*ここではSS未満程度の小ネタを展開するつもりです。

その1:

 鬼哭村でも特にその大きさが人目を引く、雹の家を訪れる者があった。
「御免。雹殿は在宅か」
 鳥を象った面、そして頭巾と色調を同じくする鳥の羽根を思わせるマント。鬼同衆の中でも最古参に類する重鎮、嵐王である。
「雹様は、奥でお待ちでございます。こちらへ」
 無表情な少女の案内に付いて嵐王は廊下を歩く。歩きながら嵐王は、この生きるが如く動く人形を面の奥から観察していた。手先の器用な嵐王はからくりや細工が好きだった。
 そうしている内に、一番奥のひときわ天井の高い一室に到着した。巨大な人形にもたれるように座るこの屋の女主人が、極僅かに口元を引き上げる。
「おぉ、嵐王殿。仕上がったかえ?」
「うむ」嵐王は懐から油紙の包みを2つ取り出し、雹の手元へ滑らせた。「見本に借りたものも返しておこう」
 雹が包みを2つとも広げると、中にはよく似た形の歯車が2つ。片方に磨耗と僅かな破損の跡が見受けられる他は、大きさも形も寸分変わらない。雹は新しい方を手に取り古い方と見比べ、裏返して歯の線をなぞり、角度を変えてもう一度手の中の歯車を眺めて言った。
「嵐王殿」雹は袂からもう1つ歯車を取り出した。嵐王の持参した2つとよく似ているが、厚さが微妙に違う。
「新しい細工は無用とお願いしたはずじゃが」
「……もう1つ見本があるとは雹殿も人が悪い」
「ガンリュウに爆発されてはかなわぬからの」
 雹は人形が運んできた茶をすすった。
「しかしガンリュウに砲台を付ければさぞかし」
 ぶつぶつと言う嵐王を雹はじろりと睨む。
「無用じゃと申したであろう。壊れた方の歯車も無論、元に戻してくれるのであろうな嵐王殿?」
「仕方がない、今回は諦めよう」
 嵐王は不承不承2つの包みを受け取った。しかしその視線は今だガンリュウに注がれている。
 村一番の知恵者にして発明家の重臣・嵐王。腕は確かだが、しかし熱心であるが故に彼は改造マニアである。雹の持つ精巧なからくりは特に改造意欲をそそられるらしい。
「しかし雹殿、ガンリュウ程の大きさがあれば」
 未練ありげな嵐王の一言に雹は冷たい声で返事をした。
「お願いしたガンリュウの歯車、心待ちにしておりますぞ──嵐王殿」


(02/04/07)