…誰だ?)
如月が目を凝らしたのは障子の向こうである。障子の向こうは縁側であり、庭先だ。この冬空の下で、しかも夜半、人のいるような場所では到底あり得ない。
如月は枕の下に入れてある忍び刀を手に障子に近寄ると、勢い良くそれを開いた。縁側にいた影は庭先に転がり落ち…むくりと起き上がった。
「うわっ、何やびっくりしたぁ、あんさんかいな」
「…君か。」
へら、と愛想よく笑って見せるのは劉だった。勿論今日泊まっている仲間の内に入っている。如月は刀を収めた。
「丁度良い、君に言っておきたい事が有る。」
「何や?」
にこ、と笑う劉を睨み、如月は息を吸った。
「…そのいくつかの方言と芸人語が混ざった話し方は何とかならないか」
「そないな事言われてもなぁ…どないしていいか、わい困ってしまうわ」
劉の返答に如月のこめかみが痙攣した。
「喋る言葉はどれか一つにちゃっちゃと纏めぇちゅーとるのが解らんのか君は!!」
混ざっているのは君もだ如月。そして君も微妙に間違えている。
「うるせぇぞ如月何時だと思ってるんだ!!」
障子の向こうの怒号は京一のようだ。如月邸の夜はまだ深い。
(01/02/04)
その5。
「あれ、村雨今日はあのカッコじゃないのか?」
龍麻が首を傾げた。
「酒飲みに行くのに制服なんか着てくるかよ」
柳生との戦いも終わり、落ち着いた所で今日は新年会なのである。
「いや、そーじゃなく。ほら、こないだの」
「何だよひーちゃん、何かあったのか?」
横から首を出したのは京一である。
「いや、こないだ村雨と道でばったり会ってさ。瞬間誰だかわかんなかったんだ」
「そりゃひーちゃんが悪いぜ。何でこんな目立つ奴がわかんねぇんだよ?」
「…まぁ…私服だったしな…」
いつになく口が重い村雨。
「悪かったって。でもお前があんなかっこで歩いてると思わなかったんだ、マジで!」
「村雨、お前何着てたんだよ?」
京一の問いに答えたのは龍麻だった。
「ジーンズに黒のダッフル。」
京一が盛大に吹き出し笑い転げ、その会話を聞いていた者は一様に思ったのである。
「成程、それは解るまい」と。
(01/01/24)
その4。
天気予報通り雨が降ってきた。
新宿駅付近は傘の花が満開…などという可愛いものではなく、傘の森だ。
その中の一点にふと壬生が目を止める。
「どうした、壬生?」
傍らの龍麻の問いに壬生は無言で前方を指差した。その指の先にある傘を見て龍麻が笑う。
「おーい如月!」
龍麻の呼び掛けに振り向いた傘には確かに如月がいた。
「良く判ったねこの人込みで」
「傘に、覚えがありましたから」
如月の問いに壬生は答えた。
「そうか、こないだ君にも貸したからね」
例え借りていなくても、仲間ならきっと誰でもわかるだろう。
今時新宿の雑踏を番傘指して歩く男など如月以外にいるはずがないからである。
(00/12/21)
その3。
「すっごーいこれ、壬生クンが自分で編んだの?」
小蒔が眺めているのは壬生のマフラーだ。シンプルながら凝った地模様のそれは、作り手の熟達した腕前を現している。いいなぁとマフラーをいじる小蒔に壬生が躊躇いがちに言った。
「…よかったら、作って来ようか?」
「いいのッ?」
目を輝かせる小蒔に壬生が照れたように微笑む。
「まぁ、部活の内でもあるからね」
そう言えば、と小蒔が目を上げた。
「壬生クン、手芸部だったっけ」
暗殺者と手芸部。一見不似合いな組み合わせである。
「何で、手芸部なの?」小蒔の質問も無理はない。ややあって壬生が答えた。
「…怪我をした時に、重宝だから」
その場の人間が沈黙に沈んだ。クロスステッチチェーンステッチなみ縫いぐし縫い返し縫い。傷口の縫合はやはりまつり縫いだろうか。
違う。何かが違う。
「…壬生よぉ」
一帯が無言になる事しばし、村雨がぽつりと口を開いた。
「嬢ちゃんがおびえるようなネタはよせや」
村雨の背中にしがみついているマリィが顔を出しておずおずと問う。
「ミブ…今ノ、ジョーク…ナノ?」
一同注視の中、壬生は決まり悪げにこくりと頷いた。
「壬生、当分ジョーク禁止。」
龍麻の一言に全員が深く同意を示したのは言うまでもない。
(00/11/06)
その2。
「そういや先生、これ、何だかわかるか?」
飲み屋のカウンターで村雨は箸袋にボールペンで何やら書き出した。右から左へ流れるように書かれた文字は、紋様にも使えそうな美しい形をしている。
「何だ、アラビア語か?」
「御明察。最近知り合ったおっさんがそっちの出身でね」
「で、何て書いてあるんだ?」
箸袋をしげしげと眺める龍麻の問に、村雨は少し得意そうに口元を引き上げた。
「クソクラエ、って意味なんだと」
「どうせならもーちっと使える単語を覚えて来いよ、ボケ」
うんざりと、かつもっともな感想を述べると龍麻はその箸袋を器用に折ってみせる。
「箸置き。」
村雨は黙ってその『箸置き』の上に手にしたジョッキを置いた。
「使えねぇ事は一緒だと思うぜ先生」
ジョッキの重さと露でぐしゃぐしゃになったそれを、龍麻は村雨の襟首に放り込んだ。
…どっちもどっちと言う話。
(00/09/29)
その1。
笑う壬生を見かける事は、大変に珍しい事である。しかも原因が掴みにくい。如月はたった今縁側で突如吹き出した壬生に当惑していた。
「どうした壬生、…その、大丈夫か?」
如月に気遣わし気に問われて壬生は一応顔を上げ、すみません、とは言うものの、言い終わる前には再び口を抑えてくっくっと笑っている。
「放っとけよ」隣に座っている村雨が庭に西瓜の種を吐き出して言った。「大した事でもねぇだろうし」
しかし、と如月は眉を寄せる。吐いた種は掃除して帰れと小言を付け加える事も忘れない。
「ヤレヤレ」
村雨は腰を上げた。如月の後ろを抜けて息を殺すように笑っている壬生の背中を突つき、そして顔を上げた壬生をちょいちょいと指で差し招いて何事かをその耳に囁く。
3拍の後、壬生は体をくの字に折り曲げ、酸欠を起こさんばかりに笑い出した。
「…いい加減にしたまえ!!」
すっかり取り残された如月の奥義が炸裂し、ずぶ濡れの2人が大掃除をさせられるハメになったのはほんの余禄である。
(00/08/14)
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