『Many,Merry,I wish』
「マリィの誕生日ナノ!」
 如月の家で、にこりとマリィが指差したカレンダーの指し示す数字は12と24。
「へー、そりゃまた」窓際で振り向いた村雨は気のない応えを返す。
「クリスマスと誕生日でプレゼントは一緒にされるクチかい」
 からかうように村雨が口元を歪めると、マリィは首を傾げた。
「……ヨク、ワカンナイ」
 そして彼女はぱちりと1つ瞬きをする。
「誕生日モ、クリスマスイヴも、ローゼンクロイツでは何ノ意味もナカッタカラ。」
 いずれも365日の中の1つというデータ。成長する事すら拒絶するあの地で、誕生日とはむしろ1年で最も呪わしい日。
「そうかい」
 村雨の声が微妙に表情を無くす。マリィは村雨の隣に腰を下ろした。
「ダカラ殆ド、忘れてタノ」
 成長を祝う事も、祭日を楽しむ事も。
「じゃ、忘れてた分まで祝ってもらうんだな」
 村雨は少女の髪をくしゃくしゃとかき回した。マリィは猫のように目を細めて笑う。
「ネ、ムラサメ。聞イテ?」
「何だい」
「身長ネ、少シダケド伸ビタ」
 マリィは胸を張って笑みを深めた。忘れさせられた時間を、誇りを、彼女は少しずつ取り戻していく。
「よかったじゃねぇかよ」
「ウン。祝ッテ」
 村雨は再びマリィの頭に手を置き、さらりと撫でた。
「ま、めでたかった」
「ケーキがイイナ」
「調子にのんなコラ」
 冗談めかして笑うマリィの頭をこつりとはたいて村雨は手をポケットに突っ込んだ。指先に触れた感触で、そこにあるものを思い出す。
「その代りっちゃぁ何だが」にっと笑うと村雨はポケットからその物体を引き抜いた。
「こいつで遊ぼうや」
 村雨の掌に乗るピンポン玉大のそれは、透き通る中に白い雲のような模様を浮かべている。星神之玉、と呼ばれるものだ。旧校舎で拾ったものだという。
「何ダカ、ツメタイネ」
 マリィが指先でちょいちょいと突つく。冷気を操る星神の力を宿すと言われるその玉を、村雨は指先の加減でくるりと回して立ち上がった。縁側の方へすたすた歩くその後を、マリィがちょこちょこと付いてくる。
「嬢ちゃんはそこにいな」
 縁側の引き戸を開けて村雨は庭に下りた。ごそごそと縁の下からバケツを引きずり出す村雨に、マリィが身を乗り出して尋ねた。
「何スルノ?」
「まぁ見てなって」
 村雨は制服に付いた埃をはたき、池から水を汲んだ。片手にポケットから取り出した星神之玉、もう片方にバケツを持ってマリィに見せる。
「上手くいったら御喝采、と」
 村雨はぶん、とバケツを振り回し、勢いを付けて中の水を空に放った。間髪入れずに星神之玉を放り上げる。空中に舞った水の塊はぶつけられた冷気を受け、空に投げ出されたままの形で時を止めた。
「ま、こんなもんか」
 芝の上に転がった氷塊を拾う村雨に縁側からマリィが手を叩く。
「まだ早ぇよ」
 言うが早いが今度はその氷塊を宙に投げ、続けて使い慣れた彼の武器、花札を閃かす。
「猪鹿蝶・紫雷ッ」
 残像を宙に映じて舞う札から伸びる三筋の雷光は正確に氷を射抜いた。稲光は目標を破壊すると同時に消え、後には粉々に砕け散った氷の破片が空に留まっている。
 帯びた電気を一瞬チカ、と吐き出すと、氷片は重力に従ってゆっくりと降りだした。穏やかな冬の日射しは降り注ぐ氷の粒を様々に輝かせ、所々にうっすらと虹の色が見える。
 ほう、とマリィが感嘆の溜め息をついた。
「ほれ拍手」
 思った以上の結果らしく、村雨が得意げに振り返る。
「スゴイ、キレイダッタヨ祇孔ッ」
 上気した頬に満面の笑みを浮かべてマリィは惜しみ無く拍手した。村雨は照れくさそうに会釈し、バケツをもとあった所へ蹴り込むと庭から上がった。
「如月には内緒な?」
「ウン、誰ニモ言ワナイヨ」
 声を一段低め、2人は悪戯っぽく笑う。そこへ廊下から声がした。
「何が内緒なんだい」
「何でぇ、居たのかよ若旦那」
 頷く如月の手にした盆には湯飲みが3つ、土瓶が1つ。蜜柑を盛った籠が座卓の上に乗った。
「一息入れようと思ったんだが。僕が店にいる間2人で何をしていたのかな?」
 微笑む如月の目が笑っていない。
「別に、なぁ?」「ネ」
 2人は見交わして首を傾げる。胡散臭気に眉を寄せる骨董店主に、村雨はくつくつと笑った。
「嬢ちゃんの成長を祝ってただけだよなぁ?」「ウン」
 如月はただ溜め息をもってそれに返した。
「……うちを壊すような真似は慎んでくれたまえ」
「ソンナコト、シテナイヨ」「な」
 にまにまと笑う2人に、如月は黙って土瓶から湯飲みへ焙じ茶を注ぎ分けた。

