『カレー鍋』

 昼休みを告げる鐘が鳴ると同時にメールが来た。皆守からだった。
 葉佩は脱力してその場に膝をつきたい気持ちを抑え、売店へ足を向けた。
 これも一種のクエストかもしれない。カレーパンを入手し、保健室へ届けて報酬をもらうのだ。
「『人数多なる小部屋にて辛さを求めん』、か」
 ギルドから仕事に附随してもらうヒントの詩句を真似、葉佩は売店前の人込みへ割って入った。半ば自棄だ。皆守が何をくれる気か知らないが、カレー星人の宝なぞどうせ「美味しいカレーの作り方」か何かに違いない。

 とは思っていたものの。葉佩は手にした「宝」を前に不覚にも言葉を失った。

 鍋かよ。

 しかもカレー専用かよ。
 言いたい事は色々あったが、何よりカレーパーティーでもしようぜ、と言いながら鍋を渡されたということは、だ。
 ──作れと。俺に、カレーを。
 自分の部屋で、もらったばかりの鍋を前に、葉佩はため息をついた。できなくは、ない。皆守には連日連夜、自分の仕事に付き合ってもらっている恩義もある。
「しゃぁねぇ、やるか」
 葉佩は腰を上げた。

「ミナモリー、いるー?」
 夕飯時、鍋を抱えた葉佩が皆守の部屋をノックすると、中から気だるそうな声が返って来た。
「ミナモリなんて奴ぁ知らねェな」
「あ、そう」
 葉佩は冷たくあしらう。皆守をミナカミなんて読めるものか。
「もらった鍋でカレー煮たけどいらねぇの」
 言葉の効果はてきめんだった。どうしてこいつはカレーが絡むとこんなに素早いんだろう。卓袱台の前へ座らされながら、葉佩は思う。
 鍋を覗き込んだ皆守は葉佩に尋ねた。
「で、何カレーなんだ?」
 葉佩はご飯の上にカレーを盛りながら、おもむろに答える。
「肉カレー。」
 間があった。皆守がひるむのがありありとわかる。葉佩が笑顔で皿を渡してやると、皆守は再び問うた。
「何の、肉だ?」
「……だから、肉だよ」
 皆守は葉佩と一緒に墓地を探索する仲だ。得体の知れない肉を葉佩が嬉々として持って帰り、あまつさえ探索の途中で食べているのを知っている。そしてそういう正体不明のものを食うなと皆守がぶつぶつ言っているのを葉佩は知っている。
「味は悪くないと思うんだけどねぇ。食べないの?」
 葉佩は変わらぬ笑顔でさっさと食べ始めた。
「なぁ、葉佩」
 皆守はアロマパイプをくわえ直した。
「もしかして、根に持ってるとか言わねぇよな」
 葉佩は笑顔を崩さない。その事自体が彼の内心を雄弁に物語る。
「マミーズの事か、それとも」
「やだなぁ、別に爆弾騒ぎの掃除全部おっつけられた事なんて気にしてないってば」
「してんじゃねぇか、ッたく──」
 皆守はカレーの中の肉片を匙で突つく。カレーは食べたいが正体不明だと思うと気味が悪いらしい。
「別に、僕だって肉ならなんでもいい訳じゃないんだけどね」
 怪訝そうに首を傾げる皆守を横目に、葉佩は口の中へ肉を放り込んだ。出汁殻にするのはもったいないような肉をおごった甲斐があったと思う。
「覚えてないならいいよ。」
 皆守がどんなカレーが好きだと聞くから肉の入った奴がいい、と答えた。それだけで散々罵られたのはついこの間のことだ。心外だったが大して腹が立っている訳でもない。
「それと、それ墓場で採った肉じゃねぇから。お得意さんからの頂き物。」
「早く言えよ」
 皆守が文句を言いつつ口に入れたところで葉佩は言葉を付け足す。
「多分牛」
 皆守がむせそうになった。とりあえず飲み込んで水を流し込み、恨みがましく葉佩を見上げる。
「多分って何だ」
「牛です。正真正銘の牛です。軽いじょーだんです。」
「……まぁいいけどよ」

 無気力だが冷静、物知り顔の友人が慌てるさまを見て、葉佩は満足そうに空の皿に合掌した。
 ごちそうさま。

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 2004年10月19日から約1カ月、日記に付けてアップした文の再掲載です。
 4話プレイ中に、どうしても「鍋かよ!」とツッコみたくて考えた話。何で鍋。何でしまえない、そして使えない。
 肉カレーで詰られて不満だったのは、初回プレイの3話だったか2話だったか……。
 ビジュアルガイド買えばちゃんと寮の内容とかわかるんですけどねー。間違ってたらごめん、と。(05/02/13)

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