「犬と雨と私達」

:緋勇龍麻(男)の場合
 静かに雨が降っている。人気の無い道を、1人如月骨董店へ歩いていた壬生は、電柱の陰から聞こえる物音に足を止めた。
「………」
 水を吸い、べこべこになった段ボールから顔を出しているのは1匹の子犬だった。周囲に、人は居ない。箱の前で身を屈めると、子犬は身を乗り出してくる。人なつこい奴だなぁ、と壬生は思った。
 濡れないように傘は差し掛けてやるが、壬生は手を伸ばそうとしない。自分のアパートで飼う事はできないし、もらってくれるアテも無い。所詮はここにいる間だけの、縁だ。
 どれだけそうしていたか、静かな足音がしたかと思うと頭上に傘の陰が差した。
「……龍麻」
 振り返った壬生の目に、同じく学生服の少年が笑う。
「子犬?」
 こくりと頷き、壬生は龍麻にも犬が見えるように少し角度をずらす。覗き込んだ龍麻は顔を綻ばせ、言った。
「なぁ、美味いのって赤白黒、どれだっけ?」
 笑う口元の、どこか目が遠い。
「赤、だね」
 壬生は淡々と答えつつ、犬を見る。雑種らしい、むくむくした毛並みの子犬が微かに首を傾げた。
「……食べる気かい?」
「まさか」龍麻はくすりと笑い、ぽつりと続けた。
「こいつ、黒だし」
 気まずく沈黙が流れる。
「そこで本気にするかね、お前も」
 ごつ、と壬生の頭を小突くと龍麻は手にした傘を子犬の箱に差し掛けた。
「如月んとこだろ?入れてくれよ」
 あぁ、と返事をして壬生は腰を上げる。少し進んだ所で振り返ると、子犬がじゃれついているらしく傘が揺れているのが見えた。
 いい人に拾われろよ。壬生はほんの少し、願った。

:高杉咲哉(女)の場合
 静かに雨が降っている。人気の無い道を、1人如月骨董店へ歩いていた壬生は、電柱の陰から聞こえる物音に足を止めた。
「………」
 水を吸い、べこべこになった段ボールから顔を出しているのは1匹の子犬だった。周囲に、人は居ない。箱の前で身を屈めると、子犬は身を乗り出してくる。人なつこい奴だなぁ、と壬生は思った。
 濡れないように傘は差し掛けてやるが、壬生は手を伸ばそうとしない。自分のアパートで飼う事はできないし、もらってくれるアテも無い。所詮はここにいる間だけの、縁だ。
 どれだけそうしていたか、不意に自分を呼ぶ声がしたかと思うと頭上に傘の陰が差した。
「……咲哉、それに桜井さん」
 振り返った壬生の目に、白いセーラー服の少女達が笑う。
「わっ、子犬だっ」
 身を乗り出す小蒔に場所を譲って壬生は腰を上げた。子犬は撫でる小蒔の手に人なつこくじゃれつき、舐める。その様子を眺めて微笑んでいた咲哉が、ふと呟いた。
「……壬生君、美味しいのって赤白黒、どれだっけ…?」
 うっかり耳にしてしまった小蒔がそーっと振仰ぐと、咲哉の瞳が心無しか遠い。
「赤、だね」
 答える壬生は淡々と、表情は変わらない。小蒔は思わず子犬を抱き締めた。
「た……食べるの?」
「まさか」
 小蒔の問いに咲哉はころころと笑い、壬生も静かに頷く。
「そ、そうだよねッ、まさかそんな…ねぇ」
 あははとぎこちなく笑う小蒔にそうよ、と和し、咲哉はにっこりと続けた。
「この子、黒だし。」
 咲哉の隣で壬生が再度静かに首を振る。
「さ……サクちゃん?」
 引きつったままの小蒔に、咲哉は愛らしい笑顔を傾げる。静かなだけに、空気が一層気まずい。
 小蒔の腕の中で子犬がふーんと鼻を鳴らした。目をやれば黒く円らな瞳で子犬が小蒔を見返してくる。どうにもこの子犬をこのまま置いておいてはいけない、気がする。
「…ボク、このコの飼い主、探してみる」
 小蒔は子犬を抱き直して立ち上がった。
「もしいい人が見つからなかったら、ボクが面倒みるよ」
 それが、多分この場に居合わせた自分の役割。よかったねぇと子犬を構う友人と仲間を、小蒔はほんの少しだけ遠くに感じた。

終わり。(01/12/04)
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