 帰途。
「マタ、サッキノ見セテクレル?」
 隣から見上げるマリィに、村雨は僅か視線を上げて考える。
「今度はまた別のを考えてくるわ」
「ウン、楽しみニシテルネ」
 そう言うとマリィは村雨の袖を掴んで爪先立った。じっと村雨の頭上まで視線を上げ、ぱっと手を離して村雨の数歩前へ出る。
「……大きくナリタイナァ」
「なりゃぁいいじゃねぇか」
 苦もなくマリィに追い付いて村雨が言った。マリィはただ笑顔で村雨を見上げる。
「好きに飯食って好きに寝て遊んでりゃぁでっかくなるんだぜ、知らないか?」
 どこまで本気か解らない口調の村雨に、マリィは小首を傾げた。
「……ソレ、ムラサメダケノ話ジャナイカト思うンダケド」
「疑うんなら紫暮の兄さんや醍醐の旦那やらアランの馬鹿に聞いてみたらどうだい」
 マリィは首を傾げたまま考えていたが、不審げに口を開いた。
「大きい人バカリダネ」
「実績のありそうな連中を並べてみたんだがね」
 ウーン、とマリィは困ったような表情を浮かべる。
「運次第って分なら俺の運を分けてやってもいいぜ?」
 マリィはくすりと笑った。
「気持ちダケモラッテオクネ」妙に大人びたもの言いをすると、マリィは村雨の腕につかまった。そして再びぽつりと言う。
「マタ、祝ッテクレル?」
 彼女の表情は影になって見る事ができない。
「当たり前じゃねぇか」
 ちら、とマリィの金髪を見下ろして村雨は続けた。
「めでたい事は多い方がいい」
 成長も、祭日も、祝えなかった日々の分まで。
 村雨の腕にしがみついたままマリィが小さく頷く。
「とりあえず誕生日か?それに龍麻の旦那が退院だっていうし、ついでにクリスマス、と」
 一度切って村雨はマリィを見た。
「3回祝うのと3倍騒ぐのとどっちがいい、嬢ちゃん」
「ドッチモ」
 マリィが即答する。
「タクサン、イッパイ、楽しいノガイイ」
 過ぎた日々と、今の時間と、この先の希望の分だけ。
「欲張り、カナ?」
「いいんじゃねぇか?」
 恥ずかしそうに首を竦めるマリィに、村雨はにやりと口元を歪めた。
「欲しがりもしねぇで面白いもんが手に入るかよ」
 マリィは再び考え込んだ。大真面目に考え込んでいるらしく、目が少し寄っている。
「ソウ、ナノカナ……ソウカモ……」
「そんなに悩むような事かい」
 すっかり足を止めているマリィを振り返って村雨は苦笑した。
「置いてっちまうぞ?」
 歩き出す村雨を慌ててマリィが追う。

 新宿程ではないが、この町の商店街もクリスマスセールで賑やかしい。華やかな電飾、軽やかな歌、只でさえ年の瀬の夕刻で人出は多い。
 雑踏の中、どこかの店先から聞こえる曲をマリィは小さく口の端に載せた。
「……I wish your Merry Christmas and Happy New Year」
 貴方が、自分にまつわる全ての人が、たくさん幸せな年でありますように。

 先を歩く村雨の背を追って、マリィは歩く速度を上げた。

終わり。(01/12/28 ---*02/04/15改稿)
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