「父子の肖像」
 弦麻が死んだ、と言う知らせを聞いたのは、翌々日の、昼だった。
数日後、鳴滝は一足先に帰国する龍山翁を迎えに成田へ赴いた。
「龍山先生、お帰りなさい」
「うむ」
 龍山の腕の中に、赤ん坊がすやすやと眠っている。
「先生、その子が…」鳴滝の問いに龍山がうなずいた。
「弦麻と、迦代さんの…忘れ形見じゃよ」
 親友夫妻の、ただ一人の息子であるその赤子を見れば、鳴滝にもそれなりの感慨がある。
「あぁ、そうそう御主にな」
 続いて龍山老が取り出したのは、1通の書面だった。
「あやつの寝起きしていた後に残されていたものじゃ」
 弦麻の、最後の手紙。鳴滝はその封を切った。中に書かれているのはたった一言。

『すまんが息子を頼む。』

(…この赤ん坊が普通の生活を送られる様に先生と手配りしろ、そして再び空に蚩尤旗が現れた折には拳の術を教え、進むべき方角へ導け…か。)
 ただ一行の文面からこれだけの内容を読み取る事ができるのは、鳴滝と弦麻の長い付き合いの賜物である。
「何と、書いてあったな?」
「この子を…頼む、と」
 ふぉふぉ、と龍山は頷き、赤子を鳴滝へ差し出した。鳴滝が慣れない手付きで受け取ると、子供が目を覚ました。じっ、と鳴滝の顔を覗き込み、不意に笑う。
 赤ん坊に髪を引っ張られながら、鳴滝はため息を付いた。
 確かにこれからの子育ては、龍山老師の年では困難だ。道心老師は…年もあるが、何より今子育てをしている気持ちの余裕が無いだろう。神夷は住所不定の風来坊であるし、20歳前の龍蔵院は若すぎる。たか子嬢も若いし、これからの縁談に差し支えては可哀想だ。だから、父の役が自分に回るのは解らないでははないのだが…。
 しかし弦麻よ、私とてまだ独身の20代なのだぞ、解っているのか。
 二人で分け持った夏休みの宿題を結局弦麻の分までやるはめになった少年時代の思い出が、そして中国へ旅立つ際に自分と共に日本に残して行った事務仕事の数々が、鳴滝の脳裏をかすめていった。
「ぱ…ぱぁ!」
「ほ、初めて喋ったのう龍麻や」
 自分に笑いかけながらしきりに、どうやら父親を示すらしい言葉をくりかえす赤ん坊に鳴滝は苦笑した。
「…この子は、本当に弦麻によく似ている…」
 つい「引き受けた」と了承してしまう天与の何かがあるのだ。それに引き込まれて色々と割を食ったように思うけれど、どうしても憎めない。
「これも、宿星の導き…か」
「ぱぁ!」
 鳴滝はもう一度苦笑した。


お粗末。(01/1/15)
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